説明

締結部品用鋼線材

【課題】冷間塑性加工前の線材への潤滑皮膜処理と、締め付け性の安定化のために熱処理後の締結部品表面に施す潤滑処理とを一つの工程に纏めることでの飛躍的な省力化を実現するものであって、且つ製造工程によらずに安定な黒色外観を呈する締結部品を提供できる鋼線材の提供。
【解決手段】SiO/MO(Mはアルカリ金属を示す)のモル比が2〜5のケイ酸アルカリ金属塩(a)、平均粒子径が10μm未満の結晶性黒鉛(b)、ポリオレフィンワックス(c)を必須成分とし、全固形分中での(b)および(c)の質量比が、それぞれ1〜30質量%、30〜50質量%である潤滑皮膜を有する締結部品用鋼線材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、使用する際の安定した締め付け性が得られる表面潤滑性に優れ、製造工程によらずに安定した黒色外観を呈する締結部品の製造に使用される線材あるいは鋼線に関する。近年、作業上や環境への負荷が大きい従来の潤滑皮膜の代替として用いられつつある、一液槽による特定の塗布型潤滑処理液を用いて得られた潤滑皮膜を表面に有する線材あるいは鋼線であって、締結部品の製造過程における冷間塑性加工や、調質処理などの熱処理後に締結部品表面に安定した黒色色調と潤滑性を付与する線材あるいは鋼線に関する。
【背景技術】
【0002】
最近、自動車の軽量化やエンジンやギア部品などのコンパクト化が進み、それらに用いられるボルトなどの締結部品についても小型化や細径化が求められている。この要求を満足するためには高強度用材料を用いて製造された高強度ボルトが必要とされている。これら締結部品は、一般に表面潤滑性を付与する潤滑皮膜を形成した線材あるいは、その線材にさらに伸線加工を施した鋼線を所定の長さに切断し、冷間塑性加工によって成型し、さらに必要に応じて、焼入れ焼戻しすなわち調質処理などの熱処理を経て製品化されている。特に、潤滑皮膜を形成した線材に断面減少率30%以下程度の伸線を施すと、形成された潤滑皮膜の密着性がより高まる。そのため締結部品の冷間塑性加工には潤滑皮膜を形成した線材よりもさらに伸線加工を施した鋼線が用いられることが多い。このように冷間塑性加工の素材としては、潤滑皮膜を形成した「線材」、あるいはさらに伸線加工を施した「鋼線」のいずれもが用いられるので、以下、各々使い分ける場合には「線材」および「鋼線」、両者を共に指す場合には総称して「鋼線材」という。締結部品用鋼線材に用いられる潤滑皮膜としては、古くからリン酸塩+石けん処理皮膜や、石灰石けん処理皮膜などが用いられてきた。前者は、酸性のリン酸亜鉛水溶液を線材表面に接触させ鉄を溶解させることによる表面のpH上昇によって不溶解性のリン酸亜鉛結晶皮膜を形成するものであり、その後の水洗工程に次いで、その上層に石けん皮膜層を付与することで潤滑皮膜を完成するものである。リン酸塩+石けん処理皮膜の冷間塑性加工性は優れており広範囲に使用されているが、皮膜処理時に溶解した鉄とリン酸との反応副生成物を主成分とするスラッジが産業廃棄物として多発するとともに、多量の重金属含有廃水も発生することから環境保全面で問題視されている。また、リン酸塩皮膜処理が施された鋼線材から成型加工されたボルトは、その後調質処理が施されるが、その調質処理工程において、皮膜中のリンが鋼中に拡散する浸リン現象を起こし、締め付け施工後のボルトの応力集中部位での脆化破壊(遅れ破壊現象)を促進するため、特に遅れ破壊に敏感な高強度ボルトなどでは熱処理前に皮膜を除去する必要があり、その工程増や除去状態の工業的管理を考慮すると実質的には使用できない。一方、後者の石灰石けん皮膜は、消石灰と金属石けんとから構成される潤滑皮膜であり、線材表面には塗布・乾燥による簡便な工程で皮膜形成できるが、その冷間塑性加工性は不十分であり、加工度が高いものは焼付き発生などにより成型できないほか、加工金型の寿命も短くなる。さらには伸線時の鋼線表面からの皮膜脱落による粉塵が酷く作業環境が劣悪になる他、ボルト成型加工機内への皮膜脱落も多いため加工油の汚染が激しくなるなどの問題を抱える皮膜である。
【0003】
最近では、簡便な工程で皮膜形成ができる塗布型皮膜であるのにも関わらず、優れた冷間塑性加工性を有する皮膜が市場化されつつある。そのような塗布型皮膜として特許文献1に、(A)合成樹脂、(B)水溶性無機塩および水を含有し、(B)/(A)(固形分重量比)が0.25/1〜9/1であって、合成樹脂が溶解または分散していることを特徴とする金属材料の塑性加工用潤滑剤組成物が開示されている。特許文献1には、潤滑成分として、金属石けん、ワックス、ポリテトラフルオロエチレンおよび油よりなる群から選ばれる少なくとも一種を1〜20質量%含有させるのが好ましく、前記水溶性無機塩としては、硫酸塩、ホウ酸塩、モリブデン酸塩、バナジン酸塩およびタングステン酸塩よりなる群から選ばれる少なくとも一種が好ましいことも記載されている。この技術は、キャリアとなり得る皮膜成分中に金属石けんやワックスなどの潤滑成分を分散した形で含有し、これを被加工材表面にコーティングすることで、高度な加工性能を有する潤滑皮膜を簡便かつ省力的に得ることができる優れた技術であり、新世代の塑性加工用潤滑皮膜といえる。
【0004】
さて、冷間塑性加工により成型されたボルトなどの締結部品は、次いで行うAC3点以上に加熱する調質処理などの熱処理を経て製品化される。調質処理は820℃以上であることから、締結部品の表面に残存した潤滑成分の多くは分解もしくは昇華することで潤滑性を失い、締結部品表面は黒色の鉄酸化膜に覆われる。一般に、この黒色外観は締結部品の意匠性面で商品価値を決める重要な要素であるが、この色調は冷間塑性加工時に残存した潤滑皮膜種や、加工時に付着した油や皮膜カスなどによって大きく左右され、例えば、石灰石けん皮膜では白色混じりの外観、特許文献1の新世代皮膜やリン酸塩皮膜カスの付着によると茶色や赤色外観を呈する。このため熱処理前の締結部品に洗浄工程を導入したり、熱処理雰囲気調整や特殊な焼入れ油を用いることなどで黒色外観を安定化する努力が成されている。
【0005】
また、締結部品を代表するボルトなどは、締め付け施工時に規定の軸力が得られるように、安定した締め付け性を有することが重要である。そのため、ねじ部やボルト座面などの摩擦状態を一定にしておく必要があり、通常のボルトでは、熱処理後に再度の潤滑処理を行う。潤滑剤としては、例えばリン酸マンガン系皮膜、塗布型潤滑皮膜あるいは油などが使用されている。リン酸塩皮膜処理は前述した如く工程が複雑であり、産業廃棄物や廃水などの環境負荷が多く問題視されているため、塗布型の潤滑皮膜形成により表面潤滑性を付与するほうが良いとされているが、それにしても皮膜処理工程以外に脱脂工程や乾燥工程なども必要であり、多量のボルト表面への潤滑処理には多くの労力が掛かっている。
【0006】
ボルトに対する潤滑皮膜としては特許文献2に、ボルト、ナットおよび座金の少なくとも一の表面が、潤滑油に含水硅酸塩岩石の粉末を含んでなる潤滑剤で被覆されたことを特徴とする潤滑剤を付着させたボルトセットが開示されている。含水硅酸塩岩石の濃度は潤滑剤中の略1%(wt)〜20%(wt)、粒径は略1μm〜110μm、単位面積当たりの付着量は略0.0091g/cm〜0.183g/cmである。なお、含水硅酸塩岩石は、鉱物学的分類における一連の岩石、例えばマイカ,タルク,長石,カオリンまたはベントナイトなどのことを言うが、これら岩石の何れかの1以上である。また、対象としているボルトはトルシア形高力ボルトであり、安定な摩擦係数値が得られている。
【特許文献1】特開2000−063880号公報
【特許文献2】特開平7−224824号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上に示したように、締結部品の製造においては、鋼線材からの冷間塑性加工時、および熱処理後の出荷までの間など、2回にも亘って潤滑処理が実施されている。上述したように、それぞれの皮膜処理には塗布型皮膜が採用されるようになり、従来のリン酸塩処理などに比較すると大幅な工程短縮とはなっているものの、それでも多くの時間や労力、エネルギーなどが消費されており、さらなる省力化技術が求められていた。また、最終製品の黒色外観についての安定化も含めて新技術の出現が待たれていた。
【0008】
本発明は、上述した、現状技術の問題点を解決するものである。即ち、冷間塑性加工前の線材への潤滑皮膜処理と、締め付け性の安定化のために熱処理後の締結部品表面に施す潤滑処理とを一つの工程に纏めることでの飛躍的な省力化を実現するものであって、且つ製造工程によらずに安定な黒色外観を呈する締結部品を提供できる鋼線材の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題は、SiO/MO(Mはアルカリ金属を示す)のモル比が2〜5のケイ酸アルカリ金属塩(a)、平均粒子径が10μm未満の結晶性黒鉛(b)、ポリオレフィンワックス(c)を必須成分とし、全固形分中での(b)および(c)の質量比が、それぞれ1〜30質量%、30〜50質量%である組成物の水性処理液で処理された締結部品用鋼線材によって解決される。上記組成物の水性処理液で処理された締結部品用鋼線材の表面には、該組成物からなる潤滑皮膜を有する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の締結部品用鋼線材によれば、冷間塑性加工前の線材への潤滑皮膜処理と、締め付け性の安定化のために熱処理後の締結部品表面に施してきた潤滑皮膜処理とを、一つの工程に纏めることを可能とした特定の潤滑皮膜によって飛躍的な省力化により製造された締結部品を提供できる。さらに本発明の鋼線材による締結部品は製造工程によらずに安定な黒色外観を呈することができる。締結部品の製造工程における潤滑皮膜処理は冷間塑性加工前の線材上への処理のみとなり、調質などの熱処理後に再度の潤滑皮膜処理を行う必要がなくなる。さらには良好な黒色外観とするための調質処理前の洗浄工程、調質処理雰囲気調整、特殊な焼入れ油の採用なども必要なくなるので総合的に大幅な省力化となる。さらに、リン酸塩皮膜処理を施さないため、本発明の鋼線材から成型加工された締結部品は、その後の調質処理においても浸リン現象を懸念する必要がない。したがって、本発明の産業上の利用価値は極めて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明で使用されるSiO/MO(Mはアルカリ金属を示す)のモル比が2〜5のケイ酸アルカリ金属塩(a)は、冷間塑性加工時に、平均粒子径が10μm未満の結晶性黒鉛(b)やポリオレフィンワックス(c)などの潤滑成分を材料表面に固定し続けるとともに、冷間塑性加工時の加工表面での高温高圧状態にも耐えることによって加工金型表面と材料表面との直接接触を防ぎ、焼付き現象を抑制するために良好な冷間塑性加工性を提供する。さらには調質処理などの熱処理後にも、結晶性黒鉛(b)を材料表面に安定に保持し続ける役割を担っている必須成分である。
本発明のSiO/MO(Mはアルカリ金属を示す)のモル比が2〜5のケイ酸アルカリ金属塩(a)は、水中に溶解もしくはコロイド分散した状態で存在し、水分が揮発することにより常温では固体状の皮膜を形成する。水溶液の安定性や造膜性などの観点から、MはNa又はKであるのが好ましい。SiO/MOのモル比が2を下回ると連続皮膜性が低下し、冷間塑性加工性が著しく低下すると共に、黒鉛(b)の保持性も極端に低下する。またSiO/MOのモル比が5を上回ると、水性処理液が極端に不安定になると共に冷間塑性加工性が低下する。
【0012】
本発明で使用される平均粒子径が10μm未満の結晶性黒鉛(b)は、1000℃以上の温度に曝されても溶融、分解、昇華などの変化を起こさず、層状結晶構造のへき開による潤滑性によって冷間塑性加工時における加工表面の摩擦係数や、調質処理後の締結部品表面などの摩擦係数を低減させる役割を担っている。また、黒鉛が呈する黒色は熱に安定であり、可視光の隠ぺい力も高いため、本発明の締結部品表面に安定な黒色外観を効率良く与えている。
本発明の結晶性黒鉛(b)は、配合量に対する潤滑性や黒色化などの効果の発現程度や、水性処理液中での分散安定性などの観点から、レーザー回折式粒度分布測定装置で測定した体積基準での平均粒子径が10μm未満であることが必須であり、6μm未満が好ましく、3μm未満がより好ましい。なお、下限値は特に限定されないが、経済性から0.1μm以上が好ましい。結晶性黒鉛(b)は、本発明の締結部品を製造する過程における潤滑皮膜処理液中では、通常、分散状態で存在しており、水分が揮発することで形成されるケイ酸アルカリ金属塩(a)の皮膜中では、均一もしくは表面近傍に濃化状態で存在する。
本発明に用いることができる黒鉛は、安定な結晶構造を有する結晶性黒鉛であることが必要である。例えば、活性炭やカーボンブラックなどの非結晶性のカーボン材料は、使用した際の潤滑性を発現しないだけではなく、冷間塑性加工後の熱処理時に炭素が鋼中に拡散する浸炭現象が起こり締結部品の強度特性に影響を及ぼし易くなるため使用できない。
本発明で使用できる、結晶性黒鉛(b)としては、例えば、人造黒鉛、鱗片状黒鉛、球状化黒鉛、膨張化黒鉛などの粉砕品や、熱処理により結晶化した黒鉛化したカーボンブラック、それらの水分散性を高めた表面処理黒鉛などが挙げられる。
【0013】
本発明で使用されるポリオレフィンワックス(c)は、鋼線材からの冷間塑性加工時における加工表面に優れた潤滑性を付与するための必須成分である。ポリオレフィンワックス(c)は、本発明の鋼線材によって製造される締結部品を製造する過程での冷間塑性加工時の潤滑皮膜中に分散状態で保持され、冷間塑性加工時に固体状もしくは溶融状態で加工表面の摩擦係数を著しく低下させる。なお、ポリオレフィンワックス(c)は成型加工後の熱処理時には約500℃付近で分解するため、本発明の鋼線材による締結部品表面には殆ど残存していない。本発明に使用できるポリオレフィンワックス(c)としては、分子量、酸価、粒子径などに制限はないが、効率よく優れた潤滑性を発現するにはポリエチレンワックスおよびポリプロピレンワックスであることが好ましい。
【0014】
本発明の鋼線材表面に形成される潤滑皮膜中での、結晶性黒鉛(b)およびポリオレフィンワックス(c)の質量比は、それぞれ1〜30質量%および30〜50質量%であることが必要であり、特に安定した黒色外観および最終の締結部品表面の潤滑性をさらに効率的に安定化する観点から、結晶性黒鉛(b)の質量比は5〜15質量%であることが好ましい。結晶性黒鉛(b)の含有量が1質量%未満であると締結部品表面の黒色外観および表面潤滑性が不十分となり、30質量%を上回ると黒色外観および表面潤滑性の効果が飽和し経済的に無駄になるほか、ケイ酸アルカリ金属塩(a)による保持量を超えてしまうことによる皮膜強度の低下に繋がり、潤滑皮膜による冷間塑性加工性や、締結部品表面での結晶性黒鉛(b)の保持性などが低下する。また、ポリオレフィンワックス(c)の含有量が30質量%未満であると潤滑皮膜による成型加工性が不十分であり、50質量%を上回ると黒鉛同様に皮膜による保持量を超えてしまうことによる皮膜強度の低下によって潤滑皮膜での冷間塑性加工性や、締結部品表面での結晶性黒鉛(b)の保持性などが低下する。
【0015】
本発明の鋼線材から製造された締結部品の表面の潤滑状態としては、ボルトの締め付け作業の更なる安定化を目指す観点から、バウデン式摩擦磨耗試験機を用いて垂直荷重を1kgとした時の表面摩擦係数が0.2未満であることが好ましく、0.15未満であることがより好ましい。
【0016】
本発明の鋼線材が表面に有する潤滑皮膜は、SiO/MO(Mはアルカリ金属を示す)のモル比が2〜5のケイ酸アルカリ金属塩(a)、平均粒子径が10μm未満の結晶性黒鉛(b)、ポリオレフィンワックス(c)が水に溶解もしくは分散した水性処理液を、塗布し、次いで乾燥することで形成され得る。水性処理液の塗布方法は、浸漬、スプレー、流しかけ、刷毛塗りなどの常法により線材表面に塗布する。塗布は線材表面が該水性処理液で十分に覆われればよく、塗布する時間に特に制限はない。塗布後の処理液膜は乾燥する必要がある。乾燥は常温放置でも構わないが、通常60℃〜150℃で2秒〜60分行うのが好適である。乾燥後の潤滑皮膜の皮膜質量は用途によって異なるが、冷間塑性加工度が厳しい形状のボルトなどでは加工時の焼付きを防ぐ観点から、乾燥皮膜として1g/m以上であるのが好ましく、3〜30g/mであるのがより好ましく、5〜20g/mであるのがより一層好ましい。締結部品用鋼線材としては、このように乾燥された線材でも支障は無いが、潤滑皮膜の密着性をより高めるため、乾燥後の線材に対してさらに断面減少率30%以下程度の伸線を施して鋼線とするのがより好ましい。
【0017】
さらに、本発明における潤滑皮膜には、塑性加工性を高める目的で必要により任意の潤滑成分を含有することができる。含有でき得る潤滑成分としては、油、石けん、金属石けん、脂肪酸ワックス、ポリテトラフルオロエチレン、有機モリブデン化合物(モリブデンDTC)、メラミンシアヌレートなどが挙げられる。
【0018】
本発明の鋼線材から製造される締結部品の製造過程でいう冷間塑性加工、すなわち成型加工とは、例えば鍛造加工、圧造加工、転造加工などの一般的な冷間塑性加工を示す。次いで行う熱処理とは、焼入れ焼戻しすなわち調質処理等であり、焼入れ処理は一般に鋼を硬くし、または強さ増すために、例えばAC3点以上のオーステナイト領域温度に鋼を加熱した後、水、油その他の冷却剤を用いて急冷する操作を示す。次いで、焼入れで生じた組織を、A点以下の温度に加熱する焼戻しにより安定な組織に近づけ、また析出強化などにより、所用の性質及び状態に調質する。
【0019】
本発明における鋼線材とは、締結部材を製造する際に使用される、典型的にはコイル状を成している線材または鋼線を指し、例えばS45C等のJISG4051の機械構造用炭素鋼材、SCM415やSCM435等のJISG4105のクロムモリブデン鋼鋼材等、冷間塑性加工に用いられる種々の規格鋼の線材または鋼線である。また、本発明の鋼線材により製造される締結部品は、冷間塑性加工後に、調質処理等の熱処理が施される締結部品を指し、例えば自動車用、建材用などで使用されるボルト、ナット、座金などの締結部品を示し、特には締め付け力の安定性が重要視されるエンジンボルトや自動車の足回り部材用締結ボルトなどに代表される強度区分10Tおよび10.9級以上の高強度ボルトを対象とする。該締結部品の表面には、ケイ酸アルカリ金属塩(a)皮膜に結晶性黒鉛(b)が保持された形の潤滑皮膜が残存する。潤滑皮膜の皮膜量は、十分な潤滑効果を発揮するために0.1g/m以上であることが好ましい。また、潤滑皮膜の表面には、熱処理時にポリオレフィンワックス(c)が分解し揮散した跡が微細な穴状に残存しているため、一般に締結部品の表面に塗布する防錆油などの物理的な保持効果をも発揮する。
【実施例】
【0020】
本発明の実施例を比較例と共に挙げることによって、本発明をその効果と共にさらに具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例によって制限されるものではない。
【0021】
(実施例1)
(1)潤滑皮膜形成用水性処理液の調製
以下に示す各成分を、表1に示す組合せ及び割合にて用いて、表1に示す実施例1〜8及び比較例1〜18の水性処理液を調製した。なお、これらすべての水性処理液において、水性処理液中の全固形分:水の質量比は1:9とした。
【0022】
<潤滑皮膜成分>
本実施例と比較例にて、上記水性処理液に配合した各成分を以下に示す。
(a成分)
a−1 ケイ酸ナトリウム(NaO・4SiO
a−2 ケイ酸カリウム(KO・2SiO
a−3 ケイ酸ナトリウム(NaO・3SiO)+硫酸カリウム
※質量比は、ケイ酸ナトリウム/硫酸カリウム=3.0
a−4 ケイ酸ナトリウム(2NaO・SiO
a−5 炭酸カリウム
a−6 ポリウレタン樹脂エマルジョン
a−7 ケイ酸ナトリウム(NaO・6SiO
【0023】
(b成分)
b−1 鱗片状黒鉛:粒子径5μm
b−2 鱗片状黒鉛:粒子径1μm
b−3 鱗片状黒鉛:粒子径20μm
b−4 石灰
b−5 二硫化モリブデン
b−6 カーボンブラック(登録商標 MA100、三菱化学(株)製)
【0024】
(c成分)
c−1 ポリエチレンワックス
c−2 ポリプロピレンワックス
c−3 カルバナウワックス
c−4 ステアリン酸カルシウム
【0025】
(2)潤滑皮膜処理
(2−1)前処理及び潤滑皮膜処理
本実施例および比較例1〜19については、JISG4051の機械構造用炭素鋼材S45Cの線材を用いて、以下の処理手順にて潤滑皮膜処理を行った。
(a)評価用試験材:前方押し出し試験片(S45C) 30mm×φ25mm
(b)酸洗:塩酸の17.5%水溶液、温度40℃、浸漬10分
(c)水洗:水道水、常温、スプレー処理30秒
(d)潤滑皮膜処理:上記で調製した各水性処理液、40℃、浸漬1分処理
(e)乾燥:80℃熱風乾燥3分
(f)乾燥皮膜質量:10g/m
なお、比較例19についての潤滑皮膜処理には市販の石灰石けん処理剤(登録商標パルーブCAO2、日本パーカライジング(株)製)を用いた。
【0026】
比較例20については、本実施例および比較例1〜19同様、JISG4051の機械構造用炭素鋼材S45Cの線材を用いて、以下の処理手順にて保護皮膜処理を行った。
(a)評価用試験材:前方押し出し試験片(S45C) 30mm×φ25mm
(b)酸洗:塩酸の17.5%水溶液、温度40℃、浸漬10分
(c)水洗:水道水、常温、スプレー処理30秒
(d)化成処理:市販のリン酸亜鉛化成処理剤(登録商標パルボンド181X、日本パーカライジング(株)製)、濃度90g/L、温度80℃、浸漬10分
(e)水洗:水道水、常温、スプレー処理30秒
(f)石けん処理:市販の反応石けん潤滑剤(登録商標
パルーブ235、日本パーカライジング(株)製)、濃度70g/L、温度80℃、浸漬5分
(g)乾燥:80℃熱風乾燥3分
(h)乾燥皮膜質量:12g/m
【0027】
(3)冷間塑性加工試験
上記で潤滑皮膜処理を施した試験片を用いて前方押し出し加工を行い、加工後試験片の加工先端部までの皮膜追従程度と焼付き部の有無とを目視評価した。追従性が良いものは冷間塑性加工時の表面積拡大に対して十分な耐焼付き性を有し、皮膜が追従しないものでは焼付きが発生し易くなる。
前方押し出し加工条件:先端絞り径φ10mm、押し出し長さ12mm
評価基準: ○ : 先端部まで皮膜が追従していて、焼付き部無し
△ : 先端部まで皮膜が追従していないが、焼付き部無し
× : 先端部に皮膜が追従しておらず、焼付き部有り
【0028】
(4)調質処理後の外観評価および潤滑性評価
上記で成型加工した試験片について、洗浄工程を行わずに、以下の条件で調質処理を行った。その後に外観評価および潤滑性評価を下記の評価基準にて実施した。
焼入れ:窒素雰囲気にて870℃で30分保持し、次いで焼入れ油にて冷却した。
焼戻し:焼入れ工程に連続し、大気雰囲気にて470℃で1時間保持し、次いで油冷した。
<外観評価>
上記調質処理後の試験片について色調を目視にて評価した。工業的許容レベルは「△」以上である。
評価基準: ○ : 試験片全体が斑無く黒色である
△ : 加工部位によって黒色の濃淡が見られる
× : 色調に斑が多く、赤色部や白色部などが見られる
<潤滑性評価>
上記調質処理後の試験片の表面について摩擦磨耗試験機による摺動試験を行った。摩擦磨耗試験としては、最も標準的なバウデン試験にて行った。潤滑性能評価としては、30回摺動時の動摩擦係数値により評価した。工業的許容レベルは「△」以上である。
試験条件: 圧子として10mmφのSUJ2鋼球使用
垂直荷重=1kg,摺動速度=10mm/s、温度=常温
評価基準: ○ : 動摩擦係数が0.15未満
△ : 動摩擦係数が0.15以上0.2未満
× : 動摩擦係数が0.2以上
【0029】
以上の試験結果を表2に示す。表2から明らかなように、本発明の範囲である実施例1〜8は、冷間塑性加工性、調質処理後の黒色外観および表面潤滑性が全て優れていた。一方、ケイ酸アルカリ金属塩(a)が配合されていない比較例13、結晶性黒鉛(b)が配合されていないか、配合量が本発明の範囲外である比較例1、2、14、ポリオレフィンワックス(c)が配合されていないか、配合量が本発明の範囲外である比較例3、4、15、ケイ酸アルカリ金属塩(a)のSiO/MO比が本発明の範囲外である比較例5、16、皮膜成分としてケイ酸アルカリ金属塩(a)を使用していない比較例6、7、黒鉛(b)の代わりに本発明範囲外の成分を使用している比較例8〜10、17、ポリオレフィンワックス(c)を本発明の範囲量で含まずに本発明範囲外の成分を使用している比較例11、12、18は、水性処理液が不安定で評価用に適した潤滑皮膜を形成できなかったか、冷間塑性加工性、調質処理後の黒色外観および表面潤滑性のいずれかが工業的な使用レベルに達していなかった。また、従来皮膜である比較例19は、冷間塑性加工性と調質処理後の黒色外観が本発明の目的を満足しなかった。比較例20は、調質処理後の黒色外観および表面潤滑性が本発明の目的を満足しなかった。
【0030】
【表1】

【0031】
【表2】

【0032】
(実施例2)
(1)潤滑皮膜形成用水性処理液の調製
以下に示す各成分を、表3に示す組合せ及び割合にて用いて水性処理液を調製した。潤滑皮膜を形成する、a成分,b成分,c成分は、実施例1のa−2,b−2,c−2を用いた。なお、これらすべての水性処理液において、水性処理液中の全固形分:水の質量比は1:9とした。
【表3】

【0033】
(2)潤滑皮膜処理
JISG4105のクロムモリブデン鋼鋼材SCM415のφ12.3mmの線材を用いて、以下の処理手順にて潤滑皮膜処理を行い伸線して鋼線とした。
(a)酸洗:硫酸の17.5%水溶液、温度70℃、浸漬10分
(b)水洗:常温の水洗槽に浸漬後引上げ
(c)潤滑皮膜処理:上記で調製した各水性処理液、60℃、浸漬5分処理
(d)乾燥:自然乾燥
(e)乾燥皮膜質量:10g/m
(f)伸線:φ12.0mmに伸線
【0034】
(3)冷間塑性加工の潤滑性評価
冷間塑性加工時の材料表面温度の上昇による潤滑皮膜の劣化を評価することを目的として、上記潤滑皮膜処理を施した鋼線を切断し、冷間塑性加工における材料表面温度の上昇を模擬するために100,200,300,400,500℃に各5分間加熱後冷却した試験片を準備した。この試験片について摩擦磨耗試験機による摺動試験を行った。摩擦磨耗試験としては、最も標準的なバウデン試験にて行った。潤滑性能は、動摩擦係数値が0.2となるまでの摺動回数で評価した。
試験条件:圧子として2mmφのSUJ2鋼球使用
垂直荷重=3kg,摺動速度=3.6mm/s、温度=常温
以上の試験結果、すなわちバウデン試験の摺動回数を、表4および図1に示す。図1から明らかなように、加熱温度が300℃までは黒鉛を含有しなくても潤滑性能は優れるが、加熱温度が300℃を超える場合には、潤滑性能は急激に劣化する。
このことから、黒鉛が本発明の範囲で含有されている潤滑皮膜を形成した場合には、冷間塑性加工時の潤滑性能に優れることが推測できる。
【0035】
【表4】

【0036】
以上、本発明の締結部品用鋼線材は、線材表面を所定の水性処理液で処理するか、必要に応じてさらに伸線加工で鋼線とすることにより得られることを説明したが、線材の代わりに予め伸線を施して細径化した鋼線を用いても同様の効果を有することは言うまでもないことであり、したがって鋼線に対してその表面を所定の水性処理液で処理して得られた鋼線や、さらに伸線加工した鋼線も、本発明に係る「鋼線材」である。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】図1は、実施例2の試験結果を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SiO/MO(Mはアルカリ金属を示す)のモル比が2〜5のケイ酸アルカリ金属塩(a)、平均粒子径が10μm未満の結晶性黒鉛(b)、ポリオレフィンワックス(c)を必須成分とし、全固形分中での(b)および(c)の質量比が、それぞれ1〜30質量%、30〜50質量%である組成物の水性処理液で処理された締結部品用鋼線材。
【請求項2】
SiO/MO(Mはアルカリ金属を示す)のモル比が2〜5のケイ酸アルカリ金属塩(a)、平均粒子径が10μm未満の結晶性黒鉛(b)、ポリオレフィンワックス(c)を必須成分とし、全固形分中での(b)および(c)の質量比が、それぞれ1〜30質量%、30〜50質量%である潤滑皮膜を有する締結部品用鋼線材。

【図1】
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【公開番号】特開2008−240002(P2008−240002A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−77656(P2007−77656)
【出願日】平成19年3月23日(2007.3.23)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【出願人】(501112068)梅鉢鋼業株式会社 (3)
【Fターム(参考)】