説明

耐久性に優れた電解質膜

【課題】従来のフッ素系電解質膜をはじめとする高分子イオン交換膜の欠点であった、長期間(例えば数千時間)使用しても電池特性を維持することのできる、固体高分子型燃料電池用の電解質膜を提供する。
【解決手段】フッ素系高分子基材に陽イオン交換基としてスルホン基を有するモノマーがグラフトされた固体高分子型燃料電池用の電解質膜であって、グラフト鎖の主鎖が、炭化水素または、部分的にフッ素化された炭化水素から構成され、その側鎖としてスルホン基またはスルホン基を有する置換基が結合したものであり、ESCAによる元素組成比において、電解質膜の少なくとも一の表面のO/S値が5.0以上であり、Sの表面元素比率が0.4以上5.0%以下であることを特徴とする、電解質膜およびこれを用いた膜電極接合体。この電解質膜の40重量%メタノール水溶液浸漬時の面積変化率は40%以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子型燃料電池において、長期の使用においても安定した特性を示すことを特徴とする電解質膜に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子型燃料電池はエネルギー密度が高いことから、家庭用コージェネ電源や携帯機器用電源、電気自動車の電源、簡易補助電源等の広い分野での使用が期待されている。
固体高分子型燃料電池においては、電解質膜はプロトンを伝導するための電解質として機能し、同時に燃料である水素やメタノールと酸素とを直接混合させないための隔膜としての役割も有する。このような電解質膜としては、電解質としてイオン交換容量が高いこと、電流を長時間流すため電気的化学的に安定であり電気抵抗が低いこと、膜の力学的強度が強いこと、燃料である水素ガスやメタノールおよび酸素ガスについてガス透過性の低いこと等が要求される。
【0003】
この電解質膜としては、デュポン社により開発されたパーフルオロスルホン酸膜「ナフィオン(デュポン社登録商標)」等が一般に用いられてきた。しかしながら、「ナフィオン」をはじめとする従来のフッ素系高分子イオン交換膜は、化学的な安定性には優れているものの、イオン交換容量が低く、また保水性が不充分であるためイオン交換膜の乾燥が生じてプロトン導電性が低下するという問題があった。この対策としてスルホン酸基を多く導入すると、保水により膜強度が極端に低下して、膜が容易に破損してしまうため、プロトン導電性と膜強度とを両立させることは困難な課題であった。またナフィオンなどのフッ素系高分子電解質膜は、原料となるフッ素系モノマーの合成が複雑であるため、非常に高価であり、このことは固体高分子型燃料電池の実用化において大きな障害となっている。
【0004】
そのため、ナフィオンをはじめとするフッ素系電解質膜に替わる低コストで高性能な電解質膜の開発が進められている。その例として、炭化水素構造を含むエチレンテトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)膜にスチレンモノマーを放射線グラフト反応により導入し、次いでスルホン化することにより合成した電解質膜(特許文献1参照)等が提案されている。
【0005】
しかし、これらをはじめとする従来の電解質膜には、長期の使用に伴い出力が大きく低下してしまうという問題があった。この原因については、長期の使用により、電極と電解質膜との密着性が低下する、すなわち、電極と電解質膜との間に空間が生じるため、その部分でのプロトン伝導性が阻害されることにあった。
【0006】
ここで、電解質膜と電極との接着性向上を目的とする技術として、例えば、プラズマエッチング処理により、電解質膜の表面に1〜5μm程度の大きさの凹凸を付け、接触面積を増やす方法が開示されている(特許文献2参照)。しかし、この方法では、電解質膜表面に凹凸をつけることにより、電極との接触面積を高めることが可能になる反面、長期的な使用を考えた場合、電解質膜の保液量や温度の変化に伴い、膜の膨張、収縮といった応力が継続的に電解質膜に加わるので、凹凸が大きすぎると特に凹部を起点として膜が破損する(破ける)という問題がみられた。また、長期的使用の場合、耐久性という点でその効果は不十分であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平9−102322号公報
【特許文献2】特開平4−220957号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、従来のフッ素系電解質膜をはじめとする高分子イオン交換膜の欠点を抑制した、長期間(例えば数千時間)使用しても電池特性を維持することのできる、固体高分子型燃料電池用の電解質膜を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、長期の使用に伴う電池特性(例えば、出力、耐久性など)の低下は、電極材に対する電解質膜の接着性の不足および電解質膜の寸法変化が原因であることをつきとめた。
【0010】
具体的には、電解質膜は、電池の内部において、水分やダイレクトメタノール型燃料電池で燃料として使用されるメタノール等の液体を保液した状態にあるが、この保液量が電池の運転状況に依存して変化することにより、電解質膜の寸法変化(膨潤および収縮)が起こる。また、運転時と停止時の温度変化に伴う寸法変化等も起こる。このような現象が長期の使用において、繰り返し起きており、初期の段階で電極と電解質膜が接着した状態にあっても、徐々に界面で剥離が生じ、それに伴い電池特性が低下していくことをつきとめた。
【0011】
したがって、本発明は、特に燃料電池における使用において、使用状況や環境の変化によっても電極材に対する密着性を維持することのできる電解質膜を提供するものである。
すなわち、本発明の固体高分子型燃料電池の電解質膜は、フッ素系高分子基材に陽イオン交換基としてスルホン基を有するモノマーがグラフトされた電解質膜であって、グラフト鎖の主鎖が、炭化水素または、部分的にフッ素化された炭化水素から構成され、その側鎖としてスルホン基またはスルホン基を有する置換基が結合したものであり、ESCAによる元素組成比において、電解質膜の少なくとも一の表面のO/S値が5.0以上であり、Sの表面元素比率が0.4以上5.0%以下であることを特徴とする、電解質膜である。
【0012】
また、上記の電解質膜において、40重量%メタノール水溶液中に液温25℃±2℃で24時間浸漬したあとの面積変化率が40%以下であることを特徴とする電解質膜である。
【発明の効果】
【0013】
本発明の高分子電解質膜は、基材およびグラフト鎖の材質を限定し、更には膜にイオン伝導性が付与された以降に表面処理を行ったものである。これを固体高分子型燃料電池用の電解質膜として用いることにより、電極に対する接着性を向上させ、燃料電池として長期(例えば数千時間)の使用において安定した特性を示すことが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の電解質膜は、フッ素系高分子膜または、放射線反応等により架橋構造を付与したフッ素系高分子膜を基材とし、この基材に陽イオン交換基を有するモノマーをグラフト反応により導入し、この膜の少なくとも一の表面を放電処理により改質することにより製造することができる。これにより、燃料電池として長期(例えば数千時間)の使用を行っても特性を維持することのできる電解質膜を提供することができる。
【0015】
本発明において使用できる基材としては、電池内部での電気化学反応等に対して耐久性の高いフッ素系高分子を用いることが好ましい。フッ素系高分子としては、具体的には、ポリテトラフルオロエチレン(以下、「PTFE」と略す)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(以下、「FEP」と略す)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(以下、「PFA」と略す)、ポリフッ化ビニリデン(以下、「PVDF」と略す)、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(以下、「ETFE」と略す)、エチレン−クロロトリフルオロエチレン共重合体(ECTFE)等を使用することができる。またこれらの基材は、予め架橋をしておくと、保液に伴う面積変化率を小さくすることができる。基材の架橋は既知の方法により行うことができ、例えば、PTFEの架橋方法については特開平6-116423号公報に、FEPやPFAの架橋方法については特開2001-348439号公報に開示されている。高分子基材の形態は、固体高分子型燃料電池の電解質膜としての利用の要請から、膜(フィルム)の形態であり、その大きさ、厚さは適宜決定することができる。
【0016】
本発明においてグラフト鎖は、例えば放射線を使用し、モノマーを上記の基材にグラフト反応させることにより得ることができる。本発明において使用できるモノマーとしては、ビニル基を有するモノマー、もしくはビニル基に結合している一部の水素が他の原子または官能基等に置換されたモノマーが挙げられる(以下、これを「ビニル系モノマー」と称する)。モノマーは、単一種であってもよく、また複数種のモノマーを混合して使用してもよい。グラフト鎖を形成するモノマーをH2C=CXRとの一般式で表した場合、本発明ではH2C=CX−の部分が主鎖に該当し、XはH、炭化水素またはFである。R−は側鎖に該当し、後述するスルホン化処理によってスルホン化される。モノマーは、具体的には化学式(1)で示されるものを用いることが好ましい。
【0017】
【化1】

【0018】
化学式(1)のモノマーのうち、後述するスルホン化処理を行い易いという観点から、R1がベンゼン環を含んでいる芳香族系モノマーを用いることがより好ましい。
また、ビニル系モノマーとして、分子中にグラフト反応性のある不飽和結合を複数有する架橋剤を用いることも可能である。ビニル系モノマーとしては、これらに限定されないが、具体的には、1,2-ビス(p-ビニルフェニル)、ジビニルスルホン、エチレングリコールジビニルエーテル、ジエチレングリコールジビニルエーテル、トリエチレングリコールジビニルエーテル、ジビニルベンゼン、シクロヘキサンジメタノールジビニルエーテル、フェニルアセチレン、ジフェニルアセチレン、1,4-ジフェニル-1,3-ブタジエン、ジアリルエーテル、2,4,6-トリアリルオキシ-1,3,5-トリアジン、トリアリル-1,2,4-ベンゼントリカルボキシレート、トリアリル-1,3,5-トリアジン-2,4,6-トリオン、ブタジエン、イソブテンなどを挙げることができる。このような架橋剤を用いることにより、グラフト鎖を架橋させることができる。グラフト鎖に架橋構造を形成することにより、膜の膨潤を抑制することができる。
【0019】
高分子基材への上記モノマーのグラフト重合は、基材に放射線を照射したあとモノマーと反応させる、いわゆる前照射法か、または基材とモノマーに同時に放射線を照射して重合させる、いわゆる同時照射法のいずれによっても行うことができる。基材にグラフトしないホモポリマーの生成量が少ないことから、前照射法をもちいることが好ましい。前照射法については2通りの方法があり、高分子基材を不活性ガス中で照射するポリマーラジカル法と、基材を酸素の存在する雰囲気下で照射するパーオキサイド法とがあり、いずれも本発明において用いることができる。
【0020】
前照射法の一例を以下に説明する。まず、高分子基材をガラス容器中に挿入したあと、この容器を真空脱気し、不活性ガス雰囲気に置換する。次いで、この基材を含む容器に電子線やγ線を、-10〜80℃、好ましくは室温付近で、1〜500kGy照射する。次いで、この容器内にモノマーを充填してグラフト反応を行う。モノマーに含まれている酸素ガスは、酸素を含まない不活性ガスによるバブリングや凍結脱気などにより予め除去しておく。モノマーは、単一種であっても複数種を混合したものであってもよく、適する溶媒に溶解または希釈したものであってもよい。予め架橋した高分子基材を使用する場合には、通常、30〜150℃、好ましくは40〜80℃でグラフト反応を行う。
【0021】
これにより得られたポリマーのグラフト率、すなわち重合前の高分子基材に対するグラフト鎖の重量パーセントは、8〜70重量%、より好ましくは10〜50重量%である。グラフト率は、照射線量、重合温度、重合時間等に依存して適宜変化させることができる。
【0022】
グラフト鎖を導入した高分子基材には、次の段階としてスルホン基等の陽イオン交換基を導入する。グラフト鎖への陽イオン交換基の導入は、既知の方法により行うことができる。例えば、スルホン基導入について、その条件は特開2001-348439号公報に開示されている。具体的には、1,2-ジクロロエタンを溶媒として用いた0.2〜0.5モル/Lの濃度のクロロスルホン酸溶液にグラフト処理フィルムを浸漬し、10〜80℃で1〜48時間反応させる。反応後、膜を十分に水洗する。スルホン化反応に必要なスルホン化剤としては、濃硫酸、発煙硫酸、三酸化硫黄、チオ硫酸ナトリウムなども使用することができ、スルホン基を導入できるものであれば種類を問わない。
【0023】
導入する陽イオン交換基としては、プロトン伝導性が向上することから、強酸基であるスルホン基が好ましいがこれに限定されない。また、導入する陽イオン交換基は、単一種であっても複数種であってもよい。複数種を導入する場合は、スルホン基と他の陽イオン交換基とを導入することが好ましく、他の陽イオン交換基としては、例えば、カルボキシル基やホスホン基が挙げられる。
【0024】
本発明の電解質膜の元素組成は、膜の少なくとも一の表面のO/S(酸素の原子パーセント/硫黄の原子パーセント)値が5.0以上、Sの表面元素比率が0.2以上5.0%以下であり、好ましくは、膜の少なくとも一の表面のO/S値が7.0以上、Sの表面元素比率が0.5以上3.0%以下である。また、膜の両面がこれらの特性を満足していることが好ましい。上記のように、グラフト鎖にスルホン基、またはスルホン基と他のイオン交換基とを有する電解質膜の場合、グラフト率を増加させることにより、陽イオン交換基の導入量を高くする、すなわちO/S値を高くすることが可能である。陽イオン交換基の導入量を高くするに従い、親水性基の導入量が増えるため接着性に関して有利に作用するが、一方で、水などを吸収し膨潤した際の面積変化率も比例して大きくなり、結果として、接着状態にある電極と電解質膜との界面に働く応力が大きくなってしまう。したがって、電解質膜として必要なプロトン伝導性などの特性を満足するのに必要な量の陽イオン交換基を導入し、かつ、電極との接着性に寄与する電解質膜表面においてのみ親水性官能基の導入量を多くすることが重要である。すなわち、プロトン導電性と電極との接着性とを両立させるという目的のためには、スルホン基に由来するSの元素比率を規定し、かつ、O/S値を高くすることが非常に重要となる。
【0025】
ここで、Sの元素比率を規定した上で、O/S値を高くする方法としては、グラフトさせるモノマーとして含酸素ビニル系モノマーを使用する方法や、電解質膜の少なくとも一の表面を放電処理する方法が挙げられる。ここで、「含酸素ビニル系モノマー」とは、ビニル系モノマーであって、そのビニル基に結合している置換基が酸素を含むモノマーである。具体例としては、上記化学式(1)のモノマーのR1に酸素を含むものが挙げられる。電解質膜のバルクに含酸素ビニル系モノマーがグラフトされると、モノマーの含酸素官能基の影響で親水化しやすく、結果として、膜の膨潤性が大きくなりやすくなる。したがって、O/S値を高くする目的が電極材に対する電解質膜の接着性向上であることを考慮すると、放電処理により、電解質膜の表面のみの改質を行うことが好ましい。放電処理を行い膜の表面に水酸基、カルボニル基、カルボキシル基といった親水性の官能基を導入することにより、電極に含まれる成分との化学的な結合力を高めることができ、密着性を長期にわたり保持することが可能となる。
【0026】
放電処理は、グロー放電によるプラズマ処理、スパッタエッチング処理、常圧プラズマ処理、コロナ処理等により行うことができる。このうち、特にグロー放電によるプラズマ処理およびスパッタエッチング処理については、減圧下特定のガス雰囲気中での処理が可能で、ガス種を選択することにより安定かつ効果的な処理を行うことができる点で好ましい。ガス種に関し、プラズマ処理の場合は、酸素、水、二酸化炭素等の酸素原子を含むもの、またはこれらを含む混合ガスであることが好ましく、スパッタエッチング処理の場合は、これらに加え、アルゴン、窒素等を使用することもできる。スパッタエッチング処理の場合、荷電周波数は、工業用割当周波数である13.56MHzが用いられ、処理時間と放電電力との積から算出される放電エネルギーは1〜1000J/cm2か好ましく、5〜200J/cm2がより好ましい。また、処理時の雰囲気圧は、0.05〜200Paが好ましく、1〜100Paがより好ましい。
【0027】
この手順で電解質膜を作製していくと、放電処理により基材とグラフト鎖の両方が処理されるが、とりわけ炭化水素もしくは、部分的にフッ素化された炭化水素からなるグラフト鎖の改質効果が高くなるため、フッ素系の基材自体の改質効果よりもグラフト鎖の改質により、格段に高い処理効果が得られる。特にPTFE、PFA、FEPといったいわゆるパーフルオロ系の基材の場合にはより顕著なものとなり、ナフィオンをはじめとするパーフルオロ系電解質膜を改質する場合に比べて、より高い密着性を可能にすることができる。本発明においては、炭化水素または部分的にフッ素化された炭化水素からなるグラフト鎖を有するため、この部分での改質効果がより有効に得られることによるものである。
【0028】
この表面形態について、電解質膜の少なくとも一の表面のみを処理すれば効果は得られるが、両面を処理することによりその効果は大きくなるため、両面を処理することが好ましい。
【0029】
また本発明による電解質膜は、40重量%メタノール水溶液中に液温25℃±2℃で24時間浸漬したあとの面積変化率が40%以下である必要がある。ここで、「面積変化率」とは、保液前と比較して、保液が飽和状態に達したときの膜の面積の変化率である。面積変化率が40%を超えると、電解質膜表面の元素比を規定することにより得られる電極との密着性を維持することが困難になる場合があるためである。この特性については、電解質膜のグラフト率、スルホン基をはじめとするイオン交換基の導入量、架橋度(基材の架橋、架橋剤の添加量)などにより制御することができる。
【0030】
また、面積変化率が40%以下である場合は、電極との密着性を維持できることに加え、膨潤を抑制でき、ダイレクトメタノール型燃料電池の場合に、燃料であるメタノールのクロスリークも抑制する効果が得られることから好ましい。
【0031】
本発明による高分子電解質膜は、25℃における電気伝導度が0.03Ω-1cm-1以上であることが好ましく、0.1Ω-1cm-1以上であることがより好ましい。電気伝導度が0.03Ω-1cm-1未満であると、膜抵抗が大きく十分な出力を得られ難くなるためである。
【0032】
ここで、膜抵抗に関連する特性として、電解質膜の厚さを挙げることができ、膜抵抗を低くするには膜厚を薄くすることが好ましい。しかし、薄くしすぎた場合には膜強度が低下し破損しやすくなり、またピンホール等の膜の欠陥も発生しやすくなるといった問題につながることから、5〜300μmであることが好ましく、20〜150μmであることがより好ましい。
【0033】
また、特開平04-220957号公報や特開2001-229936号公報においては、接着性向上を目的として電解質表面に積極的に凹凸を形成することを提案しているが、これは既に説明したように、長期の使用に際し、電解質膜の破損につながり、局所的な膜厚のバラツキ等に結びつくことから、凹凸が大きすぎることは好ましくなく、具体的にはRa(算術平均粗さ;JIS B 0601)で1μm、さらには0.5μm以下であることが好ましい。
【実施例】
【0034】
以下に本発明の実施例および比較例を示すが、本発明はこれらに限定されるものではない。
(実施例1)
PTFEフィルム(日東電工製、品番No900;厚さ50μm)を10cm角に切断し、ヒーター付のSUS製オートクレーブ照射容器(内径4cm、高さ30cm)に入れ、容器内を1×10-2Torr(1.3Pa)に脱気したあと、容器内に内圧が1気圧となるようにアルゴンガスを充填した。次いで、容器ヒーターを加熱して容器内の温度を340℃とし、60Co-γ線を線量率3kGy/hrで線量120kGy照射した。照射後、容器を冷却して、フィルムを取り出し架橋PTFEを得た。
【0035】
この架橋PTFEフィルムをコック付のガラス製セパラブル容器(内径3cm、高さ20cm)に入れて脱気したあと、1気圧のアルゴンガスを充填した。この状態で再び室温下で60Co-γ線を線量率10kGy/hrで線量60kGy照射した。次いで、あらかじめ脱気しておいたスチレン・トルエン混合液(スチレン50体積%とトルエン50体積%の混合液)約100gをこの容器中にアルゴン雰囲気下で投入した。なお、ここでフィルムは完全に混合液に浸漬した状態にあった。混合液を投入したあと、容器を60℃で15時間加熱してグラフト反応を行い、反応後トルエンで十分洗浄、乾燥してグラフト膜を得た。
【0036】
このグラフト重合した架橋PTFEフィルムを1,2-ジクロロエタンで希釈した0.3Mクロルスルホン酸溶液中に浸漬し、密封した状態で60℃で24時間加熱したあと、水洗、乾燥して、スルホン化したグラフト膜、すなわち電解質膜を得た。
【0037】
さらに、この電解質膜を、平行平板電極を有するスパッタ処理装置の電極表面に配し、この状態で減圧し、系内にH2Oガスを導入して13Paに調整した。この雰囲気下で周波数13.56MHz、処理エネルギー20J/cm2の条件でスパッタリング処理を行い、一旦処理槽内を大気圧に戻した後、フィルムを裏返して固定し、上記と同様の操作を行って、両面スパッタリング処理を行った電解質膜1を得た。
(実施例2)
基材としてPVDFフィルム(厚さ50μm)を使用したこと、重合前にフィルムの架橋処理を行わなかったこと、そしてグラフト反応の際に処理混合液投入後60℃で2時間加熱したこと以外は上記実施例1の手順に従い、電解質膜2を得た。
(実施例3)
モノマーとしてスチレンではなく4-メチルスチレンを使用したこと以外は上記実施例2の手順に従い、電解質膜3を得た。
(実施例4)
スパッタリング処理の処理エネルギーを3J/cm2としたこと以外は上記実施例2の手順に従い、電解質膜4を得た。
(実施例5)
グラフト反応の際に処理混合液投入後60℃で5時間加熱したこと以外は上記実施例2の手順に従い、電解質膜5を得た。
(実施例6)
グラフト反応の際に処理混合液投入後60℃で2時間加熱したこと以外は上記実施例1の手順に従い、電解質膜6を得た。
(比較例1)
スパッタリング処理を行わなかったこと以外は上記実施例2の手順に従い、電解質膜11を得た。
(比較例2)
スパッタ処理時の処理エネルギーを3J/cm2としたこと以外は上記実施例5の手順に従い、電解質膜12を得た。
(比較例3)
グラフト反応の際に処理混合液投入後60℃で30分間加熱したこと以外は上記実施例1の手順に従い、電解質膜13を得た。
(比較例4)
グラフト反応処理を行わなかったこと以外は上記実施例2の手順に従い、電解質膜14を得た。
(特性の評価方法)
(1)グラフト率(Xds
下式によりグラフト率を算出した。
【0038】
Xds=(W2−W1)×100/W1
W1:グラフト前の高分子基材の重量(g)
W2:グラフト後の高分子基材の重量(g)
(2)電気伝導度(κ)
電解質膜の電気伝導度は、交流法による測定(新実験化学講座19,高分子化学<II>,
p992,丸善)で、通常の膜抵抗測定セルとLCRメーター(E-4925A;ヒューレットパッカード製)を使用し、膜抵抗(Rm)の測定を行った。1M硫酸水溶液をセルに満たして膜の有無による白金電極間(距離5mm)の抵抗を測定し、下式を用いて膜の電気伝導度(比伝導度)を算出した。
【0039】
κ=1/Rm・d/S(Ω-1cm-1
(3)面積変化率(S)
電解質膜を50mm×50mmに裁断し、それを乾燥機中に放置し十分乾燥させたあとの面積をS1、このサンプルを40重量%メタノール水溶液中に液温25℃±2℃で24時間浸漬したあとの面積をS2とし、これらの値を基に下式により面積変化率Lを算出した。
【0040】
L=(S2−S1)×100/S1
(4)O/S値、Sの表面元素比率
分析機器としてESCA(X線光電子分光分析装置)を用い、下記条件にて表面元素比率を測定し、この結果を基に算出した。
【0041】
測定機:アルバックファイ社Quantum2000
測定面積:φ200μm
X線出力:30W(15kV)
X線源:モノクロAlKα
光電子取出し角:45°
中和条件:中和銃とイオン銃(中和モード)の併用
(O/S値)=(Oの表面元素比率;Atomic%)/(Sの表面元素比率;Atomic%)
(5)接着性
以下に示す方法で、電解質膜の電極に対する接着性試験を行った。
【0042】
まず、実施例および比較例により得られた電解質膜を用い、膜・電極積層体を作製した。具体的には、白金担持カーボン5gを、イソプロパノール中に溶解したナフィオン溶液(5重量%)100ml中に分散させた。次いで、この分散液をスクリーン印刷により電解質膜表面に塗布後、100℃で20分間乾燥させた。同様の操作で裏面にも分散液を塗布し、乾燥させて、電解質膜の両面に電極成分の形成を行った。これをさらに、120℃、100kg/cm2の条件で2分間保持し、電解質膜・電極積層体を作製した。
【0043】
次いで、この積層体を40重量%メタノール水溶液中に浸漬し、密封容器内で60℃で30分加熱し、電解質膜が膨潤した状態にした。次いで、積層体を取り出し、60℃の雰囲気下で30分間送風加熱乾燥させ、乾燥状態にして室温雰囲気下に戻した。これを1サイクルとして、合計10サイクル試験し、電極と電解質膜が完全に剥離するまでのサイクル数と、10サイクル終了時点での接着状態の確認を行った。
(評価結果)
結果を次の表に示す。
【0044】
【表1】

【0045】
表に示すように、実施例1〜6では10サイクルの接着性試験後も接着状態をほぼ維持していたのに対し、比較例1,2ではいずれも試験中に電極と電解質膜とが完全に剥離してしまう結果となった。また比較例3,4については、接着性は良好であるものの、導電性が極めて低く、電解質膜として機能しないことが確認された。以上の評価結果より、本発明の電解質膜の有効性が確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリテトラフルオロエチレンまたはポリフッ化ビニリデンからなるフッ素系高分子基材に、陽イオン交換基としてスルホン基を有するグラフト鎖が導入された固体高分子型燃料電池の電解質膜と、電極とが接合された膜電極接合体であって、
前記グラフト鎖が、以下:
【化1】

で表される式から選択される少なくとも1つのビニル系モノマーを前記フッ素系高分子基材にグラフト反応させて形成したグラフト鎖にスルホン基が導入されたものであり、
膜の少なくとも一の表面に放電処理が施され、
ESCAによる元素組成比において、電解質膜の少なくとも一の表面のO/S値が5.0以上であり、Sの表面元素比率が0.4以上5.0%以下であり、そして
前記放電処理を行った電解質膜表面と電極とを接合させたことを特徴とする、膜電極接合体。
【請求項2】
40重量%メタノール水溶液中に液温25℃±2℃で24時間浸漬したあとの電解質膜の面積変化率が、40%以下であることを特徴とする、請求項1に記載の膜電極接合体。

【公開番号】特開2010−103118(P2010−103118A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−260126(P2009−260126)
【出願日】平成21年11月13日(2009.11.13)
【分割の表示】特願2004−260905(P2004−260905)の分割
【原出願日】平成16年9月8日(2004.9.8)
【出願人】(000003964)日東電工株式会社 (5,557)
【Fターム(参考)】