説明

耐摩耗性に優れた高強度厚肉球状黒鉛鋳鉄品

【課題】鋳放しのままで、引張強さ:750MPa以上の高強度と、伸び:1.5%以上の高延性とを有し、さらに耐摩耗性に優れ、かつ肉厚:100mm以上の厚肉高強度球状黒鉛鋳鉄品を提供する。
【解決手段】質量%で、C:3〜4%、Si:1.8〜3.0%、Mn:0.5〜2%、S:0.003〜0.03%、Nb:0.1〜1.5%、Cu:1.2〜3.0%、Ni:0.6〜1.5%、V:0.1〜1.5%、Sb:0.0001〜0.01%、Mg:0.02〜0.06%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成とすることにより、厚肉鋳鉄品としても、黒鉛形状が安定して球状を呈し、鋳放しままで750MPa以上の高強度と、伸び:1.5%以上の高延性とを有し、さらに耐摩耗性に優れた厚肉高強度球状黒鉛鋳鉄品となる。なお、不純物として、P:0.04%未満、Cr:0.1%未満に調整することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレス機械などの各種機械用部品や、各種土木・建築用部材等に好適な、球状黒鉛鋳鉄品に係り、とくに750MPaを超える引張強さを有し、耐摩耗性に優れた高強度厚肉球状黒鉛鋳鉄品に関する。なお、ここでいう「厚肉鋳鉄品」とは、肉厚:100 mm以上の鋳鉄品をいうものとする。
【背景技術】
【0002】
球状黒鉛鋳鉄は、良好な鋳造性と、高強度を有し、鍛鋼や鋳鋼の代替として、とくに工作機械用の構造部品や、土木・建築用の構造部材等に広く使用されている。近年、構造部材や構造部品等の寿命向上、さらに経済性という観点から、高強度化され耐摩耗性に優れた、安価な鋳鉄品が使用される傾向にある。そのため、熱処理を行うことなく鋳放しのままの状態で、引張強さ:700MPaを超える高強度を有し、耐摩耗性に優れた高強度球状黒鉛鋳鉄品が要求されている。
【0003】
このような要求に対し、例えば特許文献1には、重量比で、C:3.20〜4.00%、Si:2.00〜3.20%、Mn:0.05〜3.00%を含み、P、S、Mgを適正量に調整して含み、さらに、Cu:0.40〜2.00%、希土類:0.005〜0.300%を含有し、残部Feからなる、球状黒鉛鋳鉄品が提案されている。特許文献1に記載された技術により製造された球状黒鉛鋳鉄品は、Cuと希土類元素を複合含有することにより、引張強さ700N/mm2以上の高強度と、伸び:2%以上の高延性を確保できるとしている。
【0004】
また、特許文献2には、C:3.2〜3.9%、Si:2.0〜2.6%、Mn:0.6%以下を含み、P、S、Mgを適正量に調整して含み、さらに、Cu:2.4〜3.3%、Sn:0.01〜0.05%を含有し、残部Feからなる、球状黒鉛鋳鉄が提案されている。特許文献2に記載された技術により製造された球状黒鉛鋳鉄品は、CuとSnを複合含有することにより、引張強さ:900N/mm2近く、又は900N/mm2以上の高強度と、伸び:4%以上の高延性を確保できるとしている。
【0005】
また、特許文献3には、重量%で、C:3.0〜4.5%、Si:1.6〜2.5%、Mn:0.2〜0.5%と、P、S、Mgを適正量に調整して含み、さらに、Zr:0.0005〜0.09%を含み、SnおよびCuの1種または2種を、Sn換算量で0.03〜0.11%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる、高強度球状黒鉛鋳鉄が提案されている。特許文献3に記載された技術により製造された球状黒鉛鋳鉄品は、鋳放しのままで、引張強さ:900MPa以上を有し、切削性も良好であるとしている。
【0006】
また、特許文献4には、重量比で、C:3.20〜4.00%、Si:2.00〜3.20%、Mn:0.30〜2.50%と、P、S、Mgを適正量に調整して含み、さらに、Cu:0.30〜3.50%、希土類元素:0.005〜0.30%を含有し、残部Feからなる溶湯の冷却を促進して、鋳鉄品を鋳造し、黒鉛の周囲にフェライト又はフェライトとパーライトの入り組んだ花弁状の組織を含む金属組織と、鋳放しで引張強さ800N/mm2以上、好ましくは900〜1000N/mm2で、伸びが2%以上、好ましくは3%以上を有する球状化黒鉛鋳鉄品とする、球状黒鉛鋳鉄品の製法が提案されている。
【0007】
また、特許文献5には、重量%で、C:2.0〜4.0%、Si:1.5〜4.5%、Mn:2.0%以下と、P、S、Mgを適正量に調整して含み、さらに、Cu:1.8〜4.0%、あるいはさらにSn:0.08%以下、および/または、Mo:0.5%以下、Ni:0.5%以下の1種または2種を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる、高強度球状黒鉛鋳鉄が提案されている。特許文献5に記載された技術により製造された球状黒鉛鋳鉄品は、鋳放しのままで、引張強さ:800MPa以上の高強度を有し、水脆化を著しく抑制でき、さらには被削性が向上するとしている。
【0008】
また、特許文献6には重量比率で、C:3.0〜4.0%、Si:1.6〜3.3%、Mn:0.2〜1.0%、Ni:0.5〜2.0%、Mo:0.2〜1.5%と、Mgを適正量に調整して含み、さらに、Cu:1.0〜3.0%、V:0.03〜0.2%を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、基地組織がパーライト、あるいはパーライトおよびベイナイトである、高強度ダクタイル鋳鉄が提案されている。特許文献6に記載された技術で製造された高強度球状黒鉛鋳鉄品は、1000MPa超えの引張強さと、2%以上の伸びを有するとしている。
【0009】
特許文献7には、質量%で、Ni:2.0〜4.0%、Mn:0.4%以下、Cu:0.2%以下を含み、MnとCuの合計量が0.5%以下である球状黒鉛鋳鉄が記載されている。特許文献7に記載された技術では、20〜50mm程度の肉厚を有する黒鉛鋳鉄において、冷却速度を工夫することにより、700MPa以上の高強度と7%以上の伸びを高レベルにバランスよく調整できるとしている。
【特許文献1】特開2000−26932号公報
【特許文献2】特開2001−131678号公報
【特許文献3】特開2002−275575号公報
【特許文献4】特開2002−317219号公報
【特許文献5】特開2003−13170号公報
【特許文献6】特開2004−99923号公報
【特許文献7】特開2004−124225号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上記した従来技術では、一定レベル以上の高強度が確保できるものの、耐摩耗性が劣るか、あるいは耐摩耗性については何の配慮もされていないという問題があり、最近の更なる耐摩耗性の向上要求に対しては問題を残していた。さらに、上記した従来技術では、高々50mm程度の肉厚の薄物鋳鉄品を対象としており、肉厚の増加にしたがい、強度が著しく低下するという問題もあった。
【0011】
本発明は、上記した従来技術の問題を解決し、鋳放しままで、引張強さ:750MPa以上の高強度と、伸び:1.5%以上の高延性と、従来材の1.5倍以上の優れた耐摩耗性とを兼備する、肉厚100mm以上の高強度厚肉黒鉛鋳鉄品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記した目的を達成するために、まず、鋳放しままの厚肉球状黒鉛鋳鉄品の強度と耐摩耗性に影響する各種要因について鋭意研究した。従来から、球状黒鉛鋳鉄の強度向上には、Cuを含有させることが有効であることが知られている。しかし、耐摩耗性の向上のために、とくに、Cr、Mo、V、W等の炭化物形成元素を多量に含有させると、共晶炭化物が晶出し、強度と延性がともに低下し、厚肉鋳鉄品では所望の強度を確保できなくなるという問題がある。
【0013】
そこで、本発明者らは、球状黒鉛鋳鉄組成を基本として、基地の高強度化のためにCuを含有させるとともに、さらに硬質な炭化物を形成するが共晶炭化物を形成しない元素を含有させることにより、基地中に微細な硬質炭化物を分散させることができ、高強度と高延性、さらに優れた耐摩耗性を兼備する厚肉鋳鉄品とすることができることに想到した。またさらに、炭素の拡散を抑制する元素を含有させてパーライト変態を促進させることにより、厚肉鋳鉄品の更なる高強度化が達成できることに思い至った。本発明者らの更なる研究により、上記した硬質な炭化物を形成するが共晶炭化物を形成しない元素としては、Nbが好適であり、さらにNbに加えてVを含有させることにより、VがMC型炭化物(硬質炭化物)中に固溶され炭化物を強化するとともに、残りのVが基地を強化し、耐摩耗性とともに強度向上に寄与することを知見した。さらに、適正量のNiをさらに含有させることにより、炭素の拡散が抑制され、厚肉鋳鉄品の更なる強度向上に寄与することができることを知見した。またさらに、適正量のSbを併せて含有することにより、100mm以上の厚肉鋳鉄品においてもなお、安定して黒鉛形状を適正な球状に維持でき、安定して所望の高強度、高延性の厚肉鋳鉄品を製造できることを知見した。
【0014】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
(1)質量%で、C:3〜4%、Si:1.8〜3.0%、Mn:0.5〜2%、S:0.003〜0.03%、Nb:0.1〜1.5%、Cu:1.2〜3.0%、Ni:0.6〜1.5%、V:0.1〜1.5%、Sb:0.0001〜0.01%、Mg:0.02〜0.06% を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、耐摩耗性に優れることを特徴とする高強度厚肉球状黒鉛鋳鉄品。
(2)(1)において、前記不可避的不純物としてPを0.04%未満、Crを0.1%未満に調整することを特徴とする高強度厚肉球状黒鉛鋳鉄品。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、鋳放しのままで、引張強さがおおよそ750MPa以上の高強度と、高延性、さらに優れた耐摩耗性を有する、肉厚:100mm以上の厚肉の高強度球状黒鉛鋳鉄品を容易に安定して製造でき、産業上格段の効果を奏する。また、本発明になる鋳鉄品は、耐摩耗性に優れ、高強度・高延性を有する鋳鉄品であり、機械部品の金具や爪、床板や、止め具などを配した景観部材、マンホールの蓋や、土木建築用の止め具や、その他、種々の耐摩耗鋳鉄部材への適用も可能となるという効果もある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
まず、本発明の球状黒鉛鋳鉄品の組成限定理由について説明する。なお、以下、組成における質量%は単に%で記す。
C:3〜4%
Cは、球状黒鉛の晶出量、パーライト中の層状セメンタイト量およびMC炭化物の析出量、ならびに溶湯の流動性に影響する重要な元素である。C含有量が3%未満では特に流動性が不足し、引け巣が発生しやすく、また黒鉛量が不足し、所望の高強度、高延性を確保する球状黒鉛鋳鉄とすることが難しくなる。一方、4%を超える含有は、黒鉛量が過多となり、強度が低下する。このため、Cは3〜4%に限定した。なお、好ましくは、3.3〜3.9%である。
【0017】
Si:1.8〜3.0%
Siは、溶湯の流動性と白銑化に影響を及ぼす元素であり、本発明では1.8%以上の含有を必要とする。Siが1.8%未満では、流動性が低下して薄肉部への溶湯の充填が困難になるとともに、白銑化も発生する。一方、3.0%を超える含有は、黒鉛形状が乱れ、形状の崩れた黒鉛となりやすく、高強度化が困難になる。このため、Siは1.8〜3.0%の範囲に限定した。なお、好ましくは、2.0〜2.6%である。
【0018】
Mn:0.5〜2%
Mnは、基地中に固溶し、基地の高強度化に寄与する有用な元素である。このような効果を得るためには、0.5%以上の含有を必要とする。Mnが0.5%未満では強度が低下し、所望の高強度を確保できなくなる。一方、2%を超えるMnの含有は、凝固セルの粒界にMnが偏析して材質を脆化させる。このため、Mnは0.5〜2%の範囲に限定した。なお、好ましくは、0.5〜1.4%である。
【0019】
S:0.003〜0.03%
Sは、Mg、Si等と化合物を形成して黒鉛の核を形成し、黒鉛化を促進する作用を有する元素である。このような効果を得るために、本発明では0.003%以上含有する。一方、0.03%を超える含有は、黒鉛形状を低下させる。このため、Sは0.003〜0.03%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.003〜0.015%である。
【0020】
Nb:0.1〜1.5%
Nbは、硬質なMC型炭化物を形成し、耐摩耗性向上に有効に寄与するとともに、凝固組織をも微細化し、高強度化に有効に寄与する本発明では極めて重要な元素である。このような効果は、0.1%以上の含有で認められるが、1.5%を超える含有は、MC型炭化物が粗大化し、強度の低下を招く。このため、Nbは0.1〜1.5%の範囲に限定した。なお、好ましくは、0.1〜1.2%である。
【0021】
Cu:1.2〜3.0%
Cuは、鋳放しままで、パーライト組織を緻密化するととともに、基地を高強度化する作用を有する、本発明では重要な元素である。このような効果を得るためには、1.2%以上の含有を必要とする。一方、3.0%を超える含有は、Cuが凝固セルの粒界に多量に偏析して強度の低下を招く。このため、Cuは1.2〜3.0%の範囲に限定した。なお、好ましくは1.2〜2.7%である。
【0022】
Ni:0.6〜1.5%
Niは、基地中に固溶して、炭素の拡散を抑制し、とくに凝固後の冷却速度が小さい厚肉鋳鉄品の基地相において、パーライト変態を促進し、強度を増加させ、厚肉鋳鉄品の高強度化に大きく寄与する元素であり、本発明では重要な元素である。このような効果は、0.6%以上の含有で顕著となる。一方、1.5%を超える含有は、オーステナイトを安定化させ、基地組織を一部、ベイナイト化、あるいはマルテンサイト化させて、強度のばらつきを大きくする悪影響を及ぼす。このため、Niは0.6〜1.5%の範囲に限定した。なお、Ni含有量は、鋳物形状、肉厚、使用する鋳型、鋳造条件等に応じて適正値があり、また要求される特性も種々変化するため、目的に応じて上記した範囲で調整することが好ましい。
【0023】
V:0.1〜1.5%
Vは、Nbの含有により出現したMC型炭化物に固溶してMC型炭化物を強化する作用を有し、強度増加と耐摩耗性向上に寄与する、本発明では重要な元素である。なお、MC型炭化物に固溶しきれないVの残部は、基地に固溶してパーライト組織を緻密化し、強化する作用をも有する。このような効果を得るためには、0.1%以上の含有を必要とする。一方、1.5%を超える含有は、炭化物量を増加させ過ぎて、延性が低下する。このため、Vは0.1〜1.5%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.1〜1.0%である。
【0024】
Sb:0.0001〜0.01%
Sbは、厚肉鋳物にときどき発生し強度劣化を引き起こすチャンキー黒鉛と称される、黒鉛形状が珊瑚状に崩れた状態の黒鉛の晶出を防止する作用を有し、本発明におけるような厚肉の球状黒鉛鋳鉄品においては、とくに有用な元素である。このような効果を得るためには、0.0001%以上の含有を必要とするが、0.01%を超える過剰な含有はかえって黒鉛形状の崩れを助長する。このため、Sbは0.0001〜0.01%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.0001〜0.006%である。
【0025】
Mg:0.02〜0.06%
Mgは、黒鉛を球状化する作用を有し、球状黒鉛鋳鉄では必須の元素である。このような効果を確保するためには、0.02%以上の含有を必要とする。一方、0.06%を超える含有は、Mgの酸化物が多量のドロスを発生させ、表面欠陥を増加させる。このため、Mgは0.02〜0.06%の範囲に限定した。
【0026】
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。なお、不可避的不純物としてPを0.04%未満、Crを0.1%未満に調整することが好ましい。
Pは、ザク巣を増加させたり、凝固セルの粒界に偏析して材質を脆化させる作用を有する元素であり、本発明では不純物としてできるだけ低減することが望ましい。0.04%以上では上記した悪影響が顕著となる。このため、Pは0.04%未満に調整することが好ましい。なお、より好ましくは0.03%以下である。
【0027】
Crは、白銑化を促進させる元素であり、白銑化抑制のために、低減することが好ましい。Cr:0.1%未満であれば悪影響は小さく許容できる。このため、Cr:0.1%未満に調整することが好ましい。Crを上記した範囲内とするためには、これら元素を多量に含有することのない溶解原料を使用することが肝要であるが、通常の一般的な溶解原料であれば、とくに溶解原料の厳選を必要としない。
【0028】
P、Cr以外の不可避的不純物として、Ti:0.03%未満、W:0.1%未満が許容できる。
Ti、Wは、いずれも白銑化を促進させ、黒鉛形状を劣化させる元素であり、白銑化抑制あるいは黒鉛形状の劣化抑制のために、これら元素の含有量は低い方が好ましい。Ti:0.03%未満、W:0.1%未満であれば悪影響は小さく、許容できる。このため、Ti:0.03%未満、W:0.1%未満に調整することが好ましい。Ti、Wを上記した範囲内とするためには、これら元素を多量に含有することのない溶解原料を使用することが肝要であるが、通常の一般的な溶解原料であれば、とくに溶解原料の厳選を必要としない。なお、より好ましくは、Ti:0.02%未満、W:0.04%未満である。
【0029】
また、不可避的不純物である、Al、Ca、Ba、Biは、Al :0.05%未満、Ca:0.008%未満、Ba:0.002%未満、Bi:0.02%未満が許容できる。
Al、Caは、通常、黒鉛球状化剤として使用されるFe−Si−Mg合金に含有され、またCa、Al、Ba、Biは、通常、接種剤として使用されるFe−Si合金やCa−Si合金中に含有される。このため、Al、Ca、Ba、Biは、球状黒鉛鋳鉄には不可避的に含まれる不純物となる。しかし、Al を0.05%以上含有すると、黒鉛球状化に悪影響を及ぼし強度低下の原因となる。このため、Al :0.05%未満に調整することが好ましい。また、Caを0.008%以上、Baを0.002%以上含有すると、ドロスが増加し、表面欠陥の発生が増加する。このため、Ca:0.008%未満、Ba:0.002%未満に調整することが好ましい。また、Bi:0.02%以上含有すると、黒鉛球状化に悪影響を及ぼしたり、炭化物を晶出する場合がある。このため、Biは0.02%未満に調整することが好ましい。
【0030】
上記した不純物以外の不可避的不純物として、Nがあるが、通常の溶湯溶製法であれば、N含有量は0.002〜0.01%程度となる。この程度の含有範囲であればとくに悪影響はない。
本発明の球状黒鉛鋳鉄品は、上記した組成を有し、鋳放しのままで、球状化した黒鉛を有し、鋳放しのままで引張強さ:750MPa以上の高強度と、1.5%以上の高延性と、従来材の1.5 倍以上の優れた耐摩耗性と、を有する。
【0031】
つぎに、本発明の高強度厚肉球状黒鉛鋳鉄品の好ましい製造方法について説明する。
高周波炉等の常用の鋳鉄溶製方法で母溶湯を溶製し、該母溶湯に、常用のMg合金等の黒鉛球状化剤を添加する黒鉛球状化処理を行ったのち、さらに、通常のFe−Si合金、Ca−Si合金等の接種剤で接種して上記した組成とし、所望の形状に形成された、砂型、金型等の常用の鋳型に注湯(鋳込み)することが好ましい。なお、本発明においては、接種は、常用の方法である、取鍋に移送時に行う方法、あるいは湯道等の鋳型内(インモールド接種)で行う方法のいずれで行ってもよいことは言うまでもない。
【0032】
以下、さらに実施例に基づいて本発明についてさらに説明する。
【実施例】
【0033】
高周波炉を用いて溶製した母溶湯に、表1に示す合金組成となるように合金元素を添加した。なお、合金元素添加後の溶湯の最高温度は、1490〜1580℃とした。合金元素添加後の溶湯に、ついで、市販のMg合金(Fe−45質量%Si−5質量%Mg−1質量%Ca合金)を用いてサンドイッチ法で黒鉛球状化処理を行った。ついで、溶湯を取鍋に移し替え、その際に、Fe−75%Si合金で接種した。接種直後、化学分析用試料を採取し、直ちに、溶湯を砂型に注湯(鋳込み)し、Y型キールブロック(平行部肉厚110mm)とした。なお、鋳込み温度は、1360℃〜1480℃とした。
【0034】
鋳込み後、18時間以上放置したのち、型バラシを行い、Y型キールブロックから、鋳放し状態で、試験片を採取し、引張試験および摩耗試験を実施した。試験方法は次のとおりとした。
(1)引張試験
Y型キールブロックから、JIS 14A号引張試験片(平行部径:10mmφ×GL50mm)を採取し、JIS Z 2241の規定に準拠して、室温(25℃)で引張試験を実施し、引張強さTS、および伸びElを測定した。
【0035】
(2)摩耗試験
Y型キールブロックから、摩耗試験片(円盤状試験片:外径φ60mm×肉厚10mm)を採取した。摩耗試験は、2円盤の転がりすべり方式とした。相手材は、S45C材製の円盤状試験片(外径φ190mm×肉厚15mm)とした。摩耗試験は、試験片回転数:700rpm、すべり率:5%、荷重:100kgf(980N)、試験時間:60minとした。摩耗試験の前後に試験片の重量測定を行い、試験片の摩耗減量(摩耗量)を測定した。各鋳鉄品の耐摩耗性は、従来例(鋳鉄品No.9)の摩耗量に対する比、摩耗比=(従来例の摩耗量)/(各鋳鉄品(試験片)の摩耗量)で評価した。この摩耗比が大きいほど、耐摩耗性が優れることを意味する。
【0036】
得られた結果を表2に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
【表2】

【0039】
本発明例はいずれも、引張強さTS:750MPa以上の高強度と、伸びEl:1.5%以上の高延性を兼備し、さらに従来例(鋳鉄品No.9)の1.5倍以上の高耐摩耗性を有し、優れた特性を有する厚肉球状黒鉛鋳鉄品となっている。一方、本発明の範囲を外れる比較例は、引張強さが750MPa未満であるか、伸びが1.5%未満であるか、あるいは従来の1.1倍程度の耐摩耗性しか有していないか、である。Nb無添加で、Cu含有量が本発明範囲を低く外れ、Crを含有する比較例(鋳鉄品No.10)は、強度、延性、耐摩耗性のいずれも所望の特性を確保できていない。また、Niが本発明範囲を低く外れる比較例(鋳鉄品No.11)は、強度、耐摩耗性が所望の特性を確保できていない。また、Niが本発明範囲を低く外れ、Vが本発明範囲を高く外れる比較例(鋳鉄品No.12)は、強度、延性が所望の特性を確保できていない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:3〜4%、 Si:1.8〜3.0%、
Mn:0.5〜2%、 S:0.003〜0.03%、
Nb:0.1〜1.5%、 Cu:1.2〜3.0%、
Ni:0.6〜1.5%、 V:0.1〜1.5%、
Sb:0.0001〜0.01%、 Mg:0.02〜0.06%
を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、耐摩耗性に優れることを特徴とする高強度厚肉球状黒鉛鋳鉄品。
【請求項2】
前記不可避的不純物としてPを0.04%未満、Crを0.1%未満に調整することを特徴とする請求項1に記載の高強度厚肉球状黒鉛鋳鉄品。