説明

耐摩耗性チェーン

【課題】硬度の高い水素フリーDLCを密着性よくピンの表面にコーティングし耐摩耗性を格段に向上させた耐摩耗性チェーンを提供すること。
【解決手段】複数のリンクプレートがピンによって交互に屈曲可能に連結されてなる耐摩耗性チェーンにおいて、ピンが母材上に拡散浸透法により形成された炭化物被膜を有すると共に炭化物被膜上にDLC被膜を有していることにより、上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主として自動車のタイミングチェーンとして用いられるローラチェーン、ブシュチェーン、サイレントチェーンなどの複数のリンクプレートがピンによって交互に屈曲可能に連結されてなるチェーンに関し、さらに詳しくは、ピンの表面処理により耐摩耗性を向上したチェーンに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車のタイミングチェーンのチェーン伸びの原因となるピンとブシュ又はピンとリンクプレートとの摺動による摩耗を抑制するために、ピンの表面にクロム炭化物やバナジウム炭化物などの硬質炭化物層を形成することが行われている(例えば、特許文献1参照。)。
【0003】
また、耐摩耗性を改善するためにピンの表面にDLCのコーティングを施すことも試みられてきた(例えば、特許文献2、3参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−293586号公報
【特許文献2】特開2006−29462号公報
【特許文献3】特開2005−291349号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、最近のエンジンの高排気量化によるチェーンの張力増大やエンジンオイルの中のP、Sなどの添加剤量の減少により、自動車のタイミングシステムにおけるチェーンの使用環境は摩耗が促進される環境にある。そのため、ピンの表面に硬質炭化物層を形成するという従来の対策では不十分であり、さらなる摩耗伸び低減のための対策が求められている。
【0006】
また、ピンの表面にDLCのコーティングを施す対策では、チェーンでの運転試験を実施すると、剥離が発生し、密着性に問題があった。これは、DLCの残留圧縮応力が大きいこと及び母材とDLCとの硬さの差が大きいことが原因であると考えられる。
【0007】
また、DLCは水素含有量によって大きくその特性が変化し、特に硬さについては1000〜5000Hvと大きな範囲を取り得る。耐摩耗性の改善にはより硬さが大きい水素フリーDLC被膜を用いたいが前述した密着性の問題から困難であった。特許文献3においては、同文献[0011]段落に「DLC層の構造は、通常水素を若干含有した非晶質(アモルファス)構造であって、ダイヤモンド結合やグラファイト結合を有するものである」と記載されているように水素フリーDLC被膜を用いることについては想定されていない。
【0008】
そこで、本発明が解決しようとする技術的課題、すなわち、本発明の目的は、硬度の高い水素フリーDLCを密着性よくピンの表面にコーティングし耐摩耗性を格段に向上させた耐摩耗性チェーンを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
まず、本請求項1に係る発明は、複数のリンクプレートがピンによって交互に屈曲可能に連結されてなる耐摩耗性チェーンにおいて、前記ピンが母材上に拡散浸透法によって形成された炭化物被膜を有していると共に該炭化物被膜上にDLC被膜を有していることによって、前記課題を解決したものである。
【0010】
ここで、本発明における拡散浸透法とは、クロム、バナジウムなどの炭化物形成元素を拡散浸透させることによって、母材に含有する炭素と反応して炭化物を形成する炭化物被覆を意味しており、具体的には、粉末パック法、塗布法、めっき加熱法、溶融塩法、流動層炉法などがある。また、本発明におけるDLCとは、Diamond−Like Carbonすなわち、ダイヤモンド状炭素として知られているダイヤモンドに類似した特性を持つ炭素被膜を意味しており、硬質薄膜の新素材の一つである。
【0011】
そして、本請求項2に係る発明は、請求項1に係る耐摩耗性チェーンにおいて、前記炭化物被膜がクロム炭化物被膜又はバナジウム炭化物被膜であることによって、前記課題をさらに解決したものである。
【0012】
また、本請求項3に係る発明は、請求項1に係る耐摩耗性チェーンにおいて、前記炭化物被膜がピンの母材上に形成されたクロム炭化物被膜と該クロム炭化物被膜上に形成されたバナジウム炭化物被膜とからなることによって、前記課題をさらに解決したものである。
【0013】
また、本請求項4に係る発明は、請求項1乃至請求項3のいずれかに係る耐摩耗性チェーンにおいて、前記炭化物被膜形成後、焼入、焼戻処理を行った後、研磨処理を行うことによって、前記課題をさらに解決したものである。
【0014】
また、本請求項5に係る発明は、請求項1乃至請求項4のいずれかに係る耐摩耗性チェーンにおいて、前記DLC被膜が水素フリーであることによって、前記課題をさらに解決したものである。
【発明の効果】
【0015】
本請求項1に係る発明によれば、複数のリンクプレートがピンによって交互に屈曲可能に連結されてなる耐摩耗性チェーンにおいて、ピンが母材上に拡散浸透法によって形成された炭化物被膜を有していると共に炭化物被膜上にDLC被膜を有していることによって、拡散浸透法によって形成された炭化物被膜が母材に対して強固な密着性を有すると共に、ピンの母材の硬さとDLC被膜の硬さとの差が中間の硬さを有する炭化物被膜によって緩和されるので、ピンの母材に対するDLC被膜の密着性が向上し、チェーンの耐摩耗性が向上する。
【0016】
また、ピンの母材上に硬質炭化物被膜を有していることによって、DLC被膜が剥離したとしてもピンの母材が露出することがないので、母材の摩耗の促進を防止できる。
【0017】
本請求項2に係る発明によれば、請求項1に係る耐摩耗性チェーンにおいて、炭化物被膜がクロム炭化物被膜又はバナジウム炭化物被膜であることによって、炭化物被膜がピンの母材より硬くDLC被膜より軟らかいので、ピンの母材とDLC被膜との密着性が向上する。
【0018】
本請求項3に係る発明によれば、請求項1に係る耐摩耗性チェーンにおいて、炭化物被膜がピンの母材上に形成されたクロム炭化物被膜とクロム炭化物被膜上に形成されたバナジウム炭化物被膜とからなることによって、ピンの母材の硬度、クロム炭化物被膜の硬度、バナジウム炭化物被膜の硬度、DLC被膜の硬度が段階的に硬くなるので、ピンの母材とDLC被膜との密着性が一層向上し、チェーンの耐摩耗性が向上する。
【0019】
本請求項4に係る発明によれば、請求項1乃至請求項3のいずれかに係る耐摩耗性チェーンにおいて、炭化物被膜形成後、焼入、焼戻処理を行った後、研磨処理を行うことによって、炭化物被膜とピンの母材との密着性が向上すると共に炭化物被膜とDLC被膜との密着性が向上するので、ピンの母材とDLC被膜との密着性が一層向上し、チェーンの耐摩耗性が向上する。また、下地層である炭化物被膜を研磨処理することにより表面粗さが小さくなり、その結果、炭化物被膜の上に形成するDLC被膜の表面粗さも小さくなるので、耐摩耗性のさらなる向上が可能になる。
【0020】
本請求項5に係る発明によれば、請求項1乃至請求項4のいずれかに係る耐摩耗性チェーンにおいて、DLC被膜が水素フリーであることによって、DLC被膜の硬度が高くなるので、下地層による密着性の向上と相俟ってチェーンの耐摩耗性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施例1であるローラチェーンの斜視図。
【図2】実施例1のローラチェーンのピン表面の断面図。
【図3】実施例1のローラチェーンの加速試験による伸び曲線を示す図。
【図4】本発明の実施例2であるサイレントチェーンの斜視図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明は、複数のリンクプレートがピンによって交互に屈曲可能に連結されてなる耐摩耗性チェーンにおいて、ピンが母材上に拡散浸透法によって形成された炭化物被膜を有していると共に炭化物被膜上にDLC被膜を有していることによって、硬度の高い水素フリーDLCを密着性よくピンの表面にコーティングし耐摩耗性を格段に向上させた耐摩耗性チェーンを提供するものであれば、その具体的な実施態様は如何なるものであっても何ら構わない。
【0023】
すなわち、本発明の耐摩耗性チェーンは、複数のリンクプレートがピンによって交互に屈曲可能に連結されてなるものであれば、いかなる形状のチェーンであっても良い。例えば、ローラチェーンであってもサイレントチェーンであっても何ら構わない。
【実施例1】
【0024】
本発明をローラチェーンに適用した例について、図1乃至図3に基づいて説明する。ここで、図1は、実施例1のローラチェーンの斜視図であり、図2は、実施例1のローラチェーンのピン表面の断面図であり、図3は、実施例1のローラチェーンの加速試験による伸び曲線を示す図である。
【0025】
ローラチェーン10は、ブシュ12の両端がそれぞれ一対の内プレート11のブシュ孔11aに圧入され、ブシュ12内に遊貫されたピン16の両端が一対の内プレート11の両外側に配置された一対の外プレート14のピン孔14aに圧入されている。そして、ブシュ12にローラ13を回転自在に外挿している。
【0026】
そして、ピン16の母材上に拡散浸透法によって厚さが15μmのクロム炭化物被膜を形成し、その上に厚さが10μmのバナジウム炭化物被膜を形成した。
【0027】
本実施例に用いた拡散浸透法としては、粉末パック法を用いた。具体的には、まず、炭化物を形成するための金属(クロム、バナジウム)を含む粉末中にピン(母材)を埋没させて、所定の温度に加熱することにより、母材中の炭素と粉末中の金属とが相互に拡散することで、被膜を形成する。相互拡散により形成された被膜は、他の方法で形成された被膜に対して顕著な密着性を示すため、PVD法などの手法で形成した中間層に比べて、母材〜中間層間の剥離が生じにくい。
【0028】
このため、PVD法などの手法で形成した中間層に比べて、DLCが摩減または部分剥離を起こしたとしても、母材の摩耗が生じにくく、耐摩耗性維持に効果がある。
【0029】
このようにして母材上に炭化物被膜が形成されたピン16を焼入、焼戻処理を行った後、研磨処理を行った。研磨処理後、炭化物被膜上に厚さが2μmの水素フリーDLC被膜を形成した。水素フリーDLC被膜の形成方法としては、公知のPVD法を採用した。このような表面処理を施したピン表面の断面図を図2に示す。
【0030】
図2に示すように、ローラチェーン10のピン16は、硬さ600Hv程度の母材上に硬さ1800Hv程度のクロム炭化物被膜が形成され、その上に硬さ2400Hv程度のバナジウム炭化物被膜が形成され、その上に硬さ3000Hv以上の水素フリーDLC被膜が形成されている。このように、段階的に硬さが変化しているため、被膜間の密着性が向上し剥離が生じにくい。
【0031】
実施例1の耐摩耗性チェーンが奏する効果を確認するために、下記の条件でモータリング試験機を用いて加速試験を行い、チェーン伸び(%)を測定した。比較例としては、厚さが2μmの水素フリーDLC被膜を施したもの、厚さが15μmのクロム炭化物被膜を施したもの、厚さが10μmのバナジウム炭化物被膜を施したものを用いた。その結果を図3に示す。
【0032】
<試験条件>
イ)チェーン :ピッチ6.35mmのローラチェーン
ロ)スプロケット歯数 :23枚×46枚
ハ)チェーン負荷 :1.5kN
ニ)回転速度 :6500回転/分
ホ)試験時間 :2000時間
【0033】
図3から分かるように、実施例1の被覆層は、水素フリーDLC被膜、クロム炭化物被膜、バナジウム炭化物被膜のみからなる被覆層に比べると耐摩耗性が2倍以上改善されていることが分かる。
【0034】
以上のように、本実施例のローラチェーンによれば、これまで密着性の点で被覆材として用いることが適していないとされていた硬質の水素フリーDLC被膜をピンの被覆材として用いることが可能になり、その結果、ローラチェーンの耐摩耗性を飛躍的に向上させることが可能になる。
【実施例2】
【0035】
次に、本発明をサイレントチェーンに適用した例について、図4に基づいて説明する。ここで、図4は、実施例2のサイレントチェーンの斜視図である。
【0036】
以下に、本発明の実施例2であるサイレントチェーンとして構成されたチェーンについて、図4に基づいて説明する。
【0037】
サイレントチェーン20は、図4に示すように、一対のピン孔22a、一対の歯22b及び背面22cを有する内リンクプレート22が、サイレントチェーン20の長手方向に交互に位置をずらせてガイド列A及び非ガイド列Bにそれぞれ配置されると共に、ピン孔24aを有するガイドプレート24がガイド列の両最外側に配置され、内リンクプレート22の各ピン孔22aにピン26が挿通され、このピン26の両端がガイドプレート24のピン孔24aに嵌合固定されている。
【0038】
そして、ピン26の母材上に実施例1と同様の被覆を施した。実施例2の耐摩耗性チェーンが奏する効果を確認するために、実施例1と同じ条件でモータリング試験機を用いて加速試験を行い、チェーン伸び(%)を測定したところ図3と同様の結果が得られた。
【0039】
以上のように、本発明の耐摩耗性チェーンによれば、高硬度ではあるが密着性の問題があってチェーンのピンの被覆材には適していないと考えられていた水素フリーDLC被膜を下地被覆層としてクロム炭化物被膜及びバナジウム炭化物被膜を用いることにより、母材と水素フリーDLC被膜との硬度差を段階的に変化させることに成功し、その結果、被膜の耐剥離性を著しく改善したものであって、その効果は絶大である。
【符号の説明】
【0040】
10 ・・・ ローラチェーン
11 ・・・ 内プレート
12 ・・・ ブシュ
13 ・・・ ローラ
14 ・・・ 外プレート
14a・・・ ピン孔
16 ・・・ ピン
20 ・・・ サイレントチェーン
22 ・・・ 内リンクプレート
22a・・・ ピン孔
22b・・・ 歯
22c・・・ 背面
24 ・・・ ガイドプレート
24a・・・ ピン孔
26 ・・・ ピン
A ・・・ ガイド列
B ・・・ 非ガイド列

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のリンクプレートがピンによって交互に屈曲可能に連結されてなる耐摩耗性チェーンにおいて、
前記ピンが母材上に拡散浸透法によって形成された炭化物被膜を有していると共に該炭化物被膜上にDLC被膜を有していることを特徴とする耐摩耗性チェーン。
【請求項2】
前記炭化物被膜がクロム炭化物被膜又はバナジウム炭化物被膜であることを特徴とする請求項1に記載の耐摩耗性チェーン。
【請求項3】
前記炭化物被膜がピンの母材上に形成されたクロム炭化物被膜と該クロム炭化物被膜上に形成されたバナジウム炭化物被膜とからなることを特徴とする請求項1に記載の耐摩耗性チェーン。
【請求項4】
前記炭化物被膜形成後、焼入、焼戻処理を行った後、研磨処理を行うことを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の耐摩耗性チェーン。
【請求項5】
前記DLC被膜が水素フリーであることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の耐摩耗性チェーン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−64218(P2011−64218A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−213240(P2009−213240)
【出願日】平成21年9月15日(2009.9.15)
【出願人】(000003355)株式会社椿本チエイン (861)
【Fターム(参考)】