説明

耐水性および化学耐久性に優れたバナジン酸塩−リン酸塩ガラス

【課題】導電性と耐水性および化学耐久性とを併せ持つバナジン酸塩−リン酸塩ガラスを提供する。
【解決手段】本発明により提供されるバナジン酸塩−リン酸塩ガラスは、酸化バナジウム、酸化バリウムおよび酸化鉄を含む金属酸化物混合物と、五酸化二リンとを含み、金属酸化物混合物に含まれる金属原子のモル数の合計とリン原子のモル数の比が41:59〜60:40である原料組成物を溶融および急冷固化後、バナジン酸塩−リン酸塩ガラスのガラス転移温度以上融点以下の温度で所定時間アニーリングして得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電性ガラスであるバナジン酸塩−リン酸塩(V−P)ガラスの改良に関する。
【背景技術】
【0002】
ガラスは一般に絶縁体(電気伝導度10−14〜10−12S・cm−1)であるが、組成によっては導電性を示すものが存在し、金属の使用が困難な環境下で使用される反応容器、装置、部品等の用途に加え、導電性を有することから、太陽電池および二次電池用電極、サーミスタ、導電性ペースト、帯電防止材料等の各種電子材料としての用途に利用されている。また、滑らかな表面を有し、FIB(集束イオンビーム)による微細加工を短時間で行うことが可能であるため、微細金型やMEMS用基材としての用途も期待される。
【0003】
導電性ガラスは、電荷輸送担体が電子である電子伝導性ガラスと、電荷輸送担体がイオンであるイオン伝導性ガラスに大別される。これまでに多くの導電性ガラスが提案されているが、前者の具体例としては、酸化バナジウム、酸化バリウム及び酸化鉄を含む混合物を溶融、急冷して得られたガラス組成物が、前記ガラス組成物のガラス転移温度以上、結晶化温度以下の温度に加熱され、その室温における電気伝導度が10−4〜10−1S・cm−1のガラス半導体であるバナジン酸塩ガラス(特許文献1参照)が挙げられる。また、前者と後者が共存する系の具体例としては、ケイ酸塩ガラスにその1質量%〜10質量%の五酸化バナジウム(V)を含有させたV添加ガラスをベースとして、該V添加ガラスの1質量%〜9質量%のヨウ化銀(AgI)を含有させてなる静電気対策グラスライニング用導電性ガラス(特許文献2参照)が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−60117号公報
【特許文献2】特許第3854985号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1記載のバナジン酸塩ガラスは、最高で約10−1S・cm−1と高い電気伝導性を示すものの、耐水性および化学耐久性がそれほど高くなく、少量ではあるが水中や高湿度環境下で酸化バナジウムまたはバナジウムが溶出するという問題がある。また、特許文献2記載の静電気対策グラスライニング用導電性ガラスは、耐水性および化学耐久性に優れる反面、電気伝導度が10−9〜10−8S・cm−1と低いため、静電気対策等の限定的な用途にしか適用できないという問題がある。
【0006】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、導電性と耐水性および化学耐久性とを併せ持つバナジン酸塩−リン酸塩ガラスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的に沿う本発明は、酸化バナジウム、酸化バリウムおよび酸化鉄を含む金属酸化物混合物と、五酸化二リンとを含み、該金属酸化物混合物に含まれる金属酸化物のモル数の合計と五酸化二リンのモル数の比が41:59〜60:40である原料組成物を溶融および急冷固化して得られることを特徴とするバナジン酸塩−リン酸塩ガラスを提供することにより上記課題を解決するものである。
【0008】
酸化バナジウム、酸化バリウム、酸化鉄を含む酸化物ガラス組成物(バナジン酸塩ガラス)において、これらの原子が3次元状のガラス骨格を形成し、その中に配置された種々の酸化数(例えば、+4、+5)を有するバナジウム原子間を電子がホッピング伝導することにより電気伝導性が発現すると考えられている。このガラス骨格にさらにリン原子が加わると、より強固なネットワークが形成され、バナジウムイオンを始めとする金属イオンの溶出が抑制されることにより、耐水性および化学耐久性が向上すると考えられる。
【0009】
なお、「該金属酸化物混合物に含まれる金属酸化物のモル数の合計と五酸化二リンのモル数の比」とは、金属酸化物混合物がx種の金属m1、m2、・・・、mi、・・・mx(iおよびxは自然数であり、1≦i≦xである。)の酸化物からなり、原料組成物に含まれる金属酸化物m1、m2、・・・、mi、・・・mxのモル数が、nm1、nm2、・・・、nmi・・・nmx、五酸化二リン(P)のモル数がnである場合、下式で表される。
【0010】
【数1】

【0011】
例えば、金属酸化物混合物が酸化バナジウム、酸化バリウムおよび酸化鉄のみからなり、原料組成物に含まれる酸化バナジウム、酸化バリウム、酸化鉄および五酸化二リンのモル数が、それぞれ、w、x、yおよびzである場合、「金属酸化物混合物に含まれる金属酸化物のモル数の合計と五酸化二リンのモル数の比」は(w+x+y):zとなる。
【0012】
本発明のバナジン酸塩−リン酸塩ガラスは、前記原料組成物を溶融および急冷固化後、さらに前記バナジン酸塩−リン酸塩ガラスのガラス転移温度以上融点以下の温度で所定時間アニーリングして得られるものであることが好ましい。
上記の範囲内の温度でアニーリングを行うと、ガラス骨格の構造緩和によりガラス骨格の歪みを減少させ、3価あるいは4価のバナジウムから5価のバナジウムへの価電子(3d電子)のホッピング伝導の確率を増大させることにより電気伝導度を1桁以上増大させることができる。
【0013】
本発明のバナジン酸塩−リン酸塩ガラスにおいて、前記金属酸化物混合物に含まれる酸化バナジウム、酸化バリウム、および酸化鉄の含有量が、それぞれ、40〜98モル%、1〜40モル%、および1〜20モル%であってもよい。
金属酸化物混合物が、上記の割合で酸化バナジウム、酸化バリウム、および酸化鉄を含んでいると、高い電気伝導度を有するバナジン酸塩−リン酸塩ガラスを得ることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によると、導電性と耐水性および化学耐久性とを併せ持つバナジン酸塩−リン酸塩ガラスが提供される。本発明のバナジン酸塩−リン酸塩ガラスは導電性を有しているため、太陽電池および二次電池用電極材料、放電材料、帯電防止材料、導電性ペースト等の電子機能材料への応用が可能である。また、本発明のバナジン酸塩−リン酸塩ガラスはガラス質であるため、結晶質のものに比べてインターカレーションによる構造変化を少なくすることができ、安定した性能を維持できる。さらに、本発明のバナジン酸塩−リン酸塩ガラスを二次電池用カソード電極等に適用した場合、2相共存状態が幾つか存在する結晶質材料に見られるような起電力のステップ状の変化が起こらず、起電力がほぼ一定となると共に化学拡散係数を高くできるので、結晶質材料を用いる場合よりも高いエネルギー密度が期待できる。
【0015】
また、本発明のバナジン酸塩−リン酸塩ガラスは、ガラス本来の特徴である加工性に優れ、薄膜化や複雑な形状等への成形が容易にでき、しかも、種々の形態の半導体素子としての応用が可能である。さらに、イオン照射を行っても電荷の蓄積による静電破壊が起こりにくいので、FIB(集束イオンビーム)による微細加工を短時間で行うことも可能である。そのため、平滑な表面を有することと相まって微細金型としての応用も可能である。さらに、本発明のバナジン酸塩−リン酸塩ガラスは、高い耐水性および化学耐久性を併せ持つため、金属の使用が困難な環境下で使用される反応容器、装置、部品への応用が可能である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
続いて、本発明を具体化した実施の形態につき説明し、本発明の理解に供する。
本発明の一実施の形態に係るバナジン酸塩−リン酸塩ガラス(以下、単に「バナジン酸塩−リン酸塩ガラス」と呼称する場合がある。)は、酸化バナジウム、酸化バリウムおよび酸化鉄を含む金属酸化物混合物と、五酸化二リン(P)とを含む原料組成物を溶融および急冷固化して得られる。バナジン酸塩−リン酸塩ガラスの原料となる原料組成物において、金属酸化物混合物に含まれる金属酸化物のモル数の合計と五酸化二リンのモル数の比は、41:59〜60:40である。なお、該金属酸化物混合物に含まれる金属酸化物のモル数の合計と五酸化二リンのモル数の比の定義は上述のとおりである。
【0017】
バナジン酸塩−リン酸塩ガラスは、ガラスの製造に用いられている任意の公知の方法を用いて製造できるが、例えば、金属酸化物混合物および五酸化二リンを混合して得られる原料組成物を加熱融解後、急速に冷却して固化させる融液固化法が好ましく用いられる。原料組成物の加熱および溶融した原料組成物の急速冷却に用いられる装置および方法についても特に制限はなく、任意の公知の装置および方法を適宜用いることができる。
【0018】
次に、金属酸化物混合物に含まれる各成分について説明する。
(1)酸化バナジウム
バナジウムは酸化物系ガラスの主骨格を形成させるための構成元素であり、その酸化数を+2、+3、+4、+5等に適宜変化させることにより、電子がホッピングする確率を高めることができる。酸化バナジウムとしては、一酸化バナジウム(VO)、三酸化二バナジウム(V)、二酸化バナジウム(VO)、五酸化二バナジウム(V)が含まれ、特に五酸化二バナジウムが好適に用いられる。
【0019】
バナジン酸塩−リン酸塩ガラス中の酸化バナジウムの含有量は、金属酸化物混合物全体の40〜98モル%の範囲とすることが好ましく、金属酸化物混合物全体の50〜90モル%の範囲とすることがより好ましい。これはその適用条件にもよるが、酸化バナジウムの含有量が40モル%より少ないと、バナジウムを主構成要素としたガラス骨格を維持させるのが困難になる上に、電気伝導度を所定範囲に維持させるのが困難になる傾向が現れ、逆に98モル%を超えると、後述する副成分の含有量が減るために、副成分による電気伝導度や光学特性、機械的特性等の調整機能を低下させる傾向が現れるからである。
【0020】
(2)酸化バリウム
酸化バリウムは、2次元構造を有する酸化バナジウムのガラス骨格を3次元化するために添加される。五酸化バナジウムは、VOピラミッドを構成単位とする層状の結晶構造を有しており、これに酸化カリウム(KO)や酸化ナトリウム(NaO)などのアルカリ酸化物を第2成分として加えてガラス化した場合には、そのガラス骨格が1次元的になる。しかし、五酸化バナジウムに酸化バリウム(BaO)を第2成分として加えることにより、そのガラス骨格を3次元的に形成させることができる。その結果、電子ホッピングの確率が増加し、電気伝導度を向上させることができる。
【0021】
酸化バリウムとしては、通常のBaOの他に、過剰酸素を含む固溶体としてのBaOや過酸化バリウムが含まれる。バナジン酸塩ガラス中の酸化バリウムの含有量は、金属酸化物混合物全体の1〜40モル%の範囲とすることが好ましく、金属酸化物混合物全体の5〜35モル%の範囲とすることがより好ましい。これは適用条件にもよるが酸化バリウムの含有量が1モル%より少ないと、均質なガラス化が困難になる傾向が現れ、逆に40モル%を超えると機械的強度や光透過性等が低下し、ガラス化しにくくなる傾向が現れるので好ましくない。
【0022】
(3)酸化鉄
鉄は3d軌道に5個の電子を有する元素であり、この電子がガラス骨格の電気伝導性、すなわち3価あるいは4価のバナジウムから5価のバナジウムへの電子のホッピングに寄与している可能性が高い。酸化バリウムと同様に酸化鉄の濃度を変化させることで導電性を調整することができるので、電気伝導度の調整成分として添加される。
酸化鉄としては、ヘマタイト(Fe)の他に、ウスタイト(FeO)やマグネタイト(Fe)などが含まれる。バナジン酸塩−リン酸塩ガラス中の酸化鉄の含有量は、金属酸化物混合物全体の1〜20モル%の範囲とすることが好ましく、金属酸化物混合物全体の5〜15モル%の範囲とすることがより好ましい。これは適用条件にもよるが酸化鉄の含有量が1モル%より少ないと、鉄による電子ホッピングの効率が下がる傾向が現れ、逆に20モル%を超えると光透過性等の光学特性が低下する等の弊害が現れるからである。
【0023】
(4)各金属酸化物の含有量比
金属酸化物混合物において、各金属酸化物(酸化バナジウム、酸化バリウム、酸化鉄)の好ましい含有量は上記のとおりであるが、各金属酸化物の含有量比(モル比)も、所定の範囲内であることが好ましい。
【0024】
金属酸化物混合物において、酸化バリウムと酸化バナジウムのモル比は、酸化バリウムと酸化バナジウムのモル比(BaO:V)が5:90〜35:50となるようなモル比であることが好ましい。ここで、酸化バリウムと酸化バナジウムのモル比(BaO:V)が5:90より小さいと、3次元構成のガラス骨格を形成させるのが困難になることや、均質なガラス化が困難になるなどの傾向が現れるので好ましくない。逆に酸化バリウムと酸化バナジウムのモル比(BaO:V)が35:50より大きくなると、電気伝導度などの優れたガラス特性が低下する傾向にあり、しかも酸化バナジウムを主骨格としたバナジン酸塩ガラスを構成することが困難になるので好ましくない。
【0025】
金属酸化物混合物において、酸化鉄と酸化バナジウムのモル比は、酸化鉄と酸化バナジウムのモル比(Fe:V)が5:90〜15:50であるようなモル比であることが好ましい。ここで、酸化鉄と酸化バナジウムのモル比(Fe:V)が5:90より小さくなると、酸化鉄によるガラス組成物の結晶化温度、ガラス転移温度等の調整が困難になり、また、ガラス化しにくくなる等の傾向が現れるので好ましくない。逆に酸化鉄と酸化バナジウムのモル比(Fe:V)が15:50より大きくなると、光透過性等の光学特性が劣化して透明性を必要とする部材への適用が困難になると共に、均質なガラスの形成が困難となり、しかも酸化バナジウムを主骨格とした酸化物系ガラスを構成することが困難になるので好ましくない。
【0026】
(5)五酸化二リン
五酸化二リンは、ケイ酸やホウ酸と同様にガラス形成能を有する無機酸化物であると共に、安定で均質なガラスを容易に形成できる点で優れている。五酸化二リンを酸化バナジウムと共に用いてガラスを形成させると、ポリリン酸構造を有するネットワークを形成することによりバナジウムを含むガラス骨格を強化する。そのため、このようにして得られるバナジン酸塩−リン酸塩ガラスは高い耐水性および化学耐久性を有している。
【0027】
金属酸化物混合物に含まれる金属酸化物のモル数の合計と五酸化二リンのモル数の比は、41:59〜60:40、好ましくは45:55〜60:40、さらに好ましくは45:55〜50:50である。金属酸化物混合物に含まれる金属酸化物のモル数の合計と五酸化二リンのモル数の比が41:59〜60:40の場合、バナジン酸塩−リン酸塩ガラスを室温(20〜25℃をいう。)の水中に浸漬してもバナジウムイオンの溶出やそれに伴う水の着色は観測されない。さらに、金属酸化物混合物に含まれる金属酸化物のモル数の合計と五酸化二リンのモル数の比が45:55〜50:50の場合、バナジン酸塩−リン酸塩ガラスを沸騰水中に浸漬してもバナジウムイオンの溶出やそれに伴う水の着色は観測されない。
【0028】
金属酸化物混合物に含まれる金属酸化物のモル数の合計と五酸化二リンのモル数の比が41:59より小さくなり過ぎても、あるいは60:40より大きくなり過ぎても、バナジン酸塩−リン酸塩ガラスを室温の水中に浸漬した場合にはバナジウムイオンの溶出やそれに伴う水の着色が観測され、十分な耐水性を確保できないため好ましくない。
【0029】
以下、最も一般的なガラスの工業的製法である溶融冷却法を用いてバナジン酸塩−リン酸塩ガラスを製造する場合について説明する。まず、均一な組成のバナジン酸塩−リン酸塩ガラスを得るために、上述の各成分を所定の割合で混合し、原料組成物を得る。各成分の混合は、任意の公知の方法および装置を適宜用いて行うことができる。なお、各成分の粒径を調整するためにボールミル等を使って粉砕処理を行ってもよい。
【0030】
次いで、原料組成物を所定の温度に加熱し溶融させる。加熱処理も、電気炉、マッフル炉等の任意の公知の方法および装置を用いて行うことができる。加熱温度は、原料組成物の種類や組成等に応じて、全成分が融解し均一な融液が得られるよう適宜設定されるが、金属酸化物として、酸化バナジウム、酸化バリウムおよび酸化鉄を用いる場合には、加熱温度を約1000〜1100℃に設定するのが好ましい。
【0031】
このようにして得られた融液を急冷し、原子が再配列する前に固化させることによりガラス化させる。急冷についても任意の公知の方法および装置を用いて行うことができ、バナジン酸塩−リン酸塩ガラスの形状、用途等に応じて、スプラット急冷法、遠心急冷法、ピストンアンビル法、ローラー法等を適宜選択して用いることができる。
【0032】
このようにして得られたバナジン酸塩−リン酸塩ガラスは、急冷に伴うガラス骨格の歪み等により十分な電気伝導度を示さない場合がある。そのため、構造緩和を起こさせ、ガラス骨格の歪みを低減させ、電気伝導度を向上させるために所定温度で所定時間アニーリングを行うことが好ましい。アニーリングは、得られるバナジン酸塩−リン酸塩ガラスの性能を安定させるという観点からも好ましい。アニーリング温度は、バナジン酸塩−リン酸塩ガラスのガラス転移温度よりも高く、融点よりも低い温度で行うと、融解による変形や結晶化を伴うことなく行うことができる。
【0033】
バナジン酸塩−リン酸塩ガラスのガラス転移温度(Tg)、結晶化温度(Tc)および融点(Tm)は、示差熱分析装置(DTA)や示差走査熱量計(DSC)等の熱分析装置を用いて実測することができる。例えば、結晶化温度は、示差熱分析における結晶化の発熱ピークの裾の低温側端点温度又は発熱ピークの中心点における温度から求めることができる。なお、アニーリングの温度は結晶化温度付近に設定すると短時間で処理がすむが、結晶化温度よりも数十度低いガラス転移温度付近で熱処理しても、加熱保持時間が長くなるだけで、基本的にはガラス骨格の構造緩和を生じさせることができる。結晶化温度以上融点以下で熱処理すると、短時間で効率よくガラス骨格を構造緩和させることができる。従って、バナジン酸塩−リン酸塩ガラスをガラス転移温度以上、融点以下の温度で熱処理することによりガラス骨格の歪みを小さくして電子ホッピングの確率を増すことができ、その導電性を大幅に改良することができる。
【0034】
アニーリングの方法としては、例えば下記の二通りの方法がある。
(1)電気炉などの温度を予め目標とする温度に設定しておき、温度が一定となったところで、室温に保存しておいたガラス試料を電気炉等に入れる方法である。この方法の特徴は、加熱時間を比較的正確に制御できるという点である。目標とする時間が経過したら、直ちに電気炉等からガラスを取り出し、白金るつぼ等の容器の外側を氷水等で急冷するか、空気中に放置する。このように急冷することにより、加熱開始からの加熱時間を正確に制御できるので、高い精度でガラスの構造緩和が可能となる。よって、電気伝導度の制御が高精度で可能となり、目的の電気伝導度(導電性)に設定することができる。
(2)ガラスを室温からゆっくり加熱する方法である。これは、電気炉等の昇温速度を一定に(任意に)設定し、目的の温度に到達後、適当な時間加熱し、その後一定速度で徐々に室温、または室温付近まで冷却する方法である。
【0035】
あるいは、上記(1)および(2)記載の方法を適宜組み合わせて用いてもよい。例えば、予め目標の温度に加熱した電気炉の中にガラスを入れ、一定時間経過後、一定速度で徐々に室温、または室温付近まで冷却する方法がある。また、ガラスを電気炉中で一定時間熱処理後、ガラスを電気炉中でゆっくり室温付近まで放冷する方法もある。その際、最も重要なことは、ガラスに与える熱エネルギーの総量である。よって、所望の性質の発現に最も適切な方法をとる必要がある。
【0036】
ガラスをそのガラス転移温度以上の温度で加熱すると、ガラス骨格の部分的な切断やガラス骨格の再構築、フラグメントの再配列が起きる。ガラス転移温度以上の温度でガラスを長時間加熱すると、ガラス相中に結晶相が析出し、それらが成長することにより、ガラスは結晶化ガラス(ガラスセラミック)となって、電気伝導度や光透過性等を低下させる要因となる。従って、アニーリング温度における保持時間は、そのガラス処理量や加熱装置の熱容量等によっても変動するが、所定の電気伝導度を保持させることができ、しかもこのような結晶化が起こらないような範囲、例えば10分〜180分間、好ましくは20〜120分間の範囲に設定しておくことが望ましい。アニーリング時間が短時間であれば、結晶相が析出する前に(結晶化ガラスとなる前に)構造緩和を進行させ、ガラス骨格の歪みを低減できる。
【0037】
このようにして得られるバナジン酸塩−リン酸塩ガラスがガラス(アモルファス)状態をとることについては、X線回折スペクトル測定等により確認することができる。バナジン酸塩−リン酸塩ガラスの電気伝導度については、所定形状に成形したサンプルを用いて、直流二端子法、直流四端子法、交流四端子法等の任意の公知の方法を用いて測定することができる。
【0038】
原料組成物に五酸化二リンを添加することにより、バナジウム原子間での電子のホッピング確率が低下するため、五酸化二リンの添加量の増大に伴い得られるバナジン酸塩−リン酸塩ガラスの電気伝導度は低下する。バナジン酸塩−リン酸塩ガラスの耐水性が最大となる金属酸化物混合物に含まれる金属酸化物のモル数の合計と五酸化二リンのモル数の比が45:55〜50:50の場合、バナジン酸塩−リン酸塩ガラスの電気伝導度は、金属酸化物混合物の組成にもよるが、例えば、V、BaO、Feをモル比70:15:15で混合した金属酸化物混合物を用いた場合、室温で10−7S・cm−1程度の電気伝導度が得られる。
【0039】
バナジン酸塩−リン酸塩ガラスの耐水性および化学耐久性と原料組成物における五酸化二リンとの関係は上述のとおりである。バナジン酸塩−リン酸塩ガラスの耐水性については、所定の形状に成形したサンプルを水中(室温、または所定温度(例えば100℃)に加熱)に所定時間浸漬し、吸光光度法、原子吸光分析法、誘導結合プラズマ(ICP)発光分析等の任意の公知の方法および装置を用いて溶出する金属イオン濃度またはその経時変化を求めることにより定量的に評価することができる。バナジウムイオンの溶出については、目視により定性的に評価することも可能である。
【0040】
バナジン酸塩−リン酸塩ガラスは、電気伝導性と耐水性および化学耐久性とを併せ持ち、板状ガラス、ファイバー、微粒子など様々な形状に容易に加工できる。また、FIB法を用いた超微細加工にも適している。そのため、金属の使用が困難な環境下で使用される反応容器、装置、部品、部材、太陽電池および二次電池用電極、サーミスタ、導電性ペースト、帯電防止材料、微細金型やMEMS用基材等への幅広い分野への応用が可能である。
【実施例】
【0041】
次に、本発明の作用効果を確認するために行った実施例について説明する。
(1)バナジン酸塩−リン酸塩ガラスの製造
、BaO、Feをモル比70:15:15で混合したものを金属酸化物混合物として使用した。バナジウム原子(V)、バリウム原子(Ba)、鉄原子(Fe)のモル比は、75.7:8.1:16.2である。金属酸化物混合物に含まれる金属酸化物のモル数の合計と五酸化二リンのモル数の比が下記の表1に示す9種類の異なる組成(試料1〜9)となるように金属酸化物混合物および五酸化二リン(P)を秤量し、めのう乳鉢で粉砕および混合後、得られた原料組成物を磁製または白金製のるつぼに入れた。るつぼに入れた原料組成物を電気炉中1000℃で60分間加熱し、溶融させた。溶融した原料組成物をステンレス製金型に流し込み急速冷却処理を行った。室温まで放冷後金型から取り出し、ガラス化していることを確認した。
【0042】
【表1】

【0043】
(2)バナジン酸塩−リン酸塩ガラスの示差熱(DTA)測定
上記実施例1、実施例4および比較例1において製造したバナジン酸塩−リン酸塩ガラスの一部をめのう乳鉢で粉砕した。得られた粉体50mgを用いてDTA測定を行った。結晶化に伴う吸熱ピークの温度を元に熱処理(アニーリング)温度を決定した。
【0044】
(3)バナジン酸塩−リン酸塩ガラスの電気伝導度測定
上記実施例1、実施例4および比較例1において製造したバナジン酸塩−リン酸塩ガラスを所定の形状に成形後、側面に銀ペーストを塗布し、銅線をハンダ付けした。これを基板に取り付け、直流二端子法を用いて室温における電気伝導度を測定した。測定はアニーリング前後のサンプルについて行い、アニーリングがバナジン酸塩−リン酸塩ガラスの電気伝導性に及ぼす影響についても検討した。測定結果を下記の表2に示す。
【0045】
【表2】

【0046】
比較例1と、実施例1および4との比較より、五酸化二リンを添加することにより、得られるバナジン酸塩−リン酸塩ガラスの電気伝導度がバナジン酸塩ガラスのそれに比べ低下すること、および原料組成物中の五酸化二リンの含有量の増大に伴いバナジン酸塩−リン酸塩ガラスの電気伝導度が低下することが確認された。また、30分間のアニーリングにより、全てのサンプルにおいて電気伝導度の増大が観測された。実施例4で製造したサンプルについて、アニーリングの時間を180分まで延長したところ、結晶化を伴うことなくさらに電気伝導度を増大させることができた。
アニーリングにより、バナジン酸塩−リン酸塩ガラスの電気伝導度は、帯電防止部材等への応用が可能な10−7S・cm−1程度まで増大可能であることが確認された。
【0047】
(4)バナジン酸塩−リン酸塩ガラスの耐水性試験
比較例1、2および実施例1〜7において製造したバナジン酸塩−リン酸塩ガラスおよびバナジン酸塩ガラスを10mm×10mm×3mmの直方体状に加工し、サンプル管にとった超純水15mL中に浸漬した。サンプルを浸漬した超純水を室温または100℃で120分間撹拌し、着色の有無を目視で確認した。超純水中に溶出した鉄およびバナジウムの濃度は、それぞれ原子吸光分析および吸光度分析により、検量線法を用いて定量した。結果は、下記の表3に示すとおりである。なお、表3において「○」は目視により着色が確認されたこと、「×」は目視により着色が確認されなかったことをそれぞれ表す。
【0048】
【表3】

【0049】
実施例1〜7で製造したバナジン酸塩−リン酸塩ガラスについては、比較例1、2で製造したガラスと比較して、バナジウムの溶出量が大幅に減少しており、水中へのバナジウムの溶出に伴う電気伝導度の低下も抑制されていることが確認された。特に、実施例4および5で製造したバナジン酸塩−リン酸塩ガラス(金属酸化物混合物に含まれる金属酸化物のモル数の合計と五酸化二リンのモル数の比が45:55〜50:50)は、沸騰水中におけるバナジウムの溶出量が他のサンプルに比べて著しく小さく、特に高い耐水性を有することが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化バナジウム、酸化バリウムおよび酸化鉄を含む金属酸化物混合物と、五酸化二リンとを含み、該金属酸化物混合物に含まれる金属酸化物のモル数の合計と五酸化二リンのモル数の比が41:59〜60:40である原料組成物を溶融および急冷固化して得られることを特徴とするバナジン酸塩−リン酸塩ガラス。
【請求項2】
前記原料組成物を溶融および急冷固化後、さらに前記バナジン酸塩−リン酸塩ガラスのガラス転移温度以上融点以下の温度で所定時間アニーリングして得られることを特徴とする請求項1記載のバナジン酸塩−リン酸塩ガラス。
【請求項3】
前記金属酸化物混合物に含まれる酸化バナジウム、酸化バリウム、および酸化鉄の含有量が、それぞれ、40〜98モル%、1〜40モル%、および1〜20モル%であることを特徴とする請求項1および2のいずれか1項記載のバナジン酸塩−リン酸塩ガラス。

【公開番号】特開2011−251880(P2011−251880A)
【公開日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−127393(P2010−127393)
【出願日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【出願人】(802000031)財団法人北九州産業学術推進機構 (187)
【Fターム(参考)】