説明

耐炎化炉装置

【課題】本発明は、粉塵やタール分を効率的に熱風から除去することができる耐炎化炉装置を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明の一は、前駆体繊維を熱処理する熱処理室と、該熱処理室に熱風を供給する熱風吹出口と、前記熱処理室から熱風を排出する熱風吸込口と、前記熱風吸込口から排出された熱風を前記熱風吹出口へ送る熱風循環路と、前記熱風循環路の熱風を加熱する熱風加熱手段と、を具備する耐炎化炉を有する耐炎化炉装置であって、前記熱風加熱手段の上流側の前記熱風循環路から熱風を取り込んで不純物を凝集させ、再び熱風を前記熱風循環路に戻す凝集機構を有することを特徴とする耐炎化炉装置である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維の製造に用いる耐炎化炉に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、比強度、比弾性率、耐熱性、耐薬品性等に優れ、各種素材の強化材として使用されている。例えば、ポリアクリロニトリル系繊維を前駆体繊維として用いて炭素繊維を製造する場合、まず、耐炎化工程にて、空気中、200〜300℃の温度で前駆体繊維を予備酸化して耐炎繊維を得る。次いで、炭素化工程にて、不活性雰囲気中、300〜2000℃の温度で耐炎繊維を炭素化して炭素繊維を得る。
【0003】
前駆体繊維束を耐炎化繊維束に転換する耐炎化工程において、単繊維間に融着が発生することで焼成が不均一になり、毛羽や糸切れが発生する。このため、耐炎化前の前駆体繊維束に高い耐熱性を有し融着を効果的に抑えることができるシリコーン系油剤が付与されている。しかし、耐炎化工程でシリコーン系油剤が熱分解され、酸化珪素等が発生し、耐炎化炉壁に付着して蓄積される場合があった。または、炭素化工程における炭素化炉の排ガスを処理するための移送管内部に堆積して、各工程の操業性を低下させたり、炭素繊維の強度を低下させる場合があった。
【0004】
このように、シリコーン油剤の付与により発生すると考えられるシリカは炭素繊維の製造工程における耐炎化炉や炭素化炉などの各種焼成炉の排出ガス処理通路内に堆積されて、上述のように操業性の低下や、炭素繊維の強度を低下させる要因となっている。そこで、排出ガス処理通路内でシリカが堆積しないように排除するための提案が多くなされている。
【0005】
例えば、特許文献1によれば、熱風循環手段の出力を制御して熱風循環手段の送風量を一定に保ち、金網や多孔板などを用いて炉内異物を除去する方法が提案されている。また特許文献2によれば、循環ダクト部にセラミック粒又は金属粒を充填した濾材ユニットを設置し、粉塵を除去する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−95221号公報
【特許文献2】特開2010−222723号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、シリカの原因物質である珪素の多くはシリコンとしてミストやガスの状態で循環しており、上記の従来技術のような濾材を用いた集塵機では十分に捕捉し難かった。また、フィルターや金属粒を利用した集塵では、濾材表面にミストが付着することで直ちに目詰まりを起こしてしまうため、連続的な運転が困難となる場合があった。さらに、その付着したミスト成分自体も熱風にさらされることで固着し、濾材の再生にも手間がかかると考えられる。
【0008】
そこで、本発明は、粉塵やタール分を効率的に熱風から除去することができる耐炎化炉装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一は、前駆体繊維を熱処理する熱処理室と、該熱処理室に熱風を供給する熱風吹出口と、前記熱処理室から熱風を排出する熱風吸込口と、前記熱風吸込口から排出された熱風を前記熱風吹出口へ送る熱風循環路と、前記熱風循環路の熱風を加熱する熱風加熱手段と、を具備する耐炎化炉を有する耐炎化炉装置であって、
前記熱風加熱手段の上流側の前記熱風循環路から熱風を取り込んで不純物を凝集させ、再び熱風を前記熱風循環路に戻す凝集機構を有することを特徴とする耐炎化炉装置である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の構成とすることにより、粉塵やタール分を効率的に熱風から除去することができる耐炎化炉装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本実施形態の耐炎化炉装置の構成例を示す模式図である。
【図2】本実施形態の耐炎化炉装置の構成例を示す模式図である。
【図3】本実施形態の耐炎化炉装置の構成例を示す模式図である。
【図4】本実施形態の耐炎化炉装置の構成例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本実施形態に係る耐炎化炉装置は耐炎化炉を有する。該耐炎化炉は、前駆体繊維を熱処理する熱処理室と、該熱処理室に熱風を供給する熱風吹出口と、前記熱処理室から熱風を排出する熱風吸込口と、前記熱風吸込口から排出された熱風を前記熱風吹出口へ送る熱風循環路と、前記熱風循環路の熱風を加熱する熱風加熱手段と、を具備する。また、本実施形態に係る耐炎化炉装置は、前記熱風加熱手段の上流側の前記熱風循環路から熱風を取り込んで不純物を凝集させ、再び熱風を前記熱風循環路に戻す凝集機構を有する。
【0013】
以下に、本実施形態について図1を参照しつつ説明しながら、構成要素について説明する。図1(a)は、本実施形態の耐炎化炉装置の構成例を示す上面方向から見た模式図であり、図1(b)は耐炎化炉装置の熱処理室の模式的断面図である。図1(b)、図1(a)のAから見た模式的断面図である。
【0014】
なお、本発明は、図1のものに限定されるものではなく、例えば図2,3に示す実施形態にも適用することができる。
【0015】
なお、図2及び3は、本実施形態の耐炎化炉装置の構成の一例を示す図であって横方向から見た模式図である。図2は、図3の線Xにおける断面図に相当する。熱風は熱処理室の上部に設けられた熱風吹出口3から入り込み、熱処理室の下部に設けられた熱風吸込口4から出て、熱風循環路7に流れる。熱風循環路7に流れ出た熱風は熱風加熱手段5によって加熱され、再び熱風吹出口3から熱処理室2に入る。
【0016】
また、図4は、本実施形態の耐炎化炉装置の構成の一例を示す図であって横方向から見た模式図である。熱風は熱処理室の側面部に設けられた熱風吹出口3から入り込み、熱風吹出口3の反対側の熱処理室に設けられた熱風吸込口4から出て、熱風循環路7に流れる。熱風循環路7に流れ出た熱風は熱風加熱手段5によって加熱され、再び熱風吹出口3から熱処理室2に入る。
【0017】
(耐炎化炉)
耐炎化炉は、熱風吹出口3によって熱処理室2内に吹き込まれた熱風が熱処理室2内を吸込口4側に向かって流れながら前駆体繊維Fを加熱する。下流に達した熱風は、熱風吸込口4によって熱処理室2外に排出され、熱風循環路7に導かれる。そして、熱風循環路7中に設けられた熱風加熱手段5によって所望の温度に加熱され、ファン6によって風速が制御された上で、再び熱風吹出口3から熱処理室2内に吹き込まれる。このようにして、耐炎化炉1は、熱処理室2と熱風循環路7からなる熱風循環流路を有しており、熱処理室2内には、所定の温度と風速の熱風が流れるようになっている。
【0018】
(熱風加熱手段)
耐炎化炉1に用いられる熱風加熱手段5としては、特に限定されるものではなく、例えば電気ヒーター等の公知の熱風加熱手段を用いればよい。ファン6に関しても、所望の機能を有していれば特に限定されず、例えば軸流ファン等の公知のファンを用いればよい。
【0019】
(熱風吹出口)
前駆体繊維束Fは、熱処理室2内を走行している間に、熱風吹出口3から吹き付けられる熱風によって耐炎化処理されて耐炎化繊維束または予備耐炎化繊維束となる。
【0020】
熱風吹出口3は、その吹き出し面に多孔板等(不図示)を配して圧力損失を持たせるのが好ましい。これにより、熱処理室2内に吹き込む熱風は整流され、より均一な風速で熱処理室2内に熱風を吹き込まれる。
【0021】
(熱風吸込口)
熱風吸込口4は、熱風吹出口3と同様に、その吸込口面に多孔板等を配して圧力損失を持たせてもよい。また熱風吸込口4は圧力損失を持たせなくてもよい。熱風吸込口4の圧力損失は、必要に応じて適宜決定される。
【0022】
(熱処理室)
前駆体繊維束Fは、熱処理室2内を水平面に並んだ繊維束群(パス)を形成して走行している。このパスを形成している前駆体繊維束Fは、熱処理室2の外部に配設された所定組の折返しローラー(不図示)によって折り返されて、熱処理室2内への送入送出を複数回繰り返す。なお、熱処理室2内での前駆体繊維1の折り返し回数は特に限定されず、耐炎化炉の規模等によって適宜設計される。
【0023】
なお、前駆体繊維束Fから発生するHCN等のガスの濃度を一定値以下に抑えるため、熱風循環路7の熱風加熱手段5の上流に、排気口(不図示)を設け、排気することも可能である。また、熱風加熱手段5の上流に、給気口(不図示)を設け、外気を給気することも可能である。
【0024】
(凝集機構)
耐炎化炉装置1は、熱風加熱手段の上流側の熱風循環路から熱風を取り込んで不純物を凝集させ、再び熱風を熱風循環路に戻す凝集機構を有する。凝集機構を有することにより、熱風中の粉塵やタール分を凝集させて熱風から除去することができる。したがって、品質の高い耐炎化繊維および工程通過性に優れる耐炎化炉装置を提供することができる。
【0025】
凝集機構は、熱風循環路7を流れる熱風の一部を一旦取り出して凝集装置を通過させることにより熱風中の粉塵やタール分を除去し、再度熱風を熱風循環路7に戻す手段である。凝集装置は熱風を冷却して粉塵やタール分を凝集させる機能を有する。
【0026】
凝集機構は、例えば、熱風加熱手段5よりも上流側の熱風循環路7に熱風のバイパス経路8を設け、該バイパス経路8中に凝集装置9を配置することにより構成できる。また、バイパス経路8中の熱風は、ファン11により循環させることができる。また、図1に示すように、凝集装置9よりも下流側のバイパス経路8にガス加熱装置10を設けてもよい。熱風循環路7からバイパス経路8に熱風を流し込むためのバイパス流入口12は熱風循環路7中の熱風加熱手段5よりも上流に設けられる。また、バイパス経路8から熱風循環路7に熱風を流し出すためのバイパス流出口13も熱風加熱手段5よりも上流側の熱風循環路7に設けられることが好ましいが、熱風加熱手段5よりも下流側の熱風循環路7に設けられてもよい。バイパス流入口12はバイパス流出口13よりも上流側に設けられることが好ましい。
【0027】
熱風の一部を熱処理室2と熱風循環路7からなる熱風循環系の外に排出して凝集装置9に導入することにより、炉内を循環する熱風からタール分を連続的に除去することができる。
【0028】
バイパス流入口12は、上述のように、熱風循環路7中の熱風加熱手段5よりも上流に設けられる。バイパス流入口12は、図1又は図3に示す模式図のように、熱風吸込口4が設けられた熱処理室側壁14と該熱処理室側壁14と対向する耐炎化炉側壁15との間の領域に相当する位置であって、熱処理室側壁14と耐炎化炉側壁15で作られる熱風の流れ方向16と交わる部分の耐炎化炉の外壁に設けられることが好ましい。この構成とすることにより、タール分等の不純物をより効率的にバイパス経路8に導入することができる。また、バイパス流出口13は、熱風循環路7中の熱風加熱手段5よりも上流であって、熱処理室2の側壁と対向する位置の耐炎化炉外壁に設けられることが好ましい。
【0029】
ここで、初期走行域とは、耐炎化初期に相当する前駆体繊維束の走行域のことを表す。具体的に、どの走行域までを初期走行域とするかは、耐炎化炉の大きさ、熱処理温度、前駆体繊維束1の種類等によっても異なる。前駆体繊維束1の密度ρ0、耐炎化の反応停止時の密度ρ∞、初期走行域通過後の密度ρとし、耐炎化の進行度を下記のように定義した場合、耐炎化進行度が10以下の範囲が初期走行域の目安である。
【0030】
【数1】

【0031】
タール分としては、例えば、シリコーン系油剤及びその他の油剤成分の揮発物、それらの変性物及び分解凝集物、前駆体繊維束から発生するタール成分とその分解凝集物等が挙げられる。また、粉塵としては、前駆体繊維束に付着して耐炎化炉の外から持ち込まれる粉塵や、耐炎化炉内に流入する外気に含まれる粉塵等からなるミストと粉塵の混合物等が挙げられる。
【0032】
バイパス経路8の通過風量は、熱風循環路7の循環風量、タール濃度又は凝縮器の除去効率等によって適宜決定されることができる。また、投入する前駆体繊維1kgに対しバイパス経路の1時間あたりの通過風量を1〜1000Nm3(Nは標準状態を表すノルマルを表す)程度とすることが好ましい。1〜1000Nm3程度であれば、タールの発生量に対し処理量が適度な範囲となり、ガス加熱装置の運転コストを抑制できる。また、1〜100Nm3程度とすることがより好ましい。バイパス流入口12を熱風加熱手段5の上流に設けることにより、熱処理室で発生したタール分、特に油剤成分の揮発分とその変性物を速やかに除去することができる。
【0033】
また、除去されるタール分を安定にさせ、炉内の粉塵濃度を一定に保つために、凝集装置9の下流側のバイパス経路8にガス加熱装置10を配置し、熱風循環路7に送り出すガス温度を制御することが好ましい。ガス加熱装置10を配置しておくことにより、凝集装置9で冷却されたガスの温度を戻して熱風循環路7に戻すことができる。そのため、炉内の雰囲気の乱れが抑えられ、品質の良い炭素繊維を得ることができる。
【0034】
上述の説明では、バイパス流入口15とバイパス流出口16が熱風加熱手段5よりも上流側の熱風循環路7に設けた構成について主に説明したが、バイパス流出口16は熱風加熱手段5よりも下流側に設けてもよい。バイパス流出口が熱風加熱手段5よりも下流側に設けられる場合、バイパス経路8中にガス加熱装置10を設け、熱風を加熱してから熱風循環路7に送ることが好ましい。
【0035】
凝集装置9は、一般的にガスを冷却・凝縮するための装置であれば特に限定されないが、熱風中のタール分が付着するため、付着面が洗浄しやすい単純な構造のものが好ましく、例えば多管式熱交換器やジャケット式熱交換器などが挙げられる。または、付着面を交換可能とする機構を備えていれば、方式は特に限定されるものではない。
【0036】
また、凝集装置に用いる冷却用の流体としては、特に限定されるものではないが、例えば気体又は液体を用いることができ、維持管理が容易な水を用いることが好ましい。なお、前駆体繊維束Fから発生するHCN等のガスの濃度を一定値以下に抑える手段の1つとして、炉内に外気を給気する必要がある場合は、凝集装置9内に給気口を設け、給気量の一部もしくは全量を給気しても良い。給気の方法は特に限定されるものではないが、冷却エネルギーの一部を給気でまかなうため、凝集装置の上流側に給気する構成であることが好ましい。
【0037】
一般的に凝集装置で分離を行う温度を低くする程、凝集装置9の除去効率は向上する。しかしながら、凝集装置の分離温度を低く設定するほど、熱風加熱手段5の負荷が増大する。同時にガス加熱装置10の必要能力も増大するため、凝集装置の分離温度は、100℃以上とすることが好ましく、150℃以上とすることがより好ましい。また、凝集装置9の内壁にはタール分が付着し易いため、凝集装置9は内壁部を洗浄する洗浄機構を備えることが好ましい。ここでいう洗浄とは、完全に洗浄除去するものではなく、除去効率を維持できるよう、内壁に付着堆積したタール分を脱離させることであり、稼動しつつ洗浄できる機構が好ましい。洗浄方法としては、例えば、振動、掻き取り、エアーブロー、蒸気洗浄、溶剤洗浄等の方式を用いることができる。
【0038】
(掻き取り機構)
掻き取りの方式は付着堆積したタール分を掻き取ることが出来れば特に限定されるものではなく、凝集機構の形状によって決定される。掻き取り機構は、凝集装置の壁面に付着した凝集物をスクレーパーで掻き取る方式であることが好ましい。掻き取りの駆動源については壁面に対しスクレーパーが往復して掻き取る方式やヘリカル状のスクレーパーを回転させて掻き取る方式が挙げられるが、可動部が多くあるとタール分が熱により固着することから、なるべく単純な構造が好ましい。
【0039】
また、耐炎化炉1は炭素繊維の製造工程で複数使用してもよい。なお、シリコーン油剤由来の揮発物は、その大部分が耐炎化処理の初期において発生するため、複数の耐炎化炉を用いた炭素繊維の製造においては、少なくとも最初の耐炎化処理を行う耐炎化炉に、本実施形態の耐炎化炉装置を用いることが好ましい。これにより、前駆体繊維束Fからの揮発物を熱処理室2内から効率よく取り除くことができ、揮発物が凝集して発生する粉塵の量を抑制できる。よって、本実施形態の耐炎化炉装置を用いれば、複数の耐炎化炉を使用した場合においても、複数の耐炎化炉の長期的な連続運転が可能となる。
【0040】
また、図1に示す実施形態おいて、より具体的な構成を以下に示す。熱風吹出口3は、水平方向に熱処理室2内に熱風を吹き出し、熱風吸込口4は、熱風吹出口3と相対して配置され、熱処理室2内の熱風を吸い込む。熱処理室2は、前駆体繊維を熱処理し、水平方向に配された仕切り板によって区画された前駆体繊維通路を2段以上有する。熱風加熱手段5は、熱処理室2から送り出された熱風を加熱処理する前駆体繊維通路は、前駆体繊維が熱風の吹き出し方向に走行する並流通路と、前記前駆体繊維が熱風の吹き出し方向と反対方向に走行する向流通路とを有し、並流通路と向流通路とが熱風吹出口近傍にて連通していることが好ましい。
【0041】
次に、本実施形態の耐炎化炉装置を用いた炭素繊維の製造方法について説明する。
【0042】
(前駆体繊維)
炭素繊維の製造方法に好適に用いられる前駆体繊維Fとしては、特に制限されるものではなく、例えばポリアクリロニトリル系繊維束、ピッチ系繊維、フェノール系繊維等の公知の前駆体繊維を挙げることができる。また、コストと性能のバランスから、ポリアクリロニトリル系繊維束が好ましい。ポリアクリロニトリル系繊維束は、アクリロニトリル系重合体を有機溶剤あるいは無機溶剤に溶解し、通常用いられる方法にて紡糸されるが、特にその紡糸方法、及び紡糸条件に制限はない。
【0043】
(アクリロニトリル系重合体)
炭素繊維の製造方法に好適に用いられる前駆体繊維を構成するアクリロニトリル系重合体の成分の割合としては、特に制限はないが、アクリロニトリル単位を85質量%以上、より好ましくは90質量%以上を含有する重合体を使用する。アクリロニトリル系重合体としては、アクリロニトリル単独重合体またはアクリロニトリル共重合体、あるいはこれら重合体の混合重合体が好ましく使用される。
【0044】
炭素繊維の製造方法に好適に用いられる前駆体繊維を構成するアクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルと共重合しうる単量体とアクリロニトリルとの共重合生成物である。アクリロニトリルと共重合しうる単量体としては、メチル(メタ)アクリレ−ト、エチル(メタ)アクリレ−ト、プロピル(メタ)アクリレ−ト、ブチル(メタ)アクリレ−ト、ヘキシル(メタ)アクリレ−ト等の(メタ)アクリル酸エステル類、塩化ビニル、臭化ビニル、塩化ビニリデン等のハロゲン化ビニル類、(メタ)アクリル酸、イタコン酸、クロトン酸等の酸類及びそれらの塩類やマレイン酸イミド、フェニルマレイミド、(メタ)アクリルアミド、スチレン、α−メチルスチレン、酢酸ビニル、更にはスチレンスルホン酸ソ−ダ、アリルスルホン酸ソ−ダ、β−スチレンスルホン酸ソ−ダ、メタアリルスルホン酸ソ−ダ等のスルホン基を含む重合性不飽和単量体、2−ビニルピリジン、2−メチル−5−ビニルピリジン等のピリジン基を含む重合性不飽和単量体等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0045】
炭素繊維の製造方法に好適に用いられる前駆体繊維を構成するアクリロニトリル系重合体の重合法については、例えば、従来公知の溶液重合、懸濁重合、乳化重合等を適用できる。アクリロニトリル系重合体の溶液作製に使用される溶媒としては、例えば、ジメチルスルホキシド、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、塩化亜鉛水溶液、硝酸等の公知の溶媒を使用できる。
【0046】
(前駆体繊維束の製造)
なお、アクリロニトリル系重合体の紡糸方法には、例えば、湿式紡糸法、乾湿式紡糸法、乾式紡糸法等の公知の紡糸方法を適用できる。このようにして得られた凝固糸は、次いで一次延伸される。一次延伸の方法としては、特に制限されるものではなく、例えば公知の方法を用いることができるが、好ましくは浴中延伸が用いられる。浴中延伸は、50〜98℃程度の凝固糸を凝固浴中または延伸浴中で延伸する延伸方法である。浴中延伸は、凝固糸に対して1回または2回以上行われる。この他にも、一部空中延伸した後に浴中延伸する等、複数の延伸方法を組み合わせてもよい。また、一次延伸の前後、あるいは一次延伸と同時に、公知の方法による洗浄処理を行ってもよい。
【0047】
(シリコーン油剤処理)
このようにして得られたポリアクリロニトリル系繊維からなる前駆体繊維束1には、次いで油剤処理が行われ、さらに二次延伸処理が行われる。油剤処理において、シリコーン系化合物を含む油剤(シリコーン系油剤)を用いることが好ましい。
【0048】
油剤処理によって、紡糸工程における前駆体繊維束1の収束性、柔軟性、平滑性、工程安定性、及び帯電防止性が向上する。さらに耐炎化処理及び炭素化処理における、通過性、収束性、及び融着防止性が向上する。
【0049】
特に、シリコーン系油剤は、前駆体繊維束Fに対して優れた収束性と工程安定性を与えることができ、さらに耐炎化処理及び炭素化処理における優れた通過性を得ることができ、特に炭素化処理での融着防止に顕著な効果を発揮する。なお、シリコーン系油剤に含まれるシリコーン系化合物としては、アミノ変性シリコーンが好ましく用いられる。アミノ変性シリコーンの中でも、特に側鎖1級アミノ変性シリコーン、側鎖1,2級アミノ変性シリコーン、あるいは両末端アミノ変性シリコーンが好ましく用いられる。
【0050】
また、前駆体繊維束Fに油剤を付与する方法については、特に制限はないが、一般に、油剤と水を含む処理液が入った油剤処理槽に、前駆体繊維束Fを浸漬して油剤を付着させるのが、工業的な面から好ましい。また、油剤処理による前駆体繊維束Fの油剤の付着量は、乾燥した前駆体繊維束1に対して0.1〜3.0質量%が好ましい。油剤の付着量を調整する方法としては、例えば処理液中の油剤濃度の調整、または前駆体繊維束Fに浸漬させた処理液をニップロール等によって絞ることで調整できる。
【0051】
(耐炎化処理)
油剤処理された前駆体繊維束Fは乾燥された後、耐炎化炉1に送入され、耐炎化処理される。
前駆体繊維束Fの耐炎化条件としては、200〜300℃の熱風中、緊張あるいは延伸条件下で、好ましくは耐炎化処理後の耐炎化繊維の密度が1.30g/cm3〜1.40g/cm3になるまで耐炎化処理するのが好ましい。1.30g/cm3以上とすることにより、耐炎化の進行度を充分なものとでき、耐炎化処理後に行われる前炭素化処理及び炭素化処理の際に単糸間の融着を生じ難くすることができ、得られる炭素繊維束の品質を向上できる。また、耐炎化繊維の密度を1.40g/cm3以上とすることにより、前炭素化処理及び炭素化処理の際に、耐炎化繊維束に酸素が過度に導入されることを防ぎ、最終的な炭素繊維の内部構造を緻密にでき、得られる炭素繊維束の品質を向上できる。
【0052】
また、耐炎化繊維束を焼成加工して難燃性織布等の耐熱製品を製造する場合、それに用いる耐炎化繊維束の密度が1.40g/cm3を超えていても構わない。
【0053】
耐炎化炉1の熱処理室2内を満たす熱風(酸化性雰囲気)としては、酸素を含む気体であれば特に制限されないが、工業生産の面からすると、空気を用いるのが経済面、安全面で優れている。また、酸化能力を調整する目的で、熱風中の酸素濃度を変更することもできる。
【0054】
(前炭素化処理)
耐炎化処理によって得られた耐炎化繊維束は、次いで炭素化炉に送入されて前炭素化処理される。前炭素化処理における最高温度は550〜800℃が好ましい。300〜500℃の温度領域においては、500℃/分以下の昇温速度で前炭素化処理を行うのが、炭素繊維の機械的特性を向上させるために好ましい。より好ましくは300℃/分以下である。
【0055】
炭素化炉内を満たす不活性雰囲気としては、例えば、窒素、アルゴン、ヘリウム等の公知の不活性雰囲気を採用できるが、経済性の面から窒素が好ましい。
【0056】
(炭素化処理)
前炭素化処理によって得られた前炭素化繊維束は、次いで炭素化炉に送入されて炭素化処理される。炭素繊維の機械的特性を向上させるためには、1200〜3000℃の不活性雰囲気中、1000〜1200℃の温度領域において、500℃/分以下の昇温速度で炭素化処理するのが好ましい。
【0057】
不活性雰囲気については、例えば、窒素、アルゴン、ヘリウム等の公知の不活性雰囲気を採用できるが、経済性の面から窒素が好ましい。
【0058】
(炭素繊維束)
このようにして得られた炭素繊維束には、必要に応じて、炭素繊維束の取り扱い性や、マトリックス樹脂との親和性を向上させるため、サイジング剤を付与してもよい。サイジング剤の種類としては、所望の特性を得ることができれば特に限定されないが、例えば、エポキシ樹脂、ポリエーテル樹脂、エポキシ変性ポリウレタン樹脂、ポリエステル樹脂を主成分としたサイジング剤が挙げられる。サイジング剤の付与は公知の方法を用いることができる。
【0059】
さらに炭素繊維束には、必要に応じて、繊維強化複合材料マトリックス樹脂との親和性及び接着性の向上を目的とした電解酸化処理や酸化処理を行ってもよい。
【0060】
(実施例1)
アクリロニトリル系重合体を、濃度が21質量%となるようにジメチルアセトアミドに溶解して紡糸原液とした。この紡糸原液を24000ホールのノズルを用いて濃度70質量%、温度35℃のジメチルアセトアミド水溶液中に吐出して湿式紡糸した。次に、凝固繊維を空中延伸にて1.5倍の延伸を行った後、さらに沸水中で浴中延伸して3倍の延伸を行い、同時に洗浄及び脱溶剤も行った。
【0061】
その後、油剤の水分散液が入った油剤処理槽に凝固糸を浸漬し、油剤を1.0質量%付着させた後、140℃の加熱ローラーにて乾燥し、加圧水蒸気中にて3倍延伸し、単繊維繊度1.2dtex、密度1.18g/cm3のポリアクリロニトリル系繊維束からなる前駆体繊維束Fを得た。
【0062】
なお、前記で用いた油剤の水分散液は、以下の原料と方法を用いて調製された。まず、油剤主剤には両末端アミノ変性シリコーン(25℃での粘度500cSt、アミノ当量5700g/モル)、油剤乳化物にはノニオン系乳化剤(ポリオキシエチレンステアリルエーテル[エチレンオキサイド:12モル、HLB:13.9]を用い、これらの混合物にイオン交換水を加え、乳化し、さらに乳化粒径が0.3μmになるよう圧力を調整して二次乳化を行うことで調製し、油剤の水分散液とした。ここでHLBとは界面活性剤の水と油(水に不溶性の有機化合物)への親和性の程度を表す値を表しており、HLB値は0から20までの値を取り、0に近いほど親油性が高く20に近いほど親水性が高くなる指標を表している。
【0063】
前駆体繊維束Fを空気中240℃で24、48、72hrと処理時間を変えて耐炎化処理を行ったところ、密度が1.6g/cm3で変化しなくなった。よって反応停止時の密度は1.6g/cm3である。
【0064】
この前駆体繊維束Fを、4台の耐炎化炉に連続して送入し、耐炎化処理を4回に分けて行った。まず1回目の耐炎化処理として、図1に示す本実施形態の耐炎化炉装置を用いた。機幅2m、長さ13mで耐炎化ローラー段数を9段設けた炉外ローラー耐炎化炉を用い、炉内温度230℃で風速は3m/sに設定し、前駆体繊維束Fを15分間かけて緊張下にて耐炎化処理を行った。このときの耐炎化走行速度は10m/分であった。熱風吹出口3、及び熱風排出口4には、繊維束に均一に酸化性雰囲気ガスが接触するよう、孔直径4mmで開口率30%の多孔板を設置した。また初期走行域から前駆体繊維束投入量1kgに対し10Nm3のガスを引き抜き、凝集装置9にて入り側のガス温度は220℃、出側のガス温度は180℃となるように設定し除去を行った。
【0065】
1回目の耐炎化処理で耐炎化処理された前駆体繊維Fを、次に従来の耐炎化炉に送入し、2〜4回目の耐炎化処理を行った。初期走行域通過後の繊維束の密度は1.19g/cm3、4回の耐炎化処理によって得られた耐炎化繊維束は、1.35g/cm3の耐炎化密度を有していた。初期走行域での耐炎化の進行度は2.5であった。
【0066】
2週間にわたり前記の耐炎化処理を継続したが、耐炎化炉1及び従来の耐炎化炉において、多孔板の目詰まりは発生せず、安定に運転を行うことが出来た。
【0067】
(比較例1)
1回目の耐炎化処理にバイパス路8を設けていない従来の耐炎化炉を用いたこと以外は、実施例1と同様にして耐炎化繊維束を得た。得られた耐炎化繊維束の密度は1.35g/cm3であった。
【0068】
この状態にて耐炎化処理を継続したが、運転開始7日目になって、1回目の耐炎化処理に用いていた耐炎化炉で、循環風速の低下が観測され前駆体繊維Fの糸切れが多発した。運転を停止して耐炎化炉内を観察すると、熱処理室2に設けた多孔板が粉塵により目詰まりしていた。
【0069】
(比較例2)
1回目の耐炎化処理に耐炎化炉1の凝集装置9の代わりにJIS A 8122に規定するHEPAフィルターを設置した耐炎化炉を使用したこと以外は、実施例1と同様にして耐炎化繊維束を得た。得られた耐炎化繊維束の密度は1.35g/cm3であった。この状態にて耐炎化処理を継続したが、数時間で装置圧力損失が上昇、運転継続が困難になった。装置内を点検したところ、タールミストが付着し目詰まりが発生していた。またフィルターの洗浄・払い落しを試みたが、熱風によりシリカやタール分が固着しており、再生は困難であった。
【0070】
本発明の耐炎化炉によれば、熱エネルギーの損失が少ないという熱風循環方式の利点を有しながら、熱風循環方式の欠点である粉塵の滞留やタール分の蓄積を低減できる。したがって、耐炎化炉の清掃に伴うメンテナンス費用が低減でき、かつ耐炎化炉の長期的な連続稼動が可能になることで、耐炎化繊維束の生産効率を向上できる。
【0071】
また、本発明の耐炎化炉は、熱風循環系内の粉塵やタールの滞留を低減できるので、熱風吹出口の閉塞が起こりにくい。したがって、熱風の循環が長期にわたり安定して行われるので、前駆体繊維束の糸切れを低減できる。また、粉塵が低減されるので、前駆体繊維束への粉塵の付着も低減される。ゆえに、高品質な炭素繊維を得ることができる。
【0072】
また、複数の耐炎化炉を用いた炭素繊維の製造において、少なくとも最初の耐炎化処理を行う耐炎化炉に本発明の耐炎化炉を用いれば、前駆体繊維束から発生する揮発物を熱風循環系の外に排出できるため、最初の耐炎化炉及びそれ以降の耐炎化炉おける糸切れや発火を減少できる。これにより、高品質な耐炎化繊維を得ることができ、高品質な炭素繊維の製造が可能となる。
【符号の説明】
【0073】
1 耐炎化炉
2 熱処理室
3 熱風吹出口
4 熱風吸込口
5 熱風加熱手段
6 ファン
7 熱風循環路
8 バイパス経路
9 凝集装置
10 ガス加熱装置
11 ファン
12 バイパス流入口
13 バイパス流出口
14 熱処理室側壁
15 耐炎化炉側壁
F 前駆体繊維

【特許請求の範囲】
【請求項1】
前駆体繊維を熱処理する熱処理室と、該熱処理室に熱風を供給する熱風吹出口と、前記熱処理室から熱風を排出する熱風吸込口と、前記熱風吸込口から排出された熱風を前記熱風吹出口へ送る熱風循環路と、前記熱風循環路の熱風を加熱する熱風加熱手段と、を具備する耐炎化炉を有する耐炎化炉装置であって、
前記熱風加熱手段の上流側の前記熱風循環路から熱風を取り込んで不純物を凝集させ、再び熱風を前記熱風循環路に戻す凝集機構を有することを特徴とする耐炎化炉装置。
【請求項2】
前記凝集機構は、前記熱風循環路にバイパス流入口とバイパス流出口とを有するバイパス経路と、該バイパス経路中に配置された凝集装置と、を有する請求項1に記載の耐炎化炉装置。
【請求項3】
前記バイパス流入口は前記熱風加熱手段の上流側の前記熱風循環路に配置され、
前記バイパス流出口は前記熱風加熱手段の上流側又は下流側の前記熱風循環路に配置されている請求項2に記載の耐炎化炉装置。
【請求項4】
前記バイパス流入口は、前記熱風吸込口が設けられた熱処理室側壁と該熱処理室側壁と対向する耐炎化炉側壁との間の領域に相当する位置であって、前記熱処理室側壁と前記耐炎化炉側壁とで作られる熱風の流れ方向と交わる部分の耐炎化炉の外壁に設けられる請求項3に記載の耐炎化炉装置。
【請求項5】
前記凝集装置は、熱風を冷却させて不純物を凝集させる方式である請求項2乃至4のいずれかに記載の耐炎化炉装置。
【請求項6】
前記凝集装置は、多管式熱交換器又はジャケット式熱交換器である請求項5に記載の耐炎化炉装置。
【請求項7】
前記凝集装置は、該凝集装置の内壁に付着した凝集物を除去する洗浄機構を有する請求項2乃至6のいずれかに記載の耐炎化炉装置。
【請求項8】
前記洗浄機構は掻き取り機構である請求項7に記載の耐炎化炉装置。
【請求項9】
前記掻き取り機構は、前記凝集装置の壁面に付着した凝集物をスクレーパーで掻き取る方式である請求項8に記載の耐炎化炉装置。
【請求項10】
前記凝集装置は給気口を有する請求項2乃至9のいずれかに記載の耐炎化炉装置。
【請求項11】
前記バイパス経路中であって前記凝集装置の下流側にガス加熱装置を有する請求項2乃至10のいずれかに記載の耐炎化炉装置。
【請求項12】
前記熱風吹出口は、水平方向に熱処理室内に熱風を吹き出し、
前記熱風吸込口は、前記熱風吹出口と相対して配置され、前記熱処理室内の熱風を吸い込み、
前記熱処理室は、前記前駆体繊維を熱処理し、水平方向に配された仕切り板によって区画された前駆体繊維通路を2段以上有し、
前記熱風加熱手段は、前記熱処理室から送り出された熱風を加熱処理する請求項1乃至11のいずれかに記載の耐炎化炉装置。
【請求項13】
前記前駆体繊維通路は、前記前駆体繊維が熱風の吹き出し方向に走行する並流通路と、前記前駆体繊維が熱風の吹き出し方向と反対方向に走行する向流通路とを有し、
前記並流通路と前記向流通路とが前記熱風吹出口近傍にて連通している請求項12に記載の耐炎化炉装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−201997(P2012−201997A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−67343(P2011−67343)
【出願日】平成23年3月25日(2011.3.25)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】