説明

耐脆性破壊発生特性に優れた電子ビーム溶接継手

【課題】降伏強度が355MPaクラス以上で、板厚が50mm超の電子ビーム溶接用高強度鋼板を突合せ溶接して、破壊靭性値δcが十分に高い溶接継手を形成する。
【解決手段】鋼材を用いて電子ビーム溶接した溶接構造体の突合せ溶接継手において、溶接継手の溶接金属中にNiを1〜4質量%含有させ、かつ、母材のNi含有量よりも0.2質量%以上多く含有させるとともに、溶接金属部の硬さを母材の硬さの110%超220%以下とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接構造体、特に、板厚50mm超の厚鋼板を電子ビームにより突合せ溶接して構成した溶接構造体の耐脆性破壊発生特性に優れた電子ビーム溶接継手に関する。
【背景技術】
【0002】
石油等の化石エネルギーから脱却し、再生可能な自然エネルギーを利用しようとする社会的ニーズは極めて高まっており、大規模な風力発電も世界的に普及しつつある。
風力発電に最も適している地域は、絶えず強風を期待できる地域であり、洋上風力発電も世界的規模で実現されている。洋上に風力発電塔を建設するためには、海底の地盤に塔の基礎部分を打ち込む必要があり、海水面から風力発電のタービン翼の高さを十分確保するためには、基礎部分も十分な長さが必要である。
【0003】
そのため、風力発電塔の基礎部分では、板厚が100mm程度で、直径が4m程度の大断面を有する管構造となり、塔の全体高さは80m以上にもなる。そのような巨大構造物を建設現場近くの海岸において、簡易に、しかも高能率で溶接組み立てすることが求められている。
そこで、上記のような板厚100mmにもおよぶ極厚鋼板を高能率で、しかもオンサイトで溶接するという、従来にないニーズが生じてきた。
【0004】
一般に、電子ビーム溶接方法は、高密度・高エネルギービームにより厚鋼板を効率的に溶接できる溶接方法であるが、真空チャンバー内で高真空状態を維持して溶接する必要があるので、従来は、溶接できる鋼板の大きさが限られていた。
【0005】
これに対して、近年、極厚鋼板を効率よく現地溶接できる溶接方法として、低真空下で施工が可能な電子ビーム溶接方法(RPEBW:Reduced Pressured Electron Beam Welding: 減圧電子ビーム溶接)が英国の溶接研究所で開発され、提案されている(例えば、特許文献1参照)。
このRPEBW法を用いることにより、風力発電塔のような大型構造物を溶接する場合にも、溶接する部分だけを局所的に真空にして、効率的に溶接ができることが期待される。
【0006】
しかし、一方で、このRPEBW法では、真空チャンバー内で溶接する方法に比べて、真空度が低下した状態で溶接するために、電子ビームで溶融され、その後凝固する溶融金属部分(以下、溶接金属部と称する)の靭性確保が困難となるという、新たな課題が浮かび上がってきた。
【0007】
このような課題に対し、従来、板状のNiなどのインサートメタルを溶接面に張付けて電子ビーム溶接することにより、溶接金属のNi含有量を0.1〜4.5%として、溶接金属のシャルピー衝撃値などの靭性を改善することが、特許文献2などで知られている。
しかし、RPEBW法を用いて溶接する際に、この方法では、インサートメタル中のNi等の元素が溶接熱影響部まで均一に拡散せず、溶接金属と溶接熱影響部(以下、HAZ部と称する)の硬さの差を増大させるため、かえってHAZ部の靭性が大きくばらつくという問題が明らかになってきた。
【0008】
近年、溶接構造物の安全性を定量的に評価する指標として、CTOD(Crack Tip Opening Displacement:亀裂端開口変位)試験により求められる、破壊力学に基づいた破壊靭性値δcが重視されるようになってきている。従来のVノッチシャルピー衝撃試験のような小型の試験では良好な結果を示しても、大型構造物の溶接継手のCTOD試験では、必ずしも良好な破壊靭性値δcを示すとは限らない。
RPEBW法により溶接して得られる溶接継手は、上記のようなインサートメタルを使用する方法によってもHAZ部の靭性が大きくばらつくため、破壊靭性値δcを十分に確保することは困難であった。
【0009】
このような問題に対し、本発明者らは、降伏強度が355MPaクラス以上で、板厚が50mm超(好ましくは、50mm超〜100mm程度)の高強度厚鋼板をインサートメタルを使用して電子ビーム溶接した場合、溶接金属部の靭性を向上させるために使用したインサートメタルの存在により溶接金属部の強度や硬さが上昇し、母材の強度や硬さよりも著しく高くなっていることにより、溶接金属部とそれに接しているHAZ部との境界の溶融溶接線近傍(以下、FL部と称する)で局所的な応力が増大し、そのため、FL部の破壊靭性値δcが低下することを知見した。
【0010】
そして、この知見に基づき、溶接金属部の硬さを母材部の硬さの220%以下となるように制御し、好ましくは、溶接金属部の硬さを母材部の硬さの110%以上220%以下、溶接金属部の幅を、母材板厚の20%以下とすることにより、母材部と溶接金属部の硬さのオーバーマッチングによる継手靭性の低下を防止できることを見出し、先に特許出願(特願2006−207261号)した。
【0011】
しかしながら、母材となる鋼材にはさまざまなNi含有量のものがあり、母材のNi含有量と使用するインサートメタルのNi含有量の組み合わせによっては、溶接金属部の硬さと母材の硬さの比を調整するだけでは、良好な溶接継手の破壊靭性値δcを確保できない場合が生じた。
【0012】
【特許文献1】WO99/16101
【特許文献2】特開平3−248783号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
そこで、本発明は、上記インサートメタルを使用する方法を改良して、電子ビーム溶接継手における溶接金属部、及び、特に局所的な応力が増大する溶接金属部とFL部の両方の破壊靭性値δcを向上させ、溶接継手の破壊靭性を安定的に向上する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、降伏強度が355MPaクラス以上で、板厚が50mm超(好ましくは、50mm超〜100mm程度)の高強度厚鋼板の電子ビーム溶接において、そのような母材と溶接金属部の硬さのオーバーマッチングによる継手靭性の低下を防止する観点から、インサートメタルを使用して溶接した場合における母材と溶接金属部のNi含有量についてさらに検討を加えた。
【0015】
その結果、上述の溶接金属の硬さと母材の硬さの比を調整する手段に加えてさらに、溶接金属中のNi含有量を母材のNi含有量との関係で適切な範囲に規制することにより、上記のような溶接金属部と母材の硬さのオーバーマッチングによる継手靭性の低下を防止できることを見出した。
【0016】
また、FL部の局所応力は、溶接金属部の硬さの外に、さらに、溶接溶融線(FL)を間に挟んだ両側の狭い領域における強度の変化に影響を受け、その変化が小さければ、FL部の局所応力の集中を緩和できることも見出し、このようなFL前後の硬さ比と上述の溶接金属のNi濃度を調整することによっても、鋼材の溶接継手の破壊靭性を安定的に向上することができることを見出した。
【0017】
本発明は、以上のような知見に基づいてなされたものであり、その要旨は、以下のとおりである。
(1)鋼材を用いた溶接構造体の突合せ溶接継手であって、該溶接継手の溶接金属中にNiを1〜4質量%含有し、かつ、母材の含有量よりも0.2質量%以上多く含有するとともに、溶接金属部の硬さが母材部の硬さの110%超220%以下であることを特徴とする耐脆性破壊発生特性に優れた電子ビーム溶接継手。
【0018】
(2)鋼材を用いた溶接構造体の突合せ溶接継手であって、該溶接継手の溶接金属中にNiを1〜4質量%含有し、かつ、母材の含有量よりも0.2質量%以上多く含有するとともに、溶接溶融線から0.5mm入った溶接金属部の硬さが、溶接溶融線から0.5mm入った母材部の硬さの100%以上180%以下であることを特徴とする耐脆性破壊発生特性に優れた電子ビーム溶接継手。
【0019】
(3)鋼材を用いた溶接構造体の突合せ溶接継手であって、
該溶接継手の溶接金属中にNiを1〜4質量%含有し、かつ、母材の含有量よりも0.2質量%以上多く含有するとともに、溶接金属部の硬さが母材の硬さの110%超220%以下であり、かつ、溶接溶融線から0.5mm入った溶接金属部の硬さが、溶接溶融線から0.5mm入った母材部の硬さの100%以上180%以下であることを特徴とする耐脆性破壊発生特性に優れた電子ビーム溶接継手。
【0020】
(4)前記溶接金属中にBを10ppm以下含有することを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれかに記載の耐脆性破壊発生特性に優れた電子ビーム溶接継手。
(5)前記溶接構造体が板厚50mm超の高強度鋼板を突合せ溶接したものであることを特徴とする前記(1)〜(4)のいずれかに記載の耐脆性破壊発生特性に優れた電子ビーム溶接継手。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、降伏強度が355MPaクラスで、板厚が50mm超の高強度鋼材を電子ビーム溶接して溶接構造体とする時、鋼材のNi含有量にかかわらず破壊靭性値δcが十分に高い溶接継手を形成するこができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
一般の電子ビーム溶接継手では、母材の一部を溶融しそのまま再凝固して溶接金属が形成されるため、溶接金属部において所要の破壊靭性値δcを確保することは困難である。
このため、上述のように、電子ビーム溶接の際、突合せ部にニッケル箔などのインサートメタルを挿入し、溶接金属部の焼入れ性を向上させ、Niの添加との相乗効果により靭性を確保する方法が知られているが、この方法によっても、溶接熱影響部の靭性が大きくばらつくため、破壊靭性値δc値を十分に確保することは困難であった。
【0023】
これに対し、上述のように、溶接金属部の硬さを母材の硬さの110%以上220%以下として、母材と溶接金属部の硬さのオーバーマッチングによる継手靭性の低下を防止できることを先に提案したが、母材とインサートメタルのNi含有量の組み合わせによっては、そのような手段を用いても良好な溶接継手の破壊靭性値を確保できない場合が生じた。
【0024】
そこで、まず、溶接金属のNi含有量の影響を調べるために、降伏強さで355MPaクラスの鋼板を試作し、(a)純Niあるいは(b)Ni含有量が20質量%のFe−Ni合金よりなる厚さ0.3mmのインサートメタル箔を溶接突合せ部に挿入して、電子ビーム溶接を実施し、得られた溶接継手について、CTOD試験による破壊靭性値δc、硬さ変化及びNi濃度を測定した。
【0025】
溶接継手のCTOD試験及び硬度測定の結果、上記(a)の純Niよりなるインサートメタルを用いた場合、溶接金属部の硬度が高く、破壊靭性値δcは0.2mm以上と十分高い値を示したが、FL部の破壊靭性値δcは、0.02mm以下と極めて低い値を示した。一方、上記(b)のFe−Ni合金よりなるインサートメタルを用いた場合は、溶接金属部の硬度が低く、硬さのオーバーマッチングの程度が緩和されており、破壊靭性値δcは、溶接金属部及びFL部とも0.2mm以上と十分高い値を示した。
【0026】
また、溶接金属の平均Ni含有量を測定した結果、上記(a)のインサートメタルを用いた場合は8.5質量%であり、(b)のインサートメタルを用いた場合は2.5質量%であった。この値から、母材と溶接金属のNi含有量の差は(a)の場合は8.0質量%であり、(b)の場合は2.0質量%であった。
【0027】
以上のことから、溶接金属中のNi含有量を母材のNi含有量との関係で適切な範囲に規制することにより、溶接金属部と母材の硬さのオーバーマッチングによる継手靭性の低下を防止できることがわかった。
【0028】
次に、溶接金属中のNi含有量の適正範囲及び溶接金属と母材のNi含有量の差の適正範囲を調べるために、上記試作した鋼板を用い、Ni含有量が異なるインサートメタルを溶接開先に挿入して電子ビーム溶接を実施し、得られた溶接継手部からそれぞれ試験片を採取し、溶接金属部(WM部)とFL部のHAZ側(FL,HAZ部)にノッチを設けてCTOD試験を実施して破壊靭性値δc(以下、単にCTOD値ともいう。)を測定する試験を行い、破壊靭性値δcを確保するのに必要なNi量について評価した。
【0029】
それぞれに試料について、得られたδc値に関し、WM部及びFL,HAZ部とも0.15mm以上の良好なもの○と、WM部及びFL,HAZ部の少なくとも一方がそれ未満の不良なもの●とに分け、それぞれの試料につき、溶接金属のNi量及び溶接金属と母材鋼板のNi量の差をプロットした結果を図1に示す。
ここで、δc値は高いほど望ましいが、ノルウェー海事協会(DNV)等の規格では、設計温度にて0.1〜0.2mm程度の値が要求されていることを踏まえ、本発明において目標とするδc値は、0.15mm以上とし、この値を境としてδc値が良好なものと不良なものに分類した。
【0030】
図1より、溶接金属中のNi含有量が1〜4質量%の範囲であり、かつ、母材のNi含有量より0.2質量%以上多い場合に、WM部及びFL,HAZ部とも、所要のCTOD値を確保できることがわかった。
さらに、WM部及びFL・HAZ部とも0.15mm以上のCTOD値を確保できた例の、溶接金属部と母材部の硬さや、FL部前後の硬さの変化を測定したところ、溶接金属部の硬さが母材部の硬さの110%超220%以下の範囲に入っていることがわかった。
【0031】
以上の結果より、インサートメタルを使用した電子ビーム溶接によって形成された溶接継手では、FL部での局所応力を緩和するとともに、溶接金属のNi含有量を1〜4質量%とし、かつ、母材の含有量よりも0.2質量%以上多くすることが、CTOD値の確保にとって有効であることがわかった。
【0032】
つぎに、本発明者らは、インサートメタルを使用して電子ビーム溶接した場合のFL部での局所応力をさらに緩和して、より高い破壊靭性値δcが得られる手段について検討した。
その結果、FL部の局所応力は、溶接金属部の硬さの外に、さらに、溶接溶融線(FL)を間に挟んだ両側の狭い領域における強度の変化にも影響を受け、その変化が小さければ、FL部の局所応力の集中を緩和できることを、次のような実験によって見出した。
【0033】
表1に示す硬度分布の異なる2つの電子ビーム溶接継手AとBを用意し、FL部でのCTOD試験を実施して破壊靭性値δcを測定したところ、Hv(WM平均)/Hv(HAZ平均)の値の大きいB継手の方が、表1に示すようにFL部のδc値が高かった。HL近傍のHvの分布を調べたところ、図2に示すように、B継手の方がFL近傍での硬さ分布の勾配は小さく、強度マッチングにより生じる局所応力の増加代は、継手Bの方が継手Aよりも小さいことが判明した。
【0034】
【表1】

【0035】
このように、FL部近傍の硬度の変化が小さい方が破壊靭性値δcが高くなる理由は次のように考えられる。
一般に、溶接金属となる領域では、母材との境界部から凝固が始まり、内部に進行する。凝固の際、合金元素によっては、固相と液相で溶解度が異なるため液相に濃縮するものがある。そのような元素の存在によって、凝固の初期と後期では溶接金属の化学成分が異なる場合が生じ、結果として溶接金属の硬さにばらつきが生じることがあり、そのばらつきの大きい場合に硬度の変化が大きくなり破壊靭性値δcが低下するものと考えられる。
【0036】
したがって、溶接金属と母材との境界、即ちFLに接する溶接金属側の降伏強度が、FLに接するHAZ部側での局所応力の決定にとって重要な要件となり、その降伏強度を表現しうる指標として、FLに接する溶接金属側の硬さが重要となる。
そして、FLに亀裂が存在する場合、その亀裂先端に影響を与える領域は、±0.5mmの範囲であるから、溶接溶融線からHAZ側に0.5mm入った位置(FL+0.5)と、溶接溶融線から溶接金属側へ0.5mm入った位置(FL−0.5)での硬さHvによってFL部の局所応力が決定される。
【0037】
図3に、有限要素法(FEM)により求めたFL部の局所応力σyy(縦軸)と溶接金属(WM)の硬さHv(横軸)の関係を示すが、FL−0.5mmの位置(●)でのHvとσyyの間の相関関係が最もよいことが示されている。WM部の1/2の位置(○)やFL−1mmの位置(△)でもHvとσyyの間に一応の相関関係は認められるが、そのばらつきは大きく、(FL±0.5)の位置での硬さが局部応力の大きさを表していることがわかる。
【0038】
本発明者らの調査の結果、溶接溶融線から0.5mm入った溶接金属部の硬さHv(FL−0.5)が、溶接溶融線から0.5mm入った母材部(HAZ部)の硬さHv(FL+0.5)の100%以上180%以下であれば、FL部の局所応力を緩和して、破壊靭性値δcが十分に高い溶接継手を形成するこができることがわかった。
【0039】
そして、上述したように、鋼材を電子ビーム溶接により突合せ溶接する際、該溶接継手の溶接金属中に含まれるNiの含有量が質量%で1〜4%で、かつ、母材の含有量よりも0.2質量%以上多く含有するとなるように溶接するとともに、溶接金属部の硬さが母材の硬さの110%超220%以下であるように溶接する、あるいは、溶接溶融線から0.5mm入った溶接金属部の硬さが、溶接溶融線から0.5mm入った母材部の硬さの150%以上180%以下となるように溶接することにより、FL部の局所応力を緩和して、破壊靭性値δcが十分に高い溶接継手を形成することができる。
【0040】
以上のような知見に基づく本発明について、以下順次説明する。
本発明は、溶接構造体を形成する鋼材として特に限定されるものではないが、高強度鋼板を用いるのが好ましい。高強度鋼板としては、公知の成分組成の溶接用構造用鋼から製造したものでよい。
例えば、質量%で、C:0.02〜0.20%、Si:0.01〜1.0%、Mn:0.3〜2.0%、Al:0.001〜0.20%、N:0.02%以下、P:0.01%以下、S:0.01%以下を基本成分とし、母材強度や継手靭性の向上等、要求される性質に応じて、Ni、Cr、Mo、Cu、W、Co、V、Nb、Ti、Zr、Ta、Hf、REM、Y、Ca、Mg、Te、Se、Bの内の1種又は2種以上を合計8%以下で含有する鋼が使用できる。
【0041】
鋼板の板厚は特に限定されないが、上記のような課題が顕在化するのは、板厚が50mm超の高強度鋼板である。
【0042】
また、溶接の際、突合せ部にNiを含有するインサートメタルを配置する。
本発明では、溶接継手の溶接金属中にNiが1〜4質量%含有し、かつ、母材のNi含有量より0.2質量%以上多く含有するように溶接する必要がある。インサートメタルとしては、そのような条件を満たすような組成のものが必要であるが、特定の成分組成に特に限定されるものではない。
例えば、C:0.01〜0.06%、Si:0.2〜1.0%、Mn:0.5〜2.5%、Ni:50%以下、Mo:0〜0.30%、Al:0〜0.3%、Mg:0〜0.30%、Ti:0.02〜0.25%、B:0.001%以下を含有するFe合金が例示できるが、特にNiの含有量は、溶接母材である鋼材の化学成分を考慮して、平均濃度が上記本発明の条件を満たす溶接金属部が得られるように選択する必要がある。
【0043】
本発明では、特に溶接金属にBを10ppm以下で含有させることが好ましい。Bは粒界フェライトの生成を抑制して溶接金属の靭性を向上させる作用があるが、高温割れなどの点を考慮して10ppm以下とする。
Bの添加方法は、母材となる鋼材からでもインサートメタルからでもどちらでもよい。
【0044】
本発明では、図1を用いて説明したように、溶接継手の溶接金属中にNiを1〜4質量%含有させ、かつ、母材の含有量よりも0.2質量%以上多く含有させる。
【0045】
そして、本発明は、溶接金属中のNi含有量をそのようにした上で、さらに先の出願(特願2006−207261号)で開示したように、溶接金属部の硬さが母材部の硬さの110%超220%以下になるようにする。
溶接金属部は、焼入れ性を確保して粗大なフェライトが生成しないようにするためには、ある程度の硬さが必要であり、溶接金属部の硬さを母材の硬さの110%超とする。しかし、硬すぎると局所的な応力の増大による破壊靭性値δcの低下を招くので、220%以下に抑制する。
【0046】
本発明は、このようにすることにより、溶接金属部と母材の硬さのオーバーマッチングによる継手靭性の低下を防止できる。
【0047】
なお、上記のような硬度の差は、溶接金属のNi含有量を本発明の条件を満たすようにした上で、さらに、母材となる鋼材とインサートメタルを使用して形成した溶接金属との成分間のバランスを適切に調整することや溶接後の冷却速度を調整することで、溶接金属の硬度が高くなり過ぎないようにすることにより達成される。
【0048】
また、本発明では、さらに、溶接溶融線から0.5mm入った溶接金属部の硬さが、溶接溶融線から0.5mm入った母材部(HAZ部)の硬さの100%以上180%以下とすることにより、FL部での局所応力をさらに緩和して、より高い破壊靭性値δcが得られるようにする。
上記硬さの比が100%未満では、初析フェライト組織などが生成し、局所的に柔らかい組織が混在することが多いため、そこが破壊の起点となることがあり、必要な強度が確保できず、また、180%を超えると硬度の変化が大きすぎてFL部の局所応力が増大しすぎる。
【0049】
このようなHAZ側から溶接金属側への緩やかな硬度の変化は、上述の硬度差の場合と同様に、溶接金属のNi含有量を本発明の条件を満たすようにした上で、さらに、母材となる鋼材とインサートメタルを使用して形成した溶接金属との成分間のバランスを適切に調整するなどにより達成される。
【0050】
本発明では、電子ビーム溶接の条件を特に限定するものではないが、通常、例えば、板厚80mmの場合、電圧175V、電流120mA、溶接速度125mm/分程度の条件で行なわれる。また、電子ビーム溶接は、通常、10-3mbar以下の高真空下で溶接が行われるが、上述のRPEBW法のような低真空度、例えば、1mbar程度の真空下で溶接した継手であっても、本発明は適用することができる。
【0051】
次に、本発明を、実施例に基づいて説明するが、実施例における条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、該一条件例に限定されるものではない。
本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件ないし条件の組合せを採用し得るものである。
【実施例】
【0052】
表2に示す成分を含有し残部Feおよび不可避的不純物よりなる板厚50〜100mmの厚鋼板を準備し、開先部に、表3に示す成分を含有し残部Feおよび不可避的不純物よりなるFe−Ni合金インサートメタルあるいは純Niインサートメタルを挿入して、電子ビーム溶接によって突合せ溶接し、溶接後、溶接継手の特徴及び性能を試験、調査した。
その結果を表4に示す。
【0053】
表4において、Hv(BM)は、10kgの圧痕により測定した母材の板厚方向における硬さの平均値である。Hv(WM)は、溶接金属部の板厚中央部において、10kgの圧痕により測定した硬さの値である。
また、Hv(FL+0.5)は、溶接溶融線からHAZ側に0.5mm入った位置でのかたさの値であり、Hv(FL−0.5)は、溶接溶融線から溶接金属側へ0.5mm入った位置での硬さの値である。
【0054】
溶接継手の性能に関し、δc(mm)は、CTOD試験において−10℃の試験温度で求めた値である。
継手引張強度(MPa)は、NKU1号試験片を作製して、継手引張試験を行った結果であり、破断した強度を示すものである。
【0055】
表4に示すように、本発明例のNo.1〜17は、各種条件が本発明で規定する範囲内にあるものであり、δc値が十分な値を示している。
【0056】
一方、比較例18、19、21、22は、溶接金属中のNi含有量が1%以下のため、その結果、溶接金属のδcが不十分であった。
比較例20、23、24は、溶接金属中のNi含有量が4%以上のため、Hv(WM)/Hv(BM)が220%超で、Hv(FL-0.5mm)/Hv(FL+0.5mm)が180%超で、その結果、溶接金属のδcは十分であるが、FL,HAZのδcが不十分であった。
【0057】
【表2】

【0058】
【表3】

【0059】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明によれば、高強度でかつ板厚の大きい高強度鋼板の電子ビーム溶接継手において、万一、溶接欠陥が存在したり、疲労亀裂が発生、成長しても、脆性破壊が発生し難いので、溶接構造体が破壊するような致命的な損傷、損壊を防止することができる。
よって、本発明は、溶接構造体の安全性を顕著に高めるという顕著な効果を奏し、産業上の利用価値の高い発明である。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】溶接金属のNi量と、溶接金属と母材鋼板のNi量の差と、破壊靭性値δcとの間の関係を表す図である。
【図2】硬度分布の異なる電子ビーム溶接継手のFL部の硬さ(Hv)の分布を表す図である。
【図3】FL部の局所応力と溶接金属部の硬さとの関係を表す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材を用いた溶接構造体の突合せ溶接継手であって、
該溶接継手の溶接金属中にNiを1〜4質量%含有し、かつ、母材の含有量よりも0.2質量%以上多く含有するとともに、溶接金属部の硬さが母材の硬さの110%超220%以下であることを特徴とする耐脆性破壊発生特性に優れた電子ビーム溶接継手。
【請求項2】
鋼材を用いた溶接構造体の突合せ溶接継手であって、
該溶接継手の溶接金属中にNiを1〜4質量%含有し、かつ、母材の含有量よりも0.2質量%以上多く含有するとともに、溶接溶融線から0.5mm入った溶接金属部の硬さが、溶接溶融線から0.5mm入った母材部の硬さの100%以上180%以下であることを特徴とする耐脆性破壊発生特性に優れた電子ビーム溶接継手。
【請求項3】
鋼材を用いた溶接構造体の突合せ溶接継手であって、
該溶接継手の溶接金属中にNiを1〜4質量%含有し、かつ、母材の含有量よりも0.2質量%以上多く含有するとともに、溶接金属部の硬さが母材の硬さの110%超220%以下であり、かつ、溶接溶融線から0.5mm入った溶接金属部の硬さが、溶接溶融線から0.5mm入った母材部の硬さの100%以上180%以下であることを特徴とする耐脆性破壊発生特性に優れた電子ビーム溶接継手。
【請求項4】
溶接金属中にBを10ppm以下含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の耐脆性破壊発生特性に優れた電子ビーム溶接継手。
【請求項5】
前記溶接構造体が板厚50mm超の鋼板を突合せ溶接したものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の耐脆性破壊発生特性に優れた電子ビーム溶接継手。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−87030(P2008−87030A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−270967(P2006−270967)
【出願日】平成18年10月2日(2006.10.2)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】