説明

耐腐食疲労特性に優れた高強度中空部材用電縫溶接鋼管

【要 約】
【課 題】高強度中空部材用として好適な、調質処理後の耐腐食疲労特性に優れた電縫溶接鋼管を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.19〜0.40%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.30〜2.00%、Cr:0.10〜1.20%、Al:0.20〜1.20%、Ti:0.001〜0.040%、B:0.0005〜0.0050%、N:0.0100%以下を含み、かつTi、Nを、Ti/47.9 > N/14 (ここで、Ti、N:各元素の含有量(質量%))を満足するように含有する組成の電縫溶接鋼管とする。これにより、高強度中空部材として、調質処理後の耐腐食疲労特性が顕著に向上する。なお、さらに、Mo、W、Ni、Cu、Nb、Vのうちから選ばれた1種または2種以上を含有してもよい。また、さらに、Caを含有してもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中空スタビライザー等の自動車足回りに用いられる高強度中空部材用として好適な、電縫溶接鋼管に係り、とくに中空部材に加工し、調質した後の耐腐食疲労特性の向上に関する。なお、ここでいう「高強度中空部材」とは、調質後の硬さが420〜520HVの中空部材をいうものとする。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境の保全という観点から、自動車の燃費向上が強く要求されている。自動車の燃費向上対策として、自動車の車体等の徹底した軽量化が指向されている。自動車等の足回り構造部材についても例外ではなく、軽量化のために、従来の棒鋼を用いた中実品から、鋼管を用いた中空品への転換が図られつつある。例えば、コーナリング時に車体のローリングを抑制して走行安定性を向上させるスタビライザー等の自動車足回り部品においても、継目無鋼管や電縫溶接鋼管を用いた中空品(中空スタビライザー)が使用されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、中空状スタビライザー用電縫鋼管用鋼の製造法が記載されている。特許文献1に記載された技術では、C:0.35%以下、Si:0.20%以下、Mn:0.30〜1.20%、Cr:0.60%以下を含み、P、S、sol.Alを適正値に調整し、さらに、N+O:200ppm以下、Ti:鋼中のN+Oの4〜10倍、B:0.0005〜0.009%を含み、あるいはさらにCa:200ppm以下を含み、さらに理想臨界直径D値が1.0in以上となるようにC、Si、Mn、Cr量を調整し、さらにCeqが0.48%以下となるようにC、Si、Mn、Cr量を調整した鋼スラブを熱間圧延し巻取温度:570〜690℃に制御して巻取った鋼帯を電縫鋼管用素材として用いるとしている。通常は、このような鋼帯を用いて、冷間成形し、電縫溶接して電縫鋼管としたのち、所定のスタビライザー形状に加工し、調質(焼入れまたは焼入れ焼戻)して、中空状スタビライザーとしている。
【0004】
また、特許文献2には、C:0.35%以下、Si:0.20%以下、Mn:0.30〜1.20%、Cr:0.60%以下を含み、P、S、sol.Alを適正値に調整し、さらに、N+O:200ppm以下、Ti:鋼中のN+Oの4〜10倍、B:0.0005〜0.009%を含み、あるいはさらにCa:200ppm以下を含み、さらに理想臨界直径D値が1.0in以上となるようにC、Si、Mn、Cr量を調整し、さらにCeqが0.48%以下となるようにC、Si、Mn、Cr量を調整した中空状スタビライザー用電縫鋼管用鋼が記載され、熱延鋼帯として電縫鋼管用の素材に供され、中空状スタビライザーの製造に好適であるとしている。
【0005】
また、特許文献3には、ドアインパクトビーム、スタビライザー等に使用されて好適な機械構造用電縫鋼管の製造方法が記載されている。特許文献3に記載された技術は、C:0.18〜0.28%、Si:0.10〜0.50%、Mn:0.60〜1.80%、Ti:0.020〜0.050、B:0.0005〜0.0050%を含み、さらに、Cr:0.20〜0.50%、Mo:0.5%以下、Nb:0.015〜0.050%のうちの1種以上を含有する鋼を素材として、製造された電縫鋼管に850〜950℃でノルマライズ処理を施した後、焼入れする高強度高延性電縫鋼管の製造方法である。
【特許文献1】特公昭61−45688号公報
【特許文献2】特公平01−58264号公報
【特許文献3】特開平06−93339号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、最近では、更なる自動車の燃費向上のために、更なる車体の軽量化が強く要求されている。上記したようなスタビライザー等の中空品においても例外でなく、同一剛性で、更なる軽量化が要求されている。このような要求に対しては、現状の寸法より太径で薄肉の鋼管を使用することが考えられるが、太径・薄肉化により、発生する応力が増加する。そのため、太径・薄肉化したうえ、さらに高強度化することが必要になる。発生応力の増加に伴う高強度化は、現状で使用されている組成範囲の鋼材(電縫鋼管)を用いて、部材成形後の調質処理の調整により可能である。
【0007】
しかし、上記した従来技術において使用されている組成の鋼材(電縫鋼管)では、高強度(高硬さ)化に伴い、大気中の疲労強度は増加するが、腐食環境下での疲労強度は、高強度(高硬さ)化に比例しては向上しないという問題があった。
本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、高強度中空部材用として好適な、部材加工・調質処理後の耐腐食疲労特性に優れた電縫溶接鋼管を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記した目的を達成するために、耐腐食疲労特性に及ぼす各種要因について鋭意研究を行った。その結果、腐食環境下での疲労強度や疲労寿命の低下、すなわち耐腐食疲労特性の低下を、本発明者らは、つぎのように考えた。
一般に、大気中(非腐食環境下)では、疲労により表面に局部的なすべりが発生し、極く微小なき裂が発生する。しかし、極く微小なき裂の先端では、加工硬化等によりき裂進展の抵抗が生じるため、疲労限以下の応力ではき裂の進展は生じない。この極く微小なき裂の進展の抵抗(内部き裂進展抵抗)には、材料強度が影響すると考えられ、高強度材ほど疲労限が高くなる。しかし、腐食環境下では、大気中の疲労限以下の繰返し応力の負荷によっても、全面に疲労き裂が発生し、疲労強度が低下し、材料強度に比例した疲労強度が得られない。これは、腐食環境下では、表面とき裂先端とで酸素濃淡電池を形成する等により、き裂先端の溶解が進行し、非腐食環境下におけるき裂進展の抵抗(内部き裂進展抵抗)となっていた加工硬化部等が消失し、疲労強度が低下するためと考えた。また、加工硬化部等が消失するため、疲労強度に及ぼす材料強度の影響が小さくなるためと考えた。
【0009】
なお、腐食環境下で疲労寿命が低下する原因としては、水素脆化も考えられるが、腐食環境下での疲労試験後の破面には、水素脆化の特徴である粒界脆化破面は認められず、また、疲労試験で使用したと同様な塩水を用いる腐食環境下では拡散性水素の存在も明瞭には確認されておらず、水素脆化の影響はほとんどないと考えた。
上記したようなことから、本発明者らは、腐食環境下での耐疲労特性を向上させるためには、疲労き裂先端における腐食を抑制することが肝要となることに想到した。
【0010】
まず、本発明者らが行った、本発明の基礎となった試験結果について説明する。
質量%で、C:0.25%、Si:0.2%、Mn:0.5%、Cr:0.3%、Ti:0.024%、B:0.002%、Ca:0.002%を含み残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を基本の組成とし、さらにAl、Ni、Cuをそれぞれ単独で含有量を変化させた熱延鋼板に調質処理を施し、硬さ450〜460HVに調整して、シェンク式疲労試験片を採取した。これら試験片(大きさ:3mm厚×最小幅20mm)を用いて、スタビライザーの使用環境を模擬した腐食環境下でのシェンク式疲労試験を実施し、各鋼板の疲労寿命を測定した。疲労試験は、純水あるいは5%NaCl水溶液を含む綿を試験片に巻き付けて、負荷応力:400MPa、応力比:-1、周波数:5Hzの条件で行い、疲労寿命を求めた。疲労寿命は、破断が生じるまでの回数(cycle)とした。
【0011】
得られた結果を、疲労寿命(cycle数)と各合金元素の含有量(mass%)との関係で図1に示す。図1から、Alを0.2%以上含有させることにより、腐食環境下での疲労寿命が顕著に向上することがわかる。
さらに、本発明者らはCrの影響について検討した。
質量%で、C:0.30%、Si:0.20%、Mn:1.50%、Ti:0.024%、B:0.002%、Ca:0.002%
を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を基本の組成とし、さらにCr、Alをそれぞれ単独で0.60%含有させた熱延鋼板、および上記した基本の組成に、さらにCrとAlを0.30%ずつ複合含有させた熱延鋼板に、調質処理を施し、硬さ450〜460Hvに調整して、シェンク式疲労試験片を採取した。これら試験片(大きさ:3mm厚×最小幅:20mm)を用いて、スタビライザーの使用環境を模擬した腐食環境下でのシェンク式疲労試験を前記した同様の試験条件で実施し、各鋼板の疲労寿命を測定した。
【0012】
得られた結果を図2に示す。
図2から、CrまたはAlを単独添加した鋼板の腐食環境下での疲労寿命は基本組成の鋼板のそれに比べ、やや長寿命化している。一方、CrとAlを複合して合計で0.60%添加した鋼板の疲労寿命は、Cr又はAlを単独でそれぞれ0.60%添加した場合に比べ顕著に長寿命化している。すなわち、CrとAlを複合添加することにより、腐食環境下での疲労寿命が格段に改善されている。
【0013】
CrとAlとの複合添加による腐食環境下での疲労寿命が格段に改善される機構については、現在までのところ明確にはなっていないが、本発明者らは以下のように考えている。
すなわち、CrとAlの複合添加により、表面に形成される腐食生成物が表面を保護し、腐食の進行を抑制することにより腐食環境下での疲労寿命が改善される。応力付加により腐食生成物の剥離が生じるが、Cr、Alの添加により、剥離後の再生が容易となること、また耐剥離性が向上することが考えられる。例えば、Alは極めて溶出しやすく、また腐食生成物を作りやすい元素であるため、Crの腐食生成物であるCr(OH)とAlが反応し、Cr(OH)に生じた割れ等を補修したり、腐食生成物と地鉄との境界を複雑化すること、あるいは腐食生成物が剥離しても、比較的容易に腐食生成物を生じることができるCr濃化層の存在などが考えられ、これにより腐食環境下での疲労寿命が向上するものと推察される。
【0014】
Cr又はAlの単独添加では、このような反応が生じないため、腐食環境下での疲労寿命の格段の改善は得られない。Ni、CuはCrよりも溶出し難く、また腐食生成物を作りにくいため、Crと複合添加しても、CrとAlとの複合添加におけるような顕著な効果は得られにくい。
本発明は、かかる知見に基づいて、さらに検討を加えて完成されたものである。
【0015】
すなわち、本発明の要旨はつぎの通りである。
(1)質量%で、C:0.19〜0.40%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.30〜2.00%、Cr:0.10〜1.20%、Al:0.20〜1.20%、Ti:0.001〜0.040%、B:0.0005〜0.0050%、N:0.0100%以下を含み、かつTi、Nを次(1)式
Ti/47.9 > N/14‥‥(1)
(ここで、Ti、N:各元素の含有量(質量%))
を満足するように含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、部材加工・調質処理後の耐腐食疲労特性に優れることを特徴とする高強度中空部材用電縫溶接鋼管。
(2)(1)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Mo:1.0%以下、W:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cu:1.0%以下、Nb:0.2%以下、V:0.2%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする高強度中空部材用電縫溶接鋼管。
(3)(1)または(2)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Ca:0.0045%以下を含有する組成とすることを特徴とする高強度中空部材用電縫溶接鋼管。
(4)(1)ないし(3)のいずれかに記載の電縫溶接鋼管を素材として、該素材に、加工と、硬さが420〜520HVとなるように調質処理を施してなる高強度中空部材。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、中空スタビライザーや中空ドライブシャフト等の自動車足回りに用いられる、高強度中空部材用として好適な電縫溶接鋼管を安価にしかも安定して製造でき、産業上格段の効果を奏する。本発明によれば、高強度化しても優れた耐腐食疲労特性を確保でき、中空部材の太径・薄肉化が可能となるという効果がある。なお、本発明におけるAl含有による耐腐食疲労特性の改善効果は、通常の電縫溶接鋼管に限らず、シーム部や管全体に熱処理を施された電縫溶接鋼管、さらには、冷牽後に管全体を熱処理された電縫溶接鋼管、あるいはAC3変態点以上に加熱されたのち、熱間または温間で縮径圧延を施された電縫溶接鋼管等においても有効に発揮される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
まず、本発明電縫溶接鋼管の組成限定理由について説明する。以下、とくに断わらないかぎり質量%は単に%で記す。
C:0.19〜0.40%
Cは、鋼の強度を増加させるとともに、焼入れ性を向上させ焼入れ後の強度を増加させ、さらには炭化物、炭窒化物を生成し焼戻後の強度を増加させる作用を有する元素であり、本発明では、所望の鋼管強度の確保、さらには部材の調質処理後の所望強度(硬さ)の確保のために、0.19%以上の含有を必要とする。一方、0.40%を超える含有は、焼入れ処理後の靭性を低下させる。このため、Cは、0.19〜0.40%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.24〜0.35%である。
【0018】
Si:0.05〜0.50%
Siは、脱酸剤として作用する元素であり、このような効果は0.05%以上の含有で認められるが、0.50%を超えて含有しても、効果が飽和し含有量に見合う効果が期待できず、経済的に不利となるうえ、電縫溶接時に介在物を生じやすく、電縫溶接部の健全性に悪影響を及ぼす。このため、Siは0.05〜0.50%に限定した。なお、好ましくは0.10〜0.30%である。
【0019】
Mn:0.30〜2.00%
Mnは、鋼の強度を増加させるとともに、焼入れ性を向上させ焼入れ後の強度を増加させる作用を有する元素であり、本発明では、所望の鋼管強度の確保、さらには部材の調質処理後の所望強度(硬さ)確保のために、0.30%以上の含有を必要とする。一方、2.00%を超える含有は、残留γ量が増加しすぎて、焼戻後の靭性が低下する。このため、Mnは0.30〜2.00%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.80〜1.60%である。
【0020】
Cr:0.10〜1.20%
Crは、焼入れ性を向上させるとともに、微細な炭化物を生成し、強度を増加させる作用を有する元素である。また、CrはAlと複合して含有することにより、腐食環境下での疲労寿命を顕著に向上させる元素であり、本発明では重要な元素である。このような効果を得るためには0.10%以上の含有を必要とする。一方、1.20%を超えて含有しても、効果が飽和し含有量に見合う効果が期待できないうえ、電縫溶接時に介在物を生じやすく、電縫溶接部の健全性に悪影響を及ぼす。このため、Crは0.10〜1.20%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.20〜1.0%である。
【0021】
Al:0.20〜1.20%
Alは、耐腐食疲労性を改善する作用を有する元素であり、Crと複合して含有することにより腐食環境下での疲労寿命を顕著に向上させる元素で、本発明では重要な元素である。このような効果を得るためには0.20%以上の含有を必要とする。一方、1.20%を超える多量の含有は、靭性、電縫溶接性を低下させる。このため、Alは0.20〜1.20%の範囲に限定した。
【0022】
Ti:0.001〜0.040%
Tiは、Nを固定し、BNの生成を抑制し、焼入れ性に有効な固溶B量を安定して確保するとともに、微細な炭化物を形成し、溶接部や熱処理時の結晶粒の粗大化を抑制して、母材および溶接部の靭性を向上させる作用を有する元素である。このような効果を得るためには0.001%以上の含有を必要とする。一方、0.040%を超える含有は、介在物量が増加し、靭性が低下する。このため、Tiは0.001〜0.040%の範囲に限定した。
【0023】
N:0.0100%以下
Nは、本発明では、不可避的不純物として含有される元素であるが、0.0100%を超える含有は、窒化物等が粗大化し、靭性や疲労寿命が低下する。このため、Nは0.0100%以下に限定した。
なお、Ti、Nは、上記した含有量の範囲内でかつ次(1)式
Ti/47.9 > N/14‥‥(1)
(ここで、Ti、N:各元素の含有量(質量%))
を満足するように含有する。
【0024】
Ti、N含有量が、(1)式を満足しない場合には、固定されないN量が多くなり、焼入れ性に有効な固溶B量が低減して、中空部材の焼入れ性が低下し、調質処理後の中空部材の強度が低下する。このため、Ti、Nは、上記した含有量の範囲内でかつ(1)式を満足するように含有することとした。
B:0.0005〜0.0050%
Bは、少量の含有で鋼の焼入れ性を向上させる作用を有する有効な元素である。また、Bは、粒界を強化して焼割れを防止する作用も有する。このような効果を得るためには0.0005%以上の含有を必要とする。一方、0.0050%を超えて含有しても、効果が飽和し含有量に見合う効果が期待できないうえ、粗大なB含有析出物が生じやすく、靭性が低下する場合がある。このため、Bは0.0005〜0.0050%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.0010〜0.0025%である。
【0025】
上記した成分が基本の組成であるが、本発明では、基本の組成に加えてさらに、Mo:1.0%以下、W:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cu:1.0%以下、Nb:0.2%以下、V:0.2%以下のうちから選ばれた1種または2種以上、および/または、Ca:0.0045%以下、を選択して含有してもよい。
Mo:1.0%以下、W:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cu:1.0%以下、Nb:0.2%以下、V:0.2%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
Mo、W、Ni、Cu、Nb、Vは、いずれも、鋼の強度を増加させる作用を有する元素で、必要に応じて選択して含有できる。
【0026】
Moは、焼入れ性向上を介して強度を増加させる作用と、微細な炭化物として析出し、析出強化を介して強度を増加させる作用を有する。このような効果を得るためには0.01%以上含有することが望ましいが、1.0%を超える含有は、粗大な炭化物を形成し靭性を低下させる場合がある。このため、含有する場合には、Moは1.0%以下に限定することが好ましい。
【0027】
Wは、焼入れ性向上を介して強度を増加させる作用と、調質後の硬さと靭性とのバランスを良好にする作用を有する元素である。このような効果を得るためには0.01%以上含有することが望ましいが、1.0%を超えて含有しても、効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できないため経済的に不利となる。このようなことから、含有する場合には、Wは1.0%以下に限定することが好ましい。
【0028】
Niは、焼入れ性向上を介して強度を増加させる作用を有する元素である。このような効果を得るためには0.05%以上含有することが望ましいが、1.0%を超えて含有しても、効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できないうえ、かえって、加工性が低下する。このようなことから、含有する場合には、Niは1.0%以下に限定することが好ましい。
Cuは、焼入れ性向上を介して強度を増加させる作用に加えてさらに、耐遅れ破壊性を有効に向上させる作用を有する元素である。このような効果を得るためには0.05%以上含有することが望ましいが、1.0%を超えて含有しても、効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できないうえ、かえって、加工性が低下する。このようなことから、含有する場合には、Cuは1.0%以下に限定することが好ましい。
【0029】
Nbは、焼戻時に微細な炭化物として析出し、析出強化を介して強度の増加に寄与するとともに、Nbは、加熱時のオーステナイト粒の粗大化を抑制する作用を有する元素である。とくにNbの含有は加熱温度が高温となる熱間加工や直接焼入れ等を施される場合には有効である。このような効果を得るためには0.01%以上含有することが望ましいが、0.2%を超えて含有しても、効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できず、経済的に不利となる。このため、含有する場合には、Nbは0.2%以下に限定することが好ましい。
【0030】
Vは、焼戻時に微細な炭化物として析出し、析出強化を介して強度の増加に寄与する元素である。このような効果を得るためには0.01%以上含有することが望ましいが、0.2%を超えて含有しても、効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できず、経済的に不利となる。このため、含有する場合には、Vは0.2%以下に限定することが好ましい。
Ca:0.0045%以下
Caは、硫化物の形態制御を介して、鋼の延性、靭性の改善に寄与する元素であり、必要に応じて含有することができる。このような効果を得るためには、0.0005%以上含有することが望ましいが、0.0045%を超える含有は、介在物量が増加し、かえって延性、靭性を低下させる。このため、Caは0.0045%以下に限定することが好ましい。
【0031】
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。なお、不可避的不純物は、中空部材用としては、P:0.020%以下、S:0.010%以下、O:0.005%以下が許容できる。
Pは、溶接割れ性、靭性に悪影響を及ぼす元素であり、できるだけ低減することが望ましいが、0.020%までは許容できる。なお、より好ましくは0.015%以下である。
【0032】
Sは、鋼中では硫化物系介在物として存在し、鋼管の加工性、靭性、疲労寿命を低下させる悪影響を及ぼすうえ、再熱割れ感受性を増大させたり、溶接部の健全性に悪影響を及ぼしたりする作用を有する元素であり、できるだけ低減することが望ましいが、0.010%までは許容できる。なお、より好ましくは0.005%以下である。
Oは、鋼中では酸化物系介在物として存在し、鋼管の加工性、靭性、疲労寿命を低下させる悪影響を及ぼす元素であり、できるだけ低減することが望ましいが、0.005%までは許容できる。なお、より好ましくは0.002%以下である。
【0033】
つぎに、本発明電縫溶接鋼管の好ましい製造方法について説明する。
まず、本発明電縫溶接鋼管は、上記した組成を有する鋼板、好ましくは熱延鋼板を素材として、好ましくは、冷間でのロール等による成形で、オープン管形状に成形したのち、該オープン管の端部同士を突き合わせ、該突合せ部を電縫溶接して所望寸法の管形状とし、あるいはさらに温間・熱間の縮径圧延を施して製造することが好ましいが、本発明ではこれに限定されるものではなく、通常公知の造管方法がいずれも適用可能である。なお、縮径圧延は、鋼管をAc3変態点以上に加熱した後、650〜850℃で縮径率:40%以上の縮径圧延とすることが好ましい。
【0034】
このような縮径圧延を施すことにより、管軸方向のr値が大きい鋼管とすることができる。管軸方向のr値が大きい鋼管であれば、曲げ加工時の減肉量、増肉量が小さく、とくに薄肉鋼管を曲げ加工するに際し、割れの発生を抑制することができる。
また、本発明では、上記した組成の電縫溶接鋼管を素材とし、該素材に、所望形状の中空部材となるように加工を施し、さらに調質処理を施し、調質処理後の硬さが420〜520HVである中空部材とすることが好ましい。なお、調質処理は、焼入れ処理あるいは焼入れ焼戻処理とすることが好ましいが、その処理条件は、調質処理後の硬さが420〜520HVの範囲となる条件であればとくに限定されない。調質処理後の硬さが520HVを超えて高くなると、水素脆化の影響が顕著となる。また、調質後の硬さが420HV未満では、中空部材としての主たる用途である中空スタビライザーとして所望の強度を確保できなくなる。このため、調質処理後の硬さは420〜520HVの範囲に限定することが好ましい。
【0035】
なお、本発明電縫溶接鋼管を中空部材とする製造方法は、例えば冷間での曲げ加工等を用いる、従来から行われていた中空部材の製造方法がいずれも適用可能である。なお、冷間での曲げ加工は、回転引き曲げ、プレス曲げ等の加工方法がいずれも適用できる。また、熱間での曲げ加工も適用可能である。加工された中空部材は、調質処理を施され、さらにはショットブラスト処理、塗装焼付け処理等を施されて、例えば中空スタビライザー等の製品(中空部材)とされる。
【実施例】
【0036】
(実施例1)
表1に示す組成の熱延鋼板(板厚:5mm又は6mm)を素材として、冷間でロールにより連続成形し略円筒状のオープン管として、該オープン管の端部同士を突き合わせて、高周波抵抗溶接により電縫溶接して電縫溶接鋼管(外径89mmφ)とした。得られた電縫溶接鋼管を母材として、該母材に調質処理を施した。調質処理は、960℃×5minの加熱を行い、直ちに水槽に浸漬する焼入れ処理と、表2に示す焼戻処理とした。この調質処理により、略460HVまたは500HVの調質処理後硬さに調整した。得られた調質処理後の材料について、腐食疲労試験を実施した。
【0037】
なお、腐食疲労試験については、その実施の簡便さから、表1に示す組成の熱延鋼板(板厚:5mmまたは6mm)を母材とした。調質処理前に施された造管、電縫溶接等の腐食疲労特性に及ぼす影響は、調質処理を施す関係から、小さいと考え、調質処理を施した鋼板を腐食疲労試験片用素材として利用した。そして、腐食疲労試験片用素材(鋼板)から、切削によりシェンク式疲労試験片(板厚:3mm)を採取し、腐食疲労試験を実施した。
【0038】
腐食疲労試験は、試験片に、5%NaCl水溶液、または純水を含む脱脂綿を巻きつけた環境下で、±400MPa(硬さ460HV材)、±440MPa(硬さ500HV材)の繰返し応力を負荷する試験とし、疲労寿命を測定した。
得られた結果を表2に示す。
【0039】
【表1】

【0040】
【表2】

【0041】
本発明例はいずれも、顕著な疲労寿命の改善が認められ、優れた耐腐食疲労特性を有する材料(鋼管)であることがわかる。これに対し、Al含有量が本発明範囲を外れる比較例は、疲労寿命の改善が少なく耐腐食疲労特性が低下している。
(実施例2)
表1に示す組成の熱延鋼板のうち、鋼板No.A,No.F(板厚:5mm)を素材として、冷間でロールにより連続成形し略円筒状のオープン管として、該オープン管の端部同士を突き合わせて、高周波抵抗溶接により電縫溶接して電縫溶接鋼管とした。得られた電縫溶接鋼管を母管とし、該母管に、加熱温度:950℃、仕上圧延温度:800℃とする縮径圧延を施し、鋼管(大きさ:外径25.4mmφ×肉厚4.7mm)とした。得られた鋼管に、ついで、冷間で外径の2倍の半径(R:50.8mm)で90°の曲げ加工を施し鋼管製部材とした。ついで、曲げ加工を施された鋼管に、960℃×5minの加熱を行い、直ちに水槽に浸漬する焼入れ処理と、280℃×20minの焼戻処理からなる調質処理を施した。この調質処理により、略460HVの硬さに調整できた。
【0042】
得られた調質処理後の鋼管製部材を試験体として、腐食疲労試験を実施した。腐食疲労試験は、試験体1の曲げ加工部に、5%NaCl水溶液、または純水を含む脱脂綿を巻きつけた環境下で、トルク:0.45kNmを負荷して、疲労寿命(破断寿命)を測定した。上記したトルクは、図3に示す試験装置を用いて、試験体1に負荷した。なお、図3では、2はねじり治具、10、11はつかみ治具である。図3に示す試験装置では、ねじり試験機(図示せず)の片側のつかみ治具10又は11を左右に回転することにより、ねじり治具2を介して試験体1のアームが左右に移動し、所定の繰返しトルクを試験体1に負荷可能としている。なお、つかみ治具についているトルクセンサーによりトルクを検出し、所定のトルクとなるように調整する。
【0043】
鋼板No. Aを素材とした鋼管製部材(比較例)では、疲労(破断)寿命は40万回であったのに対し,鋼板No.Fを素材とした鋼管製部材(本発明例)では、70万回であり、顕著な疲労寿命の改善が認められた。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】腐食疲労寿命に及ぼす合金元素の種類および合金元素量の影響を示すグラフである。
【図2】腐食疲労寿命に及ぼすCr、Alの影響を示すグラフである。
【図3】実施例で使用した鋼管製部材の腐食疲労試験装置の概要を模式的に示す説明図である。
【符号の説明】
【0045】
1 試験体
2 ねじり治具
10、11 つかみ治具



【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.19〜0.40%、 Si:0.05〜0.50%、
Mn:0.30〜2.00%、 Cr:0.10〜1.20%、
Al:0.20〜1.20%、 Ti:0.001〜0.040%、
B:0.0005〜0.0050%、 N:0.0100%以下
を含み、かつTi、Nを下記(1)式を満足するように含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、部材加工・調質処理後の耐腐食疲労特性に優れることを特徴とする高強度中空部材用電縫溶接鋼管。

Ti/47.9 > N/14‥‥(1)
ここで、Ti、N:各元素の含有量(質量%)
【請求項2】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Mo:1.0%以下、W:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cu:1.0%以下、Nb:0.2%以下、V:0.2%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする請求項1に記載の高強度中空部材用電縫溶接鋼管。
【請求項3】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Ca:0.0045%以下を含有する組成とすることを特徴とする請求項1または2に記載の高強度中空部材用電縫溶接鋼管。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかに記載の電縫溶接鋼管を素材として、該素材に、加工と、硬さが420〜520HVとなるように調質処理とを施してなる高強度中空部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−121157(P2010−121157A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−294505(P2008−294505)
【出願日】平成20年11月18日(2008.11.18)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】