説明

耐食性アルミニウム合金基材及びその製造方法

【解決手段】アルミニウム合金基材と、該アルミニウム合金基材に一体化された硫酸塩−リン酸塩酸化物帯とを具えるアルミニウム合金製品、及び該アルミニウム合金製品を製造する方法を開示する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
<関連出願の説明>
本願は、2007年8月28日に出願された米国一部継続出願第11/846,483号、発明の名称「耐食性アルミニウム合金基材及びその製造方法」の優先権を主張し、該出願は、引用を以てその全体が本願に組み込まれるものとする。本願はまた、2008年8月22日に出願された米国特許出願、発明の名称「耐食性アルミニウム合金基材及びその製造方法」の優先権を主張し、該出願は、引用を以てその全体が本願に組み込まれるものとする。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム合金を含む多くの金属基材(metallic substrates)は、耐食性及び耐摩耗性を向上させるために陽極酸化処理が施される(anodized)。陽極酸化は、電解不動態化処理であり、金属部品の表面の自然酸化物層の厚さ及び密度を増大させるのに用いられる。陽極膜はまた、染料を吸収できる厚い多孔質コーティングによるか、又は反射光に対して干渉効果を付加する薄い透明コーティングにより、多くの美容効果をもたらすために用いられることができる。陽極膜は、一般的には、多くの塗料(paints)やめっき(platings)よりも強くて付着性であるから、クラックや剥離が起こり難い。陽極膜は、最も一般的には、アルミニウム合金を保護するのに適用されるが、陽極酸化処理はまた、チタン、亜鉛、マグネシウム及びニオブに対して行なわれる。
【0003】
アルミニウム合金に関しては、陽極酸化処理中、酸化アルミニウム皮膜はアルミニウム合金の表面から及び該アルミニウムの表面内へとほぼ等量成長する。例えば、厚さ2μmの皮膜は、部分寸法を、表面あたり1μm増加させることになる。陽極酸化されたアルミニウム合金表面は、染色されることもできる。多くの消費者用商品では、染料は、酸化アルミニウム層のポアに含まれている。陽極酸化されたアルミニウム表面の耐摩耗性は、低いか中くらいであるが、これは、厚さと封孔(sealing)で改善されることができる。摩耗と傷(scratches)が小さいときは、染色層が取り除かれた場合であっても、残りの酸化物が腐食に対する抵抗能を有する。
【0004】
これまでの陽極酸化プロセスで生成される陽極酸化基材は、耐摩耗性と染料による表面の着色能力にすぐれるが、欠点を伴う。例えば、陽極酸化基材の多くは、腐食環境での耐久性及び化学安定性が十分ではなく、一般的に、湿潤環境及び外部環境での水和安定性が十分ではない。陽極酸化された表面に保護化合物を施すこともできるが、適当な耐摩耗性及び着色能力を維持しつつ、それらの保護化合物と陽極酸化表面との接着及び化学的適合性を維持することが困難である。また、用途によっては、最終製品の全体的性能が不十分な場合がある。
【発明の概要】
【0005】
<発明の要旨>
広義において、本発明は、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を有するアルミニウム合金、該合金から生成された耐摩耗性及び/又は耐食性のアルミニウム合金製品、並びに該製品の製造方法に関するものである。アルミニウム合金の硫酸塩−リン酸塩酸化物帯は、アルミニウム合金と該アルミニウム合金に成膜されるポリマーとの接着(adhesion)を向上させることができる。また、耐食性基材を製造することができる。耐食性基材は、耐摩耗性であり、視覚的に魅力的(例えば、光沢がある)で、比較的滑らかな外表面(例えば、摩擦係数が低い)を有することができる。耐食性アルミニウム合金基材は、これまでよりも「滑らかな(slicker)」表面を有することができるので、表面上の物質蓄積(material accumulation)の低減を達成することができる。
【0006】
一態様において、アルミニウム合金製品を提供する。一実施例において、アルミニウム合金製品は、アルミニウム合金基材と、該基材に一体化された硫酸塩−リン酸塩酸化物帯とを含んでいる。一実施例において、アルミニウム合金基材合金製品は、鍛造製品である。一実施例において、アルミニウム合金製品はホイール製品である。
【0007】
アルミニウム合金基材は、あらゆる適当なアルミニウム合金であってよいが、幾つかの例では、例えば、2XXX、3XXX、5XXX,6XXX、7XXX系合金の任意の鍛錬(wrought)アルミニウム合金であり、又はアルミニウム・アソシエーション・インコーポレイテッドによって規定されるA3XX系の鋳造アルミニウム合金である。一実施例において、アルミニウム合金は6061系合金である。一実施例において、アルミニウム合金は6061系合金である。一実施例において、アルミニウム合金基材(10)は、2014系合金である。一実施例において、アルミニウム合金基材(10)は、7050系合金である。一実施例において、アルミニウム合金基材(10)は7085系合金である。
【0008】
硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の特徴は、調整されることができる。一実施例において、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯はポアを有している。ポアは、例えば、ポリマーの流れを促進させることができる。一実施例において、ポアの平均ポアサイズは約10nm以上である。一実施例において、ポアの平均ポアサイズは、約15nm以下である。一実施例において、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の厚さは、約0.002インチ(約5ミクロン)以上である。一実施例において、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の厚さは、約0.001インチ(25ミクロン)以下である。
【0009】
アルミニウム合金製品は、ポリマー帯(polymer zone)を含むこともできる。一実施例において、ポリマー帯は、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯と少なくとも部分的に重なっている。一実施例において、ポリマー帯はシリコン基ポリマーを含んでいる。一実施例において、シリコン基ポリマーはポリシロキサンである。一実施例において、シリコン基ポリマーはポリシラザンである。ポリマー帯と硫酸塩−リン酸塩酸化物帯との間の界面及び/又は接着は、ポア又は硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を通して促進されることができる。
【0010】
一実施例において、ポリマー帯は、アルミニウム合金基材の表面にコーティング皮膜を含んでいる。一実施例において、コーティングの厚さは約5ミクロン以上である。一実施例において、コーティングの厚さは約8ミクロン以上である。一実施例において、コーティングの厚さは約35ミクロン以上である。一実施例において、コーティングは、実質的に無クラック(crack-free)である(例えば、肉眼及び/又は光学顕微鏡によって判定される)。一実施例において、コーティングは、アルミニウム合金基材の表面に付着される。一実施例において、コーティングの全部又はほぼ全部が、2002年8月10日付けASTM D3359-02に規定されたスコッチ610テープ引張試験をパスすることができる。一実施例において、コーティングの全部又はほぼ全部が、2002年8月10日付けASTM D2247-02に規定されたスコッチ610テープ引張試験をパスすることができる。一実施例において、アルミニウム合金基材、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯及びポリマー帯は、耐食性アルミニウム合金基材を画定する。一実施例において、耐食性基材は、ASTM B368-97(2003)elに規定された銅加速酢酸塩水噴霧試験(CASS)にパスすることができる。
【0011】
他の態様において、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を有する基材を作製する方法を提供する。一実施例において、アルミニウム合金基材に硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を生成し、該硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の少なくとも一部分と一体にポリマー帯を形成する。一実施例において、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を生成するステップは、リン酸と硫酸の両方を含む電解質を通してアルミニウム合金基材の表面を電気化学的に酸化することを含んでいる。一実施例において、電解質は、少なくとも約0.1重量%以上のリン酸を含んでいる。一実施例において、電解質は、少なくとも約5重量%以下のリン酸を含んでいる。
【0012】
一実施例において、電気化学的に酸化するステップは、アルミニウム合金基材に対し、約12アンペア/平方フィート(1.11アンペア/m2)以上の電流密度で電流を印加することを含んでいる。一実施例において、電気化学的に酸化するステップは、アルミニウム合金基材に対し、約18アンペア/平方フィート(1.67アンペア/m2)以上の電流密度で電流を印加することを含んでいる。一実施例において、電気化学的に酸化するステップは、電解質を約75°F(約23.9℃)以上の温度に加熱することを含んでいる。一実施例において、電気化学的に酸化するステップは、電解質を約90°F(約32.2℃)以上の温度に加熱することを含んでいる。
【0013】
一実施例において、ポリマー帯は、シリコン含有ポリマー帯である。一実施例において、シリコン含有ポリマー帯は、ポリシロキサンとポリシラザンのうちの少なくとも1種を含んでいる。一実施例において、ポリマー帯を形成するステップは、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の少なくとも一部にコロイドを堆積し(depositing)、該コロイドを硬化させて、アルミニウム合金基材の表面上にシリコン含有ポリマーコーティングを含むゲルを生成することを含んでいる。一実施例において、コロイドはゾルである。一実施例において、前記堆積するステップは、(a)硫酸塩−リン酸塩酸化物帯のポアを満たし、かつ、(b)シリコン含有ポリマーコーティングを含むコーティングを形成するために十分な量のゾルを施すことを含んでいる。
【0014】
一実施例において、前記方法は、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を生成するステップの前に、アルミニウム合金基材の表面を前処理剤で前処理することを含んでいる。一実施例において、前処理剤は、化学光沢組成物を含んでおり、該化学光沢組成物は、硝酸、リン酸及び硫酸のうちの少なくとも1種を含んでいる。一実施例において、前処理剤は、アルカリ洗浄剤を含んでいる。一実施例において、前記方法は、ポリマー帯を形成するステップの前に、染料(dye)及び酢酸ニッケル溶液(nickel acetate solution)のうちの少なくとも1種を、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の少なくとも一部分に施すことを含んでいる。
【0015】
この開示はまた、改良された疲労特性を有する陽極酸化アルミニウム合金製品に関する。典型的には、アルミニウム製品(例えば、ホイール)の陽極酸化によってもたらされる表面酸化物は、ホイール表面を保護し、硬度を高くする。陽極酸化アルミニウム製品に所望される性能基準の1つに、組成、形状及び質別(temper)が同じで陽極酸化されていない製品と比べて、疲労性能が損なわれないことがある。疲労は、構造体が負荷応力を繰り返して受けたときに、クラックの発生とクラックの伝播が起こる現象である。十分な数のサイクルに曝されると、構造体に作用する応力が該構造体の最大引張強度又は最大降伏強度より小さい場合でも、構造体にクラックが発生する。材料の疲労を試験するために、様々な工業規格試験が用いられる。アルミニウム合金ホイール製品の場合、試験様式として、回転疲労試験及び径方向疲労試験(SAE J328に基づくホイール疲労試験用北米工業規格)を挙げることができる。回転疲労試験は、コーナリングエベントでホイールが受ける負荷を表す。径方向疲労試験は、直線道路条件でホイールに作用する負荷を表す。これらの疲労試験は、設定されたサイクル数の回転を行なうもので、ホイールは、合格とみなされる所定の性能標準に適合しなければならない。また、相手先ブランド製造者(OEMs)が規定する標準疲労試験がある。
【0016】
酸化物の厚さ範囲が12−17ミクロンである、従来のタイプII陽極酸化ホイールの疲労寿命は、組成、形状及び質別が同じで陽極酸化されていないホイールの疲労寿命より75%以上少ない。このような疲労寿命の減少は商業的観点からは受け入れられないものと一般的に認識されている。この欠点を解消させるために、ホイールは過剰設計となり、質量増加となるため、燃費及び車両性能に悪影響を及ぼす。
【0017】
一つの方策として、疲労寿命が向上した鍛錬アルミニウム合金製品が提案されている。一実施例において、鍛錬アルミニウム合金製品は、アルミニウム合金基材と、該アルミニウム合金基材に一体化された硫酸塩−リン酸塩酸化物帯と、平均厚さが8ミクロン以上の硫酸塩−リン酸塩酸化物帯と、該硫酸塩−リン酸塩酸化物帯に少なくとも部分的に重なるシリコン含有ポリマー帯とを具えており、シリコン含有ポリマー帯は、アルミニウム合金基材の表面にコーティング部を有している。この混合電解質で陽極酸化されたアルミニウム合金製品の疲労寿命は、組成、形状及び質別並びに酸化物厚さが同じであるタイプII陽極酸化アルミニウム合金製品の疲労寿命より良好である。特に指定しない場合、アルミニウム合金製品の疲労寿命の比較は、ASTM E466-07(金属材料の一定振幅軸方向疲労試験を行うための標準実施方法)に規定された標準ビーム試料を用いて行なっている。一実施例において、鍛錬アルミニウム合金製品の疲労寿命は、組成、形状及び質別並びに酸化物厚さが同じアルミニウム合金製品であって、タイプII陽極酸化され、二クロム酸ナトリウムで封孔された(sealed)アルミニウム合金製品の疲労寿命よりも良好である。
【0018】
一実施例において、混合電解質による鍛錬アルミニウム合金製品の疲労寿命は、組成、形状及び質別並びに酸化物厚さが同じであるタイプII陽極酸化アルミニウム合金製品の疲労寿命よりも約5%以上良好である。他の実施例において、混合電解質による鍛錬アルミニウム合金製品の疲労寿命は、組成、形状及び質別並びに酸化物厚さが同じであるタイプII陽極酸化アルミニウム合金製品の疲労寿命よりも、約25%以上、又は50%以上、又は100%以上、又は200%以上良好である。
【0019】
一実施例において、疲労耐性を有するアルミニウム合金製品は鍛造アルミニウム合金製品である。一実施例において、鍛造アルミニウム合金製品は、アルミニウム合金ホイール製品である。一実施例において、アルミニウム合金ホイール製品は、2XXX系及び6XXX系アルミニウム合金のうちの少なくとも1種を含んでいる。一実施例において、アルミニウム合金ホイール製品のコーナリング疲労寿命(cornering fatigue life)は、組成、形状及び質別並びに酸化物厚さが同じであるタイプII陽極酸化アルミニウム合金製品のコーナリング疲労寿命よりも良好である。一実施例において、アルミニウム合金ホイール製品の径方向疲労寿命(radial fatigue life)は、組成、形状及び質別並びに酸化物厚さが同じであるタイプII陽極酸化アルミニウム合金製品の径方向疲労寿命よりも良好である。他の実施例において、寿命耐性を有するアルミニウム合金製品は、シート製品又はプレート製品である。他の実施例において、アルミニウム合金製品は押出製品である。コーナリング疲労寿命又は径方向疲労寿命は、必要に応じて、SAE J328、SAE J267、日本工業規格(JIS)D4103、及び/又はISO:7141-1981に準拠して試験することができる。
【0020】
前述した発明概念の様々なものを組み合わせて、接着性、耐食性及び/又は外観品質などが改善された様々なアルミニウム合金製品を作り出すことができることは理解されるであろう。また、本発明に関するこれら及び他の態様、利点並びに新規な特徴の一部を以下に説明するが、当業者であれば、以下の説明及び図面の審査の際に明らかであろうし、発明を実施することによって明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1は、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を含むアルミニウム合金基材の一実施例の概略断面図である。
【0022】
【図2】図2は、耐食性基材の一実施例の概略断面図である。
【0023】
【図3】図3は、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯及びシリコン基ポリマーに基づいて起こり得る様々な反応機構の概略図である。
【0024】
【図4】図4は、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯及び耐食性基材を有するアルミニウム合金を製造する方法を説明するフローチャートである。
【0025】
【図5a】図5aは、従来のタイプII陽極酸化プロセスで陽極酸化された6061系合金のSEM像(25000倍)である。
【0026】
【図5b】図5bは、図5aの合金をX線分析することによって得られたエネルギー分散分光分析(EDS)である。
【0027】
【図6a】図6aは、混合電解質で表面処理された6061系合金のSEM像(25000倍)である。
【0028】
【図6b】図6bは、図6aの合金をX線分析することによって得られたエネルギー分散分光分析(EDS)である。
【0029】
【図6c】図6cは、図6aの合金をX線分析することによって得られた他のエネルギー分散分光分析(EDS)である。
【0030】
【図7】様々なホイール製品の疲労寿命性能を示すグラフである。
【0031】
【図8】様々なホイール製品の疲労寿命性能を示すグラフである。
【0032】
【図9a】様々な回転ビームについて異なる応力での疲労性能を示すグラフである。
【図9b】様々な回転ビームについて異なる応力での疲労性能を示すグラフである。
【図9c】様々な回転ビームについて異なる応力での疲労性能を示すグラフである。
【図9d】様々な回転ビームについて異なる応力での疲労性能を示すグラフである。
【0033】
【図10】様々な回転ビームの疲労性能を示すグラフである。
【0034】
<詳細な説明>
添付の図面は、本発明の様々な関連する特徴を明らかにする上で少なくとも補助的役割を果たすものである。一態様において、本発明は、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を有するアルミニウム合金に関するものである。硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を有するアルミニウム合金の一実施例は図1に示されている。図示の実施例において、アルミニウム合金基材(10)は、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)を含んでいる。後でさらに説明するように、一般的には、アルミニウム合金基材(10)は、混合電解質(例えば、硫酸とリン酸)で改質され、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)が生成される。硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)は、とりわけ、アルミニウム合金基材(10)に対するポリマーの接着性を向上させる。これについては以下にて詳細に説明する。
【0035】
アルミニウム合金基材(10)は、電気化学プロセスによって硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を形成できるあらゆる材料が使用可能である。この明細書で用いられる「アルミニウム合金」という語は、アルミニウムを含む材料及び該材料と合金化された他の金属を意味し、アルミニウム協会の2XXX、3XXX、5XXX、6XXX及び7XXX系合金の一種又は複数種を挙げることができる。アルミニウム合金基材(10)は、鍛造、押出、鋳造又は圧延のうちの任意の製造プロセスから得られることができる。一実施例において、アルミニウム合金基材(10)は、6061系合金である。一実施例において、アルミニウム合金基材(10)は、6061系合金でT6質別である。一実施例において、アルミニウム合金基材(10)は、2014系合金である。一実施例において、アルミニウム合金基材(10)は、7050系合金である。一実施例において、アルミニウム合金基材(10)は、7085系合金である。一実施例において、アルミニウム合金基材(10)は、ホイール製品(例えば、リム)である。一実施例において、アルミニウム合金基材(10)は、建築製品(例えば、アルミニウム製の壁パネル又は複合パネル)である。
【0036】
図示の実施例において、アルミニウム合金基材(10)は、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)を含んでいる。この明細書で用いられる「硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(sulfate-phosphate oxide zone)という語は、アルミニウム合金基材(10)を電気化学酸化することによって生成される帯域を意味し、該帯域は、元素状のアルミニウム(Al)、硫黄(S)、リン(P)及び/又は酸素(O)並びにそれらの化合物を含んでいる。一実施例において、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)は、硫酸とリン酸の両方を含む電解質から生成されることができ、これについては、後でさらに詳しく説明する。
【0037】
硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)は、一般的には、複数の硫酸塩−リン酸塩ポア(図示せず)を含む非晶質の形態である。この明細書で用いられる「硫酸塩−リン酸塩酸化物ポア(sulfate-phosphate oxide pores)」という語は、元素としてのAl、O、S及び/又はP並びにそれら化合物を含む硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)及びその表面近傍のポアを意味するものとする。後でさらに詳しく説明するように、硫酸塩−リン酸塩酸化物ポアは、ポリマーと、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)の表面又はその近傍に存在するAl、O、S及びP元素の1種又は複数種との化学的相互作用により、ポリマーと硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)との間の接着性が向上する。
【0038】
硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)は、非晶質及び多孔質の形態を含むことができ、これは、表面積の増加によって、ポリマーとアルミニウム合金との間の接着性向上に寄与する。従来の陽極酸化表面は、一般的に、柱状形態(例えば、タイプII、硫酸でのみ陽極酸化された表面の場合)又は結節形態(例えば、リン酸でのみ陽極酸化された表面の場合)を含んでいる。これに対し、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)の多孔質非晶質形態は、一般的に、そのような従来の陽極酸化表面と比べて、表面積が大きい。表面積が大きくなると、ポリマーコーティングとアルミニウム合金基材(10)との接着が向上する。
【0039】
アルミニウム合金基材(10)に対するポリマーの接着向上は、硫酸塩−リン酸塩酸化物ポアのポアサイズを調整することによって達成されることができる。例えば、硫酸塩−リン酸塩酸化物ポアのポアサイズは、アルミニウム合金基材(10)のコーティングを形成するのに用いられるポリマーの慣性半径に一致する平均ポアサイズを有する硫酸塩−リン酸塩酸化物ポアを作ることにより、その中にあるポリマーの流れを促進できるように調整されることができる。一実施例において、硫酸塩−リン酸塩酸化物ポアの平均ポアサイズは、約10nm〜約15ナノメータの範囲であり、ポリマーは、例えば、シリコン含有ポリマー(例えば、ポリシラザンポリマー及びポリシロキサンポリマーである。この平均ポアサイズ範囲はそのようなポリマーの慣性半径と一致するので、これらポリマー(又はそれらの前駆体)は硫酸塩−リン酸塩酸化物ポアの中へ容易に流れ込むことができる。次に、ポリマーは、硫酸塩−リン酸塩酸化物と容易に結合して一体化されることができる(これは、例えば、ポリマーの硬化中に行われるが、後でさらに詳しく説明する)。
【0040】
この明細書で用いられる「平均ポアサイズ(average pore size)」という語は、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の硫酸塩−リン酸塩酸化物ポアを顕微鏡技術を用いて測定したときの平均直径を意味する。この明細書で用いられる「慣性半径(radius of gyration)」という語は、時間をかけた試料のポリマー分子の平均サイズを意味し、時間をかけたモノマーの平均位置又は次のアンサンブルを用いて計算されることができる。なお、次式中、<>内はアンサンブル平均を表す。
【数1】

【0041】
硫酸塩−リン酸塩酸化物帯とポリマーとの化学相互反応を促進するために、硫黄原子とリン原子の比を調整することができる。一実施例において、ポリマーは、シリコン基ポリマーであり、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)における硫黄原子とリン原子の比は約5:1(S:P)以上であり、例えば約10:1(S:P)以上であり、約20:1(S:P)以上でもある。この実施例では、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)における硫黄原子とリン原子の比は、約100:1(S:P)以下であり、約75:1(S:P)以下でもある。
【0042】
硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)の厚さは、この帯域がポリマーと接合するための十分な表面積を有することができるように、調整されることができる。この点において、耐食性基材(1)の硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)は、概して、約5ミクロン(0.00020インチ)以上の厚さであり、例えば、約6ミクロン(0.00024インチ)以上の厚さである。硫酸塩−リン酸塩酸化物帯は、概して、厚さ約25ミクロン(約0.001インチ)以下であり、例えば、約17ミクロン(約0.00065インチ)以下である。
【0043】
前述したように、硫酸塩−リン酸塩酸化物を含むアルミニウム合金は、耐摩耗性/耐食性アルミニウム合金製品を製造するのに用いられることができる。耐摩耗性/耐食性基材の一実施例が図2に示されている。図示の実施例において、基材(1)は、アルミニウム合金基材(10)、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)及びシリコン含有ポリマー帯(30)を含んでいる。シリコン含有ポリマー膜の第1の部分は、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)の少なくとも一部分と重なり、混成帯(40)を画定する。換言すれば、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)及びシリコン含有ポリマー帯(30)は、少なくとも一部分が重なり、この重なり部が混成帯(40)を画定する。それゆえ、混成帯(40)は、硫酸塩−リン酸塩酸化とシリコン含有ポリマーの両方を含んでいる。無ポリマー帯(60)は、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)の残部を構成する。コーティング(50)は、シリコン含有ポリマー帯(30)の残部を構成することもできる。コーティング(50)は、アルミニウム合金基材(10)の外表面に存在する。コーティング(50)は混成帯(40)を介して硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)と一体であるので、コーティング(50)は、混成帯(40)を介して、アルミニウム合金基材(10)と一体と考えることもできる。これにより、従来の陽極酸化製品と比べて、コーティング(50)とアルミニウム合金基材(10)との接着向上を達成することができる。
【0044】
前述したように、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)は、通常は多孔質である。それゆえ、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)のポアの内部には、様々な量のシリコン含有ポリマーが含まれる。これにより、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)とコーティング(50)との接着は促進されることができる。特に、シリコン含有ポリマーと硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)との化学的結合は、例えば、形成されたAl−O−P−O−Si化合物の分子構造により、電気化学的に処理されたアルミニウム基材についてこれまで知られていなかった接着品質をもたらすものと考えられる。Al−O−P−O−Si分子構造は、従来の陽極酸化プロセス(例えば、個別的に、Al−O−Si、Al−O−P、Al−O−S、及びAl−O−S−O−Si)で達成される分子配置よりも安定であると考えられる。例えば、基材(1)は、ASTM D3359-02(2002年8月10日)のテープ付着試験を、乾燥条件及び湿潤条件の両方ともパスすることができる。ポリマーと硫酸塩−リン酸塩酸化物との間で起こる化学反応の例を図3に示している。元のコロイド組成物から開始し、水との接触で起こる化学反応及びその後の硬化により、一連の水和反応と凝縮反応が起こって水を発生し、硫酸塩−リン酸塩酸化物及びシリコン基ポリマーを含む硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の内部に1又は複数の化学構造を生じる。例えば、図3に示される最終製品が生成される。
【0045】
この明細書で用いられる「シリコン含有ポリマー(silicon-containing polymer)」という語は、シリコンを含有し、例えば、化学的結合及び/又は物理的相互反応により、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)の少なくとも一部分と一体化するのに適したポリマーを意味する。これについて、シリコン含有ポリマーは、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)の平均ポアサイズに一致する慣性半径を有するようにする。また、シリコン含有ポリマー帯(30)は、外部環境とアルミニウム合金基材(10)とのバリアとして作用することもあるので、シリコン含有ポリマーは、通常、流体不透過性である。外観については、最終製品の元の鏡面及び美観の保護を促進できるように、半透明のものがよく、透明でもよい。特に、上記品質の多くを有する有用なシリコン含有ポリマーとして、ポリシロキサン(Si−O−Si)及びポリシラザン(Si−N−Si)を挙げることができる。ポリシロキサンポリマーは、例えば、SDC Coatings(米国、カリフォルニア、アービン)から入手可能である。ポリシラザンポリマーは、例えば、Clariant Corporation(米国、ノースカロライナ、シャーロッテ)から入手可能である。
【0046】
シロキサンポリマーとシラザンポリマーの選択は、最終製品で所望される性能特性によって決定することができる。シロキサン前駆体は分散性を有するので、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)との反応中に凝縮を伴い、結果として生じるポリシロキサン化合物の熱膨張係数は、コーティング(50)の表面に残留応力を引き起こし、これが最終製品の表面亀裂及び/又はクラックとなる。これについては後で詳細に説明する。ポリシロキサンを含むコーティング(50)の亀裂及びクラックを回避するために、コーティング(50)の厚さは10ミクロン以下に制限され、さらには8ミクロン以下に制限される。耐食性を高めるために、コーティング(50)のバリア特性は、例えば厚さを増すことによって向上させる必要があるかもしれない。ポリシラザンから作られたコーティング(50)を含む基材は、ポリシロキサンで作られたコーティング(50)よりも厚さを厚くし、同じ流体不透過性をもつようにすることができる。ポリシラザンのフレキシビリティ及び化学組成は、図3に示されるように、最終製品(320)の製造を可能にする。また、分子鎖長をより長くすることができ、コーティング厚さが厚くなってもクラッキングは殆ど又は全くない(例えば、亀裂なし表面又はクラックなし表面)。一実施例において、コーティング(50)は、耐食性基材を画定するのに十分な厚さを有している。耐食性基材は、耐食性と共に、滑らかな表面及び光沢のある外観を有している(例えば、混成帯(40)の外観とコーティング(50)の透明性の組合せによる)。この明細書で用いられる「耐食性基材(corrosion resistant substrate)」という語は、アルミニウム合金基材、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)及びシリコン含有ポリマー帯(30)を有する基材を意味し、ASTM B368-97(2003)elに規定された銅加速酢酸塩水噴霧試験(以下、“CASS試験”と称する)での240曝露時間にパスすることができる。一実施例において、耐食性基材は、光沢のある半透明外観を実質的に維持することができ、かつ、CASS試験にパスことができる。これについて、シリコン含有ポリマーはポリシラザンを含むことができ、コーティング(50)の厚さは約8ミクロン以上とすることができる。一実施例において、コーティング(50)の厚さは約35ミクロン以上である。一実施例において、コーティング(50)の厚さは約40ミクロン以上である。一実施例において、コーティング(50)の厚さは約45ミクロン以上である。一実施例において、コーティング(50)の厚さは約50ミクロン以上である。幾つかの実施例において、コーティング(50)にクラックの発生は殆どないか又は全くない。この点について、ポリシラザンの熱膨張係数は、ポリシロキサンコーティングよりも、アルミニウム合金基材(10)の熱膨張係数に近い。例えば、ポリシラザンを含むコーティングの熱膨張係数は約8×10-5/℃以上であり、アルミニウム合金基材の熱膨張係数は約22.8×10-6/℃である。このように、ポリシラザンコーティングの熱膨張係数と基材の熱膨張係数の比は、約10:1以下であり、例えば、約7:1以下、又は5:1以下、又は約4:1以下、又は約3.5:1以下である。それゆえ、場合によっては、コーティングの熱膨張係数は、アルミニウム合金基材(10)及び/又は硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)の熱膨張係数と一致することがある。それゆえ、ポリシラザンを含むコーティング(50)は、アルミニウム合金基材(10)と他材料との不透過性又は略不透過性のバリアとして作用することができ、また、光沢ある外観と滑らかな外表面が維持される。それでも、ポリシラザンコーティングは、厚くし過ぎるとクラック発生の可能性があるので、余りに厚くすべきではない。一実施例において、コーティング(50)はポリシラザンを含み、厚さは約90ミクロン以下であり、例えば約80ミクロン以下である。
【0047】
前述したように、コーティング(50)は、耐食性基材の作製を容易にするために、十分な厚さを有することができ、耐食性基材はCASS試験に合格することができる。他の実施例において、コーティング(50)の耐食性は、最終製品設計における考慮を少なくすることができる。このように、コーティング(50)の厚さは、要求される設計パラメータに基づいて調整されることができる。一実施例において、コーティング(50)はポリシロキサンを含み、厚さは約10ミクロン以下であり、例えば約8ミクロン以下である。
【0048】
ポリマー含有帯を生成するのに、シリコン基ポリマー以外のポリマーを用いることもできる。このようなポリマーは、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)の平均ポアサイズと同一の慣性半径を有するべきである。耐水性及び/又は耐食性基材の作製を容易にするために、ポリマー以外の材料を用いることもできる。例えば、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(20)は、染料及び/又は酢酸ニッケルの前封孔(preseal)を選択的に含むこともできる。染料に関しては、所望の視覚効果をもたらすために、シュウ酸鉄アンモニウム、無金属アントラキノン、金属アゾ錯体又はそれらの組合せを用いることができる。
【0049】
また、耐食性基材を作製する方法を提供するもので、その一実施例は図4に示されている。図示の実施例において、方法は、アルミニウム合金基材(220)の表面に硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を生成するステップ、及び硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(240)にシリコン含有ポリマー帯を形成するステップを含んでいる。方法は、所望により、アルミニウム合金基材(210)を前処理するステップ及び/又は染料を硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(230)に施すステップを含むことができる。アルミニウム合金基材、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯及びシリコン含有ポリマー帯は、前述したアルミニウム合金基材、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯及びシリコン含有ポリマー帯のどれでもよい。
【0050】
一実施例において、前処理ステップ(210)を行なう場合、該ステップはアルミニウム合金基材を前処理剤(212)と接触させることを含むことができる。例えば、前処理剤は化学光沢組成物を含むことができる。この明細書で用いられる「化学光沢組成物(chemical brightening composition)」という語は、硝酸、リン酸、硫酸及びそれらの組合せの少なくとも一種を含む溶液を意味する。アルミニウム合金基材を化学光沢組成物で前処理するために、例えば、Vega et al.に付与された米国特許第6,440,290号に開示された手法を用いることができる。一実施例として、6XXX系合金に関しては、80°F(約26.7℃)で測定したときの比重が約1.65以上のリン酸基溶液(例えば、前記温度での比重が約1.69〜約1.73のリン酸)を用いることができる。ある種のAl−Mg−Si−Cu合金製品、特に6XXX系鍛造製品における構成成分及び分散相の溶解を最小にするために、硝酸添加剤を用いることができる。この硝酸の濃度は、Mg2Siと6XXX系Al合金におけるマトリックス相との間での局部的化学攻撃の一様性に影響を及ぼす。その結果、最終製品の光沢は、処理電解質(process electrolyte)において、また処理電解質からリンスステップ(図示せず)への移行中に、積極的に影響を受けることもである。一実施例において、硝酸濃度は約2.7重量%以下であり、その槽へのHNO3のより好ましい添加量は約1.2〜2.2重量%の範囲である。6XXX系アルミニウム合金の場合、Al−Fe−Si構成相の優先的溶解を回避するために鉄濃度が約0.35%より低く維持される合金において光沢の向上が現れる。例えば、これら合金のFe含有量は約0.15重量%よりも少なく維持されることができる。前記の比重において、これら化学光沢槽中の溶解したアルミニウム鉄濃度は約35g/literを超えるべきでない。該化学光沢槽中の銅鉄濃度は約150ppmを超えるべきでない。
【0051】
他の実施例において、前処理剤はアルカリ洗浄剤を含むことができる。この明細書で用いられる「アルカリ洗浄剤(alkaline cleaner)」という語は、pHが約7よりも大きい組成物を意味する。一実施例において、アルカリ洗浄剤のpHは約10よりも小さい。一実施例において、アルカリ洗浄剤のpHは約7.5〜約9.5の範囲である。一実施例において、アルカリ洗浄時アルミニウム合金基材は、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、ホウ砂及びそれらの組合せの少なくとも一種を含んでいる。他の実施例において、アルカリ洗浄剤のpHは約10以上である。
【0052】
一実施例において、前処理ステップ(210)は、アルミニウム合金基材の表面から汚染物質を除去することを含んでいる。汚染物質の例として、グリース、ポリシングコンパウンド(polishing compounds)及び指紋を挙げることができる。前処理ステップ(210)の後、例えば、前述した化学光沢剤(chemical brighteners)又はアルカリ洗浄剤を用いて、アルミニウム合金基材の表面の濡れ性(wetability)を測定することにより、アルミニウム合金基材の表面の汚染物質の不存在を検出することができる。水にさらされて、アルミニウム合金基材の表面が濡れるとき、表面の汚染物質はほぼ無いと考えられる(例えば、表面エネルギーが約72 dyne/cm以上の表面エネルギーを有するアルミニウム合金基材)。
【0053】
硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を生成するステップ(220)に戻ると、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯は適当な技術を用いて作られることができる。一実施例において、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯は、アルミニウム合金基材の表面を電気化学的に酸化することによって生成される。この明細書で用いられる「電気化学的に酸化する(electrochemically oxidizing)」という語は、アルミニウム合金基材を、(a)硫酸と(b)リン酸の両方を含む電解質と接触させ、アルミニウム合金基材が前記電解質と接触した状態でアルミニウム合金基材に電流を印加することを意味する。
【0054】
電解質(「混合電解質(mixed electrolyte)」と称することもある)内の硫酸とリン酸の比は、適当な硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の生成を促進できるように調整/制御することができる。一実施例におて、電解質内の硫酸(SA)とリン酸(PA)の重量比は約5:1(SA:PA)以上であり、例えば約10:1(SA:PA)以上であり、約20:1(SA:PA)以上である。一実施例において、電解質内アルミニウム合金基材の硫酸とリン酸の重量比は、100:1(SA:PA)以下であり、例えば約75:1(SA:PA)以下である。一実施例において、混合電解質はリン酸を約0.1重量%以上含んでいる。一実施例において、混合電解質に含まれるリン酸は約5重量%以下である。一実施例において、混合電解質に含まれるリン酸は約4重量%以下である。一実施例において、混合電解質に含まれるリン酸は約1重量%以下である。一実施例において、リン酸はオルトリン酸である。
【0055】
混合電解質に印加される電流は、適当な硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の生成が促進されるように調整/制御される。一実施例において、電気化学的に酸化するステップ(222)は、約8アンペア/平方フィート(asf)(0.74アンペア/m2(asm))以上の電流密度で電解質に電流を印加することを含んでいる。一実施例において、電流密度は約12asf(約1.11asm)以上である。一実施例において、電流密度は約18asf(約1.67asm)以上である。一実施例において、電流密度は約24asf(約2.23asm)以下である。このように、電流密度の範囲は約8asf〜約24asf(約0.74〜2.23asm)であり、例えば、約12asf〜約18asf(約1.11〜1.67asm)である。
【0056】
混合電解質に印加される電圧は、適当な硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の生成が促進されるように調整/制御される。一実施例において、電気化学的に酸化するステップ(222)は、約6ボルト以上の電気を電解質に印加することを含んでいる。一実施例において、電圧は約9ボルト以上である。一実施例において、電圧は約12ボルト以上である。一実施例において、電圧約18ボルト以下である。このように、電圧の範囲は約6ボルト〜約18ボルトであり、例えば、約9ボルト〜約12ボルトである。
【0057】
電気化学的に酸化するステップ(222)において、電解質の温度もまた、適当な硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の生成が促進されるように調整/制御される。一実施例において、電気化学的に酸化するステップ(222)は、電解質を、約75°F(約24℃)以上の温度、例えば約80°F(約27℃)以上の温度に加熱し、及び/又は維持することを含んでいる。一実施例において、電解質の温度は、約85°F(約29℃)以上である。一実施例において、電解質の温度は、約90°F(約32℃)以上である。一実施例において、電気化学的酸化ステップ(222)は、電解質を、約100°F(約38℃)以下の温度に加熱し、及び/又は維持することを含んでいる。従って、電解質の温度範囲は、約75°F(約24℃)〜約100°F(約38℃)の範囲、例えば、約80°F(約27℃)〜約95°F(約35℃)、又は約85°F(約29℃)〜約90°F(約32℃)である。
【0058】
具体的実施例において、電気化学的に酸化するステップ(222)は、(i)硫酸とリン酸の重量比が約99:1(SA:PA)、(ii)温度が約90°F(約32℃)である混合電解質を用いることを含んでいる。一実施例において、電気化学的に酸化するステップ(222)における電流密度は約18asf(約1.11asm)以上である。
【0059】
ステップ(222)で硫酸塩−リン酸塩酸化物帯が生成された後、染料を施すステップ(230)の前、及び/又はシリコン含有ポリマー帯(240)を生成する前に、所望により、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(図示せず)を封孔するステップを含むことができる。一実施例において、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯のポアの少なくとも一部、場合によっては全部又はほぼ全部をシール剤で封孔することもできる。シール剤は、例えば、高温の塩水溶液(例えば、沸騰水)又は酢酸ニッケルである。
【0060】
次に、染料を施すステップ(230)では、一実施例において、シュウ酸鉄アンモニウム、無金属アントラキノン、金属アゾ錯体又はこれらの組合せのうちの少なくとも一種を硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の少なくとも一部分に施すことを含んでいる。染料は、公知のあらゆる技術を用いて施されることができる。一実施例において、染料は、スプレーコーティング又はディップコーティングによって施される。
【0061】
次に、シリコン含有ポリマー帯を生成するステップ(240)では、一実施例において、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の少なくとも一部分にコロイド(例えば、ゾル)を堆積するステップ(242)、該コロイドを硬化するステップ(244)を含んでいる。特定の実施例において、コロイドはゾルであり、硬化するステップ(244)により、シリコン含有ポリマー帯を含むゲルが生成される。堆積するステップ(242)は公知のあらゆる方法によって行なうことができる。一実施例において、堆積するステップ(242)は、スプレーコーティング又はディップコーティング、スピンコーティング又はロールコーティングの少なくとも1又は複数のコーティングによって行なうことができる。他の実施例において、堆積するステップ(242)は、液体相前駆体及び/又は気体相前駆体からの真空蒸着によって行われる。シリコン含有ポリマー帯は、染色された硫酸塩−リン酸塩酸化物帯又は染色されていない硫酸塩−リン酸塩酸化物帯に形成されることができる。
【0062】
シリコン含有ポリマー帯の形成に用いられたコロイドは、通常は、液体の中に懸濁した粒子を含んでいる。一実施例において、粒子はシリコン含有粒子(シリコン含有ポリマーへの前駆体)である。一実施例において、粒子の粒子サイズは、約1.0nm〜約1.0ミクロンの範囲である。一実施例において、液体は水ベースである(例えば、蒸留H2O)。他の実施例において、液体は有機系である(例えば、アルコール)。具体的実施例において、液体は、メタノール、エタノール又はそれらの組合せの少なくとも一種を含んでいる。一実施例において、コロイドはゾルである。
【0063】
コロイドの粘度は、堆積方法に基づいて調整されることができる。一実施例において、コロイドの粘度は水の粘度とほぼ等しい。なお、コロイドの粒子は、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯のポアの中へより自由に流れ込むことができる。堆積ステップ(242)の間又は該ステップに随伴して、コロイドは硫酸塩−リン酸塩酸化物帯のポアに流れ込むことができ、コロイドがゲル状態に凝縮することによって(例えば、熱により)、ポアを封孔することができる。この化学反応中に開放された水は、酸化物の水和を生じさせることができ、それによってポアが封孔される。具体的実施例において、コロイドは、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の中の相当な量(例えば、全部又はほぼ全部)のポアへ流れ込むことができる。次に、硬化ステップ(244)の間、シリコン含有ポリマーが生成され、該シリコン含有ポリマーが硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の封孔されていない相当な量のポアを封孔する。この実施例において、硬化ステップ(244)は、約90℃(約194°F)〜約170℃(約338°F)の温度を加えることを含んでいる。一実施例において、硬化ステップ(244)は、約138℃(約280°F)〜約160℃(約320°F)の温度を加えることを含んでいる。
【0064】
一実施例において、硬化ステップ(244)により、ポリシロキサンコーティングが生成される(例えば、コロイドのゲル化により)。一実施例において、硬化ステップ(244)は、ポリシラザンを含むコーティングを生成する。ここで、コロイドはシラン前駆体(例えば、トリメトキシメチルシラン)やシラザン前駆体(例えば、アンモノリシス合成の際にアンモニアと反応するメチル二塩素又はアミノプロピルトリエトキシシラン)を含んでいる。前述したように、ポリシロキサンに対してポリシラザンを用いることは、主として、最終製品の耐食性及び膜厚に依存して決められる。
【実施例】
【0065】
<例1>
従来のタイプII陽極酸化シートにおけるポリシロキサンコーティングの試験
【0066】
6061−T6アルミニウム合金シートは、硫酸だけの電解質(MIL-A-8625F, 硫酸10−20w/w%)の中で従来のタイプII陽極酸化プロセスを経て陽極酸化される。シートは、75°F(約23.9℃)の温度及び12asf(約1.11asm)電流密度で陽極酸化される。シートは染色され、従来の酢酸ニッケル封孔プロセスで封孔される(例えば、190°F〜210°F(約87.8℃〜98.9℃)の酢酸ニッケル水溶液の中で封孔される)。シートはポリシロキサンを含むゾルでコーティングされ、ゾルは次に硬化され、シートには、ポリシロキサンを含むゲルのコーティングが形成される。シートは、外観に光沢がなく、ゲルコーティングは、コーティングを基材表面からテープを介して除去する試験、つまり、2002年8月10日付けASTM D3359-02(以下、「スコッチテープ610テスト」と称する)に合格しなかった。
【0067】
<例2>
前処理を施した従来のタイプII陽極酸化シートに対するポリシロキサンコーティングの試験
【0068】
6061−T6アルミニウム合金シートは、アルカリ洗浄剤で前処理し、陽極酸化前に化学光沢処理を行なったこと以外は、例1と同じ様に調製した。陽極酸化条件は同じである。シートは例1のゾル組成物でコーティングされ、次に、ゾルは硬化され、シートにポリシロキサンを含むゲルコーティングが形成される。シートは、硬化後、外観は光沢がなく、つやがなかった。シートは2002年8月10日付けASTM D2247-02(以下、「陸軍−海軍テスト」と称する)に準拠して1000時間の試験を行なった。コーティングされたシートは、コーティングがスコッチ610テープテストによる試験で表面に付着せず、陸軍−海軍試験に合格しなかった。
【0069】
表面処理された試料のSEM顕微鏡写真は、図5aに示されるように、陽極酸化された試料の元の組織状態(topography)を示している。この試料を、エネルギー分散分光分析(EDS)によりさらにX線分析すると、図5bに示されるように、試料表面にシリコンが存在しないことを示している。この例と例1の結果は、タイプII陽極酸化表面に対するシリコンポリマーの接着性に問題があることを示し、また、アルカリ洗浄剤の前処理及び化学光沢処理は接着特性になんらの有意の効果をもたらさないことを示している。
【0070】
<例3>
混合電解質中で表面処理したシートに対するポリシロキサンコーティングの接着試験
【0071】
6061−T6アルミニウム合金の試験用シートを準備する。該シートは、アルカリ洗浄剤で前処理し、化学光沢処理を施した。シートは、硫酸96重量%、リン酸4重量%を含む混合電解質中にて、約90°F(約32.2℃)の温度及び約18asf(約1.67asm)の電流密度で表面処理した。処理したシートに、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯が形成された。硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の各々は、渦電流プローブを用いて測定したときの厚さが約0.00020インチ(約5ミクロン)である。シートは、温度約190°F(約87.8℃)の酢酸ニッケル水溶液槽の中で封孔処理をした。シートは次に、例1と同じゾルでコーティングされ、シート上にゲルが形成された。シートは、1000時間の陸軍−海軍試験に付された。コーティングはスコッチ610テープ引張試験ではシートに接着しており、1000時間の陸軍−海軍試験に合格した。さらに、シートの外観は光沢があり、つやがあった。
【0072】
表面処理された試料のSEM顕微鏡写真は、図6aに示されるように、陽極酸化処理された状態では元の組織状態を示していた。この試料を、エネルギー分散分光分析(EDS)によりさらにX線分析すると、図6bに示されるように、試料表面にシリコンが存在することを示している。これらの結果は、硫酸とリン酸を含む混合電解質で表面処理したアルミニウム合金に対するシリコンポリマーの接着について、従来の方法で処理したアルミニウム合金基材と比べて、アルミニウム合金基材とシリコンポリマーコーティングとの接着向上が実現することを示している。表面をさらにEDSスキャンすると、図6cに示されているように、基材の表面にリンが存在することを示している。
【0073】
<例4>
混合電解質中で表面処理したシートに対するポリシロキサンコーティングの腐食試験
【0074】
6061−T6アルミニウム合金の試験用シートを準備し、該シートは酢酸ニッケル溶液中で封孔されていないこと以外は、例3と同じ要領で調製した。シートは、1000時間の陸軍−海軍試験に付された。コーティングはスコッチ610テープ試験に合格し、シートは陸軍−海軍試験に合格した。シートは、さらに、ASTM B368-97(2003)elに準拠する銅加速酢酸塩水噴霧試験(以下、「CASS試験」と称する)に付された。シートはCASS試験に合格しなかった。ゲルのシリコンポリマーコーティングは、コーティングを通って移動する銅イオンであって、アルミニウム合金基材と化学反応するCASS試験の銅イオンに対しては十分なバリア特性をもたらさないことが推測される。
【0075】
<例5>
混合電解質中で表面処理したシートに対するポリシロキサンコーティングの腐食試験
【0076】
6061−T6アルミニウム合金の試験用シートを準備し、該シートは、厚さの厚いゲルコーティングを形成するために複数回のゾルコーティングを施したこと以外は、例4と同じ要領で調製した。ゲルコーティングの最終厚さは約8ミクロンである。シートは、1000時間の陸軍−海軍試験に付された。コーティングはスコッチ610試験に合格し、シートは陸軍−海軍試験に合格した。シートは、さらに、CASS試験を行なった。シートはCASS試験に合格したが、残念ながら、コーティングは、クラックが発生しており、そのために外観は好ましいものではなかった。
【0077】
<例6>
混合電解質中で表面処理したシートに対するポリシラザンコーティングの腐食試験
【0078】
6061−T6アルミニウム合金の試験用シートを準備し、該シートは、コーティングがポリシラザン基コーティングであること以外は、例4と同じ要領で作製した。コーティングは厚さの厚いゲルコーティングを形成するために複数回施した。ゲルコーティングの最終厚さは約8ミクロンであるが、コーティングは、例5のポリシロキサンの代わりにポリシラザンを含んでいる。シートは、1000時間の陸軍−海軍試験に付された。コーティングはスコッチ610テープ試験に合格し、シートは陸軍−海軍試験に合格した。シートは、さらに、CASS試験を行なった。シートはCASS試験に合格した。コーティングにクラックはなかった。
【0079】
<例7>
硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を有するホイールの疲労性能
【0080】
T6質別のAA6061から4種類のホイール試料(ホイール1−4)を作製した。ホイールは、直径17インチ(約43.2cm)、幅8インチ(約20.3cm)である。ホイールはアルカリ洗浄剤で前処理され、化学的光沢処理が施された。ホイールの1つは陽極酸化されていない(ホイール1)。残りの3つのホイールは、硫酸(96重量%)とリン酸(4重量%)を含む混合電解質中にて、約90°F(約32.2℃)の温度で陽極酸化を施した。ホイール2は、8asf(約0.74asm)で陽極酸化され、厚さ約5.6ミクロンの硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を形成した。ホイール3は、12asf(約1.11asm)で陽極酸化され、厚さ約8.9ミクロンの硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を形成した。ホイール4は、18asf(約1.67asm)で陽極酸化され、厚さ約13.7ミクロンの硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を形成した。ホイール2−4は、上記の例6に記載したものと同様にポリシラザン基コーティングで成膜され、これによってゲルコーティングが作られた。ゲルコーティングは、空気乾燥を10−30分間行ない、次に、約300°F(約149℃)で約30分間かけて硬化させた。ホイール1は、前処理された状態で放置したままである。
【0081】
ホイール1−4は、SAE J328に準拠した回転疲労試験を行なった。図7に示されるように、混合電解質の中で陽極酸化され、酸化物厚さが5.9ミクロン(ホイール2)及び8.9ミクロン(ホイール3)のホイールは、陽極酸化されていないホイール(ホイール1)と同じように十分な性能を有しない。ホイール1の対数平均疲労寿命は約200,000サイクルであり、一方、ホイール2の対数平均疲労寿命は約85,600サイクル、ホイール3の対数平均疲労寿命は約100,000サイクルである。しかしながら、予期し得なかったことに、混合電解質の中で陽極酸化され、酸化物厚さ約13.7ミクロンのホイール4は、陽極酸化されていないホイールよりも疲労寿命が良好で、対数平均疲労寿命が約250,000サイクルであり、陽極酸化されていないホイールの疲労寿命よりも約25%向上した。
【0082】
<例8>
硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を有するホイールの疲労性能
【0083】
3種類のホイール試料(ホイール5−7)を、T6質別のAA6061から作製した。ホイールは、直径17インチ(約43.2cm)、幅8インチ(約20.3cm)である。ホイールはアルカリ洗浄剤で前処理され、化学的光沢処理が施された。ホイールの1つは陽極酸化されていない(ホイール5)。残りの2つのホイールは、硫酸(96重量%)とリン酸(4重量%)を含む混合電解質中にて、約90°F(約32.2℃)の温度で陽極酸化を施した。ホイール6は、18asf(約1.67asm)で陽極酸化され、厚さ約12.7ミクロンの硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を形成した。ホイール7は、24asf(約2.23asm)で陽極酸化され、厚さ約17.3ミクロンの硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を形成した。
【0084】
ホイール6及び7は、上記の例6に記載したものと同様にポリシラザン基コーティングで成膜され、これによってゲルコーティングが作られた。ゲルコーティングは、空気乾燥を10−30分間行ない、次に、約300°F(約149℃)で約30分間かけて硬化させた。ホイール5は、前処理された状態で放置したままである。
【0085】
ホイール5−7は、SAE-J328mに準拠した回転疲労試験を行なった。図8に示されるように、ホイールは混合電解質の中で陽極酸化された。酸化物厚さが12.7μm(ホイール6)及び17.3μm(ホイール7)のホイールは、陽極酸化されていないホイール(ホイール5)よりも良好な性能を有していた。ホイール5の疲労寿命は約121,330サイクルであり、一方、ホイール6及び7の疲労寿命はホイール1よりも良好であった。ホイール6の疲労寿命は約167,685サイクル、ホイール7の疲労寿命は約158,394サイクルであり、ホイール5の疲労寿命よりも、夫々、約38%及び約31%向上した。
【0086】
<例9>
硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を有する回転ビームの疲労性能
【0087】
T6質別のAA6061を鍛造した。鍛造合金から、R.R.Moore型回転ビームを形成した。ビームは、長さ3インチ(約7.6cm)、直径0.375インチ(約0.95cm)及びゲージ長さ1インチ(約2.54cm)である。ビームはアルカリ洗浄剤で前処理を施した。第1組のビームは陽極酸化されていない(非陽極酸化ビーム)。第2組のビームは、従来のタイプII陽極酸化プロセスにより、硫酸だけの電解質の中で陽極酸化され、厚さ約7ミクロンの硫黄だけの酸化物帯を生成した。第3組のビームは、従来のタイプII陽極酸化プロセスにより、硫酸だけの電解質の中で陽極酸化され、厚さ約17ミクロンの硫黄だけの酸化物帯を生成した。第4組のビームは、従来のタイプII陽極酸化プロセスにより、硫酸だけの電解質の中で陽極酸化され、厚さ約27ミクロンの硫黄のみ酸化物帯を生成した。第5、第6及び第7組のビームは、硫酸(96重量%)とリン酸(4重量%)を含む混合電解質中にて、約90°F(約32.2℃)の温度で陽極酸化を施した。第5組は、約12asf(約1.11asm)で陽極酸化され、厚さ約8ミクロンの酸化物を生成した。第6組は、約18asf(約1.67asm)で陽極酸化され、厚さ約11ミクロンの酸化物を生成した。第7組は、約24asf(約2.23asm)で陽極酸化され、厚さ約17ミクロンの酸化物を生成した。第5、第6及び第7組の半分は、次に、従来の染料浸漬技術によって染色され、第5、第6及び第7の組の他の半分は、染色は行なわれていない。第5、第6及び第7組は、例6での記載と同様なポリシラザン基コーティングで成膜され、これによって、ビームの各々にゲルコーティングを形成した。ゲルコーティングは、空気乾燥を10−30分間行ない、次に、約300°F(約149℃)で約30分間かけて硬化させた。
【0088】
全てのビームについて、ASTM E-466-96に準拠した疲労試験を行なった。疲労試験の結果を図9a乃至図9dに示している。所定の応力を所定サイクル数(例えば、1千万回)加えた後も破損しなかったビームはデータの中に含まれていない。
【0089】
図9aを参照すると、コーティングされていないビームは、疲労寿命が、タイプII陽極酸化ビームよりも有意に良好であり、陽極酸化されていないビームは、クラック開始応力閾値が、酸化物の厚さが17μmのタイプII陽極酸化ビームよりも約6ksi(約41.4MPa)乃至10ksi(約69Mpa)高いことを示している。なお、グラフの中には、タイプII陽極酸化の効果を示すために、コーティングされていない試料、タイプII7μmの試料及びタイプII17μmの試料の対数トレンドラインが含まれている。タイプII27μm試料のトレンドは含まれていないが、タイプII17μm試料のトレンドと同様である。コーティングされていない試料の対数トレンドラインの式は、y=-2.2262Ln(x)+25.597であり、yは、加えられたネット応力、xはクラック発生までのサイクル数の百万分の1、R2値は0.894である。タイプII7μm試料の対数トレンドラインの式は、y=-2.6674Ln(x)+22.454であり、R2値は0.9458である。タイプII17μm試料の対数トレンドラインの式は、y=-3.0182Ln(x)+17.067であり、R2値は0.8779である。
【0090】
図9bを参照すると、混合電解質ビームは、コーティングされていないビームと比べると、染色の如何に拘わらず、疲労寿命はほぼ同じである(又はすぐれている)。前記したように、コーティングされていない試料の対数トレンドラインの式は、y=-2.2262Ln(x)+25.597である。ME11μmの染色されていない試料の対数トレンドラインは、他の混合電解質ビームのトレンドラインと同じであり、式は、y=-2.0703Ln(x)+26.023であり、R2値は0.8007である。
【0091】
図9c及び図9dを参照すると、混合電解質ビームは、コーティングされていないビームと比べると、染色の如何に拘わらず、同じ酸化物厚さ(例えば、比較用の非混合電解質基材の酸化物厚さの±10%以内)では、疲労寿命がすぐれていることを示している。例えば、図9cを参照すると、混合電解質の8μmでのトレンドラインは、混合電解質ビームの疲労寿命が向上することを示している。前述したように、タイプII7μm試料の対数トレンドラインの式は、y=-2.6674Ln(x)+22.454である。ME8μmの染色なし試料の対数トレンドラインの式は、y=-1.6918Ln(x)+26.685であり、R2値は0.6683である。ME8μmの染色あり試料の対数トレンドラインの式は、y=-1.5154Ln(x)+26.119であり、R2の値は0.6903である。このように、混合電解質ビームは、コーティングされていないビームと比べると、染色の如何に拘わらず、酸化物厚さが約7−8μmでは、疲労寿命がすぐれることを示している。
【0092】
図9cを参照すると、混合電解質の8μmでのトレンドラインは、混合電解質ビームの疲労寿命が向上することを示している。前述したように、タイプII17μm試料の対数トレンドラインの式は、y=-3.0182Ln(x)+17.067である。ME17μmの染色なし試料の対数トレンドラインの式は、y=-1.6345Ln(x)+26.627であり、R2値は0.8897である。ME17μmの染色あり試料の対数トレンドライン(図示の容易化のためにトレンドラインの図示は省略)の式は、y=-1.8217Ln(x)+26.486であり、R2値は0.9678である。このように、混合電解質ビームは、コーティングされていないビームと比べると、染色の如何に拘わらず、酸化物厚さが約17μmでは、疲労寿命がすぐれていることを示している。
【0093】
<例10>
硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を有する回転ビームについて、中性pH塩溶液に曝露した後における疲労性能
【0094】
T6質別のAA2014を鍛造した。鍛造合金から、R.R.Moore型回転ビーム(5E3-6169)を形成した。ビームは、長さ3.44インチ(8.73cm)、幅0.5インチ(約1.27cm)及びゲージ長さ1.94インチ(約2.39cm)である。全てのビームはアルカリ洗浄剤で前処理を施した。
【0095】
様々な組のビームを次のように処理した。
第1組のビームは混合電解質の中で陽極酸化処理し、厚さ約8ミクロンの硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(ME−8μm)を生成した。これらのビームは、上記の例6と同じように、ポリシラザン基コーティングで成膜されている。
第2組のビームは混合電解質の中で陽極酸化処理し、厚さ約12ミクロンの硫酸塩−リン酸塩酸化物帯(ME−12μm)を生成した。これらのビームは、上記の例6と同じように、ポリシラザン基コーティングで成膜されている。
第3組のビームは、従来のタイプII陽極酸化プロセスによって陽極酸化し、厚さ約9ミクロンの硫黄酸化物帯を生成した(タイプIIビーム1)。
第4組のビームは、従来のタイプII陽極酸化プロセスによって陽極酸化し、厚さ約12ミクロンの硫黄酸化物帯を生成した(タイプIIビーム2)。
第5組のビームは、従来のタイプII陽極酸化プロセスによって陽極酸化し、厚さ約8ミクロンの硫黄酸化物帯を生成した。これらのビームは、次に、二クロム酸ナトリウム(NaDiCrビーム)の水溶液で封孔した。
【0096】
これらの組のビームは、ASTM B117に準拠した中性pH塩溶液(例えば、NaClを3.5重量%含有)に対して、連続スプレーによる曝露を336時間行ない、次に、ASTM E-466-96に準拠した疲労試験を行なった。全ての疲労試験の結果を図10に示している。
【0097】
混合電解質で陽極酸化されコーティングされたビーム(ME−8μmビーム及びME−12μmビーム)は、タイプII陽極酸化ビームよりも良好な性能を示した。特に、ME−8μmビームの対数平均疲労寿命は1,180,753サイクルであり、ME−12μmビームの対数平均疲労寿命は801,001サイクルであった。タイプIIビームの対数平均疲労寿命は210,348サイクルであり、タイプIIビーム2の対数平均疲労寿命は165,922サイクルであった。このように、混合電解質ビームは、組成、形状及び質別が同じで、酸化物厚さも同じタイプII陽極酸化アルミニウム合金製品よりも、すぐれた疲労寿命を有している。
【0098】
混合電解質で陽極酸化されコーティングされたビーム(ME−8μmビーム及びME−12μmビーム)はまた、NaDiCrビームよりも良好な性能を示した。NaDiCrビームの対数平均疲労寿命は198,875サイクルであり、混合電解質ビームは、組成、形状及び質別が同じで、酸化物厚さも同じであって、タイプII陽極酸化され、二クロム酸ナトリウムで封孔されたアルミニウム合金製品よりも、すぐれた疲労寿命を有している。
【表1】

【0099】
本発明の様々な実施例を詳細に説明したが、当該分野の専門家にとって、これら実施例の変形及び適応は明らかであろう。そのような変形及び適応は、本発明の範囲及び精神の範囲内であることは明確に理解されるべきである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金基材に硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を生成するステップを有し、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を生成するステップは、リン酸と硫酸を両方含む電解質を通じてアルミニウム合金基材の表面を電気化学的に酸化するステップを含んでおり、
硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の少なくとも一部と一体のシリコン含有ポリマー帯を形成するステップを有し、アルミニウム合金基材、硫酸塩−リン酸塩酸化物帯及びシリコン含有ポリマー帯は、少なくとも部分的に耐食性アルミニウム合金基材を画定するようにした、方法。
【請求項2】
耐食性アルミニウム合金基材は、ASTM B368-97(2003)elに規定された銅加速酢酸塩水噴霧試験に合格することができる請求項1の方法。
【請求項3】
電気化学的に酸化するステップは、アルミニウム合金基材に対し、約12アンペア/平方フィート以上の電流密度で電流を印加することを含んでいる請求項1又は2の方法。
【請求項4】
電気化学的に酸化するステップは、アルミニウム合金基材に対し、約18アンペア/平方フィート以上の電流密度で電流を印加することを含んでいる請求項1又は2の方法。
【請求項5】
電解質は、リン酸を約0.1重量%以上含んでいる請求項1乃至4の何れかの方法。
【請求項6】
電解質は、リン酸を約5重量%以下含んでいる請求項5の方法。
【請求項7】
電気化学的に酸化するステップは、電解質を約75°F以上の温度に加熱することを含んでいる請求項1乃至6の何れかの方法。
【請求項8】
電気化学的に酸化するステップは、電解質を約90°F以上の温度に加熱することを含んでいる請求項1乃至6の何れかの方法。
【請求項9】
硫酸塩−リン酸塩酸化物帯を生成するステップの前に、アルミニウム合金基材の表面を前処理剤で前処理するステップを含んでいる請求項1乃至8の何れかの方法。
【請求項10】
前処理剤は、硝酸、リン酸及び硫酸のうちの少なくとも1種を含む化学光沢組成物を含んでいる請求項9の方法。
【請求項11】
前処理剤は、アルカリ洗浄剤を含んでいる請求項9の方法。
【請求項12】
シリコン含有ポリマー帯を形成するステップの前に、染料及び酢酸ニッケル溶液のうちの少なくとも1種を硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の少なくとも一部分に施すステップをさらに含んでいる請求項9乃至11の何れかの方法。
【請求項13】
シリコン含有ポリマー帯は、ポリシロキサン及びポリシラザンのうちの少なくとも1種を含んでいる請求項1乃至12の何れかの方法。
【請求項14】
シリコン含有ポリマー帯を形成するステップは、
コロイドを硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の少なくとも一部分の上に堆積するステップ、
コロイドを硬化させて、シリコン含有ポリマーコーティングを含むゲルをアルミニウム合金基材の表面に生成するステップ、を含んでいる請求項13の方法。
【請求項15】
堆積するステップは、(a)硫酸塩−リン酸塩酸化物帯のポアに充満し、かつ、(b)シリコン含有ポリマーコーティングを含むコーティングを形成する、のに十分な量のゾルを施すことを含んでいる請求項14の方法。
【請求項16】
アルミニウム合金基材と、
該アルミニウム合金基材に一体化された硫酸塩−リン酸塩酸化物帯と、を具えている鍛錬アルミニウム合金製品。
【請求項17】
硫酸塩−リン酸塩酸化物帯は、ポアを有しており、該ポアの平均ポアサイズは約10nm以上である請求項16のアルミニウム合金製品。
【請求項18】
硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の平均ポアサイズは、約15nm以下である請求項17のアルミニウム合金製品。
【請求項19】
硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の厚さは、約5ミクロン以上である請求項16乃至18の何れかのアルミニウム合金製品。
【請求項20】
硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の厚さは、約25ミクロン以下である請求項19のアルミニウム合金製品。
【請求項21】
アルミニウム合金は、6061系合金である請求項16乃至20の何れかのアルミニウム合金製品。
【請求項22】
アルミニウム合金製品は、鍛造製品である請求項21のアルミニウム合金製品。
【請求項23】
アルミニウム合金製品は、ホイール製品である請求項22のアルミニウム合金製品。
【請求項24】
シリコン含有ポリマー帯をさらに具え、該シリコン含有ポリマー帯は、少なくとも一部分が硫酸塩−リン酸塩酸化物帯と重なり、アルミニウム合金基材の表面にコーティング部を有している請求項16乃至23の何れかのアルミニウム合金製品。
【請求項25】
アルミニウム合金製品は、ASTM B368-97(2003)elに規定された銅加速酢酸塩水噴霧試験(CASS)に合格することができる請求項24のアルミニウム合金製品。
【請求項26】
シリコン含有ポリマー帯のコーティング部は、厚さが約5ミクロン以上である請求項24のアルミニウム合金製品。
【請求項27】
シリコン含有ポリマー帯のコーティング部は、厚さが約8ミクロン以上である請求項24のアルミニウム合金製品。
【請求項28】
シリコン含有ポリマー帯のコーティング部は、厚さが約35ミクロン以上である請求項24のアルミニウム合金製品。
【請求項29】
シリコン含有ポリマーのコーティング部は、実質的に無クラックである請求項25乃至28の何れかのアルミニウム合金製品。
【請求項30】
シリコン含有ポリマーは、ポリシラザンである請求項29のアルミニウム合金製品。
【請求項31】
アルミニウム合金基材と、
該アルミニウム合金基材に一体化され、平均厚さが約8ミクロン以上の硫酸塩−リン酸塩酸化物帯と、
少なくとも一部分が硫酸塩−リン酸塩酸化物帯と重なり、アルミニウム合金基材の表面にコーティング部を有するシリコン含有ポリマー帯と、を具える鍛錬アルミニウム合金製品であって、
組成、形状及び質別並びに酸化物厚さが同じであるタイプII陽極酸化アルミニウム合金製品よりもすぐれた疲労寿命を有する、鍛錬アルミニウム合金製品。
【請求項32】
鍛錬アルミニウム合金製品は、鍛造アルミニウム合金製品である請求項31の製品。
【請求項33】
鍛造アルミニウム合金製品は、アルミニウム合金ホイール製品である請求項32の製品。
【請求項34】
アルミニウム合金ホイール製品は、2XXX系及び6XXX系アルミニウム合金のうちの少なくとも1種を含んでいる請求項33の製品。
【請求項35】
アルミニウム合金ホイール製品は、コーナリング疲労寿命が、組成、形状及び質別並びに酸化物厚さが同じであるタイプII陽極酸化アルミニウム合金ホイール製品のコーナリング疲労寿命よりもすぐれている請求項34の製品。
【請求項36】
アルミニウム合金ホイール製品は、径方向疲労寿命が、組成、形状及び質別並びに酸化物厚さが同じであるタイプII陽極酸化アルミニウム合金ホイール製品の径方向疲労寿命よりもすぐれている請求項34の製品。
【請求項37】
鍛錬アルミニウム合金製品はシート製品又はプレート製品である請求項31の製品。
【請求項38】
鍛錬アルミニウム合金製品は押出製品である請求項31の製品。
【請求項39】
鍛錬アルミニウム合金製品は鋳造製品である請求項31の製品。
【請求項40】
硫酸塩−リン酸塩酸化物帯の平均厚さは約12ミクロン以上である請求項31乃至40の何れかの製品。
【請求項41】
シリコン含有ポリマーはポリシラザンである請求項31乃至40の何れかの製品。
【請求項42】
鍛錬アルミニウム合金製品の疲労寿命は、組成、形状及び質別並びに酸化物厚さが同じであって、タイプII陽極酸化され二クロム酸ナトリウムで封孔されたアルミニウム合金製品の疲労寿命よりもすぐれている請求項31乃至41の何れかの製品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5a】
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【図5b】
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【図6a】
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【図6b】
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【図6c】
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【図7】
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【図8】
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【図9a】
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【図9b】
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【図9c】
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【図9d】
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【図10】
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【公表番号】特表2010−538158(P2010−538158A)
【公表日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−523063(P2010−523063)
【出願日】平成20年8月22日(2008.8.22)
【国際出願番号】PCT/US2008/074074
【国際公開番号】WO2009/032567
【国際公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【出願人】(500277629)アルコア インコーポレイテッド (49)
【Fターム(参考)】