説明

肝癌治療又は予防用医薬組成物

【課題】本発明は、優れた肝癌治療剤又は予防剤を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明によれば、ビタミンKの1種であるメナテトレノンと、リン脂質と、を含む肝癌治療又は予防用医薬組成物が提供され、前記リン脂質が、卵黄レシチン又は大豆レシチンであることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ビタミン類とリン脂質とを含む医薬組成物に係り、より詳細には、ビタミンKの一種であるメナテトレノン(「ビタミンK2」や「MK−4」ともいう。)とレシチンとを含む、肝癌治療又は予防用医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
現在までに、メナテトレノンがヒトの肝細胞癌セルライン(例えば、Hep-3B, Hep-G2, Huh-7等)の成長に対して抑制効果を有することが報告されている(例えば、非特許文献1および2参照)。
【0003】
また、肝細胞癌患者は、高率に門脈浸潤をきたし、一旦、門脈浸潤(Portal Venous Invasion, 以下、「PVI」という。)が発生するとその予後は極めて不良であることが知られている。そして、肝細胞癌患者におけるDes-γ-Carboxy Prothrombin(以下、「DCP」という)の高値が、その後のPVI進展と密接に関連することが知られている(例えば、非特許文献3参照)。ここで、DCPとはPIVKA−II(Protein Induced by Vitamin K Absence or Antagonist)とも称される、正常な凝固活性を持たないプロトロンビンで、ビタミンKが欠乏した状況で増えることが知られており、ビタミンKの欠乏・ビタミンKの吸収障害のマーカーとして用いられるタンパク質であり、肝癌の腫瘍マーカーとして広く用いられている。
【0004】
さらに、肝細胞癌の治療後に、ビタミンK2を投与することで、PVIの発生を抑制できること、及び肝細胞癌再発抑制により予後が改善できることが報告されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
一方で、リン脂質の一種であるレシチン類に、抗癌作用があることが報告されているが(例えば、非特許文献4参照)、当該レシチン類が肝癌に有効であることは開示されていない。
【0006】
また、脂溶性抗癌剤とレシチンと、他の成分を含む注射用製剤も報告されているが(例えば、特許文献2参照)、かかる注射用製剤が肝癌に有効であることは開示されていない。
【特許文献1】国際公開公報 WO 03/105819 A1
【特許文献2】特開平11−209307号
【非特許文献1】Zhong-Qian Li et al., Life Sciences 70 (2002)2085-2100
【非特許文献2】Ziqiu Wang et al., Hepatology, 1995; 22: 876-882
【非特許文献3】Koike Y., et al Cancer 2001; 91: 561-569
【非特許文献4】Munder P G., et al Clinical Bulletin (Memorial Sloan-Kettering Cancer Center) (1976) Vol. 6, No.2, pp. 80.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、肝癌の有効治療という観点からは、さらに優れた肝癌治療剤が切望されている。そこで、本発明は、優れた肝癌治療剤又は予防剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記事情に鑑み、本発明者らは、より優れた肝癌治療剤を鋭意検討したところ、ビタミンKの一種であるメナテトレノン単独に比較して、リン脂質としてのレシチンと組み合わせることで、ビタミンKの一種であるメナテトレノンによる肝癌の増殖抑制を促進されることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明では、
〔1〕ビタミンKと、リン脂質と、を含む肝癌治療又は予防医薬組成物、
〔2〕前記ビタミンKが、メナテトレノンである、前項〔1〕に記載の医薬組成物、
〔3〕前記リン脂質が、卵黄レシチン、大豆レシチン、これらの水素添加レシチン、ホスファチジルコリン、ホスファチジルセリン、ホスファチジル酸、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルエタノールアミン、スフィンゴミエリン及びリソホスファチジルコリンからなる群から選択される、前項〔1〕又は〔2〕に記載の医薬組成物、
〔4〕前記リン脂質が、卵黄レシチン又は大豆レシチンである、前項〔1〕ないし〔3〕のうち何れか一項に記載の医薬組成物、
〔5〕前記メナテトレノンと前記リン脂質との配合割合(メナテトレノン/リン脂質)は、mg/day/体重の比で、1/10〜10/1である、前項〔1〕ないし〔4〕のうち何れか一項に記載の医薬組成物、
〔6〕前記メナテトレノンが、1.0〜100mg/day/体重の投与量で投与される、前項〔1〕ないし〔5〕のうち何れか一項に記載の医薬組成物、
〔7〕前記リン脂質が、1.0〜100mg/day/体重の投与量で投与される、前項〔1〕ないし〔6〕のうち何れか一項に記載の医薬組成物、
〔8〕経口投与される、前項〔1〕ないし〔7〕のうち何れか一項に記載の医薬組成物、
を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、ビタミンK単独に比較して、リン脂質としてのレシチンと組み合わせることで、メナテトレノンによる肝癌の増殖抑制を促進され、より優れた肝癌治療又は予防剤としての医薬組成物が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0011】
本発明に係る医薬組成物は、ビタミンKの一種であるメナテトレノン(「ビタミンK2」や「MK−4」ともいう。)と、リン脂質とを含み、肝癌治療又は予防用の用途を有する。本発明が対象とする肝癌とは、以下のものに限定されるわけではないが、慢性肝炎、肝硬変から発癌する肝癌を含み、その肝硬変には、肝炎ウイルスに起因したC型肝炎やB型肝炎を含む。
【0012】
本発明で使用するメナテトレノンとは、化学名2−メチル−3−テトラプレニル−1,4−ナフトキノン(2-methyl-3-tetraprenyl-1,4-naphthoquinone)であり、その構造式を以下に示す。
【化1】

【0013】
メナテトレノンは黄色の結晶又は油状の物質で、におい及び味はなく、光により分解しやすい。また、水にはほとんど溶けない。メナテトレノンは、ビタミンK2とも称し、その薬理作用は、血液凝固因子(プロトロンビン、VII、IX、X)のタンパク合成過程で、グルタミン酸残基が生理活性を有するγ−カルボキシグルタミン酸に変換する際のカルボキシル化反応に関与するものであり、正常プロントロビン等の肝合成を促進し、生体の止血機構を賦活して生理的に止血作用を発現するものである。
【0014】
本発明に係る医薬組成物の有効成分であるメナテトレノンは、無水物であってもよいし、水和物を形成していてもよい。また、メナテトレノンには結晶多形が存在することもあるが限定されず、いずれかの結晶形が単一であってもよいし、結晶形混合物であってもよい。
【0015】
本発明において用いるメナテトレノンは、公知の方法で製造することができ、代表的な例として、特開昭49−55650号公報に開示される方法によれば容易に製造することができる他、合成メーカーから容易に入手することもできる。また、メナテトレノンはカプセル剤、注射剤等の製剤としても入手できる。
【0016】
本発明で使用するリン脂質は、卵黄レシチン、大豆レシチン、これらの水素添加レシチン、天然物あるいは半合成されたものから精製されたホスファチジルコリン、ホスファチジルセリン、ホスファチジル酸、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルエタノールアミン、リソホスファチジルコリン等が挙げられる。中でも、本発明で使用するリン脂質では、卵黄レシチンや大豆レシチンが好ましい。
【0017】
本発明に係る医薬組成物は、メナテトレノンとリン脂質とを含む組成物であり、その配合割合(メナテトレノン/リン脂質)は、mg/day/体重の比で、1/10〜10/1であり、好ましくは2/10〜10/2であり、より好ましくは4/10〜10/4であり、さらに好ましくは5/10〜10/5である。
【0018】
本発明に係る医薬組成物としては、メナテトレノンおよび、卵黄レシチンまたは大豆レシチンをそのまま用いてもよいし、または、公知の薬学的に許容できる担体等(例:賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味矯臭剤や、必要に応じて、安定化剤、乳化剤、吸収促進剤、界面活性剤、pH調整剤、防腐剤、抗酸化剤等)、一般に医薬品製剤の原料として用いられる成分を配合して慣用される方法により製剤化してもよい。さらに必要に応じて、ビタミン類、アミノ酸等の成分を配合してもよい。賦形剤の具体例としては、乳糖、コーンスターチ、白糖、ブドウ糖、ソルビット、結晶セルロースなどが挙げられる。結合剤の具体例としては、ポリビニルアルコール、ポリビニールエーテル、エチルセルロース、メチルセルロース、アラビアゴム、トラガント、ゼラチン、シェラック、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン等が挙げられる。崩壊剤の具体例としては、デンプン、寒天、ゼラチン末、結晶セルロース、炭酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、クエン酸カルシウム、デキストリン、ペクチン等が挙げられる。滑沢剤の具体例としては、ステアリン酸マグネシウム、タルク、ポリエチレングリコール、シリカ、硬化植物油等が挙げられる。着色剤の具体例としては、医薬品に添加することが許容されているものが挙げられる。矯味矯臭剤の具体例としては、ココア末、ハッカ脳、芳香酸、ハッカ油、桂皮末等が挙げられる。
【0019】
本発明においては、メナテトレノンおよびリン脂質を含む医薬組成物の投与形態は特に限定されないが、経口的に投与することが好ましい。本発明に係る医薬組成物は、単独のメナテトレノンと単独のリン脂質を含む薬剤から構成される、又はメナテトレノン及びリン脂質の双方を含む薬剤をいう。なお、メナテトレノン及びリン脂質を含む薬剤とは、単独の薬剤を同時に製剤化して得られる薬剤、単独の薬剤を別々に製剤化して得られる複数の薬剤を、同時または治療に有効な一定時間の間隔をおいて投与するための薬剤をいう。
【0020】
本発明に係る医薬組成物を製剤化するためには、製剤の技術分野における通常の方法で、錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、坐剤、注射剤、軟膏剤、パップ剤等の剤型とすることができる。また、錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤には、糖衣、ゼラチン衣、その他必要により適宜コーティングを施してもよい。なお、メナテトレノンのカプセル剤は商品名ケイツーカプセル(エーザイ株式会社製)、グラケーカプセル(エーザイ株式会社製)として、またシロップ剤は商品名ケイツーシロップ(エーザイ株式会社製)として、注射剤は商品名ケイツーN注(エーザイ株式会社製)として入手することができる。
【0021】
本発明に係る医薬組成物は、哺乳類(例えば、ヒト、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、イヌ、ウマ、サル等)の肝癌治療又は予防に有用であり、特に、ヒトの肝癌治療又は予防に有効である。
【0022】
本発明に係る医薬組成物は、本発明の医薬組成物におけるメナテトレノンの投与量としては、通常1.0〜100mg/day/体重であり、好ましくは2.0〜80mg/day/体重であり、より好ましくは5.0〜60mg/day/体重である。また、本発明の医薬組成物におけるリン脂質の投与量は、通常1.0〜100mg/day/体重であり、好ましくは2.0〜80mg/day/体重であり、より好ましくは5.0〜60mg/day/体重である。
【実施例】
【0023】
以下に本発明の実験例を挙げるが、これらは例示的なものであって、本発明はこれらの実験例に限定されるものではない。当業者は、以下に示す実験例のみならず本願明細書にかかる特許請求の範囲に様々な変更を加えて実施することが可能であり、かかる変更も本願特許請求の範囲に包含される。
【0024】
[実施例]
本発明では、以下の材料及び手法により実験を行った。
A:インビトロ実験について
(1)セルライン及び培養条件
四種類のヒトの肝細胞癌セルライン(Hep-3B, Hep-G2, Huh-7, Alexander)を、95%の空気及び5%の二酸化炭素の加湿雰囲気下にて、10%ウシ胎仔血清(FBS)、100U/ml ペニシリンG硫酸塩及び100μg/ml ストレプトマイシン硫酸塩を補充したダルベッコ修正イーグル培地(DMEM; SIGMA CHEMICAL Co., St. Louis USA)にて培養した。
【0025】
(2)増殖阻害
レシチン(別名:ホスファチジルコリン(以下、単に「PC」という。)は、純度約96.5%の大豆レシチンを、メナテトレノンおよびケイツーN(KaytwoN:登録商標;エーザイ(株)製)は、エーザイ(株)から提供された。研究のために、96穴のマイクロタイタープレート中の細胞(Hep-G2: 1x104,その他:1x103)は、実験を開始する前日に培養した。MTTアッセイ法では、96穴のマイクロタイター中の細胞は、数日間(2〜4日間)、PC(1x10-8〜1x10-4M)、メナテトレノン(1x10-7〜1x10-4M)またはケイツーN(登録商標;エーザイ(株)製)(メナテトレノンに関しては、1x10-8〜1x10-4M)の存在下、培養した。メナテトレノンとPCの相乗効果を評価するため、メナテトレノンを混合したPCによる刺激を実施した。メナテトレノンとPCの相乗効果の評価は、Hep-3Bセルラインに対するIsobologram法(Kano et. al., Int. J. Cancer: 50, 604-610 (1992))により検討した。Tetra Color One Kitを用いたMTTアッセイ法により、生存率を解析した。また、PCに起因する増殖阻害を推測するため、卵黄(SIGMA CHEMICAL Co., St. Louis USA)から抽出された純度約99%のPC、つまり卵黄レシチンについても検討した。
【0026】
(3)統計的解析
StatView 5.0(Abacus Concepts, Berkley, CA)によるMann-Whitney U testにより、有意の差異を評価した。有意な差は、0.05以下のP値とした。
【0027】
B:インビボ実験
(1)動物および食事
体重80〜100gの雄Sprague-Dawleyラット(4週齢)を、SLC, Inc.から購入した。ラットは、一つのケージにつき3匹のラットを、23±1℃の温度、55±10%の相対湿度に維持され、空調管理されたプラスチックケージにて、12時間毎のL/C(明暗)サイクルで収容し、CE-2基礎食(中部科学資材(株)、日本)と、自由に水とを与えた。実験開始の1週間前に、かかる環境に慣れさせ、実験期間中は、Care and Use of Laboratory AnimalsというNIHのガイドラインに準じて維持した。
【0028】
(2)実験計画
化学的肝癌発症に対するメナテトレノン及びPCの化学予防効果を検討するために、ラットを、表1に示す8つの実験群へ無作為に分割した。なお、A群、G群及びH群は、6匹のラットからなり、B群、C群、D群、E群及びF群は、12匹のラットからなる。
【0029】
【表1】

B群、C群及びD群におけるラットは、2段階の肝臓発癌モデルに使用した(A Bishayee et. al., British Journal of Cancer (1995) 71, 1214-1220参照)。発癌は、リン酸緩衝化生理食塩水(PBS)1mlに溶解させたジエチルニトロサミン(DEN:200mg/体重kg)の1回の腹腔内投与(i.p.)により行った。2週間の回復期間に続き、促進剤としてのフェノバルビタール(Pb)を、その後継続して14週間、0.05%(w/w)の割合で基礎食に取り込んだ。A群のラットは未処置として対照としたのに対し、B群のラットは、発癌物質(DEN-Pb)の対照とした。D群、E群及びG群では、実験期間中を通じて、2日毎に胃内強制投与(i.g.)(intragastric gavage)により、メナテトレノン(10mg/日/体重kg)とPC(16mg/日/体重kg)(KaytwoN:ケイツーNによる投与)をラットに投与した。表1に示すように、E群及びF群のラットは、発癌物質として、DEN(i.p.)のみで処置したのに対し、H群のラットは、対照としてPBS1mlで処置した。C群のラットは、2日毎に、胃内強制投与によりPC(16mg/日/体重kg)のみで処置した。なお、全てのラットの食事摂取量と体重を1週間に3回計測した。実験開始20週後、全てのラットを適切なジエチルエーテル麻酔により屠殺した。実験の最後の4日間は、基礎食にPbを取り込むことを中止し、メナテトレノンおよびPC(ケイツーNによる投与)と、PCの双方の摂取を中止した。ジエチルエーテルによる屠殺前には、ラットは一晩絶食させた。
【0030】
(3)形態、組織学及び組織化学
ラットを屠殺した後、各ラットからの肝臓を迅速に切除し、その重量を計測し、その後、肉眼にて観察した。2〜3mmの厚さの切片を、結節の目視検査のために切り出した。結節の目視観察は、直交する2方向から行い、各結節の平均径を測定した。各肝臓の右後部、前部および尾状葉からの代表的な1-cm厚の切片を、10%緩衝化ホルマリンにて固定し、グルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST-P)、通例のヘマトキシリン−エオシン染色(H&E)による免疫組織化学的解析に使用した。
【0031】
(4)GST-Pの免疫組織化学的染色
GST-P陽性肝臓病巣を示すために、肝臓切片を脱パラフィンし、抗ラットGST-P抗体(MBL Co., Ltd., Nagoya; 1:2000)を用い、アビジン−ビオチン−ペルオキシダーゼ錯体(ABC)法を行った。各肝臓からの3又は4のスライドにおいて、GST-P染色を、高倍率顕微鏡にて観察した。組織小片の面積あたりのGST-P陽性病巣面積の割合(%)と、単位面積(1cm2)あたりのGST-P陽性病巣の数を、Mac SCOPE Version 2.6(Mitanishoji Co., Fukui, Japan)にて求めた。10細胞以上からなるGST-P陽性病巣を、変化した肝細胞病巣として取り扱った。
【0032】
(5)血清学的検査
全てのラットを、実験開始20週間後、一晩絶食させた後にジエチルエーテル麻酔により屠殺した。血液サンプルを心臓穿刺により採取し、肝機能試験としてのGPT、GOT、腫瘍マーカーとしてのPIVKA-IIと、屠殺時のビタミンK1およびK2(メナテトレノン)の量を調べた。
【0033】
(6)統計的解析
各々の群における目視可能な結節の発生率、GST-P陽性病巣の知見の対比、並びにメナテトレノン及びPCで処置した群、又は非処置群における血清学的知見における対比は、Mann-Whitney U testにより評価した。有意な差は、0.05以下のP値とした。
【0034】
実験結果
インビトロにおけるMTTアッセイ法の結果
全ての肝細胞癌セルライン(Hep-3B, Hep-G2, Huh-7, Alexander)において、PCの存在下では、添加量および時間に依存して生存率は減少し(図1(A)および図1(B)参照)、メナテトレノンの存在下では、添加量に依存して生存率は減少した(図1(C)参照)。さらに、ケイツーNと、メナテトレノンおよびPCの混合物の存在下では、PCおよびメナテトレノンのみの実験例と比較して、生存率に関してPCによる付加的な効果が示された(図1(D)、(E)参照)。具体的には、図1(C)のメナテトレノンの濃度が、1x10-6Mの場合と、図1(D)の結果を比較すると、PCの添加による肝細胞癌セルラインの生存が減少し、PCによる付加的な効果が確認された。以上の結果より、ヒトの肝細胞癌セルラインの増殖に対して、メナテトレノンおよびPCのそれぞれが、抑制効果を示した。
【0035】
図2は、本発明において、Isobologram法(Kano et. al., Int. J. Cancer: 50, 604-610 (1992))により、Hep-3Bセルラインに対するメナテトレノンとPCの相乗効果の評価を示す結果である。図2(A)は、Hep-3Bセルラインの増殖抑制に対するメナテトレノン(図2(A)ではVKと表示)単独での結果であって、50%の抑制効果があったメナテトレノンの濃度を基準として、添加したメナテトレノンの濃度を正規化した値を横軸として、増殖抑制の割合の対数を縦軸として表示した結果を示す。なお、実際のメナテトレノンの濃度は、0.32x10-5M、0.63x10-5M、1.25x10-5M、2.5x10-5M、5.0x10-5Mであった。一方、図2(B)は、Hep-3Bセルラインの増殖抑制に対するPC単独での結果であって、50%の抑制効果があったPCの濃度を基準として、添加したPCの濃度を正規化した値を横軸として、増殖抑制の割合の対数を縦軸として表示した結果を示す。なお、実際のPCの濃度は、0.32x10-5M、0.63x10-5M、1.25x10-5M、2.5x10-5M、5.0x10-5Mであった。
次に、図2(C)は、メナテトレノンのみの添加と、メナテトレノンとPCとの混合物の添加によりHep-3Bセルラインの増殖抑制の結果を示す。図2(C)に示す結果から、メナテトレノン単独よりもPCをさらに添加した混合物の方が、増殖抑制効果は大きく、さらに添加するPCの濃度が高い方が、より増殖抑制効果が大きいことが明らかである。なお、図2(C)では、PCの濃度を0.32x10-5M、0.63x10-5Mとして、メナテトレノンの添加量を変化させた場合のdose-response曲線を示す。
以上の結果から、図2(D)に示すように、Isobologram法(Kano et. al., Int. J. Cancer: 50, 604-610 (1992))に従い、Hep-3Bセルラインの増殖抑制に対するメナテトレノンおよびPCの効果を評価するため、Mode I line及びMode II lineを作成し、supra-additive領域、envelop of additivity領域およびsub additive領域を求めた。そして、図2(C)にて得られたメナテトレノンおよびPCによるdose-response曲線を用いると、図2(D)にて表示される△及び×に、図2(C)で得られたデータが位置した。これは、Isobologram法解析におけるsupra-additive領域に属する位置であり、PC添加により、メナテトレノンによるHep-3Bセルラインの増殖抑制に相乗効果があることが例証された。
以上の結果から、メナテトレノンにPCとして大豆レシチンが添加されているケイツーNでは、肝細胞癌セルラインの増殖抑制に付加的な効果を示し、Isobologram法の解析結果から、メナテトレノンとPCの混合物には、肝細胞癌セルラインの増殖抑制に相乗効果があることが確認された。
【0036】
インビボの実験結果
(1)死亡について
DEN(i.p.)後の2週間以内に、B群の2匹とC群の1匹のラット3匹が死亡したため、本発明の実験には使用しなかった。ただし、実験期間中、他の群からのラットの死亡は観測されなかった。
【0037】
(2)体重および肝臓の重量について
B群、C群、D群、E群及びF群において、DEN(i.p.)後の2週間、食事摂取量の低下にともない、ラットの体重は減少した。しかし、最終的な体重は、全ての8つ群の間では、有意な差は認められなかった。C群、D群、F群及びG群におけるラットの体重は、A群のラットの体重に匹敵するものであり、本実験において、ケイツーN又はPCの添加は、ラットの成長応答に特に悪影響を及ぼすものではないことを示唆している。Pbを含有する食事を摂取したB群、C群及びD群におけるラットの肝臓の平均重量と、それらの相対的な(つまり、体重に対する肝臓)平均肝臓重量率は、他のラットよりも重かった。具体的には、B群、C群及びD群におけるラットの肝臓の平均重量は、18.9gであり(他グループ平均16.7g)、相対的な平均肝臓重量率は、0.0347であった(他グループ平均0.0301)。なお、強力なマイトジェンであるPbは、肥大及び/又は過形成を生じさせる酵素活性変化病巣内のセルサイクルを増進させる能力を有する(Chong-Kuei Lii, et. al., Nutrition and Cancer 38(1), pp50-59, 2000; Meenakshi Vijayaraghavan, et al., Jpn. J. Cancer Res; 91, 780-785, August 2000)。
【0038】
(3)結節成長へのケイツーN及びPCの効果
E群、F群及びH群における肝細胞結節、並びに対照(A群)及びケイツーN対照群(G群)における肝細胞結節では、目視観察により当該結節は観測されなかった。しかしながら、B群、C群及びD群における数匹のラットには、灰白色の表面を有する肝細胞結節が確認され、特に、B群のラット肝臓には、最大5mm径の腫瘍は、病理組織学的に、前癌結節と推定された(図3(A)及び図3(B)参照)。DEN-Pb対照(B群)と比較して、C群及びD群では、目視可能な結節の発生率が有意に低下した。C群での結節の発生率は、D群でのそれよりは高かった。これは、PCを含むケイツーN(D群)が、付加的な増殖阻害効果を示した(図3(C)参照)。
【0039】
(4)肝臓組織学へのケイツーN及びPCの効果
B群、C群及びD群における肝臓では、形態変化肝細胞集団が散乱していることが判明したが、かかる散乱は、非処置の対照群(A群)、ケイツーNの対照群(G群)及びPBS(i.p.)(H群)では認められなかった。B群、C群及びD群において、肝臓スライドのH&E染色小片では、病巣変化として、淡明細胞巣(clear cell foci)、脂肪肝変化、および周囲の正常な間質から明確に識別可能な炎症細胞がある壊死病巣が示された。
【0040】
(5)GST-P陽性病巣の誘導へのケイツーN及びPCの効果
正常な対照群(A群)、ケイツーNの対照群(G群)及びPBS(i.p.)(H群)におけるラットの肝臓は、組織学的観点から正常であると判明したが、小さな病巣には、GST-P陽性染色が認められた。他方、形態変化細胞のあるGST-P陽性病巣は、B群、C群及びD群において拡大した(図4(C)及び図4(D)参照)。C群及びD群において、PC及びケイツーNを添加すると、それぞれ、B群と比較して、GST-P陽性病巣拡大が有意に減弱した。GST-P陽性病巣は、D群よりもC群にて拡大した(図5(A)及び図5(B)参照)。
PC及びケイツーN添加により、DEN発癌開始作用のPbによる促進におけるGST-P陽性肝臓病巣の数及び面積の減少とともに、目視可能な結節の発生率の顕著な減少をもたらした。なお、結節は肝癌の前駆体であるという見解は、多くの観察から支持されている(A Bishayee et. al., British Journal of Cancer (1995) 71, 1214-1220参照)。
GST-P陽性病巣は、初期の腫瘍の発生の識別可能な証拠であることが一般的に認められている(R. Schulte-Hermann et. al., Carcinogenesis Vol.7 No.10 pp.1651-1655 (1986); A Bishayee et. al., British Journal of Cancer (1995) 71, 1214-1220; Thomas S. Winokur et. al., Carcinogenesis Vo.11 No.3 pp.365-369(1990)参照)。さらに、GST-P陽性病巣は前癌病変部と推定されている(M. C. Carrillo et al., Experimental Gerontology 36 (2001) pp255-265; R. Schulte-Hermann et al., Carcinogenesis Vol. 7 No. 10 pp1651-1655 (1986); Yulia Y. Maxuitenko et al., Carcinogenesis Vo. 14. No. 11 pp.2423-2425 (1993)参照)。上記の結果は、DEN-Pbによって開始されるラットの肝臓の単位面積(cm2)のGST-P陽性前癌病変の数へのケイツーN及びPCの阻害役割を、明らかに示している(A Bishayee et. al., British Journal of Cancer (1995) 71, 1214-1220参照)。GST-P陽性病巣は、悪性腫瘍への移行段階であるので、GST-P陽性病巣の拡大を減じるケイツーN及びPCの能力は、PC及び/又はメナテトレノンが、DEN-Pbによる発癌効率の変化を介して、DEN-Pb発癌開始作用を受けた細胞が前癌病巣へ成長することを阻害することにより、肝癌発生の初期に有意な影響を及ぼす。
【0041】
(6)血清学的検査
D群、F群及びG群において、A群、B群及びE群と比較して、メナテトレノンの有意な寄与がケイツーN添加により示された。他方で、各群間では、ビタミンK1の有意な差は認められなかった(図6(A)および(B)参照)。ケイツーN添加した群(D群、F群及びG群)における腫瘍マーカー(PIVKA-II)及びトランスアミナーゼ(GPT及びGOT)は、ケイツーNが添加されなかった群(A群、B群及びE群)の値と比較して、有意に抑制された(図6(C)、図6(D)及び図6(E)参照)。ケイツーN添加により、血清学的検査、具体的には、GPT、GOT及びPIVKA-IIの悪化は抑制された。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明によれば、ビタミンK単独に比較して、リン脂質としてのレシチンと組み合わせることで、メナテトレノンによる肝癌の増殖抑制を促進され、より優れた肝癌治療又は予防剤としての医薬組成物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】図1(A)は、各肝癌細胞株に対して、各種濃度(1x10-8〜1x10-4M)のPCの存在下において3日間培養した際の生存細胞数の変化の結果を示す。図1(B)は、各肝癌細胞株に対して、PCの濃度(1x10-5)を一定にして、数日間培養した際の生存細胞数の変化の結果を示す。図1(C)は、各肝癌細胞株に対して、各種濃度(1x10-7〜1x10-4M)のメナテトレノンの存在下において3日間培養した際の生存細胞数の変化の結果を示す。図1(D)は、各肝癌細胞株に対して、メナテトレノン(1x10-6M)及び各種濃度(1x10-8〜1x10-6M)のPCの存在下において3日間培養した際の生存細胞数の変化の結果を示す。図1(E)は、 各肝癌細胞株に対して、メナテトレノン(1x10-7〜1x10-4M)およびケイツーNの存在下3日間培養した際の各肝癌細胞株の生存細胞数の平均を示す結果である。なお、ケイツーNは、メナテトレノンだけでなく、大豆レシチンをも含有する。
【図2】図2(A)は、Hep-3Bセルラインの増殖抑制に対するメナテトレノン単独での結果であって、50%の抑制効果があったメナテトレノンの濃度を基準として、添加したメナテトレノンの濃度を正規化した値を横軸として、増殖抑制の割合の対数を縦軸として表示した結果を示す。なお、本図中のVKとはメナテトレノンをいう。図2(B)は、Hep-3Bセルラインの増殖抑制に対するPC単独での結果であって、50%の抑制効果があったPCの濃度を基準として、添加したPCの濃度を正規化した値を横軸として、増殖抑制の割合の対数を縦軸として表示した結果を示す。図2(C)は、メナテトレノンのみの添加と、メナテトレノンとPCとの混合物の添加によりHep-3Bセルラインの増殖抑制の結果を示す。図2(D)は、Isobologram法(Kano et. al., Int. J. Cancer: 50, 604-610 (1992))に従い、Hep-3Bセルラインの増殖抑制に対するメナテトレノンおよびPCの効果を説明する図である。
【図3】本発明による目視による結節の知見に関する結果を示す。(A)は、目視的知見であり、(B)は、結節の顕微鏡知見、(C)は、ラット肝臓あたりの目視可能な結節の数の結果を示す。
【図4】本発明による実験において得られた組織学的知見に関する結果を示す。(A)はA群における組織学的知見の結果であり、(B)はB群にける淡明細胞巣(clear cell foci)と脂肪変性のある組織学的知見の結果であり、(C)は、B群におけるサンプル中の淡明細胞巣(clear cell foci)であり、(D)は、図4(C)の連続切片の淡明細胞巣(clear cell foci)のGST-P陽性染色の結果を示す。
【図5】本発明による実験において得られた免疫組織化学的知見の結果を示す。(A)は各群におけるGST-P陽性染色の面積割合の結果を示し、(B)は各群におけるGST-P陽性染色のある病巣の数/cm2の結果を示す。
【図6】本発明による実験において得られた血清学的知見に関する結果を示す。(A)は、ケイツーNの未添加/添加(KN-/KN+)におけるビタミンK2の量の結果を示し、(B)は、ケイツーNの未添加/添加(KN-/KN+)におけるビタミンK1の量の結果を示し、(C)は、ケイツーNの未添加/添加(KN-/KN+)におけるPIVKA−IIの量の結果を示し、(D)および(E)は、ケイツーNの未添加/添加(KN-/KN+)におけるGPT及びGOTの量の結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビタミンKと、リン脂質と、を含む肝癌治療又は予防医薬組成物。
【請求項2】
前記ビタミンKが、メナテトレノンである、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
前記リン脂質が、卵黄レシチン、大豆レシチン、これらの水素添加レシチン、ホスファチジルコリン、ホスファチジルセリン、ホスファチジル酸、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルエタノールアミン、スフィンゴミエリン及びリソホスファチジルコリンからなる群から選択される、請求項1又は2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
前記リン脂質が、卵黄レシチン又は大豆レシチンである、請求項1ないし3のうち何れか一項に記載の医薬組成物。
【請求項5】
前記メナテトレノンと前記リン脂質との配合割合(メナテトレノン/リン脂質)は、mg/day/体重の比で、1/10〜10/1である、請求項1ないし4のうち何れか一項に記載の医薬組成物。
【請求項6】
前記メナテトレノンが、1.0〜100mg/day/体重の投与量で投与される、請求項1ないし5のうち何れか一項に記載の医薬組成物。
【請求項7】
前記リン脂質が、1.0〜100mg/day/体重の投与量で投与される、請求項1ないし6のうち何れか一項に記載の医薬組成物。
【請求項8】
経口投与される、請求項1ないし7のうち何れか一項に記載の医薬組成物。


【図2】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−210967(P2007−210967A)
【公開日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−34310(P2006−34310)
【出願日】平成18年2月10日(2006.2.10)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】