説明

肺動脈高血圧症の治療方法

哺乳動物の肺動脈高血圧症は、5−HT2A受容体5−HT2B受容体複合アンタゴニストを用いて予防または治療できる。このアンタゴニストは、単一化合物または2つの別個の化合物として存在できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本出願は、2008年10月22日出願の米国特許仮出願第61/107382号の利益を主張するものであり、その全体を本明細書の一部とする。
【0002】
本発明は、哺乳動物、特にヒトを含む動物において、肺動脈高血圧症(PAH)を治療または予防するための、それぞれ1つの受容体を遮断することができる少なくとも2つの別個の化合物、または両方の受容体を遮断することができる1つの化合物を用いる、5−HT2A受容体および5−HT2B受容体の複合遮断の使用に関する。
【背景技術】
【0003】
肺動脈は、血液を心臓から運び出すため、定義によれば動脈であるが、構造的にも機能的にも静脈である。肺動脈の壁の厚さは、静脈と類似しており、動脈の血圧より著しく低い20mmHg未満の低圧で脱酸素化血液を運ぶ。
【0004】
肺高血圧症では、肺動脈の血圧は一般に安静時で25mmHgを超え、運動時で30mmHgを超える。これは主に肺動脈の血管収縮によるものである。持続的な肺血管収縮の増大継続および血流抵抗の上昇は、肺動脈壁の肥厚をもたらし、これにより高い圧力が維持される。この状態は肺動脈高血圧症すなわちPAHとして知られている。PAHでは、肺動脈は、中膜肥大、内膜線維症、および網状病変を示す。抵抗の上昇に対抗して血液を送ることで右心不全が起こり、2年から3年以内に死に至る。
【0005】
肺動脈高血圧症には、非常に高い肺圧(≒80/50)を有する肥厚した肺動脈を伴う原発性または特発性型、および中程度の肺圧(≒50/30)を特徴とする続発性または低酸素性型の2つの一般的な類型が存在する。
【0006】
セロトニン(5−ヒドロキシトリプタミン、5−HT)は、その開始および部分的持続を含む、肺動脈圧上昇(PAH)の病因に関与すると考えられる。この考えの裏付けには以下のものが含まれる。
1.5−ヒドロキシトリプタミントランスポーター遺伝子を過剰発現するマウスは、突発性進行性肺高血圧症を発症する。
2.5−HTは、肺動脈の収縮を引き起こす。
3.心筋細胞における5−HT2A受容体の栄養作用、および心肥大におけるケタンセリン(5−HT2Aのセロトニン遮断薬)の有益な効果。イソプロテレノール(β−アドレナリン作用性受容体アゴニスト)に誘発された心肥大も、5−HT2A受容体の刺激を要する。
4.肺高血圧症を引き起こすデクスフェンフルラミンの作用は、5−HT2B受容体に媒介される。
5.低酸素誘発性の血漿セロトニンの上昇は、5−HT2B受容体の刺激を介して、低酸素誘発性肺高血圧症を媒介する可能性がある。
6.肺高血圧動物および患者において、全肺抵抗は血漿セロトニンレベルと相関する。
7.低酸素誘発性血管増殖は、5−HT2A受容体活性を要した。
8.PAH患者の肺動脈では、一酸化窒素(NO)が欠乏している。NOは、血管弛緩の最終的な共通媒介物質であると考えられる。セロトニンは、血管平滑筋細胞において一酸化窒素のレベルを低減する。
9.肺性低酸素症は、赤血球の鎌状化、血管接着の増加、および血小板からのセロトニンの放出をもたらし、多くの場合PAHに至る。
【0007】
5−HT2B受容体によって引き起こされるセロトニンの血管収縮作用は、この疾患の最初の誘因であると考えられ、この作用は5−HT2Bアンタゴニストによって防ぐことができる。5−HTレベルは、PAH患者で通常10〜30X倍増加し、5−HT2B受容体数は、PAH患者の肺動脈で約3.5倍増加する。
【0008】
慢性PAHは、肺小動脈および細動脈の壁の構造の物理的および固定的変化によって部分的に持続される。圧力の上昇に耐えるために誘発されるこれらの変化には、血管内皮細胞および平滑筋細胞の増殖、内膜(主として平滑筋細胞)肥厚、新生内膜形成、それに続く血管腔の閉塞が含まれる。これらの作用は、5−HT2A受容体によって媒介されると考えられる。
【0009】
このように、セロトニンは、血管収縮(5−HT2B受容体)によるPAHの開始、および動脈壁肥厚(5−HT2A受容体)によるPAHの持続の両方に関与すると考えられる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
PAHを確実に予防および治療するために、5−HT2A受容体および5−HT2B受容体の両方が遮断される必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
いくつかの態様によれば、本発明は、治療有効量の5−HT2A受容体および5−HT2B受容体両方のアンタゴニストである化合物、または同じ目的を達成する2つの化合物の組み合わせを投与することによって達成される、5−HT2A受容体および5−HT2B受容体の複合遮断による肺動脈高血圧症の予防および/または治療に関する。
【0012】
本発明の別の態様は、治療有効量のS−2'−[2−(1−メチル−2−ピペリジル)エチル]シンナムアニリド(S−MPEC)(イフェランセリン)または薬学的に許容されるその酸塩を投与することによる、肺動脈高血圧症の予防および/または治療に関する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】急性低酸素誘発性肺高血圧症に対する経口で投与されたイフェランセリンの効果を例示するグラフである。
【図2】急性低酸素誘発性全身性低血圧症に対する経口で投与されたイフェランセリンの効果を例示するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
一般的に、本発明は、動物またはヒトの体において、PAHを予防および/または治療する方法に関する。
【0015】
具体的には、本発明は、肺動脈高血圧症(PAH)を治療、または予防および/または治療するために、一般に哺乳動物、および特にヒトを含む動物に、治療有効量の5−HT2A受容体および5−HT2B受容体両方のアンタゴニストである化合物を投与することによる、肺動脈高血圧症の予防および/または治療に関する。
【0016】
本発明の別の態様は、哺乳動物、特にヒトを含む動物において、肺動脈高血圧症(PAH)を治療および/または予防するために、5−HT2A受容体アンタゴニストである1つの化合物および5−HT2B受容体アンタゴニストである別の化合物の少なくとも2つの別個の化合物を投与することに関する。
【0017】
米国特許第5780487号に開示されているイフェランセリン、S−2'−[2−(1−メチル−2−ピペリジル)エチル]シンナムアニリド(S−MPEC)は、5−HT2A受容体および5−HT2B受容体両方のアンタゴニストであり、肺動脈高血圧症(PAH)を予防および/または治療するために、一般に哺乳動物、特にヒトを含む動物に投与できる。
【0018】
本方法は、PAHを有するか、またはPAHを発症するリスクのある動物または哺乳動物、特にヒトに、有効量のS−2'−[2−(1−メチル−2−ピペリジル)エチル]シンナムアニリド(S−MPEC)または薬学的に許容されるその酸塩などの5−HT2A受容体および5−HT2B受容体のアンタゴニストを投与することを含む。
【0019】
S−2'−[2−(1−メチル−2−ピペリジル)エチル]シンナムアニリドまたはその酸塩は、特有に、5−HT2A受容体および5−HT2B受容体の両方を妥当な用量範囲で遮断する。S−2'−[2−(1−メチル−2−ピペリジル)エチル]シンナムアニリドまたはその酸塩は、比較的安全であり、他の受容体に対して最小限の活性を有し、その結果として最小限の副作用を有する。これは経口で生物学的利用可能であり、許容される半減期を有する。
【0020】
下記のとおり、急性低酸素誘発性肺高血圧症におけるS−2'−[2−(1−メチル−2−ピペリジル)エチル]シンナムアニリドの効果を測定し、イフェランセリンは成体ラットにおいて、急性低酸素誘発性肺高血圧症を部分的に抑制することが判明した。これらの結果は、S−2'−[2−(1−メチル−2−ピペリジル)エチル]シンナムアニリドまたは薬学的に許容されるその塩をPAHの治療および/または予防に使用できるという結論を裏付けている。
【0021】
5−HT2A受容体5−HT2B受容体複合アンタゴニストは、遊離形態で、または一般に水溶性非毒性の薬学的に許容される塩基もしくは酸付加塩などの付加塩、たとえば硫酸、スルホン酸、リン酸、ホスホン酸、臭化水素酸、塩酸、ヨウ化水素酸、スルファミン酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸、酢酸、乳酸、コハク酸、リンゴ酸、ムチン酸、酒石酸、クエン酸、グルコン酸、安息香酸、桂皮酸、イセチオン酸などの比較的毒性のない有機酸もしくは無機酸との酸付加塩として用いることができる。
【0022】
個々の5−HT2A受容体アンタゴニストおよび5−HT2B受容体アンタゴニストも、遊離形態で、または上に記載した一般に水溶性非毒性の薬学的に許容される酸もしくは塩基付加塩として用いることができる。
【0023】
PAHの治療または予防に使用するための医薬組成物は、通常用いられる形態であることができ、経口で;非経口で、静脈内、皮下、もしくは筋内注射によって;または吸入療法によって;または経皮的に摂取できる。
【0024】
複数の5−HT受容体アンタゴニストが用いられるとき、それらのアンタゴニストは、一緒に、または連続して、または所望の結果が得られる他の方法で投与することができる。それらのアンタゴニストは、同一もしくは異なる手段によって、および/または同一もしくは異なる適切な投与形態で投与することができる。
【0025】
たとえば、5−HT2A受容体5−HT2B受容体複合アンタゴニストまたは薬学的に許容されるその酸塩を含有する組成物は、任意の適切な固体または液体形態、たとえば粉剤、ペースト、錠剤、カプセル剤、ロゼンジ、ゲル、チューインガム、溶液、懸濁液、エマルション、エアロゾル、シロップ、エリキシル、水性または油性懸濁液、エマルション、または溶液、またはエアロゾルとして調製および使用することができる。
【0026】
適切には、本発明の組成物は、体重1kg当たり0.05〜100mg、より適切には体重1kg当たり0.2〜60mgの用量を提供するのに十分活性である材料を含む。これらの組成物は、治療される症状もしくは状態が鎮静化されるかもしくは直るまで、毎日1〜3回または必要に応じて摂取することができる。
【0027】
本発明の医薬組成物の活性成分の実際の投与レベルは、毒性または患者に許容されない副作用をもたらすことなく、特定の患者、組成物、投与様式に関して所望の治療反応を得るのに効果的である活性成分量を得るように、変化させることができる。
【0028】
これらの組成物は、1%未満から99%超の範囲の量の活性成分を含有し、残りは他の薬学的に許容される固体または液体担体であってよく、これらは通常の賦形剤を含有することができる。「薬学的に許容される」とは、その担体、希釈剤、賦形剤、および/または塩が、製剤の他の成分と適合性でなければならず、受容者に有害であってはならないことを意味する。そのような担体および賦形剤の例には、充填剤、結合剤、香味剤、甘味剤、増量剤および着色剤、抗酸化剤、アニオン性、非イオン性、カチオン性、両性イオン性、および両性界面活性剤、起泡剤、分散剤および乳化剤、緩衝剤およびpH調整剤、水および有機溶媒、保湿剤、増粘剤、保存剤、安定化剤、離型剤、崩壊剤、抗崩壊剤、滑沢剤などが含まれる。通常の薬学的に許容される担体および賦形剤の例は、それらの考察を参照により本明細書の一部とする、米国特許第4515772号(Parran等、Proctor&Gamble)、米国特許第4966777号(Gaffar等、Colgate−Palmolive Company)、および米国特許第4728512号(Mehta等、American Home Products)の考察を含む従来技術に豊富に開示されている。
【0029】
以下の実施例は、本発明のいくつかの好ましい実施形態の例示に過ぎない。別段の指示のないかぎり、本明細書および添付の特許請求の範囲に言及されるすべての部および割合は重量によるものであり、温度はセ氏温度である。
【実施例】
【0030】
ラットの急性低酸素誘発性肺高血圧症におけるMPECの効果
方法
肺および全身の動脈圧の測定
雄Sprague−Dawleyラットを、9〜10週齢でCharles River Breeding Laboratories(Wilmington、MA)から得た。肺動脈圧を測定するための非開胸技法(1〜4)。ケタミン(80mg/kg)およびキシラジン(5mg/kg)麻酔下、近位右外頸静脈を経て、小さい横切開を加えた。導入器(introducer)は、先端が30度上向きの7.5cm、19ゲージの鈍針であった。ヘパリン食塩溶液を充填したSilasticカテーテルを導入器に通し、25ゲージの鈍針でポリグラフ(モデル7、Grass Instruments、Quincy、MA)に接続した圧力変換器(モデルCP−01、Century Technology、Inglewood、CA)に取り付けた。導入器を右心室内腔に配置した後、先端を前方に向けた。次いで、カテーテルを肺動脈内に進めた。カテーテルの位置を圧曲線によって確認した。典型的な肺動脈圧曲線が記録された後、導入器をカテーテルから抜き、取り除いた。カテーテルをバスケット織(basketweave)縫合によって静脈および周囲組織に遠位で固定し、ループを有するポリエチレンチューブ(PE−20に接合したPE−10)に接続した。PE−20チューブは、皮下を貫通させたステンレス鋼線(径0.018インチ)によって頸背部から体外に出した。全身動脈圧を測定するために、動脈カニューレ(PE−50に接合したPE−10)を大腿動脈内に挿入し、背部大動脈内に進め、PE−50チューブも頸背部から体外に出した。カテーテル挿入の翌日、ポリグラフに接続した変換器を介して、肺カテーテルおよび大腿動脈カテーテルによって平均肺動脈圧(MPAP)、平均全身動脈圧(MSAP)を記録した。
【0031】
急性低酸素暴露に対するラット反応試験の当日、意識のある非拘束ラットから安定なMSAPおよびMPAPの記録が得られた後、イフェランセリン(3および10mg/kg、pH5.5の0.9%食塩水または3%アラビアゴムに溶解)、またはビヒクルを経口投与し、45分後、基準気圧下低酸素(10%O、1気圧)に暴露した。ラットを90分間低酸素に保持し、次いで酸素正常状態(室内空気)に15分間戻し、その後MPAPおよびMSAPの測定を終了した。
【0032】
低酸素チャンバおよび暴露
ラットは、330リットルのプレキシガラス製グローブボックス(Manostat、Brookyln、NY)で低酸素に暴露した(1〜4)。低酸素暴露(範囲10.0±0.5% O)は、液体N貯留器からチャンバにN(Southern Welding、Birmingham、AL)を間欠的に添加することによって達成し、貯留器のガス流出は、制御回路(モデル371−K、LFE、Clinton、MA)を介してS3−A O2分析器(Applied Electrochemistry、Sunnyvale、CA)のレコーダ出力によって制御される電磁弁で調節した。バラライムCOスクラバ(Allied Health Care Products、St.Louis、MO)によって、CO濃度を<0.2%に保持した。チャンバ内の相対湿度は、無水CaSOによって<70%に保持した。ホウ酸を用いて、チャンバ内のNHレベルを最小限に保持した。動物は自由に標準実験用飼料および水道水を摂取することが許された。
【0033】
イフェランセリンは、成体ラットにおいて急性低酸素誘発性肺高血圧症を部分的に抑制した。経口による3〜10mg/kgの範囲内で用量依存的反応は認められなかった。
【0034】
本発明をいくつかの好ましい実施形態に関して開示したが、当業者に明らかなその修正および変更も本出願の精神および範囲ならびに添付の請求の範囲に含まれることが理解されるであろう。
【0035】
【化1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
肺動脈高血圧症を治療するための、治療有効用量の5−HT2A受容体5−HT2B受容体複合アンタゴニストの使用。
【請求項2】
肺動脈高血圧症を予防するための、治療有効用量の5−HT2A受容体5−HT2B受容体複合アンタゴニストの使用。
【請求項3】
5−HT2A受容体5−HT2B受容体複合アンタゴニストが、S−2'−[2−(1−メチル−2−ピペリジル)エチル]シンナムアニリド(S−MPEC)または薬学的に許容されるその塩である、請求項1または2に記載の使用。
【請求項4】
5−HT2A受容体5−HT2B受容体複合アンタゴニストが、経口、非経口、静脈内、皮下、筋肉内、経皮的、または吸入によって投与される、請求項1から3のいずれか一項に記載の使用。
【請求項5】
用量が、体重1kg当たり0.05〜100mgである、請求項1から4のいずれか一項に記載の使用。
【請求項6】
5−HT2A受容体5−HT2B受容体複合アンタゴニストを含む、肺動脈高血圧症を治療または予防するための薬剤。
【請求項7】
5−HT2A受容体5−HT2B受容体複合アンタゴニストが、S−2'−[2−(1−メチル−2−ピペリジル)エチル]シンナムアニリド(S−MPEC)または薬学的に許容されるその塩である、請求項6に記載の薬剤。
【請求項8】
肺動脈高血圧症の予防に使用するための、治療有効用量の5−HT2A受容体5−HT2B受容体複合アンタゴニスト。
【請求項9】
肺動脈高血圧症の治療に使用するための、治療有効用量の5−HT2A受容体5−HT2B受容体複合アンタゴニスト。
【請求項10】
S−2'−[2−(1−メチル−2−ピペリジル)エチル]シンナムアニリド(S−MPEC)または薬学的に許容されるその塩である、請求項8または9に記載の5−HT2A受容体5−HT2B受容体複合アンタゴニスト。

【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2012−506434(P2012−506434A)
【公表日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−533233(P2011−533233)
【出願日】平成21年10月13日(2009.10.13)
【国際出願番号】PCT/US2009/060458
【国際公開番号】WO2010/047999
【国際公開日】平成22年4月29日(2010.4.29)
【出願人】(511100936)サム アマー アンド カンパニー インコーポレーテッド (1)
【Fターム(参考)】