説明

肺送達のためのpH調節された製剤

薬物、担体、およびpHに影響を与える成分からなるエアロゾル化可能な製剤について開示する。薬物は、中性pHにおいて溶液中に留まる濃度より高い濃度で製剤中に溶解される。このため溶液中の薬物濃度が増加し、同じ体積またはより小さい体積の製剤で、より多量の薬物を投与することが可能となる。製剤が小さな粒子へとエアロゾル化され小さい体積(例えば、0.05〜0.5mL)でヒトの肺に吸入されると、肺の中の体液が製剤を中性化し薬物が溶液外へと沈殿する。結果として、中性pHにおいて、初期に製剤から薬剤が投与される速度よりも遅い、制御された速度で薬物が送達される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は概して、薬物のエアロゾル化送達のための製剤、ならびに製剤のpHを中性から離れる方向に変え、投与後に製剤がより中性となることを可能にすることによって特性を得るための、上記製剤の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
概して、いくつかのタイプの注射によって投与される薬物が多く存在する。薬物の注入は多くの利点を提供するが、時折、何人かの患者にとっては不都合であり、痛みを伴う場合があり、かつ感染症の伝播の原因となり得る。代わりに、注射の恐怖および痛みならびに感染症による合併症の可能性を避けるために、そのような薬物を体循環中へ、肺を介して投与することが可能である。吸入によって薬物を投与する別の理由は作用の目標部位が気道であるということであり、気道内へ薬物が沈着することによって、所望の器官では高濃度となり、気道外では比較的低濃度となる。これは、吸入以外の経路による気道の処置のための薬物の投与と比較して、効力および安全性を向上させ得るであろう。
【0003】
硝酸ガリウムは、硝酸塩および低い(酸性)pHに適合する使用のための水溶性が高い結晶性のガリウム源である。硝酸化合物は、概して水に可溶性である。硝酸物質は、酸化剤でもある。硝酸化合物は、炭化水素と混合すると引火性混合物を形成し得る。硝酸塩は、超高純度化合物およびある特定の触媒およびナノスケール(ナノ粒子およびナノ粉体)材料の生成のための優れた前駆体である。すべての金属硝酸塩は、所定の金属カチオンと硝酸アニオンとの無機塩である。Mechanisms of Therapeutic Activity for Gallium. Lawrence R. Bernstein. Pharmacological Reviews. Vol 50, No 4, pp 665-682 (1998)(非特許文献1)を参照のこと。文献は、http://www.pharmrev.orgから入手可能である。
【0004】
硝酸アニオンは、3つの酸素原子にイオン的に結合した1つの窒素原子で構成される(元素記号:NO3)、分子量62.05の一価(-1電荷)の多原子イオンである。硝酸ガリウムは、一般的に、大抵の容量で市販されている。硝酸ガリウム溶液と同様に、高純度のサブミクロンおよびナノ粉体の形態が入手可能である。
【0005】
肺送達のために薬物を製剤化する際の潜在的問題は、治療上の有効用量を得るのに患者が一回の吸入またはできる限り少ない回数の吸入で、エアロゾル化された体積を容易に吸入することができるよう体積を減らすため、この製剤は、比較的高い濃度で薬物を含有しなければならないという点である。別の潜在的問題は、酸性pHまたは塩基性pHにおいて安定である薬物が、中性pHでは安定ではないという点である。肺の沈着部位でのpHの劇的な変化は、安全性の問題を生じかねないために、そのような劇的な変化を避けることが安全上の理由から重要である。別の潜在的問題は、送達において、製剤中のすべての薬物が患者にとって直ちに利用可能になるという点であり、これは、あまりに多い薬物が利用可能となることおよび循環系にあまりに速く流入すること、すなわち、短いTmaxおよび高いCmaxを意味し得る。さらに、それは、吸入された製剤が経時的な薬物の徐放を提供しないということでもあり得る。本発明の製剤は、これらの問題の一部またはすべてを解決するように努めるものである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Mechanisms of Therapeutic Activity for Gallium. Lawrence R. Bernstein. Pharmacological Reviews. Vol 50, No 4, pp 665-682 (1998)
【発明の概要】
【0007】
本発明は、投与体積を減じ、薬物の安定性を増加させる方法での、および/または薬物の徐放を提供する方法での、ならびに等張性で中性pHでの肺送達用の従来の製剤と比べて、体循環中への吸収速度を減らす方法での、吸入化合物の肺送達を提供する。
【0008】
本発明は、物理的かつ化学的に安定な医薬製剤の、エアロゾル化可能な液体溶液である。この製剤が気道と接触した場合、本製剤は、活性薬物および/または賦形剤に対して物理化学的変化を受け、これが気道での本製剤の溶解性を低下させ、それによって気道での滞留が増加し、体循環中の薬物濃度が低下する。別の言い方をすれば、Tmaxが増加し、Cmaxが減少する。
【0009】
肺液の中性pHに適合させるために、ならびに肺液のpHまたは張性の乱れが原因の気管支収縮または咳を引き起こさないために、一般的には、吸入薬剤の製剤は等張性でなければならず、中性pHにおいて製剤化されなければならないと考えられている。これらの副作用は、比較的多い液量(例えば、2〜5mL)の製剤を肺に送達する噴霧治療薬において観察される。しかしながら、治療用量が小さい体積、例えば、通常それぞれ50μLを含有するAERxストリップ(登録商標)の1剤形または数剤形において送達され得る場合には、製剤の緩衝能は低く、吸入用量は肺液のpHまたは張性をあまり乱さないであろう。したがって、製剤を少量(例えば、0.05〜0.5mL)で送達することにより、pHまたは張性の違いによる任意の副作用を改善または排除することが可能である。
【0010】
肺の中性pHにおいてはあまり可溶性でないかまたは安定でないが、より高いpHまたはより低いpHにおいては可溶性であり、そのようなpHにおいて安定であるような化合物を、本発明に従って、この化合物が高い溶解性および/または優れた安定性を有するようなpHにおいて製剤化する。この方法で製剤化すれば、治療用量を少ない液量において送達することが可能となる。これは、肺経路を介した長期投与の治療を都合良くするのに役立つ。
【0011】
この製剤戦略の潜在的な恩恵の1つは、小滴がひとたび肺液中に沈着すると、肺液の実質的に中性のpHへと急速に平衡化するであろうという点である。これによって、薬物が、中性pHでのその溶解度を超え、その結果、結晶の形成を生じるか、そうでなければ溶液からの薬物の沈殿を生じる。この沈殿物または結晶化された薬物は、Tmaxを10%以上、または20%、または100%以上増加させるような、肺中でのデポ剤様の放出を提供する。これによって、活性化の部位が肺の場合、効力が増加し、ならびに体循環への急速な吸収が避けられる。
【0012】
吸収速度が遅いほど(Tmaxが高いほど)、高い全身性Cmaxに関連する副作用が減少する。特定の関心対象は、全身性副作用を有する薬物および/または肺深部もしくは肺胞腔において薬理活性を示す薬物、例えば、高カルシウム血症を処置するための硝酸ガリウムまたは他の硝酸塩など、である。
【0013】
肺深部への前述の薬物の送達を可能にし、最適化するための複数の選択肢が存在し得る。選択肢には、噴霧器、溶液吸入器、蒸気凝縮エアロゾル発生器、MDI、または低密度を含有するエアロゾルまたは幾何学的により小さい小滴もしくは粒子の使用を介して、あるいは中咽頭および中枢気道における衝撃を減少させるための、よりゆっくりとした吸入流量を介して、などのエアロゾル送達システムの選択が含まれる。特定の関心対象は、米国特許第5,497,763号および同第6,123,068号ならびに関連する米国および非米国の特許および刊行物に記載されているような、Aradigm's AERx Essence(登録商標)SystemおよびAERxシリーズの装置の使用であり、これらすべてが、送達装置、薬物を保持するパケット、および投与方法を開示または説明するために、参照により本明細書に組み入れられる。
【0014】
本発明は、特定の製剤用薬剤の使用または他の送達戦略との組み合わせによって増強され得る。例えば、肺深部での徐放プロフィールを高め、ならびに全身性の吸収における遅延を強めるために、様々な製剤、ポリマー、ゲル、乳剤、微粒子、または懸濁液を、単独でまたは組み合わせて使用することができるであろう。数時間、数日、または数週間にわたって投薬を提供するように放出速度を設計することができる。これは、多くの方法、例えば、肺の水性環境においてゆっくりと溶解する賦形剤(例えば、PLGA、ポリマーなど)でエアロゾル粒子をコーティングすることによって、または薬物をゆっくりと放出する賦形剤(例えば、リポソーム、界面活性剤など)で薬物分子をコーティングすることによって、達成することができる。
【0015】
肺での薬物の放出プロフィールを遅延または延長するための他の配合戦略も存在する。これらのシナリオにおいて同じ量の薬物がやはり肺に送達され得るが、吸入後に血流中へと吸収されるピーク薬物濃度は低くなるであろうし、その結果、副作用プロフィールが低減されるか排除されるであろう。別の言い方をすれば、Cmaxを低下させることによって、副作用が軽減される。この送達様式の潜在的なさらなる特徴は、患者にとって好都合であるということである。投薬の頻度を減らすことができ、それによって潜在的に、患者の利便性または治療のコンプライアンス、ならびに結果として効力を増加させることができる。別の言い方をすれば、Tmaxを増加させることにより利便性を向上させ、従ってそのような患者のコンプライアンスが向上する。
【0016】
硝酸ガリウムは、腫瘍関連高カルシウム血症であり得る高カルシウム血症の患者の処置に使用されることが公知の他の化合物と同様に、高カルシウムレベルを処置するために使用することができる。
【0017】
他の薬剤によるこの治療法上の改良が有益であり得る多くの患者および適応症が存在し、そのようなものとしては、肺動脈高血圧症、肺癌、嚢胞性線維症、気管支拡張症、肺炎、COPD、喘息、肺線維症、および他の肺疾患が挙げられる。
【0018】
本発明から恩恵を受け得る可能性のある薬物も多く存在し、そのようなものとしては、硝酸ガリウム、ペンタミジン、トレプロスチニル、イロプロスト、気管支拡張剤、コルチコステロイド、抗コリン作動薬、PDE−4阻害剤、T細胞免疫調整剤、酸化防止剤、選択的iNOS阻害剤、P2Y受容体作動薬、インターロイキン−4、5、12、13、または18拮抗薬、アンチセンス阻害剤、リボザイム治療、CpGオリゴヌクレオチド、プロテアーゼ阻害剤、ロイコトリエン阻害剤、および遺伝子治療が挙げられる。
【0019】
本発明のこれらのまたは他の目的、利点、および特徴は、下記においてより詳細に説明されるような製剤、方法、および装置についての詳細を読むことにより、当業者に明かとなるであろう。
【0020】
定義
Cmaxは、投薬後の身体における薬物の最高濃度である。
【0021】
Tmaxは、投薬後にCmaxに達するまでの期間である。
【0022】
本発明が、説明した特定の製剤、方法、または装置に限定されるわけではなく、当然のことながら変わり得るということは、本発明の製剤、方法、および装置を開示および説明する前に理解されるべきである。本発明の範囲は、添付の特許請求の範囲によってのみ限定されるので、本明細書において使用される語法は、特定の態様を説明するためのものであって、限定を意図するものではないことも理解されるべきである。
【0023】
ある範囲の値が示される場合、そうでないことが文脈から明確に示されない限り、下限の10分の1単位まで、その範囲の上限と下限との間の各中間値も具体的に開示されるものと理解される。言明された範囲内の任意の言明された値または中間値と、その言明された範囲内の任意の他の言明された値または中間値との間のそれぞれのより小さい範囲も、本発明に包含される。これらのより小さい範囲の上限および下限は、独立して、その範囲に含まれていてもまたは除外されていてもよく、ならびに、上限および下限のいずれかまたは両方がより小さい範囲に含まれる各範囲、またはいずれも含まれない各範囲も本発明に包含され、言明された範囲における任意の具体的に除外される限界値もその対象となる。言明された範囲が、一方または両方の限界値を含む場合、これら含まれる限界値のいずれか一方または両方を除外した範囲も本発明に含まれる。
【0024】
そうでないことが定義されない限り、本明細書において使用されるすべての技術用語および科学用語は、本発明が属する技術分野の当業者によって共通して理解されているのと同じ意味を有する。本発明の実施または検証において、本明細書で説明されたものと同様または同等の任意の方法および材料を使用することができるが、可能性のある好ましいいくつかの方法および材料について、以下において説明する。本明細書において言及されるすべての刊行物は、刊行物が引用される元となった方法および/または材料を開示および説明するために、参照により本明細書に組み入れられる。矛盾が存在する場合、その範囲において、組み入れられた刊行物の任意の開示よりも本開示が優先するということが理解される。
【0025】
本明細書および添付の請求項で使用される場合、名詞の単数形「1つの(a、an)」、および「この(the)」は、文脈においてそうでないことが明確に示されない限り、複数形も含む。したがって、例えば、「1つの薬物(a drug)」という表現は、複数のそのような薬物を含み、「粒子(the particle)」という表現は、1種または複数種の粒子および当業者に公知の同等物を含み、他の表現も同様である。
【0026】
本明細書において説明される刊行物は、本出願の出願日の前の、それらの開示を単に提供するものである。本明細書におけるいかなる記載も、本発明が、先行発明によるそのような刊行物に先行する権利を有さないということの承認として解釈されるべきでない。さらに、提供される刊行物の日付は、実際の発表日と異なる可能性があり、独立した確認を要する場合がある。
【発明を実施するための形態】
【0027】
発明の詳細な説明
吸入による患者の気道への送達のための製剤について開示するが、この場合、製剤は、薬学的に活性な薬物、薬学的に許容される担体、およびpHに影響を与える薬剤で構成され、このpHに影響を与える薬剤は、担体中での薬物の溶解性を高め、製剤のpHを7.4から少なくとも0.5log単位離れさせ、かつ5.4log単位を超えて離れさせないようなモル濃度において存在する。
【0028】
製剤はさらに、製剤がヒトの肺中の条件下で患者の気道液にしばらくの間接触した場合に、本製剤のpHが投与前の製剤のpHに比べて7.4に0.5log単位以上近づくことで特徴付けられてもよい。
【0029】
製剤はさらに、ヒトの肺中にある際に、薬物の溶解度が、投与前の製剤の溶解度と比べて小さくなることで特徴付けられてもよい。
【0030】
本製剤は、薬物がガリウム塩であり、ならびにガリウム塩が硝酸ガリウムであり、ならびにpHに作用する薬剤が、製剤のpHを7.4から0.75〜4.15log単位離れさせるか、またはpHに作用する薬剤が、製剤のpHを7.4から1.0〜2.0log単位以上離れさせるように、製造され得る。
【0031】
製剤は、薬物が、抗生物質、例えば、ペニシリン、セファロスポリン、フルオロキノロン、テトラサイクリン、またはマクロライドからなる群より選択される抗生物質など、であるように製造され得る。
【0032】
製剤は、2.0ミクロン〜12.0ミクロンの範囲の空気力学的直径、または4.0ミクロン〜10.0ミクロンの範囲の空気力学的直径を有する粒子へとエアロゾル化することができ、一回の送達用量の粒子は、混合された場合、0.05mL〜5.0mLの範囲の総体積または0.1mL〜3.0mLの範囲の総体積を有する。
【0033】
製剤は、高カルシウム血症の処置のために製造され得る。
【0034】
製剤は、シプロフロキサシンを含み得る。
【0035】
肺内薬物送達の方法を開示する。方法として、エアロゾル化された製剤の吸入による患者の気道への投与が挙げられる。エアロゾル化された製剤は、約0.5ミクロン〜約15ミクロンの範囲、より好ましくは1ミクロン〜6ミクロンの範囲の直径を有する粒子で構成される。粒子は、エアロゾル化送達のために設計された製剤で構成される。製剤は、薬学的に活性な薬物、薬学的に許容される担体、および製剤のpHに影響を及ぼす薬剤で構成される。この薬剤は、製剤のpHを7.0から離れさせるようなモル濃度で添加される。7.0から8.0へもしくは6.0への移行は、それぞれ+1log単位または-1log単位である。中性から離れる変動は、log単位の任意の分数、例えば、1/10、1/4、1/2、2/3などであり得るであろう。製剤を強塩基性(例えば、pH10以上)または強酸性(例えば、pH2以下)にすることは、特に大量の液体が吸入された場合または溶液が高い緩衝能を有する場合に肺組織を損傷しかねないであろう。したがって、大量の吸入に対して有用であり得る範囲は、酸性側でpH4.5〜pH6.5、塩基性側でpH7.5〜9.5である。ただし、少量の吸入または低い緩衝能の製剤に関しては、有用な範囲を、酸性側でpH1.5〜pH6.5、塩基性側でpH7.5〜10.5まで広げ得る。ヒトの血液のpHは約7.4で、わずかに塩基性である。
【0036】
pH変化に作用するために使用することができる薬剤としては、塩、酸、塩基、ならびに水素イオン濃度の平衡濃度を引き上げるかまたは引き下げる他の賦形剤が挙げられる。HCl(塩酸)、リン酸、酢酸、クエン酸、乳酸、アスコルビン酸、硫酸、コハク酸、安息香酸、リポ酸、およびリンゴ酸などの酸の添加は、水素イオンの濃度を増加させる傾向があり、したがって、結果として溶液のpHを低下させる。なお、pHは水素イオン濃度のマイナスの対数値として定義される。対照的に、NaOH(水酸化ナトリウム)などの塩基は、水素イオン濃度を低下させる傾向があり、したがって、pHを増加させる。アミノ酸は、アミノ酸が塩酸塩の形態(例えば、アスパラギン酸塩酸塩またはグリシン塩酸塩)である場合には、pHを低下させるために使用することができ、またはアミノ酸が塩の形態(例えば、アスパラギン酸二ナトリウムまたはグリコン酸ナトリウム)の場合には、pHを増加させるために使用することができる。塩およびアミノ酸などの緩衝剤も、溶液のpHが比較的一定に維持されるように、ならびにpHの乱れからあまり影響を受けないようにするために使用することができる。
【0037】
製剤の投与後、製剤が中性pHに近づくような条件下で、しばらくの間、製剤は患者の気道液と接触したままとなる。具体的には、製剤のpHは、投与前の製剤のpHに対して、±1log単位、±2log単位、±3log単位、またはそれ以上変化するであろう。
【0038】
最初に、酸性または塩基性のいずれかである製剤中に薬物を配合することによって、大量の薬物を製剤中に溶解させることができる。別の言い方をすれば、溶媒担体中の薬物の濃度は、pHを中性から離れさせることによって増加させることができる。しかしながら、製剤が患者の気道液に接触する場合には、肺における局所的pHに著しい変化を生じることがないよう、製剤がある程度まで急速に中性化されるように設計される。これは、緩衝能が非常に低い製剤、すなわち、それらを中性化するのに少量の酸または塩基しか必要としない製剤、によって達成される。pHがより中性近くへと変化する際に、薬物の溶解性が低下し、薬物が、中性または中性により近いpHでのその薬物の溶解性に応じて、溶液外へと結晶化または沈殿し得る。これは、長期間にわたって溶解し得る薬物の結晶または沈殿物を提供し、その結果、患者に対して薬物の制御放出を長期間にわたって提供する。最初に薬物を中性とは異なるpHを有する製剤中に溶解させることによって、より大量の薬物を製剤中に含有させることができる。これは、投薬の所望の治療レベルを得るために患者に送達されるのに必要なエアロゾルが少なくて済む点において望ましい。
【実施例】
【0039】
以下の実施例は、本発明の実現方法および使用方法についての完全な開示および説明を当業者に提供するために示されるものであり、本発明者らが何を本発明としてみなされるかの範囲を限定することを意図するものではなく、以下の実験がすべてであるかまたは実施された実験のみであることを提示することを意図するものでもない。使用された数値(例えば、量、温度など)に関しては正確を期したが、ある程度の実験誤差および偏差は考慮されるべきである。そうでないことが示されない限り、部分は重量部分であり、分子量は重量平均分子量であり、温度は摂氏温度であり、圧力は大気圧または大気圧付近である。
【0040】
実施例1
ガリウムは、周期表の第13族(IIIa)の半金属元素である。ガリウムは、水溶液中で三価である(Ga3+)。遊離水和イオンGa3+は、ほぼ中性のpH値においてほとんど完全に加水分解し、高度に不溶性のアモルファスGa(OH)3を容易に形成する。Gaは、水酸化物およびオキシ水酸化物として沈殿することに加え、ほぼ中性のpH値において、高不溶性のリン酸塩も形成するであろう。LR Bernstein (1998)により、ガリウムの溶液科学の短い解説が提供されている。pH7.4および25℃において、ガリウムの総水溶解度は約1μMに過ぎず、最低溶解度はpH5.2において10-7.2Mである。ガリウムは、低いpH値および高いpH値において、桁が異なる高い溶解度を有する。例えば、pH2での溶解度は約10-2Mであり、これはpH7.4での溶解度より約10,000倍高い値である。さらに、pH10での溶解度は約10-3.3Mであり、これは、pH7.4での溶解度の約500倍高い値である。この溶解度の違いを、ガリウムまたはその塩(例えば、硝酸ガリウム)を非常に低いpHまたは非常に高いpHにおいて製剤化することにより、吸入製品に利用することができる。
【0041】
例えば、AERx(登録商標)技術を使用する場合、1つのAERx(登録商標)ストリップは、pH2での限界の溶解度(約10-2M)に近いガリウム吸入液50μLを含有し得るであろう。AERx(登録商標)技術を使用する先行臨床治験では、剤形中に充填された薬物用量の50%以上の肺送達が実証されている。ガリウムの50%が肺全体に一様に沈着し、1剤形からの25μLのガリウム溶液が、20mLの肺液中において約pH7.4へと急速に平衡化すると仮定すれば、結果として生じるガリウム濃度(約12.5μM)は、pH7.4での平衡溶解度(約1μM)の約12.5倍超となるであろう。このことは、8%が可溶性のまま留まり、96%のガリウムが溶液外へと沈殿するであろうということを示唆している。したがって、経時的な固体状態からのガリウム放出という観点から、肺中においてデポ剤様の効果が存在するであろうということが予想されるであろう。これは、結果として、Cmaxが低く、Tmaxが遅延された、血流中へのガリウムの遅延された吸収プロフィールを生じるであろう。このことはさらに、高い全身性濃度の結果として生じる副作用を低減するかまたは排除するであろう。
【0042】
これら低いpH値または高いpH値におけるガリウムの溶解度をさらに高める他の製剤塩または賦形剤を慎重に使用することにより、結果として、pH7.4での本来の低い溶解度をおそらく乱さないと考えられる、1回の吸入において送達され得る用量の漸進的増加が得られるであろう。使用できる可能性のある賦形剤が多く存在し、界面活性剤、錯化剤、例えば、シクロデキストリンおよびリポゾーム製剤など、が挙げられる。さらに、ミクロ粒子またはポリマー性材料、例えば、PLGAなど、をガリウムを封入するために使用して、封入されたガリウムの懸濁液を設計することもできるであろう。懸濁液を使用することの実質的な効果は、AERxなどの溶液吸入器を使用して水性製剤または液体製剤を吸入送達することを容易なまま維持しながら、肺への送達の前に不溶性微粒子を形成することであろう。
【0043】
実施例2
第二の実施例は、肺感染症または肺疾患をより効果的に処置するための、抗感染症薬または抗生物質の吸入送達である。抗生物質は、細菌源に由来し細菌感染症を処置するために使用される抗感染症薬の部分群として非公式に定義され得る。他のクラスの薬物、とりわけスルホンアミドは、有効な抗菌薬であり得る。同様にいくつかの抗生物質には、二次的用途、例えば、抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH)を処置するためのデメクロサイクリン(デクロマイシン、テトラサイクリン誘導体)の使用などがあり得る。他の抗生物質は、原虫感染の処置において有用であり得る。
【0044】
細菌スペクトル(広いかそれとも狭いか)、または投与経路(注射可能か、経口か、それとも局所か)、または活性のタイプ(殺菌性かそれとも静菌性か)に基づいて、抗生物質に対するいくつかの分類体系が存在するが、最も有用であるのは、化学構造に基づくものである。構造的クラス内の抗生物質は、概して、有効性、毒性、およびアレルギーを引き起こす可能性において同様のパターンを示すであろう。
【0045】
ペニシリン。ペニシリンは抗生物質の最も古いクラスであり、セファロスポリンと同じ共通の化学構造を有する。これら2つの群はβ−ラクタム系抗生物質として分類され、概して殺菌性であり、すなわち細菌の増殖を阻害するよりはむしろ細菌を殺す。ペニシリンはさらに細かく分類することができる。天然のペニシリンは元来のペニシリンG構造をベースとしており、ペニシリナーゼ耐性ペニシリン、特にメチシリンおよびオキサシリンは、ほとんどの天然ペニシリンを不活性化させる細菌酵素の存在下においてさえ有効である。アミノペニシリン、例えばアンピシリンおよびアモキシシリンなどは、天然ペニシリンと比較して広域スペクトルでの作用を有しており、広域スペクトルのペニシリンはより広範囲の細菌に対して有効である。これらは概して、緑膿菌(Pseudomonas aeruginaosa)に対する適用範囲を含み、ならびにペニシリナーゼ阻害薬との組み合わせにおいてペニシリンが提供される。
【0046】
セファロスポリン。セファロスポリンならびに近縁種であるセファマイシンおよびカルバペネムは、ペニシリンと同様に、β−ラクタム化学構造を有する。その結果、これらのクラスの薬物の間には交差耐性および交差アレルギー性のパターンが存在する。「セファ」薬物は、抗生物質における最も多様なクラスの1つであり、第一、第二、および第三世代に小群に分類される。各世代は、その前の世代より広域の抗菌力スペクトルを有する。さらに、セファマイシン系であるセフォキシチンは、嫌気性細菌に対して活性が高く、腹部感染症の処置において有用性を提供する。第三世代の薬物であるセフォタキシム、セフチゾキシム、セフトリアキソン、および他のものは、血液脳関門を越え、髄膜炎および脳炎を処置するために使用することができる。セファロスポリンは、通常、外科的予防のために好ましい薬剤である。
【0047】
フルオロキノロン。フルオロキノロンは合成抗菌剤であり、細菌由来ではない。これらは、容易に従来の抗生物質と交換し得るのでここに含まれている。初期の、関連するクラスの抗菌剤であるキノロンはあまり吸収されず、尿路感染症を処置するためのみに使用することができた。フルオロキノロンはより古い群をベースとしており、ペニシリンまたはセファロスポリンとは化学的に無関係の広域スペクトルの殺菌薬である。これらは骨組織中によく分配され、かつ非常によく吸収されるため、概して静脈内注射と同様に経口経路によっても有効である。
【0048】
テトラサイクリン。テトラサイクリンは4つの環を有する化学構造を共有するために、その名前が付けられている。これらは、Streptomyces属の細菌の種に由来する。広域スペクトルの静菌剤であるテトラサイクリンは、多種多様の微生物、例えば、リケッチアおよび寄生性アメーバなど、に対して有効であり得る。
【0049】
マクロライド。マクロライド抗生物質はStreptomyces属の細菌に由来し、それらすべてが大環状ラクトン化学構造を有するためにその名前が付けられている。このクラスのプロトタイプであるエリスロマイシンは、ペニシリンと同様のスペクトルを有しペニシリンと同様に使用される。この群の新しいメンバーであるアジスロマイシンおよびクラリスロマイシンは、それらの肺への高レベルの浸透のために特に有用である。クラリスロマイシンは、胃潰瘍の原因であるHelicobacter pylori感染症を処置するために広く使用されている。
【0050】
その他。他のクラスの抗生物質としては、緑膿菌感染症の処置における有効性により特に有用なアミノグリコシドや、嫌気性病原菌に対して活性が高いリンコサミド、クリンダマイシン、およびリンコマイシンが挙げられる。他にも、ある特定の感染症において有用性を有し得る個々の薬物が存在する。
【0051】
多くの抗感染症薬または抗生物質が、本発明による肺感染症の改善された処置に適していることが予想される。一例は吸入トブラマイシン、例えばTOBIであり、これは肺線維症に対して処方され、60mg/mlのトブラマイシンを含有する5mLの形態で、1日2回投与される。これは患者にとって特に好都合な投与レジメンではなない。より持続的な放出プロフィールであれば投薬の頻度もより少なくできるであろうし、副作用を減じるような、より少ない用量においてより良好な効果が期待される。トブラマイシンは水に非常に可溶性であるが、一方、局所処置の治療に適応される他の抗生物質は、眼の適応症に対するオフロキサシンのように、中性pHにおいて溶解度が約3mg/mL未満であり、双性イオン種に関してpH7において最も低い溶解度となる。pHがpH5まで2log単位低下すると、溶解度は>95mg/mLに増加する。したがって、pH5未満において非常に高い濃度のオフロキサシンを製剤化することは可能だろうし、抗生物質が肺へ吸入送達されて肺の中性pHに平衡化されると溶液外へ沈殿し、それによって肺内における持続的なデポ剤様の放出が可能となり得る。
【0052】
別の例は、シプロフロキサシンである。Aradigmのリポソーム化塩酸シプロフロキサシンならびにBayer/Nektarのシプロフロキサシンおよびペグ化シプロフロキサシンの乾燥粉末製剤など、多くの会社が、肺感染症の処置のために吸入シプロフロキサシンについて研究開発を進めている。シプロフロキサシンが、中性pH(pH7.4)において最も低い溶解度を有し、双性イオン種として存在するということは周知である。pH7での塩酸シプロフロキサシンの溶解度は、0.1mg/mL未満である。実質的に中性から離れたpH値では、溶解度は指数関数的に増加し、低いpHおよび高いpHにおいて20mg/mLを超える。この特徴は、非常に低いpH(pH<4)または非常に高いpH(pH>9)のいずれかにおいて高濃度の塩酸シプロフロキサシン溶液を製剤化するために利用することができる。高濃度シプロフロキサシン製剤は、吸入され肺環境に沈着すると、シプロフロキサシンが急速に中性pHへと平衡化されるであろう。このことは、塩酸シプロフロキサシンまたは他のシプロフロキサシン塩が溶液外へ沈殿するか、または結晶を形成する原因となり得る。これらの不溶性結晶または沈殿物は時間と共にゆっくりと溶解し、肺におけるシプロフロキサシンの放出を減少させ、したがって、血流中への吸収を低下または長引かせ、すなわち、Cmaxを低下させ、Tmaxを長くするであろう。
【0053】
肺液の総量は成人において約20mLであると考えられる。肺に送達されるシプロフロキサシンの量が数mgを超える場合、シプロフロキサシン濃度は中性pHでのそれらの溶解度を超えるであろう。特定のエアロゾル送達方法および吸入パラメータに依存して、エアロゾル小滴が肺全体に一様には沈着しない可能性がある。この概念は、例えば中心領域もしくは末梢領域など領域的に明確な、またはより多くの小滴がどこに沈着するかによって変わる不明確な、肺の特定の領域において、シプロフロキサシンの局所の濃度が依然として溶解度限界を超えるようなさらに少ない量の抗生物質の送達を可能にすることによって、都合良く利用することができる。いずれにしても、その結果、経時的シプロフロキサシンのデポ剤様放出を提供するシプロフロキサシン構造体が形成され得る。
【0054】
この実施例は、概して、中性から離れたpH値において溶解性または安定性の向上のいずれかを示す他の抗生物質に適用することができる。
【0055】
以上は、単に本発明の原理を示したにすぎない。当業者であれば、本明細書に明示的に説明または示されてはいないが本発明の原理を具現化しかつ本発明の趣旨および範囲に含まれる様々な調整を考案することが可能であるだろうということは理解されるであろう。さらに、本明細書において列挙されたすべての実施例および条件的文言は、原則として、本発明の原理および当技術分野の進歩のために本発明者らによって提供される概念に対する読み手の理解を助けることを意図するものであり、そのような具体的に列挙された実施例および条件に限定されるわけではないとして解釈されるべきである。さらに、本発明の原理、局面、および態様、ならびにそれらの具体的な実施例を列挙する本明細書におけるすべての言明は、それらの構造的および機能的な同等物の両方を包含することが意図される。さらに、そのような同等物は、現在公知の同等物および将来開発される同等物の両方、すなわち、構造にかかわらず同じ機能を実施するように開発された任意の要素、を含むことが意図される。したがって、本発明の範囲は、本明細書において示されたまたは説明された例示的な態様に限定されることを意図するものではない。むしろ、本発明の範囲および趣旨は、添付の特許請求の範囲により具体化される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
吸入による患者の気道への送達用製剤であって、該製剤が、薬学的に活性な薬物、薬学的に許容される担体、およびpHに影響を与える薬剤で構成され、該pHに影響を与える薬剤が、担体中での薬物の溶解性を高め、ならびに製剤のpHを7.4から少なくとも0.5log単位離れさせ、かつ5.4log単位を超えて離れさせないようなモル濃度で存在する、製剤。
【請求項2】
製剤がヒトの肺中の条件下で患者の気道液にしばらくの間接触した場合に、該製剤のpHが投与前の製剤のpHに比べて7.4に0.5log単位以上近づくような特徴をさらに有する、請求項1記載の製剤。
【請求項3】
ヒトの肺中にある間に薬物の溶解度が投与前の製剤の溶解度と比べて小さくなるような特徴をさらに有する、請求項2記載の製剤。
【請求項4】
薬物がガリウム塩である、請求項1〜3のいずれか1項記載の製剤。
【請求項5】
ガリウム塩が硝酸ガリウムである、請求項1〜3のいずれか1項記載の製剤。
【請求項6】
pHに作用する薬剤が、製剤のpHを7.4から0.75〜4.15log単位離れさせる、請求項1〜3のいずれか1項記載の製剤。
【請求項7】
pHに作用する薬剤が、製剤のpHを7.4から1.0〜2.0log単位以上離れさせる、請求項6記載の製剤。
【請求項8】
薬物が抗生物質である、請求項1〜3のいずれか1項記載の製剤。
【請求項9】
抗生物質が、ペニシリン、セファロスポリン、フルオロキノロン、テトラサイクリン、またはマクロライドからなる群より選択される、請求項8記載の製剤。
【請求項10】
2.0ミクロン〜12.0ミクロンの範囲の空気力学的直径を有する粒子へとエアロゾル化された、請求項1〜3のいずれか1項記載の製剤。
【請求項11】
4.0ミクロン〜10.0ミクロンの範囲の空気力学的直径を有する粒子へとエアロゾル化された、請求項1〜3のいずれか1項記載の製剤。
【請求項12】
混合された粒子が0.05mL〜5.0mLの範囲の総体積を有する、請求項10記載の製剤。
【請求項13】
混合された粒子が0.1mL〜3.0mLの範囲の総体積を有する、請求項10記載の製剤。
【請求項14】
高カルシウム血症の処置のための、請求項1〜7のいずれか1項記載の製剤。
【請求項15】
抗生物質がシプロフロキサシンである、請求項8記載の製剤。

【公表番号】特表2012−518036(P2012−518036A)
【公表日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−551091(P2011−551091)
【出願日】平成22年1月26日(2010.1.26)
【国際出願番号】PCT/US2010/022071
【国際公開番号】WO2010/096242
【国際公開日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【出願人】(397065387)アラダイム コーポレーション (10)
【Fターム(参考)】