説明

能動型振動騒音制御装置

【課題】制御信号を生成する際に適応FIRフィルタの演算負荷を少なくし、且つ収束性を向上させることができる能動型振動騒音制御装置を提供する。
【解決手段】所定周波数範囲のロードノイズに対する振動騒音打消音CSを生成するための制御信号Scを出力する適応FIRフィルタ30について、周波数切替部92を設け、抽出参照信号Srrの周波数成分をSAN型適応フィルタを用いて参照信号Srから抽出し、前記所定周波数成分に関するフィルタ係数W3を重点的に更新するようにしたので、少ない演算負荷で、所定周波数fの振動騒音の収束性を向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、路面入力に基づく振動騒音を振動騒音打消音により打ち消す能動型振動騒音制御装置に関し、特に、車両等に搭載して好適な能動型振動騒音制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の走行時に路面から受ける車輪の振動がサスペンションを介して車体に伝わり、車室内に振動騒音(ロードノイズ)が発生する。この振動騒音を、マイクロフォンが配置される評価点(受聴点)において前記振動騒音と逆位相の振動騒音打消音により打ち消す能動型振動騒音制御装置が提案されている(特許文献1、2)。
【0003】
この種の能動型振動騒音制御装置では、適応フィルタにより振動騒音打消音を生成するための制御信号を生成するが、この制御信号は、マイクロフォンから得られる振動騒音と振動騒音打消音との干渉信号である誤差信号が最小となるように、振動騒音の参照信号を利用して前記適応フィルタのフィルタ係数を逐次更新するように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平5−265471号公報
【特許文献2】特開2011−195004号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1では、適応フィルタとして多タップ数を有する適応FIR(Finite Impulse Response)フィルタを採用しているので、広帯域の振動騒音に対応できるが遅延が大きいため演算負荷が大きくなり、高コストのCPUが必要になるという課題がある。
【0006】
特許文献2では、多タップ数を有する適応FIRフィルタを使用しないで、振動騒音の参照信号を入力して制御信号を出力する適応ノッチフィルタを使用している。そして、特許文献2には、前記参照信号から振幅の大きい周波数成分を抽出し、抽出した周波数成分の信号を通過させる帯域通過フィルタ(BPF:Band Pass Filter)により前記参照信号をフィルタ(濾波)するとともに、前記BPFと同一構成の他のBPFにより前記誤差信号をフィルタ(濾波)し、濾波参照信号と濾波誤差信号を利用し、濾波誤差信号が最小となるように、前記適応ノッチフィルタのフィルタ係数を逐次更新するようにして消音性能を向上させる技術が提案されている。
【0007】
しかし、この特許文献2に係る技術では、BPFの通過周波数を決定する際に、参照信号特性検出器(74)により参照信号をフーリエ変換して決定するようにしているので、演算負荷が大きく、且つ通過周波数を切り替える際に、意図しない振動打消音が発生しないようにフィルタ係数の逐次更新を一時的に停止するように制御しているので、制御の不連続性が発生し制御の収束性が低下する可能性がある(特許文献2の[0048]、[0101]〜[0103])。
【0008】
この発明は前記の課題及び前記の技術を考慮してなされたものであり、制御信号を生成する際に適応FIRフィルタの演算負荷を少なくし、且つ収束性を向上させることを可能とする能動型振動騒音制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明に係る能動型振動騒音制御装置は、路面入力に基づく振動騒音を検出し、検出した前記振動騒音を示す参照信号を出力する参照信号出力部と、前記参照信号が入力され、制御信号を出力する適応FIRフィルタと、前記制御信号に基づいて振動騒音打消音を発生する振動騒音打消部と、前記振動騒音と前記振動騒音打消音との差に基づく誤差信号を検出する誤差信号検出部と、前記振動騒音打消部から前記誤差信号検出部までの伝達特性に基づいて前記参照信号を補正して補正参照信号を出力する補正部と、前記誤差信号と前記補正参照信号とに基づいて前記誤差信号が最小となるように前記適応FIRフィルタのフィルタ係数を逐次更新するフィルタ係数更新部と、を備える能動型振動騒音制御装置において、以下の特徴(1)〜(8)を備える。
【0010】
(1)前記参照信号から所定周波数成分(制御対象周波数成分)を抽出した抽出参照信号を生成する抽出参照信号生成部と、前記誤差信号から前記所定周波数成分を抽出した抽出誤差信号を生成する抽出誤差信号生成部と、前記抽出参照信号生成部及び前記抽出誤差信号生成部により各前記所定周波数成分を抽出する前記所定周波数を切り替える周波数切替部と、をさらに備え、前記補正部は、前記抽出参照信号を補正して前記補正参照信号を出力し、前記フィルタ係数更新部は、前記抽出参照信号を補正した前記補正参照信号と、前記抽出誤差信号とに基づいて、前記抽出誤差信号が最小となるように前記適応FIRフィルタのフィルタ係数を逐次更新することを特徴とする。
【0011】
この発明によれば、所定周波数の振動騒音打消音を生成ための制御信号を出力する適応FIRフィルタについて、所定周波数成分に関するフィルタ係数が重点的に更新されることになるので、少ない演算負荷で、所定周波数の振動騒音の収束性が向上した能動型振動騒音制御装置を構成できる。
【0012】
(2)上記の特徴(1)を有する発明において、前記周波数切替部は、前記参照信号の周波数特性に基づいて前記所定周波数を切り替えるようにすることで、例えば、現在走行中の路面入力の周波数特性に応じた振動騒音打消音を生成することができる。
【0013】
(3)上記の特徴(2)を有する発明において、前記周波数切替部は、前記参照信号の周波数特性の振幅が小さい周波数への切り替えを重点的に行うようにすることで、振幅が変化したとき、振幅が小さくなる周波数での更新量が増加し、相対的に振幅が大きくなる周波数での更新量が抑制されるので、参照信号の全対象周波数で概ね均一な振動騒音制御を行うことができる。
【0014】
(4)上記の特徴(1)を有する発明において、前記周波数切替部は、前記誤差信号の周波数特性に基づいて前記所定周波数を切り替えることにより、抽出参照信号の周波数に対応した抽出誤差信号を得ることができ、その結果、フィルタ係数演算の収束性を向上させることができる。
【0015】
(5)上記の特徴(4)を有する発明において、前記周波数切替部は、前記誤差信号の周波数特性の振幅が大きい周波数への切り替えを重点的に行うようにすることで、前記誤差信号の振幅が変化したとき、振幅が大きい周波数での更新量が増加するので、誤差信号の振幅が即応して小さくされ、且つ振幅が小さい周波数での更新量が抑制されるので、参照信号の周波数に対応する誤差信号の全対象周波数で概ね均一な振動騒音制御を行うことができる。
【0016】
(6)上記の特徴(2)又は(3)を有する発明において、前記参照信号の周波数特性は、前記所定周波数の切り替えを周波数掃引することによって求めることで、参照信号の周波数特性を速やかに得ることができる。
【0017】
(7)上記の特徴(4)又は(5)を有する発明において、前記誤差信号の周波数特性は、前記所定周波数の切り替えを周波数掃引することによって求めることで、誤差信号の周波数特性を速やかに得ることができる。
【0018】
(8)上記の特徴(1)〜(7)のいずれかの発明において、前記抽出参照信号生成部は、前記所定周波数の基準信号を出力する基準信号生成部と、前記基準信号が入力され、前記抽出参照信号を出力する第1適応ノッチフィルタと、前記抽出参照信号を前記参照信号から減算して第1減算信号を生成する第1減算手段と、前記基準信号と前記第1減算信号とに基づいて、前記第1減算信号が最小となるように前記第1適応ノッチフィルタのフィルタ係数を逐次更新する第1ノッチフィルタ係数逐次更新部と、を備え、前記抽出誤差信号生成部は、前記基準信号が入力され、前記抽出誤差信号を出力する第2適応ノッチフィルタと、前記抽出誤差信号を前記誤差信号から減算して第2減算信号を生成する第2減算手段と、前記基準信号と前記第2減算信号とに基づいて、前記第2減算信号が最小となるように前記第2適応ノッチフィルタのフィルタ係数を逐次更新する第2ノッチフィルタ係数逐次更新部と、を備えるように構成することで、所定周波数のBPFを演算負荷の少ない構成にすることができる。
【発明の効果】
【0019】
この発明によれば、所定周波数の振動騒音打消音を生成ための制御信号を出力する適応FIRフィルタについて、所定周波数成分に関するフィルタ係数が重点的に更新されるので、少ない演算負荷で、所定周波数の振動騒音の収束性が向上した能動型振動騒音制御装置を構成できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】この発明の一実施形態に係る、車両に搭載された能動型振動騒音制御装置の基本的且つ概略的な構成を示すブロック図である。
【図2】図1に示す能動型振動騒音制御装置の第1実施例に係る能動型振動騒音制御装置の詳細な構成を示すブロック図である。
【図3】図1に示す能動型振動騒音制御装置の第2実施例に係る能動型振動騒音制御装置の詳細な構成を示すブロック図である。
【図4】図4Aは、サスペンション加速度信号の周波数特性図、図4Bは、更新サンプリング回数の特性図である。
【図5】図5Aは、図4Aと同じサスペンション加速度信号の周波数特性図、図5Bは、従来技術に係る適応FIRフィルタのフィルタ特性図である。
【図6】図1に示す能動型振動騒音制御装置の第3実施例に係る能動型振動騒音制御装置の詳細な構成を示すブロック図である。
【図7】図7Aは、マイクロフォン誤差信号の周波数特性図、図7Bは、更新サンプリング回数の特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、この発明の実施形態について図面を参照して説明する。
【0022】
図1は、この発明の一実施形態に係る、車両12に搭載された能動型振動騒音制御装置10の基本的且つ概略的な構成を示すブロック図である。
【0023】
[第1実施例]
図2は、図1に示す能動型振動騒音制御装置10の第1実施例に係る能動型振動騒音制御装置10Aの詳細な構成を示すブロック図である。
【0024】
図1及び図2において、車両12は、能動型騒音制御装置{ANC(Adaptive Noise Control Apparatus)装置という。}14(14A)の他、サスペンションに設けられた加速度センサ16と、キックパネル等に設けられたスピーカ18と、乗員の受聴点の近傍に設けられたマイクロフォン20とを備える。
【0025】
加速度センサ16は、走行中の車両12が車輪22を通じて道路24から受ける、模式的に描いた路面入力26に基づく振動騒音を検出し、検出した振動騒音を示す参照信号SrをANC装置14(14A)に出力する。加速度センサ16は、ダンパーのストロークを検出するストロークセンサとしてもよい。
【0026】
ANC装置14(14A)は、FIR型の適応フィルタ(適応FIRフィルタ)30を有し、適応FIRフィルタ30は、参照信号Srに基づき制御信号Scを適応的に生成する。
【0027】
マイクロフォン20は、制御信号Scに基づいてスピーカ18により発生された振動騒音打消音CSと、路面入力26を原因として車室28内を伝達された振動騒音NSとの差に基づく誤差信号eを検出する。
【0028】
ANC装置14(14A)は、マイクロコンピュータ及びDSP等により構成され、CPUが各種入力に基づきROM等のメモリに記憶されているプログラムを実行することで各種の機能を実現する機能実現部(機能実現手段)としても動作する。
【0029】
この実施形態において、ANC装置14は、適応FIRフィルタ30を有する制御出力適応演算部32と、前記参照信号Srから所定周波数fの成分(所定周波数成分という。)を抽出した抽出参照信号Srrを生成する抽出参照信号生成部34と、前記誤差信号eから前記所定周波数成分を抽出した抽出誤差信号erを生成する抽出誤差信号生成部36と、を備える。
【0030】
制御出力適応演算部32は、適応FIRフィルタ30の他、スピーカ18からマイクロフォン20までの伝達経路(誤差伝達経路)を表す伝達特性Cを模擬した伝達特性C^(Cハット)を有し、抽出参照信号Srrを補正して補正参照信号Scrを出力するFIR型の補正部(フィルタ)38と、補正参照信号Scrと抽出誤差信号erとに基づいて、抽出誤差信号erが最小となるように適応アルゴリズム演算、例えば、最小二乗法(LMS)を用いて適応FIRフィルタ30のフィルタ係数W3を逐次更新する、乗算部39とステップサイズパラメータμを付与するステップサイズパラメータ付与部41とからなるフィルタ係数更新部40と、を備える。
【0031】
抽出参照信号生成部34は、所定周波数fの基準信号X(Rx、Ix)(Rx:実部基準信号cos2πft、Ix:虚部基準信号sin2πft)を出力する基準信号生成部46と、基準信号X(Rx,Ix)と参照信号Srとが入力され、抽出参照信号Srrを出力するSAN(Single Adaptive Notch)型適応フィルタである第1適応ノッチフィルタ51と、抽出参照信号Srrを参照信号Srから減算して第1減算信号(Sr−Srr)を生成する第1減算部61と、前記基準信号X(Rx,Ix)と前記第1減算信号(Sr−Srr)とに基づいて第1減算信号(Sr−Srr)が最小となるように適応アルゴリズム演算、例えば、最小二乗法(LMS)を用いて前記第1適応ノッチフィルタ51のフィルタ係数W1(Rw1,Iw1)を逐次更新する第1フィルタ係数更新部71と、を備える。
【0032】
なお、基準信号生成部46は、前記基準信号Xを構成する、所定周波数(制御対象周波数)fの実部基準信号Rxを出力する実部基準信号生成部42と所定周波数fの虚部基準信号Ixを出力する虚部基準信号生成部44とからなる。
【0033】
抽出誤差信号生成部36は、基準信号X(Rx,Ix)と誤差信号eとが入力され、抽出誤差信号erを出力する第2適応ノッチフィルタ52と、抽出誤差信号erを誤差信号eから減算して第2減算信号(e−er)を生成する第2減算部62と、基準信号X(Rx,Ix)と第2減算信号(e−er)とに基づいて、第2減算信号(e−er)が最小となるように適応アルゴリズム演算、例えば、最小二乗法(LMS)を用いて第2適応ノッチフィルタ52のフィルタ係数W2(Rw2,Iw2)を逐次更新する第2フィルタ係数更新部72と、を備える。
【0034】
ANC装置14(14A)は、さらに、前記基準信号生成部46における基準信号X(Rx,Ix)の所定周波数fを設定する周波数設定部94と、前記抽出参照信号生成部34及び前記抽出誤差信号生成部36により所定周波数成分の抽出参照信号Srrと抽出誤差信号erを抽出するための所定周波数fを切り替える指令を周波数設定部94に付与する周波数切替部92と、を備える。
【0035】
前記第1適応ノッチフィルタ51は、実部フィルタ係数Rw1と虚部フィルタ係数Iw1がそれぞれ設定される適応ノッチフィルタ54、55と、減算部(合成部)56とから構成される。また、第1フィルタ係数更新部71は、実部フィルタ係数Rw1を逐次更新する、乗算部102とステップサイズパラメータμを付与するステップサイズパラメータ付与部104とからなる実部フィルタ係数更新部71rと、虚部フィルタ係数Iw1を逐次更新する、乗算部106とステップサイズパラメータ「−μ」を付与するステップサイズパラメータ付与部108とからなる虚部フィルタ係数更新部71iとから構成される。
【0036】
さらに、前記第2適応ノッチフィルタ52は、実部フィルタ係数Rw2と虚部フィルタ係数Iw2がそれぞれ設定される適応ノッチフィルタ57、58と、減算部(合成部)59とから構成される。また、第2フィルタ係数更新部72は、実部フィルタ係数Rw2を逐次更新する、乗算部112とステップサイズパラメータμを付与するステップサイズパラメータ付与部114とからなる実部フィルタ係数更新部72rと、虚部フィルタ係数Iw2を逐次更新する乗算部116とステップサイズパラメータ「−μ」を付与するステップサイズパラメータ付与部118とからなる虚部フィルタ係数更新部72iと、から構成される。
【0037】
基本的には以上のように構成される能動型振動騒音制御装置10(10A)の動作を、次に説明する。
【0038】
加速度センサ16(参照信号出力部)は、道路24を走行する車両12に対する道路24から車輪22を通じての路面入力26に基づく振動騒音を検出し、検出した前記振動騒音を示す参照信号Srを出力する。
【0039】
周波数切替部92は、ロードノイズに対応する所定周波数である制御対象周波数の範囲、例えば50[Hz]〜300[Hz]の間で1[Hz]ずつ周波数を切り替えるよう周波数設定部94に指令を送る。
【0040】
周波数設定部94は、指令に応じて切り替えられた各所定周波数fで、抽出参照信号生成部34を構成する基準信号生成部46を駆動する。基準信号生成部46は、実部基準信号生成部42を通じて実部基準信号Rx(cos2πft)を生成して出力するとともに、虚部基準信号生成部44を通じて虚部基準信号Ix(sin2πft)を生成して出力する。
【0041】
抽出参照信号生成部34は、次の(1)、(2)式に示す公知の適応更新演算式により実部フィルタ係数Rw1と虚部フィルタ係数Iw1とを、サンプリング時間ts毎に参照信号Srに係る第1減算信号(Sr−Srr)が最小となるように、すなわちSrr=Srとなるように、更新する。
Rw1n+1←Rw1+μ・Rx・(Sr−Srr) …(1)
Iw1n+1←Iw1−μ・Ix・(Sr−Srr) …(2)
ただし、Srr=Rx・Rw1−Ix・Iw1…(3)である。
【0042】
ここで、加速度センサ16から出力される参照信号Srは、ノイズを含んだ実部成分であるが、所定周波数fのBPFとして機能する抽出参照信号生成部34から出力される抽出参照信号Srrは、所定周波数f成分のみの実部成分の参照信号となることに留意する。
【0043】
一方、抽出誤差信号生成部36は、次の(4)、(5)式に示す公知の適応更新演算式により実部フィルタ係数Rw2と虚部フィルタ係数Iw2とを、サンプリング時間ts毎に誤差信号eに係る第2減算信号(e−er)が最小となるように、すなわちer=eとなるように更新する。
Rw2n+1←Rw2+μ・Rx・(e−er) …(4)
Iw2n+1←Iw2−μ・Ix・(e−er) …(5)
ただし、er=Rx・Rw2−Ix・Iw2…(6)である。
【0044】
ここで、マイクロフォン20から出力される誤差信号eは、ノイズを含んだ実部成分であるが、所定周波数fのBPFとして機能する抽出誤差信号生成部36から出力される抽出誤差信号erは、所定周波数f成分のみの実部成分の誤差信号となることに留意する。
【0045】
そして、制御出力適応演算部32において、所定周波数f成分である抽出参照信号Srrが補正部38を通じて複素数の補正参照信号Srr´とされ、フィルタ係数更新部40は、補正参照信号Srr´と抽出誤差信号erとに基づいて、抽出誤差信号erが最小となるように適応FIRフィルタ30のフィルタ係数W3を更新する。
【0046】
図2例の能動型振動騒音制御装置10Aによれば、所定周波数fの振動騒音打消音CSを生成ための制御信号Scを出力する適応FIRフィルタ30について、所定周波数f成分に関するフィルタ係数が重点的に更新されることになるので、演算負荷が少なく、所定周波数fの振動騒音の収束性が向上した能動型振動騒音制御装置10Aを構築できる。
【0047】
[第2実施例]
図3は、図1に示す能動型振動騒音制御装置10の第2実施例に係る能動型振動騒音制御装置10Bの詳細な構成を示すブロック図である。
【0048】
図3において、図2に示すものと同一又は対応する構成要素については同一の符号を付け、煩雑さを回避するため、その詳細な説明を省略する。
【0049】
加速度センサ16からの参照信号Srに対応する抽出参照信号Srrは、(3)式で示したように、Srr=Rx・Rw1−Ix・Iw1で得られる。この(3)式から、第1適応ノッチフィルタ51のフィルタ係数W1(Rw1,Iw1)の大きさは、所定周波数fでの抽出参照信号Srrの大きさに比例することが分かる。
【0050】
よって、次の(7)式に示すように、フィルタ係数W1(Rw1,Iw1)の二乗和の平方根をとれば、所定周波数fでの抽出参照信号Srrの大きさ(Srrの絶対値)に比例する信号Srrp=α|Srr|(αは比例定数であり、ここでは、α=1とする。)を検出することができる。信号Srrpは、大きさであるので、ゲインSrrpという。
Srrp=α|Srr|=α√(Rw1)+(Iw1) …(7)
【0051】
この(7)式は、図3に示すように、2個の乗算器122、124と加算器126と平方根器128からなる周波数特性検出部120で構成することができる。
【0052】
路面入力26に基づくロードノイズの制御対象周波数範囲(制御周波数範囲)は、50[Hz]〜300[Hz]程度であるので、舗装状態等の路面状態が異なる路面A又は路面Bを走行中に、周波数切替部92によって周波数fを50[Hz]〜300[Hz]まで掃引乃至走査し、1[Hz]毎に、周波数特性検出部120からゲインSrrpを得ることで、図4Aに示すように、路面A及び路面B毎に周波数[Hz]に対するゲイン[dB]のサスペンション加速度信号の周波数特性132A、132Bを即座に得ることができる。
【0053】
なお、路面A及び路面Bの周波数特性132A、132Bは、ナビゲーション装置の地図位置を引数とする施設情報として予め記憶し、地図上の車両12の位置に応じて周波数特性132A、132Bを更新するように構成を変更してもよい。
【0054】
周波数特性132A、132Bは、路面A及び路面Bの参照信号Srの大きさ、換言すれば加速度センサ16による加速度の大きさに比例することからこの加速度信号(参照信号Sr)が大きすぎる周波数に対しては、フィルタ係数(Rw1,Iw1)の更新サンプリング回数Nsを減らすことで、路面状態が変化してもフィルタ係数(Rw1,Iw1)の更新量を下げることなく効果的に適応更新することができる。なお、更新サンプリング回数Nsは、サンプリング時間tsが固定であるので、更新時間Trn(Trn=Ns×ts)で代替してもよい。
【0055】
具体的には、図4A及び図4Bに示すように、50[Hz]〜300[Hz]までの各周波数50、51、…300[Hz]において、ゲインが大きい周波数fではサンプリング回数Nsを低下させ、ゲインが小さい周波数fではサンプリング回数Nsを増加させるように、周波数特性132A、132Bに対応して、サンプリング回数特性(遅延時間特性)134A、134Bを設定すればよい。
【0056】
なお、図4Aに示す周波数特性(周波数に対するゲインの変化特性)上では、路面Aの周波数特性132Aが路面Bの周波数特性132Bよりもゲインが大きいのに対して、図4Bに示すサンプリング回数特性(周波数に対するサンプリング回数の変化特性)では、路面Aに対するサンプリング回数特性134Aが路面Bに対するサンプリング回数特性134Bよりも回数が少なくなっている(逆転させている)理由は、基本的には、能動型振動騒音制御装置10B(ANC装置14B)は、ゲインが小さい領域、すなわち参照信号Sr(加速度センサ16の出力)が小さい領域では、適応FIRフィルタ30の更新頻度が必然的に少なくなる一方、ゲインが大きい領域、すなわち参照信号Sr(加速度センサ16の出力)が大きい領域では、更新頻度が必然的に多くなるからである。よって、図4Bに示すサンプリング回数特性134Aとすることで、参照信号Sr(加速度センサ16の出力)の大きさに拘わらず、更新頻度を周波数に対して同程度(略均一)にすることができる。
【0057】
なお、図5Aは、図4Aと同じサスペンション加速度信号の周波数特性図、図5Bは、従来技術に係る適応FIRフィルタを使用した場合の、上記路面A及び路面Bに対するBPFの周波数特性136A、136Bを示している。従来技術では、大きい振幅特性を持つ周波数成分を中心に更新が行われるので、振動騒音成分が大きく制御の必要な周波数成分に対して振動騒音の打消の効果が得られるかどうかが不明となる場合がある。
【0058】
これに対して、第2実施例の能動型振動騒音制御装置10B(ANC装置14B)では、周波数切替部92により現在走行中の路面入力26(参照信号Sr)の周波数特性132A、132Bに基づいて所定周波数fを、図4Bに示したように、所定周波数f毎に応じたサンプリング回数Ns(更新時間)で切り替えるようにしているので、周波数特性132A、132Bに対応した振動騒音打消音CSを生成することができる。
【0059】
すなわち、第2実施例に係る能動型振動騒音制御装置10B(ANC装置14B)によれば、周波数切替部92は、参照信号Srの周波数特性132A、132Bのゲイン(振幅)が小さい周波数への切り替えを重点的に行うようにすることで、振幅が変化したとき、振幅が小さくなる周波数での更新量が増加し、相対的に振幅が大きくなる周波数での更新量が抑制されるので、参照信号Srの全対象周波数で概ね均一な振動騒音制御を行うことができる。
【0060】
このように第2実施例の能動型振動騒音制御装置10B(ANC装置14B)では、所定周波数範囲のロードノイズに対する振動騒音打消音CSを生成するための制御信号Scを出力する適応FIRフィルタ30について、周波数切替部92を設け、抽出参照信号Srrの周波数成分を、SAN型適応フィルタである第1適応ノッチフィルタ51を用いて参照信号Srから抽出し、前記所定周波数成分に関するフィルタ係数W3を重点的に更新するようにしたので、少ない演算負荷で、所定周波数fの振動騒音の収束性を向上させることができる。
【0061】
[第3実施例]
図6は、図1に示す能動型振動騒音制御装置10の第3実施例に係る能動型振動騒音制御装置10Cの詳細な構成を示すブロック図である。
【0062】
図6において、図2に示すものと同一又は対応する構成要素については同一の符号を付け、煩雑さを回避するため、その詳細な説明を省略する。
【0063】
マイクロフォン20からの誤差信号eに対応する抽出誤差信号erは、(6)式で示したように、er=Rx・Rw2−Ix・Iw2で得られる。この(6)式から、第2適応ノッチフィルタ52のフィルタ係数W2(Rw2,Iw2)の大きさは、所定周波数fでの抽出誤差信号erの大きさに比例することが分かる。
【0064】
よって、次の(8)式に示すように、フィルタ係数W2(Rw2,Iw2)の二乗和の平方根をとれば、所定周波数fでの抽出誤差信号erの大きさ(erの絶対値)に比例する信号erp=β|er|(βは比例定数)を検出することができる。信号erpは、大きさであるので、ゲインerpという。
erp=β|er|=√(Rw2)+(Iw2) …(8)
【0065】
この(8)式は、図6に示すように、2個の乗算器222、224と加算器226と平方根器228からなる周波数特性検出部220で構成することができる。
【0066】
路面入力26に基づくロードノイズの制御対象周波数範囲は、50[Hz]〜300[Hz]程度であるので、舗装状態等の路面状態が異なる路面A又は路面Bを走行中に、周波数切替部92によって50[Hz]〜300[Hz]まで掃引乃至走査し、1[Hz]毎に、周波数特性検出部220からゲインerpを得ることで、図7Aに示すように、路面A及び路面B毎に周波数[Hz]に対するゲイン[dB]の周波数特性232A、232Bを即座に得ることができる。なお、路面A及び路面Bの周波数特性232A、232Bは、ナビゲーション装置の地図位置を引数とする施設情報として予め記憶し、地図上の車両12の走行位置に応じて周波数特性232A、232Bを更新するように構成を変更してもよい。
【0067】
周波数特性232A、232Bは、路面A、Bの誤差信号eの大きさ、換言すればマイクロフォン20が受ける残留騒音の音圧の大きさに比例することからこの音圧信号(抽出誤差信号er)が大きい周波数に対しては、フィルタ係数(Rw1,Iw1)の更新サンプリング回数Nsを増加させることで、音圧の変化に応じてフィルタ係数(Rw2,Iw2)を効果的に適応更新することができる。なお、更新サンプリング回数Nsは、サンプリング時間tsが固定であるので、更新時間Trn(Trn=Ns×ts)で代替してもよい。
【0068】
具体的には、図7A及び図7Bに示すように、50[Hz]〜300[Hz]までの各周波数50、51、…300[Hz]において、ゲインに比例してサンプリング回数Nsを増減させる、周波数特性232A、232Bに比例したサンプリング回数特性(遅延時間特性)234A、234Bを設定すればよい。
【0069】
この第3実施例の能動型振動騒音制御装置10C(ANC装置14C)においても、周波数切替部92により現在走行中の道路24の路面入力26に応じた抽出誤差信号erの周波数特性232A、232Bに基づいて所定周波数fを、図7Bに示したように、周波数f毎に重み付けしたサンプリング回数Ns(重み付け更新時間Trn)で切り替えるようにしているので、周波数特性232A、232Bに対応した振動騒音打消音CSを生成することができる。
【0070】
この場合、周波数切替部92は、抽出誤差信号er(結局、誤差信号e)の周波数特性232A、232Bに基づいて所定周波数fを切り替えるようにすることで、抽出参照信号Srrの周波数に対応した抽出誤差信号erが得られるので、適応FIRフィルタ30のフィルタ係数演算の収束性を向上させることができる。
【0071】
すなわち、周波数切替部92は、参照信号Srの周波数特性132A、132Bのゲイン(振幅)が小さい周波数への切り替えを重点的に行うようにすることで、振幅が変化したとき、誤差信号eのゲイン(振幅)が大きい周波数での更新量が増加し、誤差信号eのゲイン(振幅)が小さい周波数での更新量が抑制されるので、参照信号Srの周波数に対応する誤差信号eの全対象周波数で概ね均一な振動騒音制御を行うことができる。
【0072】
なお、この発明は、上述の実施形態に限らず、この明細書の記載内容に基づき、種々の構成を採り得ることはもちろんである。
【符号の説明】
【0073】
10、10A、10B、10C…能動型振動騒音制御装置
12…車両
14、14A、14B、14C…ANC装置
16…加速度センサ 18…スピーカ
20…マイクロフォン 22…車輪
24…道路 26…路面入力
28…車室 30…適応FIRフィルタ
32…制御出力適応演算部 34…抽出参照信号生成部
36…抽出誤差信号生成部 38…補正部
40…フィルタ係数更新部 42…実部基準信号生成部
44…虚部基準信号生成部 46…基準信号生成部
51…第1適応ノッチフィルタ 52…第2適応ノッチフィルタ
71…第1フィルタ係数更新部 72…第2フィルタ係数更新部
92…周波数切替部 94…周波数設定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
路面入力に基づく振動騒音を検出し、検出した前記振動騒音を示す参照信号を出力する参照信号出力部と、
前記参照信号が入力され、制御信号を出力する適応FIRフィルタと、
前記制御信号に基づいて振動騒音打消音を発生する振動騒音打消部と、
前記振動騒音と前記振動騒音打消音との差に基づく誤差信号を検出する誤差信号検出部と、
前記振動騒音打消部から前記誤差信号検出部までの伝達特性に基づいて前記参照信号を補正して補正参照信号を出力する補正部と、
前記誤差信号と前記補正参照信号とに基づいて前記誤差信号が最小となるように前記適応FIRフィルタのフィルタ係数を逐次更新するフィルタ係数更新部と、を備える能動型振動騒音制御装置において、
前記参照信号から所定周波数成分を抽出した抽出参照信号を生成する抽出参照信号生成部と、
前記誤差信号から前記所定周波数成分を抽出した抽出誤差信号を生成する抽出誤差信号生成部と、
前記抽出参照信号生成部及び前記抽出誤差信号生成部により各前記所定周波数成分を抽出する前記所定周波数を切り替える周波数切替部と、をさらに備え、
前記補正部は、前記抽出参照信号を補正して前記補正参照信号を出力し、前記フィルタ係数更新部は、前記抽出参照信号を補正した前記補正参照信号と、前記抽出誤差信号とに基づいて、前記抽出誤差信号が最小となるように前記適応FIRフィルタのフィルタ係数を逐次更新する
ことを特徴とする能動型振動騒音制御装置。
【請求項2】
請求項1記載の能動型振動騒音制御装置において、
前記周波数切替部は、
前記参照信号の周波数特性に基づいて前記所定周波数を切り替える
ことを特徴とする能動型振動騒音制御装置。
【請求項3】
請求項2記載の能動型振動騒音制御装置において、
前記周波数切替部は、前記参照信号の周波数特性の振幅が小さい周波数への切り替えを重点的に行う
ことを特徴とする能動型振動騒音制御装置。
【請求項4】
請求項1記載の能動型振動騒音制御装置において、
前記周波数切替部は、
前記誤差信号の周波数特性に基づいて前記所定周波数を切り替える
ことを特徴とする能動型振動騒音制御装置。
【請求項5】
請求項4記載の能動型振動騒音制御装置において、
前記周波数切替部は、前記誤差信号の周波数特性の振幅が大きい周波数への切り替えを重点的に行う
ことを特徴とする能動型振動騒音制御装置。
【請求項6】
請求項2又は3記載の能動型振動騒音制御装置において、
前記参照信号の周波数特性は、前記所定周波数の切り替えを周波数掃引することによって求める
ことを特徴とする能動型振動騒音制御装置。
【請求項7】
請求項4又は5記載の能動型振動騒音制御装置において、
前記誤差信号の周波数特性は、前記所定周波数の切り替えを周波数掃引することによって求める
ことを特徴とする能動型振動騒音制御装置。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の能動型振動騒音制御装置において、
前記抽出参照信号生成部は、
前記所定周波数の基準信号を出力する基準信号生成部と、
前記基準信号が入力され、前記抽出参照信号を出力する第1適応ノッチフィルタと、
前記抽出参照信号を前記参照信号から減算して第1減算信号を生成する第1減算手段と、
前記基準信号と前記第1減算信号とに基づいて、前記第1減算信号が最小となるように前記第1適応ノッチフィルタのフィルタ係数を逐次更新する第1ノッチフィルタ係数逐次更新部と、を備え、
前記抽出誤差信号生成部は、
前記基準信号が入力され、前記抽出誤差信号を出力する第2適応ノッチフィルタと、
前記抽出誤差信号を前記誤差信号から減算して第2減算信号を生成する第2減算手段と、
前記基準信号と前記第2減算信号とに基づいて、前記第2減算信号が最小となるように前記第2適応ノッチフィルタのフィルタ係数を逐次更新する第2ノッチフィルタ係数逐次更新部と、
を備えることを特徴とする能動型振動騒音制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−103517(P2013−103517A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−246512(P2011−246512)
【出願日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】