説明

脳の損傷を診断するためのマーカーとしてのオルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)の使用

本発明は、脳疾患の分野に関し、個体、特に神経変性性疾患、例えばアルツハイマー病に罹患している患者における脳の変性を診断するための新規なマーカー及び方法を提供する。本発明は、個体が該疾患を発病する可能性を評価するためのツール、及びアルツハイマー病のような神経変性性疾患を治療するための新規な薬剤を同定するための目標も提供する。特に、本発明は、オルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)遺伝子の-389位及び-241位での2つの一ヌクレオチド多形の組み合わせに基づく遺伝マーカーを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳疾患の分野に関し、個体、特にアルツハイマー病のような神経変性性疾患に罹患している患者における脳の変性(alteration)を診断するための新規なマーカー及び方法を提供する。本発明は、個体が該疾患を発病する(developing)可能性を評価するためのツール、及びアルツハイマー病のような神経変性性疾患を治療するための新規な薬剤を同定するための目標も提供する。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー病(AD)は、複雑な多因子性の神経変性性疾患であり、老人の間での認知症の主要な原因である。65歳以上の人の約5%はADに冒されており、有病率は75歳以上で19%、及び85歳以上では47%まで急激に上昇する。現在、米国では4百万を超え、フランスでは850,000、全世界では12〜14百万のAD症例がある。ほぼ50%が認知症の何らかの形に冒されている85歳以上の集団は、欧州及び米国の集団の中で最も急速に増加している部分の1つである。しかし、モデルにより、5年の遅延が認知症の有病率を50%減少でき、この劇的な汎発性流行病の制御を可能にする可能性が示唆される。このような可能性は、2つの重要な問題を提起する:(i) 早期の診断及び(ii)療法の有効性。
【0003】
現在までに、重要な進歩が実現されているが、疾患の非常に早期の段階で診断を行うことはいまだに困難である。さらに、認知機能の何らかの対症療法(主にアセチルコリンエステラーゼ阻害剤(現在3つの分子が登録されている)、及びより最近では、NMDA受容体のアンタゴニスト)が可能であっても、治療的処置はない。しかし、この療法の武器庫(arsenal)の全ては、患者がそこから利益を得ることができる場合、疾患の悪化に起因する避けられない結果の遅延をせいぜい可能にする。
【0004】
つまり、早期の診断と療法の武器庫とは、密接に関連している。有効な治療を提案するために、疾患の最初期段階での診断を確立するか、又は無症状のレベル(infra-clinic level)で病変の最初の徴候を検出することさえ重要であるようである。
【0005】
老化する対象において、記憶及び認知の愁訴が、通常観察されるが、病的な認知の衰退と必ずしも関連しない。これらの愁訴は、孤立したわずかな障害の単なる指標であり得るか、又は逆に、他覚的な認知の病的な変化を示し得る。この枠組みの中で、通常の加齢と認知症との間の移行領域に位置する対象を特徴付けるために、「軽度認知機能障害」、すなわちMCIの概念が提案された。これらの患者は、認知症の臨床的な基準を満たさずに、その認知能力の他覚的な衰退を示す。これらの患者の転換率は年間約14%であり、MCIの症例の50%が3年後に認知症を発病する。より長い期間の視野で研究を行うことはほとんどできていないが、これらのMCIの症例のうちの無視できない部分が、認知症を発病しない(5年後に約20%)。
【0006】
その頻度にもかかわらず、神経変性性疾患の分子遺伝学的基礎は明らかでない。アルツハイマー病に関して、2つの型のAD:(i) 家族の間で広がる家族性AD (FAD)、及び(ii) 明白な家族病歴が存在しない散発性ADが存在することが確立されている。家族性早発型ADは、全症例数の5%未満であり、これらは、3つの異なる遺伝子:第21染色体上のアミロイド前駆体タンパク質(APP)遺伝子、第14染色体上のプレセニリン1 (PS1)遺伝子、及び第1染色体上のプレセニリン2 (PS2)遺伝子での変異に関連している(Cruts及びVan Broeckhoven, 1998)。晩発型散発性ADの原因論は、より複雑であり、環境因子及び多数の遺伝子、並びにそれらの間の相互作用が関係する可能性がある。アポリポタンパク質E (APOE)、特にAPOEε4対立遺伝子は、晩発性ADの遺伝学的危険性の約20%の原因となる強い感受性マーカーとして確立されている(Kamboh, 2004)。しかし、APOEε4対立遺伝子は、ADの発病のために単独では必須でもなければ充分でもないので、単独又はAPOEε4とともに作用する他の遺伝学的及び/又は環境的な因子が、ADの危険性を修飾できる可能性が高い。最近、晩発性ADについてのゲノムワイド連鎖又は連鎖不均衡の研究(LD)により、いくつかの染色体上にADについての複数の推定遺伝子が存在することが証明された。しかし、所定の染色体上の推定AD遺伝子の全般的な位置は、広い領域をカバーしている。さらに、これらの領域の1つは、興味のある遺伝子をいくつか含んでもいるだろう。よって、これらの発見が、染色体内の複数の遺伝子の存在を示しているのか、又はこれらが興味のある領域内の可能性の変動を示すのかは明らかでない。なぜなら、連鎖研究に基づく遺伝子の位置の推定は、複合障害について30cM以上変動し得るからである(Robertsら, 1999)。
【0007】
これらの興味のある領域内に位置する候補遺伝子の選択に優先順位をつけるために、遺伝子の迅速な同定のために、遺伝子地図情報のデータと、遺伝子発現プロファイリングデータとを組み合わせる方法が、適切かつ堅固であろう。この仮定は、2つの主要な観察に起因する:
(i) 多数の遺伝子の発現は、ADの病因の間に修飾される(Blalockら, 2004; Brownら, 2002; Colangeloら, 2002; Liら, 2003; Loringら, 2001);
【0008】
(ii) ADに既に関与している遺伝子での質的変動(すなわちコーディング変異)とともに、これらの同じ遺伝子の発現における量的変動も、疾患の遺伝学的決定因子であることが示されている。例えば、APOE、PS1及びPS2遺伝子のプロモーター配列内の機能的多形は、ADの発病の危険性の増加に関連している(Lambertら, 2002; Riazanskaiaら, 2002; Theunsら, 2000)。APPの同様の関与も議論されている(Lahiriら, 2005)。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
よって、本発明者らは、患者と対照との間で発現の違いを示し、かつ以前のゲノムスキャンにより定義された興味のある領域の1つに位置する遺伝子が、ADについての候補遺伝子である可能性があるという仮説を立てた。「ゲノム集中(genomic convergence)」アプローチを開発するために、彼らは、ゲノムスキャン研究(Lambertら, 2003)において以前に同定された危険性関連遺伝子座(9つの異なる染色体について)に含まれる2741個のオープンリーディングフレーム(ORF)をスクリーニングするための手製のマイクロアレイを開発した。12名の対照と12名のAD患者での脳組織からのこの発現プロフィールにより、106個の発現が異なる遺伝子が選択された。これらの106個の変調された遺伝子のうち、11個はX染色体上に位置していた。
【0010】
驚くべきことに、本発明者らは、これらの遺伝子の1つが、ADの症例の脳で強く過剰発現されているが、対照の脳では発現されていないことを見出した。この遺伝子は、Xp21.1に位置するオルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)遺伝子である。OTCは、尿素サイクルの重要な酵素であり、これは「正常な脳」では機能的でない(Felipo及びButterworth, 2002; Wiesinger, 2001)。
【0011】
健康な対象において、OTCは、肝細胞性ミトコンドリアでほぼ独占的に発現され、肝臓特異的マーカーとみなされている。このタンパク質の血清レベルは、肝炎、硬変及び癌のような肝臓障害の患者で増加することが示された。健康な対象の脳では発現されないが、この酵素の欠損は、神経性障害を導き得る。実際に、オルニチントランスカルバミラーゼ欠損の通常の症状(その現れ方は非常に不均質である)は、アンモニア過剰血症性昏睡である(Gordon, 2003)。
【0012】
本発明者らは、AD及び対照の個体におけるOTC遺伝子を詳細に研究した。彼らは、MCI、AD及び非AD型認知症に罹患する対象からの髄液中に存在するOTC活性のレベルも研究し、以下の実験の部分に開示されるそれらの結果は、OTC遺伝子、及び脳におけるOTCの発現がアルツハイマー病及びその他の脳の病変の適切な感受性及び/又は診断のマーカーであることを示している。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の第1の態様は、個体からの髄液試料中のオルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)を検出(及び/又は定量)する工程を含む、個体における脳の変性をインビトロ診断するための方法である。本発明の関係において、「脳の変性」は、いずれの種類の脳の神経変性、特に認知症のことである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明による方法の具体的な興味は、脳疾患の非常に初期の段階での、及びさらには無症状のレベル、すなわち該疾患の明らかな症状(対象の認知能力と行動に関して)が現れる前の脳の変性の診断又は検出を可能にすることである。
【0015】
本発明の方法を行う場合、医師は、ある臨床の関係において、神経変性性疾患を診断でき、より正確には、アルツハイマー病又は非AD型認知症の診断を確立できる。「非AD型認知症」により、アルツハイマー病を原因としない任意の種類の認知症を意味する。このような認知症の限定しない例としては、以下のものを挙げることができる:血管型認知症、混合型認知症、前頭側頭型認知症、レビー小体型認知症など。
【0016】
本発明による方法は、軽度認知機能障害(MCI)に罹患している対象に対して行うのが有利であり得る。なぜなら、この方法は、その認知の愁訴が、わずかな障害に相当するのか、又は実際の進行性の病変の可能性に相当するのかを決定するのが根本的に困難な対象における病変の他覚的な診断を可能にするからである。
【0017】
本発明の方法を行うために、オルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)の検出、及び有利には髄液中のそのレベルの測定について、種々の技術を用いることができる:
・ 第1の技術によると、髄液試料中のOTCの存在は、OTC活性を検出することにより決定される。OTC活性の量的測定により、OTCの定量も可能になる。OTC活性を検出するのに用い得るアッセイは、以下及び科学文献に記載される(Ishikawaら, 2003; Ohshitaら, 1976)。好ましい実施形態において、OTC活性は、上記の試料にカルバミルホスフェート及びオルニチンを添加した後に生成するシトルリンの生成を測定することにより検出される。有利には、OTCの基質であるカルバミルホスフェート及びオルニチンは、試料に過剰に加えられ、シトルリンの生成は、所定の時間の間測定される。シトルリンの生成は、比色アッセイにより、例えばOhshita, Takedaら(1976)に記載されるような、除蛋白を行わないジアセチルモノキシム-チオセミカルバジド反応を用いることにより測定できる。
【0018】
・ 本発明の方法において有利に用いることができる2番目の技術は、Ishikawaら(Ishikawaら, 2003)により記載されるように、オルニチントランスカルバミラーゼの逆反応に基づくアッセイによりOTC活性を測定することからなる。簡単に、OKT、P5CDH及びGDHの作用にもかかわらず、オルニチンのグルタメートへの変換は、OCTにその逆反応(シトルリンのオルニチンへの変換)を触媒させて、1 molの基質のシトルリンから3 molのグルタメートが生成される。次いで、グルタメートを、グルタメートオキシダーゼ及びトリンダー(Trinder's)試薬により測定する。内因性グルタメートによる干渉を避けるために、予備反応を行うことができる。
【0019】
・ 3番目の技術は、OTCに指向されたモノクローナル又はポリクローナル抗体を用いるイムノアッセイに基づく。行うことができるイムノアッセイの例は、Murayamaら(Murayamaら, 2006)により記載されるような精製組換えOTCに対して得られたモノクローナル抗体を用いるELISAアッセイである。当業者は、OTCに指向されたモノクローナル若しくはポリクローナル抗体又はそのフラグメントを用いるELISA又はウェスタンブロットのような他のアッセイも用いることができる。例えば、ヒトOTCに特異的なポリペプチド、例えばポリペプチドMKTAKVAASDWTFLHCLPRK (配列番号17)に対して得られるモノクローナル又はポリクローナル抗体を用い得る。ヒトOTCの他のフラグメントも、本発明の関係において用い得る。この技術は、OTCの検出及び/又は定量を可能にする。
【0020】
上記の方法において、脳の変性は、オルニチントランスカルバミラーゼの著しいレベル及び/又はその活性が髄液中で検出されるときに診断される。「著しいレベル又は活性」により、健康な対象において統計的に観察されるレベル又は活性よりも高いオルニチントランスカルバミラーゼのレベル又は活性を意味する。この脳の変性は、既に宣言された(declared)か、又はいまだに無症状のレベルでのいずれかの脳の疾患を示す。
【0021】
本発明の第2の態様は、脳疾患、例えばアルツハイマー病に対する個体の遺伝的素因を決定するための遺伝マーカーとしてのオルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)遺伝子の使用に関する。
特に、本発明は、個体からの生体試料中のオルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)遺伝子の発現を制御する領域の遺伝子型を同定する工程を含む、個体が脳疾患を発病する危険性の増加をインビトロで予測するか、又は個体での脳疾患をインビトロで診断するための方法に関する。この方法は、神経変性性疾患、特にアルツハイマー病の危険性の増加の予測、又はそのインビトロでの診断に特に適切である。もちろん、本明細書に記載される新しい遺伝マーカーを、試験の統計的有意性を増加させるために、他のマーカー、例えばアポリポプロテインE遺伝子と組み合わせ得る。
【0022】
この方法の好ましい実施形態において、-389 A/G及び/又は-241 G/A SNPs (一ヌクレオチド多形)が分析される。
【0023】
この分析は、オルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)遺伝子の発現を制御する領域の1又は2つのフラグメントの増幅により行い得る。2つのフラグメントを増幅する場合、それらの一方は-389ヌクレオチドを含み、他方は-241ヌクレオチドを含む。1つのフラグメントのみを増幅する場合、-389及び-241ヌクレオチドの両方を含むように選択される。以下の実験の部分に記載される本発明による方法の提案される実施形態において、ポリメラーゼ連鎖反応は、プライマーCTCCTGAGGTGGCCATAGTTG (配列番号1)及びCCAACATGGTGAATCCCCGTC (配列番号2)を用いて行われる。
【0024】
-389 A/G及び-241 G/A多形の遺伝子型同定は、増幅産物の制限酵素パターンを分析する工程も含み得る。例えば、-389 A/G多形の遺伝子型同定は、増幅産物のAlwNIによる制限を含むことができ、-241 G/A多形の遺伝子型同定は、増幅産物のHinIによる制限を含むことができる。それぞれの場合に得られるパターンを、以下の実験の部分に示す。
【0025】
本発明による方法は、G-389−G-241ハプロタイプがアルツハイマー病を発病する危険性の低下を示し、A-389−A-241ハプロタイプがアルツハイマー病を発病する危険性の増加を示す判定工程を含むのが有利である。
【0026】
本発明は、個体からの脳生検材料を、ヒトOTCに特有のポリペプチドに対して得られるモノクローナル又はポリクローナル抗体であり得る抗OTC抗体で標識する工程を含む、死亡した個体における脳の変性を診断する方法にも関する。脳血管内皮細胞中のオルニチントランスカルバミラーゼの存在は、脳の変性を示す。特に、脳血管内皮細胞中のOTCの存在は、アルツハイマー病を示し得る。
【0027】
本発明によると、よって、ヒトオルニチントランスカルバミラーゼに指向された抗体を、死亡したか又は生存している対象における脳の疾患、例えば軽度認知機能障害、アルツハイマー病又は非アルツハイマー型認知症のインビトロでの診断のために用い得る。本発明の方法において用いることができる抗体の例は、ポリペプチドMKTAKVAASDWTFLHCLPRK (配列番号17)に対して得られたポリクローナル抗体である。
【0028】
本発明は、細胞内でオルニチントランスカルバミラーゼの発現及び/又は活性を調節する化合物を同定する工程を含む、アルツハイマー病及び/又は他の脳の疾患を予防、緩和又は治療できる化合物を同定するためのスクリーニング方法にも関する。疾患の性質及び段階、髄液中のアンモニア濃度などを含むいくつかの因子に応じて、オルニチントランスカルバミラーゼの活性を増加又は減少させるのが好ましい。よって、上記のスクリーニング方法において、用語「調節する」は、「活性化する」とともに「阻害する」も意味する。
【0029】
本発明によるスクリーニング方法の好ましい実施形態において、オルニチントランスカルバミラーゼの発現及び/又は活性を調節する化合物の能力は、OTC遺伝子を発現する培養血管内皮細胞においてアッセイされる。
【0030】
本発明のスクリーニング方法を行うために、患者の髄液中のOTCの発現及び/又は活性を測定するための上記と同じ技術を用い得る。しかし、Ishikawaら(Ishikawaら, 2003)により記載されるようなOTCの逆反応に基づくアッセイによるOTC活性の測定からなる技術は、自動化でき、よって、ハイスループットスクリーニングに特に適することが注目される。もちろん、OTCの調節物質を同定する化合物のスクリーニングのために、OTC発現及び/又は活性を、候補化合物の存在下及び非存在下で測定し、得られた結果を比較する。
【0031】
本発明の他の目的は、上記の方法を行うためのキットである。OTC活性又はOTC量(診断を確立させるための髄液中、又はスクリーニング方法の場合は媒質中)を測定するために設計される場合のこのようなキットは、オルニチンの溶液と、カルバミルホスフェートの溶液とを少なくとも含み、トリエタノールアミンの溶液、及び/又はリン酸と硫酸との溶液、及び/又はブタンジオンの溶液を任意に含む。
【0032】
代わりに又は補足的に、本発明による脳の疾患を診断するため又は分子をスクリーニングするためのキットは、ヒトオルニチントランスカルバミラーゼに指向された抗体、例えばポリペプチドMKTAKVAASDWTFLHCLPRK (配列番号17)に指向されたモノクローナル又はポリクローナル抗体を少なくとも含む。
【0033】
別の実施形態において、脳の疾患の診断のため又は個体がそのような疾患を発病する危険性を予測するための本発明によるキットは、-389ヌクレオチド及び-241ヌクレオチドを含むオルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)遺伝子の発現を制御する領域を増幅するためのプライマーセットを少なくとも含む。このキットは、さらに、AlwNI及びHinI制限酵素も含み得る。
【0034】
本発明によるそれぞれのキットは、該キットを用いて行い得る方法の工程、得ることができる情報の性質、及びおそらくこの情報をどのようにして解釈すべきか(状況に応じて)を示す使用説明書も含み得る。例えば組換えOTCを含む陽性及び陰性の対照も含み得る。
【0035】
本発明は、条件的及び/又は組織特異的な様式でOTCを発現するための発現カセットを有するトランスジェニック非ヒト哺乳動物にも関する。このような動物は、アルツハイマー病のモデルとして用い得る。本発明によるトランスジェニック動物の好ましい実施形態において、OTC導入遺伝子の発現は、誘導性転写活性化因子の活性に依存する。例えば、OTC導入遺伝子は、テトラサイクリン応答性プロモーター要素(TRE)の制御下にあり得る。本発明によるトランスジェニック動物を得るために用いることができる誘導性転写活性化因子の例は、テトラサイクリン制御型トランス活性化因子タンパク質(tTA)であり、これは、組織特異的プロモーターの制御下で発現されることが好ましい。この転写活性化因子の発現を駆動するための適切なプロモーターは、血管内皮カドヘリンプロモーターである。
【0036】
本発明を、以下の図面及び実施例により、さらに説明する。
図面の凡例
図1: 脳における尿素サイクルの酵素の発現。RT-PCR実験。トータルRNAを、トランスクリプトーム分析に用いた11名のADの症例(AD)及び9名の対照(T)の脳から抽出した。対照は、RNA試料の省略(T-)により行った; カルバモイルホスフェート合成酵素1 (CPS1)、オルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)、アルギニノスクシネート合成酵素1 (ASS)、アルギニノスクシネートリアーゼ(ASL)。
【0037】
図2: 免疫組織化学実験。正常な肝細胞の細胞質は、パネルAに示すように、抗OTC抗血清により茶色に強く染色されるが、血管及び肝内胆管は染色されない。対照の脳の皮質は、OTCについて免疫反応性でないが(B)、大脳皮質の内皮は、12人のアルツハイマー患者のうち6人でこの抗体により標識される(C及びD)。
【0038】
図3: バイサルファイト配列決定による-389位及び-241位でのOTCプロモーターのメチル化の状態の代表的な電気泳動図。箱は、-389 SNP対立遺伝子に応じてメチル化の不在(A)又は存在(C)を示す。
【0039】
図4: (a) OTC SNPの遺伝子での位置決め。(b) 異なるSNP間の連鎖不均衡の推定。
図5: OTCにより触媒される反応の模式図。
図6: 対照(n=10)、MCI対象(n=14)、AD症例(n=16)及び非AD型認知症の症例(n=30)での50μlのCSF中で30分の間に測定されたOTCの活性に相当する、新しく生成されたシトルリンの定量。
図7: OTC基質の存在又は非存在下でのシトルリン測定。
図8: OTC活性の酵素的測定及び対照試験。
【実施例】
【0040】
実施例1:アルツハイマー病の潜在的遺伝マーカーとしてのOTC遺伝子の同定
1.1. 材料及び方法
脳試料。脳は、1986〜2001年の間に英国のグレーターマンチェスター地域から入院した早発型及び晩発型の散発性ADの114人の患者(死亡時平均年齢 = 73.1±9.1歳;発症時平均年齢 = 65.9±10.3歳;男性51%)からの解剖から得た。全ての患者は、白人種の起源であった。病理的診断は、ADについてのCERAD神経病変基準(Neuropathological Criteria) (Mirraら, 1991)に従って行った。全ての患者は、死亡時にBraak段階5又は6であった。対照の脳は、ストラスブール市民ホスピス(フランス)で行われた日常的な解剖から得られた167名の脳の最初の組(initial set)から得た。採用は、認知症の症例を除くように設計した(患者の大多数が認知症を示す医療施設からの個体は採用せず、一般的な病院から採用した)。ほとんどの症例は、救急サービスにより死亡前48時間未満に入院し、その入院の前に家で生存していた。神経病変についての解剖に関連する症例は除いた。神経病変基準は、Braak段階を定義するように(Braak及びBraak, 1991)、又はCERAD神経病変基準に従って(Mirraら, 1991)当てはめた。ここでまた、全ての対照の対象は白人であった。
【0041】
トータルRNAを、フェノール/クロロホルムプロトコルを用いて、114名のAD及び167名の対照の試料の全てからの凍結された前頭皮質脳組織から抽出した(TRIzol (登録商標)試薬、Invitrogen)。トータルRNAの質を、Agilent 2100バイオアナライザを用いて評価し、リボソームRNA 28S/18Sの割合を、Agilent 2100バイオアナライザバイオサイジングソフトウェアを用いて系統的に評価した。12件のADの症例及び12件の対照を、基準:(i) リボソームRNA 28S/18Sの割合が1.0以上;(ii) 対照試料についてBraak段階が2未満に従って、最初の試料から選択した。試料の主な特徴を、以下の表1に示す。
【0042】
【表1】

【0043】
マイクロアレイ分析。ゲノムスキャン研究により定義される興味のある領域内に位置する2741個のオープンリーディングフレームについて特異的なオリゴヌクレオチドを、OLIGOMERソフトウェア(Mediagen)を用いて設計した。選択の主な基準は、(i) 60オリゴヌクレオチドの長さ;(ii) ハイブリダイゼーション温度(65と75℃の間);(iii) オリゴヌクレオチド配列の特異性;(iv) ハイブリダイゼーション温度にて2次構造を形成し得ない;(v) 選択されたORFの3'-UTR末端に近いオリゴヌクレオチドであった。オリゴヌクレオチドの合成の後に、長さが均質な集団を得るために、系統的に精製した(Sigma)。全てのオリゴヌクレオチドは、それらの5'末端においてC6H12NH2アームを用いて官能化した。
【0044】
対照集団内の個体間の変動の可能性を低減させるために、それぞれのADの症例の遺伝的発現を、対照試料のプールと比較した。10μgのトータルRNAからの最初のmRNA集団の代表であるcRNAを、増幅により作製し、供給業者により記載されるようにしてAgilent Fluorescent Linear Amplification Kitを用いて、Cy5又はCy3蛍光体により標識した。同じ試料がCy5又はCy3蛍光体のいずれかにより標識されている該試料が載った独立した2つのマイクロアレイ上でそれぞれのAD試料を分析することにより、色素交換ストラテジに従った。ハイブリダイゼーションのために、各ADの症例からの4μlのcRNAを、対照プールからの4μlのcRNAと混合した。この混合物を、次いで、22μlのハイブリダイゼーションバッファー(Supplier)に溶解して、最終濃度40%のホルムアミド、2.5×デンハルト溶液、0.5% SDS及び4×SSCを得た(Sambrook及びRussel 2001)。95℃にて5分間インキュベートした後に、混合物を、カバーグラスの下のスライドに塗布した。スライドを、次いで、ハイブリダイゼーションチャンバ(Corning)内におき、30μlのハイブリダイゼーションバッファーをチャンバに加えた後に密閉した。密閉したチャンバを、42℃のウォーターバス中で14〜16時間インキュベートした。次いで、スライドをSSC 2×及びSDS 0.1%中で42℃にて5分間、2回、SSC 0.2×中で室温にて1分間、1回、次いで、SSC 0.1×中で室温にて1分間、1回洗浄した。最後に、スライドを、室温で1000 rpmにて5分間の遠心分離により乾燥させた。ハイブリダイゼーションの後に、アレイをAffymetrix (登録商標) 418スキャナを用いてスキャンし、画像を、ImaGene 6.0 (Biodiscovery)ソフトウェアを用いて処理した。未処理データを、次いで、統計言語R v2.0.1 (Ihaka及びGentlman, 1996)の下で作動するLIMMAライブラリ(マイクロアレイデータについての線形モデル(Linear Models for Microarray Data)) (Smythら, 2003)を用いて分析した。色素及び特別の影響について修正するためのアレイ内プリントチップLoess正規化(within-array print-tip less normalization)からなる正規化プロトコル(Yangら, 2002)を、フラグ付加されなかったスポットのバックグラウンドを差し引いた中間強度に対してあてはめた。正規化の後に、統計的に有意な規則(regulation)の同定を、標準誤差の経験的なベイズ収縮(shrinkage)とともに中程度t統計量を用いて行った(Lonnstedt及びSpeed, 2002)。
【0045】
RT-PCR。逆転写は、最初にマイクロアレイ実験のために用いた11名のADの症例及び9名の対照の前頭皮質から抽出した500 ngのトータルRNAから行った。カルバモイルホスフェート合成酵素1 (CPS 1)、オルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)、アルギニノスクシネート合成酵素1 (ASS)、アルギニノスクシネートリアーゼ(ASL)及びアルギナーゼ1遺伝子からのmRNAの特異的増幅は、表2に示すオリゴヌクレオチドセットを用いて得られた。ゲノムDNAの増幅によるコンタミネーションの可能性を回避するために、プライマーは、異なるエキソン内で設計した。対照実験は、RNA試料を用いずに行った。PCR産物を、アガロースゲル(3%)上で分析した。
【0046】
【表2】

【0047】
免疫組織化学実験。ヒトOTCタンパク質に特異的な20 a.a.のポリペプチド(MKTAKVAASDWTFLHCLPRK)に対する抗ペプチドポリクローナル抗体を、標準的なプロトコルにより作製した(3ヶ月の免疫、Proteogenix SA, France)。脳組織試料を、12名のアルツハイマー患者(7名の男性及び5名の女性、57〜95歳の範囲;平均年齢75.3歳)、及び4名の対照(神経疾患を全く有さない患者、神経病変研究により、アルツハイマー病変を全く示さなかった;平均年齢69.5歳)から解剖にて得た。全ての患者は、リール大学病院にて、将来を見越して追跡していた。脳の半分を、光学顕微鏡検査のためにホルマリンで固定し、脳の残りの部分を生化学研究のために凍結した。全ての患者において、アルツハイマー病変が免疫組織学的、並びにタウ、Aβ及びα-シヌクレインのウェスタンブロット分析により確認された(Delacourteら, 2002)。
【0048】
前頭前部皮質(anterior frontal cortex)からのパラフィン切片(BA 10)を、Benchmark-XTオートメート(Ventana, Tucson, AZ, USA)で処理した。抗OTC抗体及びウサギ免疫前血清(ともに1/500希釈)を加熱の後に加え、標準的な免疫ペルオキシダーゼ法により明示した。陽性対照は、ホルマリン固定した肝臓のパラフィン切片であった。陰性対照は、ウサギ免疫前血清で処理したアルツハイマー患者及び対照からの脳切片であった。
【0049】
遺伝子型同定。8つのSNPの遺伝子型同定を、酵素消化及びそれに続くPCR増幅により行った(以下の表3)。遺伝子型の50%について無作為に2回行い、矛盾は観察されなかった。
【0050】
【表3】

【0051】
-389位に存在するヌクレオチドを決定するために、配列番号1及び2のプライマーを用いる増幅の後に得られた718 bpの増幅産物をAlwN Iで消化し、パターンを以下のように解釈した:-389位のヌクレオチドがGであれば、増幅産物は制限されず、-389位のヌクレオチドがAであれば、消化により2つのバンドが得られる(471及び247 bp)。
【0052】
-241位に存在するヌクレオチドを決定するために、配列番号1及び2のプライマーを用いる増幅の後に得られた718 bpの増幅産物をHin Iで消化し、パターンを以下のように解釈した:-241位のヌクレオチドがAであれば、増幅産物は4つのフラグメントに制限され(340、226、138及び14 bpのもの)、-241位のGはさらなるHin I部位を創出するので、消化により5つのフラグメントが得られる(340、137、89、138及び14 bpのもの)。
【0053】
-389位及び-241位でのメチル化状態。ヒトOTCプロモーター内の-389位及び-241位でのCpGモチーフのシトシンのメチル化状態を決定するために、バイサルファイトによるゲノムDNAの処理を、CpGenome DNA Modificationキット(Chemicon)を用いて行った。簡単に、末梢血リンパ球から抽出した1μgのゲノムDNAを、亜硫酸水素ナトリウム及びヒドロキノンで処理し、50℃にて16時間インキュベートした。この処理の後に、メチル化されていないシトシンをウラシルに変換し、メチル化されているシトシンは変化しないままにした。精製の後に、バイサルファイト修飾されたDNAをPCRに直ちに用いるか、又は-70℃にて貯蔵した。
【0054】
-389位でのCpG/Aモチーフのメチル化状態を、プライマーセット:5'-ATAAATGTGAAGTTGTAGAT-5' (配列番号11)及び5'-TAATTACCTATTAATTCTAAC-3' (配列番号12)を用いて決定するために、バイサルファイト修飾されたDNA (20 ng)をPCRの鋳型として用いた。増幅産物を、次に、プライマーセット:5'-GAATAGGTTGTTAGGGGAAG-3' (配列番号13)及び5'-ATAAATGTGAAGTTGTAGAT-3' (配列番号14)を用いて再増幅させた。-241位でのCpG/Aモチーフのメチル化状態を、プライマーセット:5'-TGGGTTTATTGTAATTTTTGTTTTTT-3' (配列番号15)及び5'-CTAACCAACATAATAAATCCCCCATC-3' (配列番号16)を用いて決定するために、バイサルファイト修飾されたDNA (20 ng)をPCRの鋳型として用いた。両方のOTCプロモーターSNPについてGG又はAA遺伝子型のいずれかを有する個体からのPCRフラグメント(遺伝子型により4個体)を、pGEM-T Easy Vector (Promega)にクローニングし、適切なサイズの挿入断片を有する少なくとも5つのクローンを、それぞれの個体について配列決定した。
【0055】
AD症例-対照研究。フランス人のAD及び対照試料は、白人であった(ADの症例 n=600、年齢=72.4±7.2歳、発症時の年齢= 69.5±7.4歳、39.5%男性;対照 n= 664、年齢= 72.5±7.9歳、36%男性)。発症の早期年齢は、≦65歳と定義された。推定AD (probable AD)の診断は、DSM-III-R及びNINCDS-ADRDA基準に従って確立した。白人の対照は、DMS-III-R認知症基準を有さず、認知機能の完全性を有し、かつMMSスコア≧25の被験者として採用及び定義した。認知症の家族病歴の存在は、排除基準であった。対照を、退職者療養所又は選挙人名簿から採用した(利他的ボランティア)。各個人又は近親者に、告知に基づく同意を与えた。
【0056】
統計分析。SASソフトウェア、リリース8.0を用いた(SAS institute, Cary, North Carolina, USA)。一変量分析を、適切な場合に、ピアソンのχ2検定又はフィッシャーの正確確率検定を用いて行った。多変量分析において、赤池情報量基準(AIC)を用いて、最適適合遺伝モデルを決定した(優性、共優性又は劣性) (Akaike, 1978; Bozdogan, 1987)。最小のAICを有するモデルは、適合度と倹約性との最適なバランスを反映する。-389 G/Aプロモーター多形の遺伝子型は、最終的に、劣性モデルについての仮定に従うダミー変数、すなわちAA対AG+GG遺伝子型としてコードされていた。疾患に対するこの変数の影響を、年齢及びAPOEε4対立遺伝子状態について補正した多重ロジスティック回帰モデルにより評価した。異なるマーカーの拡大ハプロタイプ頻度(Extended haplotype frequencies)を、Thesiasソフトウェアを用いて評価した。thesiasソフトウェアの目的は、血縁でない個体においてハプロタイプに基づく関連解析を行うことである。このプログラムは、(Bozdogan, 1987)に記載される最尤度モデルに基づき、SEMアルゴリズムに関連する(Tregouet and Tiret, 2004)。
【0057】
1.2. 結果
遺伝子発現のレベルを、12名の対照及び12名のAD患者の死後の脳組織からのトータルRNAにおいて評価した。今回の研究において、AD患者のそれぞれにおける脳発現プロファイルを、対照試料のプールと比較して、対象における個別の変動の影響を最小限にした。研究した2741遺伝子のうち、対照のプールに比較してAD患者の脳において、36が過剰発現され、70が過小発現されていた(選択の3倍, p<10-5)。興味のある異なる遺伝子座内でのこれらの遺伝子の分布を、表4に示す。
【0058】
【表4】

【0059】
X染色体上で異なって発現された11遺伝子のプールから、ヒトOTC遺伝子をさらなる分析のために選択した。なぜなら、対照プールではマイクロアレイ上でOTCについてのシグナルが全く観察されなかったが、全ての12のAD試料において特異的ハイブリダイゼーションが観察されたからである。本発明者らは、RT-PCRにより、OTC遺伝子が、AD患者の前頭皮質で発現され、ほとんどの対照の脳では発現されなかったことを確認した(1つの対照脳試料のみが、今回の条件下でOTCを発現した、図1)。
【0060】
タンパク質レベルでのOTC発現を、次に、AD症例及び対照の脳において調べた。毛細管の内皮は、12名のADの症例のうち6つの皮質において、ヒトポリクローナル抗OTC抗体に対して免疫反応性を示した(図2C及びD)が、全ての対照の脳では標識は全く観察されなかった(図2B)。予測されたとおり、対照の肝臓切片では、肝細胞において強いシグナルが観察されたが、血管及び肝内胆管では観察されなかった(図2A)。ウサギ免疫前血清を抗OTC抗体の代わりに用いた場合、試験した全ての試料において、シグナルは観察されなかった(データ示さず)。
【0061】
この観察の後に、OTC遺伝子がADの遺伝学的決定因子であるかについて評価した。本発明者らは、NCBI国際データベース(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?db=Snp)を用いて、この遺伝子内の多形を探索した。多数の変異が記載され、ほとんどがOTC欠乏性疾患の原因であった。その他の頻度が高い一ヌクレオチド多形(SNP)が記載された。プロモーター領域内で6つのSNPと、2つのその他の非同義SNPを選択した(図4)。-146 C/T及び-69 C/T SNPは、184名の健康な老人で検出されなかった。さらに、Glu270Arg SNPは、低い頻度(2.3%)を示し、よって、さらなる分析から除外した。残りの選択された5つのSNPは、全て、強い連鎖不均衡(LD)であった(図4b)。最後に、OTCプロモーター内でCpGモチーフをそれぞれ破壊又は創出する可能性がある-389 G/A及び-241 A/G SNPを、関連研究について調べた。実際に、プロモーターメチル化状態のこのような可能性のある修飾は、遺伝子発現の制御に特に関連し得る。
【0062】
これらの2つのSNPの、AD発病の危険性に対する影響を、583名の散発性ADの症例及び639名の対照を含むフランス人の症例-対照研究を用いて評価した。OTC遺伝子はX染色体上に位置するので、ハーディ-ワインベルク平衡は、女性においてのみ試験し得る。ハーディ-ワインベルク平衡からの逸脱は、研究したSNPに関わらず観察されなかった。-389 G/A SNPの遺伝子型分布は、女性でのADと対照の集団の間で著しく異なっていた(p=0.015)が、男性ではそうでなかった(表5)。-389 AA遺伝子型を有する女性は、AD発病の危険性が増加していた(OR=2.3, 95% CI 1.3〜4.1, p=0.005)。この影響は、APOEε4状態及び年齢に依存していないようであった。-241 A/G SNPは、性別に関わらずADに関連していなかった。
【0063】
【表5】

【0064】
ADを発病する危険性に対するこれらの2つのプロモーターSNPの可能性のある組み合わさった影響を、次に評価した。ハプロタイプ頻度を、女性においてThesiasソフトウェアを用いるアンフェーズド(unphased)遺伝子型同定から計算したか、又は男性において直接観察した(表6)。最も一般的なG-389−A-241ハプロタイプを、参照として定義した。希なG-389−G-241ハプロタイプがADを発病する危険性の減少と関連することが観察された(OR=0.3, 95% CI [0.1-0.7], p=0.001)。反対に、希なA-389−A-241ハプロタイプは、該疾患の発病の危険性の増加と関連していた(OR=3.0, 95% CI [1.2-7.3], p=0.007)。
【0065】
【表6】

【0066】
-389 G/A及び-241 A/G SNPの可能性のある生物学的関連を評価するために、本発明者らは、これらのSNPが、OTCプロモーターのメチル化状態を修飾し得るかについて調べた。-389 G/A SNPの希なA対立遺伝子は、CpGモチーフを破壊する。-389位でのCpG及びCpAモチーフ内のシトシン残基のメチル化状態を、バイサルファイト処理したゲノムDNAから増幅した、クローニングしたPCR産物の直接配列決定により決定した。代表的な配列決定電気泳動図を、図3に示す。
【0067】
-389位でのCpGモチーフ内のシトシンは系統的にメチル化されていたが、同じ位置のCpAモチーフ内のシトシンはそうではなかった。これらは、希なG対立遺伝子がCpGモチーフを創出したように、-241 A/G SNPがOTCプロモーターのメチル化状態を修飾し得るかについて同様に評価された。-241位でのCpAモチーフ内のシトシンは、系統的にメチル化されていなかったが、同じ位置のCpGモチーフ内のシトシンのメチル化は、同じ個体について変動していた。これらの全ての観察は、OTCプロモーターのメチル化状態が-389 G/A SNP及び-241 A/G SNPに依存し得ることを示した。興味深いことに、ADを発病する危険性を増加させ、かつメチル化の低いレベルと関連する可能性がある希なA-389−A-241ハプロタイプとは逆に、希なG-389−G-241ハプロタイプは、ADを発病する危険性の減少と関連し、かつOTCプロモーターのメチル化の高いレベルに相当し得る。
【0068】
実施例2 : 髄液中のOTCは、認知の衰退及び認知症に導く可能性がある脳の損傷の指標である
2.1. 材料及び方法
CSF試料:
CSFは、患者又は親類若しくは法的な保護者の告知されかつイニシャルで署名された同意とともに「Centre de Memoire du Service de Neurologie de l'Hopital Salengro, CHRU de Lille」サービスにより得た。酵素測定を行うために、200μlが必要であった。
【0069】
この研究は、14名の「軽度認知機能障害(MCI)」患者、30名の非AD型認知症に罹患している患者(血管型認知症、混合型認知症、前頭側頭型認知症、レビー小体型認知症など)、及び推定ADに罹患している16名を含む。
【0070】
OTC活性の酵素測定:
簡単に、OTC活性は、過剰の基質の存在下で所定の時間の間に生成されるシトルリンの割合(rate)の決定により定量する(図5)。
【0071】
シトルリンの割合は、Ohshita, Takedaら (1976)に記載されるようなジアセチルモノキシム-チオセミカルバジド反応により比色測定する。酵素OTC活性は、Lee及びNussbaum, (1989)に記載される技術により測定したが、この実験を96ウェルプレートで行うことを可能にするためにわずかに改変した。それぞれの試料について、基質の添加の有無の2つの測定を行い、試料中に本来存在するシトルリンの量を測定可能にするために、OTC活性をその基質を添加することにより誘導し、30分間維持した後に存在するシトルリンの合計量から差し引いた。簡単に、50μlのCSFを、オルニチンについて5mM、リチウムカルバミルホスフェートについて15mM及びトリエタノールアミンについて270mMの最終濃度で基質を含む140μlの溶液、又は140μlの蒸留水のいずれかに加えた。ユニットを37℃にて30分間インキュベートした。次いで、酵素反応を、50μlの3:1 (v/v) リン酸/硫酸溶液の添加により停止した。最後に、試料中に存在するシトルリンの定量を可能にする比色反応を、10μlの2,3ブタンジオン3%の添加により行い、95℃にて暗所に15分間維持した。読み取りを、マイクロプラークリーダ(Elx800 -Biotek)で波長490 nmにて行った。
【0072】
それぞれの実験について、一方は市販のシトルリンの漸増量(0〜150ナノモル/50μl)を含み、他方は市販のOTCの漸増量(0〜3.10-3単位/50μl)を含む2つの範囲の対照を用いた。これらの範囲の対照についても、基質の存否での2つの測定を、試料について記載したことと同様に行った(図7及び8)。さらに、別の対照を、この研究のためにProteogenix SA, Franceにより開発したOTCに指向されたポリクローナル抗体の飽和量と市販のOTC酵素とをプレインキュベートすることにより行った。この目的は、抗体による酵素の阻害が、OTC基質の存在下であってもシトルリンの生成を妨げることを示すためであった(図8)。
OD値は、各ウェルに存在するシトルリンのナノモルでの量を決定するために、対応するシトルリン対照の範囲にあてはめた。それぞれの試料について、基質の非存在下で測定したシトルリンのナノモルでの量を、基質の存在下で測定したシトルリンのナノモル量から差し引き、得られた量は、30分間の間に試料中に存在するOTCにより生成されたシトルリンのレベルを表す。OTC対照範囲に対するこの値の繰越(carryforward)も、試料中に存在するOTC単位のレベルの決定を可能にすることに注目すべきである。しかし、OTC活性を、新しく生成されたシトルリンのナノモル/30分/50μl CSFで表すことを選択した。
【0073】
2.2 結果
図6に示す結果は、30分間にわたって測定されたOTCの活性に相当する新しく生成されたシトルリンの量が、対照と比較して、MCI、非AD又はAD型認知症を示す患者のうちで少なくとも平均で10倍高い(p<0.0001)ことを示す。
CSF中のOTC活性のレベルは、よって、わずかであっても他覚的な認知衰退及び認知症に進行する感受性の存在を検出するための有効なツールであろう。この測定は、よって、認知の変化及び認知症の非常に初期の診断の助けとして提案される。
【0074】
【表7】

【0075】
【表8】

【0076】
【表9】

【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】脳における尿素サイクルの酵素の発現。
【図2】免疫組織化学実験。
【図3】バイサルファイト配列決定による-389位及び-241位でのOTCプロモーターのメチル化の状態の代表的な電気泳動図。
【図4】(a) OTC SNPの遺伝子での位置決め。(b) 異なるSNP間の連鎖不均衡の推定。
【図5】OTCにより触媒される反応の模式図。
【図6】対照(n=10)、MCI対象(n=14)、AD症例(n=16)及び非AD型認知症の症例(n=30)での50μlのCSF中で30分の間に測定されたOTCの活性に相当する、新しく生成されたシトルリンの定量。
【図7】OTC基質の存在又は非存在下でのシトルリン測定。
【図8】OTC活性の酵素的測定及び対照試験。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
個体からの髄液試料中のオルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)を検出する工程を含む、個体における脳の変性をインビトロで診断する方法。
【請求項2】
前記脳の変性が、無症状のレベルで診断される請求項1に記載の方法。
【請求項3】
神経変性性疾患のインビトロ診断のための請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
アルツハイマー病のインビトロ診断のための請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
非アルツハイマー型認知症のインビトロ診断のための請求項1又は2に記載の方法。
【請求項6】
前記個体が、軽度認知機能障害に罹患している請求項1又は2に記載の方法。
【請求項7】
前記髄液試料中のオルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)の検出が、OTC活性の検出により行われる請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
OTC活性が、カルバミルホスフェート及びオルニチンの前記試料への添加後に、シトルリンの生成を測定することにより検出されかつ定量される請求項7に記載の方法。
【請求項9】
OTC活性が、生成されたシトルリンの量の比色測定によりアッセイされる請求項7又は8に記載の方法。
【請求項10】
OTC活性が、オルニチントランスカルバミラーゼの逆反応に基づくアッセイにより測定される請求項1〜7のいずれか1項に記載の診断方法。
【請求項11】
前記髄液試料中のオルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)の検出が、OTCに指向されたモノクローナル又はポリクローナル抗体を用いるイムノアッセイにより行われる請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
髄液中のオルニチントランスカルバミラーゼの存在が、脳の疾患を示す請求項1〜11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
脳の疾患に対する個体の遺伝的素因を決定するための遺伝マーカーとしてのオルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)遺伝子の使用。
【請求項14】
個体からの生体試料中のオルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)遺伝子の発現を制御する領域の遺伝子型を同定する工程を含む、個体が脳の疾患を発病する危険性の増加をインビトロで予測する方法。
【請求項15】
個体からの生体試料中のオルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)遺伝子の発現を制御する領域の遺伝子型を同定する工程を含む、個体における脳の疾患をインビトロで診断する方法。
【請求項16】
前記脳の疾患が、神経変性性疾患である請求項13に記載の使用、又は請求項14若しくは15に記載の方法。
【請求項17】
前記神経変性性疾患が、アルツハイマー病である請求項16に記載の使用又は方法。
【請求項18】
-389 A/G及び-241 G/A多形が分析される請求項14〜17のいずれか1項に記載の方法。
【請求項19】
-389ヌクレオチド及び-241ヌクレオチドを含むオルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)遺伝子の発現を制御する領域の1又は2つのフラグメントを増幅する工程を含む、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
ポリメラーゼ連鎖反応が、プライマーCTCCTGAGGTGGCCATAGTTG (配列番号1)及びCCAACATGGTGAATCCCCGTC (配列番号2)を用いて行われる請求項19に記載の方法。
【請求項21】
-389 A/G及び-241 G/A多形の遺伝子型の同定が、増幅産物の酵素制限パターンの分析により行われる請求項19又は20に記載の方法。
【請求項22】
-389 A/G多形の遺伝子型の同定が、増幅産物のAlwNIによる制限を含み、-241 G/A多形の遺伝子型の同定が、増幅産物のHinIによる制限を含む請求項21に記載の方法。
【請求項23】
G-389−G-241ハプロタイプが、アルツハイマー病の発病の危険性の減少を示し、A-389-A-241ハプロタイプが、アルツハイマー病の発病の危険性の増加を示す請求項18〜22のいずれか1項に記載の方法。
【請求項24】
死亡した個体からの脳生検材料を、抗OTC抗体で標識する工程を含む、死亡した個体での脳の変性を診断する方法。
【請求項25】
前記抗体が、ヒトOTCに特異的なポリペプチドに対して得られるモノクローナル又はポリクローナル抗体である請求項11又は24に記載の方法。
【請求項26】
前記抗体が、ポリペプチドMKTAKVAASDWTFLHCLPRK (配列番号17)に対して得られるポリクローナル抗体である請求項25に記載の方法。
【請求項27】
脳血管内皮細胞中のオルニチントランスカルバミラーゼの存在が、脳の変性を示す請求項24〜26のいずれか1項に記載の方法。
【請求項28】
脳血管内皮細胞中のオルニチントランスカルバミラーゼの存在が、アルツハイマー病を示す請求項24〜27のいずれか1項に記載の方法。
【請求項29】
脳の疾患のインビトロ診断のための、ヒトオルニチントランスカルバミラーゼに指向された抗体の使用。
【請求項30】
前記脳の疾患が、軽度認知機能障害、アルツハイマー病又は非アルツハイマー型認知症である請求項29に記載の使用。
【請求項31】
細胞中のオルニチントランスカルバミラーゼの発現及び/又は活性を調節する化合物を同定する工程を含む、アルツハイマー病及び/又はその他の脳の疾患を予防、緩和又は治療し得る化合物を同定するためのスクリーニング方法。
【請求項32】
オルニチントランスカルバミラーゼの発現及び/又は活性を調節する化合物の能力が、OTC遺伝子を発現する培養血管内皮細胞でアッセイされる請求項31に記載の使用。
【請求項33】
オルニチンの溶液と、カルバミルホスフェートの溶液とを少なくとも含む、請求項1〜9、31及び32のいずれか1項に記載の方法を行うためのキット。
【請求項34】
トリエタノールアミンの溶液、及び/又はリン酸と硫酸との溶液、及び/又はブタンジオンの溶液も少なくとも含む請求項33に記載のキット。
【請求項35】
少なくとも抗OTC抗体を含む請求項1〜6、11、24〜28、31及び32のいずれか1項に記載の方法を行うためのキット。
【請求項36】
前記抗OTC抗体が、ポリペプチドMKTAKVAASDWTFLHCLPRK (配列番号17)に指向されたモノクローナル又はポリクローナル抗体である請求項35に記載のキット。
【請求項37】
-389ヌクレオチド及び-241ヌクレオチドを含むオルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)遺伝子の発現を制御する領域を増幅するためのプライマーセットを少なくとも含む請求項14〜23のいずれか1項に記載の方法を行うためのキット。
【請求項38】
AlwNI及びHinI制限酵素をさらに含む請求項37に記載のキット。
【請求項39】
条件的及び/又は組織特異的な様式でOTCを発現するための発現カセットを有することを特徴とするトランスジェニック非ヒト哺乳動物。
【請求項40】
OTC導入遺伝子の発現が、誘導性転写活性化因子の活性に依存する請求項39に記載のトランスジェニック動物。
【請求項41】
OTC導入遺伝子が、テトラサイクリン応答性プロモーター要素(TRE)の制御下にある請求項40に記載のトランスジェニック動物。
【請求項42】
前記誘導性転写活性化因子が、テトラサイクリン制御型トランス活性化因子タンパク質(tTA)であり、該tTAが組織特異的プロモーターの制御下で発現される請求項40又は41に記載のトランスジェニック動物。
【請求項43】
前記tTAが、血管内皮カドヘリンプロモーターの制御下で発現される請求項42に記載のトランスジェニック動物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公表番号】特表2009−538122(P2009−538122A)
【公表日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−505996(P2009−505996)
【出願日】平成19年4月18日(2007.4.18)
【国際出願番号】PCT/IB2007/002166
【国際公開番号】WO2007/119179
【国際公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【出願人】(508312061)
【氏名又は名称原語表記】GENOSCREEN
【住所又は居所原語表記】Campus de l’Institut Pasteur de Lille,1,rue du Professeur Calmette,F−59000 Lille,France
【出願人】(500488225)アンスティテュ ナシオナル ド ラ サント エ ド ラ ルシュルシェ メディカル(アンセルム) (26)
【氏名又は名称原語表記】INSTITUT NATIONAL DE LA SANTE ET DE LA RECHERCHE MEDICALE(INSERM)
【住所又は居所原語表記】101,rue de Tolbiac,F−75654 Paris Cedex 13 France
【Fターム(参考)】