説明

脳梗塞治療用の医薬

【課題】脳梗塞治療、又は脳梗塞に起因する機能不全もしくは神経脱落症状の改善に優れ、且つ、副作用の少ない医薬を提供すること。
【解決手段】N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドとウロキナーゼ、アルテプラーゼ、デスモテプラーゼ、チソキナーゼ、ナサルプラーゼ、ナテプラーゼ、パミナプラーゼ、モンテプラーゼまたはパトロキソビンなどの血栓溶解薬とを組み合わせてなる脳梗塞治療、又は脳梗塞に起因する機能不全もしくは神経脱落症状の改善に優れた医薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドと血栓溶解薬とを組み合わせてなる、脳梗塞治療、又は脳梗塞に起因する機能不全もしくは神経脱落症状の改善に優れた医薬に関する。
【背景技術】
【0002】
脳梗塞は、脳局所の虚血性壊死によって生じる脳機能障害を指し、救急治療の必要な疾患である。脳梗塞は、作用機序の面から、血栓性、塞栓性、血行力学性に分類され、また臨床所見の側面からはアテローム血栓性脳梗塞、心原性脳塞栓症、ラクナ梗塞などに分類される(非特許文献1参照)。
【0003】
虚血は、動脈硬化など脳血管病変、あるいは心原性血栓により局所脳血流が遮断されることにより起こり、虚血中心部位ではエネルギー枯渇による神経細胞死が引き起こされる。虚血中心部の周辺では副側血行路を介した血流が残存しており、神経細胞は電気生理学的に機能していないものの、生存している状態にある。この部分の神経細胞は治療を施さない限り、将来的に死滅し、病理学的には脳梗塞巣の進展として、臨床学的には機能不全として障害となる。よって、できるだけ早期にこの部分の神経細胞の機能を回復できれば機能不全の治療ができることとなる。この可逆的な不完全虚血領域をペナンブラと呼ぶ。脳梗塞急性期の治療目的は、このペナンブラ領域の神経細胞の機能を回復することであり、その転帰は虚血の程度並びにその持続時間に依存する。すなわち、如何に早くペナンブラ領域に血流を再開させるかが、その転帰を決定することとなる。このペナンブラ領域の神経細胞は発症後3〜6時間生存できるとされている。また、治療によってペナンプラ領域の神経細胞が機能を回復することが可能な許容時間のことを治療可能時間と呼ぶ。
【0004】
現在、脳梗塞急性期治療薬として米国で承認されている組換えヒト組織プラスミノーゲンアクチベータ(rt−PA)を用いた血栓溶解療法は、虚血の原因となっている血栓を溶解することによりペナンブラ領域への血流を回復することを目的として開発された。発症後3時間以内の脳梗塞患者を対象としたrt−PA静注療法試験において、プラセボ二重盲検で検討した米国の臨床試験では、rt−PA投与群において3ヶ月後の転帰が有意に良好であった。rt−PAは、血栓を溶解することにより虚血領域への血液供給を再開させ、脳梗塞の伸展を抑制し、脳梗塞に起因する機能不全を改善すると考えられている。この結果は血栓溶解作用による脳血流の早期再開は長期予後を改善することを示した(非特許文献2参照)。rt−PAの投与方法は、発症から3時間以内の患者で、かつ脳内出血の認められない場合に、まず全投与量(0.9mg/kg)の10%を急速静注して、残りを1時間以上かけて持続静注する。
【0005】
20−Hydroxyeicosatetraenoic acid(20−HETE)は、アラキドン酸から20−HETE産生酵素であるチトクロームP450 4A又は4F(CYP)によって代謝される産物であり、血管収縮作用を有する(非特許文献3参照)。20−HETEは脳血管においても産生され、Ca2+−activated K−channel阻害作用に基づく強力な脳血管収縮作用を有していることから、生理的な条件下での脳血流量調節因子として重要な役割を演じている。また、くも膜下出血後の脳血管縮にも関与していることが明らかとなっている(非特許文献4参照)。
【0006】
N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミド(N−(3−Chloro−4−morphlin−4−yl)phenyl−N’−hydroxyimidoformamide)は、20−HETE産生酵素の選択的かつ強力な阻害剤であり、特許文献1中の化合物302であり、下記の化学式で表される。
【0007】
【化1】

【0008】
N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドは、ラット一過性中大脳動脈閉塞モデルで脳梗塞体積縮小作用を示す(非特許文献5参照)。また、同モデルでの治療可能時間は虚血負荷後4時間であり、さらに発症後7日の神経脱落症状(感覚運動機能、バランス感覚、協調運動機能)を改善する(非特許文献6参照)。以上のことから、N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドは脳梗塞急性期に投与することにより、脳梗塞に起因する機能不全を改善することができる新しい作用機序を持った薬剤として期待できる。従って、脳梗塞急性期においてrt−PAによる血栓溶解療法に加え、N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドを併用投与することにより、さらに脳梗塞に対する治療効果を増強することが期待される。
【0009】
【特許文献1】WO01/32164号公報 化合物302
【非特許文献1】Stroke. 21, 637−676 (1990)
【非特許文献2】N Eng J Med. 333, 1581−1587 (1995)
【非特許文献3】Physio Rex. 82: 131−185 (2002)
【非特許文献4】Stroke. 34: 1269−1275 (2003)
【非特許文献5】J Pharmacol Exp Ther. 314:77−85 (2005)
【非特許文献6】Neuroscience 2003 abstract number 741.5 (2003)
【非特許文献7】J Neurosci Methods. 105: 45−53 (2001)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、脳梗塞治療、又は脳梗塞に起因する機能不全もしくは神経脱落症状の改善に優れ、且つ、副作用の少ない医薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、サル脳塞栓症モデルを用いて、rt−PA投与時にN−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドの併用による神経脱落症状の改善作用を検討した結果、N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドの併用は、N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミド単独使用に比較して優れた神経脱落症状改善効果を有することを見いだし、本発明を完成した。
【0012】
即ち、本発明は、
1.N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドと血栓溶解薬とを組み合わせてなる脳梗塞治療用の医薬、
2.N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドと血栓溶解薬とを組み合わせてなる脳梗塞に起因する機能不全を改善する医薬、
3.N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドと血栓溶解薬とを組み合わせてなる脳梗塞に起因する神経脱落症状を改善する医薬、
4.N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドの投与開始と同時から投与終了後4時間までの間に血栓溶解薬を投与することからなる上記1から3のいずれかに記載の医薬、
5.血栓溶解薬の投与開始と同時から投与終了後4時間までの間にN−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドを投与することからなる上記1から3のいずれかに記載の医薬、
6.血栓溶解薬がウロキナーゼ、アルテプラーゼ、チソキナーゼ、ナサルプラーゼ、ナテプラーゼ、パミナプラーゼ、モンテプラーゼ及びパトロキソビンから選ばれる1種以上である上記1から5のいずれかに記載の医薬、又は、
7.N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドが、スルホブチルエーテル β−シクロデキストリン又はその塩とからなる製剤である上記1から5のいずれかに記載の医薬である。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、脳梗塞、又は脳梗塞に起因する機能不全もしくは神経脱落症状の治療がより可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
脳梗塞患者とは、脳血流が血栓により遮断されることによる脳梗塞を発症し、かつ血栓溶解薬の投与を必要とする、あるいは投与されている患者を意味する。好ましくは、発症後48時間以内の脳梗塞急性期の患者であり、さらに好ましくは6時間以内であり、最も好ましくは3時間以内の脳梗塞急性期の患者である。ここで“発症”とは、脳梗塞に起因する神経症候が発生した時点、又は就寝中に脳梗塞が起こった場合は就寝時と定義され、医師による問診、診察、神経学的評価ならびに画像診断により医師により決定される時点をいう。
【0015】
本発明で言う“脳梗塞治療”とは、脳梗塞急性期における脳梗塞巣の進展防止効果、脳梗塞に起因する機能不全あるいは神経脱落症状あるいは自覚症状を改善する効果、及び/又は慢性期の精神症状や痙攣発作の発現の抑制を意味する。さらに脳梗塞発作の再発予防も含まれる。
【0016】
また、脳梗塞の程度は、診断時のCT(Computed Tomography)、MRI(Magnetic Resonance Imaging)、脳血管造影等による、あるいはそのいずれかによる所見により、病巣サイズ、病巣分布(穿通枝、皮質枝、脳深部)、閉塞部位(前大脳動脈領域、中大脳動脈領域、後大脳動脈領域、分水嶺領域、脳幹小脳、その他、あるいは、それらの左、右、両側の別)及び浮腫の程度によって分類できる。
【0017】
“脳梗塞に起因する機能不全”とは、脳梗塞急性期に発現する神経症候、日常生活動作障害、運動麻痺等を意味する。これらの症状は、神経学的評価(意識レベルの評価、瞳孔対称性と光反応、運動失調、感覚障害、不随意運動等の症状)や、modified Rankin Scale、Barthel Index、NIHSS、及びGlasgow Scaleを用いた神経機能と障害の程度の指標によって表すことができる。
【0018】
“脳梗塞に起因する神経脱落症状”とは、下記神経症候に挙げられた1つ又は2つ以上の項目について障害が認められる状態を意味する。
【0019】
“改善する”とは、上記症状の程度を表す指標あるいは客観的な評価が、薬剤投与前の状態と比較し、薬剤投与後一定期間の評価時点での指標あるいは評価が、1段階以上改善することを意味する。
具体的には、下記の項目I〜Vの臨床症状を観察し、数値化する。
I.意識レベル
II.自覚症状(頭痛・頭重感、めまい、四肢のしびれ感等)
III.精神症候(呼名・挨拶への反応、見当識、意欲、知識、計算力、声の調子、態度、自発動作、自発発語、注意等)
IV.神経症候(失語、失行、失認、構音障害、嚥下障害、運動麻痺側の筋力、感覚障害等)
V.日常生活動作障害(寝返り、坐位保持、起立、歩行、着脱衣、食事、排尿・排便等)
“同時”とは、N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドと血栓溶解薬との投与の開始が同時であることを意味する。
【0020】
但し、本発明の医薬において、N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドと血栓溶解薬の投与は同時でなくとも良く、またN−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドと血栓溶解薬の投与の順序は、限定されない。
【0021】
本発明の医薬は、N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドと血栓溶解薬のそれぞれの成分が独立した製剤を用い、併用療法に用いることが出来、それぞれを組み合わせて包装したキット等の形態であっても良く、また、それぞれが独立して販売されるものであってもよい。
【0022】
本発明において、N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドは、例えばWO01/32164号公報に記載の方法で合成することができる。N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドは、スルホブチルエーテル β−シクロデキストリン(SBE−β cyclodextrin)又はその塩とからなる製剤が好ましい。スルホブチルエーテル β−シクロデキストリン又はその塩は、β−シクロデキストリンをスルホブチル基による置換度が平均約7のものが好ましく、またその塩としては、ナトリウム塩が好ましい。
【0023】
血栓溶解薬は、ウロキナーゼ、アルテプラーゼ、デスモテプラーゼ、チソキナーゼ、ナサルプラーゼ、ナテプラーゼ、パミナプラーゼ、モンテプラーゼ、パトロキソビンなどであり、文献等の記載の方法に基づいて入手可能である。血栓溶解薬としては、好ましくは、アルテプラーゼであり、アルテプラーゼは、Genentech社によって開発された天然型rt−PAの一般名でありGenentech社からActivase(登録商標)として販売されており、入手可能である。
【0024】
本発明で用いるN−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドと血栓溶解薬を組み合わせてなる医薬は、各有効成分を別々に、生理学的に許容されうる担体、賦形剤、結合剤、希釈剤などと混合し、製剤化され、主に非経口投与、具体的には、皮下投与、筋肉内投与、静脈内投与、経皮投与、髄腔内投与、硬膜外、関節内、及び局所投与等、種々の投与形態で投与可能である。
【0025】
好ましくは、血栓溶解薬の投与開始と同時から投与終了後4時間までの間にN−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドを投与するか、又はN−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドの投与開始と同時から投与終了後4時間までの間に血栓溶解薬を投与する。
【0026】
N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドの治療有効量は症状、投与対象の年齢、性別等を考慮して個々の場合に応じて適宜決定されるが、通常成人1日あたり1〜400mg、好ましくは1日あたり120mg程度である。成人1日あたり1〜400mgを、1回で、あるいは2〜4回に分けて投与しても良い。静脈内投与や持続的静脈内投与の場合には、1日あたり1時間から24時間で投与しても良い。上記に示すとおり、投与量は種々の状態によって決められる。有効である場合は、上記の範囲よりも少ない投与量を用いることができる。好ましくは、血栓溶解薬投与と同時、或いは血栓溶解薬投与開始から1時間以内にN−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミド 0.3mg/kgを1〜5分かけて静脈内急速投与した後、1.0 mg/kg/hrを24時間かけて持続静脈内投与する。
【0027】
血栓溶解薬の投与量は、症状、投与対象の年齢、性別等を考慮して個々の場合に応じて適宜決定される。アルテプラーゼの場合、通常成人1日あたり50〜100mg、好ましくは0.9mg/kgである。投与方法は1日あたり50〜100mgを1回で、あるいは2〜4回に分けて投与しても良い。静脈内投与や、持続的静脈内投与の場合には、1日あたり1時間から24時間で投与しても良い。好ましくは全投与量(0.9mg/kg)の10%を1〜2分かけて静脈内急速投与し、残りを1時間かけて持続静脈内投与する。
【0028】
次に実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0029】
組み合わせキット:
N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミド1gとスルホブチルエーテル β−シクロデキストリン ナトリウム塩110gを量り、注射用蒸留水1Lを加え、攪拌機により分散後、ホモジナイザーを用い溶解した。その後、0.22μmのフィルターを用いて、ろ過滅菌した。本液10mLを20mL褐色バイアルに充填した後、バイアルのヘッドスペースを窒素置換後、打栓、巻締めを行い、薬物を1mg/mL含有する注射液を得た。血栓溶解薬としてアルテプラーゼ(GRTPA(登録商標)、三菱ウェルファーマ)は市販品を得た。これらを組み合わせ、キット化した。
【0030】
試験例
アルテプラーゼとN−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドの併用効果
【0031】
<実験方法>
1)塞栓モデルの作製
脳塞栓モデルの作製には、雄性カニクイザル(3.91〜5.93 kg:Guangdong Scientific Instruments & Materials Import / Export Corporation)を用いた。動物にケタミン(ケタラール50(登録商標)25 mg/kg, i.m.三共エール薬品株式会社)及びメデトミジン(ドミトール(登録商標)50μg/kg, i.m.Orion Corporation)を投与した。麻酔後、血餅注入のため、カニューレ(PE−90、日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)を直接左内頸動脈に挿入し、その他端は皮下を通して頸背部に導出し、カニューレにヘパリン(500 IU, 0.5 mL、清水製薬株式会社)を満たした後、ジャケット(Lomir Biomedical Inc.)のポケットに納めた。また被験物質の投与のため、カニューレ(PE−90)を左大腿静脈から後大静脈まで、採血用にカニューレ(PE−90)を左大腿動脈から後大動脈まで挿入し、その他端は皮下を通して背部に導出してカニューレにヘパリン(500 IU, 0.5 mL)を満たした後、ジャケットのポケットに納めた。手術による傷口は常法に従い、無菌下で縫合し、マイシリンゾル明治(ベンジルペニシリンプロカイン、硫酸ジヒドロストレプトマイシン混合、明治製菓株式会社)を筋肉内に0.05 mL/kgで投与した。術後、動物の回復に2日間を設定した。術後3日目、塞栓注入約3時間前に静脈血をカニューレ(PE−240、日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)に採取し、37℃で3時間インキュベーションして血餅を作製した。セボフルラン(セボフレン(登録商標)、丸石製薬株式会社)吸入麻酔下に、内頸動脈に留置したカニューレより血餅(直径約1 mm, 長さ10 cm)を注入し、さらに37℃に加温した生理食塩液(株式会社大塚製薬工場)1mLを追加注入した。
【0032】
2)薬物投与
アルテプラーゼ(GRTPA(登録商標)、三菱ウェルファーマ, 300,000 IU/kg)を、血餅注入1時間後に小型インフュージョンポンプを用いて、内頸動脈内に全投与量の10%を急速投与し、残りについては2時間の持続投与を行った。N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドは、血栓注入直後から小型インフュージョンポンプを用いて、左大腿静脈内に急速投与し(0.3mg/kg)、引き続き血餅注入24時間後まで、左大腿静脈内に持続投与した(1.0 mg/kg/hr)。媒体(11% SBE−β cyclodextrin)も同様にして投与した。また、血栓注入後アルテプラーゼを投与せずに、N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミド単独あるいはその媒体を単独投与した。その場合、N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドの投与用量及び投与方法は上記の通りであるが、投与の開始は、血栓注入1時間後からとした。
【0033】
<評価項目>
1)神経脱落症状
神経脱落症状を血餅注入前、血餅注入1、2、3、5、7、24時間後に観察した。神経脱落症状の観察はJapanese stroke scaleを参考にしたスコア(J Neurosci Methods. 105: 45−53 (2001))を使用して行った。なお、血餅注入1時間後に意識レベルあるいは筋の統合運動の項目で6点以下のスコアが観察された動物及び死亡例は除外した。
【0034】
2)統計学的手法
神経脱落症状の評点は平均値±標準誤差で示した。神経脱落症状の評点の比較は、2群間でMann−Whitney U検定を行った。有意水準を5%とし、これらの検定にはWindows(登録商標)版StatView(Ver5.0, SAS Institute Inc., Cary, NC, USA)を用いた。なお、検定は各時点について実施した。
【0035】
<結果>
1)神経脱落症状
神経脱落症状に対する作用の結果を図1及び2に示す。図1は、N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミド単独投与の神経脱落症状に対する作用を示す。媒体投与群では、血栓注入24時間後までほとんどスコアは改善しなかった(47.4 ± 1.0)。一方、N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドを血栓注入1時間後から投与した群では、24時間後の神経脱落症状スコアが媒体投与群に比較して有意に改善した(43.8 ± 0.8, p<0.05)。図2は、アルテプラーゼとN−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドの併用による神経脱落症状に対する作用を示す。アルテプラーゼと媒体の併用群では、血栓注入24時間後までほとんどスコアは改善しなかった(46.7 ± 1.2)。これに対し、N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドを併用した群では、血栓注入7時間後において同時点での媒体併用群と比較して、神経脱落症状の有意な改善が認められ(41.4 ± 2.2, p<0.05)、また、24時間後においては改善傾向を示した(40.6 ± 2.5, p=0.08)。個々の症状で解析すると意識レベルに関して、血栓注入24時間後において有意なスコアの改善が認められた(図3)。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明により、脳梗塞、又は脳梗塞に起因する機能不全もしくは神経脱落症状の優れた治療薬を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】サル脳塞栓症モデルにおけるN−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドの神経脱落症状に対する作用を示す。* p<0.05。
【図2】サル脳塞栓症モデルにおけるアルテプラーゼ及びN−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミド併用時の神経脱落症状に対する作用を示す。* p<0.05。
【図3】サル脳塞栓症モデルにおけるアルテプラーゼ及びN−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミド併用時の神経脱落症状のうち意識レベルに対する作用を示す。* p<0.05。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドと血栓溶解薬とを組み合わせてなる脳梗塞治療用の医薬。
【請求項2】
N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドと血栓溶解薬とを組み合わせてなる脳梗塞に起因する機能不全を改善する医薬。
【請求項3】
N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドと血栓溶解薬とを組み合わせてなる脳梗塞に起因する神経脱落症状を改善する医薬。
【請求項4】
N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドの投与開始と同時から投与終了後4時間までの間に血栓溶解薬を投与することからなる請求項1から3のいずれかに記載の医薬。
【請求項5】
血栓溶解薬の投与開始と同時から投与終了後4時間までの間にN−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドを投与することからなる請求項1から3のいずれかに記載の医薬。
【請求項6】
血栓溶解薬がウロキナーゼ、アルテプラーゼ、デスモテプラーゼ、チソキナーゼ、ナサルプラーゼ、ナテプラーゼ、パミナプラーゼ、モンテプラーゼ及びパトロキソビンから選ばれる1種以上である請求項1から5のいずれかに記載の医薬。
【請求項7】
N−(3−クロロ−4−モルホリン−4−イル)フェニル−N’−ヒドロキシイミドホルムアミドが、スルホブチルエーテル β−シクロデキストリン又はその塩とからなる製剤である請求項1から5のいずれかに記載の医薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−230968(P2008−230968A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−190985(P2005−190985)
【出願日】平成17年6月30日(2005.6.30)
【出願人】(000002819)大正製薬株式会社 (437)
【復代理人】
【識別番号】100066692
【弁理士】
【氏名又は名称】浅村 皓
【復代理人】
【識別番号】100072040
【弁理士】
【氏名又は名称】浅村 肇
【復代理人】
【識別番号】100114719
【弁理士】
【氏名又は名称】金森 久司
【復代理人】
【識別番号】100088926
【弁理士】
【氏名又は名称】長沼 暉夫
【Fターム(参考)】