説明

腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導剤、及び糖尿病治療剤

プレプログルカゴンペプチドの部分ペプチドであって、少なくともプレプログルカゴンペプチドの92位〜97位のアミノ酸配列を含む部分ペプチドを、糖尿病治療剤の有効成分とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導剤、及び同誘導剤を含む糖尿病治療剤に関する。本発明は、医薬及び医療分野で有用である。
【背景技術】
生活習慣病の中でも、特に糖尿病は患者数が多く、最も重大な社会的問題の1つと考えられている。この糖尿病状態をもたらす原因は複数あるが、血糖が上昇する直接の原因は、インスリン分泌低下かインスリン作用低下のいずれかに依存するところが大きい。
インスリン分泌を担っているのは、膵臓ランゲルハンス氏島に分布して存在するβ細胞である。β細胞はグルコース刺激が加わるとインスリンを分泌し、血中に放出する。インスリンは、筋肉細胞、脂肪細胞、肝臓細胞などに作用して血液中のグルコースを細胞内に取り込ませることにより、血糖値は一定に保たれる。糖尿病状態によって高い血糖値が持続すると、網膜、腎臓、神経、動脈などに特有の合併症を発症させる。
今日まで、主としてこの2つの作用点(インスリン分泌促進、及びインスリン作用促進)に着目した糖尿病治療薬が開発され、かなりの効果をあげているものもあるが、これらの治療法は、対症療法を越えるものではなく、病態を改善させることや、病態の進行を遅延させることはあるものの、抜本的な治療には至らない。例えば、インスリン分泌促進剤を作用させるとインスリン分泌は一過性に上昇するが、長期に薬剤使用を継続するとβ細胞が疲弊し、インスリン分泌能が不可逆的に減衰することが、現実の問題として指摘されている。したがって、糖尿病の病態進行にともなって低下したβ細胞のインスリン分泌機能を正常状態にもどすことは、β細胞そのものを正常状態に復元させることに他ならない。
また、生体内においてはインスリンと同じくグルコースの代謝に関与する種々のペプチドホルモンが存在する。なかでも膵臓および消化管において産生されるグルカゴン関連ペプチドは、インスリン同様血糖調節の観点から重要である。グルカゴン関連ペプチドは、前駆体であるプレプログルカゴンとして合成された後、臓器ごとに異なるプロセッシングを受け、膵臓では主としてグルカゴン、消化管ではGLP(glucagon−like peptide)−1とGLP−2が生成される。これらペプチドホルモンの主な生理作用としては、グルカゴンは肝臓におけるグリコーゲン分解による糖新生の促進、GLP−1は膵臓におけるインスリン分泌促進(インクレチン作用)、GLP−2は消化管機能調節が考えられている(例えば、Ann N Y Acad Sci 1988;527:168−85参照)。
この中で、GLP−1は、プレプログルカゴンペプチドの92位〜128位のアミノ酸配列を有する37アミノ酸からなるペプチド(GLP−1(1−37)と称することがある)として最初に同定されたが(例えば、Peptides 1981;2 Suppl 2:41−4参照)、その後、7番目のアミノ酸であるヒスチジンから始まる31アミノ酸のペプチド(GLP−1(7−37))およびそのアミド体が生体内での活性本体であり、インクレチンとして作用していることが明らかになった(例えば、J Clin Invest 1987 Feb;79(2):616−9;N Engl J Med 1992 May 14;326(20):1316−22)。GLP−1(7−37)もしくはその受容体アゴニストは、膵臓β細胞からのインスリン分泌促進を作用点とした糖尿病治療薬として期待されている。
GLP−1(1−37)は、インクレチンとしての活性が弱いことから、糖尿病治療薬としてもさることながら、インクレチンとしての研究対象としては、GLP−1(7−37)が主流となった。すなわち、本来のGLP−1はGLP−1(7−37)であり、GLP−1(1−37)は前駆体ペプチドからのプロセッシング過程で生じた単なる中間体と考えられているのが現状である(例えば、J Clin Invest 1987 Feb;79(2):616−9参照)。
最近、GLP−1(7−37)が、β細胞の前駆細胞に作用してインスリン陽性細胞へ分化誘導する作用が見出され、β細胞の復元すなわち膵臓機能の回復を目的とした再生医学的手法が注目されている(例えば、Endocrinology 2002 Aug;143(8):3152−61参照)。
大きく2つのアプローチ、すなわち、体外でβ細胞を増殖分化させて細胞移植する方法と、体内のβ細胞前駆細胞からβ細胞そのもの、もしくはインスリン産生細胞を分化誘導する方法、が検討されているが、治療方法としての確立をはかるためには、β細胞を分化誘導する方法を幅広く利用することが必須と言える。
【発明の開示】
本発明は、新規な糖尿病治療剤を提供すること、好ましくは、従来の糖尿病治療剤と異なる作用を有し、膵島機能が低下した場合においても有効な治療を可能とする糖尿病治療剤を提供することを課題とする。
本発明者は、上記課題を解決するために検討を行った結果、GLP−1(1−37)が、腸管細胞をインスリン産生細胞に変換誘導させることを見出し、さらにこの分化したインスリン産生細胞が血糖調節に有効であることを実証した。
具体的には、本発明者は、膵臓以外にもβ細胞の前駆細胞が存在する可能性を想定し、GLP−1の作用によってインスリン陽性に転換する細胞を様々な臓器で探索した。より具体的には、マウス胎児より臓器ごとに細胞を採取してインビトロ初代培養系に用い、GLP−1(7−37)又はGLP−1(1−37)共存下で8日間培養した後、抗インスリン抗体で染色し、陽性細胞の有無を調べた。
その結果、腸管由来細胞をGLP−1(1−37)の共存下で培養したときに限って、インスリン陽性細胞の出現が確認され、β細胞前駆細胞が膵臓以外にも存在することがはじめて示された。さらに、腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導に対し、GLP−1(1−37)が作用するのに対し、本来のGLP−1であるGLP−1(7−37)が無作用であることは、予想出来ない発見であった。このことは、膵外β細胞前駆細胞は膵β細胞前駆細胞と異なり、GLP−1(7−37)以外のシグナル分子によって惹起されることを示している。すなわちGLP−1(1−37)のN末端1−6アミノ酸配列(His Asp Glu Phe Glu Arg:配列番号2)の重要性を示唆している。
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
(1)プレプログルカゴンペプチドの部分ペプチドであって、少なくともプレプログルカゴンペプチドの92位〜97位のアミノ酸配列を含む部分ペプチドを有効成分として含有することを特徴とする、腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導剤。
(2)前記部分ペプチドが、下記(a)〜(j)のいずれかのアミノ酸配列を有し、かつ、腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導活性を有するペプチドである、(1)に記載の腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導剤。
(a)配列番号1のアミノ酸番号92〜97からなるアミノ酸配列。
(b)配列番号1のアミノ酸番号92〜117からなるアミノ酸配列。
(c)配列番号1のアミノ酸番号92〜124からなるアミノ酸配列。
(d)配列番号1のアミノ酸番号92〜128からなるアミノ酸配列。
(e)配列番号1のアミノ酸番号92〜179からなるアミノ酸配列。
(f)配列番号1のアミノ酸番号84〜97からなるアミノ酸配列。
(g)配列番号1のアミノ酸番号84〜117からなるアミノ酸配列。
(h)配列番号1のアミノ酸番号84〜124からなるアミノ酸配列。
(i)配列番号1のアミノ酸番号84〜179からなるアミノ酸配列。
(j)前記(b)〜(i)のアミノ酸配列において、数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入又は付加を含むアミノ酸配列。
(3)プレプログルカゴンペプチドの部分ペプチドであって、下記(k)又は(l)のいずれかのアミノ酸配列を有し、かつ、腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導活性を有するペプチドを有効成分として含有することを特徴とする、腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導剤。
(k)配列番号1のアミノ酸番号92〜128からなるアミノ酸配列。
(l)配列番号1のアミノ酸番号92〜128からなるアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入又は付加を含むアミノ酸配列。
(4)(1)〜(3)のいずれかに記載の腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導剤を含む糖尿病治療剤。
(5)腸管細胞に(1)〜(3)のいずれかに記載の腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導剤を作用させてインスリン産生細胞に変換した細胞を含む移植片。
(6)下記工程を含む腸管細胞のインスリン産生細胞への変換の誘導剤のスクリーニング法;
(a)腸管細胞を被検物質又は(1)〜(3)のいずれかに記載の変換誘導剤の存在下で培養する工程、
(b)培養後の細胞について、インスリン産生細胞のマーカーの発現を測定する工程、および
(c)被検物質存在下での前記マーカーの発現と、前記変換誘導剤存在下での前記マーカーの発現とを比較する工程。
(7)下記工程を含む腸管細胞のインスリン産生細胞への変換の阻害剤のスクリーニング法。
(a’)腸管細胞を、(1)〜(3)のいずれかに記載の腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導剤、及び被検物質の存在下で培養する工程、及び
(b’)培養後の細胞について、インスリン産生細胞のマーカーの発現を測定する工程。
(8)下記工程を含む、腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導活性を有するプレプログルカゴンペプチドの部分ペプチドに対する受容体を探索する方法;
(a’’)動物由来の遺伝子を動物細胞に遺伝子導入する工程、
(b’’)(a’’)で得られた遺伝子導入細胞に、(1)〜(3)のいずれかに記載の腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導剤を作用させ、同誘導剤中のペプチドと遺伝子導入細胞との結合、又は、遺伝子導入細胞の変化を観察する工程。
【図面の簡単な説明】
図1は、培養腸細胞に対するGLP−1(1−37)の効果を示すRT−PCRの結果を示す図(写真)。
insulin I:プレプロインスリンI
insulin II:プレプロインスリンII
glucagon:プレプログルカゴンpdx−1:
pdx−1:膵十二指腸ホメオボックス1(pancreas duodenal homeobox 1)
ngn3:ニューロゲニン3
HPRT:ヒポキサンチンホスホリボシルトランスフェラーゼ
【発明を実施するための最良の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導剤(以下、「変換誘導剤」ともいう。)は、プレプログルカゴンペプチドの部分ペプチドであって、腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導作用を有するペプチド(以下、「本発明のペプチド」ということがある)を有効成分とする。本発明のペプチドは、少なくともプレプログルカゴンペプチドの92位〜97位に相当するアミノ酸配列(His Asp Glu Phe Glu Arg:配列番号2)を含むことを特徴としている。本発明のペプチドの配列の基となるプレプログルカゴンペプチドの配列として、由来は特に制限されないが、ヒト、サル、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、ブタ、ヒツジ、ウマ、ウシ等の哺乳動物、ニワトリ等の鳥類等が挙げられる。これらの中では、哺乳動物由来の配列が好ましい。ヒトのプレプログルカゴンペプチドのアミノ酸配列を、配列表の配列番号1に示す(GenBank/EMBL/DDBJ accession J04040)。
本発明のペプチドは、前記配列番号2に示すアミノ酸配列を含み、かつ、腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導活性を有するものであれば、特に制限されず、プレプログルカゴンペプチドの部分配列を有するペプチド、又はその一部の配列を改変した誘導体であってよい。前述したように、プレプログルカゴンは複雑なプロセッシングを受けて種々のペプチドが生成され、配列番号2に示すアミノ酸配列を含むペプチドとして薬理作用が報告されているものとして、GLP−1(1−37)とMPGF(プレプログルカゴンペプチドの84−179のアミノ酸からなるペプチド)がある(Pancreas 1990 Jul;5(4):484−8)が、その他に多くのプロセッシング中間体ペプチドが存在するものと推測される。本発明は、配列番号2に示すアミノ酸配列の重要性を見出したものであり、GLP−1(1−37)以外のプレプログルカゴン由来のペプチドであっても、前記配列を含むペプチドは、同様の効果を有すると期待される。
本発明のペプチドとして具体的には、下記(a)〜(i)のいずれかのアミノ酸配列を有し、かつ、腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導活性を有するペプチドが挙げられる。
(a)配列番号1のアミノ酸番号92〜97からなるアミノ酸配列。
(b)配列番号1のアミノ酸番号92〜117からなるアミノ酸配列。
(c)配列番号1のアミノ酸番号92〜124からなるアミノ酸配列。
(d)配列番号1のアミノ酸番号92〜128からなるアミノ酸配列。
(e)配列番号1のアミノ酸番号84〜97からなるアミノ酸配列。
(f)配列番号1のアミノ酸番号84〜117からなるアミノ酸配列。
(g)配列番号1のアミノ酸番号84〜124からなるアミノ酸配列。
(h)配列番号1のアミノ酸番号84〜179からなるアミノ酸配列。
上記ペプチドの中では、プレプログルカゴンペプチドの92位〜128位からなるアミノ酸配列を有するペプチドが好ましい。具体的には、前記(d)のアミノ酸配列を有するペプチドが挙げられる。このペプチドが、「GLP−1(1−37)」に相当する。
本発明において、「腸管細胞のインスリン産生細胞への変換」とは、腸管を構成する細胞のうち、潜在的にインスリン産生細胞に変換する能力を有する細胞又はその一部がインスリン産生細胞へ変換することをいい、すべての腸管細胞がインスリン産生細胞に変換することを要しない。
本発明のペプチドは、腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導活性を有する限り、前記(a)〜(h)のアミノ酸配列において、1〜8個、好ましくは1〜5個、より好ましくは1〜3個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入又は付加を含むアミノ酸配列を有するペプチドであってもよい。また、前記1又は2以上のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入又は付加は、ペプチドの全長の20%以下、好ましくは15%以下、より好ましくは10%以下であることが望ましい。
この際、1又は2以上のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入又は付加の例としては、GLP−1(7−37)の誘導体として知られているペプチドに配列番号2に示すアミノ酸配列が付加されてなるものが挙げられる。例えば、米国特許第6,583,111号に記載のGLP−1(7−37)誘導体に配列番号2に示すアミノ酸配列が付加されてなるものが挙げられる。GLP−1(7−37)誘導体としては、下記表に示す置換例が挙げられる。

また、1又は2以上のアミノ酸欠失の例としては、C末端アミノ酸が1〜3個欠失したものが挙げられる。具体的には、GLP−1(1−34)、GLP−1(1−35)、GLP−1(1−36)が挙げられる。また、これらの誘導体には、N末端アミノ酸がアシル化、又はアルキル化されたものや、N末端アミノ酸及び/又はN末端から2番目のアミノ酸が対応するD−アミノ酸に置換されたもの、末端ヒスチジン残基がイミダゾール系置換基に変換されたものも含まれる。アシル化の例としては、34位のLys残基側鎖に直鎖状又は分岐状の炭素原子6〜10個有するアシル基を付与したものが挙げられ、イミダゾール系置換基の例としては、下記の置換基が挙げられ、好ましくは4−イミダゾプロピオニル基である(米国特許第5,512,549号参照)。

また、これらの誘導体には、C末端アミノ酸残基のカルボニル基が、アルコール基に置換されたものや、C末端アミノ酸残基がアミノ基に置換されたものも含まれる。
また、本発明のペプチドの末端アミノ酸残基及び/又はその他のアミノ酸残基の側鎖は、アミノ基および/またはカルボキシル基の両方又はいずれかが適当な保護基を有している形態であってもよい。保護基の形成及び除去については公知の方法を適用することができる。
代表的なアミノ保護基としては、例えば、アシル基、ホルミル基、アセチル基、イソプロピル基、ブトキシカルボニル基、フルオレニルメトキシカルボニル基、カルボベンジルオキシ基等が挙げられ、N末端アミノ酸残基や塩基性アミノ酸残基側鎖中のアミノ基が好適に保護される。また、代表的なカルボキシル保護基としては、例えばベンジルエステル、メチルエステル、t−ブチルエステル、p−ニトロフェニルエステル等が挙げられ、C末端アミノ酸残基や酸性アミノ酸残基側鎖中のアミノ基が好適に保護される。
また、本発明のペプチドは塩の形態を包含する。本発明のペプチドが塩の形態を成し得る場合、その塩は医薬的に許容しうるものであればよく、例えば、式中のカルボキシル基等の酸性基に対しては、アンモニウム塩、ナトリウム、カリウム等のアルカリ金属との塩、カルシウム、マグネシウム等のアルカリ土類金属との塩、アルミニウム塩、亜鉛塩、トリエチルアミン、エタノールアミン、モルホリン、ピロリジン、ピペリジン、ピペラジン、ジシクロヘキシルアミン等の有機アミンとの塩、アルギニン、リジン等の塩基性アミノ酸との塩が挙げることができる。式中に塩基性基が存在する場合の塩基性基に対しては、塩酸、硫酸、リン酸、硝酸、臭化水素酸などの無機酸との塩、酢酸、クエン酸、安息香酸、マレイン酸、フマル酸、酒石酸、コハク酸、タンニン酸、酪酸、ヒベンズ酸、パモ酸、エナント酸、デカン酸、テオクル酸、サリチル酸、乳酸、シュウ酸、マンデル酸、リンゴ酸等の有機カルボン酸との塩、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸等の有機スルホン酸との塩が挙げることができる。
上記で具体的に配列を示したペプチド以外のペプチドについては、後述する本発明の「腸管細胞のインスリン産生細胞への変換の誘導剤のスクリーニング法」によって、作用を確認することができる。
本発明のペプチドは、例えば、化学的なペプチド合成法、例えば固相合成法等によって製造することができる。また、本発明のペプチドは、同ペプチドをコードするDNAを用いた遺伝子組換え技術を利用して、大腸菌、酵母、昆虫細胞、動物細胞などで発現させるにより、組換えペプチドとして製造することもできる。前記DNAは、宿主のコドン使用頻度に応じて配列を設計し、通常のDNAの化学合成法にしたがって、取得することができる。
例えば、大腸菌を用いる場合は、本発明のペプチドをコードするDNA配列を、プロモーター配列、例えばトリプトファン合成酵素オペロン(trp)プロモーター、ラクトースオペロン(lac)プロモーター、ラムダファージプロモーター、tacプロモーター、T7ファージプロモーターなどに連結し、好ましくはさらにリボゾーム結合配列、例えばシャイン−ダルガルノ配列(SD配列)や、転写終結因子などを付加し、適当なベクターを用いて大腸菌を形質転換する。得られた形質転換体を、プロモーターが機能する条件で培養することによって、本発明のペプチドが得られる。尚、組換え体として本発明のペプチドを製造する場合は、前記の(a)〜(h)の配列のN末端にメチオニン残基が付加されていてもよい。
また、本発明のペプチドは、直接目的とする配列を有するペプチドそのものを発現させてもよく、他の蛋白質との融合蛋白質として発現させてもよい。また封入体として菌体内に蓄積させても良く、可溶型として菌体内に蓄積させてもよく、あるいは菌体外に分泌させてもよい。融合蛋白質としては、マルトース結合蛋白質(Maltose Binding Protein)、グルタチオンS−トランスフェラーゼ(Glutatione S−Tranferase)、ヒスチジン−タグ(His−Tag)等との融合蛋白質が挙げられる。
また、本発明のペプチドは、血中クリアランスを延長するための修飾が施されたものであっても良い。例えばポリオキシアルキルポリオール基がペプチド中の反応性の基に結合したものであっても良い。好ましくはポリオキシアルキルポリオール基はポリエチレングリコール基である。
培養物から本発明のペプチドを精製するには、通常のペプチドの精製法、例えば塩析、イオン交換クロマトグラフィー、遠心分離などにより、行うことができる。また、DNAの化学合成、DNA断片とベクターとの連結、形質転換等の方法は、当業者によく知られている通常の方法を採用することができる。これらの方法は、例えば、Sambrook,J.,Fritsch,E.F.,and Maniatis,T.,”Molecular Cloning A Laboratory Manual,Third Edition”,Cold Spring Harbor Laboratory Press,(2001)等に記載されている。
本発明のペプチドを含む、腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導剤を腸管細胞に作用させることにより、腸管細胞のインスリン産生細胞への変換を誘導することができる。具体的には、腸管細胞を、本発明のペプチド、及び必要に応じて成長因子の存在下で培養する。腸管細胞としては、例えば十二指腸、小腸(空腸、回腸を含む)、大腸(盲腸、結腸、直腸を含む)由来の細胞が含まれる。これらの細胞は、哺乳動物の腸管より採取した細胞であれば特に限定されないが、小腸細胞が好ましい。採取の方法としては、例えば後記実施例に示す分離方法が挙げられるが、これに限定されるものではない。腸管細胞をインスリン産生細胞へ変換誘導する際の本発明のペプチドの濃度としては、1nm/l〜1000nm/lが好ましい。
上記のようにして得られるインスリン産生細胞は、糖尿病に罹患したヒト又は動物の治療用の移植片として使用することができる。したがって、本発明は、このようにして得られる移植片をヒト又は動物体内に移植する、糖尿病の治療方法を提供する。
また、本発明のペプチドを、ヒトをはじめ、サル、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、ブタ、ヒツジ、ウマ、ウシ等種々の哺乳動物に投与することにより、腸管細胞のインスリン産生細胞への変換を誘導することができる。このようなインスリン産生細胞の誘導は、糖尿病の予防、治療に有効である。したがって、本発明は、本発明のペプチドを用いた糖尿病の予防、又は治療法、及び、本発明のペプチド又は変換誘導剤を含む糖尿病の予防又は治療剤(以下、併せて「糖尿病治療剤」という)を提供する。
以下、本発明の変換誘導剤及び糖尿病治療剤について説明する。
本発明の変換誘導剤、及び糖尿病治療剤の剤型としては、注射剤、舌下剤、吸入剤、経皮パップ剤、錠剤、カプセル剤、細粒剤、シロップ剤、座薬、軟膏剤、点眼剤等が挙げられる。これらのうちでは、注射剤、舌下剤、経皮パップ剤が好ましい。また、剤型に応じて、製剤上許容される賦形剤、例えば、乳糖、バレイショデンプン、炭酸カルシウム、又はアルギン酸ナトリウム等を配剤してもよい。さらに、通常製剤に用いられるその他の材料、例えば血清アルブミン等の蛋白質、緩衝作用、浸透圧調整のための塩、担体、賦型剤等の成分を配合しても良い。注射剤の場合には、溶媒として注射用蒸留水、生理食塩水、リンゲル液等が使用され、これに分散剤を添加してもよい。
変換誘導剤又は糖尿病治療剤に含まれる本発明のペプチドは、1種でもよく、2種以上の混合物であってもよい。
本発明の糖尿病治療剤の投与量としては、当該疾患の処置に必要な量であれば特に限定されない。具体的には、前記量は、そのような処置を必要とする対象の種、年齢、性別、体重、経口もしくは非経口(例えば、静脈内、皮下、筋肉内、坐薬、注腸、軟膏、貼布、舌下、点眼等)のルート等の条件によって変化するが、一般には、ヒトの静脈投与では、成人1人1日当り、本発明のペプチドの量として、0.1μg/kg〜10mg/kgの範囲であり、好ましくは、1μg/kg〜1mg/kgの範囲が挙げられる。
本発明の糖尿病治療剤は、糖尿病および関連する耐糖機能低下を伴う疾患の治療、予防に有用であるが、このような疾患としては、例えば、I型糖尿病(インスリン依存糖尿病)、II型糖尿病(インスリン非依存糖尿病)、栄養不良関連糖尿病、特定の病態や症候群に伴う別のタイプの糖尿病、などの糖尿病や、耐糖機能障害、妊娠糖尿病などを挙げることができるが、これらに限定されることはなく、広く糖尿病に適用される。本発明の糖尿病治療剤は、腸管細胞に作用してインスリン産生細胞への変換を誘導し、同細胞からインスリンを分泌させ得ると考えられることから、特に、膵機能が低下した患者に対しても有効であると期待される。
また、本発明の変換誘導剤または糖尿病治療剤は、通常用いられる糖尿病治療剤と併用して用いることもできる。通常用いられる糖尿病治療剤とは、例えば、インスリン製剤、インスリン誘導体、インスリン様作用剤、インスリン分泌促進剤、インスリン抵抗性改善剤、ビグアナイド剤、糖新生阻害剤、糖吸収阻害剤、腎糖再吸収阻害剤、β3アドレナリン受容体アゴニスト、グルカゴン様ペプチド−1(7−37)、グルカゴン様ペプチド−1(7−37)類縁体、グルカゴン様ペプチド−1受容体アゴニスト、ジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤、アルドース還元酵素阻害剤、終末糖化産物生成阻害剤、グリコーゲン合成酵素キナーゼ−3阻害薬、グリコーゲンホスホリラーゼ阻害薬、抗高脂血症薬、食欲抑制剤、リパーゼ阻害薬、血圧降下剤、末梢循環改善薬、抗酸化剤、糖尿病性神経障害治療薬などの1種又は2種以上の組む合わせや混合物が挙げられる。
組み合わせて使用される薬剤の具体的な化合物や処置すべき好適な疾患について下記の通り例示するが、本発明の内容はこれらに限定されるものではなく、具体的な化合物においてはそのフリー体、及び/又はその他の薬理学的に許容される塩を含む。
インスリン製剤としては、NPH、レンテ、ウルトラレンテ、経肺吸収可能なインスリンなどが挙げられる。
インスリン誘導体とは、インスリンから誘導されるタンパク質又はペプチドでインスリン作用を保持しているものをいい、例えばリスプロ、B10Asp、グラルギン(glargine)などが挙げられる。
インスリン様作用剤とは、細胞への糖取り込み促進作用などのインスリンの生理作用を、ある程度インスリンに依存せずに発揮することによって、血糖降下作用を発揮する、インスリン誘導体以外のものをいい、例えばインスリン受容体キナーゼ刺激薬(例えばL−783281、TER−17411、CLX−0901、KRX−613など)、バナジウムなどが挙げられる。
インスリン分泌促進剤とは、膵臓β細胞に作用し、血液中へのインスリン分泌を増加させることによって、血糖降下作用を発揮するものをいい、例えばスルホニルウレア剤(例えば、トルブタミド、クロルプロパミド、トラザミド、アセトヘキサミド、グリクラジド、グリメピリド、グリピジド、グリベンクラミド(グリブリド)など)、メグリチニド類(例えば、ナテグリニド、レパグリニド、ミチグリニドなど)、スルホニルウレア剤・メグリチニド類以外のATP感受性カリウムチャネル阻害剤(例えばBTS−67−582など)などが挙げられる。
インスリン抵抗性改善剤とは、インスリンの標的組織におけるインスリンの作用を増強することによって、血糖降下作用を発揮するものをいい、例えば、ペルオキシソーム増殖薬活性化受容体(PPAR)γアゴニスト(例えば、ピオグリタゾン、ロシグリタゾン、トログリタゾン、シグリタゾンなどのチアゾリジンジオン系化合物、あるいはGI−262570、GW−1929、JTT−501、YM−440などの非チアゾリジンジオン系化合物など)、PPARγアンタゴニスト(例えばビスフェノールAジグリシジルエーテル(bisphenol A diglycidyl ether)、LG−100641など)、PPARαアゴニスト(クロフィブラート、ベザフィブラート、クリノフィブラートなどのフィブラート系化合物、あるいは非フィブラート系化合物など)、PPARα/γアゴニスト(例えばKRP−297など)、レチノイドX受容体アゴニスト(例えばLG−100268など)、レチノイドX受容体アンタゴニスト(例えばHX531など)、プロテインチロシンホスファターゼ−1B阻害剤(例えばPTP−112など)などが挙げられる。
ビグアナイド剤とは、肝臓における糖新生抑制作用や組織での嫌気的解糖促進作用あるいは末梢におけるインスリン抵抗性改善作用などによって、血糖降下作用を発揮するものをいい、例えば、メトホルミン、フェンホルミン、ブホルミンなどが挙げられる。
糖新生阻害剤とは、主に糖新生を阻害することによって、血糖降下作用を発揮するものをいい、例えば、グルカゴン分泌抑制剤(例えばM&B 39890Aなど)、グルカゴン受容体アンタゴニスト(例えばCP−99711、NNC−92−1687、L−168049、BAY27−9955など)、グルコース−6−ホスファターゼ阻害剤などが挙げられる。
糖吸収阻害剤とは、食物中に含まれる炭水化物の消化管における酵素消化を阻害し、体内への糖の吸収を阻害又は遅延することによって、血糖降下作用を発揮するものをいい、例えば、α−グルコシダーゼ阻害剤(例えばアカルボース、ボグリボース、ミグリトールなど)、α−アミラーゼ阻害剤(例えばAZM−127など)などが挙げられる。
腎糖再吸収阻害剤とは、腎尿細管中の糖の再吸収を阻害することによって、血糖降下作用を発揮するものをいい、例えば、ナトリウム依存性グルコース輸送体阻害剤(例えばT−1095、フロリジンなど)などが挙げられる。
β3アドレナリン受容体アゴニストとは、脂肪におけるβ3アドレナリン受容体を刺激し、脂肪酸酸化を亢進させてエネルギーを消費させることによって、肥満症、高インスリン血症の改善作用を発揮するものをいい、例えば、CL−316243、TAK−677などが挙げられる。
グルカゴン様ペプチド−1(7−37)類縁体としては、例えば、エキセンジン−4、NN−2211などが挙げられ、グルカゴン様ペプチド−1(7−37)受容体アゴニストとしては、例えば、AZM−134などが挙げられ、ジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤としては、例えば、NVP−DPP−728などが挙げられる。グルカゴン様ペプチド−1(7−37)類縁体、グルカゴン様ペプチド−1(7−37)受容体アゴニスト、ジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤及びグルカゴン様ペプチド−1(7−37)は細胞におけるグルカゴン様ペプチド−1(7−37)の作用を模倣又は増強することによって、糖尿病改善作用を発揮するものをいう。
アルドース還元酵素阻害剤とは、糖尿病性合併症の処置に好ましいもののうち、糖尿病性合併症を発症する組織において認められる、高血糖状態の持続に起因するポリオール代謝経路の亢進によって過剰に蓄積される細胞内ソルビトールを、アルドース還元酵素を阻害することによって低下させるものをいい、例えば、エパルレスタット、トルレスタット、フィダレスタット、ゼネレスタットなどが挙げられる。
終末糖化産物生成阻害剤とは、糖尿病性合併症の処置に好ましいもののうち、糖尿病状態における高血糖状態の持続によって亢進する終末糖化産物の生成を阻害することによって細胞障害を軽減させるものをいい、例えば、NNC−39−0028、OPB−9195などが挙げられる。
グリコーゲン合成酵素キナーゼ−3阻害薬としては、例えば、SB−216763、CHIR−98014などが挙げられ、グリコーゲンホスホリラーゼ阻害薬としては、例えばCP−91149などが挙げられる。
抗高脂血症薬としては、例えば、ヒドロキシメチルグルタリルコエンザイムA(HMGCoA)還元酵素阻害剤(例えばプラバスタチン、シンバスタチン、フルバスタチン、アトルバスタチンなど)、フィブラート系薬剤(例えばクロフィブラート、ペザフィブラート、シンフィブラートなど)、胆汁酸排泄促進薬などが挙げられる。
食欲抑制薬としては、例えば、シブトラミン、マジンドールなどが挙げられ、リパーゼ阻害薬としては、例えば、オルリスタットなどが挙げられる。
血圧降下剤としては、例えば、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(例えばカプトプリル、アラセプリルなど)、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(例えばカンデサルタンシレキセチル、バルサルタンなど)、カルシウム拮抗薬(例えばシルニジピン、アムロジピン、ニカルジピンなど)、利尿薬(例えばトリクロルメチアジド、スピロノラクトンなど)、交感神経遮断薬(例えばクロニジン、レセルピンなど)などが挙げられる。
末梢循環改善薬としては、例えば、イコサペント酸エチルなどが挙げられる。抗酸化剤としては、例えば、リポ酸、プロブコールなどが挙げられる。
糖尿病性神経障害治療薬としては、例えば、メコバラミン、塩酸メキシレチンなどが挙げられる。
本発明のペプチドは、腸管細胞のインスリン産生細胞への変換の誘導剤のスクリーニングに利用することができる。本発明によって、腸管細胞をインスリン産生細胞に変換することが可能となったので、腸管細胞を用いて変換誘導剤をスクリーニングすることができる。その際に、本発明のペプチドは、陽性コントロールとして使用される。具体的には、スクリーニングは、例えば以下の工程により行われる。
(a)腸管細胞を被検物質の存在下で培養する工程、
(b)培養後の細胞について、インスリン産生細胞のマーカーの発現を測定する工程、および
(c)被検物質存在下での前記マーカーの発現と、前記変換誘導剤存在下での前記マーカーの発現とを比較する工程。
前記スクリーニング法に使用する腸管細胞は、哺乳動物の腸管より採取した細胞であれば特に限定されないが、後記実施例に示す方法で分離された小腸細胞が好ましい。該細胞と被検物質又は変換誘導剤との反応は、通常、35〜40℃、数時間〜数十日、好ましくは、36.5〜37.5℃で、1〜20日間培養する。被検物質又は変換誘導剤との反応後、該細胞のインスリン産生細胞への変換の有無、及び状況を調べる。
腸管細胞がインスリン産生細胞に変換したか否かは、そのインスリン産生細胞マーカーの発現を測定することにより確認することができる。ここでインスリン産生細胞マーカーとは、インスリン産生細胞において特異的に発現、産生(分泌)している蛋白質又はそれをコードする遺伝子であって、例えばインスリンの産生及び分泌を調べることにより確認できる。また、膵内分泌細胞分化を制御する転写因子群[ニューロゲニン(neurogenin)3(ngn3)、neuroD/BETA2、pax−4、Nkx6.1、肝細胞核因子(hepatocyte nuclear factor)6(HNF−6)]も、前記マーカーとして使用することができる。
本発明のペプチドは、腸管細胞のインスリン産生細胞への変換の阻害剤のスクリーニングにも利用することができる。このスクリーニングは、例えば以下の工程により行われる。
(a’)腸管細胞を、本発明のペプチド、及び被検物質の存在下で培養する工程、及び
(b’)培養後の細胞について、インスリン産生細胞のマーカーの発現を測定する工程。
さらに、本発明のペプチドは、腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導活性を有するプレプログルカゴンペプチドの部分ペプチドに対する受容体を探索する方法に利用することができる。この方法は、例えば以下の工程により行われる。
(a’’)動物由来の遺伝子を動物細胞に遺伝子導入する工程、
(b’’)(a’’)で得られた遺伝子導入細胞に、本発明のペプチドを作用させ、同誘導剤中のペプチドと遺伝子導入細胞との結合、又は、遺伝子導入細胞の変化を観察する工程。
【実施例】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明の範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
<実施例1>各種組織由来細胞に対する本発明のペプチドの作用
胎生17.5日マウスの各種組織の細胞を、GLP−1(1−37)(10nmol/l)またはGLP−1(7−37)(10nmol/l)添加群と、非添加コントロール群に分けて培養し、培養8日後にインスリンおよびグルカゴンに対する抗体を用いて二重染色を行った。具体的には、以下のようにして行った。
膵臓、肝臓、胃、十二指腸、小腸(空腸、回腸、結腸を含む)の組織標本を、胎生17.5日のC57BL/6マウスより顕微鏡下で採取した。これらの組織を、5mMのCaCl(pH7.4)と0.1%のコラゲナーゼを含有するハンクス液(Hanks Balanced Solution、Gibco BRL社、Ca不含)に浸漬し、10〜20分間37℃でインキュベートした後、静かにピペッティングして消化した。
得られた細胞を培地で洗浄した後、6ウェル組織培養用プレートに、5×10細胞/cmの細胞密度にして播種し、培養開始24時間後に、GLP−1(1−37)或いはGLP−1(7−37)を添加した。更に8日間培養を続けた後、リン酸緩衝液(以下、「PBS」という)で3回洗浄し、4%パラホルムアルデヒド−リン酸緩衝液に5分間、25%アセトン/メタノールに1分間浸漬して固定した。尚、GLP−1(1−37)及びGLP−1(7−37)は、シグマ(SIGMA)より購入した。
引続き、各ウェルを0.05% Tween20/PBSで洗浄し、0.2% Triton X100に1時間浸漬した。その後、抗インスリンヤギ抗体(Santa Cruz)と抗グルカゴンマウス抗体(Sigma)を各ウェルに加え、4℃で16時間インキュベートした後、ウェルを洗浄し、Alexa488を結合した抗ヤギIgGロバ抗体(Molecular Probes)、又はCy3を結合した抗マウスIgGロバ抗体(Jackson ImmunoResearch Laboratories Inc.)を各ウェルに加え、4℃で4時間インキュベートした。ウェルを洗浄した後、レーザースキャン顕微鏡(Zeiss LSM510)を用いて細胞を観察し、インスリン及びグルカゴンの産生を調べた。
その結果、膵臓、胃、肝臓、及び十二指腸の細胞では、GLP−1(1−37)添加群、GLP−1(7−37)添加群及び非添加群との間で、インスリン陽性細胞数及びグルカゴン陽性細胞の相違は観察されなかった。一方、腸細胞では、GLP−1(1−37)添加群においてのみインスリン陽性細胞が観察された。また、それらインスリン陽性細胞のすべてはグルカゴン共陽性であった。
<実施例2>胎仔マウスへのin vivo GLP−1(1−37)投与の影響
妊娠マウスに対し、胎生10.5〜17.5日までの7日間、毎日同時刻にGLP−1(1−37)(10nmol)を腹腔内注射した。出生後、新生仔マウスの小腸と大腸の組織切片を、インスリンおよびグルカゴンに対する抗体を用いて二重染色を行った。具体的には以下のようにして行った。
小腸(空腸と回腸を含む)及び大腸の各組織を、4%パラホルムアルデヒド−リン酸緩衝液中に、4℃で一夜浸漬した後、O.C.T.コンパウンドに包埋し、切片標本を作製した。切片標本を乾燥し、アセトン固定した後、−20℃で一夜乾燥し、PBS−Tween 20で洗浄した後、0.2% Triton X100に1時間浸漬した。その後、抗インスリンヤギ抗体(Santa Cruz)又は抗グルカゴンマウス抗体(Sigma)、及びAlexa488を結合した抗ヤギIgGロバ抗体、又はCy3を結合した抗マウスIgGロバ抗体を用いて、インスリンおよびグルカゴンの免疫染色を行った。
その結果、どちらの組織においても、腸上皮の全般にわたりインスリン陽性の腸上皮細胞が多数観察された。インスリン陽性細胞の数は、大腸よりも小腸の方が多かった。
<実施例3>インスリン陽性細胞の糖尿病モデルマウスへの移植試験
胎生14.5日のマウスから採取した空腸を、タイプIコラーゲンゲル(Nitta Gelatin Inc.)に包埋して、50nMのGLP−1(1−37)および50nMのPDGF存在(Platelet Derived Growth Factor)下で器官培養を行った。培養液中のインスリンは、マウスインスリン検出キット(Shibayagi)を用い、添付プロトコールに従って測定した。その結果、インスリンの分泌が認められた。
器官培養開始2日目の空腸を、糖尿病モデルマウスの腹腔内に移植した。同マウスは、移植3日前に200mg/kgのストレプトゾトシン(以下、「STZ」という)を投与してI型糖尿病モデルにしたもので、血糖値が300−350mg/dlとなったものである。同様にして、GLP−1(1−37)非存在下で培養した空腸細胞を糖尿病モデルマウスに移植した。
その結果、GLP−1(1−37)で処理した空腸細胞を移植したマウスでのみ、血糖値の低下が観察され、移植4週後には125−225mg/dl、8週後には75−100mg/dlまで低下した。
<実施例4>分化細胞の詳細な解析
培養腸細胞に対するGLP−1(1−37)の効果を、定量的PCR法を用いて、以下に示すように詳細に解析した。
<1>GLP−1(1−37)の濃度依存的効果
GLP−1(1−37)の濃度を0、5、10、50nmol/lの4種類に分けて、実施例3と同様にして空腸の器官培養を行い、培養8日後にインスリン遺伝子(プレプロインスリンI、プレプロインスリンII)、及び膵内分泌細胞分化を制御する転写因子群[ニューロゲニン(neurogenin)3(ngn3)、neuroD/BETA2、pax−4、Nkx6.1、肝細胞核因子(hepatocyte nuclear factor)6(HNF−6)]、並びに、GLP−1受容体(GLP−1R)、プレプログルカゴン、膵十二指腸ホメオボックス(pancreas duodenal homeobox)1(pdx−1)、及びポジティブコントロールとして、ヒポキサンチンホスホリボシルトランスフェラーゼ(hypoxanthine phosphoribosyltransferase,HPRT)の発現量を、RT−PCRにより解析した。
RT−PCRは、文献(Hepatology.32:1230−1239)に記載の方法に従い、以下のプライマーを用いて行った。
GLP−1R(配列番号3、4)、プレプロインスリンI(配列番号5、6)、プレプロインスリンII(配列番号7、8)、プレプログルカゴン(配列番号9、10)、pdx−1(配列番号11、12)、ngn3(配列番号13、14)、neuroD(配列番号15、16)、pax−4(配列番号17、18)Nkx6.1(配列番号19、20)、HNF−6(配列番号21、22)、HPRT(配列番号23、24)。
その結果、GLP−1(1−37)を低濃度(5nmol/l)加えるだけで、インスリン遺伝子の発現が認められた(図1)。また、インスリン遺伝子発現と一致して、膵内分泌細胞分化を制御する転写因子群の発現上昇が観察された。
一方で、GLP−1(1−37)添加群におけるGLP−1受容体(GLP−1R)、プレプログルカゴン、膵十二指腸ホメオボックス(pancreas duodenal homeobox)1(pdx−1)の発現は、GLP−1(1−37)非添加群に比べ変化はなかった。
<2>GLP−1機能阻害実験
GLP−1(1−37)(10nmol/l)とともに、GLP−1Rアンタゴニストであるexendin(9−39)を0、10、100、1000nmol/lの濃度で同時に添加した以外は、<1>と同様にして空腸細胞を培養し、インスリン遺伝子及び各種遺伝子の発現量を解析した(培養期間8日)。
その結果、プレプロインスリンI、プレプロインスリンII、およびngn3の発現がほぼ認められなくなり、腸細胞におけるインスリン遺伝子の発現がGLP−1(1−37)の働きによるものであることが判明した。一方で、プレプログルカゴン、pdx−1の発現は、exendin(9−39)の影響を受けなかった。
<3>GLP−1と他の成長因子との比較
GLP−1(1−37)(10nmol/l)の存在下、又は非存在下で、これまで、膵内分泌細胞の増殖や分化を制御することが報告されているアクチビン(activin A)、ベータセルリン(betacellulin)、肝細胞成長因子(hepatocyte growth factor)(HGF)、上皮細胞成長因子(epidermal growth factor)(EGF)を添加して、<1>と同様にして空腸細胞を培養して、各種遺伝子の発現量を解析した(培養期間8日)。
その結果、GLP−1(1−37)を添加した場合に限り、プレプロインスリンI、プレプロインスリンII、およびngn3の高発現が認められた。一方で、プレプログルカゴン、pdx−1の発現に変化は見られなかった。
以上の解析結果から、GLP−1(1−37)は腸細胞特異的に作用し、種々の膵内分泌細胞分化制御因子(pdx−1ではなく、ngn3を中心としたカスケード)の発現を変化させることで、腸細胞に対しインスリン遺伝子発現を誘導することが示唆された。
<実施例5>STZ糖尿病モデルラットに対する血糖低下効果
Wistar系雄性ラットに、生後2日齢より12日齢までの10日間、80μg/headのGLP−1(1−37)またはPBSを1日1回腹腔内に投与した。投与開始後7日目(9日齢)に75mg/kgのSTZを皮下投与し糖尿病を誘発した。PBS投与ラットの一部にはSTZの代わりにクエン酸緩衝液を投与し、正常対照とした。その後、餌および水を由摂取させて42日目に尾静脈より採血し血糖の測定を行った。血糖測定は、採取した全血サンプルを用いて、常法に従ってグルコースオキシダーゼ法により行った。
表2に示すように、糖尿病対照群の血糖値は正常対照群に比べて約5倍上昇していたが、GLP−1(1−37)投与群では糖尿病対照群に比べて有意に低下していた。

<実施例6>GLP−1(1−37)を投与したSTZ糖尿病モデルラットの腸管におけるインスリン遺伝子発現
GLP−1(1−37)の血糖低下効果が認められたので、GLP−1(1−37)投与群の腸管におけるインスリン産生の有無を下記の方法で調べた。6匹のWistar系雄性ラットに、生後2日齢より12日齢までの10日間、80μg/headのGLP−1(1−37)またはPBSを1日1回腹腔内に投与した。投与開始後7日目(9日齢)に75mg/kgのSTZを皮下投与し、糖尿病を誘発した。PBS投与ラットの一部には、STZの代わりにクエン酸緩衝液を投与し、正常対照とした。その後、餌および水を由摂取させて42日目に剖検をおこない膵臓、胃、腸管、肺を採取した。各臓器からISOGEN(NIPPONGENE)を用いてRNAを調製した後、RT−PCR法によりプレプロインスリンIおよびプレプロインスリンIIのmRNAを定量した。PCRプライマー配列として、プレプロインスリンIは配列番号15及び26、プレプロインスリンIIは配列番号27及び28にそれぞれ示すオリゴヌクレオチドを用いた。
その結果、全ての個体で、プレプロインスリンIとプレプロインスリンIIの遺伝子発現が腸管において顕著に上昇していることが確認された。一方、膵臓、胃、肺では発現は認められなかった。
以上、本発明を好適な実施形態を示して説明したが、本発明の範囲を逸脱せずに種々の改変を行い、均等な物及び方法を使用し得ることは当業者に明白である。前記の引用文献、及び特願2003−61836及び特願2003−358111の優先権書類は、引用によりそのまま本願に包含される。
【産業上の利用の可能性】
本発明により、腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導剤、及び新規な糖尿病治療剤並びに糖尿病治療方法が提供される。
【配列表】








【図1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
プレプログルカゴンペプチドの部分ペプチドであって、少なくともプレプログルカゴンペプチドの92位〜97位のアミノ酸配列を含む部分ペプチドを有効成分として含有することを特徴とする、腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導剤。
【請求項2】
前記部分ペプチドが、下記(a)〜(j)のいずれかのアミノ酸配列を有し、かつ、腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導活性を有するペプチドである、請求項1に記載の腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導剤。
(a)配列番号1のアミノ酸番号92〜97からなるアミノ酸配列。
(b)配列番号1のアミノ酸番号92〜117からなるアミノ酸配列。
(c)配列番号1のアミノ酸番号92〜124からなるアミノ酸配列。
(d)配列番号1のアミノ酸番号92〜128からなるアミノ酸配列。
(e)配列番号1のアミノ酸番号92〜179からなるアミノ酸配列。
(f)配列番号1のアミノ酸番号84〜97からなるアミノ酸配列。
(g)配列番号1のアミノ酸番号84〜117からなるアミノ酸配列。
(h)配列番号1のアミノ酸番号84〜124からなるアミノ酸配列。
(i)配列番号1のアミノ酸番号84〜179からなるアミノ酸配列。
(j)前記(b)〜(i)のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入又は付加を含むアミノ酸配列。
【請求項3】
プレプログルカゴンペプチドの部分ペプチドであって、下記(k)又は(l)のいずれかのアミノ酸配列を有し、かつ、腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導活性を有するペプチドを有効成分として含有することを特徴とする、腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導剤。
(k)配列番号1のアミノ酸番号92〜128からなるアミノ酸配列。
(l)配列番号1のアミノ酸番号92〜128からなるアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入又は付加を含むアミノ酸配列。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導剤を含む糖尿病治療剤。
【請求項5】
腸管細胞に請求項1〜3のいずれか一項に記載の腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導剤を作用させてインスリン産生細胞に変換した細胞を含む移植片。
【請求項6】
下記工程を含む腸管細胞のインスリン産生細胞への変換の誘導剤のスクリーニング法;
(a)腸管細胞を被検物質又は請求項1〜3のいずれか一項に記載の変換誘導剤の存在下で培養する工程、
(b)培養後の細胞について、インスリン産生細胞のマーカーの発現を測定する工程、および
(c)被検物質存在下での前記マーカーの発現と、前記変換誘導剤存在下での前記マーカーの発現とを比較する工程。
【請求項7】
下記工程を含む腸管細胞のインスリン産生細胞への変換の阻害剤のスクリーニング法。
(a’)腸管細胞を、請求項1〜3のいずれか一項に記載の腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導剤、及び被検物質の存在下で培養する工程、及び
(b’)培養後の細胞について、インスリン産生細胞のマーカーの発現を測定する工程。
【請求項8】
下記工程を含む、腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導活性を有するプレプログルカゴンペプチドの部分ペプチドに対する受容体を探索する方法;
(a’’)動物由来の遺伝子を動物細胞に遺伝子導入する工程、
(b’’)(a’’)で得られた遺伝子導入細胞に、請求項1〜3のいずれか一項に記載の腸管細胞のインスリン産生細胞への変換誘導剤を作用させ、同誘導剤中のペプチドと遺伝子導入細胞との結合、又は、遺伝子導入細胞の変化を観察する工程。

【国際公開番号】WO2004/078195
【国際公開日】平成16年9月16日(2004.9.16)
【発行日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−503007(P2005−503007)
【国際出願番号】PCT/JP2004/002001
【国際出願日】平成16年2月20日(2004.2.20)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2003年4月29日掲載、http://www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.0936260100 2003年4月29日掲載、http://www.pnas.org/content/vol100/issue9/index.shtml
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】