説明

自動二輪車の車輪支持用軸受

【課題】作動トルクが低く、しかも、シールリップの接触部とシール溝との摺動状態を安定させて十分にシール性能を確保できる自動二輪車の車輪支持用軸受を提供する。
【解決手段】自動二輪車の車輪支持用軸受のPCDをD0(mm)、前記外輪の端部内周面の直径をD1(mm)、前記内輪の端部外周面の直径をD2(mm)、前記芯金の厚さをt1(mm)、前記芯金の内周縁直径をD3(mm)、前記内輪と摺接するシールリップの薄肉部の厚さをt2(mm)、該シールリップの内周縁直径をD4(mm)とした時に、T=2×t1×t2/(D3−D4)―D0(D1−D2)/2×10−4で表されるトルク性能指数Tの値が0.025≦T≦0.040とすることにより提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばオートバイ、スクータ等の自動二輪車の車輪を支持する自動二輪車の車輪支持用軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
自動二輪車の車輪支持構造の1例を、図3に簡略化して示す。この自動二輪車の車輪支持構造1は、2列の単列玉軸受4、4と、該2列の単列玉軸受4、4の内輪に嵌合されて、その両端部がフォーク2、2を介して車体側に結合される支持軸3と、2列の単列玉軸受4、4の外輪に嵌合されて、ホイール7を介してタイヤを回転可能に支持するハブ6と、を備えている。
【0003】
2列の単列玉軸受4、4の内輪とフォーク2、2との間には、内輪間座5a、5cが、2列の単列玉軸受4、4の内輪間には内輪間座5bが介装されており、支持軸3を両端からナット8を介して締め付け固定しても、2列の単列玉軸受4、4に過大なアキシャル荷重が掛からないようになっている。
【0004】
このような自動二輪車の車輪支持用軸受として用いられる単列玉軸受の1例として、図4に、特許文献1に記載された単列玉軸受を示す。
単列玉軸受4は、ハブ6に内嵌されることによりホイール7と一体回転する回転輪である外輪21と、支持軸3に固定されて回転しない固定輪である内輪24と、外輪21と内輪24との間で周方向に転動自在に配設される複数の転動体である玉26と、これら複数の玉26を略等間隔で回動自在に保持する保持器27と、外輪21の軸方向両端部に取り付けられ内輪24に摺接する密封板28、28と、を備えている。
【0005】
密封板28は、補強部材としての芯金29と弾性部材30とを備える。芯金29は、鋼板等の金属板に、打ち抜き、曲げ等のプレス加工を施す事により、全体を円輪状としている。弾性部材30は、ゴムの如きエラストマー製で、芯金29を包埋した状態で円輪状に成形されて、この芯金29により補強されている。
【0006】
弾性部材30の外周縁部は、芯金29の外周縁よりも径方向外方に少し突出させて、弾性係止部23としている。一方、外輪21の内周面両端部には係止溝22、22を、それぞれ全周に亙って形成しており、弾性係止部23の弾性力を利用して、密封板28を外輪21に固定している。
【0007】
これに対して、弾性部材30の内周縁部は、芯金29の内周縁よりも径方向内方に十分に突出させて、シールリップ31としている。一方、内輪24の外周面両端部には凹状のシール溝25、25がそれぞれ全周に亙って形成されている。
このシールリップ31は、三又に分岐し、軸方向内方に突出して内輪24のシール溝25よりも軸方向内方の外周面との間にラビリンスを形成する第1リップ32と、芯金29の内周縁から径方向内方にほぼ真直ぐ突出して内輪24のシール溝25よりも軸方向外方の端部外周面との間にラビリンスを形成する第2リップ33と、第1リップ32と第2リップ33の間から突出して、内径側に向かうほど内輪24の軸方向中央部に向かう方向に角度θ(例えば10〜30度程度)だけ傾斜している薄肉部34の内周縁部に設けられてシール溝25の内側面に全周に亙り摺接する第3リップ35とを形成している。
【0008】
なお、図3に示す自動二輪車の車輪支持構造1のように、2列の単列玉軸受4、4の各々向かい合う側がハブ6により外部と遮断されている場合、外部側のみシールすれば良いので、軸方向片側にのみ密封板28を備えた単列玉軸受が用いられることもある。
【0009】
ところで、近年に於ける省エネルギ化の流れにより、自動二輪車の燃費向上のために、車輪支持用単列玉軸受の作動トルクを低く抑える要求が強くなっている。一方、単列玉軸受の回転抵抗に密封板28の摩擦抵抗が占める割合は相当に大きい。従って、この回転抵抗を低減する為には、この摩擦抵抗を低減する事が効果がある。又、この摩擦抵抗を低くする為には、第3リップ35がシール溝25の内側面に押し付けられる力を低く抑える事が効果がある。更に、この力を低く抑える為には、薄肉部34を薄くして剛性を低く抑える事が効果がある。
【0010】
但し、単に薄肉部34を薄くしただけでは、この薄肉部34の剛性が徒に低下し、第3リップ35とシール溝25の内側面との摺動部が不安定になる。即ち、単に薄肉部34を薄くすると、この薄肉部34の剛性が、あらゆる方向に関して低くなり、第3リップ35が、密封板28の厚さ方向(軸受の軸方向)だけでなく、径方向にも変位し易くなる。この状態では、摺動部の状態が不安定に(摺動部が周囲に振れ動き易く)なり、この摺動部のシール性確保が難しくなる。そのため、最適な密封板を設定する指標が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2001−140907号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上述の様な事情に鑑みて、作動トルクが低く、しかも、シールリップの接触部とシール溝との摺動状態を安定させて十分にシール性能を確保できる自動二輪車の車輪支持用軸受を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、上記問題を解決するためになされたものであり、本発明の自動二輪車の車輪支持用軸受は、外輪と、内輪と、前記外輪と前記内輪との間で周方向に転動自在に配設される複数の転動体である玉と、該複数の玉を略等間隔で回動自在に保持する保持器と、芯金と、該芯金を包埋した弾性部材からなる密封板と、からなり、前記弾性部材の一部は薄肉部を形成し、該薄肉部の内周縁部に内輪と摺接するシールリップが形成された自動二輪車の車輪支持用軸受において、該軸受のPCDをD0(mm)、前記外輪の端部内周面の直径をD1(mm)、前記内輪の端部外周面の直径をD2(mm)、前記芯金の厚さをt1(mm)、前記芯金の内周縁直径をD3(mm)、前記内輪と摺接するシールリップの薄肉部の厚さをt2(mm)、該シールリップの内周縁直径をD4(mm)とした時に、T=2×t1×t2/(D3−D4)―D0(D1−D2)/2×10−4で表されるトルク性能指数Tの値が0.025≦T≦0.040となることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
上述の様に構成する本発明によれば、単列玉軸受のPCD、外輪の端部内周面直径、内輪の端部外周面直径、芯金の内周縁直径、摺接するシールリップの内周縁直径、芯金厚さ、シールリップ薄肉部厚さにより算出したトルク性能指数Tの値により最適設計を行うことが可能なので、作動トルクが低く、しかも、シールリップの接触部とシール溝との摺動状態を安定させて十分にシール性能を確保できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施形態である自動二輪車の車輪支持用軸受の断面図である。
【図2】本発明の実施形態である自動二輪車の車輪支持用軸受と従来の自動二輪車の車輪支持用軸受の起動トルクを比較したグラフである。
【図3】自動二輪車の車輪支持構造の1例を簡略化して示す断面図である。
【図4】従来の自動二輪車の車輪支持用軸受の一例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
図1により、本発明の実施の形態の1例に就いて説明する。本例の単列玉軸受50は、ハブ6に内嵌されることによりホイール7と一体回転する回転輪である外輪51と、支持軸3に固定されて回転しない固定輪である内輪54と、外輪51と内輪54との間で周方向に転動自在に配設される複数の転動体である玉58と、これら複数の玉58を略等間隔で回動自在に保持する保持器59と、外輪51の軸方向両端部に取り付けられ内輪54に摺接する密封板60、60と、を備えている。
【0017】
密封板60は、補強部材としての芯金61と弾性部材62とを備える。芯金61は、鋼板等の金属板に、打ち抜き、曲げ等のプレス加工を施す事により、全体を円輪状としている。弾性部材62は、ゴムの如きエラストマー製で、芯金61を包埋した状態で円輪状に成形されて、この芯金61により補強されている。
【0018】
弾性部材62の外周縁部は、芯金61の外周縁よりも径方向外方に少し突出させて、弾性係止部63としている。一方、外輪51の内周面両端部には係止溝52、52を、それぞれ全周に亙って形成しており、弾性係止部63の弾性力を利用して、密封板60を外輪51に固定している。
【0019】
これに対して、弾性部材62の内周縁部は、芯金61の内周縁よりも径方向内方に十分に突出させて、シールリップ64としている。一方、内輪54の外周面両端部には凹状のシール溝55、55がそれぞれ全周に亙って形成されている。
このシールリップ64は、三又に分岐し、軸方向内方に突出して内輪54のシール溝55よりも軸方向内方の外周面56との間にラビリンスを形成する第1リップ65と、芯金61の内周縁から径方向内方にほぼ真直ぐ突出して内輪54のシール溝55よりも軸方向外方の端部外周面57との間にラビリンスを形成する第2リップ66と、第1リップ65と第2リップ66の間から突出して、内径側に向かうほど内輪54の軸方向中央部に向かう方向に角度θ(例えば10〜30度程度)だけ傾斜している薄肉部67の内周縁部に設けられてシール溝55の内側面に全周に亙り摺接する第3リップ68とを形成している。
【0020】
そして、単列玉軸受50のPCDをD0(mm)、外輪51の係止溝52よりも軸方向外方の端部内周面53の直径をD1(mm)、内輪54のシール溝55よりも軸方向外方の端部外周面57の直径をD2(mm)、芯金61の厚さをt1(mm)、芯金61の内周縁直径をD3(mm)、シールリップ64の薄肉部67の厚さをt2(mm)、第3リップ68の内周縁直径をD4(mm)とした時に、T=2×t1×t2/(D3−D4)―D0(D1−D2)/2×10−4で表されるトルク性能指数Tの値が0.025≦T≦0.040となるように各部寸法を設定している。
【0021】
但し、シールリップ形状が本例と異なる場合、即ち、一枚リップや、2枚リップ、あるいは、3枚リップであっても本例とは配列が異なる場合などでも、密封板の弾性部材の一部が薄肉部を形成し、その薄肉部の内周縁部に内輪と摺接するシールリップが形成されていれば、上記式が適用できる。
その場合、内輪と摺接するシールリップの内周縁直径をD4とする。また、この摺接するリップの剛性を下げるために薄肉にした薄肉部の厚さをt2とする。
【0022】
トルク性能指数Tの値が0.025未満の場合、シール性能が低下しすぎて軸受内部に異物の浸入を許すおそれが出てくる。また、トルク性能指数Tの値が0.040以上の場合、作動トルクが高くなる。従がって、加工寸法の設定の際には、加工精度を考慮して、トルク性能指数Tの値が0.025未満にならない範囲で、出来るだけトルク性能指数Tを小さな値に設定することが望ましい。
【0023】
なお、この式は、自動二輪車の車輪支持用軸受に使用される内径10mm以上、外径72mm以下の単列玉軸受に適用される数値であり、用途、軸受サイズが異なる場合は、トルク性能指数Tの最適値の範囲は異なるので、用途によって、実験などにより最適値の範囲を求める必要がある。
【0024】
図2は、従来の本発明の実施形態であるトルク性能指数T=0.035の自動二輪車の車輪支持用軸受と、トルク性能指数T=0.055の従来の自動二輪車の車輪支持用軸受の起動トルクを比較したグラフである。従来に比して、本発明の実施形態では起動トルク値が、約40%低減していることが分かる。
【0025】
なお、図3に示す自動二輪車の車輪支持構造1のように、2列の単列玉軸受4、4の各々向かい合う側がハブ6により外部と遮断されている場合、外部側のみシールすれば良いので、軸方向片側にのみ密封板を備えた単列玉軸受を用いることにより、より作動トルクを小さくすることが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0026】
以上説明したように、本発明によれば、単列玉軸受のPCD、外輪の端部内周面直径、内輪の端部外周面直径、芯金の内周縁直径、摺接するシールリップの内周縁直径、芯金厚さ、シールリップ薄肉部厚さにより算出したトルク性能指数Tの値により最適設計を行うことが可能なので、作動トルクが低く、しかも、シールリップの接触部とシール溝との摺動状態を安定させて十分にシール性能を確保できるので、自動二輪車の車輪支持用軸受として好適に使用できる。
【符号の説明】
【0027】
1 自動二輪車の車輪支持構造
2 フォーク
3 支持軸
4 単列玉軸受
5a、5b、5c 内輪間座
6 ハブ
7 ホイール
8 ナット
21 外輪
22 係止溝
23 弾性係止部
24 内輪
25 シール溝
26 玉
27 保持器
28 密封板
29 芯金
30 弾性部材
31 シールリップ
32 第1リップ
33 第2リップ
34 薄肉部
35 第3リップ部
50 単列玉軸受
51 外輪
52 係止溝
53 端部内周面
54 内輪
55 シール溝
56 外周面
57 端部外周面
58 玉
59 保持器
60 密封板
61 芯金
62 弾性部材
63 弾性係止部
64 シールリップ
65 第1リップ
66 第2リップ
67 薄肉部
68 第3リップ部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外輪と、
内輪と、
前記外輪と前記内輪との間で周方向に転動自在に配設される複数の転動体である玉と、
該複数の玉を略等間隔で回動自在に保持する保持器と、
芯金と、該芯金を包埋した弾性部材からなる密封板と、からなり、
前記弾性部材の一部は薄肉部を形成し、該薄肉部の内周縁部に内輪と摺接するシールリップが形成された自動二輪車の車輪支持用軸受において、
該軸受のPCDをD0(mm)、前記外輪の端部内周面の直径をD1(mm)、前記内輪の端部外周面の直径をD2(mm)、前記芯金の厚さをt1(mm)、前記芯金の内周縁直径をD3(mm)、前記内輪と摺接するシールリップの薄肉部の厚さをt2(mm)、該シールリップの内周縁直径をD4(mm)とした時に、
T=2×t1×t2/(D3−D4)―D0(D1−D2)/2×10−4
で表されるトルク性能指数Tの値が0.025≦T≦0.040となることを特徴とする自動二輪車の車輪支持用軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−229733(P2012−229733A)
【公開日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−97920(P2011−97920)
【出願日】平成23年4月26日(2011.4.26)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】