説明

自動二輪車後輪駆動用歯付ベルト及びその駆動装置

【課題】高負荷下で発生するベルト歯布の摩耗、歯部の亀裂が防止でき、さらに二輪車を手押しで押したときに、プーリフランジとベルト側面間で発生する摩擦音を抑制するベルトを提供する。
【解決手段】ベルト長手方向に沿って所定間隔で配置された複数の歯部7、及び、心線9が埋設された背部を含む、ゴムを基材としたベルト本体3と、複数の歯部7の表面を被覆する歯布11とを有する自動二輪車後輪駆動用歯付ベルトであって、歯布が、経糸と少なくとも2種類の緯糸とが織成された多重織構造を有し、経糸がナイロン繊維であり、2種類の緯糸のうちの歯布の表面側に位置する緯糸がフッ素系繊維であり、フッ素系繊維の周囲に、ベルト本体の加硫温度で軟化又は融解する、低沸点繊維が配されたものであり、歯部の幅方向寸法がベルト背面側の幅方向寸法よりも小さくなるように、歯先13に向かって心線の歯部側端部を始点として傾斜を付ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、自動車用エンジンのカム軸又はカム軸とインジェクションポンプの駆動用、大型の2輪車の後輪駆動用或いは、一般産業用機械の同期伝動用等に使用される歯布被覆の歯付ベルト及びゴム製歯付ベルトの駆動装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
大型の自動二輪車については、近年チェーン及びシャフト駆動から歯付ベルトでの駆動方式が増えてきている。
【0003】
歯付ベルトの故障形態は、心線の屈曲疲労及びゴムの耐熱性不足によるベルト切断に対しては、心線材質、心線構成の細径化等の改良、心線処理剤の耐熱性改良が実施されている。又、ゴムの耐熱性改良についても水素添加ニトリルゴムの使用等により故障は減少している。
【0004】
特に、自動二輪車後輪駆動用に使用される歯付ベルトは、高負荷の為、負荷を受ける歯底部の摩耗が大きく、その歯底部の摩耗から歯欠けが発生し易い。又、高負荷によりプーリ軸が撓んだり、ベルトの片寄り走行が発生し、プーリフランジ等との摩擦によるベルト側面の異常摩耗及び側面の損傷による切断、歯欠けについても懸念される。
【0005】
ベルト側面摩耗、損傷、ベルトの伸びに対し、プーリ歯とかみ合う歯付ベルト表面の歯布材料に摩擦係数低減作用のあるフッ素樹脂や層状のグラファイト等を添加した処理を施すことや、心線材料の検討が実施されているが、未だに十分な改良策が見出されていない。
【0006】
又、特許文献1には、歯布の一方の糸に高接着性を有する6−ナイロン或いは6・6ナイロンの繊維材料とし、他方の糸をフッ素系繊維或いはカーボン繊維とするものであることが開示されているが、歯布の他方の糸にフッ素系繊維又はカーボン繊維を使用するのみで、歯付ベルト歯部の寸法精度を容易に実現できない。さらには、高度な寸法精度を要する歯付ベルトとしては、使用可能な寸法が発現できなかった。
【0007】
【特許文献1】特公昭58−334323号公報
【0008】
さらに、歯付ベルトを大型の2輪車駆動用に使用した場合に、2輪車を手押しで押したときに、特に、摩擦係数の低い歯布を使用した場合は、スラスト力によってベルトがプーリ上でプーリの幅方向に移動し、フランジにベルト側面が接したときに発音が起こっていた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、このような問題点を解決するものであり、歯付ベルトの歯部に使用される歯布の摩擦係数を下げることにより、自動二輪車後輪駆動用のような高負荷下で発生するベルト歯布の摩耗、摩耗による歯部の亀裂からなる歯の損傷が防止でき、それにより動力伝達装置の正常な動きを維持し、さらに、2輪車を手押しで押した場合に、プーリフランジとベルト側面間で発生する摩擦音を抑制するベルトを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段及び発明の効果】
【0010】
本発明は、ベルト長手方向に沿って所定間隔で配置された複数の歯部、及び、心線が埋設された背部を含む、ゴムを基材としたベルト本体と、前記複数の歯部の表面を被覆する歯布とを有する歯付ベルトであって、前記歯布が、経糸と少なくとも2種類の緯糸とが織成された多重織構造を有し、前記経糸がナイロン繊維であり、前記2種類の緯糸のうちの前記歯布の表面側に位置する緯糸がフッ素系繊維であり、該フッ素系繊維の周囲に、前記ベルト本体の加硫温度で軟化又は融解する、低沸点繊維が配されたものであり、前記歯部の幅方向寸法がベルト背面側の幅方向寸法よりも小さくなるように、歯先に向かって心線の前記歯部側端部を始点として漸次小さくなるような歯部の傾斜を有する自動二輪車後輪駆動用歯付ベルトにある。
【0011】
歯布を織成する緯糸のうち、歯布の表面側に位置する緯糸をフッ素系繊維とすることによって、歯布と歯付プーリとの間の摩擦を低減することができる。又、歯布の歯部との接着側に位置する緯糸にはフッ素系繊維以外の繊維を使用することで、歯布と歯部のゴムとの接着力を高めることが可能となる。
又、ベルト本体のゴムを高温で硬化(加硫)させるときに、低融点繊維が軟化又は融解し、歯布を構成する繊維間に流れ込んだ後、低融点繊維が結晶化する。そのため、歯付プーリへのかみ込み時、或いは、歯付プーリからのかみ抜け時に、歯布表面に生じる衝撃や摩耗によってフッ素系繊維が切断・飛散するのが抑制される。これによりベルト本体をより長期間保護して、ベルトの歯欠けを防止することができ、高負荷走行時の高寿命化が可能となる。
又、ベルト歯表面の歯布がフッ素繊維とすることで、摩擦係数が小さくなり、プーリ上でプーリ幅方向へベルトが移動しやすくなっているが、プーリフランジとベルト歯の接触面積を小さくし、発音を抑制することができる。
【0012】
請求項2に記載の発明は、前記低融点繊維が、少なくともポリアミド系繊維、ポリエステル系繊維、又はオレフィン系繊維から選ばれたものである請求項1に記載の自動二輪車後輪駆動用歯付ベルトにある。
【0013】
請求項3に記載の発明は、少なくとも一対の歯付プーリ間に懸架されたゴム製歯付ベルトからなる自動二輪車駆動用歯付ベルト駆動装置であって、前記ゴム製歯付ベルトがベルト長手方向に沿って所定間隔で配置された複数の歯部、及び、心線が埋設された背部を含む、ゴムを基材としたベルト本体と、前記複数の歯部の表面を被覆する歯布とを有し、前記歯布が、経糸と少なくとも2種類の緯糸とが織成された多重織構造を有し、前記経糸がナイロン繊維であり、前記2種類の緯糸のうちの前記歯布の表面側に位置する緯糸がフッ素系繊維であり、該フッ素系繊維の周囲に、前記ベルト本体の加硫温度で軟化又は融解する、低沸点繊維が配されたものであり、前記歯部の幅方向寸法がベルト背面側の幅方向寸法よりも小さくなるように、歯先に向かって心線の前記歯部側端部を始点として漸次小さくなるような歯部の傾斜を有するゴム製歯付ベルトであり、前記歯付プーリのうち少なくとも一つがフランジを有し、前記ベルトの歯部の傾斜の角度が歯付プーリのフランジ傾斜面の傾斜角度よりも大きく、30度以内に設定されている自動二輪車後輪駆動用歯付ベルト駆動装置にある。
【0014】
請求項3に記載の発明によれば、請求項1記載発明の効果に加えて、ベルト歯部の傾斜をプーリのフランジ面の傾斜角との関連で規定することによって、よりベルト側面とプーリのフランジとの接触を小さくすることができ、発音を抑制することができる。
【0015】
請求項4に記載の発明は、前記低融点繊維が、少なくともポリアミド系繊維、ポリエステル系繊維、又はオレフィン系繊維から選ばれたものである請求項3に記載の自動二輪車後輪駆動用歯付ベルト駆動装置にある。
【0016】
請求項5に記載の発明は、前記フランジの傾斜の開始位置がプーリの外径方向で、心線のベルト背面側端部までの位置にあるとき、前記ベルトの歯先に向かう歯部の傾斜開始位置が次式で表される請求項3又は4に記載の自動二輪車後輪駆動用歯付ベルト駆動装置にある。
(A+B)−X<Z<(A+B)+X
但し、X=(A+B)×0.35
ここで、Zはベルト歯底から歯部の傾斜開始位置までの距離、Aは歯先から歯底歯布表面までの距離、Bはベルト歯底における歯布厚み、Cは心線径を表す。
【0017】
請求項5に記載の発明のような構成とすることによって、プーリフランジの傾斜開始位置とベルト歯部の傾斜開始位置との関係をベルトの寸法をもとに数値で規定することによって、少なくともプーリフランジとベルト歯部のゴム部分が接触しないようにすることができる。
【0018】
請求項6に記載の発明は、前記ベルト側面が歯付プーリのフランジと点接触のみで接触している請求項3から5のいずれかに記載の自動二輪車後輪駆動用歯付ベルト駆動装置にある。
【0019】
請求項6に記載の発明によると、前記ベルト側面が歯付プーリのフランジと接触したとしても、点接触のみで接触することから、完全に発音を抑制することができる。
【0020】
請求項7に記載の発明は、前記点接触した箇所を境にベルト背部に向かって歯部とは逆方向の傾斜を有する請求項6に記載の自動二輪車後輪駆動用歯付ベルト駆動装置にある。
【0021】
請求項7に記載の発明によれば、点接触する地点を境に完全にベルト側面が逆方向に傾斜することによって、点接触を完全なものとすることができ、請求項6の効果に加えて、完全に発音を抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
次に、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。図1は、本実施形態に係る歯付ベルトの断面斜視図である。
【0023】
図1に示すように、本実施形態の歯付ベルト3は、ベルト長手方向に沿って所定間隔で配置された複数の歯部7、及び、複数の心線9が埋設された背部4とを有するベルト本体と、複数の歯部7の表面を被覆する歯布11とを有する。
【0024】
複数の歯部2と背部4とを有するベルト本体10は、ゴムを基材とする。このベルト本体10に使用される原料ゴムは、水素化ニトリルゴム(HNBR)を始めとして、クロロスルホン化ポリエチレン(CSM)、アルキル化クロロスルホン化ポリエチレン(ACSM)、クロロプレンゴムなどの耐熱老化性の改善されたものが好適である。
【0025】
特に、少なくとも歯部7を構成するゴムの硬度が、JIS−A硬度で89度〜97度であることが好ましい。また、50%伸張時のモジュラスが少なくとも5MPa以上であることが好ましい。このような高モジュラスなゴムとして、例えば、HNBRと、HNBRにポリメタクリル酸亜鉛を高度に微分散させたもの(例えば、日本ゼオン製、商品名「ZSC」等)をブレンドしたものに、シリカ、カーボン、及び、短繊維を配合して補強したものが好適に用いられる。これにより、ベルト本体10のモジュラスが高まり、高負荷走行時においても歯部2の歯付ベルト3とのかみ合いが維持される。
【0026】
ベルト本体3の背部4には、それぞれベルト長手方向に延在する複数の心線9が、ベルト幅方向に並べて背部4に埋設されている。この心線9は、化学繊維からなる下撚りコードを多数本撚り合わせた太径撚糸心線である。又、心線9を構成する化学繊維としては、例えば、PBO(ポリパラフェニレンベンゾビスオキサゾール)繊維、ポリアリレート繊維、アラミド繊維、炭素繊維等を好適に使用できる。
【0027】
歯布11は、ベルト幅方向に延在する経糸6とベルトの長手方向に延在する緯糸8とを織成してなる繊維織物を基材とする。又、この繊維織物は、平織物や綾織物、朱子織物などからなる。この繊維織物を構成する繊維材料としては、例えば、アラミド繊維、ウレタン弾性糸、脂肪族繊維糸(6ナイロン、66ナイロン、ポリエステル、ポリビニルアルコール等)等を使用できる。
【0028】
さらに、前記繊維織物として、少なくとも2種類の緯糸8と1種類の経糸6とが織成された多重織(2重織)構造のものを採用することもできる。この場合、経糸6をナイロン繊維とし、緯糸8にはフッ素系繊維、ナイロン繊維、及び、ウレタン弾性糸を使用することが好ましい。又、緯糸8のうちの、少なくとも歯布11の表面側(歯付プーリとのかみ合い側)に位置する(露出する)緯糸8としては、歯布11と歯付プーリとの間の摩擦を低減するために、摩擦係数が低いフッ素系繊維(例えば、PTFE繊維)を使用することが好ましい。一方、歯布11の歯部7との接着側に位置する緯糸8には、フッ素系繊維以外の繊維(ナイロン繊維やウレタン弾性糸)を使用することで、歯布11と歯部7を構成するゴムとの接着力を高めることが可能となる。
【0029】
又、フッ素系繊維の周囲に、ゴムを基材とするベルト本体3の加硫温度で融解又は軟化する性質を有する、低融点繊維が配されていることが好ましい。具体的には、例えば、フッ素系繊維と低融点繊維が混撚されている、又は、フッ素系繊維が低融点繊維によってカバーされているなどの形態が含まれる。尚、ベルト本体3の加硫条件(加硫温度や加硫時間)は、特に限定されるものではなく、加硫剤や加硫促進剤の種類や加硫手段等を考慮して、通常、ムーニー粘度計やその他の加硫挙動測定機を用いて測定した加硫曲線を参照して決定される。このようにして決定される一般的な加硫条件は、加硫温度100〜200°Cで、加硫時間1分〜5時間程度である。必要により二次加硫を行っても良い。
【0030】
この場合、ベルト本体3の加硫時に低融点繊維が軟化又は融解し、歯布11を構成する繊維間に流れ込んだ後、低融点繊維が結晶化する。そのため、歯付プーリへのかみ込み時、或いは、歯付プーリからのかみ抜け時に、歯布11の表面に生じる衝撃や摩耗によってフッ素系繊維が切断・飛散するのが抑制される。これにより、ベルト本体3をより長期間保護して、ベルトの歯欠けを防止することができ、高負荷走行時の高寿命化が可能となる。
【0031】
ここで、低融点繊維としては、例えば、ポリアミド系繊維、ポリエステル系繊維、又は、オレフィン系繊維を使用することができる。
【0032】
低融点繊維として使用可能なポリアミド系繊維としては、W−アミノカルボン酸成分又はジカルボン成分とジアミンとの組み合わせからなる、共重合ポリアミド類のものがある。
【0033】
ポリエステル系繊維としては芯鞘型複合繊維が好ましい。融点がベルト本体3の加硫温度よりも高い芯成分のポリエステル系ポリマーは、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、それらの共重合体であり、加硫温度よりも融点の低い鞘成分の共重合ポリエステルは、二塩基酸とジオールの重縮合反応で得られ、その例としては、テレフタル酸とジエチレングリコールをベースに共重合成分として、イソフタル酸、アジピン酸、セバシン酸、ジエチレングリコール、ブタンジオール、へキサンジオール、ポリエチレングリコール、ネオペンチルグリコールなどが挙げられ、その組み合わせ及び共重合比率により融点を調整可能である。
【0034】
オレフィン系繊維としては、ポリプロピレン繊維、ポリエチレン繊維(例えば、高密度ポリエチレン繊維、中密度ポリエチレン繊維、低密度ポリエチレン繊維、直鎖状低密度ポリエチレン繊維、超高分子量ポリエチレン繊維)などが挙げられる。
【0035】
又、これらを共重合させたものでも良く、さらには、ベルト加硫温度で軟化又は融解する繊維であれば、その撚糸方法や構成について特に限定されるものではない。さらに、これら低融点繊維の表面に、接着処理剤との親和性を上げることを目的として、プラズマ処理等がなされても良い。
【0036】
又、本発明の自動二輪車後輪駆動用歯付ベルトは、図2に示すように、歯部の幅方向寸法がベルト背面側の幅方向寸法よりも小さくなるように、歯先13に向かって心線9の前記歯部側端部を始点として漸次小さくなるような歯部7の傾斜を有している。
【0037】
又、前記自動二輪車後輪駆動用歯付ベルトは、少なくとも一対の歯付プーリ間に懸架されて使用される。このとき、プーリのうちの少なくとも一つには、ベルトがプーリすら脱落するのを防ぐ為にプーリフランジ5が設けられている。当該プーリフランジ5には、ベルト側面が損傷しないように傾斜が設けられており、プーリフランジ5の傾斜と、ベルト歯部の傾斜との関係を規定することにより、プーリフランジ5とベルト側面との接触を極力減らし発音を抑制することができる。
【0038】
前記のように発音を低減する為に、前記ベルト歯部7の傾斜角βが図示しない歯付プーリのプーリフランジ5の傾斜面のフランジの傾斜角αよりも大きく30度以内に設定されている。
【0039】
さらに、前記プーリフランジ5の傾斜の開始位置Rがプーリの外径方向で、心線9のベルト背面側端部までの位置にあるとき、前記ベルトの歯先13に向かう歯部7の傾斜開始位置が式(1)で表されるように設定すると、フランジとベルト側面との摩擦による発音を抑制できる。
(A+B)−X<Z<(A+B)+X
但し、X=(A+B)×0.35
ここで、Zはベルト歯先から歯部の傾斜開始位置までの距離、Aは歯先から歯底歯布表面までの距離、Bはベルト歯底における歯布厚みを表す。
【0040】
又、プーリフランジ5とベルト側面とは点接触のみで接している方がより好ましい。又、この点接触した箇所を境にベルト背部に向かって、歯部とは逆方向の傾斜を有することが好ましい。
【0041】
この歯布11は、以下のような工程を含む一連の接着処理を経て、歯部7を構成するゴムに接着される。
【0042】
(1)歯布11を構成する繊維織物を、レゾルシン−ホルマリン−ゴムラテックス処理液(以下、RFL処理液という)に含浸し、乾燥させる。
【0043】
ここで、前記RFL処理液には、硫黄化合物の水分散物、キノンオキシム系化合物、メタアクリレート系化合物、マレイミド系化合物、のうち少なくとも一つの加硫助剤、又は、これらの加硫助剤を水に分散させたものを添加することが好ましい。
【0044】
硫黄化合物の水分散物としては、例えば、硫黄の水分散物やテトラメチルチウラムジスルフィドなどが採用され得る。キノンオキシム系化合物としては、例えば、p−キノンジオキシムなどが採用され得る。メタアクリレート系化合物としては、例えば、エチレングリコールジメタクリレートやトリメチロールプロパントリメタクリレートなどが採用され得る。マレイミド系化合物としては、例えば、N,N´−m−フェニレンビスマレイミドやN,N´−(4,4´−ジフェニルメタンビスマレイミド)などが採用され得る。
【0045】
尚、上述した「当該加硫助剤を水に分散させたもの」における「水」は、例えばアルコールなどのメタノールを若干程度含むものであっても良い。こけによれば、「当該加硫助剤」が水に対して不溶性の場合であっても、「当該加硫助剤」の水に対する親和性が向上して「当該加硫助剤」が分散し易くなる。
【0046】
このように、RFL処理液に加硫助剤を添加することで以下の効果が期待される。即ち、RFL処理液中に含まれるゴムラテックス成分と外層ゴム(後記(2)のゴム糊処理や(3)のコート処理で使用されるゴム糊又は圧延ゴムを意味する。コート処理が省略される場合は歯部2を構成するゴムを意味する。)との層間の化学的結合力が強化されることで、接着性が向上し、歯布5の剥離が抑制される。更に期待される効果として、RFL処理液中に含まれるゴムラテックス成分自身の化学的結合力(架橋の力)が強化され、その結果、接着層の凝集破壊による剥離(即ち、層間剥離)よりも、接着対象である上記外層ゴムの破壊による剥離が先行すると考えられる。
【0047】
又、RFL処理液に加硫助剤を添加する場合、繊維織物の含浸処理を2回に分けて実行しても良い。この場合、まず、1回目のRFL含浸処理においては、RFL処理液には、前述した何れの加硫助剤も添加しないこととする。これは、1回目の処理工程においては、ゴムラテックス成分の架橋よりもRFの熱硬化を優先するためである。
【0048】
一方、2回目のRFL含浸処理においては、1回目のRFL処理液と比較してゴムラテックス成分を多く含み、硫黄化合物の水分散物、キノンオキシム系化合物、メタアクリレート系化合物、マレイミド系化合物、のうち少なくとも一つの加硫助剤、又は、加硫助剤を水に分散させたものを添加したRFL処理液を使用する。尚、1回目の含浸処理と2回目の含浸処理とで、RFL処理液のゴムラテックス成分の割合に差を設けるのは、親和性の異なる繊維とゴムの両方に対する、RFL層の接着性を高める為である。
【0049】
(2)繊維織物に、ゴム組成物を溶剤に溶かしたゴム糊からなる接着処理剤を付着させた後にベーキング処理する、2種類のゴム糊処理(P1処理、S1処理)を行う。
【0050】
(3)繊維織物の表面に、ゴム糊と圧延ゴムとをこの順にコーティングする。本工程は、コート処理とも称される。「この順に」とあるのは、詳細には「繊維織物から歯部2へ向かって、この順に」を意味する。ここで、RFL処理液に加硫助剤を添加した場合には、このコート処理で使用するゴム糊と圧延ゴムにも、RFL処理液に添加した処理助剤と同一の加硫助剤を添加することが好ましい。これにより、(a)RFL処理液で処理された繊維織物とゴム糊の間の接着力、の著しい改善が期待される。
【0051】
尚、上記(1)〜(3)の処理は、全てを行う必要はなく、必要に応じて、いずれか一つ、或いは、2以上の複数を組み合わせて行う。例えば、(1)の処理においてRFL処理液に加硫助剤を添加する場合には、この処理のみで繊維織物とゴム間の接着力がかなり高められることから、(2)のゴム糊処理を省略しても良い。
【0052】
(耐久試験)
次に、2軸高負荷走行試験を用いた耐久試験を行って、本発明の歯付ベルトの技術的効果を検証した。
【0053】
[試験条件]
試験機:2軸高負荷走行試験機
評価ベルトサイズ:130H14M20(ベルト歯数:130歯、歯型:H14M、ベルト幅:20mm)
駆動プーリ歯数:33歯
従動プーリ歯数:61歯
設定張力:550N
回転数:1200rpm
負荷:従動プーリに対して626Nm(走行条件1)、554Nm(走行条件2)、480Nm(走行条件3)のいずれか
【0054】
ベルト心線については、下糸太さが167tex、構成が3/6、撚係数Kが2.0である、アラミド心線を使用した。
【0055】
その他、本耐久試験で使用されるベルトの、ゴム配合、歯布構成を、表1、及び表2にそれぞれ示す。又、表1には、使用されている3種類のゴム配合(R−0,R−1,R−2)のそれぞれについて、硬度(JIS−A硬度)とM50(50%伸張モジュラス:MPa)も併記している。
【0056】
【表1】

【0057】
【表2】

【0058】
表3に示すように、5種類の歯布のうち、F−2の緯糸には、フッ素系繊維であるPTFE繊維が配合されている。さらにF−3、F−4、F−5の3種類の歯布には、緯糸にPTFE繊維だけでなく、ゴム加硫温度で軟化又は融解する性質を有する低融点繊維である、ポリエステル系繊維、ポリアミド系繊維、オレフィン系繊維がそれぞれ配合されている。具体的には、本試験で使用したベルトのゴム加硫条件は、加硫温度165°C、加硫時間30分である。一方で今回使用したポリエステル系繊維(ユニチカ株式会社製「コルネッタ」)は、芯部融点が256°C、鞘部融点が160°Cである。又、ポリアミド系繊維(ユニチカ株式会社製「フロールM」)は融点が135°Cである。さらに、オレフィン系繊維(東洋紡績株式会社製「ダイニーマ」)は融点が140°Cである。
【0059】
又、歯布接着処理に用いられる、RFL処理液の配合、ゴム糊処理(P1処理及びS1処理)の配合、及び、コート処理用ゴム配合を、表3、表4、及び表5にそれぞれ示す。
【0060】
【表3】

【0061】
【表4】

【0062】
【表5】

【0063】
尚、上記表1〜5中、特記ない限り、数字の単位は、[質量部]であり、斜線は「添加なし」又は「処理なし」を意味する。
【0064】
そして、表1〜表5に示す、ゴム配合、歯布構成、及び、歯布接着処理によって製造した8種類のベルトについて、上述した試験条件で耐久試験を行った。その結果を表6に示す。又、8種類のベルトのうち実施例1は、低負荷試験(走行条件3)の結果、耐久性が比較的低いと判断できるので、より高負荷の試験(走行条件1,2)は省略している。一方、高負荷試験(走行条件1又は2)の結果、耐久性が比較的高いと判断できる、実施例2〜7のベルト及び比較例1のベルトについては、より低負荷の試験(走行条件2又は走行条件3)は省略している。
【0065】
【表6】

【0066】
又、表6において、「予成型の有無」とは、ベルト製造工程において、「予成型工法」を採用したか否かを示している。「予成型工法」とは、歯型を有する金型によって歯布と歯部とを予め成型してから、得られた予備成形体の上に心線と背部を構成する未加硫ゴムを巻いた後、全体を加硫缶で加硫する工法のことである。この予成型工法においては加硫前に歯布と歯部が成型される為、加硫時に、背部を構成する未加硫ゴムを心線の間から内側(腹側)へ流動させ、歯布を緊張させて歯部を形成する必要がない。そのため、心線間距離(ピッチ)を狭くすることが可能となる。従って、実施形態の説明において述べたように、ベルト幅方向の心線ピッチを、無張力状態における心線径以下迄小さくした、高モジュラスのベルトを作製する場合には、この予成型工法が適している(表6のベルト実施例2〜7、比較例1)。
【0067】
[考察]
実施例1とは異なる歯布(経糸と2種類の緯糸とが織成された多重織構造の歯布(F−2〜F−5))が用いられた、実施例2〜7では、より高負荷の走行条件1又は走行条件2で、200時間以上の寿命が得られており、実施例1よりも耐久性に優れていることがわかる。
【0068】
又、実施例2〜4は、比較例1と歯布の条件以外はほとんど同じであるが、高負荷の走行条件1において1.6倍以上の寿命が得られている。これは、比較例1では緯糸に低融点繊維が使用されていない歯布F−2を用いているのに対し、実施例2〜4では、緯糸に、低融点繊維であるポリエステル系繊維、ポリアミド系繊維、オレフィン系繊維とを使用している(表2参照)ことが要因である。即ち、緯糸のフッ素系繊維(PTFE繊維)の周りに低融点繊維が配されることによって、フッ素系繊維の切断・飛散が抑制され、ベルト本体のゴムが長期間に渡って保護されるからであると考えられる。
【0069】
さらに、実施例2〜7は、ベルト製造工程において、「予成型工法」が採用されることにより、心線ピッチが、無張力状態における心線径よりも小さくなっている。このように、実施例1と比べてベルト幅方向に関して心線が密に配置されて、心線占有率が大きくなり(75%以上)、モジュラスが高くなっていることによって、耐久性が高くなっていると考えられる。
【0070】
次に、ベルトの発音テストを行った。表7から表11に示す歯付ベルトを二つのフランジを有する歯付プーリ間に懸架し、従動側プーリを強制的にずらし、駆動側プーリに4mm乗り上げるミスアライメント状態で試験を実施した。軸荷重を335kgf掛け、回転数1200rpmで1分間、5分間、15分間、30分間、60分間運転し、ベルトを止めた後に、手回しで発音の有無を確認した。そのときの結果を表8から表12に示す。表中の擦れ音結果の数字として、「0」は発音無し、「1」は微小の発音、「2」は発音が小程度、「3」は発音が中程度、「4」は発音が大きいことを示している。
【0071】
表7及び表8に示すベルトは、ベルト側面全体がV形状となったベルトであり、発音レベルのテストを行った。
【0072】
【表7】

【0073】
【表8】

【0074】
表9及び表10に示す結果は、ベルト歯部の傾斜開始位置と、プーリフランジの傾斜開始位置との関係を考慮した歯付ベルト駆動装置で発音テストを行った結果である。
【0075】
【表9】

【0076】
【表10】

【0077】
表11に示す結果は、ほぼプーリフランジとベルト側面とを点接触としたときの結果である。
【0078】
【表11】

【0079】
表7及び表8の結果より、ベルト歯部の傾斜角度がフランジの傾斜角度よりも大きい実施例8から11は、フランジの表面状態に拘わらず、発音しないことがわかる。
【0080】
表9及び表10の結果により、ベルトの歯先に向かう歯部の傾斜開始位置と、プーリのフランジの傾斜開始位置との関係で、ベルト歯底から歯部の傾斜開始位置までの距離Zが、前記記載の次式の範囲内にある実施例12から14は、フランジ表面が電着塗装であっても発音しないことがわかる。
【0081】
表11の結果により、ベルト側面とプーリフランジが接触した場合に、ほぼ点接触しかしない実施例15及び16は、フランジが電着塗装であっても発音しないことがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】本発明の実施形態に係る自動二輪車後輪駆動用歯付ベルトの断面斜視図である。
【図2】本発明の実施形態に係る自動二輪車後輪駆動用歯付ベルト駆動装置でベルトとプーリフランジとが接触したときの断面図である。
【図3】本発明に係る自動二輪車後輪駆動用歯付ベルト駆動装置でベルトとプーリフランジとが接触したときの他の実施形態の断面図である。
【符号の説明】
【0083】
1 自動二輪車後輪駆動用歯付ベルト駆動装置
3 自動二輪車後輪駆動用歯付ベルト
4 背部
5 プーリフランジ
6 経糸
7 ベルト歯部
8 緯糸
9 心線
11 歯布
13 歯先
α フランジの傾斜角
β ベルト歯部の傾斜角
Z ベルト歯底から歯部の傾斜開始位置までの距離
A ベルトの歯先から歯底歯布表面までの距離
B ベルト歯底における歯布厚み
C 心線径

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ベルト長手方向に沿って所定間隔で配置された複数の歯部、及び、心線が埋設された背部を含む、ゴムを基材としたベルト本体と、前記複数の歯部の表面を被覆する歯布とを有する自動二輪車後輪駆動用歯付ベルトであって、前記歯布が、経糸と少なくとも2種類の緯糸とが織成された多重織構造を有し、前記経糸がナイロン繊維であり、前記2種類の緯糸のうちの前記歯布の表面側に位置する緯糸がフッ素系繊維であり、該フッ素系繊維の周囲に、前記ベルト本体の加硫温度で軟化又は融解する、低沸点繊維が配されたものであり、前記歯部の幅方向寸法がベルト背面側の幅方向寸法よりも小さくなるように、歯先に向かって心線の前記歯部側端部を始点として漸次小さくなるような歯部の傾斜を有することを特徴とする自動二輪車後輪駆動用歯付ベルト。
【請求項2】
前記低融点繊維が、少なくともポリアミド系繊維、ポリエステル系繊維、又はオレフィン系繊維から選ばれたものである請求項1に記載の自動二輪車後輪駆動用歯付ベルト。
【請求項3】
少なくとも一対の歯付プーリ間に懸架されたゴム製歯付ベルトからなる自動二輪車後輪駆動用歯付ベルト駆動装置であって、前記ゴム製歯付ベルトがベルト長手方向に沿って所定間隔で配置された複数の歯部、及び、心線が埋設された背部を含む、ゴムを基材としたベルト本体と、前記複数の歯部の表面を被覆する歯布とを有し、前記歯布が、経糸と少なくとも2種類の緯糸とが織成された多重織構造を有し、前記経糸がナイロン繊維であり、前記2種類の緯糸のうちの前記歯布の表面側に位置する緯糸がフッ素系繊維であり、該フッ素系繊維の周囲に、前記ベルト本体の加硫温度で軟化又は融解する、低沸点繊維が配されたものであり、前記歯部の幅方向寸法がベルト背面側の幅方向寸法よりも小さくなるように、歯先に向かって心線の前記歯部側端部を始点として漸次小さくなるような歯部の傾斜を有するゴム製歯付ベルトであり、前記歯付プーリのうち少なくとも一つがフランジを有し、前記ベルトの歯部の傾斜の角度が歯付プーリのフランジ傾斜面の傾斜角度よりも大きく、30度以内に設定されていることを特徴とする自動二輪車後輪駆動用歯付ベルト駆動装置。
【請求項4】
前記低融点繊維が、少なくともポリアミド系繊維、ポリエステル系繊維、又はオレフィン系繊維から選ばれたものである請求項3に記載の自動二輪車後輪駆動用歯付ベルト駆動装置。
【請求項5】
前記フランジの傾斜の開始位置がプーリの外径方向で、心線のベルト背面側端部までの位置にあるとき、前記ベルトの歯先に向かう歯部の傾斜開始位置が次式で表される請求項3又は4に記載の自動二輪車後輪駆動用歯付ベルト駆動装置。
(A+B)−X<Z<(A+B)+X
但し、X=(A+B)×0.35
ここで、Zはベルト歯底から歯部の傾斜開始位置までの距離、Aはベルト歯先から歯底歯布表面までの距離、Bはベルト歯底における歯布厚みを表す。
【請求項6】
前記ベルト側面が歯付プーリのフランジと点接触のみで接触している請求項3から5のいずれかに記載の自動二輪車後輪駆動用歯付ベルト駆動装置。
【請求項7】
前記点接触した箇所を境にベルト背部に向かって歯部とは逆方向の傾斜を有する請求項6に記載の自動二輪車後輪駆動用歯付ベルト駆動装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2010−106955(P2010−106955A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−279299(P2008−279299)
【出願日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【出願人】(000006068)三ツ星ベルト株式会社 (730)
【Fターム(参考)】