説明

舌上皮由来細胞株KT−1及びその用途

マウス舌上皮よりインテグリンβ1の強発現を指標に単離され、長期継代培養して樹立された、味覚レセプターを発現する細胞である細胞株KT−1;細胞株KT−1を含む味覚センサー;及び、細胞株KT−1の、味細胞の分化誘導因子や味覚レセプターの発現を制御する物質、新規味物質、味覚修飾物質、味覚減退補助物質を探索するための使用。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、味覚センサー、これを利用した味覚センサー等の探索方法に関し、さらに詳細には、マウス舌上皮細胞から樹立された細胞株KT−1及びその用途に関する。特に、マウス舌上皮細胞より樹立された細胞株KT−1を味覚センサーとして利用する方法、ならびに細胞株KT−1を利用して味細胞の分化誘導因子や味覚レセプターの発現を制御する物質、新規味物質、味覚修飾物質、味覚減退補助物質を探索する方法に関する。
【背景技術】
舌上皮細胞を単離・培養する方法は既に報告されている(例えば、In Vitro Cell.Dev.Biol.38:365−372(2002)参照)。しかしながら、舌上皮由来の細胞で味覚レセプターを発現する細胞株や分化状態の異なる細胞集団を含む細胞株については報告されていない。このため、生きた細胞を用いて特定の味応答を再現性良く測定することや、味細胞の分化誘導因子を同定するシステムを構築することは非常に困難であった。
【発明の開示】
本発明の第1の目的は、味覚レセプターを発現する細胞及びその形質転換体を提供することである。
本発明の第2の目的は、上記細胞を用いた味覚センサーを提供することである。
本発明の第3の目的は、上記味覚センサーの用途を提供することである。
本発明の第4の目的は、様々な分化段階の細胞を利用して、特定の味細胞への分化誘導因子や味覚レセプターの発現を制御する物質を探索する系を確立することである。
以下、本発明を詳細に説明する。
発明を実施するための形態
本発明は以下の細胞、味覚センサー、その用途を提供するものである。
1.マウス舌上皮よりインテグリンβ1の強発現を指標に単離され、長期継代培養して樹立された、味覚レセプターを発現する細胞である細胞株KT−1。
2.前記1に記載の細胞株KT−1を、以下の低血清培地中で長期継代培養して樹立された細胞株KT−1。
カルシウム 最終濃度 5 μg/ml
上皮成長因子 最終濃度 10 ng/ml
塩基性繊維芽細胞成長因子 最終濃度 10 ng/ml
インシュリン 最終濃度 5 ng/ml
トランスフェリン 最終濃度 10 ng/ml
ヒドロコルチゾン 最終濃度 0.2 μM
エタノールアミン 最終濃度 0.5 μM
ホスホエタノールアミン 最終濃度 0.5 μM
ヘパリン 最終濃度 20 μg/ml
ゲンタマイシン 最終濃度 10 mg/ml
アンフォテリシンB 最終濃度 500 ng/ml
ペニシリン 最終濃度 50 U/ml
ストレプトマイシン 最終濃度 50 mg/ml
カルシウムをキレートした牛胎児血清 最終濃度 0.25 %
3.受託番号FERM BP−8347で寄託されている、前記2に記載の細胞株KT−1。
4.前記2又は3に記載の細胞株KT−1を、以下の分化誘導培地中で培養して得られるKT−1細胞。
カルシウム 最終濃度 10 μg/ml
上皮成長因子 最終濃度 1 ng/ml
ケラチノサイト成長因子 最終濃度 1 ng/ml
インシュリン様成長因子 最終濃度 5 ng/ml
トランスフェリン 最終濃度 100 ng/ml
ヒドロコルチゾン 最終濃度 0.2 μM
アルドステロン 最終濃度 10 nM
エタノールアミン 最終濃度 0.5 μM
ホスホエタノールアミン 最終濃度 0.5 μM
カルシトリオール 最終濃度 10 nM
9−シス レチノイン酸 最終濃度 0.8 μM
グルタチオン 最終濃度 200 μM
システイン 最終濃度 50 μM
チロシン 最終濃度 2.72 μg/ml
フェニルアラニン 最終濃度 4.95 μg/ml
ヘパリン 最終濃度 20 μg/ml
ゲンタマイシン 最終濃度 10 mg/ml
アンフォテリシンB 最終濃度 500 ng/ml
ペニシリン 最終濃度 50 U/ml
ストレプトマイシン 最終濃度 50 mg/ml
5.味覚レセプターを機能的に発現している、前記4に記載のKT−1細胞。
6.前記1〜3のいずれかに記載の細胞株KT−1又は前記4又は5に記載のKT−1細胞を含む味覚センサー。
7.前記1〜3のいずれかに記載の細胞株KT−1又は前記4又は5に記載のKT−1細胞を用いて、該味覚レセプターが受容する味物質を識別することを特徴とする細胞株KT−1の味覚センサーとしての使用。
8.味覚レセプターが甘味レセプター、苦味レセプター、塩味チャネル、又はアミノ酸レセプターである、前記7記載の使用。
9.細胞株KT−1で発現していない、リガンドが既知である味覚レセプターcDNAの遺伝子導入により形質転換された細胞株KT−1。
10.前記9記載の形質転換された細胞株KT−1の、該味覚レセプターが受容する特定の味を感知する細胞としての使用。
11.細胞株KT−1で発現していない、リガンドが未知である味覚レセプターcDNAの遺伝子導入により形質転換された細胞株KT−1。
12.前記11記載の形質転換された細胞株KT−1を使用して、該未知のリガンドを探索する方法。
13.前記1〜3のいずれかに記載の細胞株KT−1又は前記4又は5に記載のKT−1細胞の、味細胞の分化誘導因子や味覚レセプターの発現を制御する物質、新規味物質、味覚修飾物質、味覚減退補助物質を探索するための使用。
14.前記1〜3のいずれかに記載の細胞株KT−1又は前記4又は5に記載のKT−1細胞及び味物質を用いて、該味物質に対する味覚レセプターを探索する方法。
15.味覚レセプターが塩味チャネルである、前記14に記載の方法。
本発明の細胞株KT−1は、マウス舌上皮細胞を単離・培養後、2年半以上継代・維持することにより樹立された細胞である。細胞株KT−1は、未分化な細胞と味覚レセプターを発現する細胞とが混在するユニークな細胞株であり、FERM BP−8347(寄託日:平成15年3月27日)として〒305−8566茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6の独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託されている。
【図面の簡単な説明】
図1は、細胞株KT−1Aからtotal RNAを抽出し、特異プライマーを用いてRT−PCRを行った結果を示す図面である。
図2は、細胞株KT−1Aにおける味覚レセプターmRNAの検出結果を示す図面である。図中、レーン1:T1r1、レーン2:T1r2、レーン3:T1r3、レーン4:サイトケラチン8である。
図3は、KT−1C細胞における味覚レセプターmRNAの検出結果を示す図面である。図中、レーン1:T1r1、レーン2:T1r2、レーン3:T1r3、レーン4:サイトケラチン8である。
図4は、成体マウス有郭乳頭におけるインテグリンの発現パターンを示す免疫組織染色像を示す図面である。
図5は、細胞株KT−1Bにおける各インテグリン分子の発現レベルをフローサイトメーターで解析した結果を示す図面である。
図6は、細胞株KT−1B(上段)およびマウス有郭乳頭(下段)で発現する未分化および味蕾特異的に発現する分子について、免疫染色ならびにin situハイブリダイゼーションを行った結果を示す図面である。
図7は、カルシウムイメージングによるKT−1C細胞における甘味受容応答の結果を示す図面である。
図8は、ホルモンによる細胞株KT−1Bの塩味チャネルαENaC発現の変化を示す図面である。(レーン1:プロゲステロン、レーン2:ヒドロコルチゾン、レーン3:アルドステロン)
図9は、ナトリウムイメージングによるKT−1C細胞における塩味受容応答の結果を示す図面である。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例】
1.細胞株KT−1の樹立方法
1−1.細胞株KT−1A株の樹立
マウス舌上皮からインテグリンβ1の強発現を指標に細胞を回収し、初代培養後1年間半、以下の培地により維持・継代(1−2週間に一度)した。
培地:MCDB153基本培地A
カルシウム 最終濃度 5 μg/ml
上皮成長因子 最終濃度 10 ng/ml
塩基性繊維芽細胞成長因子 最終濃度 10 ng/ml
インシュリン 最終濃度 5 ng/ml
トランスフェリン 最終濃度 10 ng/ml
ヒドロコルチゾン 最終濃度 0.2 μM
エタノールアミン 最終濃度 0.5 μM
ホスホエタノールアミン 最終濃度 0.5 μM
ヘパリン 最終濃度 20 μg/ml
ゲンタマイシン 最終濃度 10 mg/ml
アンフォテリシンB 最終濃度 500 ng/ml
ペニシリン 最終濃度 50 U/ml
ストレプトマイシン 最終濃度 50 mg/ml
カルシウムをキレートした牛胎児血清 最終濃度 0.5 %
得られた細胞株をKT−1A株とした。
1−2.細胞株KT−1B株の樹立
継代のために細胞株KT−1Aが付着しているプラスティックディッシュを3回PBS(−)で洗浄した後、0.05%トリプシン−1mM EDTAを加えて37℃で5−10分間反応させた。ディッシュより剥がれてきた細胞を、トリプシン活性を中和してから遠心により回収し、新たな培地で懸濁して、コラーゲンタイプIV(3μg/ml)とマトリジェル(10μl/ml)でコートしたプラスティックディッシュに播いた。そして、以下のより血清濃度の低い(0.25%)培地にて、3−4日間に一度の継代を1年半以上行い続けた。
培地:MCDB153基本培地B
カルシウム 最終濃度 5 μg/ml
上皮成長因子 最終濃度 10 ng/ml
塩基性繊維芽細胞成長因子 最終濃度 10 ng/ml
インシュリン 最終濃度 5 ng/ml
トランスフェリン 最終濃度 10 ng/ml
ヒドロコルチゾン 最終濃度 0.2 μM
エタノールアミン 最終濃度 0.5 μM
ホスホエタノールアミン 最終濃度 0.5 μM
ヘパリン 最終濃度 20 μg/ml
ゲンタマイシン 最終濃度 10 mg/ml
アンフォテリシンB 最終濃度 500 ng/ml
ペニシリン 最終濃度 50 U/ml
ストレプトマイシン 最終濃度 50 mg/ml
カルシウムをキレートした牛胎児血清 最終濃度 0.25 %
得られた細胞株をKT−1B株とした。細胞株KT−1B株はFERM BP−8347として寄託されている。
1−3.細胞株KT−1BからKT−1C細胞への分化誘導
細胞株KT−1Bを以下の分化誘導培地で3〜7日間培養して、細胞株KT−1Bを更に分化させてKT−1C細胞を得た。
分化誘導培地:MCDB基本培地C
カルシウム 最終濃度 10 μg/ml
上皮成長因子 最終濃度 1 ng/ml
ケラチノサイト成長因子 最終濃度 1 ng/ml
インシュリン様成長因子 最終濃度 5 ng/ml
トランスフェリン 最終濃度 100 ng/ml
ヒドロコルチゾン 最終濃度 0.2 μM
アルドステロン 最終濃度 10 nM
エタノールアミン 最終濃度 0.5 μM
ホスホエタノールアミン 最終濃度 0.5 μM
カルシトリオール 最終濃度 10 nM
9−シス レチノイン酸 最終濃度 0.8 μM
グルタチオン 最終濃度 200 μM
システイン 最終濃度 50 μM
チロシン 最終濃度 2.72 μg/ml
フェニルアラニン 最終濃度 4.95 μg/ml
ヘパリン 最終濃度 20 μg/ml
ゲンタマイシン 最終濃度 10 mg/ml
アンフォテリシンB 最終濃度 500 ng/ml
ペニシリン 最終濃度 50 U/ml
ストレプトマイシン 最終濃度 50 mg/ml
2−1.RT−PCRによる細胞株KT−1Aにおける味覚関連遺伝子のmRNA発現の確認
(実験方法)
細胞株KT−1AのcDNAを、細胞株KT−1Aからtotal RNAを調製し、このtotal RNAを鋳型とした逆転写反応により得た。RNAの抽出にはTrizol溶液(Invitrogen社製)等を用いることが簡便である。このtotal RNA 2μgを用いて、逆転写反応を行うには、Super Script First Strand cDNA合成キット(Invitrogen社製)を用いると簡便に行うことができる。
このcDNAを鋳型として、あらかじめ設計しておいた各味覚レセプター及び味蕾関連分子に特異的なプライマー(各0.2μM)(表1)を用い、2.5ユニットのTakaraTaq(Takara社製)を加えて25μlスケールにて95℃で5分変性した後、95℃で1分、55−58℃で1分、72℃で2分 を1サイクルとする35サイクルのPCR反応を行った。各プライマーの配列は、表1に示した(但し、配列番号31〜34のプライマーは、後述する実施例2−2で使用した。)。PCR反応液8μlを1.5%アガロースゲルで電気泳動し、エチジウムブロマイドで染色して写真撮影を行った。

(実験結果)
結果を図1に示す。細胞株KT−1Aでは、味覚レセプターをコードするT1r1、T2r5、T2r18、T2r19や塩味の受容に関わるαENaC(アミロライド感受性ナトリウムチャンネルαサブユニット)、Gタンパク質であるGαi2、Gαi3、Gγ13、ならびに、味蕾およびその周囲で特異的に発現するSTG、サイトケラチン8、Patched1(図面においてPtc1又はpatched−1と表記することもある)の発現が確認されたが、T1r2、T1r3及びgustducinは発現していなかった。以上より、細胞株KT−1Aは、未分化な細胞から味覚レセプターを発現する細胞まで、様々な分化段階の細胞から構成されていることがわかる。
2−2.細胞株KT−1A及びKT−1C細胞における味覚レセプターmRNAの検出
(実験方法)
細胞株KT−1A及びKT−1C細胞からTrizol溶液によりそれぞれのRNAを抽出した。得られたRNA 2μg用いて、Super Script First Strand cDNA合成キットによりcDNAを40μlスケールで合成した。このcDNA溶液1μlを鋳型に各味覚レセプター(T1r1、T1r3、T1r2及びサイトケラチン8)に特異的なプライマー(T1r1:配列番号31及び32、T1r3:配列番号33及び34、T1r2:配列番号3及び4、サイトケラチン8:配列番号27及び28)(各0.2μM)を用いて2.5ユニットTakaraTaq(Takara社製)を加えて25μlスケールにて95℃で5分変性した後、95℃で1分、58−68℃で1分、72℃で2分を1サイクルとする35サイクルのPCR反応を行った。PCR反応液8μlを1.5%アガロースゲルで電気泳動し、エチジウムブロマイドで染色して写真撮影を行った。
(実験結果)
図2及び3に、RT−PCR法による細胞株KT−1A(図2)及びKT−1C細胞(図3)における味覚レセプターmRNAの検出結果を示す。各図において、レーン1:T1r1、レーン2:T1r2、レーン3:T1r3、レーン4:サイトケラチン8である。
図2と図3とを対比すると細胞株KT−1Aでは発現していない甘味レセプターT1r2及びT1r3がKT−1C細胞では発現している。すなわち、KT−1C細胞にはT1r2及びT1r3を発現する細胞が多く含まれている。したがって、細胞株KT−1AとKT−1C細胞とは、T1r2及びT1r3の発現において区別することができる。
また、前記マーカー分子及びその他のマーカー分子の発現結果を、以下の表2に示す。

表中の記号の意味は以下のとおりである。
++:強く発現している、+:発現している、−:発現していない。
2−3.有郭乳頭の免疫組織染色
(実験方法)
雄C57BL/6マウスの舌を摘出後、有郭乳頭の凍結切片(10μm)を載せたスライドを、4%パラフォルムアルデヒドを含むPBS(−)で固定した後、様々な抗インテグリン抗体と4℃で一晩反応させた後、蛍光標識2次抗体(Alexa488標識抗ウサギもしくは抗マウスIgGならびにCy3標識抗ハムスターもしくはラットIgG)で染色した。
(実験結果)
図4は、成体マウス有郭乳頭のインテグリン発現パターンを示す免疫組織染色像である。図4に示すように、マウスの有郭乳頭では、インテグリンβ4とインテグリンα6とが上皮基底部に限局して強発現していた。一方、インテグリンβ1は基底部のみならず、味蕾においても強い発現が認められた。
2−4.細胞株KT−1Bのフローサイトメーター解析
(実験方法)
細胞株KT−1B(2×10個)を抗インテグリンモノクローナル抗体(1μg)と4℃で30分間反応させた後、FITC標識2次抗体で染色し、発現レベルを示す強度をフローサイトメーターにて解析した。
(実験結果)
細胞株KT−1Bにおける各インテグリン分子の発現レベルを図5に示した。有郭乳頭付近の舌上皮基底部(図4)と同様に細胞株KT−1Bでは、α6、β1、β4の発現が認められた。したがって、細胞株KT−1Bは、上記の有郭乳頭と同様のインテグリンの発現パターンを示した。このことから、細胞株KT−1Bには、基底部にある未分化の細胞と味蕾の細胞が混在していることが分かった。
2−5.マウス有郭乳頭及び細胞株KT−1Bの免疫染色
(実験方法)
スライドガラス上で培養した細胞株KT−1B、及び、上記の実施例2−3と同様にして4%パラフォルムアルデヒドを含んだPBS(−)により室温下で10分間固定したマウス有郭乳頭を、抗musashi抗体や抗サイトケラチン8抗体等と4℃で一晩反応させた後、Alexa488−標識2次抗体で染色した。
(実験結果)
図6に、細胞株KT−1B(上段)およびマウス有郭乳頭(下段)における未分化細胞特異的分子及び味蕾特異的分子の発現を示す。図6A及び図6Bはmusashiタンパク質、図6E及び図6Fはサイトケラチン8タンパク質の発現をそれぞれ示す。スケールバーは40μmである。図6中、白く染まった細胞が、各分子を発現している細胞を示す。
図6A及び図6Bに示されるように、有郭乳頭の基底部近傍でmusashiタンパク質(神経幹細胞で発現しているマーカー)の発現が認められ、細胞株KT−1Bでも強い発現が認められた。また図6E及び6Fに示されるように、味蕾特異的分子であるサイトケラチン8が細胞株KT−1Bでも発現していた。細胞株KT−1Bの約20−30%の細胞でサイトケラチン8の発現が認められた。
2−6.マウス有郭乳頭及び細胞株KT−1Bのin situハイブリダイゼーションによる味覚関連分子の発現の確認
(実験方法)
マウスPatched1、STG、T2r5、T2r18、T2r19の各cDNAを、pGEM−Tプラスミド(Promega社製)にサブクローニングし、これらのプラスミドを鋳型にDIG RNA labeling kit(ロッシュ社製)を用いてジゴキシゲニンで標識したRNAプローブを作製した。これらを各プローブが0.5μg/mlの濃度になるようにハイブリダイゼーション溶液(50%フォルムアミド、5×SSC、10%Denharts、10mg/mlサケ精巣DNA)に溶解した。スライドガラス上で培養した細胞株KT−1B、及び、上記の実施例2−3と同様にして4%パラフォルムアルデヒドを含んだPBS(−)により室温下で10分間固定したマウス有郭乳頭を、それぞれ上記のプローブ液を希釈したハイブリダイゼーション液で被覆し、65℃で一晩ハイブリダイズした。
2×SSC(室温で5分)と0.2×SSC(65℃で90分)で洗浄後、1×チラミドブロッキングバッファー(Dupont社製)で2時間ブロッキングした後、Anti−Digoxigenin−POD(ブロッキングバッファーで100倍希釈、ロッシュ社製)と4℃で一晩反応させた。0.02%Tween−20を含むPBS(−)にて5分間3回洗浄した後、ビオチニルチラミド(チラミドリアクションバッファーで50倍希釈、Dupont社製)と37℃で30分間反応させた。0.02%Tween−20を含むPBS(−)にて5分間3回洗浄した後、ストレプトアビジン−Alexa488(PBS(−)で250倍希釈、Molecular Probe社製)と反応させて蛍光顕微鏡(ライカ社製、DMRIB)で観察・写真撮影した。
(実験結果)
図6に、細胞株KT−1B(上段)およびマウス有郭乳頭(下段)における未分化細胞特異的分子及び味蕾特異的分子の発現を示す。図6C及び6Dは、未分化細胞マーカーであるPatched1の発現を示し、図6G及び6Hは、味蕾特異的遺伝子STGの発現を示し、図6I及び6Jは、苦味レセプターT2r5、T2r18、T2r19の発現を示す。図6中、白く染まった細胞が、各分子を発現している細胞を示す。但し、図6Dでは、黒く染まった部分が発現細胞を示す。図6より、細胞株KT−1Bを含む細胞集団中には、未分化な細胞、味蕾特異的分子を発現する細胞及び苦味に応答する細胞を含んでいることが分かる。
3.カルシウムイメージングを用いたKT−1C細胞の甘味応答能の確認
(実験方法)
35mmガラスボトムディッシュ(松浪ガラス)中で細胞株KT−1Bを培養し、50−70%コンフルエントになった時点で、実施例1−3に記載の分化誘導処理を3−7日間施して、KT−1C細胞を得た。
PBS(−)で2回洗浄したKT−1C細胞を、イメージング用バッファー(NaHCO22mM、KCl 5mM、NaHPO1.25mM、グルコース10mM、NaCl 124mM)1mlに5μl Fura−2−AM(DMSOで溶解した1mM、Molecular Probe社製)と5μlクレモフォア(Nacalai tesque社)とを加えたものと一緒に室温で30分間インキュベートしてFura−2−AMを細胞内へ取り込ませた。その後、イメージングバッファーで2回洗浄して細胞に取り込まれなかったFura−2−AMを除いた。
次いでイメージングバッファーに1mM MgClと2mM CaClとを加えた液1mlでディッシュを満たし、そこへ甘味レセプターT1r2/T1r3のリガンドであることが知られている人工甘味料Acesulfame K(Fluka社製)を終濃度で5mMになるように加えた。甘味応答能を有する細胞、すなわち甘味レセプターであるT1r2及びT1r3が機能的に発現している細胞は、Acesulfame K(甘味物質)に応答してカルシウムの細胞質内への流入が起こり、その結果、細胞質内カルシウム濃度が上昇することが知られている。そこで、Acesulfame Kの添加により細胞質へ流入したカルシウムに起因してFura−2が出す蛍光(490nm)を、AquaCosmosソフトウェアー(浜松ホトニクス社製)で制御されたCCDカメラ(浜松ホトニクス社製)を装着した蛍光倒立顕微鏡(ライカ社,DMRIB)で経時的に測定した。測定後、AquaCosmosソフトウェアーで各細胞における蛍光強度の経時変化をカルシウム濃度変化へ換算する経時変化解析を行い、グラフ化した。
(実験結果)
結果を図7に示す。図7AはAcesulfame Kを入れる前の蛍光強度を示し、図7BはAcesulfame Kの添加0.5分後の蛍光強度を示している。図7Bの右側のカラーバーは、青色から赤色に向かって蛍光強度が強いことを示している。
図7Bの矢印で示した細胞について図7Aと7Bとを比較すると、Acesulfame K添加により蛍光強度が緑色から黄色・赤色へと変化した。このことは、Acesulfame Kの添加により、KT−1C細胞内部へのカルシウム流入が起こり細胞内カルシウム濃度が上昇したことを示している。
図7Cは、図7Bの矢印で示した細胞についてのカルシウム濃度の経時的変化を示している。図7Cにおいて、横軸は測定開始からの時間(分)、縦軸は細胞内カルシウム濃度を示している。また、矢印で示した点はAcesulfame Kを添加した時点を示している。図7CからもAcesulfame Kの添加により、KT−1C細胞内部へのカルシウム流入が起こり、結果として細胞内カルシウム濃度が上昇したことが理解される。
以上より、KT−1C細胞は、甘味レセプターであるT1r2及びT1r3を機能的に発現しており、甘味応答能を有することが理解される。したがって、KT−1C細胞を、甘味を感知する味覚センサーとして利用可能であること及び代替甘味料や甘味増強物質を探索するために利用可能であることが示された。
本実施例の甘味応答能を有する細胞は、FERM BP−8347として寄託された細胞株KT−1Bを、実施例1−3に記載のMCDB基本培地Cにて処理して得られるKT−1C細胞を、上述のAcesulfame K添加による細胞内カルシウム濃度の上昇を指標として選択することによって単離することができる。
4.細胞株KT−1Bを用いたホルモンによる味覚レセプターの発現制御
(実験方法)
細胞株KT−1Bは、ヒドロコルチゾン存在下で培養している間は、塩味の受容に関与するアミロライド感受性ナトリウムチャンネルαサブユニット(αENaC)を恒常的に発現している。
そこで、細胞株KT−1Bを、ホルモンであるプロゲステロン(0.1μM)、アルドステロン(1μM)又はヒドロコルチゾン(0.2μM)で6日間処理して、塩味チャネルαENaCの発現を調べた。
処理した細胞株KT−1BからTrizol溶液によりRNAを抽出し、得られた2μg RNAを用いて、Super Script First Strand cDNA合成キットによりcDNAを40μlスケールで合成した。このcDNA溶液1μlを鋳型として、塩味チャネルαENaCに特異的なプライマー(各0.2μM)(配列番号13及び14)を用い、2.5ユニットTakaraTaq(Takara社製)を加えて25μlスケールにて95℃で5分変性した後、95℃で1分、58℃で1分、72℃で2分を1サイクルとして、35サイクルのPCR反応を行った。PCR反応液8μlを1.5%アガロースゲルで電気泳動し、エチジウムブロマイドで染色して写真撮影を行った。
(実験結果)
図8に、各ホルモン(レーン1:プロゲステロン、レーン2:ヒドロコルチゾン、レーン3:アルドステロン)で処理した細胞株KT−1Bにおける味覚レセプターmRNAの検出結果を示す。
図8に示すように、プロゲステロン処理細胞と比較して、アルドステロン又はヒドロコルチゾンで処理した細胞では、塩味チャネルであるαENaCの発現量が増加していることが明らかとなった。
5.ナトリウムイメージングを用いたKT−1C細胞の塩味応答能の確認
(実験方法)
実施例3と同様にして誘導したKT−1C細胞を、PBS(−)で2階洗浄し、次いでNaイメージング用バッファー(NaHCO22mM,KCl 5mM,NaHPO1.25mM,グルコース10mM,N−methyl D−glucamine 124mM)1mlに1μl CoroNa−Red(Molecular Probe社製)を加えたものと一緒に室温で3分間インキュベートしてCoroNa−Redを細胞内へ取り込ませた。その後、Naイメージング用バッファーで2回洗浄して細胞に取り込まれなかったCoroNa−Redを除いた。
次いでイメージングバッファーに1mM MgClと2mM CaClとを加えた液1mlでディッシュを満たし、そこへ塩味チャネルのリガンドであることが知られているNaClを終濃度で50mMになるように加えた。塩味応答能を有する細胞、すなわち塩味チャネルであるαENaCが機能的に発現している細胞は、NaCl(塩味物質)に応答してナトリウムの細胞質内への流入が起こり、その結果、細胞質内ナトリウム濃度が上昇することが知られている。そこで、NaClの添加により細胞質へ流入したナトリウムに起因してCoroNa−Redが出す蛍光(580nm)を、AquaCosmosソフトウェアー(浜松ホトニクス社製)で制御されたCCDカメラ(浜松ホトニクス社製)を装着した蛍光倒立顕微鏡(ライカ社,DMRIB)で経時的に測定した。測定後、AquaCosmosソフトウェアーで各細胞における蛍光強度の経時変化をナトリウム濃度変化へ換算する経時変化解析を行い、グラフ化した。
(実験結果)
結果を図9に示す。図9AはNaClを入れる前の蛍光強度を示し、図9BはNaClの添加0.5分後の蛍光強度を示している。図9Bの右側のカラーバーは、青色から赤色に向かって蛍光強度が強いことを示している。
図9Aと9Bとを比較すると、NaCl添加により蛍光強度が青色から黄色・赤色へと変化した。このことは、NaClの添加により、KT−1C細胞内部へのナトリウム流入が起こり細胞内ナトリウム濃度が上昇したことを示している。
図9Cは、図9Bの矢印で示した細胞についてのナトリウム濃度の経時的変化を示している。図9Cにおいて、横軸は測定開始からの時間(分)、縦軸は細胞内ナトリウム濃度を示している。また、下矢印で示した点は50mM NaClを添加した時点を、上矢印で示した点は150mM NaClを添加した時点を示している。図9CからもNaClの添加により、KT−1C細胞内部へのナトリウム流入が起こり、結果として細胞内ナトリウム濃度が上昇したことが理解される。また、添加するNaCl濃度に応じて細胞内ナトリウム濃度も変化することが明らかになった。
以上より、KT−1C細胞は、塩味チャネルであるαENaCを機能的に発現しており、塩味応答能を有することが理解される。したがって、KT−1C細胞を塩味を感知する味覚センサーとして利用可能であること及び塩味代替物質や塩味増強物質を探索するために利用可能であることが示された。
本実施例の塩味応答能を有する細胞は、FERM BP−8347として寄託された細胞株KT−1Bを、実施例1−3に記載のMCDB基本培地Cにて処理して得られるKT−1C細胞を、上述のNaCl添加による細胞内ナトリウム濃度の上昇を指標として選択することによって単離することができる。
6.カルシウムイメージングを用いた細胞株KT−1Bの苦味応答能の確認
(実験方法)
35mmガラスボトムディッシュ(松浪ガラス)中で細胞株KT−1Bを培養し、50−70%コンフルエントになった時点で、PBS(−)で2回洗浄したKT−1B細胞を、イメージング用バッファー(NaHCO22mM、KCl 5mM、NaHPO1.25mM、グルコース10mM、NaCl 124mM)1mlに5μl Fluo−3−AM(DMSOで溶解した1mM、同仁化学社製)と5μlクレモフォア(Nacalai tesque社)とを加えたものと一緒に室温で30分間インキュベートしてFluo−3−AMを細胞内へ取り込ませた。その後、イメージングバッファーで2回洗浄して細胞に取り込まれなかったFluo−3−AMを除いた。
次いでイメージングバッファーに1mM MgClと2mM CaClとを加えた液1mlでディッシュを満たし、そこへ苦味レセプターT2r5のリガンドであることが知られているシクロヘキシミドを終濃度で1mMになるように加えた。苦味応答能を有する細胞、すなわち苦味レセプターであるT2r5が機能的に発現している細胞は、シクロヘキシミド(苦味物質)に応答してカルシウムの細胞質内への流入が起こり、その結果、細胞質内カルシウム濃度が上昇することが知られている。そこで、シクロヘキシミドの添加により細胞質へ流入したカルシウムに起因してFluo−3が出す蛍光(490nm)を、AquaCosmosソフトウェアー(浜松ホトニクス社製)で制御されたCCDカメラ(浜松ホトニクス社製)を装着した蛍光倒立顕微鏡(ライカ社,DMRIB)で経時的に測定した。測定後、AquaCosmosソフトウェアーで各細胞における蛍光強度の経時変化をカルシウム濃度変化へ換算する経時変化解析を行い、グラフ化した。
本実施例の苦味応答能を有する細胞は、FERM BP−8347として寄託された細胞株KT−1Bを、上述のシクロヘキシミド添加による細胞内カルシウム濃度の上昇を指標として選択することによって単離することができる。
【産業上の利用の可能性】
本発明の細胞株KT−1を用いると、特定の味応答を再現性良く測定することや、味細胞の分化誘導因子を同定するシステムを構築することが可能になる。
【配列表】
















【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
マウス舌上皮よりインテグリンβ1の強発現を指標に単離され、長期継代培養して樹立された、味覚レセプターを発現する細胞である細胞株KT−1。
【請求項2】
請求項1に記載の細胞株KT−1を、以下の低血清培地中で長期継代培養して樹立された細胞株KT−1。
カルシウム 最終濃度 5 μg/ml
上皮成長因子 最終濃度 10 ng/ml
塩基性繊維芽細胞成長因子 最終濃度 10 ng/ml
インシュリン 最終濃度 5 ng/ml
トランスフェリン 最終濃度 10 ng/ml
ヒドロコルチゾン 最終濃度 0.2 μM
エタノールアミン 最終濃度 0.5 μM
ホスホエタノールアミン 最終濃度 0.5 μM
ヘパリン 最終濃度 20 μg/ml
ゲンタマイシン 最終濃度 10 mg/ml
アンフォテリシンB 最終濃度 500 ng/ml
ペニシリン 最終濃度 50 U/ml
ストレプトマイシン 最終濃度 50 mg/ml
カルシウムをキレートした牛胎児血清 最終濃度 0.25 %
【請求項3】
受託番号FERM BP−8347で寄託されている、請求項2に記載の細胞株KT−1。
【請求項4】
請求項2又は3に記載の細胞株KT−1を、以下の分化誘導培地中で培養して得られるKT−1細胞。
カルシウム 最終濃度 10 μg/ml
上皮成長因子 最終濃度 1 ng/ml
ケラチノサイト成長因子 最終濃度 1 ng/ml
インシュリン様成長因子 最終濃度 5 ng/ml
トランスフェリン 最終濃度 100 ng/ml
ヒドロコルチゾン 最終濃度 0.2 μM
アルドステロン 最終濃度 10 nM
エタノールアミン 最終濃度 0.5 μM
ホスホエタノールアミン 最終濃度 0.5 μM
カルシトリオール 最終濃度 10 nM
9−シス レチノイン酸 最終濃度 0.8 μM
グルタチオン 最終濃度 200 μM
システイン 最終濃度 50 μM
チロシン 最終濃度 2.72 μg/ml
フェニルアラニン 最終濃度 4.95 μg/ml
ヘパリン 最終濃度 20 μg/ml
ゲンタマイシン 最終濃度 10 mg/ml
アンフォテリシンB 最終濃度 500 ng/ml
ペニシリン 最終濃度 50 U/ml
ストレプトマイシン 最終濃度 50 mg/ml
【請求項5】
味覚レセプターを機能的に発現している、請求項4に記載のKT−1細胞。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれかに記載の細胞株KT−1又は請求項4又は5に記載のKT−1細胞を含む味覚センサー。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれかに記載の細胞株KT−1又は請求項4又は5に記載のKT−1細胞を用いて、該味覚レセプターが受容する味物質を識別することを特徴とする細胞株KT−1の味覚センサーとしての使用。
【請求項8】
味覚レセプターが甘味レセプター、苦味レセプター、塩味チャネル、又はアミノ酸レセプターである、請求項7記載の使用。
【請求項9】
細胞株KT−1で発現していない、リガンドが既知である味覚レセプターcDNAの遺伝子導入により形質転換された細胞株KT−1。
【請求項10】
請求項9記載の形質転換された細胞株KT−1の、該味覚レセプターが受容する特定の味を感知する細胞としての使用。
【請求項11】
細胞株KT−1で発現していない、リガンドが未知である味覚レセプターcDNAの遺伝子導入により形質転換された細胞株KT−1。
【請求項12】
請求項11記載の形質転換された細胞株KT−1を使用して、該未知のリガンドを探索する方法。
【請求項13】
請求項1〜3のいずれかに記載の細胞株KT−1又は請求項4又は5に記載のKT−1細胞の、味細胞の分化誘導因子や味覚レセプターの発現を制御する物質、新規味物質、味覚修飾物質、味覚減退補助物質を探索するための使用。
【請求項14】
請求項1〜3のいずれかに記載の細胞株KT−1又は請求項4又は5に記載のKT−1細胞及び味物質を用いて、該味物質に対する味覚レセプターを探索する方法。
【請求項15】
味覚レセプターが塩味チャネルである、請求項14に記載の方法。

【国際公開番号】WO2004/090122
【国際公開日】平成16年10月21日(2004.10.21)
【発行日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−505250(P2005−505250)
【国際出願番号】PCT/JP2004/004788
【国際出願日】平成16年4月1日(2004.4.1)
【出願人】(501145295)独立行政法人食品総合研究所 (27)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構 (827)
【Fターム(参考)】