舌位置制御装置
【課題】閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)を有効に改善するとともに、患者への心身的負担が小さく、コンプライアンスの低下や副作用が生じにくい装置を提供すること。
【解決手段】下顎歯列に装着されるスプリント11と、該スプリント上面の内側湾曲部に配設され、該スプリントを下顎歯列に装着したときに舌の少なくとも一部を覆うように構成されたカプセル12であって、装着時に舌の先端部に位置する貫通孔を有するカプセルと、からなる装着部10と、陰圧を発生させる圧発生装置14と、前記貫通孔と圧発生装置とを連結するチューブ16と、を備える舌位置制御装置1を提供する。
【解決手段】下顎歯列に装着されるスプリント11と、該スプリント上面の内側湾曲部に配設され、該スプリントを下顎歯列に装着したときに舌の少なくとも一部を覆うように構成されたカプセル12であって、装着時に舌の先端部に位置する貫通孔を有するカプセルと、からなる装着部10と、陰圧を発生させる圧発生装置14と、前記貫通孔と圧発生装置とを連結するチューブ16と、を備える舌位置制御装置1を提供する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、いびきの抑制および閉塞性睡眠時無呼吸症候群患者等の治療を目的として用いられる睡眠中の舌位置制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
閉塞性睡眠時無呼吸症候群(obstructive sleep apnea syndrome;OSAS)は、睡眠中に上気道が閉塞し無呼吸を呈する疾患である。近年、OSASが発症するためには、二つの大きな要因があることが明らかにされている。第一要因は、覚醒から睡眠に至る段階で見られる上気道拡張筋(舌筋を含む)の緊張性の低下である。覚醒時には気流(図13中、黒矢印)が確保されているが、入眠により上気道拡張筋の筋活動が低下すると、舌が沈下(咽頭方向に移動)し、かつ軟口蓋を咽頭方向に押す(図14中、白矢印)。その結果、軟口蓋後方部の上気道(Velopharynxと呼ばれる)がとりわけ狭くなり、気流の開通性が低下する(図14中、黒矢印)。事実、OSASにおける上気道閉塞の主要部位はこのVelopharynxであることも明らかにされている。ところが、この上気道拡張筋の活動低下は健常者(OSAS患者でない人)においても見られる生理的な現象であり、この現象単独ではOSASを発症することはない。そこで、第二要因として、上気道形態の解剖学的異常が挙げられる。例えば、肥満による口腔内軟組織過剰などにより、もともと覚醒時においても上気道が狭窄している場合、入眠によるわずかな上気道の狭小化によっても上気道開通性は著しく低下し、OSASが生じると考えられる。
【0003】
OSASの成人有病率は約2〜4%と高く、これに伴う日中の耐え難い眠気により交通事故や産業事故の危険性を増大させることや、メタボリックシンドロームや心脳血管障害の発現要因となることから、成績の良好な治療法の開発の重要性が認識されている。
【0004】
従来のOSASの治療法は、外科的治療と保存的治療に大別される。外科的治療法である軟口蓋形成術(Uvulopalatopharyngoplasty;UPPP)や、上下顎前方移動術(Maxillomandibular advancement;MMA)は、成功すれば、OSASが根本的に治癒する。その反面、術後に発音・嚥下機能障害が生じうること、OSASが再発しうること、さらに手術が不可逆的であること、適応基準の妥当性についても異議が多いことなどから、現在、外科的治療法を選択する患者は限られている。
【0005】
一方、外科的手術によらない保存的治療としては、世界的にもOSAS治療第一選択である経鼻的持続陽圧呼吸療法(nasal Continuous Positive Airway Pressure;nCPAP)や、第二選択の口腔内装置がある(例えば、非特許文献1を参照)。nCPAPは、鼻につけたマスクから陽圧を作用させ、上気道内の空気圧を陽圧に保つことにより、上気道閉塞を防ぐ装置を用いる治療法である。また、口腔内装置は、下顎または舌を前方に位置させ、上気道を拡大維持する装置であり、大別すると、下顎前方維持型装置(Mandibular Advancement Device;MAD)と、舌前方維持装置(Tongue Retaining device;TRD)の2種類の装置が挙げられる(例えば、非特許文献2を参照)。nCPAPも口腔内装置も、OSASを改善し、その状態を保つことができ、安全性も確立されている。しかし、nCPAPや口腔内装置がOSASの根本的治癒をもたらすことはなく、患者はこれらの装置を長期間使用しなければならない。このため、OSASに有効かつ患者負担の少ない装置の提供が切望される。
【0006】
nCPAPは、OSAS改善率が高いものの、陽圧による鼻症状やマスク装着による不快感のためにコンプライアンス(指示通りに使用できる確率)が低く、治療脱落者が多い。また、上気道拡張筋の活動は上気道の開通性を保持する役割を持つが、上気道内に陽圧を作用させると、その筋活動は抑制される(例えば、非特許文献3を参照)。すなわち、nCPAPは確かにOSASを改善するが、ヒトが本来持つOSASに対する防御機能を一部低下させる。
【0007】
また、小児は顎顔面の成長発育が著しく、小児OSAS患者にnCPAPを用いると、鼻に装着されるマスクの外力が上顎骨に加わる結果、上顎骨の成長が抑制され、中顔面の変形や咬合の変化を引き起こすことが報告されている(例えば、非特許文献4を参照)。成人以上のOSAS患者に対しても、nCPAPの長期使用により、マスクの外力により、小児と同様の咬合変化が生じることが報告されている(例えば、非特許文献5を参照)。
【0008】
これに対し、口腔内装置は、簡便、安価で使いやすく、nCPAP脱落者への適用も可能である。その反面、nCPAPほどの効果が得られないことが指摘されている(たとえば、非特許文献6参照)。とりわけMADは、TRDよりもOSAS改善に有効であるが、下顎の位置が前方位で固定されるため、歯や顎関節に対する負荷が大きく、長期使用により歯の移動や顎関節に対する違和感や疼痛等の副作用が惹起される確率は高い(たとえば、非特許文献7参照)。このため、使用による患者の心身的負担も大きいといえる。
【0009】
また、小児OSAS患者に対してMADを用いる場合、MADは歯科矯正装置として作用し、装置使用による下顎前方移動により下顎の成長が促進される(例えば、非特許文献8参照)。そのため、OSAS症状の改善が期待される半面、反対咬合を引き起こすことが懸念される。このため、小児OSAS患者に対してMADを用いる場合は、適応は小下顎を有する患者に限定される。
【0010】
TRDも口腔内装置の一つであるが、デザインと治療原理はMADと異なる。上下顎歯列に一体型マウスピースをすることはMADと同様だが、その前方部に設けられたソケット内に舌を前方位にて吸引保持することにより、舌後方部の気道を拡大させるものである。しかし、マウスピースが上下顎一体型であるため、MAD同様に下顎の位置を変えることができない。睡眠中は、重力や閉口筋の活動低下により下顎は後下方に下がって開口するのが通常であるが(例えば、非特許文献9を参照)、TRDを装着すると、この生理的位置変化が妨げられることになる。この結果、マウスピースを介して上下顎の歯に負荷がかかるため、長期使用による歯への為害作用が生じることはMADと同様である(例えば、非特許文献10参照)。下顎の位置が固定されたり、舌を前方に移動したりすることによる患者の心身的負担も大きい。
【0011】
さらに、nCPAPもTRDも、口呼吸ができないので、鼻呼吸に問題がある患者は使用できない。ヒトは本来、鼻呼吸を営み、これが生理的な呼吸様式であると考えられてきた(例えば、非特許文献11及び12参照)。この点を考慮すると、nCPAPやTRDが、基本的に、装着使用時に鼻呼吸を行うことが前提とされたデザインになっていることは理に適っている。しかし、何らかの原因で鼻腔が完全閉塞に至った場合には、鼻呼吸から口呼吸に切り換わることにより呼吸が維持される。さらに、完全閉塞に至らない範囲において鼻閉が生じた場合や、ある生理的条件下(例えば換気率が向上した場合など)でも、ヒトは部分的な口呼吸を開始する(例えば非特許文献11及び13参照)。また、健康な正常成人においても、鼻呼吸者以外に、鼻呼吸と口呼吸を行う者もいることが報告されている(例えば非特許文献14参照)。
【0012】
一部口呼吸を行うOSAS患者において、口は重要な呼吸ルートとなる。またOSAS患者はアレルギー性鼻炎などに伴う鼻閉を合併していることも多く(例えば非特許文献13参照)、これらの患者においてはnCPAPのコンプライアンスが著しく低下する。仮に、nCPAPを装着した患者が口呼吸を試みれば、上気道内の陽圧が開放され、空気が口よりリークするため、nCPAPによる治療は無効となる。
【0013】
また口腔内装置のうち、MADは、上下顎スプリント間に空気孔を設ける場合もあるが、構造上、空気孔の大きさを十分に確保できない場合、コンプライアンスが低下する。
【0014】
また、TRDは、そもそもOSASを改善することに加え、口呼吸を防止し、鼻呼吸を促すことを目的としている(特許文献1参照)。TRDは、上下顎のスプリントとその中間に舌を前方に位置づけるソケットを設けるという構造上、口呼吸を行うことは不可能である。
【0015】
さらに、患者の口腔内を陰圧にして、閉塞性睡眠時無呼吸を治療する方法と装置が提案されている(例えば、特許文献2を参照)。口腔内を陰圧にすることにより、患者の軟口蓋および周囲軟組織は口腔へ、舌は硬口蓋に向かって引っ張られ、患者の上気道が開放状態に維持されるものである。しかしながら、口腔内全体を陰圧にするという非生理的状態に対する患者の負担は大きいものと予想され、コンプライアンスに問題が残る。また、上下顎一体型のマウスピースを装着するために、下顎の生理的位置変化が妨げられる点、口呼吸を行うことができない点、さらにマウスピースの長期装着による、歯に対する副作用の発生が懸念される点は、MADやTRDと同様である。
【0016】
同様に、吸盤を用いて患者の舌を口蓋に係止し、吸盤内を陰圧吸引することにより、睡眠時の舌の上気道方向への落ち込みを防止する方法も提案されている(例えば、特許文献3を参照)。しかし、舌表面への吸盤装着がもたらす異物感への対処法、睡眠中の下顎位の生理的変化が考慮されていないこと、下顎位の変化が生じた際の対処法、さらに安全性は不明である。
【特許文献1】米国特許第4169473号公報
【特許文献2】特開2007−319680号公報
【特許文献3】特開2008−183388号公報
【非特許文献1】對木悟, 井上雄一. 臨床睡眠学, 第1版第1刷. 日本臨牀66巻増刊号2, 2008; pp182-186.
【非特許文献2】Cartwright RD, Samelson CF. JAMA 1982; 248: 705-709.
【非特許文献3】Strohl KP, Redline S. Am Rev Respir Dis 1986; 134: 555-558.
【非特許文献4】Li KK, et al. Chest 2000; 117: 916-918.
【非特許文献5】Lowe AA. Efficacy of oral appliance therapy as an adjunct to nCPAP. American Academy of Dental Sleep Medicine 17th Annual Meeting, Baltimore, June 6-8, 2008(発表要旨)
【非特許文献6】Ferguson KA, et al. Sleep 2006; 29: 244-262.
【非特許文献7】Almeida FR, et al. J Clin Sleep Med 2005; 2: 143-152.
【非特許文献8】Graber TM. In Graber TM, Varnarsdall Jr RL, Eds. Orthodontics: Current Principles and Techniques, 2nd ed. St. Louis, Missouri, Mosby, 1994; pp383-436.
【非特許文献9】Miyamoto K, et al. Arch Oral Biol 1999; 44: 657-664.
【非特許文献10】Chen H, et al. Sleep Breath 2008; 12: 169-178.
【非特許文献11】Hoffstein V. Sleep Breath 2007; 11: 1-22.
【非特許文献12】Robinson RW, Zwillich CW. In Kryger MH, Roth T, Dement WC, Eds. Principles and Practice of Sleep Medicine, 3rd ed. Philadelphia, WB Saunders, 2000; pp797-812.
【非特許文献13】千葉伸太郎. 睡眠時呼吸障害Update2006, 井上雄一・山城義広編著, 第1版第1刷. 日本評論社, 2006; pp53-60.
【非特許文献14】Niinimaa V et al. Respir Physiol 1981; 43: 69-75.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、OSASを有効に改善するとともに、患者への心身的負担が小さく、コンプライアンスの低下や副作用が生じにくい装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者は、上記課題に鑑みて検討を重ねた結果、OSASを改善するためには、軟口蓋後方部の閉塞を防止するほうが有効であること;上下顎一体型のマウスピースを使用せず、下顎単独装着型のスプリントとカプセルからなる装着部を用いて舌を吸引することにより、舌の沈下を防いで軟口蓋後方部の閉塞を直接的に防止できること;下顎単独装着型のスプリントを使用することにより、下顎の生理的運動・位置変化を妨げることがなく、また、口呼吸もできることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0019】
即ち、本発明は、
〔1〕下顎歯列に装着されるスプリントと、該スプリント上面の内側湾曲部に配設され、該スプリントを下顎歯列に装着したときに舌の少なくとも一部を覆うように構成されたカプセルであって、装着時に舌の先端部に位置する貫通孔を有するカプセルと、からなる装着部と、陰圧を発生させる圧発生装置と、前記貫通孔と圧発生装置とを連結するチューブと、を備える舌位置制御装置;
〔2〕前記圧発生装置が発生させる陰圧を自動調整する圧調整機構をさらに備える、上記〔1〕に記載の舌位置制御装置;
〔3〕前記圧調整機構が、前記チューブ内の陰圧を測定する圧力センサと、該チューブと外気をつなぐ経路に設けられ、該圧力センサの測定値によって開閉が制御される弁と、を含む、上記〔2〕に記載の舌位置制御装置;
〔4〕前記スプリント及び前記カプセルが、熱可塑性または熱硬化性歯科用材料で形成される、上記〔1〕から〔3〕のいずれか1項に記載の舌位置制御装置;
〔5〕前記カプセルが周囲を閉じた二層構造になっており、舌に接する層に複数の微少貫通孔が設けられ、もう一方の層に前記チューブが連結される貫通孔が設けられている、上記〔1〕から〔4〕いずれか1項に記載の舌位置制御装置;
〔6〕前記二層構造の各層は、着脱可能な構成となっている、上記〔5〕に記載の舌位置制御装置;
〔7〕前記カプセルの貫通孔と前記圧発生装置との間に気液分離器が配置され、前記チューブは、前記カプセルの貫通孔と前記気液分離器をつないで吸引物を気液分離器内に排出する第1のチューブと、該気液分離器の気相部と前記圧発生装置をつなぐ第2のチューブとからなる、上記〔1〕から〔6〕のいずれか1項に記載の舌位置制御装置;
〔8〕さらに、前記装着部を保持するフェイスマスクであって、前額部に当接する前額保持部と、下顎に当接する下顎保持部と、該前額保持部と下顎保持部と前記装着部とを連結し固定するワイヤとを含むフェイスマスクを含む、上記〔1〕から〔7〕に記載の舌位置制御装置;
〔9〕上記〔3〕に記載の舌位置制御装置の制御方法であって、圧力センサの測定値を予め設定された圧力と比較する工程と、前記測定値が前記予め設定された圧力以下に低下している場合に弁を開放する工程と、を含む制御方法;及び
〔10〕前記弁が開放された状態で、前記圧力センサの測定値を予め設定された圧力と比較する工程と、前記測定値が予め設定された圧力以上に上昇している場合に、弁を閉鎖する工程と、をさらに含む、上記〔9〕に記載の制御方法、に関する。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る舌位置制御装置は、舌に対して直接、かつ確実に働きかけるので、OSASの発症に最も関与するとされる舌の位置変化がもたらす軟口蓋後方部の上気道閉塞を防止し、OSASを有効に改善することができる。
【0021】
さらに、本発明に係る舌位置制御装置は、下顎単独装着型のスプリントを利用するため、口呼吸ができない、下顎の生理的な運動が妨げられるといった、上下顎一体型構造をとる従来の口腔内装置の問題点を解決する。従って、鼻呼吸に問題がある患者も好適に使用することができ、下顎が固定されることによる不快感もなく、鼻腔や顎口腔系への負担も少ない。加齢に伴う顎口腔諸機能の退行性変化にも対応しやすい。また陽圧やマスク装着による不快症状や上気道拡張筋の活動抑制といったnCPAPの問題点も解決する。
【0022】
また、構造上、小児の患者に用いても、上顎骨の成長抑制や下顎の成長促進も誘発しない。
【0023】
さらに、舌を前方に移動する必要もないので、患者の心身的負担が軽減され、コンプライアンスも期待できる。
【0024】
本発明によれば、OSASはもとより、OSASと類似しているが上気道閉塞には至らない疾患、例えば上気道抵抗症候群(Upper airway resistance syndrome)やいびきの改善も可能である。
【0025】
また、本発明に係る舌位置制御装置は、舌位置変化により呼吸異常がみられる神経疾患症例の、上気道開通性の改善にも用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下に、図面を参照して本発明の好適な実施形態について説明する。
【0027】
図1は、本発明に係る舌位置制御装置1の概略を示す説明図である。
【0028】
図示されるとおり、本発明に係る舌位置制御装置1は、スプリント11とカプセル12とからなる装着部10、陰圧を発生させる吸引ポンプ等の圧発生装置14、装着部10と圧発生装置14とを連結するチューブ16を備えるものである。カプセル12には、チューブ16が連結する貫通孔13が設けられている。
【0029】
図2Aに装着部10の平面図を、図2Bに側面図を示し、図2Cに装着部10を貫通孔13と反対側から見た斜視図を示す。また、図3に図2AのIII−III線に沿って切断した断面図を示す。
【0030】
スプリント11は、下顎歯列の少なくとも一部に装着され、装着部を口腔内で固定する役割を果たす限り、どのような形状であってもよいが、下顎歯列と歯槽部を覆う形状であることが好ましい。スプリント11は市販のスプリントを用いてもよいし、歯列矯正の分野における方法に従って作製することもできる。例えば、患者の歯列に適合するよう印象を取って歯列模型を作製し、これに熱可塑性または熱硬化性樹脂等を圧着して成形することができる。スプリント11の材料は、金属、樹脂等、特に限定されず、弾性を有するものであっても有しないものであってもよく、例えば熱可塑性歯科用材料を用いることが好ましい。中でも、為害性や装着感に優れるシリコン系素材やポリオレフィン等、弾性を有するものが好適である。
【0031】
図2A乃至図2Cに示されるとおり、カプセル12は、スプリント11の上面の内側湾曲部11Aにドーム型に配設され、スプリント11を下顎歯列に装着したときに舌の少なくとも一部を覆う構成となっている。カプセル12の形状は、装着部10を装着した状態でバルブ13から吸引したときに舌を吸引保持できる限り特に限定されないが、好ましくは、装着時に舌背上方と前方を取り囲み、舌後方部(例えば、第一から第二大臼歯付近)までを覆う形状とする。
【0032】
カプセル12は、図示される形状を基本構造とするが、舌が吸引保持されやすいように、患者によって形態を変えることもできる。特定の患者に合わせた形態とする場合、例えば、安静時舌背と下顎歯列咬合面の一括印象採得を行い、下顎歯列弓に対する舌の相対的大きさと位置を評価して、設計することができる。その際、上顎個人トレー外面(舌背面)を改良して、舌背と下顎歯列咬合面の一括印象採得用トレーを作製してもよい。また上下顎の歯列模型を咬合させた状態で、模型上での口腔内を観察することにより舌の相対的大きさと位置を評価し、カプセル12を設計することもできる。
【0033】
図4に、装着部を口腔内に装着した状態を示す。図4A及び図4Bに示されるとおり、スプリント11は下顎歯列に装着され、その結果、カプセル12が舌の一部を覆うことになる。
【0034】
カプセル12の前方、即ち口腔内と反対側の面には、チューブを接続するための貫通孔13が設けられている。貫通孔13は、当業者であれば公知の方法に従って形成することができ、舌を吸引する効果が得られる限り、適宜位置を変更することができる。図2及び3に示されるように単なる貫通孔として形成してもよく、また、図5に示されるように、貫通孔の周囲を円筒状に突出させて、チューブ16と接続しやすい構成としてもよい。
【0035】
カプセル12の材料は、金属、樹脂等特に限定されないが、スプリント11と同様に熱可塑性歯科用材料を用いることが好ましい。中でも、為害性や装着感に優れるシリコン系素材やポリオレフィンが好適である。
【0036】
スプリント11とカプセル12は、それぞれ成形した後で取り付けてもよく、また一体的に成形してもよい。さらに、衛生上の観点等から、装着部10を、安価な材料で作製し、使い捨てとすることも好ましい。また、衛生的、環境的観点から、装着部10やカプセル12を着脱式とし、市販の歯科用洗浄剤等を用いて洗浄し、複数回使用可能とすることも好ましい。
【0037】
また、本発明に係るカプセル12は、図6乃至9に示すとおり、周囲を閉じた二層構造とし、舌に接する側の層62に複数の微少貫通孔64を設け、もう一方の層61にチューブを連結するための貫通孔63を形成することも好ましい。図7は、図6BのVII−VII線に沿って切断した断面図である。層61及び62の間には、約1mm〜4mm、好ましくは、約2mmのスペースが設けられる。
【0038】
図8に示すように、二層構造のカプセル12の舌に接する側の層62を着脱可能な構成としてもよい。この場合、層61及び62は、例えば層61に設けられた凹部66と、これに係合するように設けられた層62の内側湾曲部62Aに設けられた凸部67からなる接続部65によって、気密に接続することができる。図9は、図6Bにおける接続部65をIX−IX線に沿って切断した断面図である。なお、層62の外側湾曲部62Bは、接続部65によって層61と層62を接続することにより、層61またはスプリント11の上面に圧接され、層61と層62の間に閉じた空間を形成することができる。
【0039】
このような構成とすれば、微小貫通孔64から両層間のスペース内の空気を吸引することで、複数の貫通孔を介して、舌の広い領域にほぼ均等に陰圧をかけることができるので、舌を十分に保持することが可能である。また、陰圧が分散して加えられることから、部分的な過度の吸引による副作用も生じにくい。
【0040】
微小貫通孔64の大きさ、形状、間隔等は、目的を果たす限り適宜変化させることが可能である。
【0041】
本発明で用いられる陰圧を発生させる圧発生装置14は、カプセル12内を陰圧に維持することができればどのようなものであってもよく、例えば、圧力や流量を調節できる吸引ポンプ、減圧ポンプが挙げられる。手動ポンプであってもよい。
【0042】
本発明で用いられるチューブ16は、カプセル12の貫通孔13と圧発生装置14とを連結するものであり、例えばカテーテルを用いることができる。チューブ16は、貫通孔13に着脱可能で、かつ貫通孔13を完全に密閉するように嵌合する構成とする。例えば、チューブ16を弾性のある材料で作製し、貫通孔13に接続される側の末端の径を他の部分よりも太く成形しておいてもよい。このような構成によれば、チューブ16を貫通孔13に圧力をかけて挿入することにより、チューブ16を貫通孔13に連結することができる。あるいは貫通孔13の径よりも径の大きいチューブ16を用いて、貫通孔13に圧力をかけて挿入し連結してもよい。なお貫通孔13の位置は、チューブ13が装着された際に、口唇を妨げない範囲でスプリント11に近いほうが好ましい。
【0043】
本発明に係る舌位置制御装置1は、圧発生装置14が発生させる陰圧を自動調整する圧調整機構20を備えることが好ましい。圧調整機構20は、例えば、チューブ16内の陰圧を測定可能に設置された圧力センサ22と、チューブ16を外気につなぐ経路17上に設けられた弁24と、圧力センサ22の測定値によって弁24の開閉を制御する制御装置23によって構成することができる(図1参照)。弁24は、電磁弁、電動弁等とすることができるが、応答速度の速い電磁弁が好ましい。
【0044】
圧力センサ22で圧の経時的変化を測定し、測定値が所定の値を下回った場合には、制御装置23が弁24を開放して圧を上昇させ、吸引が過剰になるのを防ぐ。一方、測定値が所定の値以上となり、吸引が不十分となった場合には、制御装置23が弁24を閉鎖して内部の圧を低下させることが可能である。また、圧発生装置14も制御装置23に接続し、圧力センサ22からの圧情報が圧発生装置14にフィードバックされる構成としてもよい。このような構成により、陰圧が設定圧よりも過大にかかった際には自動的にシステムのスイッチが切れ、圧発生装置14の加熱・故障などを防止することが可能である。
【0045】
従来技術のTRDは、いわゆるオープンループ系であり、舌を保持するためのソケット内に実際に陰圧が生じているのか、生じている場合どの程度なのか、圧の経時的変化があるのかを確認する手段がない。さらに、陰圧が不十分で舌位置の制御に問題が生じた際に、陰圧を追加する手段や、陰圧が過剰な場合に緩和する手段もない。しかしながら、本発明に係る舌位置制御装置によれば、圧調整機構20によって、カプセル12内の圧力を微細に調節(タイトレーション)することが可能である。特に、吸引によりいったん舌がバルブ付きカプセル12内に保持されれば、その後は弱い陰圧負荷を保つことによってその状態を維持することができる。これにより必要以上の吸引による副作用を防ぎ、また、省エネルギー化も可能となる。
【0046】
さらに、本発明に係る舌位置制御装置においては、図10に示すとおり、カプセル12と圧発生装置14との間に気液分離器30を配置することも好ましい。圧発生装置によって陰圧をかけると、舌は保持されるが、口腔内分泌物(たとえば唾液など)も同時に吸引され、圧力センサ22の測定精度や、圧発生装置14の運転に影響を与える可能性がある。そのため、チューブ16上に、歯科用ユニットに組み込まれている気液分離器に類似の装置等を設置し、この部分に液体を貯留する。吸引物は、第1のチューブ16Aを取って気液分離器30内に排出され、第2のチューブ16Bによって、気液分離器30の気相部から気体のみを圧発生装置14側に流す。なお、図10では、第1のチューブ16Aに圧力センサ22及び弁24が接続されているが、両者を第2のチューブ16Bに接続することも好ましい。
【0047】
さらに、本発明に係る舌位置制御装置は、図11に示すとおり、装着部を正しい位置に保持するフェイスマスク70を含むことも好ましい。フェイスマスク70は、前額部に当接する前額保持部72と、下顎に当接する下顎保持部74と、前額保持部72、下顎保持部74、装着部10を連結するワイヤ76と、前額保持部72に取り付けられたゴムバンド77とから構成され、図示されるようにゴムバンド77によって顔面に固定される。
【0048】
図12に示されるとおり、ワイヤ76は、下顎保持部74に設けられたホール78に着脱可能に嵌合する。
【0049】
フェイスマスク70を用いることによって、無歯顎者であっても睡眠中に装着部10を正しい位置に保持することが可能である。
【0050】
本発明の舌位置制御装置1は、上述した実施形態に限定されることなく、本発明の要旨の範囲内で種々に変形、変更実施が可能である。
【0051】
また、本発明の舌位置制御装置を用いる場合、カプセル12の舌に接する部位に、舌への密着性を高めるような物質を塗布しておくことも好ましい。これにより、舌位置をカプセル12内に保持することができるので、陰圧負荷を軽減し省力化を図ることが可能である。例えば、就寝前に手動ポンプによって陰圧負荷を与えることにより、終夜舌位置をカプセル12内に維持することも可能である。このような物質としては、粘稠度が高く、流動性の少ない物質が挙げられる。
【0052】
次に、本発明に係る舌位置制御装置1の制御方法について説明する。本発明に係る舌位置制御装置1の制御方法は、圧力センサの測定値を予め設定した圧力(閾値)と比較する工程と、測定値が閾値以上に低下している場合に電磁弁を開放する工程とを含む。ここで、予め設定した圧力(閾値)は、後述するOSASへの治療効果の評価法の結果、定めることができる。
【0053】
本発明に係る舌位置制御装置1の制御方法は、さらに、電磁弁が開放された状態で圧力センサの測定値を所定の閾値と比較する工程と、測定値が閾値より高い場合に、電磁弁を閉鎖する工程とを行ってもよい。電磁弁を閉鎖することによって、陰圧を高め、吸引を強めることができる。電磁弁の開閉を繰り返すことで、舌に負荷される陰圧を一定に保つことができる。
【0054】
本発明に係る舌位置制御装置1の閾値の決定は、終夜ポリグラフを採得しつつ行う。この閾値決定は、nCPAP使用患者に対して最適陽圧閾値(至適圧)の決定をする際に通常行われる手技と同様であり、nCPAPのかわりに舌位置制御装置1を用いる点のみが異なる。睡眠専門医療機関における一泊二日の入院検査において、OSAS患者は、舌位置制御装置1を用いた状態で、睡眠脳波および呼吸状態、さらに舌位置制御装置1内の圧力センサ22からの圧情報をモニターかつ記録される。陰圧の設定(陰圧タイトレーション)は、臨床検査技師がモニターを観察しながら手動で行う。過度な陰圧負荷により患者の入眠を妨げないように、入眠時に圧発生装置から作用させる陰圧は弱く設定する。入眠後、睡眠のステージによって変化する呼吸イベント(いびき、無呼吸、低呼吸など)の発生状況をモニター上で観察しつつ、これらのイベントを排除するように、陰圧値を手動で変化させる。最終的に、呼吸イベントを可及的に排除することができた陰圧値を「最適圧力=閾値」とする。この手法により、各患者に応じた最適な閾値を決定し、舌位置制御装置に、この閾値を設定する。圧調製機構が備えられている場合には、圧調製機構に閾値を記憶させる。一旦、圧調製機構に閾値を記憶させた後は、患者は睡眠時に装着部を装着し、舌位置制御装置を作動させて眠ることにより、舌位置が保持され、軟口蓋後方の上気道閉塞を有効に防ぐことができる。
【0055】
このような陰圧タイトレーションによって決定された閾値を設定させた舌位置制御装置1を用い、患者は日常的にOSASを改善かつ、良好にコントロールされた状態を保つことができるが、本発明に係る舌位置制御装置1の有効性の評価は、患者が同装置の使用に慣れた段階で、終夜ポリグラフ検査によるOSAS重症度の改善度(無呼吸低呼吸指数の変化)を指標に行うことが望ましい。さらに、本発明に係る舌位置制御装置1の上気道閉塞性の改善評価を、形態と生理機能の両側面から行うことが好ましい。上気道閉塞性変化を形態的に評価するためには、舌位置制御装置1を用いた状態で側面頭部X線規格写真を撮影し、舌、軟口蓋、上下顎骨、舌骨の大きさ、位置等を評価し、各組
織と上気道の位置関係、上気道前後径を解析する。また、拡散テンソルMR画像(Diffusion Tensor Magnetic Resonance Imaging;DTMRI)を用い、舌筋拡散情報を得ることもできる(Gilbert RJ, et al. Dysphagia 2005;20:1-7)。さらに生理機能的評価として、舌位置制御装置1を用いた状態で、安静時鼻呼吸時の鼻腔・上気道上部の気道抵抗を計測することも可能である(Okawara Y, et al. Am J Orthod Dentfac Orthop 2004;126:620-622)。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明に係る舌位置制御装置の概略を示す説明図である。
【図2】本発明に係る舌位置制御装置の装着部の平面図(A)および側面図(B)である。
【図3】図2AのIII−III線に沿って切断した断面図を示す。
【図4】本発明に係る舌位置制御装置を装着した状態を示す概略図である。
【図5】本発明に係る舌位置制御装置の一実施形態の断面図である。
【図6】カプセルを二層構造とした舌位置制御装置の概略を示す説明図である。
【図7】カプセルを二層構造とした舌位置制御装置の断面図である。
【図8】カプセルを二層構造とした舌位置制御装置の一実施形態を示す概略図である。
【図9】カプセルを二層構造とした舌位置制御装置の、二層の接続部の一実施形態を示す概略図である。
【図10】本発明に係る舌位置制御装置に、気液分離器を配置する構成を示す概略図である。
【図11】本発明に係る舌位置制御装置に用いられるフェイスマスクの一実施形態を示す概略図である。
【図12】図11に示すフェイスマスクのカプセルとの接続部を示す平面図である。
【図13】従来技術を示す説明図である。
【図14】従来技術を示す説明図である。
【符号の説明】
【0057】
1…舌位置制御装置、10…装着部、11…スプリント、11A…スプリントの内側湾曲部、12…カプセル、13、63…貫通孔、14…圧発生装置、16…チューブ、20…圧調製機構、22…圧力センサ、23…制御装置、24…弁、30…気液分離器、64…微小貫通孔、65…接続部、70…フェイスマスク、72…前額保持部、74…下顎保持部、76…ワイヤ、78…ホール
【技術分野】
【0001】
本発明は、いびきの抑制および閉塞性睡眠時無呼吸症候群患者等の治療を目的として用いられる睡眠中の舌位置制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
閉塞性睡眠時無呼吸症候群(obstructive sleep apnea syndrome;OSAS)は、睡眠中に上気道が閉塞し無呼吸を呈する疾患である。近年、OSASが発症するためには、二つの大きな要因があることが明らかにされている。第一要因は、覚醒から睡眠に至る段階で見られる上気道拡張筋(舌筋を含む)の緊張性の低下である。覚醒時には気流(図13中、黒矢印)が確保されているが、入眠により上気道拡張筋の筋活動が低下すると、舌が沈下(咽頭方向に移動)し、かつ軟口蓋を咽頭方向に押す(図14中、白矢印)。その結果、軟口蓋後方部の上気道(Velopharynxと呼ばれる)がとりわけ狭くなり、気流の開通性が低下する(図14中、黒矢印)。事実、OSASにおける上気道閉塞の主要部位はこのVelopharynxであることも明らかにされている。ところが、この上気道拡張筋の活動低下は健常者(OSAS患者でない人)においても見られる生理的な現象であり、この現象単独ではOSASを発症することはない。そこで、第二要因として、上気道形態の解剖学的異常が挙げられる。例えば、肥満による口腔内軟組織過剰などにより、もともと覚醒時においても上気道が狭窄している場合、入眠によるわずかな上気道の狭小化によっても上気道開通性は著しく低下し、OSASが生じると考えられる。
【0003】
OSASの成人有病率は約2〜4%と高く、これに伴う日中の耐え難い眠気により交通事故や産業事故の危険性を増大させることや、メタボリックシンドロームや心脳血管障害の発現要因となることから、成績の良好な治療法の開発の重要性が認識されている。
【0004】
従来のOSASの治療法は、外科的治療と保存的治療に大別される。外科的治療法である軟口蓋形成術(Uvulopalatopharyngoplasty;UPPP)や、上下顎前方移動術(Maxillomandibular advancement;MMA)は、成功すれば、OSASが根本的に治癒する。その反面、術後に発音・嚥下機能障害が生じうること、OSASが再発しうること、さらに手術が不可逆的であること、適応基準の妥当性についても異議が多いことなどから、現在、外科的治療法を選択する患者は限られている。
【0005】
一方、外科的手術によらない保存的治療としては、世界的にもOSAS治療第一選択である経鼻的持続陽圧呼吸療法(nasal Continuous Positive Airway Pressure;nCPAP)や、第二選択の口腔内装置がある(例えば、非特許文献1を参照)。nCPAPは、鼻につけたマスクから陽圧を作用させ、上気道内の空気圧を陽圧に保つことにより、上気道閉塞を防ぐ装置を用いる治療法である。また、口腔内装置は、下顎または舌を前方に位置させ、上気道を拡大維持する装置であり、大別すると、下顎前方維持型装置(Mandibular Advancement Device;MAD)と、舌前方維持装置(Tongue Retaining device;TRD)の2種類の装置が挙げられる(例えば、非特許文献2を参照)。nCPAPも口腔内装置も、OSASを改善し、その状態を保つことができ、安全性も確立されている。しかし、nCPAPや口腔内装置がOSASの根本的治癒をもたらすことはなく、患者はこれらの装置を長期間使用しなければならない。このため、OSASに有効かつ患者負担の少ない装置の提供が切望される。
【0006】
nCPAPは、OSAS改善率が高いものの、陽圧による鼻症状やマスク装着による不快感のためにコンプライアンス(指示通りに使用できる確率)が低く、治療脱落者が多い。また、上気道拡張筋の活動は上気道の開通性を保持する役割を持つが、上気道内に陽圧を作用させると、その筋活動は抑制される(例えば、非特許文献3を参照)。すなわち、nCPAPは確かにOSASを改善するが、ヒトが本来持つOSASに対する防御機能を一部低下させる。
【0007】
また、小児は顎顔面の成長発育が著しく、小児OSAS患者にnCPAPを用いると、鼻に装着されるマスクの外力が上顎骨に加わる結果、上顎骨の成長が抑制され、中顔面の変形や咬合の変化を引き起こすことが報告されている(例えば、非特許文献4を参照)。成人以上のOSAS患者に対しても、nCPAPの長期使用により、マスクの外力により、小児と同様の咬合変化が生じることが報告されている(例えば、非特許文献5を参照)。
【0008】
これに対し、口腔内装置は、簡便、安価で使いやすく、nCPAP脱落者への適用も可能である。その反面、nCPAPほどの効果が得られないことが指摘されている(たとえば、非特許文献6参照)。とりわけMADは、TRDよりもOSAS改善に有効であるが、下顎の位置が前方位で固定されるため、歯や顎関節に対する負荷が大きく、長期使用により歯の移動や顎関節に対する違和感や疼痛等の副作用が惹起される確率は高い(たとえば、非特許文献7参照)。このため、使用による患者の心身的負担も大きいといえる。
【0009】
また、小児OSAS患者に対してMADを用いる場合、MADは歯科矯正装置として作用し、装置使用による下顎前方移動により下顎の成長が促進される(例えば、非特許文献8参照)。そのため、OSAS症状の改善が期待される半面、反対咬合を引き起こすことが懸念される。このため、小児OSAS患者に対してMADを用いる場合は、適応は小下顎を有する患者に限定される。
【0010】
TRDも口腔内装置の一つであるが、デザインと治療原理はMADと異なる。上下顎歯列に一体型マウスピースをすることはMADと同様だが、その前方部に設けられたソケット内に舌を前方位にて吸引保持することにより、舌後方部の気道を拡大させるものである。しかし、マウスピースが上下顎一体型であるため、MAD同様に下顎の位置を変えることができない。睡眠中は、重力や閉口筋の活動低下により下顎は後下方に下がって開口するのが通常であるが(例えば、非特許文献9を参照)、TRDを装着すると、この生理的位置変化が妨げられることになる。この結果、マウスピースを介して上下顎の歯に負荷がかかるため、長期使用による歯への為害作用が生じることはMADと同様である(例えば、非特許文献10参照)。下顎の位置が固定されたり、舌を前方に移動したりすることによる患者の心身的負担も大きい。
【0011】
さらに、nCPAPもTRDも、口呼吸ができないので、鼻呼吸に問題がある患者は使用できない。ヒトは本来、鼻呼吸を営み、これが生理的な呼吸様式であると考えられてきた(例えば、非特許文献11及び12参照)。この点を考慮すると、nCPAPやTRDが、基本的に、装着使用時に鼻呼吸を行うことが前提とされたデザインになっていることは理に適っている。しかし、何らかの原因で鼻腔が完全閉塞に至った場合には、鼻呼吸から口呼吸に切り換わることにより呼吸が維持される。さらに、完全閉塞に至らない範囲において鼻閉が生じた場合や、ある生理的条件下(例えば換気率が向上した場合など)でも、ヒトは部分的な口呼吸を開始する(例えば非特許文献11及び13参照)。また、健康な正常成人においても、鼻呼吸者以外に、鼻呼吸と口呼吸を行う者もいることが報告されている(例えば非特許文献14参照)。
【0012】
一部口呼吸を行うOSAS患者において、口は重要な呼吸ルートとなる。またOSAS患者はアレルギー性鼻炎などに伴う鼻閉を合併していることも多く(例えば非特許文献13参照)、これらの患者においてはnCPAPのコンプライアンスが著しく低下する。仮に、nCPAPを装着した患者が口呼吸を試みれば、上気道内の陽圧が開放され、空気が口よりリークするため、nCPAPによる治療は無効となる。
【0013】
また口腔内装置のうち、MADは、上下顎スプリント間に空気孔を設ける場合もあるが、構造上、空気孔の大きさを十分に確保できない場合、コンプライアンスが低下する。
【0014】
また、TRDは、そもそもOSASを改善することに加え、口呼吸を防止し、鼻呼吸を促すことを目的としている(特許文献1参照)。TRDは、上下顎のスプリントとその中間に舌を前方に位置づけるソケットを設けるという構造上、口呼吸を行うことは不可能である。
【0015】
さらに、患者の口腔内を陰圧にして、閉塞性睡眠時無呼吸を治療する方法と装置が提案されている(例えば、特許文献2を参照)。口腔内を陰圧にすることにより、患者の軟口蓋および周囲軟組織は口腔へ、舌は硬口蓋に向かって引っ張られ、患者の上気道が開放状態に維持されるものである。しかしながら、口腔内全体を陰圧にするという非生理的状態に対する患者の負担は大きいものと予想され、コンプライアンスに問題が残る。また、上下顎一体型のマウスピースを装着するために、下顎の生理的位置変化が妨げられる点、口呼吸を行うことができない点、さらにマウスピースの長期装着による、歯に対する副作用の発生が懸念される点は、MADやTRDと同様である。
【0016】
同様に、吸盤を用いて患者の舌を口蓋に係止し、吸盤内を陰圧吸引することにより、睡眠時の舌の上気道方向への落ち込みを防止する方法も提案されている(例えば、特許文献3を参照)。しかし、舌表面への吸盤装着がもたらす異物感への対処法、睡眠中の下顎位の生理的変化が考慮されていないこと、下顎位の変化が生じた際の対処法、さらに安全性は不明である。
【特許文献1】米国特許第4169473号公報
【特許文献2】特開2007−319680号公報
【特許文献3】特開2008−183388号公報
【非特許文献1】對木悟, 井上雄一. 臨床睡眠学, 第1版第1刷. 日本臨牀66巻増刊号2, 2008; pp182-186.
【非特許文献2】Cartwright RD, Samelson CF. JAMA 1982; 248: 705-709.
【非特許文献3】Strohl KP, Redline S. Am Rev Respir Dis 1986; 134: 555-558.
【非特許文献4】Li KK, et al. Chest 2000; 117: 916-918.
【非特許文献5】Lowe AA. Efficacy of oral appliance therapy as an adjunct to nCPAP. American Academy of Dental Sleep Medicine 17th Annual Meeting, Baltimore, June 6-8, 2008(発表要旨)
【非特許文献6】Ferguson KA, et al. Sleep 2006; 29: 244-262.
【非特許文献7】Almeida FR, et al. J Clin Sleep Med 2005; 2: 143-152.
【非特許文献8】Graber TM. In Graber TM, Varnarsdall Jr RL, Eds. Orthodontics: Current Principles and Techniques, 2nd ed. St. Louis, Missouri, Mosby, 1994; pp383-436.
【非特許文献9】Miyamoto K, et al. Arch Oral Biol 1999; 44: 657-664.
【非特許文献10】Chen H, et al. Sleep Breath 2008; 12: 169-178.
【非特許文献11】Hoffstein V. Sleep Breath 2007; 11: 1-22.
【非特許文献12】Robinson RW, Zwillich CW. In Kryger MH, Roth T, Dement WC, Eds. Principles and Practice of Sleep Medicine, 3rd ed. Philadelphia, WB Saunders, 2000; pp797-812.
【非特許文献13】千葉伸太郎. 睡眠時呼吸障害Update2006, 井上雄一・山城義広編著, 第1版第1刷. 日本評論社, 2006; pp53-60.
【非特許文献14】Niinimaa V et al. Respir Physiol 1981; 43: 69-75.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、OSASを有効に改善するとともに、患者への心身的負担が小さく、コンプライアンスの低下や副作用が生じにくい装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者は、上記課題に鑑みて検討を重ねた結果、OSASを改善するためには、軟口蓋後方部の閉塞を防止するほうが有効であること;上下顎一体型のマウスピースを使用せず、下顎単独装着型のスプリントとカプセルからなる装着部を用いて舌を吸引することにより、舌の沈下を防いで軟口蓋後方部の閉塞を直接的に防止できること;下顎単独装着型のスプリントを使用することにより、下顎の生理的運動・位置変化を妨げることがなく、また、口呼吸もできることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0019】
即ち、本発明は、
〔1〕下顎歯列に装着されるスプリントと、該スプリント上面の内側湾曲部に配設され、該スプリントを下顎歯列に装着したときに舌の少なくとも一部を覆うように構成されたカプセルであって、装着時に舌の先端部に位置する貫通孔を有するカプセルと、からなる装着部と、陰圧を発生させる圧発生装置と、前記貫通孔と圧発生装置とを連結するチューブと、を備える舌位置制御装置;
〔2〕前記圧発生装置が発生させる陰圧を自動調整する圧調整機構をさらに備える、上記〔1〕に記載の舌位置制御装置;
〔3〕前記圧調整機構が、前記チューブ内の陰圧を測定する圧力センサと、該チューブと外気をつなぐ経路に設けられ、該圧力センサの測定値によって開閉が制御される弁と、を含む、上記〔2〕に記載の舌位置制御装置;
〔4〕前記スプリント及び前記カプセルが、熱可塑性または熱硬化性歯科用材料で形成される、上記〔1〕から〔3〕のいずれか1項に記載の舌位置制御装置;
〔5〕前記カプセルが周囲を閉じた二層構造になっており、舌に接する層に複数の微少貫通孔が設けられ、もう一方の層に前記チューブが連結される貫通孔が設けられている、上記〔1〕から〔4〕いずれか1項に記載の舌位置制御装置;
〔6〕前記二層構造の各層は、着脱可能な構成となっている、上記〔5〕に記載の舌位置制御装置;
〔7〕前記カプセルの貫通孔と前記圧発生装置との間に気液分離器が配置され、前記チューブは、前記カプセルの貫通孔と前記気液分離器をつないで吸引物を気液分離器内に排出する第1のチューブと、該気液分離器の気相部と前記圧発生装置をつなぐ第2のチューブとからなる、上記〔1〕から〔6〕のいずれか1項に記載の舌位置制御装置;
〔8〕さらに、前記装着部を保持するフェイスマスクであって、前額部に当接する前額保持部と、下顎に当接する下顎保持部と、該前額保持部と下顎保持部と前記装着部とを連結し固定するワイヤとを含むフェイスマスクを含む、上記〔1〕から〔7〕に記載の舌位置制御装置;
〔9〕上記〔3〕に記載の舌位置制御装置の制御方法であって、圧力センサの測定値を予め設定された圧力と比較する工程と、前記測定値が前記予め設定された圧力以下に低下している場合に弁を開放する工程と、を含む制御方法;及び
〔10〕前記弁が開放された状態で、前記圧力センサの測定値を予め設定された圧力と比較する工程と、前記測定値が予め設定された圧力以上に上昇している場合に、弁を閉鎖する工程と、をさらに含む、上記〔9〕に記載の制御方法、に関する。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る舌位置制御装置は、舌に対して直接、かつ確実に働きかけるので、OSASの発症に最も関与するとされる舌の位置変化がもたらす軟口蓋後方部の上気道閉塞を防止し、OSASを有効に改善することができる。
【0021】
さらに、本発明に係る舌位置制御装置は、下顎単独装着型のスプリントを利用するため、口呼吸ができない、下顎の生理的な運動が妨げられるといった、上下顎一体型構造をとる従来の口腔内装置の問題点を解決する。従って、鼻呼吸に問題がある患者も好適に使用することができ、下顎が固定されることによる不快感もなく、鼻腔や顎口腔系への負担も少ない。加齢に伴う顎口腔諸機能の退行性変化にも対応しやすい。また陽圧やマスク装着による不快症状や上気道拡張筋の活動抑制といったnCPAPの問題点も解決する。
【0022】
また、構造上、小児の患者に用いても、上顎骨の成長抑制や下顎の成長促進も誘発しない。
【0023】
さらに、舌を前方に移動する必要もないので、患者の心身的負担が軽減され、コンプライアンスも期待できる。
【0024】
本発明によれば、OSASはもとより、OSASと類似しているが上気道閉塞には至らない疾患、例えば上気道抵抗症候群(Upper airway resistance syndrome)やいびきの改善も可能である。
【0025】
また、本発明に係る舌位置制御装置は、舌位置変化により呼吸異常がみられる神経疾患症例の、上気道開通性の改善にも用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下に、図面を参照して本発明の好適な実施形態について説明する。
【0027】
図1は、本発明に係る舌位置制御装置1の概略を示す説明図である。
【0028】
図示されるとおり、本発明に係る舌位置制御装置1は、スプリント11とカプセル12とからなる装着部10、陰圧を発生させる吸引ポンプ等の圧発生装置14、装着部10と圧発生装置14とを連結するチューブ16を備えるものである。カプセル12には、チューブ16が連結する貫通孔13が設けられている。
【0029】
図2Aに装着部10の平面図を、図2Bに側面図を示し、図2Cに装着部10を貫通孔13と反対側から見た斜視図を示す。また、図3に図2AのIII−III線に沿って切断した断面図を示す。
【0030】
スプリント11は、下顎歯列の少なくとも一部に装着され、装着部を口腔内で固定する役割を果たす限り、どのような形状であってもよいが、下顎歯列と歯槽部を覆う形状であることが好ましい。スプリント11は市販のスプリントを用いてもよいし、歯列矯正の分野における方法に従って作製することもできる。例えば、患者の歯列に適合するよう印象を取って歯列模型を作製し、これに熱可塑性または熱硬化性樹脂等を圧着して成形することができる。スプリント11の材料は、金属、樹脂等、特に限定されず、弾性を有するものであっても有しないものであってもよく、例えば熱可塑性歯科用材料を用いることが好ましい。中でも、為害性や装着感に優れるシリコン系素材やポリオレフィン等、弾性を有するものが好適である。
【0031】
図2A乃至図2Cに示されるとおり、カプセル12は、スプリント11の上面の内側湾曲部11Aにドーム型に配設され、スプリント11を下顎歯列に装着したときに舌の少なくとも一部を覆う構成となっている。カプセル12の形状は、装着部10を装着した状態でバルブ13から吸引したときに舌を吸引保持できる限り特に限定されないが、好ましくは、装着時に舌背上方と前方を取り囲み、舌後方部(例えば、第一から第二大臼歯付近)までを覆う形状とする。
【0032】
カプセル12は、図示される形状を基本構造とするが、舌が吸引保持されやすいように、患者によって形態を変えることもできる。特定の患者に合わせた形態とする場合、例えば、安静時舌背と下顎歯列咬合面の一括印象採得を行い、下顎歯列弓に対する舌の相対的大きさと位置を評価して、設計することができる。その際、上顎個人トレー外面(舌背面)を改良して、舌背と下顎歯列咬合面の一括印象採得用トレーを作製してもよい。また上下顎の歯列模型を咬合させた状態で、模型上での口腔内を観察することにより舌の相対的大きさと位置を評価し、カプセル12を設計することもできる。
【0033】
図4に、装着部を口腔内に装着した状態を示す。図4A及び図4Bに示されるとおり、スプリント11は下顎歯列に装着され、その結果、カプセル12が舌の一部を覆うことになる。
【0034】
カプセル12の前方、即ち口腔内と反対側の面には、チューブを接続するための貫通孔13が設けられている。貫通孔13は、当業者であれば公知の方法に従って形成することができ、舌を吸引する効果が得られる限り、適宜位置を変更することができる。図2及び3に示されるように単なる貫通孔として形成してもよく、また、図5に示されるように、貫通孔の周囲を円筒状に突出させて、チューブ16と接続しやすい構成としてもよい。
【0035】
カプセル12の材料は、金属、樹脂等特に限定されないが、スプリント11と同様に熱可塑性歯科用材料を用いることが好ましい。中でも、為害性や装着感に優れるシリコン系素材やポリオレフィンが好適である。
【0036】
スプリント11とカプセル12は、それぞれ成形した後で取り付けてもよく、また一体的に成形してもよい。さらに、衛生上の観点等から、装着部10を、安価な材料で作製し、使い捨てとすることも好ましい。また、衛生的、環境的観点から、装着部10やカプセル12を着脱式とし、市販の歯科用洗浄剤等を用いて洗浄し、複数回使用可能とすることも好ましい。
【0037】
また、本発明に係るカプセル12は、図6乃至9に示すとおり、周囲を閉じた二層構造とし、舌に接する側の層62に複数の微少貫通孔64を設け、もう一方の層61にチューブを連結するための貫通孔63を形成することも好ましい。図7は、図6BのVII−VII線に沿って切断した断面図である。層61及び62の間には、約1mm〜4mm、好ましくは、約2mmのスペースが設けられる。
【0038】
図8に示すように、二層構造のカプセル12の舌に接する側の層62を着脱可能な構成としてもよい。この場合、層61及び62は、例えば層61に設けられた凹部66と、これに係合するように設けられた層62の内側湾曲部62Aに設けられた凸部67からなる接続部65によって、気密に接続することができる。図9は、図6Bにおける接続部65をIX−IX線に沿って切断した断面図である。なお、層62の外側湾曲部62Bは、接続部65によって層61と層62を接続することにより、層61またはスプリント11の上面に圧接され、層61と層62の間に閉じた空間を形成することができる。
【0039】
このような構成とすれば、微小貫通孔64から両層間のスペース内の空気を吸引することで、複数の貫通孔を介して、舌の広い領域にほぼ均等に陰圧をかけることができるので、舌を十分に保持することが可能である。また、陰圧が分散して加えられることから、部分的な過度の吸引による副作用も生じにくい。
【0040】
微小貫通孔64の大きさ、形状、間隔等は、目的を果たす限り適宜変化させることが可能である。
【0041】
本発明で用いられる陰圧を発生させる圧発生装置14は、カプセル12内を陰圧に維持することができればどのようなものであってもよく、例えば、圧力や流量を調節できる吸引ポンプ、減圧ポンプが挙げられる。手動ポンプであってもよい。
【0042】
本発明で用いられるチューブ16は、カプセル12の貫通孔13と圧発生装置14とを連結するものであり、例えばカテーテルを用いることができる。チューブ16は、貫通孔13に着脱可能で、かつ貫通孔13を完全に密閉するように嵌合する構成とする。例えば、チューブ16を弾性のある材料で作製し、貫通孔13に接続される側の末端の径を他の部分よりも太く成形しておいてもよい。このような構成によれば、チューブ16を貫通孔13に圧力をかけて挿入することにより、チューブ16を貫通孔13に連結することができる。あるいは貫通孔13の径よりも径の大きいチューブ16を用いて、貫通孔13に圧力をかけて挿入し連結してもよい。なお貫通孔13の位置は、チューブ13が装着された際に、口唇を妨げない範囲でスプリント11に近いほうが好ましい。
【0043】
本発明に係る舌位置制御装置1は、圧発生装置14が発生させる陰圧を自動調整する圧調整機構20を備えることが好ましい。圧調整機構20は、例えば、チューブ16内の陰圧を測定可能に設置された圧力センサ22と、チューブ16を外気につなぐ経路17上に設けられた弁24と、圧力センサ22の測定値によって弁24の開閉を制御する制御装置23によって構成することができる(図1参照)。弁24は、電磁弁、電動弁等とすることができるが、応答速度の速い電磁弁が好ましい。
【0044】
圧力センサ22で圧の経時的変化を測定し、測定値が所定の値を下回った場合には、制御装置23が弁24を開放して圧を上昇させ、吸引が過剰になるのを防ぐ。一方、測定値が所定の値以上となり、吸引が不十分となった場合には、制御装置23が弁24を閉鎖して内部の圧を低下させることが可能である。また、圧発生装置14も制御装置23に接続し、圧力センサ22からの圧情報が圧発生装置14にフィードバックされる構成としてもよい。このような構成により、陰圧が設定圧よりも過大にかかった際には自動的にシステムのスイッチが切れ、圧発生装置14の加熱・故障などを防止することが可能である。
【0045】
従来技術のTRDは、いわゆるオープンループ系であり、舌を保持するためのソケット内に実際に陰圧が生じているのか、生じている場合どの程度なのか、圧の経時的変化があるのかを確認する手段がない。さらに、陰圧が不十分で舌位置の制御に問題が生じた際に、陰圧を追加する手段や、陰圧が過剰な場合に緩和する手段もない。しかしながら、本発明に係る舌位置制御装置によれば、圧調整機構20によって、カプセル12内の圧力を微細に調節(タイトレーション)することが可能である。特に、吸引によりいったん舌がバルブ付きカプセル12内に保持されれば、その後は弱い陰圧負荷を保つことによってその状態を維持することができる。これにより必要以上の吸引による副作用を防ぎ、また、省エネルギー化も可能となる。
【0046】
さらに、本発明に係る舌位置制御装置においては、図10に示すとおり、カプセル12と圧発生装置14との間に気液分離器30を配置することも好ましい。圧発生装置によって陰圧をかけると、舌は保持されるが、口腔内分泌物(たとえば唾液など)も同時に吸引され、圧力センサ22の測定精度や、圧発生装置14の運転に影響を与える可能性がある。そのため、チューブ16上に、歯科用ユニットに組み込まれている気液分離器に類似の装置等を設置し、この部分に液体を貯留する。吸引物は、第1のチューブ16Aを取って気液分離器30内に排出され、第2のチューブ16Bによって、気液分離器30の気相部から気体のみを圧発生装置14側に流す。なお、図10では、第1のチューブ16Aに圧力センサ22及び弁24が接続されているが、両者を第2のチューブ16Bに接続することも好ましい。
【0047】
さらに、本発明に係る舌位置制御装置は、図11に示すとおり、装着部を正しい位置に保持するフェイスマスク70を含むことも好ましい。フェイスマスク70は、前額部に当接する前額保持部72と、下顎に当接する下顎保持部74と、前額保持部72、下顎保持部74、装着部10を連結するワイヤ76と、前額保持部72に取り付けられたゴムバンド77とから構成され、図示されるようにゴムバンド77によって顔面に固定される。
【0048】
図12に示されるとおり、ワイヤ76は、下顎保持部74に設けられたホール78に着脱可能に嵌合する。
【0049】
フェイスマスク70を用いることによって、無歯顎者であっても睡眠中に装着部10を正しい位置に保持することが可能である。
【0050】
本発明の舌位置制御装置1は、上述した実施形態に限定されることなく、本発明の要旨の範囲内で種々に変形、変更実施が可能である。
【0051】
また、本発明の舌位置制御装置を用いる場合、カプセル12の舌に接する部位に、舌への密着性を高めるような物質を塗布しておくことも好ましい。これにより、舌位置をカプセル12内に保持することができるので、陰圧負荷を軽減し省力化を図ることが可能である。例えば、就寝前に手動ポンプによって陰圧負荷を与えることにより、終夜舌位置をカプセル12内に維持することも可能である。このような物質としては、粘稠度が高く、流動性の少ない物質が挙げられる。
【0052】
次に、本発明に係る舌位置制御装置1の制御方法について説明する。本発明に係る舌位置制御装置1の制御方法は、圧力センサの測定値を予め設定した圧力(閾値)と比較する工程と、測定値が閾値以上に低下している場合に電磁弁を開放する工程とを含む。ここで、予め設定した圧力(閾値)は、後述するOSASへの治療効果の評価法の結果、定めることができる。
【0053】
本発明に係る舌位置制御装置1の制御方法は、さらに、電磁弁が開放された状態で圧力センサの測定値を所定の閾値と比較する工程と、測定値が閾値より高い場合に、電磁弁を閉鎖する工程とを行ってもよい。電磁弁を閉鎖することによって、陰圧を高め、吸引を強めることができる。電磁弁の開閉を繰り返すことで、舌に負荷される陰圧を一定に保つことができる。
【0054】
本発明に係る舌位置制御装置1の閾値の決定は、終夜ポリグラフを採得しつつ行う。この閾値決定は、nCPAP使用患者に対して最適陽圧閾値(至適圧)の決定をする際に通常行われる手技と同様であり、nCPAPのかわりに舌位置制御装置1を用いる点のみが異なる。睡眠専門医療機関における一泊二日の入院検査において、OSAS患者は、舌位置制御装置1を用いた状態で、睡眠脳波および呼吸状態、さらに舌位置制御装置1内の圧力センサ22からの圧情報をモニターかつ記録される。陰圧の設定(陰圧タイトレーション)は、臨床検査技師がモニターを観察しながら手動で行う。過度な陰圧負荷により患者の入眠を妨げないように、入眠時に圧発生装置から作用させる陰圧は弱く設定する。入眠後、睡眠のステージによって変化する呼吸イベント(いびき、無呼吸、低呼吸など)の発生状況をモニター上で観察しつつ、これらのイベントを排除するように、陰圧値を手動で変化させる。最終的に、呼吸イベントを可及的に排除することができた陰圧値を「最適圧力=閾値」とする。この手法により、各患者に応じた最適な閾値を決定し、舌位置制御装置に、この閾値を設定する。圧調製機構が備えられている場合には、圧調製機構に閾値を記憶させる。一旦、圧調製機構に閾値を記憶させた後は、患者は睡眠時に装着部を装着し、舌位置制御装置を作動させて眠ることにより、舌位置が保持され、軟口蓋後方の上気道閉塞を有効に防ぐことができる。
【0055】
このような陰圧タイトレーションによって決定された閾値を設定させた舌位置制御装置1を用い、患者は日常的にOSASを改善かつ、良好にコントロールされた状態を保つことができるが、本発明に係る舌位置制御装置1の有効性の評価は、患者が同装置の使用に慣れた段階で、終夜ポリグラフ検査によるOSAS重症度の改善度(無呼吸低呼吸指数の変化)を指標に行うことが望ましい。さらに、本発明に係る舌位置制御装置1の上気道閉塞性の改善評価を、形態と生理機能の両側面から行うことが好ましい。上気道閉塞性変化を形態的に評価するためには、舌位置制御装置1を用いた状態で側面頭部X線規格写真を撮影し、舌、軟口蓋、上下顎骨、舌骨の大きさ、位置等を評価し、各組
織と上気道の位置関係、上気道前後径を解析する。また、拡散テンソルMR画像(Diffusion Tensor Magnetic Resonance Imaging;DTMRI)を用い、舌筋拡散情報を得ることもできる(Gilbert RJ, et al. Dysphagia 2005;20:1-7)。さらに生理機能的評価として、舌位置制御装置1を用いた状態で、安静時鼻呼吸時の鼻腔・上気道上部の気道抵抗を計測することも可能である(Okawara Y, et al. Am J Orthod Dentfac Orthop 2004;126:620-622)。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明に係る舌位置制御装置の概略を示す説明図である。
【図2】本発明に係る舌位置制御装置の装着部の平面図(A)および側面図(B)である。
【図3】図2AのIII−III線に沿って切断した断面図を示す。
【図4】本発明に係る舌位置制御装置を装着した状態を示す概略図である。
【図5】本発明に係る舌位置制御装置の一実施形態の断面図である。
【図6】カプセルを二層構造とした舌位置制御装置の概略を示す説明図である。
【図7】カプセルを二層構造とした舌位置制御装置の断面図である。
【図8】カプセルを二層構造とした舌位置制御装置の一実施形態を示す概略図である。
【図9】カプセルを二層構造とした舌位置制御装置の、二層の接続部の一実施形態を示す概略図である。
【図10】本発明に係る舌位置制御装置に、気液分離器を配置する構成を示す概略図である。
【図11】本発明に係る舌位置制御装置に用いられるフェイスマスクの一実施形態を示す概略図である。
【図12】図11に示すフェイスマスクのカプセルとの接続部を示す平面図である。
【図13】従来技術を示す説明図である。
【図14】従来技術を示す説明図である。
【符号の説明】
【0057】
1…舌位置制御装置、10…装着部、11…スプリント、11A…スプリントの内側湾曲部、12…カプセル、13、63…貫通孔、14…圧発生装置、16…チューブ、20…圧調製機構、22…圧力センサ、23…制御装置、24…弁、30…気液分離器、64…微小貫通孔、65…接続部、70…フェイスマスク、72…前額保持部、74…下顎保持部、76…ワイヤ、78…ホール
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下顎歯列に装着されるスプリントと、該スプリント上面の内側湾曲部に配設され、該スプリントを下顎歯列に装着したときに舌の少なくとも一部を覆うように構成されたカプセルであって、装着時に舌の先端部に位置する貫通孔を有するカプセルと、からなる装着部と、
陰圧を発生させる圧発生装置と、
前記貫通孔と圧発生装置とを連結するチューブと、を備える舌位置制御装置。
【請求項2】
前記圧発生装置が発生させる陰圧を自動調整する圧調整機構をさらに備える、請求項1に記載の舌位置制御装置。
【請求項3】
前記圧調整機構が、前記チューブ内の陰圧を測定する圧力センサと、該チューブと外気をつなぐ経路に設けられ、該圧力センサの測定値によって開閉が制御される弁と、を含む、請求項2に記載の舌位置制御装置。
【請求項4】
前記スプリント及び前記カプセルが、熱可塑性または熱硬化性歯科用材料で形成される、請求項1から3のいずれか1項に記載の舌位置制御装置。
【請求項5】
前記カプセルが周囲を閉じた二層構造になっており、舌に接する層に複数の微少貫通孔が設けられ、もう一方の層に前記チューブが連結される貫通孔が設けられている、請求項1から4のいずれか1項に記載の舌位置制御装置。
【請求項6】
前記二層構造の各層は、着脱可能な構成となっている、請求項5に記載の舌位置制御装置。
【請求項7】
前記カプセルの貫通孔と前記圧発生装置との間に気液分離器が配置され、
前記チューブは、前記カプセルの貫通孔と前記気液分離器をつないで吸引物を気液分離器内に排出する第1のチューブと、該気液分離器の気相部と前記圧発生装置をつなぐ第2のチューブとからなる、請求項1から6のいずれか1項に記載の舌位置制御装置。
【請求項8】
さらに、前記装着部を保持するフェイスマスクであって、前額部に当接する前額保持部と、下顎に当接する下顎保持部と、該前額保持部と下顎保持部と前記装着部とを連結し固定するワイヤとを含むフェイスマスクを含む、請求項1から7に記載の舌位置制御装置。
【請求項9】
請求項3に記載の舌位置制御装置の制御方法であって、
圧力センサの測定値を予め設定された圧力と比較する工程と、
前記測定値が前記予め設定された圧力以下に低下している場合に弁を開放する工程と、を含む制御方法。
【請求項10】
前記弁が開放された状態で、前記圧力センサの測定値を予め設定された圧力と比較する工程と、
前記測定値が予め設定された圧力以上に上昇している場合に、弁を閉鎖する工程と、をさらに含む、請求項9に記載の制御方法。
【請求項1】
下顎歯列に装着されるスプリントと、該スプリント上面の内側湾曲部に配設され、該スプリントを下顎歯列に装着したときに舌の少なくとも一部を覆うように構成されたカプセルであって、装着時に舌の先端部に位置する貫通孔を有するカプセルと、からなる装着部と、
陰圧を発生させる圧発生装置と、
前記貫通孔と圧発生装置とを連結するチューブと、を備える舌位置制御装置。
【請求項2】
前記圧発生装置が発生させる陰圧を自動調整する圧調整機構をさらに備える、請求項1に記載の舌位置制御装置。
【請求項3】
前記圧調整機構が、前記チューブ内の陰圧を測定する圧力センサと、該チューブと外気をつなぐ経路に設けられ、該圧力センサの測定値によって開閉が制御される弁と、を含む、請求項2に記載の舌位置制御装置。
【請求項4】
前記スプリント及び前記カプセルが、熱可塑性または熱硬化性歯科用材料で形成される、請求項1から3のいずれか1項に記載の舌位置制御装置。
【請求項5】
前記カプセルが周囲を閉じた二層構造になっており、舌に接する層に複数の微少貫通孔が設けられ、もう一方の層に前記チューブが連結される貫通孔が設けられている、請求項1から4のいずれか1項に記載の舌位置制御装置。
【請求項6】
前記二層構造の各層は、着脱可能な構成となっている、請求項5に記載の舌位置制御装置。
【請求項7】
前記カプセルの貫通孔と前記圧発生装置との間に気液分離器が配置され、
前記チューブは、前記カプセルの貫通孔と前記気液分離器をつないで吸引物を気液分離器内に排出する第1のチューブと、該気液分離器の気相部と前記圧発生装置をつなぐ第2のチューブとからなる、請求項1から6のいずれか1項に記載の舌位置制御装置。
【請求項8】
さらに、前記装着部を保持するフェイスマスクであって、前額部に当接する前額保持部と、下顎に当接する下顎保持部と、該前額保持部と下顎保持部と前記装着部とを連結し固定するワイヤとを含むフェイスマスクを含む、請求項1から7に記載の舌位置制御装置。
【請求項9】
請求項3に記載の舌位置制御装置の制御方法であって、
圧力センサの測定値を予め設定された圧力と比較する工程と、
前記測定値が前記予め設定された圧力以下に低下している場合に弁を開放する工程と、を含む制御方法。
【請求項10】
前記弁が開放された状態で、前記圧力センサの測定値を予め設定された圧力と比較する工程と、
前記測定値が予め設定された圧力以上に上昇している場合に、弁を閉鎖する工程と、をさらに含む、請求項9に記載の制御方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2010−104593(P2010−104593A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−280205(P2008−280205)
【出願日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【特許番号】特許第4445565号(P4445565)
【特許公報発行日】平成22年4月7日(2010.4.7)
【出願人】(508325773)
【出願人】(508325784)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【特許番号】特許第4445565号(P4445565)
【特許公報発行日】平成22年4月7日(2010.4.7)
【出願人】(508325773)
【出願人】(508325784)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]