説明

色の多変量プロファイリングと統計手法による理化学的定量

【課題】理化学性の測定において、数μLといった少量であることに起因する測定上の困難や検体の着色を問題とせず、該理化学的変数によって規定される観察値としての色の多変量プロファイルを利用して、その理化学的変数を正確に求める方法を提供する。
【解決手段】予め、検体を着色せしめている色を標準検体に加え、それら標準の色の多変量プロファイルを得て、その生の観察値と比変換等、適した変換を経て得られた回帰式を導き、マイクロプレートなど、少量の検体を扱う機材をもって検体の色の多変量プロファイルをもとに、その測定値を求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、pH等、液体、気体、および固体の理化学的諸性質測定において、断続的または連続的勾配上の既知標準検体数点について色の多変量プロファイリングを行い、さらに、統計手法を利用して該被測定変数の連続する勾配を説明する色の諸変数と回帰式を得て、測定する検体についての数値をその勾配上に特定することにより、正確に定量する方法に関する。
この明細書において、「勾配」とは、測定する変数の濃淡や大小といった変化があることをいう。「断続する勾配」とは、例えば、整数で表される段階などの変化があることをいう。また、「連続する勾配」とは、例えば、整数間のあらゆる数値が得られる測定方法によって観察される変化があることをいう。
【背景技術】
液体、気体、および固体の理化学的諸性質は連続した勾配における点として、その数値を示す。たとえば、液体のpHも同様に0未満の強い酸性から中性の7を超えて14を超える強いアルカリ性といった連続する勾配上の一点として示される。
検体の理化学的諸性質を測定するさい、試験紙のように、その色調をもって該変数のおおよその数値を求めることも可能である。このような測定方法では、断続的な勾配上で限定された観察値を得る。例えば、pH試験紙製品で、その測定値が0.5単位で示されているものでは、得られる観察値は7.0、7.5、8.0といったように断続的である。
このように、断続的な観察値の各点における色調を多変量プロファイリングすることができる。すなわち、勾配上の各点において、色の個々の変数は連続した勾配上の一点を示す。例えば、R(赤)の色合いの強さは0から255の間の数値として示される。そこで、断続的勾配上に存在する各点についての色調多変量プロファイルは、各々の色の勾配上に連続した変数で示される。
上記で得られたR(赤)ほか、各々の変数は、測定する理化学的性質の変化に応じて連続的に変化する。色の変数すべてについて、測定する理化学的性質との相関を確認し、測定する理化学的変数を正確に求めるための変数が特定でき、それら変数よりなる回帰式が得られる。色の多変量プロファイルをもとにした回帰式によって、扱う検体の理化学的性質が正確に測定される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【非特許文献1】

この文献によると、森林破壊とその後の過度な収奪式農法により土壌が劣化した土地に植林を施した場所での自然林−植林地−裸地での土色の変化が土壌理化学性のいくつかの変数に関係する可能性がある。ただし、土壌理化学性の変数と色の変数との多くの組み合わせの間に直線性がないことが示されている。そのために、線形重回帰式など、従来多く利用された統計手法では、複数の土色変数をもとにしてすら、個々の土壌理化学性の変数を正確に測定することが不可能であることが示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
pH など、理化学性を測定するさい、分析機器を利用する方法がしばしばとられる。他方、それら分析機器の精度や再現性に、予測しがたい不確実性が伴うことがある。例えば、pHメーターは現在ではpH測定のためによく利用される。しかし、その誤差は温度や測定される検体の塩類濃度などによって大きく影響される。(参照文献:lllingworth 1981.Biochem.J.195,259)これら要因による機器分析の限界を補い、あるいは回避するために、試験紙などが示す色の多変量プロファイルを利用することが考えられる。
ところが、非特許文献1に示される非線形の色調変化パターンが、測定する変数の連続する勾配に対して見られる場合、直線モデルを利用した回帰式では、正確な回帰式を得ることができない。このことは、とくに、単独の色調の変数を利用した場合に顕著となる。そこで、非線形の単回帰や重回帰を検討する必要がある。同時に、色調を示す各変数の数値を変換する必要も発生しうる。
また、汎用されている分析機器では、微量の検体を測定することができないことがある。例えば、最低限必要な検体量が数十マイクロリットル以上であるため、検体、ひいては検体準備の工程における薬品の消費や廃液の発生が多量となる場合がある。
さらに、色の多変量プロファイルを利用した測定では、検体そのものの着色が色の多変量プロファイルに影響しうる。例えば、黒っぽい液体のpHをpH試験紙で測定すると、試験紙表面にも黒い色が加わり、本来の該pH表示色より黒っぽい色となる。
そこで本発明は、以下(1)〜(3)の事項を、解決すべき技術的課題とする。
(1)測定される理化学的変数に対する色の各変数の線形、非線形の変化パターンを包含し、かつ、生の観察値を変換することにより、測定する理化学的変数を正確に求める方法を提供すること。
(2)数10μリットルやそれ以下のごく微量な検体でも測定可能な方法を提供すること。
(3)検体そのものが着色している場合に、その正確性への影響を回避する方法を提供すること。
【課題を解決するための手段】
(第1発明の構成)
上記課題を解決するための第1発明の構成は、測定する理化学的変数の数値を正確に求めるための回帰式を得るために、非線形回帰式を導入することや、色の各変数の変換、例えば、指数変換や色の変数間での比をとるなどの変換をすることである。
(第1発明の作用・効果)
上記課題のように、測定する変数の勾配に対して、色の変数が非線形である場合、2次関数等、非線形回帰式の利用や色の変数を変換することで、より確かな回帰式を得ることができる。これら数値の扱い方により、測定する理化学的変数の勾配と色の多変量プロファイリングをもとにした回帰式の一致が大きくなり、すなわち、相関係数と有位性の増大にいたり、同時に、任意の信頼区分における偏差の幅が最小限度化される。
(第2発明の構成)
発色を伴う試験紙やマイクロプレートといった資材を利用のうえ、発色や反応を行い、その発色を写真撮影してパソコンで解析することである。
(第2発明の作用・効果)
この方法では、例えば、市販のpH試験紙などで数μリットルかそれ以下の液体を測定できる。デジタルカメラで撮影して、パソコンで解析するので、最低でもデジタル画像1画素の画像が得られればそれ以降の工程が可能となる。
(第3発明の構成)
第3発明の構成は、着色した検体よりもさらに色の濃い標準検体を利用して、その色の濃さやそれ以下の濃さの検体を含んだ数点の標準検体を準備のうえ、それらを該方法にて測定する。当然、検体に由来する着色が最終的に観察される発色に影響するが、それでも、測定する理化学性を正確に求める回帰式を得ることが可能となる。
(第3発明の作用・効果)
検体の着色程度と同じかそれ以下の着色強度の範囲で、検体の着色に影響されない回帰式を得る。これにより、検体の着色が一定以下であれば、着色の有無に関係なく、目的とする変数を定量的に測定できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】pHと色度(390nmにおける吸光度)の異なる緩衝液によるpH試験紙発色時の色の各変数の変化を示す図である。
【図2】黒インクの濃度によって規定される色度と無関係にpH試験紙の色から得られたpH算出のための回帰式とpHメータによる測定値の相関を示すデータである。
【発明を実施するための形態】
次に、本発明の実施形態を、その最良の形態を含めて説明する。
(検体の種類と標準検体の準備)
液体、気体、固体のいずれかについての理化学性を測定するにあたって、発色した試験紙や反応液をデジタルカメラで撮影する。このさい、試験紙や反応液の種類については限定されない。例えば、試験紙は液体のほか、気体としての砒素化合物測定の場合にも利用されるものがある。また、固体や気体、液体としての検体を液体に溶解あるいは混合することで得られる発色についても、写真撮影と色の多変量プロファイリングが利用できる。
目的とする理化学的変数の勾配において、その数値が知られている数点分の標準検体を利用して標準とする。また、検体の着色が問題となる場合はその着色強度を上回るまでの数段階の濃度の標準検体をあらかじめ準備する。これらを、後述するように、測定する理化学性の勾配と色の多変量プロファイルから得られた回帰式の適合性を確認することに利用する。
(写真撮影と色の多変量プロファイリング)
発色している試験紙や液体などをデジタルカメラで撮影する。撮影のさいは暗室などにて、利用する光源以外の光を遮断する。そして、光源としては白色や昼光色の蛍光灯などが利用できる。光源から試験紙など撮影目標となる物体の距離は40Wの白色蛍光灯では2m程度で、また、撮影目標となる物体からデジタルカメラまでの距離は1m程度で良好な結果が得られる。また、撮影時にデジタルカメラの側で最適な条件設定ができる。鮮明かつその後の処理に適した画像を得るために、個々のデジタルカメラにおける最適な条件設定を行う。多くのデジタルカメラでは複数の撮影時モードが選択可能であるので、いくつかを試みて、最適な撮影時モードを選択する。撮影した画像は媒体やケーブルを通じてパソコンに取り込む。
パソコンに取り込んだ画像はAdobe Photoshopなどの画像処理ソフトを利用して測定に供する。Adobe Photoshopの場合、詳細は非特許文献1に記載されている。すなわち、撮影目標物体の画像の発色部分の一つの画素にカーソルを移動して、CMYK、RGBなどの数値を読み取る。それら色の変数の数値を読み取ることで、各検体についての色の多変量プロファイルが得られる。一つの検体について、各変数数反復で行うとより精度が向上する。非特許文献1の場合、CMYKおよびRGBの各変数についての変動係数は、4反復の場合で5.5%かそれ以下であった。
(統計手法)
上記で得られた標準検体の各々について得られた多変量プロファイルについて、個々の色の変数の数値を利用して、まず、回帰式を得る。回帰式を得る場合、線形単回帰での精度は一般に劣るので、重回帰式を利用する。重回帰式においても、線形を前提にすることはしばしば困難であるので、非線形と線形を同時に扱う方がより正確な回帰式を得るにいたる。
ここで、色の多変量プロファイリングで利用したCMYKなどの各数値の間の比をとることが、後述する実施例において有効であった。その他に生観察値の変換方法をいくつか選択することが可能である。つまり、対数、指数その他に変換することである。これらの統計処理によってもっとも高い相関係数と有意性を示した回帰式に、測定する検体についてのCMYKその他、多変量プロファイルの数値を代入して、目的とする理化学性を求める。
【実施例】
次に、本発明の実施例を説明する。本発明の技術的範囲は以下の実施例によって限定されない。
(実施例)
本実施例は、前記した「発明を実施するための形態」の工程のうち、とくに液体のpH測定にさいして検体の着色がある場合に、その相関係数と有意性が高い、つまり、正確性が高い回帰式を得た事例である。
この実施例では、至適pHが2から12に及び、広いpH範囲でその環境を安定させることが可能なブリットン−ロビンソン緩衝液を利用した。該緩衝液作成においては、2.48gのHBO,10.7gのNaHPO・7HO及び3.28gのCHCOONaを水900mLに溶解した。このpHをpHメーターを利用しながら、2,4,6,8,10および12とし、InkTec社製品の水溶性インク(CU1000−100MB)を0/1(インクなし)、1/1000、1/400、および1/100の終濃度となるように混合して、色度(390nmにおける吸光度)が0ないし2を超過せしめ、水を加えて全量を1Lとすることで、pHと色度がことなる標準液を作成した。したがって、上記各塩の濃度は40mMとした。インク濃度1/400における色度は1.07(pH2.0)ないし1.2(pH12)であった。
pH試験紙としては、Merck社製の試験紙(品番 1.09543.0001)を利用した。これを室温下にて上記標準液に浸し、過剰な標準液をすばやく研究用ペーパータオルで吸収し、排除した。その後、写真撮影を行い、パソコンにて該画像のCMYKその他の数値を6反復で読み取った。その結果を図1に示す。
その後、各変数の生の値と二つの変数のすべての組み合わせについて比を計算し、それらを独立変数として、pHを説明する変数と回帰式を得た。色度としての390nmにおける吸光度が1.2かそれ以下でpHの幅が6から12の場合において、図2に示す精度となった。この事例では、相関係数(0.999)、有意性(<0.001)とも非常に高く、同時に、標準液の測定誤差としての変動係数は2.9%未満(6反復)という正確性を示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体と試薬の混合や試験紙の利用等によって液体、固体、気体である検体の定性的な観察値として得られる色の多変量プロファイルを得て、さらに標準を利用して作成した回帰式を利用して、検体の理化学的性質を測定する方法。
【請求項2】
検体の着色による影響を回避し、着色の有無にかかわらず検体の理化学的性質を測定する方法。
【請求項3】
色の多変量プロファイルを利用するさい、可能な限り高い相関係数と有意性を持つ回帰式を得るために、生の観察値を変数間の比や対数変換や指数変換を含むあらゆる変換。
【請求項4】
マイクロプレートや試験紙等の発色を撮影することにより、必要な検体量を最小限度化する方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−220984(P2011−220984A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−97396(P2010−97396)
【出願日】平成22年4月3日(2010.4.3)
【出願人】(510110769)
【Fターム(参考)】