説明

芳香族炭化水素の製造方法

【課題】エチレン製造装置から得られる熱分解重質油の水素化処理油を含む原料油から、分子状水素を共存させることなく、BTXを効率よく製造できる方法を提供する。
【解決手段】エチレン製造装置から得られる熱分解重質油の水素化処理油を含む原料油を、結晶性アルミノシリケートを含む単環芳香族炭化水素製造用触媒と接触させて芳香族炭化水素を製造する芳香族炭化水素の製造方法である。原料油として蒸留性状の終点が400℃以下のものを用いる。原料油と単環芳香族炭化水素製造用触媒との接触を、0.1MPaG〜1.0MPaGの圧力下で行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芳香族炭化水素の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、これまでは主に軽油・重油留分として用いられていた、流動接触分解(以下、「FCC」と称する。)装置で生成する分解軽油であるライトサイクル油(以下、「LCO」と称する。)等の多環芳香族分を含む原料から、高オクタン価ガソリン基材や石油化学原料として利用できる、付加価値が高い炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素(例えば、ベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレン。以下、これらをまとめて「BTX」と称する。)を効率よく製造する技術が求められている。
【0003】
多環芳香族分からBTXを製造する方法としては、例えば、下記の方法等が知られている。
(1)多環芳香族分を含む炭化水素を1段で水素化分解する方法(特許文献1、2)。
(2)多環芳香族分を含む炭化水素を前段で水素化した後、後段で水素化分解する方法(特許文献3〜5)。
(3)多環芳香族分を含む炭化水素を、ゼオライト触媒を用いて直接BTXに転換する方法(特許文献6)。
(4)多環芳香族分を含む炭化水素と、炭素数2〜8の軽質炭化水素との混合物を、ゼオライト触媒を用いてBTXに転換する方法(特許文献7、8)。
【0004】
しかしながら、(1)、(2)の方法では、高圧の分子状水素の添加が必須であり、水素消費も多いという問題点がある。また、水素化条件下においては、BTXの目的製造時には必要とされないLPG留分等が多く副生され、その分離等にエネルギーを必要とするだけでなく、原料効率も低下する。
(3)の方法では、必ずしも多環芳香族分の転換が十分であるとはいえない。
(4)の方法は、軽質炭化水素を原料とするBTXの製造技術と、多環芳香族分を含む炭化水素を原料とするBTXの製造技術とを組み合わせて熱バランスを向上したもので、多環芳香族分からのBTX収率を向上せしめるものではない。
【0005】
また、LCOと同じく高濃度で芳香族分を含有するものとして、エチレン製造装置から得られる分解重質油(熱分解重質油)がある。この分解重質油は、コンビナート内でボイラー等の燃料等に使われることがほとんどであり、その他の利用方法としては、エチレンヘビーエンドを固体酸触媒の存在下にて水素雰囲気下で処理し、炭素繊維の原料となる500℃までの軽沸留分を除いた改質ピッチを得ることが知られている(特許文献9、10)。
しかしながら、このような熱分解重質油を原料油として、BTXを収率良く製造する方法については知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭61−283687号公報
【特許文献2】特開昭56−157488号公報
【特許文献3】特開昭61−148295号公報
【特許文献4】英国特許第1287722号明細書
【特許文献5】特開2007−154151号公報
【特許文献6】特開平3−2128号公報
【特許文献7】特開平3−52993号公報
【特許文献8】特開平3−26791号公報
【特許文献9】特公平4−30436号公報
【特許文献10】特公平4−30437号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、エチレン製造装置から得られる熱分解重質油の水素化処理油を含む原料油から、分子状水素を共存させることなく、BTXを効率よく製造できる方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、エチレン製造装置から得られる熱分解重質油の水素化処理油を含む原料油を用いること、かつその原料油を低圧・分子状水素非共存下にて結晶性アルミノシリケートを含む触媒と接触、反応させることで、BTXを効率よく製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明の芳香族炭化水素の製造方法は、エチレン製造装置から得られる熱分解重質油の水素化処理油を含む原料油を、結晶性アルミノシリケートを含む単環芳香族炭化水素製造用触媒と接触させて芳香族炭化水素を製造するに際して、前記原料油として蒸留性状の終点が400℃以下のものを用い、前記原料油と前記単環芳香族炭化水素製造用触媒との接触、0.1MPaG〜1.0MPaGの圧力下で行うことを特徴とする。
【0010】
前記エチレン製造装置から得られる熱分解重質油の水素化処理油は、2環以上の多環芳香族炭化水素含有量が50質量%以下、1環芳香族炭化水素の含有量が30質量%以上であることが好ましい。
前記エチレン製造装置から得られる熱分解重質油の水素化処理油は、インダン骨格およびインデン骨格を有する炭化水素の含有量が5質量%以上であることが好ましい。
前記エチレン製造装置から得られる熱分解重質油の水素化処理油は、前記エチレン製造装置から得られる熱分解重質油を蒸留分離した後、水素の存在下、水素化処理用触媒を用いて、水素分圧2〜20MPa、LHSV0.05〜2h−1、反応温度200℃〜450℃、水素/油比100〜2000NL/Lで水素化処理して得られたものであることが好ましい。
前記エチレン製造装置から得られる熱分解重質油の水素化処理油は、前記エチレン製造装置から得られる熱分解重質油を水素の存在下、水素化処理用触媒を用いて、水素分圧2〜20MPa、LHSV0.05〜2h−1、反応温度200℃〜450℃、水素/油比100〜2000NL/Lで水素化処理した後、蒸留分離して得られたものであることが好ましい。
前記水素化処理用触媒が、アルミニウム酸化物を含む無機担体に、全触媒質量を基準として、周期表第6族金属から選択される少なくとも1種の金属を10〜30質量%と、周期表第8〜10族金属から選択される少なくとも1種の金属を1〜7質量%とを担持させて得られる触媒であることが好ましい。
周期表第6族金属から選ばれる少なくとも1種の金属が、モリブデン及び/又はタングステンであり、周期表第8〜10族金属から選ばれる少なくとも1種の金属が、コバルト及び/又はニッケルであることが好ましい。
前記単環芳香族炭化水素製造用触媒が、ガリウムおよび/または亜鉛を含むものであることが好ましい。
前記単環芳香族炭化水素製造用触媒が、リンを含むものであることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の芳香族炭化水素の製造方法によれば、エチレン製造装置から得られる熱分解重質油の水素化処理油を含む原料油から、分子状水素を共存させることなく、BTXを効率よく製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の芳香族炭化水素の製造方法の一実施形態を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照して本発明の芳香族炭化水素の製造方法を詳しく説明する。図1は、本発明の芳香族炭化水素の製造方法の一実施形態の説明図である。
本発明の芳香族炭化水素の製造方法は、図1に示すようにエチレン製造装置から得られる熱分解重質油の水素化処理油を含む原料油を、結晶性アルミノシリケートを含む単環芳香族炭化水素製造用触媒と接触、反応させて芳香族炭化水素(BTX)を製造する方法であって、前記原料油として蒸留性状の終点が400℃以下のものを用い、前記原料油と前記単環芳香族炭化水素製造用触媒との接触を、0.1MPaG〜1.0MPaGの圧力下で行う方法である。
【0014】
(原料油)
本発明の芳香族炭化水素の製造方法に係る原料油は、エチレン製造装置から得られる熱分解重質油の水素化処理油を含むものであって、蒸留性状の終点が400℃以下であることが必要である。終点を400℃以下にすることで、後述する単環芳香族炭化水素製造用触媒との接触・反応による分解改質反応工程において、BTX収率を高めることができる。また、BTX収率をより高めるためには、終点を350℃以下にするのが好ましく、300℃以下にするのがより好ましい。なお、終点以外の蒸留性状に特に限定はないが、効率よくBTXを製造するためには、好ましくは10容量%留出温度(T10)が140℃以上220℃以下、90容量%留出温度(T90)が220℃以上380℃以下、より好ましくはT10が160℃以上200℃以下、T90が240℃以上350℃以下である。
ここで、蒸留性状とは、JIS K 2254に規定する「石油製品―蒸留試験方法」に準拠して測定されるものである。
なお、本発明の芳香族炭化水素の製造方法に係る原料油は、エチレン製造装置から得られる熱分解重質油の水素化処理油を含むものであれば、他の基材を含むものであってもよい。水素化処理油に加えられる他の基材については、後述する。
【0015】
(エチレン製造装置から得られる熱分解重質油)
本発明においてエチレン製造装置から得られる熱分解重質油(以下、熱分解重質油ともいう。)とは、ナフサ留分、灯・軽油留分等の原料を熱分解してエチレン、プロピレンやBTX等の化学品を製造するエチレン製造装置から得られる残渣油のことであり、Heavy Aromatic Residue油(HAR油)とも呼ぶことがある。エチレン製造装置としては、スチームクラッカー(スチームクラッキング装置ともいう。)、エチレンクラッカー(エチレンクラッキング装置ともいう。)等を挙げることができる。エチレン製造装置の原料に関しては特に限定されないが、通常80%以上が石油由来のナフサ留分が使用される。ナフサ留分以外のものとしては、軽油、分解ガソリン、分解軽油、脱硫軽油などを使用することができる。
【0016】
ナフサ留分等の原料を熱分解してエチレン、プロピレン等の化学品を製造するエチレン製造装置の運転条件は、一般的な条件を用いることができ、特に限定されるものではない。例えば、原料を希釈水蒸気とともに、熱分解反応温度770〜850℃にて、滞留時間(反応時間)0.1〜0.5秒で運転する方法が挙げられる。熱分解温度が770℃を下回ると分解が進まず、目的生産物が得られないことから、熱分解反応温度の下限は、775℃以上がより好ましく、780℃以上がさらに好ましい。一方、熱分解温度が850℃を超えると、ガス生成量が急増するため、スチームクラッカーの運転に支障が出るため、熱分解反応温度の上限は、845℃以下がより好ましく、840℃以下がさらに好ましい。スチーム/原料(質量比)は、0.2〜0.9が望ましく、より望ましくは0.25〜0.8、さらに望ましくは0.3〜0.7である。原料の滞留時間(反応時間)は、より望ましくは0.15〜0.45秒であり、さらに望ましくは0.2〜0.4秒である。
【0017】
(熱分解重質油の性状)
本発明において熱分解重質油の性状は特に規定されるものではないが、以下の性状を有することが好ましい。
蒸留試験における10容量%留出温度(T10)は190℃以上230℃以下、50容量%留出温度(T50)は210℃以上300℃以下、90容量%留出温度(T90)は480℃以上540℃以下、終点(EP)は550℃以上650℃以下の範囲のものが好ましく使用される。終点が650℃を上回ると、重金属などの触媒に対する被毒物の含有量が大きくなり、上記触媒の寿命が大きく低下するため好ましくない。
【0018】
また、15℃における密度は1.03g/cm以上1.08g/cm以下、50℃における動粘度は20mm/s以上45mm/s以下、硫黄含有量(硫黄分)は200質量ppm以上700質量ppm以下、窒素含有量(窒素分)は20質量ppm以下、芳香族分は80容量%以上であることが好ましい。
なお、後述する水素化処理を施す場合、当該熱分解重質油をそのまま水素化処理してもよいし、図1に示すように当該熱分解重質油を蒸留塔で予め所定のカット温度(例えば沸点400℃)で蒸留分離した後、得られる熱分解重質油の軽質分(軽質留分)を水素化処理してもよい。
【0019】
ここで、蒸留試験とは、JIS K 2254に規定する「石油製品―蒸留試験方法」に準拠して測定されるものを、15℃における密度とは、JIS K 2249に規定する「原油及び石油製品−密度試験方法及び密度・質量・容量換算表(抜粋)」の「振動式密度試験方法」に準拠して測定されるものを、50℃における動粘度とは、JIS K 2283「原油及び石油製品−動粘度試験方法及び粘度指数算出方法」に準拠して得られる値を、硫黄含有量とは、JIS K 2541―1992に規定する「原油及び石油製品―硫黄分試験方法」の「放射線式励起法」に準拠して測定される硫黄含有量を、窒素含有量とは、JIS K 2609「原油及び石油製品−窒素分試験方法」に準拠して測定される窒素含有量を、芳香族分とは、石油学会法JPI−5S−49−97「石油製品−炭化水素タイプ試験方法−高速液体クロマトグラフ」で測定される全芳香族分の含有量を、それぞれ意味する。
【0020】
(熱分解重質油の水素化処理)
エチレン製造装置から得られる熱分解重質油は、通常、芳香族炭化水素の含有量が非常に多い。そこで、本発明の芳香族炭化水素の製造方法(BTXの製造方法)においては、熱分解重質油を水素化処理工程にて水素化処理し、必要な留分(あるいは、予め熱分解重質油中の必要な留分を分留し水素化処理してもよい)を脱水素する。しかし、熱分解重質油を水素化分解するまで水素化処理するには多量の水素が必要となると同時に、完全に水素化された熱分解重質油を原料油に用いるとBTX収率が低下し、灯・軽油留分が多く生成してしまうため、後述する単環芳香族炭化水素製造用触媒との接触・反応による分解改質反応工程においてBTXの製造効率が極めて低くなってしまう。
【0021】
また、熱分解重質油の水素化分解反応の発熱量は極めて大きく、実際の水素化処理装置の運転も困難となる。さらに、熱分解重質油の沸点範囲は広く、3環以上の重質な多環芳香族炭化水素が多いため、上記分解改質反応工程におけるBTXの製造効率が極めて低くなるといった問題点もある。
このように、熱分解重質油から効率的にBTXを製造することは困難であると考えられていたが、発明者らは鋭意検討を重ねた結果、極めて効率的に熱分解重質油からBTXを製造する新たな方法を発明するに至った。
【0022】
すなわち、本発明は主として熱分解重質油中の2環芳香族炭化水素を選択的に水素化し、芳香環を1つのみ水素化した1環芳香族炭化水素(ナフテノベンゼン類等)に転換し、その1環芳香族炭化水素に転換された留分を低圧・分子状水素非共存下にて結晶性アルミノシリケートを含む触媒と接触、反応させ、分解改質反応を行わせてBTXを製造する方法である。ここで、1環芳香族炭化水素としては、例えばインダン、テトラリン、アルキルベンゼン等が挙げられる。
【0023】
この方法によれば、熱分解重質油からBTXを得るために必要な水素が最小限となるため、水素消費量を抑えると同時に大きな課題である発熱量も抑制できる。例えば、2環芳香族炭化水素の代表例であるナフタレンをデカリンに水素化する際には、ナフタレン1モル当たりの水素消費量は5モルとなるが、テトラリンに水素化する場合は2モルで実現可能である。また、熱分解重質油中にはインデン類を含む留分も多く存在するが、この留分をインダン類に水素化するのに必要な水素消費量は、ナフタレンをデカリンに水素化するのに必要とする量よりさらに少ない。したがって、前記方法によれば、熱分解重質油中の2環芳香族炭化水素を、より効率的にナフテノベンゼン類へ転換することが可能になる。
【0024】
さらに、熱分解重質油を水素化する際に、水素を多量に消費し後述するBTX製造触媒(単環芳香族炭化水素製造用触媒)の性能に悪影響を与える重質分については、図1に示すように蒸留塔で蒸留分離し、形成する原料油から予め除去しておくのが好ましい。蒸留塔での蒸留分離については、例えば沸点400℃をカット温度とし、熱分解重質油の軽質分と重質分とに分離する。このように分離処理しておくことで、より効率的にBTXを製造することが可能となる。
なお、このような蒸留塔による蒸留分離については、図1中破線矢印で示すように、水素化処理工程の前段で行うのに代えて、後段で行うようにしてもよい。その場合にも、水素化処理後の熱分解重質油から重質分を分離し、軽質分を原料油とするため、上述した重質分による悪影響を防止することができる。
【0025】
このように重質分が分離除去され、かつ水素化処理された熱分解重質油の留分(軽質分)は、本発明に係る単環芳香族炭化水素製造用触媒との接触反応によって効率的にBTXに転換可能であり、さらにはBTX製造反応によって水素も生成するため、この水素を再び熱分解重質油の水素化処理に用いることも可能である。
【0026】
熱分解重質油の水素化処理については、公知の水素化反応器で行うことができる。この水素化反応器での水素化処理において、反応器入口での水素分圧は、2〜20MPaであることが好ましい。下限としては2MPa以上がより好ましく、2.5MPa以上がさらに好ましい。また、上限としては15MPa以下がより好ましく、10MPa以下がさらに好ましい。水素分圧が2MPa未満の場合は、触媒上のコーク生成が激しくなり、触媒寿命が短くなる。一方、水素分圧が20MPaを超える場合は、反応器や周辺機器等の建設費が上昇し、経済性が失われる懸念がある。
【0027】
熱分解重質油の水素化処理におけるLHSV(Liquid Hourly Space Velocity;液空間速度)は、0.05〜2h−1であることが好ましい。下限としては0.1h−1以上がより好ましく、0.2h−1以上がさらに好ましい。また、上限としては1.9h−1以下がより好ましく、1.8h−1以下がさらに好ましい。LHSVが0.05h−1未満の場合には、反応器の建設費が過大となり経済性が失われる懸念がある。一方、LHSVが2h−1を超える場合には、熱分解重質油の水素化処理が十分に達成されず、安定性が悪化する懸念がある。
【0028】
熱分解重質油の水素化処理における反応温度は、200℃〜450℃であることが好ましい。下限としては220℃以上がより好ましく、250℃以上がさらに好ましい。また、上限としては440℃以下がより好ましく、430℃以下がさらに好ましい。反応温度が200℃を下回る場合には、熱分解重質油の水素化処理が十分に達成されない傾向にある。一方、反応温度が450℃を上回る場合には、副生成物であるガス分の発生が増加するため、水素化処理油の収率が低下することとなり、望ましくない。
【0029】
熱分解重質油の水素化処理における水素/油比は、100〜2000NL/Lであることが好ましい。下限としては110NL/L以上がより好ましく、120NL/L以上がさらに好ましい。また、上限としては1800N/L以下がより好ましく、1500NL/L以下がさらに好ましい。水素/油比が100NL/L未満の場合には、リアクター出口での触媒上のコーク生成が進行し、触媒寿命が短くなる傾向にある。一方、水素/油比が2000NL/Lを超える場合には、リサイクルコンプレッサーの建設費が過大になり、経済性が失われる懸念がある。
【0030】
熱分解重質油の水素化処理における反応形式については、特に限定されないものの、通常は固定床、移動床等の種々のプロセスから選ぶことができ、中でも固定床が好ましい。また、反応器は塔状であることが好ましい。
【0031】
熱分解重質油の水素化処理に使用される水素化処理用触媒は、周期表第6族金属から選ばれる少なくとも1種の金属、及び周期表第8〜10族金属から選ばれる少なくとも1種の金属を含有する。周期表第6族金属としてはモリブデン、タングステン、クロムが好ましく、モリブデン、タングステンが特に好ましい。周期表第8〜10族金属としては、鉄、コバルト、ニッケルが好ましく、コバルト、ニッケルがより好ましい。これらの金属はそれぞれ単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。具体的な金属の組み合わせ例としては、モリブデン−コバルト、モリブデン−ニッケル、タングステン−ニッケル、モリブデン−コバルト−ニッケル、タングステン−コバルト−ニッケルなどが好ましく用いられる。なお、ここで周期表とは、国際純正・応用化学連合(IUPAC)により規定された長周期型の周期表をいう。
【0032】
前記水素化処理用触媒は、上記金属がアルミニウム酸化物を含む無機担体に担持されたものであることが好ましい。前記アルミニウム酸化物を含む無機担体の好ましい例としては、アルミナ、アルミナ−シリカ、アルミナ−ボリア、アルミナ−チタニア、アルミナ−ジルコニア、アルミナ−マグネシア、アルミナ−シリカ−ジルコニア、アルミナ−シリカ−チタニア、あるいは各種ゼオライト、セビオライト、モンモリロナイト等の各種粘土鉱物などの多孔性無機化合物をアルミナに添加した担体などを挙げることができ、中でもアルミナが特に好ましい。
【0033】
前記水素化処理用触媒は、アルミニウム酸化物を含む無機担体に、該無機担体と上記金属との合計質量である全触媒質量を基準として、周期表第6族金属から選択される少なくとも1種の金属を10〜30質量%と、周期表第8〜10族金属から選択される少なくとも1種の金属を1〜7質量%と、を担持させて得られる触媒であることが好ましい。周期表第6族金属の担持量や周期表第8〜10族金属の担持量が、それぞれの下限未満である場合には、触媒が充分な水素化処理活性を発揮しない傾向にあり、一方、それぞれの上限を超える場合には、触媒コストが上昇する上に、担持金属の凝集等が起こり易くなり、触媒が充分な水素化処理活性を発揮しない傾向にある。
【0034】
前記金属を前記無機担体に担持する際に用いる前記金属種の前駆体については、限定されないが、該金属の無機塩、有機金属化合物等が使用され、水溶性の無機塩が好ましく使用される。担持工程においては、これら金属前駆体の溶液、好ましくは水溶液を用いて担持を行うことが好ましい。担持操作としては、例えば、浸漬法、含浸法、共沈法等の公知の方法が好ましく採用される。
【0035】
前記金属前駆体が担持された担体は、乾燥後、好ましくは酸素の存在下に焼成され、金属種は一旦酸化物とされることが好ましい。さらに、熱分解重質油の水素化処理を行う前に、予備硫化と呼ばれる硫化処理により、前記金属種を硫化物とすることが好ましい。
予備硫化の条件としては、特に限定されないが、留出石油留分または熱分解重質油(以下、予備硫化原料油という。)に硫黄化合物を添加し、これを温度200〜380℃、LHSVが1〜2h−1、圧力は水素化処理運転時と同一、処理時間48時間以上の条件にて、前記水素化処理用触媒に連続的に接触せしめることが好ましい。前記予備硫化原料油に添加する硫黄化合物としては限定されないが、ジメチルジスルフィド(DMDS)、サルファゾール、硫化水素等が好ましく、これらを予備硫化原料油に対して予備硫化原料油の質量基準で1質量%程度添加することが好ましい。
【0036】
(熱分解重質油の水素化処理油)
以上に説明した水素化処理で得られる、本発明の芳香族炭化水素の製造方法に係る熱分解重質油の水素化処理油は、以下の性状を有することが好ましい。
蒸留性状は、10容量%留出温度(T10)が140℃以上200℃以下、90容量%留出温度(T90)が200℃以上380℃以下、より好ましくはT10が160℃以上190℃以下、T90が210℃以上350℃以下である。T10が140℃未満では、この水素化処理油を含んで形成される原料油に、目的物の一つであるキシレンを含有する可能性があるため、好ましくない。一方、T90が380℃を超える(重質になる)と、水素化処理触媒への金属被毒、コーク析出等により触媒性能が低下すること、単環芳香族炭化水素製造用触媒へのコーク析出が多くなり所定の性能が出なくなること、水素消費量が多くなり経済的でなくなること、といった点から好ましくない。
【0037】
本発明の芳香族炭化水素の製造に係る熱分解重質油を水素化処理するには、ほとんどの場合、上記したように蒸留塔等による蒸留分離が必要となるが、上述したように熱分解重質油を蒸留分離してから水素化処理工程にて水素化処理してもよく、熱分解重質油を水素化処理工程にて水素化処理してから蒸留分離してもよい。なお、水素を効率的に利用する観点からは、熱分解重質油を蒸留分離してから水素化処理することが好ましい。
ここで、蒸留性状とは、JIS K 2254に規定する「石油製品―蒸留試験方法」に準拠して測定されるものである。
【0038】
熱分解重質油の水素化処理の程度としては、熱分解重質油中の芳香族炭化水素の水素化が進行していれば特に制限はないが、後述する単環芳香族炭化水素の製造反応の面から、この製造反応に供される原料油に含有される水素化処理された熱分解重質油、すなわち水素化処理油は、以下の性状を有することが好ましい。
この水素化処理油(原料油に含有される熱分解重質油の水素化処理油)としては、その中に含まれる1環芳香族炭化水素の含有量が30質量%以上であることが好ましく、50質量%以上であることがより好ましい。ここでいう1環芳香族炭化水素とは、アルキルベンゼン、もしくはナフテノベンゼン類等の芳香環を一つ有する炭化水素のことを意味する。1環芳香族炭化水素の含有量が30質量%未満の場合は、効率良くBTXを製造することができず、好ましくない。
【0039】
また、この水素化処理油としては、その中に含まれる2環以上の多環芳香族炭化水素の含有量が50質量%以下であることが好ましく、30質量%以下であることがより好ましく、20質量%以下であることがさらに好ましい。多環芳香族炭化水素の中でも3環以上の環を有する多環芳香族炭化水素の含有量は、20質量%以下であることが好ましく、10質量%以下であることがより好ましく、5質量%以下であることがさらに好ましい。2環以上の多環芳香族炭化水素の含有量が50質量%を超える場合は、効率良くTBXを製造することができず、好ましくない。
【0040】
また、この水素化処理油としては、その中に含まれるナフテン系炭化水素の含有量に関しても特に制限はないが、50質量%以下であることが好ましく、30質量%以下であることがより好ましい。ナフテン系炭化水素の含有量が50質量%より多くなると、熱分解重質油の水素化処理工程における水素消費量が多くなりすぎて経済的でなくなると同時に、後述するBTX製造工程(分解改質反応工程)でのガス発生量が多くなって効率が低下するため、好ましくない。
【0041】
また、この水素化処理油としては、その中に含まれるインダン骨格およびインデン骨格を有する炭化水素の含有量が5質量%以上であることが好ましく、10質量%以上であることがより好ましく、20質量%以上であることがさらに好ましい。熱分解重質油は主としてナフサ等の熱分解反応由来の副生物であるため、接触分解等から得られる石油留分(LCO等)と異なり、インデン骨格を有する炭化水素を多く含有する特徴がある。このインデン骨格を有する炭化水素は、水素化されてインダン骨格を有する炭化水素となっても、BTX製造において良好な原料となり、かつ、ナフタレンからテトラリンになるのに比べ水素消費量も少ないことから、熱分解重質油の水素化処理油中に多く含まれていること(5質量%以上)が好ましい。
なお、1環芳香族炭化水素の含有量、多環芳香族炭化水素の含有量、ナフテン系炭化水素の含有量、ならびにインダン骨格およびインデン骨格を有する炭化水素の含有量は、FIDガスクロマトグラフ分析により測定される含有量を意味する。
【0042】
(熱分解重質油の水素化処理油と混合して使用できる基材)
本発明では、原料油として上述の熱分解重質油の水素化処理油を必須として含むものであるが、必要に応じて、FCC装置で生成する留出油(LCO、重質サイクル油(HCO)、分解残渣油(CLO)等)、FCC装置で生成する留出油を部分的に水素化した留分(部分水素化LCO、部分水素化HCO、部分水素化LCO等)、コーカーで生成する留出油、コーカーで生成する留出油を部分的に水素化した留分、ナフテン分を多く含む水素化分解留分、重油水素化分解装置または重油水素化脱硫装置で生成する分解油留分、オイルサンドから得られる留分を水素化した留分等のうちの1種または2種以上を、上記水素化処理油に混合し、原料油としてもよい。
【0043】
ただし、このような水素化処理油以外の基材を混合して原料油を形成する場合にも、得られる原料油については、上述したようにその蒸留性状の終点が400℃以下となるように調製される。
【0044】
このようにして、エチレン製造装置から得られる熱分解重質油の水素化処理油を含む原料油を得たら、本実施形態では、この原料油を図1に示すように分解改質反応工程に送り、単環芳香族炭化水素製造用触媒と接触させて、BTX(芳香族炭化水素)を製造する。
【0045】
(単環芳香族炭化水素製造用触媒)
分解改質反応工程において用いる単環芳香族炭化水素製造用触媒は、結晶性アルミノシリケートを含むものである。
結晶性アルミノシリケートの含有量は、特に限定されないが、10〜95質量%が好ましく、20〜80質量%がより好ましく、25〜70質量%がさらに好ましい。
【0046】
結晶性アルミノシリケートとしては、特に限定されないが、例えば中孔径ゼオライトであるMFI、MEL、TON、MTT、MRE、FER、AEL、EUOタイプのゼオライトが好ましく、MFIタイプおよび/またはMELタイプの結晶構造体がより好ましい。MFIタイプ、MELタイプ等の結晶性アルミノシリケートは、The Structure Commission of the International Zeolite Associationにより公表された種類の公知ゼオライト構造型に属する(Atlas of Zeolite Structure Types,W.M.Meiyer and D.H.Olson (1978).Distributed by Polycrystal Book Service,Pittsburgh,PA,USA)。
【0047】
本発明に係る結晶性アルミノシリケートは、ケイ素とアルミニウムとのモル比率(Si/Al比)が100以下であり、50以下であることが好ましい。結晶性アルミノシリケートのSi/Al比が100を超えると、単環芳香族炭化水素の収率が低くなる。
また、結晶性アルミノシリケートのSi/Al比は、単環芳香族炭化水素の収率向上の点で、10以上であることが好ましい。
【0048】
本発明に係る単環芳香族炭化水素製造用触媒としては、さらにガリウムおよび/または亜鉛を含むものが好ましい。ガリウムおよび/または亜鉛を含むことにより、より効率的にBTXを製造できると同時に、炭素数3〜6の非芳香族炭化水素の副生を大幅に抑制できる。
ガリウムおよび/または亜鉛を含む結晶性アルミノシリケートとしては、結晶性アルミノシリケートの格子骨格内にガリウムが組み込まれたもの(結晶性アルミノガロシリケート)、結晶性アルミノシリケートの格子骨格内に亜鉛が組み込まれたもの(結晶性アルミノジンコシリケート)、結晶性アルミノシリケートにガリウムを担持したもの(Ga担持結晶性アルミノシリケート)、結晶性アルミノシリケートに亜鉛を担持したもの(Zn担持結晶性アルミノシリケート)、それらを少なくとも1種以上含んだものが挙げられる。
【0049】
Ga担持結晶性アルミノシリケートおよび/またはZn担持結晶性アルミノシリケートは、結晶性アルミノシリケートにガリウムおよび/または亜鉛をイオン交換法、含浸法等の公知の方法によって担持したものである。この際に用いるガリウム源および亜鉛源は、特に限定されないが、硝酸ガリウム、塩化ガリウム等のガリウム塩、酸化ガリウム、硝酸亜鉛、塩化亜鉛等の亜鉛塩、酸化亜鉛等が挙げられる。
【0050】
触媒におけるガリウムおよび/または亜鉛の含有量の上限は、触媒全量を100質量%とした場合、5質量%以下であることが好ましく、3質量%以下であることがより好ましく、2質量%以下であることがさらに好ましく、1質量%以下であることがさらに好ましい。ガリウムおよび/または亜鉛の含有量が5質量%を超えると、単環芳香族炭化水素の収率が低くなるため好ましくない。
また、ガリウムおよび/または亜鉛の含有量の下限は、触媒全量を100質量%とした場合、0.01質量%以上であることが好ましく、0.1質量%以上であることがより好ましい。ガリウムおよび/または亜鉛の含有量が0.01質量%未満であると、単環芳香族炭化水素の収率が低くなることがあり好ましくない。
【0051】
結晶性アルミノガロシリケートおよび/または結晶性アルミノジンコシリケートは、SiO、AlOおよびGaO/ZnO構造が骨格中において四面体配位をとる構造のもので、水熱合成によるゲル結晶化、結晶性アルミノシリケートの格子骨格中にガリウムおよび/または亜鉛を挿入する方法、または結晶性ガロシリケートおよび/または結晶性ジンコシリケートの格子骨格中にアルミニウムを挿入する方法で得ることができる。
【0052】
また、本発明に係る単環芳香族炭化水素製造用触媒は、リンを含有するものが好ましい。触媒におけるリンの含有量は、触媒全量を100質量%とした場合、0.1〜10.0質量%であることが好ましい。リンの含有量の下限は、経時的な単環芳香族炭化水素の収率低下を防止できるため、0.1質量%以上が好ましく、0.2質量%以上であることがより好ましい。一方、リンの含有量の上限は、単環芳香族炭化水素の収率を高くできることから、10.0質量%以下が好ましく、5.0質量%以下がより好ましく、2.0質量%以下がさらに好ましい。
【0053】
単環芳香族炭化水素製造用触媒にリンを含有させる方法としては特に限定されないが、例えばイオン交換法、含浸法等により、結晶性アルミノシリケートまたは結晶性アルミノガロシリケート、結晶性アルミノジンコシリケートにリンを担持する方法、ゼオライト合成時にリン化合物を含有させて結晶性アルミノシリケートの骨格内の一部をリンと置き換える方法、ゼオライト合成時にリンを含有した結晶促進剤を用いる方法、などが挙げられる。その際に用いるリン酸イオン含有水溶液は、特に限定されないが、リン酸、リン酸水素二アンモニウム、リン酸二水素アンモニウムおよびその他の水溶性リン酸塩などを任意の濃度で水に溶解させて調製したものを好ましく使用できる。
【0054】
本発明に係る単環芳香族炭化水素製造用触媒は、上記のようにリンを担持した結晶性アルミノガロシリケート/結晶性アルミノジンコシリケート、または、ガリウム/亜鉛およびリンを担持した結晶性アルミノシリケートを焼成(焼成温度300〜900℃)することにより、得られる。
【0055】
本発明に係る単環芳香族炭化水素製造用触媒は、反応形式に応じて、例えば、粉末状、粒状、ペレット状等にされる。例えば、流動床の場合には粉末状にされ、固定床の場合には粒状またはペレット状にされる。流動床で用いる触媒の平均粒子径は30〜180μmが好ましく、50〜100μmがより好ましい。また、流動床で用いる触媒のかさ密度は0.4〜1.8g/ccが好ましく、0.5〜1.0g/ccがより好ましい。
なお、平均粒子径はふるいによる分級によって得た粒径分布において50質量%となる粒径を表し、かさ密度はJIS規格R9301−2−3の方法により測定した値である。
粒状またはペレット状の触媒を得る場合には、必要に応じて、バインダーとして触媒に不活性な酸化物を配合した後、各種成形機を用いて成形すればよい。
【0056】
本発明に係る単環芳香族炭化水素製造用触媒がバインダー等を含有する場合、上述のリン含有量の好ましい範囲を満たしさえすれば、バインダーとしてリンを含むものを用いても構わない
また、単環芳香族炭化水素製造用触媒がバインダーを含有する場合、バインダーとガリウムおよび/または亜鉛担持結晶性アルミノシリケートとを混合した後、またはバインダーと結晶性アルミノガロシリケートおよび/または結晶性アルミノジンコシリケートとを混合した後に、リンを添加して触媒を製造してもよい。
【0057】
(反応型式)
本発明において、前記原料油を単環芳香族炭化水素用触媒と接触、反応させる際の反応形式としては、固定床、移動床、流動床等が挙げられる。本発明においては、重質分(熱分解重質油の水素化処理油)を原料油とするため、触媒に付着したコーク分を連続的に除去可能で、かつ安定的に反応を行うことができる流動床が好ましく、反応器と再生器との間を触媒が循環し、連続的に反応−再生を繰り返すことができる、連続再生式流動床が特に好ましい。触媒と接触する際の原料油は、気相状態であることが好ましい。また、原料油は、必要に応じてガスによって希釈してもよい。また、未反応原料油が生じた場合は、必要に応じてリサイクルしてもよい。
【0058】
(反応温度)
原料油を触媒と接触、反応させる際の反応温度は、特に制限されないが、350〜700℃が好ましく、450〜650℃がより好ましい。反応温度が350℃未満では、反応活性が十分でない。反応温度が700℃を超えると、エネルギー的に不利になると同時に、触媒再生等が困難となる。
【0059】
(反応圧力)
原料油を触媒と接触、反応させる際の反応圧力は、0.1MPaG〜1.0MPaGである。すなわち、原料油と本発明に係る単環芳香族炭化水素製造用触媒との接触を、0.1MPaG〜1.0MPaGの圧力下で行う。
本発明は、水素化分解による従来の方法とは反応思想が全く異なるため、水素化分解では優位とされる高圧条件を全く必要としない。むしろ、必要以上の高圧は、分解を促進し、目的としない軽質ガスを副生するため好ましくない。また、高圧条件を必要としないことは、反応装置設計上においても優位である。一方、本発明においては積極的な水素移行反応の利用に主眼があり、この点においては常圧または減圧下と比較して加圧条件はより優位であることを見出した。すなわち、反応圧力が0.1MPaG〜1.0MPaGであれば、水素移行反応を効率的に行うことが可能である。
【0060】
(接触時間)
原料油と触媒との接触時間は、実質的に所望する反応が進行すれば特に制限されないが、例えば、触媒上のガス通過時間で5〜300秒が好ましく、10〜150秒がより好ましく、15〜100秒がさらに好ましい。接触時間が5秒未満では、実質的な反応が困難である。接触時間が300秒を超えると、コーキング等による触媒への炭素質の蓄積が多くなる、または分解による軽質ガスの発生量が多くなり、さらには装置も巨大となり好ましくない。
【実施例】
【0061】
以下、実施例および比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0062】
[熱分解重質油の水素化処理油の製造方法]
(水素化処理用触媒の調製)
濃度5質量%のアルミン酸ナトリウム水溶液1kgに水ガラス3号を加え、70℃に保温した容器に入れた。また、濃度2.5質量%の硫酸アルミニウム水溶液1kgに硫酸チタン(IV)水溶液(TiO含有量として24質量%)を加えた溶液を、70℃に保温した別の容器において調製し、この溶液を、上述のアルミン酸ナトリウムを含む水溶液に15分間で滴下した。上記水ガラスおよび硫酸チタン水溶液の量は、所定のシリカ、チタニアの含有量となるように調整した。
【0063】
混合溶液のpHが6.9〜7.5になる時点を終点とし、得られたスラリー状生成物をフィルターに通して濾取し、ケーキ状のスラリーを得た。このケーキ状スラリーを、還流冷却器を取り付けた容器に移し、蒸留水300mlと27%アンモニア水溶液3gとを加え、70℃で24時間加熱攪拌した。攪拌処理後のスラリーを混練装置に入れ、80℃以上に加熱し水分を除去ながら混練し、粘土状の混練物を得た。
【0064】
得られた混練物を押出し成形機によって直径1.5mmシリンダーの形状に押出し、110℃で1時間乾燥した後、550℃で焼成し、成形担体を得た。得られた成形担体300gを取り、蒸留水150mlに三酸化モリブデン、硝酸コバルト(II)6水和物、リン酸(濃度85%)を加え、溶解するまでリンゴ酸を加えて調製した含浸溶液をスプレーしながら含浸した。
使用する三酸化モリブデン、硝酸コバルト(II)6水和物およびリン酸の量は、所定の担持量となるよう調整した。含浸溶液に含浸した試料を110℃で1時間乾燥した後、550℃で焼成し、触媒Aを得た。触媒Aは、担体基準で、SiOの含有量が1.9質量%、TiOの含有量が2.0質量%、触媒基準でMoOの担持量が22.9質量%、CoOの担持量が2.5質量%、P担持量が4.0質量%であった。
【0065】
(熱分解重質油の蒸留分離)
表1に示すエチレン製造装置から得られる熱分解重質油Aを、蒸留操作により軽質分のみを分離し、表2に示す軽質−熱分解重質油B、軽質−熱分解重質油Cを調製した。調製した軽質−熱分解重質油Bおよび軽質−熱分解重質油Cの沸点範囲を、表2に記す。
【0066】
【表1】

【0067】
【表2】

【0068】
(熱分解重質油の水素化処理反応)
固定床連続流通式反応装置に上記触媒Aを充填し、まず触媒の予備硫化を行った。すなわち、15℃における密度851.6kg/m、蒸留試験における初留点231℃、終留点376℃、予備硫化原料油の質量を基準とした硫黄原子としての硫黄分1.18質量%、色相L1.5である直留系軽油相当の留分(予備硫化原料油)に、該留分の質量基準で1質量%のDMDSを添加し、これを48時間前記触媒Aに対して連続的に供給した。その後、表2に示す軽質−熱分解重質油Bおよび軽質−熱分解重質油Cを原料油として用い、反応温度350℃、LHSV=0.5h−1、水素油比750NL/L、圧力は表3に示す条件で、水素化処理を行った。得られた熱分解重質油の水素化処理油B−1、B−2、C−1、C−2、C−3の性状をそれぞれ表3に併記する。
【0069】
【表3】

【0070】
表1、2、3の蒸留性状は、JIS K 2254に規定する「石油製品―蒸留試験方法」にそれぞれ準拠して測定した。また、表1の密度(@15℃)はJIS K 2254に規定する「石油製品―蒸留試験方法」に、動粘度(@50℃)はJIS K 2283に規定する「原油及び石油製品―動粘度試験方法及び粘度指数算出方法」に、硫黄分はJIS K 2541に規定する「原油及び石油製品―硫黄分試験方法」に、それぞれ準拠して測定した。
また、表1、2、3の各組成は、シリカゲルクロマト分別により得た飽和分および芳香族分について、EIイオン化法による質量分析(装置:日本電子(株)製、JMS−700)を行い、ASTM D2425“Standard Test Method for Hydrocarbon Types in Middle Distillates by Mass Spectrometry”に準拠して炭化水素のタイプ分析により算出した。また、インダン骨格およびインデン骨格を有する炭化水素の含有量はFIDガスクロマトグラフ分析により算出した。
【0071】
[芳香族炭化水素の製造方法]
〔単環芳香族炭化水素製造用触媒調製例1〕
Gaおよびリン担持結晶性アルミノシリケートを含む触媒の調製:
硅酸ナトリウム(Jケイ酸ソーダ3号、SiO:28〜30質量%、Na:9〜10質量%、残部水、日本化学工業(株)製)の1706.1gおよび水の2227.5gからなる溶液(A)と、Al(SO・14〜18HO(試薬特級、和光純薬工業(株)製)の64.2g、テトラプロピルアンモニウムブロマイドの369.2g、HSO(97質量%)の152.1g、NaClの326.6gおよび水の2975.7gからなる溶液(B)をそれぞれ調製した。
【0072】
次いで、溶液(A)を室温で撹拌しながら、溶液(A)に溶液(B)を徐々に加えた。得られた混合物をミキサーで15分間激しく撹拌し、ゲルを解砕して乳状の均質微細な状態にした。
次いで、この混合物をステンレス製のオートクレーブに入れ、温度を165℃、時間を72時間、撹拌速度を100rpmとする条件で、自己圧力下に結晶化操作を行った。結晶化操作の終了後、生成物を濾過して固体生成物を回収し、約5リットルの脱イオン水を用いて洗浄と濾過を5回繰り返した。濾別して得られた固形物を120℃で乾燥し、さらに空気流通下、550℃で3時間焼成した。
【0073】
得られた焼成物は、X線回析分析(機種名:Rigaku RINT−2500V)の結果、MFI構造を有するものであることが確認された。また、蛍光X線分析(機種名:Rigaku ZSX101e)による、SiO/Al比(モル比)は、64.8であった。また、この結果から計算された格子骨格中に含まれるアルミニウム元素は1.32質量%であった。
【0074】
次いで、得られた焼成物の1g当り5mLの割合で、30質量%硝酸アンモニウム水溶液を加え、100℃で2時間加熱、撹拌した後、濾過、水洗した。この操作を4回繰り返した後、120℃で3時間乾燥して、アンモニウム型結晶性アルミノシリケートを得た。その後、780℃で3時間焼成を行い、プロトン型結晶性アルミノシリケートを得た。
次いで、得られたプロトン型結晶性アルミノシリケート120gに、0.4質量%(結晶性アルミノシリケート総質量を100質量%とした値)のガリウムが担持されるように硝酸ガリウム水溶液120gを含浸させ、120℃で乾燥した。その後、空気流通下、780℃で3時間焼成して、ガリウム担持結晶性アルミノシリケートを得た。
【0075】
次いで、得られたガリウム担持結晶性アルミノシリケート30gに、0.7質量%のリン(結晶性アルミノシリケート総質量を100質量%とした値)が担持されるようにリン酸水素二アンモニウム水溶液30gを含浸させ、120℃で乾燥た。その後、空気流通下、780℃で3時間焼成して、結晶性アルミノシリケートとガリウムとリンとを含有する触媒を得た。得られた触媒の初期活性における影響を排除するため、処理温度650℃、処理時間6時間、水蒸気100質量%の環境下で水熱処理を実施した。その後、得られた水熱劣化処理触媒に39.2MPa(400kgf)の圧力をかけて打錠成型し、粗粉砕して20〜28メッシュのサイズに揃えて、粒状体の触媒Bを得た。
【0076】
〔単環芳香族炭化水素製造用触媒調製例2〕
Znおよびリン担持結晶性アルミノシリケートを含む触媒の調製:
硅酸ナトリウム(Jケイ酸ソーダ3号、SiO:28〜30質量%、Na:9〜10質量%、残部水、日本化学工業(株)製)の1706.1gおよび水の2227.5gからなる溶液(A)と、Al(SO・14〜18HO(試薬特級、和光純薬工業(株)製)の64.2g、テトラプロピルアンモニウムブロマイドの369.2g、HSO(97質量%)の152.1g、NaClの326.6gおよび水の2975.7gからなる溶液(B)をそれぞれ調製した。
【0077】
次いで、溶液(A)を室温で撹拌しながら、溶液(A)に溶液(B)を徐々に加えた。得られた混合物をミキサーで15分間激しく撹拌し、ゲルを解砕して乳状の均質微細な状態にした。
次いで、この混合物をステンレス製のオートクレーブに入れ、温度を165℃、時間を72時間、撹拌速度を100rpmとする条件で、自己圧力下に結晶化操作を行った。結晶化操作の終了後、生成物を濾過して固体生成物を回収し、約5リットルの脱イオン水を用いて洗浄と濾過を5回繰り返した。濾別して得られた固形物を120℃で乾燥し、さらに空気流通下、550℃で3時間焼成した。
【0078】
得られた焼成物は、X線回析分析(機種名:Rigaku RINT−2500V)の結果、MFI構造を有するものであることが確認された。また、蛍光X線分析(機種名:Rigaku ZSX101e)による、SiO/Al比(モル比)は、64.8であった。また、この結果から計算された格子骨格中に含まれるアルミニウム元素は1.32質量%であった。
【0079】
次いで、得られた焼成物の1g当り5mLの割合で、30質量%硝酸アンモニウム水溶液を加え、100℃で2時間加熱、撹拌した後、濾過、水洗した。この操作を4回繰り返した後、120℃で3時間乾燥して、アンモニウム型結晶性アルミノシリケートを得た。その後、780℃で3時間焼成を行い、プロトン型結晶性アルミノシリケートを得た。
次いで、得られたプロトン型結晶性アルミノシリケート120gに、0.4質量%(結晶性アルミノシリケート総質量を100質量%とした値)の亜鉛が担持されるように硝酸亜鉛水溶液120gを含浸させ、120℃で乾燥した。その後、空気流通下、780℃で3時間焼成して、亜鉛担持結晶性アルミノシリケートを含有する触媒を得た。
【0080】
次いで、得られた亜鉛担持結晶性アルミノシリケート30gに、0.7質量%のリン(結晶性アルミノシリケート総質量を100質量%とした値)が担持されるようにリン酸水素二アンモニウム水溶液30gを含浸させ、120℃で乾燥した。その後、空気流通下、780℃で3時間焼成して、結晶性アルミノシリケートと亜鉛とリンとを含有する触媒を得た。得られた触媒の初期活性における影響を排除するため、処理温度650℃、処理時間6時間、水蒸気100質量%の環境下で水熱処理を実施した。その後、得られた水熱劣化処理触媒に39.2MPa(400kgf)の圧力をかけて打錠成型し、粗粉砕して20〜28メッシュのサイズに揃えて、粒状体の触媒Cを得た。
【0081】
[実施例1〜6、比較例1〜3]
(芳香族炭化水素の製造)
触媒BまたはC(10ml)を反応器に充填した流通式反応装置を用い、反応温度を550℃、反応圧力を0.3MPaGとする分子状水素非共存下の条件のもとで、表4に示す各原料油を対応する触媒とを接触、反応させた。用いた原料油と触媒との組み合わせにより、表4に示すように実施例1〜6、および比較例1〜3とした。なお、各原料油を触媒と接触、反応させる際、原料油と触媒との接触時間が10秒となるように、希釈剤として窒素を導入した。
【0082】
【表4】

【0083】
この条件にて30分反応させて、炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素(ベンゼン、トルエン、キシレン)を製造し、反応装置に直結されたFIDガスクロマトグラフにより生成物の組成分析を行って、反応初期の触媒活性を評価した。評価結果を表4に示す。
表4に示す結果より、所定の性状を有する熱分解重質油の水素化処理油を原料油に用いた実施例1〜6は、水素化処理を施さなかった熱分解重質油を原料油に用いた比較例1〜3に対し、炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素(ベンゼン、トルエン、キシレン)を収率良く製造することができることが分かった。
したがって、本発明の実施例1〜6では、エチレン製造装置から得られる熱分解重質油の水素化処理油を含む原料油から、分子状水素を共存させることなく、BTXを効率よく製造できることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エチレン製造装置から得られる熱分解重質油の水素化処理油を含む原料油を、結晶性アルミノシリケートを含む単環芳香族炭化水素製造用触媒と接触させて芳香族炭化水素を製造するに際して、
前記原料油として蒸留性状の終点が400℃以下のものを用い、
前記原料油と前記単環芳香族炭化水素製造用触媒との接触を、0.1MPaG〜1.0MPaGの圧力下で行うことを特徴とする芳香族炭化水素の製造方法。
【請求項2】
前記エチレン製造装置から得られる熱分解重質油の水素化処理油は、2環以上の多環芳香族炭化水素含有量が50質量%以下、1環芳香族炭化水素の含有量が30質量%以上であることを特徴とする請求項1記載の芳香族炭化水素の製造方法。
【請求項3】
前記エチレン製造装置から得られる熱分解重質油の水素化処理油は、インダン骨格およびインデン骨格を有する炭化水素の含有量が5質量%以上であることを特徴とする請求項1〜2のいずれかに記載の芳香族炭化水素の製造方法。
【請求項4】
前記エチレン製造装置から得られる熱分解重質油の水素化処理油は、前記エチレン製造装置から得られる熱分解重質油を蒸留分離した後、水素の存在下、水素化処理用触媒を用いて、水素分圧2〜20MPa、LHSV0.05〜2h−1、反応温度200℃〜450℃、水素/油比100〜2000NL/Lで水素化処理して得られたものであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の芳香族炭化水素の製造方法。
【請求項5】
前記エチレン製造装置から得られる熱分解重質油の水素化処理油は、前記エチレン製造装置から得られる熱分解重質油を水素の存在下、水素化処理用触媒を用いて、水素分圧2〜20MPa、LHSV0.05〜2h−1、反応温度200℃〜450℃、水素/油比100〜2000NL/Lで水素化処理した後、蒸留分離して得られたものであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の芳香族炭化水素の製造方法。
【請求項6】
前記水素化処理用触媒が、アルミニウム酸化物を含む無機担体に、全触媒質量を基準として、周期表第6族金属から選択される少なくとも1種の金属を10〜30質量%と、周期表第8〜10族金属から選択される少なくとも1種の金属を1〜7質量%とを担持させて得られる触媒であることを特徴とする請求項4または請求項5に記載の芳香族炭化水素の製造方法。
【請求項7】
周期表第6族金属から選ばれる少なくとも1種の金属が、モリブデン及び/又はタングステンであり、周期表第8〜10族金属から選ばれる少なくとも1種の金属が、コバルト及び/又はニッケルであることを特徴とする請求項6に記載の芳香族炭化水素の製造方法。
【請求項8】
前記単環芳香族炭化水素製造用触媒が、ガリウムおよび/または亜鉛を含むものであることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の芳香族炭化水素の製造方法。
【請求項9】
前記単環芳香族炭化水素製造用触媒が、リンを含むものであることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の芳香族炭化水素の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−62356(P2012−62356A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−205666(P2010−205666)
【出願日】平成22年9月14日(2010.9.14)
【出願人】(000004444)JX日鉱日石エネルギー株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】