説明

芳香族系ポリイミドフィルム及びその製造方法、並びにグラファイトシート

【課題】フィルム表面の平坦性に優れながらも、フィルム同士の滑り性を良好とすることができる芳香族系ポリイミドフィルムを得る。高い熱伝導性を有し、強靭で平坦性に優れるグラファイトシートを得る。
【解決手段】フィラーを含まない芳香族系ポリイミドフィルムの表面を低温プラズマ処理することにより、平均表面粗さRaを5nm以下とすると共に、静摩擦係数を2.0以下とする。このとき、フィルム表面における酸素原子数(O)と炭素原子数(C)との組成比X(O/C)を、理論値の115〜190%以下の範囲とする。その際、内部電極方式の低温プラズマ処理機により、処理強度を3000〜50000W・min/m2 範囲で処理を行なう。上記芳香族系ポリイミドフィルムを積層し焼成処理を行なうことにより、任意の厚みのグラファイトシートを得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グラファイトシートの材料として好適な芳香族系ポリイミドフィルム及びその製造方法、並びに、その芳香族系ポリイミドフィルムを材料として得られるグラファイトシートに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電子機器、例えばノートパソコン、携帯電話、デジタルカメラ、液晶プロジェクタなどの情報機器においては、小型、高性能化、高集積化が図られており、それに伴ってCPU等の発熱部品から発生する熱が一層増加する傾向にある。電子機器の動作性能や信頼性を保つためには、発熱部品から発生した熱を効率よく放熱する必要がある。その方法として、金属よりも軽くて、熱伝導率に優れるグラファイトシートを、発熱部品の筺体に接合し冷却フィンと組合せる方法が採用されている。
【0003】
これらに使用されるグラファイトシートは熱伝導性に優れることは勿論であるが、機器のより小型化のために筺体内で曲げて使用する場合があり、柔軟性、強靭性なども必要である。また、熱伝導効率を上げるため発熱部品と接触面積も上げなければならない。そのため表面に凹凸が少ないこと、すなわち表面がより平坦であることも重要である。
【0004】
グラファイトシートを得る方法としては、従来では、例えば次のA〜Cのようなものがあった。
(A)フレーク状グラファイトを圧延ローラやプレス成形などで加圧成形する方法。これによれば、1mm以上の厚みのグラファイトシートを問題なく得ることができる。但し、熱伝導率は約200W/K程度である。
【0005】
(B)無定形炭素を加圧成形または押出し成形することによって得る方法。これによれば、やはり1mm以上の厚みのグラファイトシートを容易に得ることができる。但し、熱伝導率は約300W/K程度となる。これら(A)、(B)の方法では、熱伝導性を十分に高めることができない不具合があった。
【0006】
(C)ポリイミドフィルムを出発原料とし、不活性ガス中で2,000℃以上の温度で焼成、熱処理し炭素化する方法(例えば特許文献1,2参照)。これによれば、高配向性のグラファイト層が得られる。そして、この方法で得られるグラファイトシートの熱伝導率は、600乃至800W/Kに達し、熱伝導性に極めて優れたものが得られる。特に、特許文献2に示されるように、微粒子などの添加剤(フィラー)を含まないノンフィラーの芳香族系ポリイミドフィルムを出発原料に使用すると、より表面が平坦で熱伝導性、柔軟性に優れる高性能のグラファイトシートを得ることができる。
【特許文献1】特許第3480459号公報
【特許文献2】特開平11−21117号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記(C)のような芳香族系ポリイミドフィルムを出発材料としてグラファイトシートを得る方法では、現状では、次のような問題点があった。
即ち、グラファイトシートの厚みは、出発材料の芳香族系ポリイミドフィルムの厚みにより制約されるが、現在市販されている芳香族系ポリイミドフィルムの厚みは、12μmから厚いものでも300μm(0.3mm)である。従って、単独のポリイミドフィルムを用いた場合には、厚み0.3mm以上の高品位のグラファイトシートを得ることができない事情がある。
【0008】
そこで、0.3mm以上のグラファイトシートを得るには、上記厚みのポリイミドフィルムを目的とする厚みに重ね合わせ、不活性ガス中で焼成する方法が考えられる。しかし、実際にこの方法によるものは、ポリイミドフィルムを重ねる過程で空気をかみ込まずに積層することは困難であり、フィルム間に空気が残存するため、焼成過程の昇温時フィルム間の空気、気泡が閉じ込められた状態でフィルム同士が接着・焼成が進んでしまう。このため、得られたグラファイトシートは、層間に多数の気泡が残って熱伝導率を低下させ、その熱伝導率も製造バッチごとに大きく異なり品質上の問題が生ずる。
【0009】
上記したグラファイトシートの焼成過程で、気泡がフィルムの層間に残存する原因は、出発原料のポリイミドフィルムが極めて平坦であるため、接触面積が大きくフィルム同士が滑らない。そのため、積層時にフィルム間に入った気泡は焼成過程でも抜けることなく、閉じ込められた状態でフィルム同士が接着しグラファイト化するものと考えられている。ポリイミドフィルムを2枚以上重ねた任意の厚みの高性能グラファイトシートはまだ得られていないのが実情である。
【0010】
これに対し、フィルムと銅箔を貼り合わせたFPC(フレキシブルプリント回路基板)に使用されているポリイミドフィルムにおいては、フィルムの製造時に、例えばSiO2などの無機系のフィラー(微粒子)を添加し、フィルム表面に微細な凹凸を形成するようにしている。これにより、フィルム表面間の接触面積を減らし、摩擦係数を下げて滑り易くし、製造時のフィルムの巻取りを容易にするようにしている。ところが、このようなフィラーを含んだ芳香族系ポリイミドフィルムは、フィルム表面の凹凸が大きくなり、それを原料としたグラファイトシートでは、上記したように、発熱部品との接触面積が小さくなって、熱伝導性(放熱性能)に劣ってしまうことになる。
【0011】
尚、1枚の芳香族系ポリイミドフィルムから得られた比較的厚みの薄いグラファイトシートを、接着剤などで複数枚貼合せて比較的厚いグラファイトシートを得ることも考えられるが、この場合には、接着剤の熱伝導率がグラファイトシートよりも劣るため全体の熱伝導率を低下させる問題が生じる。
【0012】
このように、厚い高性能なグラファイトシートを得るには、ポリイミドフィルムの表面が極めて平坦で、且つフィルム同士がよく滑るという、従来の知見からは相反する性質のフィルムが求められるのである。
【0013】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、その目的は、フィルム表面の平坦性に優れながらも、フィルム同士の滑り性を良好とすることができる芳香族系ポリイミドフィルム及びその製造方法を提供することにある。また、本発明の目的は、高い熱伝導性を有し、強靭で平坦性に優れるグラファイトシートを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記した目的を達成するために、つまり、芳香族系ポリイミドフィルムにあって、フィルムの表面が十分に平坦でありながらも、フィルム同士がよく滑るという、相反する性質を両立させたフィルムを得るべく、様々な試験、研究を重ねた。その結果、フィラーを含まない芳香族系ポリイミドフィルムの表面に対し、低温プラズマ処理を施して表面の改質を行うことにより、フィルムの表面を十分に平坦としながらも、適度な滑り性(静摩擦係数)を得ることができることを見出し、本発明を成し遂げたのである。
【0015】
即ち、本発明の芳香族系ポリイミドフィルムは、フィラーを含まないものにあって、フィルム表面が低温プラズマ処理されていることにより、平均表面粗さRaが5nm以下とされると共に、静摩擦係数が2.0以下とされているところに特徴を有する(請求項1の発明)。これにより、フィルム表面の平坦性に優れながらも、フィルム同士の滑り性を良好とすることができたのである。ひいては、グラファイトシートの出発材料としての用途に好適なものとすることができる。
【0016】
これは、フィラーを含まない芳香族系ポリイミドフィルムは、元々、表面粗さが小さく平坦性の高いものであり、これに加えて、フィルム表面に低温プラズマ処理がなされることにより、フィルム表面に酸素原子が取込まれ、具体的にはフィルム表面にCOOH基やOH基が付加されるようになり、このことが、本来静摩擦係数が大きく滑りにくいノンフィラーの芳香族系ポリイミドフィルムの、表面の静摩擦係数を低下させて適度な滑り性を付与するものと推測される。
【0017】
この場合、平坦性及び滑り性の目安として、平均表面粗さRaが5nm以下、静摩擦係数が2.0以下とすることができる。平均表面粗さRaが5nmを越えると、平坦性に劣るものとなり、例えば後述のようにグラファイトシートの材料に用いた場合の、グラファイトシートと部品との接触面積が小さくなって、熱伝導性(放熱性能)に劣ってしまうことになる。静摩擦係数が2.0を越えると、滑り性に劣るものとなり、例えば後述のようにグラファイトシートの材料に用いた場合に、積層した際のフィルム間に入った気泡が、焼成過程でも抜けなくなる不具合を招くことになる。
【0018】
尚、本発明における芳香族系ポリイミドフィルムとは、主鎖にイミド結合を有する高分子のフィルムをいう。例えば市販されているフィルムでは、「カプトン(登録商標)」(東レ・デュポン株式会社製)、「ユーピレックス(登録商標)」(宇部興産株式会社製)、「アピカル(登録商標)」(株式会社カネカ製)などが挙げられる。
【0019】
本発明における低温プラズマ処理とは、電極間に直流または交流の高電圧を印加することによって開始持続する放電、例えば大気圧下でのコロナ放電あるいは真空でのグロー放電などに処理基材を曝すことによって成される処理をいう。このとき、特に限定されないが、処理ガスの選択が広い真空での処理が好ましい。処理ガスとしては、特に限定されないが、He、Ne、Ar、窒素、炭酸ガス、空気、水蒸気等が単独あるいは混合した状態で使用される。なかでもAr、炭酸ガスが放電開始効率の点から好ましい。処理圧力は特に限定されないが、0.1Pa乃至1330Paの圧力範囲で持続放電するグロー放電処理、いわゆる低温プラズマ処理が処理効率の点で好ましい。さらに好ましくは、1Pa乃至266Paの範囲である。
【0020】
本発明において、より具体的には、フィルム表面における酸素原子(O)と炭素原子(C)との組成比X(O/C)が、理論値の115%以上、190%以下の範囲にあることにより、目的とする良好な静摩擦係数を得ることができる(請求項2の発明)。ここで、組成比とは、フィルム表面をXPS(X線電子光分光法)で測定した炭素原子数(C)と、酸素原子数(O)との比X(O/C)をいう。また、その理論値とは、フィルムを構成する樹脂組成における理論値をいう。例えば、上記した「カプトン」Hタイプの場合、組成比の理論値は0.227であり、「ユーピレックス」Sタイプの場合には、組成比の理論値が0.179である。尚、通常は、この種フィルムの表面には炭化水素系のものが極微量付着しているため、実測値は理論値よりも小さいとされる。
【0021】
本発明者らの研究によれば、上記組成比X(O/C)が、理論値の115%以上、190%以下の範囲、つまり15%〜90%の範囲で理論値よりも大きい値であれば、良好な滑り性(静摩擦係数)を得ることができた。より好ましくは、120%以上、190%以下である。組成比Xが、理論値の115%未満であれば、静摩擦係数が大きくなり過ぎてしまう。また、理論値の190%を越えた場合には、静摩擦係数は小さいものとなるが、フィルム同士の接着性(熱融着性)に劣る不具合が生ずる。
【0022】
また、上記したような芳香族系ポリイミドフィルムを製造する方法としては、フィラーを含まない樹脂原料から成形された芳香族系ポリイミドフィルムに対し、低温プラズマ処理機により、その表面を低温プラズマ処理する方法を採用することができる(請求項3の発明)。これにより、フィルム表面の平坦性に優れながらも、フィルム同士の滑り性を良好とする芳香族系ポリイミドフィルムを容易に製造することができる。ひいては、グラファイトシートの出発材料としての用途に好適な芳香族系ポリイミドフィルムを得ることができる。
【0023】
このとき、低温プラズマ処理における処理強度(出力)は、処理するポリイミドフィルムの種類、処理装置のタイプ、能力によって適宜選択することができる。このとき、特に内部電極方式のプラズマ処理機では、低温プラズマ処理の強度を、3000W・min/m2 ないし50000W・min/m2 範囲とすることが好ましい(請求項4の発明)。さらに好ましくは、4000W・min/m2 ないし35000W・min/m2 の範囲である。
【0024】
本発明者らの研究によれば、低温プラズマ処理の強度が前記範囲より低いものでは、上記した組成比Xが小さくなって、静摩擦係数が大きくなり過ぎてしまう。一方、強度が高すぎると、組成比Xが大きくなり過ぎ、静摩擦係数は小さいものとなるが、フィルム表面に灰が生成されてしまい、フィルム同士の接着性に劣るものとなる。尚、低温プラズマ処理のための装置、電極などは、特に限定されるものではなく、公知のものを用いることができる。
【0025】
そして、本発明のグラファイトシートは、上記した請求項1又は2記載の芳香族系ポリイミドフィルムを材料として、焼成処理されることにより得られるものである(請求項5の発明)。本発明のグラファイトシートは、芳香族系ポリイミドフィルムを出発材料とし、これを炭素化することにより得られるものなので、軽く、柔軟性や強靭性に優れ、シート自体の熱伝導率が高いものとなり、電子機器の発熱部品の放熱用材料としての使用に適したものとなる。この場合、上記のように、材料となる芳香族系ポリイミドフィルムは平坦性に優れるので、グラファイトシートの発熱部品との接触面積を高めて、熱伝導性を良好とすることができ、高い放熱性能を得ることができる。尚、上記焼成処理は、不活性ガス雰囲気中で行われ、適当な温度条件や昇温条件で行なうことができる。
【0026】
ところで、芳香族系ポリイミドフィルムは1枚の厚みが比較的薄い(最も厚いものでも0.3mm程度)ので、1枚では目的とする厚み(例えば厚み0.3mm以上)のグラファイトシートが得られない事情がある。そこで、本発明のグラファイトシートは、複数枚の芳香族系ポリイミドフィルムが積層された状態で焼成処理を行なうことにより、任意の厚みに構成することができる(請求項6の発明)。これにより、1枚のポリイミドフィルムは薄くても、これを積層することにより比較的厚い任意の厚みのグラファイトシートを得ることが可能となる。ちなみに、芳香族系ポリイミドフィルムを50層以上も積層したグラファイトシートの製造が可能であることが確認されている。
【0027】
このとき、芳香族系ポリイミドフィルムの積層過程において、全く空気をかみ込まずに積層することは困難であり、フィルム間に多少なりとも空気が残存することになる。焼成過程において、フィルム間の空気、気泡が閉じ込められた状態で、フィルム同士の接着(融着)・焼成が進んでしまうと、得られるグラファイトシートは、層間に多数の気泡が残存する低品質のものとなってしまう。
【0028】
ところが、本発明の芳香族系ポリイミドフィルムでは、上記のように、フィルム同士間の滑り性に優れるので、積層時にフィルム間に入った気泡が容易に抜けるようになり、グラファイトシートに気泡が残存することを防止することができる。しかも、層間の接着性に優れ、剥れが生ずることもない。この結果、ポリイミドフィルムを2枚以上重ねた任意の厚みの高品質のグラファイトシートを得ることができたのである。
【0029】
尚、上記したように、芳香族系ポリイミドフィルムに対する低温プラズマ処理の強度が高すぎる(組成比Xが大きくなり過ぎる)場合には、ポリイミドフィルム同士の接着性が悪く、層間の剥れが生じやすいものとなった。また、上記ポリイミドフィルムの積層により得られるグラファイトシートは、薄いグラファイトシートを積層するものと異なり、接着剤を使用することがないので、接着剤に起因した熱伝導率の低下を招くこともなく、高い熱伝導率を確保することができる。
【発明の効果】
【0030】
本発明の芳香族系ポリイミドフィルム及びその製造方法によれば、従来の知見からは相反する性質である、フィルム表面の平坦性に優れながらも、フィルム同士の滑り性を良好とすることができるという優れた効果を奏する。また、本発明のグラファイトシートによれば、上記芳香族系ポリイミドフィルムを出発材料として用いることにより、高い熱伝導性を有し、強靭で平坦性に優れ、更には任意の厚みの高品質なグラファイトシートを得ることができるという優れた効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。後に掲載する表1に示すように、実施例1〜実施例4は、本発明に係る芳香族系ポリイミドフィルムであり、特許請求の範囲に記載された通りの構成を備えていると共に、特許請求の範囲に記載された通りの製造方法により製造されたものである。即ち、実施例1〜実施例4の芳香族系ポリイミドフィルムは、フィラーを含まない芳香族系ポリイミドフィルムであって、フィルム表面が低温プラズマ処理されていることにより、平均表面粗さRaが5nm以下とされると共に、静摩擦係数が2.0以下とされている。
【0032】
またこのとき、これら実施例1〜実施例4の芳香族系ポリイミドフィルムは、フィルム表面における酸素原子数(O)と炭素原子数(C)との組成比X(O/C)が、理論値の115%以上、190%以下の範囲にある、つまり15%〜90%の範囲で理論値よりも大きい値とされている。この組成比とは、フィルム表面をXPS(X線電子光分光法)で測定した炭素原子数(C)と、酸素原子数(O)との比X(O/C)をいう。また、その理論値とは、フィルムを構成する樹脂組成における理論値をいう。尚、「カプトン」Hタイプ(東レ・デュポン株式会社製)の場合、組成比の理論値は0.227である。
【0033】
詳細には、実施例1〜実施例4は、市販の厚み25μmのノンフィラーのポリイミドフィルム(「カプトン」のタイプ100H)の両面に対し、後述するような内部電極方式の低温プラズマ処理機1により、条件(処理強度)を変えて低温プラズマ処理を施したものである。この場合の処理強度は、3000W・min/m2 〜50000W・min/m2 範囲であり、実施例1〜実施例4の順に、8000,16000,32000,40000(W・min/m2)とされている。
【0034】
ここで、図1は、低温プラズマ処理機1により低温プラズマ処理を行っている様子を模式的に示している。この低温プラズマ処理機1は、密閉可能な処理室2を有して構成されており、その処理室2内には、処理用ローラ3が設けられると共に、その処理用ローラ3の周囲を僅かな隙間を空けて囲むような電極4が設けられている。電極4には、高周波電源5が接続されており、また図示はしないが、処理用ローラ3はアース接続されている。そして、処理室2内は、真空ポンプに接続されたバルブ6の開放によって減圧されるようになっていると共に、ガス供給源に接続されたバルブ7の開放によって、処理(放電)部分に処理用のガス(例えばArや窒素)が供給されるようになっている。処理室2内の圧力を計測する圧力計8も設けられている。
【0035】
そして、ロール状に巻回された処理前のポリイミドフィルム(原反)Fは、供給部9から引出され、処理室2内の複数個の案内ローラ10により案内されながら処理用ローラ3に一周近く巻付けられるようにして、電極4との間の処理部分を通され、ここでプラズマ処理が行われた後、案内ローラ10により案内されながら巻取部11において再び巻取られるようになっている。尚、この低温プラズマ処理は、ポリイミドフィルムFの両面に対して行なわれるようになっている。
【0036】
これにより、実施例1のフィルムは、表面組成比X(O/C)が理論値の138%、実施例2のフィルムは、表面組成比Xが理論値の162%、実施例3のフィルムは、表面組成比Xが理論値の170%、実施例4のフィルムは、表面組成比Xが理論値の185%とされている。
【0037】
これに対し、比較例1〜比較例3は、低温プラズマ処理を行わない、或いは、処理強度を上記範囲外としたプラズマ処理を行なうことにより、特許請求の範囲から外れた芳香族系ポリイミドフィルムである。これらは、やはり、ノンフィラーの芳香族系ポリイミドフィルム(「カプトン」のタイプ100H、厚み25μm)であって、比較例1は低温プラズマ処理を行わないものである。比較例2及び比較例3は、夫々処理強度を2000W・min/m2 及び64000W・min/m2として、上記低温プラズマ処理機1により低温プラズマ処理を行ったものである。これにより、比較例1のフィルムは、表面組成比X(O/C)が理論値の100%、比較例2のフィルムは、表面組成比Xが理論値の106%、比較例3のフィルムは、表面組成比Xが理論値の200%となっている。
【0038】
そして、表1には、それら実施例1〜実施例4、並びに、比較例1〜3の芳香族系ポリイミドフィルムの静摩擦係数及び平均表面粗さ(Ra)の測定結果をも示している。摩擦係数については、フィルムサンプルを100mm×70mmに切り、スベリ係数測定装置(株式会社テクノ・ニーズ社製)を用いて、定法にて測定した。また、平均表面粗さ(Ra)については、AFM(原子間力顕微鏡)で測定した。装置としては、「SPI 3800N/SPA400」(セイコーインスツルメンツ株式会社製)を用い、カンチレバー:SI−DF20、測定モード:ダイナミックモードで測定を行った。
【0039】
この結果、摩擦係数に関しては、実施例1〜4及び比較例3については、2.0以下の小さい値となり、滑り性が良好であった。比較例1,2については、摩擦係数が大きく(2.0を越える)、滑り性の悪いものとなっていた。この場合、低温プラズマ処理の強度が大きくなるほど、摩擦係数が小さくなる傾向が見られる。平均表面粗さ(Ra)に関しては、全て小さい値(5nm以下)が得られた。特に、低温プラズマ処理を行なわない比較例1については、極めて小さい値となった。
【0040】
さて、上記した実施例1〜4並びに比較例1〜3に関して、それらを出発材料としたグラファイトシートを作成し、本発明の適正について調べる試験を行なった。試験にあたっては、上記実施例1〜4並びに比較例1〜3のサンプルを、夫々、20cm角に裁断して10枚ずつ重ね合わせ、それらを不活性ガス中で焼成してグラファイトシートを作成した。この場合、焼成は、常温から1000℃までは(予備焼成)、10deg/分の昇温速度とし、その後、1000℃から2700℃までは(本焼成)、15deg/分の昇温速度として行なった。
【0041】
そして、得られた各グラファイトシートに関して、外観、特に層間の残存気泡の有無、及び、層間接着力(剥離のしやすさ)を調べた。その試験結果を表1に示す。表1では、良好であったものを「○」、問題のあったものを「×」で示している。
【0042】
【表1】

【0043】
この試験結果から明らかなように、実施例1〜実施例4の芳香族系ポリイミドフィルムを材料として得られたグラファイトシートは、層間に残存気泡がなく外観が良好であり、且つ、層間接着力に優れたものとなっていた。これは、芳香族系ポリイミドフィルムの表面が極めて平坦で、且つフィルム同士がよく滑るという、従来の知見からは相反する性質を両立させることができたためであると考えられる。
【0044】
これに対し、比較例1及び比較例2の芳香族系ポリイミドフィルムを材料として得られたグラファイトシートは、焼成後に気泡が残存しあばた状になり平坦性が悪く外観に問題があった。これは、摩擦係数が大き過ぎてフィルム面同士が滑らないため、フィルム間の気泡が閉じ込められたまま、抜けないためであると考えられる。また、比較例3の芳香族系ポリイミドフィルムを材料として得られたグラファイトシートは、外観上の問題はなかったが層間の接着力が不足で、簡単に燐片状に剥離した。これは、低温プラズマ処理の処理強度が大きすぎたために、フィルム表面に灰が形成され、接着力低下を招いたものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明の実施の形態を示すもので、低温プラズマ処理機の構成を概略的に示す縦断面図
【符号の説明】
【0046】
図面中、1は低温プラズマ処理機、2は処理室、3は処理用ローラ、4は電極、Fはフィルムを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィラーを含まない芳香族系ポリイミドフィルムであって、
フィルム表面が低温プラズマ処理されていることにより、平均表面粗さRaが5nm以下とされると共に、静摩擦係数が2.0以下とされていることを特徴とする芳香族系ポリイミドフィルム。
【請求項2】
フィルム表面における酸素原子(O)と炭素原子(C)との組成比X(O/C)が、理論値の115%以上、190%以下の範囲にあることを特徴とする請求項1記載の芳香族系ポリイミドフィルム。
【請求項3】
請求項1又は2記載の芳香族系ポリイミドフィルムを製造するための方法であって、
フィラーを含まない樹脂原料から成形された芳香族系ポリイミドフィルムに対し、低温プラズマ処理機により、その表面を低温プラズマ処理することを特徴とする芳香族系ポリイミドフィルムの製造方法。
【請求項4】
前記低温プラズマ処理機は内部電極方式のものであり、低温プラズマ処理の強度が、3000W・min/m2 ないし50000W・min/m2の範囲とされることを特徴とする請求項3記載の芳香族系ポリイミドフィルムの製造方法。
【請求項5】
請求項1又は2記載の芳香族系ポリイミドフィルムを材料として焼成処理されることにより得られたグラファイトシート。
【請求項6】
複数枚の芳香族系ポリイミドフィルムが積層された状態で焼成処理が行なわれることにより、任意の厚みに構成されることを特徴とする請求項5記載のグラファイトシート。

【図1】
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【公開番号】特開2007−177024(P2007−177024A)
【公開日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−375216(P2005−375216)
【出願日】平成17年12月27日(2005.12.27)
【出願人】(592166137)河村産業株式会社 (31)
【出願人】(000219266)東レ・デュポン株式会社 (288)
【Fターム(参考)】