説明

荷電粒子ビームの出射方法及び粒子線照射システム

【課題】
患者の体内の深さ方向におけるビームの照射位置ずれを抑制することにある。
【解決手段】
エネルギー補正装置27は、ビーム加速終了時の加速高周波信号の周波数Fmesと目標周波数Fdesの差が許容範囲±Ferr内にある場合、周波数Fmesを目標周波数Fdesにするための時間的に滑らかな変化の補正周波数データを逐次算出する。高周波制御装置24は、これらの補正周波数データを、逐次、高周波発振器11に設定する。高周波発振器11は、それらの補正周波数データに基づいて出力した周波数の高周波信号を、逐次、シンクロトロン3に設けた加速空胴10に印加する。このため、シンクロトロン3内を周回するビームのエネルギーが、加速後の目標エネルギーに一致する。目標エネルギーになったビームが、シンクロトロン3から出射されて照射野形成装置16から患者に照射される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、荷電粒子ビームの出射方法及び粒子線照射システムに係り、特に、陽子及び重イオンなどのイオンビームを加速器で加速するのに好適な荷電粒子ビームの出射方法及び粒子線照射システムに関する。
【背景技術】
【0002】
陽子及び重イオンなどのイオンビーム(以下、ビームという)をがんの治療に用いる粒子線照射システムは、患者の患部形状に合わせたビームを照射することで、患部にビームを集中させて照射できる。特に、患者の体表面からの深さ方向におけるビームの飛程の調節は、ビームのエネルギーを調整することで実現できる。
【0003】
粒子線照射システムに用いられる加速器の代表例としてシンクロトロンが挙げられる。シンクロトロンは、周回するビームに高周波信号(例えば、高周波電圧)を印加し所望のエネルギーまでビームを加速する高周波加速空胴(以下、加速空胴という)を備える。所望のエネルギーまで加速されたビームは、シンクロトロンから出射されてビーム輸送系を経て照射装置に導かれ、治療用ベッド上の患者の患部(がんの患部)に照射される。
【0004】
照射装置は、患者の体表面から患部までの深さ、及び患部の大きさに合わせたビームを生成してこのビームを出射する。一般に、照射装置は、二重散乱体法(非特許文献1の
2081頁,図35),ウォブラー法(非特許文献1の2084頁,図41)及びビームスキャニング法(特許文献1,非特許文献1の2092頁及び2093頁)のいずれかのビーム照射法が適用できる構成を有する。
【0005】
粒子線照射システムの加速器であるシンクロトロンシステムに対して、これらのビーム照射法においても、出射するビームエネルギーを目標エネルギーに調節する高精度の制御が要求されている。このため、ビームエネルギーを精度良く測定することが必要である。ビームエネルギーの測定は、従来、特許文献2に記載された水ファントム、及び非特許文献2に記載されたマルチリーフ・ファラデーカップを用いて行うことが知られている。
【0006】
【特許文献1】特開平10−118204号公報
【特許文献2】特開平11−64530号公報
【非特許文献1】レビュー オブ サイエンティフィック インスツルメンツ64巻8号(1993年8月)の第2079〜2093頁(REVIEW OF SCIENTIFIC INSTRUMENTS VOLUME 64 NUMBER 8(AUGUST 1993)P2079-2093)
【非特許文献2】“ビーム コミッショニング オブ ザ ニュー プロトン セラピィ システム フォー ユニバーシティ オブ ツクバ”エム.ウメザワ,エットオール.,プロシーディングズ オブ 2001 パーティクル アクセルレータ コンファレンス, シカゴ,ユーエスエ(2001)(“BEAM COMMISSIONING OF THE NEW PROTON THERAPY SYSTEM FOR UNIVERSITY OF TSUKUBA”M.Umezawa, et al., Proceedings of 2001 Particle Accelerator Conference, Chicago, USA (2001))
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
水ファントム及びマルチリーフ・ファラデーカップを用いたビームエネルギーの測定は、患者に照射するビームを遮って行うため、患者にビームを照射しながらビームエネルギーを逐次計測することはできない。特に、ビームスキャニング法を適用する場合には、特許文献1に記載されたように、体表面からの深さ方向において患部を複数の層に分割し、これらの層ごとにビームを走査することが考えられている。ある層にビームを照射するためには、その層にビームが到達するようにビームエネルギーを調節する。もし、照射するビームエネルギーが所定のビームエネルギーと異なる場合には、ビームは所定の層と異なる層に照射される。このような事態を避けるために、ビームの加速が終了してビームを患者に照射する前にビームエネルギーを測定することが望まれる。
【0008】
また、加速器から照射装置に供給されるビームのエネルギー変動の許容範囲は、二重散乱体法等のビームを散乱させて照射野を形成する照射法では、±1.0 %以内が要求されていたが、ビームスキャニング法ではビームを直接患部に照射するため、エネルギー変動の許容範囲は±0.05 %以下というより細かいエネルギー精度が要求される。これらの要求に対して、シンクロトロンでは、電磁石の運転精度は±0.01 %以下で実現可能である。一方、加速空胴に印加する高周波信号の周波数は、磁場検出器で検出された偏向磁場強度の変化に基づいて出力される磁場クロック信号を用いた制御により、更新される。この際、偏向磁場強度に対する周波数制御の再現性は、磁場クロック信号の出力再現性により決定される。磁場クロック信号の、短期間(日単位)での再現性は±0.01 %以下を実現できる。しかしながら、磁場クロック信号の、長期間(年単位)での再現性は
±0.1 %未満が限界である。長期間でのその再現性が悪くなる原因として、磁場検出器および磁場クロック発生装置を構成するアナログ素子の温度ドリフトや経年変化などが挙げられる。その結果、偏向磁場強度と高周波信号の周波数の関係にずれが生じ、照射装置に供給するビームにエネルギー変動が生じる恐れがある。この対策として、磁場クロック発生装置を構成するアナログ素子を恒温槽に入れ、精密な温度管理を実施することで温度ドリフトを抑制することは可能であるが、磁場検出素子は、測定磁場を恒温槽が遮る恐れがあるため、磁場検出素子を恒温槽に入れることはできない。また前記アナログ素子を恒温槽に入れたとしても、素子の経年変化の影響は避けられない。
【0009】
また、粒子線照射システムにおいて、ビームのエネルギー変動が許容範囲を超えて生じた場合には、患者の安全を確保するため、加速器から照射装置へのビームの供給を中断し、エネルギー変動が生じた原因の確認と対策が完了するまで照射治療を中断しなければならない。一般にビームを患部に照射する粒子線照射システムでは、一台の加速器に対して複数の照射治療室を具備しており、加速器からのビームを効率よく照射室に供給するよう照射スケジュールを管理し、システムの利用効率を高めている。そのため、加速器からのビーム供給が中断すると全ての照射室の治療スケジュールに影響が及ぶため、粒子線照射システムの運用に支障が生じる。特に、ビームスキャニング法による治療照射の場合、エネルギー変動の許容範囲は非常に小さく、かつ、照射中のエネルギー変更制御が複数回要求されるため、エネルギー変動による照射中断のリスクが高くなる。
【0010】
本発明の目的は、体内の深さ方向におけるビームの照射位置ずれを抑制できる荷電粒子ビームの出射方法及び粒子線照射システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記した目的を達成する本発明の特徴は、荷電粒子ビームの加速終了後において、円形加速器に設けられた高周波加速装置に印加する高周波信号の周波数を予め設定された目標エネルギーに対応した周波数に変更し、変更された周波数を有する高周波信号を、加速終了後において高周波加速装置に印加することで、荷電粒子ビームのエネルギーを目標エネルギーに変更し、その後、目標エネルギーの荷電粒子ビームを、円形加速器から荷電粒子ビーム照射装置に出射することにある。
【0012】
荷電粒子ビームの加速終了後において、変更された周波数を有する高周波信号を高周波加速装置に印加するため、加速終了後においてビームのエネルギーを容易に加速終了後の目標エネルギーにすることができ、目標エネルギーを有するビームを安定に患者に照射することができる。このため、体内の所定深さの位置にビームを照射することができ、がん細胞を適切に消滅させることができる。換言すれば、体内の深さ方向におけるビームの照射位置ずれによる健全な細胞へのビームの照射を抑制することができる。
【0013】
好ましくは、荷電粒子ビームの加速終了後において、高周波加速装置に印加する高周波信号の、荷電粒子ビームの加速終了後における周波数と、その高周波信号の、加速終了後の目標周波数とのずれが変更可能な許容範囲内にあるとき、高周波加速装置に供給する高周波信号の周波数を制御することが望ましい。そのずれが変更可能な許容範囲内にあるときに高周波加速装置に供給する高周波信号の周波数を制御するので、加速終了後に周回する荷電粒子ビームのエネルギーを目標エネルギーにすることが容易に行える。
【0014】
好ましくは、そのずれが変更可能な許容範囲から外れているとき、円形加速器から荷電粒子ビーム照射装置への荷電粒子ビームの出射を停止することが望ましい。これによって、体内の所定深さの位置以外への荷電粒子ビームの照射を防止できる。このため、患者の安全を確保できる。
【0015】
好ましくは、高周波加速装置に印加する高周波信号の、加速終了後における周波数から目標周波数に周波数を変更する際、周波数の時間的な変化を滑らかに変更し、この滑らかに変更した周波数の高周波信号を高周波加速装置に供給することで、周波数変更に伴う荷電粒子ビームの損失を抑制することができ、加速した荷電粒子ビームを効率良く患者に照射することが可能となる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、患者の体内の深さ方向におけるビームの照射位置ずれを抑制できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下に、本発明の実施例を説明する。
【実施例1】
【0018】
本発明の実施例1の粒子線照射システムを、図1を用いて説明する。本実施例の粒子線照射システム1は、円形加速器であるシンクロトロン3、ビーム輸送装置15及び照射野形成装置(イオンビーム照射装置)16を備える。照射野形成装置は、以下、単に照射装置という。シンクロトロン3は、周回軌道に、入射装置4,複数の偏向電磁石5,高周波印加装置6,加速空胴10,出射用偏向器13及びビーム位置モニタ20を設置している。図示されていないが、複数の四極電磁石もシンクロトロン3に設置される。電磁石電源23が偏向電磁石5に接続される。高周波印加装置6は、出射用スイッチ(第1開閉装置)8及び第1安全装置であるゲートスイッチ(第2開閉装置)9を介して高周波発振器(高周波電源)7に接続される。高周波発振器7は出射用の高周波発振器である。また、高周波発振器(高周波電源)11は、電力増幅器12を介して加速空胴10に接続される。高周波発振器11は加速用の高周波発振器である。偏向電磁石5に設置された磁場検出器
28は、磁場クロック発生装置29に接続される。
【0019】
ビーム輸送装置15は、出射用偏向器13と照射装置16とを接続している。照射装置16は、回転ガントリー(図示せず)に設置されている。ビーム輸送装置15の一部も回転ガントリーに設置される。
【0020】
粒子線照射システム1においては、統括制御装置として、加速器制御装置22及びタイミング制御装置25が設けられている。タイミング制御装置25は加速器制御装置22に接続される。タイミング制御装置25以外に、高周波発振器7,電磁石電源23,高周波制御装置24及びエネルギー補正装置27も、加速器制御装置22に接続される。高周波制御装置24及びエネルギー補正装置27は、タイミング制御装置25にも接続されている。高周波制御装置24は、更に、磁場クロック発生装置29に接続されている。エネルギー補正装置27に接続されるインターロック装置26は、加速器制御装置22に接続される。
【0021】
高周波制御装置24及びエネルギー補正装置27の詳細構成を、図2を用いて説明する。高周波制御装置24は、入力部54,プロセッサ55,メモリ56,通信バス57,
64を有する。プロセッサ55は、入力部54,メモリ56,通信バス57,64に接続される。エネルギー補正装置27は、入力部58,プロセッサ59,メモリ60,出力部61,通信ポート62及び通信バス63を有する。プロセッサ59は、入力部58,メモリ60,出力部61,通信ポート62及び通信バス63に接続される。
【0022】
加速器制御装置22及び磁場クロック発生装置29はデータ入力部54に接続される。高周波制御装置24とエネルギー補正装置27は、それぞれ通信バス57,63で接続される。タイミング制御装置25は、入力部54,58に接続される。加速器制御装置22は通信ポート62に接続される。出力部61はインターロック装置26に接続される。
【0023】
がん治療に用いられる粒子線照射システム1のシンクロトロン3は、図3に示すように、ビーム(陽子線、または炭素イオンビーム等の重粒子線)の入射・捕獲、ビームを設定されたエネルギーまで高める加速、目標エネルギーになったビームの出射、及び減速の各工程を含む一つの運転サイクルを、必要な回数,繰返えして運転される。これら入射・捕獲,加速,出射,減速といった制御は、加速するエネルギーに合わせて動作タイミングが規定される。入射・捕獲時間は、加速終了後のビームエネルギーに依らず常に一定である。また、ビームエネルギーに依らず一定の勾配でビームを加速・減速する場合、ビームエネルギーが高くなれば加速・減速時間も長くなり、入射から減速までの繰り返し制御時間が規定されていれば、出射時間は、入射・捕獲時間と加速・減速時間から一意に決定する。更に、エネルギー確認のためのタイミング信号75の出力時間は、加速制御が終了後、出射制御を開始する前に設定することで、ビームを照射装置16に供給する前にビームエネルギーを確認し、必要であればそのビームエネルギーの補正が可能となる。
【0024】
治療ベッド17上の患者の患部に照射されるビームのエネルギーは、患者の体表面からその患部の深さによって定まる。このエネルギーは、シンクロトロン3による加速終了後におけるビームエネルギーであり、治療前の治療計画で決定される。この治療計画で決定された加速終了後におけるビームエネルギーを目標エネルギーという。加速器制御装置
22は治療計画情報記憶装置(図示せず)から該当する患者に対する目標エネルギー情報を取り込む。加速器制御装置22は、その目標エネルギー情報に基づいて定まる図3に示すシンクロトロン3の運転パターンを実現するために、シンクロトロンを構成する機器の動作タイミング情報74をタイミング制御装置25に、偏向電磁石5の磁場強度(偏向磁場強度)及び加速空胴10に印加する高周波信号(例えば、高周波電圧)の周波数を制御するために、電磁石電源23の運転パターンを設定する制御指令71を電磁石電源23に、また、高周波発振器11の運転パターンの情報を設定する制御指令72を高周波制御装置24に出力する。高周波制御装置24は、入力した制御指令72をメモリ56に記憶する。更に、加速器制御装置22は、高周波発振器11から出力される、ビームの加速終了時における高周波信号の目標周波数、及びこの目標周波数に対する周波数の許容範囲データを含む周波数判定情報78をエネルギー補正装置27に出力する。目標周波数及び周波数の許容範囲データは、複数の目標エネルギーごとに設定されている(図8参照)。エネルギー補正装置27は入力した周波数判定情報78をメモリ60に記憶する。タイミング制御装置25は、ビームの加速開始,加速終了、及びエネルギー確認等のタイミング信号75を高周波制御装置24に、エネルギー確認のタイミング信号75をエネルギー補正装置27に出力する。加速終了のタイミング信号75を、エネルギー確認のタイミング信号75として用いることも可能である。
【0025】
粒子線照射システム1を用いた、ビームスキャニング法によるがん治療について、説明する。ビームスキャニング法では、患部を体表面からの深さ方向に複数の層に分割し、それぞれの層毎にビームの目標エネルギーが予め治療計画によって決められている。前述の動作タイミング情報74,制御指令72及び周波数判定情報78は、各層ごとのシンクロトロン3の運転パターンに対するものである。
【0026】
ビームが前段加速器2からシンクロトロン3に入射される。ビームが入射される際、制御指令71で設定された運転パターンにより該当する電磁石電源23が制御されるため、シンクロトロン3の各四極電磁石及び偏向電磁石5は、前段加速器2から入射されるビーム14のエネルギーに対応した所定の電流で励磁されている。シンクロトロン3内でビーム14は、加速空胴10で印加された高周波信号により集群化する。集群化の際に加速空胴10へ印加する高周波信号の周波数は、前段加速器2から供給されるビーム14のエネルギー(ビームの周回速度)と、シンクロトロン内を周回するビームの軌道長から導き出される周波数と一致させる。この周波数を高周波発振器11に設定する。高周波発振器
11から出力された高周波信号は、電力増幅器12で増幅され、加速空胴10に導かれる。ビーム14の集群化は、加速空胴10に印加した高周波信号により、ビーム14を安定に加速可能な領域(以下、高周波バケット)を形成することで実現される。この高周波信号でビームを集群化する制御を高周波捕獲と言い、集群化したビームをバンチビームと言う。
【0027】
集群化したビーム14を加速する際には、まず、周回するビームのエネルギーが目標エネルギーになるまで、設定された運転パターンに基づいた電磁石電源23の制御により各四極電磁石及び偏向電磁石5の励磁電流、すなわち磁場強度を徐々に強める。高周波制御装置24は、この偏向磁場強度の変化と協調して高周波発振器11に設定する周波数を高めることで、集群化したビーム14を所望のエネルギーまで加速する。
【0028】
ここで、加速制御時の加速空胴に印加する高周波信号の周波数制御について説明する。偏向電磁石5に設置した磁場検出素子28の検出信号を磁場クロック発生装置29に入力する。本実施例において、磁場検出素子28にサーチコイルを適用しているため、磁場検出素子28の検出信号は、偏向磁場強度の時間変化率(dB/dt)を表している。この磁場検出素子からの検出信号を磁場クロック発生装置29内で積分する。この積分値が偏向磁場強度の変化量を示す。この変化量が20〜30μT相当の変化量を示した場合、積分器をクリアし、パルス信号を1パルス出力する。以上に示した磁場クロック発生装置
29での処理は、V−Fコンバータを用いることで実現できる。この磁場クロック発生装置29から出力されるパルス信号を周波数更新信号70として、高周波制御装置24に出力する。高周波制御装置24は、周波数更新信号70に基づき、予め加速器制御装置22から伝送される周波数パターンデータのアドレスを更新し、高周波発振器11に周波数データを設定する。この際、高周波制御装置24に用意されている周波数パターンデータは、偏向磁場強度と高周波信号の周波数との間に所定の関係(後述の(数5)に示す関係)が成立するようなデータ構造にしておくことで、集群化したビーム(バンチビーム)14を、シンクロトロン3内の周回軌道に沿って周回させながら目標エネルギーまで安定に加速することが可能となる。
【0029】
シンクロトロン3を構成する偏向電磁石5や各四極電磁石等が目標エネルギーに対応した磁場強度に達した後、タイミング制御装置25から出射許可信号76が出力される。この出射許可信号76に基づいて出射用スイッチ8が閉じられる。高周波発振器7から出力された高周波信号(出射用高周波信号)が、出射用スイッチ8及びゲートスイッチ9を経て高周波印加装置6に導かれる。このとき、ゲートスイッチ9はインターロック装置26から出力されたゲートスイッチONのインターロック信号77(後述)により閉じられている。このため、出射用の高周波信号が高周波印加装置6によって周回するビームに印加される。これにより、ビームはベータトロン振動振幅を増大させて安定限界の外に移動して出射用偏向器13より出射される(特許第2596292号公報参照)。出射されたビームは、ビーム輸送装置15を介して照射装置16に輸送され、照射装置16より治療ベッド17上の患者の患部におけるある1つの層に照射される。1つの層へのビーム照射が終了した後、患部の全ての層へのビーム照射が完了するまで、上記のようにして他の層へのビーム照射が繰り返される。各層にビームを照射する際には、層ごとに加速終了時のビームエネルギーが変更される。各層へのビームの照射は、例えば、タイミング制御装置
25から出力される動作タイミング情報74に基づいて制御される。
【0030】
本実施例の特徴である周回するビーム14のエネルギー補正について説明する前に、ビーム14のエネルギーと偏向磁場強度,高周波信号の周波数の関係を簡単に説明する。周回ビームのエネルギーEと運動量pは、近似的に(数1)に示す関係が成立する。ただし、cは光速である。
【0031】
【数1】

【0032】
また、運動量の変化による計測位置でのビーム重心の軌道変位Δxは、(数2)のように示される。ただし、Δxはシンクロトロン3での測定位置(ビーム位置モニタ20の設置位置)でのビーム軌道位置の変位、及びηは測定位置での分散関数である。
【0033】
【数2】

【0034】
運動量pと偏向磁場強度Bは、p=eBρの関係により、(数3)のように表される。ただし、eは電荷量であり、ρは偏向磁場によるビーム14の偏向半径である。
【0035】
【数3】

【0036】
一方、運動量pと偏向磁場強度Bとの関係より、(数2)は、(数3)に示したように、偏向磁場強度の変化が運動量に変化を生じさせることが得られ、しいては(数4)に示したように、ビーム重心の軌道位置の変位Δxも生じることが示される。
【0037】
【数4】

【0038】
また、周回するビーム14の周回周波数Fは、(数5)に示すように、偏向磁場強度Bの関数として表すことができる。ただし、hはバンチ数、Rはシンクロトロン3の平均半径、m0 は周回する荷電粒子の静止質量である。
【0039】
【数5】

【0040】
シンクロトロン3では、制御応答性の低い偏向磁場強度Bを基準にビーム14の周回周波数を制御することによって行われる。高周波制御装置24は、磁場検出器28によって検出された偏向磁場強度変化に基づいて高周波発振器11に設定する周波数を制御することで、加速空胴10に発生する高周波信号を制御する。また、集群化したビームは、加速空胴10に印加された高周波信号の周波数とビーム14の周回周波数が一致しした場合にのみエネルギーが付与されるため、結果的にビーム14の周回周波数は、加速空胴10に印加された高周波信号の周波数となる。つまり、ビーム14のエネルギーは、加速空胴
10に印加された高周波信号の周波数で評価することができる。このため、偏向磁場強度及び高周波信号の周波数が(数5)の関係を有していれば、ビーム14はシンクロトロン3内で所定の軌道を周回するので、加速終了時におけるビーム14のエネルギーに対する偏向磁場強度と、ビーム14に印加する高周波信号の周波数も(数5)の関係を有していれば、シンクロトロン3内のビーム軌道は一定となる。偏向磁場強度もしくは高周波信号の周波数がずれて(数5)の関係が保たれない状態でビーム14が加速された場合には、加速終了時におけるビーム軌道の位置が変化するため、加速終了後のビームのエネルギーが目標エネルギーと異なる恐れがある。先に示したとおり、シンクロトロン3では偏向磁場強度Bを基準に加速用の高周波発振器11に設定する周波数を制御するため、加速終了時のビーム14のエネルギーが目標エネルギーとずれている場合には、高周波発振器11に設定する周波数を補正することによって、ビーム14のエネルギーを目標エネルギーに合せる補正が可能である。この補正をエネルギー補正という。
【0041】
ビーム14のエネルギー補正は、発明者らが見出した新たな考え方に基づいて行われる。このエネルギー補正の基本的な考え方を、図4及び図5を用いて以下に説明する。ビーム14のエネルギーが目標エネルギーまで加速されるように、加速空胴10に印加される高周波信号の周波数を目標周波数Fdesまで増加させる。発明者らは、種々の検討を行った結果、ビームの加速が終了した時点でのその高周波信号の周波数Fmesと目標周波数Fdesとの周波数差Fdev(=Fmes−Fdes)が目標周波数Fdesに対する許容範囲(±Ferr)内にあれば、周波数Fmesを目標周波数Fdesにする補正が可能であり、周波数差Fdevがその許容範囲(±Ferr)外であればその補正は不可能であることを見出した。ここで、目標周波数Fdesに対する許容範囲(±Ferr)は、高周波信号の周波数補正によりビーム14の損失が生じない範囲とすることで、加速したビーム14を効率よく利用することが可能であり、また、許容範囲(±Ferr)を超えた周波数差(Fdev)を生じたビームを利用しないことで、患者に照射するビームの特性を均一に保つことができる。図4に示すように周波数差Fdevがその許容範囲(±Ferr)内にある場合には((Fdes+Ferr)≧Fmes≧(Fdes−Ferr))、周波数Fmesを目標周波数Fdesにする周波数補正、すなわちエネルギー補正を行うことができる。図5に示すように周波数差Fdevがその許容範囲(±Ferr)外にある場合には(Fmes>(Fdes+Ferr),(Fdes−Ferr)>Fmes)、エネルギー補正を行うことができず、円形加速器からのビームの出射を停止する。換言すれば、|Fdev|≦|Ferr|であればエネルギー補正を行い、|Fdev|>|Ferr|であればエネルギー補正を行わず円形加速器からのビームの出射を停止する。
【0042】
ビームの目標エネルギーに対する目標周波数Fdes、及びこの目標周波数Fdesに対する許容範囲(±Ferr)は、後述するシンクロトロン3によるビーム調整運転により求められる。エネルギー補正装置27でのエネルギー判定処理に用いる、目標周波数Fdes、及び許容範囲(±Ferr)のデータを含む周波数判定情報78の作成を、図7を用いて説明する。まず、シンクロトロン3において、周波数判定情報78を作成したいビームエネルギーのビーム調整運転を実施する(ステップ46)。この調整運転では、目標エネルギーまでビーム14が加速できるように、加速時において加速空胴10に供給する高周波信号の周波数を加速時における偏向磁場強度に対応させて調整し、所定の電荷量のビームがシンクロトロン3から出射できるように、シンクロトロン3に設けられた各電磁石の励磁量、及び加速空胴10に供給する高周波信号の周波数などを調整する。
【0043】
上記の調整終了後、所定の電荷量を有するビームの出射が可能かを判定する(ステップ47)。この判定が「NO」であれば、再度、調整運転を行い、各電磁石の励磁量及び加速周波数などを調整する。その判定が「YES」の場合には、シンクロトロン3から照射装置16にビームを出射する。出射したビーム14を照射装置16まで輸送し、照射装置16の下流に設置した水ファントムなどの線量計で照射装置16を通過したビームの飛程を計測する(ステップ48)。この飛程の計測結果に基づいて、加速終了後にシンクロトロン3から出射されるビームのエネルギーを確定する(ステップ49)。この確定されたエネルギーが、加速終了時におけるビームの目標エネルギーである。この運転に使用した加速器の制御パラメータを加速器の設定エネルギー情報として、ビームの目標エネルギーと関連づけた後に保存する。
【0044】
ビームの加速終了時点における、加速空胴10に印加した高周波信号の周波数を測定する(ステップ50)。加速終了時における、高周波信号の目標周波数(Fdes)は、ステップ50の測定で得た測定値とする。また、その目標周波数に対する周波数の許容範囲(±Ferr)を算出する(ステップ51)。例えば、照射ビームエネルギーの許容範囲から周波数の許容範囲(±Ferr)を決定する場合には、目標エネルギー毎に周波数の許容範囲(±Ferr)は変化する。一方、加速空胴10に印加する高周波信号の補正可能な周波数範囲が、目標エネルギー毎の周波数の許容範囲(±Ferr)よりも常に広い場合は、運用において、全ての目標エネルギーに対して、目標周波数に対する周波数の許容範囲(±Ferr)を高周波信号の補正可能な周波数範囲とすることが可能である。高周波信号の目標周波数
(Fdes)、及びその目標周波数に対する周波数の許容範囲(±Ferr)を、ステップ49で得られた1つの目標エネルギーと対応付けてテーブルデータ53を作成する。ビームの1つの目標エネルギーに対するシンクロトロン3の一連の運転制御値と、テーブルデータ
53とを、その目標エネルギーに基づいて関連付けて、シンクロトロン3の加速制御パターンデータを作成する(ステップ52)。この際、シンクロトロン3の加速制御パターンデータに対する高周波信号の目標周波数(Fdes)、及びその目標周波数に対する周波数の許容範囲(±Ferr)を含む周波数判定情報78は、加速器制御装置22の表示装置(図示せず)の画面(図8)で確認でき、かつ修正することができる。
【0045】
シンクロトロン3から出射されるエネルギーを種々変えて上記したステップ46〜52の処理をそれぞれ実行する。これにより、異なる複数の目標エネルギーごとに、高周波信号の目標周波数(Fdes)、及びその目標周波数に対する周波数の許容範囲(±Ferr)を求めることができる。これらの目標エネルギー,目標周波数(Fdes)及び周波数の許容範囲(±Ferr)に基づいて、図8に示すテーブルデータ53が作成される。図7に示す処理で得られた高周波信号の目標周波数(Fdes)、及びその目標周波数に対する周波数の許容範囲(±Ferr)は、周波数判定情報78としてエネルギー補正装置27におけるビームエネルギーの判定処理に用いられる。目標周波数に対する周波数の許容範囲(Ferr)は、図8では、±5.000 kHzしか示されていないが、上述したように、運用によっては目標周波数に対する周波数の許容範囲(Ferr)が異なる値となる場合もある。
【0046】
次に、本実施例におけるビーム14のエネルギー補正について説明する。
【0047】
例えば、ある1つの層に対する加速終了時におけるビーム14の目標エネルギーが
200.0 MeV(図8参照)であるとする。シンクロトロン3の運転開始前に、目標周波数Fdesが7.30000MHzで周波数の許容範囲Ferrが±5.000kHzである周波数判定情報78を始めとして、該当する複数の層(患部がn個の層に分割されているときには、n個の層)に対するそれぞれの周波数判定情報78が、加速器制御装置22から高周波制御装置24及びエネルギー補正装置27に入力され、それぞれのメモリ56,60に記憶されている。
【0048】
まず、加速空胴10を用いたビーム14の加速制御を具体的に説明する。高周波制御装置24は、タイミング制御装置25からのタイミング信号75に基づき、ある1つの層
(例えば、患者の体表面から最も深い位置に位置する第1層)に対する、シンクロトロン3の運転制御(例えば、加速器制御装置22による偏向電磁石5等の加速制御運転)と同期した加速空胴10の運転制御を実施する。高周波制御装置24のプロセッサ55は、タイミング制御装置25から加速開始のタイミング信号75が入力されると、磁場クロック発生装置29からの磁場クロック信号70に基づき、メモリ56に記憶してある周波数データを、ビームの加速終了まで、通信バス64を介して高周波発振器11に出力する。これらの周波数データは、順次、高周波発振器11の周波数レジスタ(図示せず)に設定される。その周波数レジスタに設定された周波数データは、ビーム加速期間において順次更新される。高周波発振器11は、周波数レジスタに設定された周波数を有する高周波信号を、順次、加速空胴10に印加する。このような周波数制御により、シンクロトロン3内を周回するビーム14が加速される。このビーム14の加速制御は、タイミング制御装置25から加速終了のタイミング信号75がプロセッサ55に入力されるまで行われる。タイミング制御装置25が加速開始のタイミング信号75を出力してから加速終了のタイミング信号75を出力するまでの時間は、加速終了時におけるビームの目標エネルギーに対応して定められている。ビームエネルギーの加速勾配(エネルギー増加量の時間変化)が一定の場合、その目標エネルギーが大きい程、加速制御時間は長くなる。シンクロトロン3の加速制御運転が終了すると、高周波制御装置24(具体的にはプロセッサ55)は、加速終了のタイミング信号75に基づき、高周波発振器11に出力する、加速時における周波数データの更新を停止する。
【0049】
エネルギー補正装置(周波数補正装置)27で行われるビームのエネルギー補正の処理、すなわち、高周波発振器11から出力される高周波信号の周波数補正の処理を、図6を用いて具体的に説明する。図6に示すステップ30〜40の処理手順は、エネルギー補正装置27のメモリ60に記憶されている。エネルギー補正装置27、すなわち、プロセッサ59は、この処理手順をメモリ60から読み出し、その処理手順に基づいて処理を実行する。ステップ30〜40のうち、ステップ30の処理は、患者に対する治療開始前に行われる。ステップ31〜40の処理は、ビームの加速終了後に行われる。
【0050】
まず、プロセッサ59は、加速器制御装置22から、複数の層(例えば、n個の層)のそれぞれに対する、ビームの加速終了時における目標周波数Fdes及び周波数変動の許容範囲±Ferrの情報を含む周波数判定情報78を加速器制御装置22から入力し(ステップ
30)、それらの周波数判定情報78をメモリ60に記憶させる。ステップ31で、ビームの加速終了のタイミング信号75を入力する。このタイミング信号75は、ある1つの層(例えば、第1層)に対するタイミング信号であり、タイミング制御装置25から出力される。ここでは、加速終了のタイミング信号75がエネルギー確認のタイミング信号
75となる。加速終了のタイミング信号75の入力により、プロセッサ59は、加速終了時の高周波の周波数Fmesを入力する(ステップ32)。この周波数Fmesは、上記した第1層に対するものである。加速終了時の高周波の周波数Fmesは、高周波発振器11から加速終了時に出力された高周波の周波数であるが、加速終了時において高周波発振器11の周波数レジスタに設定された最終更新値と同一である。このため、プロセッサ59は、ステップ32において、周波数レジスタに設定された最終更新値を周波数Fmesとして高周波発振器11から入力する。
【0051】
周波数Fmesと目標周波数Fdesとの差である周波数差Fdevを算出する(ステップ33)。すなわち、第1層に対するFdev=Fmes−Fdesを算出する。算出結果に基づき、|Fdev|>
|Ferr|が判定する(ステップ34)。この判定がYesの場合、プロセッサ59は「エネルギー異常」の情報79をインターロック装置26に出力する(ステップ40)。その判定がYesの場合は、図5の状態である。具体的には、目標周波数Fdesが7.30000 MHzである場合では、Fdevが5.000kHzよりも大きいときにその判定がYesとなる。ステップ34の判定がYesの場合は、高周波発振器11に設定されている周波数は、加速終了時のままである。インターロック装置26は、そのエネルギー異常の情報
79を入力したとき、ゲートスイッチOFFのインターロック信号77を出力する。ゲートスイッチ9は、ゲートスイッチOFFのインターロック信号77に基づいて開放される。高周波発振器7と高周波印加装置6との接続状態が開放され、高周波発振器7からの高周波信号が高周波印加装置6に伝わらなくなる。このため、シンクロトロン3で加速されたビームは、シンクロトロン3から出射が不可能な状態となる。すなわち、加速終了後の目標エネルギーからずれたエネルギーを有するビームが、照射装置16から患者に照射されることを阻止される。加速器制御装置22は、インターロック装置26から出力されたゲートスイッチOFFのインターロック信号77を入力したとき、電磁石電源23等の電磁石電源を制御し、シンクロトロン3に設けられた偏向電磁石5ほかの電磁石に供給する励磁電流を弱める。これとともに、高周波制御装置22は、偏向磁場強度の低下に同期して出力される磁場クロック信号70に基づき、高周波発振器11に設定する周波数データを低くする。これにより、シンクロトロン3内に残留するビーム14は減速される。その後、シンクロトロン3は待機状態に移行する。
【0052】
ステップ34の判定がNoの場合には、プロセッサ59は「エネルギー正常」の情報
79を出力する(ステップ35)。その判定がNoの場合は、図4の状態である。具体的には、目標周波数Fdesが7.30000MHzである場合では、Fdevが5.000kHz以下であるときにその判定がNoとなる。インターロック装置26は、そのエネルギー正常の情報79を入力したとき、ゲートスイッチONのインターロック信号77を出力する。ゲートスイッチ9は、ゲートスイッチONのインターロック信号77に基づいて閉じられる。この状態は、加速器制御装置22からビーム出射開始の指令信号73が出力されて出射用スイッチ8が閉じられたときに、シンクロトロン3からビームが出射できる状態である。また、インターロック装置26は、ゲートスイッチONのインターロック信号77を加速器制御装置22に出力する。
【0053】
プロセッサ59は、高周波発振器11に設定される目標周波数の補正を実行する(ステップ36)。この補正は、ステップ35の後に行われ、加速終了時に高周波発振器11に設定されている周波数データFmesを、メモリ60に記憶されている目標周波数Fdesまで移行させるために行われる。これは、高周波発振器11から出力される高周波の周波数Fmesを目標周波数Fdesにすることにほかならない。ステップ36では、加速終了後において周波数Fmesを目標周波数Fdesまで移行させるため、高周波発振器11に逐次設定する複数の補正周波数を算出する。これらの補正周波数データにより、加速終了後において、加速終了時の高周波の周波数Fmesと目標周波数Fdesとの間で、高周波発振器11から出力させる高周波の周波数を滑らかに変化させる。補正周波数データは、所定の時間間隔で逐次、算出される。算出されたそれらの補正周波数は、逐次、通信バス63,57,64を介してエネルギー補正装置27から高周波発振器11の周波数レジスタに出力される。この際、これらの補正周波数データは、前述の所定の時間間隔で、順次、高周波発振器11に設定される。高周波発振器11は、それらの補正周波数データに基づいて出力周波数を更新し、対応する周波数の高周波信号を加速空胴10に印加する。図4の状態では、高周波発振器11から出力される高周波信号の周波数が、順次、減少され、周回しているビーム14のエネルギーが目標エネルギーまで減速される。図4において、周波数Fmesが目標周波数Fdesよりも低い場合には、その周波数が増大され、周回しているビーム14のエネルギーが目標エネルギーまで加速される。このような第1層に対する高周波信号の周波数の変更は、図4に示す周波数補正制御期間(例えば、30msの期間)内で行われる。
【0054】
エネルギー補正装置27における補正周波数の算出結果を逐次、通信バスを経由して、直接、高周波発振器11に設定し出力する処理方法は、デジタル信号処理を適用することで実現可能な制御である。
【0055】
周回するビーム14のエネルギーを目標エネルギーにする、ステップ36で算出された補正周波数に基づいた高周波発振器11の制御が終了した後(周波数補正制御期間終了後)、タイミング制御装置25は、出射許可信号76を出力する。出射許可信号76に基づいて出射用スイッチ8が閉じられ、高周波印加装置6に出射用高周波信号が印加される。そして、シンクロトロン3から出射されたビーム14が、照射装置16を介して患部の第1層に照射される。なお、シンクロトロン3からのビーム14の出射停止は、タイミング制御装置25からの出射停止信号に基づき、出射用スイッチ8が開放されることによって行われる。
【0056】
出射制御が終了後、加速器制御装置22からの制御指令72として、エネルギー切り替え指示の有無を確認する(ステップ37)。エネルギー切り替え指示がない場合には、
「No」となり、引き続き同じエネルギーでの患者へのビーム照射を継続する。ステップ37の判定結果が「Yes」の場合、次の層(例えば、第2層)に対応する目標周波数
Fdesおよび周波数の許容範囲Ferrに更新する(ステップ38)。患者に対する照射線量が目標線量に到達するまで、各層に対するステップ32〜38の処理が繰り返される(ステップ39)。
【0057】
本実施例によれば、ビーム加速終了時に加速空胴10に印加されている高周波信号の周波数Fmes(高周波発振器11から出力される高周波信号の周波数Fmes)が、目標周波数
Fdesに対する許容範囲±Ferr内にある場合、高周波発振器11に設定する補正周波数データをエネルギー補正装置27で逐次算出し、算出した補正周波数データを高周波発振器
11に逐次設定することが可能である。このため、ビーム加速終了後でシンクロトロン3からのビーム出射前の周波数補正制御期間において、高周波発振器11で発生する高周波信号の周波数を、それらの補正周波数データを用いて目標周波数Fdesまで滑らかに変更することができる。このように制御された周波数を有する高周波信号を加速空胴10に印加することにより、ビーム加速終了後において、周回するビームのエネルギーを目標エネルギーに合せることができる。
【0058】
したがって、治療計画において定められた目標エネルギーのビーム14を患部に照射することができる。これは、治療計画で定めた患部内の複数の層のそれぞれに対する正確なビーム照射をもたらす。すなわち、患部内で形成される各ブラッグピークの位置が、該当するそれぞれの層からずれることを防止できる。特に、上記した高周波信号の周波数の変更は、ビーム加速終了後でシンクロトロン3からビームが出射される前に行われるため、出射されるビーム14のエネルギーは出射前に目標エネルギーに合せることができる。
【0059】
また、加速終了時におけるビーム14のエネルギーが目標エネルギーに対するずれの許容範囲を超えている(高周波信号の周波数Fmesが目標周波数Fdesに対する許容範囲±Ferr外にある)ときには、ゲートスイッチ9が開くので、目標エネルギーと異なる値のエネルギーを有するビーム14を、シンクロトロン3から出射すること、すなわち患者に照射することを防止できる。このため、粒子線照射システム1の安全性が著しく向上する。
【0060】
目標エネルギーと異なる値のエネルギーを有するビーム14を患者に照射した場合には、患部内であっても所定の層以外の部分に照射されることになる。治療計画で定めた位置にビーム14が照射されないことで、患部内の照射線量に斑を生じ、しいては、患部内の一部のがん細胞を消滅させることができなくなる。また、患部以外の正常な細胞の位置でブラッグピークが形成される場合が生じ、正常な細胞に著しいダメージを与えてしまう。本実施例では、ビーム14の到達位置が異なることによる正常細胞のダメージを避けることができる。
【0061】
本実施例は、複数の補正周波数によって加速空胴10に印加する高周波信号の周波数を曲線状に滑らかに変更できるため、周波数補正によるビーム損失を抑制でき、ビームの照射効率を高めることができる。
【0062】
本実施例は、ビームスキャニング法だけでなく、二重散乱体法及びウォブラー法によるビームの照射法にも適用することもできる。これらのビーム照射法において、ビーム加速終了後でビームの出射前に、エネルギー補正装置27で算出された複数の補正周波数に基づいて高周波発振器11を制御し、周回するビームのエネルギーを目標エネルギーにする。
【実施例2】
【0063】
本発明の他の実施例である粒子線照射システム1Aを、図9を用いて説明する。粒子線照射システム1Aは、前述の粒子線照射システム1において、エネルギー補正装置27の機能を高周波制御装置24に持たせたものである。すなわち、粒子線照射システム1Aは、前述の高周波制御装置24及びエネルギー補正装置27の両方の機能を有する高周波制御装置24Aを備えている。本実施例で用いられる高周波発振器11にデジタル発振器である。粒子線照射システム1Aの他の構成は粒子線照射システム1と同じである。高周波制御装置24Aは、図10に示すように、入力部54,58,プロセッサ55,メモリ
56,通信ポート62及び出力部61,通信バス64を有する。
【0064】
高周波制御装置24Aは、ビーム14の加速時には、前述の高周波制御装置24として機能し、高周波制御装置24と同様に加速空胴10に印加する高周波の周波数を制御する。高周波制御装置24Aは、メモリ56に図6に示す処理手順を記憶しており、加速終了後でビーム出射前においては前述のエネルギー補正装置27として機能する。高周波制御装置24Aがエネルギー補正装置27として機能する際には、図6に示す処理手順を実行する。本実施例は、高周波制御装置24Aが高周波制御装置24及びエネルギー補正装置27として機能するため、実施例1で生じる効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本発明の好適な一実施例である実施例1における粒子線照射システムの構成図である。
【図2】図1の高周波制御装置24及びエネルギー補正装置27の詳細構成図である。
【図3】図1のシンクロトロンの運転サイクルにおける運転状態を示す説明図である。
【図4】図1の粒子線照射システムにおいて、加速終了時における高周波信号の周波数が許容範囲内にある場合での状態を示した説明図である。
【図5】加速終了時における高周波信号の周波数が許容範囲外にある場合での状態を示す説明図である。
【図6】エネルギー補正装置で実行されるエネルギー補正の処理手順を示す説明図である。
【図7】エネルギー補正装置で用いる周波数判定情報の作成手順を示す説明図である。
【図8】周波数判定情報の一例を示す説明図である。
【図9】本発明の他の実施例である実施例2の粒子線照射システムの構成図である。
【図10】図9に示す高周波制御装置の詳細構成図である。
【符号の説明】
【0066】
1,1A…粒子線照射システム、2…前段加速器、3…シンクロトロン、5…偏向電磁石、6…高周波印加装置、7…高周波発振器(高周波電源)、8…出射用スイッチ(第1開閉装置)、9…ゲートスイッチ(第2開閉装置)、10…加速空胴、11…高周波発振器、15…ビーム輸送装置、16…照射野形成装置(イオンビーム照射装置)、17…治療ベッド、22…加速器制御装置、23…電磁石電源、24,24A…高周波制御装置、25…タイミング制御装置、26…インターロック装置、27…エネルギー補正装置(周波数補正装置)、28…磁場検出器、29…磁場クロック発生装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
円形加速器に設けられた高周波加速装置に高周波信号を供給することによって、前記円形加速器内を周回する荷電粒子ビームを加速し、加速された前記荷電粒子ビームを荷電粒子ビーム照射装置に導く荷電粒子ビームの出射方法において、
前記荷電粒子ビームの加速終了後において前記高周波信号の周波数を変更し、
変更された周波数を有する前記高周波信号を、前記加速終了後において前記高周波加速装置に印加し、
その後、目標エネルギーの前記荷電粒子ビームを、前記円形加速器から前記荷電粒子ビーム照射装置に出射することを特徴とする荷電粒子ビームの出射方法。
【請求項2】
円形加速器に設けられた高周波加速装置に高周波信号を供給することによって、前記円形加速器内を周回する荷電粒子ビームを加速し、加速された前記荷電粒子ビームを荷電粒子ビーム照射装置に導く荷電粒子ビームの出射方法において、
前記荷電粒子ビームの加速終了後において、前記周回する荷電粒子ビームの、加速終了後におけるエネルギーと、前記荷電粒子ビームの、加速終了後の目標エネルギーとのずれが許容範囲内にあるとき、前記高周波信号の周波数を制御し、
その後、目標エネルギーの前記荷電粒子ビームを、前記円形加速器から前記荷電粒子ビーム照射装置に出射することを特徴とする荷電粒子ビームの出射方法。
【請求項3】
円形加速器に設けられた高周波加速装置に高周波信号を供給することによって、前記円形加速器内を周回する荷電粒子ビームを加速し、加速された前記荷電粒子ビームを荷電粒子ビーム照射装置に導く荷電粒子ビームの出射方法において、
前記荷電粒子ビームの加速終了後において、前記高周波信号の、前記荷電粒子ビームの加速終了後における周波数と、前記高周波信号の、加速終了後の目標周波数とのずれが許容範囲内にあるとき、前記高周波加速装置に供給する前記高周波信号の周波数を制御し、
その後、目標エネルギーの前記荷電粒子ビームを、前記円形加速器から前記荷電粒子ビーム照射装置に出射することを特徴とする荷電粒子ビームの出射方法。
【請求項4】
前記ずれが前記許容範囲から外れているとき、前記円形加速器から前記荷電粒子ビーム照射装置への前記荷電粒子ビームの前記出射を停止する請求項2又は請求項3記載の荷電粒子ビームの出射方法。
【請求項5】
高周波加速装置を備え、荷電粒子ビームを加速する円形加速器と、前記円形加速器から出射される前記荷電粒子ビームを照射対象に照射する荷電粒子ビーム照射装置と、前記高周波加速装置に高周波信号を供給する高周波信号発生装置と、前記荷電粒子ビームの加速終了後において前記円形加速器内を周回する前記荷電粒子ビームのエネルギーを補正するエネルギー補正情報を出力するエネルギー補正装置と、前記エネルギー補正情報に基づいて、前記高周波信号発生装置を制御する高周波制御装置とを備えたことを特徴とする粒子線照射システム。
【請求項6】
高周波加速装置を備え、荷電粒子ビームを加速する円形加速器と、前記円形加速器から出射される前記荷電粒子ビームを照射対象に照射する荷電粒子ビーム照射装置と、前記高周波加速装置に高周波信号を供給する高周波信号発生装置と、前記荷電粒子ビームの加速終了後において、前記周回する荷電粒子ビームの、加速終了後におけるエネルギーと、前記荷電粒子ビームの、加速終了後の目標エネルギーとのずれが許容範囲内にあるとき、前記高周波信号の周波数を補正する周波数補正情報を出力する周波数変更装置と、前記エネルギー補正情報に基づいて、前記高周波信号発生装置を制御する高周波制御装置とを備えたことを特徴とする粒子線照射システム。
【請求項7】
高周波加速装置を備え、荷電粒子ビームを加速する円形加速器と、前記円形加速器から出射される前記荷電粒子ビームを照射対象に照射する荷電粒子ビーム照射装置と、前記高周波加速装置に高周波信号を供給する高周波信号発生装置と、前記荷電粒子ビームの加速終了後において、前記高周波信号の、加速終了後における周波数と、前記高周波信号の、加速終了後の目標周波数とのずれが許容範囲内にあるとき、前記高周波信号の周波数を補正する周波数補正情報を出力する周波数変更装置と、前記エネルギー補正情報に基づいて、前記高周波信号発生装置を制御する高周波制御装置とを備えたことを特徴とする粒子線照射システム。
【請求項8】
前記周波数補正情報の出力を、前記加速終了後で前記円形加速器からの前記荷電粒子ビームの出射前に行う前記周波数変更装置を備えた請求項6又は請求項7記載の粒子線照射システム。
【請求項9】
前記円形加速器に設けられ、前記高周波信号発生装置とは別の他の高周波信号発生装置からの高周波信号が印加される高周波印加装置と、前記他の高周波信号発生装置と前記高周波印加装置との接続状態を開閉する開閉装置と、前記高周波信号の、前記荷電粒子ビームの加速終了後における周波数と、前記高周波信号の、加速終了後の目標周波数とのずれが許容範囲内にあるとき、前記開閉装置を閉じる閉信号を出力する制御装置とを備えた請求項6または請求項7記載の粒子線照射システム。
【請求項10】
前記高周波信号の、前記荷電粒子ビームの加速終了後における周波数と、前記高周波信号の、加速終了後の目標周波数とのずれが許容範囲外にあるとき、前記開閉装置を開放する開信号を出力する前記制御装置を備えた請求項9記載の粒子線照射システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−209972(P2006−209972A)
【公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−16236(P2005−16236)
【出願日】平成17年1月25日(2005.1.25)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】