説明

荷電粒子ビーム描画方法および荷電粒子ビーム描画装置

【課題】荷電粒子銃を最適な条件で動作させて描画する荷電粒子ビーム描画方法を提供する。また、荷電粒子銃を最適な条件で動作させる荷電粒子ビーム描画装置を提供する。
【解決手段】電子ビーム描画装置は、カソードに電圧を印加する高圧電源部43と、フィラメント電力を一定としてバイアス電圧の経時変化を測定する測定部41と、測定部で測定したバイアス電圧の変化量を求める演算部42とを有する。変化量が所定値以下となったところで、測定部41においてエミッション電流を一定としたときのフィラメント電力に対するバイアス電圧の変化を測定して、演算部42でバイアス電圧がフィラメント電力に対して飽和するバイアス飽和点を求め、このバイアス飽和点に基づいて高圧電源部43を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、荷電粒子ビーム描画方法および荷電粒子ビーム描画装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、大規模集積回路(LSI)の高集積化および大容量化に伴い、半導体素子に要求される回路線幅は益々狭くなっている。半導体素子は、回路パターンが形成された原画パターン(マスクまたはレチクルを指す。以下では、マスクと総称する。)を用い、いわゆるステッパと呼ばれる縮小投影露光装置でウェハ上にパターンを露光転写して回路形成することにより製造される。こうした微細な回路パターンをウェハに転写するためのマスクの製造には、電子ビーム描画装置などの荷電粒子ビーム描画装置が用いられる。
【0003】
電子ビーム描画装置は、利用する電子ビームが荷電粒子ビームであるため本質的に優れた解像度を有し、また、焦点深度を大きく確保することができるので、高い段差上でも寸法変動を抑制できるという利点を有する。特許文献1には、電子ビーム描画装置を用いた半導体集積回路装置の製造方法が開示されている。
【0004】
従来の電子ビーム描画装置では、電子ビームを照射する電子銃と、第1成形アパーチャと、第2成形アパーチャと、成形偏向器とを有し、さらに電子ビームを集束するためのいくつかの電子レンズを有する。電子銃から照射された電子ビームは、第1成形アパーチャに結像された後、第2成形アパーチャに結像される。そして、成形偏向器により偏向されて、第1成形アパーチャ像と第2成形アパーチャとが光学的に重ね合わされることにより、電子ビームの寸法と形状が可変成形される。成形された電子ビームは、描画対象であるマスク上にショットされ、ショット図形が高精度に繋がれることによってパターンが描画される。
【0005】
電子銃としては、カソードフィラメントを用いた熱電子放射型の電子銃が用いられる。この電子銃では、フィラメント電力によりカソードを加熱することで電子が放出される。放出された電子は加速電圧により加速され、またバイアス電圧により制御されて、所定のエミッション電流となりマスク上に照射される(例えば、特許文献2参照。)。
【0006】
上記のような電子銃の動作条件は、通常、エミッション電流を所定の値に設定したときのフィラメント電力とバイアス電圧の関係から決定される。具体的には、エミッション電流を所定の値にしてフィラメント電力とバイアス電圧との関係(バイアス飽和特性)を測定する。次いで、(後述する)温度制限領域と空間電荷制限領域の境界、すなわち、フィラメント電力の変化に対してバイアス電圧が飽和する点(バイアス飽和点)におけるフィラメント電力を求める。得られたフィラメント電力に所定のマージンを持たせて最適動作点とする。
【0007】
図10は、バイアス飽和特性の一例である。この例では、エミッション電流を100μAとして、フィラメント電流を変化させたときのバイアス電圧の変化を測定している。図10において、領域Aは温度制限領域である。この領域内では、カソード先端の電界が十分に高く、カソードから放出された電子は全てカソード外に出て行く。また、この条件下で放出される電子の量はカソードの温度で決まる。一方、領域Bは、空間電荷制限領域である。この領域では、カソード先端の電界が低く、カソードから放出された電子はカソード前方の空間に滞留して空間電荷を形成する。空間電荷は放出される電子の量の変化を抑制するので、カソードの温度が多少変化しても電子の量は安定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平11−312634号公報
【特許文献2】特開平5−166481号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
フィラメント電力とカソード温度は相関する。カソード温度が高いとカソードの蒸発を早めてカソード寿命を縮める結果となるので、カソード温度ができるだけ低くなるようなフィラメント電力にする必要がある。上記したバイアス飽和特性から求められるフィラメント電力の最適動作点はこの点を考慮して決定される。すなわち、空間電荷制限領域内であって、カソード温度が低くなるところで電子銃が動作されるように、最適動作点が設定される。しかしながら、バイアス飽和特性は、電子銃の構造に起因する熱容量の違いや測定条件の違いなどによって時間とともに変化する。ここで、測定条件とは、フィラメントを加熱してから測定するまでの時間や、高圧電源を入れてから測定するまでの時間などである。
【0010】
バイアス飽和特性の変化は、最適動作点の変化を意味する。従来法では、時間的要素を考慮せずにバイアス飽和特性を求めていたので、本来は最適でないフィラメント電力で電子銃が動作されるという問題があった。
【0011】
そこで、本発明は、荷電粒子銃を最適な条件で動作させて描画する荷電粒子ビーム描画方法を提供することを目的とする。また、本発明は、荷電粒子銃を最適な条件で動作させる荷電粒子ビーム描画装置を提供することを目的とする。
【0012】
本発明の他の目的および利点は、以下の記載から明らかとなるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の第1の態様は、フィラメント電力によりカソードを加熱して放出される荷電粒子をバイアス電圧により制御して、所定のエミッション電流で試料上に照射する荷電粒子ビーム描画方法において、
フィラメント電力を一定としてバイアス電圧の経時変化を調べ、この変化量が所定値以下となったところで、エミッション電流を一定としたときのフィラメント電力に対するバイアス電圧の変化を求め、バイアス電圧がフィラメント電力に対して飽和するバイアス飽和点を求めることを特徴とするものである。
【0014】
本発明の第2の態様は、フィラメント電力によりカソードを加熱して放出される荷電粒子をバイアス電圧により制御して、所定のエミッション電流で試料上に照射する荷電粒子ビーム描画方法において、
エミッション電流を一定としたときのフィラメント電力に対するバイアス電圧の変化を示すバイアス飽和特性を一定時間間隔で繰り返し求め、バイアス飽和特性の変化率が所定値以下となったところで、バイアス電圧がフィラメント電力に対して飽和するバイアス飽和点を求めることを特徴とするものである。
【0015】
本発明の第2の態様においては、エミッション電流を一定としたときのフィラメント電力に対するバイアス電圧の変化を測定し、得られたフィラメント電力とバイアス電圧との離散的な組を式(1)の近似式でフィッティングし、(n−1)回目の測定における係数an−1、bn−1、cn−1、dn−1と、n回目の測定における係数a、b、c、dとから式(2)を用いて変化率を求めることが好ましい。

【0016】
本発明の第3の態様は、フィラメント電力によりカソードを加熱して放出される荷電粒子をバイアス電圧により制御して、所定のエミッション電流の荷電粒子ビームを放出する荷電粒子銃と、
カソードに電圧を印加する高圧電源部と、
フィラメント電力を一定としてバイアス電圧の経時変化を測定する測定部と、
測定部で測定したバイアス電圧の変化量を求める演算部とを有し、
変化量が所定値以下となったところで、測定部においてエミッション電流を一定としたときのフィラメント電力に対するバイアス電圧の変化を測定して、演算部でバイアス電圧がフィラメント電力に対して飽和するバイアス飽和点を求め、このバイアス飽和点に基づいて高圧電源部を制御することを特徴とする荷電粒子ビーム描画装置に関する。
【0017】
本発明の第4の態様は、フィラメント電力によりカソードを加熱して放出される荷電粒子をバイアス電圧により制御して、所定のエミッション電流の荷電粒子ビームを放出する荷電粒子銃と、
カソードに電圧を印加する高圧電源部と、
エミッション電流を一定としたときのフィラメント電力に対するバイアス電圧の変化を示すバイアス飽和特性を一定時間間隔で繰り返し測定する測定部と、
測定部で測定したバイアス飽和特性の変化率を求める演算部とを有し、
変化率が所定値以下となったところで、演算部においてバイアス電圧がフィラメント電力に対して飽和するバイアス飽和点を求め、このバイアス飽和点に基づいて高圧電源部を制御することを特徴とする荷電粒子ビーム描画装置に関する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、荷電粒子銃を最適な条件で動作させて描画する荷電粒子ビーム描画方法が提供される。また、本発明によれば、荷電粒子銃を最適な条件で動作させる荷電粒子ビーム描画装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本実施の形態における熱電子放射型の電子銃の構成図である。
【図2】バイアス飽和特性の経時変化を示す一例である。
【図3】図2から求めたバイアス飽和点の変化を示す図である。
【図4】図4はバイアス飽和点の求め方の一例である。
【図5】電子銃の動作条件決定方法の1形態を説明する図である。
【図6】時間t1における測定1回目のバイアス飽和特性を示す図である。
【図7】(n−1)回目、n回目および(n+1)回目の各測定のバイアス飽和特性を示す図である。
【図8】本実施の形態における電子ビーム描画装置の構成図である。
【図9】電子ビームによる描画方法の説明図である。
【図10】バイアス飽和特性の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
図1は、本実施の形態における熱電子放射型の電子銃の構成図である。この図に示すように、電子銃101は、電子源であるカソード102と、カソード102から放射される電子を集束させるウェネルト105と、ウェネルト105の下方に配置されたアノード107とを有する。カソード104の先端は凸形状をしている。これは、微小領域に電界を集中させて輝度を向上させるためである。
【0021】
図1において、カソード102は、フィラメント103を介して、カソード102を加熱するためのフィラメント供給電源104と接続され、フィラメント回路が構成されている。また、カソード102とフィラメント103を囲むように、ウェネルト105が配置されている。ウェネルト105は、カソード102の下方に開口部を有していて、カソード102から放出される電子を収束し制御する。ウェネルト105には、カソード102との間にバイアス電圧を印加するためのバイアス電源106が接続されており、これによってバイアス回路が構成されている。
【0022】
ウェネルト105の下方には、アノード107が配置されている。そして、アノード107、フィラメント回路およびバイアス回路には、カソード102とアノード107の間に加速電圧を印加してエミッション電流を供給する加速電源108が接続されている。
【0023】
このような電子銃を用いた電子ビーム描画では、描画に先立って電子銃の動作条件が決定される。
【0024】
図2は、バイアス飽和特性の経時変化を示す一例である。また、図3は、図2から求めたバイアス飽和点の変化を示したものである。尚、図4にバイアス飽和点の求め方の一例を示す。この例によれば、温度制限領域にある測定点を結ぶ直線と、空間電荷制限領域にある測定点を結ぶ直線との交点から、バイアス飽和点をW1と求められる。
【0025】
図3において、横軸はフィラメントの加熱開始からの経過時間であり、縦軸はバイアス飽和点である。この図から分かるように、フィラメントを加熱してからしばらくの間はバイアス飽和点に急激な変化が見られ、時間の経過とともに変化の程度は小さくなり、やがて一定になる。そこで、本発明者は、バイアス飽和点に実質的な経時変化が見られなくなったところで動作条件を決定すれば、電子銃を最適な条件で動作させることができると考え、本発明に至った。
【0026】
本発明における動作条件決定方法の1態様は、フィラメント電力を一定としてバイアス電圧の経時変化を調べ、変化量が所定値以下となったところでバイアス飽和特性を求めるというものである。ここで、一定とするフィラメント電力の値は、温度制限領域内にある値とする。図5を用いて詳しく説明する。
【0027】
フィラメント電力を所定値Wとしてバイアス電圧の経時変化を測定すると、図5のように、バイアス電圧は、測定開始からしばらくは大きく変化するが、その変化量は徐々に小さくなり、やがて略一定となる。図5では、測定開始時t1におけるバイアス電圧はV1であるが、時間t2でV2となった後はこの値のまま略一定となる。そこで、単位時間当たりのバイアス電圧の変化量(ΔV/Δt)を求め、この値が所定値以下となったところで、図2に示したようなバイアス飽和特性を調べてバイアス飽和点を決定する。この方法によれば、バイアス電圧の経時変化からバイアス飽和点の変動量を把握し、バイアス飽和点に実質的な経時変化が見られなくなったところで動作条件を決定するので、比較的簡単に電子銃を動作させる最適な条件を求めることができる。
【0028】
本発明における動作条件決定方法の別の態様は、バイアス飽和特性を一定時間間隔で繰り返し求め、バイアス飽和特性の変化率が所定値以下となったところでバイアス飽和点を求めるというものである。
【0029】
図6は、時間t1における測定1回目のバイアス飽和特性を示しており、図中の○は測定点である。この例では、フィラメント電力とバイアス電圧の離散的な組をスプライン補間し、適当な近似式でフィッティングして連続的な値を得る。ここで、フィッティングは、離散的な値に対し、連続的な関数の最良フィッティングパラメータまたは係数を決定するための数学的最適化法として理解される。この用語は、一般に、曲線フィッティング計算についての全ての数学的方法を包含する。こうした曲線フィッティング計算の目的は、データに対して最もよくフィットする関数を導出する点にある。
【0030】
図6の例におけるフィッティング関数としては、下記の式(1)が好適である。

【0031】
図6に示す曲線は、測定点をスプライン関数で補完し、式(1)でフィッティングしたフィッティング曲線である。このような曲線を一定時間間隔で繰り返し求めてバイアス飽和特性の変化率を計算する。具体的には、エミッション電流を一定としたときのフィラメント電力に対するバイアス電圧の変化を測定し、得られたフィラメント電力とバイアス電圧との離散的な組を式(1)の近似式でフィッティングする。そして、(n−1)回目の測定における係数an−1、bn−1、cn−1、dn−1と、n回目の測定における係数a、b、c、dとから式(2)を用いて変化率を求める。

【0032】
図7に、(n−1)回目、n回目および(n+1)回目の各測定に対応するバイアス飽和特性を示す。これらはいずれも、図6と同様に、測定点をスプライン関数で補完し、式(1)でフィッティングしたフィッティング曲線である。それぞれについて、式(1)の係数a、b、c、dを求め、式(2)を用いてバイアス飽和特性の変化率を求める。尚、この場合の変化率とは、測定(n−1)回目のバイアス特性に対する測定n回目のバイアス特性の変化率と、測定n回目のバイアス特性に対する測定(n+1)回目のバイアス特性の変化率を言う。
【0033】
表1は、図7の例における係数と変化率を示したものである。例えば、変化率が0.5%以下となったところでバイアス飽和点を求めるとしておけば、(n+1)回目の測定で変化率が0.5%以下となっているので、この段階でバイアス飽和点を求めることになる。
【0034】
【表1】

【0035】
上記方法によれば、バイアス飽和点に実質的な経時変化が見られなくなったところで動作条件を決定するので、電子銃を最適な条件で動作させることができる。また、バイアス飽和特性を一定時間間隔で繰り返し求め、バイアス飽和特性の変化率が所定値以下となったところでバイアス飽和点を求めるので、上記したバイアス電圧の経時変化からバイアス飽和点の変動量を把握する方法に比べて、バイアス飽和点に実質的な経時変化が見られなくなるところをより正確に求めることが可能である。
【0036】
図8は、本実施の形態における電子ビーム描画装置の構成図である。
【0037】
図8に示すように、電子ビーム描画装置の試料室1内には、試料であるマスク2が設置されるステージ3が設けられている。マスク2は、例えば、石英等のマスク基板上に、遮光膜としてのクロム(Cr)膜が形成され、さらにこの上にレジスト膜が形成されたものである。クロム膜に代えてモリブデンシリコン(MoSi)膜などとしてもよい。また、レジスト膜は、化学増幅型レジストを用いて形成された膜とすることができる。
【0038】
本実施の形態では、レジスト膜に対して電子ビームで描画を行う。ステージ3は、ステージ駆動回路4によりX方向(紙面における左右方向)とY方向(紙面における垂直方向)に駆動される。ステージ3の移動位置は、レーザ測長計等を用いた位置回路5により測定される。
【0039】
試料室1の上方には、電子ビーム光学系10が設置されている。この光学系10は、電子銃6、各種レンズ7、8、9、11、12、ブランキング用偏向器13、成形偏向器14、ビーム走査用の主偏向器15、ビーム走査用の副偏向器16、および、2個のビーム成形用のアパーチャ17、18等から構成されている。
【0040】
電子銃6は、フィラメント電力によりカソードを加熱して放出される電子をバイアス電圧により制御して、所定のエミッション電流の電子ビームを放出する。電子銃6には、カソードに電圧を印加する高圧電源部43が接続している。電子銃6のカソードは、エミッタおよびウェネルト電極を有しており、これらは高圧電源部43によって制御される。尚、図示を省略するが、高圧電源部43は、フィラメント供給電源、リレー、フィラメント回路、バイアス電源、バイアス回路および加速電源によって構成される。
【0041】
高圧電源部43には、フィラメント電力を一定としてバイアス電圧の経時変化を測定する測定部41と、測定部41で測定したバイアス電圧の変化量を求める演算部42とが接続している。本実施の形態では、これらによって電子銃6の動作条件が決定される。すなわち、上記の変化量が所定値以下となったところで、測定部41においてエミッション電流を一定としたときのフィラメント電力に対するバイアス電圧の変化を測定する。そして、演算部42でバイアス電圧がフィラメント電力に対して飽和するバイアス飽和点を求め、このバイアス飽和点に基づいて高圧電源部43を制御する。
【0042】
本実施の形態における別の態様によれば、測定部41は、エミッション電流を一定としたときのフィラメント電力に対するバイアス電圧の変化を示すバイアス飽和特性を一定時間間隔で繰り返し測定するものとすることができる。また、演算部42は、測定部41で測定したバイアス飽和特性の変化率を求めるものとすることができる。この場合、電子ビーム描画装置は、上記の変化率が所定値以下となったところで、演算部42においてバイアス電圧がフィラメント電力に対して飽和するバイアス飽和点を求め、このバイアス飽和点に基づいて高圧電源部43を制御するように構成される。
【0043】
図9は、電子ビームによる描画方法の説明図である。この図に示すように、マスク2上に描画されるパターン51は、短冊状のフレーム領域52に分割されている。電子ビーム54による描画は、ステージ3が一方向(例えば、X方向)に連続移動しながら、フレーム領域52毎に行われる。フレーム領域52は、さらに副偏向領域53に分割されており、電子ビーム54は、副偏向領域53内の必要な部分のみを描画する。尚、フレーム領域52は、主偏向器15の偏向幅で決まる短冊状の描画領域であり、副偏向領域53は、副偏向器16の偏向幅で決まる単位描画領域である。
【0044】
副偏向領域の基準位置の位置決めは、主偏向器15で行われ、副偏向領域53内での描画は、副偏向器16によって制御される。すなわち、主偏向器15によって、電子ビーム54が所定の副偏向領域53に位置決めされ、副偏向器16によって、副偏向領域53内での描画位置が決められる。さらに、成形偏向器14とビーム成形用のアパーチャ17、18によって、電子ビーム54の形状と寸法が決められる。そして、ステージ3を一方向に連続移動させながら、副偏向領域53内を描画し、1つの副偏向領域53の描画が終了したら、次の副偏向領域53を描画する。フレーム領域52内の全ての副偏向領域53の描画が終了したら、ステージ3を連続移動させる方向と直交する方向(例えば、Y方向)にステップ移動させる。その後、同様の処理を繰り返して、フレーム領域52を順次描画して行く。
【0045】
副偏向領域は、副偏向器16によって、主偏向領域よりも高速に電子ビーム54が走査されて描画される領域であり、一般に最小描画単位となる。副偏向領域内を描画する際には、パターン図形に応じて準備された寸法と形状のショットが成形偏向器14により形成される。具体的には、電子銃6から放出された電子ビーム54が、第1のアパーチャ17で矩形状に成形された後、成形偏向器14で第2のアパーチャ18に投影されて、そのビーム形状と寸法を変化させる。その後、電子ビーム54は、上述の通り、副偏向器16と主偏向器15により偏向されて、ステージ3上に載置されたマスク2に照射される。
【0046】
設計者(ユーザ)が作成したCADデータは、OASISなどの階層化されたフォーマットの設計中間データに変換される。設計中間データには、レイヤ(層)毎に作成されて各マスクに形成される設計パターンデータが格納される。ここで、一般に、電子ビーム描画装置は、OASISデータを直接読み込めるようには構成されていない。すなわち、電子ビーム描画装置の製造メーカー毎に、独自のフォーマットデータが用いられている。このため、OASISデータは、レイヤ毎に各電子ビーム描画装置に固有のフォーマットデータに変換されてから装置に入力される。
【0047】
図8で、符号20は入力部であり、記憶媒体である磁気ディスクを通じて電子ビーム描画装置にフォーマットデータが入力される部分である。設計パターンに含まれる図形は、長方形や三角形を基本図形としたものであるので、入力部20には、例えば、図形の基準位置における座標(x,y)、辺の長さ、長方形や三角形等の図形種を区別する識別子となる図形コードといった情報であって、各パターン図形の形、大きさ、位置等を定義した図形データが格納される。
【0048】
さらに、数十μm程度の範囲に存在する図形の集合を一般にクラスタまたはセルと称するが、これを用いてデータを階層化することが行われている。クラスタまたはセルには、各種図形を単独で配置したり、ある間隔で繰り返し配置したりする場合の配置座標や繰り返し記述も定義される。クラスタまたはセルデータは、さらにフレームまたはストライプと称される、幅が数百μmであって、長さがフォトマスクのX方向またはY方向の全長に対応する100mm程度の短冊状領域に配置される。
【0049】
図形パターンの分割処理は、電子ビームのサイズにより規定される最大ショットサイズ単位で行われ、併せて、分割された各ショットの座標位置、サイズおよび照射時間が設定される。そして、描画する図形パターンの形状や大きさに応じてショットが成形されるように、描画データが作成される。描画データは、短冊状のフレーム(主偏向領域)単位で区切られ、さらにその中は副偏向領域に分割されている。つまり、チップ全体の描画データは、主偏向領域のサイズにしたがった複数の帯状のフレームデータと、フレーム内で主偏向領域よりも小さい複数の副偏向領域単位とからなるデータ階層構造になっている。
【0050】
電子ビーム描画装置では、描画後のパターン寸法が設計データの寸法と同一になるようにビーム照射量を変動させる補正処理が必要である。この処理は、近接効果、かぶり効果、ローディング効果といったパターンの寸法変動を引き起こす要因に対して、図8の描画データ補正部31で行われる。描画データ補正部31は、寸法補正マップ作成部31aと、この寸法補正マップに対応した補正照射量を求める補正照射量算出部31bと、補正照射量からマスクの所定位置における電子ビームの照射量を求める照射量算出部31cとを有する。ここで、補正照射量は、近接効果補正照射量、かぶり補正照射量およびローディング効果補正照射量の少なくとも1つとすることができる。
【0051】
図8の入力部20には、既に説明したように、電子ビーム描画装置に固有のフォーマットデータに変換された描画データが入力される。制御計算機19によって入力部20から読み出された描画データは、フレーム領域52毎にパターンメモリ21に一時的に格納される。パターンメモリ21に格納されたフレーム領域52毎のパターンデータ、すなわち、描画位置や描画図形データ等で構成されるフレーム情報は、描画データ補正部31に送られる。
【0052】
描画データ補正部31で補正されたフレーム情報は、データ解析部であるパターンデータデコーダ22と描画データデコーダ23に送られる。
【0053】
パターンデータデコーダ22からの情報は、ブランキング回路24とビーム成形器ドライバ25に送られる。具体的には、パターンデータデコーダ22で上記データに基づいたブランキングデータが作成され、ブランキング回路24に送られる。また、所望とするビーム寸法データも作成されて、ビーム成形器ドライバ25に送られる。そして、ビーム成形器ドライバ25から、光学系10の成形偏向器14に所定の偏向信号が印加されて、電子ビーム54の寸法が制御される。
【0054】
図8の偏向制御部30は、セトリング時間決定部29に接続し、セトリング時間決定部29は、副偏向領域偏向量算出部28に接続し、副偏向領域偏向量算出部28は、パターンデータデコーダ22に接続している。また、偏向制御部30は、ブランキング回路24と、ビーム成形器ドライバ25と、主偏向器ドライバ26と、副偏向器ドライバ27とに接続している。
【0055】
描画データデコーダ23の出力は、主偏向器ドライバ26と副偏向器ドライバ27に送られる。そして、主偏向器ドライバ26から主偏向器15に所定の偏向信号が印加されて、電子ビーム54が所定の主偏向位置に偏向走査される。また、副偏向器ドライバ27から副偏向器16に所定の副偏向信号が印加されて、副偏向領域53内での描画が行われる。
【0056】
次に、電子ビーム描画装置による描画方法について説明する。
【0057】
まず、電子銃6の動作条件を決定する。これは、例えば、カソードを交換する都度行われる。具体的には、測定部41において、フィラメント電力を一定としてバイアス電圧の経時変化を調べる。次いで、演算部42において、測定部41で測定したバイアス電圧の変化量を求める。変化量が所定値以下となったところでバイアス飽和特性を求めてバイアス飽和点を決定し、この値から得られるフィラメント電力にしたがい高圧電源部43を制御して電子銃6を動作させる。
【0058】
また、本実施の形態では、次のようにして電子銃6の動作条件を決定してもよい。すなわち、測定部41において、バイアス飽和特性を一定時間間隔で繰り返し求める。そして、測定部41での測定結果から、演算部42でバイアス飽和特性の変化率を求める。変化率が所定値以下となったところでバイアス飽和特性を求めてバイアス飽和点を決定し、この値から得られるフィラメント電力にしたがい高圧電源部43を制御して電子銃6を動作させる。
【0059】
次に、試料室1内のステージ3上にマスク2を載置する。次いで、ステージ3の位置検出を位置回路5により行い、制御計算機19からの信号に基づいて、ステージ駆動回路4によりステージ3を描画可能な位置まで移動させる。
【0060】
次に、電子銃6より電子ビーム54を放出する。放出された電子ビーム54は、照明レンズ7により集光される。そして、ブランキング用偏向器13により、電子ビーム54をマスク2に照射するか否かの操作を行う。
【0061】
第1のアパーチャ17に入射した電子ビーム54は、第1のアパーチャ17の開口部を通過した後、ビーム成形器ドライバ25により制御された成形偏向器14によって偏向される。そして、第2のアパーチャ18に設けられた開口部を通過することにより、所望の形状と寸法を有するビーム形状になる。このビーム形状は、マスク2に照射される電子ビーム54の描画単位である。
【0062】
電子ビーム54は、ビーム形状に成形された後、縮小レンズ11によって縮小される。そして、マスク2上における電子ビーム54の照射位置は、主偏向器ドライバ26によって制御された主偏向器15と、副偏向器ドライバ27によって制御された副偏向器16とにより制御される。主偏向器15は、マスク2上の副偏向領域53に電子ビーム54を位置決めする。また、副偏向器16は、副偏向領域53内で描画位置を位置決めする。
【0063】
マスク2への電子ビーム54による描画は、ステージ3を一方向に移動させながら、電子ビーム54を走査することにより行われる。具体的には、ステージ3を一方向に移動させながら、各副偏向領域53内におけるパターンの描画を行う。そして、1つのフレーム領域52内にある全ての副偏向領域53の描画を終えた後は、ステージ3を新たなフレーム領域52に移動して同様に描画する。
【0064】
上記のようにして、マスク2の全てのフレーム領域52の描画を終えた後は、新たなマスクに交換し、上記と同様の方法による描画を繰り返す。
【0065】
次に、制御計算機19による描画制御について説明する。
【0066】
制御計算機19は、入力部20で磁気ディスクに記録されたマスクの描画データを読み出す。読み出された描画データは、フレーム領域52毎にパターンメモリ21に一時的に格納される。
【0067】
パターンメモリ21に格納されたフレーム領域52毎の描画データ、つまり、描画位置や描画図形データ等で構成されるフレーム情報は、描画データ補正部31でレジスト膜の膜厚に応じて補正された後、データ解析部であるパターンデータデコーダ22と描画データデコーダ23を介して、副偏向領域偏向量算出部28、ブランキング回路24、ビーム成形器ドライバ25、主偏向器ドライバ26、副偏向器ドライバ27に送られる。
【0068】
パターンデータデコーダ22では、描画データに基づいてブランキングデータが作成されてブランキング回路24に送られる。また、描画データに基づいて所望とするビーム形状データが作成されて副偏向領域偏向量算出部28とビーム成形器ドライバ25に送られる。
【0069】
副偏向領域偏向量算出部28は、パターンデータデコーダ22により作成したビーム形状データから、副偏向領域53における、1ショットごとの電子ビームの偏向量(移動距離)を算出する。算出された情報は、セトリング時間決定部29に送られ、副偏向による移動距離に対応したセトリング時間が決定される。
【0070】
セトリング時間決定部29で決定されたセトリング時間は、偏向制御部30へ送られた後、パターンの描画のタイミングを計りながら、偏向制御部30より、ブランキング回路24、ビーム成形器ドライバ25、主偏向器ドライバ26、副偏向器ドライバ27のいずれかに適宜送られる。
【0071】
ビーム成形器ドライバ25では、光学系10の成形偏向器14に所定の偏向信号が印加されて、電子ビーム54の形状と寸法が制御される。
【0072】
描画データデコーダ23では、描画データに基づいて副偏向領域53の位置決めデータが作成され、このデータは主偏向器ドライバ26に送られる。次いで、主偏向器ドライバ26から主偏向器15へ所定の偏向信号が印加されて、電子ビーム54は、副偏向領域53の所定位置に偏向走査される。
【0073】
描画データデコーダ23では、描画データに基づいて、副偏向器16の走査のための制御信号が生成される。制御信号は、副偏向器ドライバ27に送られた後、副偏向器ドライバ27から副偏向器16に所定の副偏向信号が印加される。副偏向領域53内での描画は、設定されたセトリング時間が経過した後、電子ビーム54を繰り返し照射することによって行われる。
【0074】
以上述べたように、本実施の形態によれば、電子銃を最適な条件で動作させて描画することができる。すなわち、本実施の形態の1態様によれば、バイアス電圧の経時変化からバイアス飽和点の変動量を把握し、バイアス飽和点に実質的な経時変化が見られなくなったところで動作条件を決定する。したがって、この方法によれば、比較的簡単に電子銃を動作させる最適な条件を求めることができる。また、本実施の形態の別の態様によれば、上記効果に加えて、バイアス飽和特性を一定時間間隔で繰り返し求め、バイアス飽和特性の変化率が所定値以下となったところでバイアス飽和点を求めるので、上記したバイアス電圧の経時変化からバイアス飽和点の変動量を把握する方法に比べて、バイアス飽和点に実質的な経時変化が見られなくなるところをより正確に求めることが可能である。
【0075】
尚、本発明は上記実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内において、種々変形して実施することができる。
【0076】
例えば、上記実施の形態では電子ビームを用いたが、本発明はこれに限られるものではなく、イオンビームなどの他の荷電粒子ビームを放出する荷電粒子銃を有する荷電粒子ビーム描画方法および荷電粒子ビーム描画装置にも適用可能である。
【符号の説明】
【0077】
1 試料室
2 マスク
3 ステージ
4 ステージ駆動回路
5 位置回路
6 電子銃
7、8、9、11、12 レンズ
10 光学系
13 ブランキング用偏向器
14 成形偏向器
15 主偏向器
16 副偏向器
17 第1のアパーチャ
18 第2のアパーチャ
19 制御計算機
20 入力部
21 パターンメモリ
22 パターンデータデコーダ
23 描画データデコーダ
24 ブランキング回路
25 ビーム成形器ドライバ
26 主偏向器ドライバ
27 副偏向器ドライバ
28 副偏向領域偏向量算出部
29 セトリング時間決定部
30 偏向制御部
31 描画データ補正部
31a 寸法補正マップ作成部
31b 補正照射量算出部
31c 照射量算出部
41 測定部
42 演算部
43 高圧電源部
51 描画されるパターン
52 フレーム領域
53 副偏向領域
54 電子ビーム
101 電子銃
102 カソード
103 フィラメント
104 フィラメント供給電源
105 ウェネルト
106 バイアス電源
107 アノード
108 加速電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィラメント電力によりカソードを加熱して放出される荷電粒子をバイアス電圧により制御して、所定のエミッション電流で試料上に照射する荷電粒子ビーム描画方法において、
前記フィラメント電力を一定として前記バイアス電圧の経時変化を調べ、この変化量が所定値以下となったところで、前記エミッション電流を一定としたときの前記フィラメント電力に対する前記バイアス電圧の変化を求め、前記バイアス電圧が前記フィラメント電力に対して飽和するバイアス飽和点を求めることを特徴とする荷電粒子ビーム描画方法。
【請求項2】
フィラメント電力によりカソードを加熱して放出される荷電粒子をバイアス電圧により制御して、所定のエミッション電流で試料上に照射する荷電粒子ビーム描画方法において、
前記エミッション電流を一定としたときの前記フィラメント電力に対する前記バイアス電圧の変化を示すバイアス飽和特性を一定時間間隔で繰り返し求め、前記バイアス飽和特性の変化率が所定値以下となったところで、前記バイアス電圧が前記フィラメント電力に対して飽和するバイアス飽和点を求めることを特徴とする荷電粒子ビーム描画方法。
【請求項3】
前記エミッション電流を一定としたときの前記フィラメント電力に対する前記バイアス電圧の変化を測定し、得られた前記フィラメント電力と前記バイアス電圧との離散的な組を式(1)の近似式でフィッティングし、(n−1)回目の測定における係数an−1、bn−1、cn−1、dn−1と、n回目の測定における係数a、b、c、dとから式(2)を用いて前記変化率を求めることを特徴とする請求項2に記載の荷電粒子ビーム描画方法。

【請求項4】
フィラメント電力によりカソードを加熱して放出される荷電粒子をバイアス電圧により制御して、所定のエミッション電流の荷電粒子ビームを放出する荷電粒子銃と、
前記カソードに電圧を印加する高圧電源部と、
前記フィラメント電力を一定として前記バイアス電圧の経時変化を測定する測定部と、
前記測定部で測定した前記バイアス電圧の変化量を求める演算部とを有し、
前記変化量が所定値以下となったところで、前記測定部において前記エミッション電流を一定としたときの前記フィラメント電力に対する前記バイアス電圧の変化を測定して、前記演算部で前記バイアス電圧が前記フィラメント電力に対して飽和するバイアス飽和点を求め、該バイアス飽和点に基づいて前記高圧電源部を制御することを特徴とする荷電粒子ビーム描画装置。
【請求項5】
フィラメント電力によりカソードを加熱して放出される荷電粒子をバイアス電圧により制御して、所定のエミッション電流の荷電粒子ビームを放出する荷電粒子銃と、
前記カソードに電圧を印加する高圧電源部と、
前記エミッション電流を一定としたときの前記フィラメント電力に対する前記バイアス電圧の変化を示すバイアス飽和特性を一定時間間隔で繰り返し測定する測定部と、
前記測定部で測定した前記バイアス飽和特性の変化率を求める演算部とを有し、
前記変化率が所定値以下となったところで、前記演算部において前記バイアス電圧が前記フィラメント電力に対して飽和するバイアス飽和点を求め、該バイアス飽和点に基づいて前記高圧電源部を制御することを特徴とする荷電粒子ビーム描画装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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