説明

菊の品種識別剤及び品種識別方法

【課題】
菊品種、特に栄養繁殖した、相互に非常に類似する2種以上の菊品種間において、一方の品種が他方の品種と同一品種であるか否かの識別を容易に行うための、識別結果の信頼性が非常に高い、菊の品種識別剤及び品種識別方法を提供する。
【解決手段】
特定塩基配列のRNAを含有するキクBウイルスを、菊品種に感染させて、該キクBウイルス感染菊品種を得、これを栄養繁殖させた後、該菊繁殖体の該RNAを検査することにより、菊の品種識別を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、菊品種、特に栄養繁殖した、相互に非常に類似する2種以上の菊品種間において、一方の品種が他方の品種と同一品種であるか否かの識別を容易に行うための、識別結果の信頼性が非常に高い、菊の品種識別剤及び品種識別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物が品種登録された場合には、その植物について育成者権が発生する(種苗法第19条)。そして、権利者はこれを侵害(無断利用)する者に対しては、民事上、差止請求訴訟(種苗法第33条)や損害賠償請求訴訟(民法第709条)が提起できる。そして訴訟では、権利者(原告)は育成者権の内容(登録品種の特性)を主張・立証し、被告の具体的な利用行為が、当該登録品種と同一品種或いは、登録品種と特性によって明確に区別されない品種を利用するものであることを主張・立証しなければならない(種苗法第20条)。そこで侵害被疑品種(被告品種)と登録品種の同一性を確認するため、以下の登録品種と侵害被疑品種の特性を調査する必要がある。
(1)特性の比較(植物体同士を比較し、特性を調査する)
(2)比較栽培による調査(植物体同士を同一条件下で栽培しながら特性を調査する)
【0003】
しかし、権利行使段階において、(1)や(2)のように植物体同士を栽培し目視(肉眼による観察)及び計測により比較して、その特性の一致・不一致を検証していくことは非常に大変であり時間もかかる。そこで、迅速、簡便であり、比較栽培のための植物体への再生が困難な試料でも識別が可能であり、生産現場の環境の影響を受けずに結果が安定しているDNA分析手段を用いて、登録品種と侵害被疑品種とを比較し、そのDNA塩基配列の異同によって同一性を判断する技術が開発された。具体的には、登録品種のDNA塩基配列において、同一品種内の個体間では同じであるが、他品種では異なる部分を検出することにより、ある植物体のDNA塩基配列における当該異なる部分の有無を調査して、同一品種か否かを識別する技術が開発された(非特許文献1参照)。
【0004】
また具体的な植物の品種識別方法として、以下の方法が知られている。
豆類の品種識別方法
近縁の種で外観上の特徴で見分けることが困難な豆類の品種判別を行うための方法として、特定品種の豆類において、RAPD(random・amplified・polymorphic・DNA:ランダム増幅多型DNA)マーカーと成り得るプライマーを用いたPCR(polymerase・chain・reaction:ポリメラーゼ連鎖反応)によるPCR産物中の特異断片の塩基配列を決定して、その特異断片の一部を特異的に増幅するプライマーを得る。そして、得られたプライマーを品種判別する豆類から抽出したDNAに加えてPCRを行い、増幅DNA断片の有無、断片が存在する場合はその大きさ及び断片のバンドの発色の濃さを調べ、検出されたDNA断片の大きさ及びそのパターンに応じて豆類の品種を判別する方法(特許文献1参照)。
【0005】
イチゴの品種識別方法
イチゴの品種識別は、従来、果実の大きさ、葉の形や大きさ、草型等の形質の比較によって行われてきたが、この方法では正確な判断が極めて困難である上に、苗の大きさや生育状態をそろえて同一の条件下で栽培した場合には有効であるが、果実のない苗では品種を識別することができず、また、市場に流通しているイチゴは、多様な条件下で栽培されているため、従来の方法ではイチゴの品種を識別することは困難であった。そこでこの問題を解決すべく、イチゴの果実、ガク、葉及び茎の中から選ばれた少なくとも1種類より抽出したDNAを鋳型として、イチゴ品種間で相違性のある塩基配列を標的にしたPCR法によってDNAを増幅し、得られた増幅産物を制限酵素で処理して得られるDNAの多型を検出し、これを識別することによって、イチゴの品種を識別する方法が開発された(特許文献2参照)。
【0006】
イグサの品種識別方法
イグサの品種特性は、従来、茎長(草丈)、茎の太さ、幹茎色(茎の色)、茎数(一株当たりの茎の数)、花序着生率(着花の頻度)、先枯れ程度(先端部分の枯れの程度)など産業上の品質に関わる特徴で表されてきた。しかし、これら特性は量的形質であって、生育環境の変化に応じてそれらの形質も変化するため、一定の栽培環境における品質の特徴を説明することはできても、確実に品種を識別するマーカーとしては利用できなかった。そのため、一旦入手経路が不確実になるとイグサがどの品種であるのかを判断することは困難であり、その結果、いくつかの品種が混ざって製品の均一性が失なわれたり、或いは優良品種の盗難、不法栽培を防止することができなかった。そこでこの問題を解決すべく、優良イグサ品種「ひのみどり」に特異的なDNA断片を同定し、該DNA断片を用いることにより、イグサ品種の識別をする方法が開発された(特許文献3参照)。
【0007】
米の品種識別方法
消費者の良食米志向を受けて、高値で取引されている「コシヒカリ」、「ひとめぼれ」、「ヒノヒカリ」及び「あきたこまち」にこれら良食米以外の米を混入し、表示を偽って販売される不正混米が行われている。このような状況下、包装された米の内容と表示が一致しているかどうかを検査する方法として、米由来のDNAにおける特定の塩基配列の存在を、該配列若しくはその相補鎖のうちの連続する8塩基以上の配列を有する3つの単鎖ヌクレオチドを使用して、そのうち2つの単鎖ヌクレオチドを核酸増幅法の対合プライマーとして使用して得た増幅DNA断片を、残りの1つの単鎖ヌクレオチドをプローブに用いて検出する、米の品種識別方法が開発された(特許文献4参照)。
【0008】
以上のDNAマーカーによる植物の品種識別方法は、特定プライマーを用いて、PCR法によって増幅した特定のDNAを特定の制限酵素で切断して多型を生じさせ、その多型のパターン(DNAマーカー)によって品種を識別するか、これら複数のDNAマーカーの組合せパターンによって、品種を識別する。しかし、当該特定DNAマーカーを決定するには、同一品種内の個体間では相同であるが、全品種間では相違が生ずるDNA領域、又は相違が生ずるDNA領域の組合せを検討する必要があり、多大な研究費用と時間がかかる。
【0009】
一方、本発明者等は、植物品種、特に栄養繁殖した、相互に非常に類似する2種以上の植物品種間において、一方の品種が他方の品種と同一品種であるか否かの識別を容易に行うために、特定塩基配列のRNAを含有する植物ウイルスを特定植物品種に接種して感染させ、複数世代に亘って栄養繁殖した後の該植物体から、該特定塩基配列のRNAを検出することにより、該特定植物品種を識別することができる特定塩基配列のRNAを含有する植物ウイルスからなる植物品種の識別剤を開発した。この植物品種の識別剤は、特定植物品種に非常に類似した植物品種から該特定塩基配列のRNAの有無を検査することによって、当該類似した植物品種が、該特定植物品種であるかどうかを識別するものである(特許文献5参照)。
しかし、この方法で開示した植物ウイルスは、多くの植物のうち菊の品種に対しては、接種しても、上葉、わき芽及び冬至芽に移行することがなく、よって、わき芽や冬至芽を挿し芽して、菊を増殖しても、次世代の菊に伝搬しない欠点を有し、そのため複数世代に亘って栄養繁殖した後の該菊の品種において、該植物ウイルスの特定塩基配列のRNAを検出することにより、該菊の品種を識別する方法は、測定結果の信頼性が低く(誤判定の危険性が高く)、改良の余地があることが判明した。
【0010】
さて、日本における菊の切り花は、農家が種苗会社等から供給された苗を自家増殖して生産をしている。このように菊は栄養繁殖で簡単に増殖できる植物であるが、現在、日本で種苗登録された菊品種が、海外で大量に無断増殖され、菊切り花として大量に日本に輸入されている。このような理由から菊品種の育成者権侵害を迅速に立証して、菊品種の育成者権を確実に保護する方法が望まれている。しかし、菊はゲノム分析や分子遺伝学的な研究がほとんど進んでおらず、上記のDNA多型による品種識別も確立されていない。
【非特許文献1】村林隆一、他4名、「植物新品種保護の実務−権利の取得と侵害−」、現代産業選書、2004年5月20日、p.427−588
【特許文献1】特開2004−16008号公報
【特許文献2】特開2005−102535号公報
【特許文献3】特開2005−168309号公報
【特許文献4】特開2005−245244号公報
【特許文献5】特開2003−199446号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、菊品種、特に栄養繁殖した、相互に非常に類似する2種以上の菊品種間において、一方の品種が他方の品種と同一品種であるか否かの識別を容易に行うための、識別結果の信頼性が非常に高い、菊の品種識別剤及び品種識別方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者等は、上記課題を解決するため、種々検討を重ねた結果、菊に感染するキクBウイルス(Chrysanthemum・virus・B)(以下、CVBということがある)、トマト黄化えそウイルス(Tomato・spotted・wilt・virus、TSWV)、トマトアスパーミィウイルス(Tomato・aspermy・virus、TAV)及びキュウリモザイクウイルス(Cucumber・mosaic・virus、CMV)等の植物ウイルスの中から、菊へのウイルス症状が軽微であるか又は全くの無症状であるキクBウイルスを用いて、特定塩基配列からなるRNAを含有するキクBウイルスを菊に感染させると、該特定塩基配列からなるRNAは、該菊全身に移行し、複数世代に亘って栄養繁殖した後の菊にまで伝搬して存在し、よって、該特定塩基配列からなるRNAを含有するキクBウイルスを保持した菊品種は、該特定塩基配列からなるRNAを検出することにより、該菊品種であることを確実に識別できることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成した。
【0013】
即ち本発明は、
(1)配列番号1記載のRNAを含有することを特徴とするキクBウイルス。
(2)配列番号1記載のRNAを含有するキクBウイルスを含有してなる菊の品種識別剤。
(3)配列番号1記載の塩基配列からなるRNAを含有することを特徴とする菊。
(4)配列番号1記載のRNAを含有するキクBウイルスに感染していることを特徴とする菊。
(5)特定塩基配列のRNAを含有するキクBウイルスを菊品種に感染させて、該キクBウイルス感染菊品種を得、これを栄養繁殖させた後、該菊品種の繁殖体の該RNAを検査することを特徴とする菊の品種識別方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明は特定塩基配列のRNAを含有するCVBを、菊品種(原品種)に感染させることで、後日、該菊品種に類似した菊が多数出現した場合においても、これら類似した菊に、該特定塩基配列のRNAが存在するか、否かを検査することによって、これら類似した菊が該菊品種(原品種)と同一品種であるかどうかを確実に識別できる。よって、識別結果の信頼性が非常に高い、菊の品種識別剤及び品種識別方法を提供することが可能となり、該菊品種を無断増殖した菊である場合は、該菊は育成者権侵害品であることを迅速・的確に立証することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明で用いるキクBウイルス(Chrysanthemum・virus・B)は、ポティウイルス(Potyviridea)科のカルラウイルス属(Carlavirus)に属する。菊におけるこのウイルスの症状は、品種によって微かなウイルス症状を呈することもあるが、ほとんど無症状である。又、このウイルス粒子の形態と構造は屈曲の少ないひも状で、約685×12nmである。又、ゲノムは6つのオープン・リーディング・フレーム(open・reading・frame、ORF)、ORF1、ORF2、ORF3、ORF4、ORF5及びORF6からなり、ORF1はCVBのRNAレプリカーゼをコードし、ORF2、ORF3、ORF4は、トリプル・ジーン・ブロック・プロテインを構成して、ORF5はコート・プロテインをコードしている。
【0016】
そして、本発明で用いるCVBは、公知あるいは未公知の、特定塩基配列のRNAを含有するCVBが挙げられる。未公知のCVBは、圃場で栽培あるいは山野に自生している菊を採取し、該菊に感染しているCVBを採取し、菊に感染した際の病徴が全く観察されず、含有する塩基配列のRNAが安定して次世代の菊に伝搬する性質のCVBを選択し、そのRNAの塩基配列を決定することによって、目的とする特定塩基配列のRNAを含有するCVBを取得することが可能である。このような例としては、配列番号1記載のRNAを含有するキクBウイルスが挙げられる。
【0017】
又、本発明においてCVBの菊への接種は、任意の品種、任意の育成段階における菊に対して可能である。
【0018】
(1)特定塩基配列のRNAを含有するCVBの選択
岩手県、山形県、新潟県、富山県、群馬県及び広島県など日本各地で栽培及び山野に自生している菊を採取し、以下の操作に従って、採取した菊からCVBを分離する。
すなわち先ず、該菊の葉を約100mg採取し、超低温にて凍結して乳鉢中で粉砕した後、600μlのSTE溶液(0.05M・Tris、0.1M・NaCl、2mM・EDTAに1/10量の10%SDSと1/100量の1%メルカプトエタノールを加える)と600μlのフェノール・クロロホルム(1:1)を加えて混合する。これを18000×gで10分間遠心分離し、上層に1/3量の10M・LiClを加えて混和し、−20℃で1時間静置する。そして、18000×gで15分間遠心分離した後、沈殿に500μlの2M・LiClを加えて完全に溶かし、再び18000×gで15分間遠心分離する。これを70%エタノールでリンスし、沈殿をDEPC処理水に溶かして精製RNAを得る。単離したそれぞれのRNA(約3μg)と3’末端poly・A配列に相補的なDNAプライマー(ggcggatcctttttttttttttttt)1μMを95℃で熱処理し徐冷して、アニーリングした後、Omniscript・Reverse・Transcriptase(QIAGEN社製)を用い、37℃、60分の条件で−鎖cDNAを合成する。そして、該−鎖cDNAを、+鎖RNAの5’末端に相同的なDNAプライマー(ccgaggatatggtgaagatac)と3’末端に相同的なDNAプライマー(ggcggatcctttttttttttttttt)とを1μMずつ用い、PCRで94℃30秒間、62℃40秒間、72℃1分間の反応を40回繰り返して増幅する。そして、この増幅したcDNAを1.5%アガロースゲル電気泳動によって、特定の塩基配列を有する未公知のCVBを分離取得する。本発明では、976塩基サイズの3'末端側のcDNA(5種類)を検出し、5種類の特定塩基配列のRNAを含有するCVBを分離取得することに成功した。
【0019】
又、分離した5種類のCVBは、その全塩基配列をABI・prism・3700・DNA・analyzerを用いて決定し、5種類のCVBと公知のCVBのRNA塩基配列を比較して、5種類のCVBから特異的な塩基配列のRNAを含有するCVBを選抜するため、カルラウイルス(Carlavirus)属に属するジンチョウゲSウイルス(Daphne・virus・S)、ホップ潜在ウイルス(Hop・latent・virus)、ユリ潜在ウイルス(Lily・symptomless・virus)、ジャガイモMウイルス(Potato・virus・M)ジャガイモSウイルス(Potato・virus・S)など他種類のウイルスとも、その相同性を比較した。その結果、5種類のCVBの中から、ORF4領域に特異的な塩基配列のRNAを含むCVBを見出して、本発明のCVB−Sを分離した。
【0020】
なお、本発明のCVB−Sは、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターにおいて受託が拒否されている(受託拒否証明書における識別のための表示:CVB−S)。よって、CVB−Sは出願人自らが保管し、特許法施行規則第27条の3の規定に準じて、譲渡を行う用意がある(保管場所:〒378−0016、群馬県沼田市清水町3784番地、日本デルモンテ株式会社、研究開発本部、植物ワクチン開発部)。
【0021】
(2)CVBを含有してなる菊の品種識別剤の作成
特定塩基配列のRNAを含有するCVBに感染した菊葉1gに緩衝液(中性付近の0.1Mリン酸緩衝液)1〜50ml(好ましくは5〜15ml)を加えてミキサーで磨砕して、接種源となるCVBを含有してなる菊の品種識別剤を得る。
【0022】
(3)CVBを含有してなる菊の品種識別剤の菊への接種、感染方法
CVBを含有してなる菊の品種識別剤の菊への接種、感染方法は、当該品種識別剤を綿棒、指、ガラス棒などを用いて擦り付ける方法や菊を研磨剤又は摩擦剤等を用いて人為的に摩擦した後、その部分に該品種識別剤を接種する方法、該品種識別剤を直接注入する方法、スプレーガンによって該品種識別剤を噴霧する方法、又は菊の表面に該品種識別剤を噴霧した後、研磨剤を付着させたローラーを圧接回転せしめ、該表面を被傷せしめると共に該植物体に接種する方法(特許第2908594号)、菊の表面にブラシを当接し該菊の表面を被傷させ、その前又は後ろにおいて菊の表面に該品種識別剤を接触させる方法(特開2000−201535号)、或いは該品種識別剤を菊、或いは菊組織の一部に直接ジーンガンで撃ち込む方法等があり、その感染又は導入方法に制限はない。従って、該品種識別剤を菊へ接種して感染させる時期は、菊の任意の適宜な時期でよい。加えて、該菊の育成、又は栄養繁殖の方法は、通常の方法に従って行うことができ、その方法に制限はない。以上の方法によって、特定塩基配列のRNAを含有するCVBを、特定菊品種に標識することができる。
【0023】
このようにして、菊苗に本発明のCVBを感染させると、容易にCVBが全身に感染した菊苗が得られる。したがって、この菊苗を適当な大きさに切断した後、挿し芽、又は生育した菊のわき芽の挿し芽、冬至芽の株分けや挿し芽などの栄養繁殖手段を採用して、通常の育苗管理をすると、容易にCVBが全身に感染した、菊苗が得られる。
【0024】
又、CVB感染菊苗からその一部(例えばわき芽)を採り、消毒した後、植物ホルモンを適宜の濃度で含有する寒天培地に挿し芽し、外界と隔離された室内で、至適な温度、照度条件下で育成し、幼苗(例えば本葉の十分展開した幼苗)を得て、この葉片を適当な大きさに切断したあと、植物ホルモンを適宜の濃度で含有する寒天培地に2〜4回移植し、通常の植物体の組織培養法と同様に操作して、葉片から直接誘導させた不定芽から個体の再生を行い、CVB感染菊苗を大量に得ることができる。
【0025】
又、このCVB感染菊苗から一部を採り、植物ホルモンを適宜の濃度で含有する寒天培地に2〜4回移植し、カルスから誘導させた不定芽から個体の再生を行い、所望のCVBが感染した菊苗を大量に得ることができる。
【0026】
(4)菊の品種識別方法
被検体となる菊が標識した菊品種に由来するものかどうかを検査するには、該被検体となる菊のCVBの在否、存在していた場合は、該CVBが含有する特定塩基配列のRNAの有無を検査する。この検査によって、被検体の菊が該菊品種を栄養繁殖させたものか否か、つまり、同一品種か否かを識別できる。
【実施例1】
【0027】
(配列番号1のRNAを含有するキクBウイルス)
岩手県、山形県、新潟県、富山県、群馬県及び広島県など日本各地で栽培及び自生している菊を採取し、以下の操作に従って、採取した菊から配列番号1のRNAを含有するキクBウイルス(CVB)を分離した。
すなわち先ず、該菊の葉を約100mg採取し、超低温にて凍結して乳鉢中で粉砕した後、600μlのSTE溶液(0.05M・Tris、0.1M・NaCl、2mM・EDTAに1/10量の10%SDSと1/100量の1%メルカプトエタノールを加える)と600μlのフェノール・クロロホルム(1:1)を加えて混合する。これを18000×gで10分間遠心分離し、上層に1/3量の10M・LiClを加え、混和し、−20℃で1時間静置する。18000×gで15分間遠心分離した後、沈殿に500μlの2M・LiClを加えて完全に溶かし、再び18000×gで15分間遠心分離する。これを70%エタノールでリンスし、沈殿をDEPC処理水に溶かして精製RNAを得る。単離したそれぞれのRNA(約3μg)と3’末端polyA配列に相補的なDNAプライマー(ggcggatcctttttttttttttttt)1μMを95℃で熱処理し徐冷して、アニーリングした後、Omniscript・Reverse・Transcriptase(QIAGEN社製)を用い、37℃、60分の条件で−鎖cDNAを合成した。そして、該−鎖cDNAを、+鎖RNAの5’末端に相同的なDNAプライマー(ccgaggatatggtgaagatac)と3’末端に相同的なDNAプライマー(ggcggatcctttttttttttttttt)とを1μMずつ用い、PCRで94℃30秒間、62℃40秒間、72℃1分間の反応を40回繰り返して増幅した。そして、この増幅したcDNAを1.5%アガロースゲル電気泳動によって、CVBのRNAに由来する976塩基サイズの3'末端側のcDNAを検出し、合計5種類のCVBを単離した。
【0028】
次いで、単離した5種類のCVBの全塩基配列をABI・prism・3700・DNA・analyzerを用いて決定し、5種類のCVBと22種類の公知のCVBのRNA塩基配列(下記、文献1及び2参照)を比較して、27種類のCVBから特異的な塩基配列のRNAを含有するCVBを選抜するため、カルラウイルス(Carlavirus)属に属するジンチョウゲSウイルス(Daphne・virus・S)、ホップ潜在ウイルス(Hop・latent・virus)、ユリ潜在ウイルス(Lily・symptomless・virus)、ジャガイモMウイルス(Potato・virus・M)ジャガイモSウイルス(Potato・virus・S)など他種類のウイルスとも、その相同性を比較した。その結果、27種類のCVBの中から、ORF4領域に特異的な塩基配列のRNAを含むCVBを見出して、本発明のCVB−Sを分離した。
文献1:National Center for Biotechnology Information(NCBI)のGenBank(配列データベース)
文献2:K.Levay and S.Zavriev,Journal of General Virology,72,p2333〜2337,1991
【実施例2】
【0029】
(配列番号1のRNAを含有するキクBウイルスを含有してなる菊の品種識別剤)
配列番号1のRNAを含有するCVB−Sに感染した菊葉1gに緩衝液(中性付近の0.1Mリン酸緩衝液)10mlを加えてミキサーで磨砕して、接種源となるCVB−Sからなる菊の品種識別剤を得た。
【実施例3】
【0030】
(配列番号1のRNAを含有するキクBウイルス(CVB−S)の感染菊苗の育成)(その1)
市販の植物用培養土とパーライトを4:1の割合で混合して、菊用の培養土を作成し、該菊用培養土を充填した直径10.5cmの丸型ポットに定植した菊品種「精興新年」(精興園の登録品種)の苗の葉の表面に実施例2のCVB−Sを含有してなる菊の品種識別剤をスプレーで噴霧した後、研磨剤である25ミクロンの炭化ケイ素(カーボランダム#600(キシダ化学社製))を付着させたローラーを圧接回転せしめ、該表面を被傷せしめてCVB−Sを接種した。このようにして、菊苗に本発明のCVB−Sを感染させ、CVB−Sが全身に感染した菊苗を得た。
【実施例4】
【0031】
(配列番号1のRNAを含有するキクBウイルス(CVB−S)の保有菊苗の育成)(その2)
実施例3で得られたCVB−S感染菊苗を温室内で育苗し、該菊株を摘芯した。そして、4ヶ月間、該菊の葉の付け根から発生するわき芽をかき取って、該菊用培養土を充填した128穴トレイに挿し芽し、温室内で育苗した。このようにして、CVB−Sが全身に感染した菊苗を多量に得た。
【実施例5】
【0032】
(配列番号1のRNAを含有するキクBウイルス(CVB−S)の保有菊苗の育成)(その3)
実施例3で得られたCVB−S感染菊苗からその一部(わき芽)を採り、75%含水エタノールで消毒した後、ナフタリン酢酸0.5ml/Lとベンジルアデニン0.05ml/Lを含有する寒天培地に挿し芽し、外界と隔離された温室内で、25℃、5000luxの条件下で育成し、幼苗(本葉の十分展開した幼苗)を得て、この葉片を適当な大きさに切断したあと、同じ寒天培地に4回移植し、通常の植物体の組織培養法と同様に操作して、葉片から直接根や不定芽を再生し、CVB−S感染菊苗を大量に得た。
【実施例6】
【0033】
(配列番号1のRNAを含有するキクBウイルス(CVB−S)の保有菊苗の育成)(その4)
実施例3で得られたCVB−S感染菊苗から葉片を採り、実施例5に記載したものと同じ寒天培地に4回移植して、カルスから誘導させた不定芽から個体の再生を行い、所望のCVB−Sが感染した菊苗を大量に得た。
【実施例7】
【0034】
(菊の品種識別方法)
市場出荷を目的として菊を栽培する場合は、摘芯して発生したわき芽で苗を作り、植替えを行って増殖する。よって、このように菊を増殖する際のCVB−Sのわき芽への移行と挿し芽した菊への伝搬を調査するために、
(1)CVB−Sの感染した菊から伸びるわき芽には、CVB−Sが感染しているか(CVB−Sのわき芽への移行)。
(2)CVB−Sの感染した菊から伸びたわき芽を挿し芽し、その挿し芽から発生するわき芽には、CVB−Sが感染しているか(CVB−Sの次世代の菊への伝搬)。
(3)CVB−Sの感染した菊の根元から伸びる冬至芽には、CVB−Sが感染しているか(CVB−Sの冬至芽への移行)を試験調査した。
【0035】
(CVB−Sのわき芽への移行)
該菊用培養土を充填した直径10.5cm丸型ポットに定植した菊品種「精興新年」の苗4株に、本発明のCVB−Sを実施例3に記載した方法で感染させて、温室内で育苗し、該菊株を摘芯した。そして、4ヶ月間、葉の付け根から発生するわき芽をかき取って、CVB−Sのわき芽への移行を以下のRT−PCRによって調査した。
【0036】
実施例1に記載した方法で、かき取ったわき芽の葉からRNAを抽出した。抽出したRNA(約3μg)と3’末端poly・A配列に相補的なDNAプライマー(ggcggatcctttttttttttttttt)1μMを95℃で熱処理し徐冷してアニーリングした後、Omniscript・Reverse・Transcriptase(QIAGEN社製)を用い、37℃、60分の条件で−鎖cDNAを合成した。そして、この−鎖cDNAを、+鎖RNAの5’末端に相同的なDNAプライマー(cggtggtgtgtataaggacgg)と3’末端に相同的なDNAプライマー(tcgcctcttccgccgttcg)を1μMずつ用い、PCRで94℃30秒間、62℃40秒間、72℃1分間の反応を40回繰り返して増幅した。この増幅したcDNAを1.5%アガロースゲル電気泳動によって分離した後、ゲルより切り出し、DNA回収キットGFX・PCR・DNA・and・Gel・Band・Purification・KIT(Amersham社製)を用いて精製し、得られたcDNAをT−Aクローニング用ベクターpGEM・T・Easy(Promega社製)に挿入しクローニングして、このクローニングしたプラスミドを制限酵素EcoRIで切断し電気泳動することによって該cDNAの存在を確認した。そして、CVB−SのORF4領域のRNA部位を含有する527塩基サイズの該cDNAの塩基配列をABI・prism・3700・DNA・analyzerを用いて決定し、配列番号1のRNAに相補的なcDNAを、かき取った全てのわき芽から検出した。これより、本発明のCVB−Sは、菊のわき芽に安定して移行することが分かり、菊品種、特に栄養繁殖した、相互に非常に類似する2種以上の菊品種間において、一方の品種が他方の品種と同一品種であるか否かの識別を容易に行うことができる。
【実施例8】
【0037】
(CVB−Sの次世代の菊への伝搬)
該菊用培養土を充填した直径10.5cm丸型ポットに定植した菊品種「精興新年」の苗4株に、本発明のCVB−Sを実施例3に記載した方法で感染させて、温室内で育苗し、該菊株を摘芯した。そして、4ヶ月間、葉の付け根から発生するわき芽をかき取って、該菊用培養土を充填した128穴トレイに挿し芽し、温室内で育苗した。次いでその挿し芽から発生したわき芽にCVB−Sが感染しているかどうかを実施例7と同様にRT−PCRで調査した。又、同じ挿し芽から発生した別のわき芽を、該菊培養土を充填した直径10.5cm丸型ポットに挿し芽して、発生するわき芽の一つをRT−PCR分析し、もう一つのわき芽を、該菊培養土を充填した直径10.5cm丸型ポットに挿し芽した。このような操作を該菊4株について5回繰り返した。その結果、RT−PCR分析した全てのわき芽から、配列番号1のRNAに相補的なcDNAを検出した。これより、本発明のCVB−Sは、菊の挿し芽に伝搬することを確認し、栄養繁殖した次世代の菊に安定して伝搬することが分かり、菊品種、特に栄養繁殖した、相互に非常に類似する2種以上の菊品種間において、一方の品種が他方の品種と同一品種であるか否かの識別を5世代以上にわたって容易に行うことができる。
【実施例9】
【0038】
(CVB−Sの冬至芽への移行)
2004年11月、該菊用培養土を敷き詰めた温室内の圃場に菊品種「精興新年」の苗4株を定植し、本発明のCVB−Sを実施例3に記載した方法で感染させて、育苗した。そして、翌2005年3月に開花した後、2005年4月に該菊株の根元から発生した全ての冬至芽9本をかき取って、CVB−Sの冬至芽への移行を実施例1と同様にRT−PCRで調査した。その結果、発生した全ての冬至芽から、配列番号1のRNAに相補的なcDNAを検出した。これより、本発明のCVB−Sが菊の冬至芽に安定して移行することが分かり、菊品種、特に栄養繁殖した、相互に非常に類似する2種以上の冬至芽の菊品種間において、一方の品種が他方の品種と同一品種であるか否かの識別を容易に行うことができる。
【0039】
実施例1〜9から、本発明のCVB−Sが含有する配列番号1のRNAは、感染後菊全身に移行して、挿し芽した次世代の菊にも安定して伝搬することが分かり、菊品種、特に栄養繁殖した、相互に非常に類似する2種以上の菊品種間において、本発明の配列番号1のRNAを検出することによって、一方の品種が他方の品種と同一品種であるか否かの識別を容易に行うことができる。
【0040】
比較例1
(公知の植物品種の識別剤の菊全身への移行確認試験)
公知の植物品種の識別剤である特開平2003−199446号記載の配列番号1、2、3、4、5及び6の塩基配列(本願明細書においては配列番号2、3、4、5、6及び7)のサテライトRNAを含有するキュウリモザイクウイルス(Cucumber・mosaic・virus・CMV)からなる識別剤(以下、それぞれをKO2、KO3、KO1、KO4、KO5及びNDM−3と表すことがある)を特開2003−199446号の実施例記載の方法によって得た。
【0041】
公知の植物品種の識別剤であるKO2、KO3、KO1、KO4、KO5又はNDM−3を、該菊用培養土を充填した直径10.5cm丸型ポットに定植した菊品種「精興新年」の苗17株にそれぞれ感染させて育苗し、該菊株を摘芯した。そして、該公知識別剤の接種葉、上位葉、わき芽及び花後の冬至芽への移行を以下のRT−PCRによって調査した。
【0042】
実施例1に記載した方法で、該菊の葉又は冬至芽からRNAを抽出した。抽出したRNA(約3μg)と配列番号2、3、4、5、6又は7のRNAの3’末端配列に相補的なDNAプライマー1μMを95℃で熱処理し徐冷してアニーリングした後、Omniscript・Reverse・Transcriptase(QIAGEN社製)を用い、37℃、60分の条件で−鎖cDNAを合成した。そして、これら−鎖cDNAを、+鎖RNAの5’末端に相同的なDNAプライマーと3’末端に相同的なDNAプライマーを1μMずつ用い、PCRで94℃30秒間、55℃30秒間、74℃1分間の反応を35回繰り返して増幅した。次いでこれら増幅したcDNAの1.5%アガロースゲル電気泳動を行ったが、接種葉においては、配列番号2〜7のRNAに相補的なcDNAが検出されたものがいくつかあったが、上葉、わき芽及び冬至芽については、該cDNAは全く検出されなかった。この結果を表1に示す。
【0043】
【表1】

単位:株数
【0044】
以上の結果より、公知識別剤のKO2、KO3、KO1、KO4、KO5及びNDM−3は、菊の全身に移行せず、よって、わき芽や冬至芽を挿し芽して、菊を増殖しても、公知識別剤のKO2、KO3、KO1、KO4、KO5及びNDM−33は、次世代の菊に伝搬しないことが分かる。これに対し、実施例1〜9の結果から本発明のCVB−Sは、該菊全身に移行し、複数世代に亘って栄養繁殖した後の菊にまで伝搬して存在し、よって、該特定塩基配列からなるRNAを含有するキクBウイルスを保持した菊品種は、該特定塩基配列からなるRNAを検出することにより、該菊品種であることを確実に識別でき、特定塩基配列のサテライトRNAを含有する弱毒CMVからなるKO2、KO3、KO1、KO4、KO5及びNDM−3に比べ、菊の品種識別剤に適していることが分かる。
【0045】
なお、上記の各配列番号のRNAの由来を以下に示す。
配列番号1:起源株はCVB、CVB−Sである。
配列番号2:起源株は特開2003−199446号公報において調製したCMVである。
配列番号3:起源株は特開2003−199446号公報において調製したCMVである。
配列番号4:起源株は特開2003−199446号公報において調製したCMVである。
配列番号5:起源株は特開2003−199446号公報において調製したCMVである。
配列番号6:起源株は特開2003−199446号公報において調製したCMVである。
配列番号7:起源株はCMV・NDM−3である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1記載のRNAを含有することを特徴とするキクBウイルス。
【請求項2】
配列番号1記載のRNAを含有するキクBウイルスを含有してなる菊の品種識別剤。
【請求項3】
配列番号1記載の塩基配列からなるRNAを含有することを特徴とする菊。
【請求項4】
配列番号1記載のRNAを含有するキクBウイルスに感染していることを特徴とする菊。
【請求項5】
特定塩基配列のRNAを含有するキクBウイルスを菊品種に感染させて、該キクBウイルス感染菊品種を得、これを栄養繁殖させた後、該菊品種の繁殖体の該RNAを検査することを特徴とする菊の品種識別方法。

【公開番号】特開2007−185143(P2007−185143A)
【公開日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−6326(P2006−6326)
【出願日】平成18年1月13日(2006.1.13)
【出願人】(000104559)日本デルモンテ株式会社 (44)
【Fターム(参考)】