説明

蒸気弁

【課題】弁体や弁座に施されたステライト肉盛部の周方向の溶接残留応力を低減することにより、ステライト肉盛部における径方向亀裂の発生を防止した蒸気弁を提供する。
【解決手段】弁体7及び弁座6の少なくとも一方のシート部10の周方向にステライト肉盛部11が施工された蒸気弁において、前記ステライト肉盛部11の周方向に間隔を持って設けられたスリット部12と、前記スリット部12に埋め込まれた埋め込み部材13とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蒸気タービン等に用いられる蒸気弁に係り、さらに詳しくは、弁体や弁座のシート部の耐熱衝撃性や耐食性を強化した蒸気弁に関する。
【背景技術】
【0002】
蒸気タービンに用いられる例えば主蒸気加減弁などの蒸気弁においては、高温高圧の過熱蒸気の流入や流出による熱衝撃やエロージョン、コロージョン等の摩耗による損傷を防ぐために、弁座や弁体に、耐熱衝撃性と耐食性を有し、弁母材より硬度の高いコバルト基硬質合金(例えばステライト材(商品名))を肉盛溶接することが知られている。この蒸気弁の弁座の内面にステライト材とセラミックス材とからなり、その含有比率が肉厚方向に沿って連続的に変化する傾斜機能材料を肉盛り溶接し、熱応力の発生を小さくしたものがある(例えば、特許文献1参照。)。
【0003】
この傾斜機能材料は、弁本体と接触する境界面においてステライト材の含有率100%,セラミックス材の含有率0%とし、溶接部表面に向かって除徐に変化させ、溶接部表面ではステライト材の含有率0%,セラミックス材の含有率100%となるように形成されている。このため、傾斜機能材料の線膨張係数は、弁本体と接触する境界面において弁母材の線膨張係数とほぼ等しくなっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平6−137108号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、蒸気タービンの効率向上を目的として、近年、蒸気温度の高温化が実施されている。この蒸気温度の高温化に対応する蒸気弁の弁母材としては、従来の耐熱合金鋼として使用されているCr-Mo-V低合金鋼(クロムーモリブデンーバナジウム低合金鋼)から、強度向上や耐酸化向上のために、9Cr鋼や12Cr鋼などのCr成分が多い鋼材に変わってきている。
【0006】
このため、従来使用していたCr-Mo-V低合金鋼の線膨張係数が、ステライト材と同程度の約13.0×10−6/℃であったのに対して、9Cr鋼と12Cr鋼の線膨張係数は、約9.2〜10.5×10−6/℃であり、ステライト材との線膨張係数差が大きくなってきている。つまり、9Cr鋼や12Cr鋼を弁母材とする蒸気弁においては、弁体や弁座のシート部に肉盛溶接するステライト材との線膨張係数差が大きくなるため、弁体や弁座のシート部に施したステライト肉盛部と弁母材間の張力により発生する溶接残留応力が、従来のCr-Mo-V低合金鋼を弁母材とする蒸気弁における溶接残留応力より大きくなってきている。この溶接残留応力は、ステライト肉盛部の周方向側の応力が径方向側の応力より大きく作用している。また蒸気弁急閉時の衝撃荷重や、起動・停止などの運転サイクルによる繰り返し熱応力等の作用応力が、この溶接残留応力と重畳することになる。この結果、ステライト肉盛部の径方向に亀裂が発生し易くなる。
【0007】
さらに、近年の高温化された蒸気タービンプラントの定期検査において、蒸気弁のステライト肉盛部の径方向の亀裂発生頻度が、従来と比較して増加していることが散見されている。
【0008】
本発明は上述の事項に基づいてなされたもので、その目的は、弁体や弁座に施されたステライト肉盛部の周方向の溶接残留応力を低減し、亀裂の発生を防止した蒸気弁を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するために、第1の発明は、弁体及び弁座の少なくとも一方のシート部の周方向にステライト肉盛部が施工された蒸気弁において、前記ステライト肉盛部の周方向に間隔を持って設けられたスリット部と、前記スリット部に埋め込まれた埋め込み部材とを備える。
【0010】
また、第2の発明は、第1の発明において、前記スリット部は、前記ステライト肉盛部を前記シート部の径方向に切削して形成されている。
【0011】
更に、第3の発明は、第1の発明において、前記スリット部は、前記ステライト肉盛部を前記シート部の径方向に対して傾斜を持って切削して形成されている。
【0012】
また、第4の発明は、第1乃至第3の発明のいずれかにおいて、前記埋め込み部材は、その線膨張係数が、弁母材の線膨張係数とステライト材の線膨張係数のほぼ中間の値の部材であるものとする。
【0013】
更に、第5の発明は、第1乃至第4の発明のいずれかにおいて、前記埋め込み部材は、前記スリット部に肉盛溶接されるものとする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、蒸気弁の弁体や弁座のシート部に施したステライト肉盛部の径方向にスリット加工を施したので、溶接残留応力を低減することができる。この結果、ステライト肉盛部の亀裂の発生を防止することができ、ステライト肉盛部の保守作業を軽減することができる。また、弁母材及びステライト材の材料選定の範囲を広げることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の蒸気弁の一実施の形態を適用した蒸気タービン用加減弁の内部を示す縦断面図である。
【図2】図1に示す本発明の蒸気弁の一実施の形態における弁座シート部を示す縦断面図である。
【図3】図2に示す本発明の蒸気弁の一実施の形態のA部を拡大して示す縦断面図である。
【図4】図1に示す本発明の蒸気弁の一実施の形態における弁座シート部を示す斜視図である。
【図5】本発明の蒸気弁の一実施の形態におけるスリットの設定を説明する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明の蒸気弁の実施の形態を図面を用いて説明する。
図1乃至図3は本発明の蒸気弁の一実施の形態を示すもので、図1は本発明の蒸気弁の一実施の形態を適用した蒸気タービン用加減弁の内部を示す縦断面図、図2は図1に示す本発明の蒸気弁の一実施の形態における弁座シート部を示す縦断面図、図3は図2に示す本発明の蒸気弁の一実施の形態のA部を拡大して示す縦断面図である。
【0017】
図1において、蒸気弁の弁本体1に弁蓋2をボルト3で締結することにより、圧力容器としての加減弁のケーシング4が形成されている。このケーシング4内には、弁棒5を介して弁座6に対して接離される弁体7が配設され、弁体7の外周部に蒸気中の異物を留めるストレーナ8が設けられている。弁棒5は案内部材9により保持されていて、その端部に弁体7を上下方向に作動させる駆動装置(図示せず)が設けられている。
【0018】
蒸気弁における蒸気は、矢印Aに示すように例えば図示しない蒸気管からケーシング4に流入し、図1に示す弁体7が上方向に移動することにより形成される弁体7と弁座6との間の流路を通過して矢印Bへと流出する。弁体7と弁座6の接合部にシート部10が形成されている。
【0019】
図2及び図3は、蒸気弁の弁座6におけるシート部10を示す側面図である。ステライト肉盛部11は、図3に示すように、このシート部10の周方向全周にわたって、コバルト基耐食耐熱合金であるステライト材が肉盛溶接され、当たり部の調整加工を行うことによって形成されている。このようなステライト材の肉盛溶接方法として具体的には、例えば、コバルト基硬質合金溶接ワイヤを用いた酸素アセチレン法、TIG(Tungsten Inert Gas)法、PTA(Plasma Transferred Arc)法、コバルト基質合金粉末を溶射する方法等がある。本実施の形態においては、PTA法によりステライト肉盛部11を形成している。なお、上述したように、近年の蒸気弁母材の変化に伴い、ステライト材と弁母材との線膨張係数差が大きくなり、弁体や弁座のシート部に施したステライト肉盛部11と弁母材間の張力により発生する溶接残留応力が、従来のCr-Mo-V低合金鋼を弁母材とする蒸気弁における溶接残留応力より大きくなってきている。この結果、ステライト肉盛部11の径方向に亀裂が発生し易くなってきている。
【0020】
次に、本発明の蒸気弁の一実施の形態におけるステライト肉盛部の製造方法を図4及び図5を用いて説明する。図4は図1に示す本発明の蒸気弁の一実施の形態における弁座シート部を示す斜視図、図5は本発明の蒸気弁の一実施の形態におけるスリットの設定を説明する模式図である。図4及び図5において、図1乃至図3に示す符号と同符号のものは同一部分であるので、その詳細な説明は省略する。
【0021】
まず、図4に示すように、蒸気弁の弁座6における弁座シート部10にステライト肉盛溶接を行い、ステライト肉盛部11の周方向に間隔を持って、スリット部12を設ける。スリット部12は、ステライト肉盛部11の外径部から内径部の方向に形成され、その深さは、少なくとも弁母材が露出する程度まで切削することが好ましい。またスリット部12を形成する方向は、弁座6における蒸気の流れを考慮すると、弁座6の径方向に平行するのではなく、径方向に対して傾斜を持って斜めに加工することが好ましい。このようにスリット部12を形成することによって、蒸気の流れによるスリット肉盛部11のエロージョンの発生を防止することができる。
【0022】
次に、このスリット部12において、延性が高くその線膨張係数が、弁母材の線膨張係数とステライト材の線膨張係数のほぼ中間の値の部材である埋め込み部材13を用いて、スリット部を埋める肉盛溶接を行う。この肉盛溶接の目的は、弁座6のシート部10を流れる蒸気の乱れを少なくするために、弁座6のシート部10の表面形状を滑らかにすることである。したがって、このスリット部12に埋め込む埋め込み部材13は、ステライト材に比べて硬さを確保する必要はない。例えば、インコネル系の溶接材などの線膨張係数は、9Cr鋼や12Cr鋼などの弁母材の線膨張係数とステライト材の線膨張係数のほぼ中間にあり、その延性も高いことから、本実施の形態においては、これらの溶接材の使用が好ましい。
【0023】
次に、ステライト肉盛部11とスリット部12に埋め込まれた埋め込み部材13の両方の表面を滑らかに形成加工すると共に、弁体7との当たり部を調整する最終加工が行われる。
【0024】
このようにして、ステライト肉盛部11が形成されることから、弁座6のシート部10は硬度の高いステライト材で覆われ、エロージョンの防止を図りつつ、溶接残留応力を低減することが可能となる。
【0025】
次に、ステライト肉盛部11において形成されるスリット部12の設定について図5を用いて、さらに説明する。
まず、スリット部12は、図5に示すように、ステライト肉盛部11を外径部から内径部の方向に向けて切削することで形成される。切削することにより、ステライト肉盛部11は、スリット部12を挟んで連続せず独立している。つまり、図5に示すように、スリット部12の切削深さは、弁母材14が少なくとも点状または面状に露出する程度まで切削することが好ましい。
【0026】
スリット部12を形成する方向としては、上述したように弁座6の径方向に平行するのではなく、径方向に対して傾斜を持って斜めに加工することが好ましく、その設定の一例を以下に示す。
図5に示すステライト肉盛部11において、一のスリット部12と他のスリット部12との間隙をLとした場合、下記式に従って間隙Lを算出することができる。
L≧D×cosθ/sinθ・・・・(1)
ここで、Dはステライト肉盛部11の幅、θはスリット部12のステライト肉盛部11内径部に対する径方向傾斜角度である。
【0027】
上述の式(1)は、一のスリット部12と他のスリット部12が、ステライト肉盛部11の径方向において重ならない間隔Lで形成すべきことを示している。つまり、このような、スリット部12,12の重なりが生じない範囲において、間隔Lは大きくすることができる。この間隙Lの値は、弁母材とステライト材と埋め込み部材のそれぞれの線膨張係数によって、定められる。
【0028】
一方、スリット部12の径方向傾斜角度のθは60°以下であることが、蒸気の流れによるエロージョンを防止する上で好ましい。
【0029】
上述した本発明の蒸気弁の実施の形態によれば、蒸気弁の弁体7や弁座6のシート部10に施したステライト肉盛部11の径方向にスリット部12加工を施したので、溶接残留応力を低減することができる。この結果、ステライト肉盛部11の亀裂の発生を防止することができる。また、弁母材及びステライト材の材料選定の範囲を広げることが可能となる。
【0030】
また、本発明の蒸気弁の実施の形態によれば、いかなる弁母材とステライト材との組み合わせであっても、ステライト肉盛部11の残留応力を低減することが可能となり、ステライト肉盛部11の亀裂の発生を防止することができ、ステライト肉盛部11の保守作業を軽減することができる。
【0031】
また、本発明の蒸気弁の実施の形態によれば、延性が高く、その線膨張係数が、弁母材の線膨張係数とステライト材の線膨張係数のほぼ中間の値の部材である埋め込み部材13を用いて、スリット部を埋める肉盛溶接を行っているので、蒸気弁の弁座6のシート部10を硬度の高いステライト材で覆うことで、エロージョンの防止を図りつつ、溶接残留応力を低減することができる。
【0032】
なお、本実施の形態の説明においては、蒸気弁の弁座6のシート部10におけるステライト肉盛部11の形成について説明したが、例えば、弁体7のシート部10にのみステライト肉盛部11を形成してもよいし、弁座6のシート部10及び弁体7のシート部10の両方にステライト肉盛部11を形成してもよい。
【符号の説明】
【0033】
1 弁本体
2 弁蓋
3 ボルト
4 ケーシング
5 弁棒
6 弁座
7 弁体
8 ストレーナ
9 案内部材
10 シート部
11 ステライト肉盛部
12 スリット部
13 埋め込み部材
14 弁母材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
弁体及び弁座の少なくとも一方のシート部の周方向にステライト肉盛部が施工された蒸気弁において、
前記ステライト肉盛部の周方向に間隔を持って設けられたスリット部と、
前記スリット部に埋め込まれた埋め込み部材とを備えた
ことを特徴とする蒸気弁。
【請求項2】
請求項1に記載の蒸気弁において、
前記スリット部は、前記ステライト肉盛部を前記シート部の径方向に切削して形成する
ことを特徴とする蒸気弁。
【請求項3】
請求項1記載の蒸気弁において、
前記スリット部は、前記ステライト肉盛部を前記シート部の径方向に対して傾斜を持って切削して形成する
ことを特徴とする蒸気弁。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の蒸気弁において、
前記埋め込み部材は、その線膨張係数が、弁母材の線膨張係数とステライト材の線膨張係数のほぼ中間の値の部材である
ことを特徴とする蒸気弁。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の蒸気弁において、
前記埋め込み部材は、前記スリット部に肉盛溶接される
ことを特徴とする蒸気弁。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2010−236385(P2010−236385A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−83339(P2009−83339)
【出願日】平成21年3月30日(2009.3.30)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】