説明

蒸発源

【課題】単一の蒸発源で、しかも蒸発源と基板との相対運動を必要とすることなく、大面積で均一な膜形成を実現することのできる蒸発源を提供する。
【解決手段】蒸発源3は、セラミック製のルツボ4、ルツボを加熱するヒーター5等を有する。ルツボ内の蒸着材料8を気化させて蒸着材料の蒸気を発生させ、ルツボの蒸発口に配置された多孔体9の空孔から放出し、平板状の基板上に堆積させて薄膜を形成する。多孔体は、多孔性の板材9aの一部を切り取り、円錐状に曲げたもので、ルツボの蒸発口における空孔の面内位置に応じた蒸気放出方向の分布をもつことで、薄膜の膜厚を均一化する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機EL素子等の薄膜を形成するための成膜装置の蒸発源に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、有機EL素子からなるフラットディスプレーの製造等を目的として、真空蒸着法による有機薄膜の形成が研究されている。この真空蒸着法に求められる特性は、所望の蒸発速度に迅速に達して、これを安定に維持すること、大面積で均一な膜を形成できること、材料の利用効率が高いこと、等である。
【0003】
特許文献1には、材料の利用効率の向上や、大面積で均一な膜形成を目的として、積層された枠体からなる蒸発源を備え、枠体の一つは蒸発流の方向を制御する蒸発流制御部を形成し、蒸発流の方向を切り換える分配板を備えた構成が開示されている。この構成により、蒸発口から一様で方向の揃った蒸発流を形成している。さらに、蒸発源を複数配列し、蒸着中に複数の蒸発源を基板に対して相対移動させることにより、大面積で均一な膜形成を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特登録04139186号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
通常、蒸着対象となる基板は全体として平板状で、またフラットパネル等の製造を想定すると、その面積は蒸発口の面積に比べて遥かに大きい。このような大面積基板に対して、膜厚を均一化するためには、同一材料に対して複数の蒸発源(あるいは蒸発口)を用いること、基板回転や蒸発源の並進運動を行うこと、あるいはこれらの手段を併用することなどが行われている。しかしこのような手段は、装置の大型化をはじめ生産工程に大きな負荷を与え、最終的にはコストアップの要因になっている。
【0006】
一般に有機材料は熱伝導性が悪いために、ルツボやボート内の材料を迅速かつ均一に加熱することは困難であり、材料内で不均一な温度分布を生じやすい。そのため、ルツボの内壁等に近い高温領域から蒸発が始まり、その結果、材料の形状が変化し、この形状変化がまた材料の温度分布を変えてしまう。このような制御困難な現象が蒸発速度の制御性を低下させる原因となっている。
【0007】
本発明は、単一の蒸発源で、しかも蒸発源と基板との相対運動を必要とすることなく、大面積で均一な膜形成を実現することのできる蒸発源を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明の蒸発源は、蒸着材料の蒸気を平板状の基板に堆積させて薄膜を形成する成膜装置の蒸発源において、蒸着材料を気化させて蒸着材料の蒸気を発生させるルツボと、前記ルツボの蒸発口に配置された、蒸着材料の蒸気を放出するための空孔を有する多孔体と、を備え、前記多孔体は、前記蒸発口における面内位置に応じて異なる蒸気放出方向の分布をもつことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
多孔体により、ルツボの蒸発口から放出される蒸気流の方向に分布をもたせることで、大面積で均一な膜厚を有する薄膜を低コストで成膜できる。これによって、有機EL素子等の高品質化および生産コストの削減に貢献できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】実施例1に係るもので、(a)は成膜装置を示す模式断面図、(b)は多孔体を作成するための多孔性の板材を示す平面図である。
【図2】凹形状の蒸発面を用いて薄膜を成膜した場合の膜厚分布を説明するものである。
【図3】実験例を説明する図である。
【図4】ニュートンリングと膜厚分布の関係を説明するものである。
【図5】実施例2に係るもので、(a)は成膜装置を示す模式断面図、(b)は多孔体のみを示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1(a)に示すように、真空容器1は、排気口2からターボポンプで排気される。蒸発源3は、セラミック製のルツボ4、ルツボ4を加熱するためのヒーター5、温度測定用の熱伝対6等を有する。電流導入端子7は、ヒーター5を通電によって加熱し、熱伝対6によってルツボ温度を計測するために用いられる。ルツボ4には粉末状の有機材料である蒸着材料8が収容され、ルツボ4の蒸発口には多孔体9を備える。多孔体9は、図1(b)に示すように、円形の多孔性の板材である発泡金属板9aの一部分を切除し、切断部を接合することで、円錐状(凸形状)に曲げたものである。ルツボ4内で蒸着材料8を加熱、気化させることで発生した蒸着材料の蒸気は、蒸発口の面内方向に分布する多孔体9の空孔から、蒸発口の面内位置に応じて異なる蒸気放出方向に放出される。
【0012】
多孔体9の空孔は、複数の空孔が連通しているか、あるいは個々の空孔が多孔体9を貫通するものである。空孔の形態としては、蒸気分子に比べて充分大きい孔径であり、かつ粉末状の蒸着材料が通過できない程度には充分小さい孔径であるか、あるいは液体状態の材料を表面張力で保持できる程度に充分小さい孔径であることが望ましい。加えて、空孔は蒸気分子が一回も空孔壁に衝突せずに多孔体を通過できるような直線状の経路が少ないことが望ましい。多孔体9は、具体的には発泡材料等の多孔質材や、微細な線材を網状に成形したものであってもよい。
【0013】
多孔体9による蒸発の指向性(蒸気放出方向)が蒸発口の面内位置に応じて一様でない分布を持ち、各点からの蒸発分子流の合算として全体の指向性が制御される。指向性に分布を与えるために、例えば、多孔体9を凹形状または凸形状に曲げた多孔性の板材によって形成し、各斜面の法線方向に蒸発の中心軸を与える。指向性に分布を与える他の手段は、多孔体中の空孔形態に方向性を持たせ、その長軸方向を蒸発口内で分布させるものである。
【0014】
蒸発口に設けられた多孔体9を加熱し、多孔体9の温度によって蒸発速度を制御するとよい。そのために、多孔体9は良好な熱伝導性を有し、制御性の高い加熱手段を用いることが望ましい。
【0015】
以下に、本発明の原理を説明する。本発明が関与する真空蒸着とは、蒸発源から気化した蒸着材料が真空容器内に放出され、他の気体分子と殆ど衝突することなく直線的に飛行し、基板上に到達し、到達点近傍で堆積して薄膜を形成する成膜法を指すものである。このため、真空容器内の真空度は充分高く、気体分子の平均自由行程が充分長いことが前提となる。本発明が適用された蒸発源として、加熱機構を備えたルツボの蒸発口を、前記加熱機構とは独立な加熱機構を備えた多孔体で塞いだ系を考える。この蒸発源において、ルツボを蒸着材料の蒸発温度以上に加熱すると、材料の一部は気化し、多孔体裏面の空孔に入射する。多孔体の温度が充分高ければ、蒸気分子は空孔壁に付着することなく衝突を繰り返し、一部は多孔体を通過して、蒸発面側から放出される。この際、蒸発面から放出される蒸気分子の統計的な運動状態(エネルギーおよび放出方向)は多孔体入射時の運動状態には殆ど依らず、多孔体の温度と形態によって定まる。なぜなら、蒸気分子の運動状態は空孔壁との相互作用(衝突、散乱および輻射熱)により定まり、多孔体入射時の記憶を失うからである。
【0016】
本発明では、上述した蒸発特性を利用し、多孔体各点から放出される蒸発分子の指向性を制御する。説明の準備として、図2(a)に示すように、先ず微小平面ΔSからの蒸発を考える。ΔSの法線方向と蒸気放出方向のなす角度をθとすると、蒸発速度の指向性を表す関数σはσ(θ)∝ cosθで近似される。ここで、nは指向性の強さを示しており、通常はn=1〜2程度の値をとる。基板上の着目する点(蒸着点)PとΔSとを結ぶ線分の長さをRとし、点Pにおいて、基板法線方向と前記線分との角度をθとすると、微小平面ΔSから放出されて点Pに単位時間、単位面積あたりに入射する分子数は次式で与えられる。
【0017】
【数1】

【0018】
ここで、jは微小平面ΔSにおいて、単位時間、単位面積あたりから放出される分子数を表す。なお、σ(θ)を全立体角で積分した値が1になるよう規格化してあるものとする。蒸発面として多孔体表面を想定すると、一般化された概念としてはjやσ(θ)は蒸発面の位置に依存してもよい関数である。一方、cosΘやRは蒸発面と基板の幾何学的条件によって決まるものである。式(1)をΔSについて蒸発面全体にわたって積分すれば、点Pにおいて単位時間、単位面積当たりに入射する分子数Jが得られる。
【0019】
【数2】

【0020】
幾何学的な因子cosΘ、Rを別にすれば、膜厚分布(∝J)を決める因子はjとσ(θ)である。ここで、角度θは各蒸発面の法線方向を基準に定義された変数であるから、蒸着点Pを固定すると、各点の蒸発面の傾斜角によりθは異なる値をとる。そこで、できるだけJが基板の位置によらず均一な分布になるように蒸発面全体の形状を定める。これが、蒸発面の形状によって指向性を制御し、均一な膜厚の薄膜を形成する本発明の原理である。
【0021】
最も簡単な例として、図2(a)に示すように基板面と蒸発面が平行な平面で、蒸発面上の各点で同一の蒸発特性(jおよびσ(θ))をもち、かつ蒸発面のサイズは基板−蒸発面間の距離Hに比べて充分小さいと仮定する。この系に式(2)を適用すると、成長速度の分布あるいは膜厚dの分布として次式が導かれる。
【0022】
【数3】

【0023】
ここでXは基板上での中心からの距離であり、またd(0)=1に規格化してある。またσ(θ)=cosθとした。式(2)のcosθの因子は、斜め入射により基板に入射する分子の密度が減る効果(cosθ)と、蒸発点−蒸着点間の距離の増加によって入射分子数密度が減る効果(cosθ)が掛け合わされたものである。式(2)から分かるように、指向性の強さnが大きいほど膜厚分布は激しくなる。通常はn=1〜2程度であるから、cosθ〜cosθに従う膜厚分布を生じる。またn=0、すなわち蒸発の指向性はないと仮定しても、cosθに従う膜厚分布を生じる。例えば、蒸気放出方向θ=30°すなわち蒸着位置X〜0.58Hにおいて、d(X)=cosθ、cosθ、cosθの値はそれぞれ0.65、0.56、0.49となる。なお式(3)より、どのような基板サイズであってもHを充分大きくして、蒸着に利用するθの範囲を狭くすれば膜厚は均一化されるが、成膜速度および材料の利用効率が極端に低下し、しかも装置が巨大化するので現実的ではない。
【0024】
放出角θの大きな角度範囲で、均一な膜厚分布(d(X)=1)を得るためには、cosθを相殺するcos−3θ程度の逆転した指向性を与える必要がある。各点からの指向性の重ね合わせとして上記の逆転した指向性を与える条件を考える。極端な例として、蒸発面そのものには指向性がなく(n=0)、表面法線方向を中心として全半球方向に同一の蒸発速度を持つとすれば、蒸発面としてどのような曲面を仮定しても全体としての指向性を変えることはできない。
【0025】
すなわち、蒸発面の形状によって全体の指向性を大きく変えるためには、蒸発面の各点が一定以上の指向性を持っていることが前提となる。具体的には、蒸発源全体としてn=−3程度の逆転した指向性を与えるためには、蒸発面の各点においてn〜3あるいはそれ以上の指向性を持つ蒸発分子流を重ね合わせなければならない。そこで本発明では、蒸発口に設けられた多孔体において、少なくとも蒸発面側の空孔形態に方向性を持たせる。典型的な空孔形態としては高密度に配列した円柱状の細管や、ハニカム状の細管が考えられる。細管は所謂コリメータとして作用し、細管を通過した蒸気分子は細管の長さと孔径に応じた指向性を持ち、n〜3あるいはそれ以上の指向性を与えることは容易である。なお、厳密には細管から放出される蒸気分子の指向性はcosθの形では表わされないため、上記n〜3は指向性の強さを簡便に表現したものである。上記手段により、蒸発源から放出される蒸発流に逆転した指向性を与え、大面積で均一な膜厚形成が可能になる(具体的な計算結果については後述する)。現実の系では厳密に一定の膜厚分布が要求されるわけではないので、膜厚分布の許容範囲を満足するように、蒸発面の形状と空孔形態を定めればよい。
【0026】
式(2)から分かるように、蒸発面が平面であってもσ(θ)の関数形自体を蒸発面内で変化させれば、指向性に分布を与えられる。具体的には、上述した細孔の方向や長さを多孔体面内で変化させればよい。この方法は、非平面蒸発面よって蒸発の指向性を制御する方法と原理的には類似している。すなわち、指向性の中心軸を変える方法として、蒸発面を斜面にするか、蒸発面の方向とは独立に細孔の方向を形成するかの違いである。本発明はその両方の手段を含むものである。さらに式(2)から分かるように、各点の蒸発速度jが一様でなく、分布があれば、これも膜厚分布(∝J)に影響を与える。蒸発速度jが一様でない理由としては、例えば、蒸発面内で温度分布があれば、温度が高い領域で蒸発速度jが高くなる。また、空孔率が場所によって違うならば、jも空孔率に応じた分布をもつ。本発明は蒸発の指向性を制御する手段として、jの分布を利用することも何ら除外するものではない。
【0027】
多孔体の蒸発面が凹形状であるとき、一旦ある蒸発面から放出された分子が別の蒸発面に入射する放出角度範囲が存在する。もし、そのような入射分子が多孔体表面で散乱されるならば、その散乱分子が全体の指向性に影響を与えることが懸念される。しかしながら、多孔体表面における空孔の占有率が充分高ければ、入射した分子の多くは一旦多孔体内部に取り込まれる。したがって、散乱が及ぼす蒸発特性への影響は小さい。凹形状の蒸発面を用いることの利点は、シャドーイングの効果により、基板から外れた方向への蒸発を抑えられることである。
【0028】
また本発明は、蒸発口に設けられた多孔体が、蒸発材料にエネルギーを付与する第1の領域と、指向性を与える第2の領域に分離された構造を持つことを含むものである。第1の領域は蒸着材料の供給側に配置され、平均として方向性のない空孔形態を備え、エネルギーを付与した蒸気分子を第2の領域へ供給するための供給源となる。第2の領域は平均として方向性を有する空孔形態を持ち、蒸気分子に所望の指向性を与える役割を担う。
【0029】
上述した本発明の原理に基づき、図2(b)に示すように蒸発面の形を仮定して、平板状の基板に形成される膜厚分布を計算した。Aは蒸発面、Bは基板を表している。蒸発面Aは円錐形の内側からなる斜面と、平坦な円形の底面から構成されている。蒸発口から基板までの距離をH、蒸発口の直径D1を0.03H、底面の直径D2を0.005H、円錐の側面と中心線との角度αを30°とした。蒸発面の指向性として、ここでは計算を簡単にするためcosθに従うものとし、n=3を仮定した。上記の条件で基板面上での膜厚分布を計算した結果を図2(c)に示す。ここで、横軸は基板面上での中心からの距離XをHで割った値、縦軸は膜厚dを表す。この結果から、直径Hの円内で4%以内の膜厚分布に収まることが分かった。H=1mとすれば、直径1mの基板サイズでほぼ均一な膜厚分布が得られる。直径Hの円から大きく外側に遠ざかると多孔体斜面によるシャドーイングの効果により膜厚は急速に減少していく。なお上記の計算は最適化したものではないので、もっと均一な膜厚分布を与える条件があり得る。以上の結果より、本発明を用いるならば、蒸発源と基板の相対的運動をすることなく大面積で均一な膜厚を形成できる。
【0030】
蒸発材料を収容するルツボの加熱機構とは独立に、蒸発口に設けられた多孔体の温度を制御する加熱手段を備え、この加熱手段により蒸発速度を制御するとよい。以下に、蒸発速度制御の原理を説明する。蒸気分子が多孔体を通過するまでに空孔壁に衝突する平均回数をNとし、一回の衝突に対する蒸気分子の空孔壁への付着確率をpとする。付着確率pは多孔体の温度に依存し、高温側では殆ど零で、Np〜0になる。この場合、蒸気分子は空孔壁に付着することなく、空孔壁との衝突を繰り返し、一部は多孔体を通過して真空中に放出される。蒸気分子が多孔体を通過する流量は、蒸気分子に対する空孔のコンダクタンスによって記述される。一般にコンダクタンスは蒸気分子の平均速度に依存し、平均速度が大きいほどコンダクタンスも大きくなる。多孔体通過時の蒸気分子の速度分布は、多孔体の温度によって決まる。従って、多孔体の加熱温度によってコンダクタンスを調整し、蒸発速度を制御することが可能である。
【0031】
一方、多孔体の温度が充分低いとき付着確率pは零でなくなり、典型的には1に近い値になる。空孔の形態として、N>1であることを前提とすると、Np>1となり、多くの蒸気分子は多孔体を通過する前に空孔壁に付着する。通過確率がどれだけ小さくなるかは、散乱回数の平均値Nだけでなく、散乱回数の統計的分散に依存する。単純には、空孔壁に一回も衝突せずに多孔体を通過する直線的な経路が殆ど無く、かつp〜1であれば通過確率はほぼ零になる。
【0032】
Np=0からNp=1に至る中間領域では蒸気分子の通過確率は多孔体の温度に依存し、温度が高いほど空孔壁への付着確率が小さく、通過確率が大きくなる。結局、多孔体の加熱温度に応じて、ほぼ零からコンダクタンスに依存する最大値までの蒸発速度が得られる。ただし付着確率pが零でない系は、空孔壁に付着あるいは堆積している分子の数が蒸発時間とともに増加していく非定常状態となってしまう。したがって多孔体の温度が一定であっても、蒸発速度が変動する可能性がある。しかし実用上は、水晶振動子等を用いて蒸着速度の測定値を多孔体の加熱にフィードバックすれば、付着確率pが零でない温度領域であっても蒸発速度の制御が可能である。ただし、そのためには蒸発速度制御が充分速い応答性をもつ必要がある。本発明においては、蒸発口に配置する多孔体は蒸着材料が通過する比較的薄い領域に制限され、しかも大部分は空孔なので、多孔体全体の熱容量をルツボやボートに比べ小さく抑えられることが1つの特徴である。多孔体が小さな熱容量で、かつ良好な熱伝導性を有するならば、適当な加熱手段を用いて、その温度を迅速に制御できる。多孔体の温度はその中を通過する蒸気分子に迅速に伝達されるので、結果として応答性の高い蒸発速度制御が実現される。
【0033】
制御性の高い蒸発を実現するため、蒸発口に備えられた多孔体の少なくとも一部を導電性の材料で構成し、導電性多孔体に直接通電することによって多孔体部位を加熱するとよい。ここで、導電性多孔体とは金属多孔体や導電性セラミック多孔体等を含むものである。導電性多孔体は空孔の無い同一材料に比べ、空孔の分だけの電気抵抗が高くなる。したがって、多孔体の抵抗に対して配線抵抗を十分小さくすることは容易であり、効率的に通電加熱ができる。電流値の精密制御を通じて蒸発速度の精密制御が可能になる。多孔体の別の加熱方式として、電磁誘導加熱を用いることもできる。すなわち、多孔体を構成する材料の少なくとも一部を導電性材料で構成し、電磁誘導により前記導電性材料に交流電流を発生させて加熱する。多孔体中で生じるジュール熱によって加熱することは、前記通電加熱と同様であり、やはり応答性が高く精確な温度制御が可能である。電磁誘導加熱では、電磁誘導のためのコイルが必要になるが、一方で多孔体に直接配線する必要がないという利点がある。多孔体の温度は前記コイルに流す電流によって制御されるが、電磁誘導の周波数も多孔体の温度分布を制御する因子になる。さらに多孔体の別の加熱手段として、ハロゲンランプ等による赤外線照射加熱や、別途独立して設けたヒーターからの熱伝導により加熱する方法を用いてもよい。本発明は、加熱部位となる多孔体の熱容量の小さく、かつ多孔体と蒸着材料間のエネルギー移動が効率的になされることで、応答性が高く精確な蒸発速度制御が可能になることが大きな特徴であって、具体的な加熱方式によって制限されるものではない。
【0034】
以上説明したように本発明においては、蒸気分子が通過する多孔体の加熱温度によって蒸発を制御するため、従来問題であった蒸着材料の温度分布に起因する不安定性は解消され、安定でかつ応答性の高い蒸発速度特性が得られる。蒸発速度の制御性が高いことの利点の1つは、共蒸着における組成比の制御性が向上することである。複数の蒸着材料を同時に蒸着する共蒸着において、膜厚方向にその組成比を変化させるためには、蒸着中に蒸発の速度比を変える必要がある。蒸発の速度比を変えるためには、通常、共蒸着の少なくとも一方の材料の温度を変えなければならない。しかし、従来のルツボやボートによる加熱方式では、加熱領域全体の熱容量が大きい上に、蒸着材料自身の低い熱伝導率に制限され、温度制御の応答性が極端に悪かった。そのため膜厚方向の組成比を高精度に制御することは困難であった。これに対して本発明を用いるならば、応答性の高い蒸発速度制御を通じて、所望の組成比プロファイルを実現できる。
【0035】
蒸発口に配置した多孔体に蒸着材料を供給する方法について、とくに制限はないが、上述した系のように別途設けたヒーターで蒸着材料を加熱し、気化した状態で供給することができる。蒸着材料を多孔体に供給する別の方法として、独立したヒーターを設けずに、蒸着材料を固体の状態で多孔体に近接配置し、蒸発時に多孔体を加熱してその熱伝導により多孔体近傍の蒸着材料を気化、あるいは液化することによって供給することもできる。
【0036】
以下の実施例では蒸着材料として有機材料を用いているが、本発明の原理自体は有機材料に限定されるものではなく、金属等の無機材料にも適用できるものである。
【実施例1】
【0037】
図1(a)は、本実施例による蒸発源を有する成膜装置を示すもので、真空容器1は排気口2からターボポンプで排気され、蒸発源3は、セラミック製のルツボ4、ルツボ4を加熱するためのヒーター5、温度測定用の熱伝対6等を有する。電流導入端子7は、ヒーター5を通電によって加熱し、熱伝対6によってルツボ温度を計測するために用いられる。ルツボ4には粉末状の有機材料である蒸着材料8が収容されている。多孔体9は、タンタル製のキャップ10によりルツボ4の蒸発口を塞ぐように固定されている。真空容器1は、ルツボ4の蒸発口に向けられた石英窓からなるビューポート11、12、多孔体9の加熱手段であるハロゲンランプヒーター13、多孔体9の温度を計測するための放射温度計14、石英窓からなるビューポート15を有する。本実施例では、ビューポート15の真空側の面を平板状の基板面として蒸着を行った。ビューポート15に蒸着された薄膜の膜厚分布は、大気側から光の干渉縞であるニュートンリングを観察することによって求めた。ニュートンリングの観察には、白色の蛍光灯16、蛍光灯16からの光を拡散するための白色の紙17、デジタルカラーのCCDカメラ18を用いた。CCDカメラ18で撮影した画像は通信回線を通じて不図示のパソコンに取り込まれ、付属のディスプレー上に表示される。その画像情報は指定の時間間隔毎に保存される。
【0038】
最初に予備実験として、蒸発口に多孔体が無い通常の条件下での蒸着を行った(図3(a)参照)。蛍光灯16を点灯し、CCDカメラ18から取り込んだビューポート15の像をディスプレー上に表示した状態で、ヒーター5に電流を流し、ルツボ4を加熱した。電流値を徐々に上げていくと、ビューポート15の中心付近に干渉色が現れ始め、蒸着材料8からの蒸発が開始されたことが確認された。電流値を固定して観察を続けると、蒸着の進行とともに中央付近の色が周期的に変化する様子と、中央部から円周状にパターンが広がりニュートンリングが形成される様子が観察された。次に、比較用の条件として、ヒーター5に流す電流を1.6Aに固定し、熱伝対6の指示温度が最終的にT1になる条件で蒸着を行った。なお、熱伝対6が指示する温度は,再現性は良好であるが、その値自体は熱伝対の接触等の問題により、材料そのものの温度からかなり離れていることが分かっている。このような事情から、温度の数値は記述せず、対応する記号(T1)で表すものとする。図4(a)の左側に、ルツボ温度T1の条件で成膜したときに観察されたニュートンリングを示す。図4(b)の曲線Aは、このときのニュートンリングから求めた膜厚分布を示す。これより、蒸発口のサイズと同程度の中心領域においては比較的均一な膜厚分布であるが、その外側から速やかに減少することが分かった。
【0039】
次に、多孔性の平板である発泡金属板からなる多孔体9bをルツボ4の蒸発口に固定した(図3(b)参照)。発泡金属板の材質は、銅製で、呼び径300μm、厚み1mm、標準空孔率94〜96%である(三菱マテリアル製)。なお以下の実験結果は、必要に応じて真空容器1を大気開放し、ビューポート15を外して内側の蒸着膜をエタノールで拭きとり、再びセッティングと排気を行い、蒸着を繰り返すことによって得られたものである。まず、ヒーター5に電流を流し、蒸着材料8を徐々に加熱していくと、ルツボ4の温度上昇とともに多孔体9bの温度も上昇していくことが放射温度計14を用いて確認された。これはヒーター5およびルツボ4からの熱伝導と輻射熱によって多孔体9bが加熱されるためである。しかし電流値1.6Aで、ルツボ4の温度がT1に達してもニュートンリングは現れず、多孔体9bからの蒸発が生じていないことが分かった。温度T1は多孔体が無い場合には蒸着が確認されている値である。ニュートンリングの形成は、さらにルツボ温度を数10度上げた温度から確認された。このことはルツボ温度T1では、多孔体9bは蒸着材料の蒸発温度以下であり、そのためルツボ内で気化した蒸着材料が多孔体9bを通過できないためである(Np>1)。次に、ルツボ温度をT1に保持したまま、ハロゲンランプヒーター13を点灯して多孔体9bを直接加熱した。ハロゲンランプヒーター13の照射強度を上げていくと、ニュートンリングが現れ始め、蒸発が確認された。さらに、多孔体9bの加熱温度に応じて蒸着速度が変わること、多孔体9bの加熱温度と蒸着速度の関係に再現性があること、一定の加熱条件で少なくとも膜厚〜1μmまで安定した蒸発速度を維持できること、等を繰り返しの実験によって確認した。なお、ハロゲンランプヒーター13点灯時はハロゲンランプからの赤外線が反射して直接放射温度計に入るため、多孔体9bの温度を正確には測定できない。しかし、ハロゲンランプ消灯直後の温度変化から推定して、数10度/秒の速度で温度変化が生じていると推定された。このことは、多孔体9bの温度制御を通じて蒸発速度を高速に制御できることを示している。なお、水晶振動子を用いるならば蒸発速度の応答特性を、より正確に計測できることは言うまでもない。図4(a)の右側に、このときのニュートンリングを示す。図4(b)の曲線Bは、ニュートンリングから求めた膜厚分布であり、曲線Aで示す多孔体がない場合に比べると、分布は全体としてなだらかになっている。
【0040】
次に、上述した実験とは若干異なるプロセスで蒸着材料を多孔体9bに供給する実験を行った。先ず、ハロゲンランプヒーター13を消灯した状態で、ルツボ4を加熱し、ルツボ温度T1に数時間保持した後、ルツボ4の加熱を停止して全体が室温になるまで放置した。その後、ルツボ加熱を停止したままの状態で、ハロゲンランプヒーター13を点灯して多孔体9bを加熱し、蒸発が生じるかどうかを確認した。その結果、前述したルツボ温度をT1に保持した状態での蒸発実験と同様に、多孔体9bの加熱温度に応じて蒸発速度を制御できることが分かった。この実験結果は以下のように解釈できる。まず多孔体bを加熱せずにルツボ温度を材料の蒸発温度以上に上げると、多孔体裏面(供給側)の空孔中に蒸着材料が堆積する。この状態で多孔体9bを加熱すると、堆積した蒸着材料を供給源として蒸発が生じる。この蒸発は堆積した蒸着材料が無くなるまで継続可能である。上記方法によれば、蒸着時にルツボ4を加熱する必要はなく、効率的な薄膜の成膜が可能になる。
【0041】
次に、本実施例による円錐形の多孔体9を用いた蒸着を行った(図3(c)参照)。多孔体9は、図1(b)の展開図に示すように、発泡金属板9aに挟みで切れ込み(実線部)を入れ、これを折りたたむことにより円錐形状部とその周辺部を形成した。まず、蛍光灯16を点灯し、CCDカメラ18から取り込んだビューポート15の像をディスプレー上に表示した状態で、ヒーター5に1.6Aの電流を流し、ルツボ温度をT1にした。この条件ではニュートンリングが現れないことを確認した後、ハロゲンランプヒーター13を点灯して多孔体9を直接加熱して蒸発を開始した。蒸発中はハロゲンランプヒーター13が障害となりニュートンリングを観察できないので、定期的にハロゲンランプヒーター13を退かし、蒸着を一時停止した状態でニュートンリングを観察した。ニュートンリングから算出された膜厚分布を図4(b)の曲線Cで示す。平坦な多孔体9bを用いた場合に比べて膜厚分布が緩やかになっており、改善が見られる。中央が厚くなっている理由は、多孔体各点における蒸発の指向性が弱いため、円錐斜面からの蒸発分子流を重ね合わせても、全体として大きく逆転した指向性を与えることができなかったためである。多孔体各点からの指向性をもっと強くすれば膜厚分布を均一化できることは、前述した計算結果から理解される。
【実施例2】
【0042】
図5に示すように、本実施例では、蒸発口が下向きになるように構成した。真空容器19は、排気口20からターボポンプにより排気される。蒸発源21は、両端に開口をもつ石英製のルツボ22を有し、その内部に昇華性の粉末有機材料である蒸着材料23を収容する。円錐形の多孔体24は、呼び径300μm、厚み1mm、標準空孔率94〜96%の銅製発泡金属板(三菱マテリアル製)を用いて、実施例1と同様に作成される。セラミック製のキャップ25でカバーすることにより、多孔体24をルツボ22の下端の開口である蒸発口に固定している。本実施例では、ルツボ22は直接加熱せずに、多孔体24への通電加熱だけで蒸発を行った。真空容器19は、通電加熱のための電流導入端子26、電流導入端子26から多孔体24に電流を供給する銅製の配線部27、28を有する。さらに、蒸発口に向けられた石英窓からなるビューポート29、30、多孔体24の温度を計測するための放射温度計31、石英窓からなる上側および下側のビューポート32、33を有する。
【0043】
実施例1と同様に、下側のビューポート32の真空側を基板面として蒸着を行い、大気側からニュートンリングを観察することによって膜厚分布を測定した。ニュートンリングの観察には、白色の蛍光灯34、蛍光灯34からの光を拡散するための白色の紙35、デジタルカラーのCCDカメラ36を用いた。CCDカメラ36で撮影した画像は通信回線を通じて不図示のパソコンに取り込まれ、ディスプレー上に表示される。また、その画像情報は指定の時間間隔毎に保存される。
【0044】
図5(b)は、加熱手段である配線部27、28と多孔体24の電気的接続を示しており、円錐底面の対向する2点に太い銅線を接続している。この接続によって多孔体24に流れる電流は必ずしも一様ではないが、銅製の多孔体24の高い熱伝導性によりほぼ均一に加熱される。本実施例の蒸着材料23は、重力により直接多孔体24に接触している。この状態で多孔体24を通電加熱すると、多孔体24からの蒸発が生じ、ビューポート32にニュートンリングが形成された。これは多孔体24の温度上昇に伴い、近傍の蒸着材料が気化して多孔体24を通過したことを示している。蒸発速度は通電加熱の電流に応じて変わること、また多孔体24の温度が数10度/秒の応答速度で電流値の変化に追随していることが確認された。膜厚分布は実施例1における多孔体9の場合とほぼ同様であった。
【0045】
本実施例の第一の利点は、蒸着材料の熱劣化が抑制されることである。材料によっては蒸発温度前後の高温状態に長時間晒されると、その構造が変化し、特性が劣化するものがある。本実施例では、加熱領域は蒸発口の多孔体近傍に制限されているため、各分子が蒸発するまでに高温状態に晒される時間はルツボ加熱の場合に比べて短く、しかも材料の残量に殆ど依存しない。したがって、多量の材料を投入しても、熱履歴により劣化してしまう懸念が少なくなる。本実施例の第二の利点は、装置構成が簡略化されることである。ルツボを加熱する場合は、ルツボの大きさに応じて、ヒーター機構も大きくなり、全体として装置の大型化が避けられない。これに対して、本実施例ではルツボ自体の加熱機構は不要になる。通電によって加熱される多孔体の領域は蒸発口のサイズに限定されるので、ルツボ全体の大きさや形状には無関係に、簡単な配線を通じて蒸発を制御できる。
【0046】
本実施例の第三の利点は、生産に伴う消費エネルギーを低減できることである。本実施例の蒸発源では、加熱部位は熱容量の小さい多孔体だけなので、ルツボ加熱に比べて消費電力が抑えられるからである。有機EL素子等を作製するための成膜装置として本実施例の構成を適用するならば、生産工程に伴う消費エネルギーを大幅に削減することが可能である。本実施例の第四の利点は、蒸着装置としての操作性が向上していることである。本実施例ではルツボ加熱が不要であるため、温度が安定し、蒸着を開始できるようになるまでの待ち時間が非常に短い。さらに、上側のビューポートおよび石英製のルツボを透して、大気側から蒸着材料の残量を確認し、必要に応じて材料を補充できる。以上述べた利点は、有機EL素子を生産する上で、最終的には生産コストの削減に寄与するものである。
【符号の説明】
【0047】
1、19 真空容器
3、21 蒸発源
4、22 ルツボ
8、23 蒸着材料
9、24 多孔体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸着材料の蒸気を平板状の基板に堆積させて薄膜を形成する成膜装置の蒸発源において、
蒸着材料を気化させて蒸着材料の蒸気を発生させるルツボと、
前記ルツボの蒸発口に配置された、蒸着材料の蒸気を放出するための空孔を有する多孔体と、を備え、
前記多孔体は、前記蒸発口における面内位置に応じて異なる蒸気放出方向の分布をもつことを特徴とする蒸発源。
【請求項2】
前記多孔体は、凹形状または凸形状に曲げた多孔性の板材からなることを特徴とする請求項1に記載の蒸発源。
【請求項3】
前記多孔体を加熱する手段を備え、
前記加熱手段によって前記多孔体を加熱することにより蒸着材料の蒸発速度を制御することを特徴とする請求項1または2に記載の蒸発源。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の蒸発源を用いて薄膜を形成することを特徴とする成膜装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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