説明

薄膜状元素の識別方法

【課題】薄膜状元素の種類と厚さに対して、輝度コントラストが最大となり且つ再現性よく計測することができるSEM反射電子計測の観測条件を決定する方法および、SEM反射電子計測により識別することが可能な元素種類組み合わせを予測する方法を用いて異種元素が付加された微粒子セットを識別する観察方法を提供すること。
【解決手段】本発明は、支持体表面の異なる領域を3種類以上の元素で薄膜状に被覆してなる微粒子標識であって、各元素の全反射係数ηの値に基づいて昇順または降順で並べたときに隣接する元素間での全反射係数ηの差が、0.02以上となるような3種類以上の元素の組合せを用いて、前記支持体表面の異なる領域が薄膜状に被覆されている、微粒子標識を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は薄膜状に構成された金属,半導体などの検査法に関する。
【背景技術】
【0002】
個々の細胞の形態的特性や分子発現状態を詳細に調べる方法のひとつとして、電子顕微鏡による観察法が広く利用されている。電子顕微鏡による計測は、主に透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope, TEM)計測と走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope, SEM)計測に大別される。その内のSEM計測では、電磁コイルで直径数ナノメートルに絞った電子線を試料表面に照射することにより試料表面から発生する2次電子、反射電子、特性X線、カソードルミネッセンス、試料電流、透過電子などを検出器で検出することにより、試料表面の形状情報と元素構成情報を得る。試料表面の形状は主に2次電子を、また表面元素構成情報は反射電子や特性X線を検出することにより調べることができる。
【0003】
元素構成情報を調べる方法のひとつである反射電子計測は、試料表面に電子線を照射した際、一般に原子番号が大きな元素ほど反射される電子の量が多いため画像上で明るく見えることを利用して試料表面の元素分布情報を調べる計測法であり、特性X線計測に比べて空間分解能が高いなどの特長がある。
【0004】
反射電子計測時に得られる各元素の輝度は、全反射係数ηに依存する。ηは原子番号Zと入射電子線の電子が持つエネルギーE0に依存し、ηとZ、E0の関係に関する理論的、実験的記述は様々であるが、Neubertらにより提唱され広く受け入れられている、E0が5keVから60keVの範囲で実験的に検証され得られた代表的な関係は、下記の式(1)の通りである(Neubert & Rogaschewski(非特許文献1))。

η(Z, E0) = (-272.5 + 168.6Z - 1.925Z2 + 0.008225Z3) × 10-4 [1 + (0.2043 - 0.6543Z-0.3) ln (E0/ 20000)] ・・・・・・・(1)
【0005】
細胞研究におけるSEM計測では、この反射電子計測時の元素輝度コントラストを利用し、金などの重元素で構成された微小な粒子で検出対象の生体分子を標識して、炭素などの有機物軽元素で構成された他の細胞内微小構造体に対して輝度コントラストを付加することにより、検出対象分子の細胞内での空間分布情報を正確に調べることが行われている(Deharven(非特許文献2)、Soligo & Lambertenghi-Deliliers(非特許文献3)、Scalaら(非特許文献4))。
【0006】
本願の発明者らは上記SEMによる生体分子検出法の発展として、細胞内の検出対象分子を標識するための様々な元素で構成された微小体を供給する方法、およびSEM計測により複数元素の微小体で標識された生体分子を同時に識別検出するための検査法原理を提案した。Takei(非特許文献5)では、市販ポリスチレン球などの微小な粒子を基板表面に単層高密度で配置する方法、およびその粒子表面に真空蒸着法を用いて様々な元素を薄膜状に被覆することにより、検出対象分子を標識するための様々な微小体を作製する方法の原理が明記されている。また、Kimら(非特許文献6)では、作製した様々な元素の微粒子をSEM反射電子計測により、粒子の輝度の差として識別する方法の一例が明記されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】G. Neubert and S. Rogaschewski, Physica Status Solidi A Appl. Res. 59, 35 (1980)
【非特許文献2】E. Deharven, Ultrastruct. Pathol. 11, 711 (1987)
【非特許文献3】D. Soligo and G. Lambertenghi-Deliliers, Scanning 9, 95 (1987)
【非特許文献4】C. Scala, G. Cenacchi, P. Preda, M. Vici, R. P. Apkarian, and G. Pasquinelli, Scanning Microsc. 5, 135 (1991)
【非特許文献5】H. Takei, J. Vac. Sci. Technol. B 17, 1906 (1999)
【非特許文献6】H. Kim, K. Yasuda, and H. Takei, Sens. Actuators B: Chem. 142, 1(2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記文献には作製した様々な金属の微粒子を識別するための最適なSEM計測条件とその条件を導き出すための解析方法、同時に識別可能な元素の種類数とその組み合わせを最適なSEM計測条件から導き出す方法が明記されていない。また、これまでのSEM反射電子計測に関する報告では電子線入射方向に対してミクロン以上の十分な厚みがある試料に対する元素識別法が明記されているが、数ナノメートルからミクロン厚までの薄膜状元素を効率よく、且つ再現性よく識別する方法が明記されていない。
【0009】
したがって、数ナノメートルからミクロン厚までの薄膜状元素で被覆された微小体を、細胞内の生体分子を可視化識別するための標識として利用するためには、利用する薄膜状元素の種類と厚さに対して、輝度コントラストが最大となり且つ再現性よく計測することができるSEM反射電子計測の観測条件を決定する方法および、標識として利用するのに最適な元素種類組み合わせを予測する方法の開示が望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記状況を鑑み、たとえば複数の生体内分子ならびに分子集合体を同時に識別するために用いられることが可能な、それぞれの生体対象に特異的に結合する機能を有する標識微粒子セットを識別するために、各々の標識微粒子表面に一定の厚さで付加された薄膜状元素の種類と厚さに対して、輝度コントラストが最大となり且つ再現性よく計測することができるSEM反射電子計測の観測条件を決定する方法および、標識として利用するのに最適な元素種類組み合わせを予測する方法を用いて、各微粒子を識別する観察方法を提供するものである。
【0011】
すなわち、本発明は、以下の最適加速電圧決定方法、微粒子標識、および生体分子識別方法を提供する。
(1)走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた反射電子計測により異なる元素薄膜で被覆した微粒子を識別する方法に使用されるSEM電子線の最適加速電圧値を決定する方法であって、
(i) 3種類以上の元素が支持体表面の異なる領域に薄膜状に堆積されてなる試料を準備する工程、
(ii) 上記試料の上記元素にSEM電子線を所定の加速電圧値の範囲にわたって照射する工程、
(iii) 各上記加速電圧値における上記試料の反射電子画像を得る工程、
(iv) 上記画像に基づいて、各上記元素について下記式:
【数1】

[但し、IZは原子番号Zの元素で構成された薄膜領域の反射電子画像の輝度であり、 Imax は観測した元素の反射電子画像の輝度のうち原子番号Zが最も大きい元素で構成された薄膜領域の反射電子画像の輝度であり、Iminは観測した元素の反射電子画像の輝度のうち原子番号Zが最も小さい元素で構成された薄膜領域の反射電子画像の輝度である。]で表される校正輝度I~Z〔但しI~はIの上に~。以下、同様。〕を各上記加速電圧値において算出する工程、
(v) 各上記加速電圧値において各上記元素間のI~Zの比を算出する工程、
(vi) 各上記加速電圧値においてI~Z の比が最小となる元素の組合せを選択する工程、および
(vii) 上記選択した元素の組合せのI~Z の比が上記所定の加速電圧値の範囲内で極大となるときの加速電圧値を上記SEM電子線の最適加速電圧値として選択する工程を含む、方法。
(2)上記試料において、3種類以上の上記元素が、ほぼ等しい厚さで上記支持体表面の異なる領域に薄膜状に堆積されている、上記(1)に記載の方法。
(3)上記厚さが、1〜500nmの範囲内にある、上記(2)に記載の方法。
(4)上記元素が、
(I) 原子番号43番を除く79番までの遷移金属、
(II) 原子番号13,31,32,33,49,50,51,81,82,83番の金属、および
(III) 原子番号14,34,52番の半導体
の中から選択される、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5)上記元素が、Au, Ag, Ge, Cu, Fe, Si, Eu, Y, Ti, およびAlの中から選択される、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6)上記各加速電圧値において各元素間のI~Z の比を算出する工程(v)において、
下記式:

η(Z, E0) = (-272.5 + 168.6Z - 1.925Z2 + 0.008225Z3) × 10-4 [1 + (0.2043 - 0.6543Z-0.3) ln (E0/ 20000)]

[但し、ηはエネルギーE0 を有する電子線を照射したときの原子番号Zの元素の全反射係数である。]で表される各元素の全反射係数ηの値に基づいて昇順または降順で並べたときに隣接する元素間で全反射係数ηが小さな側の元素のI~Zを分母、全反射係数ηが大きな側の元素のI~Zを分子として上記I~Zの比を算出する、上記(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
(7)各上記元素の全反射係数ηの値に基づいて昇順または降順に並べたときに隣接する元素間での全反射係数ηの差が、0.02以上となるように上記元素を選択する、上記(6)に記載の方法。
(8)上記所定の加速電圧値の範囲が、0.1kV〜30kVの範囲である、上記(1)〜(8)のいずれかに記載の方法。
(9)支持体表面の異なる領域を3種類以上の元素で薄膜状に被覆してなる微粒子標識であって、
下記式:

η(Z, E0) = (-272.5 + 168.6Z - 1.925Z2 + 0.008225Z3) × 10-4 [1 + (0.2043 - 0.6543Z-0.3) ln (E0/ 20000)]

[但し、ηはエネルギーE0 を有する電子線を照射したときの原子番号Zの元素の全反射係数である。]で表される各元素の全反射係数ηの値に基づいて昇順または降順で並べたときに隣接する元素間での全反射係数ηの差が、0.02以上となるような3種類以上の元素の組合せを用いて、上記支持体表面の異なる領域が薄膜状に被覆されている、微粒子標識。
(10)上記支持体の大きさが、1nm〜1mmの範囲内にある、上記(9)に記載の微粒子標識。
(11)上記試料において、上記3種類以上の元素が、ほぼ等しい厚さで上記支持体表面の異なる領域に薄膜状に堆積されている、上記(9)または(10)に記載の微粒子標識。
(12)上記厚さが、1〜500nmの範囲内にある、上記(11)に記載の微粒子標識。
(13)上記元素が、
(I) 原子番号43番を除く79番までの遷移金属、
(II) 原子番号13,31,32,33,49,50,51,81,82,83番の金属、および
(III) 原子番号14,34,52番の半導体
の中から選択される、上記(9)〜(12)のいずれかに記載の微粒子標識。
(14)上記元素が、Au, Ag, Ge, Cu, Fe, Si, Eu, Y, Ti, およびAlの中から選択される、上記(9)〜(13)のいずれかに記載の微粒子標識。
(15)上記支持体が、シリコン、雲母、ポリスチレン、ポリプロピレン、またはガラスなどの素材で構成されている、上記(9)〜(14)のいずれかに記載の微粒子標識。
(16)生体分子と結合することができるプローブ分子を上記微粒子標識の表面に結合させた、上記(9)〜(15)のいずれかに記載の微粒子標識。
(17)上記プローブ分子がチオール基を備えており、上記微粒子標識の表面が金元素で被覆されている、上記(9)〜(16)のいずれかに記載の微粒子標識。
(18)上記(9)〜(17)のいずれかに記載の微粒子標識を結合させて生体分子を標識する工程、
SEM下で、上記標識された生体分子に電子線を照射し、上記微粒子標識からの反射電子線画像を得る工程、
上記反射電子画像の輝度を解析して、上記微粒子標識の種類を識別することによって上記生体分子を識別する工程、
を含む、生体分子識別方法。
【0012】
本発明の一つの典型的な実施形態では、支持体の異なる領域に3種類以上の元素が1〜500nmの範囲で特定の膜厚で薄膜状に堆積した試料に対して、SEM電子線の入射電子を0.1kVから30kVの範囲の電圧で加速して順次照射し、それにより発生した反射電子を検出する。各加速電圧値における試料の反射電子画像を得た後、下記の式(2)により原子番号Zの元素で構成された薄膜試料の校正輝度I~Zを算出する。
【数2】

式(2)のうち、IZは原子番号Zの元素で構成された薄膜試料の反射電子画像中の輝度、Imaxは観測した中で最もZが大きな元素薄膜の輝度、Iminは観測した中で最もZが小さな元素薄膜の輝度である。観察を行った全ての元素に対して、全ての加速電圧値におけるI~Zを算出した後に、各元素間のI~Zの比を算出する。I~Zの比が最小となる元素組み合わせの比の値が極大となる加速電圧値を、計測した特定の膜厚の試料に対して輝度比が最大となる、即ち最適な加速電圧値と決定する。
【0013】
また、標識として用いる元素の組み合わせは、特定の膜厚に対する最適な加速電圧値を用いて全反射係数ηを式(1)を用いて計算し、ηの値の差が0.02以上となる元素を選択する。
【0014】
また、生体分子と結合するプローブ分子を標識微粒子セット表面に修飾するために、たとえば、プローブ分子末端にチオール基を付加し、また、異なる元素が表面に付加された標識微粒子の表面に一様に、金元素などのチオール基とS-Au結合によって直接結合する能力を持つ元素を付加する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、特定膜厚の薄膜状元素に対して、輝度コントラストが最大となるSEM反射電子計測の観測条件の決定方法、および標識として利用するのに最適な元素種類の組み合わせを決定する方法が提供されるため、重元素微小体を標識として利用するSEM計測法において、異なる元素により作製された微小体セットを、同時利用可能な標識セットとして使用することができる。これにより、SEMによる細胞内生体分子計測において、多数の標的分子を異なる元素の微小体セットで一斉に標識することが可能となるため、細胞内生体分子の相互作用や空間共局在研究が飛躍的に発展する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】(a)はSi基板上にAu, Ag, Ge, Cu, Feを薄膜状に堆積させた試料の模式図である。(b)はSi基板上にAu, Ag, Ge, Cu, Feを50nm薄膜状に堆積させて入射電子線の加速電圧5kVでSEM反射電子計測を行って得られた画像の例である。
【図2】(a)はSi基板支持体の上にAu, Ag, Ge, Cu, Feの5種類の元素を20nm堆積した試料に対して、Auの輝度をImax、Si基板の輝度をIminとした上で各元素の校正輝度I~Zと加速電圧値Vの関係を、Vが3kVから30kVの範囲に対して示した例である。グラフ中でAuの輝度はI~Z=100、Si基板の輝度はI~Z=0に相当する。(b)は膜厚を50nmとして(a)と同様の計測を行った例である。
【図3】(a)はSi基板支持体の上にAu, Ag, Ge, Cu, Feの5種類の元素を20nm堆積した試料に対する、各元素の校正輝度I~Zの比と加速電圧値Vの関係を、Vが3kVから30kVの範囲に対して示した例である。(b)は膜厚を50nmとして(a)と同様の計測を行った例である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
1.SEMを用いた反射電子計測により異なる元素薄膜で被覆した微粒子を識別する方法に使用されるSEM電子線の最適加速電圧値を決定する方法
本発明は、1つの実施形態において、SEMを用いた反射電子計測により異なる元素薄膜で被覆した微粒子を識別する方法に使用されるSEM電子線の最適加速電圧値を決定する方法を提供する。この方法は、典型的には、以下の工程(i)〜(vii)を包含する。
(i) 3種類以上の元素が支持体表面の異なる領域に薄膜状に堆積されてなる試料を準備する工程、
(ii) 上記試料の上記元素にSEM電子線を所定の加速電圧値の範囲にわたって照射する工程、
(iii) 各上記加速電圧値における上記試料の反射電子画像を得る工程、
(iv) 上記画像に基づいて、各上記元素について下記式:
【数3】

[但し、IZ は原子番号Zの元素で構成された薄膜領域の反射電子画像の輝度であり、 Imax は観測した元素の反射電子画像の輝度のうち原子番号Zが最も大きい元素で構成された薄膜領域の反射電子画像の輝度であり、Iminは観測した元素の反射電子画像の輝度のうち原子番号Zが最も小さい元素で構成された薄膜領域の反射電子画像の輝度である。]で表される校正輝度I~Z を各上記加速電圧値において算出する工程、
(v) 各上記加速電圧値において各上記元素間のI~Zの比を算出する工程、
(vi) 各上記加速電圧値において各上記I~Zの比が最小となる元素の組合せを選択する工程、および
(vii) 上記選択した元素の組合せのI~Z の比が上記所定の加速電圧値の範囲内で極大となるときの加速電圧値を上記SEM電子線の最適加速電圧値として選択する工程。
【0018】
本明細書中、「SEM」は走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope)を意味する。本発明のSEMを用いた反射電子計測では、電子ビームを被検対象試料に照射し、試料から放出される反射電子を検出することで試料を観察する。試料から発せられる信号は検出器で検出され、増幅や変調等の信号の処理を経て画像としてディスプレイに表示される。本発明に使用されるSEMの電子ビームの加速電圧は、典型的には、0.1kV〜30kVの範囲であるが、これに限定されない。
【0019】
支持体表面の異なる領域に薄膜状に堆積されている3種類以上の元素の薄膜の厚さは、ほぼ等しい厚さで被覆されていれば、輝度の比較の際に便利である。しかしながら、元素薄膜の厚さの輝度への寄与の程度を校正できる限り、必ずしも等しい厚さで被覆されている必要はない。元素薄膜の厚さは、典型的には、1〜500nmの範囲であるが、この範囲に限定されない。使用される元素は、典型的には、(I) 原子番号43番を除く79番までの遷移金属、(II) 原子番号13,31,32,33,49,50,51,81,82,83番の金属、および(III) 原子番号14,34,52番の半導体の中から任意に選択してよい。例えば、Au, Ag, Ge, Cu, Fe, Si, Eu, Y, Ti, およびAlなどの元素が使用され得る。
【0020】
本発明の方法における上記工程(v)では、典型的には、下記式:

η(Z, E0) = (-272.5 + 168.6Z - 1.925Z2 + 0.008225Z3) × 10-4 [1 + (0.2043 - 0.6543Z-0.3) ln (E0/ 20000)]

[但し、ηはエネルギーE0 を有する電子線を照射したときの原子番号Zの元素の全反射係数である。]で表される各元素の全反射係数ηの値に基づいて昇順または降順で並べたときに隣接する元素間で全反射係数ηが小さな側の元素のI~Zを分母、全反射係数ηが大きな側の元素のI~Zを分子として上記I~Z の比を算出する。ここで、各元素の全反射係数ηの値に基づいて昇順または降順に並べたときに隣接する元素間での全反射係数ηの差が、0.02以上となるように上記元素を選択すると、所与の試料を反射電子信号の輝度比により識別する際に有利である。
【0021】
2.微粒子標識
本発明のさらなる実施形態では、3種類以上の元素の組合せを用いて支持体表面の異なる領域が薄膜状に被覆されている微粒子標識が提供される。この微粒子標識は、典型的には、下記式:

η(Z, E0) = (-272.5 + 168.6Z - 1.925Z2 + 0.008225Z3) × 10-4 [1 + (0.2043 - 0.6543Z-0.3) ln (E0/ 20000)]

[但し、ηはエネルギーE0 を有する電子線を照射したときの原子番号Zの元素の全反射係数である。]で表される各元素の全反射係数ηの値に基づいて昇順または降順で並べたときに隣接する元素間での全反射係数ηの差が、0.02以上となるような3種類以上の元素の組合せで支持体表面を被覆してなっている。支持体の大きさは、典型的には1nm〜10μmの範囲内にあるが、この範囲に限定されない。支持体は、シリコン、雲母、ポリスチレン、ポリプロピレン、またはガラスなどの素材で構成され得る。
【0022】
支持体表面に被覆される元素薄膜の厚さは、典型的には、1〜500nmの範囲内にある。この元素薄膜の厚さは、使用される異なる元素間で均一であればSEM電子線の反射電子画像の輝度の比較のためには好ましいが、必ずしも均一である必要はない。使用される元素は、上記のEM電子線の最適加速電圧値を決定する方法の場合と同様である。
【0023】
本発明の微粒子標識は、典型的には、生体分子などを標識して検出するために使用され得る。その場合、生体分子と結合することができるプローブ分子を上記微粒子標識の表面に結合させてもよい。プローブ分子はチオール基を備えていてもよく、微粒子標識の表面がそのチオール基と反応性である金元素で被覆されていてもよい。
【0024】
3.生体分子識別方法
本発明は、さらなる実施形態において、上記の微粒子標識を用いた生体分子識別方法を提供する。この方法は、典型的には、上記の微粒子標識を結合させて生体分子を標識する工程、SEM下で、上記標識された生体分子に電子線を照射し、上記微粒子標識からの反射電子線画像を得る工程、上記反射電子画像の輝度を解析して、上記微粒子標識の種類を識別することによって上記生体分子を識別する工程を含む。
【0025】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態をより具体的に説明するが、これらはあくまで例示に過ぎず、本発明の範囲はこれらの例に限定されない。
【実施例】
【0026】
図1は本発明において識別を行う、支持体の上に堆積した薄膜状元素試料の模式図とSEM反射電子計測画像の例である。ここでは、Si基板支持体の上にAu, Ag, Ge, Cu, Feの5種類の元素をそれぞれ50nmずつ、異なる領域に堆積させた例を示している。薄膜を堆積させる支持体の種類はシリコンや雲母、ポリスチレン、ポリプロピレンなどの平坦な基板、ポリスチレンやガラス、シリコン製の球状、角柱状、円柱状、円錐状の微小体、および前記微小体を前記基板上に配置したものなどから適切なものを選択すると良い。支持体として利用する微小体の大きさは約1nm〜約1mm、好ましくは、約1nm〜約500μm、より好ましくは、約5nm〜約100μm、最も好ましくは、約5nm〜1μmの範囲であるが、これらの範囲に限定されず、下限は、約1nmから、上限は約1mmまでの任意の範囲で目的に応じて適宜設定可能である。微小体の大きさは走査型電子顕微鏡や透過型電子顕微鏡、あるいは原子間力顕微鏡のようなナノメートルサイズの構造物を観察することが可能な顕微鏡で観察を行うことにより大きさを特定し、観察結果に基づいて目的に適した大きさの微小体を選択するとよい。薄膜の厚さは1〜500nmの範囲から適切な値を選択し、より好ましくは1〜200nmの範囲である。また、元素を薄膜状に堆積させる方法としては、真空蒸着法やスパッタリング法などの一般に広く普及している薄膜構成法の中から適切な方法を選択するとよい。例えば図1では、真空蒸着法を用いて薄膜試料を作製している。
【0027】
本発明において薄膜を形成する元素として利用できる元素の例を列挙すると周期律表において以下のようである。
(1)原子番号43番を除く79番までの遷移金属、
(2)原子番号13,31,32,33,49,50,51,81,82,83番の金属、および
(3)原子番号14,34,52番の半導体
【0028】
前記元素の中から任意の3種類以上の元素を選択して支持体の上に特定の膜厚となるよう薄膜状に堆積させる。
【0029】
薄膜状試料の識別に最適なSEM計測条件を決定するために、作製した試料をSEM試料室内にセットする。観察のための電子線加速電圧値を0.1kVから30kVの範囲で、1kV以下の刻み幅で順次照射し、各加速電圧値における反射電子画像を取得する。
【0030】
次に、取得したSEM反射電子画像の各元素薄膜領域の輝度値を取得する。輝度値の計測は、アメリカ国立衛生研究所 (NIH) よりインターネット経由で無償配布されているImage J(http://rsbweb.nih.gov/ij/)をはじめとする各種画像解析ソフトウェアを利用するのが便利であり、取得した反射電子画像の全ピクセル輝度を256段階以上の白黒階調として表示した後、その値を取得する。原子番号Zの元素で構成された薄膜領域の各ピクセル白黒階調値の平均値を算出し、それを原子番号Zの元素薄膜の反射電子輝度IZと定義する。また、観測を行った元素のうち最もZが大きな元素の薄膜領域の輝度をImax、最もZが小さな元素の薄膜領域の輝度をIminと定義する。例えば図1の例では、観察した元素の中で最もZが大きいAuの輝度がImax、支持体であるSiの輝度がIminとなる。各元素のIZ、およびImax、Iminを取得した後、前記の式(2)を用いて各元素の校正輝度I~Zを算出する。以上の計算を、取得した全ての加速電圧値における画像中の全ての元素に対して行う。図2は、Si基板支持体の上にAu, Ag, Ge, Cu, Feの5種類の元素を20nm、もしくは50nm堆積した試料に対して、Auの輝度をImax、Si基板の輝度をIminとした上で各元素の校正輝度I~Zと加速電圧値Vの関係を、Vが3kVから30kVの範囲に対して示した例である。グラフ中でAuの輝度はI~Z=100、Si基板の輝度はI~Z=0に相当する。図2中の誤差範囲は同条件で4回計測を行った際の誤差を示しており、式(2)を用いて各元素の校正輝度I~Zを算出した場合、変動係数はVが3kVから30kVの範囲に対して4%以下である。I~ZとVの関係の関係は図2に示すとおり、薄膜の膜厚により異なる挙動を示すため、膜厚毎に逐一計測する必要がある。
【0031】
次に、異なる元素間の校正輝度I~Zの比を計算する。図3は、Si基板支持体の上にAu, Ag, Ge, Cu, Feの5種類の元素を20nm、あるいは50nm堆積した試料に対する、各元素の校正輝度I~Zの比と加速電圧値Vの関係を、Vが3kVから30kVの範囲に対して示した例である。I~Zの比が最小となる元素組み合わせの比の値が極大となる加速電圧値を、計測した特定の膜厚の試料に対して全元素間の輝度比が最大となる、即ち最適な加速電圧値と決定する。
【0032】
例えば図3(b)の例では、各加速電圧値VにおいてI~Zの比が最小となる元素組み合わせは、Vが3kVから9kVの範囲ではGeとCu、9kVから30kVではAgとGeであり、最小のI~Z比の値が極大となる加速電圧値は9kVで、全ての元素間の輝度比が1.3倍以上となる。即ち、Si基板支持体の上にAu, Ag, Ge, Cu, Feの5種類の元素を50nm堆積した試料に対する、識別に最適な加速電圧値は9kVと決定することができる。最適な加速電圧値は薄膜の膜厚によって異なり、例えば10nmの場合は3kV、20nmの場合は4kV、50nmの場合は9kVと決定することができる。
【0033】
図3(b)の例に対して、前記の式(1)を用いて全反射係数ηを計算した場合、9kVの加速電圧で加速した9keVのエネルギーを持つ入射電子に対する各元素のηはAuが0.497、Agが0.433、Geが0.349、Cuが0.329、Feが0.305、Siが0.186となる。即ち、図3(b)の例では、50nmの薄膜試料を9kVの加速電圧値で観察した場合、ηの差が0.02の元素がおよそ1.3倍の輝度比として識別できることを示している。図3に示すとおり元素薄膜の反射電子輝度は膜厚に大きく依存し、例えば真空蒸着法による薄膜の形成では膜厚に10%程度の誤差が生じるため、元素の正確な識別を行うためには各元素薄膜間の輝度比が1.3倍以上となることが望ましい。
【0034】
以上のことから、標識として用いる元素の組み合わせを選択する際、各元素を1.3倍以上の輝度比として識別できることを期待するためには、特定の膜厚に対する最適な加速電圧値を用いて全反射係数ηを前記式(1)を用いて計算し、ηの値の差が少なくとも0.02以上となる元素を選択する必要がある。例えば真空蒸着法やスパッタリング法により薄膜を構成する場合、工程の容易さを考慮してAu、Eu、Ag、Y、Ge、Cu、Fe、Si、Ti、Alの10種類を選択する。
【0035】
本発明は上述のように、3種類以上の異なる元素が薄膜状に堆積した試料に対して、SEM電子線の加速電圧0.1kVから30kVの範囲で反射電子計測を行い式(2)により原子番号Zの元素で構成された薄膜試料の校正輝度I~Zを算出し、元素間のI~Zの比が最小となる元素組み合わせの比の値が極大となる加速電圧値を決定することにより、SEM反射電子計測による薄膜識別に最適な加速電圧値と決定することができる。
【0036】
また、式(1)を用いて全反射係数ηを計算し、ηの値の差が0.02以上となる元素を選択することにより、識別に最適な元素の組み合わせを予測することができる。これを利用すれば、異なる元素により構成された微小体セットを用意しSEM反射電子計測により識別することができるため、SEMによる細胞内生体分子計測において、多数の標的分子を異なる元素の微小体セットで一斉に標識することが可能となる。
【0037】
さらに、生体分子と結合するプローブ分子を標識微粒子セット表面に就職するために、たとえば、プローブ分子末端にチオール基を付加し、また、異なる元素が表面に付加された標識微粒子の表面に一様に、金元素などのチオール基とS-Au結合によって直接結合する能力を持つ元素を付加することもできる。この場合、前記加速電圧強度が十分に大きい場合は、共通に付加された金元素の薄膜の下層にある、異なる元素薄膜を反映した反射電子強度を計測することが出来るため、上記述べたのと同様な手段によって計測をすることができる。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、重元素微小体を標識として利用するSEM計測法において、異なる元素により作製された微小体セットを同時利用可能にする方法、微粒子標識等として有用である。また、本発明は、細胞内生体分子の相互作用や空間共局在研究等におけるツール等として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた反射電子計測により異なる元素薄膜で被覆した微粒子を識別する方法に使用されるSEM電子線の最適加速電圧値を決定する方法であって、
(i) 3種類以上の元素が支持体表面の異なる領域に薄膜状に堆積されてなる試料を準備する工程、
(ii) 前記試料の前記元素にSEM電子線を所定の加速電圧値の範囲にわたって照射する工程、
(iii) 各前記加速電圧値における前記試料の反射電子画像を得る工程、
(iv) 前記画像に基づいて、各前記元素について下記式:
【数4】

[但し、IZ は原子番号Zの元素で構成された薄膜領域の反射電子画像の輝度であり、 Imax は観測した元素の反射電子画像の輝度のうち原子番号Zが最も大きい元素で構成された薄膜領域の反射電子画像の輝度であり、Iminは観測した元素の反射電子画像の輝度のうち原子番号Zが最も小さい元素で構成された薄膜領域の反射電子画像の輝度である。]で表される校正輝度I~Z を各前記加速電圧値において算出する工程、
(v) 各前記加速電圧値において各前記元素間のI~Z の比を算出する工程、
(vi) 各前記加速電圧値においてI~Z の比が最小となる元素の組合せを選択する工程、および
(vii) 前記選択した元素の組合せのI~Z の比が前記所定の加速電圧値の範囲内で極大となるときの加速電圧値を前記SEM電子線の最適加速電圧値として選択する工程を含む、方法。
【請求項2】
前記試料において、3種類以上の前記元素が、ほぼ等しい厚さで前記支持体表面の異なる領域に薄膜状に堆積されている、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記厚さが、1〜500nmの範囲内にある、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記元素が、
(I) 原子番号43番を除く79番までの遷移金属、
(II) 原子番号13,31,32,33,49,50,51,81,82,83番の金属、および
(III) 原子番号14,34,52番の半導体
の中から選択される、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記元素が、Au, Ag, Ge, Cu, Fe, Si, Eu, Y, Ti, およびAlの中から選択される、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記各加速電圧値において各元素間のI~Z の比を算出する工程(v)において、
下記式:

η(Z, E0) = (-272.5 + 168.6Z - 1.925Z2 + 0.008225Z3) × 10-4 [1 + (0.2043 - 0.6543Z-0.3) ln (E0/ 20000)]

[但し、ηはエネルギーE0 を有する電子線を照射したときの原子番号Zの元素の全反射係数である。]で表される各元素の全反射係数ηの値に基づいて昇順または降順で並べたときに隣接する元素間で全反射係数ηが小さな側の元素のI~Zを分母、全反射係数ηが大きな側の元素のI~Zを分子として前記I~Z の比を算出する、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
各前記元素の全反射係数ηの値に基づいて昇順または降順に並べたときに隣接する元素間での全反射係数ηの差が、0.02以上となるように前記元素を選択する、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記所定の加速電圧値の範囲が、0.1kV〜30kVの範囲である、請求項1〜8のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
支持体表面の異なる領域を3種類以上の元素で薄膜状に被覆してなる微粒子標識であって、
下記式:

η(Z, E0) = (-272.5 + 168.6Z - 1.925Z2 + 0.008225Z3) × 10-4 [1 + (0.2043 - 0.6543Z-0.3) ln (E0/ 20000)]

[但し、ηはエネルギーE0 を有する電子線を照射したときの原子番号Zの元素の全反射係数である。]で表される各元素の全反射係数ηの値に基づいて昇順または降順で並べたときに隣接する元素間での全反射係数ηの差が、0.02以上となるような3種類以上の元素の組合せを用いて、前記支持体表面の異なる領域が薄膜状に被覆されている、微粒子標識。
【請求項10】
前記支持体の大きさが、1nm〜1mmの範囲内にある、請求項9に記載の微粒子標識。
【請求項11】
前記試料において、前記3種類以上の元素が、ほぼ等しい厚さで前記支持体表面の異なる領域に薄膜状に堆積されている、請求項9または10に記載の微粒子標識。
【請求項12】
前記厚さが、1〜500nmの範囲内にある、請求項11に記載の微粒子標識。
【請求項13】
前記元素が、
(I) 原子番号43番を除く79番までの遷移金属、
(II) 原子番号13,31,32,33,49,50,51,81,82,83番の金属、および
(III) 原子番号14,34,52番の半導体
の中から選択される、請求項9〜12のいずれかに記載の微粒子標識。
【請求項14】
前記元素が、Au, Ag, Ge, Cu, Fe, Si, Eu, Y, Ti, およびAlの中から選択される、請求項9〜13のいずれかに記載の微粒子標識。
【請求項15】
前記支持体が、シリコン、雲母、ポリスチレン、ポリプロピレン、またはガラスなどの素材で構成されている、請求項9〜14のいずれかに記載の微粒子標識。
【請求項16】
生体分子と結合することができるプローブ分子を前記微粒子標識の表面に結合させた、請求項9〜15のいずれかに記載の微粒子標識。
【請求項17】
前記プローブ分子がチオール基を備えており、前記微粒子標識の表面が金元素で被覆されている、請求項9〜16のいずれかに記載の微粒子標識。
【請求項18】
請求項9〜17のいずれかに記載の微粒子標識を結合させて生体分子を標識する工程、
SEM下で、前記標識された生体分子に電子線を照射し、前記微粒子標識からの反射電子線画像を得る工程、
前記反射電子画像の輝度を解析して、前記微粒子標識の種類を識別することによって前記生体分子を識別する工程、
を含む、生体分子識別方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−158331(P2011−158331A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−19366(P2010−19366)
【出願日】平成22年1月29日(2010.1.29)
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【出願人】(504179255)国立大学法人 東京医科歯科大学 (228)
【Fターム(参考)】