説明

薬物イオンのドープ方法及び処理方法及びイオントフォレーシス装置の製造方法

【課題】 薬物イオンをイオン交換膜にドープするために使用する薬液の無駄を削減する。
【解決手段】 プラスの薬物イオンを含む薬液を、H型カチオン交換膜及びOH型アニオン交換樹脂に同時に接触させることにより、H型カチオン交換膜に薬物イオンをドープする方法、マイナスの薬物イオンを含む薬液を、OH型アニオン交換膜及びH型カチオン交換樹脂に同時に接触させた状態でOH型アニオン交換膜に薬物イオンをドープする方法が提供される。また、H型カチオン交換膜へのプラスの薬物イオンのドープに使用した薬液をOH型アニオン交換樹脂に接触させ、OH型アニオン交換膜へのマイナスの薬物イオンのドープに使用した薬液をH型イオン交換樹脂に接触させることで薬液を再生する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン解離した薬物イオンを、当該薬物イオンと同一極性の電圧により駆動して生体に投与するためのイオントフォレーシス装置に関する。
【背景技術】
【0002】
イオントフォレーシスは、薬液中においてプラス又はマイナスのイオンに解離した薬物を電圧により駆動して経皮的に生体内に移行させるものであり、患者に対する負担が少なく、薬物の投与量の制御性に優れるなどの利点を有している。
【0003】
特許文献1は、上記イオントフォレーシスにおける薬物イオンの投与効率を顕著に向上させることができるイオントフォレーシス装置を開示している。
【0004】
図4(A)は、特許文献1に開示されるイオントフォレーシス装置101の構成を示す説明図である。
【0005】
図示されるように、イオントフォレーシス装置101は、電極111と、薬物イオンを含む薬液を保持する薬液保持部112と、薬物イオンと同一極性のイオン交換膜113とを有する作用側電極構造体110、電極121と、電解液を保持する電解液保持部122とを有する非作用側電極構造体120、及び電極111、121に両端を接続された電源130を備えており、イオン交換膜113及び電解液保持部122を生体皮膚に接触させた状態で電極111に薬物イオンと同一極性の電圧を、電極121にその反対極性の電圧を印加することにより、薬液保持部112の薬物イオンがイオン交換膜113を介して生体側に移行する。
【0006】
このイオントフォレーシス装置101では、イオン交換膜113が、生体側への薬物イオンの移行を許容する一方で、生体皮膚から薬液保持部112への薬物対イオンの移行を遮断するために、生体対イオンの移動により消費される電流量が低減され、その結果、薬物イオンの投与効率が上昇する。
【0007】
本願出願人は、特許文献1におけるイオントフォレーシス装置101を更に改良したイオントフォレーシス装置を米国特許仮出願第60/693668号(以下、「出願1」という)、特願2006−1743234号(以下、「出願2」という)として出願している。
【0008】
図4(B)は、出願1、2において一実施形態として開示されるイオントフォレーシス装置201の構成を示す説明図である。
【0009】
図示されるように、イオントフォレーシス装置201は、非作用側電極構造体120についてはイオントフォレーシス装置101と同様の構成を有しているが、その作用側電極構造体210は、電極211、電解液を保持する電解液保持部212及び薬物イオンがドープされた薬物イオンと同一極性のイオン交換膜213から構成されており、イオン交換膜213及び電解液保持部122を生体皮膚に接触させた状態で電極211に薬物イオンと同一極性の電圧を、電極121にその反対極性の電圧を印加することにより、イオン交換膜213にドープされた薬物イオンが生体側に移行する。
【0010】
このイオントフォレーシス装置201では、イオントフォレーシス装置101と同様に、生体対イオンの移行がイオン交換膜213により遮断されるために薬物イオンの投与効率を上昇させることができる。
【0011】
更にイオントフォレーシス装置201によれば、イオントフォレーシス装置101では得ることができない、下記のような追加的な効果が達成される。
(1)薬物イオンが生体皮膚に最も近接して配置される部材であるイオン交換膜213に保持されるために薬物イオンの投与効率を更に上昇させることができる。
(2)薬物イオンがドープされたイオン交換膜213は、ウェットで自立性を与えるなどが難しい薬液保持部112よりも取り扱い性に優れており、従って、電極構造体の組立作業が容易化される。
(3)薬物イオンがイオン交換膜213中のイオン交換基に結合した状態で保持されるために薬物イオンの安定性、保存性が向上し、そのために安定化剤、抗菌剤、防腐剤などが不要となり、又はその使用量を低減させることができ、或いは装置の存置期間を延長することができる。
【0012】
しかしながら、出願1、2のイオントフォレーシス装置201では、その製造工程において、薬物イオンを含む薬液に薬物イオンと同一極性のイオン交換膜を浸漬するなどの処理により、イオン交換膜に薬物イオンを予めドープすることが必要であり、そのドープを行う際の薬液を効率的に使用することが難しいという問題がある。
【0013】
即ち、薬物イオンのドープは、薬液中の薬物イオンとイオン交換膜中のイオン交換基の対イオンとの置換により生じるが、ある程度置換反応が進行して系が平衡に達すると、薬液中に薬物イオンが残っていても、それ以上の置換反応は進まなくなるため、ドープすべき薬物イオンの量によっては、高濃度の薬液を使用したり、薬液を何度も取り替えて処理を行うことが必要となる。
【0014】
また、薬物イオンのドープに使用した薬液には、イオン交換膜から放出されたイオン交換基の対イオン(例えば、カチオン交換膜からは多くの場合ナトリウムイオンが放出される)が混入しているため、薬液を精製、再使用することが困難な場合が多い。
【0015】
このため、使用した薬液中に残った薬物が無駄となり、特に高価な薬物の場合には装置コストの上昇を招くことに加え、薬液の廃棄には手間やコストが必要であり、環境問題やコンプライアンスの問題への対処も必要になるなどの不都合を生じていた。
【特許文献1】特開平4−297277号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、上記状況に鑑みてなされたものであり、下記のいずれか1以上の目的を達成するものである。
【0017】
即ち、本発明の目的は、イオン交換膜への薬物イオンのドープを行う際の薬液をより効率的に使用することができる薬物イオンのドープ方法及びイオントフォレーシス装置の製造方法を提供することにある。
【0018】
本発明の他の目的は、薬液中のより多くの薬物イオンをイオン交換膜にドープすることが可能な薬物イオンのドープ方法及びイオントフォレーシス装置の製造方法を提供することにある。
【0019】
本発明の更に他の目的は、イオン交換膜への薬物イオンのドープに使用した薬液の再使用を容易にできる薬物イオンのドープ方法及びイオントフォレーシス装置の製造方法を提供することにある。
【0020】
本発明の更に他の目的は、イオン交換膜への薬物イオンのドープに使用した薬液を、再使用可能に精製するための薬液の処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明は、プラスの薬物イオンを含む薬液を、OH型アニオン交換樹脂に接触させた状態で、H型カチオン交換膜に接触させることを特徴とするH型カチオン交換膜への薬物イオンのドープ方法(請求項1)、又は、電極と、プラスの薬物イオンがドープされたカチオン交換膜と、前記電極と前記カチオン交換膜の間に配置された電解液とを備えるイオントフォレーシス装置の製造方法であって、前記薬物イオンを含む薬液を、OH型アニオン交換樹脂に接触させた状態で、H型カチオン交換膜に接触させることにより、前記カチオン交換膜への前記薬物イオンのドープがなされることを特徴とするイオントフォレーシス装置の製造方法(請求項3)により上記課題を解決したものである。
【0022】
本発明におけるH型カチオン交換膜とは、カチオン交換膜中のカチオン交換基の対イオンの全部又は過半数が水素イオンであるカチオン交換膜である。本発明のH型カチオン交換膜における水素イオンが対イオンとして結合したカチオン交換基数の全カチオン交換基数に対する割合は50%以上であり、より好ましくは80%以上であり、特に好ましくは95%以上である。
【0023】
市場において入手可能なカチオン交換膜は一般に、カチオン交換膜の化学的な安定性を高めるなどを目的として、カチオン交換膜内の全部又は過半数のカチオン交換基にナトリウムイオン等の比較的分子量の大きいイオンを結合させた状態で提供されている。即ち、カチオン交換膜の製造方法によっては、カチオン交換基の導入処理が行われた段階では、全部又は過半数のカチオン交換基に水素イオンが結合している場合もあるが、そのような場合には、塩水処理などによってこの水素イオンをナトリウムイオンなどに置換する処理が行われている。
【0024】
従って、特許文献1などにおいてカチオン交換膜を使用したイオントフォレーシス装置は知られているが、そこで使用されるカチオン交換膜には、必然的に、カチオン交換基の全部又は過半数にナトリウムイオンなどが結合したものが使用されていたのであり、少なくとも、H型カチオン交換膜を使用することを明示した例は存在しない。
【0025】
本発明は、上記のような一般的なカチオン交換膜に代えて、H型カチオン交換膜、即ち、カチオン交換基に水素イオンが結合したカチオン交換膜を使用する点において従来に無い構成であるといえる。
【0026】
本発明におけるOH型アニオン交換樹脂は、アニオン交換樹脂中のアニオン交換基の対イオンの全部又は過半数が水酸イオンであるアニオン交換樹脂である。本発明のOH型アニオン交換樹脂における対イオンとして水酸イオンが結合したアニオン交換基数の全アニオン交換基数に対する割合は50%以上であり、より好ましくは80%以上であり、特に好ましくは95%以上である。
【0027】
カチオン交換膜について上記したと同様、アニオン交換樹脂は一般に、アニオン交換樹脂の化学的な安定性を高めることなどを目的として、アニオン交換樹脂内の全部又は過半数のアニオン交換基に塩素イオンなどの比較的分子量の大きいイオンを結合させた状態で提供されている。
【0028】
本発明は、上記のような一般的なアニオン交換樹脂ではなく、OH型アニオン交換樹脂、即ち、アニオン交換基に水酸イオンが結合したアニオン交換樹脂を使用する点においても従来に無い構成であるといえる。
【0029】
本発明によれば、同じ濃度の薬物イオンを含む薬液を使用した場合であっても、カチオン交換膜への薬物イオンのドープ量を顕著に増大させることが可能となる。従って、ドープ処理に使用する薬液の無駄を削減し、装置コストの低減などの効果を達成することができる。
【0030】
更に、本発明では、ドープ処理に使用した薬液中へのナトリウムイオンなどの除去が困難な不純物イオンの混入を防止又は低減させることが可能である。従って、薬液の精製、再使用などが容易となり、薬液の廃棄に伴う種々の問題を解消又は軽減するという効果も達成しうる。なお、ドープ処理に使用するH型カチオン交換膜やOH型アニオン交換樹脂の量(或いは両者のイオン交換容量)を調整することで、処理後の薬液のpHを調整することも可能であり、薬液の精製、再使用を一層容易にすることができる。
【0031】
上記本発明の効果が達成されるメカニズムは、必ずしも完全に解明された訳ではないが、現時点において本発明者らが推定している本発明のメカニズムを図1、2を用いて説明する。
【0032】
図1、2において、DSは薬液を、CMはカチオン交換膜を、HCMはH型カチオン交換膜を、CGはカチオン交換基を、OARはOH型アニオン交換樹脂を、AGはアニオン交換基をそれぞれ示している。薬液DS中には、薬物がイオン解離することで生じた薬物イオンD及び薬物対イオンDが所定の濃度で存在しているものとする。
【0033】
図1は、従来の方法における薬物イオンのドープのメカニズムであり、図1(A)はドープ開始前の状態であり、図1(B)はある程度ドープが進行した状態を示している。
【0034】
図1(A)のように、ドープ開始前の状態では、カチオン交換膜CMのカチオン交換基CGに水素イオン以外の対イオンCが結合しているが、薬液DSをカチオン交換膜CMに接触させて薬物イオンDのドープがある程度進行すると、薬物イオンDに置換された対イオンCが薬液DS中に放出されるために、図1(B)のように、薬液DS中の対イオンC濃度は上昇し、薬物イオンD濃度は低下する。
【0035】
そして、薬液DS中における薬物イオンDと対イオンCの比が、カチオン交換膜CM中における薬物イオンDと対イオンCの比に対して一定の関係になったところで系は平衡に達し、それ以上の薬物イオンDはカチオン交換膜CMにドープされなくなる。また、処理に使用した薬液DSには、対イオンCがそのまま残される。
【0036】
図2は、本発明の系における薬物イオンのドープのメカニズムであり、図2(A)はドープ開始前の状態であり、図2(B)、(C)はある程度ドープが進行した状態を示している。
【0037】
図2のように、本発明の系では、ドープ開始前においては、H型カチオン交換膜HCMのカチオン交換基CGには、対イオンとして水素イオンHが結合し、OH型アニオン交換樹脂OARのアニオン交換基AGには、対イオンとして水酸イオンOHが結合している。
【0038】
図2(B)に示すように、本発明の系においても、H型カチオン交換膜HCMを薬液DSに接触さて薬物イオンDのドープを進行させると、薬液DS中の薬物イオンDとカチオン交換膜HCM中の水素イオンHの置換によって薬液DS中の水素イオンH濃度は上昇し、薬物イオンD濃度は低下するため、そのままでは、図1の系と同様のメカニズムで系は平衡に達し薬物イオンDのドープは停止する。
【0039】
しかし、図2の系では、薬液DS中の薬物対イオンDとアニオン交換樹脂OAR中の水酸イオンOHとの置換反応が同時に進行するため、薬液DS中にはアニオン交換樹脂OARからの水酸イオンOHが供給されることになる。
【0040】
従って、H型カチオン交換膜HCMから薬液DSに放出された水素イオンHの少なくとも一部はOH型アニオン交換樹脂OARから放出されたOHと反応することで消費されていく(図2(B)→図2(C))ため、薬液DS中の水素イオンHの濃度上昇が抑制され、その結果、系が平衡に至る迄により多くの薬物イオンDがカチオン交換膜HCMにドープされることになる。
【0041】
また、図2の系では、薬液中に放出されるのは主として水素イオンH及び水酸イオンOHであり、ナトリウムイオンなどの除去困難な不純物イオンの薬液DSへの放出が防止又は抑制される。
【0042】
なお、図2の系では、仮に、水素イオンH及び水酸イオンOHのいずれかが過剰に供給されたとしても、pH値の調整による薬液DSの精製は容易であるが、アニオン交換樹脂OARからの水酸イオンOHの放出量をカチオン交換膜HCMからの水素イオンHの放出量に均衡させることで、薬物イオンDのドープによる薬液DSのpH変化を抑制することも可能である。
【0043】
本発明は、マイナスの薬物イオンを含む薬液を、H型カチオン交換樹脂に接触させた状態で、OH型アニオン交換膜に接触させることを特徴とするOH型アニオン交換膜への薬物イオンのドープ方法(請求項2)、又は、電極と、マイナスの薬物イオンがドープされたアニオン交換膜と、前記電極と前記アニオン交換膜の間に配置された電解液とを備えるイオントフォレーシス装置の製造方法であって、前記薬物イオンを含む薬液を、H型カチオン交換樹脂に接触させた状態で、OH型アニオン交換膜に接触させることにより、前記アニオン交換膜への前記薬物イオンのドープがなされることを特徴とするイオントフォレーシス装置の製造方法(請求項4)によっても上記課題を解決することができる。
【0044】
本発明におけるOH型アニオン交換膜とは、アニオン交換膜中のアニオン交換基の対イオンの全部又は過半数が水酸イオンであるカチオン交換膜である。本発明のOH型アニオン交換膜における水酸イオンが対イオンとして結合したアニオン交換基数の全アニオン交換基数に対する割合は50%以上であり、より好ましくは80%以上であり、特に好ましくは95%以上である。
【0045】
本発明におけるH型カチオン交換樹脂とは、カチオン交換樹脂中のカチオン交換基の対イオンの全部又は過半数が水素イオンであるカチオン交換樹脂である。本発明のH型カチオン交換樹脂における対イオンとして水素イオンが結合したカチオン交換基数の全カチオン交換基数に対する割合は50%以上であり、より好ましくは80%以上であり、特に好ましくは95%以上である。
【0046】
アニオン交換膜は、アニオン交換樹脂について上記したと同様、アニオン交換基に塩素イオン等の比較的分子量の大きいイオンを結合させた状態で一般に提供されており、カチオン交換樹脂は、カチオン交換膜について上記したと同様、カチオン交換基にナトリウムイオンなどの比較的分子量の大きいイオンを結合させた状態で一般に提供されている。
【0047】
従って、本発明は、上記のような一般的なアニオン交換膜及びカチオン交換樹脂に代えて、OH型アニオン交換膜及びH型カチオン交換樹脂を使用する点において従来に無い構成であるといえる。
【0048】
本発明によれば、同じ濃度の薬物イオンを含む薬液を使用した場合であっても、アニオン交換膜への薬物イオンのドープ量を顕著に増大させることが可能となる。従って、ドープ処理に使用する薬液の無駄を削減し、装置コストの低減などの効果を達成することができる。
【0049】
更に、本発明では、ドープ処理に使用した薬液中への塩素イオンなどの不純物イオンの混入を防止又は低減させることが可能である。従って、薬液の精製、再使用などが容易となり、薬液の廃棄に伴う種々の問題を解消又は軽減することができる。なお、ドープ処理に使用するOH型アニオン交換膜やH型カチオン交換樹脂の量(或いは両者のイオン交換容量)を調整することで、処理後の薬液のpHを調整することも可能であり、薬液の精製、再使用を一層容易にすることができる。
【0050】
本発明において上記作用効果が達成されるメカニズムは、請求項1、3の発明について上記したメカニズムと実質的に同様であるものと発明者らは推定している。
【0051】
即ち、本発明では、OH型アニオン交換膜と、H型カチオン交換樹脂を薬液に接触させて薬物イオンをOH型アニオン交換膜にドープすると、薬物イオンとの置換によりOH型アニオン交換膜から薬液中に放出された水酸イオンの少なくとも一部は、カチオン交換樹脂から放出される水素イオンと反応することにより消費される。
【0052】
従って、薬物イオンのドープの進行に伴う薬液中の水酸イオンの濃度上昇が抑制されることになり、系が平衡に至る迄により多くの薬物イオンがアニオン交換膜にドープされることになる。
【0053】
本発明は、プラスの薬物イオンを含む薬液を、H型カチオン交換膜に接触させることで前記薬物イオンを前記H型カチオン交換膜にドープした後に、前記薬液を、OH型アニオン交換樹脂に接触させることを特徴とする薬液の処理方法(請求項5)によっても、上記目的を達成することができる。
【0054】
本発明におけるH型カチオン交換膜及びOH型アニオン交換樹脂の意義は上記と同様である。
【0055】
本発明に従えば、プラスの薬物イオンを含む薬液を、H型カチオン交換膜に接触させる処理により、出願1、2のイオントフォレーシス装置のカチオン交換膜213として使用することが可能な薬物イオンがドープされたカチオン交換膜を調整することができる。
【0056】
また、上記処理に使用された薬液には、H型カチオン交換膜から放出された水素イオンが残留することになるが、この薬液をOH型アニオン交換樹脂に接触させることにより薬液中の水素イオン濃度を低下させることができる。即ち、薬液をOH型アニオン交換樹脂に接触させると、薬液中の薬物対イオンとの置換反応により、OH型アニオン交換樹脂から水酸イオンが放出されるため、薬液に残留した水素イオンがOH型アニオン交換樹脂から放出された水酸イオンと結合することで水素イオン濃度が低下することになる。
【0057】
本発明は、マイナスの薬物イオンを含む薬液を、OH型アニオン交換膜に接触させることで前記薬物イオンを前記OH型アニオン交換膜にドープした後に、前記薬液を、H型カチオン交換樹脂に接触させることを特徴とする薬液の処理方法(請求項6)によっても、上記目的を達成することができる。
【0058】
本発明におけるOH型アニオン交換膜及びH型カチオン交換樹脂の意義は上記と同様である。
【0059】
本発明に従えば、マイナスの薬物イオンを含む薬液を、OH型アニオン交換膜に接触させる処理により、出願1、2のイオントフォレーシス装置のアニオン交換膜213として使用することが可能な薬物イオンがドープされたアニオン交換膜を調整することができる。
【0060】
また、上記処理に使用された薬液には、OH型アニオン交換膜から放出された水酸イオンが残留することになるが、この薬液をH型カチオン交換樹脂に接触させることにより薬液中の水酸イオン濃度を低下させることができる。即ち、薬液をH型カチオン交換樹脂に接触させると、薬液中の薬物対イオンとの置換反応により、H型カチオン交換樹脂から水素イオンが放出されるため、薬液に残留した水酸イオンがH型カチオン交換樹脂から放出された水素イオンと結合することで水酸イオン濃度が低下することになる。
【0061】
上記請求項1〜6の発明におけるH型カチオン交換膜又はH型カチオン交換樹脂は、カチオン交換基の対イオンがナトリウムイオンであるカチオン交換膜又はカチオン交換樹脂(例えば、塩水処理が施されたカチオン交換膜又はカチオン交換樹脂)に酸性水溶液による処理を施すことにより得ることができる。
【0062】
上記酸性水溶液による処理の具体例としては、カチオン交換基の対イオンがナトリウムイオンであるカチオン交換膜又はカチオン交換樹脂を0.5〜1Nの塩酸に10秒〜1時間程度浸漬する処理を1〜5回程度繰り返す処理を例示することができる。酸性水溶液による処理は、塩酸に代えて、硫酸や硝酸などの他の酸性水溶液を用いて行うことも可能である。
【0063】
本発明におけるH型カチオン交換膜又はH型カチオン交換樹脂は、カチオン交換基を導入可能なポリマーにスルホン化処理又はクロロスルホン化処理などを施すことによっても得ることができる。
【0064】
上記請求項1〜6の発明におけるOH型アニオン交換膜又はOH型アニオン交換樹脂は、アニオン交換基の対イオンが塩素イオンであるアニオン交換膜又はアニオン交換樹脂(例えば、塩水処理が施されたアニオン交換膜又はアニオン交換樹脂)に塩基性水溶液による処理を施すことにより得ることができる。
【0065】
上記塩基性水溶液による処理の具体例としては、アニオン交換基の対イオンが塩素イオンであるアニオン交換膜又はアニオン交換樹脂を0.5〜1Nの水酸化ナトリウム水溶液に10秒〜1時間程度浸漬する処理を1〜5回程度繰り返す処理を例示することができる。塩基性水溶液による処理は、水酸化ナトリウム水溶液に代えて、水酸化カリウムや水酸化カルシウムなどの他の塩基性水溶液を用いて行うことも可能である。
【0066】
本発明におけるOH型アニオン交換膜又はOH型アニオン交換樹脂は、アニオン交換基を導入可能なポリマーにアミノ化処理又はアルキル化処理などを施すことによっても得ることができる。
【0067】
上記請求項1〜6の発明において使用されるH型カチオン交換樹脂及びOH型アニオン交換樹脂の形態は任意である。即ち、カチオン交換樹脂及びアニオン交換樹脂は、一般には、粒子状固体の形態である場合が多いが、本発明のH型カチオン交換樹脂及びOH型アニオン交換樹脂は、必ずしもそのような形態である必要はない。例えば、H型カチオン交換膜にはH型カチオン交換樹脂が含有されており、OH型アニオン交換膜にはOH型アニオン交換樹脂が含有されているため、本発明のH型カチオン交換樹脂又はOH型アニオン交換樹脂として、H型カチオン交換膜又はOH型アニオン交換膜を使用することも可能である。
【0068】
本明細書における「薬物」は、調製されているか否かに関わらず、一定の薬効又は薬理作用を有し、病気の治療、回復又は予防、健康の増進又は維持、病状や健康状態などの診断、或いは美容の増進又は維持などの目的で生体に投与される物質を意味する。
【0069】
本明細書における「薬物イオン」は、薬物がイオン解離することにより生じるイオンであって、薬効又は薬理作用を担うイオンを意味する。
【0070】
本明細書における「薬物対イオン」は、薬物がイオン解離することにより生じるイオンであって、薬物イオンとは反対極性のイオンを意味する。
【0071】
本明細書における「薬液」は、薬物イオンを含む流動物を意味し、本明細書における「薬液」には、薬物を溶媒に溶解させた溶液や薬物が液状である場合における原液などの液体状態のものだけでなく、薬物の少なくとも一部が薬物イオンに解離する限り、薬物を溶媒等に懸濁又は乳濁させたもの、軟膏状又はペースト状に調整されたものなど各種の状態のものを含む。
【0072】
本発明のイオン交換膜にドープされる薬物イオンは必ずしも単一種類である必要はなく、複数種類であっても構わない。
【0073】
本明細書における「皮膚」は、イオントフォレーシスによる薬物イオンの投与を行い得る生体表面を意味しており、例えば口腔内の粘膜なども含まれる。「生体」は人及び動物を含む。
【0074】
本明細書における「生体対イオン」は、生体の皮膚上又は生体内に存在するイオンであって、薬物イオンと反対極性のイオンを意味する。
【0075】
本明細書における「前面側」は、薬物イオンの投与に際して装置内を流れる電流の経路上における生体皮膚に近い側を意味する。
【0076】
本明細書における「第1極性」は、プラス又はマイナスの電気極性を意味し、「第2極性」は第1極性と反対の電気極性(マイナス又はプラス)を意味する。
【0077】
イオン交換膜としては、イオン交換樹脂を膜状に形成したものの他、イオン交換樹脂をバインダーポリマー中に分散させ、これを加熱成型などにより製膜することで得られる不均質イオン交換膜や、イオン交換基を導入可能な単量体、架橋性単量体、重合開始剤などからなる組成物、又はイオン交換基を導入可能な官能基を有する樹脂を溶媒に溶解させたものを、布や網、或いは多孔質フィルムなどの基材に含浸充填させ、重合又は溶媒除去を行った後にイオン交換基の導入処理を行うことにより得られる均質イオン交換膜など各種のイオン交換膜が知られているが、本発明のイオン交換膜には、これらのイオン交換膜を特段の制限無く使用することができる。
【0078】
本明細書における「第1極性のイオン交換膜」は、第1極性のイオンの通過を許容する一方で第2極性のイオンの通過を遮断する機能を有するイオン交換膜(即ち、第1極性のイオンが、第2極性のイオンよりも通過し易いイオン交換膜)を意味する。第1極性がプラスである場合には「第1極性のイオン交換膜」はカチオン交換膜であり、第1極性がマイナスである場合には「第1極性のイオン交換膜」はアニオン交換膜である。
【0079】
同様に「第2極性のイオン交換膜」は、第2極性のイオンの通過を許容する一方で第2極性のイオンの通過を遮断する機能を有するイオン交換膜(即ち、第2極性のイオンが、第1極性のイオンよりも通過し易いイオン交換膜)を意味する。第2極性がプラスである場合には「第2極性のイオン交換膜」はカチオン交換膜であり、第2極性がマイナスである場合には「第2極性のイオン交換膜」はアニオン交換膜である。
【0080】
カチオン交換膜の具体例としては、(株)トクヤマ製ネオセプタCM−1、CM−2、CMX、CMS、CMBなどの陽イオン交換基が導入されたイオン交換膜を例示することができ、アニオン交換膜の具体例としては、(株)トクヤマ製ネオセプタAM−1、AM−3、AMX、AHA、ACH、ACSなどの陰イオン交換基が導入されたイオン交換膜を例示することができる。
【0081】
本発明のイオン交換膜には、多孔質フィルムの孔中にイオン交換樹脂が充填されたタイプのイオン交換膜を特に好ましく使用することができる。具体的には、0.005〜5.0μm、より好ましくは0.01〜2.0μm、最も好ましくは0.02〜0.2μmの平均孔径(バブルポイント法(JIS K3832−1690)に準拠して測定される平均流孔径)の多数の孔が、20〜95%、より好ましくは30〜90%、最も好ましくは30〜60%の空隙率で形成された5〜140μm、より好ましくは10〜120μm、最も好ましくは15〜55μmの膜厚を有する多孔質フィルムを使用し、5〜95質量%、より好ましくは10〜90質量%、特に好ましくは20〜60質量%の充填率でイオン交換樹脂を充填させたイオン交換膜を使用することができる。
【0082】
本明細書においてイオン選択膜又はイオン交換膜について述べる「イオンの通過の遮断」は、必ずしも一切のイオンを通過させないことを意味するのではなく、例えば、ある特定のイオンの通過速度又は通過量が他の特定のイオンよりも十分に小さいがために、当該イオン選択膜又はイオン交換膜に求められる機能が十全に発揮される場合を含む。同様に、イオン選択膜又はイオン交換膜について述べる「イオンの通過の許容」は、イオンの通過に一切の制約が生じないことを意味するのではなく、例えば、イオンの通過がある程度制約される場合であっても、当該イオン選択膜又はイオン交換膜に求められる機能が十全に発揮される程度のイオンの通過速度又は通過量が確保される場合を含む。
【発明を実施するための最良の形態】
【0083】
以下、本発明の薬物イオンのドープ方法についての好ましい実施形態、及び、当該ドープ方法により薬物イオンがドープされたイオン交換膜を備えるイオントフォレーシス装置の例示的な構成並びにその製造方法について説明する。
【0084】
1.薬物イオンのドープ例1(プラミペキソールイオンの場合)
(1)H型カチオン交換膜の準備
カチオン交換基の全部又は過半数にナトリウムイオンが対イオンとして結合したカチオン交換膜(以下、「Na型カチオン交換膜」という)である(株)トクヤマ製CIP03を27mmφに成形し、これを120℃に設定された0.5M硫酸5mlに浸漬して1時間振とうする処理を3回繰り返すことにより、H型カチオン交換膜を準備した。このH型カチオン交換膜のイオン交換基量を滴定により測定したところ、1枚当たり32.8μmolであった。
【0085】
(2)OH型アニオン交樹樹脂の準備
アニオン交換基の全部又は過半数に塩素イオンが対イオンとして結合したアニオン交換膜である(株)トクヤマ製ALE04−2を27mmφに成形し、これを常温に設定された1N水酸化ナトリウム水溶液10mlに浸漬して1時間振とうする処理を3回繰り返すことにより、OH型アニオン交換膜を準備した。
【0086】
(3)H型カチオン交換膜への薬物イオンのドープ
50mlバイアル瓶に0.5%塩酸プラミペキソール水溶液を2ml準備し、これに上記(1)、(2)で準備したH型カチオン交換膜及びOH型アニオン交換膜を表1に示す枚数浸漬し、16時間放置することでH型カチオン交換膜にプラミペキソールイオンをドープさせた。
【表1】

【0087】
(4)定量
未使用の薬液中の塩酸プラミペキソール濃度、及び、(3)の実施例1、2及び比較例1に使用した薬液中の残存塩酸プラミペキソール濃度をHPLC(高速液体クロマトグラフィー)により定量した結果を表2に示す。なお、表2中のpH値は参考データであり、減少量欄の数値は、濃度欄中の定量値からの算出値である。
【表2】

【0088】
また、(3)の実施例1、2及び比較例1においてプラミペキソールイオンをドープしたH型カチオン交換膜を40mlの生理食塩水に1時間浸漬することで塩酸プラミペキソールを溶出させる処理を、生理食塩水を取り替えながら4回繰り返し、それぞれの溶出処理に使用した生理食塩水(「1回目溶出液〜4回目溶出液」という)の塩酸プラミペキソール量をHPLCにより定量した結果を表3に示す。なお、表3中の合計欄の値は、1回目溶出液〜4回目溶出液についての定量値の合計であり、置換率は、イオン交換基量(1枚当たり32.8μmol)から算出されたH型カチオン交換膜にドープ可能な塩酸プラミペキソール量(9.3mg)に対する合計欄の値の割合である。
【表3】

【0089】
(5)評価
表2、3のいずれの結果からも、OH型アニオン交換膜を使用した実施例1、2においては、OH型アニオン交換膜を使用しない比較例1よりも、カチオン交換膜へのプラミペキソールイオンのドープ量が増加することが確認できた。
【0090】
なお、特に測定データは示さないが、塩酸プラミペキソール水溶液にNa型カチオン交換膜及びH型カチオン交換膜をそれぞれ単独で浸漬した場合には、H型カチオン交換膜により多くのプラミペキソールイオンがドープされることが確認されている。
【0091】
2.薬物イオンのドープ例2(リドカインイオンの場合)
(1)H型カチオン交換膜への薬物イオンのドープ
50mlバイアル瓶に0.5%塩酸リドカイン水溶液を2ml準備し、これに上記「薬物イオンのドープ例1」の場合と同様にして準備したH型カチオン交換膜及びOH型アニオン交換膜を表4に示す枚数浸漬し、16時間放置することでH型カチオン交換膜にリドカインイオンをドープさせた。
【0092】
【表4】

【0093】
(2)定量
未使用の薬液中の塩酸リドカイン濃度、及び、(1)の実施例3、4及び比較例2に使用した薬液中の残存塩酸リドカイン濃度をHPLC(高速液体クロマトグラフィー)により定量した結果を表5に示す。なお、表5中のpH値は参考データであり、減少量欄の数値は、濃度欄中の定量値からの算出値である。
【表5】

また、(1)の実施例3、4及び比較例2においてリドカインイオンをドープしたH型カチオン交換膜を40mlの生理食塩水に1時間浸漬することで塩酸プラミペキソールを溶出させる処理を、生理食塩水を取り替えながら3回繰り返し、それぞれの溶出処理に使用した生理食塩水(「1回目溶出液〜3回目溶出液」という)の塩酸リドカイン量をHPLCにより定量した結果を表6に示す。なお、表6中の合計欄の値は、1回目溶出液〜3回目溶出液についての定量値の合計であり、置換率は、イオン交換基量(1枚当たり32.8μmol)から算出されたH型カチオン交換膜にドープ可能な塩酸リドカイン量(8.88mg)に対する合計値欄の値の割合である。
【表6】

【0094】
(3)評価
表5、6のいずれの結果からも、OH型アニオン交換膜を使用した実施例3、4においては、OH型アニオン交換膜を使用しない比較例2よりも、カチオン交換膜への塩酸リドカインのドープ量が増加することが確認できた。
【0095】
なお、特に測定データは示さないが、塩酸リドカイン水溶液にNa型カチオン交換膜及びH型カチオン交換膜をそれぞれ単独で浸漬した場合には、H型カチオン交換膜により多くのリドカインイオンがドープされることが確認されている。
【0096】
図3(A)、(B)は、本発明に従って薬物イオンをドープしたイオン交換膜を有するイオントフォレーシス装置1、1aの構成例を示す説明図である。
【0097】
図示されるように、イオントフォレーシス装置1は、主として作用側電極構造体10、非作用側電極構造体20及び電源30から構成されている。
【0098】
作用側電極構造体10は、電源30の一方の極(第1極性の極)に給電線31を介して接続される電極11、電極11に接触する電解液を保持する電解液保持部14及び本発明に従って第1極性の薬物イオンをドープされたイオン交換膜15を備えており、その全体がケース又は容器16に収容されている。
【0099】
一方、非作用側電極構造体20は、電源30の他方の極(第2極性の極)に給電線32を介して接続される電極21、電極21に接触する電解液を保持する電解液保持部22を備えており、その全体がケース又は容器26に収容されている。
【0100】
上記電極11、21には、任意の導電性材料を特段の制限無しに使用することが可能であるが、銀/塩化銀電極などの水よりも酸化還元電位の低い導電性材料を用いた活性電極を使用することで、電極反応によるガスの発生や水素イオン、水酸イオン、次亜塩素酸などの好ましくないイオンの生成、或いは薬物イオンの変質等を抑制することが可能である。
【0101】
しかしながら、上記活性電極は、装置の保管中における活性電極と薬物イオンとの反応の問題や、通電時における電極のモルフォロジー変化などの問題を有するため、電極11として、本願出願人による特願2005−363085号に開示される分極性電極(単位重量当たりの静電容量が1F/g以上の導電体又は比表面積が10m/g以上の導電体を含有する電極。電気2重層容量キャパシタ(EDLC)とも呼ばれる。)又は特願2005−229985号に開示される導電性ポリマーなどのイオンのドープ又は脱ドープにより電気化学反応を生じる物質を含有する電極を使用することが特に好ましい。分極性電極は、活性炭又は活性炭繊維で構成することができ、ノボロイド繊維(フェノール樹脂を繊維化した後、架橋処理し、分子構造を3次元化させた繊維)を炭化、賦活させた活性炭繊維を特に好ましく使用することができる。
【0102】
通電量が小さいなどのために電極反応によるガスやイオンの生成などが問題とならない場合、或いは電解液保持部14、22に保持される電解液を適切に選択することで電極反応によるガスや好ましくないイオンの生成を防止できる場合には、電極11、21に金、白金、ステンレス、カーボンなどの不活性電極を使用することも可能である。
【0103】
電解液保持部14には、イオン交換膜15から生体に移行した薬物イオンに置換してイオン交換膜15中のイオン交換基に結合する第1極性のイオンを供給するための電解液を保持するものである。
【0104】
この電解液として、水よりも酸化還元電位の低い電解質を使用し、或いは複数種類の電解質を溶解した緩衝電解液を使用することで、通電の際における電極反応によるガスの発生や好ましくないイオンの生成、或いはこれによるpH変化を抑制することができる。この意味で好ましい電解液としては、0.5Mフマル酸二ナトリウムと0.5Mポリアクリル酸の5:1溶液を例示することができる。
【0105】
また、電解液保持部14の電解液中の第1極性のイオンが薬物イオンの競合イオンとなって輸率が低下することを防止する意味では、当該第1極性のイオンの移動度が小さい(分子量が大きい)電解液を電解液保持部14に保持することが好ましく、或いは、イオン交換膜15にドープされた薬物イオンと同一種類の薬物イオンを含む薬液を電解液保持部14に保持することが好ましい。
【0106】
電解液保持部14は、電解液を液体状体で保持することができ、天然繊維、人工繊維の織布や不織布、多孔質膜、或いはゲルなどの適当な吸収性の担体に含浸させて保持することもできる。
【0107】
第1極性がプラスである場合のイオン交換膜15には、H型カチオン交換膜が使用され、当該H型カチオン交換膜には、塩酸リドカイン、塩酸モルヒネ、塩酸プラミペキソールなどのプラスの薬物イオンを含む薬液を当該H型カチオン交換膜及びOH型アニオン交換樹脂に同時に接触させることにより、薬物イオンがドープされる。
【0108】
第1極性がマイナスである場合のイオン交換膜15には、OH型アニオン交換膜が使用され、当該OH型アニオン交換膜には、アスコルビン酸水溶液などのマイナスの薬物イオンを含む薬液を当該OH型アニオン交換膜及びH型カチオン交換樹脂に同時に接触させることにより、薬物イオンがドープされる。
【0109】
電極21の前面側には、任意的な構成として、電極21から生体皮膚への通電性を良好なものとするため電解液を保持する電解液保持部22を備えることが好ましい。
【0110】
電解液保持部22は、任意の電解質を溶解した電解液を保持することができるが、水よりも酸化還元電位の低い電解質を使用し、或いは複数種類の電解質を溶解した緩衝電解液を使用することで、通電の際における電極反応によるガスの発生や好ましくないイオンの生成、或いはこれによるpH変化を抑制することができる。
【0111】
上記の目的を達成することができる電解液としては、例えば、0.5Mのフマル酸ナトリウムと0.5Mのポリアクリル酸の5:1混合液を例示することができる。
【0112】
電解液保持部22は、電解液を液体状体で保持することができ、天然繊維、人工繊維の織布や不織布、多孔質膜、或いはゲルなどの適当な吸収性の担体に含浸させて保持することもできる。
【0113】
作用側電極構造体10及び非作用側電極構造体20の容器16、26は、薬物イオンの種類、電解液保持部14、22などにおける含水率、装置の使用環境などに応じて使用される場合がある任意的な部材である。
【0114】
容器16、26は、内部に上述の各要素を収容できる空間が形成され、下面が開放されたプラスチックなどの任意の素材から形成することができる。容器16、26は、好ましくは内部からの水分の蒸発や外部からの異物の侵入を防ぐことができ、生体の動きや皮膚の凹凸に追随できる柔軟な素材から形成することができる。容器16、26の下面には、イオントフォレーシス装置1の保存中における水分の蒸発や異物の混入を防ぐことができる適宜の材料からなり、使用に際して取り外されるライナー(不図示)を貼付することができ、更には、容器16、26の下面の外周縁などに生体皮膚との密着性を向上させるための粘着剤層を設けることも可能である。
【0115】
電源30としては、電池、定電圧装置、定電流装置、定電圧・定電流装置などを使用することができるが、本実施形態では、0.01〜1.0mA/cm、好ましくは、0.01〜0.5mA/cmの範囲で電流調整が可能であり、50V以下、好ましくは、30V以下の安全な電圧条件で動作する定電流装置が使用される。
【0116】
イオントフォレーシス装置1では、イオン交換膜15及び電解液保持部22を生体皮膚に当接させた状態で、電源30から電極11及び21に、それぞれ第1極性及び第2極性の電圧を印加することにより、イオン交換膜15にドープされた薬物イオンが生体に投与される。
【0117】
イオントフォレーシス装置1では、イオン交換膜15が生体対イオンの通過を遮断するために、薬物イオンの投与効率を上昇させることができる。更に、イオン交換膜15のイオン交換基には薬物イオンが結合しているため、この薬物イオンが通電開始後直ちに生体に移行することが可能であり、薬物イオンの投与速度の急峻な立ち上がりを得ることができる。また、イオン交換膜15への薬物イオンのドープに際しては、薬液中のより多くの薬物イオンを活用できるため、薬物の無駄が削減されることによる装置コストの低減が達成され、更に、ナトリウムイオンなどの除去困難なイオンの薬液への混入を抑制できるため、当該薬液の精製、再使用を容易にすることができる。
【0118】
イオントフォレーシス装置1aは、イオントフォレーシス装置1の性能を向上させるための追加的な要素を備えている点を除いて、イオントフォレーシス装置1と同様の構成を有している。
【0119】
即ち、イオントフォレーシス装置1aでは、作用側電極構造体10aは、作用側電極構造体10と同様の電極11、電解液保持部14及びイオン交換膜15に加え、電解液保持部12及びイオン選択膜13を備え、非作用側電極構造体20aは、非作用側電極構造体20と同様の電極21、電解液保持部22に加え、イオン選択膜23、25及び電解液保持部24を備える点においてのみイオントフォレーシス装置1と相違しており、イオントフォレーシス装置1について上記したと同様の効果を達成する。
【0120】
ここで、電解液保持部12、24は、電解液保持部22について上記したと同様の電解液を同様の態様で保持するものとすることができる。
【0121】
イオン選択膜13には、電解液保持部14の電解液中の第2極性のイオンの通過を許容する一方で、電解液保持部12中の第1極性のイオンの通過を遮断する特性を有する膜状の部材を使用することが好ましく、これにより、電解液保持部12における電気分解などにより生じた水素イオンや水酸イオンなどの好ましくないイオンが電解液保持部14に移行することを防止することができる。
【0122】
イオン選択膜23には、電解液保持部24中の第1極性のイオンの通過を許容する一方で、電解液保持部22中の第2極性のイオンの通過を遮断する特性を有する膜状の部材を使用することが好ましく、これにより、電解液保持部22における電気分解などにより生じた水素イオンや水酸イオンなどの好ましくないイオンが電解液保持部14に移行することを防止することができる。
【0123】
イオン選択膜25には、電解液保持部24中の第2極性のイオンの通過を許容する一方で、生体対イオンの通過を遮断する特性を有する膜状の部材を使用することが好ましく、これにより、薬物イオンの投与時における皮膚面のイオンバランスを良好に保つことができる。
【0124】
イオン選択膜13、23、25は、イオンの分子量やサイズ、或いは立体的形状に基づいて上記イオンの通過の許容及び遮断を行う半透膜(限外濾過膜など)の形態を採ることが可能であり、電荷に基づいて上記イオンの通過の許容及び遮断を行う電荷選択膜の形態を採ることも可能である。イオン選択膜13、23、25として、電荷選択膜の形態のイオン選択膜を使用する場合、イオン選択膜13、25には第2極性のイオン交換膜を、イオン選択膜23には第1極性のイオン交換膜を特に好ましく使用することができる。
【0125】
以下、本発明の薬液の処理方法についての好ましい実施形態を説明する。
1.薬液の再生処理例1(塩酸リドカイン水溶液の場合)
「薬物イオンのドープ例1」と同様にしてH型カチオン交換膜及びOH型アニオン交換膜を準備した。
【0126】
そして、50mlバイアル瓶に2%塩酸リドカイン水溶液を1ml準備し、これにH型カチオン交換膜1枚を浸漬して10分経過時点のpH値を測定し、OH型アニオン交換膜1枚を追加浸漬して10分経過時点のpH値を測定し、その後、OH型アニオン交換膜を更に1枚追加浸漬して10分経過時点のpH値を測定した。結果を表7に示す。
【0127】
【表7】

表7の通り、リドカインイオンのH型カチオン交換膜へのドープにより塩酸リドカイン水溶液のpH値は低下するが、その塩酸リドカイン水溶液にOH型アニオン交換膜を浸漬することでpH値が回復することが確認された。
【0128】
2.薬液の再生処理例2(塩酸プロカテロール水溶液の場合)
「薬物イオンのドープ例1」と同様にしてH型カチオン交換膜及びOH型アニオン交換膜を準備した。ただし、H型カチオン交換膜の大きさは16mmφとした。
【0129】
そして、50mlバイアル瓶に5%塩酸プロカテロール水溶液(pH値4.3)を3ml準備し、これにH型カチオン交換膜1枚を浸漬して10分間放置することで、H型カチオン交換膜にプロカテロールイオンをドープさせた。
【0130】
上記処理を3回数行い、各処理で使用した塩酸プロカテロール水溶液を混合してpH値を測定したところ、pH値は3.80であった。更に上記処理を繰り返し、各処理で使用した塩酸プロカテロール水溶液を集めて20mlとし、これにOH型アニオン交換膜1枚を浸漬し、10分経過時点のpH値を測定したところ、pH値は5.24であった。
【0131】
上記から、プロカテロールイオンのH型カチオン交換膜へのドープにより塩酸プロカテロール水溶液のpH値は低下するが、その塩酸プロカテロール水溶液にOH型アニオン交換膜を浸漬することでpH値が回復することが確認された。
【0132】
以上、好ましい実施形態に基づいて本発明を説明したが、本発明は、上記した実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲の記載内において種々の改変が可能である。
【0133】
例えば、上記実施形態では、H型カチオン交換膜に薬物イオンをドープする際にOH型アニオン交換膜を使用する場合(薬物イオンのドープ例1、2)について説明したが、OH型アニオン交換膜に代えてOH型アニオン交換樹脂を使用することも可能である。
【0134】
同様に、上記実施形態では、H型カチオン交換膜への薬物イオンのドープに使用した薬液のpH値をOH型アニオン交換膜を使用して回復させる場合(薬液の再生処理例1、2)について説明したが、OH型アニオン交換膜に代えてOH型アニオン交換樹脂を使用することも可能である。
【0135】
また、上記実施形態では、Hカチオン交換膜への薬物イオンのドープに使用した薬液のpH値を、当該薬液にOH型アニオン交換膜を浸漬することで回復させる場合について説明したが、ドープ処理に使用した薬液をOH型アニオン交換樹脂を充填したカラムに通すなど、浸漬以外の他の方法でドープに使用した薬液のpH値を回復させることができる。
【0136】
同様に、プラスの薬物イオンをドープする際の薬液とH型カチオン交換膜及びOH型アニオン交換樹脂との接触、並びに、マイナスの薬物イオンをドープする際の薬液とOH型アニオン交換膜及びH型カチオン交換樹脂との接触は、上記実施形態において例示した浸漬以外の他の方法で行うことも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0137】
【図1】従来の方法における薬物イオンのドープのメカニズムを示す説明図。
【図2】本発明の方法における薬物イオンのドープのメカニズムを示す説明図。
【図3】本発明に従う薬物イオンのドープ方法により調整されたイオン交換膜を有するイオントフォレーシス装置の構成を示す説明図。
【図4】従来のイオントフォレーシス装置の構成を示す説明図。
【符号の説明】
【0138】
1、1a・・・イオントフォレーシス装置、10、10a・・・作用側電極構造体、20、20a・・・非作用側電極構造体、11、21・・・電極、12、14、22、24・・・電解液保持部、13、23、25・・・イオン選択膜、15・・・イオン交換膜、16、26・・・容器、30・・・電源、31、32・・・給電線、101、201・・・イオントフォレーシス装置、110、210・・・作用側電極構造体、120・・・非作用側電極構造体、111、121,211・・・電極、112・・・薬液保持部、122、212・・・電解液保持部、113、213・・・イオン交換膜、130・・・電源、DS・・・薬液、D・・・薬物イオン、D・・・薬物対イオン、HCM・・・H型カチオン交換膜、CM・・・カチオン交換膜、CG・・・カチオン交換基、C・・・対イオン、H・・・水素イオン、OAR・・・OH型アニオン交換樹脂、AR・・・OH型アニオン交換樹脂、AG・・・アニオン交換基、OH・・・水酸イオン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラスの薬物イオンを含む薬液を、OH型アニオン交換樹脂に接触させた状態で、H型カチオン交換膜に接触させることを特徴とするH型カチオン交換膜への薬物イオンのドープ方法。
【請求項2】
マイナスの薬物イオンを含む薬液を、H型カチオン交換樹脂に接触させた状態で、OH型アニオン交換膜に接触させることを特徴とするOH型アニオン交換膜への薬物イオンのドープ方法。
【請求項3】
電極と、
プラスの薬物イオンがドープされたカチオン交換膜と、
前記電極と前記カチオン交換膜の間に配置された電解液とを備えるイオントフォレーシス装置の製造方法であって、
前記薬物イオンを含む薬液を、OH型アニオン交換樹脂に接触させた状態で、H型カチオン交換膜に接触させることにより、前記カチオン交換膜への前記薬物イオンのドープがなされることを特徴とするイオントフォレーシス装置の製造方法。
【請求項4】
電極と、
マイナスの薬物イオンがドープされたアニオン交換膜と、
前記電極と前記アニオン交換膜の間に配置された電解液とを備えるイオントフォレーシス装置の製造方法であって、
前記薬物イオンを含む薬液を、H型カチオン交換樹脂に接触させた状態で、OH型アニオン交換膜に接触させることにより、前記アニオン交換膜への前記薬物イオンのドープがなされることを特徴とするイオントフォレーシス装置の製造方法。
【請求項5】
プラスの薬物イオンを含む薬液を、H型カチオン交換膜に接触させることで前記薬物イオンを前記H型カチオン交換膜にドープした後に、前記薬液を、OH型アニオン交換樹脂に接触させることを特徴とする薬液の処理方法。
【請求項6】
マイナスの薬物イオンを含む薬液を、OH型アニオン交換膜に接触させることで前記薬物イオンを前記OH型アニオン交換膜にドープした後に、前記薬液を、H型カチオン交換樹脂に接触させることを特徴とする薬液の処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−174462(P2008−174462A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−7326(P2007−7326)
【出願日】平成19年1月16日(2007.1.16)
【出願人】(507373678)トランスキュー リミテッド (7)
【氏名又は名称原語表記】Transcu Ltd.
【住所又は居所原語表記】6 Raffles Quay, #11−15/06, Singapore 048580
【Fターム(参考)】