説明

蛍光センサの補正方法おび蛍光センサ

【課題】検出精度の高い蛍光センサ10の補正方法を提供する。
【解決手段】実施形態の蛍光センサの補正方法は、励起光Eを発生するLED素子12と、蛍光Fを発生するインジケータ層16と、蛍光Fに起因する蛍光検出信号に励起光Eに起因する励起光検出信号が重畳された検出信号を出力するPD素子13と、を具備し、温度検出機能および温度調整機能を有する蛍光センサ10を用いて、第1の温度において第1の検出信号を取得する第1の検出信号取得工程と、第2の温度において第1の検出信号取得工程と同じアナライト量のときの第2の検出信号を取得する第2の検出信号取得工程と、第1の検出信号と第2の検出信号とにもとづいて、蛍光検出信号を算出するための補正係数を算出する補正係数算出工程と、補正係数と温度検出信号とを用いて以降の検出信号を補正する補正工程と、を具備する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アナライトの濃度を計測する蛍光センサおよび前記蛍光センサの補正方法に関し、特に半導体製造技術およびMEMS技術を用いて作製される微小蛍光分光光度計である蛍光センサおよび前記蛍光センサの補正方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液体中のアナライトすなわち被計測物質の存在確認、または、濃度を測定するための様々な分析装置が開発されている。例えば、一定容量の透明容器に、アナライトの存在によって性質が変化し蛍光を発生する蛍光色素と、アナライトを含む被計測溶液とを注入し、励起光Eを照射し蛍光色素からの蛍光強度を計測することによりアナライト濃度を計測する蛍光分光光度計が知られている。
【0003】
小型の蛍光分光光度計は、光検出器と蛍光色素を含有したインジケータ層とを有している。そして、被計測溶液中のアナライトが進入可能なインジケータ層に光源からの励起光Eを照射することで、インジケータ層内の蛍光色素が被計測溶液中のアナライト濃度に応じた光量の蛍光を発生し、その蛍光を光検出器が受光する。光検出器は光電変換素子であり、受光した光量に応じた電気信号を出力する。この電気信号から被計測溶液中のアナライト濃度が測定される。
【0004】
近年、微量試料中のアナライトを計測するために、半導体製造技術およびMEMS技術を用いて作製される微小蛍光分光光度計が提案されている。以下、微小蛍光光度計のことを。「蛍光センサ」と呼ぶ。
【0005】
例えば、図1および図2に示す蛍光センサ110が米国特許第5039490号明細書に開示されている。蛍光センサ110は、励起光Eが透過可能な透明支持基板101と、蛍光を電気信号に変換する光電変換素子103と、励起光Eを集光する集光機能部105Aとを有する光学板状部105と、アナライト9と相互作用することによって励起光Eの入射により蛍光を発生するインジケータ層106と、カバー層109と、から構成されている。
【0006】
光電変換素子103は、例えばシリコンからなる基板103A上に光電変換素子が形成されている。基板103Aは励起光Eを透過しない。このため、蛍光センサ110では、光電変換素子103の周囲に励起光Eが透過可能な空隙領域120を有している。
【0007】
すなわち、空隙領域120を透過し光学板状部105に入射した励起光Eだけが、光学板状部105の作用により、インジケータ層106中の、光電変換素子103の上部付近に集光される。集光された励起光E2と、インジケータ層106の内部に進入したアナライト9の相互作用により、蛍光Fが発生する。発生した蛍光Fの一部は光電変換素子103に入射し、光電変換素子103において蛍光強度、つまりアナライト9の濃度に比例した電流または電圧などの信号が発生する。なお励起光Eは、光電変換素子103上に形成されたフィルタ(不図示)の作用により、光電変換素子103には入射しない。
【0008】
以上の説明のように、蛍光センサ110は、透明支持基板101上に、光電変換素子103であるフォトダイオードを励起光Eの通路である空隙領域120を確保した基板103A上に形成し、その上に、光学板状部105およびインジケータ層106が積層されている。
【0009】
しかし、蛍光センサ110では、センサを構成する材料間で反射/散乱した励起光Eの一部が、光電変換素子103上に設けたフィルタでカットしても光電変換素子103に入射してしまう。そして光電変換素子103に入射する励起光Eの光量はセンサごとに異なっている。すると、光電変換素子103からの検出信号は、蛍光検出信号に励起光検出信号が重畳されてしまうために、正確なアナライト濃度を計測できないことがあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】米国特許第5039490号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は検出精度の高い蛍光センサおよび前記蛍光センサの補正方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の一態様の蛍光センサの補正方法は、励起光を発生する発光素子と、前記励起光とアナライト量とに応じた蛍光を発生するインジケータ層と、前記蛍光に起因する蛍光検出信号に前記励起光に起因する励起光検出信号が重畳された検出信号を出力する光電変換素子と、を具備し、温度検出信号を出力する温度検出機能および温度調整機能を有する蛍光センサを用いて、第1の温度において、第1の検出信号を取得する第1の検出信号取得工程と、第2の温度において、前記第1の検出信号取得工程と同じアナライト量のときの、第2の検出信号を取得する第2の検出信号取得工程と、前記第1の検出信号と前記第2の検出信号とにもとづいて、前記蛍光検出信号を算出するための補正係数を算出する補正係数算出工程と、前記補正係数と前記温度検出信号とを用いて、以降の検出信号を補正する補正工程と、を具備する。
また本発明の別の一態様の蛍光センサは、励起光を発生する発光素子と、前記励起光と、アナライト量と、に応じた蛍光を発生するインジケータ層と、前記蛍光に起因する蛍光検出信号に前記励起光に起因する励起光検出信号が重畳された検出信号を出力する光電変換素子と、を具備し、温度検出信号を出力する温度検出機能、および温度調整機能を有する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、検出精度の高い蛍光センサおよび前記蛍光センサの補正方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】公知の蛍光センサの断面構造を示した説明図である。
【図2】公知の蛍光センサの構造を説明するための分解図である。
【図3】実施形態のセンサシステムの構成を示した説明図である。
【図4】実施形態の蛍光センサの断面構造を示した説明図である。
【図5】実施形態の蛍光センサの構造を説明するための分解図である。
【図6】実施形態の蛍光センサの補正処理を説明するための説明図である。
【図7】実施形態の蛍光センサの補正処理を説明するためのフローチャートである。
【図8】実施形態の蛍光センサの補正処理を説明するためのタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<システム構成>
図3に示すように、本発明の実施形態の蛍光センサ10を有する針型蛍光センサ4は、本体部2およびレシーバー3と、ともにセンサシステム1を構成する。
【0016】
すなわち、センサシステム1は、針型蛍光センサ4と、本体部2と、本体部2からの信号を受信し記憶するレシーバー3と、を有する。本体部2とレシーバー3との間の信号の送受信は無線または有線で行われる。
【0017】
針型蛍光センサ4は、主要機能部である蛍光センサ10を有する針先端部5と細長い針本体部6とを有する針部7と、針本体部6の後端部と一体化したコネクタ部8と、を具備する。針先端部5、針本体部6、コネクタ部8は同一材料により一体形成されていてもよい。
【0018】
コネクタ部8は、本体部2の嵌合部2Aと着脱自在に嵌合する。針型蛍光センサ4の蛍光センサ10から延設された複数の配線60は、コネクタ部8が本体部2の嵌合部2Aと機械的に嵌合することにより、本体部2と電気的に接続される。コネクタ部8は、蛍光センサ10からの検知信号を補正処理するための制御および演算を行う演算部70を有する。
【0019】
本体部2は、図示しないが、レシーバー3との間で無線信号を送受信するための無線アンテナと、電池等と、を有する。なお、レシーバー3との間を有線送受信する場合には、本体部2は無線アンテナに代えて信号線を有する。なお、本体部2またはレシーバー3が演算部を有していてもよい。
【0020】
蛍光センサ10は感染防止等のために使用後は処分される使い捨て(ディスポ)部であるが、本体部2およびレシーバー3は繰り返し再使用されるリユース部である。なお、本体部2が必要な容量のメモリ部を有する場合にはレシーバー3は不要である。
【0021】
針型蛍光センサ4は本体部2と嵌合した状態で、被検者自身が体表面から穿刺して針先端部5が体内に留置される。そして、例えば体液中のグルコース濃度を連続して測定し、レシーバー3のメモリに記憶する。すなわち、本実施形態の蛍光センサ10は連続使用期間が一週間程度の短期皮下留置型のセンサである。
【0022】
<蛍光センサ構造>
そして、図4および図5に示すように本実施形態の針型蛍光センサ4の主機能部である蛍光センサ10は、基体であるN型シリコン基板11と、光電変換素子であるフォトダイオード(Photo Diode:以下「PD」ともいう。)素子13と、酸化シリコン層17と、フィルタ14と、蛍光を透過する発光素子である発光ダイオード(Light Emitting Diode:以下「LED」ともいう。)素子12と、透明樹脂層15と、インジケータ層16と、遮光層19とが、シリコン基板11側から順に積層された構造を有する。
【0023】
ここで、PD素子13、フィルタ14、LED素子12、およびインジケータ層16の、それぞれ少なくとも一部が、シリコン基板11上の同一領域内に形成されている。なお、蛍光センサ10は、PD素子13、フィルタ14、LED素子12、およびインジケータ層16のそれぞれの中央部がシリコン基板11上の同一領域内に形成されていることが好ましい。
【0024】
すなわち、蛍光センサ10においてはインジケータ層16からの蛍光を透過する発光素子であるLED素子12を用いることにより、公知の蛍光センサとは全く異なる構造を実現している。
【0025】
光電変換素子としては、フォトコンダクタ(光導電体)、またはフォトトランジスタ(Photo Transistor、PT)などの各種光電変換素子も選択可能である。
【0026】
酸化シリコン層17は第1の保護層であり、数十〜数百nmの厚さを有する第1の保護層としてはシリコン窒化層、または酸化シリコン層とシリコン窒化層とからなる複合積層層を用いてもよい。
【0027】
フィルタ14はLED素子12が発生する励起光Eを透過せず、それよりも長波長の蛍光Fは透過する、例えば吸収型フィルタである。フィルタ14としては蛍光のみを通すバンドパスフィルタでもよい。しかし、現実には励起光Eの一部はフィルタ14を透過してLED素子12に入射してしまう。なお、後述するように補正処理を行う蛍光センサ10にはフィルタ14は必須の構成要素ではない。
【0028】
LED素子12は、励起光を発光し、かつ、蛍光を透過する発光素子である。透明樹脂層15は第2の保護層である。第2の保護層としては、例えばLED素子12をフィルタ14上に接着するときに用いるシリコーン樹脂または透明な非晶性フッ素樹脂なども使用可能である。
【0029】
蛍光センサ10の第2の保護層の特性として励起光が照射されても層中での蛍光の発生が小さいことが重要である。なお、この蛍光の発生が小さいという特性は、インジケータ層16を除いた蛍光センサ10の全ての透明材料の重要特性であることは言うまでもない。
【0030】
インジケータ層16は、進入してきたアナライト9との相互作用および励起光により蛍光を発生、すなわちアナライト9の濃度に応じた光量の蛍光を発生する。インジケータ層16の層厚は数十μm程度に設定されている。インジケータ層16は、アナライト9の量、すなわち試料中のアナライト濃度に応じた強度の蛍光を発生する蛍光色素が含まれたベース材料から構成されている。なおインジケータ層16のベース材料は、LED素子12からの励起光および蛍光色素からの蛍光が良好に透過できる透明性をもつことが好ましい。ここで、蛍光色素は、試料中に存在するアナライト9そのものでも良い。
【0031】
蛍光色素は、アナライト9の種類に応じて選択され、アナライト9の量に応じて発生する蛍光の光量が可逆的に変化する蛍光色素ならば、どのようなものでも使用できる。例えば生体内の水素イオン濃度または二酸化炭素を測定する場合には、ヒドロキシピレントリスルホン酸誘導体、糖類を測定する場合には蛍光残基を有するフェニルボロン酸誘導体、カリウムイオンを測定する場合には蛍光残基を有するクラウンエーテル誘導体などを用いることができる。
【0032】
そして、グルコースのような糖類を測定する場合には、蛍光色素として、ルテニウム有機錯体、蛍光フェニルボロン酸誘導体、または蛋白と結合したフルオレセイン等のグルコースと可逆結合する物質を用いることができる。
【0033】
以上の説明のように、本発明の蛍光センサ10は、蛍光色素の選択によって、酸素センサ、グルコースセンサ、pHセンサ、免疫センサ、または微生物センサなど、多様な用途に対応している。
【0034】
インジケータ層16は、例えば、含水し易いハイドロゲルをベース材料として、ハイドロゲル内に上記蛍光色素を包含または結合させている。ハイドロゲルの成分としてはメチルセルロースもしくはデキストランなどの多糖類などを用いることができる。
【0035】
なおインジケータ層16は、透明樹脂層15上に、図示していないシランカップリング剤などよりなる接着層を介して接合されている。なお、透明樹脂層15を形成しないで、インジケータ層16がLED素子12の表面に、直接、接合された構造であってもよい。
【0036】
遮光層19は、インジケータ層16の上部表面側に形成された、厚さが数十μm以下の層である。遮光層19は、励起光および蛍光が蛍光センサ10の外部へ漏光するのを防止すると同時に、外光が蛍光センサ10の内部に進入を防止する。
【0037】
そして、蛍光センサ10は、温度検出機能を有する温度センサ21と、温度調整機能を有するヒーター22と、をさらに具備する。
【0038】
温度センサ21は、PD素子13とフィルタ14とLED素子12とインジケータ層16からなる光検出系20の温度計測を行い、温度検出信号を出力する。温度センサ21には、ダイオード、サーミスタ、熱電対など多様なデバイスを適用できる。光電変換素子としてPD素子を用いる場合には、同じダイオード構造により、PD素子13形成と同時に基板11上に形成できる。温度センサ21は、光検出系20に近接して設置される。
【0039】
なお、光電変換素子としてPD素子13を有する蛍光センサ10では、PD素子13を温度センサ21として使用することも可能である。すなわち光電変換動作を行っていないときにPD素子13を温度センサ21として使用することもできる。この場合には、温度計測専用の温度センサ21を配設する必要がない。
【0040】
高熱伝導率のシリコン基板11上に近接配置された温度センサ21が検出する温度は、光検出系20の温度との誤差が小さい。基板が高伝熱性材料ではない場合には、光検出系20の周囲に高伝熱性体を配設し、温度センサ21を高伝熱性体と接触する位置に配置することが好ましい。
【0041】
温度調整機能を有する温度調整部であるヒーター22は、光検出系20を、所定温度、例えば40℃に加熱するための発熱部材である。ヒーター22は、アルミもしくは金などの金属配線、導電性セラミック、カーボン、導電性樹脂等からなる抵抗加熱型ヒーターである。抵抗加熱型ヒーターは、単一素材で形成することもできるが、低抵抗配線と高抵抗発熱部とを有する構成の場合には、局所加熱が可能である。
【0042】
また、温度調整部を発熱部と高熱伝導率材料からなる伝熱部とで構成し、伝熱部を光検出系20の周囲に配設することにより、光検出系20の温度を均一化してもよい。
【0043】
さらに、蛍光センサ10の他の構成部材が、温度調整機能を有していてもよい。例えば、LED素子12は連続発光することにより熱を発生する。また、光電変換素子がダイオードである場合には、順方向の電流を流せば、熱を発生する。この場合には加熱専用の温度調整部を配設する必要がない。
【0044】
<蛍光センサ10の基本動作>
次に、図4および図5を用いて、蛍光センサ10の基本動作について説明する。
LED素子12は、例えば30秒に1回の間隔で中心波長が375nm前後の励起光Eをパルス発光する。例えば、LED素子12へのパルス電流は1mA〜100mAであり、発光のパルス幅は10ms〜100msである。
【0045】
LED素子12が発生した励起光E1は、インジケータ層16に入射する。インジケータ層16は、アナライト9の量に対応した強度の蛍光Fを発する。なお、アナライト9は遮光層19を通過して、インジケータ層16に進入する。インジケータ層16の蛍光色素は波長375nmの励起光Eに対して、より長波長の例えば波長460nmの蛍光Fを発生する。
【0046】
ここで蛍光センサ10では、LED素子12が発生した励起光Eは上下方向に照射される。上方向に照射された励起光E1は、インジケータ層16中の蛍光色素に照射される。蛍光色素が発生した蛍光Fは、LED素子12およびフィルタ14を通過してPD素子13に到達する蛍光F1と、フィルタ14を通過してPD素子13に到達する蛍光F2とが、いずれもPD素子13において、電気信号に変換される。以下、蛍光F1およびF2に起因する電気信号を蛍光検出信号Vという。
【0047】
一方、LED素子12から下方に放射された励起光E2は、フィルタ14等を通過して、一部の励起光E3がPD素子13に到達してしまう。励起光E3はフィルタ14の特性および蛍光センサ10の構造により不可避的に発生するノイズ光である。以下、励起光E3に起因する電気信号を励起光検出信号VEXという。
【0048】
すなわち、PD素子13が出力する検出信号Vは、蛍光検出信号Vに励起光検出信号VEXが重畳されている。励起光の強度LEXおよび励起光検出信号VEXは、蛍光センサごとに異なるため、蛍光センサ10の検出精度の低下の原因となる。
【0049】
<補正処理>
次に、図6を用いて、蛍光センサ10による補正処理について、説明する。
蛍光センサ10では、演算によって、検出信号Vから励起光検出信号VEXを除去し、蛍光検出信号Vのみを抽出する補正処理を行う。
【0050】
すなわち、蛍光センサ10では、温度調整機能を有するヒーター22と温度検出機能を有する温度センサ21とを用いて、複数の異なる温度における複数の検出信号Vをもとに、蛍光検出信号Vを算出するための補正係数を算出する補正処理を行い、その結果をもとに以降の検出信号を補正する。
【0051】
以下、温度Tで計測した検知信号、すなわちPD素子13より出力される光起電力をVとし、例えば、温度Tのときに計測した検知信号をVとする。そしてヒーター22により蛍光センサ10を加熱して、温度T2となったときの検知信号をVとする。光検出系20の体積は、数mm程度であるために、加熱開始から数秒から数十秒の間で、数℃から十数℃の温度上昇が生じる。補正処理はアナライト濃度に急激な変化が発生しないタイミングで行うため、数秒から数十秒の間でのアナライト濃度変化は無視できる。このため、補正処理中のアナライト濃度Cは定数Cとみなすことができる。
【0052】
すでに説明したように、センサ出力である検出信号Vは、励起光検出信号VEXと蛍光検出信号Vとによって構成されるため、(式1)で表される。
【0053】
V= VEX + V (式1)
【0054】
最初に、励起光検出信号VEXの温度依存性を表す式を求める。
LED素子12による励起光発光量LEXは、(式2)で表される。
【0055】
EX= LEX0・TEX (式2)
【0056】
LEX0は基準温度Tにおける発光量、TEXは発光量に対する温度依存係数である。発光量LEX0はLED素子12ごとに異なる値を示し、素子間で2倍を超える差異が認められる場合もある。発光量LEX0の差異は、LED素子12の製造工程に起因するものであり、蛍光センサ10の構造には依存しない。温度依存係数TEXは温度に対する関数であるが、理論または実験により求めることができる。なお、TEXは、LED素子12の種類および温度範囲によって、線形関数または非線形関数であってもよい。
【0057】
PD素子13へ入射してしまう励起光量INEXは、(式3)で表される。
【0058】
INEX= LEX・βEX = (LEX0・TEX)・βEX (式3)
【0059】
βLEDは励起光が、光検出系20内で散乱、反射、吸収による減衰を受けた結果として決まる励起光のPD素子13への集光効率を表す係数である。
【0060】
この結果、励起光検出信号VEXは、(式4)で表される。
【0061】
EX= INEX ・SEX ・TSEX= (LEX0・TEX・βEX)・SEX ・TSEX (式4)
SEXは励起光に対するPD素子13の光電変換効率であり、TSEXはその温度依存係数である。
【0062】
次に、検出信号V中の蛍光検出信号Vの温度依存性を表す式を求める。
インジケータ層16の蛍光発光量LFは、(式5)で表される。
LF= αEX・LEX・e・TF (式5)
【0063】
αEXは、LED素子12が発生する励起光のうち、インジケータ層16に到達し蛍光発光に寄与する割合を示す係数である。eは基準温度Tにおける励起光から蛍光への変換係数(蛍光収量)であり、アナライト濃度に依存する関数である。TFは蛍光発光量の温度依存係数であり、これは温度に対する関数であるが、実験にて求めることができる。このTFは、温度範囲によって線形関数または非線形関数である。
【0064】
(式5)に(式2)を代入すれば、(式6)が得られる。
LF= αEX・(LEX0・TEX)・e・TF (式6)
【0065】
さらに、PD素子13へ入射する蛍光光量INFは、(式7)で表される。
INF= LF・βF= (αEX・LEX0・TEX・e・TF)・βF (式7)
βFは蛍光Fが光検出系20内で散乱、反射、吸収による減衰を受けた結果として決まる蛍光の集光効率を表す係数である。
【0066】
この結果、蛍光検出信号Vは、(式8)で表される。
F= INF・SF・TSF= (αEX・LEX0・TEX・e・TF・βF)・SF・TSF (式8)
ここで、SFは蛍光に対するPD素子13の光電変換効率であり、TSFはその温度依存係数である。
【0067】
すなわち、センサ出力である検出信号Vは、(式9)で示される。
V =VEX+VF= (LEX0・TEX・βEX・SEX ・TSEX)+(αEX・LEX0・TEX・e・TF・βF・SF・TSF
=a・TEX・TSEX+b・TEX・TF・TSF (式9)
ここで、a=LEX0・βE X・SEX (式10)、b=αEX・LEX0・e・βF・SF (式11)である。
【0068】
係数a、bは、温度依存性がなく、また、アナライト濃度が一定のCのとき、励起光から蛍光への変換係数eは定数eC0である。すなわち、補正処理中は係数aおよび係数bを定数とみなすことができる。
【0069】
(式9)は、アナライト濃度が既知の下、2つの未知数a、bと既知関数TEX、TSEX、TF、TSFと、検出信号Vとの関係式である。すなわち、2つの温度におけるTEX、TSEX、TF、TSFと、そのときの検出信号Vとが求まれば、a、bが算出されることを示している。
【0070】
(式9)は、(式1)により、(式12)で表される。
F= V−VEX =V−a・TEX・TSEX (式12)
【0071】
次に、異なる2温度でセンサ出力を測定し、蛍光成分を求める手順を説明する。なお、LED素子12およびPD素子13は、少なくとも30〜50℃程度の温度範囲内では温度依存性を無視して扱うことができる。このため、温度依存性を簡略化し、TSEX=TSF=1とする。
【0072】
まず、温度Tについて、(式13)が成り立つ。
(1)=a・TEX(1)+b・TEX.(1)・TF(1) (式13)
【0073】
次に温度Tについて、(式14)が成り立つ。
(2)=a・TEX(2)+b・TEX(2)・TF(2) (式14)
【0074】
ここで、温度TのときのLED素子12の発光量に対する温度依存係数をTEX(1)、蛍光発光量の温度依存係数をTF(1)とし、温度TのときのLED素子12の温度依存係数をTEX(2)、蛍光発光量の温度依存係数をTF(2)とする。(式13)と(式14)とから、係数aは、(式15)で算出される。
【0075】

【0076】
また、(式15)を(式13)に代入すれば、係数bが求まる。一方、(式12)と(式15)とから、温度Tにおける検出信号Vから蛍光検出信号VF(1)を求める(式16)が得られる。
【0077】

【0078】
以上で、検出信号Vから励起光検出信号VEXを除去する補正演算処理は終了する。ここで求めた係数aは温度にもアナライト濃度にも依存しない。このため、以降、任意の温度Tで、PD素子13の検出信号Vと、その温度Tにおける発光量の温度依存係数TEXと、をもとに、蛍光検出信号Vを算出することができる。
【0079】
なお、補正時の温度T、Tと、それに対応する蛍光出力VF(1)、VF(2)と、このときのアナライト濃度Cとが、補正演算処理以降、任意の温度でアナライト濃度Cを算出する場合の初期値になる。
【0080】
次に、蛍光検出信号Vをアナライト濃度Cに変換する処理について説明する。
アナライト濃度Cは、関数δを用いて、(式17)から算出される
C=δ(T、 VF) (式17)
【0081】
Tは温度、VFは温度Tでの蛍光検出信号である。(式17)には、蛍光検出信号Vの温度依存性を補正するための温度依存補正係数εと、アナライト濃度の初期値をCになるように合わせるための係数γとを含んでいる。しかし、温度依存補正係数εは実験または理論から導かれる式から算出したり、または、データ群としてテーブル化したりできる。また、係数γは前記初期値を用いて決定される。関数δは、実験または理論より導かれる式であるが、テーブル化されたデータ群であってもよい。温度依存補正係数εと係数γとをあらかじめ定めておけば、(式17)を用いて、任意の温度Tの蛍光検出信号Vと温度検知信号とをもとに、アナライト濃度Cを算出できる。
【0082】
<補正処理手順>
次に、図7のフローチャートおよび図8のタイムチャートをもとに、蛍光センサ10の補正処理手順を説明する。
【0083】
<ステップS10>
時間Tに、針型蛍光センサ4の針先端部5が穿刺され、蛍光センサ10が体内に設置される。このとき励起光Eは照射されておらず、温度調整部であるヒーター22もオフとなっており、蛍光センサ10の温度はT、PD素子13の検出信号(光起電力)はVである。
【0084】
<ステップS11>第1の検出信号取得工程
時間T1〜T2では、LED素子12が点灯(オン)され、検出信号Vが検出される。このときの温度はTである。すなわち、第1の温度Tにおける第1の検出信号Vが取得される。
【0085】
<ステップS12、S13>加熱工程
時間T3〜T4では、ヒーター22に電流が印加され、出力Wとなる。蛍光センサ10は温度Tになるまで(ステップS13:YES)、加熱される。
【0086】
<ステップS14>
時間T4〜T7では、ヒーターが出力Wとなり、蛍光センサ10の温度がTに保持される。
【0087】
<ステップS15>第2の検出信号取得工程
時間T5〜T6では、LED素子12が点灯され、検出信号Vが検出される。すなわち、第2の温度Tにおける第2の検出信号Vが取得される。
【0088】
<ステップS16>補正係数算出工程
検出信号Vと検出信号Vと(式15)とから補正係数である定数aが算出される。
【0089】
<ステップS17、S18>補正処理完了
時間T7では、ヒーター22がオフとなり、自然冷却される。時間T8で冷却が完了(S18:YES)すると、定数算出処理、すなわち、補正処理が完了する。
【0090】
<ステップS19>計測工程
時間T9〜T10において、LED素子12が点灯し、そのときの、温度Tと検出信号Vとが計測される。
【0091】
<ステップS20>演算工程
演算部70にて、温度Tと検出信号Vと定数aを用いて、蛍光検出信号Vが算出され、さらに(式17)を用いて、アナライト濃度Cが算出される。
【0092】
<ステップS21>
以降、終了(S21:YES)まで、一定周期で励起光の照射と検出信号および温度の計測を繰り返すことでアナライト濃度Cの連続計測が行われる。
【0093】
蛍光センサ10の補正方法は、温度制御機能を用いて、異なる2つの温度での検出信号Vから、検出信号Vに占める蛍光検出信号Vの正確な値を得ることができる。つまり蛍光センサ10は、純粋に蛍光検出信号Vのみを得ることができる。このため、蛍光センサ10および蛍光センサ10の補正方法は、検出精度が高い。
【0094】
例えば、T=32℃、TF(1)=1とすると、T=37℃では、TEX(1)=0.94、TF(1)=0.78、V(1)=261(−)であり、T=42℃では、TEX(2)=0.87、TF(2)=0.55、V(2)=223(−)である。
これから、補正係数、a=205、蛍光検出信号、VF(1)=56、が得られる。
【0095】
なお、上記説明の温度調整機能は加熱により温度を上げる加熱手段であったが、冷却により温度を下げる冷却手段であってもよい。さらに蛍光センサが、加熱手段と冷却手段とを有していてもよい。
【0096】
また、上記説明は、2つの異なる温度における2つの検出信号Vをもとに、蛍光検出信号Vを算出する補正方法であったが、3以上の異なる温度における3以上の検出信号をもとに補正を行ってもよい。特に、励起光Eだけでなく、蛍光センサ10の外部からの外部光に起因するPD素子の検出信号である外光検出信号の影響を排除する必要がある場合には、3種類の温度における検出信号をもとに、蛍光検出信号Vを算出する補正を行う必要がある。
【0097】
本発明は、上述した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変えない範囲において、種々の変更、改変等ができる。
【符号の説明】
【0098】
1…センサシステム、2…本体部、3…レシーバー、4…針型蛍光センサ、5…針先端部、6…針本体部、7…針部、8…コネクタ部、9…アナライト、10…蛍光センサ、11…シリコン基板、12…LED素子、13…PD素子、14…フィルタ、15…透明樹脂層、16…インジケータ層、17…酸化シリコン層、19…遮光層、20…光検出系、21…温度センサ、22…ヒータ、60…配線、70…演算部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
励起光を発生する発光素子と、前記励起光とアナライト量とに応じた蛍光を発生するインジケータ層と、前記蛍光に起因する蛍光検出信号に前記励起光に起因する励起光検出信号が重畳された検出信号を出力する光電変換素子と、を具備し、温度検出信号を出力する温度検出機能および温度調整機能を有する蛍光センサを用いて、第1の温度において、第1の検出信号を取得する第1の検出信号取得工程と、
第2の温度において、前記第1の検出信号取得工程と同じアナライト量のときの、第2の検出信号を取得する第2の検出信号取得工程と、
前記第1の検出信号と前記第2の検出信号とにもとづいて、前記蛍光検出信号を算出するための補正係数を算出する補正係数算出工程と、
前記補正係数と前記温度検出信号とを用いて、以降の検出信号を補正する補正工程と、を具備することを特徴とする蛍光センサの補正方法。
【請求項2】
前記光電変換素子、前記蛍光を透過する前記発光素子、および前記インジケータ層の、それぞれ少なくとも一部が、基体上の同一領域内に、この順に形成されていることを特徴とする請求項1に記載の蛍光センサの補正方法。
【請求項3】
前記蛍光センサが、前記温度調整機能を有する温度調整部を具備することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の蛍光センサの補正方法。
【請求項4】
前記温度調整部が、抵抗加熱型素子であるヒーターであることを特徴とする請求項3に記載の蛍光センサの補正方法。
【請求項5】
前記発光素子が、前記温度調整機能を有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の蛍光センサの補正方法。
【請求項6】
前記光電変換素子が、前記温度調整機能を有するダイオードであるを特徴とする請求項1または請求項2に記載の蛍光センサの補正方法。
【請求項7】
前記光電変換素子が、温度検出機能を有するダイオードであるを特徴とする請求項1または請求項2または請求項6に記載の蛍光センサの補正方法。
【請求項8】
励起光を発生する発光素子と、
前記励起光と、アナライト量と、に応じた蛍光を発生するインジケータ層と、
前記蛍光に起因する蛍光検出信号に前記励起光に起因する励起光検出信号が重畳された検出信号を出力する光電変換素子と、を具備し、
温度検出信号を出力する温度検出機能、および温度調整機能を有することを特徴とする蛍光センサ。
【請求項9】
前記インジケータ層の周囲を巻回する、温度調整機能を有する抵抗加熱型素子を具備することを特徴とする請求項8に記載の蛍光センサ。
【請求項10】
前記温度調整部により複数の温度に調整されたときの複数の前記検出信号をもとに、前記蛍光検出信号を算出するための補正係数が算出され、以降の検出信号が補正されることを特徴とする請求項8または請求項9に記載の蛍光センサ。
【請求項11】
体外に配置される本体部の嵌合部と嵌合するコネクタ部を有し、体内のアナライトを計測する針型センサであることを特徴とする請求項8から請求項10のいずれか1項に記載の蛍光センサ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−93190(P2012−93190A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−240019(P2010−240019)
【出願日】平成22年10月26日(2010.10.26)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【出願人】(000109543)テルモ株式会社 (2,232)
【Fターム(参考)】