説明

蛍光体微粒子−有機色素複合体、及び当該複合体からなる光線力学的治療剤

【課題】生体深達性が高いため、光線力学的治療法等に最適であり、複合体としての安定性にも優れた蛍光体微粒子−有機色素複合体及び当該複合体からなる光線力学的治療剤を提供すること。
【解決手段】
本発明の蛍光体微粒子−有機色素複合体は、紫外可視領域に光吸収がある有機色素と、赤外励起により紫外可視発光を示すアップコンバージョン蛍光体微粒子がアミド結合により結合されてなるので、安定性に優れるとともに、蛍光体微粒子のアップコンバージョン発光を利用して、蛍光体微粒子から赤外励起により可視光を発することにより、粒子表面の有機色素を赤外光の入射により励起することができる。よって、赤外光照射を用いて間接的に有機色素を活性化することができるので、生体深達性の高い複合体となり、例えば、癌、悪性腫瘍、皮膚疾患等を治療する光線力学的治療剤として適用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光体微粒子−有機色素複合体、及び当該複合体からなる光線力学的治療剤に関する。さらに詳しくは、生体深達性が高く、光線力学的治療法等に利用可能な蛍光体微粒子−有機色素複合体、及び当該複合体からなる光線力学的治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、活性酸素種は種々の疾患の治療に有用である活性酸素種の研究が盛んに行われている。中でも、ポルフィリン系色素に代表される光活性剤は、紫外線や可視光の特定の光照射によって励起され、酸素間との励起エネルギー移動を経て活性酸素の一種である一重項酸素を生成することが知られている。このポルフィリン光活性剤の活性酸素生成機能は、医学分野での光線力学的治療法(Photo Dynamic Therapy:PDT)への応用が期待されている。
【0003】
かかる光線力学的治療法は、ポルフィリン等の有機色素を光増感剤として用い、この光増感剤が水や酸素の存在下で光を照射したときに光化学反応によって生成する一重項酸素等の活性酸素種またはそれらによって二次的に生成される活性ラジカル種が、細胞の活動や増殖を阻害する作用を利用することにより生体を治療する方法である。このような光線力学的治療法は、生体侵襲性が少なく、癌、悪性腫瘍、皮膚疾患等を安全かつ簡便に治療する方法として注目されており、近年、肺癌、胃癌、子宮癌、皮膚癌等の各種癌、尋常性ざ瘡(面皰:ニキビ)、難治性疣贅(疣:イボ)、加齢黄斑変性等の皮膚疾患の治療法として実用化されつつある(例えば、特許文献1を参照。)。
【0004】
一方、ポルフィリンにおける光線力学的治療法用途への問題の一つは、励起光の生体深達性である。通常、ポルフィリンは400〜650nm付近の励起光で一重項酸素を生成させることにより光線力学的治療法に利用されるが、かかる波長域では、生体への深達性が低いため生体の深部の治療が困難とされている。かかる問題を解決するために、例えば、ポルフィリン自身の構造を変化させることによる励起光の長波長化を狙った研究が進められている。
【0005】
ところで、アップコンバージョン(UC)発光とは、ある無機質ホスト材料中にドープされた希土類イオンの離散的な4fエネルギー準位を利用して多段階に励起することにより、励起光として用いられて近赤外光からエネルギーが高い可視光あるいは紫外光に変換する可視光発光現象である。かかる特異な発光現象は様々な用途が検討されている(例えば、特許文献2〜特許文献4を参照。)。
【0006】
【特許文献1】特開2006−34375号公報
【特許文献2】特開2005−104980号公報
【特許文献3】特表2005−514658号公報
【特許文献4】特開2006−249253号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
かかるアップコンバージョン発光を行う蛍光体微粒子は、赤外励起により紫外可視発光を示すため、当該蛍光体微粒子を紫外可視領域に光吸収があるポルフィリン系色素と複合化することにより、ポルフィリン自体の構造を変化させることなく、赤外領域の光照射で間接的にポルフィリン系色素を活性化させることができる可能性がある。すなわち、アップコンバージョン発光を利用すれば、赤外励起によりアップコンバージョン発光粒子から可視光が発光されることで、粒子表面に結合させたポルフィリンを赤外光の入射により励起し、赤外光照射を用いた生体深達性が光線力学的治療法に利用できるものと考えられる。一方、アップコンバージョン発光を行う蛍光体微粒子とポルフィリン系色素を安定した状態で存在させることは困難であった。
【0008】
本発明は、前記の課題に鑑みてなされたものであり、生体深達性が高いため、光線力学的治療法等に最適であり、複合体としての安定性にも優れた蛍光体微粒子−有機色素複合体及び当該複合体からなる光線力学的治療剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記の課題を解決するために、本発明の請求項1に係る蛍光体微粒子−有機色素複合体は、希土類元素を含有し、アップコンバージョン発光する蛍光体微粒子の表面に、末端にカルボキシル基を有する有機色素がアミド結合により結合されてなることを特徴とする。
【0010】
本発明の請求項2に係る蛍光体微粒子−有機色素複合体は、請求項1において、前記有機色素がポルフィリン系色素であることを特徴とする。
【0011】
本発明の請求項3に係る蛍光体微粒子−有機色素複合体は、請求項1または請求項2において、前記蛍光体微粒子が、ハロゲン化物または酸化物の母材に前記希土類元素を含有するものであることを特徴とする。
【0012】
本発明の請求項4に係る蛍光体微粒子−有機色素複合体は、請求項1ないし請求項3のいずれかにおいて、前記希土類元素が、エルビウム(Er)、ホロミウム(Ho)、プラセオジウム(Pr)、ツリウム(Tm)、ネオジウム(Nd)、ガドリニウム(Gd)、ユウロピウム(Eu)、サマリウム(Sm)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)及びセリウム(Ce)よりなる群から選ばれる少なくとも1つ以上の希土類元素と、イッテルビウム(Yb)を含むことを特徴とする。
【0013】
本発明の請求項5に係る光線力学的治療剤は、請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の蛍光体微粒子−有機色素複合体からなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明の請求項1に係る蛍光体微粒子−有機色素複合体は、希土類元素を含有し、アップコンバージョン発光する蛍光体微粒子と、ポルフィリン系色素に代表される有機色素が複合化されたものであって、当該蛍光体微粒子と、ポルフィリン系色素に代表される有機色素がアミド結合により結合されることにより複合化されているので、安定性にも優れた複合体となる。また、紫外可視領域に光吸収がある有機色素を、赤外励起により紫外可視発光を示すアップコンバージョン蛍光体微粒子と複合化しているので、当該微粒子のアップコンバージョン発光を利用して、蛍光体微粒子から赤外励起により可視光を発することにより、粒子表面にアミド結合された有機色素を赤外光の入射により励起することができる。このように、本発明の複合体は、赤外光照射を用いて間接的に有機色素を活性化して、高い生体深達性を保つことができるので、例えば、光線力学的治療剤として適用することができる。
【0015】
本発明の請求項2に係る蛍光体微粒子−有機色素複合体は、複合体を構成する有機色素としてポルフィリン系色素を採用しているので、紫外可視領域に強い吸収スペクトルを持ち、励起一重項酸素の形成が簡便に実施されるため、光線力学的治療に用いるのに最適である。また、蛍光体微粒子とのアミド結合の形成も効率よく行われるため、この点でも本発明の複合体を形成するのに適する。
【0016】
本発明の請求項3に係る蛍光体微粒子−有機色素複合体は、複合体を構成する蛍光体微粒子が、ハロゲン化物または酸化物の母材に希土類元素を含有する構成を採用している。母材としてハロゲン化物を採用した場合には、より高い発光効率を示す蛍光体微粒子を、また、母材として酸化物を採用した場合には、耐水性等の耐環境性が高い蛍光体微粒子を提供することができる。
【0017】
本発明の請求項4に係る蛍光体微粒子−有機色素複合体は、蛍光体微粒子に含有される希土類元素として特定の元素を採用しているので、アップコンバージョン発光が効率よく確実に行われる。また、希土類元素として、光に対する感度に優れるイッテルビウム(Yb)を含有するので、増感剤として好適に機能することになる。
【0018】
本発明の請求項5に係る光線力学的治療剤は、前記した本発明の蛍光体微粒子−有機色素複合体からなるので、高い生体深達性を保ち、患部の深い組織まで効果的に病原体、特に癌細胞を殺滅し得る光線力学的治療剤を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の蛍光体微粒子−有機色素複合体について説明する。本発明の蛍光体微粒子−有機色素複合体(以下、単に「複合体」とする場合もある。)は、希土類元素を含有し、アップコンバージョン発光する蛍光体微粒子の表面に、側鎖にカルボキシル基を有する有機色素がアミド結合により複合化されてなる。
【0020】
(I)希土類元素を含有し、アップコンバージョン発光する蛍光体微粒子:
本発明の複合体を構成する、希土類元素を含有し、アップコンバージョン発光する蛍光体微粒子(以下、単に「蛍光体微粒子」という場合もある。)に関し、一般的なアップコンバージョン発光について、図1を用いて説明する。
【0021】
図1においては、イッテルビウム(Yb)とエルビウム(Er)の2種類を用いた系であり、励起光として1000nmの赤外光を照射した例が示されている。まず、図1(a)に示すように、1000nmの励起光によりイッテルビウムが励起されて7/2からよりエネルギー準位の高い5/2に移動する。そして、このエネルギーが、エネルギー移動1により、エルビウムのエネルギー準位を、15/2から11/2に押し上げる。そして、図1(b)に示すように、同様に1000nmの励起光によりイッテルビウムが励起され、このエネルギーがエネルギー移動2により、さらにエルビウムのエネルギー準位を11/2から11/2に押し上げる。そして、図1(c)に示すように、上記励起されたエルビウムが基底状態に戻る際に、550nmの光を発光することになる。
【0022】
このように、1000nmの光で励起されたものが、よりエネルギーの高い550nmの光を発するような場合、すなわち励起光より高いエネルギーを発光するような場合をアップコンバージョン発光というのである。本発明における蛍光体微粒子は、例えば、このようなアップコンバージョン発光を生じるエルビウム(Er)等の希土類元素が含有(ドープ)されたものであるので、エネルギーの高い光、例えば紫外光等で励起する必要がない。すなわち、発光の際の光の波長は、分析または検出の容易さから通常は可視光であることが好ましい。従って、アップコンバージョン発光の場合はこれより波長の長い光が励起光として用いられる。このため、生体高分子に対して損傷を与える可能性の高い紫外光や青色光は励起光としては用いられないのである。さらに励起光波長と発光波長が重なることがほとんど無いため、分析または検出を著しく容易にさせるのである。
【0023】
本発明の複合体を構成する蛍光体微粒子は、母材に蛍光を発する希土類元素が含有(ドープ)された、いわゆる付活型の蛍光体の微粒子であることが好ましい。希土類元素は所定の範囲内の波長の光により励起されてアップコンバージョン発光することが可能であり、また、希土類元素の種類や含有量(ドープ量)により、発光の強さや色を調整することができる。
【0024】
本発明に用いられる希土類元素は、所定の範囲内の波長の光により励起されてアップコンバージョン発光することが可能な希土類元素であれば特に限定されるものではない。一般的には3価のイオンとなる希土類元素を挙げることができ、中でもエルビウム(Er)、ホロミウム(Ho)、プラセオジウム(Pr)、ツリウム(Tm)、ネオジウム(Nd)、ガドリニウム(Gd)、ユウロピウム(Eu)、サマリウム(Sm)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)及びセリウム(Ce)が好適に用いられ、これらの希土類元素を用いることにより、アップコンバージョン発光が効率よく確実に行われる。これらの希土類元素は、1種類を単独で用いてもよく、また、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0025】
ここで、希土類元素を1種類で用いる場合のアップコンバージョン発光のメカニズムとして、Er3+が含有(ドープ)された蛍光体微粒子を例に挙げて説明する。例として、励起光として970nmまたは1500nmの光を照射した場合、アップコンバージョン過程を経て、Er3+イオンのエネルギー準位において、410nm(9/215/2)、550nm(3/215/2)、660nm(9/215/2)等の可視光発光を示すことになる。
【0026】
また、前記した希土類元素とともにイッテルビウム(Yb)が含有されていてもよい。イッテルビウム(Yb)は光に対する感度が良好であるので、増感剤として機能することができる。なお、前記した図1に例示するように、イッテルビウムを励起するとエネルギーが生じるが、このイッテルビウムの励起により生じたエネルギーがエネルギー移動することにより、前記した希土類元素のエネルギー準位を押し上げることができる場合がある。これは、イッテルビウムのエネルギー準位と前記した希土類元素のエネルギー準位とが近い場合、エネルギーの移動が起こりうるからであり、イッテルビウムは光に対する感度がよいので、効率的にアップコンバージョン発光することが可能となる。
【0027】
このような希土類元素をアップコンバージョン発光させる励起光の波長の範囲としては、励起光が生体高分子に損傷を与えないことが好ましいことから、500〜2000nmの範囲内の波長であり、700〜2000nmの範囲であることが好ましく、800〜1600nmの範囲内の波長であることが特に好ましい。
【0028】
また、本発明の複合体を構成する蛍光体微粒子に用いられる母材としては、希土類元素を担持するものであって、上記希土類元素をアップコンバージョン発光可能な状態で担持するものであれば特に限定されるものではない。例えば、希土類元素と反応し、錯体、デンドリマー等を形成する有機物であってもよく、無機物であってもよい。中でも、本発明においては、無機物を使用することが好ましい。希土類元素を発光可能な状態で含有させることが容易だからである。
【0029】
無機物の母材としては、発光効率の観点から励起光に対して透明性を有する材料が好ましい。具体的にはフッ化物、塩化物等のハロゲン化物、酸化物、硫化物等が好ましく用いられ、特にハロゲン化物や酸化物が好適に用いられる。母材としてハロゲン化物を用いた場合にはより高い発光効率を示す蛍光体微粒子を得ることができ、母材として酸化物を用いた場合には耐水性等の耐環境性が高い蛍光体微粒子を得ることができる。これらの無機物は、1種類を単独で用いてもよく、また、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0030】
ハロゲン化物としては、例えば塩化バリウム(BaCl)、塩化鉛(PbCl)、フッ化鉛(PbF)、フッ化カドミニウム(CdF)、フッ化ランタン(LaF)、フッ化イットリウム(YF)等を挙げることができる。この中でも、塩化バリウム(BaCl)、塩化鉛(PbCl)及びフッ化イットリウム(YF)が好ましい。
【0031】
水分等に安定な耐環境性の高い母材としては、酸化物を挙げることができる。酸化物としては、例えば酸化イットリウム(Y)、酸化アルミニウム(Al)、酸化シリコン(SiO)、酸化タンタル(Ta)等を挙げることができる。この中でも、酸化イットリウム(Y)が好ましい。
【0032】
母材としてハロゲン化物を用いた場合は、周囲に保護層を形成することが好ましい。ハロゲン化物は一般的に水等に対して不安定であり、ハロゲン化物を母材とする蛍光体微粒子をそのまま用いると正確に分析ができない場合があるからである。このような場合は、ハロゲン化物を母材とする蛍光体微粒子の周囲に耐水性等を有する被覆材を形成し、複合核部にするとよい。この被覆材としては、前記したような酸化物を好適に用いることができる。
【0033】
蛍光体微粒子の製造方法としては、本発明の目的に適う蛍光体微粒子を得ることができれば特に限定されるものではない。例えば、高周波プラズマ法を含むガス中蒸発法、スパッタリング法、ガラス結晶化法、化学析出法、逆ミセル法、ゾル−ゲル法及びそれに類する方法、水熱合成法や共沈法を含む沈殿法、スプレー法、または燃焼法等を挙げることができる。
【0034】
また、母材への希土類元素のドープ方法としては、例えば母材がハロゲン化物の塩化バリウム(BaCl)である場合、特開平9−208947号公報もしくは文献(Efficient 1.5mm to Visible Upconversion in
Er3+ Doped Halide Phoshors Junichi Ohwaki, et al., p.1334−1337, JAPANESE JOURNAL OF APPLIED PHYSICS, Vol.31 part 2 No.3A, 1 March 1994)に記載の方法を使用することができる。また、母材が酸化物の場合、例えば、特開平7−3261号公報もしくは文献(”Green Upconversion Fluorescence in Er3+ Doped Ta Heated Gel” Kazuo Kojima et al., Vol.67(23),4 December 1995 ; “Relationship Between Optical Properties and Crystallinity of Nanometer Y:Eu Phoshor“ APPLIED PHYSICS LETTERS, Vol.76, No.12,p.1549−1551, 20 March 2000)等に記載の方法を使用することができる。
【0035】
母材中における希土類元素の含有量(ドープ量)としては、希土類元素の種類や母材の種類、及び必要とされる発光の程度によって大幅に異なるものであり、種々の条件に応じて適宜決定されるものである。例えば、母材として酸化イットリウム(Y)を、希土類元素としてエルビウム(Er)及びイッテルビウム(Yb)を用いた場合にあっては、例えば、エルビウムを1〜10mol%、イッテルビウムを1〜50mol%としてドープ量とすればよい。
【0036】
本発明における蛍光体微粒子の製造方法の一例として、エルビウム(Er)がドープされた蛍光体微粒子の製造方法について説明する。まず、エルビウムが付活された塩基性炭酸塩を得て、このエルビウムが付活された塩基性炭酸塩を焼成することによって、融着した状態のエルビウムがドープされた蛍光体微粒子を得ることができる。
【0037】
この際用いられる塩基性炭酸塩としては、例えば塩基性炭酸イットリウム、塩基性炭酸ガドリニウム、塩基性炭酸ルテチウム、塩基性炭酸ランタン等を挙げることができる。これらの塩基性炭酸塩は、1種類を単独で用いてもよく、また、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0038】
光線力学的治療用途に適するために、平均粒子径が1nm〜100nmの範囲内である蛍光体微粒子を得るには、前記したエルビウムが付活された塩基性炭酸塩を液相反応によって得ることが好ましい。例えば、エルビウムで付活しようとする塩基性炭酸塩の構成元素である金属の硝酸塩と、エルビウムの硝酸塩と、炭酸ナトリウムとを反応させることによって、エルビウムが付活された塩基性炭酸塩を得ることができる。
【0039】
所望の希土類元素が付活された塩基性炭酸塩を焼成するにあたっては、急速加熱することが好ましく、その後、急速冷却することが好ましい。この急速加熱及び急速冷却によって粒子の成長を防ぎ、平均粒子径を容易に100nm以下にすることができるからである。急速加熱としては、通常300℃〜1700℃程度、好ましくは500℃〜1100℃程度に設定されたオーブンに、少なくとも10分以上、好ましくは30分〜180分程度投入すればよい。また、急速冷却としては、通常、オーブンから取り出してオーブン内の温度より200℃以上低い温度条件下におき、好ましくはオーブン内の温度より500℃〜1100℃低い温度条件下におくようにすればよい。
【0040】
本発明における蛍光体微粒子の平均粒子径は、光線力学的治療剤としての用途を考慮すると、1nm〜100nmの範囲内であることが好ましく、1nm〜50nmの範囲内であることが特に好ましい。平均粒子径が1nmより小さいと、蛍光体微粒子が製造が極めて困難であり、平均粒子径が100nmを超えると、蛍光体微粒子が散乱を生じるおそれがある。なお、本発明において、前記平均粒子径は、走査型電子顕微鏡(SEM)や透過型電子顕微鏡(TEM)等の電子顕微鏡写真より100個の蛍光体微粒子を抽出し、それぞれの粒子径を平均した値とする。
【0041】
なお、一般に、得られる蛍光体微粒子は凝集ないし融着した状態となってしまうことが多いので、このような状態の蛍光体微粒子に対しては、非水系溶媒の存在下で解粒処理を施すことが好ましい。蛍光体微粒子に解粒処理を施すことにより、平均粒子径が1nm〜50nmの蛍光体微粒子を簡便に得ることができる。適用可能な解粒処理については、例えば、特開2006−249253号により開示された方法が挙げられる。
【0042】
(II)末端にカルボキシル基を有する有機色素:
蛍光体微粒子とアミド結合を介して結合される、末端にカルボキシル基を有する有機色素(以下、単に「有機色素」という場合もある。)は、紫外線や可視光の特定の光照射によって励起され、酸素間との励起エネルギー移動を経て活性酸素の一種である一重項酸素を生成することができる。本発明にあっては、この有機色素の活性酸素生成機能を、医学分野での光線力学的治療法へ利用する。かかる有機色素としては、例えば、ポルフィリン系色素(ポルフィリン誘導体、あるいはポリフィリン及びポルフィリン誘導体の前駆物質を含む。)等が挙げられる。
【0043】
本発明における有機色素の代表例として挙げられるポルフィリンは、下記式(I)で表されるように、4つのピロールがメチン基(−CH=)で結合した環状化合物であり、π電子の共役した骨格構造により、紫外光や可視光領域に強い吸収スペクトルを持つ。かかる構造を持つポルフィリン系色素は、400nm、及び500〜600nm付近にソーレー帯、Q帯と呼ばれる非常に強い吸収帯を持っている。これらの吸収帯に相当する波長の光をポルフィリンに照射すると、ポルフィリンは光励起され、まず、励起一重項状態が生成する。生成した励起一重項状態からは、基底状態への緩和反応、及び励起三重項状態への項間交差反応が進行する。項間交差反応により生成した励起三重項状態は、最終的には緩和反応により基底状態に戻ることになる。
【0044】
【化1】

【0045】
一方、ポルフィリンの励起一重項状態の寿命は、長いものでも数ナノ秒程度であり、この時間域では、反応溶液中において反応種が拡散衝突する以前に一重項状態が緩和してしまうため、ポルフィリン励起一重項状態を経由した光増感反応はほとんど進行しない。これに対して、励起三重項状態の寿命は、励起一重項状態に比べて長いことが知られている。これは、三重項と一重項との間の遷移がスピン禁制であるので、その緩和速度が遅くなるためである。よって、ポルフィリンを光活性剤とする光反応においては、ポルフィリン励起三重項状態を経由した反応が主要な反応経路となり、光活性剤としては、励起三重項状態が長いものほど有効であると考えられている。
【0046】
また、この寿命の長い励起三重項状態では、酸素分子にエネルギーを渡して、励起一重項酸素を生成する。生じた一重項酸素は強力な酸化作用により癌細胞に障害を与え治療効果が得られ、かかる効果が光線力学的治療法に適用されることになる。このように、有機色素としてのポルフィリン系色素は、紫外可視領域に強い吸収スペクトルを持ち、励起一重項酸素の形成が簡便に実施されるため、光線力学的治療に用いるのに最適である。また、蛍光体微粒子とのアミド結合の形成も効率よく行われるため、この点でも本発明の複合体を形成するのに適する。
【0047】
使用可能なポルフィリンとしては、例えば、クロリンe6、フィトクロリン、ロドクロリン、フィロクロリン、ピロクロリン等のクロリン、フィトポルフィリン、ウロポルフィリンI、ウロポルフィリンIIなどのウロポルフィリン、コプロポルフィリンI、コプロポルフィリンII等のコプロポルフィリン、ヘマトポルフィリン、メソポルフィリン、プロトポルフィリン、ロドポルフィリンフィロポルフィリン、エチオポルフィリンI、エチオポルフィリンII等のエチオポルフィリン、ピロポルフィリン、ジュウテロポルフィリン、さらにヘム、フェロヘム、フェリヘム、ヘモクロム、フェロヘモクロム、フェリヘモクロム、ヘミン、ヘマチン、プロトヘム、プロトフェロヘム、プロトヘミン、プロトヘマチン等のポルフィリンの金属錯体等の末端にカルボキシル基を有するポルフィリン(ポルフィリン系色素)が挙げられる。クロリンe6の構造を式(II)に示す。
【0048】
【化2】

【0049】
(III)本発明の蛍光体微粒子−有機色素複合体の製造方法:
本発明の複合体は、前記した蛍光体微粒子と有機色素がアミド結合を介して複合化される。両者をアミド結合で複合化するに際しては、蛍光体微粒子に対する前処理として、蛍光体微粒子に対してシランカップリングを施すことが好ましい。シランカップリングによって蛍光体微粒子の表面にアミノ基を形成させることができ、カルボキシルを有する有機色素とアミド結合を介して複合化することを容易とする。
【0050】
使用可能なシランカップリング剤としては、特に制限はないが、例えば、3−アミノプロピルトリエトキシシラン(3−Aminopropyltriethoxysilane:APTES)、ビニルトリメトキシシラン(Vinyltrimethoxysilane)、3−グリシデルオキシプロピルトリメトキシシラン(3−Glycidyloxypropyltrimethoxysilane)、3−メルカプトプロピルトリメトキシシラン(3−Mercaptopropyltrimethoxysilane)、トリメトキシ−n−プロピルシラン(Trimethoxy−n−propylsilane)等が挙げられる。
【0051】
蛍光体微粒子に対するシランカップリング処理は、前記したようなシランカップリング剤を用いて、通常用いられる手段を用いて当該シランカップリング剤を蛍光体微粒子に接触させるようにすればよい。具体的には、シランカップリング剤を蛍光体微粒子に直接接触させるほか、シランカップリング剤をプロパノール、メタノール、エタノール等の適当な溶媒に溶解させた溶液に、蛍光体微粒子を浸漬等させるようにしてシランカップリング剤に接触させるようにすればよい。
【0052】
また、前記のようにシランカップリング処理が施され、表面にアミノ基を有する蛍光体微粒子と、カルボキシル基を有する有機色素とをアミド結合を介して複合化するには、架橋剤(アミド架橋剤)を用いて、カルボキシル基を反応活性化処理することが好ましい。使用可能な架橋剤としては、NHS(N−ヒドロキシこはく酸イミド(N−ヒドロキシサクシンイミド)N−hydroxysuccinimide:NHS)、ジシクロヘキシルカルボジイミド(Dicyclohexylcarbodiimide:DCC)等が挙げられる。これらは1種類を単独で使用してもよく、2種類以上を組み合わせて使用してもよい。かかるアミド架橋剤で活性化されることにより、有機色素が有するカルボキシル基はエステルとなるため、蛍光体微粒子の表面に存在するアミノ基との反応性が格段に向上し、瞬時にアミド結合が形成されることとなる。
【0053】
なお、かかる反応活性化処理は、架橋剤をN−Nジメチルホルムアミド(Dimethylformamide:DMF)等の適当な溶媒に溶解させた溶液に、有機色素を浸漬させるようにすればよい。そして、かかる溶液に、表面にアミノ基を有する蛍光体微粒子を混合することにより、蛍光体微粒子表面のアミノ基と、有機色素の末端に存在するカルボキシル基がアミド結合により結合されることになる。
【0054】
以下、蛍光体微粒子として、母材を酸化イットリウム(Y)、含有(ドープ)される希土類元素にエルビウム(Er)とイッテルビウム(Yb)を使用し、また、有機色素としてポルフィリン系色素であるクロリンe6を使用して本発明の蛍光体微粒子−有機色素複合体を製造した例を説明する。
【0055】
(1)まず、溶媒となるプロパノール中に、蛍光体微粒子であるエルビウムとイッテルビウムを含有した酸化イットリウムとシランカップリング剤として3−アミノプロピルトリエトキシシラン(APTES)を加えて、70℃程度のウォーターバス中で撹拌してシランカップリング処理することにより、表面にアミノ基が形成された蛍光体微粒子を得ることができる。調製された表面にアミノ基が形成された蛍光体微粒子は、遠心分離を用いて、蒸留水及びエタノールにより洗浄される。
【0056】
(2)一方、脱水N−Nジメチルホルムアミドを溶媒として、有機色素であるクロリンe6を添加するとともに、アミノ架橋剤であるN−ヒドロキシこはく酸イミド(NHS)、及びジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)を加えて撹拌することにより、クロリンe6の末端に存在するカルボキシル基を活性化させる。
【0057】
そして、(2)で得られた溶液に、(1)で得られた表面にアミノ基が形成された蛍光体微粒子を混合し、さらに脱水N−Nジメチルホルムアミドを添加した後、撹拌処理することにより、蛍光体微粒子表面のアミノ基と、クロリンe6の末端に存在するカルボキシル基がアミド結合により結合された、蛍光体微粒子−有機色素複合体を得ることができる。得られた複合体は、遠心分離を用いてN−Nジメチルホルムアミドで洗浄され、更に冷却しながら、N−Nジメチルホルムアミドで超音波洗浄が行われる。
【0058】
なお、光線力学的治療法を用いて癌等の治療を効率よく実施するためには、一重項酸素を多量に生成する必要がある。そのためには、一重項酸素を生成する有機色素(ポルフィリン系色素)を、蛍光体微粒子に多量に結合させることが好ましい。望まれる修飾量としては、650〜700nmのアップコンバージョン発光が、修飾された有機色素によって全て吸収されるくらいの量であると推定される。かかる量は、蛍光体微粒子をシランカップリング処理する際に形成されるアミノ基の量により左右されると考えられ、当該シランカップリング処理におけるシランカップリング剤の量、濃度、及びシランカップリング処理の時間により適宜調整すればよい。
【0059】
本発明の蛍光体微粒子−有機色素複合体は、希土類元素を含有し、アップコンバージョン発光する蛍光体微粒子と、ポルフィリン系色素に代表される有機色素がアミド結合により結合されて複合化されているので、安定性にも優れた複合体となる。
【0060】
また、紫外可視領域に光吸収がある有機色素を、赤外励起により紫外可視発光を示すアップコンバージョン蛍光体微粒子と複合化しているので、当該微粒子のアップコンバージョン発光を利用して、蛍光体微粒子から赤外励起により可視光を発することにより、粒子表面にアミド結合された有機色素を赤外光の入射により励起することができる。このように、赤外光照射を用いて間接的に有機色素を活性化することができるので、生体深達性の高い複合体となるため、光線力学的治療剤として適用することによりその能力を最大限に発揮することができる。
【0061】
以上のように、本発明の蛍光体微粒子−有機色素複合体は、現状の光線力学的治療の課題である生体深達性(光の組織透過性、生体内への光深度)の問題を解決しうる、高い生体深達性を保つ光線力学的治療剤として適用でき、患部の深い組織まで効果的に病原体、特に癌細胞を殺滅し得る光線力学的治療剤を得ることができる。そして、励起光源として980nm付近の赤外光を用いるため、光線力学的治療に適用した場合であっても、生体組織に与えるダメージも軽減できる。
【0062】
本発明の複合体を光線力学的治療に用いる場合は、複合体をそのまま、あるいは所望の剤型として、これを治療しようとする患部に施用し、患部と被験者とを一定時間露光しない条件下で静置したのち、患部に対して一定時間光照射する。
【0063】
光照射としては、人工拡散光源、レーザーのような光源を用いて行われるが、好ましい光源は、ハロゲン灯、キセノン灯、メタルハライド灯等である。その他、LED(発光ダイオード)や有機EL素子のような発光素子を用いてもよい。本発明を用いて光線力学的治療を行う場合には、可視光に強い放射強度スペクトルをもつ光源としてメタルハライド灯を用いるのが特に好ましい。
【0064】
また、本発明を適用するに際し、治療の対象としては、癌細胞、粥状動脈硬化病変、関節リウマチ病変、難治性疣贅、尋常性座瘡、パピロマーウイルス等が挙げられる。このうち、好ましいものは癌細胞の治療であり、肺癌、胃癌、子宮癌、皮膚癌等の各種癌の治療に使用することができる。その他、面皰(ニキビ)や疣(イボ)等の皮膚疾患の治療にも使用することができる。加えて、細菌に対する殺菌あるいは抗菌にも利用することができる。対象となる菌としては、例えば、大腸菌、緑膿菌、サルモネラ菌等が挙げられる。また、クラドスポリウム(クロカビ)、アルペルギウス等のカビの除去あるいは発生防止剤としても用いることができる。
【実施例】
【0065】
以下、実施例等に基づき本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、これらに限定されるものではない。
【0066】
[実施例1]
下記(1)〜(4)の方法を用いて、本発明の蛍光体微粒子−有機色素複合体(Y(10%Er3+と2%Yb3+を含有)−クロリンe6複合体)を調製した。
【0067】
(1)蛍光体微粒子(Er3+とYb3+を含有したY微粒子)の調製:
0.03mol/Lの炭酸ナトリウム(NaCO(aq))((株)高純度化学研究所製)水溶液100mLに、0.18mol/L(aq)の硝酸イットリウム六水和物(YNO・6HO)(関東化学(株)製)(内割で10%硝酸エルビウム(III)五水和物(Er(NO・5HO)((株)高純度化学研究所製)と2%硝酸イッテルビウム(III)(Yb(NO)((株)高純度化学研究所製)を含有)水溶液100mLを加えて共沈させた。得られた沈殿物(Y0.88Er0.10Yb0.02OH(CO))から硝酸イオンとナトリウムイオンを除去する目的で、遠心分離機(マイクロ冷却遠心機 KUBOTA CS150GX:久保田商事(株)製)を用いて蒸留水で3回洗浄し、その後エタノールで1回洗浄し、80〜90℃のホットプレート上で乾燥して前駆体を調製した。熱処理は大気炉を用いて、当該前駆体を1200℃で1時間焼成を行い、蛍光体微粒子であるY(10%Er3+と2%Yb3+を含有)を得た。
【0068】
(2)蛍光体微粒子のシランカップリング処理:
50mLのプロパノール(関東化学(株)製)を溶媒として、100mgの(1)で得た蛍光体微粒子(Y(10%Er3+と2%Yb3+を含有))、シランカップリング剤として30μLの3−アミノプロピルトリエトキシシラン(APTES)(ALDRICH社製)を加え、70℃のウォーターバス中で24時間撹拌した。この操作で得られた表面にアミノ基が形成された蛍光体微粒子(Y(10%Er3+と2%Yb3+を含有))を20000×G遠心分離を用いて、蒸留水で3回、エタノールで1回洗浄した。
【0069】
(3)クロリン末端に存在するカルボキシル基の活性化:
脱水N−Nジメチルホルムアミド(DMF)(和光純薬工業(株)製)に6.0mgのクロリンe6(Ce6)(C3436:和光純薬工業(株)製)、アミド架橋剤である7.5mgのN−ヒドロキシこはく酸イミド(NHS)(ALDRICH社製)、及び17.5mgのジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)(ALDRICH社製)を加え、24時間撹拌し、クロリンe6の末端に存在するカルボキシル基を活性化させた。
【0070】
(4)アミド結合の形成による複合体の調製:
(3)で得られた溶液に、(2)で得られた表面にアミノ基が形成された蛍光体微粒子(Y(10%Er3+と2%Yb3+を含有))を添加し、さらに10mLの脱水N−Nジメチルホルムアミド(DMF)を添加した後、24時間撹拌処理することで、蛍光体微粒子表面のアミノ基とクロリンe6の末端に存在するカルボキシル基をアミド結合により結合した。調製されたY(10%Er3+と2%Yb3+を含有)−クロリンe6複合体は、20000×G遠心分離を用いて脱水N−Nジメチルホルムアミド(DMF)で3回洗浄し、更に冷却しながら、脱水N−Nジメチルホルムアミド(DMF)中で超音波洗浄を20分間行った。
【0071】
[試験例1]
IRスペクトルの測定:
IRスペクトルの測定は、FT−IR(FT−IR 8300/(株)島津製作所製)を用いて測定を行った。実施例1(1)で得られたY(10%Er3+と2%Yb3+を含有)(図2中、(A)とする。)、実施例1(2)で得られた表面にアミノ基が形成されたY(10%Er3+と2%Yb3+を含有)(同、(B)とする。)、及び本発明のY(10%Er3+と2%Yb3+を含有)−クロリンe6複合体(同、(C)とする。)のFT−IRスペクトルを図2に示す。
【0072】
図2に示すように、表面にアミノ基が形成されたY(10%Er3+と2%Yb3+を含有)の透過スペクトル(図2の(B))では、シランカップリング剤であるAPTES上のシラノール基との縮重合反応により、Y(10%Er3+と2%Yb3+を含有)(図2の(A))のスペクトルで観測されるY(10%Er3+と2%Yb3+を含有)表面に存在していた水酸基に起因すると考えられる1400〜1500cm−1吸収ピーク(図2の(イ))が消失し、Si−O−Siの伸縮振動に帰属される1000〜1250cm−1の吸収(図2の(ロ))が確認された。この結果から、シランカップリング反応によりY(10%Er3+と2%Yb3+を含有)微粒子表面にアミノ基が修飾できたと考えられる。
【0073】
また、本発明の複合体の透過スペクトル(図2の(C))では、図2に示すように、アミド結合由来のC=Oの伸縮振動に相当する吸収が1650cm−1付近に観測され(図2の(ハ))、さらに、クロリンe6の構造内に存在するピロール環のNHの伸縮振動が3000〜3500cm−1付近に観測することができた(図2の(ニ))。以上より、シランカップリング剤としてAPTESを用いることによりアミド結合を介してY(10%Er3+と2%Yb3+を含有)粒子状にクロリンe6を修飾できたと考えられる。
【0074】
[試験例2]
蛍光評価:
実施例1で得られた本発明のY(10%Er3+と2%Yb3+を含有)−クロリンe6複合体及び実施例1(1)で得られたY(10%Er3+と2%Yb3+を含有)をそれぞれアルミパンに充填し、980nmの赤外ダイオードレーザーを照射し、発光を蛍光分光光度計(RF−5000:(株)島津製作所製)で測定して評価した。本発明の複合体(図3において、「複合体」として示す。以下、図3及び後記する図4について同じ。)及びY(10%Er3+と2%Yb3+を含有)(図3において、「蛍光体微粒子」として示す。以下、図3及び後記する図4について同じ。)に980nmダイオードレーザーを照射した際の蛍光スペクトルを図3に示す(比較のために550nmのEr3+のアップコンバージョン発光強度が同じになるようにプロットしてある。)。また、図3における700nm〜800nmの拡大図を図4に、クロリンe6について400nm励起下における蛍光スペクトルを図5、600〜700nmにおけるクロリンe6の吸収スペクトルとアップコンバージョン発光を図6に示す。
【0075】
図3の蛍光スペクトル及び図4の拡大図からわかるように、本発明の複合体のスペクトルにおいては、700〜770nmに蛍光帯を有している。図5に示すように、400nm励起下のクロリンe6スペクトルは700〜770nmに蛍光帯を有しており、この蛍光帯が、本発明の複合体における、Y(10%Er3+と2%Yb3+を含有)(蛍光体微粒子)では観測されない蛍光帯の原因であると考えられる。また、図3に示すように、550nmのアップコンバージョンは両者のスペクトルがちょうど重なるのに対し、650〜700nmに観察されるスペクトルでは、本発明の複合体の発光がY(10%Er3+と2%Yb3+を含有)(蛍光体微粒子)の発光と比較して減少していることが確認できた。
【0076】
これは、図6に示すように、クロリンe6の650〜690nmの光吸収の位置が一致するので、複合体の表面に修飾されたクロリンe6に650〜690nmのUC蛍光が吸収され、650〜700nmのUC発光スペクトルに差が生じたため、前記の発光の減少が生じたと考えられる。また、吸収された光エネルギーがクロリンe6の蛍光として放出されたために、クロリンe6の蛍光帯が観察されたものと考えられる。以上より、980nmダイオードレーザー照射により発生する650〜700nmのアップコンバージョン発光によって、複合体の表面に修飾したクロリンe6を励起することができ、クロリンe6の蛍光を観察することが確認できた。
【0077】
また、このようなクロリンe6からの蛍光帯が観察されたことから、一重項酸素生成プロセスより次のことが説明できる。この980nmの励起光で観察されたクロリンe6の蛍光帯は、クロリンe6の励起一重項状態からの蛍光である。すなわち、励起一重項状態へ電子が励起されているということは、無輻射遷移を経て励起三重項状態への電子の遷移が一般的に示唆されており、この励起三重項状態へ遷移した電子は酸素とのエネルギー交換により励起一重項酸素が生成していることが考えられる。
【0078】
以上の結果より、本発明のY(10%Er3+と2%Yb3+を含有)−クロリンe6複合体は、980nmの励起光により励起一重項酸素を生成すると考えられ、光線力学的治療法に適用できることが確認できた。
【0079】
[試験例3]
クロリンe6により生成される一重項酸素による色素分解評価:
アップコンバージョン発光の照射によりクロリンe6から生成される一重項酸素による色素分解評価を、色素としてマラカイトグリーン色素を用いて行った。
【0080】
ディスポセル上に0.1mmol/Lのクロリンe6溶液を0.2mL、10μmol/Lのマラカイトグリーン色素(C2734S)(和光純薬工業(株)製)溶液を0.8mL入れて混合する一方、ディスポセル側面から実施例(1)で得られたY(10%Er3+と2%Yb3+を含有)蛍光体微粒子から生じるアップコンバージョン発光(Ex:980nm/420mW)を照射した。光照射後30分おきに紫外可視分光光度計(UV2400:(株)島津製作所製)を用いて吸光度を測定し、クロリンe6から生じる一重項酸素によるマラカイトグリーン色素の分解量を評価した。
【0081】
図7は、照射時間とマラカイトグリーン色素分解量の関係を示した図である。図7より、アップコンバージョン発光を2時間照射することによって、マラカイトグリーン色素を初期濃度に対して約13%分解するという結果が得られた。以上より、アップコンバージョン発光の照射によりクロリンe6より一重項酸素が生成され、色素分解に寄与していることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明の蛍光体微粒子−有機色素複合体は、生体深達性が高く、光線力学的治療法等に最適であり、肺癌、胃癌、子宮癌、皮膚癌等の各種癌や面皰(ニキビ)や疣(イボ)等の皮膚疾患の治療等に有利に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】アップコンバージョン発光の一例を示した図である。
【図2】試験例1で得られたFT−IRスペクトルを示した図である。
【図3】試験例2において、本発明の複合体等に980nmダイオードレーザーを照射した際の蛍光スペクトルを示した図である。
【図4】図3における700〜800nmの拡大図である。
【図5】クロリンe6について400nm励起下における蛍光スペクトルを示した図である。
【図6】600〜700nmにおけるクロリンe6の吸収スペクトルとアップコンバージョン発光を示した図である。
【図7】試験例3において、照射時間とマラカイトグリーン色素分解量の関係を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類元素を含有し、アップコンバージョン発光する蛍光体微粒子の表面に、末端にカルボキシル基を有する有機色素がアミド結合により結合されてなることを特徴とする蛍光体微粒子−有機色素複合体。
【請求項2】
前記有機色素がポルフィリン系色素であることを特徴とする請求項1に記載の蛍光体微粒子−有機色素複合体。
【請求項3】
前記蛍光体微粒子が、ハロゲン化物または酸化物の母材に前記希土類元素を含有するものであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の蛍光体微粒子−有機色素複合体。
【請求項4】
前記希土類元素が、エルビウム(Er)、ホロミウム(Ho)、プラセオジウム(Pr)、ツリウム(Tm)、ネオジウム(Nd)、ガドリニウム(Gd)、ユウロピウム(Eu)、サマリウム(Sm)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)及びセリウム(Ce)よりなる群から選ばれる少なくとも1つ以上の希土類元素と、イッテルビウム(Yb)を含むことを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の蛍光体微粒子−有機色素複合体。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の蛍光体微粒子−有機色素複合体からなることを特徴とする光線力学的治療剤。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2009−24115(P2009−24115A)
【公開日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−190264(P2007−190264)
【出願日】平成19年7月21日(2007.7.21)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年1月22日 日本セラミックス協会基礎科学部会発行の「第45回セラミックス基礎科学討論会 講演要旨集」に発表
【出願人】(803000115)学校法人東京理科大学 (545)
【Fターム(参考)】