説明

蛍光検出装置および蛍光顕微鏡

【課題】視野内の空間位置に基づいて褪色補正を行うことができる蛍光検出装置および蛍光顕微鏡を実現すること。
【解決手段】蛍光染色した試料に励起光を照射することにより前記試料が発生する蛍光画像を画像検出器で検出するように構成された蛍光検出装置および蛍光顕微鏡であり、
前記画像検出器で検出される前記試料画像の位置別に蛍光褪色を補正する手段を設けたことを特徴とするもの。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光検出装置および蛍光顕微鏡に関し、詳しくは、蛍光染色された試料の褪色補正に関するものである。
【背景技術】
【0002】
たとえば細胞を顕微鏡で撮影する有力な手法として、緑色蛍光タンパク質(GFP:Green Fluorescent Proteins)による細胞の染色などのように試料の特定部位を蛍光指示薬で蛍光染色し、蛍光染色した試料にレーザ光などの励起光を照射して励起し、試料が発生する蛍光の2次元の強度情報を画像として検出する方法が確立されている。
【0003】
ところが、この手法の弱点の一つとして、蛍光褪色という現象がある。これは、蛍光物質を励起するレーザの強度が強いと、蛍光物質の構造が改変されて、蛍光強度が弱まり色褪せてしまう現象で、褪色と呼ばれている。
【0004】
蛍光顕微鏡による観察では、試料の蛍光の量を正確に測光することが重要である。これは、蛍光物質が細胞内のどの部位にどれだけ分布しているかを定量化したいからである。しかし、褪色現象があると、蛍光の量が減少し、本来の計測量よりも低い測定値しか得られなくなってしまう。
【0005】
一般に褪色量はレーザの照射量に依存し、強度に対して非線形な性質を示し、同一の積分量でも、強い光を短時間当てるほうが、弱い光を長時間当てるよりも褪色が大きいという性質を持つ。
【0006】
正確な測光を行うため、たとえば特許文献1に記載されているように、褪色を定量化して補正するという考えがある。図6は、特許文献1に記載されている蛍光色素の褪色特性例図である。図6において、Tlは試料をスキャン開始波長からスキャン終了波長までスキャンするのに要する時間であり、Tiはi回目のスキャン時の時刻であってその時の輝度値をF(Ti)と表す。また、Δtは試料を1回スキャンするのに要する時間とする。
【0007】
特許文献1では、レーザ照射による褪色を測定し、この測定結果を元に積算照射量に依存した補正を行うという技術を提案している。特許文献1に記載されている技術では、褪色を積算照射量(照射時間の積算)の関数として取り扱っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005−214728号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、2次元的あるいは3次元的な画像を撮影する場合、空間的には、視野内の基準点になるある一定位置での照射しか考慮しておらず、視野内の位置によって照射量が異なる効果は考慮していない。
【0010】
実際には、照明の光源や、照明光学系の周辺減光(シェーディング)などにより、視野内の光軸付近と視野の端では照射量が異なるため、褪色の程度も異なるが、従来技術ではこの効果を考慮していないため、画像を形成する視野内の位置ごとに異なる褪色が生じる効果を補正することができないという問題がある。
【0011】
本発明は、このような問題点を解決するものであって、その目的は、蛍光の褪色を、視野内の空間的な位置に関連する関数として扱うことにより、視野内の空間位置に基づいて褪色補正を行うことができる蛍光検出装置および蛍光顕微鏡を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
このような課題を達成する請求項1の発明は、
蛍光染色した試料に励起光を照射することにより前記試料が発生する蛍光画像を画像検出器で検出するように構成された蛍光検出装置において、
前記画像検出器で検出される前記試料画像の位置別に蛍光褪色を定量化して補正する手段を設けたことを特徴とする。
【0013】
請求項2の発明は、
蛍光染色した試料にレーザ光を照射することにより前記試料が発生する蛍光画像を画像検出器で検出するように構成された蛍光顕微鏡において、
前記画像検出器で検出される前記試料画像の位置別に蛍光褪色を定量化して補正する手段を設けたことを特徴とする。
【0014】
請求項3の発明は、請求項2に記載の蛍光顕微鏡において、
前記蛍光顕微鏡は共焦点顕微鏡として構成されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
このように構成される蛍光検出装置および蛍光顕微鏡によれば、照射量および空間位置に基づき蛍光の褪色補正を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施例の主要部分を示すブロック図である。
【図2】本発明の他の実施例を示す回路図である。
【図3】本発明に基づく褪色補正の動作の流れを示すフローチャートである。
【図4】本発明に基づく褪色補正を用いた画像処理システムの具体例を示すブロック図である。
【図5】本発明に基づく褪色補正機能を備えた共焦点顕微鏡の具体例を示すブロック図である。
【図6】蛍光色素の褪色特性例図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明について、図面を用いて説明する。図1は本発明の一実施例の主要部分を示すブロック図である。図1において、蛍光情報検出部10は、CCDやCMOSなどの画像検出器20で検出される試料30の画像の位置別に、蛍光に関連した各種の情報を検出し、蛍光褪色を補正する情報を生成するものであり、視野内位置情報格納部11、位置別蛍光強度情報取得部12、位置別蛍光強度情報格納部13、位置別褪色量演算部14、褪色係数格納部15、位置別蛍光強度情報補正部16などで構成されている。
【0018】
視野内位置情報格納部11には、画像検出器20の画素に対応した視野内の位置情報が格納されている。実際の装置における蛍光褪色は、光軸に対称な関数として記述できる場合が多い。したがって、画像検出器20のすべての画素に対して褪色の係数を持つ必要はなく、たとえば光軸の位置と光軸からの距離の関数として褪色係数を持っても構わない。つまり、半径R,角度θの極座標で半径Rのみの関数として視野内の位置情報を持つようにしてもよい。
【0019】
位置別蛍光強度情報取得部12は、視野内位置情報格納部11に格納されている視野内の位置情報および画像検出器20で検出される試料30の表面画像に基づいて2次元の画像データの形式で蛍光強度情報を取得し、取得した蛍光強度情報を位置別蛍光強度情報格納部13に格納する。
【0020】
位置別褪色量演算部14は、位置別蛍光強度情報取得部12で取得した2次元データの位置(画素)ごとに蛍光の褪色量を演算する。なお、これらの演算結果をまとめて、光軸からの距離に対する褪色量として半径Rのみの関数にしてもよい。
【0021】
褪色係数格納部15には、位置別褪色量演算部14の演算結果に基づく褪色に関する係数が2次元の画像データの形式で格納される。褪色係数を格納するのにあたり、場合によっては複数の係数を持ってもよいし、前述のように極座標で半径Rの関数としてもよい。
【0022】
位置別蛍光強度情報補正部16は、求めた係数を用いて位置と時間(過去の露光量)の関数として褪色の割合を求め、その褪色の割合で補正することにより褪色前の蛍光強度を求める。
【0023】
図1の動作について、詳しく説明する。
蛍光を発光可能な有効な蛍光物質の量をg(r)と表す。ここで、gはGFP(緑色蛍光タンパク質)を表し、変数rは視野内の光軸を原点とする2次元極座標の動径方向を表す。一般には角度方向θも変数であるが、ここでは簡単のためrのみ記している。なお、2次元直交座標で記述してもよいが、ここでは概念を説明するため、極座標で示す。褪色は光を発する能力を持つ蛍光物質の減少なので、次式(1)で表すことができる。
【0024】

【0025】
ここで、aは蛍光物質に依存する正の定数、Bは入射光量の強度、fi(r)は照明(励起)光学系の周辺減光を表す規格化された(光軸で値が1となる)関数である。入射光量に対する非線形な褪色を表すため、ここでは簡単に「べき」がnのべき関数型と仮定して、n>=1と考える。一般には異なる関数形でもよい。関数fi(r)の「fi」は、flat-field of incoming ray を表している。この(1)式から分かることは、励起光強度の空間分布があるため、褪色も空間の位置rによって異なることである。
【0026】
(1)式を解くと、Aを積分定数として(2)式のようになる。
【0027】

【0028】
簡単のため、照明光学系の周辺減光fi(r)が2次元ガウス関数で表されるとする。本発明の考え方を説明するため、解析的に演算可能な関数で説明を行うが、実際には任意の関数形に対して数値的に演算を行えばよい。
【0029】

【0030】
蛍光物質が(3)式のような分布になっているとき、実際に観察される画像は、照明光学系の周辺減光fi(r)と撮像光学系の周辺減光fo(r)を積算したものであり、撮像光学系の周辺減光fo(r)も2次元ガウス関数で表されるものとすると次式(4)のようになる。なお、関数fo(r)の「fo」は、flat-field of outgoing ray を表している。
【0031】

【0032】
図2は、画像検出器20の撮像面における光量変化特性例図であり、横軸は撮像面の位置(任意単位)を示し、縦軸は観察される光量(任意単位)を示している。1000×1000画素の2次元画像で、n=1、観察光学系の周辺減光σi=500で励起光学系の周辺減光σo=500、r=0の光軸上における1回の露光による褪色が3%(a=0.03)として(4)式をプロットしたものである。
【0033】
4本のグラフA〜Dは、撮影回数に応じた光量の変化を示し、上から順にグラフAは0回目、グラフBは10回目、グラフCは100回目、グラフDは200回目の撮影で観察される光量変化を表している。グラフAやBでは光軸付近の光量が周辺よりも高いが、この部分では褪色も大きく、撮影回数とともに急速に褪色してやがて周辺部のほうが明るく見える状態になる。すなわち、グラフCの100回目の露光では周辺のほうが明るくなり始め、グラフDの200回目の露光では周辺のほうが光軸付近よりも明るくなる。
【0034】
フラットフィールドは位置と時間の関数となっていて、このような褪色を補正するためには、時間(積分照射量)だけでなく、照明や光学系に依存した位置の関数として補正する必要があることは明らかである。
【0035】
実際の撮影にあたっては、撮影された生の画像に対して、(4)式を用いてフラットフィールド補正を行えばよい。
【0036】
図3は、本発明に基づく褪色補正の動作の流れを示すフローチャートである。
はじめに、補正前の画像データを読込む(ステップS1)。
続いて、読込んだ画像について、過去の照射量データを取得する(ステップS2)。過去の照射量データは、計算したり、記録されているデータベースから読み出す。
【0037】
次に、画像の各画素を走査する(ステップS3)。
そして、画像の位置(画素)ごとに、ステップS2で取得した過去の照射量データと画像内の位置の関数として、フラットフィールド(減光量)を演算する(ステップS4)。
【0038】
該当する画素の蛍光光度を、ステップS4で演算したフラットフィールド(減光量)で除算し、褪色補正を行う(ステップS5)。
画像の各画素について走査が終了すると(ステップS6)、補正済み画像データを所定の格納部に格納し、次の演算に利用する(ステップS7)。
【0039】
ここで、(4)式のa,n,σi,σoなどのパラメータは、細胞の種類、蛍光物質の種類、染色方法、観察波長、光学系の性質(設定)などによって決まるものであり、予め同一条件で基準となるデータを取得し、減光の様子からこれらのパラメータを最小2乗法などによるフィッティングで決定できる。前もって基準となるデータの取得が困難な場合は、実データから推定してもよい。
【0040】
図4は、本発明に基づく褪色補正を用いた画像処理システムの具体例を示すブロック図である。図4において、画像検出器20として用いるカメラは、共焦点顕微鏡40を介して試料30の蛍光染色画像を撮影し、その画像出力データを画像取得用のPC50に入力する。
【0041】
画像取得用のPC50には、スイッチ60およびネットワークNWを介して、蛍光情報検出部10を含むクライアントとしての複数のPC、サーバー70、ストレージ80などが接続されている。
【0042】
このような構成において、カメラ20で撮影されてPC50に取り込まれた試料30の蛍光染色画像データは、サーバー70を経由してストレージ80に逐次格納される。
【0043】
クライアントとしてのPC10は、画像処理すべき所望の画像データをサーバー70を介してストレージ80から読み出すとともに、必要に応じて画像処理結果をサーバー70を介してストレージ80に格納する。
【0044】
これにより、ストレージ80に格納されている画像データをクライアントとしての複数のPC10で共有でき、システム全体として画像処理の効率を高めることができる。
【0045】
図5は本発明に基づく褪色補正機能を備えた蛍光顕微鏡としての共焦点顕微鏡の具体例を示すブロック図である。図5において、レーザ光源41の出力光は、共焦点スキャナ42および対物レンズ43を介して蛍光指示薬で蛍光染色された試料30に照射される。
【0046】
試料30は、レーザ光が照射されることにより、蛍光を発生する。試料30が発生する蛍光画像は、対物レンズ43および共焦点スキャナ42を介して分光光学系44に入力されて分光される。
【0047】
分光光学系44の分光出力は2次元画像検出器45に入力されて電気信号に変換され、電気信号はA/D変換器46に入力されてデジタルデータに変換され、デジタルデータはPC47に入力されて褪色補正処理が施される。
【0048】
PC47には、CPU47a、データメモリ47b、視野内の位置ごとの褪色量を演算する位置別褪色量演算プログラム47c、視野内の位置ごとの褪色量を補正する位置別褪色量補正プログラム47dなどが設けられている。
【0049】
PC47は、位置別褪色量演算プログラム47cに基づいてA/D変換器46から変換入力されるデジタルデータの視野内の位置ごとの褪色量を演算し、位置別褪色量補正プログラム47dに基づいてA/D変換器46から変換入力されるデジタルデータの視野内の位置ごとの褪色量を補正する。
【0050】
そして、表示装置48は、このようにしてPC47で視野内の位置ごとの褪色量が補正された2次元画像を表示する。
【0051】
たとえば生きている細胞(ライブセル)を長時間観察する場合においては、時間とともに細胞が視野内を移動する。すなわち、ある時刻でのある細胞の褪色は、その細胞が過去に移動を行った位置での照明の周辺減光に依存する。
【0052】
したがって、図5に示すように構成された共焦点顕微鏡を用いて、細胞の移動位置を時刻とともに追跡して履歴に応じた褪色を積分することで、細胞の褪色をより正確に推定でき、より正確な観察が行える。
【0053】
なお、上記実施例では、撮影した画像を一旦保存し、その後のデータ解析の段階で褪色量の補正を行うようにしているが、褪色量補正は撮影と同時に行ってもよい。たとえば、カメラの筐体内や画像取得ボードに設けられているCPU,DSP,FPGAなどの演算ブロックを用いて撮影直後に褪色量の補正演算を行い、これら撮影直後に補正された画像を保存するとともに表示装置に表示するようにしてもよい。
【0054】
また、上記実施例では、蛍光指示薬で蛍光染色された試料を励起する照明の強度は一定としているが、時間の経過(撮影枚数)に応じて変化させてもよい。その場合、(4)式に対応する適切な補正関数の関数形は、解析的または数値的に求めればよい。
【0055】
また、励起光はレーザ光に限るものではなく、たとえば水銀ランプなどと単色用のフィルタを組み合わせたものであってもよい。
【0056】
さらに、上記実施例では、蛍光顕微鏡として共焦点顕微鏡を用い、撮影対象を細胞とする例について説明したが、これに限るものではなく、撮影のための照射によって撮影対象に褪色が発生する各種の撮影対象の撮影にも適用できる。
【0057】
以上説明したように、本発明によれば、照射量および空間位置に基づき褪色補正が行える蛍光検出装置および蛍光顕微鏡を実現できる。
【符号の説明】
【0058】
10 蛍光情報検出部
11 視野内位置情報格納部
12 位置別蛍光強度情報取得部
13 位置別蛍光強度情報格納部
14 位置別褪色量演算部
15 褪色係数格納部
16 位置別蛍光強度情報補正部
20 画像検出器(カメラ)
30 試料
40 共焦点顕微鏡
41 レーザ光源
42 共焦点スキャナ
43 対物レンズ
44 分光光学系
45 2次元画像検出器
46 A/D変換器
47 PC
47a CPU
47b データメモリ
47c 位置別褪色量演算プログラム
47d 位置別褪色量補正プログラム
48 表示装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛍光染色した試料に励起光を照射することにより前記試料が発生する蛍光画像を画像検出器で検出するように構成された蛍光検出装置において、
前記画像検出器で検出される前記試料画像の位置別に蛍光褪色を定量化して補正する手段を設けたことを特徴とする蛍光検出装置。
【請求項2】
蛍光染色した試料にレーザ光を照射することにより前記試料が発生する蛍光画像を画像検出器で検出するように構成された蛍光顕微鏡において、
前記画像検出器で検出される前記試料画像の位置別に蛍光褪色を定量化して補正する手段を設けたことを特徴とする蛍光顕微鏡。
【請求項3】
前記蛍光顕微鏡は共焦点顕微鏡として構成されていることを特徴とする請求項2記載の蛍光顕微鏡。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2011−247656(P2011−247656A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−118931(P2010−118931)
【出願日】平成22年5月25日(2010.5.25)
【出願人】(000006507)横河電機株式会社 (4,443)
【Fターム(参考)】