説明

血栓症発症予防用および治療用物質

【課題】t−PAと結合しうる血栓症予防用および血栓症治療用の物質の提供。
【解決手段】ヒトの血管内皮細胞のミトコンドリアでATPとADPを輸送するアデニンヌクレオチドトランスロカーゼ−1(ANT−1)がt−PAと特異的に結合する能力を有し、t−PAの活性が増強する。ここで、ANT−1のcDNAをクローニングし、ANT−1の発現ベクターを構築して遺伝子組換えANT−1を発現させた。したがって本発明は、ANT−1を細胞表面に発現させた血管内皮細胞ではt−PAの活性が増強する新規なt−PA結合物質である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は血栓症の予防や治療に用いることのできるt−PAの特異的結合物質のアデニンヌクレオチドトランスロカーゼ−1(ANT−1)に関する。
【背景技術】
【0002】
人体の血管内での血液凝固によって引き起こされる血栓症は、脳梗塞、心筋梗塞などの重篤な疾患を引き起こす。これらの疾患に対しては、線溶系因子である血栓溶解剤が用いられている。血栓溶解剤は血栓の主要成分であるフィブリンを分解するが、循環血液中に投与されると循環血液によって希釈され、また代謝されるため充分な血栓溶解効果が得られない。また血液中では時間とともに分解されて血栓溶解効果が持続しない。また脳梗塞や心筋梗塞などの血栓症の予防には抗血小板薬、抗凝固薬といった血液作用薬が用いられている。
【0003】
血栓溶解療法においては、血栓溶解剤の効果を持続させるとともに、血栓部位への血栓溶解剤の集積が必要とされる。また、抗血小板薬や抗凝固薬は血栓形成の予防には有効であるが、血栓形成が明らかな患者に対しては血栓溶解効果がなく、新たな血栓症予防用物質および血栓症治療用物質が必要とされる。
【0004】
従来の血栓溶解剤は、血液中のプラスミノーゲンをプラスミンに変換するプラスミノーゲンアクチベーター(PA)である。PAによって生成されたプラスミンがフィブリンを分解することによりフィブリン血栓が溶解され、血流が再開する。血栓溶解剤として、ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクチベーター(u−PA)、組織性プラスミノーゲンアクチベーター(t−PA)、ストレプトキナーゼ、スタフィロキナーゼ、プロウロキナーゼといった、PAそのものの遺伝子組換え体が用いられていた。
【0005】
腫瘍細胞などの表面にはu−PAに対する特異的な結合物質(u−PAレセプター)が存在し、u−PAを細胞の表面に集積させて細胞表面局所における線溶活性を強めることが知られている。u−PAレセプターに結合したu−PAはPAの阻害因子であるタイプ1−プラスミノーゲンアクチベーターインヒビター(PAI−1)の阻害を受けにくく、線溶活性を長期間維持することができる。そこで、実際の血管内で、血管内皮細胞から特異的に分泌されるt−PAに対する結合物質の開発が要望されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであって、その目的とするところは、t−PAと結合しうる血栓症予防用および血栓症治療用の物質を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、ヒトの血管内皮細胞のミトコンドリアでATPとADPを輸送するアデニンヌクレオチドトランスロカーゼ−1(ANT−1)がt−PAと特異的に結合する能力を有し、さらにANT−1によってt−PAの活性が増強することを見出し、本発明を完成させた。すなわちANT−1のcDNAをクローニングし、ANT−1の発現ベクターを構築して遺伝子組換えANT−1を発現させた。このようにして得られたANT−1はt−PAと特異的に結合した。さらに、ANT−1を細胞表面に発現させた血管内皮細胞ではt−PAの活性が増強した。したがって本発明は次のとおりである。ANT−1、血栓症の発症予防および治療に用いることのできる新規なt−PA結合物質。
【発明の効果】
【0008】
以上の説明で明らかなように、本発明によれば血栓溶解剤であるt−PAと結合し、その活性発現を増強させ、血栓症の予防や治療に供することのできるt−PA結合物質を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明のt−PA結合物質はANT−1である。t−PA結合物質としては、従来からアネキシンA2(Hajjar KA et al.,J.Biol Chem,269:21191−21197,1994年)、α−エノラーゼ(Nakajima K et al.,J Neurochem,63:2048−2057,1994年)、サイトケラチン−8(Hembrough TA et al.,J Biol Chem,271:25684−25691,1996年)、チューブリン(Beebe DP et al.,Thromb Res,59:339−350,1990年)、細胞骨格関連タンパク質4(Razzaq TM et al.,J Biol Chem 278:42679−42685,2003年)、フィブロネクチン(Salonen EM et al.,J Biol Chem 260:12302−12307,1985年)およびラミニン(Salonen EM et al.,FEBS Lett 172:29−32,1984年)が知られているが、ANT−1はこれら従来発表された物質とは分子量もアミノ酸配列も全く異なるタンパク質である。
【0009】
ANT−1はミトコンドリアの内膜に存在しており、従来からミトコンドリア内のマトリックスで生成されたATPをミトコンドリア外(細胞質)に輸送し、代わってミトコンドリア外のADPをミトコンドリア内に輸送するタンパク質として知られていた。しかし、ANT−1とt−PAとの反応様式、特にANT−1がt−PAと結合することは知られていない。
【0010】
ANT−1は297個のアミノ酸から構成される分子量が約3万のタンパク質である(Cozens AL et al.J Mol Biol 206:261−280,1989年、Klingenberg M Ann N Y Acad Sci.456:279−88,1985年)。
【実施例】
【0011】
以下に実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。ヒトの血管内皮細胞のcDNAライブラリーからANT−1をコードする遺伝子をフォワードプライマー5’−GTCGAATTCGGTGATCACGCTTGGAGCTTCCT−3’とリバースプライマーの5’−TTGTATGATGAGATCAAAAACTTAAGGGG−3’を用いてPCR法で調整した。このPCR産物を市販のpGEX−6P−1に組込んでpGEX6P/ANT−1ベクターを作成し、このベクターを大腸菌BL21に組込んで、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)とANT−1との融合タンパク質を発現させた。この融合タンパク質を酵素処理することによりANT−1を分離し、精製した。
【0012】
精製したANT−1が抗ANT−1抗体と反応することをウエスタンブロット法にて確認した。
【0013】
〔1〕リガンドブロット法によるANT−1とt−PAとの結合実験
精製したGST/ANT−1融合タンパク質およびANT−1を10%−20%SDSポリアクリルアミドゲルで電気泳動し、ゲル内のタンパク質をニトロセルロース膜(Immobilon−P,Millipore,MA,USA)に電気的に転写した。転写後のニトロセルロース膜を3%のウシ血清アルブミンを含む10nMのt−PA溶液で2時間反応させた。次にニトロセルロース膜を0.1%のTween20を含むPBS(137mM NaCl,8.1mM NaHPO−2HO,2.68mM KCl,1.47mM KHPO)で洗浄した後、抗t−PAポリクローナル抗体(Santa Cruz Biotech,CA,USA)とビオチン化抗ウサギIgG抗体(二次抗体)およびDAB−Ni(VECTOR laboratories,CA,USA)でニトロセルロース膜上のt−PAを検出した。図1はリガンドブロットの結果を示すものである。図1において各レーンは以下の場合を示す。
レーン1:精製したGST/ANT−1融合タンパク質を電気泳動した場合。
レーン2:精製したANT−1を電気泳動した場合。
図1に示すように、ANT−1とGSTとの融合タンパク質の分子量である約6万付近およびANT−1の分子量である約3万付近にそれぞれバンドが確認され、ANT−1にt−PAが結合することが確認された。
【0014】
〔2〕ANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞の作成
ANT−1を細胞表面に発現させるために、pGEX6P/ANT−1ベクターからApaI/SalIフラグメントを調整し、市販のpDisplayベクター(Invitrogen,CA,USA)に組込んでANT−1発現プラスミドを構築した。このANT−1発現プラスミドをLipofectamine 2000(Invitrogen,CA,USA)で培養血管内皮細胞にトランスフェクションした。コントロールとしてpDisplayベクターのみを培養血管内皮細胞にトランスフェクションした。
【0015】
ANT−1の培養血管内皮細胞での発現をウエスタンブロット法にて確認した。すなわち、ANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞を細胞溶解バッファー(20mM HEPES,50mM NaCl,1mM CaCl,1mM MgCl,0.5%NP−40,pH7.4)で溶解し、10000rpm、4℃で10分間遠心分離した。その上清を10%−20%SDSポリアクリルアミドゲルで電気泳動し、ゲル内のタンパク質をニトロセルロース膜(Immobilon−P,Millipore,MA,USA)に電気的に転写した。転写後のニトロセルロース膜を5%のスキムミルクで処理した後、ニトロセルロース膜上のANT−1を抗ヒトANT−1モノクロナール抗体とHRPで標識した抗マウスIgG抗体(二次抗体)を用いたウエスタンブロット法で検出した。
【0016】
図2Aはウエスタンブロットの結果を示す。図2Aにおいて各レーンは以下の場合を示す。
レーン1:pDisplayベクターのみをトランスフェクションしたコントロール培養血管内皮細胞の細胞溶解液を電気泳動した場合。
レーン2:ANT−1発現プラスミドをトランスフェクションした培養血管内皮細胞の細胞溶解液を電気泳動した場合。
図2Aに示すようにANT−1発現プラスミドをトランスフェクションした培養血管内皮細胞の細胞溶解液中には抗ヒトANT−1モノクロナール抗体に反応し、ANT−1の抗原性を有するバンドが認められ、ANT−1が培養血管内皮細胞で発現していることを確認した。
【0017】
ANT−1の細胞表面での発現を蛍光顕微鏡で観察した。ANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞を24ウエルプレートで培養した後、2%のフォルムアルデヒドで固定し、抗ヒトANT−1ポリクロナール抗体でインキュベーションした。次にHRPで標識した抗ウサギIgG抗体を反応させて、ANT−1抗原の所在を蛍光発色システム(Fluorescence TSA system,Perkin Elmer,MS,USA)と共焦点レーザー顕微鏡(ZEISS LSM510)で観察した。
【0018】
図2Bは共焦点レーザー顕微鏡像(写真)である。図2Bにおいて各写真は以下の場合を示す。
写真1:pDisplayベクターのみをトランスフェクションしたコントロール培養血管内皮細胞の共焦点レーザー顕微鏡像を写真撮影した場合。
写真2:ANT−1発現プラスミドをトランスフェクションした培養血管内皮細胞の共焦点レーザー顕微鏡像を写真撮影した場合。
図2Bに示すように、ANT−1発現プラスミドをトランスフェクションした培養血管内皮細胞の細胞表面にはANT−1抗原に起因する蛍光が観察され、培養血管内皮細胞の表面にANT−1が発現していることが確認された。
【0019】
〔3〕固相化したt−PAと、ANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞との結合実験
結合実験にはIAsysバイオセンサーシステム(Affinity Sensors,Cambridge,UK)を用いた。バイオセンサー表面にcarboxylateをコートしたcarboxylateキュベットに400mM N−ethyl−N’−(3−dimethylaminopropyl)carbodiimide(EDC)と100mM,N−hydroxy−succinimide(NHS)を加えて、センサー表面のカルボキシル基を活性化した。EDC/NHS溶液を排出後、キュベットをPBSで洗浄し、200mg/mlのt−PAを測定キュベットに加えてt−PAのアミノ基とN−hydroxy−succimideを導入した活性基を共有結合させた。その後、測定キュベットのセンサー表面を1M ethanolamione(pH8.5)でブロックし、0.1M glycine−HCl(pH3.0)で処理することにより、固相化されていないt−PAを除去した。t−PAを固相化した測定キュベットに、ANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞、またはコントロールの培養血管内皮細胞を3750固(1.5×10細胞/mlを25μl)加えた。
【0020】
図3Aはコントロールの培養血管内皮細胞、またはANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞とt−PAとの結合をIAsysバイオセンサーシステムで測定したものである。IAsysバイオセンサーシステムは細胞とt−PAとの結合を検知する市販の特殊な装置である。t−PAとの結合の強さは縦軸の共鳴度(arc seconds)で表され、この値が大きいほど、結合度は高い。図3Aに示すように、固相化したt−PAに対するコントロール培養血管内皮細胞の結合能よりもANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞の結合能の方が強かった。
【0021】
〔4〕酵素活性部位をブロックしたt−PAと、ANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞との結合実験
結合実験にはIAsysバイオセンサーシステム(Affinity Sensors,Cambridge,UK)を用いた。測定キュベットのバイオセンサー表面にt−PAを固相化した後、t−PAの酵素活性部位をセリンプロテアーゼ阻害剤であるDiisoprophyl fluorophosphate(DFP)で処理した。DFPで処理したt−PAを固相化した測定キュベット、またはDFPで処理していないt−PAを固相化した測定キュベットに、ANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞を3750固(1.5×10細胞/mlを25μl)加えた。
【0022】
図3BはANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞とDFPで処理したt−PA、またはANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞とDFPで処理していないt−PAとの結合をIAsysバイオセンサーシステム(Affinity Sensors,Cambridge,UK)で測定したものである。t−PAとの結合程度は縦軸の共鳴度(arc seconds)で表され、この値が大きいほど、結合度は高い。図3Bに示すように、t−PAのDFP処理にかかわらず、t−PAとANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞との結合能に有意な差は認められなかった。すなわち、ANT−1とt−PAの結合はt−PAの酵素活性発現部位を介していないことを示す。
【0023】
〔5〕液相における、ANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞とt−PAとの結合実験
24ウエル(穴)プレートのウエル内で、細胞表面にANT−1を発現した培養血管内皮細胞(0.5×10個)、またはコントロールの培養血管内皮細胞(0.5×10個)とFITCで蛍光標識したt−PA(0−25nM)を4℃で10分間反応させた。これらの細胞とt−PAとの混合液を2000rpmで5分間遠心し、細胞に結合しなかったt−PAを上清液中に回収した。その上清液を96ウエル(穴)プレートに入れ、上清液中の蛍光強度をマルチラベルプレートカウンター(Perkin Elmer,MS,USA)で計測し、最初に細胞に加えた蛍光強度と上清中の蛍光強度との差から、細胞に結合したt−PAを算出した。なお、モル濃度で50倍量の非標識t−PAが存在するときの結合量を非特異的結合量とし、全結合量から非特異的結合量を引いたものを特異的結合量とした。
【0024】
t−PAは細胞表面にANT−1を発現した培養血管内皮細胞と結合し、そのBmaxは0.61±0.35×10(結合部位/細胞)であった。表1はコントロールの培養血管内皮細胞とANT−1を発現した培養血管内皮細胞におけるKd値を示す。Kd値はt−PAが培養血管内皮細胞に結合する際の親和性を示し、値が小さいほど親和性が高いことを意味する。コントロールに比べ細胞表面にANT−1を発現した培養血管内皮細胞ではKd値が約1/10に減少し、ANT−1を細胞表面に発現させることによりt−PAと培養血管内皮細胞細胞との親和性が増大したことを示す。
【0025】
【表1】

【0026】
〔6〕ANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞に結合したt−PAの活性測定
96ウエル(穴)プレートのウエル内でコントロールの培養血管内皮細胞、またはANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞を、10%ウシ胎児血清(FBS)を含むRPMI1640培地(日水製薬(株)社製)で培養した。細胞がコンフルエントになった時点で培地を除去し、FBSを含まない無血清RPMI1640培地で洗浄後、50nMのt−PAをウエルに加えて4℃、90分間反応させた。次に、t−PA溶液を除去し、再びFBSを含まない無血清RPMI1640培地で細胞を洗浄後、t−PAに対する発色性合成基質であるS−2288(H−D−Isoleucyl−L−proryl−L−arginine−p−nitroanilide)を加え、細胞に結合したt−PAの活性を37℃で測定した。細胞に結合したt−PAによる発色性合成基質の分解活性はマイクロプレートリーダー(BIO−RAD)を用い、波長405nmにおける吸光度変化によって評価した。細胞の存在に対するコントロールとして、細胞非存在下の96ウエル(穴)プレートのウエルに50nMのt−PAを加えて、同様にt−PAの活性測定を行った。
【0027】
図4Aはコントロールの培養血管内皮細胞に結合したt−PAの活性とANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞に結合したt−PAの活性を比較した結果である。図4Aにおいて、各記号は以下の場合を示す。
(○−○):コントロールの培養血管内皮細胞に結合したt−PAの活性を測定した場合。
(●−●):ANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞に結合したt−PAの活性を測定した場合。
(■−■):6ウエル(穴)プレートのウエルに非特異的に結合したt−PAの活性を測定した場合。
【0028】
図4Aに示すように、コントロールの培養血管内皮細胞にt−PAを反応させた場合よりもANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞にt−PAを反応させた場合のほうが、t−PA活性は有意に高値を示した。すなわち、ANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞はt−PA活性を増強させる。
【0029】
〔7〕ANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞に結合したt−PAのプラスミノーゲン活性化能の測定
96ウエル(穴)プレートのウエル内でコントロールの培養血管内皮細胞またはANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞を、10%FBSを含むRPMI1640培地(日水製薬(株)社製)で培養した。細胞がコンフルエントになった時点で培地を除去し、FBSを含まない無血清RPMI1640培地で洗浄後、50nMのt−PAをウエルに加えて4℃、90分間反応させた。次に、t−PA溶液を除去し、再びFBSを含まない無血清RPMI1640培地で細胞を洗浄後、10μg/mlのヒトプラスミノーゲン(Glu型)と発色性合成基質S−2251 (H−D−valyl−L−leucyl−L−lysine−p−nitroanilide)を加えた。そして細胞に結合したt−PAによりプラスミノーゲンから変換されたプラスミンの活性を37℃で測定した。プラスミンによる発色性合成基質の分解活性はマイクロプレートリーダー(BIO−RAD)を用い、波長405nmにおける吸光度変化によって評価した。細胞の存在に対するコントロールとして、細胞非存在下の96ウエル(穴)プレートのウエルに50nMのt−PAを加えて、同様にt−PAのプラスミノーゲン活性化能を測定した。
【0030】
図4Bはコントロールの培養血管内皮細胞に結合したt−PAのプラスミノーゲン活性化能と、ANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞に結合したt−PAのプラスミノーゲン活性化能を比較した結果である。
図4Bにおいて、各記号は以下の場合を示す。
(○−○):コントロールの培養血管内皮細胞と結合したt−PAのプラスミノーゲン活性化能を測定した場合。
(●−●):ANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞と結合したt−PAのプラスミノーゲン活性化能を測定した場合。
(■−■):6ウエル(穴)プレートのウエルに非特異的に結合したt−PAのプラスミノーゲン活性化能を測定した場合。
【0031】
図4Bに示すように、コントロールの培養血管内皮細胞にt−PAを反応させた場合よりもANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞にt−PAを反応させた場合のほうが、プラスミノーゲン活性化能は有意に高値を示した。すなわち、ANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞はt−PAによるプラスミノーゲンアクチベーター活性を増強させる。
【0032】
〔8〕ANT−1によるt−PAのプラスミノーゲンアクチベーター活性の増強におよぼす抗t−PA抗体の影響
ANT−1を細胞表面に発現させた培養血管内皮細胞で認められたt−PAのプラスミノーゲンアクチベーター活性の増強が、細胞表面に発現したANT−1と結合したt−PAに起因することを確認するために、抗t−PA抗体の存在下で培養血管内皮細胞とt−PAとを反応させた。すなわち、96ウエル(穴)プレートのウエル内でコントロールの培養血管内皮細胞またはANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞を、10%FBS含有RPMI1640培地(日水製薬(株)社製)で培養した。細胞がコンフルエントになった時点で培地を除去し、FBSを含まない無血清RPMI1640培地で洗浄後、50nMのt−PAと2μg/mlの抗t−PA抗体をウエルに加えて4℃、90分間インキュベーションした。次に、t−PAと抗t−PA抗体の混合溶液を除去し、再びFBSを含まない無血清RPMI1640培地で洗浄後、10μg/mlのヒトプラスミノーゲン(Glu型)と発色性合成基質S−2251(H−D−valyl−L−leucyl−L−lysine−p−nitroanilide)を加えた。そして細胞に結合したt−PAによりプラスミノーゲンから変換されたプラスミンの活性を37℃で測定した。プラスミンによる発色性合成基質の分解活性はマイクロプレートリーダー(BIO−RAD)を用い、波長405nmにおける吸光度変化によって評価した。抗t−PA抗体に対するコントロールとして非特異的免疫グロブリンを用いた。
【0033】
図5は、ANT−1によるt−PAのプラスミノーゲンアクチベーター活性の増強におよぼす抗t−PA抗体の影響を示したものである。図5において各記号は以下の場合を示す。

活性を測定した場合。
( ■ ):ANT−1を細胞表面に発現させた培養血管内皮細胞を用いてプラスミノーゲンアクチベーター活性を測定した場合。
【0034】
図5に示すように、ANT−1を細胞表面に発現させた培養血管内皮細胞で認められたt−PAのプラスミノーゲンアクチベーター活性は抗t−PA抗体の存在下で有意に低下した。しかし、非特異的免疫グロブリンの存在下では有意な変化は認められなかった。一方、ANT−1遺伝子を組込んでいないコントロールの培養血管内皮細胞では、抗t−PA抗体や非特異的免疫グロブリンの存在にかかわらずt−PAによるプラスミノーゲンアクチベーター活性に有意な変化は認められなかった。すなわち、ANT−1を細胞表面に発現させた培養血管内皮細胞で認められたt−PAのプラスミノーゲンアクチベーター活性の増強は、細胞表面に発現したANT−1に結合したt−PAに起因する。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】精製したGST/ANT−1融合タンパク質(レーン1)、および精製したANT−1(レーン2)とt−PAとのリガンドブロットを示す写真である。
【図2】ANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞の細胞溶解液と抗t−PA抗体とのウエスタンブロットを示す写真(図2A、レーン2)、および細胞表面でのANT−1の発現を蛍光顕微鏡で観察した共焦点レーザー顕微鏡像を示す写真(図2B、写真2)である。図2Aのレーン1、および図2Bの写真1はコントロールの培養血管内皮細胞を用いた場合である。
【図3】固相化したt−PAとANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞との結合をIAsysバイオセンサーシステムで観察したグラフである。図3Aはコントロールの培養血管内皮細胞のt−PAに対する結合能と、ANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞のt−PAに対する結合能を比較したグラフである。図3Bは、ANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞のt−PAに対する結合能と、ANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞のDFP処理したt−PAに対する結合能を比較したグラフである。
【図4】ANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞と結合したt−PAの活性(図4A)、およびANT−1を細胞表面に発現した培養血管内皮細胞と結合したt−PAのプラスミノーゲンアクチベーター活性(図4B)を示すグラフである。
【図5】細胞表面に発現させたANT−1によるt−PAのプラスミノーゲンアクチベーター活性の増強におよぼす抗t−PA抗体の影響を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液線溶系酵素であり血栓溶解剤のt−PAと結合しうる、血栓症発症予防用物質のアデニンヌクレオチドトランスロカーゼ−1(ANT−1)。
【請求項2】
血液線溶系酵素であり血栓溶解剤のt−PAと結合しうる、血栓症治療用物質のANT−1。
【請求項3】
ANT−1を細胞表面に発現した血管内皮細胞、およびその前駆細胞。
【請求項4】
ANT−1発現血管内皮細胞およびその前駆細胞をコーティングした、血管内カテーテルあるいは人工弁。
【請求項5】
線溶系障害、脳梗塞、心筋梗塞、脳卒中、脳血栓、眼底血管血栓、虚血性脳血管障害、深部静脈血栓症、四肢動脈血栓症、塞栓症、肺塞栓症、網膜静脈血栓症、冠動脈血栓症、脳血栓症、心筋梗塞、急性心不全、脳卒中発作、手術の血栓塞栓性合併症、悪性腫瘍に起因する血栓形成の治療、改善、予防、ならびに生体内の線溶系、血流の指標となる数値の改善、血管性痴呆症に適用されるANT−1、ないし請求項3に記載の細胞を投与することを含む、方法。
【請求項6】
その必要とする対象にANT−1ないし請求項3に記載の細胞を投与することを含む、t−PA活性を制御する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−100602(P2010−100602A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−297312(P2008−297312)
【出願日】平成20年10月24日(2008.10.24)
【出願人】(508344855)
【出願人】(593045798)
【Fターム(参考)】