説明

血液適合性材料及び医療器具

【課題】基材に対する密着強度、膜の均質性、柔軟性に優れ、摩擦係数の低い血液適合性材料を提供する。
【解決手段】血液適合性材料は、下記式(1)で表わされる構造を含むモノメチルシロキサンネットワーク構造を含有する。


血液適合性材料は、更に、タンタル、ニオブ、チタン、アルミニウム及び又はジルコニウムを含有してもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液適合性材料及びそれを用いた医療器具に関するものであり、特には、基材に対する密着強度、膜の均質性、柔軟性に優れ、摩擦係数の低い血液適合性材料に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医療技術の進歩に伴い、生体組織や血液と、各種の材料が接触する機会が増大している。例えば、ステント、ガイドワイヤーや、創傷被覆材料、人工臓器、再生医療材料等が挙げられるが、このような材料の生体親和性が大きな問題となってきた。中でも、タンパク質や血球等の血液成分が材料表面に吸着して変性することは、血栓形成や炎症反応等の悪影響を生体側に引き起こすと共に、材料自体の劣化をも引き起こすという問題がある。
【0003】
例えば、1990年代から金属を用いたステントが心臓冠動脈狭窄の新たな治療法として用いられるようになっている。しかしながら、金属製のステントは血液凝固を引き起こしやすく、再狭窄が起こりやすくなるという問題がある。
従来より、シリコーン系材料は生体親和性の優れた材料として、人工臓器や使い捨て医療器具など様々な用途に用いられてきた。このようなシリコーン化合物の具体例として、直鎖状高分子であるポリジメチルシロキサン(PDMS)でセグメント化したポリウレタンがあり、血液適合性と機械的特性に優れた人工血管や人工心臓などに用いられている。このような背景から、シリコーン系材料は機能性コーティングとして生体材料へ適用することに期待できる。しかしながら、先に挙げたPDMSはシリコーンの生体材料への応用例として多く見られるが、医療基材に対する機能性コーティングではあまり用いられていない。両側の側鎖にメチル基を有した直鎖状の高分子であるPDMSは、その末端の有機官能基を改質することで他の有機高分子とのグラフト化に適しているが(例:サイラプレーン(登録商標)、http://www.chisso.co.jp/fine/jp/plane/index.html)、鎖状高分子であるPDMSの有する末端はセラミックスや金属との接合には適していない
【0004】
一方、一般式RTi(OR4−n(式においてR、Rはアルキル基)で示されるチタンアルコキシドを用いた金属基板上へのゾル-ゲルコーティングの血液適合性材料が開示されている(特許文献1)。この方法はチタン化合物を含有する溶液又は分散液を用いて基材表面にコーティングし、加熱処理することで酸化チタン系の膜を形成させ、血液適合性を付与している。この手法は、上記(1)と比較して無機材料の基材とはTi-O-M(Mは無機元素)のような化学結合が生じることにより有利な密着力が考えられる。しかしながら述べられている機能からは、十分な膜厚(50〜1000nm)が得られないと血液適合性が発現しない一方で、1μm以上の膜厚にすると膜がはく離しやすくなると述べられている。また、成膜時に亀裂が生じやすいため、コーティング液に用いられるアルコール系溶媒に高沸点の有機溶媒(ジメチルホルムアミドなど)を添加しなければならない。これらの有機溶媒は一般的に人体に有害なものが多く、医用材料として残留する可能性があるためできるだけ使用を避けるべき化学物質である。このようなコーティング膜は、プロセス過程に様々な要因が絡むことで作製がより複雑になり、また膜自体の機械的強度(密着強度など)があまり高くないことが想定される
【0005】
【特許文献1】特開2003−284768号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、前記問題点を解決し、血液又は血液成分の接触する医療器具に用いるのに適した血液適合性材料、特に、基材に対する密着強度、膜の均質性、柔軟性に優れ、摩擦係数の低い血液適合性材料を提供することにある。また、本発明の目的は、上記血液適合性材料を用いた医療器具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
従来より、モノメチルシロキサン及びその関連物質は、主に工業用用途(接着剤、摺動部材用の表面コート、撥水性コート、建材用塗料など)に研究及び実用化例が見られていたが、医用材料としての用途は見られない。モノメチルシロキサンはポリジメチルシロキサン(PDMS)と原子構成が良く似ており、PDMSはバルク体として加工しやすく、古くから医用材料として知られていたためと考えられる。すなわち、PDMSは直鎖状の高分子であるため有機溶剤に比較的容易に溶解し加工が容易であるのに対して、網目状高分子であるモノメチルシロキサンは一度硬化すると溶剤に溶解せず、加工が非常に困難であるという特性を有する。
【0008】
一方、従来の主な医用材料は主にプラスチック製であったのに対して、近年、ステントのように金属の機械的物性を用いた新材料が注目されるようになってきた。モノメチルシロキサン及びその関連物質は金属もしくはガラスなどの無機材料に対してのコーティングに有利であることはこれまでの研究報告及び実例で示されてきた。これは直鎖状高分子であるPDMSと比較して有利な性質であることから、新規用途の医用材料として用いることが可能なのではないかという知見を得た。本発明は、このような知見に基づいてなされたものであり、下記式(1)で表わされる構造を含むモノメチルシロキサンネットワーク構造を含有することを特徴とする血液適合性材料を提供するものである。
【化1】

【0009】
本発明の血液適合性材料は、更に、タンタル、ニオブ、チタン、アルミニウム又はジルコニウムを含有することが好ましい。
上記タンタル、ニオブ、チタン、アルミニウム又はジルコニウムが、酸素原子を介してケイ素原子と結合してなることが好ましい。
タンタル、ニオブ、チタン、アルミニウム又はジルコニウムを含有する場合、ケイ素と、タンタル、ニオブ、チタン、アルミニウム又はジルコニウムとの原子比が、1:0.001〜1:0.5であることが好ましい。
また、本発明は、上記血液適合性材料を基材表面に被覆してなる医療器具を提供する。
上記医療器具において用いられる基材は、好ましくはプラスチック、金属、ガラス又はセラミックスである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、基材に対する密着強度、膜の均質性、柔軟性に優れ、摩擦係数の低い血液適合性材料が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の血液適合性材料について説明する。
本発明の血液適合性材料は、下記式(1)で表わされる構造を含むモノメチルシロキサンネットワーク構造を含有する。
本発明の血液適合性材料は、特に基材に制限はないが、基材表面にゾルゲル法によりモノメチルシロキサンネットワーク構造(ケイ素−酸素結合ネットワーク、シリカ又はシリケート構造ともいう)を形成して製造することができる。
【0012】
モノメチルシロキサンネットワーク構造は、ケイ素アルコキシド(オルガノメトキシシラン)を用いるゾルゲル法で生成することができる。ケイ素アルコキシドを加水分解/重縮合すればモノメチルシロキサンネットワークが得られる。オルガノメトキシシランは(CHSi(OR4−n(式中、Rは有機基であり、特にメチル基、エチル基、プロピル基などのアルキル基が好ましく、nは0〜3の整数である。)で表される。有機基はメチル基及びエチル基が特に好ましい。本発明においては、オルガノメトキシシランを用いているので、ケイ素−酸素結合ネットワーク内にメチル基が導入され、モノメチルシロキサンネットワーク構造が形成される。
【0013】
本発明の血液適合性材料は、ケイ素−酸素結合ネットワーク構造がメチル基で修飾されたモノメチルシロキサンネットワーク構造であり、このようにメチル基で修飾されているので、柔軟性を有し、成型性、形状追従性に優れたものである。メチル基修飾の割合は、ケイ素原子に対しメチル基のモル数の比で、通常は、1:1である。すなわち、本発明の血液適合性材料を構成するモノメチルシロキサンネットワーク構造は、ケイ素原子1個に対し、メチル基が1個結合しているものである。すなわち、上記一般式(1)のような構造を含むものである。ただし、全てのケイ素原子にメチル基が結合していなくてもよく、例えば、10%以上のケイ素原子にメチル基が結合しているもは本発明の範囲内であると理解される。
【0014】
具体的には、ケイ素原子の1つの結合手にメチル基を有し、残りの3つの結合手が酸素によるシロキサン(Si−O−Si)結合によって強固に繋がった三次元構造を有している。そのような構造を下記式(2)に示す。
【化2】

【0015】
従来よりシリコーン系の血液適合性材料として知られているポリジメチルシロキサンは、Si元素の結合手に2個のメチル基を有しており、残りの2個の結合手がシロキサン結合で鎖状に連結した高分子であり、金属表面とのSi−O−M結合はPDMS鎖状高分子の末端のみであるので強い結合が期待できない。
本発明の血液適合性材料を構成するモノメチルシロキサンネットワーク構造においては、ケイ素原子に結合しているメチル基が疎水性を発現し、残りのシロキサン結合手が立体網目状に形成し、金属表面との間に多くのSi−O−M結合を形成することで良好な密着強度を有する比較的厚い膜(2μm以上)からなる均質な膜が形成される。
【0016】
オルガノメトキシシランを溶解する溶媒としては、アルコール、テトラヒドロフラン等を用いることができる。
オルガノメトキシシランは、加水分解反応により、ケイ素−酸素結合ネットワーク、すなわちモノメチルシロキサンネットワーク構造を形成することができる。
【0017】
本発明においては、上述したようなモノメチルシロキサンネットワーク構造に、更に、タンタル、ニオブ、チタン、アルミニウム又はジルコニウムを組み込むことができる。このように、タンタル、ニオブ、チタン、アルミニウム又はジルコニウムを組み込むことにより、膜厚及び膜の密度、機械的特性等を変えることが可能となる。なお、タンタル、ニオブ、チタン、アルミニウム又はジルコニウムは、酸素原子を介してケイ素原子と結合している。タンタル及びニオブが組み込まれたモノメチルシロキサンネットワーク構造の具体例としては、下記式(3)に示すものが挙げられる。
【化3】

【0018】
タンタル、ニオブ又はジルコニウム等の金属は、アルコキシドを原料組成物中に添加することにより、モノメチルシロキサンネットワーク構造中に組み込むことができる。
タンタル、ニオブ又はジルコニウム等の金属は、これらをアセチルアセトン等のキレート剤を用いて化学改質してから組み込み、重縮合を制御することで、室温において材料製造に適した粘性を得ることが可能となる。また、タンタル、ニオブ又はジルコニウムアルコキシドをアセチルアセトン等のキレート剤で化学改質すると、オルガノメトキシシランとの反応性、特に分子量及び反応速度が適度に制御され、より均質にタンタル、ニオブ又はジルコニウムが導入された、モノメチルシロキサンネットワーク構造を形成することができる。この目的のために用いられるキレート剤としては、β−ジケトン、例えば、アセチルアセトン、アセト酢酸エチル等が挙げられる。特に、アセチルアセトン、アセト酢酸エチルは生分解性が確認されているので好ましい。
式(3)においては、タンタル及びニオブを含むものを示したが、本発明においてはタンタルのみ、ニオブのみ、ジルコニウムのみ、チタンのみ、アルミニウムのみのものであってもよく、又はそれらの二種以上を含むものであってもよい。タンタル、ニオブ、チタン、アルミニウム又はジルコニウムを含む場合、ケイ素と、タンタル、ニオブ又はジルコニウムとの原子比は、好ましくは1:0.001〜1:0.5であり、更に好ましくは1:0.01〜1:0.1である。
【0019】
オルガノメトキシシランを含む組成物は加水分解して重縮合させることができるが、これらの反応は、酸を添加し、及び/又は加熱して反応を促進することが好ましい。
加水分解/重縮合したゾルは乾燥してゲルにすることができ、乾燥した後に更に焼成して使用することも可能である。限定されないが、一般的に、乾燥は40〜150℃程度の温度で実施し、焼成は約400〜600℃の温度で、約0.5〜1時間加熱して行うことができる。
【0020】
次に、本発明の医療器具について説明する。
本発明の医療器具は、上述した、本発明の血液適合性材料を基材表面に被覆してなるものである。基材としては、例えば、プラスチック、金属、ガラス及びセラミックス等が挙げられる。プラスチックとしては、例えば、ポリエチレンテレフタレート等のポリエステル、6−ナイロン等のポリアミド、ポリオレフィン、変性ポリオレフィン、ポリエーテル、ポリウレタン、ポリイミドやそれらの共重合体等が挙げられる。金属としては、例えば、チタン、タンタル、ステンレス鋼、金、白金、コバルト−クロム合金、ニッケル−チタン合金等が挙げられる。セラミックスとしては、例えば、アルミナ、石英、アパタイト等が挙げられる。 本発明の医療器具は、上述した基材を、上述した血液適合性材料の原料溶液中に浸漬し、80℃以上で加温することにより製造することができる。浸漬する時間等に特に制限はなく、例えば、1秒〜10分程度でよい。加温する時間等は特に制限はなく、例えば、1時間〜2日間程度でよい。
本発明の医療器具の形状に特に制限はなく、例えば、シート状、フィルム状、チューブ状、中空糸状、ファイバー状、メッシュ状、コイル状、多孔質状等、どのような形状のものでもよい。
【0021】
また、本発明の医療器具は、直接血液又は血液成分が接触する用途に好適に用いられる。このような医療器具としては、例えば、人工心臓、人工肝臓、人工腎臓、血液ポンプ、ペースメーカー等の体内あるいは体外で血液に接触する装置を構成する部品や、ステント、人工弁、ステープル、クリップ、コイル等の体内に留置されるもの、ガイドワイヤー、カテーテル等の外部から体内に挿入される器具が含まれる。また、本発明の医療器具としては、体内に挿入されるものに限定されず、例えば、血液の生化学試験に使用する試験管やビーカー等の実験器具等も含まれる。
【実施例】
【0022】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明する。なお、本発明の範囲は、かかる実施例に限定されないことはいうまでもない。
実施例1
メチルシロキサン系コーティング溶液の作製
モノメチルシロキサンネットワークに導入するニオブ(Nb)及びタンタル(Ta)としては、ペンタエトキシニオブ(Nb(OC)及びペンタエトキシタンタル(Ta(OC)を用いた。これらは加水分解速度がメチルトリエトキシシラン(MTES)より速く、重合に伴うモノメチルシロキサンネットワーク構造に組み込むためには、その加水分解速度をコントロールする必要がある。このため、Nb(OC及びTa(OCを、不活性ガスであるArガスを充填したグローブボックス内で、アセチルアセトン(AcAc)溶液と30分間混合して安定化させ、金属アルコキシド安定化溶液としたものを用いた(参考;D.C.Bradly,R.C.Mehrotra and D.P.Gaur,Metal Alkoxides,Academic Press,London,(1978)209−217)。ペンタエトキシニオブ(Nb(OC)及びペンタエトキシタンタル(Ta(OC)とAcAcのそれぞれの混合比は1:2である。グローブボックス内にはアンプル瓶に封入されたNb(OC及びTa(OCそれぞれ25gと、それぞれの金属アルコキシドに対してAcAc16.3mL及び12.8mLを共栓付き三角フラスコ中に入ったもの(テフロン製攪拌子含む)とマグネテックスターラーを収め、ボックスを閉じた。ボックス内の空気及び水分などを真空ポンプで引抜いた後にArガスを充填し、再び真空ポンプで脱気し、Arガスを再度充填した。このような操作を2,3回繰り返すことによりボックス内を完全な不活性乾燥空気へ置換した。それぞれの金属アルコキシドのアンプル瓶を、Ar雰囲気下のボックス内において金属ハンマーなどで蓋を破壊して開封し、即座にマグネテックスターラー上に設置して撹拌中のAcAc入り共栓付き三角フラスコ内に注入し、蓋をして30分間撹拌し続けた。このようにして金属アルコキシド安定化溶液を作製した。これらの金属アルコキシド安定化溶液は、使用するまで暗所冷蔵保存した。
【0023】
メチルシロキサン系コーティング溶液の作製は以下のように実施した。テフロン製攪拌子を入れた共栓付き三角フラスコ内に、AcAc安定化Nb(OC溶液0.91g、AcAc安定化Ta(OC溶液1.06gを電子天秤で計測しながらポリエチレン製ディスポーザブルピペット(1mL)を用いて滴下しながら注入した。次いで、エタノール12.2mLを三角フラスコ内にビュレットを用いて注入し、撹拌を開始し、マイクロピペッターを用いて1N塩酸水溶液0.35mLを注入し、メチルシロキサン骨格構造源となるMTES14mL(0.070mol)をビュレットで注入し、最後に蒸留水2.5mLをマイクロピペッターで注入し、この溶液を60分間撹拌し、60℃の乾燥機中に3時間エージング処理し、メチルシロキサン系コーティング溶液を得た。60℃、3時間のエージングではガラス製の共栓は外し、パラフィン厚膜(3mm程度)で封をしてエージング中にエタノール溶媒が蒸発しないようにした。
【0024】
実施例2
金属基板へのコーティング
金属基板としては、10×40×3mmのTi基板を用いた。基板表面を、2000番のSiC研磨紙を用いて研磨し、アセトン中超音波洗浄器を用いて洗浄した。直径1.5cm高さ5.0cmのガラス瓶中に、実施例1で作製したメチルシロキサン系溶液を注入し、そこに上記Ti基板を10秒間浸漬し、次いで引き上げることにより基板をコーティングした(ディップコーティング)。このコートした基板をテフロン製時計皿の上に載せ、80℃の乾燥機内で24時間硬化処理をした。
【0025】
実施例3
金属表面コーティング膜の密着強度、膜厚、摩擦係数の測定
実施例2で得られたメチルシロキサンをコーティングしたTi基板の密着強度を、日本工業規格(JIS)A6909「建築用仕上塗材」のはく離試験法に準拠して測定した。図1に密着強度試験用のはく離器具の概略図を示す。コーティング表面と鉄製のロッド(φ8mm)をエポキシ系接着剤(アラルダイト(登録商標))で接着し、金属製のジグで固定しながら室温で24時間硬化させた。引張試験は、万能材料試験機(Auto Graph; AK−100kG, SHIMADZU Co. Ltd.)を用いてクロスヘッド速度0.1mm/minで実施した。なお、試料としては、実施例2で得られたTi基板について10について試験を行った。
【0026】
試験を行った全ての試料について、MS−エポキシ樹脂界面ではく離し、Ti基板からのコーティング膜のはく離は観察されなかった。この測定において得られた密着強度の値は10回の測定において6.2±2.2MPaであった。従って、実施例2で得られたTi基板における、メチルシロキサン膜とTi表面との結合力は6.2MPa以上であることがわかった。
【0027】
膜厚の測定
金属表面コーティングの膜厚は、渦電流式の膜厚計(LZ−330J,(株)ケット科学研究所)を用いて、表面全体の形成膜について測定した。詳細な膜厚の情報については、金属表面コーティング基板をポリエステル系の樹脂に埋め込み、コーティング面に垂直にダイヤモンドカッターで切断した面をSEMで観察して調べた。これらの膜厚はディッピング後の一回の引き上げで、1.0〜5.0umの膜厚であった。なお、膜厚は、導入する金属アルコキシドの種類及び量によって、上記の野範囲で変えることができる。
【0028】
摩擦係数の測定
金属表面コーティング基板の摩擦係数は、Manabu FUKUSHIMA, Eiichi YASUDA,Hideki KITA, Hideki Hyuga,Kazuo OSUMI, Hayato KAWABATA, Yasuto HOSHIKAWA and Yasuhiro TANABE, ”Oil wettability and sliding property of organic inorganic hybrid coating films prepared from methyltriethoxysilane and various metal alkoxides”, J.Ceram.Soc.Jpn., 114 (2006) 580−582に記載の方法で測定した。すなわち、10×10mm基板上のコーティング膜に0.8mLの機械油を滴下し、直径36mmのFCD(球状黒鉛鋳鉄)をピンとして、9.8Nで10分間、0.004〜0.5m/sの滑り速度で摺動した。これらのコーティング膜は0.14〜0.08の低い摩擦係数の範囲の値であり、これは、コーティング無しのステンレスと同等もしくはそれ以下の値であった。すなわち、ステンレス基板にコーティングしたタンタル、チタン及びアルミニウムを含むメチルシロキサン膜は、ピンオンディスク装置を用いた摺動試験から低摩擦性を有していることが示された。このことから、メチルシロキサン膜は、油環境下での摺動性に優れ、脂質などを含んだ体内でのカテーテルガイドワイヤーなどの使用に際して低摩擦性を有し、臨床上の操作に優れていることがわかった。
【0029】
実施例4
金属表面コーティング膜の表面自由エネルギー測定
JIS R 3257に基づく接触角測定によって、コーティング表面のぬれ性を求めた。試験条件は、21℃雰囲気下、滴下液量4μL、測定時間30秒以内、測定場所10箇所以上で行った。測定溶液は蒸留水又はヨウ化メチレン(CH)を、マイクロピペッターを用いて滴下した。コーティング膜の表面自由エネルギーを、水及びヨウ化メチレンの接触角からOwens(D.K.Owens,J.Applied polymer science,13(1969)1741−1747)によって示された以下の式に基づいて求めた。
【0030】
【数1】

上記式において、θは接触角を示し、γsは固体の表面自由エネルギーを示し、γlは液体の表面自由エネルギーを示し、dは分散力成分を示し、pは極性力成分を示す。固体の表面自由エネルギーγsは各成分の和すなわち、
【0031】
【数2】

によって示される。水及びヨウ化メチレンの表面自由エネルギーγld、γlp及びγlは、物質固有の値であるため既知の定数である。以上の式より、メチルシロキサン膜の表面自由エネルギーは表1に示す通りである。
【0032】
【表1】

【0033】
プラスチック材料が血液適合性を有するかは、適度な疎水性を有することであることが指摘されている。その指標として、臨界表面張力など表面エネルギーによって寄与される一定領域の値である材料(例えばBaierより、およそ20〜30mJ/m)が血液適合性を持つことが報告されている。血液適合性材料として知られているシリコーン系材料であるPDMSの値は23mJ/m、テトラフルオロエチレンは22mJ/m、ポリスチレンは41mJ/m付近であることが知られている。ステンレス基板上にコーティングしたメチルシロキサンの値は28.4mJ/mであったことから、血液適合性材料としての可能性が示唆される。
【0034】
実施例5
ガラス試験管内のメチルシロキサンコーティングによる血液適合性試験
血液適合性試験用コーティング基材としては、15×85mmのガラス製試験管を用いた。実施例1で調製したメチルシロキサン系コーティング溶液を上記試験管内に注入し、約5秒間放置した後、外部に注ぎ出した。溶液を注ぎ出した後、試験管口を下にした受胎で試験管立てに設置し、60℃で3時間乾燥を行った後に試験管口を上向きにし、80℃で48時間で乾燥させ、試験管内面をコーティングした。
以下の血液凝固能試験及び血小板凝集能試験に用いられる血液としては、毒性試験に広く用いられているラット(Wistar Hannover GALAS雄性ラット:日本クレア(株))を使用した。採血は腹部大動脈から行った。
【0035】
採血及び血漿の分離は以下のように行った。滅菌した3.8%クエン酸ナトリウム溶液を0.5mL注射器に吸入した状態で、4.5mLの血液を、泡を立てないように採血した。注射器内で、血液を混和し、泡を立てないように、他の試験管に移し、直ちに3,000rpm、10分間遠心分離を行った。その後、溶液の上澄みをプラスチック(ポリスチレン)試験管に移し、被検血漿とした。この分離血漿は冷蔵保存し、2時間以内に試験に用いた。
【0036】
次いで、以下のようにして、血小板凝集能試験を行った。
上述のようにしてメチルシロキサンコーティングしたガラス試験管、コーティングしていないガラス試験管、及びプラスチック(ポリスチレン)製試験管に、上述のようにして採血した血液を、それぞれ1mLずつ加え、最高速度に設定した試験管ミキサー(VORTEX−GENIE 2,サイエンティフィックインダストリーズ株式会社)で60秒間撹拌した。撹拌終了後、速やかに1/10量の3.8 %クエン酸ナトリウム溶液(扶桑薬品工業株式会社)を加え,抗凝固処理した。また,無処置対照として,採取した血液を撹拌せずに1/10量の3.8 %クエン酸ナトリウム溶液で抗凝固処理した。抗凝固処理した血液は,多項目自動血球計数装置(KX−21NV,Sysmex Co. Ltd.)を用いて血小板数を測定した。これらの試験は各試験体それぞれ計6本行った。
【0037】
図2に結果を示す。図2は、血小板凝集能試験後の試験管内で計測された血小板(PLT)の数を示すグラフである。一番左側の試験は、試験実施前の血液中に含まれる血小板の数を示す。次いで、左側より、メチルシロキサンコーティングしたガラス試験管、ポリスチレン製試験管、ガラス試験管の結果を表わす。試験前の全血に含まれるPLTは85.9±11.2×10個であった。メチルシロキサンコーティングしたガラス試験管、ポリスチレン製試験管及びガラス試験管のPLTの数は、それぞれ77.2±9.7×10個、70.6±19.0×10個、0.3±0.4×10個であった。ガラス試験管は他の3つと比較すると殆どPLTが残っていないことから、PLTが試験管壁に凝集していると考えられる。メチルシロキサンコーティング及びポリスチレン製試験管は、無処理のPLT数に比べて10×10個前後減少していたが、殆どが全血中に残り、凝集していないことを示す。メチルシロキサンコーティングはポリスチレン製試験管と同等のPLT凝集能を示した。
【0038】
上記結果について、試験管壁に凝集したPLTの割合(血小板凝集率)を比較した。ガラス試験管の血小板凝集率は99%であり、メチルシロキサンコーティングしたガラス試験管の血小板凝集率は10%、ポリスチレン製試験管の血小板凝集率は18%であった。メチルシロキサンコーティングしたガラス試験管の血小板凝集率はポリスチレン製試験管のものよりも低い値であり、ガラス試験管と比較して大幅に改善され、非常に優れた抗血小板凝集能を示すことがわかった。
【0039】
実施例6
活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)測定
メチルシロキサンコーティングしたガラス試験管、ガラス試験管及びポリスチレン試験管に、実施例5で用いたのと同じ結晶を、それぞれ50μLずつ加え、光散乱測光方式の全自動血液凝固測定装置(CA−510,Sysmex Co. Ltd.)内で37℃、1分間正確に加温した。この加温した血漿に、接触因子活性化物質であるエラジン酸及びウサギ脳由来のリン脂質を含むアクチン試薬(データファイAPTT(シスメックス)を、あらかじめ37℃に加温した状態で50μL加えた。以降、転倒攪拌によって37℃条件下で規定時間まで攪拌後、以下の操作によってAPTTを測定した。
【0040】
溶液は37℃で一定時間加温後、塩化カルシウム溶液50μLを加え、その直後から凝固するまで1秒ごとに転倒攪拌を行い、血液凝固の最終生産物である白色のフィブリンが析出する時間を光散乱法で調べた。加温時間は、0、30、60分間行い、それぞれに各4本ずつ試験を行った。結果を図3に示す。図3は、血漿成分の37℃保持時間に対するAPTTの変化を示すグラフである。横時間は保持時間を表わし、縦軸はAPTT(秒)を表わす。APTT試薬投入直後(0分)は、全ての試験体のAPTTは17.9秒であった。37℃に30分間保持したものについては、メチルシロキサンコーティング及びプラスチック試験管のAPTT延長が1秒以内だったのに対して、ガラス試験管のAPTTは3秒以上延長していた。37℃に60分間保持したもののAPTTは、ガラス試験管が7秒以上延長していたのに対して、メチルシロキサンコーティング及びプラスチック試験管は2秒程度の延長であった。上記結果より、メチルシロキサンコーティングしたガラス試験管は正常な血液凝固反応を阻害しないことがわかった。
【0041】
組織適合性
実施例1で作成したメチルシロキサンコーティング溶液を、75mLのテフロン容器に注入し、針無数の穴を空けたアルミ箔を被せて乾燥機に入れ、40℃で48時間、次いで80℃で96時間の熱処理でバルク体を作製した。得られたバルク体をディスポーザブルメスで切り出し、10×2×1mmの形状にした。表面を#2000番SiC研磨紙を用いて研磨した。比較対照として、純度99.9%のTiを同一形状に切り出し、表面を#2000番SiC研磨紙で研磨したものを用意した。
国際基準であるASTM規格の中のF361−72に準拠した方法で、皮下埋植試験を実施した(請川洋,古屋光太郎,“医・歯科用バイオマテリアルの安全性評価法”,サイエンスフォーラム,(1987)pp.131−134)。
【0042】
紫外線を、検体試料の表裏両面に対して計1時間照射消毒した。埋植は、2週間及び4週間行った。試験検体は、一つの期間に対して計5体のラット(Wistar Hannover GALAS雄性ラット:日本クレア(株))にそれぞれ一本ずつ埋め込んだ。4つの試料は1体のラットの皮下に、それぞれ2cm以上離した箇所に埋植した。試験後のラットはエーテル麻酔後放血致死させ、切開して周囲の皮下組織を肉眼的に観察した。その後、検体周囲の皮下組織をホルマリン系固定液で固定し、脱水後パラフィン包埋した試料を薄切した後にヘマトキシリン・エオシン(HE)染色して病理標本を作製した。
埋植2週目の組織においては、厚さ数十μmの繊維性結合組織とその周囲に濃く染色した円形及び紡錘形の細胞が観察された。これらは活発な繊維芽細胞及び白血球であり、炎症の程度は極めて軽微であった。4週後は、繊維性結合組織の厚さが2週に比べて薄くなり、また周囲の結合組織に存在する細胞が紡錘型であるものが多く観察されるようになった。これらの一連の病理組織学的な変化は、初期の急性炎症が治まり、治癒が進んで結合組織が安定していることを示す。
【0043】
メチルシロキサンバルク体を埋め込んだ場合には、埋植2週後で厚みが50μm程度の繊維性結合組織が観察されたが、埋植4週後にはTiと同様に非常に薄くなっていた(図4参照)。図4は、組織適合性試験の結果を示す写真であり、左側は埋植2週間後の組織の写真であり、右側は4週後の組織の写真である。4週後では、上段のTi及び下段のメチルシロキサンとも、周囲に繊維芽細胞の少ない正常な結合組織が認められた。この結果から、メチルシロキサンの組織適合性はコントロールのTiと同様に非常に良好であることが示された。
【0044】
実施例8
ヤング率の測定
実施例1で得られたメチルシロキサンコーティング溶液を、75mLのテフロン容器に注入し、針で無数の穴を空けたアルミ箔を被せて乾燥機に入れ、40℃で48時間、次いで80℃で96時間の熱処理を行い、でバルク体を作製した。次いで、ディスポーザブルメスでこのバルク体を切り出し、10×10×1mmの形状にし、表面を#2000番SiC研磨紙で研磨した後に粒径0.05μmアルミナを用いてバフ研磨した。次いで、試料の表面を流水で洗った後、エタノール下超音波洗浄し、再度流水で洗い流すことで研磨粒子を取り除いた。
【0045】
メチルシロキサンの弾性係数(ヤング率)は、ナノインデンテーション法に基づく、圧子の押し込み荷重とその押し込み深さの変化量によって得られる曲線を解析することにより得た。得られた曲線から解析されるヤング率は、Oliver−Pharrの方法(W.C.Olover and G.M.Pharr,J.Mater.Res., 7 (1992) 1564−1583)に基づいて算出した。
【0046】
本インデンテーション試験では、変位を高精度で測定するために、反射型のレーザーを用いて計測した。赤色レーザーの反射効率を高めるために、押し込み試料周辺の平滑部分に金蒸着を行った。この測定の模式図を図5に示す。押し込み前後の圧子に付随するバネの変位(Δhcapacitive)とレーザーの反射とによって得られる試料表面の変位(Δhlaser)から、押し込み深さ(hpenetration)を得た。この方法によってより精度の高い材料のヤング率が得られる。
【0047】
ダイヤモンド製のBerkovich〔傾斜面角β=24.7°〕型圧子を用いて、押込み速度を50nm/secでインデンテーション試験を行った。試験雰囲気は、室温大気中で行った。試験前のキャリブレーション値をとる基準試料として2400℃で熱処理を行ったGlass−like carbonを使用した。1サンプルあたり押込み深さを約1000nm、20回程度試験を行った。間隔は、18μmとした。測定の結果得られたメチルシロキサンのヤング率は1.9GPaであった。
【0048】
上述したように、本発明の血液適合性材料は、抗血小板凝集能を示すと共に、正常な血液凝固反応を阻害しないものであり、組織適合性の高いものであった。また、本発明の血液適合性材料は、均質な膜厚を有し、高い密着強度及び低い摩擦係数を有すると共に、柔軟なプラスチック材料に近いヤング率を有している。これらの特徴は、金属基材の伸び及び曲げに対しても耐久性のあるコーティング膜であり、かつ血管内での移動において低摩擦性が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】密着強度試験用のはく離器具の概略図である。
【図2】血小板凝集能試験の結果を表わすグラフである。
【図3】活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)測定の結果を表わすグラフである。
【図4】組織適合性試験の結果を示す写真である。
【図5】ヤング率測定のための装置の概略図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表わされる構造を含むモノメチルシロキサンネットワーク構造を含有することを特徴とする血液適合性材料。
【化1】

【請求項2】
更に、タンタル、ニオブ、チタン、アルミニウム及び又はジルコニウムを含有する、請求項1記載の血液適合性材料。
【請求項3】
上記タンタル、ニオブ、チタン、アルミニウム及び又はジルコニウムが、酸素原子を介してケイ素原子と結合してなる、請求項2記載の血液適合性材料。
【請求項4】
ケイ素と、タンタル、ニオブ、チタン、アルミニウム及び又はジルコニウムとの原子比が、1:0.001〜1:0.5である、請求項2又は3に記載の血液適合性材料。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の血液適合性材料を基材表面に被覆してなる医療器具。
【請求項6】
上記基材が、プラスチック、金属、ガラス又はセラミックスである、請求項5に記載の医療器具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−12133(P2010−12133A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−176638(P2008−176638)
【出願日】平成20年7月7日(2008.7.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年1月8日 国立大学法人東京工業大学主催の「東京工業大学大学院総合理工学研究科材料物理科学専攻2007年度博士論文発表会」に発表
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】