説明

血管動作シミュレータ

【課題】比較的簡単な構成で、生体力学的負荷に起因する血管の挙動を模擬することができ、当該挙動を考慮したステントの耐久性評価や吻合手技の客観的評価等に有用となる血管動作シミュレータを提供する。
【解決手段】可撓性を有し、液体が内部に充填される模擬血管31と、この模擬血管31の延出方向の両端部分を支持するとともに、当該両端部分を離間接近可能に動作する第1及び第2の保持部材32,33と、第1及び第2の保持部材32,33を動作させるリニアモータ14とを備えて血管動作シミュレータ10が構成されている。この血管動作シミュレータ10は、リニアモータ14の駆動により、前記両端部分が離間接近することで、模擬血管31を屈曲する方向に変位させるようになっている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血管動作シミュレータに係り、更に詳しくは、生体力学的負荷に起因する血管の挙動を模擬することができ、当該挙動を考慮したステントの耐久性試験や血管の吻合訓練時の手技評価に利用可能な血管動作シミュレータに関する。
【背景技術】
【0002】
血管の狭窄時の治療に用いられる医療器具として、ステントと呼ばれる金属製の網状の筒体が知られている。このステントは、血管内の狭窄部位に長期間留置されて当該狭窄部位を継続的に拡張させるものであるため、ステントの耐久性試験を行う際には、当該ステントが血管内に留置された状態を考慮することが重要である。ところが、このような耐久性試験は、実際に人体で行うことは不可能であり、人体の特徴を模擬した機械的な装置にて行う必要がある。
【0003】
ところで、ステントの性能を評価するための装置として、特許文献1に開示されたステント性能評価シミュレータと、特許文献2に開示されたステント力学特性測定装置が知られている。
【0004】
特許文献1のステント性能評価シミュレータは、冠循環を模擬した回路構成になっており、閉ループ状の液体流路と、この液体流路内を循環する液体に拍動流を付与するポンプと、流体流路の途中で分岐する分岐管路と、当該分岐管路の途中に設けられた可撓性チューブとを備えている。この可撓性チューブ内には、評価対象となるステントが留置され、当該ステントは、拍動流が付与された液体にさらされた状態となる。従って、このシミュレータでは、実際の使用時における血液の拍動条件に近い条件でステントの耐久性を調べることが可能となる。
【0005】
一方、特許文献2のステント力学特性測定装置は、当該ステントの一端側を直接引っ張り、当該ステントに作用する荷重と引っ張り長さの相関関係を導出することで、力学的観点からステントの性能を評価する装置である。
【特許文献1】特開2000−342692号公報
【特許文献2】特開2005−278828号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、人体の大腿筋管内を通る血管である浅大腿動脈(SFA)にステントを留置した場合、浅大腿動脈が動的要素を持つ血管であることから、他の部位よりも血管の動きが大きくなり、当該血管内に留置されたステントに大きな負荷がかかり易くなる。従って、浅大腿動脈内にステントを留置した場合には、他の部位に比べて経時的な破損が生じ易くなる。具体的に、浅大腿動脈は、脚部の運動等による外力や血圧変動等によって、屈曲、ねじれ、及び圧縮・引張等の生体力学的負荷が作用し、他の血管部位よりもステントの使用環境が悪くなる。そこで、ステントの耐久性を評価する際には、他の部位と使用環境の異なる浅大腿動脈にステントを留置した場合も含めて行うことが必要となる。
【0007】
しかしながら、前記ステント性能評価シミュレータ及びステント力学特性測定装置にあっては、前述したように、浅大腿動脈に特有となる前記生体力学的負荷に起因した血管の挙動を模擬することができず、浅大腿動脈にステントを留置した場合における当該ステントの耐久性を正確に評価することができない。
【0008】
また、冠動脈内に留置される冠動脈ステントにおいても、患者内に留置された状態での破損例が報告されており、生体力学的負荷を模擬した環境で耐久性を予測できるシステムの開発が求められている。
【0009】
ところで、医師や医学生が、既販されている訓練用の人工血管を吻合することで吻合手技訓練を行った場合、得られた吻合後の人工血管に対し、実際の患者の術後状態と同様な挙動状態を再現できる装置は存在しない。従って、吻合手技訓練により得られた人工血管に対し、生体力学的負荷による挙動を付与しながら経時的に吻合部位の状態を確認することができず、血管の挙動を考慮した吻合手技の客観的評価が行えない。
【0010】
本発明は、このような課題に着目して案出されたものであり、その目的は、比較的簡単な構成で、生体力学的負荷に起因する血管の挙動を模擬することができ、当該挙動を考慮したステントの耐久性評価や吻合手技の客観的評価等に有用となる血管動作シミュレータを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
(1)前記目的を達成するため、本発明は、可撓性を有し、液体が内部に充填される模擬血管と、この模擬血管の延出方向の両端部分を支持するとともに、当該両端部分を離間接近可能に動作する支持手段と、前記支持手段を動作させる駆動手段とを備え、
前記駆動手段の駆動により、前記両端部分が離間接近することで、前記模擬血管を屈曲変位させる、という構成を採っている。
【0012】
(2)また、前記模擬血管の周囲の温度を所定温度に制御する温度制御手段を更に備える、という構成を採ることが好ましい。
【0013】
(3)更に、前記模擬血管内の液圧を調整する液圧調整手段を更に備える、という構成も採用することができる。
【0014】
(4)また、前記支持手段は前記模擬血管を着脱自在に支持するとよい。
【0015】
(5)更に、前記支持手段は、複数の模擬血管を支持可能に設けられ、当該各模擬血管に対して前記動作を同時に行うとよい。
【0016】
(6)また、前記模擬血管は、その一部分が屈曲若しくは湾曲した初期形状に設けられる、という構成を採用している。
【0017】
(7)更に、前記模擬血管の内部には、ステントが配置され、このステントの内面側には、当該ステントの変形を制限する拘束部が設けられる、という構成を採用するとよい。
【0018】
(8)また、前記模擬血管の周囲のガス濃度を調整するガス濃度調整手段を更に備えるとよい。
【0019】
なお、本特許請求の範囲及び本明細書において、「模擬血管」とは、所定の人工材料及び/又は生体材料を使って人工的に作成した血管の他、動物血管をも含む概念として用いられる。
【発明の効果】
【0020】
前記(1)の構成によれば、浅大腿動脈等の末梢動脈や冠動脈などのステントを留置する血管に付与される生体力学的負荷に起因する血管の挙動のうち屈曲動作を模擬することができる。更に、模擬血管内に液体が充填された状態で、当該模擬血管の両端部分が離間接近しながら、模擬血管全体が屈曲動作するため、当該屈曲動作に伴って模擬血管内の液圧が変動し、模擬血管内に実際の血管内と同様の脈動状態を作り出すことが可能となる。従って、当該脈動状態を発生させるために、生体を模擬した循環回路構成を採用する必要がなく、簡単な装置構成で、血管内の血圧変動並びにこれに伴う血管径方向の膨張・収縮変位を模擬することができる。総じて、本発明によれば、簡単な構成で生体力学的負荷による血管の挙動を模擬することができ、当該挙動を考慮したステントの耐久性評価や吻合手技の客観的評価等を短時間で行うことが可能となる。
【0021】
前記(2)の構成により、模擬血管の周囲の温度を体温程度に維持することができ、生体とほぼ同じ状態で試験を行うことができ、形状記憶合金製のステントの耐久性試験を行うような場合に有用である。
【0022】
前記(3)の構成により、模擬血管内の平均圧及び脈圧調整を自由に行うことができ、病態や対象となる血管部位に応じた圧力状態の模擬が可能となる。
【0023】
前記(4)の構成により、種々の径、長さ、形状を有する模擬血管を選択的に支持手段に支持させることができ、対象となる血管の部位や個人差を考慮したステントの耐久性評価や吻合手技の客観的評価等が可能となる。
【0024】
前記(5)の構成により、種類の異なるステント等の評価対象物に対して同時に試験することが可能となり、各評価対象物の耐久性等を短時間で比較評価することができる。また、異なる吻合手技を行った評価対象物に対して、同一条件で同時に比較試験を行うことが可能になる。
【0025】
前記(6)の構成により、模擬血管の両端部分を離間接近したときに、模擬血管が屈曲方向に一層変位し易くなり、模擬血管の屈曲変位をより確実に発生させることができる。また、血管吻合時の液体の漏れ量を加速的に評価することができる。
【0026】
前記(7)の構成によれば、実際の血管内にステントを留置した際に当該血管の内膜によってステントが拘束される状態を作り出すことができ、生体内環境に一層近い状態で、ステントの耐久性評価を行うことができる。
【0027】
前記(8)の構成によれば、模擬血管としてシリコーン製等のものを用いると、模擬血管の内外間でガス交換が行われることになるため、模擬血管の外側のガス濃度を調整して、そのpHを変えることで、模擬血管内の液体のpH調整を行うことができる。これにより、例えば、模擬血管内に収容されたステント等の評価対象物に対して、模擬血管内の液体を強酸性や強アルカリ性に変えたときに、前記評価対象物の経時的な腐食状態等の調査が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら説明する。
【0029】
図1には、本実施形態に係る血管動作シミュレータの概略正面図が示され、図2には、前記血管動作シミュレータの概略平面図が示されている。これらの図において、前記血管動作シミュレータ10は、浅大腿動脈の軸線方向に対する屈曲動作と当該浅大腿動脈内の血圧変動に伴う血管径方向の膨張・収縮動作を模擬することのできる装置であって、当該浅大腿動脈内に留置されるステントSの耐久性評価用として主に利用される。
【0030】
前記血管動作シミュレータ10は、箱型のケース11と、このケース11の内部に設けられたシミュレーション部12と、ケース11の外側に設けられ、シミュレーション部12を動作させる駆動手段としてのリニアモータ14と、ケース11の内部に設けられた温度センサ17及びヒータ18と、ケース11の外側に設けられ、温度センサ17の測定値に基づきヒータ18の作動を制御するヒータ制御装置19とを備えて構成されている。
【0031】
前記ケース11は、設置面となる平面視ほぼ方形状のベース21と、このベース21の周縁に沿って起立する周壁22と、周壁22の上端側に配置されて、当該周壁22で囲まれる空間を上方から閉塞する頂壁23とを備えている。
【0032】
前記シミュレーション部12は、リニアモータ14のシャフト25の先端に固定されて図2中上下方向に延びるドライブプレート26と、このドライブプレート26の同図中上下二箇所に連結されるとともに、ドライブプレート26から同図中右方に向ってそれぞれ設けられた第1及び第2のライン28,29とを備えている。
【0033】
前記第1及び第2のライン28,29は、図2中上下方向にほぼ対称となるように配置されており、当該配置の向きを除き、実質的に同一の構成となっている。このため、図2中上側に位置する第2のライン29については、同図中下側に位置する第1のライン28と同一若しくは同等の構成部分に同一符号を用い、説明を省略若しくは簡略にする。
【0034】
前記第1のライン28は、延出方向両端側が開放するチューブ状の模擬血管31と、ドライブプレート26に固定されるとともに、模擬血管31の図1中左端部分を保持する第1の保持部材32と、模擬血管31の図1中右端部分を保持する第2の保持部材33と、当該第2の保持部材33を支持するとともに、ベース21に対して起立配置された側面視ほぼL字状の起立プレート35とを備えて構成されている。
【0035】
前記模擬血管31の内部には、評価対象となるステントSが収容されるようになっている。この模擬血管31は、特に限定されるものではないが、人体の血管と同様な可撓性及び弾性を有するシリコーンやラテックス等により形成されており、外力が付与されていない初期状態における形状(初期形状)が、図1に示されるように、ほぼ中央が屈曲するV字状となっている。本実施形態では、前記初期形状における模擬血管31の屈曲角度は、ほぼ90度〜150度の範囲内に設定されているが、シミュレーションする状況や部位に応じて、前記屈曲角度を前記範囲外にすることも可能である。つまり、模擬血管31としては、少なくとも一部が屈曲若しくは湾曲した初期形状を有するもののであれば何でも良く、また、ほぼ直線状に延びる初期形状を有するものであっても、その一部分に屈曲を促進する線や癖や凹凸等が形成されている等、後述する屈曲変位を確実に発生させる形状であれば何でも良い。また、模擬血管31として、グルタールアルデヒド等で化学固定処理された動物血管を用いても良い。
【0036】
前記第1の保持部材32は、段付きの円柱状に設けられており、図3に示されるように、ドライブプレート26に取り付けられた大径側の基部38と、その同図中右端中央に連なる小径側の突部39とからなる。この突部39は、模擬血管31の内径に対して同程度若しくは小さな外径に設定されており、模擬血管31の延出方向一端側(図3中左端側)から当該模擬血管31内に嵌め入れられるようになっている。なお、突部39が模擬血管31内に嵌め入れられた状態では、当該模擬血管31が第1の保持部材32から脱落しないように、模擬血管31の同図中左端部分が外側からクランプ部材40で締め付けられる。この際、模擬血管31の同図中左端側の開放部分から内部への空気の流入が阻止される。
【0037】
前記第2の保持部材33は、起立プレート35に固定された円筒状の基部43と、この基部43の中央に連なって図3中左方に延びる円筒状の突部44と、基部43の外側から内部に向って埋め込まれた注入路49及び圧力センサ50とを備えている。
【0038】
前記基部43は、その図3中左端側が開放する穴52を備えており、当該穴52の内周面に、注入路49の注入口と圧力センサ50の測定部とが配置されるようになっている。
【0039】
前記突部44は、模擬血管31の内径に対して同程度若しくは小さな外径に設定されており、模擬血管31の延出方向他端側(図3中右端側)から当該模擬血管31内に嵌め入れられるようになっている。この突部44が模擬血管31内に嵌め入れられた状態でも、図3中左側部分と同様に、脱落防止用のクランプ部材54で模擬血管31が締め付けられる。また、突部44は、その図3中左端側が開放し、同右端側が基部43の穴52に連なるようになっている。このため、模擬血管31が第1及び第2の保持部材32,33に取り付けられた状態では、模擬血管31の内部空間と、第2の保持部材33における突部44の内部空間と、穴52とが連なって相通じることになる。なお、この状態では、模擬血管31の図3中左端側の開放部分は、突部39により閉塞された状態となり、また、穴52に連なる注入路49内は、液体が常に充填された状態になっている。このため、模擬血管31及び突部44の各内部空間と穴52に充填された液体は、大気非接触の状態となり、模擬血管31を第1及び第2の保持部材32,33から取り外さない限り、模擬血管31の外部に流出しないことになる。
【0040】
前記注入路49は、図示しないポンプやシリンジ等によって、血液と同質の液体を前記穴52内に注入可能に設けられている。従って、模擬血管31が第1及び第2の保持部材32,33に取り付けられた状態では、穴52内に注入された液体が、当該穴52に連なる突部44の内部空間を通って、模擬血管31内に充填されることになる。この状態では、模擬血管31内が大気と非接触の状態とされ、空気の存在しない血管内環境に模擬される。
【0041】
前記模擬血管31内に充填される液体としては、特に限定されるものではないが、リン酸緩衝溶液(PBS)や動物等の血清が用いられる。リン酸緩衝溶液を用いることにより、生体内のpH環境に近い環境下で、ステントSを模擬血管31内に収容させることができる他、金属製のステントSに対する経時的な腐食が防止される。なお、ステントSの耐久性試験に問題のない限り、他の液体に代替することも可能である。
【0042】
前記圧力センサ50は、模擬血管31内に充填された液体の液圧を測定可能に設けられており、当該液圧の測定値によって、注入路49からの液体の注入量が調整される。ここでの調整は、液圧の測定値を作業者が目視し、当該作業者により手動にて行っても良いし、図示しない所定の液圧制御装置を介して注入路49からの液体の注入量を自動的に制御しても良い。後者の場合は、注入路49、圧力センサ50及び前記液圧制御装置は、模擬血管31内の液圧を調整する液圧調整手段を構成することになる。なお、圧力センサ50の取り付け部には、図示省略した栓が設けられ、当該栓を開放することで、模擬血管31内に液体を注入する際の空気抜きを行えるようになっている。
【0043】
前記リニアモータ14としては、特に限定されるものではないが、ボイスコイルモータが採用され、このモータ14は、前記シャフト25を所定のタイミングで図1中左右方向に繰り返し移動させるように駆動する。従って、当該シャフト25に繋がるドライブプレート26に支持された第1の保持部材32は、図1中左右方向(矢印方向)に繰り返し動作することになる。その一方で、第2の保持部材33は、固定配置された起立プレート35に支持されているため、第1の保持部材32は、模擬血管31を介して連結された第2の保持部材33に対し、図1中左右方向に繰り返し離間接近するように動作する。従って、第1及び第2の保持部材32,33は、模擬血管31の延出方向の両端部分を離間接近可能に動作し且つ模擬血管31を着脱自在に支持する支持手段を構成する。
【0044】
前記ヒータ制御装置19は、温度センサ17の測定値を基に、模擬血管31を含むケース11内の温度を人間の体温(37℃)程度に保つように、ヒータ18の作動制御を行う。従って、温度センサ17、ヒータ18、及びヒータ制御装置19は、模擬血管31の周囲の温度を所定温度に制御する温度制御手段を構成する。この温度制御手段を設けることで、体内の温度環境と同じ状態で試験を行うことができ、温度変化によって性状が変化する形状記憶合金製等のステントSを評価対象とする場合に有用である。なお、温度変化にあまり影響を及ぼさないステントSのみを評価するような場合には、前記温度制御手段を省略することも可能である。
【0045】
次に、前記血管動作シミュレータ10を使ったステントSの耐久性評価の流れについて説明する。
【0046】
先ず、模擬血管31の内部に評価対象のステントSを挿入し、当該模擬血管31の延出方向の両端部分を第1及び第2の保持部材32,33に取り付けて図1の状態とする。この状態で、注入路49から穴52内に液体を注入して、圧力センサ50の取り付け部分の前記栓(図示省略)から空気を抜きながら、模擬血管31内に液体を充填し、所望の状態になったところで、注入路49からの液体の注入を停止する。次いで、所定の周波数でリニアモータ14を駆動させ、第1の保持部材32を第2の保持部材33に対して図1中左右方向に繰り返し離間接近させる。ここで、第1の保持部材32が第2の保持部材33に接近する方向に移動すると、模擬血管31は、可撓性を有しているため、図4(A)の状態から同図(B)の状態になる。その状態から、第1の保持部材32が第2の保持部材33に離間する方向に移動すると、同図(A)の状態に戻り、この一連の動作が繰り返し行われる。つまり、第1及び第2の保持部材32,33が離間接近することで、模擬血管31は、延出方向ほぼ中央が下方に変位して、また元に戻るという屈曲変位が繰り返しなされることになる。このような模擬血管31の屈曲動作に伴い、模擬血管31の内部の液圧が変動することになり、前記屈曲動作が反復して行われることで、模擬血管31内の液体に脈圧が発生する。本発明者らの実験によれば、内径が6mm、前記初期形状の屈曲角度が90度となるシリコーン製の模擬血管31を使用し、リニアモータ14のストロークを6.5mmとして周波数40Hzで駆動したときに、模擬血管31の屈曲角度が5〜6度程度変化する屈曲変位が繰り返し行われるとともに、リニアモータ14の駆動周波数に合わせて、圧力差が60mmHgとなる脈圧を発生させることができる。この際、最初に注入する液体の量を調整することで平均圧を例えば100mmHgとして、そこから、±30mmHgとなる脈圧を作り出すことができ、生体環境に近い条件に調節可能となる。
【0047】
以上の状態で所定時間放置した後、リニアモータ14の駆動を停止し、模擬血管31内からステントSを取り出す。そして、当該ステントSに対し、図示しないマイクロスコープを使って表面の破損状態の観察を行う他、ステントSの経時的な使用によって溶液中に流れ出た金属成分を測定し、また、ステントS表面の元素の定性分析等を行う等、定量的にステントSの耐久性が評価される。
【0048】
従って、このような実施形態によれば、極めて簡単な構成で、浅大腿動脈内に留置されるステントSの耐久性試験を実際に生体内に留置した場合に近い状態で行うことができる。特に、模擬血管31の屈曲動作に伴って、当該模擬血管31内に脈圧を発生させることができ、生体の血液循環状態を模擬した大掛かりな循環回路構成を採用せずに、脈圧を考慮した血管の挙動を模擬することができる。
【0049】
また、前記実施形態によれば、模擬血管31に対して、屈曲と血圧変動による繰り返し負荷を高速サイクルで与えることができ、ステントSの耐久性評価を短時間で行うことが可能になる。このことは、本発明者らの実験により実証されており、具体的に、リニアモータ14の周波数条件を40Hzとしたときに、生体内に1年間留置した場合の疲労状態を10日間で行うことができる。
【0050】
更に、第1及び第2の保持部材32,33は、模擬血管31を着脱自在に支持できるため、種々の形状の模擬血管31に交換してステントSの耐久性試験を行うことができる。具体的に、全体的に内径がほぼ同一となる直線状の模擬血管31やそうでないテーパ状の模擬血管31等、形状の異なる模擬血管31、或いは、径及び長さの異なる模擬血管31を血管動作シミュレータ10に任意にセット可能である。従って、血管の径、長さ、形状は、個人差があるが、このような個人差を考慮したステントSの耐久性試験を模擬血管31の交換によって簡単に行うことができる。また、本実施形態では、浅大腿動脈における生体力学的負荷を考慮した血管の挙動を模擬しているが、内径等の異なる模擬血管31の交換によって、末梢血管、冠動脈血管、大動脈血管等の他の部位を対象とした耐久性試験にも簡単に対応可能となる。なお、前記各突部39,44を着脱自在とし、嵌め込まれる模擬血管31の内径にほぼぴったりとなる外径を備えた突部39,44を選択的に交換可能にすることで、種々の形状の模擬血管31に交換したときでも、模擬血管31の嵌め合い部分からの液体の漏れを一層効果的に防止できる。
【0051】
なお、前記シミュレーション部12は、第1及び第2のライン28,29で構成したが、本発明はこれに限らず、ライン構成を1若しくは3以上としてもよい。本実施形態のように、複数のライン構成にすれば、例えば、材質や性能の異なる別種のステントSを同時に試験することができ、これらステントSの比較評価を効率良く行うことができる。
【0052】
また、模擬血管31を第1及び第2の保持部材32,33にセットする前に、前記模擬血管31の内部に挿入されたステントSの内面側に、シリコーン、ラテックス等からなる液体樹脂、或いは、これら液体樹脂に粉末ナトリウムやカルシウムを混合した液体を流し込んで、ステントSの内面に付着させ、これら液体を放置して固化させることで、ステントSの変形を制限する拘束部を形成するとよい。例えば、液体のシリコーンを使用した場合は、図5に示されるように、前記拘束部としてシリコーン層74が形成される。この理由は次の通りである。すなわち、実際の血管内に留置されたステントSは、1ヶ月前後で血管の内膜によって覆われて一種の拘束状態となる。このため、このようなステントSの拘束に起因して、前記生体力学的負荷によるステントSへの影響も変化すると考えられる。従って、前記拘束部を形成してステントSを拘束状態に置くことで、実際の生体内におけるステントSの拘束状態を考慮して、ステントSの耐久性試験を行うことができる。なお、シリコーン層74の厚みは、模擬血管31の厚みの1/2程度を例示できる。
【0053】
更に、前記実施形態では、第1の保持部材32を第2の保持部材33に離間接近させた構造を図示説明したが、本発明はこれに限らず、第2の保持部材33を第1の保持部材32に離間接近させる構造や、各保持部材32,33がそれぞれ独立して動作してそれら相互に離間接近する構造としてもよい。要するに、第1及び第2の保持部材32,33が離間接近し、模擬血管31の延出方向の両端部分の離間距離を変えることで、当該模擬血管31に生体力学的負荷を与えることのできる構造であれば何でも良い。
【0054】
また、模擬血管31の動作中におけるその外径変化を測定可能な外径測定手段を設けるとよい。この外径測定手段としては、図示しないレーザ変位センサを例示でき、この場合は、レーザ光が模擬血管31を横切るように、模擬血管31を挟む側方位置にレーザ光の発光部及び受光部が配置される。
【0055】
更に、第2の保持部材33側に、模擬血管31の引張力を測定可能なロードセルを配置し、模擬血管31の屈曲変位によって、ステントSに作用する負荷を求めるようにしてもよい。
【0056】
また、図示省略しているが、模擬血管31の周囲のガス濃度を調整するガス濃度調整手段を更に備えるとよい。当該ガス濃度調整手段としては、ケース11の外部にガスボンベ等のガス供給装置を設け、当該ガス供給装置からケース11内への二酸化炭素や酸素等の所定のガスの供給によって、ケース11内における当該ガスの濃度を変える構成を例示できる。これによって、シリコーン等からなる模擬血管31を隔ててその内外間でガス交換が行われ、模擬血管31内の液体内の前記ガスの濃度が変わって、当該液体のpH調整を行うことができる。従って、例えば、模擬血管31内の液体を強酸性や強アルカリ性に変えてステントSの経時的な腐食状態を調査することができる。なお、ケース11内に供給されたガスは、ケース11に設けられた僅かな隙間からケース11の外側に排出される。
【0057】
更に、前記血管動作シミュレータ10は、前述したステントSの性能評価の他の用途にも利用することができる。例えば、前記シミュレーション部12にセットされる模擬血管31として、医師や医学生による吻合手技訓練により吻合された人工血管や動物血管を用いることで、吻合部位を実際の術後の状態と同様の挙動状態にして経時的に評価可能になる。
【0058】
また、前記血管動作シミュレータ10は、模擬血管31内に、体内分解吸収性高分子又は無細胞化組織を収容させ、これらを使って所定の細胞を加速環境下で培養する装置としても利用できる。
【0059】
その他、本発明における装置各部の構成は図示構成例に限定されるものではなく、実質的に同様の作用を奏する限りにおいて、種々の変更が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】本実施形態に係る血管動作シミュレータの概略正面図。
【図2】前記血管動作シミュレータの概略平面図。
【図3】図1のA−A線に沿う要部拡大断面図。
【図4】(A)は、模擬血管をセットした初期状態を示す概略図であり、(B)は、(A)の状態から、リニアモータを動作させた状態を示す概略図である。
【図5】変形例に係る模擬血管の概略断面図。
【符号の説明】
【0061】
10 血管動作シミュレータ
14 リニアモータ(駆動手段)
17 温度センサ(温度制御手段)
18 ヒータ(温度制御手段)
19 ヒータ制御装置(温度制御手段)
31 模擬血管
32 第1の保持部材(支持手段)
33 第2の保持部材(支持手段)
49 注入路(液圧調整手段)
50 圧力センサ(液圧調整手段)
74 シリコーン層(拘束部)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
可撓性を有し、液体が内部に充填される模擬血管と、この模擬血管の延出方向の両端部分を支持するとともに、当該両端部分を離間接近可能に動作する支持手段と、前記支持手段を動作させる駆動手段とを備え、
前記駆動手段の駆動により、前記両端部分が離間接近することで、前記模擬血管を屈曲変位させることを特徴とする血管動作シミュレータ。
【請求項2】
前記模擬血管の周囲の温度を所定温度に制御する温度制御手段を更に備えたことを特徴とする請求項1記載の血管動作シミュレータ。
【請求項3】
前記模擬血管内の液圧を調整する液圧調整手段を更に備えたことを特徴とする請求項1又は2記載の血管動作シミュレータ。
【請求項4】
前記支持手段は、前記模擬血管を着脱自在に支持することを特徴とする請求項1、2又は3記載の血管動作シミュレータ。
【請求項5】
前記支持手段は、複数の模擬血管を支持可能に設けられ、当該各模擬血管に対して前記動作を同時に行うことを特徴とする請求項1〜4の何れかに記載の血管動作シミュレータ。
【請求項6】
前記模擬血管は、その一部分が屈曲若しくは湾曲した初期形状に設けられていることを特徴とする請求項1〜5の何れかに記載の血管動作シミュレータ。
【請求項7】
前記模擬血管の内部には、ステントが配置され、このステントの内面側には、当該ステントの変形を制限する拘束部が設けられていることを特徴とする請求項1〜6の何れかに記載の血管動作シミュレータ。
【請求項8】
前記模擬血管の周囲のガス濃度を調整するガス濃度調整手段を更に備えたことを特徴とする請求項1〜7の何れかに記載の血管動作シミュレータ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−18029(P2008−18029A)
【公開日】平成20年1月31日(2008.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−192227(P2006−192227)
【出願日】平成18年7月12日(2006.7.12)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年(平成18年)1月12日 社団法人 日本機械学会発行の「第18回バイオリンエンジニアリング講演会講演論文集 通計番号No.05−66」に発表
【出願人】(899000068)学校法人早稲田大学 (602)
【Fターム(参考)】