表面粗さ評価方法および評価装置
【課題】数μm〜数百μm程度の表面粗さを有する表面の粗さを、超音波散乱を利用してインプロセスで評価可能な表面粗さ評価方法および評価装置を提供することを課題とする。
【解決手段】評価対象物の表面10にパルス超音波12を入射して前記表面10で反射するパルス超音波15のコヒーレント成分を検出し、前記コヒーレント成分の強度を鏡面反射におけるコヒーレント成分の強度で除して正規化した値と、前記パルス超音波の周波数fとから最適化手法により評価対象物の表面10の凹凸高さを求めることを特徴とする表面粗さ評価方法により上記の課題を解決する。
【解決手段】評価対象物の表面10にパルス超音波12を入射して前記表面10で反射するパルス超音波15のコヒーレント成分を検出し、前記コヒーレント成分の強度を鏡面反射におけるコヒーレント成分の強度で除して正規化した値と、前記パルス超音波の周波数fとから最適化手法により評価対象物の表面10の凹凸高さを求めることを特徴とする表面粗さ評価方法により上記の課題を解決する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、種々の評価対象物の表面粗さを評価できる表面粗さ評価方法および評価装置に関し、特にインプロセスにおける評価に好適なものである。
【背景技術】
【0002】
機械加工部品の表面や半導体ウェーハーの表面等、表面粗さを把握したいという要求は少なくない。そのため接触法または非接触法により表面粗さを測定する種々の方法が実用化されている。接触法は古くから実用化されており種々の測定方法があるとはいえ、製造プロセスの途中での表面粗さ計測、いわゆるインプロセス計測には適用し難いという問題がある。
【0003】
一方、光学的方法や電磁波的方法といった非接触法においては接触法のような問題はないが、評価対象物の表面性状によっては適用困難な場合がある。たとえば光散乱を利用して表面粗さを評価する場合、その原理上、評価可能な表面粗さが光の波長オーダー以下に制限されるため、1μmより粗い表面粗さの評価には適さないという問題がある。ところで、現実の評価対象物の表面性状は多種多様であり、数μm〜数百μm 程度の表面粗さをインプロセスで評価したいという要求が少なくない。
【0004】
このような事情から評価対象物の表面に超音波入射させ、その超音波の反射波を検出してインプロセスで表面粗さを評価する表面粗さ判定方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
また、本発明の発明者らは、評価対象物の表面にパルス超音波入射させ、その反射超音波のコヒーレント成分から表面粗さを評価できる可能性について言及している(例えば、非特許文献1参照)。
【特許文献1】特開平5−177512号公報
【非特許文献1】材料試験技術 第50巻第2号 2005年4月 27〜34頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献1に開示された発明においては、切削加工中に液体媒質を介して切削部に超音波を斜めに入射させ、切削部表面からの反射波を検出して、反射波のレベルにより表面粗さを評価している。かかる方法ではインプロセスにおいて評価できるとはいうものの、反射波全体のレベルで表面粗さを評価するため、十分な精度をもって表面粗さを評価できないという問題があった。また、評価対象物の表面を液体媒質で囲う必要があった。
【0007】
一方、非特許文献1に開示された技術では、評価対象物の表面にパルス超音波を入射して、その反射波のコヒーレント成分により表面粗さを検出できる可能性について言及しているが、具体的に表面粗さを評価する方法については何ら示されていない。
【0008】
本発明は上記のような事情に鑑みてなされたものであり、数μm〜数百μm 程度の表面粗さを有する表面の粗さを、超音波散乱を利用してインプロセスで評価可能な表面粗さ評価方法および評価装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1記載の表面粗さ評価方法の発明は、評価対象物の表面にパルス超音波を入射して前記表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分を検出し、前記コヒーレント成分の強度を鏡面反射におけるコヒーレント成分の強度で除して正規化した値と、前記パルス超音波の周波数とから最適化手法により評価対象物の表面の凹凸高さを求めることを特徴とするものである。
【0010】
請求項2記載の発明は、請求項1記載の表面粗さ評価方法において、前記コヒーレント成分を広帯域静電容量型空気結合超音波センサにより検出することを特徴とするものである。
【0011】
請求項3記載の発明は、請求項1または2記載の表面粗さ評価方法において、評価対象物の表面に入射するパルス超音波を複数の異なる周波数により入射することを特徴とするものである。
【0012】
請求項4記載の発明は、請求項3記載の表面粗さ評価方法において、前記パルス周波数が0.1MHz〜2MHzの範囲内であることを特徴とするものである。
【0013】
請求項5記載の発明は、請求項3または4記載の表面粗さ評価方法において、二乗平均平方根粗さと前記周波数との積が100μm・MHz以下であることを特徴とするものである。
【0014】
請求項6記載の発明は、請求項1〜5のいずれか1項に記載の表面粗さ評価方法において、評価対象物の表面の二乗平均平方根粗さが数μm〜数百μmであることを特徴とするものである。
【0015】
請求項7記載の表面粗さ評価方法の発明は、評価対象物の表面にパルス超音波を入射して前記表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分および非コヒーレント成分を検出し、前記コヒーレント成分の強度と前記非コヒーレント成分の強度から、評価対象物の表面の凹凸高さと表面相関長を求めることを特徴とするものである。
【0016】
請求項8記載の発明は、請求項7記載の表面粗さ評価方法において、二乗平均平方根粗さと前記周波数との積が4.9μm・MHz以上であることを特徴とするものである。
【0017】
請求項9記載の表面粗さの評価装置の発明は、評価対象物の表面にパルス超音波を入射するトランスミッターと、前記表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分を検出するセンサと、前記検出されたコヒーレント成分から評価対象物の表面の凹凸高さを求める演算部と、を備えたことを特徴とするものである。
【0018】
請求項10記載の表面粗さの評価装置の発明は、評価対象物の表面にパルス超音波を入射するトランスミッターと、前記表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分および非コヒーレント成分を検出するセンサと、前記検出されたコヒーレント成分および非コヒーレント成分から、評価対象物の表面の凹凸高さと表面相関長を求める演算部と、を備えたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明の表面粗さ評価方法および評価装置によれば、製造工程におけるリアルタイムでの表面粗さの評価が可能となる。また、数μm〜数百μm程度の表面粗さを有する表面の粗さの評価に適していることから、機械加工中における工具の磨耗状態や工作機械の状態監視に利用できる。さらに、超音波を反射する表面であれば粗さの評価をすることができることから、種々の表面粗さの評価に利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための形態について図面を参照しながら説明する。図1はランダムな粗さをもつ評価対象表面上に平面波が入射したときのエネルギー散乱の様子を模式的に示したものである。ここで、ランダムな粗さとは、その断面曲線の高さ分布状況が正規分布となることを意味する。
【0021】
図1(a)は、極めて平滑である表面の反射状態、すなわち鏡面反射状態を示すものである。鏡面反射状態においては、表面に入射された超音波は散乱されることなく、波長や位相の揃ったコヒーレントな反射波となる。また、入射角θ1と反射角θ2とは等しくなる。図1(b)は、(a)よりも僅かに粗い表面の反射状態を示すものである。この状態では入射波の一部が散乱することにより反射波のうちのコヒーレント成分は減少する。すなわち、反射波はコヒーレント成分と非コヒーレント成分が混在したものとなる。図1(c)は、(b)よりもさらに粗い表面の反射状態を示すものである。表面の凹凸により反射波の散乱の度合いは(b)よりも一層激しくなる。すなわち、反射波はコヒーレント成分と非コヒーレント成分が混在したものとなり、コヒーレント成分の強度は(b)の状態よりさらに小さくなる。このようにして表面で反射される反射波のうち、コヒーレント成分の強度は表面粗さの大きさに依存することになる。ここで、表面で反射される超音波のコヒーレント成分については、その強度如何を問わず、入射角θ1と反射角θ2とは等しくなる性質がある。
【0022】
このような超音波の表面における反射波の反射強度Iは、キルヒホッフの散乱モデルにより、コヒーレント成分と非コヒーレント成分との和として次式で表すことができる。
【0023】
【数1】
【0024】
ここで、Icoherentはコヒーレント成分の強度であり、Iincoherentは非コヒーレント成分の強度である。
【0025】
また、コヒーレント成分の強度は次式で表せることが知られている。
【0026】
【数2】
【0027】
ただし、I0は平滑な表面からの反射波の強度、k は波数(k=2π/λ、λは波長)、Rqは二乗平均平方根粗さ、θ1およびθ2は、それぞれ入射角および反射角である。ここで、二乗平均平方根粗さRqとは、JIS B0601に規定されているものをいう。
【0028】
また、Rqは次式によって計算される。
【0029】
【数3】
【0030】
ただし、Nはデータ数、hiは表面高さ、h は表面高さの平均値である。なお、キルヒッホフモデルの適用に際しては、1)超音波は平面波である、2)多重反射しない、3)表面はランダムな粗さを有する、などの仮定が満たされていることが前提となっている。
【0031】
本発明は、上述した超音波の反射波の性質を利用したものであり、評価対象物の表面にパルス超音波を入射して前記表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分を検出し、前記コヒーレント成分の強度を鏡面反射におけるコヒーレント成分の強度で除して正規化した値と、前記パルス超音波の周波数とから最適化手法により評価対象物の表面の凹凸高さを求めることを特徴とする表面粗さ評価方法である。
【0032】
図2は、本発明に係る表面粗さ評価方法および評価装置の原理を示す略図である。評価対象物の表面10に対し、トランスミッター11である空気超音波送信子からパルス超音波12が斜入射される。実験結果によればパルス超音波12の入射角θ1は評価精度に大きな影響を与えるものではなく、トランスミッター11やセンサ13を装着し易い30度〜60度程度の範囲に設定することができる。トランスミッター11はパルス超音波発生器14により駆動される。
【0033】
ここで、反射波15のコヒーレント成分は、反射角θ2と入射角θ1が同一となる性質があることから、センサ13の装着は反射角θ2が入射角θ1と同一となるように固定される。センサ13により検出されたコヒーレント成分の強度はアンプ16を経てスペクトラムアナライザ17へと送られ、さらに演算装置18に送られる。なお、本実施例ではトランスミッター11としてReitec社製、SP801を、広帯域静電容量型空気結合超音波センサ13としてReitec社製、BR640を使用した。
【0034】
図3は、本発明による表面粗さ評価方法により二乗平均平方根粗さRqを求める場合のフローチャート図である。評価対象物の表面の反射波強度を計測するに先立って、鏡面反射におけるパルス超音波のコヒーレント成分を検出し、該コヒーレント成分をスペクトラム分析して準備しておく(ステップSP1)。この準備作業によるデータは、計測により得られる反射波のコヒーレント成分のスペクトラム強度の正規化に必要となるものである。次に評価対象物の表面にパルス超音波を入射して、その表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分をセンサにより検出する(ステップSP2)。検出された反射波のコヒーレント成分をFFTによりスペクトラム分析する(ステップSP3)。そして、先に準備作業において取得した鏡面反射によるスペクトラム分析の結果を用いて、反射波のコヒーレント成分のスペクトラム強度を正規化する(ステップSP4)。
【0035】
図4は、この結果を示したものであり、3つの中心周波数、0.25MHz、0.5MHz、0.75MHz、について計測した結果を示している。横軸は二乗平均平方根粗さRqと周波数fの積であり、縦軸は反射波のコヒーレント成分の強度を鏡面反射波の強度で除した正規化強度AUである。ここで、図中の実線は理論計算値であり、Rq・fの値が100μm・MHz以下の場合には、計測値と理論計算値とが略一致していることが分かる。
【0036】
計測に用いるパルス超音波の周波数としては、0.1MHz〜2MHzの範囲内であることが好ましい。0.1MHz以下の周波数では検出される表面粗さの分解能が劣るし、2MHz以上の周波数ではセンサで有意な情報を得ることができないからである。
【0037】
以上説明したように、既知の中心周波数f を用いて反射波のコヒーレント成分の正規化強度AUを求めると、二乗平均平方根粗さRqも定まることになる。しかし、反射波のコヒーレント成分強度と二乗平均平方根粗さRqの関係は(2)式で表されるように指数関数となることから、算術的な計算で求めることはできない。そこで、本発明の発明者らは、反射波のコヒーレント成分の正規化強度AUと、二乗平均平方根粗さRqの関係を用いて最適化手法により二乗平均平方根粗さRqを求めることとした(図3のステップSP5)。具体的には、横軸をRq・f、縦軸を正規化強度AUとする図面上に二乗平均平方根粗さRqをパラメータとする幾通りかの曲線を描いておく。次に、反射波のコヒーレント成分の正規化強度の3つの周波数による計測点から定まる曲線と理論値曲線との差が最小となるようなRqの最適値を決定する。この最適化手法は上記に説明したように図面上から求めるのではなく、パソコンを用いた演算装置によって求めることもできる。すなわち、各スペクトルにおける理論値と、そのスペクトルにおける計測値との差の総和が最小となるようプログラムされた演算装置により、二乗平均平方根粗さRqを求めることができる。
【0038】
図5〜図8は、上述した実施例による計測結果を示すものである。図5は、既存の触針式粗さ測定器を用いて評価対象面たる試料の表面粗さを計測した結果である。Rqが0.04μm〜244.1μmの表面の粗さを有する10個の試料についての粗さを示している。縦軸は二乗平均平方根粗さRqを、横軸は触針の移動長さを表している。
【0039】
図6は、3つの中心周波数、0.25MHz、0.5MHz、0.75MHz、により各試料を計測した結果示すものであり、横軸は二乗平均平方根粗さRqを、縦軸は反射波のコヒーレント成分を鏡面反射状態におけるコヒーレント成分の強度で除して正規化した強度AUを表している。図6の横軸を示す二乗平均平方根粗さRqに、さらに中心周波数fを乗じてRq・f として表したものが、先に示した図4である。
【0040】
図7は、本実施例で得られた二乗平均平方根粗さRqと、既存の評価方法である触針法で得られた二乗平均平方根粗さとを対比するための図表である。この値は入射角θ1と反射角θ2とを40度として得られたものである。左列に記載されたRqの値は触針法で得られた値である。本実施例で得られたRq値については周波数の数(N)を1,2,3とした場合について、それぞれ示している。N=1の場合には各周波数によるバラツキが大きいが、Nが2、3と増加するにしたがって得られる値のバラツキが小さくなる。したがって、実用的には周波数の数は3とすることが好ましい。
【0041】
図8は、入射角を60度に固定し、反射角を0度〜75度の範囲内において変化させたた場合のコヒーレント成分の正規化強度について、Rqをパラメータとして表わしたデータである。Rqは0.04μm〜244.1μmの6種類について示している。各粗さとも反射角60度においてピークが認められる。反射角60度は入射角と等しくなる角度であり、反射波の強度はコヒーレント成分が支配的となるためである。ただし、表面粗さが大きくなるにしたがってピークの高さは低くなり、Rq=244.1μmでは、もはやピークは認められない。概ね反射角が50度以下では鏡面反射によるコヒーレント成分はなくなり、強度の低い散乱波が支配的となる。一方、表面粗さが大きくなるにしたがって散乱波、すなわち非コヒーレント成分の強度が大きくなることが確認されている。
【0042】
表面粗さの増加とともに反射波のコヒーレント成分の強度が小さくなり、非コヒーレント成分の強度が大きくなる理由は以下のように推察される。表面が平滑な場合、入射波は位相の揃ったコヒーレントな波として鏡面方向にのみ反射されるが、表面に凹凸が存在すると入射波は散乱波として広い方位角に分散する。このときのコヒーレント成分から散乱波としての非コヒーレント成分へのエネルギー変換の割合は表面の凹凸の増加とともに大きくなることは図1に示したとおりである。また、鏡面反射成分と散乱波成分を比較すると、エネルギー密度は前者の方が格段に高い。このため、表面の凹凸の増加にともなってコヒーレント成分は著しく減少し、その一方、非コヒーレント成分は比較的緩やかに増加することになる。
【0043】
次に、評価対象物の表面にパルス超音波を入射して前記表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分および非コヒーレント成分を検出し、前記コヒーレント成分の強度と前記非コヒーレント成分の強度から、評価対象物の表面の凹凸高さと表面相関長を求めることを特徴とする表面粗さ評価方法について説明する。ここで、表面相関長λ0とは評価対象たる表面に沿って表面粗さを観測した場合において、二乗平均平方根粗さRqに相当する凹凸の波長としてイメージすることができる。
【0044】
図9に示すx−y二次元平面における反射波の反射状態を示す略図において、非コヒーレント成分と表面相関長との関係は、次式で示すことができる。
【0045】
【数4】
【0046】
ただし、loは表面相関長、AMは照射面積である。またF、A、Bは
【0047】
【数5】
【0048】
【数6】
【0049】
である。
【0050】
ここで、計算を簡単にするために、次式に示すパラメータgを用いて式(4)を簡略化することができる。
【0051】
【数7】
【0052】
g≪1であるような軽微な粗さの表面に対して、式(4)における級数は急速に収斂するので、実質的には第1項のみを考慮すればよい。非コヒーレント成分の振幅は、次式のようになる。
【0053】
【数8】
【0054】
一方、g≫1の条件を満足する粗い表面に対して、非コヒーレント成分の振幅強度は、以下の式で表される。
【0055】
【数9】
【0056】
表面相関長λ0は、これらの式から計算されるIincoherentの理論値から計測により得られた Iincoherentの計測値を差し引いた絶対値が最小となるように決定される最適化手法により得られる。
【0057】
上記の計算は、x−y 平面とx−z 平面における種々の散乱角に対して行われる。その結果の一例を図10と図11に、それぞれ示す。図10は、x−y 平面における触針法による表面相関長λ0と本発明による表面相関長λ0との比較図である。図10(a)(b)(c)(d)とも入射角θ1と反射角θ2は、ともに60度である。一方、θ3は30度〜60度とされており、(a)は30度、(b)は40度、(c)は50度、(d)は60度である。図11は、x−z 平面における触針法による表面相関長λ0と本発明による表面相関長λ0との比較図である。図11(a)(b)(c)とも入射角θ1は60度、反射角θ3は0度である。一方、反射角θ2は10度〜30度とされており、(a)は10度、(b)は20度、(c)は30度である。
【0058】
ここで、これらの結果は非コヒーレント成分の強度が比較的大きな、9.8μm より大きな二乗平均平方根粗さRqを持った試料に対して行われた計算である。このことは非コヒーレント成分の強度を有意に計測するためには、二乗平均平方根粗さRqとパルス周波数f との積が、4.9μm・MHz以上である必要性を示唆している。
【0059】
x−z 平面において測定されたλ0とx−y 平面において測定されたλ0との間には、大きな差異は見られないことが理解される。超音波により得られた結果は、触針法により得られた結果に対し±20%の範囲に入っている。したがって、本発明は十分な精度を有するとまではいえないが、実用的にはある程度利用価値のある評価方法であるといえる。
【0060】
なお、超音波により測定された結果と触針法により得られた結果の間の上記のような偏差は、数個の要因に原因がある。表面相関長の測定における不確定性は、触針法に依る場合でも見られることがしばしばあることが知られている。このような要因は、図10と図11に示される偏差に大きく影響するものと考えられる。その他の妥当な要因は、非コヒーレント成分の振幅が極めて小さいので、測定された信号の固有の雑音であるのかもしれない。このような偏差は認められるものの、評価対象物の表面にパルス超音波を入射するトランスミッターと、前記表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分および非コヒーレント成分を検出するセンサと、前記検出されたコヒーレント成分および非コヒーレント成分から、評価対象物の表面の凹凸高さと表面相関長λ0を求めることができる。
【0061】
上記した実施例の表面粗さ評価方法および評価装置によれば、製造工程におけるリアルタイムでの表面粗さの評価が可能となる。また、数μm〜数百μm程度の表面粗さを有する表面の粗さの評価に適していることから、旋削加工中における工具の磨耗状態や工作機械の状態監視に利用できる。さらに、超音波を反射する表面であれば粗さの評価をすることができることから、種々の表面粗さの評価に利用することができる。
【0062】
以上、本発明を実施例に基づいて説明したが、本発明は上述した実施例に限定されるものではなく、種々の変形実施をすることができる。例えば上記実施例では評価対象面として二次元平面を取り上げたが、本発明の評価対象面は二次元平面に限定されるものではなく、回転軸の表面等の三次元平面であっても構わない。また、本発明の評価対象面は金属等の固体の表面である必要はなく、超音波を反射する面であればよい。したがって、液状体やゲル状体の表面であっても評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】ランダムな粗さをもつ評価対象表面上に平面波が入射したときのエネルギー散乱の様子を示す模式的である
【図2】本発明に係る表面粗さの評価方法および評価装置の原理を示す略図である。
【図3】本発明による表面粗さ評価方法により二乗平均平方根粗さRqを求める場合のフローチャート図である。
【図4】Rq・f に対する正規化強度AUの変化を示す計測結果である。
【図5】評価試料の触針法による計測結果である。
【図6】Rqに対する正規化強度AUの変化を示す計測結果である。
【図7】本実施例で得られたRqと既存の評価方法である触針法で得られたRqを対比した一覧表である。
【図8】Rqをパラメータとした反射角に対する正規化強度AUの変化を示す計測結果である。
【図9】二次元平面での反射波の反射状態を示す略図である。
【図10】x−y 平面における触針法による表面相関長と本発明による表面相関長との比較図である。
【図11】x−z 平面における触針法による表面相関長と本発明による表面相関長との比較図である。
【符号の説明】
【0064】
10 評価対象物の表面
11 トランスミッター
12 パルス超音波
13 広帯域静電容量型空気結合超音波センサ(センサ)
18 演算部(演算装置)
【技術分野】
【0001】
本発明は、種々の評価対象物の表面粗さを評価できる表面粗さ評価方法および評価装置に関し、特にインプロセスにおける評価に好適なものである。
【背景技術】
【0002】
機械加工部品の表面や半導体ウェーハーの表面等、表面粗さを把握したいという要求は少なくない。そのため接触法または非接触法により表面粗さを測定する種々の方法が実用化されている。接触法は古くから実用化されており種々の測定方法があるとはいえ、製造プロセスの途中での表面粗さ計測、いわゆるインプロセス計測には適用し難いという問題がある。
【0003】
一方、光学的方法や電磁波的方法といった非接触法においては接触法のような問題はないが、評価対象物の表面性状によっては適用困難な場合がある。たとえば光散乱を利用して表面粗さを評価する場合、その原理上、評価可能な表面粗さが光の波長オーダー以下に制限されるため、1μmより粗い表面粗さの評価には適さないという問題がある。ところで、現実の評価対象物の表面性状は多種多様であり、数μm〜数百μm 程度の表面粗さをインプロセスで評価したいという要求が少なくない。
【0004】
このような事情から評価対象物の表面に超音波入射させ、その超音波の反射波を検出してインプロセスで表面粗さを評価する表面粗さ判定方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
また、本発明の発明者らは、評価対象物の表面にパルス超音波入射させ、その反射超音波のコヒーレント成分から表面粗さを評価できる可能性について言及している(例えば、非特許文献1参照)。
【特許文献1】特開平5−177512号公報
【非特許文献1】材料試験技術 第50巻第2号 2005年4月 27〜34頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献1に開示された発明においては、切削加工中に液体媒質を介して切削部に超音波を斜めに入射させ、切削部表面からの反射波を検出して、反射波のレベルにより表面粗さを評価している。かかる方法ではインプロセスにおいて評価できるとはいうものの、反射波全体のレベルで表面粗さを評価するため、十分な精度をもって表面粗さを評価できないという問題があった。また、評価対象物の表面を液体媒質で囲う必要があった。
【0007】
一方、非特許文献1に開示された技術では、評価対象物の表面にパルス超音波を入射して、その反射波のコヒーレント成分により表面粗さを検出できる可能性について言及しているが、具体的に表面粗さを評価する方法については何ら示されていない。
【0008】
本発明は上記のような事情に鑑みてなされたものであり、数μm〜数百μm 程度の表面粗さを有する表面の粗さを、超音波散乱を利用してインプロセスで評価可能な表面粗さ評価方法および評価装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1記載の表面粗さ評価方法の発明は、評価対象物の表面にパルス超音波を入射して前記表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分を検出し、前記コヒーレント成分の強度を鏡面反射におけるコヒーレント成分の強度で除して正規化した値と、前記パルス超音波の周波数とから最適化手法により評価対象物の表面の凹凸高さを求めることを特徴とするものである。
【0010】
請求項2記載の発明は、請求項1記載の表面粗さ評価方法において、前記コヒーレント成分を広帯域静電容量型空気結合超音波センサにより検出することを特徴とするものである。
【0011】
請求項3記載の発明は、請求項1または2記載の表面粗さ評価方法において、評価対象物の表面に入射するパルス超音波を複数の異なる周波数により入射することを特徴とするものである。
【0012】
請求項4記載の発明は、請求項3記載の表面粗さ評価方法において、前記パルス周波数が0.1MHz〜2MHzの範囲内であることを特徴とするものである。
【0013】
請求項5記載の発明は、請求項3または4記載の表面粗さ評価方法において、二乗平均平方根粗さと前記周波数との積が100μm・MHz以下であることを特徴とするものである。
【0014】
請求項6記載の発明は、請求項1〜5のいずれか1項に記載の表面粗さ評価方法において、評価対象物の表面の二乗平均平方根粗さが数μm〜数百μmであることを特徴とするものである。
【0015】
請求項7記載の表面粗さ評価方法の発明は、評価対象物の表面にパルス超音波を入射して前記表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分および非コヒーレント成分を検出し、前記コヒーレント成分の強度と前記非コヒーレント成分の強度から、評価対象物の表面の凹凸高さと表面相関長を求めることを特徴とするものである。
【0016】
請求項8記載の発明は、請求項7記載の表面粗さ評価方法において、二乗平均平方根粗さと前記周波数との積が4.9μm・MHz以上であることを特徴とするものである。
【0017】
請求項9記載の表面粗さの評価装置の発明は、評価対象物の表面にパルス超音波を入射するトランスミッターと、前記表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分を検出するセンサと、前記検出されたコヒーレント成分から評価対象物の表面の凹凸高さを求める演算部と、を備えたことを特徴とするものである。
【0018】
請求項10記載の表面粗さの評価装置の発明は、評価対象物の表面にパルス超音波を入射するトランスミッターと、前記表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分および非コヒーレント成分を検出するセンサと、前記検出されたコヒーレント成分および非コヒーレント成分から、評価対象物の表面の凹凸高さと表面相関長を求める演算部と、を備えたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明の表面粗さ評価方法および評価装置によれば、製造工程におけるリアルタイムでの表面粗さの評価が可能となる。また、数μm〜数百μm程度の表面粗さを有する表面の粗さの評価に適していることから、機械加工中における工具の磨耗状態や工作機械の状態監視に利用できる。さらに、超音波を反射する表面であれば粗さの評価をすることができることから、種々の表面粗さの評価に利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための形態について図面を参照しながら説明する。図1はランダムな粗さをもつ評価対象表面上に平面波が入射したときのエネルギー散乱の様子を模式的に示したものである。ここで、ランダムな粗さとは、その断面曲線の高さ分布状況が正規分布となることを意味する。
【0021】
図1(a)は、極めて平滑である表面の反射状態、すなわち鏡面反射状態を示すものである。鏡面反射状態においては、表面に入射された超音波は散乱されることなく、波長や位相の揃ったコヒーレントな反射波となる。また、入射角θ1と反射角θ2とは等しくなる。図1(b)は、(a)よりも僅かに粗い表面の反射状態を示すものである。この状態では入射波の一部が散乱することにより反射波のうちのコヒーレント成分は減少する。すなわち、反射波はコヒーレント成分と非コヒーレント成分が混在したものとなる。図1(c)は、(b)よりもさらに粗い表面の反射状態を示すものである。表面の凹凸により反射波の散乱の度合いは(b)よりも一層激しくなる。すなわち、反射波はコヒーレント成分と非コヒーレント成分が混在したものとなり、コヒーレント成分の強度は(b)の状態よりさらに小さくなる。このようにして表面で反射される反射波のうち、コヒーレント成分の強度は表面粗さの大きさに依存することになる。ここで、表面で反射される超音波のコヒーレント成分については、その強度如何を問わず、入射角θ1と反射角θ2とは等しくなる性質がある。
【0022】
このような超音波の表面における反射波の反射強度Iは、キルヒホッフの散乱モデルにより、コヒーレント成分と非コヒーレント成分との和として次式で表すことができる。
【0023】
【数1】
【0024】
ここで、Icoherentはコヒーレント成分の強度であり、Iincoherentは非コヒーレント成分の強度である。
【0025】
また、コヒーレント成分の強度は次式で表せることが知られている。
【0026】
【数2】
【0027】
ただし、I0は平滑な表面からの反射波の強度、k は波数(k=2π/λ、λは波長)、Rqは二乗平均平方根粗さ、θ1およびθ2は、それぞれ入射角および反射角である。ここで、二乗平均平方根粗さRqとは、JIS B0601に規定されているものをいう。
【0028】
また、Rqは次式によって計算される。
【0029】
【数3】
【0030】
ただし、Nはデータ数、hiは表面高さ、h は表面高さの平均値である。なお、キルヒッホフモデルの適用に際しては、1)超音波は平面波である、2)多重反射しない、3)表面はランダムな粗さを有する、などの仮定が満たされていることが前提となっている。
【0031】
本発明は、上述した超音波の反射波の性質を利用したものであり、評価対象物の表面にパルス超音波を入射して前記表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分を検出し、前記コヒーレント成分の強度を鏡面反射におけるコヒーレント成分の強度で除して正規化した値と、前記パルス超音波の周波数とから最適化手法により評価対象物の表面の凹凸高さを求めることを特徴とする表面粗さ評価方法である。
【0032】
図2は、本発明に係る表面粗さ評価方法および評価装置の原理を示す略図である。評価対象物の表面10に対し、トランスミッター11である空気超音波送信子からパルス超音波12が斜入射される。実験結果によればパルス超音波12の入射角θ1は評価精度に大きな影響を与えるものではなく、トランスミッター11やセンサ13を装着し易い30度〜60度程度の範囲に設定することができる。トランスミッター11はパルス超音波発生器14により駆動される。
【0033】
ここで、反射波15のコヒーレント成分は、反射角θ2と入射角θ1が同一となる性質があることから、センサ13の装着は反射角θ2が入射角θ1と同一となるように固定される。センサ13により検出されたコヒーレント成分の強度はアンプ16を経てスペクトラムアナライザ17へと送られ、さらに演算装置18に送られる。なお、本実施例ではトランスミッター11としてReitec社製、SP801を、広帯域静電容量型空気結合超音波センサ13としてReitec社製、BR640を使用した。
【0034】
図3は、本発明による表面粗さ評価方法により二乗平均平方根粗さRqを求める場合のフローチャート図である。評価対象物の表面の反射波強度を計測するに先立って、鏡面反射におけるパルス超音波のコヒーレント成分を検出し、該コヒーレント成分をスペクトラム分析して準備しておく(ステップSP1)。この準備作業によるデータは、計測により得られる反射波のコヒーレント成分のスペクトラム強度の正規化に必要となるものである。次に評価対象物の表面にパルス超音波を入射して、その表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分をセンサにより検出する(ステップSP2)。検出された反射波のコヒーレント成分をFFTによりスペクトラム分析する(ステップSP3)。そして、先に準備作業において取得した鏡面反射によるスペクトラム分析の結果を用いて、反射波のコヒーレント成分のスペクトラム強度を正規化する(ステップSP4)。
【0035】
図4は、この結果を示したものであり、3つの中心周波数、0.25MHz、0.5MHz、0.75MHz、について計測した結果を示している。横軸は二乗平均平方根粗さRqと周波数fの積であり、縦軸は反射波のコヒーレント成分の強度を鏡面反射波の強度で除した正規化強度AUである。ここで、図中の実線は理論計算値であり、Rq・fの値が100μm・MHz以下の場合には、計測値と理論計算値とが略一致していることが分かる。
【0036】
計測に用いるパルス超音波の周波数としては、0.1MHz〜2MHzの範囲内であることが好ましい。0.1MHz以下の周波数では検出される表面粗さの分解能が劣るし、2MHz以上の周波数ではセンサで有意な情報を得ることができないからである。
【0037】
以上説明したように、既知の中心周波数f を用いて反射波のコヒーレント成分の正規化強度AUを求めると、二乗平均平方根粗さRqも定まることになる。しかし、反射波のコヒーレント成分強度と二乗平均平方根粗さRqの関係は(2)式で表されるように指数関数となることから、算術的な計算で求めることはできない。そこで、本発明の発明者らは、反射波のコヒーレント成分の正規化強度AUと、二乗平均平方根粗さRqの関係を用いて最適化手法により二乗平均平方根粗さRqを求めることとした(図3のステップSP5)。具体的には、横軸をRq・f、縦軸を正規化強度AUとする図面上に二乗平均平方根粗さRqをパラメータとする幾通りかの曲線を描いておく。次に、反射波のコヒーレント成分の正規化強度の3つの周波数による計測点から定まる曲線と理論値曲線との差が最小となるようなRqの最適値を決定する。この最適化手法は上記に説明したように図面上から求めるのではなく、パソコンを用いた演算装置によって求めることもできる。すなわち、各スペクトルにおける理論値と、そのスペクトルにおける計測値との差の総和が最小となるようプログラムされた演算装置により、二乗平均平方根粗さRqを求めることができる。
【0038】
図5〜図8は、上述した実施例による計測結果を示すものである。図5は、既存の触針式粗さ測定器を用いて評価対象面たる試料の表面粗さを計測した結果である。Rqが0.04μm〜244.1μmの表面の粗さを有する10個の試料についての粗さを示している。縦軸は二乗平均平方根粗さRqを、横軸は触針の移動長さを表している。
【0039】
図6は、3つの中心周波数、0.25MHz、0.5MHz、0.75MHz、により各試料を計測した結果示すものであり、横軸は二乗平均平方根粗さRqを、縦軸は反射波のコヒーレント成分を鏡面反射状態におけるコヒーレント成分の強度で除して正規化した強度AUを表している。図6の横軸を示す二乗平均平方根粗さRqに、さらに中心周波数fを乗じてRq・f として表したものが、先に示した図4である。
【0040】
図7は、本実施例で得られた二乗平均平方根粗さRqと、既存の評価方法である触針法で得られた二乗平均平方根粗さとを対比するための図表である。この値は入射角θ1と反射角θ2とを40度として得られたものである。左列に記載されたRqの値は触針法で得られた値である。本実施例で得られたRq値については周波数の数(N)を1,2,3とした場合について、それぞれ示している。N=1の場合には各周波数によるバラツキが大きいが、Nが2、3と増加するにしたがって得られる値のバラツキが小さくなる。したがって、実用的には周波数の数は3とすることが好ましい。
【0041】
図8は、入射角を60度に固定し、反射角を0度〜75度の範囲内において変化させたた場合のコヒーレント成分の正規化強度について、Rqをパラメータとして表わしたデータである。Rqは0.04μm〜244.1μmの6種類について示している。各粗さとも反射角60度においてピークが認められる。反射角60度は入射角と等しくなる角度であり、反射波の強度はコヒーレント成分が支配的となるためである。ただし、表面粗さが大きくなるにしたがってピークの高さは低くなり、Rq=244.1μmでは、もはやピークは認められない。概ね反射角が50度以下では鏡面反射によるコヒーレント成分はなくなり、強度の低い散乱波が支配的となる。一方、表面粗さが大きくなるにしたがって散乱波、すなわち非コヒーレント成分の強度が大きくなることが確認されている。
【0042】
表面粗さの増加とともに反射波のコヒーレント成分の強度が小さくなり、非コヒーレント成分の強度が大きくなる理由は以下のように推察される。表面が平滑な場合、入射波は位相の揃ったコヒーレントな波として鏡面方向にのみ反射されるが、表面に凹凸が存在すると入射波は散乱波として広い方位角に分散する。このときのコヒーレント成分から散乱波としての非コヒーレント成分へのエネルギー変換の割合は表面の凹凸の増加とともに大きくなることは図1に示したとおりである。また、鏡面反射成分と散乱波成分を比較すると、エネルギー密度は前者の方が格段に高い。このため、表面の凹凸の増加にともなってコヒーレント成分は著しく減少し、その一方、非コヒーレント成分は比較的緩やかに増加することになる。
【0043】
次に、評価対象物の表面にパルス超音波を入射して前記表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分および非コヒーレント成分を検出し、前記コヒーレント成分の強度と前記非コヒーレント成分の強度から、評価対象物の表面の凹凸高さと表面相関長を求めることを特徴とする表面粗さ評価方法について説明する。ここで、表面相関長λ0とは評価対象たる表面に沿って表面粗さを観測した場合において、二乗平均平方根粗さRqに相当する凹凸の波長としてイメージすることができる。
【0044】
図9に示すx−y二次元平面における反射波の反射状態を示す略図において、非コヒーレント成分と表面相関長との関係は、次式で示すことができる。
【0045】
【数4】
【0046】
ただし、loは表面相関長、AMは照射面積である。またF、A、Bは
【0047】
【数5】
【0048】
【数6】
【0049】
である。
【0050】
ここで、計算を簡単にするために、次式に示すパラメータgを用いて式(4)を簡略化することができる。
【0051】
【数7】
【0052】
g≪1であるような軽微な粗さの表面に対して、式(4)における級数は急速に収斂するので、実質的には第1項のみを考慮すればよい。非コヒーレント成分の振幅は、次式のようになる。
【0053】
【数8】
【0054】
一方、g≫1の条件を満足する粗い表面に対して、非コヒーレント成分の振幅強度は、以下の式で表される。
【0055】
【数9】
【0056】
表面相関長λ0は、これらの式から計算されるIincoherentの理論値から計測により得られた Iincoherentの計測値を差し引いた絶対値が最小となるように決定される最適化手法により得られる。
【0057】
上記の計算は、x−y 平面とx−z 平面における種々の散乱角に対して行われる。その結果の一例を図10と図11に、それぞれ示す。図10は、x−y 平面における触針法による表面相関長λ0と本発明による表面相関長λ0との比較図である。図10(a)(b)(c)(d)とも入射角θ1と反射角θ2は、ともに60度である。一方、θ3は30度〜60度とされており、(a)は30度、(b)は40度、(c)は50度、(d)は60度である。図11は、x−z 平面における触針法による表面相関長λ0と本発明による表面相関長λ0との比較図である。図11(a)(b)(c)とも入射角θ1は60度、反射角θ3は0度である。一方、反射角θ2は10度〜30度とされており、(a)は10度、(b)は20度、(c)は30度である。
【0058】
ここで、これらの結果は非コヒーレント成分の強度が比較的大きな、9.8μm より大きな二乗平均平方根粗さRqを持った試料に対して行われた計算である。このことは非コヒーレント成分の強度を有意に計測するためには、二乗平均平方根粗さRqとパルス周波数f との積が、4.9μm・MHz以上である必要性を示唆している。
【0059】
x−z 平面において測定されたλ0とx−y 平面において測定されたλ0との間には、大きな差異は見られないことが理解される。超音波により得られた結果は、触針法により得られた結果に対し±20%の範囲に入っている。したがって、本発明は十分な精度を有するとまではいえないが、実用的にはある程度利用価値のある評価方法であるといえる。
【0060】
なお、超音波により測定された結果と触針法により得られた結果の間の上記のような偏差は、数個の要因に原因がある。表面相関長の測定における不確定性は、触針法に依る場合でも見られることがしばしばあることが知られている。このような要因は、図10と図11に示される偏差に大きく影響するものと考えられる。その他の妥当な要因は、非コヒーレント成分の振幅が極めて小さいので、測定された信号の固有の雑音であるのかもしれない。このような偏差は認められるものの、評価対象物の表面にパルス超音波を入射するトランスミッターと、前記表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分および非コヒーレント成分を検出するセンサと、前記検出されたコヒーレント成分および非コヒーレント成分から、評価対象物の表面の凹凸高さと表面相関長λ0を求めることができる。
【0061】
上記した実施例の表面粗さ評価方法および評価装置によれば、製造工程におけるリアルタイムでの表面粗さの評価が可能となる。また、数μm〜数百μm程度の表面粗さを有する表面の粗さの評価に適していることから、旋削加工中における工具の磨耗状態や工作機械の状態監視に利用できる。さらに、超音波を反射する表面であれば粗さの評価をすることができることから、種々の表面粗さの評価に利用することができる。
【0062】
以上、本発明を実施例に基づいて説明したが、本発明は上述した実施例に限定されるものではなく、種々の変形実施をすることができる。例えば上記実施例では評価対象面として二次元平面を取り上げたが、本発明の評価対象面は二次元平面に限定されるものではなく、回転軸の表面等の三次元平面であっても構わない。また、本発明の評価対象面は金属等の固体の表面である必要はなく、超音波を反射する面であればよい。したがって、液状体やゲル状体の表面であっても評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】ランダムな粗さをもつ評価対象表面上に平面波が入射したときのエネルギー散乱の様子を示す模式的である
【図2】本発明に係る表面粗さの評価方法および評価装置の原理を示す略図である。
【図3】本発明による表面粗さ評価方法により二乗平均平方根粗さRqを求める場合のフローチャート図である。
【図4】Rq・f に対する正規化強度AUの変化を示す計測結果である。
【図5】評価試料の触針法による計測結果である。
【図6】Rqに対する正規化強度AUの変化を示す計測結果である。
【図7】本実施例で得られたRqと既存の評価方法である触針法で得られたRqを対比した一覧表である。
【図8】Rqをパラメータとした反射角に対する正規化強度AUの変化を示す計測結果である。
【図9】二次元平面での反射波の反射状態を示す略図である。
【図10】x−y 平面における触針法による表面相関長と本発明による表面相関長との比較図である。
【図11】x−z 平面における触針法による表面相関長と本発明による表面相関長との比較図である。
【符号の説明】
【0064】
10 評価対象物の表面
11 トランスミッター
12 パルス超音波
13 広帯域静電容量型空気結合超音波センサ(センサ)
18 演算部(演算装置)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
評価対象物の表面にパルス超音波を入射して前記表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分を検出し、
前記コヒーレント成分の強度を鏡面反射におけるコヒーレント成分の強度で除して正規化した値と、前記パルス超音波の周波数とから最適化手法により評価対象物の表面の凹凸高さを求めることを特徴とする表面粗さ評価方法。
【請求項2】
前記コヒーレント成分を広帯域静電容量型空気結合超音波センサにより検出することを特徴とする請求項1記載の表面粗さ評価方法。
【請求項3】
評価対象物の表面に入射するパルス超音波を複数の異なる周波数により入射することを特徴とする請求項1または2記載の表面粗さ評価方法。
【請求項4】
前記周波数が0.1MHz〜2MHzの範囲内であることを特徴とする請求項3記載の表面粗さ評価方法。
【請求項5】
二乗平均平方根粗さと前記周波数との積が100μm・MHz以下であることを特徴とする請求項3または4記載の表面粗さ評価方法。
【請求項6】
評価対象物の表面の二乗平均平方根粗さが数μm〜数百μm であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の表面粗さ評価方法。
【請求項7】
評価対象物の表面にパルス超音波を入射して前記表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分および非コヒーレント成分を検出し、
前記コヒーレント成分の強度と前記非コヒーレント成分の強度から、評価対象物の表面の凹凸高さと表面相関長を求めることを特徴とする表面粗さ評価方法。
【請求項8】
二乗平均平方根粗さと前記周波数との積が4.9μm・MHz以上であることを特徴とする請求項7記載の表面粗さ評価方法。
【請求項9】
評価対象物の表面にパルス超音波を入射するトランスミッターと、前記表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分を検出するセンサと、前記検出されたコヒーレント成分から評価対象物の表面の凹凸高さを求める演算部と、を備えたことを特徴とする表面粗さの評価装置。
【請求項10】
評価対象物の表面にパルス超音波を入射するトランスミッターと、前記表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分および非コヒーレント成分を検出するセンサと、前記検出されたコヒーレント成分および非コヒーレント成分から、評価対象物の表面の凹凸高さと表面相関長を求める演算部と、を備えたことを特徴とする表面粗さの評価装置。
【請求項1】
評価対象物の表面にパルス超音波を入射して前記表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分を検出し、
前記コヒーレント成分の強度を鏡面反射におけるコヒーレント成分の強度で除して正規化した値と、前記パルス超音波の周波数とから最適化手法により評価対象物の表面の凹凸高さを求めることを特徴とする表面粗さ評価方法。
【請求項2】
前記コヒーレント成分を広帯域静電容量型空気結合超音波センサにより検出することを特徴とする請求項1記載の表面粗さ評価方法。
【請求項3】
評価対象物の表面に入射するパルス超音波を複数の異なる周波数により入射することを特徴とする請求項1または2記載の表面粗さ評価方法。
【請求項4】
前記周波数が0.1MHz〜2MHzの範囲内であることを特徴とする請求項3記載の表面粗さ評価方法。
【請求項5】
二乗平均平方根粗さと前記周波数との積が100μm・MHz以下であることを特徴とする請求項3または4記載の表面粗さ評価方法。
【請求項6】
評価対象物の表面の二乗平均平方根粗さが数μm〜数百μm であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の表面粗さ評価方法。
【請求項7】
評価対象物の表面にパルス超音波を入射して前記表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分および非コヒーレント成分を検出し、
前記コヒーレント成分の強度と前記非コヒーレント成分の強度から、評価対象物の表面の凹凸高さと表面相関長を求めることを特徴とする表面粗さ評価方法。
【請求項8】
二乗平均平方根粗さと前記周波数との積が4.9μm・MHz以上であることを特徴とする請求項7記載の表面粗さ評価方法。
【請求項9】
評価対象物の表面にパルス超音波を入射するトランスミッターと、前記表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分を検出するセンサと、前記検出されたコヒーレント成分から評価対象物の表面の凹凸高さを求める演算部と、を備えたことを特徴とする表面粗さの評価装置。
【請求項10】
評価対象物の表面にパルス超音波を入射するトランスミッターと、前記表面で反射するパルス超音波のコヒーレント成分および非コヒーレント成分を検出するセンサと、前記検出されたコヒーレント成分および非コヒーレント成分から、評価対象物の表面の凹凸高さと表面相関長を求める演算部と、を備えたことを特徴とする表面粗さの評価装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2008−82856(P2008−82856A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−262605(P2006−262605)
【出願日】平成18年9月27日(2006.9.27)
【出願人】(304021288)国立大学法人長岡技術科学大学 (458)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年9月27日(2006.9.27)
【出願人】(304021288)国立大学法人長岡技術科学大学 (458)
【Fターム(参考)】
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