説明

表面酸化耐摩耗潤滑被膜及びその形成方法

【課題】簡単な方法で,かつ,廉価な材料を使用して,母材や被膜の摩耗,接触の相手方となる被接触物体に損傷が発生することを防止でき,長期に亘り高い潤滑性を発揮することのできる表面酸化耐摩耗潤滑被膜を提供する。
【解決手段】摺接部の母材より低硬度で,且つ,低融点の2種の軟質金属それぞれの微粒子粉体を,ブラスト加工装置等を使用して圧縮気体との混合流体として前記摺接部表面に噴射,衝突させて,前記摺接部表面で前記軟質金属の微粒子粉体と前記圧縮気体中の酸素とを反応させることにより,前記2種の軟質金属間で相対的に高硬度及び低硬度となる酸化金属によって高融点酸化金属被膜を形成し,この高融点酸化金属被膜の被接触物体との界面側における厚さ0.1〜2μmの,前記酸化金属によって形成された,摩擦抵抗及びせん断抵抗が小さくせん断破壊の集中する被膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は表面酸化耐摩耗潤滑被膜及びその形成方法に関し,より詳細には,機械部品,金型,切削工具等であって,被接触物体と摺接する状態で使用される摺接部品の摺接部の強化と該摺接部の潤滑性の向上により,摺接部品の耐摩耗性等の特性を向上すると共に,摺接の相手側となる被接触物体側の摩耗,損傷等の発生をも減少させることができる耐摩耗潤滑被膜,及びその形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
摺接部の潤滑は,油やグリスなどの流体潤滑剤を使用して行われることが多いが,設計上の理由により流体潤滑剤を使用できない場合や,使用環境による制約,例えば真空中において使用する場合のように流体や吸着気体が蒸発,脱着してしまうような場合には,このような流体潤滑剤を使用することができず,また,近年の環境問題に対する感覚の鋭敏化に伴い,機外への漏出等によって環境破壊の原因と成り得る流体潤滑剤の使用を可能な限り低減することが望まれている。
【0003】
このような要請から,流体潤滑剤を使用することなく潤滑を行うことができる固体潤滑剤の使用も盛んに行われており,一例として,黒鉛(C),二硫化モリブデン(MoS2),二硫化タングステン(WS2),窒化ホウ素(BN)等の層状構造物が固体潤滑剤として使用されている。
【0004】
また,このような固体潤滑剤による被膜を摺接部の表面に形成することにより潤滑性の向上を得ることを目的として,処理対象の表面に亜鉛,二硫化モリブデン,錫等の固体潤滑剤の粉体を所定の噴射圧力又は噴射速度で噴射して,固体潤滑剤の組成物中の元素を摺接部表面に拡散浸透させることにより耐摩耗性被膜を形成する方法も提案されている(特許文献1参照)。
【0005】
さらに,このような粉体の噴射による固体潤滑剤被膜の形成において,形成される被膜の母相を成す錫等の金属粒体と,二硫化モリブデン等の固体潤滑剤の粒体を混合して噴射し,錫等の母相中に二硫化モリブデン等の固体潤滑剤が分散された被膜を形成することも提案されている(特許文献2参照)。
【0006】
この発明の先行技術文献情報としては,次のものがある。
【特許文献1】特開平11−131257号公報
【特許文献2】特開2002−161371号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
層状構造物系固体潤滑剤の問題点
効果の有限性
上記固体潤滑剤のうち,層状構造物系の固体潤滑剤である黒鉛,二硫化モリブデン,二硫化タングステン,窒化ホウ素等は,摺接部における摩擦接触によってこれらが層状に破壊することにより潤滑性を発揮するものであるが,このような固体潤滑剤は,それ自体,油やグリス等の流体潤滑剤とは異なり流動性を持っていない。そのため,一旦破壊されてしまうと元の状態には戻ることができず,破壊が完了すると潤滑性を発揮しなくなる。
【0008】
そこで,このような層状構造物系の固体潤滑剤を使用して長期に亘る潤滑性を確保しようとすれば,接触の相手方となる被接触物体との接触界面に随時新しい固体潤滑剤を供給するシステムが必要となる。
【0009】
この点に関し,前掲の特許文献2に記載の発明にあっては,摺接部の表面に形成される被膜が,母相である錫等の軟質金属中に,二硫化モリブデン等の固体潤滑剤が分散された構造となっているために,錫等の母相が摩耗することによって内部に分散された未破壊の二硫化モリブデンが新たに被接触物体との接触界面に表出することで,二硫化モリブデンによる潤滑性を回復させることができるものとなっている。
【0010】
しかし,このような構造を採用したとしても,二硫化モリブデン等の層状構造物系固体潤滑剤による潤滑性は,被膜中の分散されている層状構造物系固体潤滑剤の総量による限界がある。
【0011】
高価又は取扱いの困難性
前述した層状構造物系固体潤滑剤は,黒鉛を除き総じて高価であり,特に,近年,発展途上国における自動車製造が急速に進んだことにより二硫化モリブデンの需要が増大したことに伴い,価格の高騰のみならず入手自体が困難となっている。
【0012】
そのため,このような高価な二硫化モリブデン,二硫化タングステン,窒化ホウ素を固体潤滑剤として使用すれば,製品の価格が上昇して市場における価格競争力の点で不利となる。
【0013】
一方,前述した層状構造物系固体潤滑剤のうち,黒鉛は,その他の層状構造物系固体潤滑剤に比較して安価であるというメリットがあるが,黒鉛の微粒子は粉塵火災や粉塵爆発の危険がある物質であり,取り扱いが難しく,特に特許文献2に記載のように,黒鉛の粉体をブラスト加工装置によって圧縮気体と共に噴射する場合には,前述した粉塵火災等を防止するための種々の制約された条件下で行う必要があり,その使用は限定的なものとなる。
【0014】
軟質金属被膜の問題点
母材の制約
前述したような層状構造物系固体潤滑剤を使用することなく潤滑性を向上する方法として,例えば錫等の軟質金属の被膜を摺接部表面に形成することも考えられる。
【0015】
ここで,軟質金属の被膜を形成することにより摺接部の潤滑性が向上する原理を,図4(A)〜(C)を参照して説明すると,摩擦力は,図4(A)〜(C)に示すように,凝着部分の面積Aとせん断強さsとの積(A×s)で表すことができる,軟質金属に対して硬質金属を摩擦させた図4(A)の例では,軟質金属が容易に塑性変形すること等からせん断強さsは小さくなるが,軟質金属が変形することにより凝着部分の面積Aは大きくなるので,このように凝着部分の面積Aが大きいことにより,摩擦力を表すA×sはトータルでは小さくならない。
【0016】
これとは逆に,硬質金属に対して硬質金属を摩擦させた図4(B)の例では,硬質金属が僅かしか塑性変形しないために凝着部分の面積Aは小さくなるが,せん断強さsは大きくなるので,その積である摩擦力はやはり小さくならない。
【0017】
これに対し,軟質金属の被膜を硬質金属上に形成した図4(C)に示す例では,加重は下の硬質金属により支えられて凝着部分の面積Aが減少すると共に,せん断強さsは表面に形成された軟質金属のものとなるため,Aとsの積,すなわち摩擦抵抗が減少する。
【0018】
このような軟質金属の被膜を形成することによる摩擦抵抗の軽減原理によれば,軟質金属の被膜を形成することにより得られる潤滑性は,被接触物体との接触時に塑性変形が生じない,比較的硬質の母材上に軟質金属の被膜を形成した時に得られるものであり,母材の硬度が低く,被接触物体との接触により母材自体に塑性変形が生じる場合には,その表面に軟質金属の被膜を形成したとしても,これにより得られる潤滑性の向上は限定的である。
【0019】
被膜の摩耗による潤滑性の喪失
軟質金属の被膜を形成することにより得られる潤滑性の向上は,母材表面に被膜を形成するせん断強さの低い軟質金属が,塑性変形によって移動,移着を繰り返し,もとの面に戻ることによって継続的な潤滑性を発揮するものであるが,このような軟質金属も,前述の移動,移着を繰り返すうちにもとの面に戻ることができなくなり,摩耗粉として接触界面外に排出される。そのため,軟質金属の被膜は,このような摩耗粉の発生量に応じて徐々に摩耗し,やがては潤滑性を発揮しなくなる。
【0020】
このような摩耗粉は,摩擦面に存在する空気中の酸素との相互作用によって移着粒子が硬化することに原因を有するものと考えられる。
【0021】
すなわち,被膜を形成する軟質金属は,摩擦の際に移着粒子として移動,移着を繰り返す際に空気中の酸素を取り込むことにより,あるいは,空気中の酸素と化合することにより,この移着粒子が硬化して塑性変形性を失い,もとの面には戻れなくなると共に,このように硬化した移着粒子が,軟質金属の被膜や,場合によっては接触の相手方である被接触物体の表面を削り取ってあたかも雪だるまのように成長し,ある程度の大きさに成長すると接触界面間に留まることができなくなり排出されるために生じるものと考えられる。
【0022】
したがって,このような摩耗粉の発生により,軟質金属の被膜は徐々に摩耗して潤滑性を発揮できなくなると共に,酸化により硬化した移着粉の存在は,母材や接触の相手方である被接触物体に対しても損傷を与えるものとなっている。
【0023】
課題
前述した軟質金属被膜形成による潤滑の欠点より,本発明の発明者は,被膜の形成により高い潤滑性を得ると共に,この潤滑性を長期に亘って持続させ,母材や接触の相手方である被接触物体に損傷を与えることを防止するためには,母材側において高硬度で,被接触物体との接触界面側において摩擦抵抗及びせん断抵抗が小さい被膜を形成すると共に,摺接時に発生する移着粒子が硬化することを防止することにより目的を達成できると仮定した。
【0024】
このように,母材側において高硬度で,被接触物体との接触界面側において主として低硬度の被膜であり,かつ,移着粒子が硬化しない構造としては,例えば,浸炭や窒化によって摺接部表面に硬化層を形成し,又は,CVDやPVD等によってセラミックスの被膜を形成する等して,予め摺接部の表面強化を行い,この強化後の摺接部表面上に,例えばメッキによって比較的軟質で,かつ,空気中で酸化しない安定な物質である金(Au)や銀(Ag)等の貴金属の被膜を形成することも考えられる。
【0025】
しかし,この方法により被膜の形成を行おうとすれば,浸炭や窒化のための,又はCVDやPVDを行うための大掛かりで高価な処理装置が必要となると共に,表面強化と貴金属のメッキという全く異なる複数工程の作業を組み合わせて被膜を形成する必要がある。
【0026】
また,被接触物体との接触界面に形成される被膜の材質である金や銀等の貴金属は高価であり,その結果,このような被膜を形成した製品自体の価格をも高める結果,市場における価格競争力を失うこととなる。
【0027】
そこで,本発明の発明者は,より簡単な方法で,かつ,廉価な材料を使用して,高い潤滑性が得られ,かつ,母材や被膜の摩耗,接触の相手方となる被接触物体に対する損傷が発生することを防止でき,長期に亘り高い潤滑性を発揮することのできる表面酸化耐摩耗潤滑被膜を提供すると共に,この表面酸化耐摩耗潤滑被膜を,大掛かりな装置等を使用することなく,比較的簡単な方法によって形成することができる表面酸化耐摩耗潤滑被膜の形成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0028】
上記目的を達成するために,本発明の表面酸化耐摩耗潤滑被膜は,摺接部の母材より低硬度で,且つ,低融点の2種の軟質金属の微粒子粉体が前記摺接部表面で圧縮気体中の酸素と反応し,前記2種の金属間で相対的に高硬度及び低硬度である高融点酸化金属とし,被接触物体との接触界面側に形成された摩擦抵抗及びせん断抵抗が小さくせん断破壊の集中する厚さ0.1〜2μmの被膜から成ることを特徴とする(請求項1)。
【0029】
摺接部の母材より低硬度で,且つ,低融点の2種の軟質金属それぞれの微粒子粉体を圧縮気体との混合体とし,前記摺接部表面で前記軟質金属の微粒子粉体と前記圧縮気体中の酸素と反応し,前記2種の軟質金属間で相対的に高硬度及び低硬度である高融点酸化金属とし,前記摺接部表面の被接触物体との接触界面側における前記相対的に低硬度の酸化金属によって形成された,摩擦抵抗及びせん断抵抗が小さくせん断破壊の集中する厚さ0.1〜1μmの被膜としても良い(請求項2)。
【0030】
好ましくは,前述の相対的に低硬度の酸化金属を,前記相対的に高硬度の酸化金属に対して1/4以下の硬度とする(請求項3)。
【0031】
更に前記表面酸化耐摩耗潤滑被膜は,母材の硬度がHv450以上の摺接部表面にこれを形成する場合には,前記摺接部表面に直径0.1μm〜5μmの微小な断面円弧状を成す無数の凹部を形成することが好ましい(請求項4)。
【0032】
また,本発明の表面酸化耐摩耗潤滑被膜の形成方法は,摺接部の母材より低硬度で,且つ,低融点の2種の軟質金属の微粒子粉体と圧縮気体との混合流を噴射圧力0.58MPa以上又は噴射速度200m/sec以上で前記摺接部表面に衝突させて,前記摺接部表面で前記軟質金属の微粒子粉体と前記圧縮気体中の酸素とを反応させることにより,前記2種の軟質金属間で相対的に高硬度及び低硬度となる酸化金属によって高融点酸化金属被膜を形成することにより,前記高融点酸化金属被膜の被接触物体との接触界面側における厚さ0.1〜2μmの,前記酸化金属によって形成された摩擦抵抗及びせん断抵抗が小さくせん断破壊の集中する被膜を形成することを特徴とする(請求項5)。
【0033】
なお,前記摺接部の母材より低硬度の前記2種の軟質金属間で,相対的に高硬度な酸化金属となる微粒子粉体の粒径を,相対的に低硬度な酸化金属となる微粒子粉体の粒径よりも小径とし,前記相対的に低硬度な酸化金属となる微粒子粉体の噴射速度が相対的に低速となることによって,前記摺接部表面の被接触物体との接触界面側に酸化により相対的に高硬度及び低硬度である高融点酸化金属が混在し,かつ,前記酸化により相対的に低硬度の酸化金属の分布が80%以上となる厚さ0.1〜1μmの被膜を形成することができる(請求項13)。
【0034】
前記方法において,前記軟質金属の微粒子粉体は,平均粒径10μm〜100μm,好ましくは30〜60μmである(請求項6)。
【0035】
また,前記2種の軟質金属としては,例えば錫(Sn)と亜鉛(Zn)のように硬度,密度ないし比重,及び融点が近似する金属の組み合わせを選択することが好ましい(請求項7)。
【0036】
更に,軟質金属の微粒子粉体の処理方法としては,先ず酸化により相対的に高硬度の酸化金属となる軟質金属の微粒子粉体を前記摺接部表面に衝突させた後,酸化により相対的に低硬度の酸化金属となる軟質金属の微粒子粉体を前記摺接部表面に衝突させるものとすることができる(請求項8)。処理順序が逆の場合,前記摺接部表面に形成された酸化により相対的に低硬度の酸化金属となる軟質金属から成る被膜は,酸化により相対的に高硬度の酸化金属となる軟質金属の微粒子粉体の衝突により剥離する。
【0037】
又は,上記方法に代え,酸化により相対的に低硬度の酸化金属となる軟質金属として,酸化により相対的に高硬度の酸化金属となる軟質金属よりも低密度ないし低比重のものを選択し,前記2種の微粒子金属粉体を混合状態で前記摺接部表面に衝突させるものとしても良い(請求項9)。前記相対的に高硬度又は低硬度となる酸化金属の比重差及び硬度差又は硬度差により,相対的に低硬度の酸化金属となる軟質金属から成る被膜が前記摺接部表面に80%以上の分布で形成されることになる。
【0038】
なお,前記母材の硬度がHv450以上の摺接部に対しては,前処理として,前記摺接部の母材硬度と同等以上の硬度を有し,且つ,略球状を成す20〜200μmのショットを噴射速度100〜250m/sec又は噴射圧力0.3MPa〜0.6MPaで1又は複数工程で前記摺接部表面に衝突させ,前記摺接部表面に直径0.1μm〜5μmの微小な断面円弧状を成す無数の凹部を形成することが好ましい(請求項10)。
【0039】
なお,前記被膜及び前記被膜形成において,前記摺接部表面の被接触物体との接触界面側に酸化により相対的に高硬度及び低硬度である高融点酸化金属が混在し,かつ,前記酸化により相対的に低硬度の酸化金属の分布が50%以上とすることができる。
【発明の効果】
【0040】
以上に説明した本発明の構成により以下の顕著な効果を得ることができた。
【0041】
被接触物体との接触界面側における0.1〜2μmの酸化金属によって形成された,摩擦抵抗及びせん断抵抗が小さくせん断破壊の集中する被膜が形成された表面酸化耐摩耗潤滑被膜の摺接部表面により,被接触物体との接触の際の高い潤滑性,耐摩耗性を有する強化被膜を得ることができた。
【0042】
しかも,破壊が集中する被膜の厚さを0.1〜2μmとしたこと,この破壊が集中する被膜の下層(母材側)は,酸化により相対的に高硬度の酸化金属が得られることによって相対的に高硬度となり,摺接部の母材が比較的軟質のものであった場合であっても凝着部分の断面A(図4参照)を小さくすることができ,その結果,凝着部分の面積Aとせん断強さsとの積(A×s)で表される摩擦力を低下させることができた。
【0043】
また,このようにして形成された表面酸化耐摩耗潤滑被膜は,長期間の使用によっても摩耗粉の発生が少なく,表面酸化耐摩耗性潤滑被膜の摩耗が少ないと共に,接触の相手方である被接触物体の表面に損傷を与えないものであった。
【0044】
前述のような優れた特性を有する表面酸化耐摩耗潤滑被膜は,軟質金属の微粒子粉体と圧縮空気との混合流体を摺接部表面に衝突させるという比較的簡単な方法によって形成することができた。
【0045】
前記酸化により相対的に低硬度の酸化金属の硬度を,前記酸化により相対的に高硬度の酸化金属の硬度に対して1/4以下とすることにより,せん断破壊の発生を確実に被接触物体との接触界面に集中させることができた。
【0046】
摺接部の母材硬度がHv450以上である場合,摺接部表面に直径0.1μm〜5μmの微小な断面円弧状を成す無数の凹部を形成することにより,表面酸化耐摩耗潤滑被膜上にこれに対応した凹部を形成することができ,この凹部が油溜まりとして作用することにより,注油時の油膜切れを防止してより高い潤滑性を得ることができた。
【0047】
前記表面酸化耐摩耗潤滑被膜の形成において,軟質金属の微粒子粉体と圧縮気体の混合流体を0.58MPa以上又は噴射速度200m/sec以上で前記摺接部に衝突させることにより,軟質金属を好適に酸化することができると共に,形成された表面酸化耐摩耗被膜を摺接部に対して高い付着力で形成することができた。
【0048】
この噴射において,平均粒径10μm〜100μmの軟質金属の粒子粉体を使用することで,軟質金属の微粒子粉体を圧縮気体流に乗りやすく,必要な衝突時のエネルギーを確保することができた。
【0049】
軟質金属の微粒子粉体を構成する2種の軟質金属として,硬度,密度ないし比重,及び融点が近似する金属の組み合わせを選択することにより,2種の微粒子粉体の噴射圧力,噴射速度等の噴射条件を共通の条件で行うことができ,表面酸化耐摩耗潤滑被膜の形成工程を簡素化することができた。
【0050】
酸化により相対的に高硬度の酸化金属となる軟質金属の微粒子粉体を前記摺接部表面に衝突させた後,酸化により相対的に低硬度の酸化金属となる軟質金属の微粒子粉体を前記摺接部表面に衝突させることにより,形成された表面酸化耐摩耗潤滑被膜の被接触物体との接触界面側に,酸化金属によって形成されたせん断破壊の集中する被膜を確実に形成することができた。
【0051】
酸化により相対的に低硬度の酸化金属となる軟質金属として,例えば,酸化により相対的に高硬度の酸化金属となる軟質金属よりも低密度,低比重のものを選択することで,2種の軟質金属の微粒子粉体を混合状態で前記摺接部表面に衝突させた場合であっても,被接触物体との接触界面側(表面側)に,前記酸化により相対的に低硬度,低密度,低比重の酸化金属を50%以上とし,好ましくは,約80%カバーレッジで析出させることができ,1工程の軟質金属微粒子粉体の噴射という簡略化された処理によって被接触物体との接触界面側(表面側)にせん断破壊の集中する表面酸化耐摩耗潤滑被膜を形成することができた。硬度,比重の大きいものが被膜下層に拡散浸透状態で付着していくためと考えられる。
【0052】
摺接部の母材硬度がHv450以上である場合,前処理として,前記摺接部の母材硬度と同等以上の硬度を有し,且つ略球状を成す20〜200μmのショットを噴射速度100〜250m/sec又は噴射圧力0.3MPa〜0.6MPaで1又は複数工程で前記摺接部表面に衝突させることで,前記摺接部表面に直径0.1μm〜5μmの微小な断面円弧状を成す無数の凹部を確実に形成することができ,これにより,この摺接部上に形成される表面酸化耐摩耗潤滑被膜の表面にも,油溜まりとなる無数の凹部を形成することができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0053】
次に,本発明の実施形態につき以下説明する。
【0054】
本発明の発明者は,より簡単な方法で,かつ,廉価な材料を使用して,母材側において高硬度で,被接触物体との接触界面側において低硬度であると共に,移着粒子の硬化が生じない被膜,及びその形成方法を模索した結果,軟質金属とその酸化物とが有する下記の特性を考察して実験を行い本発明の知見を得た。
【0055】
すなわち,軟質金属の一例として,錫(Sn)及び亜鉛(Zn)を例に挙げて説明すると,錫はモース硬度3〜2,亜鉛がモース硬度4程度で,いずれ共に比較的近似した硬さを有する軟質金属である。
【0056】
しかし,これらの軟質金属が酸素と反応することにより生じる酸化物では,酸化錫の硬度が最大でHv1650程度にまで上昇する一方,酸化亜鉛の硬度は,酸化錫程の大幅な硬度上昇を見せず,Hv200程度である。その結果,酸化物ベースで比較すると,酸化錫と酸化亜鉛との間には大きな硬度差が生じる。
【0057】
そして,酸化により相対的に低硬度である酸化亜鉛は,既に酸化しているために,空気中の酸素との反応による更なる硬化が生じ難い物質となっている。
【0058】
しかも,錫は,比重が7.298,融点が231.9℃,亜鉛は比重が7.133,融点が419.46℃と比較的近似しているために,同様の条件での取り扱いが可能である。
【0059】
以上の考察に基づいて,本発明の発明者は,母材側が主として酸化により相対的に高硬度である酸化金属(酸化錫)によって構成され,接触の相手方である被接触物体との接触界面側(表面側)が,主として,酸化により相対的に低硬度である酸化金属(酸化亜鉛)によって構成された被膜を摺接部に形成することにより,被接触物体との接触界面側に,せん断破壊の集中する被膜を形成することで,凝着部の面積Aの減少による摩擦の低減(図4参照)と,せん断破壊によって発生する移着粒子の硬化に伴う被膜の剥離や,相手方である被接触物体の表面損傷を防止できるのではないかとのさらなる知見のもと,このような被膜,及び,このような被膜の形成方法に関する本発明を完成させるに至ったものである。
【0060】
〔表面酸化耐摩耗潤滑被膜の構造〕
全体構造
以上から,本発明の表面酸化耐摩耗潤滑被膜は,摺接部の母材より低硬度で,且つ,低融点の2種の軟質金属それぞれの微粒子粉体を前記摺接部表面で圧縮気体中の酸素と反応させることにより,前記2種の軟質金属間で酸化により相対的に高硬度及び低硬度となる酸化金属によって形成された高融点酸化金属被膜である。
【0061】
この高融点酸化金属被膜は,接触の相手方である被接触物体との接触界面側における厚さ0.1〜2μmの約80%以上の前記酸化により相対的に低硬度の酸化金属によって形成された,摩擦抵抗及びせん断抵抗が小さく,せん断破壊の集中する被膜を備えている。
【0062】
微粒子粉体の構成金属
前述の微粒子金属粉体を構成する2種の軟質金属とは,母材との関係において低硬度,低融点であり,かつ,酸素と反応して両金属間における相対的な関係において形成された酸化物が高硬度,低硬度となる各種軟質金属の組合せを採用し得る。好ましくは,酸化により相対的に低硬度の酸化金属の硬度は,酸化により相対的に高硬度の酸化金属に対して1/4以下となる組合せを選択する。
【0063】
このような軟質金属の組み合わせとしては,錫(Sn)及び亜鉛(Zn)の組合せを採用することができる。
【0064】
錫と亜鉛は,前述したように,純金属の状態において硬度,融点,密度ないし比重において比較的近似した性質を有する一方,酸素との反応により酸化物となった際,4倍以上の比較的大きな硬度差が生じるものであり,両者の組合せは本発明の表面酸化耐摩耗潤滑被膜の素材として適するものである。
【0065】
同様に,アルミニウム(Al)及び亜鉛など種々の組み合わせも適応できる。
【0066】
被接触物体との接触界面構造
形成する表面酸化耐摩耗潤滑被膜は,ここでは,被接触物体との接触界面(表面)側における1〜0.1μmの,相対的に低硬度の酸化金属,前述の例では酸化亜鉛により形成された,せん断破壊の集中する被膜が形成されている。
【0067】
このようなせん断破壊の集中する被膜を備えた被膜の構造としては,摺接部品の摺接部表面に先ず相対的に高硬度の酸化金属,例えば酸化錫の被膜を形成し,次いでその上に,相対的に低硬度の酸化金属,例えば酸化亜鉛の被膜を形成した二層構造としても良く,又は,母材側において前記相対的に高硬度の酸化金属の含有量が多く,被接触物体との接触界面(表面)側において相対的に低硬度の酸化金属の含有量が多くなる単層の被膜において実現するものとしても良い。
【0068】
被膜形成方法
前述した2種の軟質金属微粒子粉体を圧縮気体中の酸素と反応させると共に摺接部表面付着させる方法としては,前記2種の軟質金属の微粒子粉体を,圧縮気体との混合流体として前記摺接部表面に衝突させることにより実現することができる。
【0069】
このようにして軟質金属の微粒子粉体を前記摺接部表面に衝突させることにより,衝突時の衝撃による発熱により,前記軟質金属が酸化すると共に摺接部表面に付着して,酸化金属の被膜が形成される。
【0070】
この際の噴射条件は,酸素を含む圧縮気体,例えば圧縮空気によって噴射圧力0.58MPa以上,又は,噴射速度200m/s以上で前記軟質金属の金属粒子を前記摺接部表面に衝突させる。
【0071】
噴射粉体である軟質金属の微粒子粉体の粒径は,10〜100μm,好ましくは,30〜60μmであり,この範囲の粒径とすることにより噴射粉体である軟質金属の微粒子が圧縮気体に乗りやすく,酸化及び摺接部表面に対する付着に必要な衝突エネルギーを得ることができる。
【0072】
特に,軟質金属粉体を,前述したように錫と亜鉛との組合せとする場合には,両者の比重,硬度,融点温度が比較的近似していることから,粒径等の他の条件を同一,又は近似したものとすることにより,噴射圧力,噴射速度等のブラスト加工条件を共通とした処理を行うことができ,作業の簡略化が可能である。
【0073】
摺接部表面に対する軟質金属の微粒子粉体の噴射は,先に,酸素と反応により相対的に高硬度となる軟質金属の微粒子粉体(前述の例では錫粉体)を摺接部表面に衝突させて相対的に高硬度の酸化金属被膜を形成した後,その上に更に酸素との反応によって相対的に低硬度となる軟質金属の微粒子粉体(前述の例では亜鉛粉体)を衝突させて,前記相対的に高硬度の酸化金属被膜上に,相対的に低硬度の酸化金属被膜を形成してこれを前述するものとしても良い。
【0074】
又は,酸素との反応により相対的に高硬度及び低硬度となる軟質金属の微粒子粉体とを混合した状態で前記摺接部表面に衝突させることにより,両酸化金属が混在した表面酸化耐摩耗潤滑被膜を形成しても良い。
【0075】
このように,2種の軟質金属の微粒子粉体を混合した状態で前記摺接部表面に衝突させる場合には,酸化により相対的に低硬度となる軟質金属及び,酸化により相対的に高硬度となる軟質金属であるほか,前者が後者に対して低比重となる組合せのものを適応することもできる。
【0076】
このように,例えば,比重差のある2種の軟質金属の微粒子粉体を混合状態で前記摺接部表面に衝突させると,硬度差及び比重差,又は硬度差により,形成された表面酸化耐摩耗潤滑被膜の表面側において,相対的に低硬度である酸化金属が多く現れ,これにより,形成された表面酸化耐摩耗潤滑被膜の表面(被接触物体との接触界面)側において,せん断破壊の集中する被膜を形成することができる。
【0077】
〔前処理〕
処理対象の母材硬度がHv450以上である場合,前述した軟質金属の微粒子粉体による表面酸化耐摩耗潤滑被膜の形成に先立って,摺接部品の摺接部表面に,前処理として,母材と同等以上の硬度を有し,且つ略球形を成す20〜200μmのショットを噴射速度100〜250m/s,又は噴射圧力0.3〜0.6MPaで1又は複数工程で前記摺接部表面に衝突させて,摺接部の表面に微小な断面円弧状を成す無数の凹部を形成するものとしても良い。
【0078】
ここで形成される凹部は,直径0.1〜5μmの微小な断面円弧形に形成されるもので,このようにして母材に形成された凹部は,その上に形成された表面酸化耐摩耗被膜の表面にも現れて,接触界面に注油を行う際に油膜切れ防止効果の高い油溜まりとして機能する。
【0079】
なお,このような凹部の形成は,母材硬度がHv450未満の摺接部品に対して行うことも可能であるが,母材硬度がHv450未満である場合には,上記前処理を行うことなく,直接,軟質金属の微粒子粉体の噴射を行うことにより,軟質金属の微粒子粉体の衝突によって摺接部表面に凹部が形成されるため,これを省略することができる。
【0080】
なお,このように母材硬度がHv450以上の摺接部に対して噴射されるショットの材質としては,スチール,ホワイトアランダム(WA),ハイス鋼等の金属,金属とセラミックス,セラミックス又はガラスなどを用い,ガラスより硬いアルミナ・シリカビーズ,あるいはガラスビーズが好ましい。
【0081】
また,ショットの形状は,できるだけ真球に近い程良好な断面円弧の凹部を形成するので,後述するように優れた油溜まりとしての効果を発揮する。因みにショットが角形の場合,凹部の内部にV時状の切り欠きが形成される等,凹部の形状が円弧状でなくなるため潤滑油の表面張力が弱くなり効果が低くなる。
【0082】
〔作用等〕
以上のように,所定の前処理を行った後,又は前処理を行うことなく,軟質金属の微粒子粉体と圧縮気体との混合流体を,摺接部の表面に噴射圧力0.5MPa以上,又は噴射速度200m/s以上で衝突させると,衝突時の発熱により微粒子粉体を構成する軟質金属が摺接部表面に溶融付着すると共に,この発熱によって微粒子粉体を構成する軟質金属が圧縮気体中の酸素と反応して酸化する。
【0083】
このような酸素との反応によって形成される酸化金属は,もとの軟質金属に比較して硬度が大幅に上昇していると共に,2種の軟質金属に基づく酸化金属間において相対的に高硬度,低硬度となる。
【0084】
従って,相対的に高硬度の酸化金属となる軟質金属の微粒子粉体を衝突させた後,相対的に低硬度の酸化金属となる軟質金属の微粒子粉体を前記摺接部表面に衝突させることにより,又は,所定の条件に従った組み合わせから成る2種の軟質金属の微粒子粉体を混合状態で前記摺接部表面に衝突させることにより,主として,母材側において高硬度であり,接触の相手方である被接触物体との接触界面側において低硬度となる表面酸化耐摩耗被膜を形成することで,被接触物体との接触界面側に,せん断破壊の集中する被膜が形成される。
【0085】
噴射圧力0.5MPa以上,又は噴射速度200m/s以上で前記摺接部表面に衝突させることにより形成された表面酸化耐摩耗潤滑被膜は,高面圧下での接触に使用される摺接部に対しても高い付着強度を示し,また,表面酸化耐摩耗潤滑被膜の最表面部である0.1〜1μmの,摩擦抵抗及びせん断抵抗が小さく,せん断固破壊の集中する被膜を形成したことにより,凝着部の接触面積Aを減少させて,摩擦を低減させて潤滑性の高い表面酸化耐摩耗潤滑被膜とすることができた。
【0086】
このようにして形成された表面酸化耐摩耗潤滑被膜は,接触の相手方である被接触物体との摺接によっても摩耗せず,長期に亘り高い潤滑性を発揮すると共に,接触の相手方である被接触物体に対しても損傷を与えないものである。
【0087】
このように,本発明の方法により形成された表面酸化耐摩耗潤滑被膜に摩耗が生じず,かつ,接触の相手方である被接触物体に対して損傷を与えない過程は明らかではないが,表面酸化耐摩耗潤滑被膜の最表面に形成される,ここでは,主として相対的に低硬度の酸化金属(一例として酸化亜鉛)は,被接触物体との接触によって移着粒子となって移動,移着を繰り返すことにより潤滑性を発揮するものの,酸化物である酸化亜鉛の移着粒子は,摩擦面に存在する空気中の酸素の影響によってそれ以上硬化せず,そのため移動移着によってもとの面に戻ることができるので摩耗粉として接触界面外に排出されることがなく,表面酸化耐摩耗潤滑被膜に摩耗が生じないものと考えられる。
【0088】
また,このように,移着粒子が硬化しないことから,移着粒子の硬化による被接触物体に対する損傷の発生についても好適に防止することができたものと考えられる。
【0089】
なお,本願発明の表面酸化耐摩耗潤滑被膜の最表面は,相対的に低硬度の酸化金属,一例として酸化亜鉛によって形成されていることから,更なる酸素との結合を生じ難いものとなっており,その結果,接触の相手方となる被接触物体が,例えばアルミナ(Al23)やシリカ(SiO2)等の酸化物セラミックスで形成されている場合,又は,酸化物セラミックスでコーティングされている場合であっても,凝着力が弱く,従って摩擦を低減させる効果が得られるものと考えられる。
【0090】
さらに,酸化金属である酸化亜鉛は,未酸化の亜鉛に比較して安定(活性が低い)な物質であり,炭化ケイ素(SiC)等の炭化物系セラミックスで形成された被接触物体や,炭化物系セラミックスでコーティングされた被接触物体に対しても凝着力の低減,従って摩擦力の低減効果が得られるものと考えられる。
【実施例】
【0091】
次に,本発明の実施例について以下説明する。
【0092】
1.実施例1(エンジンピストンのスカート部に対する被膜形成試験)
レース用オートバイのアルミニウムエンジンのピストンスカート部〔鋳造用Al−Si合金(AC8A)〕製に,本発明の方法により表面酸化耐摩耗潤滑被膜を形成した。加工条件を表1に示す。
【0093】
【表1】

【0094】
上記の錫粉体と亜鉛粉体各1kgを混合して,ピストンのスカート部に衝突させることにより,本発明の表面酸化耐摩耗潤滑被膜の形成を行った。
【0095】
処理後のピストンスカート部には,母材側において酸化錫が,表面側に酸化亜鉛が多く存在する表面酸化耐摩耗潤滑被膜が形成されていることが確認できた。
【0096】
なお,表面酸化耐摩耗潤滑被膜が形成されたピストンスカート部の表面には,断面半円弧状の無数の凹部が形成されていることが確認できた。
【0097】
本実施例で処理対象としたピストンを備えるアルミニウムエンジンは,ピストン及びシリンダブロックをいずれもアルミニウム合金によって形成したものであり,シリンダ内壁にニッケルメッキした構造を有している。
【0098】
このアルミニウムエンジンにおいて,ピストンに対して何等の処理を行うことなく使用する場合,前述のシリンダライナは,激しく摩耗するため,1回のレース毎に交換が必要となっている。
【0099】
なお,表1に記載のとおり,上記各噴射粉体をそれぞれ第1,第2工程として処理しても良い。
【0100】
Znの衝突速度ないし噴射速度がSnより遅くなるのは,平均粒径が大きいためであり,これにより,被接触物体との接触界面の最表面側にZnをより多く分布させることができた。
【0101】
レース終了後,本発明の表面酸化耐摩耗潤滑被膜の形成を行ったピストンのスカート部を観察すると共に,シリンダライナの内壁を確認したところ,ピストンスカート部に摩耗の発生は確認できず,また,スカート部の表面に形成された無数の断面円弧状の凹部が油溜まりとなってピストンのスカート部に油膜を形成していることが確認できた。
【0102】
更に,シリンダライナの内壁に関しても,未処理のピストンを使用した場合に比較して明らかに摩耗が減少しており,生じている摩耗も,同一のシリンダライナを再使用できる程度の僅かなものであった。
【0103】
これに対し,上記方法と同様の条件で,ピストンスカート部に錫粉体のみを衝突させたレース用オートバイのピストンにあっては,ピストン自体の摩耗は減少しているものの,シリンダライナには激しい摩耗が生じており,1回のレースでの使用により交換が必要であった。
【0104】
2.実施例2(ゲージ窓抜きパンチに対する被膜形成試験)
自動車部品製造用のFHP厚板用のゲージ窓抜きパンチ(粉末ハイス焼結品:HAP40)に対し,下記の表2に示す前処理後,本発明の方法による表面酸化耐摩耗潤滑被膜の形成を行った。
【0105】
【表2】

【0106】
上記表2に示すように,所定の前処理を行った後のパンチに対し,先ず,錫粉体の噴射処理を行い,その後,亜鉛粉体を衝突させることによりパンチの摺接部表面に本発明の表面酸化耐摩耗潤滑被膜を形成した。
【0107】
処理対象としたパンチは,自動車部品製造用のFHP厚板の打ち抜きに使用されているものであり,比較的寿命が短く,特に,パンチ側面にFHP材料が溶着し,抵抗がかかり破損に至る。
【0108】
そのため,このパンチは,未処理品では12,000回程度の打ち抜きによって寿命を迎えるものであった。
【0109】
これに対し,上記本発明の方法により表面酸化耐摩耗潤滑被膜の形成を行ったパンチにあっては,材料の溶着が減少し,60,000回の打ち抜きに使用することができた。また,このような使用回数の増加に拘わらずケージ窓の打ち抜き形状がきれいになり,バリ等の発生が少なくなった。
【0110】
なお,上記表2に示す処理のうち,前処理のみを行ったパンチを使用して打ち抜きを行ったところ,このパンチの寿命を24,000回まで延長することができたものの,本願の表面酸化耐摩耗潤滑膜を形成した場合程の寿命の向上は得られなかった。
【0111】
3.実施例3(ギヤー転造ダイスに対する被膜形成試験)
マトリックスハイス(日立金属製「YXR33」)製のギヤー転造ダイスに対し,下記の条件で本発明の表面酸化耐摩耗潤滑被膜の形成を行った。
【0112】
【表3】

【0113】
上記表3に示すように,前処理として異なるショットを使用した2工程の前処理を行った後,錫粉体を使用したブラスト加工,及び亜鉛粉体を使用したブラスト加工をそれぞれ別工程により行い,本発明の表面酸化耐摩被膜の形成を行った。
【0114】
処理対象としたギヤー転造ダイスは,未処理の状態において5,000回程度の使用によって寿命となるが,上記表3に示した方法により本発明の表面酸化耐摩耗潤滑被膜を形成したことにより,100,000回までその寿命が向上した。その結果,ダイスを交換することなしにギヤーの量産加工が可能となった。
【0115】
なお,上記表3に示した2工程の前処理のみを行うことによってもギヤー転造ダイスの寿命を延長することができたが,前処理のみによる延命は,40,000回が限界であった。
【0116】
4.実施例4(ツールシャンクのジョイント部に対する被膜形成)
調質炭素鋼(S45C)製のツールシャンクのジョイント部に対し,下記の表4に示す条件で本発明の表面酸化耐摩耗潤滑被膜の形成を行った。
【0117】
【表4】

【0118】
未処理のツールシャンクにあっては,ジョイント部からの音の発生が顕著であるという問題があり,また,異常摩耗によって比較的寿命が短く,106回程度の使用により寿命となっていたが,上記表4に記載の条件によって本発明の表面酸化耐摩耗潤滑被膜をジョイント部に形成したツールシャンクにあっては,寿命が107回に向上し,また,音の発生,異常摩耗の発生も認められなかった。
【0119】
なお,上記表4に示す前処理のみを行ったツールシャンクにあっては,前処理を行っても,大幅な寿命の向上を得ることができず,また,錫粉体の噴射処理のみを行ったツールシャンクにあっても寿命の向上は僅かであり,しかも,ジョイント部に潤滑剤としてグリスを封入するものの,全面に行き渡らず,油膜切れが生じていることが確認された。
【0120】
5.実施例5(摩耗量測定試験)
本発明の方法により表面酸化耐摩耗潤滑被膜を形成したテストピースを使用して,このテストピースに被接触物体として回転するリングを接触させて,それぞれの摩耗量を測定した。
【0121】
テストピースに対する表面酸化耐摩耗潤滑被膜の形成条件を下記の表5に示す。
【0122】
【表5】

【0123】
上記表5に示す加工条件に従い,本発明の表面酸化耐摩耗潤滑被膜を形成したテストピース(実施例)を,図1に示すように一部分を潤滑油(OW−20エンジンオイル:温度調整することなく室温で使用)に浸漬した状態で,160min-1で回転する高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)製のリングに対し摺接させた。
【0124】
リングに対するテストピースの接触は,588Nの圧力で30秒間行った。
【0125】
テストピースと前記リングの摩耗量を,試験前後におけるテストピースとリングそれぞれの重量変化によって測定した。
【0126】
比較例として,未処理のテストピース(比較例1),表5に示す前処理のみを行ったテストピース(比較例2),表5に示す前処理及び錫粉体の噴射のみを行ったテストピース(比較例3)を同様の方法によりリングに押圧し,摩耗量を測定した。
【0127】
実施例及び比較例1〜3のテストピースの摩耗量を図2に,各テストピースが押圧されたリングの摩耗量を図3にそれぞれ示す。
【0128】
図2に示すように,テストピースの摩耗量においては,実施例のテストピースにおいて最も摩耗が少なく,続いて,比較例3(前処理+錫噴射),比較例1(未処理),比較例2(前処理のみ)の順で摩耗量が増加していることが確認された。
【0129】
一方,接触の相手方であるリングの摩耗量については,図3に示すように実施例のテストピースと接触させたものにおいて最も摩耗が少なく,次いで比較例2(前処理のみ),比較例1(未処理),比較例3(前処理+錫噴射)の順で摩耗量が増加することが確認された。
【0130】
以上の比較試験結果から,前処理のみを行ったテストピースにあっては,接触の相手方(回転リング)の摩耗については好適に防止できたものの,テストピース自体の摩耗については,未処理のテストピース(比較例1)に比較しても摩耗量が増加している。
【0131】
また,前処理後,錫粉体の噴射を行った比較例3のテストピースにあっては,テストピースの摩耗量は減少しているものの,相手方(リング)の摩耗量が未処理のテストピースを使用した場合以上に増加するものとなっており,摺設する2部材双方の耐摩耗性,潤滑性を向上することができるものとはなっていない。
【0132】
これに対し,本発明の表面酸化耐摩耗潤滑被膜が形成されたテストピース(実施例)にあっては,この被膜が形成されたテストビースの摩耗が生じるとこを防止できるだけでなく,接触の相手側(回転リング)が摩耗することの双方共に好適に防止することができるものであることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0133】
以上説明した本発明の表面酸化耐摩耗潤滑被膜及びその形成方法は,被接触物体と摺接した状態で使用される各種の物品,例えばエンジンのピストン,ツールシャンクのジョイント部,シャフト,各種軸受け等の機械部品,パンチ,ベンダー,ダイス等の打ち抜き,曲げ,切削工具,絞り,曲げ加工用の金型等に対して適応可能である。
【0134】
また,オイルやグリス等の流体潤滑剤を介在させることなく使用した場合であっても良好な潤滑性を得ることができ,真空中での使用が予定される各種の装置類についても適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0135】
【図1】実施例5の試験方法を説明するための説明図。
【図2】テストピースの摩耗量を測定した結果を示すグラフ(実施例5)。
【図3】リングの摩耗量を測定した結果を示すグラフ(実施例5)。
【図4】凝着部分の面積Aとせん断強さs及び摩擦力の関係を示した説明図であり,(A)は軟質母材,(B)は硬質母材,(C)は硬質母材に軟質被膜が形成された場合の説明図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
摺接部の母材より低硬度で,且つ,低融点の2種の軟質金属の微粒子粉体が前記摺接部表面で圧縮気体中の酸素と反応し,前記2種の金属間で相対的に高硬度及び低硬度である高融点酸化金属とし,前記摺接部表面の被接触物体との接触界面側に形成された摩擦抵抗及びせん断抵抗が小さくせん断破壊の集中する厚さ0.1〜2μmの被膜から成ることを特徴とする表面酸化耐摩耗潤滑被膜。
【請求項2】
摺接部の母材より低硬度で,且つ,低融点の2種の軟質金属それぞれの微粒子粉体を圧縮気体との混合体とし,前記摺接部表面で前記軟質金属の微粒子粉体と前記圧縮気体中の酸素と反応し,前記2種の軟質金属間で相対的に高硬度及び低硬度である高融点酸化金属とし,前記摺接部表面の被接触物体との接触界面側における前記相対的に低硬度の酸化金属から成る摩擦抵抗及びせん断抵抗が小さくせん断破壊の集中する厚さ0.1〜1μmの被膜から成ることを特徴とする表面酸化耐摩耗潤滑被膜。
【請求項3】
前記相対的に低硬度の酸化金属が,前記相対的に高硬度の酸化金属に対して1/4以下の硬度であることを特徴とする請求項1又は2記載の表面酸化耐摩耗潤滑被膜。
【請求項4】
前記母材の硬度がHv450以上であり,前記摺接部上に直径0.1μm〜5μmの微小な断面円弧状を成す無数の凹部が形成された請求項1〜3いずれか1項記載の表面酸化耐摩耗潤滑被膜。
【請求項5】
摺接部の母材より低硬度で,且つ,低融点の2種の軟質金属それぞれの微粒子粉体と圧縮気体との混合流体を噴射圧力0.58MPa以上又は噴射速度200m/sec以上で前記摺接部表面に衝突させて,前記摺接部表面で前記軟質金属の微粒子粉体と前記圧縮気体中の酸素とを反応させて酸化することにより,前記2種の軟質金属間で相対的に高硬度及び低硬度となる酸化金属によって高融点酸化金属被膜を形成すると共に,前記高融点酸化金属被膜の被接触物体との接触界面側における厚さ0.1〜2μmの摩擦抵抗及びせん断抵抗が小さくせん断破壊の集中する被膜を形成することを特徴とする表面酸化耐摩耗潤滑被膜の形成方法。
【請求項6】
前記軟質金属の微粒子粉体は,平均粒径10μm〜100μmであることを特徴とする請求項5記載の表面酸化耐摩耗潤滑被膜の形成方法。
【請求項7】
前記2種の軟質金属として,硬度,密度ないし比重,及び融点が近似する金属の組み合わせを選択することを特徴とする請求項5又は6記載の表面酸化耐摩耗性潤滑被膜の形成方法。
【請求項8】
酸化により相対的に高硬度の酸化金属となる軟質金属の微粒子粉体を前記摺接部表面に衝突させた後,酸化により相対的に低硬度の酸化金属となる軟質金属の微粒子粉体を前記摺接部表面に衝突させることを特徴とする請求項5〜7いずれか1項記載の表面酸化耐摩耗性潤滑被膜の形成方法。
【請求項9】
酸化により相対的に低硬度の酸化金属となる軟質金属として,酸化により相対的に高硬度の酸化金属となる軟質金属よりも低密度ないし低比重のものを選択し,前記2種の微粒子金属粉体を混合流体として前記摺接部表面に衝突させることを特徴とする請求項5〜7いずれか1項記載の表面酸化耐摩耗性潤滑被膜の形成方法。
【請求項10】
前記母材の硬度がHv450以上の摺接部表面に対し,前処理として,前記摺接部の母材硬度と同等以上の硬度を有し,且つ略球状を成す20〜200μmのショットを噴射速度100〜250m/sec又は噴射圧力0.3MPa〜0.6MPaで1又は複数工程衝突させ,前記摺接部表面に直径0.1μm〜5μmの微小な断面円弧状を成す無数の凹部を形成することを特徴とする請求項5〜9いずれか1項記載の表面酸化耐摩耗潤滑被膜の形成方法。
【請求項11】
前記摺接部表面の被接触物体との接触界面側に酸化により相対的に高硬度及び低硬度である高融点酸化金属が混在し,かつ,前記酸化により相対的に低硬度の酸化金属の分布が50%以上となる厚さ0.1〜1μmの被膜である請求項1,3又は4記載の表面酸化耐摩耗潤滑被膜。
【請求項12】
前記摺接部表面の被接触物体との接触界面側に酸化により相対的に高硬度及び低硬度である高融点酸化金属が混在し,かつ,前記酸化により相対的に低硬度の酸化金属の分布が50%以上となる厚さ0.1〜1μmの被膜を形成することを特徴とする請求項5,6,7,9又は10記載の表面酸化耐摩耗潤滑被膜の形成方法。
【請求項13】
前記摺接部の母材より低硬度の前記2種の軟質金属間で,相対的に高硬度な酸化金属となる微粒子粉体の粒径を,相対的に低硬度な酸化金属となる微粒子粉体の粒径よりも小径とし,前記相対的に低硬度な酸化金属となる微粒子粉体の噴射速度を相対的に低速とし,前記摺接部表面の被接触物体との接触界面側に酸化により相対的に高硬度及び低硬度である高融点酸化金属が混在し,かつ,前記酸化により相対的に低硬度の酸化金属の分布が80%以上となる厚さ0.1〜1μmの被膜を形成することを特徴とする請求項5記載の表面酸化耐摩耗潤滑被膜の形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−299114(P2009−299114A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−153368(P2008−153368)
【出願日】平成20年6月11日(2008.6.11)
【出願人】(000154082)株式会社不二機販 (25)
【Fターム(参考)】