説明

親水性ウイルスの不活化に有効な組成物

【課題】日常行う衛生管理に簡便に使用でき、とくに対象物表面に適用し、細菌や真菌だけでなく、親水性ウイルスも効果的に不活化できる、金属や繊維に及ぼす影響が小さく、かつ、ノロウイルスに対してより確実な不活化効果が期待できる組成物の提供。
【解決手段】エタノール、アルカリ性物質およびカチオン界面活性剤の3成分からなる組成物を使用することにより、親水性ウイルスの不活化にも有効に利用できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
食品衛生、医療、福祉などの分野において、日常行う衛生管理、とくに対象物表面に適用し、細菌や真菌だけでなく親水性ウイルスまで不活化し、表面の清浄化に使用する組成物。
【背景技術】
【0002】
従来、アルコールを主成分とする組成物は、細菌や真菌を殺菌するために日常の衛生管理に使用されてきたが、親水性ウイルスに対する作用は十分ではなかった。しかし、近年、ノロウイルスの感染症あるいは食中毒が多発しており、このような親水性ウイルスまで簡便かつ効果的に不活化できる組成物が求められている。親水性ウイルスの不活化には、次亜塩素酸ナトリウムや過酢酸などの高度消毒剤、あるいは強酸または強アルカリが有効であることは知られていたが、使用者の安全性や対象物への影響など、取り扱いが簡便ではなかった。
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ウイルスに起因する感染症あるいは食中毒を予防するためには、環境を清浄化することが重要であり、日常の衛生管理に簡便に使用できる組成物の利用が好ましい。例えばノロウイルスに対しては次亜塩素酸ナトリウム溶液の使用が推奨されているが、この溶液は酸化力が強く、金属や繊維に好ましくない影響を及ぼす。一方、従来のエタノール製剤やカチオン系界面活性剤配合消毒剤は金属や繊維に及ぼす影響は少ないものの、有効ではない。
【0004】
発明者らは、これらの課題を解決するために、金属や繊維に及ぼす影響が小さく、かつ、ノロウイルスに対してより確実な不活化効果が期待できる組成物を新たに開発しようとした。
【課題を解決するための手段】
【0005】
アルコールに何らかの添加物を加え、ウイルス不活化効果を測定し、有効な添加物およびその組み合わせを探索することにした。
【0006】
試験対象とするウイルスとして、アルコールによって容易に不活化されないネコカリシウイルスを選んだ。このウイルスはノロウイルスの代替として世界的によく利用されているものである。さらに薬剤抵抗性が比較的強いとされている2種類のバクテリオファージも試験に加え、親水性ウイルス全体に有効かどうかを検討することにした。
【0007】
本発明者らは、各種の酸、アルカリ性物質、界面活性剤、食品添加物および低レベルの殺菌剤などの組み合わせについて検討し、そのいくつかがアルコールのウイルスの不活化効果を高めることを認めたが、強酸性や強アルカリの条件下を除き、ウイルスを短時間内に完全に不活化するに至らなかった。
【0008】
さらに、複数成分の組み合わせを検討し、液性が弱アルカリの条件下で低級アルコールとカチオン界面活性剤を組み合わせることにより、親水性ウイルス全体に有効であり、かつ、金属や繊維への影響が少ない、簡便で安全性の高い組成物を開発するに至った。
【0009】
低級アルコールはエタノールまたはイソプロピルアルコールから選ばれる。40wt%以上で十分な効果を発揮し、95wt%以上ではタンパク変性効果が低くなり、結果としてウイルス不活化効果が劣るので、40〜95wt%であることが好ましい。
【0010】
アルカリ性物質はアルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物、アンモニア、有機アミン、炭酸塩、ケイ酸塩などから選ばれる。添加量の範囲は0.01〜5wt%であるが、その量はアルコールへの溶解性および溶液のpH8〜11未満によって限定される。
【0011】
カチオン界面活性剤は塩化ベンザルコニウム、塩化ジデシルジメチルアンモニウム、塩化ベンゼトニウム、グルコン酸クロルヘキシジンなどから選ばれるが、第四アンモニウム塩については炭素数が8〜18までのアルキル基を1本または2本有するものが好ましい。
【0012】
なお、本発明組成物は金属イオン封鎖剤、pH調整剤、香料、色素などの添加物を含んでもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明はエタノール、アルカリ性物質およびカチオン界面活性剤を必須成分とし、噴霧、塗布、浸漬あるいは清拭することによって、細菌や真菌を殺滅するだけでなく、従来、アルコール単独では短時間内に不活化することのできなかった親水性ウイルスの不活化にも有効に作用する組成物である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、実施例に基づいて本発明を詳説する。また用いた方法については以下に示す。
【実施例1】
【0015】
ノロウイルスと同じ科に属するFeline calicivirus ATCC VR−782(以下FCV)に対する不活化効果を調べた。試験には、宿主細胞Crandell Feline Kidney−cell line ATCCCCL−94(以下CRFK)を5%FBS、カナマイシン、L−グルタミンを含有したDMEM培地(以下DMEM培地)で37℃、5%COの条件下で3〜4日培養したものを用い、薬剤感受性試験を行う時は、CRFKを96wellマイクロタイタープレートに1wellあたり約10cellとなるようにまき、37℃、5%COの条件下で3日間培養した。
【0016】
コンフルエントなCRFK細胞にFCVを1時間感染後、培地を吸い出し、新しい培地を入れ24時間培養後、コンラージ棒でシャーレ底面を擦り、培養液を遠心分離(1500rpm,3min)した。遠心後、上清を取り出し、沈殿を−80℃のディープフリーザーで3回凍結融解を繰り返し、細胞を壊した後、先ほどの上清と混合し、FCVの培養液とした。FCVの培養液は−80℃で保存した。
【0017】
薬剤感受性試験は、試験液0.9mLにFCV培養液0.1mLを1分間室温で反応させた後、DMEM培地で段階希釈し、1時間細胞に感染させた。感染後、DMEM培地を吸い出し、新たにDMEM培地を入れ、3日間培養し、TCID50(培養細胞にウイルスを感染させ、その50%が感染するウイルス量を1TCID50と呼ぶ)を算出した。
【0018】
その結果(表1)、エタノール、アルカリ性物質およびカチオン界面活性剤の必須3成分を含む本発明組成物はFCVを効果的に不活化した。
【実施例2】
【0019】
Escherichia coli NBRC13965(MS2)およびEscherichia coli NBRC13898(φX174)を10mL TSB培地に植菌し、37℃で一晩振とう培養し、培養液を遠心分離後、沈殿した菌体を滅菌した10mM MgCl容液に懸濁し、試験に使用するまで室温に保管した。バクテリオファージEscherichia coli phage MS2 NBRC20015およびEscherichia coli phageφX174NBRC20009を滅菌蒸留水で10〜10PFU/mLとなるように希釈し、試験に使用するまで室温で保管した。
【0020】
試験液0.9mLにファージ溶液0.1mLを1分間室温で反応させ、滅菌蒸留水で希釈後、その溶液0.1mLと宿主菌0.1mLを前もって37℃に保温しておいた滅菌短試験管に分注し、混合した。その後、試験管を37℃で20分間保温し、宿主菌にファージを感染させた後、50℃で保温しておいた軟寒天培地4mLを添加し、泡立てないように攪拌した。あらかじめ作製しておいたTSA培地に重層し、固まったら37℃で一晩培養し、プラークの数をカウントした。
【0021】
その結果(表1)、MS2およびφX174に対して、本発明組成物は高い不活化効果が得られた。このように、現在のところ培養不可能なノロウイルスの代替ウイルスとして、FCVおよびバクテリオファージを用いて薬剤感受性試験を実施した結果、本発明組成物は複数(3種)の親水性ウイルス全てにおいて高い不活化効果が得られたことから、ノロウイルスに対してもより高い不活化効果が期待できることが明らかとなった。
【実施例3】
【0022】
実使用条件(スプレーした後、布で拭き取る)での効果について、AOAC公定法スプレー商品効力判定試験に準拠した方法を用いて試験した。AOAC公定法スプレー商品効力判定に用いられる方法に準じ、切断したスライドガラス(水縁磨,厚さ1.2〜1.5mm,25×25mm)を洗浄して乾燥した後、ろ紙を敷いたガラスシャーレに入れて180℃、2時間乾熱滅菌した。FCV培養液(6.0logTCID50)10μLをスライドガラスに滴下して軽く塗り広げ、シャーレのフタをずらしてクリーンベンチ内で30〜40分間乾燥させた。乾燥後、スライドガラスから約10cm離した場所から、スプレーノズルを用いて薬剤を噴霧し、15秒後に滅菌綿棒を用いて拭き取り、培地に懸濁した。その後、希釈し、細胞に感染させ、3日培養後、ウイルスの検出の有無を測定した。
【0023】
その結果(表2)、本発明組成物ではウイルスは検出されなかった。
【実施例4】
【0024】
本発明組成物の腸管出血性大腸菌O157および黄色ブドウ球菌に対する殺菌効果を調査した。
【0025】
本発明組成物の原液および菌液を接種した時に3および5倍希釈液となるように滅菌水で調製した試験液9mLを試験管に分注して20℃に保持し、これに黄色ブドウ球菌:Staphylococcus aureus ATCC25923あるいは腸管出血性大腸菌O157:Escherichia coli O157:H7 RIMDO509894(1998年に堺市で発生した集団食中毒事例の臨床株)を液体ブイヨンで37℃、24時間振盪培養したもの1mlを添加し、15、30および60秒間作用させ、その20μLを二次培地(4%Tween80および0.3%レシチンを添加した液体ブイヨン培地)に接種し、37℃で2日間培養後の培地の濁りにより判定した。
【0026】
その結果(表3)、本発明組成物は5倍希釈したものでも15秒間作用させることで、菌は検出されなくなった。このように、腸管出血性大腸菌O157および黄色ブドウ球菌に対し、本液体組成物は非常に有効であり、細菌に対する殺菌剤としても有効であることを確認した。
【実施例5】
【0027】
ステンレス(SUS304、SUS430)テストピース(50×30mm)の半分を製剤に浸漬し、50℃で1週間静置し、試験前後のテストピースの外観を観察した。
【0028】
その結果、ステンレステストピースの外観に変化はなく、腐食性はないと判断される。
【産業上の利用可能性】
【0029】
ノロウイルスなどの親水性ウイルスに起因する食中毒や感染症を予防するため、対象物表面に簡便かつ安全に適用でき、より確実な不活化効果が得られる本発明組成物は実用性が高く、有効に利用できる。
【0030】
【表1】


【0031】
【表2】

【0032】
【表3】

【0033】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
40wt%〜95wt%の低級アルコール、0.01wt%〜5wt%のアルカリ性物質、0.01wt%〜10wt%のカチオン界面活性剤を必須成分とする組成物。
【請求項2】
請求項1記載の組成を含み、かつpHが8〜11未満の範囲を示す組成物。
【請求項3】
請求項1記載の低級アルコールはエタノールまたはイソプロピルアルコールから選ばれる。
【請求項4】
請求項1記載のアルカリ性物質はアルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物、アンモニア、有機アミン、炭酸塩、ケイ酸塩などから選ばれる。
【請求項5】
カチオン界面活性剤は、塩化ベンザルコニウム、塩化ジデシルジメチルアンモニウム、塩化ベンゼトニウム、グルコン酸クロルヘキシジンなどから選ばれる。

【公開番号】特開2008−189645(P2008−189645A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−53444(P2007−53444)
【出願日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【出願人】(000106106)サラヤ株式会社 (44)
【Fターム(参考)】