角速度センサ
【課題】 振動ジャイロ式の角速度センサにおいて、コリオリ力の検出感度を高める。
【解決手段】 外寸ξ1のシリコン基板の下面に、外径φ1,内径D1の円環状の溝Gを堀り、この溝Gで取り囲まれた内側部分に、直径D1、高さHの円柱状の振動子120を形成する。溝Gの上方のダイアフラム部110は、可撓性をもち、その外周部は台座130によって装置筐体に固定される。振動子120は、ダイアフラム部110によって変位自在に支持される。ここで、寸法比φ/Hの値が「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.54」なる条件を満たすように設定すると、他の部分の寸法にかかわらず、振動子120の水平方向振動の共振周波数と垂直方向振動の共振周波数とが近似し、コリオリ力の検出感度が著しく向上する。
【解決手段】 外寸ξ1のシリコン基板の下面に、外径φ1,内径D1の円環状の溝Gを堀り、この溝Gで取り囲まれた内側部分に、直径D1、高さHの円柱状の振動子120を形成する。溝Gの上方のダイアフラム部110は、可撓性をもち、その外周部は台座130によって装置筐体に固定される。振動子120は、ダイアフラム部110によって変位自在に支持される。ここで、寸法比φ/Hの値が「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.54」なる条件を満たすように設定すると、他の部分の寸法にかかわらず、振動子120の水平方向振動の共振周波数と垂直方向振動の共振周波数とが近似し、コリオリ力の検出感度が著しく向上する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、角速度センサに関し、特に、振動ジャイロ式の角速度センサについて、その検出感度を向上させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
小型で量産に適した角速度センサとして、振動ジャイロ式のセンサが普及している。この振動ジャイロ式の角速度センサでは、互いに直交する3軸のうち、第1の軸方向に振動子を運動させ、このとき振動子に対して第2の軸方向に加わったコリオリ力を測定することにより、第3の軸まわりに作用した角速度の検出が行われる。
【0003】
たとえば、下記の特許文献1および2には、円盤状の圧電素子の下面に環状溝を掘り、この環状溝で囲まれた円柱状の部分を振動子として利用した振動ジャイロ式の角速度センサが開示されている。このセンサでは、圧電素子の所定部分に交流電気信号を供給することにより、振動子を所定の軸方向に振動させることができ、その状態において、圧電素子の所定部分に生じる電圧を測定することにより、振動子に作用したコリオリ力を検出することができる。円盤状の圧電素子を用いることにより、小型で量産に適した角速度センサが実現できる。
【0004】
また、下記の特許文献3には、金属製のダイアフラムの下面に板状の圧電素子を接合し、これらの中央部に円形貫通孔を形成した構造体を用いた角速度センサが開示されている。このセンサでは、円柱状の振動子が円形貫通孔内に配置され、圧電素子上に形成された電極から、コリオリ力を示す電気信号が取り出される。圧電素子のエッジ位置には、効率的な応力集中が生じるので、このエッジ位置に配置した電極から信号を取り出すことにより、検出感度を高めることが可能になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平08−035981号公報
【特許文献2】特開平08−094661号公報
【特許文献3】特開2002−071705号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
角速度センサを小型化するには、振動子を含めた機械的構造部を小さくすることが不可欠である。しかしながら、この機械的構造部を小さくすればするほど、コリオリ力の作用によって生じる振動子の変位も小さくなり、コリオリ力の測定信号も小さくならざるを得ない。このため、小型で高精度の角速度センサを実現するためには、コリオリ力の検出感度を高めることが重要である。
【0007】
しかしながら、これまで提案されてきた振動ジャイロ式の角速度センサでは、コリオリ力の検出感度を十分に高めることができず、小型で高精度の角速度センサを実現することが困難であった。
【0008】
そこで本発明は、コリオリ力の検出感度を更に高めることが可能な振動ジャイロ式の角速度センサを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1) 本発明の第1の態様は、
少なくとも周囲部分が可撓性をもった円盤からなるダイアフラム部と、
ダイアフラム部と中心軸を共通にする同心位置に配置された円柱状の剛体からなり、ダイアフラム部の下面に接合された振動子と、
ダイアフラム部の外周面に接合された円柱表面状の内周面を有する剛体であって、ダイアフラム部の外周面を装置筐体に固定する台座部と、
振動子に対して、所定の振動軸方向の運動成分をもった振動を誘起する励振手段と、
コリオリ力に基づいて振動子に生じる所定の変位軸方向の変位を検出する変位検出手段と、
を備え、
ダイアフラム部の上面中心位置に原点Oをもち、ダイアフラム部の上面がXY平面に含まれるようなXYZ三次元直交座標系を定義したときに、X軸およびZ軸のうちの一方を振動軸、他方を変位軸とし、変位検出手段による検出値に基づいてY軸まわりの角速度を検出する角速度センサにおいて、
ダイアフラム部を構成する円盤の外径をφとし、振動子を構成する円柱の外径をDとし、振動子を構成する円柱の高さをHとしたときに、「D<φ」かつ「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.54」なる寸法条件を満たすようにしたものである。
【0010】
(2) 本発明の第2の態様は、上述した第1の態様に係る角速度センサにおいて、
ダイアフラム部と、振動子と、台座部とを、同一材料からなる一体構造体によって構成したものである。
【0011】
(3) 本発明の第3の態様は、上述した第2の態様に係る角速度センサにおいて、
基板の上面側の厚みTの部分を上層部分、残りの下面側の部分を下層部分と定義したときに、この基板の下面側の下層部分に、Z軸を中心軸として内径D,外径φをもった円環状の溝が形成されており、
上層部分のうち、Z軸を中心軸として外径φをもった円盤部分によってダイアフラム部が構成され、
下層部分のうち、Z軸を中心軸として直径Dをもった円柱部分によって振動子が構成され、
基板のうち、Z軸を中心軸として直径φをもった円柱に含まれない部分によって台座部が構成されているようにしたものである。
【0012】
(4) 本発明の第4の態様は、上述した第3の態様に係る角速度センサにおいて、
ダイアフラム部の厚みTと、円柱状の振動子の高さHと、台座部の厚みKとの間に、T+H<Kなる寸法条件が満されるようにしたものである。
【0013】
(5) 本発明の第5の態様は、上述した第3または第4の態様に係る角速度センサにおいて、
シリコン基板の下面に円環状の溝を形成することにより、シリコンからなるダイアフラム部と、シリコンからなる振動子と、シリコンからなる台座部とを、形成するようにしたものである。
【0014】
(6) 本発明の第6の態様は、上述した第1〜第5の態様に係る角速度センサにおいて、
励振手段が、ダイアフラム部上面の所定箇所に固着された励振用圧電素子と、この励振用圧電素子に交流電気信号を加える励振用電気回路と、を有し、
変位検出手段が、ダイアフラム部上面の所定箇所に固着された検出用圧電素子と、この検出用圧電素子に発生する電荷を検出する検出用電気回路と、を有するようにしたものである。
【0015】
(7) 本発明の第7の態様は、上述した第1〜第5の態様に係る角速度センサにおいて、
励振手段が、ダイアフラム部もしくは振動子の所定箇所に形成された励振用変位電極と、励振用変位電極に対向するように装置筐体に固定された励振用固定電極と、励振用変位電極と励振用固定電極との間に交流電気信号を加える励振用電気回路と、を有し、
変位検出手段が、ダイアフラム部もしくは振動子の所定箇所に形成された検出用変位電極と、検出用変位電極に対向するように装置筐体に固定された検出用固定電極と、検出用変位電極と検出用固定電極との間の静電容量値を検出する検出用電気回路と、を有するようにしたものである。
【0016】
(8) 本発明の第8の態様は、上述した第6または第7の態様に係る角速度センサにおいて、
励振用電気回路が、振動子の振動軸方向に関する共振周波数に等しい周波数をもった交流電気信号を加えることを特徴とする角速度センサ。
【0017】
(9) 本発明の第9の態様は、上述した第1〜第8の態様に係る角速度センサにおいて、
振動子を構成する円柱の高さHが、「0.2mm ≦ H ≦ 0.7mm」なる寸法条件を満たすことを特徴とする角速度センサ。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る角速度センサでは、外径φをもった円盤からなるダイアフラム部の周囲を固定し、このダイアフラム部の中心に高さHをもった円柱状の振動子を同心配置し、ダイアフラム部の撓みにより振動子を振動させる構造を採り、更に、「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.54」なる寸法条件を満たすような設計がなされる。このような寸法条件を設定すると、ダイアフラム部の上面に平行な軸方向に関する振動子の共振周波数と、ダイアフラム部の上面に垂直な軸方向に関する振動子の共振周波数とが極めて近似し、コリオリ力の検出感度が著しく向上する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に係る角速度センサの基本構造体100を上方から見た斜視図である。
【図2】図1に示す基本構造体100を下方から見た斜視図である。
【図3】図1に示す基本構造体100の下面図である。
【図4】図1に示す基本構造体100をXZ平面で切断した側断面図である。
【図5】図1に示す基本構造体100における振動子120をX軸正方向に変位させた状態を示す側断面図である。
【図6】図1に示す基本構造体100における振動子120をX軸負方向に変位させた状態を示す側断面図である。
【図7】図1に示す基本構造体100における振動子120をZ軸正方向に変位させた状態を示す側断面図である。
【図8】図1に示す基本構造体100における振動子120をZ軸負方向に変位させた状態を示す側断面図である。
【図9】図1に示す基本構造体100に、圧電素子を利用した励振手段および変位検出手段を付加することにより構成される角速度センサを示す側断面図である。
【図10】図9に示す角速度センサの上面図である。
【図11】図9に示す角速度センサに用いられている圧電素子の特性を示す側断面図である。
【図12】図9に示す角速度センサを駆動するために用いる交流電気信号を示す波形図である。
【図13】図1に示す基本構造体100に、容量素子を利用した励振手段および変位検出手段を付加することにより構成される角速度センサを示す側断面図である。
【図14】図13に示す角速度センサの下方基板320の上面図である。
【図15】図1に示す基本構造体100の振動周波数特性を示すグラフである。
【図16】図1に示す基本構造体100の各部の寸法を示す側断面図である。
【図17】図1に示す基本構造体100の寸法比φ/Hと角速度センサの感度との関係を示すグラフである。
【図18】図17に示すグラフのもとになったデータを示す表である。
【図19】本発明の特徴となる寸法比φ/Hを満たす基本構造体の一例を示す側断面図である。
【図20】本発明の特徴となる寸法比φ/Hを満たす基本構造体の別な一例を示す側断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を図示する実施形態に基づいて説明する。
【0021】
<<< §1.センサの基本構造体 >>>
はじめに、本発明に係る角速度センサの振動子を含めた機械的構造部分(以下、基本構造体という)の一例を説明する。図1は、この基本構造体100を上方から見た斜視図、図2は、下方から見た斜視図である。ここに示す例の場合、基本構造体100は、上面が正方形をした基板(たとえば、シリコン基板)の下面側に、円環状の溝Gが掘られた形態をなす。溝Gの底部をなす上層部分は可撓性をもったダイアフラム部110を構成し、溝Gによって周囲を取り囲まれた円柱状の部分は振動子120を構成し、溝Gの外側部分は台座130を構成する。
【0022】
図3は、この基本構造体100の下面図である。図示のとおり、円柱状の振動子120と、円環状の溝Gとが同心円をなすように配置されていることが明瞭に示されている。図4は、この基本構造体100の側断面図である。ここでは、説明の便宜上、図1に示すとおり、基本構造体100の上面中心位置に原点Oをもち、基本構造体100の上面(ダイアフラム部110の上面)がXY平面に含まれるようなXYZ三次元直交座標系を定義する。X軸およびY軸は、この基本構造体100の上面に含まれる座標軸になり、Z軸は、この基本構造体100を構成する基板主面に直交する座標軸になる。図4は、基本構造体100をXZ平面に沿って切った断面を示すものである。
【0023】
前述したとおり、この基本構造体100は、基板の下面側に円環状の溝Gを形成したものであり、この溝Gの上方には、可撓性をもったダイアフラム部110が形成される。振動子120および台座130の部分が剛体として機能するのに対して、ダイアフラム部110が可撓性をもった弾性体として機能するのは、その厚みの違いによるものである。図示の例の場合、厚み0.8mmのシリコン基板を用意し、その上層部分の厚み7μmの部分を残して、下面側から溝Gを掘ることにより、可撓性をもったダイアフラム部110を形成している(図の寸法比は、図示の便宜上、実際のものとは異なる)。
【0024】
なお、この例の場合、円柱状の振動子120の下面が、台座130の下面の位置よりも若干上方に上がっている。これは、台座130を装置筐体(図示省略)に固定する際に、振動子120が下方へ変位する自由度を確保しておくためである。たとえば、装置筐体の一部を構成する支持基板上に台座130の底面を固着した場合でも、振動子120の下面と支持基板の上面との間には空隙部が確保されるため、振動子120は所定の寸法範囲内で下方へ変位可能になる。
【0025】
実際、このような構造をもった基本構造体100では、振動子120は、ダイアフラム部110が撓みを生じることにより、X軸,Y軸,Z軸のいずれの方向へも変位可能である。たとえば、振動子120の重心位置にX軸正方向の力+Fxを作用させれば、ダイアフラム部110には図5に示すような撓みが生じ、振動子120の重心位置は、X軸正方向に変位する。逆に、X軸負方向の力−Fxを作用させれば、ダイアフラム部110には図6に示すような撓みが生じ、振動子120の重心位置は、X軸負方向に変位する。
【0026】
図1の斜視図を見れば明らかなとおり、この基本構造体100は、Z軸まわりに90°回転させても、その幾何学的な構造は全く同一であるから、X軸方向の力+Fx,−Fxの代わりに、Y軸方向の力+Fy,−Fyを作用させれば、全く同様の変位をY軸方向に関して生じさせることが可能である。
【0027】
一方、振動子120の重心位置にZ軸正方向の力+Fzを作用させれば、ダイアフラム部110には図7に示すような撓みが生じ、振動子120の重心位置は、Z軸正方向に変位する。逆に、Z軸負方向の力−Fzを作用させれば、ダイアフラム部110には図8に示すような撓みが生じ、振動子120の重心位置は、Z軸負方向に変位する。
【0028】
なお、この§1で説明したような基本構造体100を用いた角速度センサ自体は既に公知の装置であり、前掲の特許文献1〜3に開示されている。
【0029】
<<< §2.角速度センサの構成例 >>>
一般に、振動ジャイロ式の角速度センサでは、互いに直交する3軸のうち、第1の軸方向に振動子を運動させ、このとき振動子に対して第2の軸方向に加わったコリオリ力を測定することにより、第3の軸まわりに作用した角速度の検出を行うことができる。§1で述べたとおり、基本構造体100における振動子120は、X軸,Y軸,Z軸のいずれの方向へも変位可能である。したがって、この基本構造体100を用いたセンサでは、次のような6通りの方法で角速度の検出が可能になる。
【0030】
<方法1:Vx,Fy,ωz> 振動子にX軸方向の振動Vxを与えた状態で、Y軸方向に作用するコリオリ力Fyを測定することにより、Z軸まわりの角速度ωzを検出する。
【0031】
<方法2:Vx,Fz,ωy> 振動子にX軸方向の振動Vxを与えた状態で、Z軸方向に作用するコリオリ力Fzを測定することにより、Y軸まわりの角速度ωyを検出する。
【0032】
<方法3:Vy,Fx,ωz> 振動子にY軸方向の振動Vyを与えた状態で、X軸方向に作用するコリオリ力Fxを測定することにより、Z軸まわりの角速度ωzを検出する。
【0033】
<方法4:Vy,Fz,ωx> 振動子にY軸方向の振動Vyを与えた状態で、Z軸方向に作用するコリオリ力Fzを測定することにより、X軸まわりの角速度ωxを検出する。
【0034】
<方法5:Vz,Fx,ωy> 振動子にZ軸方向の振動Vzを与えた状態で、X軸方向に作用するコリオリ力Fxを測定することにより、Y軸まわりの角速度ωyを検出する。
【0035】
<方法6:Vz,Fy,ωx> 振動子にZ軸方向の振動Vzを与えた状態で、Y軸方向に作用するコリオリ力Fyを測定することにより、X軸まわりの角速度ωxを検出する。
【0036】
ここで、振動子120に対して所定の振動軸方向の運動成分をもった振動を電気的に誘起する励振手段や、コリオリ力に基づいて振動子120に生じた所定の変位軸方向の変位を電気的に検出する変位検出手段として、圧電素子や容量素子など、様々な素子の利用が提案されている(たとえば、前掲の特許文献1〜3参照)。
【0037】
図9に側断面図を示す角速度センサは、圧電素子によって、励振手段および変位検出手段を構成した一例である。ここで、基本構造体100は、§1で述べたとおり、シリコン基板の下面に円環状の溝Gを掘ることにより構成されたものである。この基本構造体100の上面には、絶縁層210,下部電極220,圧電素子230が形成されており、更にその上面には、上部電極E11〜E24が形成されている。
【0038】
図10は、この角速度センサの上面図である。図9に示すとおり、絶縁層210(たとえば、酸化シリコン膜),下部電極220(たとえば、Pt/Ti膜),圧電素子230(たとえば、PZT薄膜)は、いずれも基本構造体100の上面全面を覆う層であるが、上部電極E11〜E24(たとえば、Au/Pt膜)は、いずれも扇形をした電極層であり、X軸上もしくはY軸上の所定箇所に配置されている。
【0039】
圧電素子230は、その上面と下面との間に電圧を印加すると、図9の水平方向に伸縮する性質をもっている。図11は、この圧電素子230の特性を示す側断面図である。図に符号Pとして示す構成要素は、図9に示す圧電素子230の一部分である。この圧電素子Pの上面および下面に、それぞれ電極E1,E2を形成し、下面側の電極E2を接地して、上面側の電極E1に正の電圧を印加すると、図11(a) に示すように圧電素子Pは水平方向に伸び、上面側の電極E1に負の電圧を印加すると、図11(b) に示すように圧電素子Pは水平方向に縮む性質を有している(伸縮の性質は逆でもかまわない)。また、図11(a) に示すように圧電素子Pを水平方向に伸ばす応力が加わると、上面側の電極E1に正の電荷が発生し、図11(b) に示すように圧電素子Pを水平方向に縮める応力が加わると、上面側の電極E1に負の電荷が発生する性質も有する。
【0040】
図9に示す構成において、圧電素子230が図11に示すような性質を有していれば、下部電極220を接地して、上部電極E11〜E24のいずれかに正もしくは負の電圧を印加することによって、ダイアフラム部110の所定部分に撓みを誘発させ、振動子120を所望の方向に変位させることが可能である。
【0041】
たとえば、上部電極E11に負の電圧を加え、上部電極E12に正の電圧を加え、上部電極E13に負の電圧を加え、上部電極E14に正の電圧を加えれば、図5に示すように、振動子120をX軸正方向に変位させることができ、逆に、上部電極E11に正の電圧を加え、上部電極E12に負の電圧を加え、上部電極E13に正の電圧を加え、上部電極E14に負の電圧を加えれば、図6に示すように、振動子120をX軸負方向に変位させることができる。したがって、図12に示すような互いに逆位相の交流電気信号S1,S2を用意しておき(縦軸は波形中心を接地電位とした電圧軸、横軸は時間軸)、上部電極E11,E13に信号S1を与え、上部電極E12,E14に信号S2を与えるようにすれば、振動子120をX軸に沿って振動させることができる。
【0042】
同様に、上部電極E21,E23に信号S1を与え、上部電極E22,E24に信号S2を与えるようにすれば、振動子120をY軸に沿って振動させることができる。
【0043】
また、上部電極E11に負の電圧を加え、上部電極E12に正の電圧を加え、上部電極E13に正の電圧を加え、上部電極E14に負の電圧を加えれば、図7に示すように、振動子120をZ軸正方向に変位させることができ、逆に、上部電極E11に正の電圧を加え、上部電極E12に負の電圧を加え、上部電極E13に負の電圧を加え、上部電極E14に正の電圧を加えれば、図8に示すように、振動子120をZ軸負方向に変位させることができる。したがって、図12に示すような互いに逆位相の交流電気信号S1,S2を用意しておき(縦軸は波形中心を接地電位とした電圧軸、横軸は時間軸)、上部電極E11,E14に信号S1を与え、上部電極E12,E13に信号S2を与えるようにすれば、振動子120をZ軸に沿って振動させることができる。あるいは、上部電極E21,E24に信号S1を与え、上部電極E22,E23に信号S2を与えても、やはり振動子120をZ軸に沿って振動させることができる。
【0044】
一方、図9に示す構成において、圧電素子230が図11に示すような性質を有していれば、下部電極220を接地して、上部電極E11〜E24のいずれかに発生する電荷量を測定することによって、ダイアフラム部110の所定部分に生じている撓みを認識することができ、振動子120の所定軸方向の変位を検出することができる。当該変位は、振動子120について当該所定軸方向に作用したコリオリ力に対応する。
【0045】
たとえば、上部電極E11,E13の発生電荷量の和と、上部電極E12,E14の発生電荷量の和と、を求め(実際には、接地電位に対する各電極の電位の和を測定してもよい)、両者の差を求めれば、当該差は、振動子120のX軸方向の変位量(符号は、変位方向)を示すものになり、振動子120に加わったX軸方向のコリオリ力を示すものになる。
【0046】
同様に、上部電極E21,E23の発生電荷量の和と、上部電極E22,E24の発生電荷量の和と、を求め(実際には、接地電位に対する各電極の電位の和を測定してもよい)、両者の差を求めれば、当該差は、振動子120のY軸方向の変位量(符号は、変位方向)を示すものになり、振動子120に加わったY軸方向のコリオリ力を示すものになる。
【0047】
また、上部電極E11,E14の発生電荷量の和と、上部電極E12,E13の発生電荷量の和と、を求め(実際には、接地電位に対する各電極の電位の和を測定してもよい)、両者の差を求めれば、当該差は、振動子120のZ軸方向の変位量(符号は、変位方向)を示すものになり、振動子120に加わったZ軸方向のコリオリ力を示すものになる。これは、上部電極E21,E24の発生電荷量の和と、上部電極E22,E23の発生電荷量の和と、を求め(実際には、接地電位に対する各電極の電位の和を測定してもよい)、両者の差を求めても同様である。
【0048】
結局、図9に示す角速度センサは、下部電極220を接地し、所定の上部電極に所定位相をもった交流電気信号を供給することにより、振動子120に対して、X軸方向の振動Vxを与えることもできるし、Y軸方向の振動Vyを与えることもできるし、Z軸方向の振動Vzを与えることもできる。また、下部電極220を接地し、所定の上部電極に発生した電荷量を検出することにより、振動子120に対して作用したX軸方向のコリオリ力Fxを求めることもできるし、Y軸方向のコリオリ力Fyを求めることもできるし、Z軸方向のコリオリ力Fzを求めることもできる。
【0049】
このように、図9に示す角速度センサは、前述した<方法1>〜<方法6>のいずれの方法も実施可能であり、X軸方向の角速度ωx,Y軸方向の角速度ωy,Z軸方向の角速度ωzのいずれの検出も可能である。なお、この6通りの方法のうちのいくつかを実施する際には、図10に示されている8枚の上部電極E11〜E24の一部を、励振手段用の電極として用いるとともに変位検出手段用の電極としても用いる必要があるが、そのような場合には、1枚の電極を電気的に分離された2枚の電極に分け、それぞれ役割を分担させるようにすればよい。
【0050】
要するに、圧電素子を用いて角速度センサを構成するのであれば、ダイアフラム部110の上面の所定箇所に固着された励振用圧電素子(図9に示す圧電素子230のうち、励振に用いる上部電極が形成されている部分)と、この励振用圧電素子に交流電気信号を加える励振用電気回路と、によって励振手段を構成し、ダイアフラム部110の上面の所定箇所に固着された検出用圧電素子(図9に示す圧電素子230のうち、検出に用いる上部電極が形成されている部分)と、この検出用圧電素子に発生する電荷を検出する検出用電気回路と、によって変位検出手段を構成すればよい。
【0051】
なお、励振手段や変位検出手段として機能する圧電素子は、ダイアフラム部110の上面における溝Gの上方に位置する所定部分に配置するのが好ましい。これは、当該箇所に配置された圧電素子には、ダイアフラム部110の撓みによる応力が効率的に伝達されるためである。また、前掲の特許文献1および2に開示されている例のように、基本構造体100それ自身を圧電素子として用いることも可能である。
【0052】
もちろん、励振手段や変位検出手段は、必ずしも圧電素子を用いて構成する必要はない。図13に側断面図を示す角速度センサは、静電容量素子によって、励振手段および変位検出手段を構成した一例である。この例でも、基本構造体100は、§1で述べたとおり、シリコン基板の下面に円環状の溝Gを掘ることにより構成されたものである。この基本構造体100の上方には上方基板310が配置され、下方には下方基板320が配置されている。
【0053】
下方基板320は、板状の絶縁性基板であり、その上面には、図14の上面図に示すとおり、5枚の固定電極E31〜E35(たとえば、アルミニウム膜)が形成されている。中央の固定電極E35は、Z軸を中心軸とする円形の電極であり、その周囲に扇形の固定電極E31〜E34が取り巻くように配置されている。図13の側断面図に示されているとおり、各固定電極E31〜E35と振動子120の下面との間には、空隙部が形成されており、振動子120が下方へ変位する自由度が確保されている。
【0054】
一方、上方基板310は、下面の中央領域に溝G′が形成されており、この溝G′の底部に5枚の固定電極E41〜E45(たとえば、アルミニウム膜)が形成されている。これら固定電極E41〜E45は、それぞれ図14に示す固定電極E31〜E35と同一の形状をなし、同一の配置をなす。すなわち、固定電極E41〜E45は、それぞれ固定電極E31〜E35の上方に鏡像をなす関係となるように配置されている。図13の側断面図に示されているとおり、各固定電極E41〜E45と基本構造体100の上面との間には、溝G′による空隙部が形成されており、振動子120が上方へ変位する自由度が確保されている。
【0055】
この例の場合、基本構造体100の材質はシリコンであるので、全体が導体として機能する。したがって、各固定電極E31〜E45のそれぞれと、基本構造体100の対向面(変位電極として機能する)とによって、合計10組の静電容量素子C31〜C45が形成されることになる。したがって、図13に示す構成において、容量素子C31〜C45のいずれかにクーロン力を作用させることによって、ダイアフラム部110の所定部分に撓みを誘発させ、振動子120を所望の方向に変位させることが可能である。
【0056】
たとえば、基本構造体100を接地レベルに維持しておき(変位電極はいずれも接地電位になる)、固定電極E41,E32に電圧を印加すれば、容量素子C41,C32にクーロン引力を作用させることができ、図5に示すように、振動子120をX軸正方向に変位させることができる。一方、固定電極E31,E42に電圧を印加すれば、容量素子C31,C42にクーロン引力を作用させることができ、図6に示すように、振動子120をX軸負方向に変位させることができる。これらの変位動作を交互に行えば、振動子120をX軸に沿って振動させることができる。
【0057】
同様に、基本構造体100を接地レベルに維持しておき、固定電極E43,E34に電圧を印加すれば、容量素子C43,C34にクーロン引力を作用させることができ、固定電極E33,E44に電圧を印加すれば、容量素子C33,C44にクーロン引力を作用させることができるので、これらの変位動作を交互に行えば、振動子120をY軸に沿って振動させることができる。
【0058】
また、基本構造体100を接地レベルに維持しておき、固定電極E45に電圧を印加すれば、容量素子C45にクーロン引力を作用させることができ、図7に示すように、振動子120をZ軸正方向に変位させることができる。一方、固定電極E35に電圧を印加すれば、容量素子C35にクーロン引力を作用させることができ、図8に示すように、振動子120をZ軸負方向に変位させることができる。これらの変位動作を交互に行えば、振動子120をZ軸に沿って振動させることができる。
【0059】
一方、図13に示す構成において、共通の変位電極として機能する基本構造体100と、所定の固定電極との間の静電容量値を電気的に検出すれば、両電極間の距離を認識することができるので、振動子120の所定軸方向の変位を検出することができる。当該変位は、振動子120について当該所定軸方向に作用したコリオリ力に対応する。
【0060】
たとえば、容量素子C41の静電容量値と容量素子C32の静電容量値との和と、容量素子C31の静電容量値と容量素子C42の静電容量値との和と、を求め、両者の差を求めれば、当該差は、振動子120のX軸方向の変位量(符号は、変位方向)を示すものになり、振動子120に加わったX軸方向のコリオリ力を示すものになる。
【0061】
同様に、容量素子C43の静電容量値と容量素子C34の静電容量値との和と、容量素子C33の静電容量値と容量素子C44の静電容量値との和と、を求め、両者の差を求めれば、当該差は、振動子120のY軸方向の変位量(符号は、変位方向)を示すものになり、振動子120に加わったY軸方向のコリオリ力を示すものになる。
【0062】
また、容量素子C45の静電容量値と容量素子C35の静電容量値との差を求めれば、当該差は、振動子120のZ軸方向の変位量(符号は、変位方向)を示すものになり、振動子120に加わったZ軸方向のコリオリ力を示すものになる。
【0063】
結局、図13に示す角速度センサでは、基本構造体100を接地し、所定の固定電極に所定位相をもった交流電気信号を供給することにより、振動子120に対して、X軸方向の振動Vxを与えることもできるし、Y軸方向の振動Vyを与えることもできるし、Z軸方向の振動Vzを与えることもできる。また、基本構造体100を接地し、所定の固定電極と基本構造体100(変位電極)との間の静電容量値を検出することにより、振動子120に対して作用したX軸方向のコリオリ力Fxを求めることもできるし、Y軸方向のコリオリ力Fyを求めることもできるし、Z軸方向のコリオリ力Fzを求めることもできる。
【0064】
このように、図13に示す角速度センサは、前述した<方法1>〜<方法6>のいずれの方法も実施可能であり、X軸方向の角速度ωx,Y軸方向の角速度ωy,Z軸方向の角速度ωzのいずれの検出も可能である。なお、この6通りの方法のうちのいくつかを実施する際には、10枚の固定電極E31〜E45の一部を、励振手段用の電極として用いるとともに変位検出手段用の電極としても用いる必要があるが、そのような場合には、1枚の電極を電気的に分離された2枚の電極に分け、それぞれ役割を分担させるようにすればよい。
【0065】
要するに、静電容量素子を用いて角速度センサを構成するのであれば、ダイアフラム部110もしくは振動子120の所定箇所に形成された励振用変位電極と、この励振用変位電極に対向するように装置筐体に固定された励振用固定電極と、励振用変位電極と励振用固定電極との間に交流電気信号を加える励振用電気回路と、によって励振手段を構成し、ダイアフラム部110もしくは振動子120の所定箇所に形成された検出用変位電極と、この検出用変位電極に対向するように装置筐体に固定された検出用固定電極と、検出用変位電極と検出用固定電極との間の静電容量値を検出する検出用電気回路と、によって変位検出手段を構成すればよい。
【0066】
<<< §3.検出感度に影響を与えるファクター >>>
さて、§2では、§1で述べた基本構造体100に、圧電素子からなる励振手段および変位検出手段を付加した角速度センサと、静電容量素子からなる励振手段および変位検出手段を付加した角速度センサとを例示した。もっとも、このような原理で動作する角速度センサそれ自身は、既に公知の装置であり、たとえば、前掲の特許文献1〜3などに開示されている。本発明の特徴は、このようなセンサにおいて、検出感度を高めるために、基本構造体100の構造に特殊な条件を設定する点にある。
【0067】
既に述べたとおり、振動ジャイロ式の角速度センサでは、互いに直交する3軸のうち、第1の軸方向に振動子を運動させ、このとき振動子に対して第2の軸方向に加わったコリオリ力を測定することにより、第3の軸まわりに作用した角速度の検出を行う。ここで、コリオリ力の測定は、§2で述べたとおり、振動子に生じる第2の軸方向への変位を検出することによって行われる。
【0068】
したがって、コリオリ力の検出感度を高める第1の方法は、振動子の質量を増加させることである。振動子の質量が大きければ大きいほど、作用するコリオリ力も大きくなる。しかしながら、振動子の質量を大きくするには、より密度の大きな材質で振動子を構成するか、あるいは、振動子の体積を大きくする必要がある。量産タイプのセンサの場合、材質は限定せざるを得ず、また、センサを小型化するためには、振動子の体積を大きくするのも好ましくない。そこで、本発明では、この第1の方法は採用しない。
【0069】
コリオリ力の検出感度を高める第2の方法は、振動子の運動速度を高めることである。§2で述べた駆動方法では、振動子は所定の振動軸に沿って往復運動(単振動)するが、振動の両端点では速度は零になり、振動の中心点において最大速度となる。一般に、機械的構造体には、当該構造体に固有の共振周波数(固有振動数)を定義することができ、当該構造体をその共振周波数で振動させた場合に、エネルギーを最も効率的に利用した振動態様が得られることが知られている。したがって、同一の機械的構造体を同一の振動軸に沿って振動させた場合でも、その振動周波数によって振幅や運動速度などの振動態様は異なり、共振周波数で振動させた場合に、最大振幅をもった安定した振動態様が得られる。
【0070】
結局、§1で述べた基本構造体100において、振動子120を固有の共振周波数fr1で振動させるようにすれば、振動子120が最大振幅で安定した振動を行うことになり、最大の運動速度を得ることができる。具体的には、たとえば、図12に示すような交流電気信号S1,S2を用いて励振を行う場合であれば、これらの信号S1,S2の周波数f1が振動子120の所定の振動軸方向に関する共振周波数fr1に一致するようにすれば、振動子120の運動速度を最大にすることができ、作用するコリオリ力の大きさを最大にすることができる。
【0071】
コリオリ力の検出感度を高める第3の方法は、コリオリ力の作用によって生じる変位を大きくすることである。上述したとおり、§2で説明した角速度センサは、振動子120に作用するコリオリ力を直接的に検出する代わりに、コリオリ力の作用によって生じる変位を測定することにより、間接的にコリオリ力の検出を行っている。§2では、圧電素子を用いた変位検出手段と容量素子を用いた変位検出手段の例を述べたが、いずれの場合も、振動子の変位が大きければ大きいほど、大きな電気信号が得られる。
【0072】
ここで、コリオリ力の作用によって生じる変位の大きさも、振動子120に固有の共振周波数が関与してくる。振動子は所定の振動軸に沿って往復運動(単振動)するので、振動子の運動方向は半周期ごとに反転する。したがって、振動子に作用するコリオリ力の方向も半周期ごとに反転するので、結局、振動子は所定の変位軸に沿って、所定の周波数f2で往復運動(単振動)することになり、コリオリ力は、当該往復運動の振幅として測定されることになる。このため、コリオリ力の作用による振動子の変位軸方向への振動周波数f2が、振動子120の当該変位軸方向に関する共振周波数fr2に一致すれば、コリオリ力の作用によって生じる変位の大きさを最大にすることができる。
【0073】
ところで、コリオリ力は、振動子の運動に基づいて生じる力であるから、コリオリ力に起因して生じる「振動子の変位軸方向に関する振動周波数f2」は、「振動子の振動軸方向に関する振動周波数f1」に一致し、f1=f2である。たとえば、前述した<方法1:Vx,Fy,ωz>による検出において、振動子をX軸方向(振動軸方向)に周波数f1=10kHzで振動するように駆動した場合に、Z軸まわりの一定の角速度ωzが作用していたとすると、振動子はコリオリ力によって、Y軸方向(変位軸方向)に周波数f2=10kHzで振動することになる。§2に例示したセンサの場合、このY軸方向の振動の振幅を圧電素子や容量素子で測定することになる。
【0074】
したがって、コリオリ力の作用によって生じる変位を大きくするには、基本構造体100における振動軸方向の共振周波数fr1と、変位軸方向の共振周波数fr2とをできるだけ近づけた設計を行った上で、振動子を共振周波数fr1(もしくは、その近傍)で振動させるようにすればよい。
【0075】
図15は、図1に示す基本構造体100の振動周波数特性を示すグラフである。横軸は周波数fを示し、縦軸は振動の安定性を示すQ値(一般的な振動系において、一周期の間に系に蓄積されるエネルギーを、系から散逸するエネルギーで割った値)を示す。ここで、グラフg1は、第1の軸方向に関する周波数特性を示すグラフであり、グラフg2は、第2の軸方向に関する周波数特性を示すグラフである。いずれのグラフにおいても、Q値がピークとなる周波数が共振周波数である。このグラフの例の場合、第1の軸方向に関する共振周波数はfr1,第2の軸方向に関する共振周波数はfr2である。
【0076】
§1で述べた基本構造体100を用いた角速度センサの場合、既に述べたとおり、第1の軸方向(振動軸方向)の共振周波数fr1と、第2の軸方向(変位軸方向)の共振周波数fr2とをできるだけ近づける設計を行った上で、振動子を共振周波数fr1(もしくは、その近傍)で振動させるような駆動を行えば、コリオリ力の検出感度(センサの検出感度)を高めることが可能になる。
【0077】
理論的には、振動子を所定の周波数fで振動させたときの検出感度Sは、振動軸方向の周波数fに対応するQ値と、変位軸方向の周波数fに対応するQ値との積に比例する。したがって、図15のグラフに示すような振動周波数特性をもったセンサの場合、グラフg1のような周波数特性を示す振動方向を振動軸とし、グラフg2のような周波数特性を示す振動方向を変位軸として、振動子を共振周波数fr1(グラフg1のピーク周波数、すなわち、振動軸方向に関する共振周波数)で振動させれば、グラフg1のピーク値Q1と、グラフg2の周波数fr1に対応するQの値Q2との積、S=k・Q1・Q2(kは比例定数)によって、検出感度Sが与えられることになる。
【0078】
もちろん、振動軸方向に関する共振周波数fr1と変位軸方向に関する共振周波数fr2とが一致した場合に、最大感度Sが得られることになるので、感度向上の観点からは、fr1=fr2となるように、基本構造体100の設計を行うのが好ましい。
【0079】
§2で述べたとおり、基本構造体100を用いたセンサでは、次のような6通りの方法で角速度の検出が可能になる。ここで、Vx,Vy,Vzは、振動軸をそれぞれX軸,Y軸,Z軸にとることを示し、Fx,Fy,Fzは、変位軸をそれぞれX軸,Y軸,Z軸にとることを示し、ωx,ωy,ωzは、それぞれX軸まわり,Y軸まわり,Z軸まわりの角速度を検出することを示している。
<方法1:Vx,Fy,ωz>
<方法2:Vx,Fz,ωy>
<方法3:Vy,Fx,ωz>
<方法4:Vy,Fz,ωx>
<方法5:Vz,Fx,ωy>
<方法6:Vz,Fy,ωx>
【0080】
ここで、方法1は、振動軸をX軸,変位軸をY軸にとったものであり、方法3は、振動軸をY軸,変位軸をX軸にとったものであるから、§1で述べた構造をもつ基本構造体100を用いる限り、振動軸方向に関する共振周波数fr1と変位軸方向に関する共振周波数fr2とは一致する。なぜなら、図1に示すとおり、この基本構造体100は、Z軸まわりに90°回転させても、その幾何学的な構造は全く同一であり、X軸方向に関する周波数特性とY軸方向に関する周波数特性とは同一になるためである。
【0081】
したがって、上記方法1もしくは3を採用する限りにおいて、§1で述べた特徴をもつ基本構造体100であれば、理論的に最大の感度Sが得られることになる。しかしながら、方法1もしくは3では、Z軸まわりの角速度ωzの検出しか行うことはできない。X軸まわりの角速度ωxを検出するためには、方法4もしくは6を採用する必要があり、Y軸まわりの角速度ωyを検出するためには、方法2もしくは5を採用する必要がある。
【0082】
実際、複数の座標軸まわりの角速度を検出する機能をもった多次元角速度センサの場合、同一の振動軸に沿って運動中の振動子に対して、2つの独立した変位軸方向に作用するコリオリ力を検出したり、あるいは、振動子の振動方向を様々な方向に変化させ(たとえば、振動子をXY平面に平行な面内で円運動させれば、X軸方向への振動とY軸方向への振動とを合成した運動を行わせることができる)、各振動方向に対応した所定の変位軸方向に作用するコリオリ力を検出したりする必要が生じる。
【0083】
このような多様な検出方法を採った場合にも対応できるようにするには、方法2,4,5,6を採用した場合にも、最大の検出感度が得られるような工夫が必要になる。なお、基本構造体100は、X軸とY軸との間に幾何学的可換性があるため、方法2もしくは5を採用した場合のみを考慮すれば、方法4もしくは6を採用した場合にも対応できるので、以下、方法2もしくは5を採用した場合のみを検討する。
【0084】
ここで、方法2は、振動軸をX軸,変位軸をZ軸にとったものであり、方法5は、振動軸をZ軸,変位軸をX軸にとったものであるから、結局、X軸方向に関する共振周波数frxとZ軸方向に関する共振周波数frzとができるだけ近似するような構造が実現できればよいことになる。そのような構造では、当然、Y軸方向に関する共振周波数fryとZ軸方向に関する共振周波数frzとの間にも近似関係が得られ、方法4もしくは6を採用した場合にも対応できることになる。
【0085】
<<< §4.検出感度を高めるための寸法条件 >>>
さて、本願発明者は、§3で述べた理論を踏まえて、図1に示す基本構造体100の各部の寸法比を様々に変化させた試作品を用いて、検出感度がどのように変化するかを調べる実験を行った。また、これらの寸法比を様々に変化させた場合について、有限要素法による振動シミュレーションを併せて行い、各部の寸法比がX軸方向に関する共振周波数frxおよびZ軸方向に関する共振周波数frzに対して及ぼす影響を調べてみた。その結果、以下のような結論を得ることができた。
【0086】
ここでは、当該結論について述べる前に、図16の側断面図を参照して、この基本構造体100の各部について、次のような定義を行う。この基本構造体100は、実用上、シリコン基板などの下面に溝を掘る加工を施すことによって構成され、同一材料の一体構造体からなる(もちろん、異なる材料からなる複数の部品を接合して、基本構造体100を作成することも可能である)。ただ、ここでは、便宜上、図16に示すように、この基本構造体100を、ダイアフラム部110、振動子120、台座部130、という3つの部分に分けて説明を行うことにする。
【0087】
ダイアフラム部110は、可撓性をもった円盤からなる部分であり、ここでは、その厚み寸法をT、外径寸法(直径)をφとする。また、振動子120は、このダイアフラム部110と中心軸(Z軸)を共通にする同心位置に配置された円柱状の剛体であり、ダイアフラム部110の下面に接合されている。ここでは、この円柱状の振動子120の外径寸法(直径)をDとし、高さをHとする。もちろん、振動子の外径寸法Dは、ダイアフラム部110の外径寸法φよりも小さく、「D<φ」なる条件を満たしている。
【0088】
一方、台座部130は、ダイアフラム部110の外周面に接合された円柱表面状の内周面を有する剛体であり、ダイアフラム部110の外周面を装置筐体(図示されていない)に固定する機能を果たす。たとえば、台座部130の底面を装置筐体に固定すれば、ダイアフラム部110の外周面は、台座部130を介して、装置筐体に固定されることになる。ここで、台座部130の内径寸法は、ダイアフラム部110の外径寸法と同じφである。なお、台座部130の外形は、図1に示すとおり、正方形状をなすが、ここでは、この正方形の一辺の寸法をξとする。
【0089】
このような基本構造体100は、1枚のシリコン基板の下面側の一部を掘る加工を行うことによって得ることができる。すなわち、まず、用意したシリコン基板の上面側の厚みTの部分を上層部分、残りの下面側の部分を下層部分と定義したときに、このシリコン基板の下面側の下層部分に、Z軸を中心軸として内径D,外径φをもった円環状の溝Gを形成する。そうすれば、上層部分のうち、Z軸を中心軸として外径φをもった円盤部分によってシリコンからなるダイアフラム部110が構成される。また、下層部分のうち、Z軸を中心軸として直径Dをもった円柱部分によってシリコンからなる振動子が構成され、シリコン基板のうち、Z軸を中心軸として直径φをもった円柱に含まれない部分によってシリコンからなる台座部130が構成される。
【0090】
なお、図示の例では、直径Dの円柱部分の下側の一部を切除し、台座部130の底面より、振動子120の底面が若干上方にくるような加工を施している。すなわち、ダイアフラム部110の厚みTと、円柱状の振動子120の高さHと、台座部130の厚みKとの間に、T+H<Kなる寸法条件が満されるようにしている。これは、振動子120の下方への変位の自由度を確保するための配慮である。
【0091】
ダイアフラム部110の厚みTは、可撓性をもたせるために十分に薄い寸法に設定されており、それ故に、ダイアフラム部110の円環状の溝Gの上方に位置する部分は、図5〜図8に示すように撓みを生じることになる。これに対して、円柱状の振動子120の高さHや、台座部130の厚みKは、振動子120や台座部130が剛体として振る舞うのに十分に厚い寸法に設定されている(図は、便宜上、実際の寸法比を無視して描いてある)。なお、ダイアフラム部110は、可撓性をもつのに十分に薄い厚みTをもった円盤であるが、その中央部分の下面には、剛体からなる振動子120が接合されているため、当該中央部分は剛体として振る舞うことになる。振動子120を変位自在に支持する上で、ダイアフラム部110は、少なくともその周囲部分が可撓性を有していれば足りる。
【0092】
さて、本願発明者が行った実験およびシミュレーションによって得られた重要な結論は、基本構造体100の寸法比φ/Hが、前述した方法2もしくは方法5を採用した場合(方法4もしくは方法6を採用した場合も同様)の検出感度に影響を及ぼす重要なパラメータになる、という事実である。ここで、φは、厚みTをもったダイアフラム部110の外径(円盤の直径)であり、Hは、円柱状の振動子120の高さ(直径Dをもった円柱部分の高さ)である。
【0093】
図17は、基本構造体100の寸法比φ/Hと、角速度センサの感度との関係を示すグラフである。このグラフは、寸法比φ/Hが異なる様々な試作品を使って、上記方法2を採用して角速度の測定を行った場合の検出感度を示すものである。より具体的に説明すれば、所定の励振エネルギーを供給することにより、振動子をX軸方向に、当該軸方向に関する共振周波数で振動させた状態において、Y軸まわりの一定の角速度ωyを加えたときに、振動子に生じるZ軸方向の振動の振幅値を検出感度として測定したものである。グラフの横軸は、測定に用いたセンサに用いられている基本構造体100の寸法比φ/Hを示し、縦軸は、検出感度(最大値が1.0となるように規格化したもの)を示す。
【0094】
なお、図17に示すグラフを得る方法として、φ,D,Tなどの値を一定値に維持しつつ、Hの値のみを様々に変化させた場合の検出感度を測定する方法と、H,D,Tなどの値を一定値に維持しつつ、φの値のみを様々に変化させた場合の検出感度を測定する方法とがある。本願発明者は、これら両方の方法を実施したが、いずれの場合についても、図17に示す同じグラフが得られた。
【0095】
図示のとおり、寸法比φ/Hが2〜3の間で、検出感度は急峻な立ち上がりを示している。図18は、図17に示すグラフのもとになったデータを示す表である。この表を見ればわかるとおり、検出感度は「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.54」なる寸法条件を満たす領域において、極めて顕著に増加している。すなわち、図示の検出感度の有効桁数(小数点以下第3位)では、φ/Hが2以下の場合や、3以上の場合では、検出感度が0.000を示すほど(実際には、表における「0.000」なる測定結果は、感度が零であることを示すものではなく、ノイズ成分に埋もれて、正確な感度測定が不能であることを示す)、「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.54」という寸法条件を満たす領域の検出感度は顕著である。これは、このような寸法条件を満足する基本構造体100を設計すれば、X軸方向に関する共振周波数とZ軸方向に関する共振周波数とが極めて近似し、前述した方法2,4,5,6を採用した場合に、極めて良好な検出感度が得られることを意味する。
【0096】
より厳密に言えば、寸法比φ/Hが2.40近傍のときに、検出感度は1.000(最大値)となるので、検出感度を向上させる観点からは、寸法比φ/H=2.40となるような設計を行えば、理想的な基本構造体100を得ることができる。
【0097】
ここで重要な点は、ダイアフラム部110の厚みTや、振動子120の直径Dを変えても、図17および図18に示す結果に変わりはなく、当該結果が普遍性を有する点である。実際、前述した方法2,4,5,6を採用して検出感度の測定を行った結果、いずれの場合も図17および図18に示す結果と同等の結果が得られた。
【0098】
寸法比φ/Hを決定するための値φはダイアフラム部110を構成する円盤の外径であり、値Hは振動子120を構成する円柱の高さである。図16に示す基本構造体100の幾何学的な形態を決定するファクターは、寸法φおよび寸法Hだけではない。しかしながら、本願発明者が行った実験およびシミュレーションによれば、寸法φ,H以外のファクターは、当該実験およびシミュレーションで求める検出感度のピーク位置に関して、有意な影響を及ぼすことがないことが判明した。
【0099】
たとえば、ダイアフラム部110の厚みTは、共振周波数に対しては影響を及ぼすファクターになる。実際、厚みTを変えることにより、各座標軸方向の共振周波数は様々に変化する。しかしながら、本願にいう「検出感度」とは、振動軸方向に関する共振周波数(たとえば、X軸方向の共振周波数)と変位軸方向に関する共振周波数(たとえば、Z軸方向の共振周波数)との一致度合いに基づいて決定されるものであり、特定の軸方向の共振周波数のみによって決定されるものではない。
【0100】
本願発明者は、ダイアフラム部110の厚みTが角速度センサとして実用可能な範囲をとる様々な基本構造体の試作品について、上記実験およびシミュレーションを行った。その結果、センサ感度の絶対値は様々に変化するが、図17のグラフの山形の波形が得られる範囲(検出感度が顕著になる寸法比φ/Hの範囲)が、「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.54」になる点については、変わりはなかった。すなわち、最大感度が得られる寸法比φ/Hの値は、ダイアフラム部110の厚みTには依存しないことが確認できた。
【0101】
同様に、振動子120の外径Dも、共振周波数に対して影響を及ぼすファクターであるものの、顕著な検出感度を示す寸法比φ/Hの範囲には影響を及ぼさないことが確認できた。
【0102】
一方、台座部130の外寸ξや厚みKは、共振周波数に対しても、検出感度に対しても、何ら影響を及ぼすものではない。そもそも台座部130は、装置筐体に固定されることを前提とする剛体であるから、外形の形状や厚みは、ダイアフラム部110の外周部分の支持構造に何ら影響を与えるものではない。もちろん、台座部130の内径φは、ダイアフラム部110の外径φに等しいので、「検出感度」を左右する重要なファクターになる。
【0103】
以上、基本構造体110の幾何学的な構造に関して、「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.54」なる寸法条件が、良好な検出感度を得る上で普遍的な条件であることを述べたが、上記寸法条件は、基本構造体110の材質に関しても普遍性をもつものである。本願発明者は、基本構造体110の弾性係数に様々な数値を与え、有限要素法によるシミュレーションを実行したが、現実的な弾性係数の設定を用いる限り、図17および図18に示す結果に変わりはなかった。
【0104】
なお、この図17および図18に示す結果は、振動子120の高さHが、0.2mm ≦ H ≦ 0.7mmの範囲内(産業上、最も需要が見込まれるサイズ)の試作品について、実験およびシミュレーションによる解析を行った結果である。現段階では、振動子120の高さHを、上記以外の範囲に設定した検証は行っていない。しかしながら、振動子120の高さHを、上記以外の範囲に設定した場合についても、全く同様の結果が得られるものと考えられ、「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.54」なる条件は、振動子120の高さHがどのような値をとる場合でも、良好な検出感度を得る普遍的な条件であるものと推定される。
【0105】
また、実際の角速度センサでは、振動子120に対して、所定の振動軸方向の運動成分をもった振動を誘起する励振手段と、コリオリ力に基づいて振動子120に生じる所定の変位軸方向の変位を検出する変位検出手段と、が付加されることになる。たとえば、図9に示す例では、基本構造体100の上面に、絶縁層210,下部電極220,圧電素子230などの層状構造体が形成される。
【0106】
このような層状構造体を形成すると、ダイアフラム部110の厚みTを変えたときと同様に、共振周波数自体は変化する。しかしながら、予め、寸法比φ/Hの値が「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.54」なる条件を満足する基本構造体100を用意しておけば、その上面にさまざまな層状構造体を形成したとしても、ダイアフラム部110の外径φや、振動子120の高さHに変わりはないので、寸法比φ/Hの値が上記条件を満たすことに変わりはなく、良好な検出感度が得られることになる。
【0107】
このように、ダイアフラム部110を構成する円盤の外径をφとし、振動子120を構成する円柱の外径をDとし、振動子120を構成する円柱の高さをHとしたときに、「D<φ」かつ「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.54」なる寸法条件を満たすような基本構造体100を設計すれば、振動子のX軸方向に関する共振周波数と振動子のZ軸方向に関する共振周波数とを近似させることができ、極めて良好な検出感度を得ることが可能になる。しかも、上記寸法条件は、その他の各部分の寸法値や材質などに影響されない普遍的な条件である。
【0108】
したがって、ダイアフラム部110の上面中心位置に原点Oをもち、ダイアフラム部110の上面がXY平面に含まれるようなXYZ三次元直交座標系を定義したときに、X軸およびZ軸のうちの一方を振動軸、他方を変位軸とし、変位検出手段による検出値に基づいてY軸まわりの角速度を検出する角速度センサにおいて、上記条件を満たす基本構造体100を設計することは、検出感度を高める上で非常に有用である。もちろん、この基本構造体100は、X軸とY軸との間に幾何学的可換性があるため、Y軸およびZ軸のうちの一方を振動軸、他方を変位軸とし、変位検出手段による検出値に基づいてX軸まわりの角速度を検出する角速度センサに用いても、検出感度を高める上で非常に有用である。
【0109】
前掲の特許文献1〜3などには、寸法比φ/Hが6以上となる基本構造体が開示されている。これは、センサ全体の薄型化を図る上では、寸法値φに比べて寸法値Hを十分に小さくした方が有利であり、小型の角速度センサには好ましい構造と考えられていたためである。しかしながら、前掲の特許文献1〜3は、新規なセンサの構造や動作原理に関する発明を開示した文献であり、良好な検出感度を得るための寸法比に関しては何ら言及していない。実際、検出感度の観点からは、前掲の特許文献1〜3などに図示されている基本構造体の寸法比は、決して好ましいものではない。実際、図18に示す結果によれば、寸法比φ/H=6となる基本構造体の代わりに、φ/H=2.40となる基本構造体を用いれば、極めて高い検出感度が得られることになる。
【0110】
図19および図20は、本発明の特徴となる寸法比φ/Hを満たす基本構造体の一例を示す側断面図である。両図に示された基本構造体において、円柱状の振動子120の高さHと、円盤状のダイアフラム部110の外径φとは共通であり、寸法比φ/H=2.40に設定されている。これは、図18の表に示されているとおり、最大の検出感度が得られる寸法比に相当する。別言すれば、X軸もしくはY軸方向に関する共振周波数と、Z軸方向に関する共振周波数とが完全に一致する寸法比ということになる。
【0111】
もちろん、図19に示す例と図20に示す例とを比較すると、その他の寸法、たとえば、ダイアフラム部110の厚みT1,T2、振動子120の外径D1,D2、台座部130の外寸ξ1,ξ2、台座部130の厚みK1,K2はそれぞれ異なっている。よって、図19に示す例と図20に示す例とでは、各座標軸方向に関する共振周波数それ自身は相違する。しかしながら、寸法比φ/Hはいずれも2.40に設定されているため、いずれの例の場合も、それぞれに固有の共振周波数(X軸,Y軸,Z軸方向に関する共通の共振周波数)で振動子120を振動させて検出を行うようにすれば、最大の検出感度が得られることになる。
【0112】
なお、上述したとおり、寸法比φ/H=2.40に設定すれば、最大の検出感度が得られるが、一般に、検出感度が高くなればなるほど、センサとしての周波数応答性は低下する。したがって、実用上は、寸法比φ/Hの値を「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.40−δ」もしくは「2.40+δ ≦ φ/H ≦ 2.54」なる範囲に設定するのが好ましい。ここで、δの値としては、高い応答周波数が必要な場合には大きな値を、低い応答周波数が得られれば十分な場合には小さな値を適宜設定すればよい。
【符号の説明】
【0113】
100:基本構造体
110:ダイアフラム部
120:振動子
130:台座部
210:絶縁層
220:下部電極
230:圧電素子
310:上方基板
320:下方基板
D,D1,D2:円柱状振動子120の外径
E1,E2:電極
E11〜E24:上部電極
E31〜E45:固定電極
f:周波数
fr1,fr2:共振周波数
G:円環状の溝
G′:上方基板310の下面に形成された溝
g1,g2:振動周波数特性を示すグラフ
H:円柱状振動子120の高さ
K,K1,K2:基本構造体100の厚み
P:圧電素子の一部分
Q1,Q2:振動系のQ値
S1,S2:交流電気信号
T,T1,T2:円盤状ダイアフラムの厚み
t:時間
XYZ:三次元直交座標系の各座標軸
φ:円盤状ダイアフラム110の外径
ξ,ξ1,ξ2:基本構造体100の外寸
【技術分野】
【0001】
本発明は、角速度センサに関し、特に、振動ジャイロ式の角速度センサについて、その検出感度を向上させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
小型で量産に適した角速度センサとして、振動ジャイロ式のセンサが普及している。この振動ジャイロ式の角速度センサでは、互いに直交する3軸のうち、第1の軸方向に振動子を運動させ、このとき振動子に対して第2の軸方向に加わったコリオリ力を測定することにより、第3の軸まわりに作用した角速度の検出が行われる。
【0003】
たとえば、下記の特許文献1および2には、円盤状の圧電素子の下面に環状溝を掘り、この環状溝で囲まれた円柱状の部分を振動子として利用した振動ジャイロ式の角速度センサが開示されている。このセンサでは、圧電素子の所定部分に交流電気信号を供給することにより、振動子を所定の軸方向に振動させることができ、その状態において、圧電素子の所定部分に生じる電圧を測定することにより、振動子に作用したコリオリ力を検出することができる。円盤状の圧電素子を用いることにより、小型で量産に適した角速度センサが実現できる。
【0004】
また、下記の特許文献3には、金属製のダイアフラムの下面に板状の圧電素子を接合し、これらの中央部に円形貫通孔を形成した構造体を用いた角速度センサが開示されている。このセンサでは、円柱状の振動子が円形貫通孔内に配置され、圧電素子上に形成された電極から、コリオリ力を示す電気信号が取り出される。圧電素子のエッジ位置には、効率的な応力集中が生じるので、このエッジ位置に配置した電極から信号を取り出すことにより、検出感度を高めることが可能になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平08−035981号公報
【特許文献2】特開平08−094661号公報
【特許文献3】特開2002−071705号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
角速度センサを小型化するには、振動子を含めた機械的構造部を小さくすることが不可欠である。しかしながら、この機械的構造部を小さくすればするほど、コリオリ力の作用によって生じる振動子の変位も小さくなり、コリオリ力の測定信号も小さくならざるを得ない。このため、小型で高精度の角速度センサを実現するためには、コリオリ力の検出感度を高めることが重要である。
【0007】
しかしながら、これまで提案されてきた振動ジャイロ式の角速度センサでは、コリオリ力の検出感度を十分に高めることができず、小型で高精度の角速度センサを実現することが困難であった。
【0008】
そこで本発明は、コリオリ力の検出感度を更に高めることが可能な振動ジャイロ式の角速度センサを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1) 本発明の第1の態様は、
少なくとも周囲部分が可撓性をもった円盤からなるダイアフラム部と、
ダイアフラム部と中心軸を共通にする同心位置に配置された円柱状の剛体からなり、ダイアフラム部の下面に接合された振動子と、
ダイアフラム部の外周面に接合された円柱表面状の内周面を有する剛体であって、ダイアフラム部の外周面を装置筐体に固定する台座部と、
振動子に対して、所定の振動軸方向の運動成分をもった振動を誘起する励振手段と、
コリオリ力に基づいて振動子に生じる所定の変位軸方向の変位を検出する変位検出手段と、
を備え、
ダイアフラム部の上面中心位置に原点Oをもち、ダイアフラム部の上面がXY平面に含まれるようなXYZ三次元直交座標系を定義したときに、X軸およびZ軸のうちの一方を振動軸、他方を変位軸とし、変位検出手段による検出値に基づいてY軸まわりの角速度を検出する角速度センサにおいて、
ダイアフラム部を構成する円盤の外径をφとし、振動子を構成する円柱の外径をDとし、振動子を構成する円柱の高さをHとしたときに、「D<φ」かつ「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.54」なる寸法条件を満たすようにしたものである。
【0010】
(2) 本発明の第2の態様は、上述した第1の態様に係る角速度センサにおいて、
ダイアフラム部と、振動子と、台座部とを、同一材料からなる一体構造体によって構成したものである。
【0011】
(3) 本発明の第3の態様は、上述した第2の態様に係る角速度センサにおいて、
基板の上面側の厚みTの部分を上層部分、残りの下面側の部分を下層部分と定義したときに、この基板の下面側の下層部分に、Z軸を中心軸として内径D,外径φをもった円環状の溝が形成されており、
上層部分のうち、Z軸を中心軸として外径φをもった円盤部分によってダイアフラム部が構成され、
下層部分のうち、Z軸を中心軸として直径Dをもった円柱部分によって振動子が構成され、
基板のうち、Z軸を中心軸として直径φをもった円柱に含まれない部分によって台座部が構成されているようにしたものである。
【0012】
(4) 本発明の第4の態様は、上述した第3の態様に係る角速度センサにおいて、
ダイアフラム部の厚みTと、円柱状の振動子の高さHと、台座部の厚みKとの間に、T+H<Kなる寸法条件が満されるようにしたものである。
【0013】
(5) 本発明の第5の態様は、上述した第3または第4の態様に係る角速度センサにおいて、
シリコン基板の下面に円環状の溝を形成することにより、シリコンからなるダイアフラム部と、シリコンからなる振動子と、シリコンからなる台座部とを、形成するようにしたものである。
【0014】
(6) 本発明の第6の態様は、上述した第1〜第5の態様に係る角速度センサにおいて、
励振手段が、ダイアフラム部上面の所定箇所に固着された励振用圧電素子と、この励振用圧電素子に交流電気信号を加える励振用電気回路と、を有し、
変位検出手段が、ダイアフラム部上面の所定箇所に固着された検出用圧電素子と、この検出用圧電素子に発生する電荷を検出する検出用電気回路と、を有するようにしたものである。
【0015】
(7) 本発明の第7の態様は、上述した第1〜第5の態様に係る角速度センサにおいて、
励振手段が、ダイアフラム部もしくは振動子の所定箇所に形成された励振用変位電極と、励振用変位電極に対向するように装置筐体に固定された励振用固定電極と、励振用変位電極と励振用固定電極との間に交流電気信号を加える励振用電気回路と、を有し、
変位検出手段が、ダイアフラム部もしくは振動子の所定箇所に形成された検出用変位電極と、検出用変位電極に対向するように装置筐体に固定された検出用固定電極と、検出用変位電極と検出用固定電極との間の静電容量値を検出する検出用電気回路と、を有するようにしたものである。
【0016】
(8) 本発明の第8の態様は、上述した第6または第7の態様に係る角速度センサにおいて、
励振用電気回路が、振動子の振動軸方向に関する共振周波数に等しい周波数をもった交流電気信号を加えることを特徴とする角速度センサ。
【0017】
(9) 本発明の第9の態様は、上述した第1〜第8の態様に係る角速度センサにおいて、
振動子を構成する円柱の高さHが、「0.2mm ≦ H ≦ 0.7mm」なる寸法条件を満たすことを特徴とする角速度センサ。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る角速度センサでは、外径φをもった円盤からなるダイアフラム部の周囲を固定し、このダイアフラム部の中心に高さHをもった円柱状の振動子を同心配置し、ダイアフラム部の撓みにより振動子を振動させる構造を採り、更に、「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.54」なる寸法条件を満たすような設計がなされる。このような寸法条件を設定すると、ダイアフラム部の上面に平行な軸方向に関する振動子の共振周波数と、ダイアフラム部の上面に垂直な軸方向に関する振動子の共振周波数とが極めて近似し、コリオリ力の検出感度が著しく向上する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に係る角速度センサの基本構造体100を上方から見た斜視図である。
【図2】図1に示す基本構造体100を下方から見た斜視図である。
【図3】図1に示す基本構造体100の下面図である。
【図4】図1に示す基本構造体100をXZ平面で切断した側断面図である。
【図5】図1に示す基本構造体100における振動子120をX軸正方向に変位させた状態を示す側断面図である。
【図6】図1に示す基本構造体100における振動子120をX軸負方向に変位させた状態を示す側断面図である。
【図7】図1に示す基本構造体100における振動子120をZ軸正方向に変位させた状態を示す側断面図である。
【図8】図1に示す基本構造体100における振動子120をZ軸負方向に変位させた状態を示す側断面図である。
【図9】図1に示す基本構造体100に、圧電素子を利用した励振手段および変位検出手段を付加することにより構成される角速度センサを示す側断面図である。
【図10】図9に示す角速度センサの上面図である。
【図11】図9に示す角速度センサに用いられている圧電素子の特性を示す側断面図である。
【図12】図9に示す角速度センサを駆動するために用いる交流電気信号を示す波形図である。
【図13】図1に示す基本構造体100に、容量素子を利用した励振手段および変位検出手段を付加することにより構成される角速度センサを示す側断面図である。
【図14】図13に示す角速度センサの下方基板320の上面図である。
【図15】図1に示す基本構造体100の振動周波数特性を示すグラフである。
【図16】図1に示す基本構造体100の各部の寸法を示す側断面図である。
【図17】図1に示す基本構造体100の寸法比φ/Hと角速度センサの感度との関係を示すグラフである。
【図18】図17に示すグラフのもとになったデータを示す表である。
【図19】本発明の特徴となる寸法比φ/Hを満たす基本構造体の一例を示す側断面図である。
【図20】本発明の特徴となる寸法比φ/Hを満たす基本構造体の別な一例を示す側断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を図示する実施形態に基づいて説明する。
【0021】
<<< §1.センサの基本構造体 >>>
はじめに、本発明に係る角速度センサの振動子を含めた機械的構造部分(以下、基本構造体という)の一例を説明する。図1は、この基本構造体100を上方から見た斜視図、図2は、下方から見た斜視図である。ここに示す例の場合、基本構造体100は、上面が正方形をした基板(たとえば、シリコン基板)の下面側に、円環状の溝Gが掘られた形態をなす。溝Gの底部をなす上層部分は可撓性をもったダイアフラム部110を構成し、溝Gによって周囲を取り囲まれた円柱状の部分は振動子120を構成し、溝Gの外側部分は台座130を構成する。
【0022】
図3は、この基本構造体100の下面図である。図示のとおり、円柱状の振動子120と、円環状の溝Gとが同心円をなすように配置されていることが明瞭に示されている。図4は、この基本構造体100の側断面図である。ここでは、説明の便宜上、図1に示すとおり、基本構造体100の上面中心位置に原点Oをもち、基本構造体100の上面(ダイアフラム部110の上面)がXY平面に含まれるようなXYZ三次元直交座標系を定義する。X軸およびY軸は、この基本構造体100の上面に含まれる座標軸になり、Z軸は、この基本構造体100を構成する基板主面に直交する座標軸になる。図4は、基本構造体100をXZ平面に沿って切った断面を示すものである。
【0023】
前述したとおり、この基本構造体100は、基板の下面側に円環状の溝Gを形成したものであり、この溝Gの上方には、可撓性をもったダイアフラム部110が形成される。振動子120および台座130の部分が剛体として機能するのに対して、ダイアフラム部110が可撓性をもった弾性体として機能するのは、その厚みの違いによるものである。図示の例の場合、厚み0.8mmのシリコン基板を用意し、その上層部分の厚み7μmの部分を残して、下面側から溝Gを掘ることにより、可撓性をもったダイアフラム部110を形成している(図の寸法比は、図示の便宜上、実際のものとは異なる)。
【0024】
なお、この例の場合、円柱状の振動子120の下面が、台座130の下面の位置よりも若干上方に上がっている。これは、台座130を装置筐体(図示省略)に固定する際に、振動子120が下方へ変位する自由度を確保しておくためである。たとえば、装置筐体の一部を構成する支持基板上に台座130の底面を固着した場合でも、振動子120の下面と支持基板の上面との間には空隙部が確保されるため、振動子120は所定の寸法範囲内で下方へ変位可能になる。
【0025】
実際、このような構造をもった基本構造体100では、振動子120は、ダイアフラム部110が撓みを生じることにより、X軸,Y軸,Z軸のいずれの方向へも変位可能である。たとえば、振動子120の重心位置にX軸正方向の力+Fxを作用させれば、ダイアフラム部110には図5に示すような撓みが生じ、振動子120の重心位置は、X軸正方向に変位する。逆に、X軸負方向の力−Fxを作用させれば、ダイアフラム部110には図6に示すような撓みが生じ、振動子120の重心位置は、X軸負方向に変位する。
【0026】
図1の斜視図を見れば明らかなとおり、この基本構造体100は、Z軸まわりに90°回転させても、その幾何学的な構造は全く同一であるから、X軸方向の力+Fx,−Fxの代わりに、Y軸方向の力+Fy,−Fyを作用させれば、全く同様の変位をY軸方向に関して生じさせることが可能である。
【0027】
一方、振動子120の重心位置にZ軸正方向の力+Fzを作用させれば、ダイアフラム部110には図7に示すような撓みが生じ、振動子120の重心位置は、Z軸正方向に変位する。逆に、Z軸負方向の力−Fzを作用させれば、ダイアフラム部110には図8に示すような撓みが生じ、振動子120の重心位置は、Z軸負方向に変位する。
【0028】
なお、この§1で説明したような基本構造体100を用いた角速度センサ自体は既に公知の装置であり、前掲の特許文献1〜3に開示されている。
【0029】
<<< §2.角速度センサの構成例 >>>
一般に、振動ジャイロ式の角速度センサでは、互いに直交する3軸のうち、第1の軸方向に振動子を運動させ、このとき振動子に対して第2の軸方向に加わったコリオリ力を測定することにより、第3の軸まわりに作用した角速度の検出を行うことができる。§1で述べたとおり、基本構造体100における振動子120は、X軸,Y軸,Z軸のいずれの方向へも変位可能である。したがって、この基本構造体100を用いたセンサでは、次のような6通りの方法で角速度の検出が可能になる。
【0030】
<方法1:Vx,Fy,ωz> 振動子にX軸方向の振動Vxを与えた状態で、Y軸方向に作用するコリオリ力Fyを測定することにより、Z軸まわりの角速度ωzを検出する。
【0031】
<方法2:Vx,Fz,ωy> 振動子にX軸方向の振動Vxを与えた状態で、Z軸方向に作用するコリオリ力Fzを測定することにより、Y軸まわりの角速度ωyを検出する。
【0032】
<方法3:Vy,Fx,ωz> 振動子にY軸方向の振動Vyを与えた状態で、X軸方向に作用するコリオリ力Fxを測定することにより、Z軸まわりの角速度ωzを検出する。
【0033】
<方法4:Vy,Fz,ωx> 振動子にY軸方向の振動Vyを与えた状態で、Z軸方向に作用するコリオリ力Fzを測定することにより、X軸まわりの角速度ωxを検出する。
【0034】
<方法5:Vz,Fx,ωy> 振動子にZ軸方向の振動Vzを与えた状態で、X軸方向に作用するコリオリ力Fxを測定することにより、Y軸まわりの角速度ωyを検出する。
【0035】
<方法6:Vz,Fy,ωx> 振動子にZ軸方向の振動Vzを与えた状態で、Y軸方向に作用するコリオリ力Fyを測定することにより、X軸まわりの角速度ωxを検出する。
【0036】
ここで、振動子120に対して所定の振動軸方向の運動成分をもった振動を電気的に誘起する励振手段や、コリオリ力に基づいて振動子120に生じた所定の変位軸方向の変位を電気的に検出する変位検出手段として、圧電素子や容量素子など、様々な素子の利用が提案されている(たとえば、前掲の特許文献1〜3参照)。
【0037】
図9に側断面図を示す角速度センサは、圧電素子によって、励振手段および変位検出手段を構成した一例である。ここで、基本構造体100は、§1で述べたとおり、シリコン基板の下面に円環状の溝Gを掘ることにより構成されたものである。この基本構造体100の上面には、絶縁層210,下部電極220,圧電素子230が形成されており、更にその上面には、上部電極E11〜E24が形成されている。
【0038】
図10は、この角速度センサの上面図である。図9に示すとおり、絶縁層210(たとえば、酸化シリコン膜),下部電極220(たとえば、Pt/Ti膜),圧電素子230(たとえば、PZT薄膜)は、いずれも基本構造体100の上面全面を覆う層であるが、上部電極E11〜E24(たとえば、Au/Pt膜)は、いずれも扇形をした電極層であり、X軸上もしくはY軸上の所定箇所に配置されている。
【0039】
圧電素子230は、その上面と下面との間に電圧を印加すると、図9の水平方向に伸縮する性質をもっている。図11は、この圧電素子230の特性を示す側断面図である。図に符号Pとして示す構成要素は、図9に示す圧電素子230の一部分である。この圧電素子Pの上面および下面に、それぞれ電極E1,E2を形成し、下面側の電極E2を接地して、上面側の電極E1に正の電圧を印加すると、図11(a) に示すように圧電素子Pは水平方向に伸び、上面側の電極E1に負の電圧を印加すると、図11(b) に示すように圧電素子Pは水平方向に縮む性質を有している(伸縮の性質は逆でもかまわない)。また、図11(a) に示すように圧電素子Pを水平方向に伸ばす応力が加わると、上面側の電極E1に正の電荷が発生し、図11(b) に示すように圧電素子Pを水平方向に縮める応力が加わると、上面側の電極E1に負の電荷が発生する性質も有する。
【0040】
図9に示す構成において、圧電素子230が図11に示すような性質を有していれば、下部電極220を接地して、上部電極E11〜E24のいずれかに正もしくは負の電圧を印加することによって、ダイアフラム部110の所定部分に撓みを誘発させ、振動子120を所望の方向に変位させることが可能である。
【0041】
たとえば、上部電極E11に負の電圧を加え、上部電極E12に正の電圧を加え、上部電極E13に負の電圧を加え、上部電極E14に正の電圧を加えれば、図5に示すように、振動子120をX軸正方向に変位させることができ、逆に、上部電極E11に正の電圧を加え、上部電極E12に負の電圧を加え、上部電極E13に正の電圧を加え、上部電極E14に負の電圧を加えれば、図6に示すように、振動子120をX軸負方向に変位させることができる。したがって、図12に示すような互いに逆位相の交流電気信号S1,S2を用意しておき(縦軸は波形中心を接地電位とした電圧軸、横軸は時間軸)、上部電極E11,E13に信号S1を与え、上部電極E12,E14に信号S2を与えるようにすれば、振動子120をX軸に沿って振動させることができる。
【0042】
同様に、上部電極E21,E23に信号S1を与え、上部電極E22,E24に信号S2を与えるようにすれば、振動子120をY軸に沿って振動させることができる。
【0043】
また、上部電極E11に負の電圧を加え、上部電極E12に正の電圧を加え、上部電極E13に正の電圧を加え、上部電極E14に負の電圧を加えれば、図7に示すように、振動子120をZ軸正方向に変位させることができ、逆に、上部電極E11に正の電圧を加え、上部電極E12に負の電圧を加え、上部電極E13に負の電圧を加え、上部電極E14に正の電圧を加えれば、図8に示すように、振動子120をZ軸負方向に変位させることができる。したがって、図12に示すような互いに逆位相の交流電気信号S1,S2を用意しておき(縦軸は波形中心を接地電位とした電圧軸、横軸は時間軸)、上部電極E11,E14に信号S1を与え、上部電極E12,E13に信号S2を与えるようにすれば、振動子120をZ軸に沿って振動させることができる。あるいは、上部電極E21,E24に信号S1を与え、上部電極E22,E23に信号S2を与えても、やはり振動子120をZ軸に沿って振動させることができる。
【0044】
一方、図9に示す構成において、圧電素子230が図11に示すような性質を有していれば、下部電極220を接地して、上部電極E11〜E24のいずれかに発生する電荷量を測定することによって、ダイアフラム部110の所定部分に生じている撓みを認識することができ、振動子120の所定軸方向の変位を検出することができる。当該変位は、振動子120について当該所定軸方向に作用したコリオリ力に対応する。
【0045】
たとえば、上部電極E11,E13の発生電荷量の和と、上部電極E12,E14の発生電荷量の和と、を求め(実際には、接地電位に対する各電極の電位の和を測定してもよい)、両者の差を求めれば、当該差は、振動子120のX軸方向の変位量(符号は、変位方向)を示すものになり、振動子120に加わったX軸方向のコリオリ力を示すものになる。
【0046】
同様に、上部電極E21,E23の発生電荷量の和と、上部電極E22,E24の発生電荷量の和と、を求め(実際には、接地電位に対する各電極の電位の和を測定してもよい)、両者の差を求めれば、当該差は、振動子120のY軸方向の変位量(符号は、変位方向)を示すものになり、振動子120に加わったY軸方向のコリオリ力を示すものになる。
【0047】
また、上部電極E11,E14の発生電荷量の和と、上部電極E12,E13の発生電荷量の和と、を求め(実際には、接地電位に対する各電極の電位の和を測定してもよい)、両者の差を求めれば、当該差は、振動子120のZ軸方向の変位量(符号は、変位方向)を示すものになり、振動子120に加わったZ軸方向のコリオリ力を示すものになる。これは、上部電極E21,E24の発生電荷量の和と、上部電極E22,E23の発生電荷量の和と、を求め(実際には、接地電位に対する各電極の電位の和を測定してもよい)、両者の差を求めても同様である。
【0048】
結局、図9に示す角速度センサは、下部電極220を接地し、所定の上部電極に所定位相をもった交流電気信号を供給することにより、振動子120に対して、X軸方向の振動Vxを与えることもできるし、Y軸方向の振動Vyを与えることもできるし、Z軸方向の振動Vzを与えることもできる。また、下部電極220を接地し、所定の上部電極に発生した電荷量を検出することにより、振動子120に対して作用したX軸方向のコリオリ力Fxを求めることもできるし、Y軸方向のコリオリ力Fyを求めることもできるし、Z軸方向のコリオリ力Fzを求めることもできる。
【0049】
このように、図9に示す角速度センサは、前述した<方法1>〜<方法6>のいずれの方法も実施可能であり、X軸方向の角速度ωx,Y軸方向の角速度ωy,Z軸方向の角速度ωzのいずれの検出も可能である。なお、この6通りの方法のうちのいくつかを実施する際には、図10に示されている8枚の上部電極E11〜E24の一部を、励振手段用の電極として用いるとともに変位検出手段用の電極としても用いる必要があるが、そのような場合には、1枚の電極を電気的に分離された2枚の電極に分け、それぞれ役割を分担させるようにすればよい。
【0050】
要するに、圧電素子を用いて角速度センサを構成するのであれば、ダイアフラム部110の上面の所定箇所に固着された励振用圧電素子(図9に示す圧電素子230のうち、励振に用いる上部電極が形成されている部分)と、この励振用圧電素子に交流電気信号を加える励振用電気回路と、によって励振手段を構成し、ダイアフラム部110の上面の所定箇所に固着された検出用圧電素子(図9に示す圧電素子230のうち、検出に用いる上部電極が形成されている部分)と、この検出用圧電素子に発生する電荷を検出する検出用電気回路と、によって変位検出手段を構成すればよい。
【0051】
なお、励振手段や変位検出手段として機能する圧電素子は、ダイアフラム部110の上面における溝Gの上方に位置する所定部分に配置するのが好ましい。これは、当該箇所に配置された圧電素子には、ダイアフラム部110の撓みによる応力が効率的に伝達されるためである。また、前掲の特許文献1および2に開示されている例のように、基本構造体100それ自身を圧電素子として用いることも可能である。
【0052】
もちろん、励振手段や変位検出手段は、必ずしも圧電素子を用いて構成する必要はない。図13に側断面図を示す角速度センサは、静電容量素子によって、励振手段および変位検出手段を構成した一例である。この例でも、基本構造体100は、§1で述べたとおり、シリコン基板の下面に円環状の溝Gを掘ることにより構成されたものである。この基本構造体100の上方には上方基板310が配置され、下方には下方基板320が配置されている。
【0053】
下方基板320は、板状の絶縁性基板であり、その上面には、図14の上面図に示すとおり、5枚の固定電極E31〜E35(たとえば、アルミニウム膜)が形成されている。中央の固定電極E35は、Z軸を中心軸とする円形の電極であり、その周囲に扇形の固定電極E31〜E34が取り巻くように配置されている。図13の側断面図に示されているとおり、各固定電極E31〜E35と振動子120の下面との間には、空隙部が形成されており、振動子120が下方へ変位する自由度が確保されている。
【0054】
一方、上方基板310は、下面の中央領域に溝G′が形成されており、この溝G′の底部に5枚の固定電極E41〜E45(たとえば、アルミニウム膜)が形成されている。これら固定電極E41〜E45は、それぞれ図14に示す固定電極E31〜E35と同一の形状をなし、同一の配置をなす。すなわち、固定電極E41〜E45は、それぞれ固定電極E31〜E35の上方に鏡像をなす関係となるように配置されている。図13の側断面図に示されているとおり、各固定電極E41〜E45と基本構造体100の上面との間には、溝G′による空隙部が形成されており、振動子120が上方へ変位する自由度が確保されている。
【0055】
この例の場合、基本構造体100の材質はシリコンであるので、全体が導体として機能する。したがって、各固定電極E31〜E45のそれぞれと、基本構造体100の対向面(変位電極として機能する)とによって、合計10組の静電容量素子C31〜C45が形成されることになる。したがって、図13に示す構成において、容量素子C31〜C45のいずれかにクーロン力を作用させることによって、ダイアフラム部110の所定部分に撓みを誘発させ、振動子120を所望の方向に変位させることが可能である。
【0056】
たとえば、基本構造体100を接地レベルに維持しておき(変位電極はいずれも接地電位になる)、固定電極E41,E32に電圧を印加すれば、容量素子C41,C32にクーロン引力を作用させることができ、図5に示すように、振動子120をX軸正方向に変位させることができる。一方、固定電極E31,E42に電圧を印加すれば、容量素子C31,C42にクーロン引力を作用させることができ、図6に示すように、振動子120をX軸負方向に変位させることができる。これらの変位動作を交互に行えば、振動子120をX軸に沿って振動させることができる。
【0057】
同様に、基本構造体100を接地レベルに維持しておき、固定電極E43,E34に電圧を印加すれば、容量素子C43,C34にクーロン引力を作用させることができ、固定電極E33,E44に電圧を印加すれば、容量素子C33,C44にクーロン引力を作用させることができるので、これらの変位動作を交互に行えば、振動子120をY軸に沿って振動させることができる。
【0058】
また、基本構造体100を接地レベルに維持しておき、固定電極E45に電圧を印加すれば、容量素子C45にクーロン引力を作用させることができ、図7に示すように、振動子120をZ軸正方向に変位させることができる。一方、固定電極E35に電圧を印加すれば、容量素子C35にクーロン引力を作用させることができ、図8に示すように、振動子120をZ軸負方向に変位させることができる。これらの変位動作を交互に行えば、振動子120をZ軸に沿って振動させることができる。
【0059】
一方、図13に示す構成において、共通の変位電極として機能する基本構造体100と、所定の固定電極との間の静電容量値を電気的に検出すれば、両電極間の距離を認識することができるので、振動子120の所定軸方向の変位を検出することができる。当該変位は、振動子120について当該所定軸方向に作用したコリオリ力に対応する。
【0060】
たとえば、容量素子C41の静電容量値と容量素子C32の静電容量値との和と、容量素子C31の静電容量値と容量素子C42の静電容量値との和と、を求め、両者の差を求めれば、当該差は、振動子120のX軸方向の変位量(符号は、変位方向)を示すものになり、振動子120に加わったX軸方向のコリオリ力を示すものになる。
【0061】
同様に、容量素子C43の静電容量値と容量素子C34の静電容量値との和と、容量素子C33の静電容量値と容量素子C44の静電容量値との和と、を求め、両者の差を求めれば、当該差は、振動子120のY軸方向の変位量(符号は、変位方向)を示すものになり、振動子120に加わったY軸方向のコリオリ力を示すものになる。
【0062】
また、容量素子C45の静電容量値と容量素子C35の静電容量値との差を求めれば、当該差は、振動子120のZ軸方向の変位量(符号は、変位方向)を示すものになり、振動子120に加わったZ軸方向のコリオリ力を示すものになる。
【0063】
結局、図13に示す角速度センサでは、基本構造体100を接地し、所定の固定電極に所定位相をもった交流電気信号を供給することにより、振動子120に対して、X軸方向の振動Vxを与えることもできるし、Y軸方向の振動Vyを与えることもできるし、Z軸方向の振動Vzを与えることもできる。また、基本構造体100を接地し、所定の固定電極と基本構造体100(変位電極)との間の静電容量値を検出することにより、振動子120に対して作用したX軸方向のコリオリ力Fxを求めることもできるし、Y軸方向のコリオリ力Fyを求めることもできるし、Z軸方向のコリオリ力Fzを求めることもできる。
【0064】
このように、図13に示す角速度センサは、前述した<方法1>〜<方法6>のいずれの方法も実施可能であり、X軸方向の角速度ωx,Y軸方向の角速度ωy,Z軸方向の角速度ωzのいずれの検出も可能である。なお、この6通りの方法のうちのいくつかを実施する際には、10枚の固定電極E31〜E45の一部を、励振手段用の電極として用いるとともに変位検出手段用の電極としても用いる必要があるが、そのような場合には、1枚の電極を電気的に分離された2枚の電極に分け、それぞれ役割を分担させるようにすればよい。
【0065】
要するに、静電容量素子を用いて角速度センサを構成するのであれば、ダイアフラム部110もしくは振動子120の所定箇所に形成された励振用変位電極と、この励振用変位電極に対向するように装置筐体に固定された励振用固定電極と、励振用変位電極と励振用固定電極との間に交流電気信号を加える励振用電気回路と、によって励振手段を構成し、ダイアフラム部110もしくは振動子120の所定箇所に形成された検出用変位電極と、この検出用変位電極に対向するように装置筐体に固定された検出用固定電極と、検出用変位電極と検出用固定電極との間の静電容量値を検出する検出用電気回路と、によって変位検出手段を構成すればよい。
【0066】
<<< §3.検出感度に影響を与えるファクター >>>
さて、§2では、§1で述べた基本構造体100に、圧電素子からなる励振手段および変位検出手段を付加した角速度センサと、静電容量素子からなる励振手段および変位検出手段を付加した角速度センサとを例示した。もっとも、このような原理で動作する角速度センサそれ自身は、既に公知の装置であり、たとえば、前掲の特許文献1〜3などに開示されている。本発明の特徴は、このようなセンサにおいて、検出感度を高めるために、基本構造体100の構造に特殊な条件を設定する点にある。
【0067】
既に述べたとおり、振動ジャイロ式の角速度センサでは、互いに直交する3軸のうち、第1の軸方向に振動子を運動させ、このとき振動子に対して第2の軸方向に加わったコリオリ力を測定することにより、第3の軸まわりに作用した角速度の検出を行う。ここで、コリオリ力の測定は、§2で述べたとおり、振動子に生じる第2の軸方向への変位を検出することによって行われる。
【0068】
したがって、コリオリ力の検出感度を高める第1の方法は、振動子の質量を増加させることである。振動子の質量が大きければ大きいほど、作用するコリオリ力も大きくなる。しかしながら、振動子の質量を大きくするには、より密度の大きな材質で振動子を構成するか、あるいは、振動子の体積を大きくする必要がある。量産タイプのセンサの場合、材質は限定せざるを得ず、また、センサを小型化するためには、振動子の体積を大きくするのも好ましくない。そこで、本発明では、この第1の方法は採用しない。
【0069】
コリオリ力の検出感度を高める第2の方法は、振動子の運動速度を高めることである。§2で述べた駆動方法では、振動子は所定の振動軸に沿って往復運動(単振動)するが、振動の両端点では速度は零になり、振動の中心点において最大速度となる。一般に、機械的構造体には、当該構造体に固有の共振周波数(固有振動数)を定義することができ、当該構造体をその共振周波数で振動させた場合に、エネルギーを最も効率的に利用した振動態様が得られることが知られている。したがって、同一の機械的構造体を同一の振動軸に沿って振動させた場合でも、その振動周波数によって振幅や運動速度などの振動態様は異なり、共振周波数で振動させた場合に、最大振幅をもった安定した振動態様が得られる。
【0070】
結局、§1で述べた基本構造体100において、振動子120を固有の共振周波数fr1で振動させるようにすれば、振動子120が最大振幅で安定した振動を行うことになり、最大の運動速度を得ることができる。具体的には、たとえば、図12に示すような交流電気信号S1,S2を用いて励振を行う場合であれば、これらの信号S1,S2の周波数f1が振動子120の所定の振動軸方向に関する共振周波数fr1に一致するようにすれば、振動子120の運動速度を最大にすることができ、作用するコリオリ力の大きさを最大にすることができる。
【0071】
コリオリ力の検出感度を高める第3の方法は、コリオリ力の作用によって生じる変位を大きくすることである。上述したとおり、§2で説明した角速度センサは、振動子120に作用するコリオリ力を直接的に検出する代わりに、コリオリ力の作用によって生じる変位を測定することにより、間接的にコリオリ力の検出を行っている。§2では、圧電素子を用いた変位検出手段と容量素子を用いた変位検出手段の例を述べたが、いずれの場合も、振動子の変位が大きければ大きいほど、大きな電気信号が得られる。
【0072】
ここで、コリオリ力の作用によって生じる変位の大きさも、振動子120に固有の共振周波数が関与してくる。振動子は所定の振動軸に沿って往復運動(単振動)するので、振動子の運動方向は半周期ごとに反転する。したがって、振動子に作用するコリオリ力の方向も半周期ごとに反転するので、結局、振動子は所定の変位軸に沿って、所定の周波数f2で往復運動(単振動)することになり、コリオリ力は、当該往復運動の振幅として測定されることになる。このため、コリオリ力の作用による振動子の変位軸方向への振動周波数f2が、振動子120の当該変位軸方向に関する共振周波数fr2に一致すれば、コリオリ力の作用によって生じる変位の大きさを最大にすることができる。
【0073】
ところで、コリオリ力は、振動子の運動に基づいて生じる力であるから、コリオリ力に起因して生じる「振動子の変位軸方向に関する振動周波数f2」は、「振動子の振動軸方向に関する振動周波数f1」に一致し、f1=f2である。たとえば、前述した<方法1:Vx,Fy,ωz>による検出において、振動子をX軸方向(振動軸方向)に周波数f1=10kHzで振動するように駆動した場合に、Z軸まわりの一定の角速度ωzが作用していたとすると、振動子はコリオリ力によって、Y軸方向(変位軸方向)に周波数f2=10kHzで振動することになる。§2に例示したセンサの場合、このY軸方向の振動の振幅を圧電素子や容量素子で測定することになる。
【0074】
したがって、コリオリ力の作用によって生じる変位を大きくするには、基本構造体100における振動軸方向の共振周波数fr1と、変位軸方向の共振周波数fr2とをできるだけ近づけた設計を行った上で、振動子を共振周波数fr1(もしくは、その近傍)で振動させるようにすればよい。
【0075】
図15は、図1に示す基本構造体100の振動周波数特性を示すグラフである。横軸は周波数fを示し、縦軸は振動の安定性を示すQ値(一般的な振動系において、一周期の間に系に蓄積されるエネルギーを、系から散逸するエネルギーで割った値)を示す。ここで、グラフg1は、第1の軸方向に関する周波数特性を示すグラフであり、グラフg2は、第2の軸方向に関する周波数特性を示すグラフである。いずれのグラフにおいても、Q値がピークとなる周波数が共振周波数である。このグラフの例の場合、第1の軸方向に関する共振周波数はfr1,第2の軸方向に関する共振周波数はfr2である。
【0076】
§1で述べた基本構造体100を用いた角速度センサの場合、既に述べたとおり、第1の軸方向(振動軸方向)の共振周波数fr1と、第2の軸方向(変位軸方向)の共振周波数fr2とをできるだけ近づける設計を行った上で、振動子を共振周波数fr1(もしくは、その近傍)で振動させるような駆動を行えば、コリオリ力の検出感度(センサの検出感度)を高めることが可能になる。
【0077】
理論的には、振動子を所定の周波数fで振動させたときの検出感度Sは、振動軸方向の周波数fに対応するQ値と、変位軸方向の周波数fに対応するQ値との積に比例する。したがって、図15のグラフに示すような振動周波数特性をもったセンサの場合、グラフg1のような周波数特性を示す振動方向を振動軸とし、グラフg2のような周波数特性を示す振動方向を変位軸として、振動子を共振周波数fr1(グラフg1のピーク周波数、すなわち、振動軸方向に関する共振周波数)で振動させれば、グラフg1のピーク値Q1と、グラフg2の周波数fr1に対応するQの値Q2との積、S=k・Q1・Q2(kは比例定数)によって、検出感度Sが与えられることになる。
【0078】
もちろん、振動軸方向に関する共振周波数fr1と変位軸方向に関する共振周波数fr2とが一致した場合に、最大感度Sが得られることになるので、感度向上の観点からは、fr1=fr2となるように、基本構造体100の設計を行うのが好ましい。
【0079】
§2で述べたとおり、基本構造体100を用いたセンサでは、次のような6通りの方法で角速度の検出が可能になる。ここで、Vx,Vy,Vzは、振動軸をそれぞれX軸,Y軸,Z軸にとることを示し、Fx,Fy,Fzは、変位軸をそれぞれX軸,Y軸,Z軸にとることを示し、ωx,ωy,ωzは、それぞれX軸まわり,Y軸まわり,Z軸まわりの角速度を検出することを示している。
<方法1:Vx,Fy,ωz>
<方法2:Vx,Fz,ωy>
<方法3:Vy,Fx,ωz>
<方法4:Vy,Fz,ωx>
<方法5:Vz,Fx,ωy>
<方法6:Vz,Fy,ωx>
【0080】
ここで、方法1は、振動軸をX軸,変位軸をY軸にとったものであり、方法3は、振動軸をY軸,変位軸をX軸にとったものであるから、§1で述べた構造をもつ基本構造体100を用いる限り、振動軸方向に関する共振周波数fr1と変位軸方向に関する共振周波数fr2とは一致する。なぜなら、図1に示すとおり、この基本構造体100は、Z軸まわりに90°回転させても、その幾何学的な構造は全く同一であり、X軸方向に関する周波数特性とY軸方向に関する周波数特性とは同一になるためである。
【0081】
したがって、上記方法1もしくは3を採用する限りにおいて、§1で述べた特徴をもつ基本構造体100であれば、理論的に最大の感度Sが得られることになる。しかしながら、方法1もしくは3では、Z軸まわりの角速度ωzの検出しか行うことはできない。X軸まわりの角速度ωxを検出するためには、方法4もしくは6を採用する必要があり、Y軸まわりの角速度ωyを検出するためには、方法2もしくは5を採用する必要がある。
【0082】
実際、複数の座標軸まわりの角速度を検出する機能をもった多次元角速度センサの場合、同一の振動軸に沿って運動中の振動子に対して、2つの独立した変位軸方向に作用するコリオリ力を検出したり、あるいは、振動子の振動方向を様々な方向に変化させ(たとえば、振動子をXY平面に平行な面内で円運動させれば、X軸方向への振動とY軸方向への振動とを合成した運動を行わせることができる)、各振動方向に対応した所定の変位軸方向に作用するコリオリ力を検出したりする必要が生じる。
【0083】
このような多様な検出方法を採った場合にも対応できるようにするには、方法2,4,5,6を採用した場合にも、最大の検出感度が得られるような工夫が必要になる。なお、基本構造体100は、X軸とY軸との間に幾何学的可換性があるため、方法2もしくは5を採用した場合のみを考慮すれば、方法4もしくは6を採用した場合にも対応できるので、以下、方法2もしくは5を採用した場合のみを検討する。
【0084】
ここで、方法2は、振動軸をX軸,変位軸をZ軸にとったものであり、方法5は、振動軸をZ軸,変位軸をX軸にとったものであるから、結局、X軸方向に関する共振周波数frxとZ軸方向に関する共振周波数frzとができるだけ近似するような構造が実現できればよいことになる。そのような構造では、当然、Y軸方向に関する共振周波数fryとZ軸方向に関する共振周波数frzとの間にも近似関係が得られ、方法4もしくは6を採用した場合にも対応できることになる。
【0085】
<<< §4.検出感度を高めるための寸法条件 >>>
さて、本願発明者は、§3で述べた理論を踏まえて、図1に示す基本構造体100の各部の寸法比を様々に変化させた試作品を用いて、検出感度がどのように変化するかを調べる実験を行った。また、これらの寸法比を様々に変化させた場合について、有限要素法による振動シミュレーションを併せて行い、各部の寸法比がX軸方向に関する共振周波数frxおよびZ軸方向に関する共振周波数frzに対して及ぼす影響を調べてみた。その結果、以下のような結論を得ることができた。
【0086】
ここでは、当該結論について述べる前に、図16の側断面図を参照して、この基本構造体100の各部について、次のような定義を行う。この基本構造体100は、実用上、シリコン基板などの下面に溝を掘る加工を施すことによって構成され、同一材料の一体構造体からなる(もちろん、異なる材料からなる複数の部品を接合して、基本構造体100を作成することも可能である)。ただ、ここでは、便宜上、図16に示すように、この基本構造体100を、ダイアフラム部110、振動子120、台座部130、という3つの部分に分けて説明を行うことにする。
【0087】
ダイアフラム部110は、可撓性をもった円盤からなる部分であり、ここでは、その厚み寸法をT、外径寸法(直径)をφとする。また、振動子120は、このダイアフラム部110と中心軸(Z軸)を共通にする同心位置に配置された円柱状の剛体であり、ダイアフラム部110の下面に接合されている。ここでは、この円柱状の振動子120の外径寸法(直径)をDとし、高さをHとする。もちろん、振動子の外径寸法Dは、ダイアフラム部110の外径寸法φよりも小さく、「D<φ」なる条件を満たしている。
【0088】
一方、台座部130は、ダイアフラム部110の外周面に接合された円柱表面状の内周面を有する剛体であり、ダイアフラム部110の外周面を装置筐体(図示されていない)に固定する機能を果たす。たとえば、台座部130の底面を装置筐体に固定すれば、ダイアフラム部110の外周面は、台座部130を介して、装置筐体に固定されることになる。ここで、台座部130の内径寸法は、ダイアフラム部110の外径寸法と同じφである。なお、台座部130の外形は、図1に示すとおり、正方形状をなすが、ここでは、この正方形の一辺の寸法をξとする。
【0089】
このような基本構造体100は、1枚のシリコン基板の下面側の一部を掘る加工を行うことによって得ることができる。すなわち、まず、用意したシリコン基板の上面側の厚みTの部分を上層部分、残りの下面側の部分を下層部分と定義したときに、このシリコン基板の下面側の下層部分に、Z軸を中心軸として内径D,外径φをもった円環状の溝Gを形成する。そうすれば、上層部分のうち、Z軸を中心軸として外径φをもった円盤部分によってシリコンからなるダイアフラム部110が構成される。また、下層部分のうち、Z軸を中心軸として直径Dをもった円柱部分によってシリコンからなる振動子が構成され、シリコン基板のうち、Z軸を中心軸として直径φをもった円柱に含まれない部分によってシリコンからなる台座部130が構成される。
【0090】
なお、図示の例では、直径Dの円柱部分の下側の一部を切除し、台座部130の底面より、振動子120の底面が若干上方にくるような加工を施している。すなわち、ダイアフラム部110の厚みTと、円柱状の振動子120の高さHと、台座部130の厚みKとの間に、T+H<Kなる寸法条件が満されるようにしている。これは、振動子120の下方への変位の自由度を確保するための配慮である。
【0091】
ダイアフラム部110の厚みTは、可撓性をもたせるために十分に薄い寸法に設定されており、それ故に、ダイアフラム部110の円環状の溝Gの上方に位置する部分は、図5〜図8に示すように撓みを生じることになる。これに対して、円柱状の振動子120の高さHや、台座部130の厚みKは、振動子120や台座部130が剛体として振る舞うのに十分に厚い寸法に設定されている(図は、便宜上、実際の寸法比を無視して描いてある)。なお、ダイアフラム部110は、可撓性をもつのに十分に薄い厚みTをもった円盤であるが、その中央部分の下面には、剛体からなる振動子120が接合されているため、当該中央部分は剛体として振る舞うことになる。振動子120を変位自在に支持する上で、ダイアフラム部110は、少なくともその周囲部分が可撓性を有していれば足りる。
【0092】
さて、本願発明者が行った実験およびシミュレーションによって得られた重要な結論は、基本構造体100の寸法比φ/Hが、前述した方法2もしくは方法5を採用した場合(方法4もしくは方法6を採用した場合も同様)の検出感度に影響を及ぼす重要なパラメータになる、という事実である。ここで、φは、厚みTをもったダイアフラム部110の外径(円盤の直径)であり、Hは、円柱状の振動子120の高さ(直径Dをもった円柱部分の高さ)である。
【0093】
図17は、基本構造体100の寸法比φ/Hと、角速度センサの感度との関係を示すグラフである。このグラフは、寸法比φ/Hが異なる様々な試作品を使って、上記方法2を採用して角速度の測定を行った場合の検出感度を示すものである。より具体的に説明すれば、所定の励振エネルギーを供給することにより、振動子をX軸方向に、当該軸方向に関する共振周波数で振動させた状態において、Y軸まわりの一定の角速度ωyを加えたときに、振動子に生じるZ軸方向の振動の振幅値を検出感度として測定したものである。グラフの横軸は、測定に用いたセンサに用いられている基本構造体100の寸法比φ/Hを示し、縦軸は、検出感度(最大値が1.0となるように規格化したもの)を示す。
【0094】
なお、図17に示すグラフを得る方法として、φ,D,Tなどの値を一定値に維持しつつ、Hの値のみを様々に変化させた場合の検出感度を測定する方法と、H,D,Tなどの値を一定値に維持しつつ、φの値のみを様々に変化させた場合の検出感度を測定する方法とがある。本願発明者は、これら両方の方法を実施したが、いずれの場合についても、図17に示す同じグラフが得られた。
【0095】
図示のとおり、寸法比φ/Hが2〜3の間で、検出感度は急峻な立ち上がりを示している。図18は、図17に示すグラフのもとになったデータを示す表である。この表を見ればわかるとおり、検出感度は「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.54」なる寸法条件を満たす領域において、極めて顕著に増加している。すなわち、図示の検出感度の有効桁数(小数点以下第3位)では、φ/Hが2以下の場合や、3以上の場合では、検出感度が0.000を示すほど(実際には、表における「0.000」なる測定結果は、感度が零であることを示すものではなく、ノイズ成分に埋もれて、正確な感度測定が不能であることを示す)、「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.54」という寸法条件を満たす領域の検出感度は顕著である。これは、このような寸法条件を満足する基本構造体100を設計すれば、X軸方向に関する共振周波数とZ軸方向に関する共振周波数とが極めて近似し、前述した方法2,4,5,6を採用した場合に、極めて良好な検出感度が得られることを意味する。
【0096】
より厳密に言えば、寸法比φ/Hが2.40近傍のときに、検出感度は1.000(最大値)となるので、検出感度を向上させる観点からは、寸法比φ/H=2.40となるような設計を行えば、理想的な基本構造体100を得ることができる。
【0097】
ここで重要な点は、ダイアフラム部110の厚みTや、振動子120の直径Dを変えても、図17および図18に示す結果に変わりはなく、当該結果が普遍性を有する点である。実際、前述した方法2,4,5,6を採用して検出感度の測定を行った結果、いずれの場合も図17および図18に示す結果と同等の結果が得られた。
【0098】
寸法比φ/Hを決定するための値φはダイアフラム部110を構成する円盤の外径であり、値Hは振動子120を構成する円柱の高さである。図16に示す基本構造体100の幾何学的な形態を決定するファクターは、寸法φおよび寸法Hだけではない。しかしながら、本願発明者が行った実験およびシミュレーションによれば、寸法φ,H以外のファクターは、当該実験およびシミュレーションで求める検出感度のピーク位置に関して、有意な影響を及ぼすことがないことが判明した。
【0099】
たとえば、ダイアフラム部110の厚みTは、共振周波数に対しては影響を及ぼすファクターになる。実際、厚みTを変えることにより、各座標軸方向の共振周波数は様々に変化する。しかしながら、本願にいう「検出感度」とは、振動軸方向に関する共振周波数(たとえば、X軸方向の共振周波数)と変位軸方向に関する共振周波数(たとえば、Z軸方向の共振周波数)との一致度合いに基づいて決定されるものであり、特定の軸方向の共振周波数のみによって決定されるものではない。
【0100】
本願発明者は、ダイアフラム部110の厚みTが角速度センサとして実用可能な範囲をとる様々な基本構造体の試作品について、上記実験およびシミュレーションを行った。その結果、センサ感度の絶対値は様々に変化するが、図17のグラフの山形の波形が得られる範囲(検出感度が顕著になる寸法比φ/Hの範囲)が、「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.54」になる点については、変わりはなかった。すなわち、最大感度が得られる寸法比φ/Hの値は、ダイアフラム部110の厚みTには依存しないことが確認できた。
【0101】
同様に、振動子120の外径Dも、共振周波数に対して影響を及ぼすファクターであるものの、顕著な検出感度を示す寸法比φ/Hの範囲には影響を及ぼさないことが確認できた。
【0102】
一方、台座部130の外寸ξや厚みKは、共振周波数に対しても、検出感度に対しても、何ら影響を及ぼすものではない。そもそも台座部130は、装置筐体に固定されることを前提とする剛体であるから、外形の形状や厚みは、ダイアフラム部110の外周部分の支持構造に何ら影響を与えるものではない。もちろん、台座部130の内径φは、ダイアフラム部110の外径φに等しいので、「検出感度」を左右する重要なファクターになる。
【0103】
以上、基本構造体110の幾何学的な構造に関して、「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.54」なる寸法条件が、良好な検出感度を得る上で普遍的な条件であることを述べたが、上記寸法条件は、基本構造体110の材質に関しても普遍性をもつものである。本願発明者は、基本構造体110の弾性係数に様々な数値を与え、有限要素法によるシミュレーションを実行したが、現実的な弾性係数の設定を用いる限り、図17および図18に示す結果に変わりはなかった。
【0104】
なお、この図17および図18に示す結果は、振動子120の高さHが、0.2mm ≦ H ≦ 0.7mmの範囲内(産業上、最も需要が見込まれるサイズ)の試作品について、実験およびシミュレーションによる解析を行った結果である。現段階では、振動子120の高さHを、上記以外の範囲に設定した検証は行っていない。しかしながら、振動子120の高さHを、上記以外の範囲に設定した場合についても、全く同様の結果が得られるものと考えられ、「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.54」なる条件は、振動子120の高さHがどのような値をとる場合でも、良好な検出感度を得る普遍的な条件であるものと推定される。
【0105】
また、実際の角速度センサでは、振動子120に対して、所定の振動軸方向の運動成分をもった振動を誘起する励振手段と、コリオリ力に基づいて振動子120に生じる所定の変位軸方向の変位を検出する変位検出手段と、が付加されることになる。たとえば、図9に示す例では、基本構造体100の上面に、絶縁層210,下部電極220,圧電素子230などの層状構造体が形成される。
【0106】
このような層状構造体を形成すると、ダイアフラム部110の厚みTを変えたときと同様に、共振周波数自体は変化する。しかしながら、予め、寸法比φ/Hの値が「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.54」なる条件を満足する基本構造体100を用意しておけば、その上面にさまざまな層状構造体を形成したとしても、ダイアフラム部110の外径φや、振動子120の高さHに変わりはないので、寸法比φ/Hの値が上記条件を満たすことに変わりはなく、良好な検出感度が得られることになる。
【0107】
このように、ダイアフラム部110を構成する円盤の外径をφとし、振動子120を構成する円柱の外径をDとし、振動子120を構成する円柱の高さをHとしたときに、「D<φ」かつ「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.54」なる寸法条件を満たすような基本構造体100を設計すれば、振動子のX軸方向に関する共振周波数と振動子のZ軸方向に関する共振周波数とを近似させることができ、極めて良好な検出感度を得ることが可能になる。しかも、上記寸法条件は、その他の各部分の寸法値や材質などに影響されない普遍的な条件である。
【0108】
したがって、ダイアフラム部110の上面中心位置に原点Oをもち、ダイアフラム部110の上面がXY平面に含まれるようなXYZ三次元直交座標系を定義したときに、X軸およびZ軸のうちの一方を振動軸、他方を変位軸とし、変位検出手段による検出値に基づいてY軸まわりの角速度を検出する角速度センサにおいて、上記条件を満たす基本構造体100を設計することは、検出感度を高める上で非常に有用である。もちろん、この基本構造体100は、X軸とY軸との間に幾何学的可換性があるため、Y軸およびZ軸のうちの一方を振動軸、他方を変位軸とし、変位検出手段による検出値に基づいてX軸まわりの角速度を検出する角速度センサに用いても、検出感度を高める上で非常に有用である。
【0109】
前掲の特許文献1〜3などには、寸法比φ/Hが6以上となる基本構造体が開示されている。これは、センサ全体の薄型化を図る上では、寸法値φに比べて寸法値Hを十分に小さくした方が有利であり、小型の角速度センサには好ましい構造と考えられていたためである。しかしながら、前掲の特許文献1〜3は、新規なセンサの構造や動作原理に関する発明を開示した文献であり、良好な検出感度を得るための寸法比に関しては何ら言及していない。実際、検出感度の観点からは、前掲の特許文献1〜3などに図示されている基本構造体の寸法比は、決して好ましいものではない。実際、図18に示す結果によれば、寸法比φ/H=6となる基本構造体の代わりに、φ/H=2.40となる基本構造体を用いれば、極めて高い検出感度が得られることになる。
【0110】
図19および図20は、本発明の特徴となる寸法比φ/Hを満たす基本構造体の一例を示す側断面図である。両図に示された基本構造体において、円柱状の振動子120の高さHと、円盤状のダイアフラム部110の外径φとは共通であり、寸法比φ/H=2.40に設定されている。これは、図18の表に示されているとおり、最大の検出感度が得られる寸法比に相当する。別言すれば、X軸もしくはY軸方向に関する共振周波数と、Z軸方向に関する共振周波数とが完全に一致する寸法比ということになる。
【0111】
もちろん、図19に示す例と図20に示す例とを比較すると、その他の寸法、たとえば、ダイアフラム部110の厚みT1,T2、振動子120の外径D1,D2、台座部130の外寸ξ1,ξ2、台座部130の厚みK1,K2はそれぞれ異なっている。よって、図19に示す例と図20に示す例とでは、各座標軸方向に関する共振周波数それ自身は相違する。しかしながら、寸法比φ/Hはいずれも2.40に設定されているため、いずれの例の場合も、それぞれに固有の共振周波数(X軸,Y軸,Z軸方向に関する共通の共振周波数)で振動子120を振動させて検出を行うようにすれば、最大の検出感度が得られることになる。
【0112】
なお、上述したとおり、寸法比φ/H=2.40に設定すれば、最大の検出感度が得られるが、一般に、検出感度が高くなればなるほど、センサとしての周波数応答性は低下する。したがって、実用上は、寸法比φ/Hの値を「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.40−δ」もしくは「2.40+δ ≦ φ/H ≦ 2.54」なる範囲に設定するのが好ましい。ここで、δの値としては、高い応答周波数が必要な場合には大きな値を、低い応答周波数が得られれば十分な場合には小さな値を適宜設定すればよい。
【符号の説明】
【0113】
100:基本構造体
110:ダイアフラム部
120:振動子
130:台座部
210:絶縁層
220:下部電極
230:圧電素子
310:上方基板
320:下方基板
D,D1,D2:円柱状振動子120の外径
E1,E2:電極
E11〜E24:上部電極
E31〜E45:固定電極
f:周波数
fr1,fr2:共振周波数
G:円環状の溝
G′:上方基板310の下面に形成された溝
g1,g2:振動周波数特性を示すグラフ
H:円柱状振動子120の高さ
K,K1,K2:基本構造体100の厚み
P:圧電素子の一部分
Q1,Q2:振動系のQ値
S1,S2:交流電気信号
T,T1,T2:円盤状ダイアフラムの厚み
t:時間
XYZ:三次元直交座標系の各座標軸
φ:円盤状ダイアフラム110の外径
ξ,ξ1,ξ2:基本構造体100の外寸
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも周囲部分が可撓性をもった円盤からなるダイアフラム部と、
前記ダイアフラム部と中心軸を共通にする同心位置に配置された円柱状の剛体からなり、前記ダイアフラム部の下面に接合された振動子と、
前記ダイアフラム部の外周面に接合された円柱表面状の内周面を有する剛体であって、前記ダイアフラム部の外周面を装置筐体に固定する台座部と、
前記振動子に対して、所定の振動軸方向の運動成分をもった振動を誘起する励振手段と、
コリオリ力に基づいて前記振動子に生じる所定の変位軸方向の変位を検出する変位検出手段と、
を備え、
前記ダイアフラム部の上面中心位置に原点Oをもち、前記ダイアフラム部の上面がXY平面に含まれるようなXYZ三次元直交座標系を定義したときに、X軸およびZ軸のうちの一方を前記振動軸、他方を前記変位軸とし、前記変位検出手段による検出値に基づいてY軸まわりの角速度を検出する角速度センサにおいて、
前記ダイアフラム部を構成する円盤の外径をφとし、前記振動子を構成する円柱の外径をDとし、前記振動子を構成する円柱の高さをHとしたときに、「D<φ」かつ「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.54」なる寸法条件を満たすことを特徴とする角速度センサ。
【請求項2】
請求項1に記載の角速度センサにおいて、
ダイアフラム部と、振動子と、台座部とが、同一材料からなる一体構造体によって構成されていることを特徴とする角速度センサ。
【請求項3】
請求項2に記載の角速度センサにおいて、
基板の上面側の厚みTの部分を上層部分、残りの下面側の部分を下層部分と定義したときに、この基板の下面側の前記下層部分に、Z軸を中心軸として内径D,外径φをもった円環状の溝が形成されており、
前記上層部分のうち、Z軸を中心軸として外径φをもった円盤部分によってダイアフラム部が構成され、
前記下層部分のうち、Z軸を中心軸として直径Dをもった円柱部分によって振動子が構成され、
前記基板のうち、Z軸を中心軸として直径φをもった円柱に含まれない部分によって台座部が構成されていることを特徴とする角速度センサ。
【請求項4】
請求項3に記載の角速度センサにおいて、
ダイアフラム部の厚みTと、円柱状の振動子の高さHと、台座部の厚みKとの間に、T+H<Kなる寸法条件が満されることを特徴とする角速度センサ。
【請求項5】
請求項3または4に記載の角速度センサにおいて、
シリコン基板の下面に円環状の溝を形成することにより、シリコンからなるダイアフラム部と、シリコンからなる振動子と、シリコンからなる台座部とが、形成されていることを特徴とする角速度センサ。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の角速度センサにおいて、
励振手段が、ダイアフラム部上面の所定箇所に固着された励振用圧電素子と、この励振用圧電素子に交流電気信号を加える励振用電気回路と、を有し、
変位検出手段が、ダイアフラム部上面の所定箇所に固着された検出用圧電素子と、この検出用圧電素子に発生する電荷を検出する検出用電気回路と、を有することを特徴とする角速度センサ。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれかに記載の角速度センサにおいて、
励振手段が、ダイアフラム部もしくは振動子の所定箇所に形成された励振用変位電極と、前記励振用変位電極に対向するように装置筐体に固定された励振用固定電極と、前記励振用変位電極と前記励振用固定電極との間に交流電気信号を加える励振用電気回路と、を有し、
変位検出手段が、ダイアフラム部もしくは振動子の所定箇所に形成された検出用変位電極と、前記検出用変位電極に対向するように装置筐体に固定された検出用固定電極と、前記検出用変位電極と前記検出用固定電極との間の静電容量値を検出する検出用電気回路と、を有することを特徴とする角速度センサ。
【請求項8】
請求項6または7に記載の角速度センサにおいて、
励振用電気回路が、振動子の振動軸方向に関する共振周波数に等しい周波数をもった交流電気信号を加えることを特徴とする角速度センサ。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の角速度センサにおいて、
振動子を構成する円柱の高さHが、「0.2mm ≦ H ≦ 0.7mm」なる寸法条件を満たすことを特徴とする角速度センサ。
【請求項1】
少なくとも周囲部分が可撓性をもった円盤からなるダイアフラム部と、
前記ダイアフラム部と中心軸を共通にする同心位置に配置された円柱状の剛体からなり、前記ダイアフラム部の下面に接合された振動子と、
前記ダイアフラム部の外周面に接合された円柱表面状の内周面を有する剛体であって、前記ダイアフラム部の外周面を装置筐体に固定する台座部と、
前記振動子に対して、所定の振動軸方向の運動成分をもった振動を誘起する励振手段と、
コリオリ力に基づいて前記振動子に生じる所定の変位軸方向の変位を検出する変位検出手段と、
を備え、
前記ダイアフラム部の上面中心位置に原点Oをもち、前記ダイアフラム部の上面がXY平面に含まれるようなXYZ三次元直交座標系を定義したときに、X軸およびZ軸のうちの一方を前記振動軸、他方を前記変位軸とし、前記変位検出手段による検出値に基づいてY軸まわりの角速度を検出する角速度センサにおいて、
前記ダイアフラム部を構成する円盤の外径をφとし、前記振動子を構成する円柱の外径をDとし、前記振動子を構成する円柱の高さをHとしたときに、「D<φ」かつ「2.25 ≦ φ/H ≦ 2.54」なる寸法条件を満たすことを特徴とする角速度センサ。
【請求項2】
請求項1に記載の角速度センサにおいて、
ダイアフラム部と、振動子と、台座部とが、同一材料からなる一体構造体によって構成されていることを特徴とする角速度センサ。
【請求項3】
請求項2に記載の角速度センサにおいて、
基板の上面側の厚みTの部分を上層部分、残りの下面側の部分を下層部分と定義したときに、この基板の下面側の前記下層部分に、Z軸を中心軸として内径D,外径φをもった円環状の溝が形成されており、
前記上層部分のうち、Z軸を中心軸として外径φをもった円盤部分によってダイアフラム部が構成され、
前記下層部分のうち、Z軸を中心軸として直径Dをもった円柱部分によって振動子が構成され、
前記基板のうち、Z軸を中心軸として直径φをもった円柱に含まれない部分によって台座部が構成されていることを特徴とする角速度センサ。
【請求項4】
請求項3に記載の角速度センサにおいて、
ダイアフラム部の厚みTと、円柱状の振動子の高さHと、台座部の厚みKとの間に、T+H<Kなる寸法条件が満されることを特徴とする角速度センサ。
【請求項5】
請求項3または4に記載の角速度センサにおいて、
シリコン基板の下面に円環状の溝を形成することにより、シリコンからなるダイアフラム部と、シリコンからなる振動子と、シリコンからなる台座部とが、形成されていることを特徴とする角速度センサ。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の角速度センサにおいて、
励振手段が、ダイアフラム部上面の所定箇所に固着された励振用圧電素子と、この励振用圧電素子に交流電気信号を加える励振用電気回路と、を有し、
変位検出手段が、ダイアフラム部上面の所定箇所に固着された検出用圧電素子と、この検出用圧電素子に発生する電荷を検出する検出用電気回路と、を有することを特徴とする角速度センサ。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれかに記載の角速度センサにおいて、
励振手段が、ダイアフラム部もしくは振動子の所定箇所に形成された励振用変位電極と、前記励振用変位電極に対向するように装置筐体に固定された励振用固定電極と、前記励振用変位電極と前記励振用固定電極との間に交流電気信号を加える励振用電気回路と、を有し、
変位検出手段が、ダイアフラム部もしくは振動子の所定箇所に形成された検出用変位電極と、前記検出用変位電極に対向するように装置筐体に固定された検出用固定電極と、前記検出用変位電極と前記検出用固定電極との間の静電容量値を検出する検出用電気回路と、を有することを特徴とする角速度センサ。
【請求項8】
請求項6または7に記載の角速度センサにおいて、
励振用電気回路が、振動子の振動軸方向に関する共振周波数に等しい周波数をもった交流電気信号を加えることを特徴とする角速度センサ。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の角速度センサにおいて、
振動子を構成する円柱の高さHが、「0.2mm ≦ H ≦ 0.7mm」なる寸法条件を満たすことを特徴とする角速度センサ。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【公開番号】特開2010−160095(P2010−160095A)
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−3386(P2009−3386)
【出願日】平成21年1月9日(2009.1.9)
【出願人】(390013343)株式会社ワコー (34)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年1月9日(2009.1.9)
【出願人】(390013343)株式会社ワコー (34)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]