説明

触媒の製造方法およびメタクリル酸の製造方法

【課題】触媒前駆体を熱処理する熱処理工程を一旦中断する場合に、中断せずに得られる触媒と同等の活性を有する触媒を簡便かつ安定に製造できる方法、および該触媒を用いたメタクリル酸の製造方法を提供する。
【解決手段】触媒前駆体に、ガス流通下に所定の熱履歴で加熱する熱処理を施して触媒を得る熱処理工程を有する、触媒の製造方法であって、前記熱処理工程中に中断する場合に、前記所定の熱履歴の途中でガス流通を停止する時点Aを中断の開始時、時点A以降で、ガス流通を再開すること、および前記触媒前駆体の温度を前記時点Aにおける触媒前駆体の温度とすることの両方が満たされた時点Bを熱処理の再開時とし、時点B以降の熱履歴を、前記所定の熱履歴における時点A以降の熱履歴に相当する熱履歴とする触媒の製造方法。また、該触媒を用いたメタクリル酸の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、触媒の製造方法およびメタクリル酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メタクロレインを気相接触酸化してメタクリル酸を製造する際に用いられる触媒(メタクリル酸製造用触媒)としては、メタクリル酸の収率の点から、モリブデン、リンおよびバナジウムを含む触媒が比較的優れている。
メタクリル酸製造用触媒の製造方法としては、モリブデン、リンおよびバナジウムを含む触媒前駆体(固形物)を調製する工程と、該触媒前駆体に対し、ガス流通下で加熱する熱処理を施す工程を有する方法が知られている。メタクリル酸製造用触媒は、該熱処理により触媒としての機能を発現する。
【0003】
触媒前駆体の熱処理方法としては、例えば、下記の方法(1)〜(3)が知られている。
(1)酸素濃度0.1〜10容量%のガス流通下で、触媒前駆体を加熱する方法(特許文献1)。
(2)不活性ガス流通下で、触媒前駆体を400〜500℃で加熱する方法(特許文献2)。
(3)触媒前駆体に対し、ガス流通下にて350〜500℃で1〜30時間加熱する熱処理を少なくとも2回行い、各回の熱処理の間に触媒前駆体を250℃以下まで一旦冷却し、かつ、各回の熱処理の温度の差を30℃以内とする方法(特許文献3)。
【0004】
メタクリル酸製造用触媒は、熱処理が進行するにつれて活性が向上する。そのため、通常は、熱処理ごとの処理温度、処理時間、流通ガスの組成、ガス流量等の条件を一定にし、得られるメタクリル酸製造用触媒の活性が均一になるようにしている。
しかし、熱処理工程中にガス流通機構や加熱器等に問題が発生した場合等には、熱処理工程を一旦中断しなければならないことがある。熱処理工程を一旦中断し、その後に再開する場合には、下記の問題(i)〜(iii)が生じる。
(i)再開後の熱処理が過度になると、その触媒の活性が、中断せずに熱処理した触媒の活性に比べて高くなる。このように活性の異なる触媒をメタクロレインの気相接触酸化反応に同時に用いると、反応時に反応管内で局部的な発熱を伴うため、工場の運転の制御が困難になる。
(ii)再開後の熱処理がさらに過度になると、触媒が失活するため、その触媒が使用できなくなる。
(iii)再開後の熱処理が不足すると、その触媒の活性が、中断せずに熱処理した触媒の活性に比べて低くなる。活性の低い触媒が混入した状態でメタクロレインの気相接触酸化反応を行うと、反応管内で部分的に活性が低い場所が生じてメタクリル酸の収率が低下する。触媒の活性の低下に合わせて運転条件を最適化することは工場の運転を困難にする上、不必要な用役が生じ、製造コストが増大する。また、活性が低い触媒に対しては再度熱処理を行うことも考えられるが、その期間は工場を停止することになり、また再度の熱処理に伴う新たなコストが発生する。
方法(1)〜(3)では、予め各種条件を設定して開始した熱処理を一旦中断した後に再開することは想定されていない。
【0005】
一方、熱処理を一旦中断した後に再開する場合の対処方法としては、下記の方法が示されている。
(4)プロパンまたはイソブタンの気相接触酸化反応または気相接触アンモ酸化反応に用いる酸化物触媒の触媒前駆体の熱処理において、加熱を1時間以上停止する場合を中断とみなし、その中断中には、窒素ガス等の不活性ガスを流通させて触媒前駆体を酸素濃度1000ppm以下の雰囲気下で保持する方法(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平5−279291号公報
【特許文献2】特開平9−75740号公報
【特許文献3】特開2000−210566号公報
【特許文献4】特開2003−245545号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
方法(4)では、中断中における触媒前駆体を保持する雰囲気の酸素濃度を制御することで、中断中に空気中の酸素により触媒前駆体が酸化されて劣化することを抑えている。しかし、熱処理再開後の昇温条件は、熱処理を中断しない場合と異なる条件が採用されている。すなわち、再開後の熱処理条件は、問題(i)〜(iii)を回避するように最適化されたものである。
中断後の触媒前駆体における再開後の熱処理条件と、それにより得られる触媒の活性との関係を調べれば、方法(4)のように再開後の熱処理条件を最適化することは可能である。
しかし、加熱を停止しても触媒前駆体の温度はすぐには下がらないため、中断した時点や、焼成管の種類等の諸条件によって中断後の触媒前駆体の熱処理の進行度合はその都度異なる。そのため、この方法は、中断後の触媒前駆体それぞれに対し熱処理条件の最適化が必要であるので、不測の事態によって中断する必要が生じた場合の対策としては不充分である。
【0008】
本発明は、メタクリル酸製造用触媒等の触媒の触媒前駆体に熱処理を施す熱処理工程を一旦中断する必要が生じた場合に、熱処理工程を中断せずに得られる触媒と同等の活性を有する触媒を簡便かつ安定に製造できる方法の提供を目的とする。
また、本発明は、前記製造方法により得られたメタクリル酸製造用触媒を用いたメタクリル酸の製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、前記課題を解決するために以下の構成を採用した。
[1]触媒前駆体に、ガス流通下に所定の熱履歴で加熱する熱処理を施して触媒を得る熱処理工程を有する、触媒の製造方法であって、前記熱処理工程を中断する場合に、下記時点Aを中断の開始時、下記時点Bを熱処理工程の再開時とし、時点B以降の熱履歴を、前記所定の熱履歴における時点A以降の熱履歴に相当する熱履歴とすることを特徴とする触媒の製造方法。
時点A:前記所定の熱履歴の途中でガス流通を停止する時点。
時点B:時点A以降で、ガス流通を再開すること、および前記触媒前駆体の温度を前記時点Aにおける触媒前駆体の温度とすることの両方が満たされた時点。
[2]前記中断期間中の触媒前駆体の温度を、前記時点Aにおける触媒前駆体の温度以下とする、前記[1]に記載の触媒の製造方法。
[3]前記触媒前駆体が、メタクロレインを気相接触酸化してメタクリル酸を得る反応に用いる、モリブデン、リンおよびバナジウムを含むメタクリル酸製造用触媒の熱処理前の触媒前駆体である、前記[1]または[2]に記載の触媒の製造方法。
[4]触媒前駆体を、メタクリル酸の製造に用いる反応器の反応管に充填し、ガス流通下に熱処理する、前記[3]に記載の触媒の製造方法。
[5]前記[3]または[4]に記載の製造方法で製造された触媒の存在下で、メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化する、メタクリル酸の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の触媒の製造方法によれば、触媒前駆体の熱処理工程を一旦中断する必要が生じた場合であっても、熱処理工程を中断せずに得られる触媒と同等の活性を有する触媒を簡便かつ安定して製造できる。
また、本発明は、前記製造方法により得られたメタクリル酸製造用触媒を用いたメタクリル酸の製造方法を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】参考例1における熱処理工程の熱履歴を示したグラフである。
【図2】実施例1における熱処理工程の熱履歴を示したグラフである。
【図3】実施例2における熱処理工程の熱履歴を示したグラフである。
【図4】比較例1における熱処理工程の熱履歴を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<触媒の製造方法>
本発明の触媒の製造方法は、触媒前駆体に、ガス流通下に所定の熱履歴で加熱する熱処理を施して触媒を得る熱処理工程を有する方法であり、該熱処理工程を中断する場合に適用する方法である。つまり、例えばガス流通機構、加熱器に問題が発生した場合等、予め設定した条件で行っている触媒前駆体の熱処理を、途中で一旦停止する必要が生じたときに適用する方法である。
【0013】
本発明の触媒の製造方法は、触媒前駆体に、所定流量のガス流通下、所定の熱履歴で加熱する熱処理を施す熱処理工程において、該熱処理工程を中断する場合、下記時点Aを中断の開始時、下記時点Bを熱処理工程の再開時とし、時点B以降の熱履歴を、前記所定の熱履歴における時点A以降の熱履歴に相当する熱履歴とする方法である。
時点A:前記ガス流通を停止した時点。
時点B:前記時点A以降において、ガス流通を再開すること、および触媒前駆体の温度を前記時点Aにおける触媒前駆体の温度とすることの両方が満たされた時点。
【0014】
本発明の触媒の製造方法における熱処理工程の中断の開始時点は、ガス流通を停止した時点Aである。つまり、熱処理工程の中断の開始時点(時点A)としては、触媒前駆体の加熱を継続したままガス流通を停止した時点、触媒前駆体の加熱とガス流通の両方を同時に停止した時点が挙げられる。また、触媒前駆体の温度が所定の熱履歴からはずれすぎない範囲であれば、触媒前駆体の加熱の停止後にガス流通を停止した時点を中断の開始時点としてもよい。
本発明において「ガス流通を停止する」とは、流通させるガスの流量を所定値の10%以下にすることを意味する。
【0015】
熱処理の中断中、すなわち時点Aから時点Bまでの触媒前駆体の温度は、中断中の触媒活性の変化を抑制しやすい温度であればよく、時点Aにおける触媒前駆体の温度以下であることが好ましい。また、中断中の触媒前駆体の温度は、熱処理を容易に再開できる点から、時点Aの温度に近いほど好ましい。
加熱器等に問題がない場合であれば、中断中の触媒前駆体の温度は、熱処理を容易に再開できる点から、時点Aにおける触媒前駆体の温度でそのまま保持することが特に好ましい。
【0016】
また、熱処理の中断中は、ガスの流通を完全に停止していてもよいが、触媒前駆体の活性の変化を抑制する目的で微量のガスを流しておいてもよい。例えば、触媒前駆体中に有機物が含まれている場合、温度条件によっては有機物分解に伴う発熱により局所的に温度が上昇したり、過還元が生じたりすることが考えられる。そのため、この場合には、微量の酸素含有ガスを流通させることが好ましい。
中断中にガスを流通させる場合のガスの流量は、熱処理工程におけるガス流量の所定値の10%以下であることが好ましい。
【0017】
中断中に流通させるガスは、触媒前駆体の活性が変化するのを抑制できるガスであれば、熱処理工程で用いているガスであってもよく、熱処理工程で用いているガスとは異なる種類のガスであってもよい。中断中に流通させることができるガスとしては、空気、水蒸気を含む空気等の含酸素ガス、窒素、アルゴン等の不活性ガス等が挙げられる。
【0018】
本発明における熱処理工程の再開時は、時点A以降で、所定流量でガスの流通が再開されることと、触媒前駆体の温度が時点Aにおける触媒前駆体の温度となることが同時に満たされた時点(時点B)である。
所定流量のガスの流通を再開したときの触媒前駆体の温度が、時点Aにおける触媒前駆体の温度である場合、ガス流通を再開した時点が熱処理工程の再開時(時点B)である。
所定流量のガスの流通を再開したときの触媒前駆体の温度が、時点Aにおける触媒前駆体の温度未満である場合、触媒前駆体の温度が時点Aにおける触媒前駆体の温度に達した時点が熱処理工程の再開時(時点B)である。
【0019】
熱処理再開後、すなわち時点B以降は、時点B以降の熱履歴が、予め設定した所定の熱履歴における時点A以降の熱履歴に相当する熱履歴となるように熱処理を行う。時点B以降の熱履歴は、所定の熱履歴において時点A以降に予定されていた熱履歴としてもよく、該時点A以降に予定されていた熱履歴を施した場合と同等の活性を有する触媒が得られる範囲内で条件を変化させた熱履歴としてもよい。
熱処理工程を一旦中断して再開する場合、以上説明したように中断、再開を行うことにより、熱処理工程をどの時点で中断した場合であっても、熱処理工程を中断せずに得た触媒と同等の活性を有する触媒を簡便かつ安定に製造できる。
【0020】
触媒前駆体の熱処理は、焼成管を用いて行うことができる。
焼成管は、触媒前駆体を充填でき、かつ熱処理に耐えられる材質のものであればよく、公知の焼成管が用いられる。焼成管の材質は、焼成管の腐食、触媒への影響等を考慮して適宜選定できる。
焼成管の形状は特に限定されず、管状、円筒状、多角筒状等が挙げられる。また、焼成管の形状はその他の不定形の断面形状であってもよい。
【0021】
また、メタクロレイン製造用触媒を製造する場合の触媒前駆体の熱処理は、メタクロレインを気相接触酸化してメタクリル酸を製造する際に用いる反応器を用いて、その反応管内で行うことが好ましい。該反応器を用いることで、メタクリル酸の製造時に発生する反応熱を除去する熱媒を、触媒前駆体の加熱に適用できる。
この場合、内径10〜40mm、長さ300〜10000mmの炭素鋼またはステンレス鋼からなる反応管を有する反応器を使用することが好ましい。
また、前記反応器は、メタクリル酸の生産性が向上する点から、複数本の反応管を有する反応器が好ましい。ただし、複数本の反応管を有する反応器には限定されず、単一の反応管を有する反応器であってもよい。
【0022】
触媒前駆体は、ガス流通下に加熱する熱処理を施すことより触媒となる前駆体、つまり熱処理前の触媒前駆体である。触媒前駆体としては、例えば、メタクロレインを気相接触酸化してメタクリル酸を得る反応に用いるメタクリル酸製造用触媒(固体触媒)の前駆体である、モリブデン、リンおよびバナジウムを含む触媒の熱処理前の触媒前駆体が挙げられる。
【0023】
触媒前駆体としては、熱処理後の組成が下記式(1)で表される複合酸化物となるものが好ましい。
MoCu (1)
(式中、Mo、P、Cu、VおよびOは、それぞれモリブデン、リン、銅、バナジウムおよび酸素であり、Xは鉄、コバルト、ニッケル、亜鉛、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、チタン、クロム、タングステン、マンガン、銀、ホウ素、ケイ素、スズ、鉛、ヒ素、アンチモン、ビスマス、ニオブ、タンタル、ジルコニウム、インジウム、イオウ、セレン、テルル、ランタンおよびセリウムからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素であり、Yはカリウム、ルビジウム、セシウムおよびタリウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素である。a、b、c、d、e、fおよびgは、各元素の原子比率を表し、a=12のとき、b=0.5〜3、c=0.01〜3、d=0.01〜2、e=0〜3、f=0.01〜3であり、gは前記各元素の原子価を満足するのに必要な酸素の原子比率である。)
【0024】
触媒前駆体には、水溶性セルロース等の有機物が含まれていてもよい。
触媒前駆体の形状は特に限定されず、球状、円柱状、リング状、星形状等が挙げられる。また、触媒前駆体の大きさも特に限定されない。
触媒前駆体は、メタクリル酸製造用触媒の触媒前駆体の製造に通常用いられる打錠成形機、押出成形機、造粒機等で成形されたものが用いられる。
触媒前駆体は無担体であってもよく、前記形状を有する担体に触媒前駆体を担持した担持触媒であってもよい。前記担体としては、例えば、シリカ、アルミナ、シリカ−アルミナ、シリコンカーバイト等の不活性担体が挙げられる。
触媒前駆体を製造する方法は、公知の触媒前駆体の製造方法が使用できる。
【0025】
触媒前駆体を焼成管またはメタクリル酸製造用の反応器の反応管に充填する際には、触媒前駆体をシリカ、アルミナ、シリカ−アルミナ、シリコンカーバイト、チタニア、マグネシア、セラミックボールやステンレス鋼等の不活性担体で希釈してもよい。
【0026】
流通するガスの流量は、目標とする活性を有する触媒が得られる流量であればよく、触媒前駆体の熱処理に通常設定される流量が用いられる。また、ガスを流通させる方向は、特に限定されない。
触媒前駆体の熱処理を、メタクリル酸の製造に用いる反応器を用いて行う場合、熱処理工程におけるガス流通は、メタクロレインの気相接触酸化反応時における分子状酸素の流通方向と逆方向に、反応管あたり100〜5000NL/時で流通させることが好ましい。
【0027】
熱処理工程において流通させるガスとしては、空気、水蒸気を含む空気等の含酸素ガス、窒素、アルゴン等の不活性ガス等、触媒前駆体の熱処理に通常用いられるガスが使用できる。
【0028】
触媒前駆体の加熱方法は、目標とする活性を有する触媒が得られる温度および加熱時間で触媒前駆体を加熱できる方法であればよく、焼成管の外部から該焼成管に溶融塩や高温のガスを接触させて触媒前駆体を間接的に加熱する方法、電気ヒータにより加熱する方法、バーナー等の火炎により触媒前駆体を直接加熱する方法等が挙げられる。また、焼成管に流通させるガスを高温にし、流通ガスにより加熱してもよい。
触媒前駆体の熱処理をメタクリル酸の製造に用いる反応器を用いて行う場合は、メタクリル酸の製造後の反応器の反応管に触媒前駆体を充填し、メタクリル酸の製造時に発生する反応熱を除去する熱媒を、触媒前駆体の加熱に用いることが好ましい。
【0029】
特許文献4の中断方法は、ガスの流通を停止せず、加熱を停止することで熱処理を中断するものであった。触媒前駆体の温度は加熱を停止してもすぐには下がらないので、加熱停止後もある程度熱処理が進行する。触媒前駆体の温度の低下は、中断する時点や、用いる焼成管の種類等によって異なる。そのため、中断後の触媒前駆体の熱処理の程度はその都度異なるため、熱処理再開後の熱処理条件はその都度最適化する必要があった。
【0030】
これに対し、本発明では、予め設定した熱履歴の途中でガスの流通を停止することで熱処理を中断する。ガスの流通を停止した時点からは、触媒前駆体の熱処理はほとんど進行しないと考えられる。そして、時点B以降の熱履歴が、予め設定していた所定の熱履歴における時点A以降の熱履歴に相当する熱履歴となるように残りの熱処理を行う。つまり、本発明では、中断終了後の触媒前駆体に対して、再開後の熱処理と触媒の活性の関係を逐一検討しなくても、予め設定した所定の熱履歴の時点A以降の熱履歴に相当する熱履歴を適用することで、容易に熱処理を中断しない場合と同等の熱処理が行える。従って、熱処理を中断する時点や焼成管の種類等によらず、簡便な手法で、同等の活性を有する触媒を安定して製造できる。
【0031】
なお、本発明の触媒の製造方法においては、熱処理工程の再開時、すなわち時点Bは、得られる触媒の活性と、熱処理を中断せずに得られる触媒の活性の差が大きくなりすぎない範囲であれば、時点Aにおける触媒前駆体の温度よりも高い温度(所定の熱履歴における時点A以降の時点に相当する温度)でガス流通が再開された時点であってもよい。すなわち、触媒前駆体の温度を時点Aにおける触媒前駆体の温度よりも高い温度とした状態で、所定流量のガス流通を再開された時点を時点Bとし、所定の熱履歴におけるその温度に相当する時点から、該所定の熱履歴の時点A以降の熱履歴に相当する残りの熱処理を行う方法であってもよい。
【0032】
また、本発明の触媒の製造方法における触媒前駆体は、前述したメタクリル酸製造用触媒の前駆体には限定されず、プロパンまたはイソブタンの気相接触酸化反応または気相接触アンモ酸化反応に用いる酸化物触媒の熱処理前の触媒前駆体であってもよい。本発明の触媒の製造方法によれば、メタクリル酸製造用触媒以外の触媒の製造であっても、熱処理工程を中断する必要が生じた場合に、中断しない場合と同等の活性を有する触媒を簡便かつ安定に製造できる。
【0033】
<メタクリル酸の製造方法>
本発明のメタクリル酸の製造方法は、前述の本発明の製造方法により得られるメタクリル製造用触媒の存在下で、メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化してメタクリル酸を製造する方法である。
すなわち、本発明のメタクリル酸の製造方法は、本発明の製造方法により得られるメタクリル酸製造用触媒を用いる以外は、公知のメタクリル酸の製造方法が適用できる。
【0034】
具体的には、前述の製造方法により得たメタクリル製造用触媒により触媒層を形成し、メタクロレインと分子状酸素とを含む原料ガスを触媒層に流通させて反応させる。この気相接触酸化反応は、固定床で行ってもよく、流動床でも行ってもよく、固定床で行うことが好ましい。
反応圧力は、常圧(0MPa−G(ゲージ圧))から数気圧(例えば0.3MPa)の範囲内が好ましい。
反応温度は、230〜450℃が好ましく、250〜400℃がより好ましい。
原料ガスの流量は特に限定されないが、通常、原料ガスをメタクリル製造用触媒との接触時間が1.5〜15秒となる流量が好ましく、該接触時間が2〜5秒となる流量がより好ましい。
【0035】
触媒層は、1層であってもよく、2層以上であってもよい。
触媒層は、メタクリル製造用触媒と、他の添加成分とを混合して形成した層であってもよい。他の添加成分としては、不活性担体が挙げられる。不活性担体としては、例えば、シリカ、アルミナ、シリカ−アルミナ、シリコンカーバイト等が挙げられる。
【0036】
原料ガスとしては、例えば、メタクロレインおよび分子状酸素源を、窒素、炭酸ガス等の不活性ガスで希釈したものが用いられる。
原料ガス中には分子状酸素が必要であり、分子状酸素源としては空気を用いることが経済的に有利であるが、必要に応じて純酸素で富化した空気等を用いてもよい。
【0037】
原料ガス中のメタクロレインの濃度は、広い範囲で変更でき、1〜20容量%が好ましく、3〜10容量%がより好ましい。
原料ガス中の酸素量は、メタクロレインに対して、0.3〜4倍モルが好ましく、0.4〜2.5倍モルが特に好ましい。
【0038】
また、原料ガスには、窒素、水蒸気、炭酸ガス等の不活性ガスが含まれていてもよい。
水蒸気の存在下で気相接触酸化反応を行うことで、より高収率でメタクリル酸が得られる。
原料ガス中の水蒸気の濃度は、0.1〜50容量%が好ましく、1〜40容量%がより好ましい。
【実施例】
【0039】
以下、実施例および比較例を示して本発明を詳細に説明する。ただし、本発明は以下の記載によっては限定されない。なお、本実施例中の「部」は「質量部」を意味する。
本実施例におけるメタクロレインの反応率、生成するメタクリル酸の選択率および単流収率は、それぞれ下記式で定義される。
メタクロレインの反応率(%)=X/Y×100
メタクリル酸の選択率(%)=Z/X×100
メタクリル酸の収率(%)=Z/Y×100
式中、Xは反応したメタクロレインのモル数、Yは供給したメタクロレインのモル数、Zは生成したメタクリル酸のモル数を表す。
原料ガスおよび生成ガスの分析はガスクロマトグラフィーにより行った。
【0040】
[参考例1]
パラモリブデン酸アンモニウム100部、メタバナジン酸アンモニウム2.8部および硝酸セシウム9.2部を純水100部に溶解し、この溶液に、85質量%リン酸水溶液8.2部を純水30部に溶解した溶液を加えた。さらに、硝酸銅1.1部を純水30部に溶解した溶液を加え、その混合液を加熱攪拌しながら蒸発乾固した。得られた固形物を130℃で16時間乾燥し、その後に加圧成型(直径5mm、長さ5mmの円柱状)した。この成型体100部に対して、メチルセルロースを4質量%含む水溶液を7.5部噴霧して乾燥し、触媒前駆体を得た。
得られた触媒前駆体を、管径22mmの管型焼成管に約145g充填した。その後、水分率0.83%の空気を40L/hで流通させながら、下記(ア)〜(エ)の条件で熱処理工程を行った。すなわち、中断することなく熱処理を行った。焼成管内の熱履歴(所定の熱履歴)を図1に示す。
(ア)焼成管内温度を室温から290℃まで27時間かけて昇温した。
(イ)290℃から377℃まで25℃/hで昇温した。
(ウ)377℃で16時間保持した。
(エ)377℃から200℃まで39.3℃/hで降温した。
前記熱処理工程後の触媒9gを、管径16mmの反応管に、充填長が約10cmとなるようにアルミナ球を用いて希釈充填し、メタクロレイン5%、酸素10%、水蒸気10%、窒素75%(容量%)からなる原料ガスを、流量0.02N・m/h、反応温度285℃で流通させて気相接触酸化反応を行い、反応ガスを捕集して分析を行った。
【0041】
[実施例1]
熱処理工程を下記条件に変更した以外は参考例1と同様にして熱処理を行った。
(ア)焼成管内温度を室温から290℃まで27時間かけて昇温した。
(イ)290℃から377℃まで25℃/hで昇温した。
(オ)377℃で8時間保持した。
(カ)空気の流通を停止し(時点A)、377℃で8時間保持した。
(キ)熱処理工程開始時と同じ流量で空気の流通を再開し(時点B)、377℃で8時間保持した。
(ク)377℃から200℃まで39.3℃/hで降温した。
焼成管内の熱履歴を図2に示す。ただし、図2における破線部は、空気の流通を停止している期間を示す(以下、同じ。)。また、図2中の「○」は時点A、「●」は時点Bを示す。
また、得られた触媒を用いて、参考例1と同様にして、メタクロレインの気相接触酸化反応を行い、反応ガスを捕集して分析を行った。
【0042】
[実施例2]
前記工程(ア)を行った後、すなわち熱処理工程開始から27時間後に空気の流通を停止し(時点A)、空気の流通を停止している間は焼成管内温度を290℃以下とした。そして、空気の流通の停止から8.83時間後に空気の流通を停止前と同じ流量で再開し、かつその時点で焼成管内温度が290℃となるようにした(時点B、熱処理工程開始から35.83時間後)。その後、参考例1と同様にして、前記工程(イ)、(ウ)、(エ)の熱処理工程を行った。焼成管内の熱履歴を図3に示す。図3中の「○」は時点A、「●」は時点Bを示す。
また、得られた触媒を用いて、参考例1と同様にして、メタクロレインの気相接触酸化反応を行い、反応ガスを捕集して分析を行った。
【0043】
[比較例1]
実施例1と同様にして工程(カ)まで行った後、空気の流通を停止したまま、377℃で8時間保持し、377℃から200℃まで39.3℃/hで降温して熱処理工程を行った。焼成管内の熱履歴を図4に示す。
また、得られた触媒を用いて、参考例1と同様にして、メタクロレインの気相接触酸化反応を行い、反応ガスを捕集して分析を行った。
実施例、比較例および参考例のメタクリル酸の製造の分析結果を表1に示す。また、熱処理工程全体に要した総熱処理工程時間Ttot、ガス流通を停止した時点Aから、熱処理を再開した時点Bまでの時間Tstop、TtotからTstopを差し引いた時間Tcalの各値を表1に示す。
【0044】
【表1】

【0045】
表1に示すように、熱処理工程を中断する場合に本発明の触媒の製造方法を用いて製造した実施例1および2の触媒は、熱処理を中断せずに所定の熱履歴で製造した参考例1の触媒と比較して、その性能はほとんど低下していなかった。
これに対し、熱処理において工程(カ)以降を、ガス流通を停止した状態で処理した比較例1の触媒は、参考例1の触媒に比べてその性能が著しく低かった。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明のメタクリル酸製造用触媒の製造方法は、予め設定した所定の条件で行っている熱処理工程を一旦中断する必要が生じても、中断せずに得た触媒と同等の活性を有する触媒を、簡便な手法で安定して製造できるので非常に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
触媒前駆体に、ガス流通下に所定の熱履歴で加熱する熱処理を施して触媒を得る熱処理工程を有する、触媒の製造方法であって、
前記熱処理工程を中断する場合に、
下記時点Aを中断の開始時、下記時点Bを熱処理工程の再開時とし、
時点B以降の熱履歴を、前記所定の熱履歴における時点A以降の熱履歴に相当する熱履歴とすることを特徴とする触媒の製造方法。
時点A:前記所定の熱履歴の途中でガス流通を停止する時点。
時点B:時点A以降で、ガス流通を再開すること、および前記触媒前駆体の温度を前記時点Aにおける触媒前駆体の温度とすることの両方が満たされた時点。
【請求項2】
前記中断期間中の触媒前駆体の温度を、前記時点Aにおける触媒前駆体の温度以下とする、請求項1に記載の触媒の製造方法。
【請求項3】
前記触媒前駆体が、メタクロレインを気相接触酸化してメタクリル酸を得る反応に用いる、モリブデン、リンおよびバナジウムを含むメタクリル酸製造用触媒の熱処理前の触媒前駆体である、請求項1または2に記載の触媒の製造方法。
【請求項4】
触媒前駆体を、メタクリル酸の製造に用いる反応器の反応管に充填し、ガス流通下に熱処理する、請求項3に記載の触媒の製造方法。
【請求項5】
請求項3または4に記載の製造方法で製造された触媒の存在下で、メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化する、メタクリル酸の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−224509(P2011−224509A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−98837(P2010−98837)
【出願日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】