説明

触媒用複酸化物粉末の検査分析方法

【課題】Zrを含有する複酸化物粉末を実際に触媒に使用したときにどのような排気ガス浄化特性になるかを事前に知る上で有用な触媒用複酸化物の検査分析方法を提供する。
【解決手段】ラマン分光分析により、上記複酸化物粉末に含まれる酸素原子に関連するラマンシフトの第1波数域のピーク強度I1と第2波数域のピーク強度I2との比I1/I2を、還元雰囲気中、複数の温度において求め、このピーク強度比I1/I2が温度に依存して変化する度合を求め、この変化度合に基いて上記複酸化物粉末の酸素原子が関与する結晶構造特性を検査することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は触媒用複酸化物粉末の検査分析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
エンジンの排ガス浄化用触媒に酸素吸蔵材を添加することが行なわれている。例えば三元触媒では、HC(炭化水素)、CO及びNOx(窒素酸化物)を同時に浄化することができる空燃比領域を拡大するために酸素吸蔵材が添加されている。
【0003】
酸素吸蔵材としては、セリアが古くから知られ、最近ではその耐熱性を高めるべく、Ceの他にZrを含有させた複酸化物(複合酸化物ともいう。)、Ceの他にCe以外の希土類元素を含有させた複酸化物も知られている。このような酸素吸蔵材は、Ceが3価から4価になる際に結晶構造が歪み、この歪みによって酸素が取り込まれることから、その結晶構造が酸素吸蔵特性の良否に影響を与える。
【0004】
ところが、同じ工程で調製され、X線回折による解析でも同じ結晶構造になっていると判定される酸素吸蔵材であっても、理由は定かではないが、酸素吸蔵能は必ずしも同じではない。すなわち、例えばロット間で酸素吸蔵能にバラツキを生じ、それが触媒性能に影響を及ぼすことがあり、X線回折による構造解析では酸素吸蔵能の良否を正確に判定することができない。
【0005】
これに対して、特許文献1には、ラマン分光分析によって触媒用複合酸化物粉末の選別を行なうことが記載されている。それは、ラマンスペクトルの約450cm-1付近に存するピーク強度(I450)と約300cm-1付近に存するピーク強度(I300)との比(I300/I450)が所定値以下であるものを選別することにより、特性のバラツキを少なくするというものである。
【特許文献1】特開2004−237168号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、本発明者が以前から行なっていた実験・研究の結果によれば、上述の如きピーク強度比が同じ複酸化物であっても、実際に触媒に使用すると、排気ガス浄化性能に比較的大きな差違を生ずることがあった。
【0007】
そこで、本発明は、複酸化物を実際に触媒に使用したときにどのような排気ガス浄化特性になるかを事前に知る上で有用な触媒用複酸化物の検査分析方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、このような課題に対して、ラマン分光分析によって得られる上記ピーク強度比の温度による変化如何が、当該複酸化物を触媒に利用したときの触媒性能に関連していることを見いだして完成されたものであり、当該ピーク強度比の温度による変化に基いて当該複酸化物の結晶構造特性を検査するようにした。
【0009】
請求項1に係る発明は、Zrを含有する触媒用複酸化物粉末の検査分析方法であって、
ラマン分光分析により、上記複酸化物粉末に含まれる酸素原子に関連するラマンシフトの第1波数域のピーク強度I1と第2波数域のピーク強度I2との比I1/I2を、還元雰囲気中、複数の温度において求め、
上記ピーク強度比I1/I2が温度に依存して変化する度合を求め、
上記ピーク強度比I1/I2の変化度合に基いて上記複酸化物粉末の酸素原子が関与する結晶構造特性を検査することを特徴とする。
【0010】
すなわち、触媒には活性を呈する温度があり、その活性温度は一般には常温よりも高い。例えば排気ガス浄化用触媒にあっては、通常は250℃以上の温度で活性を呈するようになり、また、排ガスに晒されることによって600℃、700℃という高温になることもある。このような温度変化は、その触媒に使用されている複酸化物の結晶構造に影響を及ぼし、その構造変化は当該触媒の性能に影響を及ぼす。
【0011】
この結晶構造の変化とラマンシフト特性との関係を図1に模式的に示す。同図の2つのラマンシフト特性のうち上側は複酸化物が高温時に示す特性であり、下側は同じ複酸化物が低温時に示す特性である。このように、低温時と高温時のラマンシフト特性は相異なり、従って、この複酸化物に含まれる酸素原子が関連する第1波数域のピーク強度I1と第2波数域のピーク強度I2との比I1/I2も温度によって異なる。
【0012】
このピーク強度比I1/I2の違いは、図1の右側に示す当該複酸化物の結晶において、酸素原子が占める位置のずれの大小に起因するものである。この場合、破線の丸は酸素原子の理想位置を示し、実線の丸は酸素原子が実際に占める位置を示している。ピーク強度比I1/I2が大きい低温時は酸素原子の位置ずれが大きく、ピーク強度比I1/I2が小さい高温時は酸素原子の位置ずれが小さい。
【0013】
そうして、低温時と高温時とでピーク強度比I1/I2が大きく変化するということは、それだけ当該複酸化物の結晶構造が歪み易いことを意味し、例えば排ガス浄化用触媒の酸素吸蔵材であれば、酸素吸蔵能が高くなって排ガス浄化性能が良くなる。
【0014】
そこで、本発明は、上記ピーク強度比I1/I2が温度に依存して変化する度合を求め、この変化度合に基いて上記複酸化物粉末の結晶構造特性を検査するようにしたものである。また、還元雰囲気中でラマン分光分析を行なうようにしたから、温度が変化するときの酸素原子の挙動が関連するラマンシフト特性を精度良く捉える上で有利になる。
【0015】
よって、本発明によれば、当該複酸化物粉末を触媒に利用したときの触媒性能を事前に評価することができ、この検査結果に基づいて複酸化物を選別して触媒に使用すれば、品質が安定した触媒を調製することができる。
【0016】
上記変化度合としては、第1温度でのピーク強度比(I1/I2T1から第1温度とは異なる第2温度でのピーク強度比(I1/I2T2への変化率、ピーク強度比(I1/I2T1に対するピーク強度比(I1/I2T2の比率(I1/I2T2/(I1/I2T1、或いはピーク強度比(I1/I2T1からピーク強度比(I1/I2T2への変化量(両ピーク強度比の差)のいずれを採用してもよい。
【0017】
請求項2に係る発明は、請求項1において、
上記複酸化物粉末は、Zrを50モル%以上含有する立方晶構造のZr系複酸化物であり、
上記第1波数域及び第2波数域のうちの一方は470cm-1付近の波数域であり、他方は630cm-1付近の波数域であることを特徴とする。
【0018】
すなわち、Zrリッチの複酸化物の場合、その酸素原子が関連するラマンシフトのピークは、470cm-1付近と630cm-1付近とに現れる。よって、第1波数域及び第2波数域を上述の如く設定することにより、上記ピーク強度比I1/I2の温度による変化度合に基いて複酸化物粉末の結晶構造特性を的確に検査することができる。
【0019】
請求項3に係る発明は、請求項1において、
上記複酸化物粉末は、Ceを50モル%以上含有する立方晶構造のCe−Zr系複酸化物であり、
上記第1波数域及び第2波数域のうちの一方は300cm-1付近の波数域であり、他方は470cm-1付近の波数域であることを特徴とする。
【0020】
すなわち、Zrリッチの複酸化物の場合、その酸素原子が関連するラマンシフトのピークは、300cm-1付近と470cm-1付近とに現れる。よって、第1波数域及び第2波数域を上述の如く設定することにより、上記ピーク強度比I1/I2の温度による変化度合に基いて複酸化物粉末の結晶構造特性を的確に検査することができる。
【発明の効果】
【0021】
以上のように本発明によれば、ラマン分光分析により、Zrを含有する複酸化物粉末に含まれる酸素原子に関連するラマンシフトの第1波数域のピーク強度I1と第2波数域のピーク強度I2との比I1/I2を、還元雰囲気中、複数の温度において求め、このピーク強度比I1/I2が温度に依存して変化する度合を求め、この変化度合に基いて上記複酸化物粉末の酸素原子が関与する結晶構造特性を検査するようにしたから、当該複酸化物粉末を触媒に利用したときの触媒性能を事前に評価することができ、この検査結果に基づいて複酸化物を選別して触媒に使用すれば、品質が安定した触媒を調製することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
【0023】
<複酸化物の調製>
本発明に係る方法を適用する試料として、表1に示すように組成が異なる2種類の複酸化物粉末、すなわち、Zrリッチ複酸化物及びCeリッチ複酸化物の各粉末をそれぞれ複数ロット調製した。
【0024】
【表1】

上記2種類の複酸化物粉末は材料組成が異なるだけで調製法は同じであり、それは次の通りである。オキシ硝酸ジルコニウム、硝酸第一セリウム、硝酸ネオジム(III)含水、硝酸ロジウム溶液の所定量を混合し、水を加えて室温で約1時間撹拌した。この混合溶液を80℃まで加熱昇温させた後、これに撹拌しながら28%アンモニア水を所定量加えて混合した。アンモニア水の混合により白濁した溶液を一昼夜放置し、生成したゲルを遠心分離器にかけて十分に水洗した。この水洗したゲルを約150℃の温度で乾燥させた後、400℃の温度に5時間保持し、次いで500℃の温度に2時間保持するという条件で焼成した。
【0025】
<X線回折による解析>
上記Zrリッチ複酸化物粉末(ロットA〜D)のX線回折測定の結果を図2に示し、Ceリッチ複酸化物粉末(ロットE〜G)のX線回折測定の結果を図3に示す。図2から明らかなように、ロットA〜DのZrリッチ複酸化物粉末の回折ピークはいずれも同じように現れており、このX線回折ではロットA〜Dの各複酸化物粉末が立方晶構造をとることはわかるが、ロット間の結晶構造の違いは認められない。この点は図3に示すロットE〜GのZrリッチ複酸化物粉末も同じであり、X線回折ではロットE〜G間の結晶構造の違いは認められない。
【0026】
<ラマン分光分析>
上記Zrリッチ複酸化物粉末(ロットA〜D)及びCeリッチ複酸化物粉末(ロットE〜G)について、還元雰囲気(水素ガス雰囲気)中で、前者は第1温度30℃及び第2温度600℃の各々で、後者は第1温度30℃及び第2温度100℃の各々で、ラマン分光分析を行なった。結果は、Zrリッチ複酸化物粉末(ロットA〜D)については図4に、Ceリッチ複酸化物粉末(ロットE〜G)については図5に示す。
【0027】
図4及び図5において、A〜Gはロット記号を、温度は分析温度を、I1は第1波数域のピーク強度を、I2は第2波数域のピーク強度をそれぞれ表す。図4のZrリッチ複酸化物粉末(ロットA〜D)の第1波数域は470cm-1付近の波数域(440cm-1〜500cm-1)、第2波数域は630cm-1付近の波数域(600cm-1〜660cm-1)、図5のCeリッチ複酸化物粉末(ロットE〜G)の第1波数域は300cm-1付近の波数域(270cm-1〜330cm-1)、第2波数域は470cm-1付近の波数域(440cm-1〜500cm-1)である。
【0028】
上記各ロットの上記各測定温度での第1周波数域のピーク強度I1、第2波数域のピーク強度I2、第1温度でのピーク強度比(I1/I2T1、第2温度でのピーク強度比(I1/I2T2、ピーク強度比(I1/I2T1からピーク強度比(I1/I2T2への下記変化率、並びにピーク強度比(I1/I2T1に対するピーク強度比(I1/I2T2の比率(I1/I2T2/(I1/I2T1は表2に示す通りである。
【0029】
変化率=((I1/I2T1−(I1/I2T2)/(I1/I2T1
なお、図1に示すように、第1周波数域のピーク強度I1は、ピークの両端の終点を結ぶベースラインを基準(強度零)として、第2波数域のピーク強度I2は、ピークの高波数側の終点より水平に引いたベースラインを基準(強度零)として測定した。
【0030】
【表2】

Zrリッチ複酸化物粉末では低温側のピーク強度比(I1/I2T1から高温側のピーク強度比(I1/I2T2への変化率がプラスの値になり、Ceリッチ複酸化物粉末ではマイナスの値になっているのは、前者は温度上昇と共に酸素原子の理想位置からのずれが小さくなり、後者は逆にそのずれが大きくなるためである。
【0031】
<排ガス浄化性能>
上記各ロットA〜Gの複酸化物粉末について、これに活性アルミナ、バインダ及び水の所定量を混合することによりスラリーを調製し、これにコージェライト製ハニカム状担体を浸漬して引き上げ、余分なスラリーを吹き飛ばした後、500℃の温度に2時間保持する焼成を行なうことにより、各供試触媒を得た。これら供試触媒に対しては、大気雰囲気において1000℃の温度に24時間保持するエージングを行なった。
【0032】
そうして、上記各供試触媒をモデルガス流通反応装置に取り付け、触媒に流入するモデルガス温度を100℃から500℃まで漸次上昇させていき、触媒入口ガス温度400℃のときのNOx浄化率を測定した。モデルガスは、A/F=14.7±0.9とした。すなわち、A/F=14.7のメインストリームガスを定常的に流しつつ、所定量の変動用ガスを1Hzでパルス状に添加することにより、A/Fを±0.9の振幅で強制的に振動させた。空間速度SVは60000h-1、昇温速度は30℃/分である。
【0033】
結果は、Zrリッチ複酸化物粉末(ロットA〜D)については図6に、Ceリッチ複酸化物粉末(ロットE〜G)については図7に示す。同図のA〜Gはロット記号である。
【0034】
ロットA〜DのZrリッチ複酸化物粉末は、先の表2によれば30℃でのピーク強度比は略同じであるが、図6に示すようにそれらのNO浄化率には比較的大きな差を生じている。この点は図7に示すCeリッチ複酸化物粉末も同じである。一方、ピーク強度比の変化率とNOx浄化率との関係をみると、Zrリッチ複酸化物粉末及びCeリッチ複酸化物粉末のいずれも、ピーク強度比の変化率が大きくなるに従ってNOx浄化率が高くなる傾向を示している。また、表2のピーク強度比の比率でみれば、比率1(ピーク強度比の変化なし)からのずれが大きくなるほどNOx浄化率が高くなるということができる。すなわち、ピーク強度比I1/I2が温度に依存して変化する度合が大きいほどNOx浄化率が高くなっている。上記ロット間のNOx浄化率の差違は、上記複酸化物粉末は触媒の酸素吸蔵材として働くところ、各ロットの酸素原子が位置ずれを生じ易いか否か、換言すれば結晶が歪み易いか否かが相違し、そのためにその酸素吸蔵能が相異なることによると認められる。
【0035】
以上により、本発明に係る検査分析方法によれば、複酸化物粉末の酸素原子が関与する結晶構造特性を分析することができ、これにより、この複酸化物粉末を触媒に利用したときの触媒性能を事前に的確に評価することができ、よって、その検査結果に基づいて複酸化物粉末を選別して触媒に使用すれば、品質が安定した触媒を調製することができることがわかる。
【0036】
なお、本発明は、上述のCeとZrとを含有する複酸化物粉末以外に、ZrとCe以外の希土類元素(例えばPr)とを含有する複酸化物などにも適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】複酸化物粉末の低温時及び高温時のラマンシフト特性とその結晶における酸素位置のずれとの関係を示す説明図である。
【図2】ロットA〜DのZrリッチ複酸化物粉末のX線回折チャート図である。
【図3】ロットE〜GのCeリッチ複酸化物粉末のX線回折チャート図である。
【図4】ロットA〜DのZrリッチ複酸化物粉末の低温時及び高温時のラマンシフト特性図である。
【図5】ロットE〜GのCeリッチ複酸化物粉末の低温時及び高温時のラマンシフト特性図である。
【図6】Zrリッチ複酸化物粉末のピーク強度比の変化率とNOx浄化率との関係を示すグラフ図である。
【図7】Ceリッチ複酸化物粉末のピーク強度比の変化率とNOx浄化率との関係を示すグラフ図である。
【符号の説明】
【0038】
なし

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Zrを含有する触媒用複酸化物粉末の検査分析方法であって、
ラマン分光分析により、上記複酸化物粉末に含まれる酸素原子に関連するラマンシフトの第1波数域のピーク強度I1と第2波数域のピーク強度I2との比I1/I2を、還元雰囲気中、複数の温度において求め、
上記ピーク強度比I1/I2が温度に依存して変化する度合を求め、
上記ピーク強度比I1/I2の変化度合に基いて上記複酸化物粉末の酸素原子が関与する結晶構造特性を検査することを特徴とする触媒用複酸化物の検査分析方法。
【請求項2】
請求項1において、
上記複酸化物粉末は、Zrを50モル%以上含有する立方晶構造のZr系複酸化物であり、
上記第1波数域及び第2波数域のうちの一方は470cm-1付近の波数域であり、他方は630cm-1付近の波数域であることを特徴とする触媒用複酸化物粉末の検査分析方法。
【請求項3】
請求項1において、
上記複酸化物粉末は、Ceを50モル%以上含有する立方晶構造のCe−Zr系複酸化物であり、
上記第1波数域及び第2波数域のうちの一方は300cm-1付近の波数域であり、他方は470cm-1付近の波数域であることを特徴とする触媒用複酸化物粉末の検査分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−194827(P2006−194827A)
【公開日】平成18年7月27日(2006.7.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−9171(P2005−9171)
【出願日】平成17年1月17日(2005.1.17)
【出願人】(000003137)マツダ株式会社 (6,115)
【Fターム(参考)】