説明

試料輸送用ユニット、試料輸送容器、並びに、試料輸送方法

【課題】コンパクトで取扱いが容易であると共に、目的温度の維持性能と緩衝性能に優れた試料輸送用ユニット等を提供する。
【解決手段】試料輸送用ユニットが備える緩衝部材2は、試料側支持体(支持体)5、枠体6、及び背面側支持体(支持体)7が順に積層された三層構造を有しており、これらによって形成された空間15にゲル状の弾性体12が充填されている。弾性体12は緩衝材と熱源の両方の機能を担うものであり、これにより、緩衝部材2は緩衝性能に加えて高度な温度維持機能を備えることができる。試料を入れた試料保持具の周囲を緩衝部材2で覆うことにより、細胞等の試料をより安全かつ容易に輸送することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞等の試料を目的温度域に維持して輸送するために使用される試料輸送用ユニット、当該ユニットを備えた試料輸送容器、並びに、試料輸送方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
細胞や生体試料といった精密な温度管理が求められる試料を輸送する機会が増加している。一般に、これらの試料の保存や輸送は−20℃以下の「冷凍」や5℃程度の「冷蔵」の条件下で行われることが多い。冷凍条件で輸送する場合には、例えば、ドライアイスや液体窒素といった超低温の冷媒を試料に接触させるか試料近傍に置いた状態で輸送する。冷蔵条件で輸送する場合には、例えば、高吸水性ポリマーを袋詰めした保冷材がよく使われている。
【0003】
一方、これらの試料を生物学的に活発な状態を維持したまま輸送するニーズが高まっている。そのためには、冷蔵条件よりも少し高い温度領域や生体温度領域(以下、「中間温度領域」と称することがある。)に試料温度を維持しながら輸送する必要がある。また、細胞や生体試料の他に、医薬品関連試料や半導体関連試料でも、中間温度領域に維持しながら輸送すべきものがある。これらの試料の多くは温度変動の影響を受けやすいので、輸送中の温度変動を極力小さくする必要がある。さらに、遠方に輸送する機会が多いので、数日間の輸送にも対応できることが望ましい。特許文献1には、室温領域で細胞を輸送するための細胞輸送容器が開示されている。この細胞輸送容器は、蓄熱機能と断熱機能を備えた二層構造を有し、さらに酸化触媒による加温装置を有する。
【0004】
さらに、上記した試料は衝撃に弱いものが多く、輸送中において衝撃から守る必要がある。例えば、試料が付着性細胞の場合には、衝撃によって細胞が支持体から剥がれ落ちるおそれがある。また浮遊細胞の場合でも細胞へのダメージは避けられず、また培地の微生物汚染の原因にもなる。半導体関連試料等の場合には、重大な故障の原因となる。したがって、これらの試料を輸送する場合には、高度な温度維持性能に加えて高度な緩衝性を備えた方法を採用することが求められる。特許文献2には、パラフィン等が内部に封入された蓄熱材を熱源として用いた試料輸送容器が開示されている。この蓄熱材は、パラフィン等の液体から固体への相転移を利用して目的温度(例えば36℃)を維持するものであるが、封入されたパラフィン等(液体)の特性により緩衝能をも備えている。なお、パラフィン等が部分的に固化するとその場所では緩衝能が失われるので、緩衝材内部の均一性を保つための方策(例えば、攪拌)を施すことが好ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−217290号公報
【特許文献2】特開2009−73513号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記の蓄熱材はサイズ的に大きくなりがちで、取扱いが容易でない。また上述のように、蓄熱材に緩衝性能を十分に発揮させるためには、封入されたパラフィン等の均一性を保つために攪拌等を行う必要があり、煩雑である。このような現状に鑑み、本発明は、コンパクトで取扱いが容易であると共に、目的温度の維持性能と緩衝性能に優れた試料輸送用ユニット等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記した課題を解決するための方策を鋭意検討した結果、耐震ゲル等に採用されているゲル状の弾性体が、高度な緩衝性能に加えて高度な温度維持機能を備えていることを見出した。そして、当該弾性体を保持する緩衝材を利用した一連の試料輸送技術を開発し、本発明を完成した。すなわち、上記した課題を解決するための本発明は、以下のとおりである。
【0008】
請求項1に記載の発明は、試料を入れた試料保持具の周囲に設置して使用され、当該試料を目的温度域に維持しながら輸送するための試料輸送用ユニットであって、
シート状の支持体と当該支持体に保持されたゲル状の弾性体とを有する緩衝部材と、前記弾性体を直接的に加温可能な面状ヒータを備え、
前記緩衝部材が前記試料保持具に対して直接的に加温又は冷却可能であることを特徴とする試料輸送用ユニットである。
【0009】
本発明は試料輸送用ユニットに係るものであり、試料を入れた試料保持具の周囲に設置して使用され、当該試料を目的温度域に維持しながら輸送するためのものである。本発明の試料輸送用ユニットは緩衝部材と面状ヒータを備えている。このうち、緩衝部材はシート状の支持体と当該支持体に保持されたゲル状の弾性体とを有するものであり、一方、面状ヒータは支持体に保持された当該弾性体を加温可能である。そして、緩衝部材が試料保持具に対して直接的に加温又は冷却可能である。本発明の試料輸送用ユニットでは、ゲル状の弾性体を保持した緩衝部材を採用しているので、試料輸送に求められる高度な温度維持機能と高度な緩衝性能を兼ね備えている。また、緩衝部材が試料保持具に対して「直接的」に加温又は冷却可能であり、換言すれば、試料保持具周囲の温度雰囲気(例えば、輸送容器庫内)を加温又は冷却の対象とするものではないので、試料温度をより確実に目的温度域に維持できる。また、緩衝部材がシート状の支持体を基本構成としているので、試料保持具の周囲に設置しやすく、コンパクトで場所をとらない。さらに、相転移を利用した蓄熱材を必要としないので、コンパクトで取扱いが容易である。またさらに、緩衝部材の弾性体に対して直接的に加温可能な面状ヒータを備えているので、緩衝部材の温度維持がより長時間にわたって確実に行われる。
【0010】
請求項2に記載の発明は、面状ヒータは、緩衝部材に直接取り付けられていることを特徴とする請求項1に記載の試料輸送用ユニットである。
【0011】
かかる構成により、ユニット全体がよりコンパクトになって取扱いがさらに容易となり、かつ面状ヒータによる弾性体への加温もより確実となる。
【0012】
請求項3に記載の発明は、弾性体は2枚の支持体に挟まれており、面状ヒータが一方の支持体に取り付けられていることを特徴とする請求項2に記載の試料輸送用ユニットである。
【0013】
かかる構成により、緩衝部材が保形性に優れたものとなり、取扱いがさらに容易になると共に面状ヒータの着脱も容易となる。
【0014】
請求項4に記載の発明は、弾性体は支持体と面状ヒータに挟まれており、面状ヒータが弾性体に接触していることを特徴とする請求項2に記載の試料輸送用ユニットである。
【0015】
かかる構成により、面状ヒータによる弾性体への加温がさらに確実となる。
【0016】
請求項5に記載の発明は、緩衝部材は、試料保持具の周囲を覆うか挟むことが可能なものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の試料輸送用ユニットである。
【0017】
かかる構成により、試料保持具に対してより確実に加温又は冷却することができると共に、試料を衝撃からより確実に守ることができる。
【0018】
請求項6に記載の発明は、目的温度域は、5℃〜36℃の範囲から選択されたものであることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の試料輸送用ユニットである。
【0019】
かかる構成により、冷蔵温度から中間温度領域にわたる広い範囲で試料を安全に輸送することができる。
【0020】
試料が細胞又は生体試料である構成が推奨される(請求項7)。
【0021】
請求項8に記載の発明は、試料を入れた試料保持具を収容し、当該試料を目的温度域に維持しながら輸送するための試料輸送容器であって、
容器内部に請求項1〜7のいずれかに記載の試料輸送用ユニットを備えたことを特徴とする試料輸送容器である。
【0022】
本発明は試料輸送容器に係るものであり、上記した本発明の試料輸送用ユニットを容器内部に備えている。本発明の試料輸送容器によれば、細胞等の試料をより安全かつ容易に輸送することができる。
【0023】
試料輸送用ユニットの緩衝部材が容器内部の内壁に取り付けられている構成が好ましい(請求項9)。
【0024】
請求項10に記載の発明は、試料保持具に入れた試料を目的温度域に維持しながら輸送する試料輸送方法であって、
シート状の支持体と当該支持体に保持されたゲル状の弾性体とを有する緩衝部材であって予めインキュベートしたものを試料保持具の周囲に設置して、当該試料保持具に対して直接的に加温又は冷却しながら前記試料を輸送することを特徴とする試料輸送方法である。
【0025】
また請求項11に記載の発明は、請求項1〜7のいずれかに記載の試料輸送用ユニットを用いて前記試料を目的温度域に維持しながら輸送する試料輸送方法であって、
予めインキュベートした緩衝部材を試料保持具の周囲に設置して、当該試料保持具に対して直接的に加温又は冷却しながら前記試料を輸送することを特徴とする試料輸送方法である。
【0026】
本発明は試料輸送方法に係るものであり、試料保持具に入れた試料を目的温度域に維持しながら輸送するものである。本発明の試料輸送方法では、予めインキュベートした緩衝部材を試料保持具の周囲に設置して、当該試料保持具に対して直接的に加温又は冷却しながら試料を輸送する。ここで、当該緩衝部材は、シート状の支持体と当該支持体の少なくとも一方の面に保持されたゲル状の弾性体とを有するものである。本発明の試料輸送方法では、予めインキュベートした緩衝部材(ゲル状の弾性体を有している)によって試料保持具を直接的に加温又は冷却するので、試料を衝撃から高度に守ることができると共に、試料温度をより確実に目的温度域に維持できる。すなわち本発明の試料輸送方法によれば、細胞等の試料をより安全かつ容易に輸送することができる。
【0027】
請求項12に記載の発明は、緩衝部材に保持された弾性体を、前記面状ヒータによって直接的に加温しながら前記試料を輸送することを特徴とする請求項11に記載の試料輸送方法である。
【0028】
本発明の試料輸送方法では、面状ヒータによって緩衝部材の弾性体を直接的に加温しながら輸送するので、緩衝部材の温度維持時間が長い。そのため、より長時間にわたって試料を輸送することができる。
【0029】
請求項13に記載の発明は、緩衝部材で試料保持具の周囲を覆うか挟んだ状態で前記試料を輸送することを特徴とする請求項10〜12のいずれかに記載の試料輸送方法である。
【0030】
かかる構成により、試料保持具に対してより確実に加温又は冷却することができると共に、試料を衝撃からより確実に守ることができる。
【0031】
目的温度域が5℃〜36℃の範囲から選択されたものである構成(請求項14)が推奨される。試料が細胞又は生体試料である構成(請求項15)も推奨される。
【発明の効果】
【0032】
本発明の試料輸送用ユニットは、ゲル状の弾性体を有する緩衝部材と面状ヒータとを備えるので、細胞等の試料輸送に求められる高度な温度維持機能と高度な緩衝性能を有している。そのため、試料をより安全に輸送することができる。さらに、コンパクトで場所をとらないため、取扱いが容易である。
【0033】
本発明の試料輸送容器についても同様であり、細胞等の試料をより安全かつ容易に輸送することができる。
【0034】
本発明の試料輸送方法についても同様であり、細胞等の試料をより安全かつ容易に輸送することができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の第一実施形態に係る試料輸送用ユニットを示す斜視図であり、(a)は緩衝部材に面状ヒータを取り付ける前の状態、(b)は緩衝部材に面状ヒータを取り付けた状態を示す。
【図2】図1の緩衝部材の積層構造を示す分解斜視図である。
【図3】図1の緩衝部材の断面図である。
【図4】本発明の第二実施形態に係る試料輸送用ユニットが備える緩衝部材の積層構造を示す分解斜視図である。
【図5】図4の緩衝部材の断面図である。
【図6】図1の試料輸送用ユニットの使用方法を説明する斜視図であり、(a)は試料輸送具を緩衝部材で覆う前の状態、(b)は試料保持具を緩衝部材で覆った状態を示す。
【図7】試料保持具を試料輸送用ユニットと共に断熱容器に収容した状態を示す斜視図である。
【図8】本発明の第三実施形態における試料輸送用ユニットと試料保持具を示し、(a)は分解斜視図、(b)は正面図である。
【図9】本発明の第四実施形態に係る試料輸送用ユニットを内部に備えた試料輸送容器を示す分解斜視図である。
【図10】図9の試料輸送容器の平面図である。
【図11】図9の試料輸送容器を収容した外箱の内部を示す断面図である。
【図12】実施例1で行った温度測定の結果を示すグラフである。
【図13】実施例2で行った温度測定の結果を示すグラフである。
【図14】実施例3で行った温度測定の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0036】
図1に示すように、本発明の第一実施形態に係る試料輸送用ユニット1はシート状の形状を有し、シート状の緩衝部材2と、緩衝部材2の一方の面に取り付けられた面状ヒータ3とで構成されている。試料輸送用ユニット1は柔軟性に富み、輸送対象物の形状等に応じて自在に折り曲げ等することができる。緩衝部材2と面状ヒータ3の表面のサイズは略同じであり、縦100mm〜200mm程度、横200mm〜400mm程度であるが、これに限定されるものではなく、輸送対象物の大きさ等に対応して適宜選択することができる。
【0037】
図2,3に示すように、緩衝部材2は、試料側支持体(支持体)5、枠体6、及び背面側支持体(支持体)7が順に積層された三層構造を有しており、これらによって形成された空間15にゲル状の弾性体12が充填されている。
【0038】
試料側支持体5と背面側支持体7はいずれもゴム製の薄いシートであり、緩衝部材2の両面を構成している。これらの厚みは、いずれも0.1mm〜1mm程度であるが、緩衝部材2の柔軟性が確保できる厚みであれば特に制限はない。試料側支持体5と背面側支持体7は、緩衝部材2の保形性を確保すると共に、緩衝部材2と輸送対象物あるいは面状ヒータ3との滑りを防ぎ、接触を確実にする作用を有する。試料側支持体5と背面側支持体7は基本的に同じものであり、外見上の区別はない。
【0039】
枠体6は、試料側支持体5と背面側支持体7の間に配置されている。枠体6は、その外形が試料側支持体5ならびに背面側支持体7と略同じで、中央部分が長方形状に打ち抜かれた口の字状の形状を有している。枠体6はスポンジ製であり、軽量かつ柔軟性に富んでいる。枠体6は、ゲル状の弾性体12が充填される空間15を形成すると共に、充填された弾性体12が緩衝部材2の縁から漏出するのを防ぐ効果を有する。枠体6の厚みは3mm〜10mm程度、各辺の幅は5mm〜15mm程度であるが、緩衝部材2の柔軟性が確保できる幅や厚みであれば特に制限はなく、充填すべき弾性体12の量などに応じて自由に設定できる。
【0040】
空間15にはゲル状の弾性体12が充填されている。弾性体12は緩衝材と熱源の両方の機能を担うものであり、弾性体12の存在によって、緩衝部材2は緩衝性能に加えて高度な温度維持機能を備えることができる。弾性体12は「特定温度域でゲル状となる弾性体材料」からなる。「特定温度域でゲル状となる弾性体材料」は、輸送の目的温度域に応じて選択することができる。すなわち、輸送の目的温度域が当該特定温度域の範囲内となるような弾性体材料を選択すればよい。特定温度域でゲル状となる弾性体材料の例としては、熱可塑性材料に属するものが挙げられ、具体的には、規定温度(例えば、80℃)以上になると流動性を示すが、当該規定温度よりも低い特定の温度域(例えば、3℃〜70℃)では粘度が高くなり、粘弾性を有したゲル状となる熱可塑性エラストマーが挙げられる。当該の熱可塑性エラストマーの例としては、耐震ゲル等として採用されているポリスチレン系樹脂とブチルゴムとを主成分とする熱可塑性エラストマーが挙げられ、必要に応じて、軟化剤、粘着付与樹脂、酸化防止剤等が添加されたものでもよい。なお、当該の熱可塑性材料を採用した場合には、「規定温度よりも低い特定の温度域」(例えば、3℃〜70℃)の範囲から輸送時の目的温度域(例えば、5℃〜36℃)を選択することができる。なお、特定温度域でゲルの状態を保つ弾性体であれば、熱可塑性材料以外の素材からなるものも採用可能である。
【0041】
面状ヒータ3は、柔軟性を有するシート状の発熱体であり、9〜12ボルト程度の電池(図示せず)で駆動するものである。面状ヒータ3は緩衝部材2と略同一の表面サイズを有しており、緩衝部材2の背面側支持体7に取り付けられ、緩衝部材2に常時接触している。面状ヒータ3は、通電をオン/オフ制御することによりその表面温度を予め設定された温度に維持・制御できる。面状ヒータ3は緩衝部材2に保持された弾性体12を直接的に加温するものであり、緩衝部材2の温度を安定化させる作用を有する。
【0042】
本実施形態では面状ヒータ3は緩衝部材2に対して着脱可能に取り付けられているが、面状ヒータ3を背面側支持体7に貼着して、緩衝部材2と面状ヒータ3とを一体化してもよい。一体化することにより、面状ヒータ3と緩衝部材2の接触性が向上すると共に試料輸送用ユニット1全体がよりコンパクトになり、取扱いがさらに容易となる。
【0043】
上記した第一実施形態では、弾性体12が2枚の支持体(試料側支持体5と背面側支持体7)に挟まれており、面状ヒータ3が一方の支持体(背面側支持体7)に取り付けられている。一方、本発明の第二実施形態に係る試料輸送用ユニット21は、図1の試料輸送用ユニット1と同様に、シート状の形状を有し、シート状の緩衝部材22と、緩衝部材22の一方の面に取り付けられた面状ヒータ3とで構成されているが、図4,5に示すように、緩衝部材22が試料側支持体(支持体)5と枠体6が積層された二層構造を有しており、背面側支持体を有していない。そして、面状ヒータ3が枠体6に直接取り付けられており、試料側支持体5と枠体6と面状ヒータ3とで空間15が形成されている。第一実施形態と同様に、図4,5の空間15にはゲル状の弾性体12が充填されている。本実施形態では、面状ヒータ3が空間15内の弾性体12に直接触れており、弾性体12への加温がさらに確実となる。また緩衝部材22が背面側支持体を有さないので、構造がより簡単となる。なお、弾性体12に粘着性物質を含ませることで弾性体12が糊の役目も果たし、面状ヒータ3を緩衝部材22上に強固に固定することができる。
【0044】
緩衝部材2は、例えば、以下のようにして作製することができる。まず、ゲル状の弾性体12の材料となる熱可塑性材料を規定温度以上に加熱して、流動体とする。次に、この流動体を規定温度以上に保持したまま空間15に充填する。これを常温まで冷ますことにより流動体がゲル状の弾性体12となる。なお、第二実施形態の緩衝部材22の場合は、試料側支持体5と枠体6とで形成される窪み(空間15に相当)に流動体を一様に盛った後、面状ヒータ3を上から被せて流動体を挟み、常温まで冷ませばよい。
【0045】
第一実施形態に係る試料輸送用ユニット1(図1,2)の使用方法について、図6を参照しながら説明する。この例では、図6(a)に示すような、試料を入れた50mL容の遠沈官を試料保持具8としている。まず、試料の種類に応じて試料を維持するべき目的温度域を決定する。目的温度域は、例えば、5℃〜36℃の範囲から自由に選択できる。
【0046】
次に、事前準備として、緩衝部材2(図1〜3)を予めインキュベートしておく。緩衝部材2をインキュベートすることにより、空間15内の弾性体12(図3)が熱源として作用できるようになる。ここで、インキュベート温度は試料輸送の目的温度(例えば、5℃〜36℃の範囲から選ばれた温度)と基本的に同じでよいが、試料の特性によって微調整してもよい。例えば、目的温度域より高い温度に晒されることを避けるべき試料の場合には、インキュベート温度を目的温度域と同じかやや低い温度に設定してもよい。一方、目的温度域より低い温度に晒されることを避けるべき試料の場合には、インキュベート温度を目的温度域と同じかやや高い温度に設定してもよい。すなわち、インキュベート温度は「目的温度又はその近傍温度」とすることができる。
【0047】
上記の事前準備が完了したら、インキュベートされた緩衝部材2の背面側支持体7に面状ヒータ3を取り付けて、面状ヒータ3が背面側支持体7に常時接触した状態にする(図6(a))。これにより、面状ヒータ3に通電することで緩衝部材2の弾性体12(図3)を直接的に加温できるようになる。次に、試料側支持体5が試料保持具8に接触するように、緩衝部材2を試料保持具8の周りに直接巻きつける(図6(b))。これにより、緩衝部材2が試料保持具8を直接的に加温又は冷却できるようになる。このとき、必要に応じて面状ヒータ3の外周を結束バンド等で固定してもよい。
【0048】
その後、試料保持具8と試料輸送用ユニット1との一体物を、別途用意した断熱容器9の容器本体9aの内部に設置し(図7)、面状ヒータ3への通電を開始して断熱容器9の蓋9bを閉じる。これにより、試料保持具8内の試料を目的温度域に維持しながら安全に輸送することが可能となる。断熱容器9は、ステンレススチール製の円筒型真空二重容器(デュワー瓶)であり、密閉式の保冷・保管容器として一般に用いられているものである。試料輸送用ユニット1と断熱容器9との組み合わせにより、本発明の実施形態に係る試料輸送容器10が構成される。試料輸送用ユニット1と容器本体9aの内壁との隙間には、必要に応じて保温材や保冷材を設置してもよく、緩衝材を設置してもよい。
【0049】
第二実施形態に係る試料輸送用ユニット21(図4)の使用方法についても、基本的に第一実施形態に係る試料輸送用ユニット1と同じである。ただし、試料輸送用ユニット21では緩衝部材2と面状ヒータ3とが一体となっているので、事前準備時には試料輸送用ユニット21ごと予めインキュベートすることになる。
【0050】
なお、面状ヒータ3への通電は任意である。例えば、試料保持具8に対して緩衝部材2,22の熱源としての能力に余裕がある場合、緩衝部材2,22の温度維持時間が短時間でよい場合、目的温度域が周囲温度より低い場合、等には、面状ヒータ3へ通電する必要性は低くなる。さらに、第一実施形態の場合には面状ヒータ3自体を省略してもよい。すなわち、試料輸送用ユニット1の面状ヒータ3を省略し、予めインキュベートした緩衝部材2のみで試料保持具8を加温又は冷却する構成としてもよい。
【0051】
上記した実施形態では、試料保持具8として遠沈管を採用しており、緩衝部材2,22が試料保持具8の周囲を覆っている。一方、試料輸送具を緩衝部材で挟む実施形態も可能である。図8に示す第三実施形態に係る試料輸送用ユニット41は、2枚の緩衝部材42a,42bと2枚の面状ヒータ43a,43bで構成されており、緩衝部材42a,42bが板状の試料保持具48を上下から挟んでいる。2枚の面状ヒータ43a,43bは、それぞれ緩衝部材42a,42bに上下から取り付けられている。板状の試料保持具48の例としては、細胞培養用のマルチウェルプレートが挙げられる。すなわち、細胞(試料)を入れたマルチウェルプレート(試料保持具48)を2枚の緩衝部材42a,42bで上下から挟んでマルチウェルプレートを直接的に加温又は冷却し、さらに2枚の面状ヒータ43a,43bで緩衝部材42a,42bを直接的に加温し、細胞を目的温度域に維持しながら輸送する。本実施形態における緩衝部材42a,42bならびに面状ヒータ43a,43bの構成は、第一実施形態又は第二実施形態のものと同じであり、使用方法も同じである。面状ヒータ43a,43bへの通電を省略可能であること、さらに、面状ヒータ43a,43b自体を省略可能である点も同じである。
【0052】
上記した実施形態では、試料保持具を緩衝部材で直接巻く例(図6)と、挟む例(図8)を示したが、他の実施形態も可能である。図9,10に示す第四実施形態に係る試料輸送用ユニット61と試料輸送容器70においては、緩衝部材62が断熱容器9の内壁に沿って取り付けられている。より詳細には、他の実施形態と同様に、本実施形態の試料輸送用ユニット61は緩衝部材62と面状ヒータ63で構成されているが、面状ヒータ63が断熱容器9の内壁に接触しており、緩衝部材62が面状ヒータ63を介して断熱容器9の内壁に取り付けられた構成となっている。その結果、緩衝部材62は筒状となっている。試料保持具68は断熱容器9の略中央に設置されており、緩衝部材62によってその周りを囲まれている。試料保持具68は発泡スチロール製の立方体形状であり、その内部に試料(図示せず)が固定されている。緩衝部材62は部分的に試料保持具68と接しており、緩衝材として機能すると共に試料保持具68に対して直接的に加温又は冷却可能である。面状ヒータ63は連続した1枚のものでもよいし、2枚以上を並べたものでもよい。なお、図9,10においては、断熱容器9の蓋を省略して描いている。
本実施形態においても、面状ヒータ63への通電、さらに、面状ヒータ63自体を省略可能である。
【0053】
上記したいずれの実施形態においても、試料保持具を収容した試料輸送容器を、さらに別の容器に収容した状態で輸送することができる。例えば、真空断熱パネル等の断熱材からなる外箱を用意し、この中に、試料輸送容器(試料輸送用ユニットと試料保持具が収容されている)を設置することができる。このとき、外箱の内壁と試料輸送容器との隙間には、必要に応じて、保温材、保冷材、緩衝材等を詰めてもよい。特に保冷材を詰めると、真空断熱二重容器を外側から強制的に冷却することになるので、真空断熱二重容器の内部が目的温度域以上の温度に上昇する危険性が極めて低くなる。これは、輸送の目的温度域が低温から中間温度域の場合に有効である。一方、目的温度域が比較的高め(例えば、30℃以上)の場合には保冷材の効果は比較的小さく、保冷材を省略しても特に問題はない。図11に、試料輸送容器を収容した外箱の例を示す。この例では、真空断熱パネル製の外箱75の中に試料輸送容器70(断熱容器9+試料輸送用ユニット61)が収容され、隙間に保冷材76が詰められている。試料輸送容器70の構成は図9,10に示すものと同じである。
【実施例1】
【0054】
図9〜11に示す試料輸送用ユニット61、試料保持具68、試料輸送容器70、外箱75、および保冷材76を用いて、以下の実験を行った。各部材等として以下の(1)〜(6)のものを使用した。
(1)緩衝部材62:縦125mm、横240mm、厚み1mmのゴム製シート2枚(試料側支持体5と背面側支持体7)で、スポンジ製の枠体6(厚み4mm)を挟んだもの。計2枚を並べて使用。
(2)弾性体12:エクスジェル(登録商標、株式会社加地)
(3)面状ヒータ63:7.2ワット、12ボルト仕様のシートヒータ(縦125mm、横240mm)。緩衝部材62に貼付して使用
(4)試料保持具68:発泡スチロール製の立方体の箱(一辺100mm)
(5)断熱容器9:ステンレススチール製のデュワー瓶(サーモス社D−6000型,内径185mm、深さ270mm)
(6)外箱75:真空断熱パネル製の外装ボックス(縦430mm、横330mm、高さ400mm)
【0055】
予め20℃にインキュベートした緩衝部材62を、面状ヒータ63と共に断熱容器9の内壁に取り付けた。試料保持具68を断熱容器9に収容し、面状ヒータ63をオンにした後、封をした。この断熱容器9を外箱75の略中央に設置し、周りに−16℃の保冷材76を6850g詰めて封をした。外箱ごと50℃の恒温器に入れた状態で、試料保持具68内部の温度を48時間以上にわたって測定した。結果を図12に示す。図中、Aは試料保持具68内部の温度(試料温度)、Bは恒温器の庫内温度である(図13,14でも同じ)。すなわち、少なくとも44時間にわたって試料温度(A)が20℃付近の温度域に一定に保たれていた。このように、外部温度が50℃の高温環境下でも、長時間にわたって試料温度を20℃付近に維持することができ、中間温度域での安定した輸送が可能であることが示された。
【実施例2】
【0056】
恒温器の温度を−10℃、保冷材の量を3500gとした以外は実施例1と同様にして、試料保持具68の内部温度を測定した。結果を図13に示す。すなわち、少なくとも44時間にわたって試料温度(A)が20℃付近の温度域に一定に保たれていた。このように、外部温度が−10℃の低温環境下でも、長時間にわたって試料温度を20℃付近に維持することができ、中間温度域での安定した輸送が可能であることが示された。
【実施例3】
【0057】
緩衝部材62のインキュベート温度を0℃、面状ヒータ63をオフ(通電しない)とする以外は実施例1と同様にして、試料保持具68の内部温度を測定した。結果を図14に示す。すなわち、少なくとも32時間にわたって試料温度(A)が0℃付近の温度域に一定に保たれていた。このように、外部温度が50℃の高温環境下でも、長時間にわたって試料温度を0℃付近に維持することができ、冷蔵条件での安定した輸送が可能であることが示された。
【符号の説明】
【0058】
1 試料輸送用ユニット
2 緩衝部材
3 面状ヒータ
5 試料側支持体(支持体)
7 背面側支持体(支持体)
8 試料保持具
10 試料輸送容器
12 弾性体
21 試料輸送用ユニット
22 緩衝部材
23 面状ヒータ
41 試料輸送用ユニット
42a,42b 緩衝部材
43a,43b 面状ヒータ
48 試料保持具
61 試料輸送用ユニット
62 緩衝部材
63 面状ヒータ
68 試料保持具
70 試料輸送容器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料を入れた試料保持具の周囲に設置して使用され、当該試料を目的温度域に維持しながら輸送するための試料輸送用ユニットであって、
シート状の支持体と当該支持体に保持されたゲル状の弾性体とを有する緩衝部材と、前記弾性体を直接的に加温可能な面状ヒータを備え、
前記緩衝部材が前記試料保持具に対して直接的に加温又は冷却可能であることを特徴とする試料輸送用ユニット。
【請求項2】
面状ヒータは、緩衝部材に直接取り付けられていることを特徴とする請求項1に記載の試料輸送用ユニット。
【請求項3】
弾性体は2枚の支持体に挟まれており、面状ヒータが一方の支持体に取り付けられていることを特徴とする請求項2に記載の試料輸送用ユニット。
【請求項4】
弾性体は支持体と面状ヒータに挟まれており、面状ヒータが弾性体に接触していることを特徴とする請求項2に記載の試料輸送用ユニット。
【請求項5】
緩衝部材は、試料保持具の周囲を覆うか挟むことが可能なものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の試料輸送用ユニット。
【請求項6】
目的温度域は、5℃〜36℃の範囲から選択されたものであることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の試料輸送用ユニット。
【請求項7】
試料は、細胞又は生体試料であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の試料輸送用ユニット。
【請求項8】
試料を入れた試料保持具を収容し、当該試料を目的温度域に維持しながら輸送するための試料輸送容器であって、
容器内部に請求項1〜7のいずれかに記載の試料輸送用ユニットを備えたことを特徴とする試料輸送容器。
【請求項9】
試料輸送用ユニットの緩衝部材は、容器内部の内壁に取り付けられていることを特徴とする請求項8に記載の試料輸送容器。
【請求項10】
試料保持具に入れた試料を目的温度域に維持しながら輸送する試料輸送方法であって、
シート状の支持体と当該支持体に保持されたゲル状の弾性体とを有する緩衝部材であって予めインキュベートしたものを試料保持具の周囲に設置して、当該試料保持具に対して直接的に加温又は冷却しながら前記試料を輸送することを特徴とする試料輸送方法。
【請求項11】
請求項1〜7のいずれかに記載の試料輸送用ユニットを用いて前記試料を目的温度域に維持しながら輸送する試料輸送方法であって、
予めインキュベートした緩衝部材を試料保持具の周囲に設置して、当該試料保持具に対して直接的に加温又は冷却しながら前記試料を輸送することを特徴とする試料輸送方法。
【請求項12】
緩衝部材に保持された弾性体を、前記面状ヒータによって直接的に加温しながら前記試料を輸送することを特徴とする請求項11に記載の試料輸送方法。
【請求項13】
緩衝部材で試料保持具の周囲を覆うか挟んだ状態で前記試料を輸送することを特徴とする請求項10〜12のいずれかに記載の試料輸送方法。
【請求項14】
目的温度域は、5℃〜36℃の範囲から選択されたものであることを特徴とする請求項10〜13のいずれかに記載の試料輸送方法。
【請求項15】
試料は、細胞又は生体試料であることを特徴とする請求項10〜14のいずれかに記載の試料輸送方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2010−260617(P2010−260617A)
【公開日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−113567(P2009−113567)
【出願日】平成21年5月8日(2009.5.8)
【出願人】(510133986)
【Fターム(参考)】