説明

調理器用内鍋

【課題】 内鍋本体の外側面が、誘導コイルによる加熱によって変色したり、誤って直火にかけた際に変色したりしないため、これまでよりも長期間に亘って、製造当初と変わらない良好な見た目を維持することができる調理器用内鍋を提供する。
【解決手段】 電磁誘導加熱調理器の誘導コイルを用いた電磁誘導作用によって加熱される内鍋本体の外側面を覆うように、少なくともCuまたはNiを含む下地金属層を形成し、この下地金属層の上に、CoとSnの2種の金属、SnとNiの2種の金属、またはSnとNiとCuの3種の金属のいずれかを少なくとも含む合金によって形成される表面金属層を積層する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘導コイルを用いた電磁誘導作用による加熱によって調理物を調理するための、電磁誘導加熱調理器(いわゆるIH調理器)と組み合わせて用いられる調理器用内鍋に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、これまでの、電熱ヒータによる加熱に代えて、誘導コイルを用いた電磁誘導作用によって調理物を加熱して調理を行う、電磁誘導加熱調理が、特に、炊飯器の分野において、広く普及しつつある。
【0003】
この、電磁誘導加熱調理を利用した、炊飯器等の電磁誘導加熱調理器においては、Alやその合金等の、高い熱伝導性を有する金属材料からなる内鍋本体の外側面に、Ni、Fe等の金属やその合金等の、磁性材料からなる発熱層を設けた積層構造を有する調理器用内鍋(特許文献1)や、あるいは、内鍋本体自体を、例えば、磁性ステンレス鋼等の磁性材料によって形成して発熱層を省略した調理器用内鍋などが用いられる。
【0004】
また、かかる調理器用内鍋の、調理物を収容する内側面には、調理物のこびり付きや焦げ付き等を防止するために、フッ素樹脂等をコーティングするのが一般的である。また、内鍋本体の外側面に、Cu、Ni等の、発熱層より電気抵抗率が低い金属からなる低抵抗層を形成して、発熱層の抵抗率を引き下げることで、渦電流損失を大きくすることも行われる。これにより、発熱層の厚みはそのままで発熱量を増加させたり、発熱量は同じで発熱層の厚みを小さくして、調理器用内鍋を軽量化したりすることができる(特許文献2)。
【特許文献1】特開平9−224819号公報(請求項1、4、第0016欄〜第0017欄、第0030欄〜第0034欄)
【特許文献2】特開2000−228279号公報(請求項1〜5、第0010欄〜第0011欄、第0012欄、第0018欄)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特に、炊飯器用の調理器用内鍋は、炊飯時に、炊飯器の誘導コイルによって加熱された状態で、熱水や加熱水蒸気に曝されることから、内鍋本体の、金属表面が露出した外側面が変色しやすい。しかも、変色は、内鍋本体の外側面の、誘導コイルと対峙した領域において局部的に発生しやすく、かかる局部的な変色が発生すると、不均一な色むらが生じて見た目が著しく悪くなるという問題がある。
【0006】
また、変色は、内鍋本体を形成するAlやその合金、磁性ステンレス鋼、内鍋本体の外側面に形成される発熱層を形成する磁性材料、および低抵抗層を形成するCu等の、いずれの金属表面においても発生する。特に、低抵抗層を形成するCuは、変色しやすい上、他の金属に比べて変色が目立ちやすい。また、Niも、Cuほどではないが変色する。
【0007】
そこで、変色を防止するために、内鍋本体の外側面の最外層を、エポキシ樹脂系等の有機系の塗料で被覆して、熱水や加熱水蒸気から遮断することが行われるが、このような有機系の被覆層は強度が弱いため、例えば、調理器用内鍋を何かにぶつける等した際に剥がれやすく、被覆層が剥がれた部分に露出した金属表面が変色して、見た目が悪くなるという問題がある。
【0008】
また、有機系の被覆層を有する調理器用内鍋を、例えば、誤ってガスコンロなどで直火にかけてしまうと、被覆層が焦げて、さらに外観が悪くなる上、焦げ方がひどい場合には調理に使用できなくなるという問題もある。また、有機系の被覆層を有しない場合でも、調理器用内鍋を誤って直火にかけてしまうと、前記各種の金属表面が変色して、見た目が著しく悪くなってしまう。
【0009】
本発明の目的は、内鍋本体の外側面が、誘導コイルによる加熱によって変色したり、誤って直火にかけた際に変色したりしないため、これまでよりも長期間に亘って、製造当初と変わらない良好な見た目を維持することができる調理器用内鍋を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1記載の発明は、電磁誘導加熱調理器の誘導コイルを用いた電磁誘導作用によって加熱される内鍋本体と、この内鍋本体の外側面を覆うように形成される、少なくともCuまたはNiを含む下地金属層と、この下地金属層の上に積層される表面金属層とを有し、表面金属層は、CoとSnの2種の金属、SnとNiの2種の金属、またはSnとNiとCuの3種の金属のいずれかを少なくとも含む合金によって形成されることを特徴とする調理器用内鍋である。
【0011】
請求項2記載の発明は、表面金属層が、Co−Sn合金めっき層、Sn−Ni合金めっき層、またはSn−Ni−Cu合金めっき層である請求項1記載の調理器用内鍋である。
【0012】
請求項3記載の発明は、表面金属層の平均厚みが、0.01〜10μmである請求項1記載の調理器用内鍋である。
【0013】
請求項4記載の発明は、下地金属層が、Cuめっき層またはNiめっき層である請求項1記載の調理器用内鍋である。
【0014】
請求項5記載の発明は、下地金属層の平均厚みが、0.5〜50μmである請求項1記載の調理器用内鍋である。
【発明の効果】
【0015】
請求項1記載の発明においては、内鍋本体の外側面を覆うように、その最表面に形成される表面金属層が、CoとSnの2種の金属、SnとNiの2種の金属、またはSnとNiとCuの3種の金属のいずれかを少なくとも含む合金によって形成されている。
【0016】
これら2種または3種の金属からなる合金、すなわち、Co−Sn合金、Sn−Ni合金、およびSn−Ni−Cu合金(以下、この3種の合金を「黒色合金」と総称する場合がある)は、いずれも、その固有の特性として、変色しにくく、かつ、変色したとしても目立ちにくい黒色、またはそれに近い濃色を呈する上、耐食性、耐熱性等に優れていることが知られている。そのため、これら黒色合金を構成する、上記2種または3種の金属を必須の成分として含む、請求項1記載の発明における表面金属層は、上記黒色合金としての特性を有しており、電磁誘導調理器の誘導コイルで加熱されたり、直火にかけられたりしても容易に変色することがない上、合金であるので、有機の被覆層のように焦げたりするおそれもない。
【0017】
しかも、上記表面金属層は、当該表面金属層の内部応力を緩和する働きをする、少なくともCuまたはNiを含む下地金属層を介して、内鍋本体の外側面に強固に積層されている。そのため、表面金属層自体が、有機の被覆層を形成する有機物より硬い合金を含むことと相まって、調理器用内鍋を何かにぶつける等したり、あるいは、調理のために繰り返し加熱したりしても、表面金属層に、腐食の起点となるクラックが生じたり、表面金属層が簡単に剥がれたりするのを防止することもできる。したがって、請求項1記載の発明によれば、これまでよりも長期間に亘って、製造当初と変わらない良好な見た目を維持できる調理器用内鍋を提供することが可能となる。
【0018】
請求項2記載の発明によれば、上記表面金属層が、黒色合金を形成する前記Sn等の金属以外は実質的に他の金属を含まない、Co−Sn合金めっき層、Sn−Ni合金めっき層、またはSn−Ni−Cu合金めっき層によって形成されている。そのため、これらの合金めっき層は、先に説明した、変色が目立ちにくい黒色、またはそれに近い濃色を呈することや、良好な耐食性、耐熱性等を有することといった、黒色合金に固有の特性にさらに優れており、調理器用内鍋を、より一層、長期間に亘って、製造当初と変わらない良好な見た目に維持することができる。また、上記各めっき層は、例えば、真空蒸着法等よって形成される金属層に比べて、より簡単な製造設備を用いて、しかも、より短時間で、所定の厚みに形成することができる。そのため、調理器用内鍋を、よりコスト安価に製造することもできる。
【0019】
請求項3記載の発明によれば、表面金属層の平均厚みを0.01μm以上として、当該表面金属層に、腐食の起点となるピンホールが発生するのを防止して、その耐食性を向上することができる。また、表面金属層の平均厚みを10μm以下として、当該表面金属層に生じる内部応力を抑制して、調理のために繰り返し加熱される等した際に、腐食の起点となるクラックが発生するのを防止して、その耐食性を向上することができる。
【0020】
請求項4記載の発明によれば、下地金属層をCuめっき層またはNiめっき層によって形成しており、当該Cuめっき層やNiめっき層は、先に説明したように、発熱層より電気抵抗率が低い低抵抗層としても機能するため、例えば、内鍋本体が、Alまたはその合金等の、高い熱伝導性を有する金属材料からなり、その外側面に、磁性材料からなる発熱層を備える場合に、発熱層の厚みはそのままで発熱量を増加させたり、発熱量は同じで発熱層の厚みを小さくして調理器用内鍋を軽量化したりすることができる。
【0021】
また、Cuめっき層やNiめっき層は、例えば、磁性ステンレス鋼等の磁性材料に比べて良好な熱伝導性をも有するため、内鍋本体が、上記磁性ステンレス鋼等の磁性材料からなる場合に、調理器用内鍋全体の熱伝導性を向上することもできる。また、Cuめっき層やNiめっき層は、真空蒸着法等よって形成される金属層に比べて、より簡単な製造設備を用いて、しかも、より短時間で、所定の厚みに形成することができる。そのため、調理器用内鍋を、よりコスト安価に製造することもできる。
【0022】
請求項5記載の発明によれば、下地金属層の平均厚みを0.5μm以上として、当該下地金属層による、表面金属層の内部応力を緩和する効果を向上して、表面金属層を、内鍋本体の外側面に、より強固に積層することができる。そのため、表面金属層に、腐食の起点となるクラックが生じて耐食性が低下したり、表面金属層が簡単に剥がれたりするのを防止することができる。また、平均厚みを50μm以下として、下地金属層自体に生じる内部応力を抑制して、調理のために繰り返し加熱される等した際に、当該下地金属層と、その上の表面金属層に、腐食の起点となるクラックが発生するのを防止して、両層の耐食性を向上することができる。
【0023】
なお、本明細書において、表面金属層、下地金属層、発熱層等の、内鍋本体の外側面に形成される各金属層の平均厚みは、下記の手順で測定した値でもって表すこととする。すなわち、図2に示すように、内鍋本体1の外側面11に形成した所定の層7上に、平板状の底部1cの中心点Cを通る中心軸Aを含む平面Pと交差する線Lを設定すると共に、この線L上に、上記中心点Cを含む、中心点Cから一定間隔ごとポイントを設定し、それぞれのポイントごとに、層7の厚みを測定して、その平均値を求めて平均厚みとする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明の調理器用内鍋は、内鍋本体の外側面を覆うように形成される、少なくともCuまたはNiを含む下地金属層と、この下地金属層の上に積層される表面金属層とを有し、表面金属層が、CoとSnの2種の金属、SnとNiの2種の金属、またはSnとNiとCuの3種の金属のいずれかを少なくとも含む合金によって形成されることを特徴とする。
【0025】
また、表面金属層を、先に説明した、変色が目立ちにくい黒色、またはそれに近い濃色を呈することや、良好な耐食性、耐熱性等を有することといった、黒色合金に固有の特性にさらに優れたものとするためには、当該表面金属層を、実質的に他の金属を含まない黒色金属の層、つまり、Co−Sn合金、Sn−Ni合金、またはSn−Ni−Cu合金の層とするのが最も好ましい。また、もしも、他の金属を含む場合には、その含有割合を、上記の特性を損なわないために、表面金属層を形成する合金の総量の1重量%以下、特に0.1重量%以下とするのが好ましい。
【0026】
上記表面金属層としては、真空蒸着法等の、種々の方法によって形成されるものを採用することができるが、いずれも電気めっき法によって形成される、Co−Sn合金めっき層、Sn−Ni合金めっき層、またはSn−Ni−Cu合金めっき層が、特に好ましい。これらの合金めっき層は、実質的に、上記2種または3種の金属以外の他の金属を含まないか、含むとしてもごく微量しか含まないため、変色が目立ちにくい黒色、またはそれに近い濃色を呈すると共に、良好な耐食性、耐熱性等を有するという、黒色合金に固有の特性に特に優れている。また、これらの合金めっき層は、あらかじめ下地金属層を形成した内鍋本体を陰極とする、電気めっきによって形成することができるため、真空蒸着法等によって形成される下地金属層に比べて、より簡単な製造設備を用いて、しかも、より短時間で、所定の厚みに形成でき、調理器用内鍋を、コスト安価に製造できるという利点もある。
【0027】
上記3種の合金めっき層のうち、Co−Sn合金めっき層は、例えば、塩化Co等のCo化合物と、Sn酸ナトリウム等のSn化合物とを含むスタネート浴(アルカリ性Snめっき浴)を用いたCo−Sn合金めっきによって形成することができる。Co−Sn合金めっき層の組成は、Coが15〜40重量%、特に25〜35重量%の範囲内、Snが60〜85重量%、特に65〜75重量%の範囲内であるのが好ましい。Co−Sn合金めっき層の組成がこの範囲を外れる場合には、変色が目立ちにくい黒色、またはそれに近い濃色を呈することや、良好な耐食性、耐熱性等を有することといった、黒色合金に固有の特性を有すると共に、光沢ある色調を有する、良好な表面金属層を形成することができないおそれがある。
【0028】
また、Sn−Ni合金めっき層は、フッ化物浴や、あるいは、塩化第1Sn等のSn化合物と、硫酸Ni等のNi化合物とを含むピロリン酸浴等を用いたSn−Ni合金めっき(ステンレスめっき)によって形成することができる。Sn−Ni合金めっき層の組成は、Snが28〜61重量%、特に40〜55重量%の範囲内、Niが39〜72重量%、特に45〜60重量%の範囲内であるのが好ましい。Sn−Ni合金めっき層の組成がこの範囲を外れる場合には、変色が目立ちにくい黒色、またはそれに近い濃色を呈することや、良好な耐食性、耐熱性等を有することといった、黒色合金に固有の特性を有すると共に、光沢ある色調を有する、良好な表面金属層を形成することができないおそれがある。
【0029】
さらに、Sn−Ni−Cu合金めっき層は、ピロリン酸浴を用いたSn−Ni−Cu合金めっき(黒色三元合金めっき)によって形成することができる。Sn−Ni−Cu合金めっき層の組成は、Snが60〜75重量%、特に68〜72重量%の範囲内、Niが24〜30重量%、特に26〜28重量%の範囲内、Cuが1〜10重量%、特に3〜7重量%の範囲内であるのが好ましい。Sn−Ni−Cu合金めっき層の組成がこの範囲を外れる場合には、変色が目立ちにくい黒色、またはそれに近い濃色を呈することや、良好な耐食性、耐熱性等を有することといった、黒色合金に固有の特性を有すると共に、光沢ある色調を有する、良好な表面金属層を形成することができないおそれがある。
【0030】
表面金属層の平均厚みは、0.01〜10μmであるのが好ましい。表面金属層の平均厚みがこの範囲未満では、当該表面金属層に、腐食の起点となるピンホールが多数、発生して、その耐食性が低下するおそれがある。また、表面金属層の平均厚みが上記の範囲を超える場合には、当該表面金属層の内部応力が大きくなって、調理のために繰り返し加熱される等した際に、腐食の起点となるクラックが発生して、耐食性が低下するおそれがある。
【0031】
これに対し、表面金属層の平均厚みが上記の範囲内である場合には、ピンホールやクラックの発生を抑制して、その耐食性を向上することができる。なお、ピンホールやクラックが発生するのをより一層、効果的に抑制して、表面金属層の耐食性をさらに向上することを考慮すると、その平均厚みは、上記の範囲内でも0.1〜5μm、特に、0.5〜2μmであるのがさらに好ましい。
【0032】
表面金属層の下に形成される下地金属層は、少なくともCuまたはNiを含んでいれば良く、CuまたはNiと、その他の金属の1種または2種以上との合金によって形成されていてもよいが、実質的にCuまたはNiのみからなり、他の金属を含まないCuめっき層やNiめっき層が好ましい。かかるCuめっき層やNiめっき層は、前記黒色合金等からなる表面金属層に比べて柔軟であるため、当該表面金属層の内部応力を緩和する機能に優れている。
【0033】
また、Cuめっき層やNiめっき層は、先に説明したように、低抵抗層として機能するため、Alまたはその合金等の、高い熱伝導性を有する金属材料からなり、その外側面に、磁性材料からなる発熱層を備える内鍋本体の、発熱層を形成した領域を含む、内鍋本体の外側面を覆うようにCuめっき層やNiめっき層を形成することで、発熱層の厚みはそのままで発熱量を増加させたり、発熱量は同じで発熱層の厚みを小さくして調理器用内鍋を軽量化したりすることができる。
【0034】
また、Cuめっき層やNiめっき層は、磁性ステンレス鋼等の磁性材料に比べて良好な熱伝導性をも有するため、内鍋本体が、上記磁性ステンレス鋼等の磁性材料からなる場合に、当該内鍋本体の外側面を覆うようにCuめっき層やNiめっき層を形成することで、調理器用内鍋全体の熱伝導性を向上することもできる。また、Cuめっき層やNiめっき層は、内鍋本体を陰極とする電気めっきによって形成されることから、真空蒸着法等よって形成される金属層に比べて、より簡単な製造設備を用いて、しかも、より短時間で、所定の厚みに形成することができる。そのため、調理器用内鍋を、よりコスト安価に製造することもできる。
【0035】
なお、下地金属層が、CuまたはNi以外の他の金属を含む場合は、以上で説明したCu、Niによる効果を損なわないために、他の金属の割合は、下地金属層を形成する金属の総量の5重量%以下、特に1重量%以下とするのが好ましい。
【0036】
下地金属層の平均厚みは、0.5〜50μmであるのが好ましい。下地金属層の平均厚みがこの範囲未満では、当該下地金属層による、表面金属層の内部応力を緩和する効果が十分に得られないため、表面金属層を、内鍋本体の外側面に、より強固に積層することができず、表面金属層に、腐食の起点となるクラックが生じて耐食性が低下したり、表面金属層が簡単に剥がれたりするおそれがある。また、平均厚みが上記の範囲を超える場合には、下地金属層自体の内部応力が大きくなるため、調理のために繰り返し加熱される等した際に、当該下地金属層とその上の表面金属層に、腐食の起点となるクラックが発生して、両層の耐食性が低下するおそれがある。
【0037】
これに対し、下地金属層の平均厚みが上記の範囲内であれば、当該下地金属層自体の内部応力を抑制しつつ、表面金属層の内部応力を良好に緩和することができるため、上記種々の問題が生じるのを防止して、表面金属層を、下地金属層を介して、内鍋本体の外側面に、より強固に積層することができる。なお、表面金属層の応力を良好に緩和して、当該表面金属層を、内鍋本体の外側面に、より一層、強固に積層することを考慮すると、下地金属層の平均厚みは、上記の範囲内でも1〜30μm、特に、3〜25μmであるのがさらに好ましい。
【0038】
その外側面に、上記下地金属層と表面金属層とがこの順に被覆される内鍋本体としては、
(1) Alまたはその合金等の、高い熱伝導性を有する金属材料からなり、その外側面に、磁性材料からなる発熱層を備えるものと、
(2) 磁性ステンレス鋼等の磁性材料からなり、発熱層を省略したもの
のいずれを採用することもできる。
【0039】
このうち、(1)の内鍋本体は、上記金属材料の板材を絞り加工等して形成される。当該内鍋本体の厚みは、強度や熱伝導性等を考慮して適宜、設定することができるが、通常は、0.5〜5mm程度であるのが好ましい。また、特に、Alまたはその合金からなる内鍋本体は、表面が酸化膜で覆われているため、その外側面に、発熱層、下地金属層、および表面金属層を形成するに先立って、酸化膜の除去、およびジンケート(亜鉛置換)処理を行って、Znまたはその合金(Fe、Ni、Co等との合金)からなる中間層(亜鉛置換めっき処理層)を形成した後、上記各層を積層するのが好ましい。
【0040】
(1)の内鍋本体の外側面に形成される発熱層は、磁性材料として機能する合金によって形成することができる。発熱層を形成する合金としては、例えば、Ni、Fe、およびCoのうちの2種以上を含むと共に、必要に応じて、P、C、B等が添加された、磁性材料として機能しうる種々の合金が挙げられ、特にNi−Fe合金(パーマロイ)が好適に使用される。これらの合金からなる発熱層は、表面金属層としての合金めっき層や、下地金属層としてのCuめっき層等と同様に、内鍋本体を陰極とする電気めっきによって形成することができる。Ni−Fe合金の組成は、Niが40〜90重量%、特に70〜85重量%の範囲内、Feが10〜60重量%、特に15〜30重量%の範囲内であるのが好ましい。
【0041】
発熱層の平均厚みは、十分な発熱量や強度を得ることを考慮して適宜、設定することができるが、通常は、10〜200μm、中でも30〜180μm、特に40〜160μmとするのが好ましい。また、この発熱層の上に、下地金属層として、Cuめっき層を形成する場合は、先に説明したように、発熱層の平均厚みを上記の範囲内でも大きめに設定して発熱量を増加させたり、発熱量は同じで、発熱層の平均厚みを上記の範囲内でも小さくして、調理器用内鍋を軽量化したりすることができる。また、特許文献1に記載されているように、内鍋本体の、誘導コイルと対峙する領域にのみ、上記発熱層を形成して、調理器用内鍋を軽量化することもできる。
【0042】
電気めっき等で形成される発熱層は、熱処理して、内部歪みを取り除いておくのが好ましい。すなわち、内鍋本体の外側面に、電気めっき等で形成される発熱層には、どうしても内部歪みが存在しており、この内部歪みが存在した状態の発熱層は、内部歪みを有しない状態よりも、渦電流損失、ひいては発熱量を規定するパラメータである透磁率が低く、また、抵抗率が高くなる傾向にある。そのため、発熱層は、所定の発熱量が得られないおそれがある。
【0043】
また、内部歪みは、内鍋本体を調理に使用して繰り返し発熱させることで、徐々に緩和されるが、それによって、発熱層の渦電流損失が徐々に大きくなるため、発熱層の渦電流損失の初期値に合わせて、電磁誘導加熱調理器の誘導コイルへの出力等を設定した場合には、電磁誘導加熱調理器の使用時に、渦電流損失の経時変化によって、安定した加熱性能が得られなくなるおそれもある。そのため、形成した発熱層を、調理器用内鍋の使用に先立って、あらかじめ熱処理して、内部歪みを取り除いておくのが好ましい。
【0044】
また、下地金属層や表面金属層についても、形成後に熱処理して内部歪みを取り除いておくのが、先に説明したクラック等の発生を防止する上で好ましい。熱処理は、発熱層、下地金属層、および表面金属層を形成するごとに、別個に行ってもよいが、各層を全て形成後、一度にまとめて熱処理するのが、製造工程を簡略化する上で好ましい。熱処理の条件は特に限定されないが、熱処理の温度は200℃以上、特に300〜400℃であるのが好ましい。また、熱処理の時間は、5分間以上、特に10〜60分間であるのが好ましい。
【0045】
前記(2)の内鍋本体を形成する磁性材料としては、その強度や耐熱性、耐食性等を考慮して、例えば、SUS447J1、YUS180等の磁性ステンレス鋼が好適に使用される。かかる磁性ステンレス鋼からなる内鍋本体の厚みは、その強度や熱伝導性等を考慮して適宜、設定することができるが、通常は、0.5〜5mm程度であるのが好ましい。
【0046】
磁性ステンレス鋼からなる内鍋本体の外側面には強固な不働態皮膜が存在するため、その上に、下地金属層と表面金属層とを積層しても、良好な密着性が得られない。そのため、下地金属層を形成するに先立って、多量の水素ガス発生を伴うストライクニッケルめっき処理を行い、発生した水素ガスによって不働態皮膜を還元除去しながらニッケルを電着させた後、その上に下地金属層、および表面金属層を積層するのが好ましい。また、ストライクニッケルめっきを行う前の、磁性ステンレス鋼からなる内鍋本体の外側面には、電解脱脂処理、酸活性化処理等を施すのが好ましい。また、磁性ステンレス鋼からなる内鍋本体の外側面に下地金属層と表面金属層とを積層した後は、先の場合と同条件で熱処理して、これらの層の内部歪みを取り除いておくのが好ましい。
【0047】
(1)(2)の内鍋本体の、調理物を収容する内側面には、従来同様に、テトラフルオロエチレン樹脂(PTFE)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)等のフッ素樹脂等をコーティングしてもよい。その他、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、適宜、変更を施すことができる。
【実施例】
【0048】
実施例1:
〈内鍋本体の準備〉
図1(a)に示すように、有底筒状で、かつ筒部1aが、上部の開口1b側から平板状の底部1c側へ向けて徐々に外径が小さくなっていると共に、開口1bの外径寸法Dが150mm、高さHが150mm、厚みTが1.2mmである内鍋本体1を、日本工業規格JIS3004系のAl合金〔住友軽金属(株)製のMG−110、0.6〜0.8重量%のMgと、0.9〜1.1重量%のMnとを含む〕によって形成した。
【0049】
詳しくは、上記Al合金からなる板材の表面を、NaCl水溶液中で、20クーロン/cm2の電気量で電解エッチングして、その表面に微細な凹凸を形成し、次いで、その片面に、PTFE分散液を塗布し、焼き付けて、PTFEのコーティング層(厚み20μm)を形成した後、当該コーティング層を内側にしてプレス成形して、上記の寸法および形状を有し、市販のIH炊飯器に装着することができる内鍋本体1を形成した。
【0050】
次に、この内鍋本体1の外側面11を、80℃に保温した120g/Lの水酸化ナトリウム水溶液に浸漬して脱脂処理し、次いで、60℃に保温したアルカリ性エッチング剤〔上村工業(株)製のAZ−102〕の50g/L水溶液に浸漬して酸化膜を除去し、水洗後、室温(23±1℃)環境下、スマット除去剤〔上村工業(株)製の商品名ジスマッターAZ−201〕と硝酸とを含む水溶液〔スマット除去剤の濃度100g/L、硝酸の濃度800mL/L〕中に浸漬してスマットを除去した。次に、スマットを除去した板材を、ジンケート処理剤〔上村工業(株)製のAZ−401×3、濃度300〜360mL/L〕の3倍希釈水溶液に浸漬してジンケート処理して、0.1μmのジンケート層を形成した。
【0051】
次に、この内鍋本体1を、図1(b)に示すように治具2に装着し、治具2を、その中心軸21を中心として、図中に矢印で示すように回転させながら、Ni陽極3およびFe陽極4と共に、下記のNi−Feめっき浴5に浸漬して、浴温45℃の条件で電気めっき処理して、外側面11の全面に、Ni−Fe合金からなる発熱層7を形成した。
【0052】
(Ni−Fe合金めっき浴組成)
硫酸ニッケル6水和物:105g/L
塩化ニッケル6水和物:60g/L
ホウ酸:45g/L
硫酸第一鉄7水和物:10g/L
添加剤FA−C:20g/L
光沢剤FA−3:25mL/L
光沢剤FA−RA:2mL/L
光沢剤FA−4:20mL/L
潤滑剤#84:2mL/L
〔添加剤、光沢剤、潤滑剤は、いずれも荏原ユージライト(株)製〕
【0053】
形成した発熱層の平均厚みを、下記の手順で求めた。すなわち、図2に示すように、内鍋本体1の外側面11に形成した発熱層7上に、平板状の底部1cの中心点Cを通る中心軸Aを含む平面Pと交差する線Lを設定すると共に、この線L上に、上記中心点Cを含む、中心点Cから1cmおきのポイントを設定し、それぞれのポイントごとに、発熱層7の厚みを測定して、その平均値を求めて平均厚みとした。発熱層の平均厚みは100μmであった。
【0054】
〈下地金属層の形成〉
発熱層7を形成した内鍋本体1を、再び、治具2の中心軸21を中心として、図中に矢印で示すように回転させながら、Ni陽極3およびFe陽極4に代えて、図示しないCu陽極と共に、下記のCuめっき浴5に浸漬して、浴温45℃の条件で電気めっき処理して、発熱層7の表面の全面に、Cuからなる下地金属層を積層した。
【0055】
(Cuめっき浴組成)
硫酸銅5水和物:210g/L
硫酸:55g/L
塩酸:0.15mL/L
光沢剤(メイキャップカパラシド210):7mL/L
光沢剤(カパラシド210A):0.5mL/L
光沢剤(カパラシド210B):0.5mL/L
〔光沢剤は、いずれもアトテックシャパン(株)製、カパラシドは登録商標〕
【0056】
積層した下地金属層の平均厚みを、下記の手順で求めた。すなわち、図2に示す線L上の、発熱層の厚みを測定した各ポイントごとに、発熱層と下地金属層の合計の厚みを測定し、測定値から、先に測定した発熱層の厚みを減算して各ポイントごとの下地金属層の厚みを求め、その平均値を求めて平均厚みとした。下地金属層の平均厚みは5μmであった。
【0057】
〈表面金属層の形成〉
下地金属層を形成した内鍋本体1を、再び、治具2の中心軸21を中心として、図中に矢印で示すように回転させながら、Ni陽極3およびFe陽極4に代えて、図示しないSn陽極、Ni陽極、およびCu陽極と共に、Sn−Ni−Cu合金めっき浴〔(株)シミズ製の商品名ノーブロイSNC〕5に浸漬して、浴温40℃の条件で電気めっき処理して、下地金属層の表面の全面に、Sn−Ni−Cu合金からなる表面金属層を積層した。
【0058】
積層した表面金属層の平均厚みを、下記の手順で求めた。すなわち、図2に示す線L上の、発熱層、および下地金属層の厚みを測定した各ポイントごとに、発熱層と下地金属層と表面金属層の合計の厚みを測定し、測定値から、先に測定した発熱層と下地金属層の厚みを減算して各ポイントごとの表面金属層の厚みを求め、その平均値を求めて平均厚みとした。表面金属層の平均厚みは0.5μmであった。
【0059】
〈仕上げ〉
上記各層を積層した内鍋本体1を、大気中で、300℃で30分間、熱処理して調理器用内鍋を製造した。
【0060】
〈炊飯試験〉
実施例1で製造した調理器用内鍋を市販のIH炊飯器に装着して、投入電力を、ワットメータを用いて測定しながら、自動の炊飯設定で2合の米が炊き上がるのに要した時間を計測した。その結果、投入電力は1100W、炊き上がりまでの時間は48分間であった。比較のため、下地金属層の上に表面金属層を積層しなかったこと以外は実施例1と同様にして形成した調理器用内鍋を比較例1として、同様の炊飯試験を行ったところ、やはり、投入電力は1100W、炊き上がりまでの時間は48分間であった。そして、このことから、表面金属層は炊飯性能に影響を及ぼさないことが確認された。
【0061】
〈変色試験1〉
上記実施例1、比較例1の調理器用内鍋を用いて、炊飯し、水洗いしたのち、大気中で50℃に加熱して1時間、乾燥させる操作を1サイクルとして、繰り返し行って、外側面の変色状態を調べたところ、比較例1の調理器用内鍋は2サイクルが終了した時点で、下地金属層の銅色がくすんだ色に変色しているのが確認された。これに対し、実施例1の調理器用内鍋は、50サイクル繰り返しても、表面金属層に、変色は全く見られなかった。
【0062】
〈変色試験2〉
実施例1、比較例1の調理器用内鍋を、大気中で、250℃に加熱した炉に入れて3時間、加熱した後、取り出して外側面の変色状態を調べたところ、比較例1の調理器用内鍋は下地金属層が黒褐色に変色しているのが確認された。これに対し、実施例1の調理器用内鍋の表面金属層には、ほとんど変色は見られなかった。
【0063】
〈耐食性試験〉
実施例1の調理器用内鍋について、24時間連続の塩水噴霧試験を実施し、その腐食面積と有効面積との割合によって腐食の程度を示すレイティングナンバー(10点満点)を求めたところ9.8点であって、良好な耐食性を有することが確認された。また、塩水噴霧試験後の調理器用内鍋を、大気中で、250℃に加熱した炉に入れて1時間、加熱した後、取り出して外側面の変色状態を調べたところ、ほとんど変色は見られなかった。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】図(a)は、本発明の実施例において用いた内鍋本体の半裁断面図、図(b)は上記内鍋本体の外側面に、電気めっき処理によって発熱層、下地金属層および表面金属層を形成する装置の一例を示す断面図である。
【図2】上記実施例で形成した発熱層、下地金属層および表面金属層の、厚みの分布を測定する手順を説明する斜視図である。
【符号の説明】
【0065】
1 内鍋本体
11 外側面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電磁誘導加熱調理器の誘導コイルを用いた電磁誘導作用によって加熱される内鍋本体と、この内鍋本体の外側面を覆うように形成される、少なくともCuまたはNiを含む下地金属層と、この下地金属層の上に積層される表面金属層とを有し、表面金属層は、CoとSnの2種の金属、SnとNiの2種の金属、またはSnとNiとCuの3種の金属のいずれかを少なくとも含む合金によって形成されることを特徴とする調理器用内鍋。
【請求項2】
表面金属層が、Co−Sn合金めっき層、Sn−Ni合金めっき層、またはSn−Ni−Cu合金めっき層である請求項1記載の調理器用内鍋。
【請求項3】
表面金属層の平均厚みが、0.01〜10μmである請求項1記載の調理器用内鍋。
【請求項4】
下地金属層が、Cuめっき層またはNiめっき層である請求項1記載の調理器用内鍋。
【請求項5】
下地金属層の平均厚みが、0.5〜50μmである請求項1記載の調理器用内鍋。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−288727(P2006−288727A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−113600(P2005−113600)
【出願日】平成17年4月11日(2005.4.11)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】