説明

質量分析計の入射端および出射端にバリア電界を供給するための方法

質量分析計、およびそれを動作させる方法が提供される。質量分析計は細長いロッドセットを有する。ロッドセットは入射端と出射端とを有する。第1群のイオン、およびそれと反対極性の第2群のイオンをロッドセットに半径方向に閉じ込めるように、RF駆動電圧がロッドセットに印加される。第1群のイオンおよび第2群のイオンの両方をロッドセットでトラップするように、RF駆動電圧に相対的に、入射補助RF電圧が入射端に印加され、出射補助RF電圧が出射端に印加される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般に、質量分析に関しており、より詳しくは、線形イオントラップ質量分析計の入射端および出射端にバリア電界を供給する方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
典型的に、線形イオントラップは、細長いロッドセットのロッドに印加された半径方向RF電界と、ロッドセットの入射端および出射端に印加された軸方向直流(DC)電界との組み合わせを用いてイオンを蓄積する。線形イオントラップは、非常に大きなトラップ容量と、蓄積されたイオン群を下流の他のイオン処理ユニットに容易に移動させる能力とを提供するような3次元イオントラップに関するいくつかの利点を享受する。しかし、このような線形イオントラップを使用する際に種々の問題が生じた。
【0003】
このような1つの問題は、典型的に、正イオンおよび負イオンを線形イオントラップに同時に蓄積することが不可能であるという問題である。この問題は、特定の軸方向DC電界が、効果的なバリアを一方の極性のイオンに設けることが可能である間に、同一のDC電界が、反対極性のイオンを線形イオントラップから加速させることによって生じる。したがって、典型的に、反対極性のイオンを同時に蓄積するために、DCバリア電界に依存する線形イオントラップが使用されてこなかった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
したがって、反対極性のイオンを同時にトラップすることを可能にする線形イオントラップ装置および線形イオントラップを動作させる方法が必要である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の第1の態様によれば、入射端と出射端とを有する細長いロッドセットを有する質量分析計を動作させる方法が提供される。この方法は、(a)第1群のイオンをロッドセット内に供給するステップと、(b)第1群のイオンの極性と反対である第2群のイオンをロッドセット内に供給するステップと、(c)RF駆動電圧をロッドセットに供給して、第1群のイオンおよび第2群のイオンをロッドセットに半径方向に閉じ込めるステップと、(d)RF駆動電圧に相対的に、入射補助RF電圧を入射端におよび出射補助RF電圧を出射端に供給して、第1群のイオンおよび第2群のイオンの両方をロッドセットでトラップするステップとを含む。
【0006】
本発明の第2の態様によれば、質量分析計装置であって、入射端および出射端を有する多極ロッドセットと、多極ロッドセットの入射端の近傍にある入射部材と、ロッドセットの出射端の近傍にある出射部材と、入射RF電圧を入射部材におよび出射RF電圧を出射部材に供給するために入射部材および出射部材に接続されたRF電圧電源と、RF駆動電圧を多極ロッドセットに供給してイオンを多極ロッドセットに半径方向に閉じ込めるために多極ロッドセットに接続されたRF駆動電圧電源とを備え、入射擬ポテンシャルバリアが入射端に設けられ、出射擬ポテンシャルバリアが多極ロッドセットの出射端に設けられるように、補助RF電源が、入射RF電圧を入射部材におよび出射RF電圧を出射部材に供給すべく動作可能である質量分析計装置が提供される。
【0007】
本発明の好ましい態様の以下の詳細な説明と共に以下の図面を参照すれば、本発明のこれらのおよび他の利点をより十分かつ完全に理解できるであろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
図1を参照すると、2003年に出版されたヘイガー(Hager)およびルブラン(LeBlanc)による質量分析の高速輸送(Rapid Communications of Mass Spectrometry)の第17版の1056〜1064ページに説明されているようなQトラップQ−q−Qの線形イオントラップ質量分析計100の概略図が示されている。質量分析計の動作中に、イオンは入口プレート104とスキマー106とを通して真空室102に収容される。質量分析計100は、細長い4つのロッドセットQ0、Q1、Q2およびQ3を備え、入口プレートIQ1はロッドセットQ0の後に位置し、IQ2はQ1とQ2との間に位置し、IQ3はQ2とQ3との間に位置する。追加の片持ロッドセットQ1Aは入口プレートIQ1と細長いロッドセットQ1との間に設けられる。
【0009】
イオンは、約8×10−3Torrの圧力に維持し得るQ0で衝突冷却される。両方のQ1とQ3は、従来の送信RF/DC四重極質量フィルタとして動作できる。Q2は、イオンが衝突ガスに衝突して、より小さい質量の生成物に分解する衝突セルである。Q0、Q1、Q2およびQ3のいずれかにおいて、ロッドに印加されたRF電圧により半径方向に、および先端開口レンズまたは入口プレートに印加されたDC電圧により軸方向にイオンをトラップし得る。
【0010】
本発明の態様によれば、擬ポテンシャルバリアを設けるために、補助RF電圧が、ロッドセットの内の1つの先端ロッド部、先端レンズまたは入口プレートに供給される。この措置によって、正イオンおよび負イオンの両方を1つのロッドセットまたはセル内にトラップし得る。典型的には、正イオンおよび負イオンは高圧Q2セル内にトラップされる。Q2内の正イオンおよび負イオンが反応すると、正イオンおよび負イオンは、IQ3を通して軸方向にQ3に排出され、Q3から出射開口レンズ108を通して検出器110に排出されることができる。また、Q2は環状電極または他の補助電極を含むことが好ましく、適切な電位が印加された場合に、前記環状電極または他の補助電極を使用して、入口プレートIQ3に近接する領域に軸方向に熱イオンを閉じ込めることができる。イオンがIQ3に近接して軸方向に蓄積された場合、排出時に生じる質量スペクトルがより良く分析される。
【0011】
ドーソン(Dawson)(ニューヨーク(NewYork)のウッドベリー(Woodbury)にあるAIP出版(AIP Press)から1995年に出版されたP.H.ドーソン(Dawson,P.H.)による「四重極質量分析およびその用途」(Quadrupole Mass Spectrometry and its Applications))によって説明されているように、擬ポテンシャルによって、線形イオントラップにおいて半径方向にイオンを含むRF四重極電界を特徴付けることができる。同様に、RF電位がイオントラップの端部の収束レンズに印加された場合に生成されるバリアDの高さは、以下の式によれば、RF信号の振幅V、周波数Fに依存し、ならびにイオンの質量対電荷比m/zに依存する。
【数1】

【0012】
式中、Cは定数である。
【0013】
Q2のいずれかの端部にある入口プレートIQ2とIQ3に供給される補助RF電圧を多くの異なる方法で発生させることができる。補助RF電圧をロッドセットの先端レンズに供給するための3つの異なる方法について、以下に説明する。第1の方法によれば、補助RF電圧は収束レンズに直接印加される。第2の方法によれば、反対極性であるが、不均等な比率で、RF駆動電圧が線形四重極の2つの極に印加される。第3の方法によれば、RF駆動電圧の一定の割合を収束レンズに印加するために、容量性分圧器が使用される。
【0014】
図2を参照すると、補助RF信号を収束レンズに直接供給するための回路200の概略図が示されている。図2の回路200は、他のRF電圧供給とは独立して、収束レンズまたは他のイオン経路構成要素に印加された補助RF(AC)信号の周波数および振幅を制御することを可能にする利点を有する。回路200は、信号発生器または増幅信号発生器であり得るAC電圧源またはRF電圧源202を備える。変圧器204は、10の係数でVACの振幅を増大させる1:10の変圧器である。1000pFのコンデンサ206は、DCオフセットを収束レンズまたは入口プレートに供給する直流電圧源208から変圧器を分離する。1MΩの抵抗器210はDC供給部208を補助RF信号から分離する。抵抗器210およびコンデンサ206は、ハイパスフィルタを形成するが、典型的に、減衰を無視でき、さらに1kHzでも無視できる。AC電圧源202は、ロッドに印加される駆動電圧とは別々であるので、RF駆動電圧とは独立して、補助RF信号の振幅および周波数の両方に関して補助RF信号を制御できる。
【0015】
図3を参照すると、RF駆動電圧に相対的に、補助RF信号を多数のイオンガイドの収束レンズに供給するための回路300の概略図が示されている。具体的には、RF駆動電圧源302は、可変位置センタータップを有するコイル308を介してA極304とB極306とに接続される。この措置によって、VRFが、不均等な比率でA極304とB極306とに印加される。可変コンデンサを使用して、回路300の可変インダクタンスを相殺することも可能である。最終的な影響を無視できかつ接地基準がない任意の線形多極アセンブリの軸方向中央領域において、各極に印加されるRF信号の関連する大きさがイオンの運動に影響を与えないことに留意されたい。前記領域、いわゆる2D領域において、2つの極の間の電位差により、イオン軌道が決定される。しかし、この結果、ある接地基準が存在する多極ロッドアセンブリの軸方向端部の近傍において、例えばDCレンズ電源を通して2つの極の間で不均等な比率で印加される四重極のRF電位が大きくなってしまう。
【0016】
具体的に、RF振幅が多極のいずれかの極の間に均等に割り当てられる構成は、RF振幅が複数の極の間で相殺され、かつ補助信号が、RF周波数において、複数の極の1つのRF駆動電圧と同一の位相により、隣接するレンズに印加される構成と同等である。すなわち、ゼロの電位は任意であるので、同一の信号をすべての電極に印加しても変化が生じない。
【0017】
例えば、最初に、RF振幅を複数の極の間で相殺して、A極において、隣接するレンズにRF信号の10%を付加する。次に、重ね合わせの原理を用いて、レンズに印加された信号をすべての電極から減算する。このことにより、レンズには信号が存在しなくなり、一方、A極のRF信号は10%だけ減少され、B極のRF信号は10%だけ増加される(B極の信号は、A極の信号とは位相が180°ずれているので、B極の信号の振幅が増加される)。したがって、A極に印加されたRF信号の振幅を10%だけ減少させ、B極に印加されたRF信号の振幅を10%だけ増加させることによって、名目上相殺されたRF駆動電圧が相殺されない構成であると考えられる。当該構成は、RF駆動電圧が複数の極の間で相殺され、かつA極に現れるRF信号の10%が、A極の位相によりレンズに印加される構成と同等である。
【0018】
追加の補助RF信号が存在しない場合、RF軸方向バリアは多極の各端部に均等に付与される。さらに、RF軸方向バリアの周波数は、RF駆動電圧の周波数に調整され、このバリアの高さはRF駆動電圧の振幅に正比例する(式1を参照)。
【0019】
図4を参照すると、RF駆動電圧の一部を収束レンズに直接印加するための回路400の概略図が示されている。具体的には、図4の回路400は、容量性分圧器を使用して、A極のRF駆動電圧の一部を収束レンズに印加することができる方法を示している。A極に接続された駆動電圧源402は、2.2pFのコンデンサ404と6.8pFのコンデンサ406とからなる容量性分圧器ネットワークに接続される。30pFのコンデンサ408は、収束レンズ自体の静電容量を表し、出射レンズに現れるA極のRF駆動電圧の割合を約6%まで減少させる。DC電圧供給部410はDCオフセットを収束レンズに供給する。1MΩの抵抗器412は前記DC電圧供給部410をRF電圧VRFAから分離する。
【0020】
収束レンズに印加されたRF駆動電圧の一部の周波数および振幅は、駆動電圧自体の周波数および振幅に必ず依存するので、図4の回路400は、図3の回路300と同様に、周波数および振幅に融通性がないという問題を有する。しかし、コンデンサ404と406の値を調整することによって、異なる高さのRF軸方向バリアを多極ロッドアセンブリの反対側端部に生成できる。
【0021】
上記のことに基づいて、質量分析計100の複数の細長いロッドセットのいずれかを使用して、反対極性のイオンをトラップすることができる。具体的には、本発明の種々の態様によれば、第1群のイオンおよび第2群のイオンを第1のイオン源と第2のイオン源とから細長いロッドセットにそれぞれ供給できる。第2群のイオンは第1群のイオンの極性と反対であり得る。RF駆動電圧を細長いロッドセットに供給して、第1群のイオンおよび第2群のイオンの両方をロッドセットに半径方向に閉じ込めることができる。最後に、RF駆動電圧に相対的に、補助RF電圧を細長いロッドセットの入射端および出射端の両方に供給して、第1群のイオンおよび第2群のイオンの両方を細長いロッドセットでトラップすることができる。図2〜図4の回路の任意の1つを使用して、前記補助RF電圧を供給することができる。選択的に、独立して制御可能な出射補助RF電圧および入射補助RF電圧を出射端および入射端にそれぞれ供給できる。
【0022】
例えば、本発明の一態様によれば、図3の回路を使用して、相殺されないRF駆動電圧をロッドセットに供給することができる。すなわち、図3の回路300を使用して、第1のRF駆動信号をA極304におよび第2のRF駆動電圧をB極306に供給することができる。上記のように、この構成は、RF駆動電圧が複数の極の間で相殺され、RF周波数の補助信号が収束レンズに印加される構成と同等である。このようにして、上記のように、RF駆動電圧に相対的に、RF周波数の補助信号をロッドセットの入射端および出射端に印加できる。選択的に、入射端および出射端に印加された補助RF電圧をRF駆動電圧から導出し得る。例えば、このことは、図4の回路400の容量性分圧器を使用して行ってもよい。
【0023】
選択的に、補助RF電圧をRF駆動電圧とは別々に供給し得る。さらに、上記のように、異なる補助RF電圧をロッドセットの出射端および入射端に印加することが可能である。選択的に、DC電圧をロッドセットの入射端および出射端で重畳し得る。
【0024】
RF駆動電圧とは別々に補助RF電圧を供給する利点の1つは、RF駆動電圧を変化させることなく、補助RF電圧の周波数および振幅を変化させることが可能であることである。例えば、ロッドセットの出射端に印加された出射補助RF電圧の周波数を減少させて、より重いイオンを保持しつつより軽いイオンを軸方向に排出することができる。代わりに、ロッドセットの出射端に印加された出射補助RF電圧の振幅を減少させて、より軽いイオンを保持しつつより重いイオンを軸方向に排出してもよい。補助RF電圧の周波数を調整した場合には、好ましくは、保持されているイオンの共鳴周波数を回避すべきである。
【0025】
試験結果
以下に説明する試験結果を提供するために、補助RF信号が収束レンズに直接印加される図2の回路200を使用して、補助RF信号を図1のQ3の出射レンズに直接供給した。補助RF信号は、アジレント(Agilent)社製の信号発生器によって発生され、補助増幅器によって10の係数だけ増幅された。図2には、このアジレント(Agilent)社製の信号発生器および補助増幅器の両方がAC電圧源202として示されている。図2に関連して上述したように、補助RF信号の振幅をさらに増大させるために、10の公称利得を有する変圧器204が使用される。
【0026】
走査機能は規定されており、この走査機能において、選択質量、またはある範囲の質量が、Q1で選択され、Q2を通して移動され、Q3でトラップされ、Q3で熱中性子化することが可能にされ、次に、引き続き検出された。これらの試験の検出過程において、補助RF信号が出射レンズに印加された場合に生成されたバリアの高さは、種々の手段によって減少され、イオンは、トラップから軸方向に出た場合に検出された。一般に、このような試験は、トラップ時の帯電減衰試験と呼ばれ、この試験において、熱中性子化されたイオンを阻止しているバリアが除去された場合に、主に前記イオン自体が熱運動することにより、前記イオンがトラップから軸方向に出る。
【0027】
以下に説明する多数の試験において、Q3のロッドオフセットは、0.2msのドエル時間中に、出射レンズ108に対する誘引から反発まで、10mVの増加における50V/sで走査された。検出過程中に、出射レンズ108はDC接地に維持され、補助RF信号以外の信号は出射レンズ108に印加されなかった。RF駆動電圧の振幅は、ほぼQ3の極の間で相殺された。
【0028】
出射レンズで補助RF信号によって提供された熱イオンに対するバリアの効果は、帯電減衰分布の重心が現れたQ3のロッドオフセット(RO3)の値を周波数、振幅および質量の関数としてプロットすることによって評価された。実際に、正イオンおよび負イオンの両方について得られた結果の比較を容易にするために、RO3の絶対値は、関連するパラメータに対してプロットされた。
【0029】
他の試験において、RF軸方向バリアの質量選択特性をより明確に示すために、RO3と出射レンズとの間の電位差は、ある特定の値、名目上ゼロに固定され、補助RF信号の振幅は、より高い値からより低い値にランプ状に変化された。これらの状態で、より重い質量のイオンは、より軽いイオンよりも高い補助RF信号の振幅で軸方向に放出された。
【0030】
結果およびその検討
帯電減衰分布の重心が現れたRO3の値は、出射レンズ108においてスクリーンを貫通した検出器110への入射における高い(引力)ポテンシャルによって、200〜300mVだけオフセットされていることに留意されたい。以下に示すデータでは、この擾乱が補正される。すなわち、以下に示す結果では、補助RF信号の振幅がゼロであった場合にゼロオフセットが調整された。
【0031】
周波数
図5のグラフを参照すると、帯電減衰分布の重心が現れたQ3のロッドオフセットは、5つの異なる質量に関して振幅15V0−pの補助RF信号の周波数の関数としてプロットされる。具体的には、曲線502、504、506、508、および510は、118、622、1522、1634−および2834−のイオンのそれぞれに関して、帯電減衰分布の重心が現れるQ3のロッドオフセットを振幅15V0−pの補助RF信号の周波数の関数として表している。すべての場合において、ある点までではあるが、周波数が小さくなるにつれて、バリアの効果がそれだけ増加した。周波数が閾値未満に減少した場合には、帯電減衰分布が、Q3のロッドオフセットの増加する引力値に向かって歪められるにつれて、バリアの効果が急速に低下した。質量が小さくなるにつれて、有効な最小周波数が増加していることが図5から明らかである。この特性は、周波数が減少されるにつれて、好ましくは、それだけより重い質量のイオンが保持されるある程度の質量選択の機会を示している。グラフ500に見られる大きな四角形は、同様の状態のシミュレーションから得られた質量1522のイオンに関する結果を示している。
【0032】
調整可能な1つのパラメータと共に最小二乗法を用いて、データのすべてを式1に同時に当てはめることにより、曲線502、504、506、508、および510が得られた。この当てはめる手順では、帯電減衰分布の重心が現れたRO3の値が、バリア高さDの代わりに用いられる。この好ましい当てはめにより、補助RF信号によって出射レンズ108に付与される軸方向バリアの高さが軸方向バリアの周波数の平方根に反比例していることが示される。
【0033】
振幅
図6を参照すると、周波数が100kHzに一定に維持され、かつ補助RF信号の振幅が0〜15Vの間で変化させられる場合に関するグラフ600が示されている。この試験は、図6のグラフ600のそれぞれの曲線602、604、606および608としてプロットされる4つの異なるイオン、すなわち、622、1522、1634−および2834−のイオンのために繰り返される。これらの曲線は、帯電減衰分布の重心が現れたRO3の大きさを補助RF信号の振幅の関数としてプロットする。
【0034】
図5のグラフと同様に、調整可能な1つのパラメータと共に最小二乗法を用いて、データのすべてを式1に同時に当てはめることによって、曲線602、604、606および608が得られた。さらに、式1が、補助RF信号によって出射レンズに付与された軸方向バリアの高さを適切に示していることが明らかである。より具体的には、補助RF信号によって付与されたバリアの高さは、そのバリアの振幅の平方根と共に増加する。図6を参照すれば、質量が増加するにつれて、特定の振幅の補助信号のトラップ効果が低下することも明らかである。このことは、正イオンおよび負イオンの両方に当てはまる。一般に、重いイオンは、より高い周波数で保持され、一方、より軽いイオンは、より低い振幅で保持される。
【0035】
質量選択
これらの試験では、周波数およびロッドオフセットを一定に維持しつつ、補助RF信号の振幅を一定の比率で減少させて、帯電減衰を観察すると、軸方向バリアの高さが減少された。
【0036】
式1によれば、重いイオンが、より高い周波数で保持され、より軽いイオンが、より低い振幅で保持されることが図5と図6から明らかである。熱中性子化されたイオンのエネルギー分布が、質量とはほぼ無関係であると仮定すると、RFバリアの高さが同一の公称レベルに減少された場合、各質量を軸方向に放出することが可能である。式1によれば、公称レベルは、質量毎の種々の補助RF信号の振幅に対応する。この質量依存性をより明確に調査するために、補助RF信号の周波数は、RF駆動電圧の周波数の半分の408kHzに固定される。質量が622、922、1522および2122のイオンは、Q1で選択され、Q3で蓄積されて熱中性子化される。
【0037】
図7のグラフ700のデータを生成するために、イオンがQ3で蓄積されて熱中性子化された後、補助RF信号の振幅は、1msの期間、ある特定の値まで減少され、軸方向レンズの補助RF信号は、DCバリアに置き換えられ、残留イオンは、質量選択的な軸方向排出によって検出された。図7のグラフ700の曲線702、704、706および708は、質量が622、922、1522および2122のそれぞれのイオンの積分強度を、1ms間減少された補助RF信号の振幅の関数としてプロットする。この手順が、図7のデータを生成するために多数回繰り返された。所定の質量未満のイオンをトラップで好ましくは保持でき、一方、補助RF信号の振幅を適切なレベルまで減少させることによって、より重いイオンが軸方向に放出されることが図7から明らかである。
【0038】
図8のグラフ800を参照すると、図7の各イオンの質量は、各イオンの強度が図7の強度の最大値の半分まで低下した補助RF信号に関する振幅値の関数としてプロットされる。4つのデータ点に当てはめられた二次曲線は、式1で予測されたような補助RF信号の振幅に関する二次質量依存性を示している。
【0039】
図8の結果は、出射レンズの補助RF信号の振幅を十分に高いレベルからランプ状に変化させて、すべてのイオンをゼロに保持することによって、ある程度の質量選択でイオンを軸方向に排出できることを意味している。
【0040】
図9aと図9bのグラフを参照すると、408kHzの振幅をランプ状に変化させた結果では、1秒当たり−15kV/sで250Vからゼロまでの出射レンズ108の補助RF信号がプロットされる。線形イオントラップを出たイオン電流の強度は、図9aの補助RF信号の振幅の関数としてプロットされている。振幅と質量との二次式を用いて、図9aのデータが質量範囲に変換されて図9bに表されている。図9bの垂直破線は、質量が622、922、1522および2122のイオンの位置を示している。これらの質量のイオンは、Q1で選択され、Q3で蓄積されて熱中性子化される。
【0041】
図9bの質量スペクトルは不完全に分析されるが、質量軸における最大値は適切に位置決めされる。時間の経過と共に振幅が連続的にランプ状に変化された場合、質量は二次的に変化されることに留意されたい。具体的には、1秒当たりの質量単位で表されているランプ速度は、質量622のイオンの180kDa/sから、質量2122のイオンの320kDa/sまでの範囲にある。
【0042】
四重極共鳴励起
収束レンズに印加された補助RF信号の周波数が、パラメトリック共鳴または四重極共鳴に対応した場合、イオンは、半径方向共鳴励起の問題を有し、ロッドで中和されるかまたは軸方向に排出されることがある。したがって、特定の質量のイオンは、補助RF信号の周波数が前記イオンの四重極共鳴に対応した場合に、軸方向RFバリアによって効果的にトラップされない。この影響が、図10aと図10bにプロットされたデータで示されている。
【0043】
図10aでは、補助RF信号の振幅は150V0−pに固定された。1634−の負イオンに関して、図5の周波数応答データと同様の周波数応答データを収集するために、周波数は200〜600kHzの間で変化させられた。すなわち、図10aでは、0の振幅でオフセットが0に調整されるように、1634−のイオンの帯電減衰分布の重心が現れたQ3のロッドオフセットの大きさが、周波数の関数としてプロットされた。
【0044】
図10bでは、これらの帯電減衰分布の積分強度が周波数の関数としてプロットされた。四重極共鳴は、(K、n)=(1、0)と(1、−1)の四重極共鳴に対応するように、315kHzと500kHzで観察された(J Am Soc Mass Spectromから2002年に出版されたB.Aコリングズ(B.A Collings)、M.スダコフ(M.Sudakov)およびF.A.ロンドライ(F.A.Londry)による「線形イオントラップに閉じ込められたイオンに関するn=0、K=1〜6の四重極共鳴の励起における共鳴シフト」(Resonance Shifts in the Excitation of the n=0,K=1 to 6 Quadrupole resonances for Ions Confined in a Linear Ion Trap,)の第13版の577〜586ページ)。
【0045】
これらの共鳴により、ロッドにおける付随的な損失、または質量選択的な軸方向排出と共に半径方向パラメトリック励起が生じるであろう。このことにより、図10bの強度データにおいて、明確な最小値が明らかになる。それに対応する図10aの最小値は、イオンが、熱レベルよりも著しく高い半径方向振幅を得た結果によるものである。イオンが出射レンズの電位に応答して移動する軸方向の力は、半径方向振幅により低下し、図10aの最小値では、減少された軸方向バリアのみが影響を受けて、イオンが半径方向に励起される。実際に、図10aは、バリアの高さが315kHzでゼロ未満に低下したことを示している。図10bの315kHzにおける明確な最小値と相俟って、イオンが、315kHzにおいて、質量選択的に軸方向に排出されたことが明らかである。したがって、補助RF信号の周波数が四重極共鳴に対応した場合、補助RF信号が収束レンズに印加されたときに付与される軸方向バリアが、特定のm/zに対して効果的でなくなることが明らかになる。それに応じて、このような周波数は、イオンをトラップする場合には回避すべきである。
【0046】
時間経過に伴うRFバリアの効果
上記の試験された帯電減衰分布は、比較的長い期間イオンを効果的にトラップし得ることを意味している。それでも、秒の時間スケールでイオンをトラップした場合には、緩やかな漏れから、大きな損失が生じることがある。時間経過に伴うトラップ効果を試験するために、200kHzの補助信号が150Vの振幅で出射レンズに印加され、一方、Q3のロッドオフセットが特定の値に維持された。2000ms後に、RO3は、50V/sにおいて、増加する反発値にランプ状に変化された。
【0047】
図11のグラフを参照すると、帯電減衰分布の積分強度は、2000ms間維持されたQ3のロッドオフセットの関数としてプロットされる。図11のデータは、出射レンズに印加された補助RF信号が、10VDCの阻止電位と同程度に効果的に1634−のイオンを阻止したことを意味している。
【0048】
上記のことから、RF駆動電圧とは独立した位相である周波数範囲300kHz〜1MHzまでの補助RF信号が、四重極線形イオントラップの端部の収束レンズに印加された場合に、前記補助RF信号が熱イオンをトラップできることが明らかである。もちろん、この周波数範囲は任意であり、RF駆動電圧に依存してもよい。すなわち、個々に帯電される非常に重いイオンに対しては、30kHzよりもはるかに低い周波数が有効であろう。さらに、1MHzよりも高い周波数を用いて、最も強い四重極共鳴を回避することが有利であり得る。
【0049】
四重極線形イオントラップの両端にある収束レンズに印加された補助RF信号によって、両方の極性のイオンを同時に効率的にトラップできる。このようなRFバリアの有効な高さは、(i)イオンの質量に反比例し、(ii)イオンによって搬送された電荷の大きさと共に一次的に増加し、(iii)イオンの帯電極性とは独立し、(iv)補助RF信号の振幅と共に二次的に増加し、(v)補助RF信号の周波数の平方根に反比例し、(vi)ある点までではあるが、周波数が小さくなるにつれてそれだけ増加するであろう。この最後の特徴では、周波数が、質量に依存する所定の閾値未満に減少された場合、バリアの効果は激減する。
【0050】
イオンの質量が減少すると軸方向速度がそれだけ高くなる結果として、イオン質量が減少するにつれて、効果的な閉じ込めのための低い周波数閾値が増加する。この特性は、ある程度の質量選択を提供し、これにより、RFバリア周波数を減少させて、より軽いイオンを排出することによって、より重い質量のイオンを好ましくはトラップし得る。効果的なトラップのための閾値よりも高い周波数では、RFバリアの有効な高さが質量に反比例する。この特性によって、より軽いイオンを好ましくはトラップする措置が行われる。
【0051】
補助RF信号の振幅をより高い値からより低い値まで走査できるので、より軽いイオンの前に、より重い質量のイオンを軸方向に放出できる。
【0052】
出射レンズに印加された補助RF信号は、特に補助信号の振幅が高かった場合に四重極(K、n)共鳴を励起できる。(K、n)周波数の1つに共鳴するイオンは、軸方向に放出するかまたはロッドで中和することができる。
【0053】
本発明から逸脱することなく、当業者によって、本明細書で説明しかつ本図に示した好ましい実施形態に種々の変更を行うことができ、本発明の範囲が、添付された特許請求の範囲で規定されることを理解されたい。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】QトラップQ−q−Qの線形イオントラップ質量分析計の概略図である。
【図2】補助RF信号を本発明の態様によるイオンガイドの収束レンズに供給するための回路の概略図である。
【図3】イオンガイドのロッドセットに印加されたRF駆動電圧に相対的に、補助RF電圧を本発明の第2の態様によるイオンガイドの出射端および入射端に供給するための回路の概略図である。
【図4】RF駆動電圧の一部をイオンガイドの端部の収束レンズに印加して、補助RF電圧を本発明の別の態様によるイオンガイドの前記端部に供給するための容量性分圧器の概略図である。
【図5】5つの異なるイオン質量に関して、帯電減衰分布の重心が現れたQ3のロッドオフセットを振幅15V0−pの補助RF信号の周波数の関数としてプロットしたグラフである。
【図6】異なる質量のイオンに関して、帯電減衰分布の重心が現れたQ3のロッドオフセットの大きさを補助RF信号の振幅の関数としてプロットしたグラフである。
【図7】異なる質量のイオンに関して、各同位体群の積分強度を、1ms間減少された補助RF信号の振幅の関数としてプロットしたグラフである。
【図8】各イオン質量の強度が図7のグラフの各イオン質量の強度の最大値の半分まで低下した補助RF信号の振幅値の関数として、イオン質量をプロットしたグラフである。
【図9a】線形イオントラップを出るイオン電流の強度を補助RF信号の振幅の関数としてプロットしたグラフである。
【図9b】振幅と質量との二次式を用いて図9aのデータが質量範囲に変換されていることを除いて、図9aと同じ関係のグラフである。
【図10a】1634−の帯電減衰分布の重心が現れたQ3のロッドオフセットの大きさを周波数の関数としてプロットしたグラフである。
【図10b】図10aの帯電減衰分布の積分強度を周波数の関数としてプロットしたグラフである。
【図11】200kHzの補助信号を150Vの振幅で出射レンズに印加している間に2000ms間維持されたQ3のロッドオフセットの関数として、帯電減衰分布の積分強度をプロットしたグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入射端と出射端とを有する細長いロッドセットを有する質量分析計を動作させる方法において、
(a)第1群のイオンを前記ロッドセット内に供給するステップと、
(b)前記第1群のイオンの極性と反対の第2群のイオンを前記ロッドセット内に供給するステップと、
(c)RF駆動電圧を前記ロッドセットに供給して、前記第1群のイオンおよび前記第2群のイオンを前記ロッドセットに半径方向に閉じ込めるステップと、
(d)前記RF駆動電圧に相対的に、入射補助RF電圧を前記入射端におよび出射補助RF電圧を前記出射端に供給して、前記第1群のイオンおよび前記第2群のイオンの両方をロッドセットでトラップするステップと、
含むことを特徴とする方法。
【請求項2】
前記入射補助RF電圧および前記出射補助RF電圧の両方が補助RF電圧に等しいことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ステップ(d)が、(i)前記入射補助RF電圧を前記入射端の入射レンズおよび入射ロッド部の一方に供給するステップと、(ii)前記出射補助RF電圧を前記出射端の出射レンズおよび出射ロッド部の一方に供給するステップとを含むことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記ロッドセットが複数のAロッドと複数のBロッドとを備え、
前記ステップ(c)と(d)が、第1のRF信号を前記複数のAロッドにおよび第2のRF信号を前記複数のBロッドに供給して、前記RF駆動電圧を供給するステップを含み、前記RF駆動電圧に相対的に前記補助RF電圧を供給するために、前記第1のRF信号および前記第2のRF信号の比率が不均等であることを特徴とする請求項2に記載の方法。
【請求項5】
前記ステップ(c)が、前記入射端に印加された前記入射補助RF電圧と、前記出射端に印加された前記出射補助RF電圧とを前記RF駆動電圧から導出するステップを含むことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記ロッドセットが複数のAロッドと複数のBロッドとを備え、
前記ステップ(c)が、第1のRF信号を前記複数のAロッドにおよび第2のRF信号を前記複数のBロッドに供給して、前記RF駆動電圧を供給するステップを含み、
前記ステップ(d)が、前記第1のRF信号から補助RF電圧を導出するために、前記第1のRF信号と接地との間に容量性分圧ネットワークを設けるステップを含むことを特徴とする請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記入射端および前記出射端でDC電圧を重畳するステップをさらに含むことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記出射補助RF電圧が前記RF駆動電圧とは別々に供給されることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記RF駆動電圧とは独立して、前記出射補助RF電圧の周波数を制御するステップをさらに含むことを特徴とする請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記出射補助RF電圧の前記周波数を減少させて、選択されなかったイオンを軸方向に排出し、選択されたイオンを保持するステップをさらに含み、前記選択されたイオンが、前記選択されなかったイオンよりも重いことを特徴とする請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記出射補助RF電圧の振幅を減少させて、選択されなかったイオンを軸方向に排出し、選択されたイオンを保持するステップをさらに含み、前記選択されたイオンが、前記選択されなかったイオンよりも軽いことを特徴とする請求項8に記載の方法。
【請求項12】
前記出射補助RF電圧の前記周波数を制御するステップが、前記第1群のイオンおよび前記第2群のイオンの共鳴周波数を回避するステップを含むことを特徴とする請求項9に記載の方法。
【請求項13】
質量分析計装置において、
入射端と出射端とを有する多極ロッドセットと、
前記多極ロッドセットの前記入射端の近傍にある入射部材と、
前記ロッドセットの前記出射端の近傍にある出射部材と、
入射RF電圧を前記入射部材におよび出射RF電圧を前記出射部材に供給するために前記入射部材と前記出射部材とに接続されたRF電圧電源と、
RF駆動電圧を前記多極ロッドセットに供給してイオンを前記多極ロッドセットに半径方向に閉じ込めるために前記多極ロッドセットに接続されたRF駆動電圧電源と、
を備え、
入射擬ポテンシャルバリアが前記入射端に設けられ、出射擬ポテンシャルバリアが前記多極ロッドセットの前記出射端に設けられるように、前記補助RF電源が、前記入射RF電圧を前記入射部材におよび前記出射RF電圧を前記出射部材に供給すべく動作可能であることを特徴とする質量分析計装置。
【請求項14】
前記入射RF電圧の周波数および前記出射RF電圧の周波数が、前記RF駆動電圧の周波数とは独立して制御可能であるように、前記補助RF電源が独立して制御可能であることを特徴とする請求項13に記載の装置。
【請求項15】
第1群のイオンを前記ロッドセットに供給するための第1のイオン源と、
前記第1群のイオンの極性と反対である第2群のイオンを前記ロッドセットに供給するための第2のイオン源と、
をさらに備えることを特徴とする請求項13に記載の装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9a】
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【図9b】
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【図10a】
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【図10b】
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【図11】
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【公表番号】特表2007−538357(P2007−538357A)
【公表日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−516918(P2007−516918)
【出願日】平成17年5月20日(2005.5.20)
【国際出願番号】PCT/CA2005/000777
【国際公開番号】WO2005/114704
【国際公開日】平成17年12月1日(2005.12.1)
【出願人】(503030676)エムディーエス インコーポレイテッド ドゥーイング ビジネス アズ エムディーエス サイエックス (5)
【氏名又は名称原語表記】MDS INC., doing business as MDS SCIEX
【出願人】(505123697)アプレラ コーポレイション (21)
【Fターム(参考)】