説明

超伝導量子マルチビット素子及びそれを用いた集積回路

【課題】量子ビット間における量子もつれ状態を、高速に、かつ、簡単に信頼性よく生成することができる超伝導量子マルチビット素子及びそれを用いた集積回路を提供する。
【解決手段】複数の超伝導量子ビット素子1,2〜Nと、各超伝導量子ビット素子のインダクタンスに電磁結合する共振器11と、を備え、各超伝導量子ビット素子は3つのジョセフソン接合1d,1e,1fを有する超伝導量子干渉素子からなり、各超伝導量子ビット素子1,2〜Nは互いに電磁結合しないように配置されており、各超伝導量子ビット素子1,2〜Nへの高周波パルスの印加により各超伝導量子ビット素子間1,2〜Nに量子もつれ状態を生成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子計算機に用いることができ、量子もつれ状態を生成することができる超伝導量子マルチビット素子及びそれを用いた集積回路に関する。
【背景技術】
【0002】
量子コンピューター(非特許文献1参照)では、状態の重ね合わせが可能であるため古典的コンピューターで行うことのできない演算を行なうことができる。量子コンピューターは、理論的には複数の入力を備えた計算を行なうことができ、重ね合わせ状態の生成は、量子コンピューターの演算に不可欠な機能である。
【0003】
超伝導、特に、超伝導量子干渉素子を用いた量子ビットは、量子コンピューターを実現するための固体量子演算素子として提案されている(非特許文献2参照)。超伝導量子干渉素子を用いた、単一量子ビットの全動作制御は最近実証された(非特許文献3参照)。そして、量子ビットのコヒーレンス時間がマイクロ秒に達することが報告されている(非特許文献4参照)。
【0004】
最近、単一量子ビットとLC共振器とを組み合わせた構成で重要な実験が行なわれ、2つの量子ビット系の間の結合が示され、この結合系の時間領域での操作が報告された(非特許文献5参照)。
【0005】
量子コンピューターの量子演算素子としては、各量子ビットの重ね合わせ状態を行なう機能だけではなく、各量子ビットの量子状態が互いに絡まりあった状態となる、所謂エンタングルメント状態を実現する必要がある。エンタングルメント状態は、量子絡み合い又は量子もつれ状態と呼ばれている。量子ビットの個数をNとし、量子もつれ状態で利用すると、同時に入力できるデータは2N 通りになる。仮に、量子ビットの数Nを40とすると、約1兆通りの入力パラメーターを同時に1組の演算回路で計算できることになる。この量子もつれ状態を示す指標としては、コンカレンスが知られている(非特許文献6参照)。
【0006】
量子もつれ状態を生成する量子ビットに関しては、2つの超伝導電荷量子ビット素子間を電気容量素子で結合した超伝導電荷量子マルチビット素子が、特許文献1に開示されている。
【0007】
仮想準位を介して量子もつれ状態を生成させることが、非特許文献7〜11等で提案されている。量子もつれ状態において、量子ビットのエネルギーが基底状態と励起状態との間で振動するが、この振動をラビ振動と呼んでいる。この振動の周波数はラビ周波数と呼ばれている。量子もつれ状態を生成させるために、1つ以上の駆動周波数を用いたり(非特許文献8参照)、可変結合機構を用いることが提案されている(非特許文献9〜11参照)。ここで、可変結合機構とは、量子もつれ状態を発生させるために、量子ビットと量子ビットとの相互作用を自在に制御する機構であり、例えば、ある強度と周波数の組み合わせからなる高周波パルス列などを用いることができる。
【0008】
【特許文献1】特開2005−57068号公報
【非特許文献1】G. Wendin 他1名, "Superconducting Qubit", Cond-mat., 0508729 (2005)
【非特許文献2】J. E. Mooij 他5名, "Josephson Persistent-Current Qubit", SCIENCE, vol. 285, pp. 1036 (1999)
【非特許文献3】T. Kutsuzawa 他5名, “Coherent Controll of a Flux Qubit by Phase-shifted Resonant Microwave Pulses", Appl. Phys. Lett., Vol.87, p.073501 (2005)
【非特許文献4】P. Bertet 他6名, "Relaxation and Dephasing in a Flux-Qubit", Cond-mat., 0508729 (2005)
【非特許文献5】I. Chiorescu 他5名, "Coherent Quantum Dynamics of a Superconducting Flux Qubit", Nature, Vol.431, pp.159-162 (2004)
【非特許文献6】W. K. Wotters, "Entanglement of Formation of an Arbitrary State of Two Qubits", Phys. Rev. Lett., Vol.80, p.2245 (1998)
【非特許文献7】A. Sorensen 他1名, "Multiparticle Entanglement of Hot Trapped Ions", Phys. Rev. Lett., Vol.82, p.1971 (1999)
【非特許文献8】C. Rigetti 他2名, "Protocol for Universal Gates in Optimally Biased Superconducting Flux Qubit", Phys. Rev. Lett., Vol.94, p. 240502(2005)
【非特許文献9】L. F. Wei 他2名, "Quantum Computation with Josephson Qubits Using a Current-biased Information Bus", Phys. Rev. B, Vol.71, p.134506 (2005)
【非特許文献10】D. A. Averin 他1名, "Variable Electrostatic Transformer: Controllable Coupling of Two Charge Qubits", Phys. Rev. Lett., Vol.91, p.057003 (2003)
【非特許文献11】B. L. T. Plourde 他9名, "Entangling flux qubits with a bipolar dynamic inductance", Phys. Rev. B, Vol.70, p.140501 (2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、非特許文献8〜11で提案されている従来の量子演算素子の場合には、2つの量子ビットの間に量子もつれ状態を生成させるためには、複数の高周波パルス源が必要であり、量子もつれ状態を実現するためには構成が複雑になるという課題がある。
【0010】
本発明は、上記課題に鑑み、特に、量子ビット間における量子もつれ状態を、高速に、簡単に、かつ、信頼性よく生成することができる、超伝導量子マルチビット素子及びそれを用いた集積回路を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明の超伝導量子マルチビット素子は、複数の超伝導量子ビット素子と、各超伝導量子ビット素子のインダクタンスに電磁結合する共振器と、を備え、各超伝導量子ビット素子は3つのジョセフソン接合を有する超伝導量子干渉素子からなり、各超伝導量子ビット素子は互いに電磁結合しないように配置されており、各超伝導量子ビット素子への高周波パルスの印加により各超伝導量子ビット素子間に量子もつれ状態を生成することを特徴とする。
上記構成において、好ましくは、各超伝導量子ビット素子のインダクタンスと電磁結合し、高周波パルスが送出される線路を備える。
【0012】
上記構成において、好ましくは、共振器の共振周波数は各超伝導量子ビット素子のエネルギーとは共鳴しない周波数であり、高周波パルスは2つの超伝導量子ビット素子のエネルギーの和に相当する周波数を含む。
【0013】
また、好ましくは、量子もつれ状態が、共振器と各超伝導量子ビット素子との間の電磁的結合度又は高周波パルスの電力振幅に比例して制御される。
【0014】
上記構成によれば、3つのジョセフソン接合を有する超伝導量子干渉素子からなる超伝導量子ビット素子間における量子もつれ状態を、高速に、簡単に、かつ、信頼性よく生成することができる。
【0015】
本発明の超伝導量子マルチビット素子を用いた集積回路は、複数の超伝導量子ビット素子と、各超伝導量子ビット素子のインダクタンスに電磁結合する共振器と、各超伝導量子ビット素子の量子状態の読み出しをする読み出し回路と、を備え、各超伝導量子ビット素子は、3つのジョセフソン接合を有する超伝導量子干渉素子からなり、各超伝導量子ビット素子は互いに電磁結合しないように配置されており、各超伝導量子ビット素子への高周波パルスの印加により各超伝導量子ビット素子間に量子もつれ状態を生成することを特徴とする。
上記構成において、好ましくは、各超伝導量子ビット素子のインダクタンスと電磁結合し、高周波パルスを送出できる線路を備える。
上記構成によれば、3つのジョセフソン接合を有する超伝導量子干渉素子からなる超伝導量子ビット素子間における量子もつれ状態を、高速に、簡単に、かつ、信頼性よく生成し、各超伝導量子ビット素子の量子状態の読み出し回路を備えた集積回路を提供することができる。
【0016】
上記構成において、好ましくは、読み出し回路が、超伝導量子ビット素子に電磁結合する2つのジョセフソン接合を備えた超伝導量子干渉素子により構成される。
この構成によれば、超伝導量子ビット素子間に量子もつれ状態を生成し、かつ、各超伝導量子ビット素子の量子状態が、隣接して配置される読み出し回路により読み出すことができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の超伝導量子マルチビット素子によれば、各超伝導量子ビット素子が3つのジョセフソン接合からなる簡単な構成であり、各超伝導量子ビット素子に電磁結合する共振器により、量子もつれ状態を、高速に、かつ、信頼性よく生成することができる。
【0018】
また、本発明の超伝導量子マルチビット素子を用いた集積回路によれば、各超伝導量子ビット素子の量子状態を、各超伝導量子ビット素子の近接して配置した読み出し回路で読み出すことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、この発明の実施の形態を図面を参照して詳細に説明する。各図において同一又は対応する部材には同一符号を用いる。
最初に、本発明による超伝導量子マルチビット素子について説明する。
図1は本発明による超伝導量子マルチビット素子の構成を示す模式的な平面図である。図示するように、本発明の超伝導量子マルチビット素子10は、超伝導量子干渉素子からなる超伝導量子ビット素子1,2〜Nと、各超伝導量子ビット素子の上部にあるインダクタンス1a,2a〜Naを介して電磁結合(誘導結合とも呼ばれる)する共振器11と、を含んで構成されている。そして、各超伝導量子ビット素子1,2〜Nの下部にある相互インダクタンス1b,2b〜Nbを介して電磁結合している、後述する第2の線路14が配置されている。第2の線路14には、高周波パルス源12が印加される。
ここで、高周波パルス源12は、第2の線路14に高周波からマイクロ波の周波数を印加、すなわち、給電する電源である。この高周波パルス源12は高周波のパルス又はパルス列を発生できる電源であればよいが、以下においては、高周波パルス電源12は高周波パルス発生装置として説明する。
【0020】
超伝導量子ビット素子1,2〜Nのそれぞれは、3つのジョセフソン接合を有する超伝導量子干渉素子である。超伝導量子ビット素子1は、超伝導材料からなるリング又は矩形形状などからなる細線1cと、3つのジョセフソン接合1d,1e,1fと、から形成されている。各ジョセフソン接合1d,1e,1fは、トンネル接合となるような薄い絶縁膜が超伝導材料からなる細線1cに挟まれた構造を有している。なお、本発明に用いる超伝導量子ビット素子1,2〜Nは、超伝導を示す温度にて動作する。
【0021】
超伝導量子ビット素子1,2〜Nは、互いには電磁結合しないように配置されている。この場合、各超伝導量子ビット素子1,2〜Nの隣接する間隔を離したり、各超伝導量子ビット素子1,2〜Nを構成する超伝導体からなる細線の総長を適宜に設計することで、超伝導量子ビット素子1,2〜N間の不必要な電磁結合を低減することができる。具体的には、超伝導量子ビット素子1は、一辺が10μm程度の長方形の場合に1μAの電流を流し、隣り合う超伝導量子ビット素子2との間隔を10μmとする。このとき隣り合う超伝導量子ビット素子1,2間の電磁結合の大きさは、近接して配置した場合の約1/100程度以下となる。従って、隣り合う超伝導量子ビット素子1,2間には、実質的に電磁結合がないものとして取り扱うことができる。
【0022】
共振器11は、共振器部11aと、上記超伝導量子ビット1,2〜Nを被覆する絶縁膜上又は隣接して設けた第1の線路部11bと、から構成することができる。図示の場合には、共振器11はLC共振器からなっている。コンデンサ(C)とインダクタンス(L)との一端同士は接続し、接続されていない他端はそれぞれ線路部11bに接続している。この場合、第1の線路部11b中の等価的なインダクタンス11cと各超伝導量子ビット素子の上部にあるインダクタンス1a,2a〜Naとは電磁結合している。
【0023】
ここで、共振器11は、LC共振器、分布定数共振器、集中定数部品と分布定数部品からなる共振器などから構成することができる。
【0024】
量子ビット操作用の高周波パルス発生装置12は、LC共振器や分布定数共振器からなる共振器と能動素子などから構成され、上記超伝導量子ビット素子1,2〜Nを被覆する絶縁膜上や隣接して設けられる第2の線路14と、から構成することができる。この第2の線路14の一端には、高周波パルス発生装置12から高周波パルスが送出されて、各超伝導量子ビット素子1,2〜Nへ高周波パルスが印加される。この場合、第2の線路14中の等価的なインダクタンス14aと各超伝導量子ビット素子にある相互インダクタンス1b,2b〜Nbを介して、所定強度の高周波パルスが所定時間だけ電磁結合することにより超伝導量子ビット1,2〜Nの量子状態を操作することが可能となる。
【0025】
本発明の超伝導量子マルチビット素子10の重要な特徴は、各超伝導量子ビット素子1,2〜Nが電磁的結合度λi で共通の共振器11に電磁的に結合している点と、各超伝導量子ビット素子1,2〜Nが互いには、非常に弱くしか電磁結合していない点である。本発明においては、各超伝導量子ビット素子1,2〜Nを非常に弱く電磁結合させ、実質的に各超伝導量子ビット素子1,2〜Nが電磁結合していない状態とする。
【0026】
本発明の超伝導量子マルチビット素子10においては、超伝導量子ビット素子1,2〜Nに量子もつれ状態を生成するために以下のようにしている。下記に超伝導量子ビット素子1,2の場合について説明する。
共振器11の共振周波数(fres )は、超伝導量子ビット素子1,2のエネルギーE1 ,E2 とは互いに共振状態とならないように設定される。2つ以上の超伝導量子ビット素子を備えた超伝導量子マルチビット素子1,2〜Nにおいては、他の量超伝導量子ビット素子3〜Nも共振状態とならないようにする。
【0027】
超伝導量子ビット素子1,2〜Nのエネルギー状態は、外部から静磁場を印加することにより調整することができるので、共振器11の共振周波数とは異なる共振状態とすることができる。この静磁場の印加は、演算全体が完了するまでの間、定磁場とみなせる安定したパルス磁場を各超伝導量子ビット素子1,2〜Nに印加すればよい。このようなパルス磁場は、超伝導量子マルチビット素子10に近接して配置した配線に矩形波電流を流して発生することができる。
【0028】
また、完全に同一な超伝導量子ビット素子1,2〜Nを製造するのは困難であり、超伝導量子ビット素子1,2〜N間のエネルギーには多少の変動が生じることを利用して、各超伝導量子ビット素子1,2〜Nのエネルギーを、共振器11の共振周波数と異なるようにも設計できる。
【0029】
本発明の超伝導量子ビット素子1,2〜Nの量子状態は、高周波パルス発生装置12から第2の線路12bを介してパルスを印加することにより、例えば、共鳴マイクロ波によるラビ振動で制御される。
【0030】
図2は、本発明の超伝導量子マルチビット素子10の量子もつれ状態を模式的に説明するエネルギーレベル図である。図示するように、本発明の超伝導量子マルチビット素子10においては、量子もつれ状態を生成するために、高周波パルス発生装置12の周波数は、2つの超伝導量子ビット素子1,2のエネルギー(Eqb1 及びEqb2 )の和に相当する周波数fext とする。上記高周波パルス発生装置12は、fext を発生するか、又は少なくともfext 含む高周波パルスを発生できればよい。
このエネルギー関係は下記(1)式で与えられる。
【数1】

ここで、hはプランク定数(6.626068×10-34 J・s)である。
【0031】
超伝導量子ビット素子1,2〜Nの最小エネルギーギャップは、周波数としては1〜6GHzに相当するエネルギーである。超伝導量子ビットとして用いる場合の量子二準位のエネルギー分離は、周波数としては、大凡1〜15GHzに相当するエネルギーである。高周波パルス発生装置12の周波数fext は、超伝導量子マルチビット素子1,2〜Nの構造や寸法等に依存するが、1〜10GH程度、典型的には数GHzである。
【0032】
量子もつれ状態においては、2つの超伝導量子ビット素子1,2におけるエネルギー準位は、コヒーレント状態においては、基底状態(|g,g,0>)と励起状態(|e,e,0>)との間で遷移をする。そして、中間状態における、最大にもつれたエネルギー準位Ψは下記(2)式で与えられる。
【数2】

【0033】
さらに、2つの超伝導量子ビット素子のエネルギー準位を、|qubit1 ,qubit2 ,i>で表記する。この場合、基底状態をg、励起状態をeとして表わし、共振器11のフォック状態をiとする。
ここで、フォック状態表示とは、共振器11に、共振量子が何個励起されているかの状態を指定する方法である。|0>は、共振量子が一つもない真空状態、即ち基底状態である。|1>は、共振量子が1個、|n>は共振量子がn個存在する状態を示す。
【0034】
図3は、本発明の超伝導量子マルチビット素子における、量子もつれ状態のエネルギー及びコンカレンスの時間依存性の数値計算結果を示す図である。図3において、横軸は共鳴高周波パルスの印加持続時間(ns)を示し、左縦軸は量子もつれ状態のエネルギー(任意目盛)を示し、右縦軸はコンカレンス(C)を示している。
左縦軸のi準位の超伝導量子ビット素子のエネルギーは下記式(3)で表わされる。
【数3】

ここで、iは、1又は2である。
右縦軸に示すコンカレンス(C)は下記式(4)で表わされる。
【数4】

ここで、Ψは2つの量子ビット(1,2)結合系の状態関数であり、Ψ* はΨの複素共役であり、σy に関する項は、それぞれ、量子ビット1,2についてのy方向スピン演算子である。
【0035】
図3において、超伝導量子ビット素子のエネルギーは、基底状態から励起状態へと、コヒーレントに遷移していることが分かる。そして、最大にもつれたエネルギー準位であるΨを、図3中では、黒丸印(図3の●参照)で示している。
【0036】
最大にもつれたエネルギー準位Ψとなる印加持続時間において、右縦軸に示すもつれ合いの指標であるコンカレンス(C)は1に近づくことが分かる。
【0037】
この時間遷移の数値計算結果においては、最大にもつれたエネルギー準位Ψが22nsで生成するように、非常に強い励起を行なっている。このような強い励起の場合には、22ns経過したときのコンカレンス(C)は、0.95に達する。この場合、コンカレンス(C)が1に到達しない理由は、強い励起を行なった場合には、基底状態(|g,g,0>)から励起状態(|e,e,0>)に遷移するだけではなく、エネルギーが近い値を有している共振器11へ、1量子を励起した状態である|g,g,1>を励起するからである。より弱く励起することで、このコンカレンス(C)の低下を防ぐことができる。この場合、共鳴高周波又は共鳴マイクロ波パルスの励起が強い程、ラビ振動数が大きくなり、最大にもつれた状態の生成に要する所要時間が短くなる。
【0038】
上記生成時間の22nsは、単一量子ビットのコヒーレント時間である100〜1000nsと比較すると、非常に短い時間である。なお、超伝導を示す量子ビットの正確なコヒーレント時間はまだ知られていない。
【0039】
所望の基底状態から励起状態への遷移(|g,g,0>→|e,e,0>)に関するラビ周波数は、超伝導量子ビット素子1,2と共振器11との間の相互作用で決まる。もしも、相互作用のない場合には遷移は生じない。
【0040】
本発明の上記量子もつれ状態における、共振器11と、各超伝導量子ビット素子1,2〜Nの電磁的な結合において、ラビ周波数を与える式を見出した。
最低の寄与を与える2次オーダーの摂動展開式を得ることにより、ラビ周波数の最低の寄与(ΩRabi)は下記式(5)で与えられる。
【数5】

ここで、λ1 は超伝導量子ビット素子1と共振器11との間の電磁的結合度で、λ2 は超伝導量子ビット素子2と共振器11との間の電磁的結合度であり、Aは高周波パルス発生装置12の電力振幅である。
【0041】
上記の超伝導量子ビット素子1と共振器11との間の電磁的結合度であるλ1 は、超伝導量子ビット素子1の上部のインダクタンス1aと、共振器11に接続する線路部のインダクタンス11cとの電磁的結合度である。
この電磁的結合度λ1 を変えるには、超伝導量子ビット素子1と線路部のインダクタンス11cとの隣接する間隔を離したり、超伝導量子ビット素子を構成する超伝導体からなる細線の総長を適宜に設計すればよい。超伝導量子ビット素子2,3〜Nの場合も同様にして、共振器11との間の電磁的結合度であるλ2 を変化させることができる。
【0042】
上記(5)式においては、ラビ周波数がλ1 及びλ2 に比例し、そして、高周波パルス発生装置12の電力振幅に比例することを示している。この場合、ラビ周波数は、例えば、数MHz〜GHz程度の周波数であり、典型的には10MHz程度である。
【0043】
上記計算結果から、本発明の超伝導量子マルチビット素子10によれば、ラビ周波数が高周波パルス発生装置12の電力振幅に比例するので、非特許文献7〜11で報告された場合と比較すると、量子もつれ状態が非常に高速に生成するという優れた特徴を有している。従来の場合には、仮想準位を介して量子もつれ状態の形成を行なうために、複数の高周波パルス発生装置を使用するものであるが、ラビ周波数は、励起用マイクロ波振幅の2乗に比例するので、本発明の超伝導量子マルチビット素子のように、ラビ周波数が励起用マイクロ波振幅に比例する場合に比べて遅くなる。
【0044】
さらに、本発明の超伝導量子マルチビット素子10における、素子構成とパルス系列の構造が単純であるという優れた特徴を有している。非特許文献7〜11の従来技術の場合に、2つの量子ビットを動作させるのに必要としていた複数の駆動周波数及び/又は調整可能なカップラーを用いていた。これに対して、本発明の超伝導量子マルチビット素子10では、複数の駆動周波数及び/又は可変結合機構は不要である。
【0045】
以上、説明した本発明の超伝導量子マルチビット素子10は、各超伝導量子ビット素子1,2〜N間の量子もつれ状態を実現することができる。
次に、各超伝導量子ビット素子の初期化及び任意の重ね合わせ状態の実現方法について説明する。
(1)超伝導量子ビット素子1,2〜Nの初期化:
超伝導量子ビット素子1,2〜Nの初期化は、超伝導状態となる極低温、例えば20mKに冷却した状態で所定の時間静置しておくことで実現できる。
(2)各超伝導量子ビット素子1,2〜Nにおける任意の重ね合わせ状態:
超伝導量子ビット素子1,2〜Nのエネルギー準位差に同調した共鳴高周波パルスを用い、ラビ振動を生成させ、共鳴高周波パルスの持続時間(パルス幅)を変えることにより、アダマールゲートに代表される超伝導量子ビットの状態の任意の重ね合わせ(回転)制御を行なうことができる。あるいは、位相変調された複数の高周波パルスを用いることで、アダマールゲートに代表される超伝導量子ビットの状態の任意の重ね合わせ制御を行なうことができる。
【0046】
図4は、本発明による超伝導量子マルチビット素子10を用いた集積回路30の構成を示す模式的な平面図である。図示するように、本発明の超伝導量子マルチビット素子10を用いた集積回路30は、図1に示した超伝導量子マルチビット素子10の各超伝導量子ビット素子1,2〜Nの上部にあるインダクタンス1a,2a〜Naに結合する素子が読み出し回路20として付加されている。この読み出し回路20は、各超伝導量子ビット素子1,2〜Nの量子状態を読み出すことができれば何でもよい。
【0047】
図示の場合には、この読み出し回路20が超伝導量子干渉素子21,22〜2Nからなる場合を示している。超伝導量子干渉素子21は、超伝導材料からなるリング状又は矩形状などからなる細線21cと、2つのジョセフソン接合21a,21bとから形成されている、所謂ジョセフソン接合を2個有するSQUIDである。他の超伝導量子干渉素子22〜2Nも同じ構造である。この超伝導量子干渉素子21,22〜2Nには、それぞれ、電極、例えば21d,21e,21fが設けられている。そして、各超伝導量子干渉素子21,22〜2Nはそのインダクタンス21g,22g〜2Ngを介して、それぞれ、各超伝導量子ビット素子1,2〜Nの上部のインダクタンス1a,2a〜Naに電磁結合している。
【0048】
上記読み出し回路20の読み出し動作について説明する。
超伝導量子干渉素子の電流端子21d,21e,21fには、バイアス電流が印加されている。バイアス電流を増加していった際に有限電圧を生じる電流の値(スイッチング電流)を測定することにより、超伝導量子マルチビット素子10の超伝導量子ビット素子1の量子状態の読出しを行うことができる。他の超伝導量子干渉素子22〜2Nの場合も同様にして、超伝導量子ビット素子2〜Nの量子状態の読出しを行うことができる。
【0049】
上記構成の本発明の超伝導量子マルチビット素子10及びそれによる集積回路30は、以下のようにして製作することができる。
最初に、絶縁性基板上に、超伝導量子マルチビット素子10と読み出し回路20となる所定の厚さの超伝導体をスパッタ法により堆積する。超伝導量子マルチビット素子10と読み出し回路20となる細線を、マスクを用いた選択エッチングにより形成する。この場合、超伝導量子マルチビット素子10と読み出し回路20の絶縁体を形成する領域の超伝導体もエッチングする。
超伝導体としては、アルミニウム、ニオブ、窒化ニオブ、鉛、二硼化マグネシウム(MgB2 )や銅酸化物超伝導体などの高温超伝導体などからなる材料を使用することができる。銅酸化物超伝導体としては、Bi,Sr,Ca,Cu及びOからなる化合物(BSCCO)、Y,Ba,Cu及びOからなる化合物(YBCO)、La,Sr,Cu及びOからなる化合物(LSCO)などが挙げられる。
【0050】
次に、ジョセフソン接合に用いる所定の厚さの絶縁体となるアルミナ酸化膜などの絶縁膜材料を、スパッタ法やCVD法により堆積する。アルミニウムを蒸着した場合には、酸化してアルミナ酸化膜としてもよい。そして、余分な絶縁体を、選択エッチングにより除去する。この工程で、超伝導量子マルチビット素子10と読み出し回路20に用いる超伝導量子干渉素子が形成される。
ジョセフソン接合の絶縁膜としては、酸化アルミニウムを用いることができる。銅酸化物超伝導体であるc軸配向のBSCCOにおいては、BaO層からなる固有ジョセフソン接合を用いてもよい。
【0051】
次に、所定の厚さの絶縁膜を基板全面にスパッタ法などにより堆積する。
最後に、上記絶縁膜上の超伝導量子ビット素子1,2〜Nの所定箇所と電磁結合させるための共振器11の線路13及び高周波パルス発生装置12の線路14を、金属膜の蒸着や選択エッチング法などにより形成する。
各材料の堆積には、スパッタ法やCVD法以外には、蒸着法、レーザアブレーション法、MBE法などの通常の薄膜成膜法を用いることができる。また、所定の形状のジョセフソン接合、線路、電流端子を形成するためのマスク工程には、光露光やEB露光などを用いることができる。
【0052】
上記超伝導量子マルチビット素子10及びそれによる集積回路30における共振器11、高周波パルス発生装置12、あるいは、第2の線路14は、集積回路30に外付けすることができる。また、絶縁性基板として、絶縁膜を形成したSiなどの半導体基板を用いる場合には、コンデンサ及びインダクタンスからなるLC共振器、分布定数共振器などの受動部品からなる共振器11を同一基板上に集積化してもよい。同様にして、各種トランジスタと、コンデンサ及びインダクタンスからなるLC共振器、分布定数共振器などの受動部品からなる高周波パルス発生装置12を同一基板上に集積化してもよい。
【0053】
本発明の超伝導量子マルチビット素子10における量子もつれ状態は、単に2つの超伝導量子ビット素子に当てはまるだけでなく、共通の共振器11及び高周波パルス発生装置12用線路14に接続した多くの超伝導量子ビット素子を備えた任意のペア間に適用することができる。
【実施例】
【0054】
以下、実施例に基づいて、本発明をさらに詳細に説明する。
実施例として、超伝導量子マルチビット素子による集積回路30を製造した。超伝導材料をニオブ(Nb)とし絶縁膜を酸化アルミニウムとして用いた、超伝導量子マルチビット素子10とSQUIDを用いた読み出し回路20とを、基板上に集積した。超伝導量子マルチビット素子及びSQUIDの大きさは、5μm×5μm〜40μm×40μmの正方形のパターンとし、その細線幅は0.3μmとした。
【0055】
図5は、(A)が実施例の超伝導量子マルチビット素子による集積回路30の走査電子顕微鏡像を示す図であり、(B)が(A)の説明図である。図示の場合には、1つの超伝導量子ビット素子とその読み出し用SQUIDの拡大した像を示している。図5から明らかなように、大きさが10μm×10μmの超伝導量子素子1の周囲には、大きさが13μm×13μmの読み出し用のSQUID21が配置されている。
【0056】
本発明はこれら実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した発明の範囲内で種々の変形が可能であり、それらも本発明の範囲内に含まれることはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明による超伝導量子マルチビット素子の構成を示す模式的な平面図である。
【図2】本発明の超伝導量子マルチビット素子の量子もつれ状態を模式的に説明するエネルギーレベル図である。
【図3】本発明の超伝導量子マルチビット素子における、量子もつれ状態のエネルギー及びコンカレンスの時間依存性の数値計算結果を示す図である。
【図4】本発明による超伝導量子マルチビット素子を用いた集積回路の構成を示す模式的な平面図である。
【図5】(A)が実施例の超伝導量子マルチビット素子による集積回路の走査電子顕微鏡像を示す図で、(B)が(A)の説明図である。
【符号の説明】
【0058】
1,2〜N:超伝導量子ビット素子
1a,2a〜Na:超伝導量子ビット素子の上部にあるインダクタンス
1b,2b〜Nb:超伝導量子ビット素子の下部にあるインダクタンス
1c:超伝導細線
1d,1e,1f,21a,21b:ジョセフソン接合
10:超伝導量子マルチビット素子
11:共振器
11a:共振器部
11b:線路部
11c:線路部中の等価的なインダクタンス
12:高周波パルス発生装置
14:第2の線路
14a:第2の線路中の等価的なインダクタンス
20:読み出し回路
21,22〜2N:超伝導量子干渉素子(SQUID)
21c:超伝導材料からなる細線
21d,21e,21f:電流端子
21g,22g〜2Ng:インダクタンス
30:集積回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の超伝導量子ビット素子と、
上記各超伝導量子ビット素子のインダクタンスに電磁結合する共振器と、
を備え、
上記各超伝導量子ビット素子は3つのジョセフソン接合を有する超伝導量子干渉素子からなり、
上記各超伝導量子ビット素子は互いに電磁結合しないように配置されており、
上記各超伝導量子ビット素子への高周波パルスの印加により各超伝導量子ビット素子間に量子もつれ状態を生成することを特徴とする、超伝導量子マルチビット素子。
【請求項2】
前記各超伝導量子ビット素子の上記インダクタンスと電磁結合し、前記高周波パルスが送出される線路を備えることを特徴とする、請求項1に記載の超伝導量子マルチビット素子。
【請求項3】
前記共振器の共振周波数は前記各超伝導量子ビット素子のエネルギーとは共鳴しない周波数であり、前記高周波パルスは2つの超伝導量子ビット素子のエネルギーの和に相当する周波数を含むことを特徴とする、請求項1又は2に記載の超伝導量子マルチビット素子。
【請求項4】
前記量子もつれ状態が、前記共振器と各超伝導量子ビット素子との間の電磁的結合度又は前記高周波パルスの電力振幅に比例して制御されることを特徴とする、請求項1に記載の超伝導量子マルチビット素子。
【請求項5】
複数の超伝導量子ビット素子と、
上記各超伝導量子ビット素子のインダクタンスに電磁結合する共振器と、
各超伝導量子ビット素子の量子状態の読み出しをする読み出し回路と、
を備え、
上記各超伝導量子ビット素子は3つのジョセフソン接合を有する超伝導量子干渉素子からなり、
上記各超伝導量子ビット素子は互いに電磁結合しないように配置されており、
上記各超伝導量子ビット素子への高周波パルスの印加により各超伝導量子ビット素子間に量子もつれ状態を生成することを特徴とする、超伝導量子マルチビット素子を用いた集積回路。
【請求項6】
前記各超伝導量子ビット素子の上記インダクタンスと電磁結合し、前記高周波パルスが送出される線路を備えることを特徴とする、請求項5に記載の超伝導量子マルチビット素子。
【請求項7】
前記読み出し回路が、前記超伝導量子ビット素子に電磁結合する2つのジョセフソン接合を備えた超伝導量子干渉素子により構成されることを特徴とする、請求項5に記載の超伝導量子マルチビット素子を用いた集積回路。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−250771(P2007−250771A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−71232(P2006−71232)
【出願日】平成18年3月15日(2006.3.15)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】