説明

超短パルスレーザー誘導衝撃波を用いた薬剤導入装置

【課題】医療分野での治療あるいは遺伝子組み換え技術などに用いる、動物や人体などの各種生体組織内細胞に対して薬剤を効率よく導入可能な超短パルスレーザー誘導衝撃波を用いた薬剤導入装置を得る。
【解決手段】超短パルスレーザー誘導衝撃波を用いた薬剤導入装置であって、導入薬剤溶液を表面張力と毛管現象を利用してプローブとそれに近接した生体組織間に保持、固定し、プローブ内導入薬剤溶液の表面に超短パルスレーザー光を収束レンズで集光し、その蒸散プラズマ化の過程で生じる超短パルス衝撃波を導入薬剤溶液越しに生体組織に向けて照射し、導入薬剤溶液を生体組織内に輸送して導入薬剤を生体細胞に注入するようにしてなることを特徴とする超短パルスレーザー誘導衝撃波を用いた薬剤導入装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療分野における超短パルスレーザー誘導衝撃波を用いた薬剤導入装置に関し、より具体的には、動物や人体などの各種生体組織内細胞に対する超短パルスレーザー誘導衝撃波を用いた薬剤導入装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、各種植物や動物などの細胞に対する、遺伝子導入による治療技術や遺伝子組み換えによる品種改良技術が研究され、その一部は実用化されている。これを植物について言えば、大豆やトウモロコシなどの植物を栽培するに際して、その細胞に病害虫に強い遺伝子(本体はDNA)を組み入れることにより、病害虫に蝕まれることなく成長させることができる。ここで問題なのは生体細胞へ如何にして遺伝子を注入するかである。その注入法としては、原始的には注射器、またニードル付きシリンジなどにより行うことが考えられるが、細胞の大きさ(直径)は数μm〜数十μm、体積(人体細胞の場合)は200〜15000μm3と小さいので、そのような手段による実用化はなかなか難しい。
【0003】
その注入装置として、図4に示すようなジーンガンシステム(Gene Gun System:BIO-RAD Laboratories社製)が知られている。図4(a)は断面図、図4(b)は図4(a)中A−A線断面図である。図4のとおり、円管21の内面に金粒子(直径1μm以下)の表面に所定の遺伝子を担持した金粒子22を付着させておく。そして、キャリアとしてヘリウムガスを供給管23を介して円管21内に高速で通過させることで、遺伝子担持の金微粒子22を移送して生体組織内に打ち込む。ジーンガンシステムは、例えば、大豆栽培における、その生体組織への病害虫に強い遺伝子の注入などに用いられている。しかし、このような注入装置では、標的生体組織が高圧のヘリウムガス流に曝されることが不可欠であることなどから、生体組織が人体等の動物の場合には使えない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
人体等の動物については、結石破砕治療や治療薬導入に衝撃波を利用いることが試みられており、その衝撃波発生には、ナノ秒パルスレーザー、電気放電(放電時間=数マイクロ秒)、火薬による爆発などを利用するものである。例えば、非特許文献1では窒化銀(AgN3)火薬の爆発による液体ジェットによる治療薬導入が試みられている。
【0005】
また、非特許文献2には、ヒト由来の癌細胞株に対する衝撃波(20〜40MPa,1000〜2000ショット)の照射により、ブレオマイシン(BLM)の導入効率が上がることが報告されている。これは、衝撃波により細胞膜に瞬時に多数の細孔(0.05−0.5μm)を生じる現象を利用するものである。この現象はその報告で初めて明らかにされた注目すべき現象であるが、そこで用いられた衝撃波は、せいぜい数マイクロ秒程度の衝撃波パルスであり、この程度の衝撃波パルスによっては医療への実用化はなかなか難しい。
【0006】
【非特許文献1】TETSUYA KODAMA 外5名“Ultrasound in Med. & Biol.”Vol.25, No.6 p.977-983(1999)
【非特許文献2】神部真理子 外2名“HUMAN CELL”Vol.10, No.1 p.87-94(1997)
【0007】
ところで、近年、超短パルスレーザー技術はフェムト秒(fs:femto-second)の領域に近づいており、数ミリジュール、数百フェムト秒というようなフェムト秒レーザー装置が実用化されれば、さらなる導入効率の向上と照射エネルギーの低減化が期待される。しかし、これを上記のような人体等の動物の生体組織に対する薬剤導入装置として現実に実用化するには、生体細胞に対して例えば抗腫瘍剤や遺伝子などの薬剤を安全、確実且つより効率よく導入可能な薬剤導入装置の開発が不可欠である。
【0008】
本発明者らは、以上のような事情に鑑み、動物や人体などの各種生体組織内の細胞に対する薬剤を安全、確実且つ効率よく導入できる装置の実用化に向けて鋭意実験、研究を続けたところ、各種生体組織に対して実用化可能な超短パルスレーザー誘導衝撃波を用いた薬剤導入装置を開発することができた。
【0009】
すなわち、本発明は、医療分野での治療あるいは遺伝子組み換え技術に用いる、動物や人体などの各種生体組織内の細胞に対して薬剤を効率よく導入可能な超短パルスレーザー誘導衝撃波を用いた薬剤導入装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、超短パルスレーザー誘導衝撃波を用いた薬剤導入装置である。そして、導入薬剤溶液を表面張力と毛管現象を利用してプローブとそれに近接した生体組織間に保持、固定し、プローブ内導入薬剤溶液の表面に超短パルスレーザー光を収束レンズで集光し、その蒸散プラズマ化の過程で生じる超短パルス衝撃波を導入薬剤溶液越しに生体組織に向けて照射し、導入薬剤溶液を生体組織内に輸送して導入薬剤を生体細胞に注入するようにしてなることを特徴とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
フェムト秒レーザーを用いる場合に注意を要する要因として、それが容易にブレークダウンを起こすという問題がある。このため、そのレーザービームを、衝撃波を発生させる目的箇所までブレークダウンを極力抑制しながら伝送することが重要である。そこで、本発明においては、衝撃波の発生を導入薬剤溶液の表面上で行い、レーザー放出端と導入薬剤溶液の表面との間には収束レンズしか存在させないことを特徴とする。この点、従来技術における留意概念では、導入薬剤溶液を標的生体組織上に保持するための空間と衝撃波を発生させるための空間を分離するための複数の隔壁が必要不可欠になるが、本発明においては、レーザー放出端と導入薬剤溶液表面間に収束レンズを配置しておけばよく、これがブレークダウンを回避、抑制する上で重要な要件となる。
【0012】
次に問題になるのが、液体である導入薬剤溶液を生体組織面に対して保持し、固定する方法である。本発明においては、プローブと生体組織との間の近接空間に導入薬剤溶液の表面張力と毛細管現象を利用して導入薬剤溶液を保持、固定し、レーザー入射方向に導入薬剤溶液の表面張力による界面を生成することを特徴とする。また、本発明においては、それらの特徴点に加えて、収束レンズと導入薬剤溶液面との間の空間に圧力調整機構を付加し、導入薬剤溶液の制御を能動的に行うことを特徴とするものである。
【0013】
以下、本薬剤導入装置を図面を用いてさらに説明する。図1は、本発明の超短パルスレーザー誘導衝撃波を用いた薬剤導入装置の構成例を説明する図で、縦断面図として示している。図1中、1は円筒状のケーシングであり、その下部に開口Sを設けてある。ケーシング1のうち開口Sを含む部分が生体組織に臨ませるプローブに相当する。2はケーシング1内に配置した収束レンズ(凸レンズ)である。収束レンズ2は、ケーシング1の内周面に、図1中3として示すように固定し、シールされる。
【0014】
4は圧力調整室、5は圧力調整室4内の圧力を調整するためのガス圧調整器であり、これらにより収束レンズ2と溶液面間の圧力調整機構が構成される。6は薬剤溶液の注入器、7は開口Sへの薬剤溶液注入管である。開口Sの径は、圧力調整室4側が最も小さく、外側に向けて末広がり状に構成されている。その径は、生体組織の大きさ等の如何により適宜選定することができる。例えば、最内側(圧力調整室4側)の径は3mm程度、最外側の径は5mm程度というように構成される。
【0015】
図2は本薬剤導入装置の使用態様を説明する図である。図2中、図1と共通する部分、部材には同じ符号を付している。図2のとおり、その使用時に、導入薬剤溶液8は注入器6に収容し、ケーシング1の下部開口Sを生体組織面10に対して臨ませる。図2中、点々で示す9は、溶液8中に溶解ないし分散した治療薬、遺伝子等の薬剤を示している。
【0016】
導入薬剤溶液8は、注入器6により、薬剤溶液注入管7を経て開口Sへ移送され、生体組織面10に対して面状となるようにされる。この時、導入薬剤溶液8の表面張力と毛細管現象により導入薬剤溶液8を保持、固定し、レーザー入射方向に表面張力による界面(表面)11を形成する。本発明によれば、導入薬剤溶液8の表面制御は、ガス圧調整器5により圧力調整室4の圧力を調整することで行うことができる。
【0017】
次に、超短パルスレーザー発振器からレーザービームを収束レンズ2に向けて発射して焦点f1に収束し、導入薬剤溶液8の表面11にレーザービームを照射する。収束されたレーザービームにより、導入薬剤溶液8の表面11付近の導入薬剤溶液中に気泡を発生する。発生気泡は急速に膨張し、その膨張速度が音速近くになると気泡表面近傍の溶液中には数MPa〜数百MPaの高圧部が形成される。これが衝撃波である。この衝撃波は、導入薬剤溶液8中を伝播し、生体組織面(細胞膜面)10に照射される。図3(a)〜(c)にこの現象、状況を示している。
【0018】
ここで、衝撃波が生体組織面(細胞膜面)10を通過する際、衝撃波によって誘発される液体ジェットが細胞膜を貫通し、薬剤9が薬剤溶液8に伴われて細胞内に導入される。図3(d)にその現象、状況を示している。本発明においては、パルス幅、数百フェムト秒以下の高ピーク出力、低エネルギーのレーザー光を用いて効率よく衝撃波を誘導できる。また、本発明によれば、標的生体組織への薬剤導入効率が高く、標的以外の生体組織への薬剤導入効率が少ないか、または皆無であり、さらに、レーザー光、発生する衝撃波は、ともに短パルス、低エネルギーであり、生体組織への副作用が小さい。
【0019】
導入薬剤溶液の溶媒としては、生体組織に対して無害の液体が用いられるが、好ましくは水が用いられる。本発明の薬剤導入装置は、生体組織中に抗癌剤その他の各種治療薬を導入して治療し、また、生体中の肺、胃、膵臓、肝臓、直腸、大腸、その他の器官の癌細胞、生体中の脳腫瘍、骨肉腫、その他の腫瘍細胞などに対して正常遺伝子(DNA)や細胞内正常小器官などを導入して治療するのに用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の超短パルスレーザー誘導衝撃波を用いた薬剤導入装置の構成例を説明する図
【図2】本発明の薬剤導入装置の使用態様を説明する図
【図3】図2の使用態様における現象、状況を示す図
【図4】薬剤注入装置として実用化されているジーンガンシステムを説明する図
【符号の説明】
【0021】
1 円筒状のケーシング
S ケーシング1の下部に設けた開口
2 ケーシング1内に配置した収束レンズ(凸レンズ)
3 収束レンズ2の固定、シール
4 圧力調整室
5 圧力調整室4内の圧力を調整するためのガス圧調整器
6 薬剤溶液の注入器
7 開口Sへの薬剤溶液注入管
8 導入薬剤溶液
9 溶液8中に溶解ないし分散した薬剤
10 生体組織面(細胞膜面)
11 導入薬剤溶液8の表面
13〜15 順次大きくなる気泡
21 円管
22 遺伝子を担持した金粒子
23 ヘリウムガス供給管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超短パルスレーザー誘導衝撃波を用いた薬剤導入装置であって、導入薬剤溶液を表面張力と毛管現象を利用してプローブとそれに近接した生体組織間に保持、固定し、プローブ内導入薬剤溶液の表面に超短パルスレーザー光を収束レンズで集光し、その蒸散プラズマ化の過程で生じる超短パルス衝撃波を導入薬剤溶液越しに生体組織に向けて照射し、導入薬剤溶液を生体組織内に輸送して導入薬剤を生体細胞に注入するようにしてなることを特徴とする超短パルスレーザー誘導衝撃波を用いた薬剤導入装置。
【請求項2】
請求項1に記載の超短パルスレーザー誘導衝撃波を用いた薬剤導入装置において、プローブと収束レンズ間に圧力調整可能な空間を設け、導入薬剤溶液の保持を補助する機構を備えてなることを特徴とする超短パルスレーザー誘導衝撃波を用いた薬剤導入装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の超短パルスレーザー誘導衝撃波を用いた薬剤導入装置において、超短パルスレーザーにより導入薬剤溶液中に気泡を発生させ、気泡表面近傍の導入薬剤液中に数MPa〜数百MPaの高圧部を形成して衝撃波を誘導することを特徴とする超短パルスレーザー誘導衝撃波を用いた薬剤導入装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の超短パルスレーザー誘導衝撃波を用いた薬剤導入装置において、導入薬剤が遺伝子または細胞内小器官であることを特徴とする超短パルスレーザー誘導衝撃波を用いた薬剤導入装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の超短パルスレーザー誘導衝撃波を用いた薬剤導入装置において、導入薬剤溶液の溶媒が水であることを特徴とする超短パルスレーザー誘導衝撃波を用いた薬剤導入装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−325700(P2006−325700A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−150448(P2005−150448)
【出願日】平成17年5月24日(2005.5.24)
【出願人】(501387666)スパークリングフォトン株式会社 (1)
【Fターム(参考)】