説明

超電導線材の製造方法および超電導線材

【課題】保護層が酸化物超電導層の上表面および幅方向両側面に積層された状態で細線化する。
【解決手段】基材上に、結晶配向性が整えられた酸化物超電導層を形成する酸化物超電導層形成工程と、少なくとも酸化物超電導層を線材の幅方向に分断する線材の長手方向に溝を形成する溝形成工程と、少なくとも前記酸化物超電導層の表面を覆うように保護層を形成する保護層形成工程と、前記溝内に設定された切断位置において線材長さ方向に切断し、当初幅寸法より小さな幅寸法となる細線の超電導線材を形成する切断工程とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超電導線材の製造方法及び超電導線材に関し、エネルギー貯蔵、変圧器、モーター、発電機などの機器へ適用される技術に用いて好適なものである。
【背景技術】
【0002】
Y系酸化物超電導体などの超電導体は、臨界温度、臨界電流、臨界磁界で規定される条件範囲内において超電導状態が維持される。超電導体の使用条件によっては、超電導体の一部の領域が常電導状態となることで発熱し、超電導体全体が常電導状態に転移するクエンチ現象を引き起こす可能性があり、その場合、超電導体が焼損してしまう。そのため、一般的に超電導体のクエンチ現象の発生による焼損を防ぐために、超電導体に導電性のよい金属からなる安定化材を複合し、通電中に超電導体の一部の領域が常電導状態になった場合において、安定化材に電流を流すことができるような構成を採用し、超電導体の安定化を図っている。
【0003】
安定化層の複合化方法としては、特許文献1のようなスパッタリングや蒸着など物理的蒸着によりAg安定化層を形成する方法や、特許文献2のような蒸着されたAg安定化層上に安価なCu材を半田で貼り合せる方法などがある。
【0004】
これらの超電導線材をエネルギー貯蔵、変圧器、モーター、発電機といった応用機器に使用する場合、交流損失が発生してしまう可能性がある。そのため、線材を細線化加工して並列導体化することで交流損失を低減できることが報告されている(特許文献3、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−236652号公報
【特許文献2】特開2008−060074号公報
【特許文献3】特開2007−141688号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Supercond. Soc. Technol. 20 822-826(2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
交流損失を低減させるためには、線材を細線化し、並列導体化する必要がある。例えば超電導ケーブルの場合、線材を巻きつける円柱状の芯材に対し、円に近い形になるように線材を配置することで交流損失を低減できる。線材作製を効率よく行うには、幅の広いテープ材上に超電導体膜を形成し、用途に応じて切断することが求められるが、作製された超電導線材を切断した場合、切断面において超電導層が露出した状態となってしまう。
【0008】
このため、露出した状態のままでは大気中の水分の影響や液体窒素温度から室温に戻す際に発生する水分の影響で、水分に弱い超電導層の結晶構造が乱れてしまい、性能が低下してしまうという問題がある。
【0009】
本発明は、このような従来の実情に鑑みてなされたものであり、交流損失が低減可能であり、同時に、水分による性能低下が防止できる超電導線材の製造方法および超電導線材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、本発明の超電導線材の製造方法は、金属基材の上方に、中間層と、キャップ層と、酸化物超電導層と、保護層とが少なくとも設けられてなる超電導線材の製造方法であって、
所定の当初幅寸法とされる前記金属基材上に、中間層を形成する工程と、キャップ層を形成する工程と、酸化物超電導層を形成する酸化物超電導層形成工程と、
少なくとも酸化物超電導層を線材の幅方向に分断する線材の長手方向に溝を形成する溝形成工程と、
少なくとも前記酸化物超電導層の表面を覆うように保護層を形成する保護層形成工程と、
前記溝内に設定された切断位置において線材長手方向に切断し、当初幅寸法より小さな幅寸法となる細線の超電導線材を形成する切断工程とを有し、
前記溝形成工程において形成される前記溝の深さ寸法と幅寸法とのアスペクト比;(溝の深さ)/(溝の幅)を1以下とするとともに、前記溝の幅寸法を20μm〜1000μmの範囲に設定することを特徴とする。
本発明は、前記溝形成工程において形成される溝の深さ寸法が、1μm〜50μmの範囲に設定されることができる。
本発明は、前記溝形成工程において形成される溝の深さが、前記金属基材にまで達していることが可能である。
本発明は、前記保護層形成工程において形成する保護層の厚さが、5μ〜100μmの範囲に設定されることが好ましい。
本発明は、前記切断工程において、少なくとも前記金属基材を切断する切断幅寸法が、前記溝の幅寸法と前記保護層の厚さの2倍との差に等しいか、それより小さく設定されることができる。
本発明は、前記保護層に良電導性を有する安定化層を積層する工程を有することが可能である。
本発明の超電導線材は、上記のいずれかに記載された製造方法によって製造されて、金属基材上に、結晶配向性が整えられてなる中間層と、該中間層の結晶配向性の影響を受けて結晶配向性が整えられたキャップ層と、該キャップ層の結晶配向性の影響を受けて結晶配向性が整えられた酸化物超電導層と、良電導性を有する保護層とが少なくとも設けられてなる超電導線材であって、
前記保護層が、線材断面方向において、前記酸化物超電導層の前記キャップ層と接しない三辺となる表面に積層されてなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明の超電導線材の製造方法は、溝を形成してこの溝内および酸化物超電導層に保護層を積層して、溝内部において切断することにより、保護層が酸化物超電導層の上表面および幅方向両側面に積層された状態で細線化することが可能となる。これにより、効率よく水分の影響を低減可能で交流損失を防止可能に細線化された超電導線材を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明に係る超電導線材の一例を示す概略構成図。
【図2】同超電導線材を製造するための成膜装置の一例を示す概略構成図。
【図3】本発明に係る超電導線材の製造方法の一例を示すフローチャート。
【図4】本発明に係る超電導線材の製造方法の一例における工程を示す断面図。
【図5】本発明に係る超電導線材の製造方法の他の例を示すフローチャート。
【図6】本発明に係る超電導線材の製造方法のさらに他の例を示す断面図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係る超電導線材およびその製造方法について説明する。
図1は、本発明に係る超電導線材の一例を模式的に示す概略斜視図である。
図1に示す超電導線材Aは、テープ状の基材10の上に、拡散防止層11、ベッド層12、中間層15、キャップ層16、酸化物超電導層17、保護層30および安定化層(導電層)18をこの順に積層した積層体として構成されている。なお、超電導線材Aにおいてベッド層12は略することもできる。
【0014】
この実施形態の超電導線材Aは、保護層30が少なくとも酸化物超電導層17の側面を覆うようにこの積層体の側面に延在している。保護層30は、具体的には、積層体の上側位置から下側位置に向かって、酸化物超電導層17の上側表面とその側面、酸化物超電導層17の下側に位置するキャップ層16の側面、中間層15の側面、ベッド層12の側面、拡散防止層11の側面を覆うように、酸化物超電導層17の上側表面からその側面に延在するように設けられている。
また、超電導線材Aにおいては、保護層30が、積層体の上側から下側に向かって、酸化物超電導層17の上端位置から、酸化物超電導層17、キャップ層16、中間層15、ベッド層12、拡散防止層11、基材10の全ての側面を覆うように設けられていることもでき、さらに、断面方向の一方の側面では保護膜30が全ての側面を覆うとともに、他方の側面では保護膜30が基材10を除く側面を覆って基材10のみが側面に露出した状態とすることができる。
【0015】
この実施形態の超電導線材Aは、エネルギー貯蔵、変圧器、モーター、発電機などの機器へ適用された際に交流損失を低減するために、図1に示すその幅方向寸法TAが、1mm〜5mm程度の範囲に設定され、好ましくは2.0mm〜5.0mmの程度の範囲に設定されている。
【0016】
この超電導線材Aの幅方向寸法が、上記の範囲の上限値より大きいと、細線化が不十分で交流損失の低減が充分でなく、エネルギー貯蔵、変圧器、モーター、発電機などの機器へ適用する際に、機器の大きさが大きくなってしまう。また、上記の範囲の下限値より小さいと、必要な特性を有する酸化物超電導層を形成できない、あるいは、切断回数が多くなり、切断周りの超電導層破壊に起因する臨界電流劣化の割合が大きくなってしまうため好ましくない。
【0017】
本実施形態の超電導線材Aに適用できる基材(金属基材)10は、通常の超電導線材の基材として使用でき、高強度であれば良く、長尺のケーブルとするためにテープ状であることが好ましく、耐熱性の金属からなるものが好ましい。例えば、銀、白金、ステンレス鋼、銅、ハステロイ(米国ヘインズ社製商品名)等のニッケル合金等の各種金属材料、もしくはこれら各種金属材料上にセラミックスを配したもの等が挙げられる。各種耐熱性の金属の中でも、ニッケル合金が好ましい。なかでも、市販品であれば、ハステロイが好適であり、ハステロイとして、モリブデン、クロム、鉄、コバルト等の成分量が異なる、ハステロイB、C、G、N、W等のいずれの種類も使用できる。基材10の厚さは、目的に応じて適宜調整すれば良く、通常は、10〜500μmである。基材10の表面粗さRaの値が10nm以下となるよう設定されている。
【0018】
拡散防止層11は、基材10の構成元素拡散を防止する目的で形成されたもので、窒化ケイ素(Si)、酸化アルミニウム(Al)、GZO(GdZr)等、あるいは希土類金属酸化物等から構成される。
【0019】
ベッド層12は、耐熱性が高く、界面反応性を低減するためのものであり、その上に配される膜の配向性を得るために用いる。このようなベッド層12は、必要に応じて配され、例えば、イットリア(Y)などの希土類酸化物のうち、組成式(α2x(β(1−x)で示される、Er、CeO、Dy、Er、Eu、Ho、La等を例示することができるとともに、窒化ケイ素(Si)、酸化アルミニウム(Al、「アルミナ」とも呼ぶ)等から構成される。
【0020】
このように基材10とベッド層12との間に拡散防止層11を介在させることにより、後述する中間層15やキャップ層16および酸化物超電導層17等の他の層を形成する際に、必然的に加熱されたり、熱処理される結果として熱履歴を受ける場合に、基材10の構成元素の一部がベッド層12を介して酸化物超電導層17側に拡散することを抑制するためであり、拡散防止層とベッド層12の2層構造とすることで、基材10側からの元素拡散を効果的に抑制することができる。基材10とベッド層12との間に拡散防止層を介在させる場合の例としては、拡散防止層11としてAl、ベッド層12としてYを用いる組み合わせを例示することができる。
【0021】
中間層15は、単層構造あるいは複層構造のいずれでも良く、その上に積層される酸化物超電導層17の結晶配向性を制御するために2軸配向する物質から選択される。中間層15の好ましい材質として具体的には、GdZr、MgO、ZrO−Y(YSZ)、SrTiO、CeO、Y、AlO3、Gd、Zr、Ho、Nd等の金属酸化物を例示することができる。
【0022】
キャップ層16は、中間層15の表面に対してエピタキシャル成長し、その後、横方向(面方向)に粒成長(オーバーグロース)して、結晶粒が面内方向に選択成長するという過程を経て形成されたものが好ましい。このようなキャップ層16は、前記金属酸化物層からなる中間層15よりも高い面内配向度が得られる。
キャップ層16の材質は、上記機能を発現し得るものであれば特に限定されないが、好ましいものとして具体的には、CeO、Y、Al、Gd、Zr、Ho、Nd等が例示できる。キャップ層の材質がCeOである場合、キャップ層16は、Ceの一部が他の金属原子又は金属イオンで置換されたCe−M−O系酸化物を含んでいても良い。
【0023】
このキャップ層16としてのCeO層は、PLD法(パルスレーザ蒸着法)、スパッタリング法等で成膜することができるが、大きな成膜速度を得られる点でPLD法を用いることが望ましい。PLD法によるCeO層の成膜条件としては、基材温度約500〜1000℃、約0.6〜100Paの酸素ガス雰囲気中で行うことができる。
CeO層の膜厚は、50nm以上であればよいが、十分な配向性を得るには100nm以上が好ましく、500nm以上であれば更に好ましい。但し、厚すぎると結晶配向性が悪くなるので、500〜1000nmとすることが好ましい。
【0024】
酸化物超電導層17は公知のもので良く、具体的には、REBaCu(REはY、La、Nd、Sm、Er、Gd等の希土類元素を表す)なる材質のものを例示できる。この酸化物超電導層17として、Y123(YBaCu7−X)又はGd123(GdBaCu7−X)などを例示することができる。また、その他の酸化物超電導体、例えば、BiSrCan−1Cu4+2n+δなる組成等に代表される臨界温度の高い他の酸化物超電導体からなるものを用いても良いのは勿論である。
酸化物超電導層17の厚みは、0.5〜5μm程度であって、均一な厚みであることが好ましい。
【0025】
酸化物超電導層17は、スパッタ法、真空蒸着法、レーザ蒸着法、電子ビーム蒸着法、化学気相成長法(CVD法)等の物理的蒸着法;塗布熱分解法(MOD法)等で積層することができ、なかでも生産性の観点から、PLD法、TFA−MOD法(トリフルオロ酢酸塩を用いた有機金属堆積法、塗布熱分解法)、又はCVD法を用いることが好ましい。
【0026】
ここで前述のように、良好な配向性を有するキャップ層16上に酸化物超電導層17を形成すると、このキャップ層16上に積層される酸化物超電導層17もキャップ層16の配向性に整合するように結晶化する。よってキャップ層16上に形成された酸化物超電導層17は、結晶配向性に乱れが殆どなく、この酸化物超電導層17を構成する結晶粒の1つ1つにおいては、基材10の厚さ方向に電気を流しにくいc軸が配向し、基材10の長さ方向にa軸どうしあるいはb軸どうしが配向している。従って得られた酸化物超電導層17は、結晶粒界における量子的結合性に優れ、結晶粒界における超電導特性の劣化が殆どないので、基材10の長さ方向に電気を流し易くなり、十分に高い臨界電流密度が得られる。
【0027】
酸化物超電導層17の上に積層されている保護層30はAgなどの良電導性かつ酸化物超電導層17と接触抵抗が低くなじみの良い金属材料からなる層として形成され、この保護層30の上には更に安定化層18としてCuなどの良電導性金属材料の層を積層し、これら保護層30と安定化層18とは複合した積層構造として、酸化物超電導層17が超電導状態から常電導状態に遷移しようとしたときに、酸化物超電導層17の電流が転流するバイパスとして機能することが可能とされる。また、保護層30は上述したように酸化物超電導層17側面まで連続して延在する。
【0028】
そしてこれら積層体の全周を覆って図示しないポリイミドなどの絶縁材料のテープを巻き回してなる絶縁層が形成され絶縁被覆付きの酸化物超電導線材とすることができる。
【0029】
図3は、本発明に係る超電導線材の製造方法の一例を示すフローチャートである。
本実施形態の超電導線材Aの製造方法は、図3に示すように、基材準備工程S01と、拡散防止層形成工程S02と、ベッド層形成工程S03と、中間層形成工程S04と、キャップ層形成工程S05と、酸化物超電導層形成工程S06と、溝形成工程S07と、保護層形成工程S08と、切断工程S09と、安定化層形成工程S10と、を有するものとされる。
【0030】
図4は、本発明に係る超電導線材の製造方法における一部の工程を示す断面図である。
図3に示す基材準備工程S01においては、上述したように、基材10として、Ni基にMo,Cr,W,Co等を添加した耐熱合金としてのハステロイに代表されるNi耐熱基板を準備するが、この際、圧延(冷間・熱間)加工等により所望の寸法・形状の線材とするとともに、同時に、表面平坦化および圧延時の圧延痕や傷,格子欠陥をできるだけ除去しておくことが好ましい。このため、複数回の圧延加工や機械研磨等によってその表面をできるだけ平滑にしておく。
【0031】
基材準備工程S01においては、図4(a)に示すように、製造しようとする線材Aの幅寸法TAの本数倍と、後述する溝(切断溝)Mの幅寸法TMにこの本数から1を減じた数の倍数との和となる幅寸法T0を有する基材10が準備される。つまり、用意する基材10の幅寸法T0は、線材Aの幅寸法TAと溝Mの幅寸法TMの和に切断により製造しようとする細線の本数の積から溝幅TMを減じた値となる。なお、本実施形態では、基材準備工程S01で用意した1本の基材10から、3本の細線化した酸化物超電導線材A,A,A’を製造する、つまり、線材の本数は3とされるものを例示する。
【0032】
図3に示す拡散防止層形成工程S02においては、結晶性は問われないので、基材10上に拡散防止層11が通常のスパッタ法等の成膜法により形成される。この際、拡散防止層11の厚さは、例えば10〜400nmとなるように設定される。拡散防止層12の厚さが10nm未満となると、基材10の構成元素の拡散を十分に防止できなくなる虞がある。一方、拡散防止層11の厚さが400nmを超えると、拡散防止層11の内部応力が増大し、これにより、他の層を含めて全体が基材10から剥離しやすくなる虞がある。
【0033】
図3に示すベッド層形成工程S03においては、このベッド層12が例えばスパッタリング法等の成膜法により形成され、その厚さは例えば10〜200nmとされる。
【0034】
図3に示す中間層形成工程S04においては、中間層15をスパッタ法、真空蒸着法、レーザ蒸着法、電子ビーム蒸着法、イオンビームアシスト蒸着法(以下、IBAD法と略記する)、化学気相成長法(CVD法)等の物理的蒸着法;塗布熱分解法(MOD法);溶射等、酸化物薄膜形成の際に公知の方法により積層できる。中間層15をイオンビームアシスト蒸着法(IBAD法)により良好な結晶配向性(例えば結晶配向度15゜以下)で成膜する。これにより、その上に形成するキャップ層16の結晶配向性を良好な値(例えば結晶配向度5゜前後)とすることができ、これによりキャップ層16の上に成膜する酸化物超電導層17の結晶配向性を良好なものとして優れた超電導特性を発揮できるようにすることができる。
中間層15の厚さは、目的に応じて適宜調整すれば良いが、通常は、5〜300nmの範囲とすることができる。
【0035】
IBAD法とは、蒸着時に、下地の蒸着面に対して所定の角度でイオンビームを照射することにより、結晶軸を配向させる方法である。通常は、イオンビームとして、アルゴン(Ar)イオンビームを使用する。例えば、GdZr、MgO又はZrO−Y(YSZ)からなる中間層15は、IBAD法における結晶配向度を表す指標であるΔΦ(FWHM:半値全幅)の値を小さくできるため、特に好適である。
【0036】
図2に示す如く中間層15を製造する場合のイオンビームアシストスパッタ装置20は、テープ状の基材などが配置される成膜領域21に面するようにターゲット22が配置され、このターゲット22に対して斜め方向に対向するようにスパッタイオンソース源23が配置されるとともに、成膜領域21の法線に対し所定の角度で(例えば45゜など)斜め方向から対向するようにアシストイオンソース源25を配置し構成される。
この例のイオンビームアシストスパッタ装置20は、真空チャンバに収容される形態で設けられる成膜装置であり、テープ状の基材27が対向配置された第1のロール28と第2のロール29とに複数回往復巻回されて成膜領域21を往復走行される構造などを例示することができる。
この実施形態において適用されるイオンソース源23、25は、容器の内部に、引出電極とフィラメントとArガス等の導入管とを備えて構成され、容器の先端からイオンをビーム状に平行に照射できるものである。
【0037】
本実施形態で用いる真空チャンバは、外部と成膜空間とを仕切る容器であり、気密性を有するとともに、内部が高真空状態とされるため耐圧性を有するものとされる。この真空チャンバには、真空チャンバ内にキャリアガスおよび反応ガスを導入するガス供給手段と、真空チャンバ内のガスを排気する排気手段が接続されているが、図ではこれら供給手段と排気手段を略し、各装置の配置関係のみを示している。
ここで用いるターゲット12とは、前述した材料の中間層15を形成する場合に見合った組成のターゲットとすることができる。
図2に示す構造のイオンビームアシストスパッタ装置20を用いることでIBAD法を実現し、目的の中間層15を成膜することができる。
【0038】
図3に示すキャップ層形成工程S05においては、PLD法(パルスレーザ蒸着法)により、例えばCeOからなるキャップ層16が500〜1000nmの厚さとして成膜される。
【0039】
図3に示す酸化物超電導層形成工程S06においては、スパッタ法、真空蒸着法、レーザ蒸着法、電子ビーム蒸着法、化学気相成長法(CVD法)等の物理的蒸着法;塗布熱分解法(MOD法)等、なかでも生産性の観点から、PLD法、TFA−MOD法(トリフルオロ酢酸塩を用いた有機金属堆積法、塗布熱分解法)、又はCVD法により酸化物超電導層17が成膜される。
酸化物超電導層形成工程S06までの工程によって図4(a)に示した幅寸法T0の積層体Sを形成する。
【0040】
図3に示す溝形成工程S07においては、酸化物超電導層形成工程S06までの工程によって形成した積層体Sにおいて、酸化物超電導層17の存在する上表面に、図4(b)に示すように、少なくとも酸化物超電導層を線材の幅方向に分断するように線材の長手方向に延在する溝(切断溝)Mを形成する。本実施形態の図4(b)に示す例においては溝Mをレーザや回転する刃により2本形成しているがこれに限定されるものではない。
【0041】
溝形成工程S07においては、形成される前記溝Mの深さ寸法TMbと幅寸法TMとのアスペクト比;TMb/TM=(溝の深さ)/(溝の幅)を1以下とするとともに、前記溝Mの幅寸法TMを20μm〜1000μmの範囲に設定することが好ましい。
溝Mの深さ寸法TMbは、1μm〜50μmの範囲に設定され、本実施形態においては基材10の表面まで達する深さとされているが、少なくとも酸化物超電導層17より深い位置まで形成される最小深さ寸法より深く形成されていればよく、また、基材10を切断してしまわない状態である最大深さ寸法より浅く形成されていればよく、この範囲であればどのような深さでもかまわない。
ここで、充分な厚さの保護膜30とは、酸化物超電導層17に対して悪影響を及ぼす外部からの水分を充分遮断可能な程度の厚さとされる。
溝Mの幅寸法TMを上記の範囲に設定することにより、次の保護層形成工程S08において、スパッタにより保護膜30を形成する際に、溝M内部に充分な厚さの保護膜30を形成することが可能となるとともに、酸化物超電導層17を充分覆うことが可能となる。
【0042】
図3に示す保護層形成工程S08においては、Agなどの良電導性かつ酸化物超電導層17と接触抵抗が低くなじみの良い金属材料からなる保護層30がスパッタ法等により厚さ10 μm程度として形成される。その後、保護層形成工程S08においては、酸化物超電導層17に対して酸素を供給する熱処理を施す。この熱処理条件は、酸素雰囲気で500〜800℃、数十時間〜百数十時間程度とされる。
保護層30は、図4(c)に示すように、酸化物超電導層17の表面に積層されるが、同時に、積層体Sの外側側面、および、溝Mの内側面にも成膜される。
この保護層形成工程S08においては、酸化物超電導層17の上表面に積層される保護層の厚さT30が、図4(c)に示すように、5μ〜100μmの範囲に設定されるとともに、溝Mの内側面にも成膜される保護層の厚さT30aが、図4(c)に示すように、5μ〜100μmの範囲に設定される。このとき、図4(b)に示す溝Mの幅寸法TMと、この溝M内側面の保護層30の厚さT30aとは、
TM ≧ 2×T30a
となるように、溝M内の保護膜30どうしの間寸法T30bが設定されている。
【0043】
図3に示す切断工程S09においては、図4(d)に示すように、溝Mの幅寸法TMからこの溝M内での保護層30の幅寸法T30aの2倍よりも小さな厚さ寸法(溝Mの幅方向寸法)TCを有する切断代になるように、レーザや回転する刃により切断する。
この切断しろTCは、10〜990μmとされ、切断後に保護層30が超電導線材Aの側面に充分残存するように設定される。
切断工程S09において、つまり、少なくとも基材10を切断する切断幅寸法TCが、溝Mの幅寸法TMと保護層30の厚さT30aの2倍との差に等しいか、それより小さく設定される。つまり、
TC ≦ TM − 2×T30a
となるように、切断幅寸法TCが設定される。
【0044】
前述の溝Mの幅寸法TMにおいて、TMの下限を20μmとしたのは、この種の超電導導体を切断する際の切断幅の限界が10μm、保護層30の厚さT30aが最小5μmであるので、上述の「{(TC)+2×(T30a)}≦(TM)」の関係から、20μmを下限とすることが望ましいからである。また、上限を1000μmとしたのは、この値を超えた場合に切断の問題を生じるとは言えないが、超電導層として切断により除去してしまう部分の面積が増えるので、無駄が多くなるためである。
なお、成膜法により形成できる結晶配向性の良好な酸化物超電導層17の厚さ自体は10μm程度が最大であるので、常に、「(酸化物超電導層の厚さ)<(溝幅TM)」が成立する。上述の「{(TC)+2×(T30a)}≦(TM)」の関係があるから、保護膜30の厚さが変わるに従い、溝Mの深さ寸法TMbの範囲も変わる。よって、「(酸化物超電導層の厚さ)<(溝幅TM)」とすることが好ましい。
前述の保護層の厚さT30を5μm〜100μmの範囲としたのは、5μm未満の保護層30では保護層としての役割を果たすことが困難となり易く、100μmを超える厚さでは特性の面で特に問題を生じる訳ではないが、保護層30の無駄が多くなるため、コストの面を勘案すると100μm以下とすることが好ましい。
【0045】
図3に示す安定化層形成工程S10においては、Agなどの良電導性かつ酸化物超電導層17と接触抵抗が低くなじみの良い金属材料からなる安定化層18が形成される。
本実施形態においては、片側の側面のみ基材10が露出するが反対の側面では基材10の側面にも保護膜30が設けられた細線化した2本の超電導線材Aと、この超電導線材Aと同じ幅寸法TAの酸化物超電導層17を有し両側面で基材10が露出した1本の超電導線材A’を製造することができた。
【0046】
本実施形態の超電導線材Aにおいては、基材10上に積層体Sを設けてその表面に酸化物超電導層17を分断する溝Mを設けて、細線化した3の超電導線材A、A、A’を得ることができる。これにより、酸化物超電導層17がAgからなる保護層30によって保護され、酸化物超電導層が露出することを防ぐことができる。
なお、本実施形態では、切断した後に導電層となる安定化層18を設けたが、図5に示すように、保護層形成工程S08の後に、安定化層形成工程S19によりCuを形成し、その後、切断工程S20として切断処理を行うことも可能である
【0047】
以下に本発明の実施例について実施の形態に基付いて説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0048】
<実験例1>
厚さ100μm、幅10mmのハステロイ製テープ基材の表面に、IBAD法により厚さ1μmのGdZrからなる、中間層を成膜し、該IBAD中間層上にPLD法により厚さ0.5μmのCeO、中間層(キャップ層)を成膜し、さらにその上にPLD法により厚さ1μmのGdBCO(GdBaCu7−X)からなる酸化物超電導層を成膜し、図4(a)のような断面構造を持つ超電導線材の積層体を作製した。
その後、幅10mmのハステロイテープ中央部分(端から5mmの位置)に、レーザスクライビング法により図4(b)のような幅100μmの溝を形成した。溝は長手方向全長にわたって入れ、溝の深さは、ハステロイテープ基材表面まで到達させた。
次に、保護層であるAgをスパッタ法により厚さ10μm被覆させ熱処理工程(酸素アニール)を500℃で10時間施し(図2(c))、溝の部分に沿って、YAGレーザにより2つに切断した。これにより、図4(e)に示す構造に対応する図6に示す2本の超電導線材Aを作成した。
【0049】
<実験例2>
保護層に対する熱処理工程までは、(実験例1)と同様の方法により作製した(図4(c)参照)。
その後、金属ラミネート層であるCuからなる安定化層をスパッタ法により100μm被覆させた。このとき、CuはAg層の上部にだけ付けば十分なので、Ag層の側面には必ずしも付ける必要はない。
最後に、溝部分に沿ってYAGレーザにより2つに切断した。これにより、切断後の超電導層全体がAgによって被覆され、さらにCu安定化層の付いた2本の超電導線材を作製した。
【0050】
<実験例3>
酸化物超電導層を成膜するまでは、実験例1と同様の方法により作製した(図4(a)参照)。その後、幅10mmのハステロイテープの両端からそれぞれ3.3mmの位置に、レーザスクライビング法により図4(b)のような幅100μmの溝を形成した。溝は長手方向全長にわたって設けられ、溝の深さは、ハステロイテープ基材表面まで到達させた。
次に、保護層であるAgをスパッタ法により厚さ10μm被覆させ熱処理工程を施し(図4(c))、溝部分に沿ってYAGレーザにより3つに切断した(図4(d))。これにより、図4(e)に示すように、切断後の超電導層全体がAgによって被覆された3本の超電導線材A,A,A’を作製した。
【0051】
<実験例4〜15>
実験例1と同様にして、2本の超電導線材Aを作成したが、この際、溝を形成するときに、その幅寸法および深さ寸法を変化させた。その結果を表1、表2に示す。
【0052】
これらの実験例において、溝内部に位置していた保護層の積層体に対する被覆状態を目視で観測した。目視観察の結果、保護層が全体的に層状に1μm以上付いていることを確認できた実験例は○印、付いていない実験例については×印にて表記した。また、これらの実験例において、室温、50%湿度の雰囲気に1時間載置した後、液体窒素により冷却し、Ic測定を行った。両端の電圧は1μV/cmとした。なお、保護層が溝内部に全体的に1μm以上付着していない場合、Icの低下を生じるおそれがある。
その結果を表に示す。
【0053】
【表1】

【0054】
【表2】

【0055】
これらの結果から、溝の深さ寸法と幅寸法とのアスペクト比が上記の範囲に設定されていることが望ましい。
なお、実施例13、14、15の結果を見て保護層を片側1μm程度残しておくと特性の劣化は生じないが、1μmより少なくなるように削ると特性の劣化が見られる。保護層を削り取る場合、1μm程度の厚み残しておくならば、問題は生じないと思われる。これは照射するレーザーの位置決め精度などの問題があるため、位置決め精度の誤差分などを吸収するために望ましいことによると考えられる。
【符号の説明】
【0056】
A,A’…超電導線材、10…基材、12…ベッド層、15…中間層、16…キャップ層、17…酸化物超電導層(超電導層)、30…保護層、18…安定化層、M…溝。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基材の上方に、中間層と、キャップ層と、酸化物超電導層と、保護層とが少なくとも設けられてなる超電導線材の製造方法であって、
所定の当初幅寸法とされる前記金属基材上に、中間層を形成する工程と、キャップ層を形成する工程と、酸化物超電導層を形成する酸化物超電導層形成工程と、
少なくとも酸化物超電導層を線材の幅方向に分断する線材の長手方向に溝を形成する溝形成工程と、
少なくとも前記酸化物超電導層の表面を覆うように保護層を形成する保護層形成工程と、
前記溝内に設定された切断位置において線材長さ方向に切断し、当初幅寸法より小さな幅寸法となる細線の超電導線材を形成する切断工程とを有し、
前記溝形成工程において形成される前記溝の深さ寸法と幅寸法とのアスペクト比;(溝の深さ)/(溝の幅)を1以下とするとともに、前記溝の幅寸法を20μm〜1000μmの範囲に設定することを特徴とする超電導線材の製造方法。
【請求項2】
前記溝形成工程において形成される溝の深さ寸法が、1μm〜50μmの範囲に設定されることを特徴とする請求項1に記載の超電導線材の製造方法。
【請求項3】
前記溝形成工程において形成される溝の深さが、前記金属基材にまで達していることを特徴とする請求項2に記載の超電導線材の製造方法。
【請求項4】
前記保護層形成工程において形成する保護層の厚さが、5μ〜100μmの範囲に設定されることを特徴とする請求項1に記載の超電導線材の製造方法。
【請求項5】
前記切断工程において、少なくとも前記金属基材を切断する切断幅寸法が、前記溝の幅寸法と前記保護層の厚さの2倍との差に等しいか、それより小さく設定されることを特徴とする請求項1に記載の超電導線材の製造方法。
【請求項6】
前記保護層に良電導性を有する安定化層を積層する工程を有することを特徴とする請求項1に記載の超電導線材の製造方法。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか1項に記載された製造方法によって製造されて、金属基材上に、結晶配向性が整えられてなる中間層と、該中間層の結晶配向性の影響を受けて結晶配向性が整えられたキャップ層と、該キャップ層の結晶配向性の影響を受けて結晶配向性が整えられた酸化物超電導層と、良電導性を有する保護層とが少なくとも設けられてなる超電導線材であって、
前記保護層が、線材断面方向において、前記酸化物超電導層の前記キャップ層と接しない三辺となる表面に積層されてなることを特徴とする超電導線材。





【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2012−89455(P2012−89455A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−237768(P2010−237768)
【出願日】平成22年10月22日(2010.10.22)
【出願人】(000005186)株式会社フジクラ (4,463)
【Fターム(参考)】