説明

超電導膜の製造方法

【課題】塗布熱分解法で希土類超電導性複合金属酸化物膜を製造する際、特に大面積基板上に希土類超電導膜を製造する際に超電導特性の面内特性分布の均一性を向上させるのに有効な熱処理工程を提供する。
【解決手段】各種支持体・基板上に塗布された金属含有化合物の薄膜を、酸素分圧が0.2〜0.8atmであり、露点が20℃以上の水蒸気をふくむ雰囲気中で、200〜650℃で仮焼成を行うことで、塗布膜に含有された有機成分を均一に除去することが可能となり、超電導特性の面内特性分布の均一性を向上させる熱処理工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超電導マイクロ波デバイス、限流器、線材などへの応用を目指した超電導性複合金属酸化物膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
超電導性複合金属酸化物膜(以下、単に「超電導膜」ということもある。)を形成するために種々の方法が開発されている。
この方法の中に、各種支持体上に超電導膜を形成する原子種を含む有機化合物を含有する溶液を原料とし、これを基板上に塗布し、熱処理を行うことで塗膜を熱分解させて超電導膜を形成する塗布熱分解法がある。この方法では、原子種を含む有機化合物を、溶媒中にできるだけ均一に溶解させて均一混合溶液を調製すること、この溶液を支持体上に均一に塗布すること、加熱処理を行い有機物質などの成分を熱分解処理して有機成分のみを除去すること、高温加熱処理を行い固相反応或いは液相反応を経由して超電導膜を均一に形成することが要求される。本発明者らはこの方法に積極的に関わって開発を進めてきた。そして、超電導膜の製法及び塗布溶液についての発明を行った(特許文献1、2)。
又、高温加熱処理の際に低い酸素分圧をまたは減圧を用いる方法に関しては熊谷らの発明が知られている(特許文献3、4)。この製造方法は、他の方法、例えば真空蒸着法などと比較して、真空装置を必要としないため低コストな製膜方法であるという特長、また長尺・大面積基板上への製膜が容易であるという特長を有している。また、この手法で作製された超電導膜の特性の点からも、他の製法と比較して良好なものであるとして高く評価された。
【0003】
この塗布熱分解法による超電導膜の形成の成功に刺激され、これと類似した手法を用いた超電導膜作製に関する研究開発が世界各機関で進められ、以下の方法が発表された。
米国IBMトーマスワトソン研究所、引き続いて、マサチューセッツ工科大学では、トリフルオロ酢酸塩溶液を支持体上に塗布して、これを水蒸気雰囲気中で熱処理することにより、超電導体を形成することができるとしている(非特許文献1、2)。その後、超電導工学研究所では、このプロセスの改良及び最適化を行い、高い臨界電流特性を有する超電導膜の作製に成功したことを発表している(非特許文献3)。さらに真部らはトリフロロ酢酸又はペンタフロロプロピオン酸及びピリジン基及びアセチルアセトナト基を配位子として含む中性の超電導性材料製造用塗布溶液と、これを用いた超電導薄膜の形成方法について発明を行った(特許文献5、6)。
これらフッ素を含む有機化合物を出発原料として用いた場合、高い臨界電流特性が得られるが、熱処理中に有毒で環境負荷の大きなフッ化水素が発生する。また、本焼成工程において流すガスの向きによって特性のばらつきが起きるため、超電導限流器や超電導マイクロ波デバイスなど大面積薄膜への応用は困難である(非特許文献4)。
【0004】
一方、フッ素を含まない金属有機酸塩及びアセチルアセトナトを原料として用いると、熱処理においてフッ化水素が生成しないという特長がある。しかしながら、この場合も大面積薄膜への応用においてその均一性と臨界電流密度(Jc)の向上が課題である(非特許文献5)。
また、トリフルオロ酢酸塩の加水分解にヒントを得て、フッ素を含まない金属トリメチル酢酸塩溶液を基板に塗布し、加湿した酸素気流中あるいは0.02atm以下の酸素分圧の窒素気流中で仮焼成を行うことも提案されている(非特許文献6、7)が、大面積膜は得られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公平4−76323号公報
【特許文献2】特公平4−76324号公報
【特許文献3】特公平7−10732号公報
【特許文献4】特公平7−106905号公報
【特許文献5】特許第3548801号公報
【特許文献6】特許第3548802号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】A.Guptaら、Appl.Phys.Lett.52(1988)2077
【非特許文献2】P.C.McIntyreら、J.Mater.Res.5(1990)2771
【非特許文献3】荒木ら、低温工学 35(2000)516
【非特許文献4】H.Fujiら、Physica C 392−396(2003)905
【非特許文献5】T.Manabeら、Physica C 412(2004)896
【非特許文献6】Y.Xu et al. J.Mater.Res.18(2003)677
【非特許文献7】B.Zhao et al.Physica C386(2003)348
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述のとおり、フッ素を含まない金属有機化合物を原料として塗布熱分解法で希土類超電導性複合金属酸化物膜を製造する場合、超電導限流器や超電導マイクロ波デバイスなど大面積薄膜への応用において、その均一性と臨界電流密度の向上が課題である。
本発明は、こうした現状を鑑みてなされたものであって、フッ素を含まない金属有機化合物を原料として、超電導性複合金属酸化物膜を製造する際に、製造された大面積超電導膜の均一性と臨界電流密度の向上を可能とする製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
不均一性が起こる原因としては、金属含有化合物の膜を200〜650℃で仮焼成して含有する有機成分を除去して仮焼成膜を形成する工程の際に、有機成分の除去が不完全であったり、有機成分の仮焼成が急激に起こって膜表面があれたりすることが考えられる。特に、膜の面積が大きくなった場合、膜中心部と周辺部、あるいは仮焼成工程における発熱体と膜との遠近、又はガスを流通させて仮焼成を行う場合の風上風下の影響等により不均一性が大きくなる。
そこで、本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ね、大面積超電導膜を塗布熱分解法で製造する際の金属含有化合物膜の仮焼成工程を、制御された酸素分圧下で水蒸気を含んだ雰囲気中で行うことにより、製造された大面積超電導膜の均一性と臨界電流密度を向上させることが可能となるという知見を得た。
【0009】
本発明はこれらの知見に基づいて完成に至ったものであり、本発明によれば、以下の発明が提供される。
〈1〉希土類元素、バリウム及び銅からなる超電導性複合金属酸化物膜を製造する方法において、少なくとも、
(i)金属有機酸塩及び金属アセチルアセトナトの中から選ばれる金属含有化合物を用い、超電導性複合金属酸化物に対応する金属種組成になるように配合された金属含有化合物の有機溶媒溶液を調製する工程、
(ii)該溶液を支持体上に塗布乾燥して支持体上に該金属含有化合物の膜を形成する工程、
(iii)該支持体上に形成された該金属含有化合物の膜を、酸素分圧が0.2〜0.8atmであり、露点が20℃以上の水蒸気をふくむ雰囲気中で、200〜650℃で仮焼成して含有する有機成分を除去して仮焼成膜を形成する工程、及び
(iv)該仮焼成膜を650〜900℃で本焼成して結晶化を行わせ、さらに900〜400℃で酸素を吸収させて超電導性複合金属酸化物膜とする工程
を含むことを特徴とする、超電導性複合金属酸化物膜の製造方法。
〈2〉前記の本焼成工程を、酸素分圧0.01〜100Paで行った後、前記の酸素を吸収させる工程を、酸素分圧0.2〜1.2atmで行わせることを特徴とする上記〈1〉の、超電導性複合金属酸化物膜の製造方法。
〈3〉前記金属含有化合物の有機溶媒溶液を調製する工程が、希土類元素、バリウム及び銅を含有する金属種の、炭素数1〜8の金属カルボン酸塩及び/又は金属アセチルアセトナト粉末混合物に、ピリジン及び/又は少なくとも1種の三級アミン、及び少なくとも1種の炭素数1〜8のカルボン酸を添加して、金属錯体を製造し、過剰の溶媒を揮発させた後、炭素数1〜8の1価の直鎖アルコール及び/または水に溶解して、均一な溶液とするものであることを特徴とする上記〈1〉又は〈2〉の、超電導性複合金属酸化物膜の製造方法。
〈4〉前記炭素数が1〜8の直鎖アルコール及び/または水に溶解した後、多価アルコールを添加して、均一溶液とすることを特徴とする上記〈3〉の、超電導性複合金属酸化物膜の製造方法。
〈5〉前記多価アルコールが、2価のアルコール及び3価のアルコールから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする上記〈4〉の、超電導性複合金属酸化物膜の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、超電導限流器およびマイクロ波デバイスの特性および安定性、信頼性が大幅に向上するため、省資源、省エネルギー、低コスト化が実現される。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の超電導膜の製造方法について、順に説明する。
[金属含有化合物の有機溶媒溶液の調製工程]
本発明の方法に用いられる、金属含有化合物の有機溶媒溶液には、希土類金属、バリウム(Ba)、及び銅(Cu)からなる各金属成分を必須成分として含有する。この溶液は、酸化物超電導膜形成のために用いられるものであり、又、加熱処理を行って、これらの金属成分を含有する無機化合物を合成するために用いることができる。
【0012】
前記必須成分である希土類金属元素には、イットリウム(Y)及びランタノイド元素である、ランタン(La)、ネオジム(Nd)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、ルテチウム(Lu)を含有する。これらの希土類金属はこれらの中から選ばれる複数の金属を用いることもできる。
【0013】
超電導膜を製造することを目的とする場合には、上記の希土類金属、バリウム及び銅の必須金属成分の他に、上記以外の希土類金属として例えばセリウム(Ce)やプラセオジム(Pr)等、カルシウム、又はストロンチウム等の他の成分を少量含ませることにより、得られる超電導膜の電気的特性を変化させることができる。
また、この他にも超電導膜を形成する際に用いることができる金属種として用いることができるものであれば、適宜用いることができる。
【0014】
希土類金属、バリウム、銅からなる超電導膜を形成しようとする場合には、希土類金属、バリウム及び銅の比率として、1:2:3の割合の希土類123系(以下たとえば希土類金属がイットリウムの場合、Y123という)超電導膜、1:2:4の割合の希土類124系(以下たとえば希土類金属がイットリウムの場合、Y124という)超電導膜などが存在する。したがって、原料溶液における前記元素種の混合割合は、モル比で、1:2:3〜1:2:4のものが好ましいが、たとえばバリウムが欠損した組成などでも好ましい結果を得ることができるため、この割合にしばられるものではない。
又、上記溶液に銀などの1価金属、カルシウムやストロンチウムなどの2価金属、超電導相を構成する必須希土類金属以外の希土類金属などの3価金属、ジルコニウム、ハフニウムなどの4価金属を添加することにより、添加元素又はその化合物が含有された超電導体を形成することが可能である。カルシウムやストロンチウム等の添加元素又はその化合物が含有された超電導体は、それらが含有されない超電導体とは異なる電気的特性を有するため、溶液中の金属の比率を制御することで、超電導体の電気的特性、例えば臨界温度や臨界電流密度などの諸特性を制御することが可能となる。
【0015】
本発明の製造法に用いる前記溶液は、希土類元素、バリウム及び銅を含有する金属種の金属イオンに対して、ピリジン及び/又は少なくとも1種の三級アミンと、少なくとも1種の炭素数1〜8のカルボン酸基と、必要に応じてアセチルアセトナト基とが配位した金属錯体が、炭素数が1〜8の直鎖アルコール及び/又は水に溶解されて、均一溶液とされている。
【0016】
該金属錯体における配位子の1つである「三級アミン」としては、例えば、トリメチルアミン、トリエチルアミン、トリプロピルアミン、トリブチルアミン等が用いられ、また、「炭素数1〜8のカルボン酸基」のカルボン酸としては、例えば、2−エチルヘキサン酸、カプリル酸、酪酸、プロピオン酸、酢酸、シュウ酸、クエン酸、乳酸、安息香酸、サリチル酸等が挙げられる。
また、前記の炭素数1〜8の1価の直鎖アルコールとしては、メタノール、エタノール、n−プロパノール、n−ブタノール、n−ペンタノール等が上げられ、これらの混合物を用いることもできる。
また、金属錯体を溶解するのに、水を用いることもでき、また、1種類以上の前記の炭素数1〜8の1価の直鎖アルコールと水の混合物を用いることもできる。
【0017】
また、本発明の製造に用いるこの均一溶液は、好ましくは、前記の炭素数が1〜8の直鎖アルコールに溶解した後、さらに、多価アルコール類を添加して、均一溶液とされているものが用いられる。多価アルコール類を添加することにより、前述の仮焼成工程、及び本焼成工程におけるクラックの発生を、防止することができるためである。
前記多価アルコール類としては、エチレングリコール、ヘキシレングリコール、オクチレングリコール、グリセリン、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、プロピレングリコール等が挙げられる。
【0018】
本発明の超電導膜製造用溶液の調製は、具体的には、希土類元素、バリウム及び銅を含有する金属種の、炭素数1〜8の金属カルボン酸塩及び/又は金属アセチルアセトナト粉末混合物に、ピリジン及び/又は少なくとも1種の三級アミン、及び少なくとも1種の炭素数1〜8のカルボン酸を添加して、金属錯体を製造し、過剰の溶媒を揮発させた後、炭素数1〜8の1価の直鎖アルコール及び/または水に溶解し、好ましくは、さらに多価アルコール類を添加して、均一な溶液とすることにより調製される。
【0019】
〔原料溶液の塗布工程〕
この工程は、前記の溶液を、基材上に塗布して、金属含有化合物の溶液塗布膜を形成する工程である。この場合、その溶液塗布法としては、従来公知の方法、例えば、浸漬法、スピンコート法、スプレー法、ハケ塗り法等の各種の方法を用いることができる。
基材としては、各種の材料及び形状のものを用いることができる。この場合、材料としては、ニッケル、銅、金、銀、ステンレス、ハステロイ等の金属や合金、アルミナ、ジルコニア、チタニア、チタン酸ストロンチウム、ランタンアルミネート、ネオジムガレート、イットリウムアルミネート等の金属酸化物、炭化ケイ素等のセラミックスが用いられ、またその形状としては、曲面及び平面を問わず採用され、例えば、板状、線状、コイル状、繊維状、編織布状、管状等任意の形状が採用される。支持体は、多孔質のものであってもよい。さらに複合金属酸化物と基材との反応を防止するため及び/または両者の格子ミスマッチを緩和するため、基材の表面に金属膜や、ジルコニア、セリア等の金属酸化物膜を中間層としてあらかじめ形成することができる。
【0020】
〔乾燥工程〕
前記のようにして基材上に形成された溶液塗布膜を、室温又は加温下で常圧又は減圧下で乾燥させる。この乾燥工程後に続く仮焼成工程の初期において乾燥を完結することができるため、この乾燥工程においては塗布膜を完全に乾燥させなくとも良い。また、後続の仮焼成工程を乾燥工程として兼用させ得ることから、この乾燥工程は省略することもできる。
【0021】
〔仮焼成工程〕
この工程は、前記のようにして基材上に形成された金属含有化合物の膜を加熱焼成し、その膜を、炭酸バリウム、希土類金属酸化物及び銅酸化物からなる膜に変換させる工程である。最高焼成温度としては、400〜650℃、好ましくは450〜550℃の温度が採用され、この温度まで徐々に昇温してこの温度に20〜600分間、相当膜厚が500nm以上の場合好ましくは150〜300分間保持したのち降温する。
仮焼成の雰囲気は、酸素分圧が0.2〜0.8atmであり、露点が20℃以上の水蒸気をふくむ雰囲気が用いられる。
この酸素分圧が上記範囲以下では酸素の供給が不足するため、仮焼成後に炭素に富んだ有機成分が膜中に残りやすい。この仮焼成膜中の炭素に富んだ有機成分は、本焼成を低酸素分圧下で行う際に膜を部分的に還元性にするため、Y123が不均一に生成して臨界電流密度も低くなる。一方、この酸素分圧が上記範囲以上では酸素の供給が過剰となり有機成分の燃焼とガスの発生が急激に起こるため、表面組織が乱れて凹凸が生じ、本焼成後のY123膜の臨界電流密度は高いものの、その分布が不均一となる。
また、水蒸気の露点が20℃以下の場合にも上記と同様に、仮焼成後に炭素に富んだ有機成分が膜中に残りやすく、本焼成後にY123が不均一に生成して臨界電流密度が低くなる。仮焼成工程において水蒸気は、式(1)で表す水性ガス反応による炭素成分のガス化と同様の機構により、膜中の炭素成分の除去を促進するものと考えられる。
C + HO → CO + H (1)
【0022】
〔本焼成工程〕
この工程は、前記仮焼成工程で形成された膜を焼成して炭酸バリウムから炭酸ガスを除去しつつ、炭酸バリウムと希土類金属酸化物と銅酸化物を反応させる工程である。本発明においては、この焼成工程は、酸素分圧0.01〜100Pa、特に1〜20Paにおいて実施することが好ましい。
このような焼成条件の採用により、前記仮焼成工程で形成された膜中の炭酸バリウムの分解が促進されるとともに、複合金属酸化物膜が形成される。また、この焼成工程では、前記のように低酸素濃度又は低酸素分圧の条件を採用することから、炭酸バリウムの分解は低められた温度で円滑に実施することができるため、基材及び/又は中間層と複合金属酸化物との間の反応を実質的に回避させることができる。この工程における一般的な焼成温度は650〜900℃である。本発明における前記のような焼成条件により、従来見られたような基材及び/又は中間層と複合金属酸化物との間の反応を実質的に防止することができる。
【0023】
〔酸化工程〕
この工程は、前記本焼成工程で形成された複合金属酸化物膜を、分子状酸素を用いて酸化処理し、酸素を吸収させて、超電導性を有する複合金属酸化物膜とする工程である。
前記本焼成工程では、雰囲気中の酸素分圧が0.01〜100Paとなるように保持したため、得られる複合金属酸化物膜の超電導特性は不満足のものであるが、この酸化工程により超電導特性にすぐれた複合金属酸化物膜に変換することができる。
この酸素を吸収させる酸化工程は、酸素分圧0.2〜1.2atmで行わせることが好ましい。
分子状酸素としては、純酸素又は空気が用いられる。酸化剤として空気を用いる場合、その中に含まれる炭酸ガスによって膜の超電導特性が悪影響を受けることから、空気中の炭酸ガス分圧は、脱炭酸により、1Pa以下、好ましくは0.5Pa以下に調整するのがよい。
この酸化工程は、中高温で行われ、基材及び/又は中間層と複合金属酸化物との間の反応を実質的に回避させることができる。この酸化工程の温度は、一般には、400〜900℃である。本発明の方法を実施する場合、前記仮焼成工程、本焼成工程及び酸化工程は、同一装置内で連続的に実施することができる。
【実施例】
【0024】
以下、本発明を実施例に基づいて説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
(実施例1〜3)
市販品(日本化学産業株式会社製)のイットリウム、バリウム及び銅のアセチルアセトナト粉末を、金属成分のモル比で1:2:3となるように秤量し、これらを混合して粉体混合物を得た。この混合物にピリジンおよびプロピオン酸を、粉体混合物がすべて溶解するまでの量を添加した。これを加熱処理し、過剰な前記溶媒成分(ピリジンおよびプロピオン酸)を除去し、非晶質乾固物のアセチルアセトナト基−プロピオン酸基−ピリジン配位金属錯体を得た。次に、これをメタノールに溶解させて、金属元素の割合がY:Ba:Cu=1:2:3の液体状の金属錯体(配位子としてアセチルアセトナト基、ピリジン、プロピオン酸基の3種類を含む)からなる塗布溶液を得た。溶液の濃度は、溶液1gあたり希土類金属種が0.1〜0.2ミリモル含まれる量とした。
【0025】
この溶液を、あらかじめ酸化セリウムを表面に蒸着させた直径5cmの円盤状サファイア基板の上にスピンコート法で塗布した。この塗布膜を、酸素分圧が、それぞれ、0.2、0.5、及び0.7atmで、露点24℃の水蒸気を含んだ気流中で500℃まで昇温して有機成分を除去する仮焼成を行った。
この仮焼成膜は、いずれも淡褐色かつ透明で良好な平滑性を有していた。
これらの仮焼成膜について、本焼成工程を760℃にて2時間酸素分圧10Paの気流中で行った後、大気圧で酸素を吸収させて膜厚100nmのY123超電導体膜を作製した。
【0026】
また、同一基板上に、上記スピンコート塗布工程と仮焼成工程を最大3回(製造されるY123膜として最大膜厚300nm)繰り返す実験を行ったところ、膜厚は塗布回数に比例して増加することを確認した。また、工程を繰り返した後の膜も良好な平滑性を有することを確認した。
すなわち、塗布溶液が下地仮焼成膜を溶解することがなく、スピンコート塗布工程と仮焼成工程の繰り返しにより厚膜が形成できることを確認した。
得られた本焼成後の膜試料 (膜厚200nm)を、マックサイエンス社製X線回折装置MXP3を用いたX線回折法により分析したところ、膜がY123構造の超電導体単相であることを確認した。次に同装置を用いたX線極点測定によりY123の面内配向性を調べたところ、単結晶基板上にエピタキシャル成長していることを確認した。さらに、この膜の超電導特性をテバ社製クライオスキャンを用いた誘導法で評価したところ、液体窒素温度での臨界電流密度(Jc)として平均4MA/cmという高い特性が得られた。また、直径5cmの円盤サイズにおける面内のJcの分布は平均値の±10%以内であり、均一性が高かった。
これらの結果を、下記の表に記載する。
【0027】
(比較例1)
実施例1で仮焼成工程の酸素分圧を、0.02atmとした他は同様にして仮焼成膜を作製した。
得られた仮焼成膜は、褐色をしており表面の平滑性がやや低下していた。
この仮焼成膜について、実施例1と同様の本焼成工程を行わせて作製した本焼成膜はY123超電導体をふくんでいたが、液体窒素温度での臨界電流密度は平均0.5MA/cmと低い特性となった。ただし、直径5cmの円盤サイズにおける面内のJcの分布は平均値の±10%以内であり、均一性は高かった。この結果を、下記の表に記載する。
【0028】
(比較例2)
実施例1で仮焼成工程の酸素分圧を、それぞれ0.95atmとした他は同様にして仮焼成膜を作製した。
得られた仮焼成膜は、褐色をしており表面の平滑性が低下していた。
この仮焼成膜について、実施例1と同様の本焼成工程を行わせて作製した本焼成膜はY123超電導体をふくみ、液体窒素温度での臨界電流密度は平均2MA/cmという高い特性が得られた。ただし、直径5cmの円盤サイズにおける面内のJcの分布は平均値から20%以上異なる箇所もあり、均一性がやや低かった。
この結果を、下記の表に記載する。
【0029】
(比較例3,4)
実施例2で、露点を、−10℃及び14℃の水蒸気を含んだ気流中とした他は同様にして仮焼成膜を作製した。
得られた仮焼成膜は、いずれも褐色をしており、表面の平滑性も低下していた。
これらの仮焼成膜について、実施例1と同様の本焼成工程を行わせて作製した本焼成膜はY123超電導体をふくみ、液体窒素温度での臨界電流密度は平均2MA/cmであった。直径5cmの円盤サイズにおける面内のJcの分布は平均値から30%以上異なる箇所もあり、不均一であった。
これらの結果を、下記の表に記載する。
【0030】
(実施例4)
原料による影響を調べるために、出発原料を市販品(和光純薬工業株式会社)のイットリウム、バリウム及び銅の酢酸塩粉末とし、ピリジンの代わりにトリメチルアミンとし、メタノールの代わりにn−ブタノールと水とした他は実施例2と同様にして仮焼成膜を作製した。この仮焼成膜は、いずれも淡褐色かつ透明で良好な平滑性を有していた。
これらの仮焼成膜を実施例2と同様の本焼成工程を行わせて作製した本焼成膜はY123構造の超電導体単相であり、単結晶基板上にエピタキシャル成長していることを確認した。液体窒素温度での臨界電流密度(Jc)として平均3.5MA/cmという高い特性が得られた。また、直径5cmの円盤サイズにおける面内のJcの分布は平均値の±10%以内であり、均一性が高かった。
この結果を、下記の表に記載する。
【0031】
(実施例5)
厚膜にしたときの影響を調べるために、あらかじめ酸化セリウムを表面に蒸着させた直径5cmの円盤状イットリア安定化ジルコニア単結晶基板の上に、実施例2で、溶液の濃度を、溶液1gあたり希土類金属種が0.2〜0.3ミリモル含まれる量とし、均一溶液とするために、オクチレングリコールを添加した溶液を用いて、作製されるY123超電導体膜の膜厚を550nmとした他は同様にして作製した本焼成膜はY123構造の超電導体単相であり、単結晶基板上にエピタキシャル成長していることを確認した。液体窒素温度での臨界電流密度(Jc)として平均2MA/cmであった。直径5cmの円盤サイズにおける面内のJcの分布は平均値の±10%以内であり、均一性が高かった。
この結果を、下記の表に記載する。
【0032】
(比較例5)
実施例5で、仮焼成工程の酸素分圧を0.95atmとした他は同様にして仮焼成膜を作製した。
得られた仮焼成膜は濃褐色をしており、表面の平滑性も低下していた。
これらの仮焼成膜について、実施例1〜5と同様の本焼成工程を行わせて作製した本焼成膜はY123超電導体をふくみ、液体窒素温度での臨界電流密度は平均1MA/cmであった。直径5cmの円盤サイズにおける面内のJcの分布は平均値から30%以上異なる箇所もあり、不均一であった。
この結果を、下記の表に記載する。
【0033】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類元素、バリウム及び銅からなる超電導性複合金属酸化物膜を製造する方法において、少なくとも、
(i)金属有機酸塩及び金属アセチルアセトナトの中から選ばれる金属含有化合物を用い、超電導性複合金属酸化物に対応する金属種組成になるように配合された金属含有化合物の有機溶媒溶液を調製する工程、
(ii)該溶液を支持体上に塗布乾燥して支持体上に該金属含有化合物の膜を形成する工程、
(iii)該支持体上に形成された該金属含有化合物の膜を、酸素分圧が0.2〜0.8atmであり、露点が20℃以上の水蒸気をふくむ雰囲気中で、200〜650℃で仮焼成して含有する有機成分を除去して仮焼成膜を形成する工程、及び
(iv)該仮焼成膜を650〜900℃で本焼成して結晶化を行わせ、さらに900〜400℃で酸素を吸収させて超電導性複合金属酸化物膜とする工程
を含むことを特徴とする、超電導性複合金属酸化物膜の製造方法。
【請求項2】
前記の本焼成工程を、酸素分圧0.01〜100Paで行った後、前記の酸素を吸収させる工程を、酸素分圧0.2〜1.2atmで行わせることを特徴とする請求項1に記載の、超電導性複合金属酸化物膜の製造方法。
【請求項3】
前記金属含有化合物の有機溶媒溶液を調製する工程が、希土類元素、バリウム及び銅を含有する金属種の、炭素数1〜8の金属カルボン酸塩及び/又は金属アセチルアセトナト粉末混合物に、ピリジン及び/又は少なくとも1種の三級アミン、及び少なくとも1種の炭素数1〜8のカルボン酸を添加して、金属錯体を製造し、過剰の溶媒を揮発させた後、炭素数1〜8の1価の直鎖アルコール及び/または水に溶解して均一溶液とするものであることを特徴とする請求項1又は2の、超電導性複合金属酸化物膜の製造方法。
【請求項4】
前記炭素数が1〜8の直鎖アルコールに溶解した後、多価アルコールを添加して、均一溶液とすることを特徴とする請求項3に記載の、超電導性複合金属酸化物膜の製造方法。
【請求項5】
前記多価アルコールが、2価のアルコール及び3価のアルコールから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項4に記載の、超電導性複合金属酸化物膜の製造方法。

【公開番号】特開2011−121804(P2011−121804A)
【公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−279681(P2009−279681)
【出願日】平成21年12月9日(2009.12.9)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】