説明

超音波計測装置

【課題】複数の反射信号が時間領域で近接し波形が干渉する場合に、内部欠陥の情報を正確に再現性よく安定して抽出し、明瞭に画像化できる超音波計測装置を提供する。
【解決手段】超音波計測装置は、超音波探触子16で被検体15の表面を走査し、超音波探触子から被検体に向けて超音波U1を送出しかつ被検体から戻る反射エコーU2を受信し、反射エコーから生成される受信波形データを演算処理手段(波形演算処理プログラム37)で処理し、被検体の内部欠陥51を検査する。演算処理手段は、複数の反射エコーが干渉し合う状態にある受信波形データに対してウェーブレット変換処理を行い内部欠陥の波形特徴を抽出し、映像化する波形特徴抽出手段を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は超音波計測装置に関し、特に、多層構造体を含む被検体等から戻る反射エコーに基づき内部欠陥の有無を精度良く検査できる超音波計測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
物体の内部の剥離やボイド等の欠陥(以下「内部欠陥」という)を超音波を利用して検出するには、音響インピーダンスの違いによる反射特性を利用する。具体的には、物体内部から戻る反射エコーの強度変化または位相変化を検出することによって、物体内部に存する内部欠陥の有無を把握することができる。物体内部において、音響インピーダンスの大きい物質から音響インピーダンスの小さい物質に超音波が入射されると、2つの物質の境界面で超音波が反射する。超音波反射波の位相は、超音波入射波の位相に比較して、180°変化する。例えば図8に示すように、固体物質から水や空気等の音響インピーダンスの小さい物質へ超音波が入射すると、入射波に対応する入射信号101に対して、反射エコーに対応する反射信号102は、その位相が180°シフトし、反転する。従って、反射信号102の位相が入射信号101の位相に対して反転しているかまたは非反転であるかを判断することにより、物体の内部欠陥の有無を検出することができる。
【0003】
また図8において、積層された被検体201の層と水204の層が示され、さらに被検体201の中には欠陥201Aが存在する例が示されている。入射信号101は、水204と被検体201の界面での反射で生じる反射波231に対応する信号である。また被検体201内の欠陥201Aでの反射で生じた反射波232に対応する信号は、反射信号102となる。
【0004】
従来技術として特許文献1に記載された内部欠陥を検査する装置(欠陥検査装置または探傷装置)がある。この欠陥検査装置は、超音波を被検体(物体)に当て、その反射エコーを取得して被検体の内部構造を検査する超音波計測装置である。欠陥検査装置では、非反転信号と反転信号の波形で、それぞれ、正ピークの最大値と負ピークの絶対値の最大値とを検出し、これらの2つの最大値を比較する。反転した反射波に対応する負ピークの絶対値の最大値が正ピークの最大値よりも大きいときには、被検体に内部欠陥が存在すると判定される。判定結果は表示装置の画面上に2次元画像等として表示される。
【0005】
また関連する従来技術として特許文献2を挙げることができる。当該特許文献2に記載された超音波探傷装置では、探傷結果の評価で、回折波に対して、欠陥信号の上端波または下端波と酷似するウェーブレット基底関数を用いてウェーブレット解析を適用し、これにより欠陥を容易に判定することができる手法を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公平7−18842号公報
【特許文献2】特開2006−162321号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
超音波計測装置で被検体から戻る反射エコーとしては、被検体の表面で反射する反射波、内部欠陥で反射する反射波、被検体の裏面で反射する反射波などが存在する。超音波計測装置の信号処理部では、入力信号が戻ってくる時間帯を想定してゲートを設定し、このゲートによって内部欠陥の反射信号のみを取り出すようにしている。
【0008】
しかし、従来の超音波計測装置では、本来抽出すべき内部欠陥の反射信号が他の反射信号と明確に区別することができない場合がある。
【0009】
図9(A)は、水没させた被検体201が物質202と物質203の2層構造を有し、超音波が照射される領域が全体として水204と物質202と物質203の3つの層を形成している例を示す。入射波は矢印205の方向に与えられ、反射エコーは矢印206のように戻ってくる。207は時間軸であり、入射信号208に対して表面209からの反射信号210と界面211からの反射信号212とが戻ってくる。この例の場合、被検体201から戻ってくる反射信号において、伝播時間の差により時間差が生じ、表面209の反射信号210から界面211の反射信号212を分離して抽出することができる。この反射信号212に映像化ゲート213をかけ、任意時間領域を切り出し、映像化ゲート213内のピークを検出して映像を得る。
【0010】
図9(B)は同じく水没させた他の被検体220を示す。この被検体220は異なる複数の薄い層からなる多層構造体221と物質203から形成されている。なお多層構造体221は、内部に複数の界面を有している。矢印205のごとく入射波を与えると、矢印206のように反射エコーが戻ってくる。この例の場合には、入射信号208に対して、表面209の反射信号210と界面211の反射信号212に加えて、多層構造体221内に存する複数の界面からも反射信号が発生する。このように、被検体220が多層構造体221を有すると、複数の界面からの反射信号222が時間領域で近接し、波形が干渉するという問題が生じる。この場合には、各界面毎に分離した映像を得ることができない。内部欠陥があったとしてもその部位の情報を持つ波形が干渉により歪んだり、埋もれてしまったりして検出できなくなる。
【0011】
半導体パッケージでは、近年、軽薄短小化、高次構造化(シリコンチップの積層構造)が進んでいる。このような半導体パッケージを従来技術による超音波を利用して検査すると、上記のような問題が起き、受信される反射エコー信号は干渉により複雑に歪んだものとなる。その結果、界面における剥離、被検体内のボイド等の欠陥を精度良く検出することができなくなる。
【0012】
上記のような問題は、薄物の多層構造体を検査する場合だけではなく、減衰の影響のため波形分離性を犠牲にした低周波の超音波測定などでも生じる。
【0013】
本発明の目的は、複数の反射信号が時間領域で近接し波形が干渉する場合に、内部欠陥の情報を正確に再現性良く安定して抽出できる超音波計測装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明に係る超音波計測装置は、上記の目的を達成するため、次のように構成される。
【0015】
第1の超音波計測装置(請求項1に対応)は、超音波探触子で被検体の表面を走査し、超音波探触子から被検体に向けて超音波を送出しかつ被検体から戻る反射エコーを受信し、反射エコーから生成される受信波形データを演算処理手段で処理し、被検体の内部欠陥を検査する超音波計測装置であり、さらに、演算処理手段は、複数の反射エコーが干渉し合う状態にある受信波形データに対してウェーブレット変換処理を行い内部欠陥の波形特徴を抽出する波形特徴抽出手段を有するように構成される。
【0016】
上記の超音波計測装置の構成では、被検体から戻ってくる複数の反射エコーを超音波探触子で受信し、受信した複数の反射エコーが干渉し合って生成される受信波形のデータに対してウェーブレット変換処理を施し、多重解像度解析を適応し、得られたウェーブレット係数に関する情報に基づき映像化する。この方式を用いることで、従来の手法に比較して受信波形の微小変化を抽出することが可能になるため、より精密に内部欠陥を検出することが可能となる。さらに微小変化が生じた時間情報が得られるため、欠陥位置の推定を行うことも可能となる。
【0017】
第2の超音波計測装置(請求項2に対応)は、上記の構成において、好ましくは、波形特徴抽出手段は、受信波形データに対してウェーブレット変換処理に基づく多重解像度解析を行い、当該多重解像度解析によって分解された任意の分解レベルのウェーブレット係数について、任意時間領域を切出し、その範囲内で例えば最大ピークのような特徴量を検出することで特徴づけられる。
【0018】
第3の超音波計測装置(請求項3に対応)は、上記の構成において、好ましくは、波形特徴抽出手段は、受信波形データに対してウェーブレット変換処理に基づく多重解像度解析を行い、当該多重解像度解析によって分解された任意の分解レベルのウェーブレット係数の路程時間を検出することで特徴づけられる。
【0019】
第4の超音波計測装置(請求項4に対応)は、上記の構成において、好ましくは、波形特徴抽出手段は、受信波形データに対してウェーブレット変換処理に基づく多重解像度解析を行い、当該多重解像度解析によって分解された任意の分解レベルのウェーブレット係数について、既知の欠陥波形のウェーブレット係数を参照波形にして、当該参照波形との差分成分を検出することで特徴づけられる。
【0020】
第5の超音波計測装置(請求項5に対応)は、上記の構成において、好ましくは、波形特徴抽出手段は、抽出した内部欠陥の波形特徴に基づき被検体内部の状態を映像化することで特徴づけられる。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係る超音波計測装置によれば、次の効果を奏する。
超音波計測装置によって多層構造を有する被検体を検査する場合などのように、被検体から戻ってくる反射エコーが複数であって混在し干渉し合う状態にある受信波形データを得るとき、当該受信波形データにウェーブレット変換を適用し内部欠陥の波形特徴を取り出すように構成したため、内部欠陥の検出性能が向上し、画像化することにより視認性に優れた超音波画像を得ることができる。
また被検体が非常に薄い場合であっても、当該被検体の表面近傍の内部欠陥を精度良く検出することができる。
さらに内部欠陥に関する深さ情報も精度良く得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明に係る超音波計測装置の機械的構成部分を示す外観図である。
【図2】本発明に係る超音波計測装置の基本的な制御系および信号処理系の構成を示すブロック図である。
【図3】本発明の実施形態に係る超音波計測装置でのウェーブレット変換の多重解像度解析を解説するための概念図である。
【図4】本発明の実施形態に係る超音波計測装置で実行される受信波形データの処理(信号処理)を説明するフローチャートである。
【図5】本実施形態に係る超音波計測装置で実行される映像化の手順(ウェーブレット係数映像法)を概念的に説明するための説明図である。
【図6】本実施形態に係る超音波計測装置で実行される他の映像化の手順(ウェーブレット係数の路程時間を利用する映像法)を概念的に説明するための説明図である。
【図7】本実施形態に係る超音波計測装置で実行される他の映像化の手順(ウェーブレット係数の差分法を利用する映像法)を概念的に説明するための説明図である。
【図8】超音波映像法における入射信号と反射信号の関係を説明する図である。
【図9】被検体の内部構造に応じて生じる反射信号の発生態様を解説するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に、本発明の好適な実施形態(実施例)を添付図面に基づいて説明する。
【0024】
図1は、本発明に係る超音波計測装置の機械的構造部の全体的な構成を示す外観図である。超音波計測装置17は、図1に示す機械的構造部と後述する信号処理および制御システムから構成されている。図1において、符号10はX,Y,Zの直交3軸の座標系を示している。11はスキャナ台、12はスキャナ台11の上に設けられた水槽、13はスキャナ台11上で水槽12を跨ぐように設けられたスキャナ装置である。スキャナ台11はほぼ水平に設置された基台である。水槽12内には水14が注入されており、当該水14の中に被検体15が水没状態で置かれている。水槽12内の水14は、超音波探触子16から放射された超音波を、極力減衰することなく被検体15に伝播させるための媒体である。被検体15は水槽12の底部に置かれている。被検体15は、例えば多層構造または積層構造等を含む半導体パッケージである。超音波探触子16は、被検体15の上方位置に配置され、下側の端面が被検体15の表面に臨んでいる。超音波探触子16は、下側の端面から超音波を送出すると共に、被検体15から戻ってくる反射エコーを受信する。また、超音波探触子16はホルダ18で支持されている。ホルダ18はX軸スキャナ19に取り付けられ、さらにX軸スキャナ19はY軸スキャナ20に取り付けられている。アーム状のX軸スキャナ19はホルダ18をX軸方向に移動させ、Y軸スキャナ20はX軸スキャナ19をY軸方向に移動させる機能を有している。X軸スキャナ19とY軸スキャナ20によって上記のスキャナ装置13が構成される。当該スキャナ装置13によって超音波探触子16をXY方向に自在に移動させることができる。この移動動作に基づいて、超音波探触子16は被検体15の表面における予め定められた測定領域を走査し、超音波を送受信し、測定領域内において予め設定された複数の測定点における受信信号に基づき、当該測定領域に含まれる内部構造の欠陥を検査することができる。超音波探触子16はケーブル21を介して図示しない探傷器等と接続されている。
【0025】
図2は、超音波計測装置17の制御系および信号処理系のシステム構成を示す。
【0026】
超音波探傷器31は超音波探触子16にパルス信号を与えて駆動し、超音波探触子16から被検体15に対して超音波U1を送出させる。また超音波探傷器31は、被検体15から戻ってきた反射エコーU2を受信し、電気信号(反射信号)に変換し、その後、当該反射信号を増幅し、フィルタリングする。超音波探傷器31の受信経路で必要な処理が行われた反射信号は、その後、A/D変換器32によってデジタル信号すなわちデジタル波形データ(または受信波形データ)に変換される。当該デジタル波形データはA/D変換器32からメモリ33に伝送され、メモリ33のデータ格納部34に格納される。メモリ33は、さらに機械走査プログラム35、測定条件設定プログラム36、波形演算処理プログラム37、欠陥計測プログラム49を格納している。デジタル波形データは、その後、メモリ33に格納されている波形演算処理プログラム37が実行されるときに演算処理対象として用いられ、当該波形演算処理によって2次元の画像データに変換され、画像メモリ38に格納される。画像メモリ38に格納された画像データは、表示回路39を介してLCD(表示装置)40に表示される。またLCD40の画面には、取り込まれた反射信号の波形も表示することができる。
【0027】
メモリ33に格納されている機械走査プログラム35、測定条件設定プログラム36、波形演算処理プログラム37については、必要に応じて、マイクロプロセッサ41がバス42を介して読み出し、実行する。機械走査プログラム35は、スキャナ装置13の走査動作を制御するためのプログラムである。測定条件設定プログラム36は、被検体15に応じた測定条件を設定するためのプログラムである。波形演算処理プログラム37は、得られたデジタル波形データを演算処理し、映像化を行うための2次元の画像データを作成するプログラムである。
【0028】
欠陥計測プログラム49は、2次元画像データまたは波形演算処理結果に対して欠陥サイズの計測をして予め決められたサイズと比較することにより欠陥の有無を判定する。さらに、ホストコンピュータ50とつながるように構成されており、結果のアップや被検物の条件・検査条件のダウンロード等、工場全体の品質管理システムと連動する。
【0029】
また、この波形演算処理プログラム37は、被検体15の測定領域の範囲で内部欠陥が存在するときには、当該内部欠陥を抽出するための処理機能を実行し、ウェーブレット変換に基づき内部欠陥の波形特徴(ウェーブレット係数)を抽出する処理機能(波形特徴抽出手段)を含んでいる。ウェーブレット変換に基づき内部欠陥の波形特徴の抽出する処理の内容については後述する。
【0030】
ホルダ18に固定された超音波探触子16は、スキャナ装置13によって2軸方向(XY方向)に機械的に走査される。スキャナ装置13は、スキャナ制御回路43およびインターフェース44を介して制御される。これにより超音波探触子16は、走査動作を行い、任意の位置に移動し、静止することが可能である。また入力装置45が、インターフェース46を介してバス42に接続されている。
【0031】
次に、ウェーブレット変換に基づき内部欠陥の波形特徴の抽出する処理の内容について説明する。
【0032】
波形特徴抽出処理では、デジタル波形データに対してウェーブレット変換の多重解像度解析を適応し、当該解析で得られたウェーブレット係数に基づき波形の微小変化を波形特徴として抽出し、映像化する。
【0033】
まずウェーブレット変換について説明する。「ウェーブレット変換」とは、音響や振動などの突発的信号または非定常的信号に対して、時間的変動と空間的推移を同時に解析することができる手法である。ウェーブレット変換は、「ウェーブレット」という名が示す通り(「局在する小さな波」という意味)、時間的にも周波数的にも局在した1つの関数を用意し、この関数に「スケール変換」と「シフト変換」を作用させ、その結果得られる関数の組を基底関数として用いる変換である。
【0034】
一般的には、ウェーブレット変換は、ウェーブレット関数とよばれる関数Ψa,b(x)に対して平行移動の操作と伸縮の操作を施したものとの畳み込みに基づいて定義される。ウェーブレット関数Ψa,b(x)とは、2つの実数a(>0),bをパラメータとし、縦軸方向に1/√a倍(「スケール変換」)、横軸方向にa倍してbだけ平行移動(「シフト変換」)させたものであり、次式で表される。
【0035】
【数1】

【0036】
上記(1)式においてaをスケールパラメータ、bをシフトパラメータと呼ぶ。関数g(x)を解析する信号とするとき、このウェーブレット変換は次式で定義される。
【0037】
【数2】

【0038】
上記(2)式からもとの信号g(x)を復元する逆ウェーブレット変換は次のように定義される。
【0039】
【数3】

【0040】
一方、時間−周波数解析法である短時間フーリエ変換は、基底となる三角関数に一定の長さをもつ窓関数をかけて局在性をもたせたものであり、次式で表される。
【0041】
【数4】

【0042】
ここでg(x)は解析信号であり、w(x−b)は窓関数である。窓関数はその幅が固定されているので、周波数分解能を高くしても時間分解能は向上しない。つまり、解析対象の信号中に含まれる周波数成分によっては、選んだ窓関数が不適切となり、適当な解析結果が求められないことがある。これに対し、ウェーブレット変換は、短時間フーリエ変換の窓関数に相当するウェーブレット関数Ψa,b(x)が、スケーリングパラメータaを持つことによりその幅を適切に選ぶことができる。従って、解析しようとする信号の高周波成分については周波数分解能を下げて時間分解能を向上できる。逆に低周波成分については周波数分解能を下げて時間分解能を向上させることができる。換言すると、短時間フーリエ変換の時間周波数窓がその幅が変化しないという意味で固定化されているのに対して、ウェーブレット変換では、周波数に応じた融通性があり、自動的に時間窓が高周波で狭く、低周波で広くなるという特徴を有している。
【0043】
本実施形態では離散ウェーブレット変換を用いる。この離散ウェーブレット変換は、上記(1)式の実数a,bを、a=2、b=2kとおいたものであり、離散ウェーブレット変換とその逆変換は次式で表される。
【0044】
【数5】

【0045】
【数6】

【0046】
上記(5)式において整数に着目し、右辺をh(x)として次のように表す。
【0047】
【数7】

【0048】
その結果、次の表現が可能になる。
【0049】
【数8】

【0050】
上式は信号g(x)をウェーブレット成分hi−1,hi−2等に分解したことを表している。ここで、整数iはレベルを示し、これを多重レベル分解、または多重解像度解析という。
【0051】
本発明の実施形態では、この多重レベル分解より得られた時系列のウェーブレット係数を用いて、当該ウェーブレット係数を所望の時間領域で切り出し、切り出した時間領域の範囲内で求められるピーク値で映像化することを特徴としている。この操作によって、干渉した波形から、微小な高周波成分すなわち内部欠陥による微細な局所的な不連続部位、または特異点を検出し、さらに映像化することが可能となる。またウェーブレット変換は、ウェーブレット関数の波形自体が一般的な超音波波形に似ているという特徴があり、種々のスケールのうち原波形中の欠陥等の波形と自分自身に相似性が強い場合、算出されるウェーブレット係数も高くなる。言い換えれば、高速フーリエ変換が三角関数との相似性を求めるのに対して、ウェーブレット変換は局所的なパルス波との相関性をとるという特徴がある。
【0052】
離散ウェーブレット変換による多重解像度解析を、多重分解レベルという観点に基づき図3に示す。図3において、オリジナルの信号(S)47に対して1回変換を行うと、分解レベル1となり、A1(低周波成分)とD1(高周波成分)のウェーブレット係数が算出される。このときオリジナルの信号(S)47はS=A1+D1の式で表現される。次に低周波成分の信号A1に対して1回変換を行うと、分解レベル2となり、A2(低周波成分)とD2(高周波成分)のウェーブレット係数が算出される。このときオリジナルの信号(S)47はS=A2+D2+D1の式で表現される。さらに低周波成分の信号A2に対して1回変換を行うと、分解レベル3となり、A3(低周波成分)とD3(高周波成分)のウェーブレット係数が算出される。このときオリジナルの信号(S)47はS=A3+D3+D2+D1の式で表現される。以上のように、上記低周波成分に対して繰り返してウェーブレット変換をかけていくことで、より詳細な解析を行なうことが可能となる。なお特に、不連続点の抽出には、高周波成分の情報が有効である。
【0053】
次に、図4を参照して、上記のウェーブレット変換の多重解像度解析を利用した波形特徴抽出処理について説明する。図4は、被検体15を測定する動作、測定データの取得、および波形特徴抽出処理の手順を示すフローチャートである。
【0054】
フローチャートの処理手順であるステップS11〜S21の内容は次の通りである。
【0055】
<ステップS11>
図1に示した機械的構成および図2に示した制御系の構成を有する超音波計測装置17に基づいて、被検体15の表面上で予め設定された測定領域(所定のXY範囲)に対して超音波による測定を実行する。当該測定領域上で設定された複数の測定点の各々における反射エコーを受信し、反射信号に変換し、さらにデジタル波形データ(反射エコーに係るデータ)に変換される。当該デジタル波形データはメモリ33に伝送され、メモリ33のデータ格納部34に格納される。このステップS11の実行では前述の機械走査プログラム35等が実行される。
【0056】
<ステップS12>
取得したデジタル波形データに対し、所望の時間領域に映像化ゲートをかけ、最大ピーク値の強度に基づいて通常の従来の手法(アルゴリズム)に基づいて超音波映像を得る。当該超音波映像はLCD40に表示される。この場合、受信波形であるデジタル波形データは、複数の反射エコーが干渉し合って作られた波形データとなっている。
【0057】
<ステップS13>
得られた超音波映像を見ながら、所望の位置の波形を呼び出し、離散ウェーブレット変換をかける対象を選定する。
【0058】
<ステップS14>
離散ウェーブレット変換をするための基底となるアナライジングウェーブレットを選定する。当該アナライジングウェーブレットは数種類のものが既に用意されている。その種類には、ハール(Haar)、ドベイシィ(Daubechies)、コアフレット(Coiflets)、シムレット(Symlets)などがある。さらに多重解像度解析を行うための分解レベル数を設定する。
【0059】
<ステップS15>
ステップS14で設定した条件に基づいて全測定点に関するデジタル波形データに対して離散ウェーブレット変換(多重解像度解析)を行い、各分解レベルの計算結果をLCD40でのGUI上に表示する。
【0060】
<ステップS16>
算出されたウェーブレット係数の中から、所望の分解レベルを選定し、映像化ゲートにより映像化したい時間領域を選定し、その領域内での最大ピークまたは最小ピーク、絶対値、路程などにより映像化を行う対象を決定する。
【0061】
<ステップS17〜S20>
ステップS16で設定した選定条件により、全測定点の波形データのウェーブレット変換係数にてピーク抽出を実行する。
【0062】
<ステップS21>
ステップS19で得られた各測定点に対するピーク値を強度データに変換し、スキャナ走査に関して得られている走査位置データに関連付けして2次元画像を構築する。
【0063】
次に、ウェーブレット変換の多重解像度解析を利用した波形特徴抽出処理に基づく超音波映像の作成・表示の実施例を図5〜図7を参照して概念的に説明する。
【0064】
図5は第1の実施例を示す解説図である。図5は、関連性を対比的に示した3つの図の部分(A),(B),(C)を含んでいる。図5の(A)は内部欠陥が存在しない被検体15とその反射信号の波形52を示し、図5の(B)は内部欠陥51が存在する被検体15とその反射信号の波形53を示している。図5の(C)は内部欠陥の映像化を示し、(1)は従来の例、(2)〜(4)は本発明の例である。
【0065】
被検体15は、近年の半導体パッケージの基本モデルであり、シリコンチップ54と当該シリコンチップ54を接着するための高分子フィルム55が例えば0.03mmの厚さで10段に積層された多層構造を有している。また56はガラスエポキシ基板である。図5(B)に示した被検体15の例では、2層目の高分子フィルム55に内部欠陥(空隙)51が生じている。前述したように被検体15は水槽12内で水没した状態にあるので、被検体15の表面側には水14の存在領域が図示されている。図5の(A)と(B)に示した各被検体15において、図中水平な横方向は、水14の水面から被検体15の底面に向かう方向である。また各被検体15に対応して描かれた反射信号の波形52,53のそれぞれは同じく水平方向に時間軸を設定し、当該時間軸に沿って波形52,53が描がかれている。反射信号の波形52は、被検体15に内部欠陥の存在しない正常な場合の標準的な波形を示している。波形52のピーク値の存在位置は被検体15の表面15aの位置に対応している。また反射信号の波形53は、被検体15に内部欠陥51が存在する場合の欠陥品に係る波形を示している。この場合にも、波形53のピーク値の存在位置は被検体15の表面15aの位置に対応している。
【0066】
なお図5の(A)と(B)において、波形52,53の各々に設定された破線のボックス57はゲートを示している。
【0067】
被検体15に内部欠陥51が生じていると、外界より吸湿された水分が当該内部欠陥51内に取り込まれ、シリコンチップ54が駆動する時に発生する熱により蒸発し、その結果、内部欠陥51の空隙内に高い水蒸気圧が生じる。密閉された状態の内部欠陥51内での水蒸気圧に基づいて、シリコンチップ54自身の破壊や、配線ワイヤーの切断などが発生する。これにより、被検体15では、半導体パッケージの致命的な不具合を生じる大きな要因となる。従って、内部欠陥51を検査し対策ないしは選別することが、製造・開発において重要である。
【0068】
図5の(A)と(B)のそれぞれの被検体15を超音波測定すると、正常品に関する反射信号の波形52(受信波形データ)と欠陥品に関する反射信号の波形53(受信波形データ)が得られる。2つの波形52,53は、波形の形状を見ても、双方に大きな変化がない。これは反射信号の波形53では、内部欠陥51に対応する反射エコーと、表面15aに対応する反射エコーとが、薄い層から成る多層構造に起因して、時間的に重なっているためである。このため、欠陥品に係る反射信号の波形53に対して従来の映像化方法を適用しても内部欠陥51を表示することはできない。このことは、図5の(C)において(1)の説明図に示されている。すなわち、反射信号の波形53に従来の映像化方法を適用しても、表示された従来映像61において内部欠陥51を表示させることはできない。図中、破線で描かれた部分は、内部欠陥51が見えないことを示している。またブロック62は、オリジナル波形であることを示している。
【0069】
そこで、反射信号の波形53に対して図5(C)の(2),(3),(4)のように前述したウェーブレット変換の多重解像度解析を利用した波形特徴抽出処理を段階的に適用する。図5(C)の(2)でブロック63は分解レベル1(D1)による波形特徴抽出処理を示し、これにより内部欠陥51aを抽出した映像64を得ることができる。また図5(C)の(3)でブロック65は分解レベル2(D2)による波形特徴抽出処理を示し、これにより2つの内部欠陥51bを抽出した映像66を得ることができる。またノイズ51cが検出されている。さらに図5(C)の(4)でブロック67は分解レベル3(D3)による波形特徴抽出処理を示し、これにより3つの内部欠陥51a,51bを抽出した映像68を得ることができる。このように、従来の映像化方法に比べて、高いS/N比で内部欠陥を抽出した映像を得ることができる。ウェーブレット係数の高周波情報に着目することで、従来法では捕らえにくかった欠陥に係る反射エコーにおける些細な波形変化を検出することができる。但し、高周波情報ではノイズも拾うので、ノイズ処理により小さな点を消去するようにしている。
【0070】
また、ウェーブレット変換の多重解像度解析を利用した波形特徴抽出処理に基づく超音波映像の作成・表示は、比較的高い時間分解能を得ることができるという特徴を有している。このため、超音波映像において不連続部位が生じた時間を抽出することにより、被検体15の表面から内部に底部に向かった深さ方向の情報を映像化することができる。このような深さ方向の映像化は「路程映像」と呼ばれている。
【0071】
図6を参照して「路程映像」を説明する。図6の(A)と(B)では、被検体15に対して超音波を照射する。図6(A)の被検体15は物質71と物質72の積層構造を有し、内部欠陥を有していない。図6(B)の被検体15も物質71と物質72の積層構造を有すると共に、物質71の内部には欠陥73を有している。14は前述した水である。図6の(A)は、前述した図9の(A)と同じ内容である。
【0072】
図6の(A)での超音波による測定の状態では、入射信号81に対して、被検体15の表面に対応する反射信号82と、物質71と物質72の界面に対応する反射信号83が生じている。反射信号82のピーク値と反射信号83のピーク値の間の時間差はTとして示され、このTは物質71の厚みに対応している。この超音波による測定では、映像化ゲート84が設定されている。また符号85はトリガレベルを示している。図6の(A)では、界面からの反射エコーに対応する反射信号83は、映像化ゲート84の中に含まれた状態で生じている。
【0073】
次に、図6の(B)では、被検体15の物質71の内部に欠陥73が存在しているので、当該欠陥73に起因して生じる反射エコーに基づいて、予め設定された同様な映像化ゲート84のトリガレベル85を超える強度の反射信号86が出現する。この際、反射信号86に関してトリガレベル85を越えたピーク値を検出し、当該ピーク値の時間付近について、当該時間をカウントする基点となる表面反射信号82からの到達時間を計測する。この到達時間と被検体15野材料自身の音速とに基づいて、おおよその欠陥73の位置(深さ)を求める。この到達時間に基づいて色付けするのが通常の路程映像法である。本実施形態の超音波映像法に基づく路程映像法では、ウェーブレット変換の多重解像度解析を利用した波形特徴抽出処理により、時間分解能の高いウェーブレット変換係数にて路程を検出するため、より高い分解能の深さ映像を得ることが可能となる。
【0074】
図7は、ウェーブレット変換の多重解像度解析を利用した波形特徴抽出処理に基づく超音波映像の作成・表示について、これをさらに発展させた方式であり、正常品との対比の下で内部欠陥を検出する方式を示している。図7において、図7(A)は図5(A)と同じ内容を示し、図7(B)は図5(B)と同じ内容を示している。図7の(C)では、図7(A)で得られた反射信号の波形52を基準にして、図7(B)で得られた反射信号の波形53について差分処理を行い、映像化を行う演算工程を示している。図7(A)で得られた反射信号の波形52は、その被検体15から明らかなように正常品の被検体から得られる波形である。
【0075】
図7(C)で、ブロック91は、正常品の被検体15から得られるオリジナル波形52に対してウェーブレット変換を繰り返して分解レベル3(D3)の波形特徴抽出処理を示す。この結果、得られた分解レベル3(D3)の波形特徴(ウェーブレット変換係数)はリファレンス波形(基準波形)92となる。当該リファレンス波形92に対して、ブロック93に示すように、異常品の被検体15から得られるオリジナル波形53に対してウェーブレット変換を繰り返して分解レベル3(D3)の波形特徴抽出処理を行い、映像化対象の波形特徴94を取得する。
【0076】
次に減算処理95が実行される。減算処理95では、位相(時間)を揃えた状態において、リファレンス波形92の波形特徴から、映像化対象波形の波形特徴94を減算し、差分ウェーブレット係数96を求める。さらにこの差分ウェーブレット係数96において、映像化ゲート97内のピークを抽出する。抽出したピークの値に基づいて画像98を得ることができる。
【0077】
図7において、画像99は通常のウェーブレット係数に基づく画像を示している。当該画像99に比較して、差分ウェーブレット係数96を用いて作成した画像98は、高いS/N比を有し、内部欠陥51の検出精度が向上し、LCD40の画面に表示される画像としてよりS/N比の高い映像を得ることができる。
【0078】
以上の実施形態で説明された構成、形状、大きさおよび配置関係については本発明が理解・実施できる程度に概略的に示したものにすぎず、また数値および各構成の組成(材質)等については例示にすぎない。従って本発明は、説明された実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示される技術的思想の範囲を逸脱しない限り様々な形態に変更することができる。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明に係る超音波計測装置は、多層構造等を有する被検体の検査で複数の反射エコーが干渉して混在する場合に、高い検出性能および視認性能によって超音波画像を得ることに利用することが可能である。
【符号の説明】
【0080】
10 座標系
11 スキャナ台
12 水槽
13 スキャナ装置
14 水
15 被検体
16 超音波探触子
17 超音波計測装置
18 ホルダ
19 X軸スキャナ
20 Y軸スキャナ
31 超音波探傷器
32 A/D変換器
33 メモリ
34 データ格納部
35 機械走査プログラム
36 測定条件設定プログラム
37 波形演算処理プログラム
38 画像メモリ
39 表示回路
40 LCD
41 マイクロプロセッサ
47 オリジナルの信号
51 内部欠陥

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超音波探触子で被検体の表面を走査し、前記超音波探触子から前記被検体に向けて超音波を送出しかつ前記被検体から戻る反射エコーを受信し、前記反射エコーから生成される受信波形データを演算処理手段で処理し、前記被検体の内部欠陥を検査する超音波映像装置において、
前記演算処理手段は、複数の前記反射エコーが干渉し合う状態にある前記受信波形データに対してウェーブレット変換処理を行い前記内部欠陥の波形特徴を抽出する波形特徴抽出手段を有することを特徴とする超音波計測装置。
【請求項2】
前記波形特徴抽出手段は、前記受信波形データに対して前記ウェーブレット変換処理に基づく多重解像度解析を行い、当該多重解像度解析によって分解された任意の分解レベルのウェーブレット係数について、任意時間領域を切出し、その範囲内で特徴量を検出し、映像化することを特徴とする請求項1記載の超音波計測装置。
【請求項3】
前記波形特徴抽出手段は、前記受信波形データに対して前記ウェーブレット変換処理に基づく多重解像度解析を行い、当該多重解像度解析によって分解された任意の分解レベルのウェーブレット係数の路程時間を検出することを特徴とする請求項1記載の超音波計測装置。
【請求項4】
前記波形特徴抽出手段は、前記受信波形データに対して前記ウェーブレット変換処理に基づく多重解像度解析を行い、当該多重解像度解析によって分解された任意の分解レベルのウェーブレット係数について、既知の欠陥波形のウェーブレット係数を参照波形にして、当該参照波形との差分成分を検出することを特徴とする請求項1記載の超音波計測装置。
【請求項5】
前記波形特徴抽出手段は、抽出した前記内部欠陥の波形特徴に基づき前記被検体内部の状態を映像化することを特徴とする請求項1記載の超音波計測装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−169558(P2010−169558A)
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−12859(P2009−12859)
【出願日】平成21年1月23日(2009.1.23)
【出願人】(000005522)日立建機株式会社 (2,611)
【Fターム(参考)】